往来―all right―別館【俺屍サマナー】

俺屍+デビルサマナー=俺屍サマナーというダブルパロ(クロスオーバー)小説を扱っております。俺屍に登場する神々や鬼を現代で使役していたら・・・という発想で生まれたいわゆる三次創作小説です。俺の屍を越えてゆけと真・女神転生シリーズ(主にⅣ)の設定を独自に融合させて捏造しております。女神転生や俺屍の人物名称や設定をかなり変更しております。こういったのが苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。 やたノ黒蝿とサマナーになってしまった少女の物語です。

カテゴリ:俺屍サマナー > 第七章

 ズウ……ン

 轟音が響き、広く、巨大な天使の繭が揺れた。その振動は、四大天使の巨躯にすら響く。

 「今のは……?」

 ガブリエルが呟く。そしてすぐ後にまたも振動が響く。先程よりもっと激しい。そしてそれは連続して起こる。
何者かがまたしても繭を攻撃しているのだ。
 またあの悪魔だろうか。やれやれというように四体は目を合わせた。全く悪魔には学習能力がないのか。たった一匹でこの繭を壊し、我らを殺せるとでも?
 その時、ドオン! という爆発音が聞こえた。一つではない、その音は四方八方から聞こえてきて、繭を先程より激しく揺らした。
 何が起きている? これはあの悪魔一匹の仕業なのか?  
 いや、違う。この繭に攻撃を仕掛けているのはあいつだけではない。これは、複数の人間によるものだ。

 「アキュラ王……!」

―――

 「駄目です! 傷一つつきません!」 
 
 繭の外にて。爆薬を仕掛け、爆発させたサムライ衆から失敗の報告があがる。
 
 「やはり駄目か……!」 
 
 アキュラ王ことアキラは悔しそうにごちる。
 めいいっぱいの火薬を集め、大規模な爆発を数回発生させたが、大天使の繭には傷一つつけられない。物理攻撃では効かないらしい。と、なると、後は魔法による攻撃を試すしかない。

 「おい、悪魔」

 アキラは後ろにいる黒蝿に呼びかけた。黒蝿はゆっくり視線をアキラの方へ向ける。
 
 「お前が繭に穴を空けた時、どんな手段を使ったんだ?」

 アキラの問いかけに、傍にいた獅子丸は僅かに眉をひそめた。アキラは、この悪魔の言うことを信じるのだろうか。
 目的が一致したとはいえ、獅子丸はどうもこのやたノ黒蝿と名乗る悪魔が信用できなかった。アキラに危害を加えたり、何か不穏な動きを見せたらすぐに対処出来るよう、獅子丸の右手は常に刀の柄を掴んでいた。

 「……繭の天辺」
 「あん?」
 「恐らく繭の天辺は、他と比べて壁が薄い。俺はそこを何度も攻撃してやっと穴を空けることに成功した」

 もっとも、その開けた穴からあいつが吸い込まれてしまったんだがな、と黒蝿は口に出さず胸中で呟く。

 「そうか、天辺か……」

 アキラは顎に手を当て暫し考えると、顔をあげ、「皆のもの!」と声を張り上げた。

 「繭の天辺付近を、魔法を使い一斉に攻撃しろ!」

 応!! とサムライ衆は、太く大きな声で応じる。獅子丸と牛頭丸も命を受け、攻撃の構えをとる。

 「悪魔、お前も協力してくれ」

 ぴくり、と黒蝿の片眉が上がる。獅子丸と牛頭丸も思わずアキラの方を振り向く。

 「アキラ、なにもこんな悪魔の力を借りずとも我らだけで……」
 「今は少しでも戦力が欲しい。細かいことにこだわってる場合じゃないだろう」
 「しかし……」

 獅子丸は黒蝿を軽く睨んだ。アキラはこの悪魔を信用しすぎじゃないか? こいつが裏切らないという保証はどこにもないというのに。
 睨まれた黒蝿は、薄笑いを浮かべている。そして面白そうにアキラに問うた。

 「いいのか? 俺を信じて? そいつはどうやら俺を疑ってるみたいだぞ」
 「………」

 アキラは黒蝿の暗い瞳を見つめ返した。重女と同じ青い瞳。その青い瞳が黒蝿の真意を探るかのようにじっと見つめてくる。

 「お前は、姉ちゃんの仲魔なんだろう?」

 見つめたままアキラがきっぱりという。黒蝿の目が大きくなる。

 「どんな過程があったにしろ、こいつが姉ちゃんの仲魔だっていうのは事実だ。仲魔は主人を助けるものだろう? それに……」

 そこでアキラは言葉を切る。視線を黒蝿から逸らし、言いにくそうに続ける。

 「……お前だけが姉ちゃんの本当の名前を知っている。僕はもう姉ちゃんの名前を呼ぶことが出来ない。なら、お前が名を呼べば姉ちゃんは応えるだろう」

 ぎゅ、とアキラは拳を握った。悔しいし認めたくないが、この悪魔の方が姉のことを自分よりよく知っている。姉もきっとこいつのことを悪く思っていないだろう。それは、こいつを庇って繭の中へ吸い込まれた事から推測できる。
 そして恐らく四大天使に逆らった自分はただでは済まないだろう。この国から追放されるならまだいい。でもそれだけではないだろう。相手は巨大な力を持つ大天使だ。姉を奪還できたとしてもこの身が無事でいられるかどうか危うい。最悪死ぬかもしれない。
なら――

 「やたノ黒蝿、もし僕が死んだら……その時はお前が姉ちゃんを守ってくれ」

 黒蝿のみならず、耳を傾けていた獅子丸と牛頭丸も絶句する。気は確かか? と問う視線に答えるかのように、アキラは真っ直ぐに黒蝿を見つめる。その瞳は決して冗談を言っているわけではないと語っていた。
 
 「お前を見込んで頼んでいるんだ。だから……」
 「嫌だね」

 アキラの言葉を遮ってぴしゃりと黒蝿が言い捨てた。

 「もうあいつのお守は沢山だ。お前はあいつの弟だろう? なら何が何でも生き延びて、あいつの傍にいてやれ」

 言い終わると、黒蝿は背に黒い翼をだし、ぐいっとアキラを脇に抱え飛び出した。小柄な少年の身体が宙に浮く。

 「お、おい!?」
 「貴様! アキュラ王をどこに連れていく!?」

 成り行きを茫然と見ていた獅子丸が慌てて声を掛ける。空中で静止したまま黒蝿は大柄な神獣を一瞥する。

 「この繭を壊すんだろう? なら天辺を至近距離で攻撃したほうが破壊しやすい。行くぞ」

 そのまま黒蝿はアキラの両脇に手を入れて抱え、繭の天辺へと飛ぶ。重女によく似たアキラの横顔を見ながら、黒蝿はそっとため息をついた。

 全く、この姉弟は無茶なことばかりいいやがる!

