人生は絶え間ない出会いと選択の連続によって成り立っています。 
出会いと選択があればそこには自ずから吉凶禍福が糾える縄の如く現れてきます。 

それを人は運といいます。
つまり、運とは人・モノ・場所との出会いとその際における選択から生まれるのです。  

そうやって生まれた『運』が巨大なジグソーパズルのピースのように繋がっていきます。
一見繋がって無いようなピースも何処かで繋がって一つの絵になるのです。
それが所謂『運命』っていうやつなんだろうなと思います。  

で、選択に影響を与える要素として、目に見えない世界から引き継いできた『役目』ってモノがあります。
生まれる時に持ってきた『この世でやるべきこと』みたいな感じのモノです。

そう聞いてカルマって言葉を思い浮かべる人も多いかも知れません。
ただ、一般的にカルマっていう言葉で言い表されるところのモノとは少し趣きが違うように感じます。

先ほども申し上げたように、人の人生は選び取ることで成り立っています。
それは人の役目も同じだと思います。

その人自身が具体的なモノとして人生の中で出会って、その人自身が選び取ることが必要なのです。
それでやっと持ってきた役目は一人前の役目として現世で陽の目を見ます。

逆に選び取らなかったら役目は今生では陽の目を見ないまま終了するのでしょう…
だから、持ってきた役目に取り掛かることもなく終わる人も少なからずいます。

最近概略以下のような話を拝見しました。

例えば先祖の一人が人を殺したとします。
殺された人の憎しみ、その家族の憎しみが、相手の家族の子孫へカルマとして受け継がれていきます。
そのエネルギーがクリーンになるまで何百年経とうとそのカルマは終わりません。

簡単にいえば「カルマってのは家系とか血筋に憑いてくるもの」って話です。
スポーツでいえば「個人戦ではなく、常に団体戦を戦っているだ!」って感じでしょうか?

一人一人ではなく、家系なり血筋なりの集団に付随するのがカルマだとするなら、個人的な出会いだの選択だのがその人の人生に及ぼすパーセンテージはカルマの大きさに反比例して当然限りなく小さくなっていきます
自分の与り知らぬところで起きたことや大昔に為されたことで『運命』の大きな部分がすでに決まっているわけですので。
必然的に「人生というもの自体が非常に自由度の低いモノである」という認識に至らざるを得ないでしょう。

何よりカルマが家系の連帯責任だとしたらいつまで経ってもキリがないですよね?
カルマに絡む人間 (先祖and子孫) の数は時代を過去へ未来へと進めば進むほど際限なく増え続け、カルマを巻き起こす出来事はその人数に比例して次から次へと新たに起こり続けていくのですから…



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