2008年09月26日

帰国しました

長らくブログの更新が滞っておりました。

無事先週の火曜、無事帰国しました!
日曜日にマンチェスターに前泊し、月曜の朝にマンチェスターからコペンハーゲンへ、そしてコペンハーゲンから成田へ、そこで入国審査をすませて千歳へ向かいました。総計20時間あまり。疲れた!
土曜日、日曜日とイギリスで知り合った娘の友人や私の友達が次々来てくださり、お別れをした。
本当に楽しい1年だった。皆さん、ありがとう。

娘は大親友は空港に電話をかけてくれて、最後の別れをした。
飛行機にのるまでべそべそしていたのだが、コペンハーゲンでは早くも日本食が恋しくなったらしく、コペンハーゲンで見つけた「お寿司」を買わされた。あと数時間で好きなだけ食べれるから我慢しなさいとの言葉もむなしく「いくら」のにぎり寿司を買ったが、びっくりするほど高く買ってすぐ後悔(クローネ表示のためわからなかった)

千歳で迎えてくれた家族は1年前と変わらない笑顔。それから2、3日は日本食(お寿司、卵かけご飯など、ラーメン)、温泉などのオンパレード。娘の会話から、あっという間に英語が無くなった。

まあ、英語の維持は期待していないけどね。

まだ、いくつかイギリス滞在の事務処理が残っている。その最たるものがガス代。
それはまた今度後日談として書きます。

そして小学校に通い始めた娘は、親の心配をよそにすっかり馴染んではいるものの、親の私が戸惑うことばかりです。・・・・小学2年生から親無しで登下校するんですね、日本では。イギリスでは12歳まで目を離してはいけないと法律があるので、ずっと付きっきりだったので、なんか怖いです。

1年間、おつきあいくださって、ありがとうございました。
帰国の直前の状況とか、娘の学校の最後の登校日のこととか、忘れないうちに書きたいと思ってはいるのですが、どうなることやら。

とにもかくにも、無事帰国して日本の日常生活が動き出しています。

orine2007 at 19:15|PermalinkComments(7)TrackBack(0) 英国生活 

2008年09月12日

カウンシルタックス

 イギリスではカウンシルタックスという、住民税がある。家を借りている以上、外国人であろうと支払わなければならない。
 さて、このカウンシルタックスについては、いろいろ怖い話を人から聞いていたので、注意を払って、絶対延滞しないように、領収書は必ず保管しておくようにして支払っていた。

 ちなみにイギリスの電気ガスなども「今回はこれぐらい使っただろう」とメーターを正確に読まずに目安で送られてくることが多いから要注意だ。大家さんにも「払ったものはすべて必ず請求書を保管するように」と重々言われていた。

 話をもとに戻すと、このカウンシルタックスの払い戻しの通知が来た。小切手である。この税は私の場合、12ヶ月分を10ヶ月で均等に割り、ひと月ごとに払うようになっていた(つまり10ヶ月で払い終わる)。半年ごとの契約を2回行ったため、後半4月から6ヶ月の間6回払ったので、全体の60%払ってし払いすぎたようだった(でもシティカウンシルが払えと言ってきたのだが)。ただどうも金額が腑に落ちない。はっきり言ってカウンシルが送ってきた小切手の金額が大きすぎる。

 大家さんに通知と小切手を持って行って相談したら、やっぱりカウンシルが間違っているとの結論に達した。
「小切手を半分だけ現金化することはできないから、一度全部あなたの口座にいれてもらって、それから必要な料金の小切手をつくり、カウンシルに送ればいいわ。それが一番簡単」とのお答え。

 向こうのミスなんだから、全部有り難くちょうだいしたらどうなるかと聞いたら「年末に法廷に呼ばれるわよ」と言われた。向こうが悪かろうが、向こうのミスだろうがおかまいなく即「法廷呼び出し」になるらしい。

 お金が返ってくるのはうれしいが、結構めんどくさい。忙しいのになぁと文句たらたらで、本日とりあえず小切手を現金化してきた。明日は必要料金の小切手を作り送らなければ、ああメンドクサイ・・・

orine2007 at 06:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 英国生活 

2008年09月11日

猫の形の鉛筆削り

 帰国が間近になり、最近お別ればかり言っている。
 もう二度と会うことがないかもしれないと思うと、正直辛い。

 娘はここ数日情緒不安定。正直帰りたくないらしい。みんなに「日本へ帰るのが待ちどうしいでしょう?」と聞かれるのだが「ううん、ぜんぜん!」と答えてびっくりされている。今まではホームシックにならないとむしろ喜んで聞いていたが・・・・大丈夫なのだろうか?