―――

 大天使の繭の周りは、サムライ衆がそれぞれ配置についていた。アギ班とブフ班、ジオ班にザン班の四つの班に分かれ、雷王獅子丸と八坂牛頭丸も攻撃の構えをとる。
 空からは黒蝿とアキラが繭の天辺を至近距離から攻撃する手筈を整えていた。

 「みんな、配置についたな? これからカウントダウンにあわせてここに集中攻撃をしかける!」

 繭の天辺から地上のサムライ衆に聞こえるよう、大声でアキラは指示を出す。

 「キヨハルさん、頼んだよ!」
 「まかせて! カウントダウンを開始するよ! 10、9、8、7……」

 キヨハルが秒読みを始めると、辺りの空気が変化し、木々の葉が揺れる。それはサムライ衆達の熱気であり、マグネタイトを練る微細な振動のせいであった。

 「6、5、4……」

 黒蝿の周りに激しい風が起き、アキラの手に熱された空気の塊が生まれる。ごくり、とアキラは唾を飲んだ。

 「3、2、1……今だ!」

 合図と同時に、アギの火炎が、ブフの氷が、ジオの電撃が、ザンの衝撃波が一斉に繭の天辺めがけて発せられる。
 アキラもアギダインを放つ。黒蝿のザンダインによって威力が格段に増した炎は、サムライ衆の攻撃と共に大天使の繭へ大ダメージを与える。凄まじい轟音が鼓膜を揺らし、物凄い攻撃の余波によって、アキラは繭の天辺から吹き飛ばされる。が、その身体を黒蝿がキャッチした。
 砂埃がさると、繭の天辺には大きな穴が空いていた。アキラは黒蝿の手から離れ穴の近くへと降りると、刀を抜き、穴へと切っ先を向け大声をあげた。

 「突入!!」

人気ブログランキングへ

 大勢の足音と野太い男達の声が大天使の繭に響く。
 先程の総攻撃で空いた穴から、サムライ衆が侵入してきたのだ。

 合戦が始まった。アキュラ王率いるサムライ衆の軍団と、巨大な力を持つ四大天使との。

 先鋒を務めるのはアキュラ王の仲魔である雷王獅子丸と八坂牛頭丸。
 獅子丸が剣を振るうと炎の玉が生まれ、牛頭丸は天使達に向かって巨大な棍棒を振り下ろす。
 しかしどちらの攻撃も、天使達の一睨みでいとも容易く消滅してしまう。
 後から続いたサムライ衆も同じく、ウリエルの剣が生み出す業火で、隊員達の攻撃は無力化された。

 「アキュラ王……やはりおまえか!!」

 ガブリエルがサムライ衆の後ろで控えていたアキラを睨んだ。その視線はすさまじく、並の者なら失禁しかねなかっただろう。だが、アキラは視線を受け、逆にガブリエルら四大天使を睨み返した。

 「四大天使殿、貴方たちは僕の姉に危害を加えた。よって貴方たちを拘束させてもらう」

 はっきりと、しかし有無を言わさない口調でアキラは告げた。
 何故繭の中の自分たちの行動をアキラが知っていたのか、そんなことは四大天使達にとっては些細なことであった。それよりも――

 「我らを拘束する?」

 冗談を、という声音でガブリエルはアキラへと問うた。身体の左脇に抱えた白い顔が、嘲笑うかのように歪んだ。
 しかしアキラは真剣な表情を崩さない。真っ直ぐに、四大天使を見据える。

 「貴方たちの企みはもうばれている」

 凛とした声でアキラは言う。四大天使は互いの目を合わせる。

 「僕は、貴方たちと合体なんてしない。殉教などしない」

 アキラは静かに目を伏せ、ゆっくりと腰から刀を抜き放った。それに伴い、サムライ衆も刀を構えた。どの者の目にも闘志が滲みでている。

 「姉を傷つけた貴方たちを僕は許さない。姉ちゃんは返してもらう!」

 言うが早いか、アキラは刀を横に薙ぎ、「会心波」を繰り出した。ラファエルの杖が一振りすると、「会心波」は衝撃波によって相殺される。
 サムライ衆がガブリエルとミカエルに一斉攻撃をしかけ、黒蝿は空中に飛び、「大旋風」を巻き起こす。しかしそれもウリエルの炎によって遮られる。
 その際に大天使達の身体が揺れ、僅かに四体の位置がずれる。すると奥の方に小さな白い塊が見えた。
 白い繊維のようなものでぐるぐる巻きにされ、宙に吊るされているそれは、小さな繭のようだ。

 「あれは……!?」

 黒蝿がウリエルの刃を受けながら声をあげた。

 「なんだ!?」
 ウリエルの炎によって熱された空気を吸い込んでしまい、咳き込みながらアキラは黒蝿に問うた。

 「あの繭の中からあいつの気配がする。あいつはあの中だ」
 「!」
 
 その言葉を聞いた瞬間、アキラの身体は無意識に動き、吊るされている小さな繭へと走った。
 しかし横からハマの矢が飛んできて、アキラは足を止め、後ろへ飛びそれを回避する。

 「やらせませんよ」
 「く!」

 ガブリエルがアキラの目の前に立ちふさがる。ガブリエルが右手の白光する剣で斬りつけようとする。アキラは刀でそれを受け止めた。

 「貴方には失望しました。我らと合体し神の戦車になるということの重大性を貴方は理解していない。これは主の願いを叶える事。世界にとっても貴方にとってもより良い選択で――」
 「うるせえ!!」

 ガキン、と金属の触れ合う音が響き、アキラはガブリエルの剣を弾き返した。そして間髪いれず斬撃を繰り出す。それら全てをガブリエルはかわす。

 「世界がどうとか、神の戦車がどうとか、もうそんなのどうでもいいんだよ! 僕がこの世界に来たのも、悪魔を退治してきたのも、全部姉ちゃんに会うためだ! お前たちの下らない野望の為じゃない!」

 アギダインの巨大な炎がガブリエルの身体を包む。しかし炎が晴れると、そこには無傷のガブリエルが立っていた。
 舌打ちしながら再攻撃を仕掛けようと再びアキラは大天使に肉薄する。しかし、ミカエルが呪文を唱えると、目の前に巨大な七つの頭を持つ竜が現れた。ミカエルが召喚した竜は、口から紫の火炎を吹き出し、サムライ衆や獅子丸に牛頭丸、アキラまでを巻き込む。
 強烈な火炎をマカラカーンで防ぎながら、なおもアキラ達は前へと進む。重女が囚われている小さな繭へと。

 「姉ちゃん……!!」

 その時、火炎を避けながら凄いスピードで飛ぶ者がいた。黒蝿である。
 黒蝿は竜の攻撃を次々とかわし、重女が囚われている小さな繭へと向かっていく。
 アキラも後に続きたかったが、機動力では黒蝿の方が上だ。黒蝿のスピードは大天使すら凌ぐ。

 「黒蝿!」

 アキラが黒蝿に大声で呼びかける。黒蝿はちらり、とアキラの方向へ顔を向けた。

 「姉ちゃんを助け出してくれ! 頼んだぞ!」

 黒蝿はそれには答えず、小さな繭へととりついた。右手にありったけの魔力を込めた風を発生させ、繭に穴を空けるべく攻撃を仕掛けた。

―――

 遠くで何かが聞こえたような気がして、重女は目を開けた。
 目を開けた先は白かった。まるで水の中にいるようだ。視覚も、聴力も、触覚も、全ての感覚が飽和している。

 (私……なんでここにいるんだろう……)

 腕を動かそうとしても、上手く上がらない。記憶を辿ろうとしても思考がまとまらない。だけどなんだか心地よい。温かく、守られている感じ。お母さんのお腹にいる赤ちゃんはこんな感じなんだろうか。
 気持ちいい。ずっとここにいたい。ここには私を脅かすものはいない。膝を抱え、胎児のような恰好をとる。

 「―――」

 何かが聞こえた、ような気がした。でも音はくぐもっている。幻聴だろうか。

 「―――!」

 また聞こえた。人の声? 何か怒鳴っているようだ。どこかで聞いたような、懐かしい男の声。
 誰? 貴方は誰? 何を言っているの?

