往来―all right―別館【俺屍サマナー】

俺屍+デビルサマナー=俺屍サマナーというダブルパロ(クロスオーバー)小説を扱っております。俺屍に登場する神々や鬼を現代で使役していたら・・・という発想で生まれたいわゆる三次創作小説です。俺の屍を越えてゆけと真・女神転生シリーズ(主にⅣ)の設定を独自に融合させて捏造しております。女神転生や俺屍の人物名称や設定をかなり変更しております。こういったのが苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。 やたノ黒蝿とサマナーになってしまった少女の物語です。

カテゴリ:俺屍サマナー > 第六章

 「……てなわけでね、僕達はここに“東のミカド国”を作ったんだ」
 「………」

 朝。城内の豪勢な食堂にて。東のミカド国の王であるアキュラことアキラは、朝食を取りながら同席している自らの姉である重女に、今までの事を話していた。
 アキラは慣れた様子でフォークとナイフを使い、静かに肉を切り分け口に運んでいる。箸を使うのも覚束なかったあの子が、一体いつ誰にフォークとナイフの使い方を習ったのか。重女はパンをちぎりながら思った。

 「それからが大変さ。僕達は東京の人々をターミナルを使ってここに避難させた。でも悪魔も一緒について来ちゃってね、キヨハルさんと他の討伐隊の皆で悪魔退治の毎日だったよ」

 なんとか悪魔を地下に追いやったアキラ達は、その後ターミナルに厳重な封印を施した。
 その時一緒に戦った悪魔討伐隊の隊員が、現在ミカド国を守っている「サムライ衆」と呼ばれる小さな軍の始祖になったという。

 [なんでアキュラて名乗ったの?]

 食事の手を止め、筆談用ノートにそう書き、アキラに見せる。キヨハルが重女の為に咽喉マイクを作ってくれている最中だが、まだ出来上がっていない。

 「アキラよりアキュラの方が威厳があって王様て感じだろ? 阿修羅に似てるし」
 「………」

 特にそうは思わなかったが、重女は曖昧に頷いた。慣れない手でナイフとフォークを使い、肉を口に運ぶ。
 味が濃い。影の鞍馬山で味の薄い悪魔の焼いた肉を食べていた重女にとって、この国の豪華な食事の味付けは酷くしょっぱく感じた。

 「姉ちゃん、朝食をとったらミカド国を案内するよ。だってこれからずっとここで一緒に住むんだ。この国の事を知らないと不便だろ?」

 その言葉に、重女は手を止める。
 ずっと一緒。確かに私はアキラの元に帰りたかった。アキラとまた一緒にいたかった。でも、それは元の世界での話だ。影の鞍馬山から出たら、生まれ育った横浜でまた二人一緒にいられると思っていた。
 あの結界で過ごしている間に、此方では七年も経過し、まさかアキラがこんな国を造っていたなんて思いもしなかった。
 それに――。

 (シド……)

 脳裏にあの凄惨な光景が浮かび上がる。
 診察台に拘束され頭に幾つも管をつけられ、ぐったりとしていた京子。それを見て何か指示を出していたシド先生。
 シド。貴方は一体彼処で何をしていたの? シドはデビルサマナーではなかったの? 私達に親切にしてくれたのも嘘だったの?
 それが聞きたいのに、この世界にはシドはいない。出来るならもう一度会って話がしたい。
 アキラはシド先生の事をどう思っているのだろうか。筆談用ノートにペンを走らせようとしたその時。

 「アキュラ!」

 食堂のドアが勢いよく開けられた。開けた先にいたのは、険しい顔の雷王獅子丸。赤い鬣が汗で乱れている。

 「何事だ? 食事の最中だぞ」

 姉と二人水入らずの食事を邪魔されたからか、アキラは酷く不機嫌に問うた。

 「すまぬ。だが緊急事態だ」

 王の側近であり仲魔でもある神獣は、うなだれながら声を上げた。

 「この獅子丸、一生の不覚。やたノ黒蝿が儂の監視から抜け出し、ミカド国内に逃走した」
 「!!」

 ガタン、とアキラと重女は同時に椅子から立ち上がった。その際にナイフとフォークが床に落ちてしまったが、二人は気にしなかった。

―――

 城の方角が騒がしい。どうやら脱走がバレたようだ。黒蝿は辺りを見渡しながら眉をしかめた。
 牢を抜け出し、近くの森の中に逃げたはいいが、空が飛べないのは不便であった。今、翼を出して空を飛べば、すぐに見つかってしまう。空を飛べればこんな風に忍び足で歩くことなく、彼処まですぐ着くのに。

 昨日、雷王獅子丸に見張られながらこの国を観察した。
 そこで分かったのは、この世界は人為的に造られた事、まだあちこちの空間が不安定な事、そして――この世界を構成する“気”の中に、あのアキュラという少年のと、「天使」のが混ざっているという事だ。
 一つの世界を造る程の魔力。下級の天使の力では到底できない。ならば天使の中でも上位の者――大天使達が関わっているのだろう。

 ぎり、と黒蝿は近くの木の幹に爪を立てる。
 あのシド・デイビスとかいうサマナーが使役していた黒翼の大天使、あいつもここにいるのだろうか。俺を捕まえあまつさえ他の悪魔と合体させ、こんな姿に変えた張本人。憎い敵。この国にいるのなら、探し出して今すぐ八つ裂きにしてやる!
 怒りで熱くなる胸を押さえ、黒蝿は木々の間から見える、遠くの大きな白い楕円形の物体を目で捕らえていた。
 巨大な繭のような物体。彼処から一段と気を強く感じる。間違いない、彼処に大天使はいる。

 黒蝿は口角を上げ、残忍な笑みを浮かべた。待ってろ、今殺しに行く――。

―――

 「そっちはどうだ!」
 「ダメです、見当たりません!」

 アキラの指示の元、サムライ衆によって黒蝿の捜索が行われた。ミカド国はまだ小さい。これだけの人員を割けば悪魔一匹すぐに見つかるだろう。

 とんとん、とアキラの肩が叩かれる。振り向くとそこには、眼鏡ごしに不安な表情を浮かべた重女が立ってノートを差し出している。

 [あれはなに?]

