往来―all right―別館【俺屍サマナー】

俺屍+デビルサマナー=俺屍サマナーというダブルパロ(クロスオーバー)小説を扱っております。俺屍に登場する神々や鬼を現代で使役していたら・・・という発想で生まれたいわゆる三次創作小説です。俺の屍を越えてゆけと真・女神転生シリーズ(主にⅣ)の設定を独自に融合させて捏造しております。女神転生や俺屍の人物名称や設定をかなり変更しております。こういったのが苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。 やたノ黒蝿とサマナーになってしまった少女の物語です。

カテゴリ:俺屍サマナー > 第十一章

 フジワラとツギハギ、黒蝿と今はアキラが主人格になっている重女が生体エナジー協会についてまず行ったことは、フジワラの怪我の処置、そしてアキラとなっている重女の身体と精神の精密検査であった。
 簡単な知能検査、身体測定、さらには脳波・心拍数測定まで、協会にある機器でできるだけの検査をする。

 「元の重女さんの身体データがないので比較のしようがないのですが………15歳女子の平均より筋肉が発達しています。また脳波が奇妙な波形を描いています」
 「と、いうことはやはり、今の重女さんは別人であると?」
 「正式な検査でないのではっきりとは言えないのですが……その可能性は極めて高いと思えます」

 医師らしき男から今の重女の様子をそう告げられたツギハギ達は、それを確かめるべく“実施テスト”を試みた。
 その一:剣道テスト
 雷王獅子丸を召喚し、剣を合わせる。一合、二合……獅子丸の竹刀をアキラは受け止め、互角に渡り合う。

 「剣の太刀筋がアキラと殆ど同じだったぞ……! やはり今の重女殿はかつての我が主君……!?」

 その二:射撃テスト
 子供に銃を持たせることを由としないツギハギは、サバゲー用のペイント弾の入ったモデルガンで射撃の腕前を見る。
 重女の身体のアキラはモデルガンを受け取ると、軽く前傾姿勢をとり、右手でグリップの一番上を握り、左手の掌底をグリップに密着させ、右人差し指は撃つ瞬間までトリガーガ―ドに入れなかった。その動作があまりにも自然で、ツギハギはこれは幾度も銃を扱ってきた者の姿勢だと感じた。

 (まさか……本当にこいつは“アキラ”とかいう奴なのか?)

 何回か撃ってみて、命中率は80%ほどとなかなかの数値を出した。それはやはりアキラと同じ数値だった。
 このように戦闘力はアキラとほぼ同じであったが、やはり身体が違うからか、アキラは女性の身体の動かし方や重心の置き方が男のそれと微妙に違うので、最初は戸惑う事が多かった。
 特に困ったのは、排泄関係である。

 『なあ、言いにくいんだけど…………女ってトイレどうしてんの?』

 そう問いかけられた黒蝿は思わずその場にいる者を見渡してみたが、残念ながら周りは男しかおらず、まさか自分やフジワラやツギハギが一緒にトイレに行くわけにもいくまい。
 とりあえず、ツギハギが妖精・ウンディーネを召喚し、妖精はアキラに助言する。女性型妖精になにを吹き込まれたかは知らないが、とりあえず普通に排泄は出来るようになった。
 こうしてアキラの人格が重女の身体に表れて一週間。フジワラ達は隠れ家を転々としながら、どうにか重女が戻ってくるよう対策を練る。が、アキラは首を振った。重女の意識が、表層に出てくるのを拒んでいるらしい。

 「なぜだ?」黒蝿が問う。
 『自分はもう表にでられない、特に黒蝿、お前に会わす顔がないんだとさ』
 「…………………」

 黒蝿は顎に手を置き考える。自分に合わす顔がない。それはやはり俺を刺してしまったからだろう。確かに黒蝿は重女に言ってやりたいことが山ほどあった。が、深層意識に潜られては何も言えない。

 「アキラ、あいつと記憶は共有していないのか?」
 『ああ。だって姉ちゃんにとって見られたくない記憶なんだろう? なら俺は見ない』
 「いや、お前は見るべきだ。お前の姉貴が何をしたか、何を感じたかを」
 『だからそれは……』
 「そうしないと姉貴はいつまでも暗闇に潜ったままだぞ。きちんと見るんだ。姉貴の罪悪感の原因を。そしてもう一度じっくり話せ」
 『……………………』

 暫く、アキラは黒蝿を睨んだままだったが、『……やってみる』と言い残し、目を閉じる。すると身体が糸の切れた人形のようにへたり込み、そのまま床に倒れてしまった。レム睡眠に入ったのだろう。この状態でないと重女とは“対話”出来ないらしい。

 「さて……どうしたものかねえ?」

 床に転がったアキラに毛布をかけながらツギハギが問う。黒蝿は顔を背ける。知るかそんなの。俺が教えて欲しいくらいだ。

 ―――

 重女は、深層意識の水底にいた。ここに押し込められた記憶が海中のプランクトンのように漂い、渦を巻く。光はなく濃い群青色の世界であった。重女は記憶のうねりに身を任せ、目を瞑って膝を抱えていた。
 ここには誰もいない。誰も自分を責めない。ここで眠っていれば、自分はそのうち消えるだろう。

 『それでいいの?』

 そう問いかけてくる声が聞こえる。いいも悪いも、私はこうすることしか出来ない。

 『本当に?』

 …………

 『それと同時に、姉ちゃんはある決意をしたんじゃなかったか?』

 姉ちゃん?

 ふと、重女が目を開けると、そこには深緑のスーツに身を包んだ少年――弟である、アキラが立っていた。
 アキラ。そうだ、あの時。フジワラさんが何者かに襲われているのを知って、それから意識を逡巡していたら、頭の奥から声が聞こえて…………
 気がついたら、私はここにいた。そして、アキラ、あなたが代わりに表層に浮かんでいって……

 『姉ちゃんの記憶、見させて貰った』

 はっと、重女は息を呑む。クラブ・ミルトンでのあの事件。私が犯した罪。あれを知られてしまった。悲しい。恥ずかしい。弟のアキラにまで知られてしまうなんて。私は生きる価値がない。

 『そんなことない! あの時言ったじゃないか。俺が姉ちゃんを守るって』

 アキラは優しい。私を責めようともしない。ツギハギさんも、フジワラさんも激しく叱咤してくることはしない。見放されているのかもしれないが、それが今の自分にとっては百の罵声と千の殴打に等しかった。

 『姉ちゃん……俺は姉ちゃんの味方だ。たとえ姉ちゃんが何をしても絶対に見放したりしない。だから教えてくれ。今後どうしたいのか、今どう思って、何をしたいかを』

 沈黙。目の前の弟は真剣な目で重女を見つめる。青い瞳どうしが重なる。私、わたし、わたしは――

 ――――

 異変に気がついたのは、ツギハギと黒蝿の両方だった。
 今の隠れ家は、ツギハギの店の地下にある射撃場である。一度神舞供町からは離れてフジワラやツギハギの人脈を当たって隠れ家に相応しい場所に滞在を繰り返していたが、ここに戻ってきたのはつい昨日。やはりというか、【セルフディフェンス】は荒々しく捜索された形跡があった。だが地下の射撃場には気がつかなかったらしく、人の入った形跡は皆無だった。何より、一度探した所をもう一度探しに来るはずはないだろうという心理をついてここに戻ってきた。鬼ごっこで鬼が一度探した場所を探さないのと同じである。
 しかし黒蝿たちは感じた。侵入者の気配を。

 「ここには来ないと踏んだんだがな……」
 「人数は4、5人か……全員悪魔召喚師の可能性が高いな」
 「その人数ならやれるが……下手に騒いで仲間を呼ばれるのは避けたい」
 「なら、息を潜めてろ。見つからないようにな」

