以前にこういう風なことを書きました。

「死んだら全部お終い! 何をやってもチャラになる」っ 考えが老若男女を問わず多くの人々の心の根底にあるのでしょう。
老年層の「やり逃げ上等! ごまかし万歳!」って在り方に対する今の若年層の「アイツらだけ狡い💢」って怒りもそこから生まれているのです。

それは「どんなアコギなことをしようと生物的な終焉さえ無事迎えられれば最終的かつ不可逆的に自分のやったことのツケから逃げ切れる!」って発想がどちらの心の底にもあるってことです。
つまり、根っこが同じだからこそ軋轢が生まれるのです。

ここでいう根っこというのは「死んだ後のことなんて知るか!」っていう想いのことです。
もし老年層を叩いてる人たちにそういう想いがあるとすれば、自らが年老いた時に今自分たちが叩いてる老人と似たような行動を取る可能性が高いでしょう。
だって、根っこが「死んだ後のことなんて知るか!」ですからね…

ここで一つ考えてほしいのは老いも若きもこの手の人たちの考える老人の範疇には所謂『負け組』の人間は端から入ってないということです。
年老いて富や権力を持った人間が所謂『老人』という認識なんですよね。
要は「生きてる間にどれだけ良い想いをして、死というゴールまで無事逃げ切れるかどうか?」が人生の勝ち組を目指す人々の『関心の中心』を成しているということです。

ある種の健康法の根っこにもそういう認識はあるんじゃないでしょうか?
「どんな生き様であってもテクニカルに健康で長生きしたヤツが勝ち! 早く死んだ方が負け!」ってな発想がです。

むやみに生き急ぐ必要はもちろんありません。
でも、世俗的な成功哲学としての『健康』ってモノにそれほど価値があるとはどうしても思えないのです。

で、富や権力や健康に執着する元には「人生80年のゴールを成功者として乗り切りたい!」という欲望があるのでしょう。
繰り返しになりますが、「全てが終了する」とその人たちが信じている地点がそこだからです。

じゃあ、そこがゴールじゃなかったらどうなるんでしょうか?
この世を生きる大多数の人々のメンタリティーがガラッと変わるはずです。

「亡くなっても人間まだまだ先がある!」って思えば否応なく心の在り方は変わります。
何しろ「やり逃げ上等!」って思えなくなるんですからねぇ、変わらざるを得ないでしょう…

もしスピリチュアルってのが魂のことについてなら、「人間死んでも終わりじゃないよ」ってところを出来るだけみんなに知らしめることこそ『そういうモノ』の存在する意義なんじゃないかと思うんですけどね。
っていうかそこにしか意義はない気がします。
例によって例のごとく独断と偏見ですがね…

そうすれば一人の人間の中にある時間の尺度は必然的に変わるでしょうからね。
少なくとも70〜80年で区切るわけにはいかなくなります。
「その後も続く」って知ればね!


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