 ノートにはそう書かれていた。

 「あれ?」
 「………」

 重女はある方角を指差す。目を凝らして見れば、遠くの方に白い楕円形の物体が鎮座しているのが見えた。

 「あれは、大天使様の繭だよ」
 「?」

 アキラは話した。自分と四大天使の関係を。
 あの秘密基地での邂逅、四大天使による命。自分が別世界に渡りミカド国を造るきっかけとなった話を。

 「この国を造った時、また四大天使様が僕の夢の中に現れた。天使様は言ったんだ。「よくこの国を造ってくれましたね」て。
 天使様達は悪魔との戦いで酷く衰弱してて、現世に顕現出来ないらしい。それであの繭の中で体を再生中なんだ」

 四大天使。聖書でも読んだ事がある。ミカエル、ラファエル、ウリエル、ガブリエル。とても偉い天使だと書いてあったが、そんな天使が何故アキラに接触を?
 神の千年王国? そんな物を造るのに何故ただの子供だったアキラを選んだ?
 アキラは四大天使に酷く心酔しているようだ。だが重女は信用出来なかった。昔から神や天使の存在に懐疑的であった少女は、アキラが嬉々として語る四大天使様とやらに何やら胡散臭いものを感じた。

 「アキュラ王! 奴を見かけたという情報が! ここから北東の方角の森に逃げ込んだらしいです!」
 「なに!?」

 アキラは重女に背を向け、険しい顔でサムライ衆と話し合う。
 そうだ、黒蝿。もう二、三日会ってない。キヨハルさんに聞いても、牢に収容されているとしか説明されず、アキラに頼んでも面会は許されなかった。
 重女は目を瞑り、黒蝿の気を探した。
 黒蝿から「影の造形魔法」を与えられた重女は、集中すれば黒蝿の気を感じ取る事が出来た。

 ――見つけた。あの繭の近くに黒蝿はいる。私の声と名を奪い、影の鞍馬山で一緒に過ごした、私の仲魔――

 重女は踵を返し、黒蝿の元へ行こうとした、が、

 「姉ちゃん、何処に行くの?」

 アキラが二の腕を掴んで止めた。その言葉に、在りし日の幼いアキラが重なった。
 シドに連れて行かれる前。あの時もそう言っていた。不安そうな青の瞳は、身体は成長してもあの頃と変わっていない。

 「まさか、あいつを探しに行くの?」

 重女の二の腕を掴む力が強くなる。その強さと手の平の大きさは、間違いなく成長途中の男のものだ。

 「なんであいつにそこまでこだわるんだよ! あいつは悪魔だ。姉ちゃんの声と名を奪った奴だろ?」
 「………」

 どう説明すればいいのか分からなかった。それ以前に説明したくとも声が出ない。今までの事をノートに書くのは長すぎるし時間もかかる。
 大丈夫だ。今は七年前とは違う。黒蝿を見つけたらすぐに帰ってくる。もう置いていったりはしない。

 ――すぐ、帰るから、待ってて――

 声が出ない口が、そう動いた。それを見たアキラは目を大きくした。
 姉ちゃんが、僕からまた離れようとしている。僕より得体のしれない悪魔の方を選ぼうとしている――!

 その認識は、姉の為に生きてきた少年の心を突き刺した。あまりの事に、手から力が抜ける。涙が溢れそうになる。
 呆然と立ち尽くし、傷ついた表情を浮かべる弟を、重女は哀しそうに見つめ、そっと目を伏せて、そして黒蝿の元へ走っていった。
 重女はがむしゃらに走った。そうでもしなければ、アキラの傷ついた顔を思い出し、胸が張り裂けそうになるから。

―――

 ぱき、と枝を踏む音がし、黒蝿は身構え後ろを振り向く。
 そこには、ぜえぜえと荒い息を繰り返す重女がいた。顔に汗が滲んでいる。ここまで走ってきたのだろう。

 「なんだ、お前か」

 興味なさげに黒蝿は言う。
 重女が前に会った時と違い、眼鏡をかけていることに気がついた。この国の王である弟にでも貰ったか。

 『どこに行くの?』

 汗を拭いながら重女は念波で問いかけた。

 「あの繭の中に、恐らく大天使がいる。その中に「あいつ」もいるかもしれん。だから殺しに行く」
 『あいつ?』
 「大天使・マンセマット。俺をこんな姿にした憎い敵だ」

 殺しに行く。確かに影の鞍馬山で黒蝿はそんな事を言っていた。そいつとシドによって捕まったとも。
 物騒な言葉にどう答えていいか悩む重女に、黒蝿は言い放った。

 「お前、弟の側にいなくていいのか?」
 『大丈夫。ちょっと離れているだけだし、すぐに戻るから――』
 「お前が弟に出会うまで協力する、それが俺とお前の契約だったはずだ」

 黒蝿が冷たい声でそう言う。重女ははっとした。

 『た、確かにそうだけど、でも……』
 「なら俺はもうお前の仲魔でもなんでもない。契約は果たされたんだからな。だから俺の邪魔をするな」

 がん、と頭の中を鈍器で殴られたような衝撃が走る。仲魔。私の唯一の「友」。短い間だったけど私はそう思っていた。だけど黒蝿、貴方はそうは思ってはくれなかったの?

 『……いいの? そんな事言って』
 「何?」
 『私の仲魔をやめるなら、名前を返してやらない。ずーっと異界に帰れないよ? それでもいいの?』

 半分拗ねたような口調で、挑発にも似た言葉を送った。こいつは自分の名前を返してもらうことにこだわっていた。なら、そのことをつけば、私の仲魔をやめないはずだ、と重女は思った。だが――

 「……………」

 黒蝿は重女をじっと見ている。その瞳は虫けらを見るような、ぞっとする程暗い色を帯びていた。
 その視線に背筋が寒くなる。すると、急に重女の身体が影に縛られ動かなくなる。

 「!!」

 身体を捩って影から逃れようとするも、細い紐状に変化した影は重女の小柄な身体を縛って動かない。
 
 「……好きにしろ」

 怒気を孕んだ声でそう言うと、黒蝿は冷たい視線を寄越した。決別の視線であった。

 『行かないで!』

 重女の必死の言葉にも、黒蝿は応じなかった。
 そして背を向けると、翼をはためかせ、黒い風を伴い消えた。重女を一度も見ることなく。

 「………」

 身体を縛られたまま、重女は呆然と見ているしかなかった。

 ――黒蝿。

 かつて重女が名付けた名前。その名前を口にしようとしても、喉からはひゅう、と木枯らしが吹くような音しかでなかった。

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 重女を置いて飛び立った黒蝿は、大天使の繭の側へと降り立った。

 繭は随分大きい。それこそ家々の二、三軒は簡単に入るのではないかと思うほどに。
 くら、と目眩を感じる。それは、この繭から出ている天使の気に当てられたからだ。
ここまで近くに来ると流石に気が濃い。悪魔である黒蝿が最も苦手とする天使の気。
 軽く舌打ちしながら、黒蝿は影を操り、繭に突き刺してみた。

 パン!

