先日、仙台の友達まりちゃんに会いに、友達のたかこさんと一緒に宮城へプチ旅行してきました。(2人とも劇団研究生時代からの私の仲間)

仙台に着いてまもなく、2011年5月に閖上の復興朝市で一緒に歌った、仙台でミュージカルを勉強してる子供たち“たまごファーム”のミニライブを見させてもらいました。
歌と大喜利、可愛かったです。

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その後は、まりちゃんの仲間おーちゃんのクルマで塩竈へ。

美味しいマグロ丼とマグロトロ焼きをみんなで食べました。
みんなは並盛。まりちゃんは大盛。さすが笑
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左から私、たかこさん、おーちゃん。

食後に穏やかな海を眺めながら、記念撮影。
左から たかこさん、まりちゃん、私。
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日が沈む少し前に松島まで足をのばし、
これまた美しい景色をみんなで楽しみました。画像1


建ち並ぶおみやげ屋さんは震災の後、どこも建て直したそうで新しいおしゃれな店構えに。今風なカフェなどもありました。

円通院の参道で「ここに前はたくさんまっすぐな木がのびてて心地よい道だったんだよ」ってまりちゃんおーちゃんが教えてくれました。

塩害でほとんど樹がダメになってしまったらしいけど、その樹々のおかげで奥に建つお寺は津波から守られたそうです。
神様のチカラなのかな?
ちょっと暗かったから写真なし
そして参拝時間に間に合わず、お参りも断念。嗚呼。

「ここには運命のお相手がわかる面白いおみくじがあるんだよ(おーちゃん談)」

気になるわー(^◇^;)
間に合わずおみくじ引けなかったのは、今は知らないほうが良いってことかしら?笑

またゆっくり観光したいな、松島。

夜は、震災後に私も少しお手伝いをさせてもらったボランティアチーム“笑顔畑プロジェクト”のメンバーで、おむらいすの座長、みーちゃんも合流してご飯。
「明日はまりちゃんの運転だから」とみーちゃんは心配しながらまりちゃんに道を伝えてくれてて、東京組にも観光ポイントを教えてくれました(^_^)

次の日は午前中から南三陸へ。
みーちゃんの予測通り…まりちゃん、道を間違える。の巻 笑

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でも何とか到着。のんびり旅。


ここは南三陸町防災対策庁舎

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ニュース映像で見た建物。
前に建つと津波の高さが感じられます。
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鉄筋がぐにゃっと曲がっているのを見ると、波の強さに震えます。

ここで最後まで避難のアナウンスをしていた方がいて、その方の声で助かった方々が沢山いたという事実。

この場所のあの日のあの時間が想像され、怖くなり、悲しくなりました。
お線香をあげる場所もあったので海風吹く中、3人でダンゴになって火を灯し、手を合わせてきました。

すぐそばの海の堤防。
未だ崩れたまま傾いてる…
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ご飯を食べて、お土産を沢山買ったここは 
南三陸さんさん商店街。
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お店の方々がみんな優しくて嬉しくなっちゃった(^_^)

そして食べたよ!その名も、
南三陸キラキラ秋旨丼
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結構な量でしたが「ヤバイ!上手い!ヤバイ!」って言いながら、たいらげる女子3人。
やる時は、やる!大人だから笑

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それぞれのお店の思いがアートな看板になってました。

商店街を見守るモヤイ像
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チリ・イースター島から思いを込めて寄贈されたのだそう。

南三陸の観光協会の方にお会いしてお話を聞くこともできました。
ご自身の震災の時の体験談を聞かせてくださいましたので
以下、私なりにまとめてみました↓

当時、海の近くの職場からは少し離れた場所にいたそうですが、
地震発生時、職場に戻り、同僚達に「ここにいてはダメ。避難しましょう」と呼びかけ、また少し離れた場所にいた方にも車で声をかけに行ったそう。
そして、
お子さんが通う高台の学校へ避難。
途中、地震の影響により信号が停電で渋滞していたけれど、
無事に学校着。そして20分後…津波。

三階立て以上の高さの波が押し寄せてきて、避難場所に指定されていたところも想定外に波にのまれていったらしい…

子供たちは泣いていたけれど、先生方は落ち着いて対応してくださり、津波の光景を子供たちに見せないようにしていたそうです。

海に煙が立ちのぼっていて、街全体が川になってく現実を受け止めきれず、大人たちは泣くでも騒ぐでもなく、呆然と海を見ていたそう。

震災の数日前にも地震が発生していたことを受け、先生方は次に来るかもしれない大きな地震を想定し、対策をねっていた矢先だったそう。

ご本人は1978年に発生した宮城県沖地震を思い出して地震を予測出来ていたそうです。

それとは逆に、1960年のチリ地震で発生した津波を経験したお年寄りはその時の知識で判断を誤り、逃げ遅れてしまった方もいたそうです。


「日本が全部ダメになったんじゃないかと思いました。」とおっしゃってました…

突然の災害に判断・対処するのは本当に難しい。生死を分けたという色々な方の体験談は壮絶です。


その後、避難先でかまぼこ屋さんの社長が2週間も経たずに「頑張るからな」と拳をあげた。

そんなリーダーの決意にみんな勇気づけられたそうです。

そして震災翌月。復興朝市 開催!
「やれることがんばろう!」と海の男たちが力を合わせた。

朝市に集まる皆さんは仲間の安否確認をされていたそうです。

日本全国の商店街のネットワークが協力してくれて、商品も何もかもを手配してもらい、月イチで開催することが出来たそうです。
日本の絆パワー!


色々な体験や思いや願いを聞かせていただくと、感想を言葉にすることが出来ません。

でも「色々な人に話を聞いてもらうと私自身の心の整理もできるから」という温かな笑顔をいただき、3人で深く感謝しました。


そして、昨年も訪れた日和山公園へ。
皆さんがほんの少しずつだけど取り戻している、昨年とは違う、新しい未来へつながる風景を見ました。
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これは石巻復興のため、イチ早く作られたという看板。
震災当初(資料より)
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現在の看板。
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津波がこの高さまできたというポール。
見上げて撮りました(>_<)
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周りにはまだ何もないのに、カーナビには以前にはあったコンビニなどが表示されたりしてて、せつなかったです。

そしてまたまたお買い物タイム。
日和山から見えた石巻まちなか復興マルシェ。
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2011年5月はこんな状況でした(資料より)画像1


マルシェの向かいは石ノ森萬画館。
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時間が足りなくて寄れませんでした汗 残念。

でも、やっちゃうよね、これ。
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「おまえはいくつだ!」という皆様からのツッコミはさておき…

旅の最後、マルシェにはこんなメッセージが…
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まりちゃんは「いつまでも“被災地”って呼んで東北を悲しい場所にしないでほしい。
前を向いてるんだもん。」って言ってました。

その言葉を東京の仲間たちにお土産として持って帰りたいって、思ったよ。

ありがとう。
東北の皆さん
まりちゃん
たかこさん
おーちゃん
みーちゃん
たまごファームのみんな。

また会いましょうね!( ´ ▽ ` )ノ