base life  雲仙と吉祥寺

オーガニックベース 奥津爾のブログです

岩崎政利さんの雲仙・種どり勉強会 ー2016年10月29日まとめ



 ◯岩崎さんの雲仙・種採り勉強会

  |雲仙・岩崎政利さんの農園にて
  |2016年10月28日

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雨ときどき曇り。

ディスカッション中心の1日。
ちりめん南瓜、冬瓜の種どり。
島大根の間引きも。

参加者はいつもの雲仙・若手農家チームの4人と、
八百屋の金子さん。そして僕。デザイナーの古庄くんはお休み。






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<種どりを始めた頃の岩崎さん>

岩崎さんが種どりを始めたばかりの頃、
30年以上前のことを聞いてみた。


地域の人たちに

「岩崎んとこのバカ息子」

とよく言われていたそう。
「みんなそうよね。あの頃の有機農業者は奇人変人あつかい」
とカラカラ笑う岩崎さん。

最初、7人の仲間とはじめた種どりも、
一人やめ、二人やめ、気がつけば、
岩崎さんたった一人になっていた。
あとから種どりをはじめた人たちも、長くは続かなかったそう。

この研修会にあつまった僕らも7人。
誰に一人欠けることなく進んで行きたい。




<いま、有機農業が難しい>

岩崎さん曰く、
昔は慣行農業をしていると売値が安すぎて
生活が立ち行かなくなることも農家も多く、
「豊作貧乏」になってしまうことが多々あったそう。

しかし、ここ数年は逆の現象。

野菜は作れば売れる。
わざわざ有機野菜や種どり野菜を作る必要もない。

こういう時代に有機・種どり野菜をするのは
時代に逆行しているように感じることもある。
でも、そんな今だからこそ農家は
踏ん張って工夫して前に進まなければならない。



<温暖化で害虫が発生>

この秋は雨が多くて温度が高く、
いつもより害虫の発生が多いと岩崎さん。

今年は秋晴れがなく、冬になっていく。
台風に長雨。不安定な気候の中、
野菜たちの生育が悪い秋になってきている。

「温暖化の中で、オーガニックがますます厳しくなってきた」
という岩崎さんの嘆きは、
世界中の有機農業者の声ではないだろうか。








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<有機農業者の自立について>

▽畑の大きさ

岩崎さんは、畑は3町歩。
毎年50品目以上を出荷している。

野菜中心、有機農業で自立するのだったら
2町5反〜3町5反は作らないと自立は難しいそう。
かなりの広さだ。

「畑の大きさ=収入だけんね」

と岩崎さん。

岩崎さんの野菜はほぼ種どり野菜。
しかも農業だけで自立している。
実際に種どりの現場に立ち会うと、
それが途方もなく大変なことだと実感する。

全ての野菜を種どりするのは難しい。

若手は、とにかく焦らないことが大事。
得意な野菜を一つ一つ増やしていくことが肝要。
そして、ある程度、大きな畑をマネージする実務能力が
必要になって来る。 

精進あるのみ。


▽借地か、自分の土地か

新規就農する場合、畑をどう確保するのかが、大きな課題。

いい場所はなかなか借りられない。
例え借りられたとしても、いつ「返してほしい」と
言われるかわからない。

岩崎さんの場合は、自分で購入した土地と借地をうまく
バランスさせている。借地も10年契約など、長めの契約。

半永久的に借りられる場所を探すことが、
とても大事になる。


▼せめて、昔ながらのF1種の野菜を育てよう!

