この世はハッキリ言って総体として荒々しく冷たい世界だと感じます。 

それでもみんながわざわざこの世にやって来るのは肉体を持つことが出来るからではないでしょうか。


この世における肉体というのは、波動的にみれば非常に受信範囲の広い上にエネルギーを三次元的に転換出来る受像機のようなものです。

肉体という『受像機』を持つことで格段に波動のレベルの違った人・モノ・場所と交流するチャンスが増えます。


逆に言えば肉体がなければ生きてる時のように波動のレベルの違う者同士が頻繁に交流する機会は存在しないということです。

交流するどころか中々出会わない気がします。


つまり、肉体を持つことで初めて様々な波動のレベルのエネルギーとごく普通に出会うチャンスが生まれるということです。 
そういう意味では肉体があるというのは大きなメリットなのです。

波動のレベルの高いモノはフワッと軽くてスカッと明るく、波動のレベルの低いモノはドヨヨ~ンと重くてジトッと暗いのです。  
別の言葉で言えば波動のレベルの高いモノは穏やかで温かく、波動のレベルの低いモノは荒々しく冷たいのです。  

ただ、肉体があるということは死ぬまでそれを物理的に維持し続けなければならないということです。
物理的に肉体を維持するためには食欲など生存に必要な欲望を大なり小なり満たす必要があります。 
つまり、肉体と欲望はセットになっているということです。

で、欲望は生まれつき持っているものですから善でも悪でもありません。
しかし、やたらと肥大化し腐敗しやすい性質のものではあります。

だからこそ最初に書いたように「この世はハッキリ言って総体として荒々しく冷たい世界」ってことになるのです。
要は波動のレベルの低い世界だってことです。
それは腐ったブヨブヨとした欲望の溢れた世界ってことだとも言えます。

肉体という道具を持ってるがゆえに生きている人間の心と身体は変化しやすい構造になっているのです。
それを私の言葉でいえば「人生は野球でいうナックルボールみたいなものだ」ってことになります。

(引用はじめ)
ナックルボール
ほぼ無回転で放たれたボールは左右へ揺れるように不規則に変化しながら落下する。
その様は「氷の上をつるつる滑るような変化」「木の葉がひらひらと落ちるような変化」と形容される。
(引用終わり)

ただ、多くの人々が直球を投げてるつもりなんですよね。
特にスピリチュアルな世界の人は豪速球みたいなモノを一生懸命投げたがるのです。
『真理の探究』とか「ユルがない自分』とかって言い出してね…

それが人間がみんなナックルボーラーなのだとしたら「豪速球を投げるなんてことはどだい無理でしょう(~_~;)」って話になります。
程度の問題ではなく、そもそもの『構造』の問題としてね。


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