マハジオによる電撃の痺れが抜けきらなく上手く身体に力が入らないところへ、灼熱の炎の玉がシド・デイビスに向かって放たれた。
 炎の精霊・サラマンダーがアギラオを打ってくる。マカラカーンを展開させてはいるがもうすぐこの盾は破られるだろう。シドは、聖書型コンプを開き、自分の仲魔のうち最も強力で最も高位の大天使を喚んだ。

 「マンセマット!」

 すると急に辺りの空気が変わり、シド達をかばうかのごとく大きな黒翼が現れたかと思うと、その黒翼の持ち主である大天使・マンセマットは指先をサラマンダーに向けた。するとサラマンダーは一瞬で氷漬けにされる。マンセマットは仮面の下の表情を変えることなく、更に手を一振りし、氷漬けのサラマンダーを砕いて見せた。
 
 「一体なんです? 貴方ほどの者が私を呼ぶなど」
 
 主であるシドに対し、マンセマットは冷たいと呼べるほどの口調で尋ねた。シドは苦笑した。
 
 「私としたことが、ジオを喰らって身体が上手く動かなかったものでね。で、そっちはどうだ? 地下の侵入者は見つけたのかい?」
 
 シドの問いに、今度はマンセマットが苦笑する番であった。
 
 「ええ、いましたよ。悪魔が一匹と、人間が二人。悪魔の方は何やら私を恨んでいるようで私に向かって攻撃してきましたが、軽くあしらっておきました。しかし、あの悪魔はかなりの手練れ。恐らくヤソマガツヒは今頃やられているでしょうね」
 
 シドの眉間にしわが寄り、マンセマットを睨む。が、睨まれた黒翼の大天使は意に介さず薄ら笑いを浮かべている。
 シドはこう問いかけたかった。何故ヤソマガツヒがやられるのを知ってほうっておいたのか、あの地下の違法薬物製造工場を何故侵入者から守らなかったのか、と。しかし問いかけたところで答えをはぐらかされてしまうだろう。
 このマンセマットという大天使は形式上はシドの仲魔ではあるが、通常の主従関係にない。シドの言う事を一応聞きはするが、その行動はシドにも読めない。今もそうだ。地下の侵入者を見てこいという命には従ったが、それだけである。彼にとってここの地下で行われていることなど興味もないし、ましてや侵入者がいても脅威に感じない。マンセマットに我ら人間の価値観を求めること自体が無意味なのだ。
 シドは嘆息し、現在の状況を推測する。あの九楼重女という少女と侵入者は最初から繋がっていたと考えていい。だからあの少女は「リフレッシュ」の時間にこっそり部屋を抜け出し他の部屋の様子を探ろうとしていた。そして時を同じくして地下の工場施設に侵入者があった。番人として置いていたヤソマガツヒは既に倒されたらしい。
 そもそも何故地下に侵入する必要があったのか。それは「赤玉」の情報が何処かから漏れたからだろう。九楼重女達は最初から「赤玉」の製造方法の入手・世間への暴露が目的だったのではないか。
 だとしたら状況は最悪だ。ヤソマガツヒが倒された今、奴らはコンピューター・ルームに到達している可能性が高い。あそこにはここでの最重要機密である「赤玉」の製造方法が保管されている。もちろんプロテクトはかけてあるが、彼らがそれを破り、製造方法や実験記録などを持ち帰られてしまっていたとしたら……?
 
 「ミスター・デイビス?」
 
 部下の一人がシドへ心配そうに声をかける。が、その時シドは既に決意していた。
 
 「ここを“廃棄”する」
 「え!? 今なんと?」
 「地下の侵入者達に「赤玉」の製造方法を入手された可能性が高い。なにより九楼重女には「赤玉」の製造過程の一部を見られたまま逃げられてしまった。彼女達がこの施設から抜け出す前に、機密保持のため、被験体ごとここを“廃棄”する」
 