 だが、そんなツギハギの言葉も空しく、彼らの気配を察知したヤタガラスの刺客は、地下に続く階段を発見してしまった。仲魔を引き連れ、階段を下りていく悪魔召喚師達。その数、仲魔も入れて5人。
 悪魔召喚師の1人が射撃場に通ずるドアノブに手をかけ、室内に侵入する――かと思われたが、入り口の左右に控えていた黒蝿とツギハギによってこめかみに肘打ちをくらい、昏倒する。
 それが戦いの始まりであった。
 機先を制した黒蝿とツギハギは、残り4人の悪魔召喚師とその仲魔相手に雷撃のごとく攻撃を仕掛ける。ツギハギのガンプによって悪魔召喚師の膝は撃たれ、黒蝿のザンにより彼らの仲魔は吹き飛ぶ。だが、相手も負けていなく、至近距離から銃を放ち、仲魔に下知を下す。
 銃弾が黒蝿の髪を数本持って行き、アギの炎がツギハギに迫る。ツギハギは仲魔を召喚し戦っていた。
 数名が戦う戦場となった射撃場の隅で、フジワラは未だ眠りから戻ってこない重女の身体を庇い、銃を構えていた。だがその手は震えている。フジワラは悪魔召喚師ではないのでこういったドンパチは苦手なのだ。それに一週間前に負った治りかけの怪我が、彼の挙動に精彩を欠く一因となっている。
 ツギハギと黒蝿の必死の防衛網を抜けて、邪鬼・グレンデルがフジワラの方に迫る。筋肉隆々の悪魔に向かって、フジワラは引き金を引いた。しかし二発命中したものの、相手は対したダメージを負っていない。恐らく物理攻撃に耐性があるのだろう。

 「フジワラ!」

 ツギハギの切迫した悲鳴にも似た声が飛ぶ。黒蝿もフジワラの方に向かったが、敵の腕は上がっており、モータルジハードを繰り出そうとしているところだ。

 ―――

 深層意識の海の中、重女は対峙する弟に向かって、言う。
 私は、
 今、私が出来ることは、

 『……姉ちゃん』

 私は、わたしは………
 そこで重女は息を吸うと、決意したように、思いを目の前の弟に告げる。

 「私は、黒蝿やフジワラさんやツギハギさんに謝りたい!」

 そして、と重女は続ける。

 「私は、彼らを、守りたい!」

 ―――

 グレンデルの太い腕が振り下ろされようというとき、その腕に複数の穴が空いた。
 ハマの弾を受けた事により、グレンデルにダメージを負わせることができた。しかし、その弾を発したのはフジワラではない。フジワラに庇われていた、つい一瞬前まで睡眠状態だった少女が影の銃でハマの術の籠もったマハンマストーンを撃ったのだ。

 「か、重女さ……いや、アキラ君?」

 はあはあと肩で息をしながら、膝立ちになって重女は次々に影の銃を造りあげた。外見こそ近代のハンドガンやサブマシンガンの形ではあるが、機構は単純で、中世に用いられた単発式のライフル・ド・マスケットに似ている。そして一発撃つごとに形は崩れるが、その前に重女はいくつも銃や刃物を影で顕現していった。

 「―――――――っ!!」

 もし重女に声が出ていたら、それは雄叫びとなって辺りに響いただろう。影の銃を撃ち、また撃ち、刀を投げ、相手の悪魔召喚師とその仲魔を蹴散らしていく。
 戦力をボロボロにされたヤタガラスの刺客達は、やっと射撃場から出て行った。
 敵が出て行ったにも関わらず、銃を両手でしっかりと握りしめ、呼吸も荒く臨戦態勢を解かない重女に、フジワラは違和感を抱いた。そして彼女の肩を揺すり、「もう終わったよ、“重女さん”」というと、金髪の少女は驚いたように肩をびくつかせ、一瞬フジワラを凝視したかと思うと、次の瞬間罰が悪そうに下を向く。

 「やはり……今の君はアキラ君ではなくて重女さんだね」

 フジワラは確信を持って言った。

 ―――

 「……………………」

 もじもじと、居心地の悪そうに、重女は身体を縮ませる。両手で身体を抱き、“戻ってきた”ことを改めて実感する。
 あの後、ヤタガラスの刺客を退けた後、重女たちはツギハギの指示の元、射撃場にあった武器を全部持って車で移動した。移動先は隠れ家の一つの廃棄された病院。そこは廃棄されてそれ程経ってないのか、あまり雑然としていなく、造りもしっかりしているので、水と電気さえ通っていればこのまま住めそうな雰囲気だ。
 ツギハギはさっきからどこかと連絡を取り合っている。フジワラは包帯と湿布を変えるのに忙しく、黒蝿はじっと重女の方を凝視していた。
 恐る恐る顔を上げる。すると黒蝿の切れ長の瞳と目が合ってしまい、思わず重女は下を向く。
 このままではいけない。話しかけなくては。黒蝿だけで無くフジワラさんやツギハギさんにちゃんと謝罪しなければ。でも、そのきっかけが掴めない。

 「あの~……」

 いきなり声をかけられ、重女の肩がびくついた。気がつくと、フジワラが下から重女の顔をのぞき込んでいた。

 「一応もう一回確認したいんだけど………今の君は重女さんで合っているよね?」

 ふいに問われ、重女は顔を赤くしながら小さく頷いた。相変わらず眉を寄せてこちらを見ている黒蝿と目を合わさないよう、視線を床に落とす。

 「うーん、でも確認のしようが無いよね。アキラ君も影の魔法を使えたのかもしれないし……」
 「それはない」

 フジワラの疑念に、そう断言したのは黒蝿だ。黒蝿はこちらに近づき、重女を見下ろしながら言った。

 「影の造形魔法は、俺がこいつに直接渡した。使えるのはこいつだけだ」
 「なぜそう言い切れるんだい? 身体が同じならアキラ君だって使えたって可能性も………」
 「さっき、影で銃を造ったとき、アキラのでは無く、こいつの波動を感じた。俺は影の剣で刺されたから良くわかる」

 刺された、と言われたとき、重女の心臓が一際大きな音を立てた気がした。黒蝿はそれっきり何も言わない。無言で、自分を刺した少女を見つめ続けている。
 ぎゅっと目を瞑り、重女は床に手をつけ、ゆっくりと頭を下げる。そして黒蝿、フジワラ、ツギハギに向かって言う。『……ごめんなさい』と。
 無論、この声は黒蝿にしか聞こえていないが、フジワラとツギハギはその姿勢から、彼女が謝罪の意を示していることを理解した。

 『あの時………貴方を、刺しちゃって、痛い思いさせちゃって、本当に、ごめんなさい……』

 涙が溢れそうなのを必死に堪え、一語ずつ確かめるように重女は黒蝿に向かって謝罪した。黒蝿はまだ何も言わない。

 『私は、沢山の人を殺してしまった。黒蝿、貴方が止めてくれなかったら、もっと暴走していたと思う………私は、力に溺れて、取り返しの付かないことをしてしまった……』

 シドは、あの時私のことを「ダークサマナー」と言った。力を行使し、悪行を働く者。その咎人の名。私に付いてしまった烙印。

 『私は、“ダークサマナー”になってしまった。それと同時に、ヤタガラスが行っていることを知ってしまった。あれは、絶対に止めなくちゃいけない。
 ……でも、今の私には力が無い。真っ正面から対抗してもヤタガラス相手に勝ち目はない。だから、私は………』