在来種の野菜だけで生活していくのは難しい。
そうするには人間国宝級のスキルが必要になる。

若手農家へ向けて
「種どり野菜とF1種野菜、半々ぐらいがいいかもしれんね」

と岩崎さん。

F1種野菜をつくるなら、
「昔ながら」のF1種を、と岩崎さんは薦める。

新しく育種された種は、不自然な要素が多々入っている。
でも、昔のF1だと、いい野菜はたくさんある。
そういう種を見極める力も、若手には身につけてほしいと
岩崎さん。



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<加工品の可能性>

岩崎さん曰く

「多品目つくっていると、加工品は難しかね。」
の一言。

岩崎さんも昔はチャレンジしたことがあるが、
いまは全くやるつもりはないそう。

ただ出荷できない野菜を
「びっくりするほ捨てている」のは事実。

畑と加工場と出荷場が、近くにあって、
かつディレクションできる人材を
地域で育てていく必要性を皆が感じている。

できることなら、
そのディレクションする役目を、僕が担いたい。




▼種どり野菜は、間引き菜が大量に・・・。

F1だと発芽率が高いため、点播きが可能。
間引きの必要がないことが多い。

しかし、種どり野菜は、たとえば大根やカブなどは
発芽不良などの不安から基本的に少し厚めの条播きをする。
そうすると、自然と間引きが必要になる。

この間引きが、作業としてほんとうに大変。

この作業をするだけで、
「種を買いましょうよ」と心が折れる若者が
いてもおかしくない。
そして、間引き菜は、足が早く、出荷されずに
その多くは捨てられる。

岩崎さんの畑でも大量の間引き菜が破棄されている。
種どりで、無農薬で、とんでもなく美味しい間引き菜が!

こうしたことを考えても、
破棄するしかない野菜たちの有効利用のためにも
加工の仕組みは、ぜったいに作りたい。




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島大根の大量の間引き菜たち。 なんとか活用したい。



<在来種には料理人が必要>

ちりめんかぼちゃは、生が美味しい。
かぼちゃを生で提供するのは、素人はなかなか考えつかない。
これは、料理人が食べ方を発見した例。

料理人が、その素材の美味しさを発見することで
在来種野菜の価値が輝く。

たとえば、岩崎さんの畑の島大根。
これは鹿児島在来の大根だが、
ここ10年ほど作るのをやめていた。
が、ここ数年、レストランからの需要があり、
再び作りはじめている。

また、熊本在来の平家カブは、今、何年も休ませている。
ただ、美味しい料理法が見いだせれば、また作りたいそう。

調理法さえ見つかれば、また作りたい野菜が
沢山ある。料理人にどんどん試してほしい。

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ちりめん南瓜は生がおいしい。



<伝統と物語をつくろう>

単に、「種どり野菜をつくろう」では
地域で長く続いていかない。

「伝統と物語を」
と岩崎さんも何度も何度も繰り返す。

僕らも「雲仙チームで伝統をつくっていこう」という
合言葉が、いま全員で共有されている。

岩崎さんが守ってきた30年という時間、
そして80種にも及ぶ種を、
一人で継ぐのは不可能に近い。
僕らは、チームでこのバトンを受け継いでいきたい。

幸い、このチームには、適材低所に人材がいる。
このメンバーで、伝統をつくっていきたい。
そのために「新しい流通」を作りたい。



<ブームの怖さ>

岩崎さんは、ブームを嫌う。
おそらく種が、ブームとして消費される姿を
見たくはないのだろう。
心から種を愛する岩崎さんだからこそ、その想いは強い。

たとえば、3.11の時のこと。

放射能を心配して、九州産の野菜が飛ぶように売れた。
しかし、それもすぐに収まっていった。
何も解決していないのに。

たとえ、注目を浴びたとしても
決して浮かれないことが大事だ。

種どり農家は珍しい存在。
ともすれば、取材を受けたり、
脚光を浴びるときもしばしばある。
農家は、そんなことに、一喜一憂してはならない。
たんたんと、流されず、心から待ってくれる人に
野菜を届けていこう。
折に触れて、チーム全員で声をかけあっていきたい。



