2009年11月21日
オーマンディ/フィラデルフィアo ベートーヴェン sym3
オーマンディはCBSへの全集の後、ベートーヴェンの交響曲ではエロイカのみを再録音した。収録は80年。なんとデジタル録音である。
今日聴いたのは61年の旧録音である。61年のエロイカは想像以上に威勢がいい。冒頭の和音が上から下までザッと揃って出てくる迫力は石原都知事くらいのコワさがある。
全体にオケの高い機能性が目立つが、このオケのいい所はただうまいのではなく、うまさに味とコクがあることだ。
オーマンディの聴き所を押さえた演奏はさすがである。総奏でも聴きたい音が埋没することなく聴き取れる。
ベートーヴェン 交響曲第3番
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団

たまには守口市内の様子を紹介するか。守口市は大阪という地域にあって、コンパクトにまとまっていて住みやすい街である。今回は市内を西部から東部に掛けて歩いてみた。

これは市域東部にある商店街の中に鎮座する森井神社。商店街の中程にいきなり鳥居が現れる。写真は境内の中から商店街を撮ったもの。正面で売っているコロッケがおいしい。

京阪電車の滝井、土居という鉄道ファンには有名な駅間の狭い辺りを歩いてみる。滝井〜土居間は約400メートル、歩いて3分ほどだが、中間に幹線道路が走っていて実際にはどちらの駅も使えるという利用者は少ないのではないか。近くて遠いのが滝井〜土居間の現実である。ちなみに電車はここでは約10秒の力行の後、減速していく。写真、軒先のゆず越しに見る建設中の文禄ヒルズ。辺りにはゆずの香りがしていた。

市の中心部に来た。守口市の中心部ではこのように建物の間の狭い場所に階段が多く見られる。これは文禄堤といって、かつて秀吉が建設した京街道の名残りである。以前は大阪城から伏見城までこの堤防が通っていて、有事には軍勢が一気に駆け上がるれる仕組みだったらしい。文禄堤は現在でも1キロ弱残っている。

守口市内にはなぜか四国銀行がある。

更に西へ進むと大日というエリアに出る。大日は大阪市営地下鉄と大阪モノレールが交差する交通の要所である。写真は大阪モノレールの鳥飼大橋。アーチの形状が美しい。ちょうど橋を渡ろうとしているモノレールが写っている。それにしても大阪市営地下鉄がなぜ守口市内奥深い大日まで通っているのだろうか。

鳥飼大橋の架かる淀川の土手に出てみる。この土手の緑地空間こそが守口市にとって最大の財産であると思う。四季折々ここでの風景には癒されてきた。写真、守口市内とは思えない風景がいいだろ?

