往来―all right―別館【俺屍サマナー】

俺屍+デビルサマナー=俺屍サマナーというダブルパロ(クロスオーバー)小説を扱っております。俺屍に登場する神々や鬼を現代で使役していたら・・・という発想で生まれたいわゆる三次創作小説です。俺の屍を越えてゆけと真・女神転生シリーズ(主にⅣ)の設定を独自に融合させて捏造しております。女神転生や俺屍の人物名称や設定をかなり変更しております。こういったのが苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。 やたノ黒蝿とサマナーになってしまった少女の物語です。

タグ:マンセマット

 マハジオによる電撃の痺れが抜けきらなく上手く身体に力が入らないところへ、灼熱の炎の玉がシド・デイビスに向かって放たれた。
 炎の精霊・サラマンダーがアギラオを打ってくる。マカラカーンを展開させてはいるがもうすぐこの盾は破られるだろう。シドは、聖書型コンプを開き、自分の仲魔のうち最も強力で最も高位の大天使を喚んだ。

 「マンセマット!」

 すると急に辺りの空気が変わり、シド達をかばうかのごとく大きな黒翼が現れたかと思うと、その黒翼の持ち主である大天使・マンセマットは指先をサラマンダーに向けた。するとサラマンダーは一瞬で氷漬けにされる。マンセマットは仮面の下の表情を変えることなく、更に手を一振りし、氷漬けのサラマンダーを砕いて見せた。
 
 「一体なんです? 貴方ほどの者が私を呼ぶなど」
 
 主であるシドに対し、マンセマットは冷たいと呼べるほどの口調で尋ねた。シドは苦笑した。
 
 「私としたことが、ジオを喰らって身体が上手く動かなかったものでね。で、そっちはどうだ? 地下の侵入者は見つけたのかい?」
 
 シドの問いに、今度はマンセマットが苦笑する番であった。
 
 「ええ、いましたよ。悪魔が一匹と、人間が二人。悪魔の方は何やら私を恨んでいるようで私に向かって攻撃してきましたが、軽くあしらっておきました。しかし、あの悪魔はかなりの手練れ。恐らくヤソマガツヒは今頃やられているでしょうね」
 
 シドの眉間にしわが寄り、マンセマットを睨む。が、睨まれた黒翼の大天使は意に介さず薄ら笑いを浮かべている。
 シドはこう問いかけたかった。何故ヤソマガツヒがやられるのを知ってほうっておいたのか、あの地下の違法薬物製造工場を何故侵入者から守らなかったのか、と。しかし問いかけたところで答えをはぐらかされてしまうだろう。
 このマンセマットという大天使は形式上はシドの仲魔ではあるが、通常の主従関係にない。シドの言う事を一応聞きはするが、その行動はシドにも読めない。今もそうだ。地下の侵入者を見てこいという命には従ったが、それだけである。彼にとってここの地下で行われていることなど興味もないし、ましてや侵入者がいても脅威に感じない。マンセマットに我ら人間の価値観を求めること自体が無意味なのだ。
 シドは嘆息し、現在の状況を推測する。あの九楼重女という少女と侵入者は最初から繋がっていたと考えていい。だからあの少女は「リフレッシュ」の時間にこっそり部屋を抜け出し他の部屋の様子を探ろうとしていた。そして時を同じくして地下の工場施設に侵入者があった。番人として置いていたヤソマガツヒは既に倒されたらしい。
 そもそも何故地下に侵入する必要があったのか。それは「赤玉」の情報が何処かから漏れたからだろう。九楼重女達は最初から「赤玉」の製造方法の入手・世間への暴露が目的だったのではないか。
 だとしたら状況は最悪だ。ヤソマガツヒが倒された今、奴らはコンピューター・ルームに到達している可能性が高い。あそこにはここでの最重要機密である「赤玉」の製造方法が保管されている。もちろんプロテクトはかけてあるが、彼らがそれを破り、製造方法や実験記録などを持ち帰られてしまっていたとしたら……?
 
 「ミスター・デイビス?」
 
 部下の一人がシドへ心配そうに声をかける。が、その時シドは既に決意していた。
 
 「ここを“廃棄”する」
 「え!? 今なんと?」
 「地下の侵入者達に「赤玉」の製造方法を入手された可能性が高い。なにより九楼重女には「赤玉」の製造過程の一部を見られたまま逃げられてしまった。彼女達がこの施設から抜け出す前に、機密保持のため、被験体ごとここを“廃棄”する」
 
 赤玉製造プロジェクト兼この施設の責任者としてのシドの決定の言葉である。しかし部下はまだ納得がいかないようで、シドに食い下がる。
 
 「し、しかし被験体の少年達のほか、ホールや上のクラブに今日も沢山の客が集まっております。彼らに見つからないようどうやってここを“廃棄”するおつもりですか?」
 「ここを全て燃やす」
 