 ぎゅ、と拳を握る。この決意を口にすれば元には戻れなくなる。だけど、この方法でしかヤタガラスを壊滅させることはできないとも理解していた。
 重女は、顔をあげて、真っ直ぐ黒蝿の目を見て言う。

 『私は、ヤタガラスに反旗を翻す者、“ダークサマナー”として、あの組織を潰したい! どんな手段を使っても、あんな実験をしているヤタガラスを潰したい! これ以上不幸になる人が一人でも多く減るように……だから、やたノ黒蝿、私に仲魔として力を貸して』

 ぴくり、と黒蝿の眉が片方上がる。重女は構わず続ける。

 『人を大勢殺してしまった罪は、そうすることでしか消せないと思う。ダークサマナーとして、どんな手を使っても、ヤタガラスを、シドを止めたい。だから……!』
 「俺に命令するな」

 ぴしゃり、と重女の言葉を黒蝿が遮った。重女の身体が硬直する。

 「誰につくか、なにをするかは自分で決める」

 そこで、黒蝿はしゃがみ重女と目線を同じくする。ほの暗い瞳が青の瞳をのぞき込んでくる。その視線は重女の心の奥をも見透かすようで、重女は顔を背けたい衝動を必死で堪えた。

 「おまえはダークサマナーとしてヤタガラスを潰すと言うが、それがどれほどのことか分かっているのか? 相手は千年以上の歴史ある巨大な組織だ。それを瓦解させるには、手段は選んでいられないぞ。非道と呼ばれる行為も場合によってはおこなわなければならないだろう。それでもやるのか?」

 黒蝿の視線の圧力が増す。震えだした左手を右手で必死に押さえ、重女は、はっきりと言う。

 『……うん。私は、ダークサマナーとして、ヤタガラスを潰すためなら、シドを止められるなら、どんな手段でもとる』

 沈黙が場を支配する。重女の声が聞こえないフジワラとツギハギには、二人の会話の内容は断片的にしかわからなかったが、それでも重女の決意が伝わってきて、両者一言も口を挟めずにいた。

 「…………そうか」

 最初に口を開いたのは黒蝿だった。そのすぐ後、乾いた音が響く。黒蝿の右手が、重女の頬を叩いたのだ。
 一瞬、重女はなにをされたか分からなかった。ようやく自分が叩かれたのだと知ると、無意識に頬に手を当てる。その頃には黒蝿は立って後ろを向いていた。

 「刺された分の返しだ」

 肩越しにそう重女に告げると、黒蝿は今までの重女との会話をフジワラとツギハギに説明しに行った。刺された分の返し。黒蝿にとって重女はあれだけの深手を負わせた相手なのだから、もっと罵倒したり、強く殴るなどをしてもよかったのに。
 だが、あえてそれをせず軽いビンタ一つでことを済ませるだなんて。重女にとっては罵倒されたり、激しく殴打されるよりも、この軽い一発が何よりも心に響いた。

 ―――

 重女の決意を黒蝿から聞いたツギハギとフジワラは異を唱えなかった。もとより二人もヤタガラスから追われる身になってしまったのだから、重女の「ヤタガラスを潰したい」という目的には賛同せざるをえなかった。

 「と、いってもよ、具体的に何をするんだ?」

 そうツギハギに聞かれ、重女は困った。ヤタガラスを潰すといっても、具体的な策は何一つ考えてなかったのだから。

 「とりあえず、ヤタガラスの情報入手を当座の目的としないかい? 重女さんはシド・デイビスという悪魔召喚師を探したいんだろう? なら、ヤタガラスの悪魔召喚師の登録名簿にアクセスできれば……」
 「簡単に言うけどよ、それってヤタガラスのメインコンピューターにハックするってことだろ? クラブ・ミルトンのとはセキュリティの強度が全然違う。フジワラ、お前の腕前でも叶うかどうか……」
 「それで私に一つ案があるんだけど」

 これを見て、とフジワラがノートパソコンの画面を見せてきた。そこに映し出されていたのは、どこかの会社の社員登録名簿らしく、何人かの顔写真と経歴その他の情報が表示されていた。

 「これは先週私たちを襲った「烏丸コーポレーション」というヤタガラスのフロント企業の社員名簿なんだけど、この人物を見て。篠原義信。こいつは凄腕のハッカーで、過去に色んな悪徳企業の悪事をハッキングして暴いたって、その筋ではちょっとした有名人なんだ」
 「そいつがどうしたって言うんだ。こいつもヤタガラスの悪魔召喚師なんじゃないのか?」
 「いや、調べた感じだと、この会社は上層部以外の社員は一般人で、自分達の会社がヤタガラスに関わっているとは知らない。当然篠原義信もね」

 それで、とフジワラは重女に顔を向けながら言った。

 「彼には娘がいるらしいんだ。現在中学二年生。名は篠原茜。●●県の公立中学校に通っているらしいんだ。重女さん、この中学校に潜入し、この子と親しくなってくれないかい?」

 重女のみならず、黒蝿もツギハギも首をかしげた。何故ヤタガラスの息のかかった会社の職員の娘と親しくなる必要がある?

 「わからない? つまりだね、篠原義信にヤタガラスのメインコンピューターにハッキングしてもらう為に、娘を利用するってことだよ」
 「おい、それってまさか……」
 「娘の篠原茜を人質にとって、ハッキングして貰うんだよ」

 ツギハギは呆れた。こんな大胆かつ卑劣な策が温厚なフジワラの口から出てくるなんて。こんな作戦、お嬢ちゃんだって承知するはずが――

 【やる】

 重女はそう書かれたスケッチブックを見せ、賛同の意思を示した。ツギハギとフジワラは思わず顔を合わせる。フジワラはとりあえず言ってみたがきっと重女に断られるだろうと思っていたのに、まさか賛同してくるとは。

 「お嬢ちゃん、本気かい?」

 重女は固い表情を崩さず、さらさらとスケッチブックにペンを走らせる。【手段は選ばないって決めたから】紙にはそう書かれていた。
 フジワラは顎に手を当て何かを考え、ツギハギはまじまじと重女の顔を覗いた。だが口を真一文字に引き締めた重女の顔は冗談を言っているように見えなかった。

 「…………」

 黒蝿は何も言わず、ただ重女の横顔を見つめていた。その横顔が、黒蝿が今まで見たことのない少女の表情だったので、思わず黒蝿は眉をしかめた。

 その後、重女の同意を得たことにより、この作戦は決行されることになった。重女達は●●県へ移動し、フジワラ達の手により、偽の住民票などが造られ、重女が篠原茜と同じ中学に転校出来るよう根回しされ、いよいよ明日、その中学校に潜入することになった。

 ―――

 『本当にこれでいいのかい?』

 夢の中、アキラが重女に問いかけてくる。重女は頷いて見せた。

 『姉ちゃんの選んだ道は辛いよ? ダークサマナーとしてヤタガラスの追っ手に神経を使う日々………きっと、ツギハギさん達以外の誰からも理解されない。それでもいいの?』

 いいの、と重女は答えた。ヤタガラスを潰すため、私はダークサマナーの道を進むしかない。例えどんな手段を使おうとも、憎まれようとも、ヤタガラスは壊滅させなくては……

 『例えシド先生と相まみえることになっても?』

 ……………………

 『……分かった。それが今の姉ちゃんの決めたことなら、俺は何も言わない。だけど姉ちゃんは一人じゃないよ。黒蝿の野郎も、獅子丸も、牛頭丸も、猿も紅と白もいる。それに俺は深層意識の奥底に眠るけど、本当にピンチになったらまた出てくるから。
 だから、姉ちゃん、無理だけはしないで………』

