『クリアー整体ヒーリング』です

ヒーリングに関するあれやこれや・自分が体験した不思議な出来事など思い付くまま気の向くままに野性の勘?で書き綴っております(笑)

上っ面の情報ばかり優先していると『勘』は鈍ります

波動のレベルの高いモノはフワッと軽くてスカッと明るく、波動のレベルの低いモノはドヨヨ~ンと重くてジトッと暗いのです。 
別の言葉で言えば波動のレベルの高いモノは穏やかで温かく、波動のレベルの低いモノは荒々しく冷たいのです。

例えばそこに眼に見えないエネルギーがあるとします。
そのエネルギーによって身体や心に何らかのダメージを受けるなら波動のレベルは当然低いのです。
逆に身体や心が楽になるような影響を受けるのなら波動のレベルは高いのです。

ダメージを受ける前兆として背中がゾクゾクしたり、急に何かがのしかかってきたみたいに身体が重くなったりってことがあります。
或いは心がドヨヨ〜ンとして考えが巡らしにくくなったり、ネガティブな黒いモヤみたいな感じのモノが心の中に広がりだしたりします。

いつも決まって同じことが起こるわけではありませんが、そういう類いのことを感じることは誰にでも起こりえます。
で、それって何かといえば最初に申し上げた波動のレベルの感じ方と同じなんですね。

波動のレベルの低いモノが自分と接触してくると冷たさや重さ、息苦しさなどを感じます。
そして、接触し続けると段々心や身体の中にそういった感じが浸透してきて、そのうちダメージになって現れるのです。

この構造は波動のレベルの高い場合も当然同じです。
方向性が違うだけでね。

自分より波動のレベルの高いモノと接触していれば温かさや穏やかさを感じるはずです。
それに触れ続ければ段々と心や身体は軽くなっていくはずです。

例えば身近に社会的な評価の高い人・場所・物があるとします。
知り合いの何人かもソレに対して「良いよね」って言ってたりもします。

でも、自分の感覚だとソレに対して「どうも良い感じがしない。というか良くない感じしかしない」としたら、どう対応するでしょう?
私ならその時点で出来るだけ関わらないようにします。

でも、世の中には「社会的な評価が高い」とか「有名だから」とか「容姿が良いから」とか『外側からの情報』だけで高評価を付ける人がいらっしゃいます。
自分の感覚ではすごくイヤな感じを受けたとしても、それは無視してしまうのです。

ていうかイヤな感じを感じるチカラ自体衰えてしまってる人も今は少なくありません。
自分の感覚をおざなりにしてきたせいで勘がきちんと機能しなくなってるからです。

世間一般に流布している上っ面の情報ばかりを優先していると、日常的に感じている勘が徐々に摩耗していきます。
で、下手したらその勘が摩耗した状態を「自分は論理的で理性的に進歩したのだ!」と勘違いするのです。
本当はそれって勘が鈍くなったので理屈に頼るようになっただけなんですけどね…



『このブログを浄化します』 

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      

↓この記事がお気に召しましたら上下2回クリックをお願い致します 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ


※ お知らせ
現在ご要望があれば日曜祝日にも遠隔ヒーリングを行っております!
また時間外の施術であっても可能な限り対応させていただきますので、御希望があれば一度お問い合わせください。


営業時間 (日曜・祝日除く) :月~金 10:00~21:00 土10:00〜14:00 

ご予約はメールにて24時間受け付けております。                     
当方で予定を確認の上返信申し上げますのでお待ちください。                     
メール:O-AkIO@n.vodafone.ne.jp

アタマが柔らかいほうが勘は冴えます

ここで五感というのは誰もが日々ごく普通に感じている感覚のアレヤコレヤのことです。
それぞれに個体差はあっても人が生まれた時から持っている『感じるチカラ』全般を指しています。

例えば五感に現れる馴染む感じとか違和感ようなモノは根拠がないからとあまり蔑ろにはしない方がいいと思います。
もちろん何時でも何処でもその感覚だけに従っていればOKというわけではありません。
何事にもバランスってものはありますからね。