 部下の男は絶句した。
 
 「つ、つまり、関係ないクラブの一般人も一緒に始末する、そう言いたいのですか?」
 「勿論。ここは軍事施設ではないから自爆装置もないしな。跡形もなく全て燃やし尽くした方がヤタガラスのためにはいいだろう」
 「しかし……」
 「忘れるな。私たちは“そういった”仕事を請け負う班だ。君も私の班員になったからには覚悟を決めたまえ」
 
 男はもう何も言わなかった。シドはかまわず「マンセマット、そういうわけだ」と仲魔の大天使に言う。
 
 「君のアギの威力ならこの施設を上のクラブごと焼き払えるだろう。頼む」
 「……やれやれ、そんなことをこの私がしなくてはならないなんて。もっとましな理由で召喚してほしいものですね、シド?」
 
 マンセマットが両手をかざすと、そこには巨大な炎の玉が出来ていた。先ほどのサラマンダーのとは、大きさも、質も、全てが桁違いである。
 
 「シド。君たち人間はさっさと避難したほうがいいですよ? この火に焼かれたいのであれば話は別ですが」
 「言われなくてもそうする。さあ、ひきあげるぞ」
 
 シド達が避難したのを見届けてから、マンセマットは炎の玉を振り下ろした。その炎は死体の山を焼き、酸素を求め荒れ狂い通路を抜けホール、医務室、「リフレッシュ」に使っていた部屋、上のクラブ・ミルトン、更に地下に至る全ての人と物を包み、骨の一片も残さない程の、まさに天の裁きの業火のごとき威力を発揮してみせた。
 そしてその業火の魔の手は、フジワラのいるコンピューター・ルームにまで届こうとしていた。
 
 ―――
 
 「な、なんだ!? 一体何があったって言うんだい!」

 コンピューター・ルームにて、データ抽出を行っていたフジワラの元に、ツギハギと、その仲魔に担がれた血まみれの黒蝿と、ツギハギの肩に担ぎ上げられている同じく血まみれの重女が勢いよく入ってきた。
 目を白黒させているフジワラを尻目に、ツギハギは通路の様子を見て顔を険しくさせる。

 「時間がねえ。フジワラ、ここを脱出するぞ」
 「な、何を急に! まさか私たちの行動がばれたのかい!?」
 「それだけならいいんだけどな……」

 ツギハギは渋面で黒蝿と重女を交互に見る。黒蝿の方は左胸に大きな刺し傷があり、気を失っている。一方重女はスモックのような簡易な服を血で汚してはいるが、目立った傷は見当たらない。意識もあるようで、先ほどから彼女の呼吸音が連続して聞こえてくる。
 恐らく重女がここのヤタガラス職員と戦闘になり、仲魔の黒蝿が重傷を負ったところをツギハギが助けた、というところだろうか。それにしては、ツギハギの様子が変だ。自身の肩に乗っている重女に、怒りとも憐れみともとれない複雑な表情を向けている。

 ――一体、彼女達に何があった?

 問いただそうと口を開きかけ息を吸うと、粘ついた空気が喉に張り付き思わず咳き込んでしまった。視界が白く濁り始め、ここコンピューター・ルームに、焼け焦げる匂いを纏った煙が徐々に入り込んできている。

 「奴ら、証拠隠滅のためにここに火をつけやがったな」
 「何だって!?」
 「恐らくこのお嬢ちゃんが違法薬物の製造でも見てしまったんだろうよ。それか俺たちがここに侵入したのと、お前がコンピューター・ルームで情報を入手したのがばれたか、その両方か……。
どっちにせよ火はすぐここまでやってくる。今すぐ脱出だ! フジワラ!」

 ツギハギの言葉で渋々データ抽出をストップさせ、ノートパソコンを閉じ背中のリュックに入れ立ち上がる。本当なら全てのデータを手に入れたかったが、火が迫っているとなれば話は別だ。フジワラはツギハギと共にコンピューター・ルームのドアを開けた。するとぶわっと濃い煙が襲ってきて、二人は思わず口と鼻を押さえる。
 上の方向は何も見えない程に煙が立ちこめていて、酷く焦げ臭い。だが地下への階段はまだ煙が薄い。これなら侵入の時に倉庫に空けた穴から脱出できそうだ。
 ツギハギを先頭に、重傷の黒蝿を担いだ彼の仲魔の妖鬼・キンキと、最後尾にフジワラが続く。三人と二体は必死に階段を降り、最下層の倉庫へ向かって走った。
 そこで見てしまった。ツギハギの肩に身体を預ける重女が、涙を流し、何事か唇を動かしているのを。その唇の形が、ごめんなさい、という謝罪の言葉を紡いでいたのを、フジワラはしっかりと見てしまった。