 うん、ありがとう、アキラ。

 アキラが重女の手をとり、手の甲にキスをする。まるで紳士のようなその行為に、重女は顔を赤くした。
 アキラはイタズラっぽく微笑みながら、その身を崩させていった。アキラの人格が薄れていく。重女は思わず手を伸ばしたが、その時には意識は完全に覚醒され、気がつくとその身は薄い布団に横たわっており、隠れ家の天井に向かって手が伸びていた。
 目の縁に涙が溜まって、瞬きすると、つう、と一筋の涙が重女の頬に軌跡を残した。

 ―――

 制服の着るのなんていつぶりだろう、と重女は思い、最後に制服を着たのはいつだったかと考えを逡巡していると、バスが次の停留所の名をガイダンスした。重女は停車ボタンを押した後、中指で眼鏡のブリッジをくい、と押し上げると、すぐに意識を切り替えた。
 篠宮義信の娘、篠宮茜に近づき、彼女を人質に篠宮義信にヤタガラスのメインコンピューターにハッキングさせ、情報を得ること。これが重女達の作戦。

 ――大丈夫。きっと上手くいく。

 制服の下に隠している十字架のペンダントを握りしめ、重女はそう自分に言い聞かせる。
 ダークサマナーの少女は、セーラー服に身を包み、打倒・ヤタガラスのための一歩を踏み出した。

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 意識が重い沼からゆっくりと浮上していく。身体の感覚はまだ朧気で、水の中にいるようだ。
 水面が近くなっていく。するとなにかくぐもった怒鳴り声が聞こえてきた。

 「ああ!? ……だから……なんだってんだよそれは……とにかくそこは危険だ。今すぐ荷物まとめてこっちにこい。………ああ、その話は後で聞くよ。それとも俺がそっちに行った方がはええか?」

 黒蝿がまぶたを開けると、柔らかな光が頭上から降り注いでいた。同時に自分が全裸で、液体に半身を埋めていること、ドーム型の装置のようなものに自分は横たわっていることを、まだ重い頭で理解した。
 酸素マスクらしきものをとると、ビーッ、ビーッと耳障りな警告音が鳴り、ドームの中の液体は排出され、天井がゆっくりと開いた。
 半身を起こし髪をかき上げる。「……ツギハギ」黒蝿が名を呼ぶと、通話の終わったツギハギが黒蝿の姿を見て目を丸くした。

 「黒蝿……お前目を覚ましたのか」
 「ああ、まだ怠いがなんとか動ける」

 言いながら、黒蝿は影を操り自分の身体を覆う服を顕現させていった。鴉を象った兜以外はいつもと同じ、黒い三伏にも似た服装に身を包む。

 「状況はどうなっている? さっきなにやら揉めていたようだが」
 「お察しの通りトラブルだらけさ。特に重女とかいうお嬢ちゃんがな………」

 黒蝿の形の良い眉がひそめられた。重女。自分の真名を奪った少女の偽名。黒蝿を刺した張本人は、また何かトラブルを起こしたのだろうか。

 「フジワラに聞いても全然的を得ない答えしか返ってこねえ。重女さんが別人になったとか、男に変わったとか意味不明のことばかり喚きやがる。まあヤタガラスの襲撃を受けて精神的に混乱してるんだろうがな………」
 「ヤタガラスの襲撃!?」
 「ああ、フジワラがスクープを提供しようとした会社は、どうやらヤタガラスのフロント企業だったらしい。悪魔召喚師を差し向けられてボコボコにされたらしいが、どうやらあのお嬢ちゃんが刺客を倒したらしい」

 黒蝿の眉間のしわがますます深くなった。低級悪魔相手ならともかく、ヤタガラスの精鋭にあいつ一人で勝てるものなのか? コンプに入れてある仲魔を呼び出すのだってマグネタイトが必要不可欠だし、クラブ・ミルトンでの戦いの後で十分なマグネタイトを手に入れられたとも思えんが………

 「とにかくまずはフジワラの店に行く。黒蝿、行くぞ」

 そういってツギハギは車のキーをちゃらつかせて見せた。車でフジワラの店まで連れていくつもりか。黒蝿は踵を返し「俺は空を飛んで向こうに……」と言いかけたが、ツギハギに首元をひっぱられ強引に駐車場に連れて行かれる。
 「離せ!」
 「なに寝ぼけたこといってんだよ。空なんか飛んだら目立っちまうじゃないか。いいからとっとと乗れ。十分もすれば着く」

 後部座席に半ば黒蝿を押し込め、ツギハギは車を発進させた。
 フジワラの店に着いた頃には、黒蝿の顔色が真っ青になっていたことはいうまでもあるまい。

―――

 フジワラの喫茶店【フロリダ】にツギハギ達が着いた時、中はめちゃくちゃであった。
 机や椅子、ソファーがあちこちに飛ばされている。コップや調味料やその他細々としたものも割れて散らばり、カウンターとドアが半壊していた。まるでなにか大きなモノがぶつかったような……
 殆ど瓦礫といっていい中、二つの人影があった。一つはフジワラ。その姿は着ている服のあちこちが破れ、血のようなものも付いている。顔は殴られたのか酷く腫れて、口の端から血が滴っており、黒縁眼鏡には亀裂が走っている。酷い姿だ。ツギハギは一目見てフジワラがヤタガラスの悪魔召喚師共に暴行されたのだとわかった。

 「……大丈夫か?」
 「大丈夫………て言いたい所だけど、あまりいい状態じゃないね。身体のあちこちが痛い。特に右脇腹と左腕が酷い」
 「見せてみろ」

 ツギハギがぼろ切れ同然になったフジワラのシャツを引き裂き、彼の身体をチェックした。確かに右脇腹が紫色に変わっている。そこを軽く押してみると、フジワラが苦しそうに悲鳴をあげる。左腕も同様に触診したが、反応は同じだった。

 「ううん……恐らく骨にヒビでも入っているか、もしかしたら骨折してるのかもな。この家に救急箱はあるか?」
 「二階に……」

 そこまで言うと、物陰にいたもう一つの人影が動いた。九楼重女と名乗る少女は、立ち上がるとそのまま二階への階段を上っていく。
 そして重女は救急箱を携えて降りてきた。彼女はフジワラの傍に座ると、救急箱から湿布を取り出し、フジワラの右脇腹に何枚か貼る。それから左腕にも湿布を貼り、そこらに散らばっていた箸を三本程集め、添え木代わりにし包帯を巻いたかと思うと、破けたフジワラのシャツを器用に折りたたみ三角巾の形にし、フジワラの左手を包み、端を首の後ろで結ぶ。負傷した左腕を首から布で吊す形になった。

 「へえ……上手いもんだな。どこで習ったんだい?」

 ツギハギが感心して言う。重女は答えようとして唇を動かすが、声は出なく呼吸音しか発しなかった。重女は喉を押さえ、ツギハギを睨んだ後、カウンターに入り無事なコップに水を入れて戻ってきた。そして救急箱から痛み止めの薬を数粒手のひらに乗せ、ずい、とフジワラの目の前にコップと共に差し出した。また唇が動く。当然声は出ないが、ツギハギはその唇の形から「飲め」と言っているのがわかった。
 フジワラは震える手でそれらを受け取り、薬を飲み干す。水を飲んで少しは落ち着いたのか、フジワラはふう、と息を吐き、重女を凝視した。鳶色の瞳には未知のものを見たかのような猜疑の色が窺える。