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雲仙種どりチーム


<流通とともに、みなで成長しよう>

生産者も流通(八百屋)も、
利益がでなかったら、ゲームオーバー。
理想だけでは決して続けていけない。

日本の農地で、オーガニックで農業をする農地は
全体のたったの0.3%。(例えばフランスは全体の3.8%)
しかも、そこには見かけの有機農業もふくまれるため、
本物のオーガニックは0.1%以下だろう。
そしてその0.1%のうち、在来・固定種の野菜の農園は
ほんの、ほんの一握り。


劇的に種どり野菜の消費は増えないだろう。
だからこそ、一人一人の台所に深く
浸透していくことが大事になる。

そこで、「野菜の物語」を伝える必要がある。
それを伝えるのが、流通の役割。

ただ、野菜を流すだけなら、結局は
「わかりやすい味、揃ったカタチ、安い値段」という
価値基準の流通に落ち着いていく。
種どり野菜は滅びていくしかない。

だからこそ、雲仙では、
生産者と流通が一体となって、
ともに成長する道を切り開いていきたい。


このことは、チーム内で何度でも
何度でも共有して進んでいきたいとおもう。





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<壊滅的な被害をうけた鹿児島・垂水の山田くん>

9月20日、台風16号に伴う豪雨で
仲間である、垂水の種どり農家の山田一生くんが、
壊滅的な被害を被りました。

山田くんに提案して、少しでも被害の穴埋めに
なるようにドネーション付きの新米の販売を、
種市として提案しました。

☆山田くんのドネーション付き新米の販売、詳細はこちら☆


どうかご協力のほど、宜しくお願いいたします。



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文字通り、マイナスからの再出発。山田くん、がんばれ。



<もはや異常気象が当たり前に>

台風しかり、長雨しかり、干ばつしかり、大雪しかり、
今年も全国的に異常気象が多発しました。

気候の影響をうけやすい種どり農家や有機農家は
至るところで大きな被害を受けています。
今年、廃業した知人もいます。

このまま異常気象が続くと日本の
種どり・有機農家が激減してしまうかもしれない。
ほんとうに。




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台風と豪雨で大きな被害をうけた鹿児島県・垂水



<新しい枠組みをつくりたい>

災害で被害をうけてからの対応ではもう、
間に合わない。

災害後に対応するのではなく作付けの段階で、
消費者が生産者とともにリスクを分担する仕組みの
必要性を、強烈に感じています。


種を誠実に守っている農家と
その姿勢を支持する消費者が

自然と出会う枠組みを作りたい。


一つ、確かなイメージがあるので、
次の種市までには発表できるよう、
そのイメージを練っていきたい。

焦らずにじっくりと。
種といっしょに。


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岩崎政利さんの雲仙・種採り勉強会 まとめ ー2016年8月29日ー


定期的に開催している、岩崎政利さんの若手種採り勉強会。
先日おこなわれた8月の回の内容を、まとめました。

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 ◯岩崎さんの雲仙・種採り勉強会

  |雲仙・岩崎政利さんの農園にて
  |2016年8月29日


前半は種の瓶詰め作業。
後半はディスカッション。
ちなみにこの日は、雲仙で実に45日ぶりのまとまった雨。
岩崎さんをはじめとする農家の心底ホッとした表情が、
印象的な勉強会の始まりだった。

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<種の瓶詰め>
あらかじめ種どりをして分類していた30種以上の種。
ラベルをつけて乾燥剤とともに瓶詰め作業を行う。

花芯白菜、五木大根、島大根、雲仙赤紫大根、
日本ほうれんそう、弘岡かぶ、長崎赤かぶ、
畑菜、大和真菜、赤水菜、北海道地かぼちゃ、
勝間なんきん、モーウィ、平家きゅうり、
中国チンゲンサイ等々。