―――

 マンセマットの生み出した業火は、シドの命じたとおり、全ての施設を焼き、消滅させていく。逃げ遅れた職員、パーティに招かれていた少年少女達、“赤玉”の材料となる被験体、そしてクラブ・ミルトンで遊んでいた何も知らない客まで見事に燃やし尽くした。
 死体も、生きた人間も、そして薬物の製造工場まで跡形もなく燃やす。魔力の高い者だけが生み出せる黒い炎。それはこの世の憎悪が凝縮されているかのように漆黒で、執拗に対象物を炭化してもまだ燃やし続ける。
 黒い炎に焼かれるクラブ・ミルトンを一目見ようと、野次馬達が集まってくる。駆けつけた消防隊が必死に野次馬達を押さえ、消化活動にあたる。しかし火はなかなか消えない。
 その様子を、三キロ離れた廃屋で重女達は見ていた。距離が離れていても分かるほど、クラブ・ミルトンの炎は強烈であった。恐らく地下の赤玉製造工場も、コンピューター・ルームに保管してあった赤玉の製造方法やそのプロジェクトの詳細も、全て燃やされているであろう。必死に逃げてきたフジワラ達は、悔しそうに炎を見つめていた。

 「くそっ!」

 煤だらけのツギハギが怒りにまかせて廃屋の壁を殴った。乾いた音が鳴る。そんなツギハギを諫めるようフジワラは言った。

 「まあ、落ち着けよ。全部ではないとはいえデータは半分手に入ったんだ。これを元にあそこで行われていたことを暴露させる。手に入ったデータは半分程度とはいえヤタガラスの悪事を暴くには十分で……」

 そこまで話して、ざしゅ、と奇妙な音が後方で聞こえた。肉を斬ったかのように不快な音だ。ツギハギと後ろを向くと、そこには重女が黒い剣で、左手首を思いっきり斬りつけている光景があった。
 
 「おい! お前なにやってるんだ!」

 慌ててツギハギが重女を取り押さえる。重女はそれでも暴れていた。黒い剣を自身の身体に突き刺そうともがいていた。
 自殺――それに思い当たった時、フジワラもツギハギと共に重女を取り押さえた。
 しばらく暴れていた重女だったが、急に身体を弛緩させ動かなくなった。そして喉から湿った呻き声のようなものを発する。
 それは、慟哭であった。声を出せない少女は満腔の謝意を、月夜に向かって声の出ない喉で叫び続けた。自分のせいで死なせてしまった人たち、助けてくれたツギハギ、フジワラ、黒蝿、そして自分に向かって“ダークサマナー”と言い銃弾を放ったシドに、血涙を流しながら、ずっと叫び続けていた。

 このとき、重女は感じた。
 今までの自分はここで死に、新たな自分が産まれるのを。

 そしてあることを決意した。

 その決意は酷く冷たく、おぞましいものだったが、大罪を犯してしまった自分にはこの道しか罪を償えるものはない、と確信していた。

 すなわち、欲望のために力を振るう、“ダークサマナー”への道を歩いて行き、どんな手段を使ってもヤタガラスを倒さなくてはいけないことを――

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 【クラブ・ミルトン:VIPホール】

 「そいつはマジでウザいな。じゃあ俺がいっちょしめてやるよ」
 「やだ~オニちゃんてば! オニちゃんの姿見たらあいつ泡吹いて気絶しちゃうってぇ!」
 「ハクジョウシさんさ、今度俺らと合コンしようぜ! ユキジョロウさんやアプサラスさんとか美人の悪魔誘ってさ、俺らも適当なメンツ集めとくよ」
 「あらあら、素敵な殿方でないと嫌よ」
 「勿論イケメン揃えておくよ。モー・ショボーちゃんやナジャちゃん呼んでくれると嬉しいな~」
 「何お前、ひょっとしてロリコン?」

 げらげらと笑う男たち。相手に身体を密着させて媚びるようにしなだれてみせる女。それら人間達の挙動に、悪魔達は反発することも襲い掛かることもせず、同じテンションでお喋りに乗じている。まるで友人のように。

 「………」

 重女はソファーの隅っこで、一人ミルクを飲みながらテーブルの様子を観察し続けた。
 相変わらず不思議な甘い香りは漂っているし、こめかみの痛みも消えない。ハンカチで口と鼻を押さえ、なるべく空気を吸わないようにしているが、全く息をしないなんて不可能だ。少しづつではあるが確実にこの妙な香りを肺に入れてしまっている。
 しっかりしなくては。自我を失うようなことがあっては駄目だ。今のところ意識ははっきりしているが、こめかみの痛みは段々と強くなっている。これはやはり違法薬物の匂いのせいだろうか。