 「改めて聞くけど、君は重女さんではない……んだよね?」

 重女はこくんと頷いて見せた。ツギハギの顔が険しくなり、思わず重女とフジワラの顔を交互にまじまじと見てしまう。よく見ると重女の顔つきはどこかキツい。口を真一文字に締め、何か緊張しているような、張り詰めたような顔だ。そこには三日前に見た怯えの色もなければ、魂がぬけたような呆然としている様子もなく、あるのは触れれば傷つく抜き身のナイフのような尖った目つきと雰囲気だった。こんな顔つきの彼女は見たことがない。

 「そういや電話でお嬢ちゃんが別人に変わったとか言ってたな。あれはどういう意味なんだ?」

 ツギハギの問いに、フジワラは近くにあった小さめのホワイトボードを差し出した。そこには[おれはアキラ]と荒々しい筆跡で書かれてある。

 「……なんだこれは?」
 「重女さん………いや、『アキラ』君? とやらが書いたんだよ」
 「意味がわからん。どういうことだ?」
 「そのままの意味だよ。今の彼女は重女さんじゃない。『アキラ』という男らしい」

 その時、がたん、と部屋の隅のテーブルが動いた。そいつは重女の仲魔のやたノ黒蝿。車から降りた途端、青い顔で真っ先にトイレに入っていったが、いつ出てきたのか。
 トイレで嘔吐してスッキリしたのか、いつもの顔色に戻った彼は、重女の方に近づく。
 重女も黒蝿に気がついたようで、一瞬目を細めたがすぐに皮肉っぽく片方の口角をあげてみせた。

 『よう、黒蝿。久しぶりだな』
 「!?」

 重女から黒蝿の脳に直接声が届く。しかしその声は聞き慣れた少女の高い声ではなく、変声期直後のやや低めの男の声であった。
 この声、知っている。東のミカド国の王でありあいつの弟でもあり、黒蝿に十字架のペンダントを預けあいつと融合して消えたはずの少年の声。

 「………なんでお前が出てきている……お前は……」
 『おお。お前には俺の声が聞こえるみたいだな。悪魔相手だと聞こえるのか。全く、声が出ないってのは予想以上にめんどいな』
 「お前のマグネタイトは全部吸い取ったはずだ。なのに何故意識が存在している? 答えろ、“アキラ”。お前の姉はどこに行った?」

 ふう、と、重女、いや、“アキラ”は息を吐き、倒れていた椅子の一つを起こし、どっかりと足を組んで座って見せた。まるで玉座に座る王のように尊大に。

 『姉ちゃんは今は深層意識の奥で眠っている。姉ちゃんは罪の意識で自ら消えようとしていた。だから助けようと思ったら、気がつけば表層意識に浮かんで来れた。代わりに姉ちゃんの意識は奥深くに沈んでいった。きっとお前が吸い取ったマグネタイトの残りカスみたいなのが僅かに残っていて、姉ちゃんのピンチにそのカスが集まって俺の人格が復元されたみたいだ』
 「…………………」

 改めてまじまじと目の前の人物を黒蝿は凝視する。そういえば眼鏡をかけていない。あいつは視力が悪かったはずなのに。
 それに胸の膨らみもほとんど無くなっている。まああいつは気休め程度に膨らんでいただけで、バストはあってないようなものだったが。

 『………姉ちゃんを、守ってくれって言ったのに………』

 重女の身体を支配しているアキラが黒蝿を睨み付けながら言う。黒蝿は思わず懐の十字架のペンダントを握った。あの少年が「男の約束」として一方的に寄越した、黒蝿の心を支配する象徴。

 『おまえも一緒だったんだろ? それなのに、なんで姉ちゃんはこんなに傷ついて自分を責めているんだ? なんで消滅願望を抱いて苦しまなきゃいけないんだ!』

 こいつ、記憶はあいつと共有していないのか……黒蝿が何か言おうとしたとき、「あの……黒蝿君?」と遠慮がちにフジワラが口を挟んだ。

 「私たちには聞こえないんだけど、君には重女さんの声がわかるのかい? 重女さんはなんて言ってるんだい? 本当に「アキラ」とかいう人物になっているのかい?」
 「……………………」

 そういえば、フジワラ達と会った時から、重女は咽喉マイク入りチョーカーをつけていた。だから会話には不自由しなかったが、そのチョーカーも恐らくクラブ・ミルトンと共に焼失したのだろう。重女が声を伝えられるのは悪魔相手だけだというのは、フジワラとツギハギは知らない。
 さて、どこから説明したものか。黒蝿は重女の弟のアキラのこと、東のミカド国での出来事、アキラと重女の融合、といったことを順を追って説明した。
 説明が終わる頃には、夕暮れが辺りを覆い始めていた。

―――

 「えーと…………簡単に言えば、重女さんと弟のアキラ君、二つの人格が彼女の身体にあって、今はアキラ君が主人格だと」

 黒蝿の説明を聞いて、フジワラはそう聞いてきた。「まあ、概ねそんなところだ」と黒蝿は答える。フジワラとツギハギは倒れていたソファーを起こし、そこに座している。重女の姿形のアキラと向かい合う形になっている。

 「早い話、二重人格ってことだろ? 話には聞いていたが本物を見るのは初めてだぜ」

 ツギハギがアキラをじろじろと珍しいものでも見るかのように頭の天辺からつま先まで眺めながら言う。厳密に言えば違うが、今の状況を表すには適切な表現だ、と黒蝿は思った。

 「なあ、とりあえず生体エナジー協会に行かないか? ここにいたんじゃまたヤタガラスの襲撃に遭うだろうし、あそこには色々機材が揃っている。お嬢ちゃんの身体と精神を調べるには最適だろうし、フジワラ、お前の傷も治さなきゃならねえだろ?」
 『俺はお嬢ちゃんじゃない。アキラだ』

 アキラの声は当然ツギハギ達には聞こえずじまい。フジワラは「そうだね」と頷く。

 「重女さんの件でゴタゴタしててちょっと長く居すぎたな。早く逃げよう。重女さ……アキラ君、もついておいで。ここは危険すぎる」
 「…………」

 無言で、アキラは黒蝿の方に視線を向ける。黒蝿は、「今はこいつらの言うとおりにしろ。ヤタガラスの追っ手から逃げなくてはならない」と返答した。

 『俺の力なら何人束になろうが、返り討ちにしてやるのに』
 「今のお前の身体は姉貴のだってこと、忘れたか? お前の姉は術も使えなければ、戦闘術も身につけていないぞ」

 少しの間、納得がいかないというように唇を尖らせていたが、ひょい、とアキラは椅子から下りて、『フジワラ、さん。貴重品はどこ?』とフジワラに聞いた。が、相変わらずその言葉は声にならない。フジワラが目で黒蝿に通訳を頼むと、黒蝿は「荷物をまとめるのを手伝いたいそうだ」と伝えた。
 それからフジワラとアキラは荒れた店内を動きつつ荷物をまとめている。ツギハギと黒蝿はずっと無言だったが、彼らの視線は、今はアキラになっている重女に注がれていた。やや大股な歩き方、背筋の伸びたしゃんとした佇まい、身振り手振り。それらは彼らが知っている重女のそれとは微妙に違っていた。あれは武道の心得のある者、命がけの戦いを幾度もくぐり抜けてきた者の仕草だ。

 「黒蝿の。お嬢ちゃんは戻ってくるのかねえ?」

 ツギハギの問いに黒蝿は無言を答えにした。かつて“約束”を交わして消滅したはずの少年の本当の横顔を思い出し、姉である重女の横顔が、その少年のそれと同じになっているのを確認してしまい、黒蝿は苦虫をかみつぶしたような表情を作った。

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 誰かが泣いている。
 少女のすすり泣く声。誰だろう。何故君は泣いているの?
 
