人間というのは本質的に無知な生き物です。
人間ごときが何でも分かるわけがないのですから当たり前です。

でも、知らない部分は何かで補わなきゃなりません。
その何かとは簡単にいえば『想像力』です。 
ここでいう『想像力』とは知らないなら知らないなりに一生懸命察したり慮ったりしようとする心の働きのことです。

先ず自分の無知を皮膚感覚で知ることが『想像力』を養う第一歩です。
逆に知ったつもりになればなるほど『想像力』を失っていきます。

『想像力』とは自分の無知を知ることから始まるからです。
「オレは何でも知ってるんだぜ!」みたいな人は『想像力』が乏しいと考えて先ずハズレはありません。

完璧な叡智なんてモノはこの世にはありません。
「思いつく→実験する→多分そうだろうな」って感じで物事を知る以外人間には手はないのだろうと思います。
過去も現在も未来もね!

そうやって少しずつ少しずつ進んでいくってのが所謂進歩ってモノだろうと感じるのです。
「進歩っていうのはあっちへぶつかりこっちで躓きながら、その結果として何かを掴むことで初めて成り立つものだ」ということです。
たまたまでは無く必然としてね。

以上のようなことをこれまで繰り返しこのブログで何度も述べてきました。
わざわざ自分から『想像力』の素を手放そうとする人が世の中には大勢いらっしゃるからです。

もちろん何もかも承知の上で『想像力』なんて要らないとおっしゃるのならそれは自由です。
ただ、無自覚に手放す気もなく『想像力』を失っている方々も少なくないんじゃないかと思うのです。
だから、何度も何度も同じことをオウムの如く繰り返してきました。

じゃあ、『想像力』を失うとどうなるのか?
最近またその実例になる文章を拝見しました。

(引用はじめ)
最近は、この幕末の時代の秘密も、全て解明することに成功しました。
(中略) ずーと調べていた、戦争や陰謀のことを、とうとう全て解明することができました。
(引用終わり)

まぁ、「人間というのは本質的に無知な生き物です。」という部分が見事に抜け落ちてますよね。
全て解明など夢のまた夢なんですけどね。
そのことに対する『想像力』が無くなっているのでしょう…

「私は何でもお見通しだ!」ってのは人にとって大事なことが分からなくなってるってことです。
その大事なことってのは「己が無知に対する畏れ」です。

「己が無知に対する畏れ」を失えば人間は際限なくまた悪気もなく傲慢になれます。
「地獄への道には善意が敷き詰められている」と申しますから…
それこそ人間にとって一番恐ろしいことではないでしょうか?



『このブログを浄化します』 

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      

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