 「ねえ~オニちゃん……やっぱあたしって魅力ないのかなあ?」

 甘えるように女が言うと、何を思ったか両足を妖鬼・オニの膝に乗せる。短いスカートが太ももまでめくれ、下着が見えそうだ。

 「おおう、こんないい女放っとくとはよ、お前の周りの男共は見る目ないな」

 オニが赤く大きな手で太ももを撫ぜる。女は妖艶にふふっと笑い、両腕をオニの太い首にまわす。
 それを見た瞬間、重女の頭に痛みが走り、一瞬目の前に別の光景が広がった。
 幼い頃、こっそり母の勤める店に行き、そこで客である米兵に母がしなだれかかっている光景が。

 ――ここに来ちゃいけないって言ったでしょ!

 「!?」

 またしても幻聴が聞こえた。それは先程のアキラのとは違い、母の叱責の言葉であった。

 店に来てはだめ、いい子だから一人で留守番できるわよね? と母は夜、仕事に行く前に重女によく言い聞かせていた。
 幼い重女は頷き、一人で布団に入る。だが夜にひとりぼっちは怖いし寂しい。もしかしたらお化けが出てくるんじゃないかと思いトイレにもいけない。
 あまりにも心細く寂しかった重女は、一度だけ母の勤めている店へと行った。夜道も暗くて怖かったが、あの狭い部屋で一人で寝るのよりはマシだった。
 母の店は家からそう遠くない米軍基地の近くにあるバーだ。こっそり従業員用の裏口から侵入した重女は、小さな身体を屈め、店の中を除いた。
 暗い照明の中、ムーディな音楽が流れ、男の人と女の人が一緒のソファーや席に座り、お酒を飲みながら楽しそうになにか話している。お母さんはどこ? と重女は目を皿のようにして母を探す。
 見慣れた横顔が視界に映る。お母さんだ! 思わず駆け寄ろうとして足が止まった。母が、隣に座っている外人の男の人の腕をとり、そのまま頬にキスをしたからだ。

 キスをされた外人さんはにやつきながら母の肩を抱く。白い頬には母の口紅の痕が赤くスタンプみたく残っている。

 母は仕事が休みの日や機嫌の良い時には、重女と一緒に布団に入って、おやすみのキスをふっくらした重女の頬やおでこにしてくれる時があった。それだけで重女は幸せな気持ちになりよく眠れるのだ。例え自分が寝入った後、こっそり仕事に行っていたとしても、その時だけは重女は寂しさも心細さも感じず、母の愛を感じぐっすり眠れた。
 今の母のキスはそれとは違う。自分を寝かしつけるためにしてくれたキスじゃない、もっと爛れていて汚いものだ。毒々しい赤い口紅のスタンプを見て、重女の幼い自制心が決壊した。
 気が付けば、いつの間にか重女は泣きながら母の元へ走っていた。
 ぎょっとした客や他のホステスには構わず、一直線に母の膝に抱き付き、そのまま声を張り上げて泣く。母の身体からはねっとりとした甘い香水の匂いがした。

 「なんでおまえがここにいるの!? ここに来ちゃいけないって言ったでしょ!」

 母が重女の顔を上げさせ、柔らかな頬を両手で寄せながら怒る。口紅が剥がれかけている。さっきのキスのせいだ。

 ――ねえ、なんで? どうして外人さんにはキスするのに、私にはしてくれないの? 最近全然してくれないじゃない。お母さんが優しくほっぺやおでこにキスしてくれたら、一人でも平気で眠れるのに。

 結局、その日はバーの店長に車で家まで送ってもらった。母は一緒に来てはくれなかった。
 あの後、偉い大人の人に母は怒られ、逆に重女は客の外人さんから憐れみの視線を向けられ、お母さんがいなくてひとりで寂しかったんだね、と頭を撫でられ、母に札束を渡していた。これでおもちゃでも買ってあげなよ、とカタコトの日本語で話す外人さんに、母は嬉しそうに抱き付いていた。私を抱きしめてはくれなかったくせに……。