ただ、そういう馴染む感じと違和感がが所謂『勘』と呼ばれるようなものの元になっていくのは確かなのです。 
土壇場ではそういった勘が己れの身を守る最後の砦になります。

つまり、勘は選ばれた特別な人だけが持つ特殊能力などではないということです。
それどころかどこにでも誰にでもある、もっと言えば人間以外の生物も持っている生きるためのチカラです。

それはごく普通の日常生活の中にある平衡感覚に支えられています。 
つまり、平衡感覚を磨くことが『勘』を鋭くすることに通じるわけです。  

五感とは何処までいっても『自分の持ちモノ』です。
他人のフンドシで相撲取るようなことで出来ないのです。

例えば誰だって自分の美味しいと思うものを食べてます。
幾ら他人が美味しいんだと理詰めで語ったとしても自分が美味しいと感じなければ進んで食べたりしないものです。
それが『自分の持ちモノ』という意味です。

ヒーリングなんてことをしていると「こんなブッ飛んだ現実離れしたことが本当に起こるものだろうか?」なんて思うことに結構出会います。
「オイオイ、これってファンダジー小説かオカルト漫画かよ〜!」って思うことにね…

でもね、それを頭ごなしに「そんなこと有り得ない!」と否定したりもしません。
論理的な正否で判断しないってことです。

じゃあ、スピリチュアルな世界のお花畑な人のように全部丸呑みで信じるかといえばそれもしないのです。
自分で経験したことは「まあ、そんなこともあるかも知れないなぁ」くらいのユル〜い感じの認識に敢えて留めておくことが多いです。
何故なら、やたらとキツキツに頭でもって正しい・正しくないをジャッジするのをクセにしてると勘が鈍ると感じているからです。

むかしファジーって言葉が流行ったことがあります。
まぁ、それに近い感覚かも知れませんね…

(引用はじめ)
ファジー【fuzzy】
境界が不明確であること。あいまいであること。柔軟性があること。また、そのさま。
(引用終わり)

クルマのブレーキには遊びが適度にあった方が使い良いように、柔らかなアタマのほうが勘は養えます。
正しさばかり追いかけてると五感は鈍るのです。



『このブログを浄化します』 

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      

↓この記事がお気に召しましたら上下2回クリックをお願い致します 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ


※ お知らせ
現在ご要望があれば日曜祝日にも遠隔ヒーリングを行っております!
また時間外の施術であっても可能な限り対応させていただきますので、御希望があれば一度お問い合わせください。


営業時間 (日曜・祝日除く) :月~金 10:00~21:00 土10:00〜14:00 

ご予約はメールにて24時間受け付けております。                     
当方で予定を確認の上返信申し上げますのでお待ちください。                     
メール:O-AkIO@n.vodafone.ne.jp

勘をコツコツ磨くことと『絶対的安定』を手に入れようとすること

人間生きてれば笑いもすれば泣きもします。
怒ったりも羨んだりもするものです。
快楽もあれば苦痛もあります。
そうした身体や心に起こる大波小波を日々乗り越え、また乗り越えてゆくのが『人間の日常』なんだと思います。

そういった『人間の日常』に根ざしたありふれた平衡感覚を先ず大切にすることが心がオカシげな方向を向いて突っ走らないようにするための最終的な羅針盤になるのです。
それは例えば「(理由は分からないけど) 何だかこれ食べたら危ないぞ⁉︎」という所謂『勘』や「(特に何があったわけではないけど) この店何か良くないなぁ(ー ー;)」という感覚のことです。
生きるためにこの世の動物に遍く与えられた『危機察知能力』と申しましょうか… 

或いは初めて人と会った時や知らない場所に行った時に感じる『印象』みたいなモノがあります。
特に理由がなくてもすぐに打ち解けられたり、逆に何でか知らないけどいつまでも違和感を感じたりね。

そういうのは理屈じゃなくて、感覚的なものなので理非善悪の範疇に在るものではありません。 
「正しいから心地良い!」とか「 間違ってるから不快だ!」みたいな話ではないってことです。 
それでも、そういう『印象』が後々「だからかぁ!」みたいにストンと腑に落ちる事実と重なることって案外多い気がするのです。