 ――ごめんなさい

 懐かしい声だ。ずっと側にいてくれた声。ずっと探し求めてきた声。
 彼女は、泣いている。自分を責めて、泣いている。自分が消えることを望んで。「彼女」の存在が薄くなる。
 待って、消えては駄目だ。
 君は、僕が、俺が、守るから――
 
―――

 生体エナジー協会。表向きは健康食品を扱う非営利団体。だがその実態は、デビルサマナー達に悪魔に必要なマグネタイトを売買している怪しげな団体である。
 国家機関ヤタガラスに認可されているかは不明だが、ここを訪れるデビルサマナーは少なくなく、恐らくヤタガラスも黙認しているのだろう。

 生体エナジー協会の支部は隣町に位置しており、車なら十五分、バスでは三十分ほどでつく。
 その生体エナジー協会に、重傷を負った悪魔が一体収容されていた。
 ドーム型のカプセルに入れられた悪魔――やたノ黒蝿はかろうじて人の姿を保っており、左胸の傷も癒えている。しかし彼の衰弱は激しく、意識不明状態。完全復活のためのマグネタイトがまだ足りないようだ。

 「ツギハギさん、もう堪忍してや。うちのマグネタイトの貯蓄が底をついてしまうさかい」

 ツギハギと呼ばれた、渾名の通り顔や身体にいくつもの手術痕の目立つ大柄な男は、ふん、と鼻を鳴らした。

 「グーフィよ、お前三年前の件、忘れたとは言わせないぞ。あの後始末に俺がどれくらい走り回ったと思ってるんだ。その貸しを今返して貰っているだけだろうが」
 「い、いえ、あの件のことはほんまツギハギさんに感謝してます。ツギハギさんがいなかったら、わいは今頃……」
 「なら今度は俺の頼みを聞く番じゃねえか」

 ツギハギはカプセルの中の黒蝿の血色の悪い顔を見ながら突き放すように言った。
 ここに連れてきてから三日、一時期は小さな黒い塊に退行するまで衰弱していたが、ここでマグネタイトを大量に注入してから、なんとか人の形にまで戻った。が、未だ意識が戻らない。
 悪魔は死ぬことはない。だが、その身を現世に顕現するにはマグネタイトが必要不可欠だ。マグネタイトが無くなれば人の世での形を保てなくなり、異界に強制送還する仕組みだ。
 だが、黒蝿は重女に真名を奪われて現世に無理矢理縛られている。そのため異界に帰ることもコンプに入ることも出来ない特殊なケースである。
 ツギハギとフジワラがそのことを重女から聞いたのはクラブ・ミルトンでの事件の後。いや、正確に言うとほとんど無理矢理話させた、というべきか。重女は言われるがまま震える手でペンを持ち、自分と黒蝿の関係を拙いながらも紙に書いて教えたのだ。
 そこで初めて重女が声を出せないのは黒蝿に言霊を奪われたからだと知った。ついでに重女というのも偽名で本当の名は自分でもわからない、ということも。

 「まったく、難儀なことだな」

 苦みのある声でツギハギはごちる。と同時にその重女と偽名を名乗る少女の顔を頭に浮かべ、ツギハギは顔を険しくさせた。
 フジワラの所に保護され、黒蝿に重傷を負わせ何十人もの人間を殺害した、ヤタガラスに「ダークサマナー」と烙印を押された少女は、あれからずっと一人心を閉ざし引きこもっている。

―――

 フジワラの営む純喫茶「フロリダ」の二階は居住スペースになっている。しかし店主のフジワラは近くのアパートに部屋を借りていて、そこから店に通っている。
 暫く誰も住んでいなかったフロリダの二階に、住人が来たのは三日前。クラブ・ミルトンでの事件の後、九楼重女と名を偽る少女を半ば押し込める形で住まわせた。
 それはヤタガラスから「ダークサマナー」として追われる身となった彼女を保護する目的もあるが、一番の目的は「監視」である。

 つまり、重女がまた感情を暴発させてクラブ・ミルトンでのような行動を起こさないかどうかと、黒蝿のところへ見舞いに行ったりしないかどうかという行動の監視。それには懲罰の意味も込められていた。

 重女は何度も黒蝿に会いたいとフジワラとツギハギに頼んできた。だがフジワラは頑としてその訴えを拒否した。会ってはいけない。それは黒蝿が危篤なのもあるが、何より彼の重女への個人的な疑念に満ちた感情があり、そのために君は黒蝿君に“会わせない”と正直に言うと、重女は酷く落胆した面持ちでフロリダの二階の一室に戻り、以来ずっと部屋に引きこもっている。
 どういう経緯でかは知らないが、彼女は自らの力で何十人という人間を殺害した。その事は事実だし、ダークサマナーになってしまったのも合点はいく。彼女自身もわかっているのだろう。だからフジワラはあえて叱咤せず、かといって安易に慰めたりもせず、屋根裏の部屋に一人彼女を閉じ込めた。
 一人になってじっくり考えて欲しかった。自分の行動がどれだけ非道なものだったか。自分のせいで未来を奪われたものが多数いる現実を直視し、これからどう生きるのか自分自身で答えを出して欲しかった。
 十五の少女にはあまりにも過酷な仕打ちかもしれないが、フジワラはこのやり方しか思いつかない。彼が子供でもいればまた違った処罰を思いつけるだろうが、四十すぎのやもめ男には、外側から鍵をかけられる部屋を与え、内証の時間を与えることしかできない。あの部屋には自殺に使用出来るものは一切置いてないし、監視カメラもつけている。そしてツギハギの仲魔が見張りのために密かに付いている。彼女があの夜のように自死させないことに置いては徹底していた。
 フジワラはパソコンのキーをいじり、重女の部屋のカメラ映像をチェックする。重女はベットに横になっていた。差し入れの食事は少ししか食べていない。寝ているのか、または自分を責めているのかはカメラ越しでは分からない。
 ふう、と息を吐き、フジワラは作業に戻った。パソコンのディスプレイにはクラブ・ミルトンで手に入れた機密文書のコピー。「悪魔召喚簡易化のための赤玉プロジェクト」の概要と「赤玉」の製造方法や実験の記録。
 だがあの時火に追い立てられていたので、データ抽出は半分ほどしか成功しなかったが、それだけでもヤタガラスが非人道的なプロジェクトを進めている証拠になる。フジワラはフリージャーナリストとして今まで培った人脈を生かし、何社もの出版社、テレビ局などのマスメディアにこのことをスクープとして提供してきた。
 だがどこの会社もこの情報を買い取ってくれない。恐らくヤタガラスの圧力がかかっているのだろう。当初の計画どおり秘密裏にデータを手に入れていたのなら、ヤタガラスの手がマスコミに回る前に特大スクープとして高値で売れただろうに。
 徒労に終わるかと思われた情報提供に、一社だけ手応えのある反応を返してきた。
 聞いたこともない小さな出版社だが、フジワラの話を是非聞いてみたいという。
 面談は明日の午後五時、ここフジワラの店で。その時までに生体エナジー協会に収容されている黒蝿が意識を取り戻すといいな、と思い、フジワラはデータ整理と資料作りの作業に没頭していった。

―――

 フジワラの喫茶店の二階の部屋をあてがわれ、どれくらい過ぎただろうか。
 まだ三日にも感じるし、もう三日も経ったかとも感じた。
 重女は夜になっても電気をつけず、暗い部屋で一人ベットに身を横たえていた。
 初めて本物の銃を撃った、あの衝撃、浴びる血の生暖かさ、無残な死体、そして――血を大量に流し私に身体を預けた黒蝿の重さ。全てが脳内で何度もフラッシュバックし、そのたびに重女は呼吸が出来なくなる。
 黒蝿はどこか別の場所で治療を受けているらしい。だけど会うことは許されなかった。彼の身体にしがみついて謝罪をしたかった。黒蝿が助かるなら私の血肉でもなんでもあげるのに、私は彼にマグネタイトも謝罪もなにもあげられない。だからずっと側にいたかったが、フジワラさんがそれを許してくれなかった。