 それから重女は一人で眠れるよう幼いなりに努力した。
 だけど瞼を閉じると、あの時の外人さんにしなだれがかる母の姿と、禍々しい赤の口紅のスタンプが瞼の裏に映り、胸の奥から寂しさではなく、未知の生き物を見たような得体のしれない感情が沸きおこり、眠気がふっとんでしまう。
 だから重女はよく夜に本を読んだ。絵本は勿論、母の愛読の婦人誌や漫画まで家にある本は全て読んだ。 読み終わったらもう一度読み返す。そうしているといつの間にか眠気が襲ってきて、気が付いたら眠っている。
 そんな事をアキラが生まれるまで繰り返していたら、就学前には平仮名は勿論、簡単な漢字も読み書き出来るようになっていた。でも母は褒めてくれない。アキラが生まれたことで、子育てで余裕がない母は以前にも増してあまり構ってくれなくなった。
 お母さん、前は優しかったのに、どうして今は遊んでくれないの? どうして一緒にいてくれないの? アキラは可愛いけど、やっぱり独りぼっちは寂しいよ――

 「重女、暗い顔してル。誰かニ意地悪されタ?」

 はっと、重女の遊離していた意識が戻った。そこは六畳一間のアパート、ではなく、きらびやかなホールで、自分は幼児から十五の少女に戻っており、豪奢で柔らかなソファーに座っている。

 (いけない! 私、意識が飛んでた!)

 ぼんやりとした頭を激しく振り、目の前にあったグラスの中身を一気飲みする。甘い炭酸の刺激的な味が舌の上を走り、頭の奥がかっと燃えるように熱くなった。

 「それ、おいらのコークハイ。お酒、ダイジョブ?」
 『え?』

 手に持っていたグラスを見ると、確かにそれは重女の頼んだミルクのグラスではなく、アルコール用のグラスだった。重女の向かいのソファーには、幼虫・モスマンが座っている。どうやらモスマンのコークハイを飲んでしまったらしい。

 『ご、ごめんなさい!』

 慌てて頭を下げると、「いいヨ。おいら、ジツはお酒あまり好きジャナイ」と赤いつぶらな瞳をしばたかせ、不思議な模様の蝶のような羽根をパタパタと動かし、細い糸のような手を振る。そして、その手でテーブルに置かれた大きな皿から、山と積まれた赤っぽい色の玉の菓子らしきものを掴んで小さな口に運ぶ。
 慣れない酒を飲んでしまい、全身が熱く頭がくらくらするのを感じながら、その不思議な玉状の食べ物を凝視する。
 チョコボールだろうか? しかし色が赤黒い。まるで理科の教科書で見た静脈の血の色だ。大きさは正露丸より一回り大きい。その菓子と思われるものは、人間達は手をつけず、モスマンやオニ、ハクジョウシがスナック菓子でも食べるかのように口に次々と入れている。
 あれはなんだろうと思い、重女もその丸い菓子らしきものに手を伸ばす。すると突然手の甲が叩かれた。

 『いたっ!』
 「これ、人の子。お行儀が悪いわよ。“赤玉”を食むのは悪魔のみ。あれは人間が口にするのはマナー違反よ」
 『赤玉?』

 叩いたのは邪龍・ハクジョウシ。袖の長い着物から白魚のような指先で、“赤玉”と呼んだ丸い食べ物を口に運ぶ。それに続くようにオニが大きな片手いっぱいに“赤玉”を掴み、ぼりぼりと口に入れて咀嚼する。モスマンは相変わらずマイペースにぽいぽいっと“赤玉”を口に放り込む。

 「重女っち、“赤玉”食べようとしたの? だめだよ、あれ、うちらは食べられないみたいだよー」

 女がフライドポテトをくわえながら話しかけてきた。相変わらず足をオニの膝に乗っけている。

 『どうして?』
 「んー……なんかあれ、悪魔専用の食べ物みたい。あたしも一回食べようとしたらオニちゃんに怒られたの」
 「当然だ。“赤玉”を嗜むのは悪魔のマナー。あれがあるから俺達はここにいられるんだぜ」

 オニはそういうと、女と重女に見せつけるように“赤玉”を何個か口に入れてわざとらしく咀嚼音を響かせる。 オニのいかつい顔が一瞬うっとりとした恍惚の笑みに変わった。

 「ね、あんな美味しそうな顔されちゃあ、やっぱ気になるよね? どんな味なんだろ?」

 女がすねるように唇を尖らせる。確かに悪魔にとっての美味の食べ物とは、一体どんな味で、何で出来ているか気になる。

 「あたしもオニちゃんに聞いたことあるけど、何で出来ているのかはオニちゃんも知らないみたい。でも味はなんていうか、珍味っていうか、癖になる味みたい。そう言われたら食べたくなるよねー」

 でも、と女がオニの膝から足を下ろし、重女の方へ身体を乗り出す。そして耳元に口を近づけ小声で囁く。

 「前に興味本位で“赤玉”食べちゃった子がいたのよ。すると周りのボーイや警備員が凄い顔して駆け寄ってきて、その子、どこかに連れてかれちゃったの」
 『連れてかれた?』

