この世はどう転んだところで不確実性の世界です。
不確かであやふやな世界の中で出来るだけ『真っ当な答え』を探して歩くしかないのです。
「これだけあれば何でも分かる!」なんてモノを探して歩けば必ずマヤカシにやられます。

不変不動の『真理』やら『理想』やらを求めれば逆にブレブレになるものです。
結局どこまで行っても不確かな状況の中で何とかかんとかバランスを取っていくしかありません。  

でも、不確かというのは同時に流動性であり、それは自由の源でもあります。
常に流れる水にこそ清冽さはあります。
流れなければ流れないほど当然水は澱みます。

人の心もそれと同じかと…
澱みの淵を覗き込み、そこに掛け替えのない『安定』を見い出し、心地良いモノだと感じだしたら人の心は危ういのです。

世の中には『完全無欠の正解』ってのを探してチルチルミチルのように山の彼方まで長い心の旅に出る人が後を絶ちません。
多くの人々がそもそも『完全無欠の正解』ってなモノがあるかどうかさえ確認せずに旅に出るのです。

しかし、現実には何処まで行ってもその場その時の比較的マシな答えしかありません。
ありませんというか、それがどういう答えであっても自分で見つけるしか方法はないのです。

『完全無欠の正解』ってなモノが自分の外側にあってそちらからやって来るなんてことはないということです。
万人が無条件に納得するような答えは最初から用意されてません。

そりゃみんなそれぞれ違うんですから当たり前ですよね。
そして、みんなそれぞれ違うのなら、この世が不確実なのも当然でしょう。

森羅万象すべてのモノには波動があります。  
波動があるというのは常に動いているということです。 

動き続ければブレやらズレやらユガミやらが必然的に現れます。 
で、動きが一定ではないのでブレやらズレやらユガミも一定ではないです。
千変万化で変わっていきます。
つまり、不確実なのです。

所謂スピリチュアルってのはこの不確実を嫌うモノである気がします。
少なくとも私にはすごく嫌っているように見えるのです。

それは「たまたま一部のスピリチュアルが」って話でもなさそうです。
つまり、構造的かつ全体的に「スピリチュアルってそういうモノなんだろうな」と感じるのです。

「最初にボタンのかけ違いをしているなぁ」というのがスピリチュアルそのものに対してずっと持っている個人的な感想です。
信じるか信じないかはそれぞれの自由ですけどね…



『このブログを浄化します』 


募集中‼  

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      

↓この記事がお気に召しましたら左右クリックをお願い致します

         にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ


※ お知らせ
現在ご要望があれば日曜祝日にも遠隔ヒーリングを行っております!
また時間外の施術であっても可能な限り対応させていただきますので、御希望があれば一度お問い合わせください。


営業時間 (日曜・祝日除く) :月~金 10:00~21:00 土10:00〜14:00 

ご予約はメールにて24時間受け付けております。                     
当方で予定を確認の上返信申し上げますのでお待ちください。                     
メール:O-AkIO@n.vodafone.ne.jp