 影は繭に触れることも叶わず弾かれてしまう。

 「やはり駄目か」

 この程度の影では繭を破ることは出来ない。
 自分の真名を奪ったあの少女に自らの影の力を分け与えていなければ、今頃全力を出せてこの繭を破壊出来ただろう。

 『行かないで!』

 その少女の先程の言葉が思い出される。
 すがりつくような青い瞳。何時の間にか眼鏡をかけていたがあれは誰に貰ったのだろう。弟にだろうか。
 ざわざわと人の気配を感じる。それはどんどん近づいている。
 あのアキラという少年が自分を捕まえる為に人を率いて探しているのだろう。また捕まるわけにはいかない。その為には早くこの繭を破壊する必要がある。
 黒蝿はもう一度影を操り形を変えた。黒い剣に変わった影でグラム・カットを繭に何度も浴びせる。
 しかし、強固な繭は相変わらずヒビ一つ入ることはなかった。

―――

 森の中にて。重女は思いっきり身をよじる。が、身体を縛る影はびくともしない。

 (どうしよう……)

 やはり黒蝿の影は強力だ。腐っても悪魔。力では叶わない。
 そっと、重女は自らの影を操作した。影を細く変え、黒蝿の影の紐と身体との隙間にそれを入れた。
 そのまま力を加えて影の紐を引っ張る。重女の身体に紐が食い込む。

 (いたたたた!!)

 ぐぐぐ、と重女の影が黒蝿の影の紐を引っ張る。しかし紐はちぎれない。その前に自分の身体がちぎれてしまう。
 重女はふう、と息を吐き、影を操作するのをやめた。視線を森の奥の巨大な繭へと移す。

 (黒蝿……)

 黒蝿はあの繭に探していた大天使がいるかもしれないと言っていた。そいつを殺しにいくとも。そして、もう私とは仲魔ではないとも。

 『お前が弟に出会うまで協力する、それが俺とお前の契約だったはずだ』
 『俺はもうお前の仲魔ではない。だから俺の邪魔をするな』

 思い出すだけで心がずきずきする。確かに契約は果たされた。だが私は黒蝿にまだ仲魔でいてほしいのだ。
 自分の名と声を奪った悪魔に、なぜこんなに執着するのか自分でもわからない。だけど黒蝿といると不思議な感じがするのだ。何かを問うとちゃんと答えてくれて、自分の傍にいてくれた――

 ――友達。

 そうだ、この気持ちは友情だ。長い間私は友達と呼べる者がいなかった。周りはみんな敵で、いつも疎外されてばかりだったから。ずっとアキラと母と私の三人の世界で生きてきたから。
 だから嬉しいのだ。自分を疎外せず無視もしない者が現れたのが。黒蝿がどう思っているかはともかく、私は彼を仲魔――「友」だと思っている。私の友達。たとえそいつが人外の者だったとしても。

 (だから、行かなきゃ)

 ぐぐ、と重女は再び身体に力を入れる。行かなきゃ、彼のところへ。そしてきちんと言おう。「仲魔を辞めないで」て。
 絶対嫌な顔をされて断られるだろう。それでも言いたいのだ。叶うなら、ずっと「友」として傍にいてほしいと。
 しかし困った。まずはこの身体を縛っている影の紐をなんとかしないと、黒蝿のもとには行けない。

 ガサガサ!

 急に後ろの木々が揺れた。重女は咄嗟に後ろを向く。誰だろう? もしかしてアキラだろうか。

 「ワン!」

 そこにいたのは妙に毛が長く、その毛も青白い犬――魔獣・へアリージャック。だったが、重女にはただの犬に見えた。

 犬――へアリージャックは重女の足もとに絡んできた。そして影の紐を不思議そうに前足でひっかいている。

 『ねえあなた、この紐を食いちぎれる?』

 ダメもとでへアリージャックに念波で問いかけると、へアリージャックは嬉しそうにワン! と答えた。

 『よし、じゃあ私と一緒にこの紐を千切ろう!』

 重女は影を操作し、再び身体と紐の間に入れた。へアリージャックは影の紐を思い切り噛む。

 『せーの!!』

 重女の影と、へアリージャックが一斉に影の紐を引っ張る。さっきより紐が身体に食い込み激痛が走ったが、それには構わず重女は影の紐を引っ張り続けた。
 へアリージャックの牙と重女の影に引っ張られ、黒蝿が作った影の紐が破れた。
 途端、影の紐は砂のように消え去り、重女の身体は自由になった。

 『ありがとう』

 身体の節々が痛むのを堪え、重女はへアリージャックの頭を撫でた。へアリージャックは嬉しそうに尻尾を振った。
 よし、これで黒蝿のもとに行ける。重女は自由になった足を動かし、繭のもとへ向かった。

―――

 「くそ!」

 何度目かのグラム・カットを繭に攻撃しながら、黒蝿は悔しそうに吐き捨てた。
 やはり、天使の繭は固い。先ほどから何度攻撃しても穴をあけることが出来ない。だが、手応えはある。おそらく一番壁の薄いと思われる、繭の天辺付近を黒蝿は重点的に攻撃していた。
 あともう少しで亀裂くらいは入るだろう。そうなればあとは容易い。穴を開けて天使達を引きずりだしてやる。

 「ザンダイン!」

 黒蝿は黒い翼をはためかせ強力な風をおこした。本来広範囲に渡るこの魔法を、黒蝿は範囲を絞り放った。そうすることで、風は弾丸のように鋭く一点集中型の攻撃力を持たせられる。
 鋭いザンダインを受けて天使の繭は震えた。そして――

 ピシッ

 とうとう繭に亀裂が走った。黒蝿の口許に笑みが浮かぶ。
 しかし、異変がおこった。
 繭の亀裂から、凄まじい風が放出された。黒蝿のザンダインよりもっと強力な、白い風。
 白い風は黒蝿の身体を揺らしたかと思うと、今度は方向を変えて、まるで掃除機のように繭の内側へと風が吸引されていく。