 重女も小声を意識し、咽喉マイクのスピーカーの音量を下げる。女は「そうなの」と小声で答える。

 「まてどくらせどその子は戻ってこないから、あの子はどこに行ったんですかってボーイに聞いたんだけど、そしたら「あの方はルール違反を犯しましたので、VIP会員の権利をはく奪されました」だってさ!
 ここでは人間が“赤玉”食べるとVIP会員じゃなくなって追い出されるみたい。折角こんな楽しい場所に入れるようになったのに追い出されちゃたまんないよね! だから重女っちも、あれ、食べちゃダメだかんね」

 赤玉を食べた人間はVIP会員じゃなくなり、ここを追い出される。成る程、それがここのルールか。『わかった』と返しながら、重女はまだ熱の引かない頭で考えた。
 悪魔は人間の食べ物や飲み物を平然と口にしているのに、悪魔専用の食べ物まで用意しているのはただ単にサービスの一環? それにしては人間がその“赤玉”とやらを口にするだけでVIP会員の権利がはく奪されて出入り禁止になるのはちょっと厳しくないだろうか? “赤玉”は人間にとって毒なのだろうか?

 「あ、で、こっからが怖いとこなんだけど」

 女がますますこちらに身を近づけてくる。大きく開いた襟元から豊満な胸の谷間が丸見えで、重女は目のやり場に困った。

 『なに?』
 「その子ね……家にも帰ってないみたい……“行方不明”てやつ?」

 ざ、と首筋から手にかけて鳥肌が立った。女も同じようで、腕をこすりながら続ける。

 「そんなに親しい子じゃなかったけど……でもそんな話聞いたら怖くなっちゃうじゃん……もしかしたらやっぱり悪魔と仲良くするなんて無理なんじゃないかって思っちゃうよ」
 『そう言えば、貴女達はここで悪魔と一緒にいるのに、怖いと思わないの?』
 「そりゃあ最初に来た時は超怖かったけど、悪魔ってめっちゃフレンドリーだよ! それにここに来ると身体も頭も軽くなって、なんか楽しい気分になっちゃって、そんなこと別にいいじゃん! てなっちゃう。話して見たら意外と悪魔って紳士的で優しいし面白いし、その辺の男よりよっぽどいいよ!」

 そう言うと女は、ハクジョウシに群がっている二人の男を一瞥すると、オニの広い胸板に抱き付く。オニもまんざらでもないようで、機嫌良く女の肩を抱く。

 「まあな。こんな可愛い女を食おうだなんて思わねえよ。“赤玉”もあるしな」
 「やだもう! オニちゃんてば!」

 女が軽くオニの胸を叩く。するとなんとそのままオニと女はキスをしはじめた。

 「……!」

 ズキン、とこめかみがまた強く痛む。すると目の前のオニと女が、幼いころに見た外人と母の姿に変わる。

 “母”が客の“外人さん”と抱き合い、直接キスしている。“母”の腕は“外人さん”の太い首に巻かれ、“外人さん”は“母”の腰から太ももを撫ぜる。“母”と“外人さん”のキスが深いものに変わり、赤い唇から長い舌が出て、互いの舌と絡み合う。ぴちゃぴちゃ、いやらしい音。二人とも愉悦の笑みを浮かべている。
 これは幻覚だ、落ち着け、と頭の中で何度も唱えるが、目の前の“母”の幻覚は消えない。そのうち“母”と“外人さん”の身体が溶け合い、ぐにゃりと混ざり合い、別のものへと姿を変える。

 ――外人~! ほら英語喋れよ~!
 ――目の色青くて気持ち悪いんだよ! 近寄るな!
 ――ほらあの子よ。あそこの奥さん、米軍基地の兵士と寝てお金稼いでるんでしょ?
 ――まあいやらしい! あの姉弟、どこの馬の骨ともしれない外人との間にこさえた子達でしょ?
 ――汚い!
 ――変な目の色!
 ――お前の弟の髪、まっきんきんで気色悪いわ!
 ――父無し子!
 ――売女の子!