継ぎ手がなく、岩崎さんに託された消え行く種も。
一つ一つの種に、それぞれの物語がある。
机の上に瓶詰めされた何万粒という種が並ぶ姿は圧巻だった。


<異常気象について>

ここ数年の異常気象がもたらす農家への影響が大きすぎる。
例えば、岩崎さんの夏野菜は干ばつで大打撃をうけ、
採種できた種の量も、通常の3分の1以下だったそう。
岩崎さん曰く「乾期と雨期がはっきりと分かれてきた。」
今、異常気象を前提とした作付けと対策が農家に求められている。
その難しさを痛感する。


<九州の亜熱帯化>
台湾や沖縄で育つ在来種が九州の気候にあうようになってきている。
特に夏は東南アジアのようになり、まるで亜熱帯のようになっている。
いずれ九州の風土にあう種が、関東や東北にあうようになるのでは?
いままでの常識が通用しない状況がここ数年続いている。


<地下水の汚染>
農薬や除草剤、あるいは鶏糞、牛糞による地下水の汚染がはげしく、
水質が年々ひどくなっている。
ここ雲仙でも、大規模農業が推進されている地区は地下水の汚染が進み、
また農業用水の需要の増大により地下水が減っている。
恐らく、全国的な問題だと思われる。


<若手の勉強会について>
佐賀の竹富勝彦さん、大村の前田純子さんという、
岩崎さんの盟友にして有機農業の大先輩であるお二人がゲスト参加。
雲仙発の若手の種とり勉強会を心から喜んで応援してくれている。
「やっと岩崎さんのあとを継ぐ若者が雲仙で育ってきてくれた」と
目を細めてくれた。


<今後の勉強会の軸>
テクニカルな技術指導ももちろんあるが、
最も大切な目的は「種を継ぐことの意味」を、
一人一人が掴かむこと。

岩崎さん曰く
「種の交換会を長年やってきたが、
単に種を拡散させることに対する疑問と反省がある。
やるべきことは、そこではない。
種が農民の手によって継がれてきた背景や物語、
人の想いを、種とともに伝えていくことが
これから自分がやるべきことだと思っている」

人の想いを断ち切って
「交換」という手段で種を広げて行くのでなく、
人と人が固く握手をするように、種を託していく。
その背景もともに受け継いでいく。
雲仙で、長い時間をかけてそれを実現していきたい。


<農家のこれから 経済のこと>
岩崎さん曰く、
「有機農業も種採りも、想いだけでは10年続かない。
経済が成り立つ仕組みが必要。ちゃんと農業で食えないと、
地域では認められない。」
岩崎さん曰く
「農家を育てる余裕が、今の流通にはない」

竹富さん、前田さん曰く、岩崎さんの凄みはその「生産力」にある。
80におよぶ種採りを続け、研修生もいれず、奥さんとたった二人で
子ども3人を立派に育て上げた。在来種中心の作付けで、それは希有なこと。

オーガニックを目指す生産者は増えている。
しかし、市場のパイは減っている。
一口にオーガニックとっても、その中身は様々。
見せかけのオーガニックが増えてきた。

真面目な農家が一番苦労している。
その状況をなんとかしなければならない。

1年に数回、在来・固定種の野菜を買う人を増やすのではなく、
1年を通して、食卓の中に在来・固定種の野菜を料理する家族を、
一人一人、増やして行かなくてはならない。
そのために小さくてもいい、
美しく確かな新しい流通を、僕たちが作り出さなくてはならない。


<流通の問題>
いま、野菜の単価はあがっている。
有機農業をわざわざやらなくても、慣行農業で充分にやっていける。
しかも、有機野菜よりも慣行農業で作られた野菜のほうが
単価が高いことも多々ある。

なぜ有機の野菜が必要なのか、
生産者も消費者も、その哲学が問われている。


<日本のオーガニック>
日本の農地で、オーガニックで農業をする農地は
全体のたったの0.3%。(例えばフランスは全体の3.8%)
しかも、そこには見かけの有機農業もふくまれるため、
本物のオーガニックは0.1%以下だろう。
そしてその0.1%のうち、在来・固定種の野菜の農園は
ほんの、ほんの一握り。