 赤玉製造プロジェクト兼この施設の責任者としてのシドの決定の言葉である。しかし部下はまだ納得がいかないようで、シドに食い下がる。
 
 「し、しかし被験体の少年達のほか、ホールや上のクラブに今日も沢山の客が集まっております。彼らに見つからないようどうやってここを“廃棄”するおつもりですか?」
 「ここを全て燃やす」
 
 部下の男は絶句した。
 
 「つ、つまり、関係ないクラブの一般人も一緒に始末する、そう言いたいのですか?」
 「勿論。ここは軍事施設ではないから自爆装置もないしな。跡形もなく全て燃やし尽くした方がヤタガラスのためにはいいだろう」
 「しかし……」
 「忘れるな。私たちは“そういった”仕事を請け負う班だ。君も私の班員になったからには覚悟を決めたまえ」
 
 男はもう何も言わなかった。シドはかまわず「マンセマット、そういうわけだ」と仲魔の大天使に言う。
 
 「君のアギの威力ならこの施設を上のクラブごと焼き払えるだろう。頼む」
 「……やれやれ、そんなことをこの私がしなくてはならないなんて。もっとましな理由で召喚してほしいものですね、シド?」
 
 マンセマットが両手をかざすと、そこには巨大な炎の玉が出来ていた。先ほどのサラマンダーのとは、大きさも、質も、全てが桁違いである。
 
 「シド。君たち人間はさっさと避難したほうがいいですよ? この火に焼かれたいのであれば話は別ですが」
 「言われなくてもそうする。さあ、ひきあげるぞ」
 
 シド達が避難したのを見届けてから、マンセマットは炎の玉を振り下ろした。その炎は死体の山を焼き、酸素を求め荒れ狂い通路を抜けホール、医務室、「リフレッシュ」に使っていた部屋、上のクラブ・ミルトン、更に地下に至る全ての人と物を包み、骨の一片も残さない程の、まさに天の裁きの業火のごとき威力を発揮してみせた。
 そしてその業火の魔の手は、フジワラのいるコンピューター・ルームにまで届こうとしていた。
 
 ―――
 
 「な、なんだ!? 一体何があったって言うんだい!」

 コンピューター・ルームにて、データ抽出を行っていたフジワラの元に、ツギハギと、その仲魔に担がれた血まみれの黒蝿と、ツギハギの肩に担ぎ上げられている同じく血まみれの重女が勢いよく入ってきた。
 目を白黒させているフジワラを尻目に、ツギハギは通路の様子を見て顔を険しくさせる。

 「時間がねえ。フジワラ、ここを脱出するぞ」
 「な、何を急に! まさか私たちの行動がばれたのかい!?」
 「それだけならいいんだけどな……」

 ツギハギは渋面で黒蝿と重女を交互に見る。黒蝿の方は左胸に大きな刺し傷があり、気を失っている。一方重女はスモックのような簡易な服を血で汚してはいるが、目立った傷は見当たらない。意識もあるようで、先ほどから彼女の呼吸音が連続して聞こえてくる。
 恐らく重女がここのヤタガラス職員と戦闘になり、仲魔の黒蝿が重傷を負ったところをツギハギが助けた、というところだろうか。それにしては、ツギハギの様子が変だ。自身の肩に乗っている重女に、怒りとも憐れみともとれない複雑な表情を向けている。

 ――一体、彼女達に何があった?

 問いただそうと口を開きかけ息を吸うと、粘ついた空気が喉に張り付き思わず咳き込んでしまった。視界が白く濁り始め、ここコンピューター・ルームに、焼け焦げる匂いを纏った煙が徐々に入り込んできている。

 「奴ら、証拠隠滅のためにここに火をつけやがったな」
 「何だって!?」
 「恐らくこのお嬢ちゃんが違法薬物の製造でも見てしまったんだろうよ。それか俺たちがここに侵入したのと、お前がコンピューター・ルームで情報を入手したのがばれたか、その両方か……。
どっちにせよ火はすぐここまでやってくる。今すぐ脱出だ! フジワラ!」