 それは近所の口性のない住人の声でもあり、学校の悪童の罵声でもあった。

 溶け合った物体は重女やアキラ達を迫害してきた者の姿に変わり、脳内に散々かけられてきた悪意ある言葉がフラッシュバックする。侮蔑の視線、中傷、それらがもたらす不快な記憶。嫌な記憶、辛い記憶、悲しい記憶、そして――怒りの記憶。

 ねえ、なんで? なんで目や髪の色が違うだけでこんな目にあわなくちゃいけないの? 父親がいないのがそんなに悪い事? お母さんは頑張っているのに、アキラはこんなに良い子なのに、何故みんないじめるの? 何故陰口ばかり叩くの? 一体私達がなにをしたの――!?
 許さない。私を、私達を傷つける奴は絶対許さない! アキラやお母さんを殴るなら、殴り返してやる!! 私は負けない! 必ずこの手でお前たちを――

 「きゃあ! 重女っち、手から血が出てるよ!!」

 女の叫び声で意識が戻った。歪んだ視界も元通りになり、外人と絡み合う母の幻影は無くなり、目の前にいるのはソファーに座った妖鬼・オニと心配そうにこちらを見ている派手な女の姿だ。

 『………血?』
 「ほら、右手にグラスの破片が刺さっている!」
 「うわ! ほんとだ! いたそ~……。重女ちゃん、いきなりグラス叩き割ったからね」
 「も、もしかして、酔い過ぎ? それとも“決まり過ぎ”?」

 言われて初めて重女は自分の右手を見た。確かにガラス片がいくつも刺さってて、血が流れテーブルや床に滴っている。テーブルには割れたグラス。そう認識した途端痛みが遅れて襲ってきた。結構な深手なのに、何故かそれほど痛いとは感じなかった。

 女の叫び声を聞き、ボーイがこちらに数名駆け寄ってくる。他のテーブルの悪魔や人間もこちらを凝視している。踊っていた人間達も何人かこちらに視線を寄越す。
 ボーイが重女の右手からガラス片を抜き、応急処置としてタオルを巻き、テーブルの上の割られたグラスの欠片などを片付けているのを、重女はぼうっと他人事のように見ていた。

 ――またしても幻覚と幻聴! やっぱりこの違法薬物の香りが原因なんだ!

 徐々に痛みが強くなってくる右手を握りしめたいのを堪え、重女はまたしても香りにやられ自身を制御できなかった自分に苛立ち、落ち着くために十字架のペンダントに触れ、ふう、と息を吐いた。

 (だけどこれではっきりした。この甘い香りは確実に違法薬物のもの。恐らくはこのホール中に噴霧している……!)

 医務室へ案内するというボーイのあとに続くため、重女は右手を押さえながら席を立つ。

 『ごめんね。すぐ戻るから』
 「うん、待ってるよ~」
 「もうすぐ「リフレッシュ」の時間だから、それまでには戻っておいでよ!」
 『リフレッシュ?』
 「うん、重女っちは初めてだよね? 十二時になると、別室で「リフレッシュ」の時間になるの。内容は来てからのお楽しみ!」
 「すげー気持ち良くなるからさ、重女ちゃんも一度体験するといいよ」
 「ああ、あれはいいよなあ。なんちゅーか、嫌なことぜーんぶリセット出来るっていうかさ」

 もっとその「リフレッシュ」の事について聞きたかったが、ボーイに促され、半ば強引にホールから医務室へ連れ出された。
 ホールから出ると、あの甘ったるい匂いがしなくなり、廊下には清潔な空気が満ちていた。重女は何度も深呼吸をし、体内に溜まっているであろう薬物を吐き出すよう努めた。効果があるかは分からないが。

 「出血はおさまりましたね。あとは消毒して包帯を巻いておきますから」

 クラブの医務室は小さな部屋で、専属の医者らしき男が治療をしてくれた。医務室らしく、包帯やガーゼ、絆創膏、消毒液、その他急な病気やケガに対応できるだけの備品は揃っている。奥には簡易ベットまである。

 「他にどこか痛いところは?」

 医者が聞いてくるので、重女は少し俯き、頭に手を当てながら咽喉マイクを調整し、『少し……慣れないお酒で悪酔いしてしまって……気分が悪いです。休ませてもらってもいいですか?』と、いかにも具合悪そうに辛そうな声を発した。
 唇を動かさずチョーカーのスピーカーから発せられた機械音声に、医者は戸惑いを隠さなかった。重女にとってはもう見慣れた光景である。

 「九楼重女さん……ふむふむ、データには「声帯に障害あり」と記載されていますね……それは咽喉マイクですか?」
 『はい』

 診療机の上の「ぱそこん」に付属している機械に重女のVIPカードを当てると、「ぱそこん」の画面上に重女の顔写真と個人データらしき文字がびっしり表示された。あれは全部自分のデータだと思うと、クラブ側はどれだけ自分のことを熟知しているのか少し不安になった。まさかこちらの「計画」は漏れていないよね?