岩崎さん、武富さん、前田さんの危惧。
「日本のオーガニックは、この先どうなるのだろう」
玉石混淆で、何が本物かわかりにくい状況に突入している。
そして、「いかに安く、見た目がいいもの買うか」という価値観が、

今まで以上に加速しているように思える。
結果、地下水や河川、海や土壌の汚染が確実に進行している。

例えば岩崎さんは種を守り継ぎたいという信念があった。
例えば竹富さんは美しい有明海を守りたい、
そのために除草剤は絶対に使いたくないという信念があった。
いま、日本人の信念が問われている。


<まとめ>
気候。そして流通。
いま、この二つが大きな変わり目を迎えている。
日本のオーガニックの底力が、いまこそ問われている。
次世代の農家は、この問題を突破しなくてはならない。


突破したい。
できるとおもう。

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ヒトト、福島市に移転します ースタッフ募集ー


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(取り壊し直前の吉祥寺ヒトト)




ビルの取り壊しの伴い閉店したヒトト。
この度、福島市の移転することに決めました。


▼なぜ福島なのか

ビルの取り壊しが決まった時、
飲食店は二度とやらないと思いました。
吉祥寺のあの場所だったからこそ始めた店です。
店を続けることで、得たものも大きい分、
失ったものもありました。
そこまでして、店をやりたい場所なんて、他に思いつかなかった。
ただ、唯一、心に浮かんだのが、福島市でした。
福島だったら、やってみたい。

ただ、「やりたい」と「やる」の間には大きな河が流れています。
もう、割り切ろう。飲食業は、もうおわり。
吉祥寺のアトリエ間間での企画や場作り、
雲仙での種を守り継ぐ活動、就農支援、街作り、
始まったばかりのオンデマンド講座などやることが山のようにある。

今の仕事に集中しよう。
そんな風に想いました。
でも、福島の街と仲間のことだけが、浮かびました。

・・

淡々と、店をたたむ準備を
ーまだ公には未公表の時期ーすすめていたとき、
福島市の商店主を中心に活動している「ライフク」の
共同代表の藁谷くん藪内くんの二人に、
福島市への出店を誘われたのです。

ほんとうに嬉しかった。
ただ、返事は保留しました。
その難しさは僕が一番わかっているから。

二度、三度・・・・
藪内くんと何度も話し合いました。典子も交えて。
彼も雲仙に来てくれたし、典子は子どもを連れて、
もう一度福島を見に行きました。
そして約1年がかりで考えて、福島市への移転を決めました。

・・

僕を福島市に誘ってくれた
ライフクの二人の活動について、毎日新聞さんが
素晴らしき記事を書いているので、ぜひご一読を。
僕が福島市を選んだのも、納得されるとおもいます。



 「LIFEKU」の挑戦(その1) にぎわい福島に再び
  http://mainichi.jp/articles/20160313/ddm/001/040/162000c

 「LIFEKU」の挑戦(その2止) 胸を張って「来福を」
  http://mainichi.jp/articles/20160313/ddm/010/040/040000c



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▼どんな店を目指すのか

吉祥寺のあの店と同じことはできないなーと思っています。
もちろん、料理に関しては僕らが今までやってきた
方向性でのぞみます。マクロビオティックをベースに
添加物を使わず、伝統的な製法でつくられた調味料、
真面目に育てられた素材たちの料理。

吉祥寺のヒトトは、
あの場にしかない雰囲気がありました。
東京ならでは、の。
まるで人と人が行き交う交差点のような。

福島のヒトトは、それとはちょっとイメージが違います。
ぼくは「台所」が作りたい。
そして、あたたかい安心できる食卓が。

福島の様々な人々が、
一つの台所、一つの食卓を囲み、
二度とはない今を味わう場。

営々と守り継がれてきた伝統的な食文化と、
そこに住む人々の今と未来を繋ぐような、
そんな調理場と食卓を、作りたいな,と想っています。



▼ キッチンスタッフ募集中です

福島ヒトト。
ともに働くスタッフを募集します!