 「く!」

 必死に翼をはためかせ抵抗するも、白い風は黒蝿を繭の中へと引きずりこもうとする。
 あと少しで繭の中へ入ってしまう、黒蝿が目を瞑った。その時――

 「!」

 黒蝿の手が誰かによってつかまれた。
 目を開けるとそこには、
 黒髪をたなびかせ、胸には十字架のペンダント、眼鏡越しの青く大きな瞳の少女。黒蝿の名を奪った張本人――

 なぜ、お前がここに!? と黒蝿が問う暇もなく、重女は黒蝿の手を引っ張りあげた。風に逆らうように重女は必死で黒蝿の身体を引き寄せた。
 するとその反動で、重女と黒蝿の位置が変わった。すなわち、重女の身体が繭の方へ引きずりこまれる形になった。

 「―――!!」

 黒蝿が何かを叫んでいた。きっとそれは奪われた自分の名だろう。
 だが重女にそれは認識出来なかった。二人の繋がった手は離れ、重女はそのまま繭の内部へと吸い込まれていった。
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 「発信器?」

 雷王獅子丸が眉を寄せながらキヨハルに言う。問われたキヨハルはひひ、と笑って見せた。

 「そ。あの子の眼鏡には発信器と盗聴器が備わっている。こんな事もあろうかと仕込んでおいて正解だったよ」

 にやにやと笑いながらキヨハルはヘッドホンを耳に当て、機械のつまみをいじっている。恐らく発信器と盗聴器の為の機械だろう。
 キヨハルの用意周到、もとい悪趣味な仕掛けに獅子丸は溜め息を吐いた。

 「……それで? あの娘の場所はわかったのか?」
 「うん、ちょっと待って。今確かめてるから」

 キヨハルが機械のボタンを押したりつまみを調整すると、やがてモニター上に赤い点が現れた。重女の位置をしめしているのだろう。

 「……うん? おかしいぞ、何故こんな所に……」
 「なんだ、どうした?」

 獅子丸の問いに、キヨハルは首を捻った。その顔には困惑の色が伺える。

 「おかしい……あの子の位置は、大天使の繭だ。近くではない、この位置は……繭の内部だ!」
 「なんだと!?」

 獅子丸は鋭い目を見開いた。そして後ろにいるはずの主に声をかけようとした。
 しかし後ろに獅子丸の主――アキラは既にいなかった。アキラは重女の跡を追い、とっくに森の方に走って行ったのだから。

―――

 アキラはサムライ衆を率いず、一人重女の跡を追って森の中を走っていた。
 幼い頃から走るのは得意だった。母が仕事でいないことが多かったので、自然と近所を走り回って鍛えられた足腰と、悪魔討伐で得た瞬発力。その二つを兼ね備えたアキラは森のでこぼこ道をなんの苦もなく走る。

 (そういえば、姉ちゃんも足が速かったな)

 まだ自分が小さかった時、姉は自分の手をひいて外に遊びに連れて行ってくれた。姉とはよく鬼ごっこで遊んだ。
 アキラはいつも鬼の役で、姉を捕まえようと追いかけていた。
 でもいつも届かない。いつも捕まえられない。そのうちに泣きべそをかいた自分に姉が側までやってきて、わざと捕まってくれるのだ。
 今はあの時とは違う。僕は成長し、強くなった。姉がどこにいようと捕まえられる。それだけの力を得た。なのに――

 「なんでだよ、姉ちゃん……」

 走るのをやめ、アキラが悔しそうにごちる。

 ――すぐ、戻るから、待ってて――

 姉の声の出ない唇がそう動いた時、アキラは脳天に雷が落ちてきたような衝撃を受けた。

 姉の名前が思い出せないのも、姉が声を失ったのも、全部あのやたノ黒蝿という悪魔のせいだ。
 折角自分があの悪魔と姉を引き離したのに、姉はその悪魔を探しに行ってしまった。実の弟である自分を置いて。
 姉ちゃんは、僕よりあんな悪魔を選んだのか?

 「違う!」

 拳を握りながらアキラは叫ぶ。悔しさと嫉妬が混じった声であった。

 ――そうだ、違う。姉ちゃんはあの悪魔に誑かされているだけだ。大方あいつが魔法で洗脳したに違いない。そうでなければ、声と名を奪った悪魔をあんなに気にかける筈がない。

 足に力を入れてアキラは再び走り出した。

 姉ちゃん、今度はちゃんと迎えに行くよ。この鬼ごっこは僕が勝つ。もう小さくて姉ちゃんを捕まえられなかった昔とは違うんだ――

―――

 黒蝿は再び繭に攻撃を仕掛けていた。
 先程空けた穴は、すぐに塞がってしまった。重女を吸い込んで。

 「あの馬鹿……!」

 何故影で縛っていたあいつが此処にやってきて、自分を助けたのか。黒蝿としてはあのまま繭の中に吸い込まれても良かったのだ。そうすれば内部に侵入でき、中にいると思われる大天使を殺す事が出来たのに。
 なのにあいつは自分の手を取り引っ張った。そして挙げ句の果てに代わりに繭の中に吸い込まれてしまうとは。

 ――影で縛るのではなく、「くらら」で眠らせるべきだったか。

 舌打ちしながら黒蝿は「アギダイン」を放つ。しかし繭には亀裂どころか焦げ跡すらつかない。
 別にあいつを助ける為にこんな事をしているわけではない。自分が繭の中に入れるよう、もう一度攻撃を仕掛けているだけだ。
 あいつさえ邪魔しなければ、今頃復讐を遂げる事が出来たのに。何を考えてるのか。

 『なら、協力しようよ』
 『やたノ黒蝿、私の仲魔になって私を守って』

 ふいに、あの影の鞍馬山での少女の言葉を思い出す。
 仲魔? あいつが弟と出会えた時点でもう仲魔としての契約は果たされたはずだ。なのにあいつはまだ俺の事を仲魔と思っているのか? 仲魔を助ける為にあんな行動に出たと?