 「成る程。良いですよ。お客様で酔いつぶれて気分を悪くされる方はよくいるんですよ。少しあちらのベットで休まれて行かれては? ただ、私はこの後「リフレッシュ」の時間の準備の為に少し席を外さなくてはいけないのですが、お一人で大丈夫ですか?」

 大丈夫どころか、一人の方が好都合だ。『はい、大丈夫です』と答えた後、『あの、「リフレッシュ」の時間とはなんなんでしょう?』と直球で聞いてみた。

 「ああ、お客様は初めてですね。後で説明があると思いますが、その名の通り、心と身体を「リフレッシュ」するための時間です。別室に移動していただき、アロマセラピーや、ヒーリング音楽による自律神経等の正調、他にもプラネタリウム上映や詩の朗読会、希望者には整体や、カウンセリングも行っております」
 『……パーティだけじゃなく、そんなことまでサービスでやっているんですか?』
 「はい。皆さまにとても好評ですよ。ストレスの多いこの社会ですから、少しでもストレスを解消できたらと思い始めたサービスですが、多くのお客様に満足していただいております」

 アロマセラピー、ヒーリング音楽……非常に胡散臭い。恐らくそこでなにかもっとあくどい事を行っている可能性が高い。そこには是非参加しないと。

 『はい、私も是非参加したいです!』
 「かしこまりました。では時間になりましたら迎えに参りますので、それまでゆっくりとお休みください。なにかありましたら、ベット脇のボタンを押してください」

 そう言うと、医者は笑顔で医務室を後にした。
 一人取り残された重女は、ヒールを脱ぎ、ベットに身を横たえた。慣れないハイヒールのせいで足が痛い。
 天井に通気口がある。ここは地下。あそこから空気を地上からここへ送り込んでいるのだろう。だとすると、ホールにも繋がっているだろう。
 重女は影を操作し、細い通気口の穴に合わせ影を細くし、穴の奥へと影を侵入させた。そして視界を影と同調させる。
 視界だけを影と一体化させるのはそれほど難しくなかった。前に五感全てを同調させたことがあるくらいなので、視界だけの同調など今の重女には造作もないことだ。

 何故通気口に影を侵入させているか。それは違法薬物の噴霧装置を突き止めるためだ。

 違法薬物がどのようなものか未だ不明だが、もし大麻のように燃やして煙をホールに流しているのなら、ホールには煙が充満していただろう。だがホールには煙は充満してなかった。あの大きなホールに満遍なく気化した薬物を行き渡らせたいなら、それはホールにも備わっている通気口に噴霧装置をとりつけるが手っ取り早い。
 あれだけの広さのホールに薬物の気化蒸気を充満させたいなら、それなりの大きさの機械によって行われていると考えられる。ホールをざっと目でチェックしたが、ホール内にはそのような装置は見当たらなかった。 とすると、やはり空気を循環させる通気口に取りつけられている可能性が高い。

 視界と同調した影を通気口のさらに奥に進ませる。医務室は薬物の匂いはしないので装置はない。もっと奥、ホールまで影を伸ばす。
 どれだけ影を伸ばしただろうか。重女の額に汗がびっしりと浮かんできたころに、ようやくそれらしき装置を見つけた。
 ホールの通気口の窓のすぐ近くに備え付けられており、その装置は扇風機にも似た形状で、無色の気体を噴出させている。これだ! 重女はその装置の電源を切ろうとしたが、隅から隅まで探しても電源らしきスイッチはなかった。
 ――恐らくこの装置のブレーカーは別の場所にある。そう確信し、重女は少し落胆したが、それなら仕方ない、この装置を破壊しようと思いつく。
 影の先を鋭利な刃物の形に変え、装置に一刺し! だが装置は思った以上に頑丈で、重女は仕方なく何回も装置に攻撃を仕掛けた。攻撃するたびに装置はひび割れ、変形し、中の回路がショートしたのか、バチバチと火花が散り、ついに活動を停止した。

 『やった……!』

 あれだけとは限らないが、とりあえず一つは破壊できた。重女は影と視界の同調を解く。全身汗まみれで、右手の包帯まで汗で濡れている。取り替えなくては、と思い、だるい身体をベットから起こしたところで、枕元に絵画が飾られているのに初めて気づいた。

 (なんだろう? 宗教画? )

 タッチや色彩から西洋の絵であることは間違いなかった。左側に女の人が、右側に黒い翼を広げた天使らしき男が描かれている。翼は黒めに塗られてはいるが悪魔ではないだろう。それは男の表情や服装からわかる。
 左の女の人は天使らしき男を落ち着いた表情で見つめている。その手元に開かれた本がある。宗教画だとしたらおそらく聖書だろう。
 男は右手を頭上にあげ、中指と人差し指をあげたピースサインのような手の形をしている。そして左手には複数の百合の花。宗教画にはよく出てくるアイテムだ。
 なんとなく、この絵をどこかでみた気がする。美術の教科書だろうか?

 いや、思い出した。これはシドの教会に飾ってあった絵と同じだ。確か名前も聞いたはず。この絵の名は――

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