◯募集人員
 調理スタッフ若干名

◯勤務開始
 2016年7月予定
 2016年8月予定
 ※熊本地震の影響で一ヶ月オープンを伸ばしました

◯勤務時間
 週5日〜6日
 平日10:00〜18:00
 休日10:00〜20:00
 ※上記は目安です。相談しましょう。

◯勤務地
 福島県福島市大町9−21

◯採用に際して
・性別不問
・土日祝日に出勤できる方
・飲食店のキッチン経験者
・福島市にお住まいの方、Uターン予定の方歓迎

◯待遇
 時給900円〜(能力や経験により考慮、交通費支給 まかないアリ)

◯応募方法
 お名前・ご住所・連絡先電話番号(連絡の取りやすい時間を明記)
 職歴と志望動機を明記の上、
 chikashi@organic-base.com 奥津までメールをください。
 ※志望動機は、しっかり書いてください。

◯面接日程
 4月23日に福島市内で面接します。
 第一弾の面接は終了しました。
 次回は6月初旬に福島市内で面接します。
 ※万が一、希望者多数だった場合、書類でお断りする場合も
  ありますのでご了承ください。
  ただ、出来る限り希望者全員とお会いしたいです。

 ☆面接時に持ってきていただくもの
 |玄米ごはん
 |お味噌汁
 |オリジナル料理一品
 |履歴書


****************************

今回は、できれば現地採用できたらいいな、と。
福島にゆかりのある方で、ご興味あればぜひご検討を。
(もちろん福島県外の方も受け付けております。ご縁とお気持ちがあれば。)


実はフロアのスタッフは一名、すでに決まっています。
黒磯のショーゾーに7年勤めて福島にUターンが決まっている
Oさん。若いのにしっかりして今後が楽しみな子です。

募集するのは、キッチンスタッフ。
つまり、料理人です。
なので、ご覚悟を。

ーー

やるからには、本気です。
一緒に、面白い店をつくりましょう。
宜しくお願いします!

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台所という最前線 ー種市を終えてー


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吉祥寺の種市が終わりました。

日本に流通する野菜の1%にも満たない
在来・固定種の野菜たちに焦点をあてた祭り。

日本に昔からある野菜や
種取り農家の素晴らしさを、
一人でも多くの方に知ってもらいたい。
そんな願いを込めて
企画したこのイベント。
先日、5回目となる種市が終わりました。

マーケットも、フードも、トークも、
ただただ素晴らしかった。
以前参加された多くの方が
また足を運んでくださっているのが嬉しく、
種市という新しい試みが
一つのスタイルとして定着したことを
強く感じられた機会になりました。

継続して興味をもってくださる方々の
層の厚さこそ、佳き企画の第一条件です。
それぞれのテーマをもって
最善を尽くしてくださった出店者の皆様と、
足を運んでくださった皆様に、
主催者の1人として改めて御礼申し上げます。

ほんとうにありがとうございました。


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台所という原風景

ただ、喜びも大きかったのですが、
明確な課題も突き付けられました。

今回の種市、フードは完売、トークも満席。
過去最高の盛り上がりでしたが、
野菜の売上げは過去最低だったのです。

様々な反省点が考えられますが、その最大の原因は
「家庭の台所」と種市を結びつけられなかったことに
集約されるように思います。

力不足でした。


今、家庭の中で料理の優先順位がどんどん下がっています。
歴史上、こんなに台所が軽視された時代はないと思えるぐらいに。

街やネットにあふれかえる過剰な広告。
その熱量に反比例するかのように、
第一次産業、つまり自然の恵みを糧に生きる人たちの
生活は追い込まれ、結果、食べ物は劣化し、
スーパーには溢れんばかりの加工品と冷凍食品の山。
ドラッグストアにいけば、
ありとあらゆる効果と効能をうたった
薬とサプリメント。