少なくとも個人的にはそういう感覚の諸々をこれまで大事にして来ましたし、これからも大事にしていこうと思っています。 
何故なら、結局最後に自らの身を助けるのはそういう自然な感覚だと感じるからです。

ただ、この勘とか危機察知能力とかってヤツは中々安定してくれません。
最初に述べたように『人間の日常』に根ざしたありふれた平衡感覚に根ざしているからです。
身体や心に起こる大波小波を日々乗り越え、また乗り越えてゆくのが『人間の日常』ですのでね…

人は皆海に浮かぶサーフボードの上のサーファーみたいなものです。
サーフボードの上でいつも『自分が乗れる人生の波』ってヤツを読んでなくちゃならないのです。

生まれてから死ぬまでずっと海の上、ずっとサーボードの上にいるようなものです。
そもそもが不安定、ずっと最後まで不安定なんだってことです、大なり小なりね。

でも、何故か世の中には自分だけは岡に上がってリゾート気分で砂浜に寝っ転がれるかも知れないって思ってる人が大勢いらっしゃいます。
そういう可能性を捨てきれないと言いますかね…

スピリチュアル系とか自己啓発系とかの大多数がそちらの方向へ向いてる気がします。
少なくとも心の方向性はそっち向いてるのかなと感じます。
そっちってのは「最終的に悟りとか覚醒とかを完成させて、絶対的な安定をゲットするぜ!」みたいな考えのことです。
そっち行くと心がドンドン迷うんですけどねぇ…



『このブログを浄化します』 

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      

↓この記事がお気に召しましたら左右クリックをお願い致します

         にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ

※ お知らせ

現在ご要望があれば日曜祝日にも遠隔ヒーリングを行っております!
また時間外の施術であっても可能な限り対応させていただきますので、御希望があれば一度お問い合わせください。


営業時間 (日曜・祝日除く) :月~金 10:00~21:00 土10:00〜14:00 

ご予約はメールにて24時間受け付けております。                     
当方で予定を確認の上返信申し上げますのでお待ちください。                     
メール:O-AkIO@n.vodafone.ne.jp

勘を大切にすることと波動のレベル

波動のレベルの高いモノはフワッと軽くてスカッと明るく、波動のレベルの低いモノはドヨヨ~ンと重くてジトッと暗いのです。 
別の言葉で言えば波動のレベルの高いモノは穏やかで温かく、波動のレベルの低いモノは荒々しく冷たいのです。 

波動のレベルというのは誰かの『正しさ』を表すバロメーターではありません。 
また何らかの『チカラ』を計るための物差しでもないのです。 
 
ただ、自然で無理なく生きるための目印には十分なると思っています。
っていうかここでいう波動のレベルというのは「人が出来るだけ自然で無理なく在るための目印」です。

で、この波動のレベルの差っていうのを実は誰しも日頃から大なり小なり感じてるんですよね。
それは持って生まれた動物的な勘のようなモノとしてですがね。

例えば初めて人と会った時や知らない場所に行った時に感じる『印象』みたいなモノがあります。
特に理由がなくてもすぐに打ち解けられたり、逆に何でか知らないけどいつまでも違和感を感じたりね。

そういうのは理屈じゃなくて、感覚的なものなので理非善悪の範疇に在るものではありません。 
「正しいから心地良い!」とか「 間違ってるから不快だ!」みたいな話ではないってことです。 
それでも、そういう『印象』が後々「だからかぁ!」みたいな事実と重なることって案外多い気がするのです。

少なくとも個人的にはそういう感覚を大事にして来ましたし、これからも大事にしていこうと思っています。 
何故なら、結局最後に自らの身を助けるのはそういう自然な感覚だと感じるからです。
今までの様々な経験からね… 

実際ヒーリングなんてしておりますと、色々な波動エネルギーに接近遭遇するわけです。 
エネルギーと接触すると思いがけない反応が起こったりします。 
それは直接的な生体反応であったり、もう少し感覚的なものであったりしますが… 

生体反応というのは私の場合ゲホゲホと咳き込むことが多いです。 
あと、時々少しオエッて気持ち悪くなったりもします。 

感覚的なものというのはヌルッとした気色悪さだとか、ザラッとした違和感だとか、そこはかとない殺伐とした感じとか、気持ちの良くないタイプの冷んやり感とかでしょうかね… 
まだまだ他にもあるかも知れませんが… 

別にヒーリングとかしなくても誰であれ日々様々な波動と遭遇しています。
 そして、意識しようと意識しまいと心は『それ』に反応しているのです。

その反応こそが勘っていうモノの素です。
だから、日常の中で大切に磨いておけば、いざという時勘は役に立ってくれるはずです。
元々そういうモノですから!



『このブログを浄化します』 

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      

↓この記事がお気に召しましたら左右クリックをお願い致します

         にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ

※ お知らせ

現在ご要望があれば日曜祝日にも遠隔ヒーリングを行っております!
また時間外の施術であっても可能な限り対応させていただきますので、御希望があれば一度お問い合わせください。


営業時間 (日曜・祝日除く) :月~金 10:00~21:00 土10:00〜14:00 

ご予約はメールにて24時間受け付けております。                     
当方で予定を確認の上返信申し上げますのでお待ちください。                     
メール:O-AkIO@n.vodafone.ne.jp

耳鳴りと勘

最近また耳鳴りがひどくなってきました。
キーンって音がBGMみたいなモノです。

そうなると「また何かあるのかなぁ(~_~;)」と思ってしまいます。
単なる気のせいならその方が良いのですが…

波動的な変化を知るための一つのサインとしては『耳鳴り』があります。
もちろんそれが何時でも必ず波動的な変化を表すモノだとは限りません。
単なる肉体の不調のサインであるかも知れないです。

ただ、「いつもと違う」ってことはそれが何であろうと「変化の兆し」かも知れないので気には掛けています。 
そこんところを「単なる気のせいにしてしまうか、それとも少しでも気に留めるようにしておくのか」は長い目で見れば結構大きな差になって現れる気がするからです。

その「大きな差」というのが何かといえば、勘の発動しやすさの差みたいなモノのことです。
勘というのはそれまでの経験値に基づく感覚的なシグナルであろうと考えます。
もっと言えば経験によって感覚は研ぎ澄まされていくってことです。

その上で勘を勘として認識出来る体感が必要です。
ここでいう体感とは思考の強さに負けないバイアスの少ない五感のことです。

だからこそ変化の予兆みたいなモノに対して素直に気にかけるかかけないかがやがて体感の差になって現れるのです。
逆に感じたものに対して頭で解説を加えるのを習慣にしてしまうと勘は鈍ります。

肉体も心も小まめに動かしてないと機能は衰えていきます。
磨けば鋭くなるし、ほっとけば鈍くなるのがモノの道理です。

勘ってのも全く同じです。
磨けば鋭くなるし、ほっとけば鈍くなります。

人それぞれには個人差があります。
体感にも個体差はあるのです。
だから、みんな同じじゃありません。

ただ、私にとっては耳鳴りってのは結構重要な『変化』を知るための要素になっています。

それぞれそういう要素は違うでしょうが、そういった「何かおかしいな…」みたいな体感は大事にしといた方が勘は働きやすくなる気がします。

どんな人の人生にも一度や二度はサイコロを振らなくちゃならない場面がやって来ます。
ここでいうサイコロを振らなくちゃならない場面とは「理屈では『正解』は出ないけど運命を分けるような答えを出さなければならない状況のこと」です。

そういう場合はエイヤアで決めるしかありません。 
否応なく『勘』に頼るしかないのです。 
最後の最後に役に立つのは『自分の感覚』です。



『このブログを浄化します』 


募集中‼  

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      

↓この記事がお気に召しましたら左右クリックをお願い致します

         にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ


※ お知らせ
現在ご要望があれば日曜祝日にも遠隔ヒーリングを行っております!
また時間外の施術であっても可能な限り対応させていただきますので、御希望があれば一度お問い合わせください。


営業時間 (日曜・祝日除く) :月~金 10:00~21:00 土10:00〜14:00 

ご予約はメールにて24時間受け付けております。                     
当方で予定を確認の上返信申し上げますのでお待ちください。                     
メール:O-AkIO@n.vodafone.ne.jp

「用法用量を守ってお使いください」とかいう話 (霊能力篇)

ここで五感というのは誰もが日々ごく普通に感じている感覚のアレヤコレヤのことです。
それぞれに個体差はあっても人が生まれた時から持っている『感じるチカラ』全般を指しています。

五感に現れる馴染む感じとか違和感ようなモノは根拠がないからとあまり蔑ろにはしない方がいいと思います。
もちろん何時でも何処でもその感覚だけに従っていればOKというわけではありませんが…
何事にもバランスってものはありますからね。

ただ、そういう馴染む感じと違和感が所謂『勘』と呼ばれるようなものの元になっていくのは確かなのです。 
土壇場ではそういった勘が己れの身を守る最後の砦になります。

つまり、勘は選ばれた特別な人だけが持つ特殊能力などではないということです。
それどころかどこにでも誰にでもある、もっと言えば人間以外の生物も持っている生きるためのチカラです。

なので、誰にでも大なり小なり第六感や勘と呼ばれるモノはあります。
全く無い人はいません。
個人的にはそれは他の五感と並んで在るものだと思っています。

第六感まで含んだ人間の感覚というモノは身体の衰えとともに徐々に劣化していきます。
しかし、通常その100%を失うということは死ぬまでありません。

時に病気や事故などによって視力や聴力を100%無くしてしまう場合もあるでしょう。
けど、それは誰もが経験する通常なパターンではなく、イレギュラーなケースです。

何故そんなことを書くかというと能力を使い切ってしまうということを『ありふれたこと』のようにおっしゃる方が時々いらっしゃるからです。
まあ、主にいわゆる霊感についてのお話ですが…

(引用はじめ)
生まれつきのサイキック的な能力を無意識で使って生きている人はいます。
問題はその(使える)能力に限界がある場合使っていくうちに減っていく、ということになります。
人生のすごく大事な、ここぞという場面で使うのはわかりますが、無自覚のうちにほんのちょっとした能力なんて使うまでもないそういうことに使って30代ぐらいで使い果たしている人もいます。
(引用終わり)

例えば一生分の視力を早めに使い切ったからという理由で、テレビの電源が切れるみたいにある時突然パチンと眼が見えなくなるなんてことがあるでしょうか?
30代くらいで視力というチカラそのものを全部使い果たしてしまうって話です。
格闘ゲームのライフゲージじゃあるまいし、普通そういうことはあり得ないですよねぇ。

要するに『使用量に最初から制限がかけられている霊能力』なんていうのは、元々その人に備わっている『自前の持ち物』ではないってことです。
大抵は人外のモノから貸し与えられたチカラなのです。



『このブログを浄化します』 


募集中‼  

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      

↓この記事がお気に召しましたら左右クリックをお願い致します

         にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ


※ お知らせ
現在ご要望があれば日曜祝日にも遠隔ヒーリングを行っております!
また時間外の施術であっても可能な限り対応させていただきますので、御希望があれば一度お問い合わせください。


営業時間 (日曜・祝日除く) :月~金 10:00~21:00 土10:00〜14:00 

ご予約はメールにて24時間受け付けております。                     
当方で予定を確認の上返信申し上げますのでお待ちください。                     
メール:O-AkIO@n.vodafone.ne.jp

勘と所謂『霊感』と体感

分かるということは基本感覚的なモノです。
所謂スピリチュアルな事柄については特にそうです。

眼に見えない世界というのは先ず体感ありきの世界です。 
その体感は時にひどく言葉にしにくかったりするのですが、それだと他人に伝わらないので何とか無理やり言葉にしています。

なので、私の場合は擬音が多くなりがちです。
体感的なモノを言葉にしている時は抽象語には中々行き着きません。
「ザワザワする」とか「ゾワッとした」とかそんな風な感じになりがちです。
というかそんな感じにならざるを得ないわけです。

例えば怖い話の起承転結がキチンと整理されていたなら、それは元々創作された話か何度も話されたために『噺』としてカッチリ出来上がった状態だろうと思います。
体験したままのまだ生々しくて新しい話ならそう理路整然とはならないはずだからです。
怖い話に限らずご本人にとって劇的な内容であればあるほど言葉は感覚的なモノとなるでしょう。

以上の話を元にして所謂『霊感』というモノについて少し述べていきたいと思います。
霊感というか勘って言った方が近いのかも知れませんがね…

勘というのはそれまでの経験値に基づく感覚的なシグナルであろうと考えます。
もっと言えば経験によって感覚は研ぎ澄まされていくってことです。

その上で勘を勘として認識出来る体感が必要です。
ここでいう体感とは思考の強さに負けないバイアスの少ない五感のことです。

例えば唯物論者は「幽霊なんているわけない! 」と考えます。
そして、目の前で心霊現象が起こっても「幽霊なんているわけないんだから、今自分の見たモノは幻覚に違いない!」と自分の五感を否定するのです。
「思考の強さに負けるバイアスの多い五感」です。
ここでいう体感とはその真逆のモノです。

オカルトな世界には神秘的な現象について『一家言』持っておられる方も少なくありません。
ただ、その中には正直付け焼き刃的に得た知識に基づいて語られているであろうお話も少なくない気がします。
『解説書』的な説明と申しましょうか…
 ハッキリ言えばそこに『体感』が無いのです。

例えば稲川淳二氏の怪談で特徴的なのは擬音の多さです。
もちろんそれが聴衆を噺の中に引き込むための話術としてテクニカルに使われているという側面は非常に大きいのでしょう…

しかし、その擬音の多さの奥にチラつくのは『体感』の存在です。
その『体感』の向こう側に恐怖という感覚が横たわっているからです。

で、恐怖に関わらず『体感』の向こう側に横たわる感覚の集積が『勘の素』になります。
『勘の素』が貯まれば所謂『霊感』になることも、もしかしたらあるかも知れません。
別に霊感があったから偉いとも思わないですけどね…



『このブログを浄化します』 


募集中‼  

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      

↓この記事がお気に召しましたら左右クリックをお願い致します

         にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ


※ お知らせ
現在ご要望があれば日曜祝日にも遠隔ヒーリングを行っております!
また時間外の施術であっても可能な限り対応させていただきますので、御希望があれば一度お問い合わせください。


営業時間 (日曜・祝日除く) :月~金 10:00~21:00 土10:00〜14:00 

ご予約はメールにて24時間受け付けております。                     
当方で予定を確認の上返信申し上げますのでお待ちください。                     
メール:O-AkIO@n.vodafone.ne.jp

想像力の大切さとスピリチュアルな鈍感のチカラ

この世界から見て人間というのは本質的に無知な生き物です。
人間ごときが何でもかんでも分かるわけがないので当たり前です。

でも、知らない部分は何かで補わなきゃなりません。
その何かとは簡単にいえば想像力です。 
ここでいう想像力とは知らないなら知らないなりに一生懸命察したり慮ったりしようとする心の働きのことです。

先ず自分の無知を皮膚感覚で知ることが想像力を養う第一歩です。
逆に知ったつもりになればなるほど想像力を失っていきます。
すでによく知っているなら (あくまでその人にとってですが) それ以上想像力を巡らす必要なんてありませんので。

一生懸命察したり慮ったりしようとする心の働きが鈍くなると感情や感覚が鈍感になります。 
他者に対してはもちろん、そのうち自分の感情や感覚にまで鈍感になっていくでしょう。

鈍感は人間らしさを失う第一歩です。
しかし、激烈に競争する社会を生きていくための『ある種のチカラ』になるのも事実です。
昔『鈍感力』って本も流行りましたし…

例えば他人を蹴落としてもその心の痛みに対して平気になるのです。 
それも鈍感のチカラの為せるワザです。

鈍感のチカラとは持って生まれた五感を鈍くして心と身体に来るダメージを感じにくくすることです。
素の感覚を麻痺させて所謂一つの『オトナ』になることと言ってもいいかも知れません…