 ――私の君への個人的な評価として、とても今の君を黒蝿君に会わせるわけにはいかない

 フジワラさんは冷たくそういって、君自身、一人になってよく考えるべきだと、この部屋を私に提供してくれた。
 住まわせて貰っている、といえば聞こえはいいが、ただ軟禁状態に置かれただけだ。扉には外側から鍵がかけられているし、天井の隅には小型の監視カメラまである。自分は独房に収容された罪人――そう表現するのが適切であるし、重女自身もこの待遇に不満はない。だって、自分は大罪人なのだから。沢山人を殺して、黒蝿にも重傷を負わせてしまった、「ダークサマナー」なのだから。

 『状況が分からないのか? この者達を殺したのは誰か、欲望のおもむくまま殺人を犯したのは誰か? それは死者しかいないこの通路で、ただ一人生き残っているそこの血まみれのお嬢さんしかいない』
 『九楼重女は闇に自ら足を踏み入れた。見事にダークサマナーに墜ちたというわけだ。彼女は我々が処罰する。だから君にはどいてもらい、そこの“ダークサマナー”をこちらに渡してもらいたい』

 シドのあの言葉がリフレインする。闇に足を入れた者。ダークサマナー。欲望の赴くまま力を行使する悪魔召喚師。黒暗召喚師とも言われるべきそれはヤタガラスにとっての討伐対象であるとツギハギさんから教えて貰った。
 あの後、蝿のような黒い塊にまで身体を変えた黒蝿を連れて、ツギハギさんはどこかへ行ってしまった。彼からは何も言われていない。フジワラさんのように私を諭したり叱ったりしなかった。私はてっきり殴られ叱られると思っていたのに、彼は拍子抜けするくらい私に何も言ってこないししてこない。それがいまの重女には辛かった。いっそのことフジワラさんのように遠回りでも嫌悪感を示してくれるほうがまだマシだ。何もされないで一人にされるのがこんなに辛いだなんて。
 呼吸が浅くなる。手足が冷たくなり、目の前が白くなっていく。

 苦しい、溺れてしまう。何に? 罪の意識に?

 千の謝罪を述べようと万の涙を流そうとも、死んだ人は帰ってこないし、私のしたことが消えるわけじゃない。
 それに、黒蝿は私を許してはくれないだろう。彼は身を張って私を止めてくれた。東のミカド国の戦いから、彼はずっと仲魔として悪態をつきながら時に呆れながらも私を助けてくれた。そんな彼を刺してしまうなんて。もし黒蝿が助かったとしても合わせる顔がない。
 視界が白に塗りつぶされる。呼吸が浅く速くなり、意識が遠のいていく。

 辛い。苦しい。こんな自分は存在してはいけない。私なんか、消えてしまえばいいーー

―――

 次の日、フジワラの喫茶店は午後四時で閉店した。そして五時になると、背広姿の二人組の男が約束どおり店にやってきた。片方は長身で痩せぎす、もう片方は小柄で太り気味で、まるで漫才のコンビのようだな、とフジワラは思った。
 交換した名刺には「烏丸コーポレーション・出版部門」の文字が印刷されている。烏丸コーポレーションは元はIT関連の会社だが、今度出版部も立ち上げることになり、創刊される雑誌のネタ集めに奔走しているところフジワラの情報に食いついた、というのが二人組の説明だった。
 一通りの自己紹介を終え、フジワラと二人組はソファーに腰掛けた。そして二人組の痩せぎすの方が口を開いた。

 「ええと、電話でお聞きしたとおり、フジワラさんはヤタガラスという悪魔召喚師を束ねる秘密組織に関する特ダネを掴んだ、と。間違いないですか?」

 勿論、とフジワラは頷く。それを見て小柄で太り気味なもう一人が疑問の声を上げる。

 「正直言いますとね、自分は未だに信じられないんですよ。悪魔だなんて想像上の生き物だとばかり思っていたのに、それを召喚する者がいて、それらを統べる組織が現代日本に存在するとは……」
 「ええ、疑問に思うのは当然だと思います。ですが事実なんです。古くから我々は悪魔や鬼といった異形の者と関わってきた。それら異形の者を従え、邪を払う“悪魔召喚師”がいて、それを統べるのが秘密国家機関ヤタガラス。
 だけど電話でお話したとおり、ヤタガラスは非人道的な行為を行っている。犯罪行為なんて生やさしいものじゃなく、もっと残酷で冷酷なことを。このことを是非民衆に知ってもらいたく、私は極秘取材を試みました」
 「それで、どうだったんですか」

 痩せぎすの男が言うと、フジワラはクラブ・ミルトンでの事をまとめた資料をテーブルに置いた。二人は早速資料をめくり、読み始めた。
 十分ほど経っただろうか。二人はフジワラが煎れたコーヒーに口もつけないで資料を凝視している。
 ふと、フジワラは二階の重女の事が頭に過ぎった。今日は客が来ることを告げたが、朝、食事を運んだときから喋っていない。まあ彼女は声を出せないから口頭で話すことは出来ないのだが。
 今日で重女をここに住まわせて四日目。隣町の生体エナジー協会に収容された黒蝿が意識を取り戻したとは連絡がきていない。あちらの事はツギハギに全部任せている。彼に任せておけば安心だが、重女のことも気がかりだ。彼女とこれからどう接していけば……

 「ほう……これはなかなか……」

 痩せぎす男が一人ごちる。太り気味の男は資料を膝に乗せたまま「このことは事実で間違いないのですね?」と聞いてきた。

 「勿論です。私と協力者が直にクラブ・ミルトンに潜入し手に入れたモノです。信じられないのも無理はないかと思いますが……」

 資料には、フジワラでさえ目を背けたくなるような人体実験の記録が記されている。“赤玉”なる存在とその造り方。非人道的なやり口にきっと閉口しているのだろう。コーヒーを飲みながら二人組の反応を窺う。が、二人は無表情のまま何も発さない。ショックが大きすぎたのだろうか?
 すると痩せぎす男が口元をにやりと歪ませた。そして資料を愛おしげに撫でながら「いや、本当に良く集めたものですね」と歪んだ笑顔をこちらに向ける。フジワラの背筋が寒くなった。

 「この資料は、ここにあるだけですか?」
 「……? はい、これが手に入れた情報の全てです。何か不足なところがありましたでしょうか?」

 おかしなことを聞いてくる男に、フジワラが答える。すると太り気味の小柄な男が喉をくっくと笑わせながら言った。

 「不足どころか……よく悪魔召喚師でもない一般人がこれだけの情報を手に入れられたと感心していたのですよ」

 フジワラは違和感を覚えた。悪魔の存在を懐疑的に思っていた男なのに、“悪魔召喚師”という単語の言い方はやけに言い慣れているように感じたのだ。
 と、次の瞬間。

 「!」

 男の手から炎が浮かび、分厚い資料が焼けていく。フジワラが一晩費やして作った資料を。いや、それより、今この男は炎を発現してみせた。まるで悪魔召喚師が“アギ”の術を唱えたかのように。