 声のする方向へ視線を向けた。柔らかい光が水面のようにたゆたう。
 すると視界の端に鈍く光る物が入ってきた。
 あれは、銀? 銀の十字架?

 『それは私からの贈り物だよ』

 十字架を見た瞬間、大人の男の声が脳裏に響いた。優しい、落ち着いた声音。

 『人が人を愛するのに、理由が必要かい?』

 古い教会で「その人」が微笑んでくれる。浅黒い肌、銀の髪、聖書、いつも優しかった「シド先生」――

 『姉ちゃん、お揃いだね!』

 私とお揃いの十字架をつけた金髪の男の子が、にっこり微笑んで抱き付いてくる。綺麗な金髪、私と同じ青い目の少年。今となっては血の繋がったたった一人の弟、「アキラ」――

 『なんだそれは?』

 景色が変わる。薄暗い。どこかの山の中のようだ。
 そうだ、此処は影の鞍馬山。私が作ってしまった影の結界の中だ。
 焚き火の向かいに座っている男が問う。黒い翼を生やした男。私の胸の十字架のペンダントは、火の光を反射して微かに光る。
 その問いに私は「食前の祈り」と答える。

 『誰に祈るんだ?』

 誰にって、そんなの決まってる。神様だ。
 そう答えると男は吹きだした。喉を鳴らし笑っている。私は顔が赤くなる。全くこの悪魔は――

 悪魔?

 そうだ、私には仲魔がいた。鞍馬山の地下で鳥かごに入れられていた黒い鳥。私が名を奪い、「彼」も私の声と名を奪った。黒い翼を生やした――

 「黒蝿!!」

―――

 その名を口にした途端、辺りの白い光は晴れ、重女の意識は覚醒した。
 と、同時に五感も戻ってくる。
 そして気づいた。自分が白い繊維のような糸で身体を縛られているということに。

 「く……!」

 身をよじっても、何重にも重なった糸は千切れない。
 そうだ、全部思い出した。私は四大天使の繭に入って、そこで天使達と戦ったけど、逆に大天使の光を浴びてしまって、意識が遠のいて……

 メリメリ、と重女の頭上で音がした。まるで壁を破るようなその音は、重女が囚われている空間の天井に亀裂を走らせる。
 亀裂が大きくなっていき、やがてそこから黒い手が出てきた。黒の篭手を着用したその手は男のものだとわかった。
 続いて上半身が出てきた。鴉に似た兜に、黒い山伏のような衣、深緑の長髪に暗い瞳――

 「黒蝿!?」
 「■■■!!」

 私の名を呼んだのだろう。しかし私にはその声が音声として認識できない。当然だ。私の本当の名を知っているのは、頭上で手を差し伸べている悪魔――やたノ黒蝿だけなのだから。
 ビシッと音がしたかと思うと、黒蝿の全身がまるで真空の刃に攻撃されたかのように切り付けられ、服も、顔にも、手にも複数の傷がつく。
 傷から赤黒い血が滴り、重女の顔に落ちても、黒蝿は手を伸ばすのを止めない。

 「来い! ■■■!!」

 必死の形相でそう怒鳴られ、それに答えるために重女は手を上げようとする。しかし身体は白い糸で縛られている。
 歯を食いしばり、重女は全身に力を入れ脱出を試みる。しかし糸は頑強だ。身体はびくともしない。

 「―――!!」

 それでも重女は動きを止めない。糸が腕に、足に、身体中に食い込み、肉を裂き血を噴き出させる。

 「う、ああああ―――!!」

 叫びながら、血を噴出させながら、それでも重女は頭上に向けて手を伸ばす。
 仲魔の声に答える為に、弟の元へ帰る為に。

 ビリビリ、と拘束していた糸が千切れはじめた。腕が自由になる。頭上に手を伸ばすと、黒蝿はその手をしっかりと握り、一気に重女を空間から引き上げた。
 重女の首からさげている十字架のペンダントが、傷だらけの二人の身体の間で揺れた。

―――

 重女を小さな繭から救出した黒蝿は、サムライ衆達の歓声を受けながら、そのまま空中で静止した。
大天使達は驚愕し、アキラも、安堵の息を吐いた。

 「……お前……」

 重女を抱えたまま、黒蝿は腕の中の少女の顔を覗き込む。何か言ってやろうと思ったが言葉がでない。
 すると大きな青の瞳が、黒蝿の顔を逆に捉えた。

 「……ありがとう」
 「あ?」
 「助けてくれて」

 黒蝿の肩の傷に触れ、微笑みながら重女は言う。肩の出血を止めるように優しく手のひらを押し当てた。

 「貴方が助け出してくれなかったら、私は――」
 「黙ってろよ」

 黒蝿が重女の白く細い首を掴む。ひゅ、という音が喉から漏れ、手から影が伸びたかと思うと、重女の首に黒い痣がついた。黒蝿が再び重女の言霊を奪ったのだ。
 だが重女はもうそれを惜しいとは思わなかった。この痣は、自分と、この悪魔との絆の証のようなものだから。
 この十字架のペンダントが、アキラと、シド先生との繋がりの印のように。

 血まみれの手で、重女は十字架を握りしめた。

人気ブログランキングへ

 重女は無事救出された。仲魔であるやたノ黒蝿の手によって。
 全身に傷を負いながらも、四肢を失っていなく、意識もしっかりしている姉を見て、アキラは胸を撫で下ろした。
 その一瞬の隙をついて、四大天使はメギドラを放った。それに気づくのが遅れたアキラはその攻撃をもろに受けてしまい、ダメージを受け後ろへと吹き飛んだ。

 「!」

 黒蝿と共に地へと降りた重女は、黒蝿の腕から抜け出し、弟であるアキラの元へ駆け寄る。

 『アキラ!』

 喉からは声は出なく、ひゅう、という隙間風のような音が出るだけであったが、アキラは姉が自分の名を呼んでくれたのだと何故か分かった。

 「姉ちゃん、無事か!?」

 こく、と重女は頷く。全身ボロボロのアキラを見て、重女は悲しそうに顔を歪ませ、そっと弟の手に自分の手を重ねる。

 『アキラ……ありがとう』

 その言葉もやはり声にならなかった。だがアキラには姉の表情と唇の動きでなんと言ったのか分かった。
 アキラは笑顔を浮かべた。姉が無事に戻ってきてくれた――その事実は嬉しかった。たとえそれが傍に立っている悪魔――やたノ黒蝿の功績だとしても。

 アキラの手が重女の頬に触れるより早く、繭の中に凄まじい風が吹き荒れた。
 白い風。それは重女を繭の中に吸い込んだ時に発生したのと同じであった。 その風を受けてサムライ衆や獅子丸に牛頭丸が吹き飛ばされる。
 風の発生源の四大天使達は、アキラと重女を睨んでいた。神の遣いである天使の神々しさはすでになく、あるのは屈辱と怒りによる禍々しいオーラだけであった。

 「アキュラ王……我らを裏切った代償は高くつくぞ!」
 「お前もその娘同様、穢れているようだな」
 「神の意向を理解できぬ愚か者共め」
 「もうお前達は必要ない。このままこの国諸共消し去ってくれる!」

 凄まじい風の中、重女とアキラ、そして黒蝿は立ち上がり真っ直ぐに大天使達を睨み返す。重女とアキラの十字架のペンダントが風で揺れる。

 「四大天使、もうこの国は貴方たちを必要としていない」

 アキラが剣を構える。重女は黒蝿の手を握った。一瞬黒蝿は眉を寄せたが、すぐに握り返してきた。
 吹き飛ばされたサムライ衆、獅子丸と牛頭丸もアキラの後ろに控え臨戦態勢をとる。

 「貴方たちがいなくてもこの国は存続できる。もう貴方たちはいらない。よって、東のミカド国から貴方たちを追放させてもらう!」

 言い終わるが早いか、アキラのマハラギオンが放たれる。
 それが合図だった。
 獅子丸と牛頭丸、サムライ衆が四大天使に立ち向かう。獅子丸は見事な剣技でミカエルの召喚した竜の頭を切り落としていく。ラファエルが牛頭丸の怪力乱神によって大ダメージを受ける。
 後方に位置するキヨハルの「ラスタキャンディ」によって攻撃力・防御力・命中率・回避率を増大させたサムライ衆は、ミカエルとガブリエルを攻撃する。ある者は剣で、ある者は魔法で。
 圧倒的物量により四大天使の旗色が悪くなり始めたころ、黒蝿は重女を抱きかかえ宙を飛び、四大天使へと近づいた。
 それに目敏く気づいたガブリエルがマハンマを放つ。だが黒蝿は易々とそれをかわす。 重女は黒蝿に抱えられたまま、手に黒い影を発生させていた。

 「お前が……! お前さえ来なければ! 我らはアキュラを依代にし、メルカバーとして顕現できたというのに!!」

 怨嗟の声をあげるガブリエルに、重女も黒蝿も何も答えなかった。重女の手の影がどんどん大きくなっていく。

 「汚らわしい悪魔め! 私はお前たちを許さぬ! 身を切り裂き腸を取り出し、我らに背いたことを後悔させて――」

 その時、重女の影が四大天使を覆った。影は大天使を包んだと思うと、次の瞬間黒く巨大な鳥籠へと変化し四大天使を捕える。

 「いまだ!!」

 黒蝿の合図と共に、アキラは手を鳥籠に翳した。するとその手に四枚の漆黒の面のようなものが現れ、それぞれ鳥籠に囚われている四大天使の顔へととりつく。

 「う、ぎゃああああああああああああ!!?」

 耳を覆いたくなるような叫び声が聞こえたかと思うと、鳥籠の中の四大天使は、身体がどんどん小さくなっていき、ついに人間程の大きさへと変化した。
 暫くの間四大天使は苦しそうに悶えていたが、やがて悲鳴は聞こえなくなり、身体の動きも止まった。

―――

 「……やった、やったぞ!」
 「四大天使を、封印したんだ!!」

 サムライ衆が勝利の雄たけびをあげた。
 傷を負っていないものはいなく、ほとんどの者が満身創痍であったが、どの者の顔にも勝利の喜びが滲んでいた。
 渾身の封印術を使ったアキラは、地面に尻をつけ、長い吐息をついた。

 「アキラ君、よくやったな!」
 「流石はわが主!」
 「まさか本当に四大天使を封印するとはね」

 キヨハルと、獅子丸に牛頭丸が労いの言葉をかける。アキラは答えの代わりにほほ笑んで見せた。
 そこに空中から重女と黒蝿が降り立った。重女は黒蝿の腕から降りると、アキラの元へと走り寄った。

 「姉ちゃん!」
 『アキラ!』

 ぎゅ、とアキラが重女の身体を強く抱いた。そのあまりの力の強さに重女は少し痛がった。

 「ご、ごめん姉ちゃん! 身体大丈夫?」

 重女は頷いた。自分の身体もボロボロなのに私の心配とは。そう思いそっとはにかんだ。

 「姉ちゃんのおかげだよ。姉ちゃんがあの鳥籠を作って動きを止めてくれなかったら封印することが出来なかった」

 それと、とアキラは重女の後ろに立つ黒蝿に顔を向ける。

 「お前も協力してくれて感謝する。ありがとう」
 「……礼はいい」

 顔を背けながら言う黒蝿の様子がおかしくて、重女はそっと笑って見せた。
 あの時、黒蝿が繋いだ手から力を分け与えてくれなかったら、四大天使を封ずるほどの鳥籠は作れなかっただろう。私一人の力では出来なかった。黒蝿がいてくれたから、私は――

 その時、四大天使を封じている鳥籠の一つに亀裂が走った。

 その音に気付いたのは重女だけであった。
 亀裂が生じた鳥籠は崩れ去り、中にいたガブリエルは、面を無理やり剥がすと、こちらへ突進してきた。
 アキラはキヨハル達と話し合いをしていて気づかず、黒蝿もこちらを向いてない。
 ガブリエルは醜悪な顔の大きな口を開けて、アキラの方へ向かっている。このままではアキラが――!

 『危ない!!』

 重女は思いっきりアキラを突き飛ばした。そしてそれがまずかった。
 ガブリエルは、強大な牙で重女の右手と両足を食いちぎり、そのまま繭の外へ脱出した。
 突き飛ばされたアキラも、傍にいた黒蝿も、一瞬の出来事に目を大きくさせた。
 身体から噴き出る鮮血が、重女の視界を赤く染め、そしてそのまま意識を失った。続きを読む

 「今日は部活いいの?」
 「うん、たまには姉ちゃんの手伝いしなきゃね」

 買い物籠を持ちながら、学校帰り、アキラと二人で夕飯の買い物を済ませる。
 アキラももう中学生だ。あんなに小さかったアキラの背は私をとうに追い越し、肩幅も広くなり声も低くなった。
 なんだか不思議な感じだ。アキラがこんなに大きくなったなんて。

 「そういえば姉ちゃん、またあの夢みたの?」
 「……うん」

 私は少し俯いて頷く。

 「なんだっけ? 僕が、えっと……?」
 「アキラが次元の違う国に行って、国を築いて王様になってるの」

 言いながら自分の黒髪を触る。私の癖だ。恥ずかしいと思ったとき無意識に髪をかきあげてしまう。

 「何度聞いても凄い夢だね」

 隣でアキラが苦笑しているのがわかる。俯いた顔があげられない。夢とはいえ、突拍子でないことを言ってるのは自覚している。
 でもここ最近、私は同じ夢を何度も見るのだ。小さなアキラが聖書に出てくる四大天使に導かれ、こことは違う別世界の東京に行き、悪魔を退治する。
 そして不思議な力で、「東のミカド国」という国を造って、そこの王様になるのだ。
 沢山の大人を従え玉座に座るアキラは、とても凛々しくて、まるで別人のようだった。

 「でも、そんな世界があるなら行ってみたいと思わない?」

 その言葉に思わず横を向いた。アキラが微笑みながら私を見ている。今まで見たことがないような大人びた笑みだ。

 「わ、私は……」

 アキラの瞳の澄んだ青色に当てられて、視線を逸らしてしまう。
 ちょうどその時ブティックの前を通り過ぎて、ショーウインドウのガラスに姿が映る。制服姿の私とアキラ。アキラの背は大きい。歩くたび金髪が揺れてさらさらなびく。自分の黒髪とは違う髪色。ガラス越しにもアキラの視線を感じてまた私は俯く。

 「私は……今の世界にいたいと思うよ」

 そう答えると、アキラの雰囲気が少し変わった、ように感じた。

 「だって……確かに毎日辛いことばかりだけど、でも悪いことばかりじゃないよ。ここにはお母さんもアキラもいるし……それに……シド先生も」

 制服の下に隠している十字架にそっと触れた。アキラと、シド先生とお揃いのペンダント。これは私のお守り。これさえあれば辛いことがあっても一人じゃないって思えるから。

 「そうか……姉ちゃんは、そう選ぶんだね」

 はっ、とアキラの顔を見返す。隣の弟は相変わらず笑みを浮かべている。だが、その笑みには何とも言えない寂しさの色が浮かんでいる。

 「アキラ……?」

 弟の顔を見上げ気づく。おかしい。アキラと私は六歳離れている。私は今十四歳。ならアキラは八歳のはずだ。こんなに背が高いはずがないし、中学の制服は着ていない。
 どんどんアキラは大きくなっていく。いや、違う。私が小さくなっているのだ。
 思わず手を伸ばす。しかし手は届かなかった。右手が、途中で千切れて無くなっていたからだ。
 悲鳴をあげる。しかし声は出ない。筋肉が張り詰めた喉からは虚ろな音しか出なかった。
 立っていられなく、どたん、と前のめりに倒れる。アキラが身体を受け止めてくれた。気が付けば、私の両足も千切れていた。辺りは血の海。身体が冷えていく。意識が朦朧としていく。
 霞がかっていく頭で私は自分の死を確信していた。この感じ、前にもあった。シドに鞍馬山に連れていかれ、逃げ出し、足を滑らせ頭を打った時だ。
 あの時も死にかけた。だけど助けてくれた存在がいた。黒い翼。黒い男。私が名前を奪ってしまった悪魔――
 鴉のような黒い羽毛が辺り一面に飛び散る。その中に「あいつ」が立っている。やたノ黒蝿。そう名付けた私の仲魔。
 そいつはじっとこっちを見ている。悔しいのだろう。真名を返して貰えないまま、私が死んでしまうのだから。
 でもいいの。アキラ、貴方さえ生きてくれたら。私は――
 左手をアキラが力強く握ってくれる。温かい。血塗れの私の身体を抱いてくれているのが分かる。

 「姉ちゃん――」

 笑みを浮かべながら唇を動かすアキラ。だけど声が聞こえない。耳までいかれてしまったのだろうか。

 「―――――」

 それでも尚何かを話しかけてくる。何と言っているのか分からない。アキラはずっと微笑んでいる。何故、そんな泣きそうな笑顔を浮かべているの? 泣き虫なところ、昔から変わってないね。

 「―――――」

 何かを言い終えた後、アキラはそっと私の左手を自分の頬に当てる。辺りを舞う黒い羽が増えていき、視界を黒く染めてアキラの姿を隠していく。
 待って。これじゃあ何も見えないじゃない。黒蝿、これなんとかしてよ。
 首を動かし、後ろに立っている黒蝿に私は視線で訴える。しかし黒蝿は、ただ苦虫を潰したような顔で私を見下ろすだけ。
 左手になにか固い感触があった。既にアキラの姿はない。左手を開くと、そこには鈍く光る十字架のペンダントがあった。
 光が溢れた。金の光。アキラの髪と同じ色の光が。黒一色の中でその光が太陽のように闇を払い、その眩しさに私は思わず目を瞑り――

 ―――

 「目を覚ましたぞ!!」

 目を開いた重女を覗き込んでいたのは、キヨハルに雷王獅子丸、八坂牛頭丸に数名のサムライ衆らしき男。
 キヨハルがペンライトを目に当てて瞳孔をチェックしている。バタバタと医務室を何人かが出入りする中、黒蝿は壁に寄りかかり目を瞑っていた。

 「………」

 重女は目を開けたまま、ベットの中で身じろぎもせずじっとしていた。何人かが代わる代わる顔を覗き込み、皆安堵の息をつく。

 「ちょっとごめんよ」

 キヨハルが布団の中から、重女の“右手”をとる。そのまま脈を計ったりとんとんと軽く叩いてみたりしている。

 「脈は正常だね。痛みは? 感覚はある?」

 重女はゆっくりと首を横に向け、小さく頷いて見せた。

 「じゃあ右手を動かしてみようか。拳を握ってみて」

 言われた通り重女は“右手”を握ろうとした。しかし“右手”はぷるぷると震えるだけで指一本動かせなかった。

 「ああ、まだ神経はきちんと繋がってないみたいだね。これじゃあ“両足”も……」

 まるで麻酔にかかっているかのように、重女の身体の感覚は鈍化していた。頭の中も靄がかかっているようだ。ここはどこだろう。自分はどこにいるんだろう。何故自分は寝ているんだろう。
 首を動かし、周りを確認する。煉瓦の壁、天井。ベット。薬品の匂い。沢山の人。先程見た顔に十字の傷が無数にある男。そして、壁に寄りかかっている黒い男と目が合った。黒い翼が生えている。あれは――
 瞬間、記憶がまるで噴水のように次々と湧き出てきた。大天使の繭の中での戦い、四大天使を封じ、しかしガブリエルに逃げられ、その際に私は奴に右手と両足を食いちぎられて――

 「!!」


 がばっと重女はベットから上体を起こした。そして確認した。自分の身体を。

 白い患者服からは食いちぎられたはず両足が伸びており、右手もきちんとある。しかし感覚はほとんどなく、動かすことは出来なかった。
 さらり。困惑する重女の顔に髪が降りてきた。しかしその色はいつも見慣れている黒髪ではなく、色素の薄い金色の髪であった。弟と同じ色。日の光を浴びてキラキラ光っていた金髪。

 ――アキラの髪の色――

 鳳仙花の種がはじけ飛ぶかのように、それまで凝固していた記憶が飛び散り、やがてそれは形を成していく。冷たくなっていく自分の身体をアキラが抱きしめてくれたこと。人々の怒鳴り声。赤い血だまり。
 出血で朦朧とした意識の中、コンプ内の電脳空間で重女は確かに聞いたのだ。

 「僕を有機体に変換させて、姉ちゃんの手足を蘇らせてくれ」というアキラの言葉を――。

 布団を左手で勢いよくはぎ取り、ベットから降り、壁際の黒蝿の元へ走ろうとした。しかし足に力が入らなく、重女は床に転がってしまう。

 「ちょ、重女ちゃん!?」

 キヨハルと獅子丸が手を貸そうとした。しかし重女はその手を払い、自分を見下ろす黒蝿を思いっきり睨んだ。

 『……なんで、止めなかったの』

 念波でそう問いかけても、黒蝿は答えなかった。重女は自由に動かせる左手を使い、床を這いつくばりながら壁際へと向かう。

 『私、全部じゃないけど思い出した。アキラが悪魔合体プログラムで自分を犠牲に私を助けようとしたこと。アキラと貴方とでコンプの中に入ったこと……』

 がしっと黒蝿の足を掴む。黒蝿はその手を払いのけようとせず、ただ重女を見ていた。

 『何故! 何故アキラを止めなかったの!? アキラが死ぬってわかっていたはずなのに! 貴方は一緒にいたはずなのに! なんで! どうしてよ!』

 涙を浮かべながらそう念波でそう送ってくる重女を、黒蝿は表情を変えず見下ろしていたが、一瞬目を瞑り、懐に手を入れながらこう答えた。

 「……約束だったからだ」

 低い声でそう答えられ、重女は目を大きくさせる。重女の念波が聞こえなく、成り行きを見ていたキヨハル達も、黒蝿の言葉を聞いて唖然とした。

 『……なによ、それ?』
 「あいつと交わした、男の約束だ」

 懐に入れてある十字架のペンダントを握りしめながら、黒蝿はそう答えた。元の持ち主である少年の顔を思い出しながら。

 『そんな……そんなわけのわかんないことで、アキラが……』

 黒蝿の足を握りしめていた左手から力が抜けた。重女は顔を床に向けながら、涙を流した。
 髪が揺れる。かつて黒であった髪。今は合体した弟と同じ金色の髪。その髪が重女の嗚咽に合わせて揺れた。

 『死にかけた私が生きるより……私は……あの子に生きて欲しかったのに……』

 蹲り、重女は泣きじゃくった。声を張り上げて泣いた。しかしその声は黒蝿にしか聞こえなかった。張り裂けそうに開いた喉からは、湿った咳のような音しか鳴らなかった。
 その部屋にいる誰もが、アキラの喪失と重女に対する哀惜の念を抱いた。
 天文学的な確率で生き残ってしまった少女は、皆の視線に構わず泣き続けた。母が死んだときに流れなかった涙を、まとめて流すように。
 胸の十字架のペンダントを握りしめ、泣き続ける少女に対し、黒蝿はもう何も言わなかった。
 謝罪も、弁解も、何も言わず、一人の少年と交わした約束の結果である少女を見つめ続けた。
人気ブログランキングへ

 四大天使との戦い、そしてアキュラ王の喪失から一週間。
 東のミカド国では建国以来最も忙しい七日間であった。

 まず、四大天使を封じた繭は、岩盤の下の東京、新宿御苑のあたりに廃棄された。ガブリエルはとうとう発見されなかった。
 そして、キヨハルが中心となり、修道院が設立された。ここでは主にミカド国の科学水準をあげるための研究が行われる予定だ。
 アキュラ王の銅像を建てる計画が提出され、新しい王の選抜の為にキヨハルやサムライ衆は毎日談合を開いていたが、そんなことは黒蝿にはどうでもいいことであった。
 問題は――

―――

 「どうだ?」
 「駄目です、今日も口をつけていません」

 侍女が首を振った。手に持った盆の上には湯気が立ったままの食事が乗っていた。

 「また駄目だったか」

 キヨハルは肩を落としてため息をついた。隣の獅子丸も苦々しく顔を歪め、豪勢な扉を睨んだ。
 この扉の向こうは医務室であり、そこには重女という少女がベットの上にいる。
 獅子丸の主であったアキュラ王の実の姉であり、共に四大天使を封じ、悪魔召喚プログラムにて瀕死のところをアキュラが身を挺して救った少女。
 アキュラと合体したことにより、失われた右手と両足は戻ったが、まだ満足に動けない。動けるようになるにはリハビリが必要だ。

 しかし重女は一切のリハビリを拒否した。リハビリだけじゃない、運ばれてくる食事にも口をつけようとしない。まるで生きることを放棄したかのように。
 弟であるアキュラことアキラを亡くしたショックが大きいのだろう。自分のせいでアキラはいなくなってしまった、そう思い自分を責めているのかもしれない。
 だが、だからこそ重女には生きてほしいのだ。主であるアキラが己を犠牲にして生き返らせた少女。アキラが唯一自分より大切に思っていた存在。
 そんな重女を守ることこそ、アキラの仲魔であった自分の役目であると獅子丸は思っている。牛頭丸も同じ気持ちだろう。最早アキラは重女の一部になり、恐らく重女が新たな主になるのだから。
 どうやったら重女を元気づけて生きる気力を出させることができるのか。キヨハルと二人頭を抱え悩んでいると――

 人影が二人の身体に被さった。思わずそちらを振り向くと、そこには黒ずくめの鴉を思わせる男――やたノ黒蝿が立っていた。

 「………」

 黒蝿は盆の上の手つかずの食事を一瞥すると、扉を開けようと手を伸ばす。

 「く、黒蝿君! 重女ちゃんはまだ本調子じゃないんだ! 無理にことを運ぶのは……」

 黒蝿の異様な雰囲気を察したのか、キヨハルは扉の前に立ちふさがり両手を広げた。
 しかし黒蝿はキヨハルを押しのけ、強引に扉を開け部屋の中に足を踏み入れた。

―――

 乱暴に開かれた扉の音に、重女は身体を強張らせた。
 開いた先にいたのが、やたノ黒蝿であるのがわかると、怒りに顔を歪ませる。
 こいつがアキラを見殺しにした――憎しみのこもった視線を受けても黒蝿は眉一つ動かさない。
 ベットの上の重女は、一週間前より確実に痩せていた。やつれている、といった方が正解かもしれない。頬はこけ、布団から覗く両手は骨ばってまるで木の枝のようだ。金色に変わった髪には艶がない。
 黒蝿の視線と重女の視線が交錯する。
 先に動いたのは黒蝿だった。 重女の右手を無理やり掴み、ベットから引きずり出す。

 「!?」

 掛け布団が床に落ち、両足がそれを踏む。しかし足に力が入らなく、重女は床に転がってしまう。寝間着の裾がめくれ白い太ももが露わになる。

 「無様だな」

 黒蝿が床に転がったままの重女を見下ろしながら、冷たく言い放つ。重女は顔をあげ、き、と睨んだ。

 「せっかくあいつが犠牲になってお前を助けたのに、これじゃあ無駄死にだったようだな」

 アキラを侮辱するかのようなその発言に、 重女の怒りが脳天を貫いた。黒蝿を引っぱたいてやろうと咄嗟に右手を動かそうとする。しかし動かない。当然だ。リハビリも満足にしていない右手は、主の意志とは裏腹に持ち上がらず指先が僅かに痙攣するだけ。悔しそうに重女は黒蝿を睨みつける。

 「俺が憎いか?」

 黒蝿は腕組みをしながら、重女に問いかけた。重女の青い瞳がほんの少し大きくなる。

 「だが今のお前じゃあ何も出来ないな。俺を殴ることも、この部屋から一歩踏み出すことも出来やしない」

 ぎりぎり。重女が歯を食いしばる。視線を下に向け、黒蝿の顔を視界から外した。そうでもしないと悔しさのあまり泣き出してしまいそうだから。

 「このまま此処にいれば、この国の奴らはお前に対してちやほやしてくれるだろう。黴が生えるまでベットで横になるのもいいだろう。絶望に浸って弟に貰ったその身体を無為にするがいい。だが――」

 そこで言葉をきり、黒蝿は身体を僅かに後ろの扉の方へ傾けた。斜めを向いたまま、俯いたままの重女に僅かに湿度のこもった言葉を浴びせた。

 「本当にそれがお前の望むことならな」

 何も反応はなかった。そんな重女から目を逸らし、黒蝿は扉に手を掛けようとした。その時。
 黒い影が部屋中に広がった。蜘蛛の巣のように壁や天井にまで影が網目状に広がり、黒蝿が反応するより早く、四肢を影の触手が掴み、抵抗する暇もなく床に乱暴に叩きつけられた。
 影の発生源は、金髪の少女。先程まで床に這いつくばっていた少女は、今、両の足で地をしっかりと踏みしめていた。
 先程とは逆に、今度は黒蝿が重女に見下ろされる形になった。

 『さっきからべらべらと、好き勝手言ってくれるね』

 影を背負いながら、重女は怒りを帯びた声を念波で黒蝿に送った。黒蝿は何も言わず、ただ「立っている」重女を見上げていた。

 『私はアキラを見殺しにしたお前を許さない。この手で八つ裂きにしてやりたいくらい憎い。だけど、それはしない。代わりに――』

 「右手」が動き、胸の辺りまで持ちあげると、ピシッと黒蝿を指さす。

 『お前を、死ぬまでこきつかってやる! 決して離れられないよう縛り付けて、私が死ぬまで仲魔としてこきつかってやる!!』

 その念波は激しく、彼女の怒りがダイレクトに伝わってきた。だが黒蝿は口角をあげ、自分を見下ろしている少女にふっと笑いかけた。、重女は不気味そうに眉を寄せ、思わず後ずさった。

 その時、扉が開いた。乱暴な音を立てて部屋に入ってきたのは、かつてアキラの仲魔であった雷王獅子丸とキヨハルだ。
 何事かと驚き部屋に踏み入れたキヨハル達は、部屋中に伸びた影と、その中心に「立っている」重女を見て酷く驚いた。

 「た、立っている!?」

 え? と疑問に思い、思わず重女は足もとをみた。白く細い脚は、裸足のままで冷たい石の床を踏みしめており、確かに自分は立っていた。
 それを確認したのと同時に、部屋中に広がっていた影は収まり、足から力が抜け、重女は膝からくずおれそうになった。しかしその身体を受け止めたものがいた。黒蝿である。
 黒蝿と再び視線があった。

 「……!」

 かあ、と重女の頬に朱が走り、黒蝿を思わず突き飛ばした。支えを失った身体はまたしても床に落ちたが、構わず、顔が赤いまま黒蝿を睨みつける。
 全てわかってしまった。こいつがあんな挑発的な事を言ったのは、私を奮起させるため。そんな安い策にまんまと乗ってしまった。こいつに踊らされてしまった。
 恥ずかしさやら怒りやらがこもった視線を受けながら、黒蝿は黙って部屋を後にした。重女は走って追いかけたかったが、両足が動かないので無理だった。

―――

 それから重女は積極的にリハビリを行うようになった。

 歩行練習、右手でボールを掴んで動かす練習。運ばれてくる食事にも口をつけるようになり、キヨハル達は肩の荷が下り安心した。
 リハビリの傍ら、重女は悪魔召喚プログラムの使い方についてキヨハルとミドーから説明を受けた。
 アキラによって聖書に組み込まれたコンプは、新たに生体登録を上書きし、姉である重女のものになった。と同時に、アキラの仲魔であった雷王獅子丸と八坂牛頭丸の主も重女に変わる。二体とも異論はなかった。アキラの意志を継ぎ、今度は我々がこの少女を守るのだ、と意気込んだ。
 しかし重女は、以前に黒蝿に指摘されたとおり、仲魔に供給するマグネタイトを生成出来ない。この点は他の悪魔や人間から奪ってコンプに貯蔵するしかなさそうだ。
 一ヶ月が過ぎ、右手はほぼ動かせるようになったし、両足も引きずりながらではあるが、歩く分には問題はなかった。

 しかし合体プログラムの弊害は他にも現れてきた。

 まずは視力。このひと月で急激に落ちてしまった。遠くのものがぼやけて見えない。この点は眼鏡を新調することで解決できた。
 もう一つの点は、記憶の混濁。
 特に夜に顕著になり、時々フラッシュバックが起きた。
 重女が体験したことのない悪魔退治の光景、玉座から見るミカド国の景色、知らない人々の顔。匂い。触覚。アキラの記憶の断片であったが、それらは重女の記憶と溶け合い、記憶に刻まれた感覚までわかり、自分がまるでアキラであると錯覚してしまう。
 重女としての記憶と、アキラの記憶。その二つの間で揺らぎ、自分の存在はなんなのかわからなくなり、彼女は酷く混乱しノイローゼ気味になった。

 そこで黒蝿は、重女からアキラの記憶を取り除いた。やり方は少々乱暴だ。重女の中に僅かに存在していたアキラのマグネタイトを吸収したのだ。
 マグネタイトに癒着していた記憶ごと吸い出し、自らの糧とした。その時アキラの記憶に刻まれた感情まで受け取ってしまい、余計なものまで身体に取り入れたせいで、黒蝿は人型を保つことが出来ず、鴉の姿に変化したまま暫く過ごした。
 無理やり身体からアキラのマグネタイトを吸い出された重女も同様で、記憶の混濁こそなくなり自己の存在をしっかり認識することが出来るようになったが、乱暴な施術のせいで数日間寝込んでしまった。

 アキュラ王の喪失からひと月弱。ミカド国には相変わらず陽は昇り、そして沈んで夜が来て、また朝が来て。その間人々は新しい国造りに励み、重女と黒蝿にも決断の時が迫ってきた。