 「……下らない」
 「何がだよ?」

 急に背後から声がして、黒蝿は振り向いた。
 そこには線の細い少年が立っていた。この国を作り上げ、王と名乗る少年。あいつの弟――アキラという少年。
 ……どうやらこの姉弟は、背後から現れるのが好きなようだ。

 「何をしている。こんなところで」

 腰の刀の柄に手を触れながらアキラは黒蝿に詰問した。牢を抜け出し、大天使の繭の傍に立っている悪魔相手に、アキラは不審な動きをしたらすぐに捕まえられるよう臨戦態勢をとった。

 「お前には関係ない」

 アキラの挑戦的な視線を受け流し、黒蝿は言った。その言い方にアキラのイライラが募る。

 「僕の国で勝手な行動をとってもらっては困る。お前は囚人だ」

 そう言われ、黒蝿は喉を鳴らしくっくと笑う。少年を馬鹿にするかのように。
 イラつきが酷くなり、アキラは先ほどより更に厳しい口調で黒蝿に問うた。

 「……お前のところに、重女という少女が来ただろう?」
 「……重女?」
 「お前が声と名を奪った、僕の姉ちゃんのことだよ!」

 ああ、と黒蝿は納得した。「重女」というのはあいつが名乗った偽名か。本名とまるで似ていない。

 「あいつなら、この中だ」

 くい、と黒蝿が顎をすぐ傍の繭に向けた。意図がわからずアキラは眉を寄せた。

 「どういう意味だ?」
 「そのままの意味だ。あいつは俺の空けた穴からこの繭の中に吸い込まれた」

 繭、空けた穴――この国を総べる者として、大天使の繭を傷つけたという発言は聞き捨てならないはずだが、それよりもアキラは、「繭の中に吸い込まれた」という言葉に思いっきり反応した。

 「な……なんだと?」

 思わず驚愕の声が出る。中に入った? 姉ちゃんが? 何故?
 茫然とした様子のアキラを一瞥し、黒蝿はため息をついた。

 「全く……余計なことをしてくれたものだ」

 うんざりしたように言い終わる前に、アキラの拳が黒蝿の頬を打った。
 あまりの速さに避けることが出来ず、黒蝿は倒れこみ、その身体にアキラが馬乗りになる。

 「お前のせいか! お前が繭を壊そうとしたから姉ちゃんは……!」

 襟元を掴みながら喚くアキラを、黒蝿は力を込めて突き飛ばした。
 地面に転がったアキラは直ぐに態勢を整え、再び殴りかかろうとした。が、黒蝿は今度は軽く避け、ザンダインを放とうとする。
 しかしアキラの「光無し」の術の発動の方が早かった。術を封じられ、ザンダインが不発に終わった黒蝿にアキラの拳が思いっきり叩き込まれる。

 「このガキ!」

 怒りの黒蝿の蹴りがアキラの腹にめり込む。ぐはっと唾液を吐きながらもアキラの拳による攻撃は止まない。

 もはや戦いではない。二人の男の意地の殴り合いだ。

 アキラは姉を取られたという嫉妬を怒りに変え、拳に力を込めた。黒蝿は大天使の繭に入れなかった苛立ちと、こんな子供に殴られたという屈辱が身体を動かしていた。
 殴り殴られ、顔が腫れ上がり、鼻血が出て口の端から血が出て着衣が汚れても、二人は取っ組み合いを辞めない。

 「何やってるんだ!」

 キヨハルと雷王獅子丸がサムライ衆を率いてやってきた時には、二人の姿は血まみれでボロボロになっていた。

―――

 「成る程。重女ちゃんは繭の中に吸い込まれたと。だから発信器の位置が繭と同じところなんだね」

 キヨハルが機械のモニターを見て、うんうんと頷いた。
 いつの間に自分の姉にそんなものを仕込んでいたのか、キヨハルを小一時間程説教したい気はあったが、口の中を切ってしまい、顔も腫れ上がっているアキラには、それはなかなか大変なことであった。
 サムライ衆に拘束されている黒蝿も似たり寄ったりで、黒い法衣は破れ、鴉を模った兜は亀裂が入り、深緑の長髪はぼさぼさに乱れている。端正な顔も、目の下に紫の痣ができ、あちこちに擦り傷のようなものがついている。

 ぺっと、黒蝿は口の中の血を地面に吐き出した。神聖なる大天使の繭の近くで血を含んだ唾を吐くなどと――両側から黒蝿の腕を掴み拘束しているサムライは、不遜な態度の悪魔の腕を、さらに強い力で締め付ける。

 「事情はよくわかった。が、アキュラよ、姉君が繭の中に入ったのなら、それは安心していいのではないか?」
 「……何故だ?」
 「この繭の中にはお前を導いた四大天使がおわすのだろう。アキュラ王の実姉と解れば手厚く保護されるはず。少なくとも、この悪魔と一緒にいるより遥かに安全だと思うが」

 ちら、と獅子丸は拘束されているやたノ黒蝿という悪魔を見た。こちらへの怒りを込めた視線には力がこもっていたが、顔と身体はアキュラと同じくらいボロボロだ。

 獅子丸とキヨハルが発信器の位置情報を元に繭まで来たとき、すぐ傍の地面でアキュラと黒蝿という悪魔がくんずほぐれずの殴り合いを展開していた。
 獅子丸とサムライ衆が二人を必死に引き剥がしたが、アキュラと黒蝿の瞳には、まだ怒りの炎が燻っていた。
 恐らく、二人とも譲れない自分の中の"何か"の為に拳を交えていたのだろう。ときに男は、言葉よりも拳を交える方が雄弁に語れることがあるのだ。

 「……キヨハルさん、中の音声を受信できる?」

 痛む身体を抑え、アキラはキヨハルに聞いた。キヨハルはヘッドホンを耳に当てながら「ちょっと待ってね」と告げ、一生懸命盗聴器の周波数を合わせている。せめて中の様子が分かれば、姉が無事かどうかわかるし、僕が四大天使に話しかけ、姉を返してくれるよう直訴することもできる。相手は四大天使様だ。悪魔でもない非力な一般人の少女に危害を加えるわけ――

 「……ん? なんだ……この声は……」

 キヨハルが眉間に皺を寄せ、ヘッドホンをもっと耳に押し当てる。少しの音ももらさないというように。

 「どうしたんだ? キヨハルさん?」
 「中で声が聞こえるんだ。恐らく四大天使様のだ。だけどおかしい。もう一つ四大天使様に対して酷く怒っている声が聞こえる。この声……まさか重女ちゃん!?」
 「そんなはずはない。あいつの声は俺が奪った。あいつが声を発せられるわけがない」

 黒蝿の横やりにも、キヨハルは応じず、ヘッドホンから聞こえる声にじっと耳をそばたてていた。
 その様子を、アキラや獅子丸、サムライ衆に黒蝿までが固唾を飲んで見守っていた。一体、繭の中で何が起きているのか?