「個性を大事に」というスローガンとは裏腹に、
僕らが口にするのは、
規格化された商品としての食べ物たち。
多様性豊かな在来種の野菜たちの行き場は
いったいどこにあるでしょうか。


 料理の時間はどんどん削られる。

 だれもが何かに忙しい。



台所が最前線なのだと、改めて思います。
台所から一人一人の肉体と精神が育まれ、
結果、社会が形成されます。
絶望と不満に満ちた世の中は、
僕らの台所がうみだした化け物なのではないでしょうか。

社会が悪い、政治が悪いと誰かのせいにしても何も変わらない。
熱狂も、何も生み出しはしない。

僕らが日々選択する決断の積み重ねで「今」があります。
台所で生まれる、日々の、地味な、尊い営みからしか
世界を変えられないと、僕は思います。

母親が黙って台所に立っているあの尊い光景が
子ども達の原風景でなくなったら、
そこにはどんな未来が待っているんだろう。

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台所に帰ろう。


それが今回の種市で再確認した僕のテーマです。

ただ、僕がどんな結論を得ようが、
この都市化の波は止められないと思います。
街は画一化し、第一次産業は衰退に追い込まれ、
農村の美しい景色は荒廃するか、あるいは人工的な、
のっぺらぼうの景観に変わっていくのでしょう。

僕はとにかく、台所というテーマを手放さずにいきたい。
世界中のどんな家庭にもある、
あの小さな尊い場所を大事にしていきたい。
生業としても。父親としても。


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祝祭と日常と

いまやっと、吉祥寺という大きな街で
種市をやる意味が掴めてきました。

多様性にあふれる在来・固定種の野菜と、
街で生活している人々の台所を繋げる
接続面としての役割を全うすること。
そこに全力を注ぎたい。

今までは、まず種市を認知してもらうことに必死でした。
だからこそ、想いが強すぎて様々な要素を
たった2日間に詰め込みすぎてしまった。

これからは一歩踏み込んで、
いかに日常の台所まで繋げていくことができるのか、
僕たちなりの様々な答えを用意して
次回の吉祥寺の種市に望みたいと思います。

それこそ、料理を生業にしている僕らの真骨頂。
僕たちにしかできない提案をしていきたい。
それでこそ「種市を新しい流通に育てる」という
大きな目標に近づくのだと思います。

ほんとうは、都市化の波にやられてしまった吉祥寺に
絶望を突きつけたいという気持ちもあったのですが(苦笑)。

吉祥寺は僕の生まれ育った街。
自分のルーツと向かい合うためにも、
これからも吉祥寺で続けて行きたいと思っています。


一方で、祝祭も必要です。

何かを否定して「タネをまもれ!」と
シュプレヒコールをあげるのも違う。
機能性ばかりに気を取られて
生命の源泉でもある種の本質を見失うのも違う。

がけがえのない種に、
皆で感謝を捧げる祝祭を僕はやりたい。


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種市大学

1月末、雲仙で種市大学という1泊2日の種合宿を敢行します。
その種市大学こそ、僕は種の祝祭にしたい。

種を継ぐ。

人間がいにしえから綿々と続けてきたその営みの尊さに、
皆で感謝を捧げる。そして僕らの人生をいかに生きていくのか、
考える場にしていきたい。

お陰さまで定員90名があっという間に定員に達し、
キャンセル待ち、お問合せも多数。
ああ、本当によかった。
誰も集まらなかったら腹を切ろうと思っていました。
この感謝の気持ちを胸に、
この2日間は最善を尽くした祝祭にしたいと思います。


そして最後に。

毎回種市が終わる毎に、心身ともにヘロヘロになり
「種市はこれで最後」と心に誓っては、
それでも企画を続けることができたのは、
種市を通して仲間ができたからこそ。

一人で出来ることは限界があります。
種を中心に、個性あふれる様々な立場の方々と出会い、
そこで得た信頼関係。
それこそが僕が種市で得た一番の財産なのかもしれません。