 ツギハギの言葉で渋々データ抽出をストップさせ、ノートパソコンを閉じ背中のリュックに入れ立ち上がる。本当なら全てのデータを手に入れたかったが、火が迫っているとなれば話は別だ。フジワラはツギハギと共にコンピューター・ルームのドアを開けた。するとぶわっと濃い煙が襲ってきて、二人は思わず口と鼻を押さえる。
 上の方向は何も見えない程に煙が立ちこめていて、酷く焦げ臭い。だが地下への階段はまだ煙が薄い。これなら侵入の時に倉庫に空けた穴から脱出できそうだ。
 ツギハギを先頭に、重傷の黒蝿を担いだ彼の仲魔の妖鬼・キンキと、最後尾にフジワラが続く。三人と二体は必死に階段を降り、最下層の倉庫へ向かって走った。
 そこで見てしまった。ツギハギの肩に身体を預ける重女が、涙を流し、何事か唇を動かしているのを。その唇の形が、ごめんなさい、という謝罪の言葉を紡いでいたのを、フジワラはしっかりと見てしまった。

―――

 マンセマットの生み出した業火は、シドの命じたとおり、全ての施設を焼き、消滅させていく。逃げ遅れた職員、パーティに招かれていた少年少女達、“赤玉”の材料となる被験体、そしてクラブ・ミルトンで遊んでいた何も知らない客まで見事に燃やし尽くした。
 死体も、生きた人間も、そして薬物の製造工場まで跡形もなく燃やす。魔力の高い者だけが生み出せる黒い炎。それはこの世の憎悪が凝縮されているかのように漆黒で、執拗に対象物を炭化してもまだ燃やし続ける。
 黒い炎に焼かれるクラブ・ミルトンを一目見ようと、野次馬達が集まってくる。駆けつけた消防隊が必死に野次馬達を押さえ、消化活動にあたる。しかし火はなかなか消えない。
 その様子を、三キロ離れた廃屋で重女達は見ていた。距離が離れていても分かるほど、クラブ・ミルトンの炎は強烈であった。恐らく地下の赤玉製造工場も、コンピューター・ルームに保管してあった赤玉の製造方法やそのプロジェクトの詳細も、全て燃やされているであろう。必死に逃げてきたフジワラ達は、悔しそうに炎を見つめていた。

 「くそっ!」

 煤だらけのツギハギが怒りにまかせて廃屋の壁を殴った。乾いた音が鳴る。そんなツギハギを諫めるようフジワラは言った。

 「まあ、落ち着けよ。全部ではないとはいえデータは半分手に入ったんだ。これを元にあそこで行われていたことを暴露させる。手に入ったデータは半分程度とはいえヤタガラスの悪事を暴くには十分で……」

 そこまで話して、ざしゅ、と奇妙な音が後方で聞こえた。肉を斬ったかのように不快な音だ。ツギハギと後ろを向くと、そこには重女が黒い剣で、左手首を思いっきり斬りつけている光景があった。
 
 「おい! お前なにやってるんだ!」

 慌ててツギハギが重女を取り押さえる。重女はそれでも暴れていた。黒い剣を自身の身体に突き刺そうともがいていた。
 自殺――それに思い当たった時、フジワラもツギハギと共に重女を取り押さえた。
 しばらく暴れていた重女だったが、急に身体を弛緩させ動かなくなった。そして喉から湿った呻き声のようなものを発する。
 それは、慟哭であった。声を出せない少女は満腔の謝意を、月夜に向かって声の出ない喉で叫び続けた。自分のせいで死なせてしまった人たち、助けてくれたツギハギ、フジワラ、黒蝿、そして自分に向かって“ダークサマナー”と言い銃弾を放ったシドに、血涙を流しながら、ずっと叫び続けていた。

 このとき、重女は感じた。
 今までの自分はここで死に、新たな自分が産まれるのを。

 そしてあることを決意した。

 その決意は酷く冷たく、おぞましいものだったが、大罪を犯してしまった自分にはこの道しか罪を償えるものはない、と確信していた。

 すなわち、欲望のために力を振るう、“ダークサマナー”への道を歩いて行き、どんな手段を使ってもヤタガラスを倒さなくてはいけないことを――

人気ブログランキングへ
    mixiチェック

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット