以前にも書いたのですが、私が少年の頃はちょうどユリゲラーのスプーン曲げやら矢追純一のUFO特番やらが流行ったオカルトブームの頃でした。
中岡俊哉の心霊写真やら「つのだじろう」のオカルト漫画やら五島勉のノストラダムスの大予言やらもありました。

ただ、同時に『分別のある大人』がそういう事柄をまじめに話題にするだけで頭の中身を疑われるような時代でもありました。
否定的な文脈であってもね。
そういう話題は最初から鼻で笑って片付けるような話と思われていたからです。

とにかく科学万能論が今とは比べ物にならないほど世の中の隅々にまで行き渡っていた気がします。
腹の中はともかく公式には「オカルトなんてバカバカしい」っていうのが所謂『大人の態度』でした。

だから、オカルトは今より圧倒的に世間の日陰者扱いだったように思います。
個々の家庭なり集団なりで温度差はあったでしょうが時代的には凡そそんな風潮でした。

でも、そこにある或る種の『いかがわしさ』と『妖しさ』こそが人を惹きつける源泉だと感じるのです。
っていうかそもそも『そこ』がオカルトの魅力そのものなんじゃないでしょうか?

オカルトって夏祭りで神社の境内に出されてるテキ屋の屋台みたいなモノだと感じるのです。
少なくとも昔はそう感じてました。

でも、今スピリチュアル業界の人がスピリチュアルって呼んでるモノのイメージは随分違います。
例えていえば高級洋菓子店のガラスケースに並ぶ小洒落たスイーツみたいな感じです。
あくまでイメージがそんな感じってことですが…

ただ、本質的に昔のオカルトと今のスピリチュアルの何処がどう違うのか?
ハッキリ言って私にはよく分かりません。
もしかしたら関係者の人にとっては明確に違うのかも知れませんが、世間の大半の人にとってはほとんど違わないんじゃないでしょうか?

まぁ、個人的にはそういった類いのモノはある種の『いかがわしさ』と『妖しさ』を漂わせているから魅力的なんじゃないかと思っています。
逆にそこら辺をみんなが認識した上で接すればいいだけの気がするのです。

例えばまだバブルが弾ける前、上野のアメ横あたりをぶらぶらしたことがありました。
少し奥へ入った店とかにはパチ物の高級時計もどきなんかをごく普通にパチ物として激安で売っててその真贋ごちゃ混ぜのカオスな雰囲気が楽しかった記憶があります。
でも、そういうところは大なり小なり危険なニオイもするものです。

なので、安全で清潔なモノだけを求めるなら眼に見えない世界になどわざわざ近づかないことです。
オカルトと呼ぶものであれスピリチュアルと呼ぶものであれね…


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