種市のお陰で僕の世界は一気に広がった。
それは自分の仕事の領域に閉じこもっていたら、
得られなかった宝です。

共に企画してきたwarmer warmerの高橋夫妻、
毎度の無茶ぶりに応えてくれたスタッフのみんな、
そして種市を通して得た素晴らしき仲間達に、心から感謝します。


種市、またやりましょうね。大変だけど(笑)

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(写真は全て馬場わかなさん撮影)


ヒトト閉店に向けて ー最後の企画展ー




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その日が近づいてきました。


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ビルの取り壊しが2月初旬に正式に決まり、
いよいよ別れの時がやってきます。

ベースカフェから足かけ9年。
支えてくださった方々に心から御礼申し上げます。
ほんとうにありがとうございました。


初めてあのビルに出会ったときのことを、最近よく思いだします。

かつてヒトトのあった場所にはfloorという店がありました。
凄いカフェがあるらしいという噂をきいて
妻と二人で足を運んだのはまだ僕が20代半ばの頃。

あのビルに入る時は本当に緊張したなぁ・・・。
元キャバレーだったビル全体には、何か人を寄せ付けない
雰囲気が漂っていました。

不安と好奇心で心をいっぱいにしながら、
ガタガタの狭い階段を登りfloorのドアを開けた時の驚きをといったら。
今でもハッキリとあの情景を覚えています。

 古いコンクリートの床、
 むき出しの梁、
 グレーの美しい壁、
 錆びた窓枠とヒビの入った窓ガラス。

モダンデザインも古いアンティークも
年代も色も素材もバラバラで、
しかし絶妙のバランスで配置されている椅子やソファー。
店に入ってあんなにドキドキしたのは生まれて初めての経験でした。

2階のラウンダバウトのかっこよさにも痺れたなあ。
どちらもオーナーが同年代だと知った時はクラクラしました。
そして心から憧れました。


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その後、28才で吉祥寺にオーガニックベースを立ち上げたのも、
このビルの近くで成長したかったから。
32才の時、floorのオーナーの森田さんからこの場所を引き継いだのも、
ただただ、あのビルをあの場所を愛していたからです。


だからこそ、自分があの場所に店を作るという段階に入ったときは、
毎日吐きそうなぐらいのプレッシャーでした。
あの場所を大事にしている人たちをガッカリさせるような
店には絶対にしちゃいけないという義務感に押しつぶされそうだった。

たかだか棚の位置を決めるのに、何日も何日も悩んで。
楽しいなんて一ミリも感じなかったな(苦笑)
仕事をしていて「怖い」と思ったのは後にも先にも、あの時だけです。


文章を書きながら、あのときの若々しい思い出が
昨日のことのように思いだされます。


 懐かしいなぁ。

 夢のような時間でした。


取り壊しは勿論寂しいけど、
9年もあの場所で店をやれたことは、本当に幸せでした。




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いよいよオーラス。

さまざまな想いが心に浮かぶ中、
吉祥寺ヒトトとして最後の展を企画しました。

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 大橋弘 写真展「みずから」

  期間│2016年1月7日[木ー1月31日[日]
  時間│12時─22時
  会場│食堂 ヒトト
  ※会期中 火曜日休み
  ※水曜日は展示のみ 17時まで 

  公式ホームページはコチラ

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大橋さんが30年撮り続けてきた美しい苔の写真と共に、
ヒトトの閉店を迎えたいと思います。

苔むす、という言葉もあります。

戦後の吉祥寺の変化を静かに見守ってきたこのビルの最期。
今まで訪れてくださった全ての方の記憶が、
想いが、その振動が、永く永く残っていきますように。
祈りを込めて。


年明けの営業は1月7日から。
ヒトトの最終営業日は1月31日。

皆様のお越し心からお待ちしております。

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