『青くさい荒々しさ』みたいなモノを生きるための推進力にしているだろうなって感じの人々を最近よくお見受けするようになりました。
ここでいう『青くさい荒々しさ』ってのは少年たちが見せるような『意気がり・強がり』の類いのことです。

大人になってもそういうのをずっとカッコいいって思ってるんだろうなと感じます。
『厨二病』をこじらせた人と申しましょうか…

そういう人々というのは以前からいらっしゃったのでしょうが、前は今ほど露骨になってはいなかった気がします。
何となくですが暈されていたような…

それだけ社会というか生きてる人間の荒々しさが増してるのかも知れません。
ってことは世の中の荒々しい波動が増えてるってことでしょう…

その証拠は荒々しく汚い言葉が巷に溢れ出していることです。
荒々しく汚い言葉がテレビ電波や書籍にまで堂々と使われて疑問に思われない世の中になっています。

じゃあ、何故疑問に思われないのか?って話です。
それは自分の側に絶対的正しさがあると信じているからです。
或いは信じたいと願っているからかも知れません。

『青くさい荒々しさ』を生きるための推進力にするには『怒り』が必須です。
しかもそれは己れの正当性をバックボーンにした『公憤』のようなモノでなければならないのです。 (この『公憤』というのはあくまでその人がそう捉えてるモノという意味です)

そうじゃないと大手を振って『青くさい荒々しさ』を振り回せませんからね。
まぁ、何事も一応は『大義名分』が必要だってことです。

逆にいえば誰もが納得するような大義名分があれば『青くさい荒々しさ』を振り回せるということです。
だからこそ今世界中のあちこちでレッテル貼り合戦が行われています。

こっちから殴っても誰も文句を言わないサンドバッグにするためのレッテル貼りです。
サンドバッグを求めて東奔西走している人の群れはオニの群れにも似ています。
実際眼に見えないオニも増えてますし、そういうモノに取り込まれる人も増えてます。

元々『正しさ』と『荒々しさ』は相性抜群です。
『正しさ』の追求は『荒々しさ』を呼び、『荒々しさ』は常に正当性を求めます。

私なら『正しい怒り(仮)』を貯め込んだ人がいたら出来るだけ遠ざかって近付かないようにします。
そういう人に近付いたって、十中八九『良いこと』ないですからね…



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