「重女ちゃんはかなり怒っているみたい。待って、何か言ってる! 
……私の、弟を、誑かし利用したわねって。……貴方たちの、思い通りにはさせないって言ってる!」
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 「姉ちゃん、お待たせ」

 小学校の校舎からアキラが出てくる。走る度にランドセルがガシャガシャと揺れる。
 私はその姿を見て手を振り微笑む。アキラの小さな手が私の手を掴む。

 「今日は学校で何したの?」
 「図工の時間に姉ちゃんとお母さんの絵を描いたよ! 見て!」

 アキラがランドセルから一枚の画用紙を取り出す。そこにはお母さんと私とアキラが手を繋いで笑っている絵がクレヨンで描かれていた。

 「上手だね」
 「本当?」
 「うん、アキラは将来絵描きになれるよ」

 へへ、とアキラがはにかむ。私はその柔らかそうな金髪を撫でて笑みを浮かべる。そして手を引いて二人家路を急いだ。

 「おかえり」

 アパートのドアを開けると、エプロン姿の母が出迎えてくれた。いい匂いが台所の鍋から漂ってきた。今日のご飯はカレーだろうか。

 「ほら、二人とも手を洗って」

 母に言われる通りに手を洗い、卓袱台をだしてアキラと二人席に付く。卓袱台に三人分のカレーの皿と、それから大きなケーキが置かれた。
 目をぱちくりさせている私をよそに、母とアキラはケーキの蝋燭に火をつける。部屋の灯りが消され、蝋燭の火が母達を照らす。

 「お誕生日おめでとう、姉ちゃん!」

 にっこり笑うアキラと母を前に、私の目が一段と大きくなる。
 そうか、今日は誕生日か。すっかり忘れていた。今日で私は幾つになるんだっけ?

 ――あれ?

 「ほら、姉ちゃん蝋燭の火を消してよお」

 アキラに急かされ、私は思いっきり息を吸い、そして吐いて蝋燭の火を消す。パチパチパチ、と母とアキラが拍手してくれた。

 「おめでとう、■■■姉ちゃん!」
 「■■■もすっかり大きくなっちゃって」

 にこやかに話しかけてくるアキラと母、その会話の中に私の名前が出てきた。しかし私はその名前を認識する事が出来ない。そして、

 ――私も自分の名がわからない――!

 「姉ちゃん、どうしたの?」

 頭を押さえ、目をキョロキョロさせている私に、アキラは三等分したケーキを皿に盛り、目の前に置く。甘い生クリームと苺の甘酸っぱい匂いが感じられ、思わずごくりと唾を飲み込む。

 ――アキラ、あなたは東のミカド国の王になったのではないの?

 優しい笑みを浮かべながらカレーを取り分ける母。
 ――お母さん、お母さんが料理するなんて珍しいね。普段は台所に滅多に立たないのに。

 少女は思わず立ち上がり、後ずさった。

 ――何かが変だ。何が、と言われれば答えようがないが、不自然なのだ。料理を作ってくれる母も、満面の笑みを浮かべているアキラも、今まで誕生日等祝われた事のないのに今年に限ってお祝い、だなんて。

 そして一番変なのは――

 「姉ちゃん?」
 「どうしたの? ■■■?」

 不安そうに近づいてくるアキラと母を私は手で制した。

 「違う……あなた達はアキラとお母さんじゃない」
 「な、何言ってるのよ?」
 「私のお母さんは交通事故でとうに亡くなった」

 母が事故に合う前の自分の暴言を思い出し、私の胸は刃物で傷つけられたようにズキズキと痛む。

 「それにアキラ、あなたは別世界で国を造り、アキュラ王を名乗ったはず。そんな子供の姿のままなわけがない」
 「……姉ちゃん」

 アキラがきょとんと不思議そうな顔をする。

 「そして、一番おかしいのは……」

 両の拳を握りしめ、母とアキラ二人の顔を見つめ、さらに二人の背後を睨む。

 「私が、こんな風に声を出して喋れるわけがない――!」

―――

 自分の怒鳴り声で、重女は目が覚めた。

 目を開けた視界は白かった。不思議な場所だ。その空間はとても大きな球形であった。空間が僅かに発光している。“ターミナル”での人工的な冷たい光ではない。ほんのりと穏やか光っている。優しいと呼べる程度に。

 重女は上体を起こして軽く頭を振り、先程までの記憶を思い出していた。

 森の中で黒蝿に“別れ”を告げられ影の紐で縛られたこと、やっと紐から逃れたと思ったら、今度は黒蝿が天使の繭に攻撃を仕掛けているのが見えた。
 私は急いで彼の元に走って、そうしたら黒蝿が繭に引きずりこまれそうになってたから、私は思いっきり彼の手を引いて、それから……

 「やっと目が覚めましたか」

 頭上から声がした。男でも女でもない不思議な声。
 視線を上にずらす。其処には四体の白を基調とした異形の生物が立っていた。

 「あ……あなた達は……?」

 あまりの姿に、喉が震え声がでた。重女ははっとして首を押さえる。
 おかしい。私は黒蝿に声を奪われたはず。なのに何故声が出せる――!?

 「此処では悪魔の力は消えます。だから貴女の喉は元通りになりましたよ」

 白い物体の一つが重女に話しかける。その声音はとても優しく、まるで教師が教え子を諭すようであった。
 しかし重女は眉を寄せて警戒の色を顔に滲ませる。この異形の者達は何者なのだろうか。私の声をいとも簡単に戻した。確か此処は――

 「此処は我ら四大天使の繭。私はミカエル」
 「我はウリエル」
 「私はガブリエル」
 「私はラファエルです」

 四大天使は重女に向かって自己紹介をした。重女は警戒の態勢を崩さない。その様子を見てガブリエルはくすりと笑った、ように見えた。

 「安心してください。私たちは貴女に危害を加えるつもりはありません」
 「なにせアキュラ王の実姉ですから」
 「そう、私たちの可愛い手駒の」

 手駒、と聞いて重女の肩がピクリと震える。手駒? それってまさかアキラのこと?