―――

 (58、59、60……)

 ある真夜中の事。重女はそっと自室から抜け出し、薄暗い階段を登っていた。足がぷるぷる震え、大量の汗を流し、呼吸も荒い。
 それでも重女は一歩一歩、階段を踏みしめ、頂上に向けて歩いていた。
 右手はもう元通りに動かせるようになった。残るは両足。最後のリハビリとして、重女は此処ミカド城の展望台への階段を一人で登っていた。
 キヨハルには言ってない。言ったら無茶なことだと怒られるだろうから。
 だけど重女は一度見てみたかった。ミカド国の全貌を。弟が造ったこの国を。

 (81、82……)

 展望台までの道は辛かった。何度か足を止めたが、呼吸を整え汗を拭い、再び歩みを再開した。
 大丈夫だ。この足はアキラがくれたもの。この足さえあればどんなでこぼこの道だって歩いてゆける。そんな気がする。

 (94,95……)

 100段めが間近に迫ったころ、ようやく展望台への扉が見えた。あと少しだ。

 (99、100!)

 100段目を両足で踏みしめ、展望台へと続く扉を開いた。夜明け前の清廉な空気が重女の顔をくすぐる。
 展望台には先客がいた。黒い翼を背負ったその姿は、仲魔であるやたノ黒蝿。
 黒蝿は重女の姿を見て、一瞬だけ眉をあげたが、すぐに元の愛想のない表情に戻った。

 「………」
 「もういいのか?」

 問われて重女は首を縦に振る。黒蝿の隣に並び、端正な横顔を凝視する。随分早いな。やはり鴉に変えられたから、朝は早いのだろうか。
 煉瓦の手摺りの向こうの景色に視線を移す。東の空が赤い。もうすぐ日の出か。

 『……人が沢山住んでるね』

 まだ夜明け前だというのに、城下町のあちこちの家では煙が上がっている。人々が朝の準備をしているのだ。

 「これからもっと人は増えるだろう。国は大きくなり、文化も発展していく」

 そうだろう。王という支えを失っても、人は生きていかなきゃいけない。天使の甘言にただ従うのではなく、悪魔の囁きに誘惑されるのではなく、自分たちで技術を進化させ、子を産み、そして歴史を紡ぐ。 
 神はいる。天にではなく、人間の内なる心の中に。神が人間を造るんじゃなく、人間が神を造るんだ。人が神を信じた時から、神は「存在」するのだろう。姿形を変えて、それぞれの心の中に。不思議とそんな考えが重女の頭をよぎった。
 辺りがオレンジ色に染まっていく。陽が昇った。雲の切れ間から覗く太陽は、夜の闇を払拭し、新しい一日を告げる。

 『父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくないものにも雨を降らせてくださる』

 思わずその言葉が出た。隣の黒蝿が顔をこちらに向ける。

 「なんだそれは」
 『昔聞いた聖書の一節。シド先生が言ってた』

 聖書、シド、と聞いて黒蝿は思わず鼻白んだ。だが重女は気にせず朝日を見続けた。朝日を見るのなんて初めてだが、綺麗だ。神なんて信じていなかったつもりだったが、この景色を見たら、人が神を信じたくなるのが分かる気がした。

 「……何故泣く?」

 指摘されて、え? と思い頬に触れると、確かに自分は泣いていた。ぎょっとして思わず涙を拭くが、あとからあとから涙は溢れてくる。

 『あ、朝日が、綺麗だったから……』

 重女は笑われるのを覚悟してそう答えた。しかし黒蝿は笑わなかった。笑わずにただじっと隣にいてくれた。
 朝日を浴びながら、一つの言葉を思い出した。電脳空間で聞いた夢とも現ともつかない記憶。右手と両足を失い、冷たくなっていく自分を抱きしめて言ったアキラの言葉。
 そこで彼はこう言った。

 「愛している」「生きて」と――。

 ミカド城の展望台。朝日に照らされた悪魔の隣に並んだ一人の少女は、弟の言葉に涙を流しながら、朝を迎えた東のミカド国を眺めていた。

―――

 「本当に行っちゃうのかい?」

 それから更に一週間後、重女とやたノ黒蝿は“ターミナル”の扉の前にいた。
 こくり、と重女は頷いた。キヨハルとサムライ衆の皆は心底残念そうな顔をしている。

 「ずっとこの国にいてくれてもいいんだよ? 君さえ良ければ、新しい王になることだって……」
 「俺もこいつも、ある人物に用がある。そいつがいる世界に行かなければならない」

 声の出ない重女に代わって、黒蝿が代弁してくれた。そう、私達はシドに会いに行くと決めた。そのためにはこの国、ひいてはこの世界から旅立たなければならない。

 ――お世話になりました。

 声には出なかったが、重女はそう呟き、深々と頭を下げた。来た時と同じ服装。黒の半袖のタートルネックにベージュのカーゴパンツに軍靴。違うのは眼鏡をかけていることと、手に雷王獅子丸と八坂牛頭丸を収容した聖書型コンプがあることだ。

 「またいつでもおいでよ! 僕たちは歓迎するからね!」

 重女は笑顔を浮かべ、一礼した。感謝してもしきれない。いつかまた此処に来たい――そう思いながら、黒蝿と共にターミナルへと入って行った。

―――

 ターミナルは四大天使が作った、エネルギーの霊道、アマラ経絡を機械で制御するための「操作室」である。
 黒蝿と重女は来た時と同じく、せり出した台の上に乗り、付属している機械を操作した。

 『ここに空間の座標軸を入力すれば、入力した世界に行けるんだよね?』
 聖書を開き、コンプ内のミドーに問いかける。ミドーとの仲も随分深まった。まるで本当の祖父のように。

 「そうじゃ。数値は先程教えたとおりじゃ。だが私もこの装置を使うのは初めてだからな、誤差が生じてしまう可能性もある。行きたい世界に行けるとは限らないぞ」
 『それでもいい。シドに会うまで何度でも時空を渡るから』

 そう、シド。シドに会って話がしたい。例えどれだけ時間がかかっても必ず会いに行く。それが、今の私の目的。
 胸の十字架に触った。もう癖になっている。黒蝿も重女に見られないよう、懐に手を入れ、アキラから託された重女とお揃いの十字架のペンダントに触れる。一人の少年と交わした約束を思い出しながら。 
 機械に数値を入力すると、ターミナルの空間が光りはじめた。重女は黒蝿の手を握った。離れてしまわないように。すがるように、強く。
 黒蝿も握り返した。重女の手は年相応に細く小さかった。この小さい手のどこに四大天使を封ずるほどの影を発生できるのか、黒蝿は不思議に思った。

 光が強くなっていく。思わず目を瞑った。
 ふと、脳裏に懐かしい弟の声が聞こえたような気がした。

 「頑張って」と――

 『行こう、黒蝿』
 「ああ」

 強烈な光は、一体の悪魔と一人の少女の身体を一時的に素粒子に分解させ、別の世界へと転送したのだった――。


人気ブログランキングへ

このページのトップヘ