『クリアー整体ヒーリング』です

ヒーリングに関するあれやこれや・自分が体験した不思議な出来事など思い付くまま気の向くままに野性の勘?で書き綴っております(笑)

見たいように見ている

人は「聞きたいことを聞きたいように聞いている」のです

古今東西全ての人間が自分の見たいものを見たいように見てきました。 
「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが、実は潜在意識やら先入観やらによって恣意的に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 
その人好みに取捨選択されずコーディネートもされない純粋に客観的な『事実』など何処にも存在しないのです。

別の言い方をすれば「自分が見たいものと見たくないものを無意識に自動で選別する心の装置を全人類が標準装備している」ということです。
つまり、人間というフィルターを通してる限り「丸ごと全部ありのままに世界が見えるわけはない」ってことなのです。

以上を一言でいえば「人間は元々主観的な存在だ」ってことです。
純粋に客観的な視点を持つ人間などというものは何処にも存在しません。

主観というものには大なり小なり偏りが存在します。
一人一人が見ている『世界』というのにはそれぞれに常に偏りがあるということです。

で、「見たいものを見たいように見ている」ってことは「聞きたいものを聞きたいように聞いてる」ってことでもあります。
視覚であれ聴覚であれ構造的には同じですのでね。

もっと砕いていえば人は聞きたい言葉をチョイスして聞いて、聞きたくない言葉は選択的に排除して聞いてるってことです。
聞きたくない言葉は聞いてるようでも聞いてないのが人って生き物なのです。

ここら辺のところは非常に重要です。
何故なら、自分の方が言葉をちゃんと伝達することさえ出来ればきちんと内容が相手に通じるはずだと考えてる人が世の中には意外に多いからです。

そうすると、伝わらないのは単に相手の理解力が足りないか、自分の伝達力が足りないかのどちらかだと単純に考えてしまいがちになります。
特にインスタントな考え方をする人はそうだと思います。

ここでいう『インスタント』とは何時でも何処でも何にでも単純明快な答えを求めようとする心の持ちようのことです。
一言でいえば何よりも『手っ取り早いこと』を最優先させる発想です。 

で、そうなると『あやふやさ』や『回りくどさ』をヒドく嫌うようになります。
何よりも単純明快さが第一なんですよね。

だから、インスタントな在り方ってのはテクニカルな場合が多いです。
心持ちとしては、「テクニカルに洗練されるなら効率的に単純化出来ないものなどない!」ってくらいの勢いなのではないでしょうか?

でも、それって一番大事なことを忘れてます。
「相手は自分の聞きたいものを聞きたいように聞いてるものなのだ」ってことをです。

そこが分かれば「自分がきちんと話さえすれば言葉はいつでもどこでもちゃんと通じるはずだ」っていうのが無理だって気付くはずです。
言葉ってのはひょっとして最後の最後まで通じないかも知れないけど、それでも心を通じさせようとして賽の河原の石を積むみたいにして一生懸命伝えるモノって気がするのです。



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先入観には常に光と闇があるのです

人間は誰しも見たいように世界を見ています。
「全ての人には主観がある」ってことです。

主観があるってことは先入観があるということでもあります。
すべての主観はその人の経験値に支えられているからです。
人は誰しも個人的な経験を経てその人独自の考え方を持つに至ります。

しかし、主観があまりに先鋭化すればコダワリになって心に固定されます。
主観が固定されればされるほど心は先入観によって縛られ雁字搦めになってしまうのです。 

波動のレベルの高いモノはフワッと軽くてスカッと明るく、波動のレベルの低いモノはドヨヨ~ンと重くてジトッと暗いのです。 
別の言葉で言えば波動のレベルの高いモノは穏やかで温かく、波動のレベルの低いモノは荒々しく冷たいのです。 

人間の波動が荒々しくなる大きな原因の一つとして強いコダワリが挙げられます。
コダワリが強くなれば必然的に波動は荒くなっていくのです。

例えば日常生活の中で「Aはこうであるべきだ!」とか「Bはそれしかあり得ない!」とか思う回数が多ければ多いほどコダワリは強くなります。
しかし、現実の世界は中々そのコダワリを十分満足させてはくれません。
当然その人の中で怒りや憤りの感情が否応なく蓄積していきます。