 「それ、は……アキラの、ことを、言ってるの?」

 久しぶりに声を出したせいか、酷くたどたどしい発音であった。だが、そんなことに構わず四大天使は続ける。

 「そう。彼はよくやってくれました。私たちの夢の実現のために」
 「夢の……実現? それ、は……「神の千年王国」のこと?」
 「勿論それもあります。ですが私たちの夢はもっと高いところにあります」

 夢? この者達はまだ何かを企んでいるのか? アキラにこんな国を造らせたに飽き足らず、この上にまだ何か――

 「私たちの最終目標は……」
  
 ガブリエルがまたしても笑った。しかしその笑みは先ほどより歪んだ形に重女には見えた。

 「アキュラ王と合体し、神の戦車熾天使メルカバーになることです」

―――

 「!!」

 重女は絶句した。自由に声が出せるようになったはずの喉がまたしても声を失ったかのようだった。

 「彼は素晴らしい逸材です。素質、我らへの信仰心共に申し分ない。彼こそ、我らが長い間探していた人の子」
 「彼と我らが合体すれば、我らはメルカバーに進化することが出来る! ああ、長年望んでいた神の戦車にやっと……」
 「貴方たちと合体すると、アキラはどうなるの?」

 重女の全身の筋肉が強張った。四大天使への言葉も、僅かに緊張の色が混じっている。

 「もちろん、彼は殉教者としてその存在が消滅します」
 「!!」

 さも当たり前のようにミカエルが言った。ざわり、と重女の全身の毛が逆立った。

 「彼も光栄に思うでしょう。我らと合体することによって、更に次元の高い存在へと生まれ変われるのですから」
 「我らの願いならば、彼は受け入れるはずです。彼は幼いころから我らを慕っていた。信仰する我らと共になれるなら、これ以上の名誉は――」

 その時だった。
 重女の影が急激に膨らみ始めた。そしてその影が四大天使へと襲い掛かる。
 四大天使は軽々と影の攻撃をかわした。天使たちは驚いて重女の方を見る。

 「あの子を……誑かして利用したわね!!」

 絶叫と共に、影が鋭利な触手となり四大天使を突き刺そうとする。その勢いは、広く大きな繭を揺らすほどであった。
 ウリエルがハマのバリアを張り、影の攻撃を無効化する。しかし重女は攻撃をやめない。巨大な影を背負ったその少女の姿は、まるで黒翼を広げた悪魔のようだ。

 「何を怒っているのです? これは名誉なことなのですよ?」
 「我らを敬い、信仰していた彼なら、きっと喜んで殉教するはず――」

 ラファエルが言い終わる前に、再び無数の影が天使達を串刺しにせんと蠢く。影が天使の手によって消されても、攻撃の手を止めない。重女の顔は怒りに歪んでいた。

 「あの子を、消滅なんてさせない!」

 影はまるで無数の刃物のように四大天使に向かう。しかし大天使の身体には傷一つつけられない。

 「貴方たちの思い通りには、させない!!」

 怒りの声をあげながら、重女は影を操作し攻撃する。その姿に四大天使達は落胆の声をあげる。

 「やれやれ、彼女は随分と穢れているようだ」
 「どうやら悪魔と取引をしたようね。大分悪魔の力に染まっているわ」
 「ああ汚らわしい。ケガレビトだわ」
 「これは早く“浄化”しなければ」

 ガブリエルの瞳が光った。その光を受け、影は全て消滅し、そして重女の身体は硬直した。

 「!?」

 重女の視界が白く染まった。強烈な、暴力的な天使の光によって。
 そして目から入ったその光は重女の全身を内側から焼く。脳髄を、内臓を、記憶まで“浄化”せんと激しく動く。
 あまりの衝撃に、重女の目が限界まで見開かれ、身体は電流を流されたかのように海老反りになる。
 抵抗しようとしても、指一本動かせない。身体と精神を天使の光が支配していく。

 「怯えることはありません。これは浄化の儀式です」
 「浄化が終われば、貴女の中からは悪魔の力は消えます。そうすれば、アキュラ王のように我らのことを理解できるでしょう」

 薄れゆく意識の中で、重女は必死に抗った。そして今まで出会った大事な人達の顔を頭に浮かべる。アキラ、お母さん、京子、シド先生、そして――

 ――黒蝿

 脳裏に浮かぶその姿に、重女は手を伸ばす。だが天使の光は重女の記憶を徐々に白く染め、“浄化”という名の暴力は、一人の少女の身体と精神を蝕んでいった。
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 「…………」

 大天使の繭の傍に集まったアキラ達は、皆沈黙を保っていた。
 誰一人口を開く者はいない。サムライ衆も、キヨハルも、雷王獅子丸も、“ミノタウロスの間”から召喚した八坂牛頭丸も、そして黒蝿とアキラも。

 『我らの最終目標は、アキュラ王と合体し、神の戦車熾天使メルカバーになることです』

 重女の眼鏡の盗聴器から拾った四大天使の音声が、機械から発せられた時、皆は一斉にアキラの方を見た。
 音声をオープンにし、此処に集まった皆に聞こえるよう命じたのはアキラだ。
 その機械から予想外の言葉が聞こえてきた瞬間、アキラは驚愕に顔を歪ませた。以来ずっと言葉を発しない。何かを考えているように。
 黒蝿はそんなアキラをじっと見ていた。

 『…らわしい……ビトだわ……』
 『……早く……浄化しなければ』
 「!」

 新しい音声が聞こえてきた。四大天使の声だ。アキラをはじめ、皆は機械にばっと顔を向け、耳を傾ける。

 「キヨハルさん! もっと音声を大きくして!」
 「う、うん!」

 キヨハルが音量のつまみを最大に回す。ノイズ混じりの音がスピーカーから流れる。この声は恐らくガブリエルだろう。そしてその後ろに、微かに少女の悲鳴が聞こえる。

 「……姉ちゃん!?」

 アキラはキヨハルの隣に駆け寄り、必死の形相でスピーカーに耳を近づけた。
 なんだ? 中で何が起こっている? 姉ちゃんは? 四大天使様は一体姉ちゃんに何をしたんだ――?