 そんなこんなで、本日1日早く、学校のお友達と先生方に、お礼の品物を渡した。徒歩の我が家は雨が降ったら重い荷物を運ぶのが困難になる。本日は晴れたので、これ幸いと、プレゼントらを持って行ったのだ。

 カードは年賀状風にいろいろ写真を並べて娘が書いた文をそのまま載せた。
 親ばかで申し訳ないが、 以下娘が書いた文章。
Dear friends
I love this School.
I am sad, but I was so happy and happy.
Then I love everyone in the school, because everyone has been very kind to me.
Please send me a e-mail or letter to Japan .
I am going to tell you my address.
Love
 

 先生方へは「白い恋人」と「日本手ぬぐい」、選んだのは主人と母。
 そして同級生には「鉛筆削り」、選んだのは母である。
 
 日本から、娘の同級生になにかお別れの際のプレゼントを買ってきてと頼んだのだが、まさか鉛筆削りを買ってくるとは思わなかった。あの、日本の小学生が使用する典型的なやつである。色気もそっけもない。母がこれを選んだ理由は、去年は渡英したとき、娘のために(彼女の孫のために)鉛筆刷りを探したのだが、全く見つけられなかったため。

 プレゼントとしてはあまりにも味気ないのではないかと、私は難色を示したが、買ってきて持ってきてくれたものはどうしようもない。

 日本のあるものは英国製品に比較して優秀である。しかし、使い勝手がいいからといって、他の国のものに手を出したりしないのがイギリス人であると、1年間みて思っている。そうでなかったら、かつては世界を制覇し現在も様々な文化が流れ込んでいるにも関わらず、こんなに不便な生活に満足しているわけはないではないか。ものはすぐに壊れるし、修理は遅いし・・・・包丁は切れない、ノリはすぐ剥がれる・・・・

 さて反応。
 娘いわく、とても喜ばれたそうだ、クラスメイトに。
「みんなね、猫の形のペンシルシャープナーだと思っているんだよ。とってもキュートだって」
 普通の鉛筆削りなのだが、前の鉛筆の把持の部分のスイッチ?のところが耳に、後ろのバンドル部分がしっぽに見えるらしい。確かにそういわれてみればそう見えるかも。

 そして、先ほどメールが来た。台湾人のお母さんから
「シャープナー、とてもとてもありがとう。すてきなプレゼントだわ。すごく鉛筆が削れるのよ、日本の製品は一流ね。私が子供の頃、こんな(日本の)ような鉛筆削りを使っていたの。英国でも探したけど、どこにもないのよ。ほんとうにすばらしい選択だわ」と感動的な手紙をもらった。

 さて、他の子供はどうかな?家で使えるかな? 要ご期待!


orine2007 at 22:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 学校生活 

2008年09月10日

嵐が丘-Wuthering Heights

ハワース1 信じられないことに帰国まで一週間を切り、気ばっかりとっても焦っているのだが、同僚がさそってくれたので、ハワースに行ってきた(いいのかなぁ〜?)。

 娘は退屈するだろうから、娘を学校に行かせての、ウィークディでの小旅行である。

 ハワースは英国の文学史に名高いブロンテ姉妹、シャーロット、エミリー、アンの故郷である。
 最も有名なエミリーの「嵐が丘」を初めて読んだのは小学校の時。「ガラスの仮面」という漫画に影響されてのことだった。しかし、正直言って気違いじみた(と当時の私には思えた)恋愛感情は小学生には理解できるはずもなく、面白いとは思えなかった。次に読み返したのは中学生のとき。そのときのことをまだ覚えている。北国の厳しい冬の夜、風と雪の音を聞きながらストーブのそばで読み始め、止まらなくなり平日なのに徹夜してしまった。そして、「嵐が丘」はツルゲーネフの「猟人日記」とともに、長い間の私の最も好きな外国小説になったのだった。