なので、コダワればコダワるほど遅かれ早かれ心は荒々しくなっていきます。
心が荒々しくなった分、波動のレベルは下がっていくのです。

じゃあ、先入観が全くない方がいいのかといえばそんなこともありません。
なけりゃないで色んな判断がやたらと遅くなって物事が中々進まなくなってしまうからです。
思考の途中を端折れなくて何でもかんでも「一から十まで」考えなくちゃならなくなりますから非効率です。
物事のアタリを早く付ける為にはある程度先入観というか主観による分別は必要です。

ただ、あまりに経験値に執着し過ぎると先入観が強くなり過ぎます。
そうなると何でもいびつな色眼鏡で物事を見るようになるのです。
例えば陰謀論みたいなモノの見方がそれです。

結局一番大切なのは『心と身体のバランス』なのです。 
人間は生きている限り試行錯誤を繰り返し、心のバランスを常に取り続けるしか道はありません。  
その「バランスを取る」というところからズレてしまうとどうしてもコダワリが強くなるのです。

忘れてはならないのは「バランスが良い状態」は常に一過性のものであるということです。
一度バランスが取れたからといって、「いつでもどこでも同じやり方でバランスが取れるはずた!」という先入観に縛られ過ぎないことが大切です。



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見たいモノを見ているココロとチャネリングというモノ

古今東西全ての人間が自分の見たいものを見たいように見てきました。 
「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが、実は潜在意識やら先入観やらによって恣意的に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 
その人好みに取捨選択されずコーディネートもされない純粋に客観的な『事実』など何処にも存在しないのです。

別の言い方をすれば「自分が見たいものと見たくないものを無意識に自動で選別する心の装置を全人類が標準装備している」ということです。
つまり、人間というフィルターを通してる限り「丸ごと全部ありのままに世界が見えるわけはない」ってことなのです。

以上を一言でいえば「人間は元々主観的な存在だ」ってことです。
純粋に客観的な視点を持つ人間などというものは何処にも存在しません。

主観というものには大なり小なり偏りが存在します。
一人一人が見ている『世界』というのにはそれぞれに常に偏りがあるということです。

以上のようなことをこれまでも何度も繰り返しこのブログで申し上げてきました。
なぜかといえばそこんところが『何かを見るという行為』の一番初めの出発点であり、忘れちゃいけない大前提だと考えているからです。

ただ、世の中にはこの「人間は見たいものを見たいように見ているだけだ」ってところにピンと来ない方々が少なからずいらっしゃるようにお見受けします。
特にスピリチュアル系とか自己啓発系とか宗教系には多いんじゃないでしょうか。

(引用はじめ)
チャネリングする時に大事なことはまず自分自身がクリアであることです。
そうでなければ降りてきた情報は、自分の価値観や世界観で「解釈」され、違うものになってしまいます。
(中略) 少なくともチャネリングをしています、という時には自分の感情やエゴは脇に置いておけること。
(引用終わり)

仮にチャネリングでもたらされた情報が自分にとってすごく有益な情報だったとします。
では、チャネリングでもたらされた情報が自分にとってすごく有益な情報だと何故分かるのか?
それは自分の価値観や世界観で「解釈」され、有益な情報だと判断されたからに他なりません。

つまり、解釈し判断したが故にそれが有益であると初めて認識出来るということです。
何によって?
「自らの価値観や世界観によって」です。

自らの価値観や世界観によってしか認識し得ない世界において、自分の感情やエゴを完璧に脇に置いておくなんてことは不可能です。
それは水の中でしか生存し得ない魚が濡れないように努力するのに似ています。



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心をポジティブに改造しようする所謂一つの『洗脳』

例えばある場所に行ったら何だか臭かったとします。
そうしたら、どうして臭いのか考えますよね?
「先ず体感的に臭いと感じる→その臭い理由は何だろう?と考える」という順番です。

でも、その時一緒にいる人から「いやいや、このニオイは別に臭いものなどではないよ。臭いと感じるのは貴方が物事の道理を弁えていないからだ!」などと言われたらどうでしょうか? 
この場合相手は「そのニオイは臭いものではないとするのが論理的に正しい→臭いと感じる体感の方が間違っている」という順番で捉えているということになります。

貴方は多分「そんなバカな理屈があるか! 臭いものはどう考えようと (感覚として) 臭いだろうよ!」と思うでしょう。
でも、世の中には「『真理』としては臭いはずがないのだから、臭いと感じている人間の『感覚』の方がオカシイのだ!」というような物事の捉え方をする人が案外少なくありません。

そういう人々はまず先に「自分はこれが正しい!」と思う型にハメることから認識を始めます。
そうやって『型にハメる思考』が何度も繰り返し刷り込まれているうちに最初臭いと感じたものでも本当に臭くなくなっていきます。

それは「その人の感覚が臭くないと感じる状態に改変された」ということです。
分かりやすくいえば自己洗脳によって感覚的な認識が、変わってしまった状態です。

人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 
「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。  
その人好みに取捨選択されコーディネートされない『事実』は何処にもないということなのです。

簡単に言えば「見方が歪めば見ている世界もそれに連れて歪む」ってことです。
そして、見ている世界の歪みが恒常化すればするほど「これこそが真実そのものなのだ!」と本気で感じ出すのです。

だから、どんなに臭いモノだって臭くないってことになり得ます。
あくまでも「その人の中では」ですが…

(引用はじめ)
人が何かを嫌うとき、本人が自覚できなくても、潜在意識にブロックが潜んでいるケースが多い。嫌いにならざるを得ないようなトラウマがあったとか…。
その場合も、ブロックを外すことで、嫌いな物が好きになるかもしれない。
(引用終わり)

心に何かを嫌いになる原因があるとして、それを取り除いたところで好きにはなりません。
好きでも嫌いでもない状態になるだけです。
嫌いなモノを心を操作することで好きにしたとしたら、それは即ち洗脳です。

洗脳だからって闇雲に何でも否定するつもりはありません。
教育というのもある意味では『社会に順応させるための洗脳』と言えますしね…

ただ、洗脳を洗脳とはっきりと認識せず、手放しに『良いこと』として行ってるのだとしたら、それは非常に危険な行為だと言えます。
副作用のことを考えずに強い薬を使うようなものですから…



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『朱に交わって朱くなる』ほど自分の朱さに気付かなくなるものです

波動のレベルの高いモノはフワッと軽くてスカッと明るく、波動のレベルの低いモノはドヨヨ~ンと重くてジトッと暗いのです。 
別の言葉で言えば波動のレベルの高いモノは穏やかで温かく、波動のレベルの低いモノは荒々しく冷たいのです。 

波動のレベルが下がれば下がるほど、より波動のレベルの低い人•物•場所に親近感を持ちやすくなります。 
親近感を持つということはつまりウエルカムな心の状態になっているということです。

何が怖いってその心の状態が一番怖いわけです。
何故なら他人からすればドン引きするようなモノを自慢して見せるような『鈍感さ』を手に入れてしまうからです。
つまり、波動のレベルを感じる感覚が鈍るということです。

例えば「人の心には誰しも暗黒面があるものだ」という事実を単に認識することと「暗黒面はあって当然だ! あって何が悪い⁉︎」と容認することとでは全然話が違います。  
事実を認めた上で「だが、しかし」とやることも可能だからです。

暗黒面に馴染めば馴染むほどその人の心に同化して違和感がなくなっていきます。 
違和感がなくなるというのはそれこそ「在って当たり前!」になっていくということです。
先ほど述べた『鈍感さ』を手に入れるということと同じです。

人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 
「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。  
その人好みに取捨選択されコーディネートされない『事実』は何処にもないということなのです。

簡単に言えば「見方が歪めば見ている世界もそれに連れて歪む」ってことです。
そして、見ている世界の歪みが恒常化すればするほど「これこそが真実そのものなのだ!」と本気で考え出すのです。

歪みが恒常化するってのは簡単に言えば「慣れる」ってことです。
人間は何にでも慣れるものです。
良くも悪くもほっとけば与えられた環境にドンドン慣れていきます。

もし慣れたくないなら、慣れてしまう前に「これは自分の持ち物 (感覚・感情・思考)ではない!」と自分自身の心にハッキリと認識させる必要があります。
波動のレベルの低い人・モノ・場所と自分という存在をエネルギー的に可能な限り共鳴させず切り離すということです。

逆に波動の低いモノに触れても、自他の境界線をずっとあやふやなままにしているとそのうち自分のココロとドンドン同化していきます。
一般的な言葉でそれを表現するなら「朱に交われば朱くなる」ということです。

もし「朱に交われば朱くなる」のが嫌なら、馴染まないように自分とソレをキッチリ仕分けすることです。 
仕分けをしなけりゃ遅かれ早かれ朱く染まっていくからです。



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『ありのまま』という見果てぬ夢

古今東西全ての人間が自分の見たいものを見たいように見てきました。 
「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 
その人好みに取捨選択されコーディネートされない『事実』は何処にもないということなのです。

もっと簡単に言えば、「自分が見たいものと見たくないものを無意識に自動で選別する心の装置を全人類が持っている」ということです。
つまり、人間というフィルターを通してる限り「丸ごと全部ありのままに世界が見えるわけはない」ってことなのです。

別の言い方をすれば人間は元々主観的な存在だってことです。
純粋に客観的な視点を持つ人間などというものは何処にも存在しません。

主観というものには大なり小なり偏りが存在します。
一人一人が見てる『世界』というのにはそれぞれに常に偏りがあるということです。

以上しつこく何度も同じことについて色んな言い方をしました。
なぜかといえばそこんところが大前提だからです。

ただ、世の中にはこの「人間は見たいものを見たいように見ているだけだ」ってところがピンと来ない人って結構少なくないらしいのです。
特にスピリチュアルとか自己啓発とか宗教が好きな人には多い気がします。

(引用はじめ)
人を判断するとき、自分の価値観というフィルターを通してその人のことを評価します。そしてどこかしら嫌なポイントがあるから、その人のことを嫌いになるのです。
しかしすべてを中立(善悪の区別なく)な視点で見ることができるようになると、このフィルターが外れ、その人物のありのままの姿を受け入れることができます。
(引用終わり)

私の造語に仮定盛りってのがあります。
「こうに違いない!」という思い込みを土台にして、その上に「ならばこうなるはずだ!」という仮定の話をブレない真実のように盛り付けていくっていうやり方を表す言葉です。

で、盛り付けた話は仮定のはずが直ぐに「そうに違いない!」という『確信』に変質していきます。
っていうか盛られてる時点で、もうすでにブレない真実のように扱われていますけどね…

上のお話はまさに仮定盛りの見本って感じです。
先ず「すべてを中立(善悪の区別なく)な視点で見ることができるようになると」とサラッと盛られます。
そして、次にすぐ「その人物のありのままの姿を受け入れることができます」って盛りつけられるのです

スピリチュアルや自己啓発系の人ってよく「ありのまま」っておっしゃいますが、「ありのままって何だ?」って思うんですよねぇ。
ありのままって夢を見ていたいんでしょうかねぇ?
「純粋に中立なありのまま」なんて何処にもないだろうに…



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人は見たいものを見たいように見ているから唯一絶対の『答え』などない

古今東西全ての人間が自分の見たいものを見たいように見てきました。 
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その人好みに取捨選択されコーディネートされない『事実』は何処にもないということなのです。

もっと簡単に言えば、「自分が見たいものと見たくないものを無意識に自動で選別する心の装置を全人類が持っている」ということです。
つまり、人間というフィルターを通してる限り「丸ごと全部ありのままに世界が見えるわけはない」ってことなのです。

別の言い方をすれば人間は元々主観的な存在だってことです。
純粋に客観的な視点を持つ人間などというものは何処にも存在しません。

主観というものには大なり小なり偏りが存在します。
一人一人が見てる『世界』というのにはそれぞれに常に偏りがあるということです。

以上しつこく何度も同じことについて色んな言い方をしました。
なぜかといえばそこんところが大前提だからです。

ただ、世の中にはこの「人間は見たいものを見たいように見ているだけだ」ってところがピンと来ない人って結構少なくないらしいのです。
特にスピリチュアルとか自己啓発とか宗教が好きな人には多い気がします。

(引用はじめ)
宗教の経典や教えは、それを伝えた開祖がすでに遥か昔に亡くなっていると、直接本人へ聞くこともできませんので、のこされた聖書や経典などの書物を基に教えを説いていくのですが、本来そこに書かれている神仏の教えに複数の解釈などはなく、書かれているままに受け入れることが肝要なのです。
歪んだ心で見れば、歪んだ解釈をし、素直に見れば素直に理解できるものです。

(引用終わり)

「書かれてるまま受け入れる」と言われても人間というフィルターを通してる限り開祖の認識とはズレるのです。
全く同じ人間ではないのだからそれは当然なのです。

ていうか同一人物でも時空を隔てれば解釈は変わります。
その証拠に例えば中学校の時読んだのと同じ本を大人になって読むと全く違う風に読めたりします。

歳を取り様々な経験を重ねる毎に人は認識を新たにします。
新たにしないのなら進歩がないってことなのです。

「神仏の教えに複数の解釈などはなく」なんて言ってるとそのうち異端・正統の闘争が起こります。
物事の本質として必ず起こるのです。

まぁ、歴史を少しでも知れば「膠着した思想が血で血を洗う闘争を生む」という実例を探すことはすごく簡単です。
「聖書だろうと仏典だろうと或いはブログの記事だろうと、解釈は人の数だけ生まれる」ということを先ず知らないと『現実』をより一層歪めるだけになるでしょうね…



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『完全無欠の正解』を求めるより心のバランスを取る方が人は楽になる

古今東西全ての人間が自分の見たいものを見たいように見てきました。 
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その人好みに取捨選択されコーディネートされない『事実』は何処にもないということなのです。

もっと簡単に言えば、その人の無意識が見たいものと見たくないものを半ば自動で取捨選択しているということです。
つまり、最初から丸ごと全部ありのままに見えてるわけじゃないってことなのです。

別の言い方をすれば人間は元々主観的な存在だってことです。
純粋に客観的な視点を持つ人間などというものは何処にも存在しません。

主観というものには大なり小なり偏りが存在します。
一人一人が見てる『世界』というのにはそれぞれ常に『違い』があるということです。
いつでもどこでも何にでも通用する絶対的に正しい理屈なんて人間は誰一人持ち合わせていないのです。

最近以上のような話と似たようなことを書かれている文章を拝見しました。

(引用はじめ)
聖典は人間そのものです。
我々はついつい人間を離れて、聖典の中に普遍的な真理があるかのように錯覚しますが、事実はそういうものではありません。
読み手に応じて聖典の意味は常に変わるのです。
(引用終わり)

人間生まれた時はみんな赤ん坊で、あっちへ頭をゴチンとやり、こっちでドタンとコケながら大きくなっていくものです。
大怪我しない程度にそういうのがなけりゃキチンと歩けるようにはなりません。

じゃあ、大人になったら何処にもぶつからないのか?或いは転けないのか?っていうとそんなことはありません。
元々あっちへフラフラこっちへフラフラしながら人生を歩いていくのが人間です。
  
人間は生きている限り『ブレること』を繰り返し、心のバランスを常に取り続けるしかないのです。  
その「バランスを取る」というところからズレてしまうと遅かれ早かれ心は迷います。

だから『完全無欠の正解』なんて求め出すと心は迷うのです。
実際はブレてるのにも関わらずバランスを取らなくなるからです。

いつでもどこでも誰にでも100%フィットする「ああ、なるほどな!」っていう原理原則などありません。
先ず最初にそんなものは無いってところから出発しないとそのうち心は苦しくなります。

苦しくなるのは、色んな意味で無理してるからです。
ここでいう無理というのは文字通り「コトワリ (理) が無い」ってことです。
無理は出来るだけしない方が楽でいられると思います。



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見たいものを見たいように見ている自分と所謂一つの『ブレない自分』

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「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 
その人好みに取捨選択されコーディネートされない『事実』は何処にもないということなのです。

もっと簡単に言えば、「自分が見たいものと見たくないものを無意識に自動で選別する心の装置を全人類が持っている」ということです。
つまり、人間というフィルターを通してる限り「丸ごと全部ありのままに世界が見えるわけはない」ってことなのです。

別の言い方をすれば人間は元々主観的な存在だってことです。
純粋に客観的な視点を持つ人間などというものは何処にも存在しません。

主観というものには大なり小なり偏りが存在します。
一人一人が見てる『世界』というのにはそれぞれに常に偏りがあるということです。

以上しつこく何度も同じことについて色んな言い方をしました。
なぜかといえばそこんところが大前提だからです。

他人の体験を「それは間違ってる!」とおっしゃる方がいらっしゃいます。
他人の思考「それは間違ってる!」とおっしゃるのなら分かります。
それが『体験』となるとハテナマークが頭の上に浮かぶのです。

例えば「何処そこで幽霊を見た!」とAさんが言うのに対して、「お前の言うことは間違ってる! 幽霊なんているわけがない!」みたいなことをBさんが発言される…
Aさんは個人的な体験を事実として話しているのに対して、Bさんは幽霊はいないはずだという所謂『科学的な常識』というまな板の上でAさんの体験を評価しようとするのです。

Bさんの場合は「科学的常識に反した事実なんて存在するわけがない」という前提があって全ての出来事は判定されているってことです。
先ず最初に「正しい理屈ありき」なのです。

しかし、いつでもどこでも何にでも通用する絶対的に正しい理屈なんて人間は誰一人持ち合わせていないのです。
先ずそこんところをしっかりと認識しとかないと人は直ぐにマヤカシに絡めとられます。

人間は生きている限り『ブレること』を繰り返し、心のバランスを常に取り続けるしかないのです。  
その「バランスを取る」というところからズレてしまうと遅かれ早かれ心は迷います。

『完全無欠の正解』なんて求め出すと心は迷うのです。
実際はブレてるのにも関わらずバランスを取らなくなるからです。

誰かが『ブレない自分』なんてことを言いだしたらもう迷う一歩手前だと思ってた方がいいでしょう。
『そこ』からは引き返せるうちに出来るだけ早く引き返した方が無難です。



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「人は見たいものを見たいように見ているだけ」ってのをすぐに忘れるスピリチュアル

古今東西全ての人間が自分の見たいものを見たいように見てきました。 
「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 
その人好みに取捨選択されコーディネートされない『事実』は何処にもないということなのです。

もっと簡単に言えば、見たいものと見たくないものを無意識に自動で取捨選択しているということです。
つまり、最初から丸ごと全部ありのままに見えてるわけじゃないってことなのです。

別の言い方をすれば人間は元々主観的な存在だってことです。
純粋に客観的な視点を持つ人間などというものは何処にも存在しません。

主観というものには大なり小なり偏りが存在します。
一人一人が見てる『世界』というのにはそれぞれに常に偏りがあるということです。

以上しつこく何度も同じことについて色んな言い方をしました。
なぜかといえばそこんところが大前提だからです。

そして、「見たいものを見たいように見ているだけ」ってところがピンと来てない方々が本当に大勢いらっしゃるからです。
何処に?
所謂一つのスピリチュアルな世界にです。

じゃあ、なけりゃ「或る日突然神さまが自分のところへやって来て何でも教えてくれるようになった!」とか「瞑想やら幽体離脱やらしてたら覚醒してこの世の全てを知った!」とかおっしゃらないはずですのでね…
とにかくその「私はなんでも偏らずに物事の真実を捉えることが出来るのだァ!」ってぐいぐい来る感じが「スゴいなぁ(-_-;)」って思うのです。
危険なニオイのする万能感だなと…

私からしたらそれってまるで眼には見えない覚醒剤の如きモノを摂取してるように見えます。
現実世界に失望してグッタリしていた人がいきなりシャキーンとして全世界を手に入れたようなハイな気分になれる類いのおクスリをキメた状態です。

ただ、覚醒剤と一緒で一生そのまんまでいられるわけじゃありません。
おクスリによる万能感と高揚感が切れれば激しい空虚感と失望感がやって来ます。

それでまたより強い万能感と高揚感を得られるようなスピリチュアルなメソッドとやらを求めて彷徨うわけです。
その挙句多くの人が物の怪などの人外のモノがばら撒いてるトラップのようなマヤカシに絡めとられていきます。
ていうか自らそのマヤカシに飛び込んでいくのです。

反対から見るなら「何でも分かってますよ!」的な感じを、派手なおばちゃんの振りすぎた香水みたいにプンプンさせてるような人には、なるだけ近付かないことです。
近付いても十中八九『良いこと』ないですから…



『このブログを浄化します』 

呼ばれたら全国行きたいと思います(ヒーリング篇)      

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