 ばっと、フジワラはソファーから立ち上がり、二人組から距離をとった。資料は小柄な男の手によって完全に燃やされ、炭と化して床に散らばった。

 「君たち……出版関係の人間だというのは、嘘だね」

 フジワラが身体に力を入れながらそう断言すると、痩せぎすの男がまたしてもにやにやと笑いながら、手をぱんぱんとはたいて資料の燃えカスを床に落とした。
 そっと、フジワラは背中に隠してあった銃に触れた。アギの術を発したことから、小柄で太り気味の男の方は悪魔召喚師だろう。迂闊だった。もっと相手の素性を調べてから面談するのだった。ヤタガラスが我々に情報を手に入れられたと知ったから、クラブ・ミルトンを全焼させたのだろうし、機密事項を手に入れた者を抹殺するため動くことも察しはつけられたのに。ツメの甘い自分にフジワラは嫌悪を抱いた。

 「それで、フジワラさん、この資料の元となったデータはどこにあるんです?」

 男達が問うてくる。フジワラは距離をとりながら「さあ?」ととぼけてみせた。

 「そうですか、では……」

 痩せぎす男がスマホを取り出し、何か操作すると、途端室内に吹雪が生じた。そして目の前に巨大な魔獣・ウェンディゴが現れたかと思うと、ウェンディゴはフジワラの腹めがけて巨大な拳を突いた。

 「くはっ!」

 とてつもない力で拳を入れられたフジワラは、そのまま後ろに吹っ飛んだ。椅子やテーブルやその上に置いてある細々としたものが、フジワラの周りに飛び散らかった。

 「はぁはぁ……ぅげほっ……」

 血の混じった胃液を吐きながら、フジワラは立とうと試みた。が、腹の衝撃が尾を引き、身体に力が入らず、膝立ちのまま銃口を二人組に向けた。その銃を持つ手も震えている。

 「フジワラさん、無駄な抵抗は止めましょうよ。そんなただの銃で我々に叶うとでも?」
 「こちらもあまり派手に動きたくないんですよ。あなたが手に入れたデータの原本をこちらに渡せば無用な戦いは避けられる。あなただって痛い思いはしたくないでしょう?」

 猫なで声で言われても恐怖しか感じない。フジワラはヤタガラスから派遣されてきただろう悪魔召喚師の二人を睨みながら、出口へゆっくりと近づいた。くそ。せめてツギハギがいればまともに戦えるのに。
 そんなフジワラを嘲笑うかのように、ウェンディゴが口からブフを発した。その吹雪は唯一の出入り口を凍らせ、フジワラはとうとう外へ逃げることが出来なくなった。

 「おら! とっととデータを渡せってんだよ!」

 痩せぎす男が、見かけによらない鋭い蹴りをフジワラにお見舞いした。フジワラはがはっと血を吐きながら銃を落としてしまう。その銃を太り気味の男が拾い、フジワラの耳にぐり、と銃口を押しつけた。

 「あなたも馬鹿だね。ジャーナリストだかなんだか知らないが、世の中知らない方がいいこともあるわけ。下手な正義感振りかざして命まで落としたら笑えないよ?」

 男達がフジワラを見下ろし笑っている。フジワラは絶対こいつらに屈服するもんか、と睨み返した。太り気味の男が銃底でフジワラの顔を殴る。目の前が一瞬ぐらつき、フジワラの痩躯が床に転がる。そして二人組の男はフジワラの身体に殴る蹴るの暴行を繰り返す。
 男達は、笑っていた。

 ―――

 階下でなにやら物音が聞こえる。それにくぐもった悲鳴のようなものも。

 ――フジワラさん!?

 重女は施錠されたドアから一歩も動けないでいた。
 確か今日は出版社の人が来るとフジワラさんは言っていた。今頃商談しているはずなのに、何故何かが倒れる音や怒鳴り声が聞こえてくるの!?
 がちゃがちゃと、重女はドアノブを何度も回した。しかし施錠は解けない。体当たりを試みても、重女の体重では丈夫なドアは壊れない。助けなきゃ、フジワラさんを。

 ――でも、どうやって?

 手元にコンプはない。ツギハギさんに没収されてしまったから。仲魔の猿や獅子丸や牛頭丸、紅と白を呼び出すことが出来ない。なにより一番の仲魔である黒蝿が重体で使役することが出来ない。
 また呼吸が速くなっていく。黒蝿をそんな風にしたのは誰だ? それは私。私がこの手で黒蝿を――

 がっくりと、重女はくずおれる。下からの怒声や物音は鳴り止まず、むしろどんどん酷くなってきてる気がする。だけど重女は立つことが出来なかった。それどころか、まともに呼吸すらできなかった。

 ――もし悪魔召喚師が相手なら、私は戦えるの? 影の造形魔法だけで。いや、私は戦ってはいけない。黒蝿が与えてくれたこの術を使うわけにはいかない。

 『何故?』

 ――だって私はこの術を悪用した。そのせいで沢山人を殺した。黒蝿まで傷つけた。

 『だから、戦いたくない?』

 ――そう、私は生きている資格なんてない。消えたい。この世から、私の存在を消してしまいたい

 『消えちゃだめだ!』

 ――え?

 『辛いなら、戦わなくていい。無理に頑張らなくてもいいんだ』

 ――あなたは誰? とっても懐かしい声。頭の内側で語りかけてくるあなたは、一体――

 『大丈夫、僕が、俺が、守るから――』

―――

 ドオン! という轟音で二人の男はフジワラへの暴行を止めた。

 「誰だ!」

 問いかけても返事はなし。痩せぎすの男はウェンディゴと共に、音のした方へ慎重に歩を進める。今日ここにはフジワラだけしかいないという情報だったのに、他に誰かいやがったのか?
 カウンターの裏側へ回ると、そこには小さな階段があった。上を見ると、金髪碧眼の少女が立っていた。年の頃はまだ十四,五といったところか。
 フジワラの娘か? と疑問に思った直後、階段上の少女が電撃的に動き、ウェンディゴが黒い剣で斬りつけていた。Zの形に傷つけられたウェンディゴは、血を吹き出しその場に昏倒した。
 何が、と疑問符が頭を占める前に、痩せぎすの男はみぞおちに少女の拳を入れられていた。華奢な手からは想像もつかない速さと重さで。
 男はぐは、と苦鳴と唾液を吐きながら目を回し、ウェンディゴとともに床に倒れた。

 「おい、お前はなんだ!?」

 太り気味の男がボロボロのフジワラに銃口を向けながら喚いた。動くんじゃねえ、こいつがどうなってもいいのか、と男は恫喝したが、重女はそれを無視し、自分の周囲に影でいくつもの槍を作った。そしてその槍を太り気味の男めがけ放つ。
 いくつもの槍は、悲鳴をあげる男の脇や股下に入り、そのまま男の体躯は壁に槍によって縫い付けられた。重女が男に近づく。そして、腹に拳を入れ、太り気味の男は気を失った。
 殴られ腫れ上がった顔で、フジワラは重女を見た。彼女の目つきは彼が今まで見たことのない、鋭い目つきだった。いや、目つきだけではない、纏っている雰囲気も、体さばきも、佇まいも、フジワラの知っている九楼重女という少女のものではなかった。

 「君は……いったい誰なんだい?」

 呆けたようにそう問いかけたフジワラに、重女の姿をした者はこちらを向き、そして喉から掠れた呼吸音を響かせた。怪訝そうに眉を寄せたその者は、もう一度喉の辺りを押さえて声を出そうとした。が、当たり前だが声は出なく、虚ろな息の音しかでなかった。まるで自分がしゃべれないのを知らないかのように。
 しばらくきょろきょろしていたが、やがて床に転がっていた小さめのホワイトボードとペンを見つけ、“そいつ”は何かを書き、そしてフジワラに見せた。
 ホワイトボードには、こう書かれてあった。

 『おれはアキラ』と――

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