―――

 天使の光に精神と肉体を組み敷かれても、重女は必死で抗った。
 歯を食いしばり、天使達を鬼の形相で睨み、影の刃を作り出し攻撃を続ける。しかしその威力は先程より遥かに弱い。影は大天使に届かず消えてしまう。

 「こ……の!」

 抗えば抗うほど激痛が走る。だけど屈するわけにはいかない。私が倒れたら、こいつらはアキラを騙して消滅させてしまう。それはさせない! あの子は私が守って見せる――

 『嘘つき』
 「!?」

 懐かしい声が耳朶を打った。いつの間にか、辺りは繭の中ではなく、見知ったシドの古びた教会だった。ステンドグラスから夕暮れの光が差し、十字架に磔にされたキリストと、その前に立つ小さな少年を照らし出す。光を浴び、少年の金髪がきらきらと光る。

 『姉ちゃんは、僕を置いていったくせに』

 ぞっとするほど冷たい声で、少年――アキラは重女に言った。その姿は鞍馬山に出発する直前の、八歳の子供のままであった。

 『姉ちゃんが僕を置いていかなければ、僕はこんな酷いめに合わずに済んだのに』

 ぐにゃり、と景色が変わる。暗い街並み、荒れ果てたビル群、血を流し倒れる人々。武装した深緑のスーツの軍団が悪魔と戦っている。その中でも一際小柄な身体な少年が剣を奮っていた。

 (アキラ!?)

 悪魔の攻撃に晒される弟を目の前にし、重女は思わず口を覆った。別世界に渡り悪魔討伐隊に入ったとは聞いていたが、まさかこんなにも激しいものだったなんて。
 アキラの脇腹に悪魔の爪が掠る。赤い血が噴き出る。

 「やめて!」

 叫ぶとまた景色が変わった。どこかの地下倉庫のようだ。幾つもの布団が敷いてあり、何人もの子供達が寝ている。その内の一つの布団にアキラが寝ていた。シドから貰った十字架を握りしめながら、涙を流していた。

 『姉ちゃん……早く……会いたい……』

 枕が涙で濡れていた。それを見た重女の目にも涙が浮かんだ。それは頬をつたりぽたりと足もとに落ちた。

 『嫌い、大っ嫌い! お母さんなんか死んじゃえばいいんだ!』

 次に聞こえてきたのは自分の声だ。かつて住んでいた古いアパート。そこで母に暴言を浴びせる自分がいた。
 ショックを受け、打ちのめされた母。そして翌日、車にはねられて死んでしまったお母さん。謝罪もできずに、もう二度と会えなくなってしまったお母さん。
 重女は顔を両手で覆い、膝をついた。かしゃん、と眼鏡が床に落ちる。

 「ごめんなさい、ごめんなさい……アキラ、お母さん……本当に、ごめん……」

 泣きながら何度も何度も謝罪の言葉を口にした。目の前には四人の人間が立っている。八歳のアキラ、デモニカスーツに身を包んだアキラ、王の装束に身に纏ったアキラ。そして血まみれで脳漿を剥き出しにし、腸をはみださせている母。
 三人の弟と母は、泣きじゃくる少女を見下ろしている。

 『許しを請え』
 『神を崇めよ』
 『穢れた身を清めよ』
 『贖罪せよ』

 それぞれの口から厳格な声が発せられた。それはもはやアキラの声でも母の声でもなかったが、重女は気づかず泣きながら謝り続けた。徐々に自分の存在が希薄になり、頭の中が白く「塗りつぶされて」いるのにも気づかず。

―――

 「…………」

 じっと、アキラは組んだ両手を額にあて、眉を寄せて黙っている。
 そのあまりに真剣な姿に、キヨハルも、サムライ衆も声を掛けられなかった。
 先程から繭の中からは、重女の泣きじゃくる声と四大天使の声が交互に聞こえてきた。どうやら重女は四大天使に”浄化”という名の洗脳を受けているらしい。しかも恐らく暴力的に。
 姉を何よりも大事に思っているアキラのことだ、すぐにでも重女を奪還しようと繭に突進するかと思いきや、一言も発さずずっと何かを思案している。
 迷っているのだろうか? とキヨハルは思った。四大天使は幼いころから彼が信仰してきた存在だ。彼らの理想を叶えるために別世界からきて、神の千年王国――東のミカド国まで建設したほどだ。
 まさか、彼は実の姉の奪還よりも、大天使達と合体し、神の戦車、熾天使メルカバーになる道を選ぶのか?
 神学を学んだ身としても、キヨハルには大天使達の言い分は傲慢にしか聞こえなかった。アキラと四大天使が合体し、メルカバーへと進化したとしても、アキラは消える。それでこの世界がより良い方向へ変わるのかもしれない。主の御心とやらに沿うのかもしれない。だが――

 「お前、まさかあの天使どもの言いなりになるのか?」

 ばっと、アキラが声の聞こえた方向へ、伏せていた顔を向けた。キヨハルも、サムライ衆も、獅子丸も牛頭丸も声の主――黒蝿の方を向いた。黒蝿は拘束されながらアキラを睨んでいた。

 「天使の言うことを実践して、神に祈って、お前が手に入れたかったのはなんだ? あんな奴らの為に死ぬことが目的か? 随分と下らないもんだな」

 両側を拘束していたサムライの手を払いのけ、黒蝿はアキラの方へ近づく。誰も止めようとはしなかった。アキラの視線と黒蝿の視線が交差する。

 「俺はこの国やお前がどうなろうが知ったことないが、俺はあいつに死なれては困る。それに大天使どもも気に食わない。だから俺はあいつを助け出し、大天使どもも殺す」

 ばさり、と黒い羽根を広げ、黒蝿は飛び立とうとした。

 「……待てよ、悪魔」

 そんな黒蝿の背に向かって、アキラは呼びかけた。黒蝿が振り向く。キヨハルもその横顔を凝視する。

 「さっきから聞いてりゃ好き放題言いやがって」

 やや怒りを込めた、しかししっかりとした口調でアキラは黒蝿に言い返す。誰も口を挟む者はいなかった。皆がアキラと黒蝿を凝視している。

 「僕は、姉ちゃんを見捨てない。ここまで僕が生きてきたのは、全てが姉ちゃんの為だった。だから僕は殉教なんてしない、神の戦車になんかならない、僕の命は、姉ちゃんの為にあるんだ」

 き、とアキラは周りの皆を見渡す。その表情は、数年前、この国を建設しようと宣言した時と同じ、凛々しく「王」の風格を表すものであった。

 「アキュラ王が命ずる! これより、繭の中にいる我が姉の奪還と、四大天使の捕縛作戦を開始する!」

 王の命を受け、サムライ衆が応! と力強く応ずる。キヨハルと仲魔である獅子丸と牛頭丸が目を合わせ頷く。
 黒蝿はその様子を見て、目を細めふ、と笑った。


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