ハワース3「リントンへの私の愛は森の葉のように時とともにかわって行くだろうけど、ヒースクリフへの私の思いは、絶対に変わりはしない。彼がいなければ私は私が宇宙の一部だって感じられなくなるわ。私はヒースクリフでヒースは私なのよ」少女らしい自分の告白に、自分で酔っているキャサリンに対して「お前さんの言っていることはちっともわからないけれど、さっきの台詞(キャサリンがリントンと結婚すること)を聞いたら、ヒースクリフは世界一不幸だと感じるだろうよ」と召使いのネリーが冷静に答えるところが印象に残っている。台詞はうろ覚えなので、だいぶん違うだろうが。

 アンは未読なのだが、シャーロットの「ジェーンエア」に出会ったのは高校生か大学生のとき、テレビドラマで007俳優のティムシーダルトンがロテェスタ氏を演じていたのを見た影響で、小説を読んだ。「嵐が丘」を読んだ時のように夢中になったとか衝撃を受けたとかじゃないけど、とても面白く満足したのを覚えている。そのころダフネ・デュ・モーリアの「レベッカ」などのゴシックロマンなど大好きだった。

 私は物語から陰気で人里離れた村、荒涼たるヒースの丘、厳格な父親とアル中の弟、そして現実から逃れるために空想の世界に遊びを求めた3姉妹、なんてイメージがあったのだが、実際のハワースはとてもかわいいすてきな村で、周りの風景も「荒涼」とはあまり感じられない場所だった、ヨークシャーの自然を見慣れてしまったせいかもしれないが。
 彼女達の住んでいた家は博物館になっており、そこの説明によると当時のハワースはかなりにぎやかな街で、父親は母親のいなくなった姉妹達にできるだけのこと教育を受けさせてやったとのこと。結婚後、横暴な夫に小説を書くのを禁止されたかわいそうなシャーロットと思っていたが、現実は、夫はシャーロットに熱心にプロポーズし、シャーロットは父親の反対を押し切って結婚し、妊娠で命を落としたがとても幸せな結婚生活を送ったとのことだった。

ハワース2 夏が終わったせいで「ヒース」の群生は見られなかったが、のどかな羊の放牧風景は、それはそれで美しかった。小説に劣らぬドラマチックな一生を送った姉妹達は、幸せだったのだろうか。エミリーは何に恋してあれほどまでに激しい恋愛小説を書いたのだろうか?エミリーがキャサリンが愛したのは人間ではなくヒースクリフが体現している、ヨークシャーの自然そのものだったのではないかと、1年この地(ヨークシャー)で生活して思う。

 現実と小説は違うけど、でもやっぱり「嵐が丘」は大好きで魅力的な小説だ。登場人物と共に、ヨークシャーの荒涼たる自然の描写が胸を打つ。日本に帰ったら、早速読み直してみよう。今度はできれば英語で(かな?)。


orine2007 at 23:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 英国生活 

2008年09月06日

Go back to school

ななかまど2 時間は前後するが、今週の火曜日から娘の学校が始まった。
 久しぶりの通学路には既に枯れ葉が舞い、ナナカマドが赤く実を付けていた。空が高い。

 彼女にとってたった二週間の新学期である。
 旦那の帰国のとき、母の帰国の時、娘は一緒に帰ることができたのだが、断固として最後まで私と英国にとどまり、学校も行くことを選択した。

 英国では9月から新学期が始まる。八月末頃からテレビのコマーシャルや店のポスターに「Go back to school」と出てくるようになった。
枯れ葉2「新学期が始まりますよ〜、準備はいいですか〜?」ぐらいの意味にあたるのだろうか?日本の新学期シーズンほど派手じゃないけど新しい制服や文房具がならび、微笑ましい。でも文房具もノートも登校に必要ない英国では、新調するのは制服と靴ぐらいじゃないのかな?

 実は娘は夏休みの宿題を、少しではあるが学校から持ってきていた。遊びほうけている娘のお尻を叩き、なんとか完成させたのだが、フランス語だけは手のつけようがなかった。単純な単語の意味ならまだしも、クロスワードなどになると、辞書があってもわからない。そうゆうことで、フランス語の宿題は手つかずで持って行ったのだが、帰宅後の娘の台詞「あのね、まったく宿題持って行かなくてよかったんだよ。ナディが必要ないよって言ってた。」・・・・あ、そうですか。でも、それって宿題??

