以前にこんなことを書きました。

そもそも所謂『スピリチュアル』というモノ自体が人間という種族に対する万能感が半端なく強いんだろうなぁと感じるのです。
逆にいえば人間のバカさ加減をナメてるんだと思います。
「俺たち人間ってのはきちんとスピリチュアルな理解を得られさえすればテクニカルに何でも出来ちまうんだぜ!」みたいな感じと申しましょうか…

何処かそういうニオイを漂わせているのが所謂『スピリチュアル』な人達ではないでしょうか?
「スピリチュアルな叡智をお手本通りキチンと持てるようになれば、最終的には何でも『分かる』ようになりますよ」って風なね…

要するに「人間の知能ってのは際限なく進歩し続けるはずだ」という理解の仕方をされてるのです。
「個体差や一部で進歩の停滞はあったとしても、種としての人間は総体として進化し続ける」という発想です。

これって何処かで見たなぁと既視感が有ったのです。
素直に考えれば答えは簡単でした。

唯物史観ってヤツです。
唯物史観というのは共産主義の人が信じている所謂一つの社会的進化論みたいなモノのことです。
その流れとしては、原始共産制→(古代奴隷制)→封建社会→資本主義社会→共産主義社会、という感じ。

この考え方のミソは「社会構造の変化によって必然的かつ不可逆的に社会というものは発展進化していく」というところです。
人間社会が発展するということは人間もまた必然として進化するということです。

その発展を裏付けるのは人間の作り出すテクノロジーです。
以上が唯物史観を信じる人の基本的な考え方です。

引き寄せの法則やサトリ系の発想もこれに非常に似ている気がします。
人間の進化発展を無条件に信じるところがね…

『この世』というのは言ってみれば「学校の夏休み」みたいな世界だと思うのです。
どういうことかというと「ある一定時間 (人生) の中で自分がやるべき宿題を抱えて『敢えて』やって来ている世界」ということです。

その宿題は夏休みの期間中 (生きてる間)どういうやり方をしても構いません。
ただ、休みが終わった時 (亡くなった時) に提出しなくちゃなりません。

簡単に言えばこの世は何らかの課題を果たすための勉強部屋みたいなものじゃないでしょうか。 
そう捉えると何だかしっくりくるのです。

この世が夏休みの宿題をするための勉強部屋だとするならば無限に発展してパラダイスになることはないでしょう。
それじゃ宿題を持ってくる意味がなくなりますしね。

一言でいえば知識と理解のパラダイスはこの世ではやってこないだろうってことです。
となれば『天井知らずの進化』なんてモノも色褪せます。

始めがあるモノには必ず終わりが来るものです。
森羅万象に分け隔てなくね…


『このブログを浄化します』 


募集中‼  

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      

↓この記事がお気に召しましたら左右クリックをお願い致します

         にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ


※ お知らせ
現在ご要望があれば日曜祝日にも遠隔ヒーリングを行っております!
また時間外の施術であっても可能な限り対応させていただきますので、御希望があれば一度お問い合わせください。


営業時間 (日曜・祝日除く) :月~金 10:00~21:00 土10:00〜14:00 

ご予約はメールにて24時間受け付けております。                     
当方で予定を確認の上返信申し上げますのでお待ちください。                     
メール:O-AkIO@n.vodafone.ne.jp