所謂一つの『オトナ』になるというのはオトナのルールを分かったつもりになることです。
「分かったつもり」っていうのが鈍感を助長させるわけですが…
世間にいる「もっと大人になれよ!」という人の大多数は肝心なところが鈍感になった人だと思います。

じゃあ肝心なことってのは何かと言えば、日常生活においてごく普通の平衡感覚を保つことです。
ごく普通の平衡感覚を保つためにはスピリチュアルな知識や経験より有り触れた五感に軸足を置くことが大切です。 

ここでいう『平衡感覚』というのは生き物に生まれながらに備わっている『勘』みたいなモノのことです。 
例えば災害などに遭遇して自然の中に投げ出された時に「次にどうするか?」を瞬間的に判断しなくちゃならないような局面で最終的に役に立つのがその『勘』です。

『勘』というのは人間に元々備わった感受性に基づいているのだと感じます。
鈍感になるとはその感受性を削り取ることです。

感受性を削り取る代わりにダメージに対するショックアブソーバーのようなモノを手に入れるのが所謂『鈍感力』です。
生き馬の目を抜くような世の中で生きるためには仕方ない部分もあるのでしょうが、不自然です。

その不自然さは他者に対する攻撃性に行き着くのだと思います。
他者の痛みや苦しみに対して鈍感になりますからね。
偶然ではなく必然としてね。

そして、スピリチュアルな世界ほど鈍感のチカラが尊ばれる場はないんじゃないでしょうか?
平凡な自然より魔法のような超自然が好まれる場所でしょうから…



『このブログを浄化します』 


募集中‼  

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      

↓この記事がお気に召しましたら左右クリックをお願い致します

         にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ


※ お知らせ
現在ご要望があれば日曜祝日にも遠隔ヒーリングを行っております!
また時間外の施術であっても可能な限り対応させていただきますので、御希望があれば一度お問い合わせください。


営業時間 (日曜・祝日除く) :月~金 10:00~21:00 土10:00〜14:00   

ご予約はメールにて24時間受け付けております。                     
当方で予定を確認の上返信申し上げますのでお待ちください。                     
メール:O-AkIO@n.vodafone.ne.jp

『勘』っていうのは磨かなきゃ鈍るモノです

人間には生き物として生まれながらに持っている所謂『第六感』ってのがあります。  
一般的には『勘』と呼ばれる類いのモノです。

それは他の五感の延長線上に在るものだと思います。
特別な人間に与えられた特殊なチカラではなくね。

っていうか『勘』は人間以外の動物にも普通に備わってます。
普通というのは、オプションではなく最初から組み込まれたシステムの一部だってことです。

ここで五感というのは誰もが日々当たり前に感じている感覚のアレヤコレヤのことです。
それぞれに個体差はあっても人が生まれた時から持っている『感じるチカラ』全般を指しています。

じゃあ、この勘というのが「いつでも何処でも誰であっても十全に発揮されるモノなのか?」といえば答えはNOです。
宝の持ち腐れって言葉があります。
生まれつき持ってるモノでも磨かなきゃ役に立たなくなるのです。

肉体を小まめにキチンと動かさないと筋肉が落ちて機能も衰えていくというのと筋は同じです。
磨けば鋭くなるし、ほっとけば鈍くなるのが勘ってモノです。

勘だけじゃなく人間が生まれながらに持っているモノというのは大体そういう仕組みになってるんだろうと思います。
磨けば鋭くなるし、ほっとけば鈍くなるっていうね。

もし磨かなくてもバンバン使えて目減りしないチカラが何処かにあるといわれたら私なら敬遠します。
所謂霊能力っていわれる類いのモノなら尚更です。
人外のモノのチカラに頼ってる可能性が非常に高いですのでね。

までの拙い経験からすれば、所謂『霊能力』と呼ばれるものの多くは実は眼に見えない人外のモノから何らかのチカラを貸してもらった結果であろうと思っています  
自前の感覚でも能力でも無いということです。

それはヒーリングにも当てはまります。
癒しは生まれた時は誰にでも可能なようになっているのです。
しかし、それも磨かないと鈍るし使えなくなります。
ヒーリングが出来ないのは錆びついてるってことなのです。

ヒーリングや霊能力に限らず、何事も磨かなくても一生使える!」なんてモノには気をつけた方がいいんじゃないでしょうか?
大抵ロクなことにはならない気がしますので…



『このブログを浄化します』 


募集中‼  

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      


↓この記事がお気に召しましたら左右クリックをお願い致します

         にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ



※ お知らせ
現在ご要望があれば日曜祝日にも遠隔ヒーリングを行っております!
また時間外の施術であっても可能な限り対応させていただきますので、御希望があれば一度お問い合わせください。


営業時間 (日曜・祝日除く) :月~金 10:00~21:00 土10:00〜14:00 

ご予約はメールにて24時間受け付けております。                     
当方で予定を確認の上返信申し上げますのでお待ちください。                     
メール:O-AkIO@n.vodafone.ne.jp

所謂『霊感』の有無を簡単に知る一つの方法

何だかんだ言って結局『分かる』ということは非常に感覚的なものだと思うのです。
理屈で分かるのは物事のせいぜい半分くらいです。

例えば災害や事故にあったりして伸るか反るかの場面で最後に頼りになるのは自分の勘だけです。
生きるか死ぬかの時に知識を引っ張り出して考えに耽る余裕なんて誰にもありませんからね。

勘を働かせるためには経験が必要であり、経験を積み上げることで生まれる感覚が必要なのです。
それがなくっちゃ勘が働きませんので。

感覚が勘を生む過程で必ず「分かる」ということが起こります。
っていうか分からなければ経験値にはならないのです。

経験値にならない経験は単なる記憶であり、思い出です。
その人の骨身に染みてないないということです。

その骨身に染みるということが、『分かる』ということです。
だから、『分かる』ということは必然として感覚的なのです。

もっと砕いていえばそこに体感が有るかどうかが大切ってことです。
勉強でも分かった時はハッとして「あっ、そうか!」ってなるものです。
それが分かることの印なのです。

ここからが本題ですが、これは所謂『霊感』にも当てはまります。
以下誰にでも分かる『霊感』の見分け方について述べていきます。

世の中にはスピリチュアルなことを語る人々が大勢いらっしゃいます。
その中には霊能者だと名乗る方々も少なくありません。

その人たちにどれほどの霊感があるかは、その人たちが語る内容にどれくらい自前の体感が表現されているかである程度判断出来ます。
お仕着せの『知識』の開陳ばかりなら体感は薄いでしょう。

その『知識』が他人の受け売りなら自前の経験値ではない可能性が高いです。
つまり、その人の語る中身にその人自身の経験値や体感が薄ければ薄いほど霊感も低いと考えてそう外れはないの です。

あっ、これはあくまでもその人に霊的感覚があるのかないのかの話です。
その人がおっしゃる内容の正否についてはまた別の話です。
霊感があるから言ってることが正しいなんてこともありませんからね。

ただ、「感覚的なことを十分語ろうとしないのはその手の事柄について分かってないからだ」と個人的には感じるのです。
他の方もそのあたりに留意してそれぞれの方の文章やお話を聞いていけば「見えてくるモノ」が色々あるんじゃないでしょうか?
要するに「薄っぺらな耳学問のあるところに本物の霊感はない」ってことです。


『このブログを浄化します』 


募集中‼  

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      


↓この記事がお気に召しましたら左右クリックをお願い致します

         にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ



※ お知らせ
現在ご要望があれば日曜祝日にも遠隔ヒーリングを行っております!
また時間外の施術であっても可能な限り対応させていただきますので、御希望があれば一度お問い合わせください。


営業時間 (日曜・祝日除く) :月~金 10:00~21:00 土10:00〜14:00 

ご予約はメールにて24時間受け付けております。                     
当方で予定を確認の上返信申し上げますのでお待ちください。                     
メール:O-AkIO@n.vodafone.ne.jp
ランキング参加中


記事検索
読者登録
LINE読者登録QRコード
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