 枯れ葉 子供の休みに会わせて夏休みを取っていた大学の教員達も、久方ぶりに顔を見せ、夏休みの話題に花を咲かせていた。

 そして早くもクリスマスの話題が出始めていた。いいなぁ、去年は楽しかったな。もう一度英国のクリスマスを祝いたいな。こんどは家族みんなと英国で。無理かなぁ?いつかチャンスがあるといいな。


orine2007 at 07:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 英国生活 

子供の英語ーボロボロの辞書

辞書 娘は英国で1年間暮らし、驚くほど英語が上達した。私はrとlの発音の違いは聞き取れないし、発音できない。タクシーやバスで目的地を言っても理解してもらえない時、娘の英語は運転手に通じているのだから、私よりかなり正確なのだろう。

 娘は過去形、未来形だけでなく現在完了形も使用していることに、最近気がついた。簡単なものであるが日本の英語の教科書に出てくるような「どこどこに行った経験がある」「なになにをした経験がある」などは完了形を使用している。イギリスの英語教育はどうなっているのだろう。どうやって幼い子供にそんな概念を覚えさせるのだろう。とても不思議だ.ここにきて、英国で英語の授業をとらなかったことを、とても後悔している(そんな時間はなかったけど)。

 私は娘を見て「子供ってすごく覚えるのが早いなぁ」と「年齢」の大事さを痛感したし、またそれは事実なのだろうけど、やっぱり努力は必要なのだ。本人が努力と認識しているかどうかは別として。

 昨日、荷物のパッキングをしていて、娘の英和辞典を改めてじっくり見た。使用期間きっかり1年。でも受験生の辞書並みに手あかや鉛筆で真っ黒だった。毎日毎日、鞄に入れて持って行った。ボロボロだ。子供もそれなりの努力が必要なのだ。幸いにもそれは辛くなかったようだが。学校の先生方、本当にありがとう。娘は日本に帰って、多分英語は忘れると思うけど「英語が好き」という気持ちは持ち続けてくれるような気がする。それだけ娘はこの国で楽しい時間を過ごしました。

orine2007 at 00:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 英語 

2008年09月05日

ペリカンが来ない!!

 さてさて、今は珍しく暇です。というより何も手に着きません。

 先週、母に手伝ってもらってほとんどの荷物のパッキングは終わっていた。そして昨日、職場関連のものなどまとめて、最後のパッキングを自分で終えた。母は今週帰国したが、ほんとうに親の存在はありがたい。

 このパッキング、二人いたらどおってことはないのだが、一人だと辛い。まず20キロをびた一文超えてはいけない。それで頻繁に体重計にのせるのだが、これが一人だとしんどい、無理してここでぎっくり腰になるわけにもいかないし。ガムテープによる梱包も、大変だ。なんだかイギリスのガムテープは頼りないような、日通からもらった箱も、日本でもらったものより明らかに段ボールが薄いし・・・大丈夫かいたく心配になる。

 さて、英国で頼む日系宅配便(日系に限ったことではないのだが)と日本での宅配便の違い。大きな点が二つある。一つは集荷も集配もグランドフロア(一階)でしか行ってくれないこと。だから、2階に住む我が家なんかは大変だ。早くから荷物を階下におろしていると、玄関が一杯になり使用不可になる。雨も多いので湿気が心配(娘が傘を振り回すし)。一人では絶対に無理だし。相談したらありがたいことに、大家さんも、友人の旦那さんも助っ人に立候補してくれた。本当にありがたい。わたしと母は学生のアルバイトでも頼む必要があるかなどと話していたのに。娘の友人のお母さんも、手伝ってくれて本当に毎日”thank you"を連発する日々である。娘の友人のそのお母さんはお医者さん。手を痛めたら大変と断ったのだが、残っていた一つを一人で持ち上げ、一人で階下まで持って行ってくれた。ちなみに彼女は先の「sports day」の母親(祖母も可)短距離競走で、準優勝した、文武両道のスーパーレディだ。

 二つ目の宅配の困る点、時間指定ができないこと。「朝9時から夕方5時のいずれかの時間に行きます。時間指定はできません(最低で20ドル払えば可能)」と明記してある。ということで、私は仕事を休んで朝から家に詰めているのだ。

 とは言っても10時ぐらいには来るだろうと軽く考えていたら、10時半に電話が鳴り「ドライバーはシェフィールドにいるのですが、トラックが故障したようです。来週の月曜日でもいいですか?」と宣った。
 おいおい、帰国を一週間後に控えた人間が、そんなに暇なわけがないだろう! 集荷時間を指定してくれるならまだしも。
「無理です、月曜日は予定で一杯です。何とかなりませんか」というと、「わかりました、再度調整してみます」と言って電話が切れた。いたく心配。

