5-3. 地域を作る

  すべての避難所が,ここまで述べてきたような相互扶助の風土を持っているわけではありません。もともと地縁による住民同士のつながりが希薄で相互扶助の風土も十分ではない地域では,被災後の避難所にもまたそのような地域特性が持ち込まれます。とはいえ,そのような地域であっても,被災直後の緊急時においてはともに厳しい状況を乗り切るという共通の目標のもとに,強い連帯感が生まれます。


  しかし,被災直後の緊急時を脱して被災者の気持ちが少し落ち着き始めると,そのような避難所ではさまざまな問題が起こり始めます。もともとプライバシーを守りながら独立的な生活を送っていた人たちが,プライバシーを守ることがかなり難しい避難所の中で共同生活をしようというのです。当然のことながら,それぞれのライフ・スタイルの違いによる問題が目に見え始めますし,それらの解決があうんの呼吸で進むこともあまり期待できません。だからと言って,ひとつひとつのことについて互いの意見を出し合い,妥協点を探りながら最適解を見つけるという訓練も多くの場合十分にはなされていません。結果として,些細なことでぶつかり合ったり,あるいは逆にぶつかり合いを避けるために過剰に我慢を重ねてしまったり,といったことが起こりがちです。


  そのような地域でも,被災直後に強いリーダーシップを発揮し困難を乗り切ることに大きく貢献したメンバーがいれば,そのメンバーを中心としてある程度まとまった運営が可能です。しかし,そのようなメンバーがいなかったり,あるいはいたとしても早々に避難所から離れたりした場合には,上述のような問題が顕在化します。そのため,もともと対人関係の希薄な地域に作られた避難所では,相互扶助の風土を作り出して行くことが求められます。


  実は,ボランティアはそのような風土づくりに大きな役割を演じます。ボランティアの多くは被災前までその地域に縁もゆかりもなかった人びとです。そのような人びとが,被災者のために避難所に入り込み自主的に支援活動を行っているという姿は,地縁に頼らない相互扶助のあり方の1つのモデルとなります。「この地域に縁もゆかりもなかった人たちが,われわれのためにここまで頑張ってくれている」という思いは,避難所に相互扶助の風土をつくることを後押しする力になり得ます。


  ただし,ボランティアの活動が相互扶助のモデルになるためには,ボランティアグループのチームワークがとれていることが前提条件となります。ボランティア同士が支援のあり方をめぐって反目しあったりいやな仕事を押しつけあったりしていたのでは,対人関係の希薄な地域と変わるところがありません。上の段落で述べたことを正確に表現すれば,「さまざまな地域から互いに何のゆかりもなかった人たちがここに来て,互いに協力し合いながら自分たちを支えてくれている」という思いこそが,力になるということです。


  もう一つ,ボランティアグループのチームのあり方について留意すべき点があります。それは,ボランティアグループもまた人の入れ替わりが激しいということです。ボランティアはあくまでもボランティアでしかないのです。自分が関わりを持った被災地,避難所にいくら強い思い入れを抱いたとしても,多くのボランティアはいつまでも被災地で活動し続けることはできません。いずれ自身の本来の生活のために被災地を離れることを余儀なくされます。このようなとき,誰か一人が避難所を離れたとたんにボランティアグループのチームワークが崩れるというようなことは避けなければなりません


  そのためには,ボランティアグループの活動において一人もしくは少数のメンバーに権限やリーダーシップが過度に集中することを避ける必要があります。言い換えれば,さまざまなことについてボランティアメンバー同士の合議を大切にしながら活動を続ける必要があるということです。


  ただし,これはボランティアグループにリーダーが不要だということではありません。避難所生活においては,即断即決で対応しなければならない問題も多くあります。そのような問題についてまで一つ一つ合議していたのでは,遅きに失するということになりかねません。そうならないためには,他のメンバーたちからの信頼の厚い人物がリーダーとして意志決定することが求められます。しかし,そのような場合でも事後報告を怠らず,その内容をボランティアグループ全体として共有しておくことが重要です。そのような情報の共有が,ボランティアグループにおけるリーダーシップの世代交代をスムーズなものにし,その活動を安定的なものにする鍵となります。