 そんなこんなで、3時になってもまだこない。娘のお迎えは、日本人の友人にたのんだ。有り難い、有り難い。本当に親切が涙が出るほど有り難い。英国人も日本人も気にかけてくれる(それだけ私が頼りなく見えるのかも)。

 午後から職場に行くつもりだったのだが、無理。メールにて連絡。「ひどい雨だし、家にいるにはいい日よ。ラボのことは気にしないで。ミーティングは月曜に行いましょう」とボスの有り難いお言葉。でも、月曜日のその時点で報告書の再度の書き直しが入ったら、即死、帰国は無理かもと不安になる。

 とブログを書いている間に、連絡がきた。良かった!!陽気なおじさんが、道の真ん中に堂々と大きなトラックを停めて、荷物を担ぎだしてくれた。

 何も問題なく、日本へ荷物が着きますように!(とはいっても、なにかトラブルが起るだろうな)

 


 
 

orine2007 at 23:48|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 英国生活 

2008年09月01日

英国の家ー内装完成パーティにて


 まほさんの家 昨日、友人の家の内装完成パーティに行ってきた。彼女は日本人で旦那さんが英国人の国際結婚夫婦である。彼女はとてもエネルギッシュで、話しているとこちらまで元気になってくるような女性だ。

 子供を産まれたのを機に?家を買い、内装を行っていたのだが、先日完成したので知り合いを呼んでパーティを開くとのこと。私は私の母、娘と3人でお邪魔した。

 彼女のことは以前にも書いたが、家の場所はピーク国立公園のすぐ前である。正直、バスで行くために地図で場所を確認してびっくりした。街の中心からバスで30分ほど、信じられないような大自然のなかの小さな集落(そこもシェフィールドの一部だが)に彼女の家はあった。

 イギリスの常で、石造りの築百年以上たっていそうな家だ。家に入ると、中は近代的で、特にキッチンはとても機能的に作られていた。バスルームは日本式に洗い場をつけたとのこと。これがとても大変だったようだ。床のタイルやパネルはすべて新しく張り替えたとのこと、これら内装をすべて自分たち(と親類)で行ったというからすごい。とてもすてきな家だ。

 母が「このような大工仕事を自分たちで行えるなんて信じられない」というと、別の英国在住の日本人が「ここでは信頼できる大工を見つけるのがむずかしい。約束に来なかったり、勝手に設計図を変えられたり。自分で行った方がまだましだと考える人が多い」との返事。でもそれにしてもすごい。

 私たち以外に、国際結婚のご夫婦が子連れで2組と彼女の旦那さんの親戚関係の方々。料理の得意な彼女は、ちらし寿司や切り干し大根の煮付けなど作ってくれて、私たちはとてもおいしくいただいた。英国人の旦那さんがたや子供たちはバーベキューとハンバーバーで内装の完成を祝した。

 英国人は庭や家にこだわる。家を愛し、部屋の内装にプライドを持つ。壁も白だけではなく、濃い緑や薄い青などを上手に取り入れて、それぞれの個性を演出する。部屋の壁塗りは私の知っている限り、みんな自分たちでやっているようだ(私の知り合いはそれほど多くないので、それが一般的かどうかはしらない)
 
 後ほど、日本にいる旦那に日本のマンションの画一化と狭さを嘆いてその英国の家の話をしたら「ほとんどの家が築100年以上ということは、それだけ家を造る人がいないってことだろ。そりゃ、腕のいい大工を見つけるのは難しいよ」といわれた。それも一理あるか?

 写真は彼女の家からの風景。ほんと、目の前にピーク国立公園が広がっています。


orine2007 at 06:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年08月31日

お別れーplayschemeにて

 プレイスキーム 先週の金曜日で娘の夏休みのプレイスキームが終了した。途中2週間ほど行かなかったものの、ほぼ夏休み中お世話になり、先生方を始め友人もいっぱいでき、とても楽しい時を過ごした(勉強はしなかったけど)。

 娘はこのサマースクールでday tripにてcleethorpesのビーチやLeedsのファーム?に行ったりして、私より遥かに英国を満喫した。英国滞在も終わりに近づき「ほとんど、どこへも行けなかった。あそこも行きたかった、ここも行けなかった」と後悔と心残りが多い私と大違いである。

虹 そして最後のお別れの日、先生方に「今度はタームホリディーに会いましょうね(学期中の一週間のお休み)」と言われたが「私たちは日本に帰るの。これが最後なの」と娘は答えた(英語の返答のスピードは私より早かった)。

 「えー、あなたと会えるの、最後なの?とっても残念」集まってきた先生方に口々お別れを言われて娘はポロリと涙をこぼした。そう、この先生方と会うのは、これが最後で多分二度と会うことはないのだ。多くのこのプレイスキームで出会った友人達とも会うことはないだろう。

 娘は親しい人たちと、本当の意味でお別れしたことはない。彼女にとって初めての本当の別れである。
 帰り道、ぐずぐず泣いている娘を引っ張って、ボタニカルガーデンで遊ばせた。

夕焼け もうすぐ学校が始まるが、これからもっと多くの人たちとお別れしなければならない。彼女はもっと悲しい思いをするんだろうな。私もこれからくるお別れを考えると、とても寂しくなる。


orine2007 at 05:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 学校生活 

2008年08月27日

結婚式

 帰国まで後2週間あまりとなり、気ばかり焦って空回りする日々が続いている。
 大学の夏休みも終わり数日中にはボスがノルウェーから帰って来る。研究の総括にも頭が痛い。
 
 そんな中、先週同僚の結婚式があった。日本の披露宴?にあたるパーティに娘共々招待された。イギリスの披露宴など想像もつかない中、着ていく服はさんざん迷ったあげく、母が持ってきてくれた着物を着ることにた。
ちなみに私一人では、まったく着付けはできない。一緒にパーティーに招待された同僚に着ていく服を聞いたところ「まったくの自由。なんでもいいのよ」とのこと。

 さて当日、着付けに奮闘すること一時間、母が頑張ってくれてなんとか形になった。着物を着るのはずいぶん久しぶり。やっぱり嬉しい。髪をアップに結って、計2時間近くかけて用意を行った。娘は英国で買ったツーピース。街で偶然目にとまったバーゲン品だが、刺繍がいかにもヨーロッパ風できにっている。

 せっかくの母の力作なので、階下の大家さんにも見てもらった。「It is very beautiful.」と賛辞をいただき、母はご満悦。小雨の降る中、動き難く高価な着物、足袋に下駄は少々不安だったが、車に乗って着いてしまえばあとは室内だから大丈夫だろうと軽く考えていた。

 そして7時に同僚が迎えにきてくれたのだが、同僚は「ジーパンにTシャツ」だった。失敗したかな?と思ったが、もう遅い。さんざん迷って、ようやくついた会場は貸し切った「パブ」でした。
 あと、屋外にテントをはりそこも会場になっていて、食事もパブから提供される。
 う〜ん、想像とだいぶん違いました。他の人たちも豪華なイブニングドレスからジーンズまで様々で、私が着物を着ていったのは、間違いではなかったけど、かなり違和感があっただろうな、なにせパーティ会場はパブなのだから。
 みんな口々に「ゴージャス」「ファンタスティック」と言われたのは、嬉しいけど恥ずかしかった。

 花嫁さんは、私の仕事の同僚で、長い裾のまっ白な美しいドレスを着て、それは美しく幸せそうだった。
彼女は招待客に忙しく挨拶して回っていたが、雨にぬれた芝生の上を屋外の会場と室内の会場を往復していた・・・美しい裾が台無しのような・・・

 着いたのは8時過ぎだったが、小さい子供たちも結構いて、別室におもちゃや風船が集められ、遊んでいた。娘は恥ずかしがって、最初はわたしにべったりだったが、すぐに大人達の会話に飽きて、他の子供たちと追いかけっこを始めた。外には子供用の遊具もいろいろおいてあり、娘はブランコだの滑り台で遊び始めた、小雨のぱらつくぬれた遊具で、新しい美しい刺繍が入った白いツーピースを着てである。

・・・・気がついたときにはすでに遅かった。

 皆、思い思いに食事をして、話で盛り上がって・・・想像してた物とはずいぶん違ったけど、初めて出席した英国の結婚式はとても興味深かったし、楽しかった。しかしこの国の人は、私が日本で思っていたより、ずうっと服装に寛大だ。本当に、行くとことに行けばイギリスにドレスコードなどあるのだろうか?学会などのときも、日本人はきっちりスーツを着て来るが、この国の人はジーンズで発表することも多い。日本の方がはるかに服装に規制が多いようなきがする....
 

orine2007 at 22:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 英国生活