ちなみに淀川堤防には鶏が野生化して住んでいる。これぞ守口市の恐るべき実態。
守口にお越しの際はぜひご一報を。
いい街です。
あばよ。
今日聴いたのは61年の旧録音である。61年のエロイカは想像以上に威勢がいい。冒頭の和音が上から下までザッと揃って出てくる迫力は石原都知事くらいのコワさがある。
全体にオケの高い機能性が目立つが、このオケのいい所はただうまいのではなく、うまさに味とコクがあることだ。
オーマンディの聴き所を押さえた演奏はさすがである。総奏でも聴きたい音が埋没することなく聴き取れる。
ベートーヴェン 交響曲第3番
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団
たまには守口市内の様子を紹介するか。守口市は大阪という地域にあって、コンパクトにまとまっていて住みやすい街である。今回は市内を西部から東部に掛けて歩いてみた。
これは市域東部にある商店街の中に鎮座する森井神社。商店街の中程にいきなり鳥居が現れる。写真は境内の中から商店街を撮ったもの。正面で売っているコロッケがおいしい。
京阪電車の滝井、土居という鉄道ファンには有名な駅間の狭い辺りを歩いてみる。滝井〜土居間は約400メートル、歩いて3分ほどだが、中間に幹線道路が走っていて実際にはどちらの駅も使えるという利用者は少ないのではないか。近くて遠いのが滝井〜土居間の現実である。ちなみに電車はここでは約10秒の力行の後、減速していく。写真、軒先のゆず越しに見る建設中の文禄ヒルズ。辺りにはゆずの香りがしていた。
市の中心部に来た。守口市の中心部ではこのように建物の間の狭い場所に階段が多く見られる。これは文禄堤といって、かつて秀吉が建設した京街道の名残りである。以前は大阪城から伏見城までこの堤防が通っていて、有事には軍勢が一気に駆け上がるれる仕組みだったらしい。文禄堤は現在でも1キロ弱残っている。
守口市内にはなぜか四国銀行がある。
更に西へ進むと大日というエリアに出る。大日は大阪市営地下鉄と大阪モノレールが交差する交通の要所である。写真は大阪モノレールの鳥飼大橋。アーチの形状が美しい。ちょうど橋を渡ろうとしているモノレールが写っている。それにしても大阪市営地下鉄がなぜ守口市内奥深い大日まで通っているのだろうか。
鳥飼大橋の架かる淀川の土手に出てみる。この土手の緑地空間こそが守口市にとって最大の財産であると思う。四季折々ここでの風景には癒されてきた。写真、守口市内とは思えない風景がいいだろ?
ちなみに淀川堤防には鶏が野生化して住んでいる。これぞ守口市の恐るべき実態。
守口にお越しの際はぜひご一報を。
いい街です。
あばよ。
2009年11月18日
オーマンディのBD(110回目)
解体が進むフェスティバルホール。この写真は少し前のものなので、現在は工事はもっと進んでいる。まだ地下の構造物は残っているようだが、現在では地上の構造物はほぼ無くなっている。
フェスティバルホールが無くなって見通しの良くなった中之島。オーマンディが立った舞台がまたひとつ消えてしまったことになる。
ちなみにフェスティバルホールがあった頃に同じ場所を撮った写真がこれ。フェスティバルホールは50年で建て替えられた。経済性も大事だろうが、このままでは我が国の伝統建築は古代の寺院くらいしか無くなってしまうのではないか。
ゴーン。
今日はオーマンディ師110回目のBDである。
生きていれば110歳。でも例え生きていても指揮はできないだろうなぁ。
歳とともにオーマンディの人生の偉大さに圧倒されるばかりである。
2009年11月16日
ソフィア・ゾリステン 大阪公演
バッハ
アリア
ドヴォルザーク
ユモレスク
シューベルト
楽興の時第3番
パッフェルベル
カノン
ゴレミノフ
収穫と踊り
エルガー
愛の挨拶
マスネ
タイスの瞑想曲
ラヴェル
ツィガーヌ
モーツァルト
アイネ・クライネ・ナハトムジーク〜第1楽章
チャイコフスキー
弦楽セレナーデ〜第2楽章
民謡
グリーンスリーヴス
民謡
庭の干し草
民謡
アニー・ローリー
バッハ
主よ人の望みの喜びよ
バッハ
幻想曲
クライスラー
愛の喜び
シューベルト
アヴェ・マリア
サラサーテ
チゴイネルワイゼン
<アンコール>
クリストスコフ
トッカータ
ハチャトゥリアン
剣の舞
ヴァンデル・ルースト
リクディム
ブリテン
イタリア風アリア
ピアソラ
オブリビオン
ゲオルギエヴァ(Vn)
デュロフ/ソフィア・ゾリステン
相方ちゃんがどこかでただ券をゲットして来たのでシンフォニーHまでソフィア・ゾリステンを聴きに行って来た。上に記したようにものスゴいボリュームである。アンコールだけでも5曲。大フィル年末の第九演奏会なんか第九1曲という時代に19曲プリュス(←意味なくフランス弁)5曲というメガ牛丼更に2倍状態の超ヤバ山脈列島激震冬の陣である。
最近、歳を取ったのだ。それで肩の凝らない生き方をするよう日々努力している。だから普段もショスタコとかバルトークみたいなやたら肩の凝りそうな作品は極力聴かないように心掛けている。ベートーヴェンなんかコリオランとか言ってるけど絶対ウソだと思う。そんなオレにはこういう肩の凝らないプログラムは理想的だ。純粋に音楽を楽しむことができた。
オレは今回初めてパッフェルベルのカノンを実演で聴いた。生で聴いてみると簡単ながらも細部までよくできていてスゲぇ曲だなぁ、などと今更ながら関心する2009年である。
どーでもいいが、以前から気になっていたことがある。関西の主要なホール、旧フェスティバルH、シンフォニーH、NHK大阪H、京都コンサートH、兵庫県立文化センターHなど、いずれも舞台端にいわゆる花道状の部分があるのだが、あれは何だ?東京のコンサートホールでああいったものを見掛けた記憶が無いのだが・・・。歌舞伎とか上演できるようにしてあるのだろうか。

先日、京都に侵攻した際に前から気になっていた店に行ってみた。

店内の様子である。左手にテーブル席が4つ、右手は大理石みたいな感じの長いカウンター。しかもこのカウンターは両面に客席がある。要は対面式である。店は人生のベテラン風のおばちゃん3人で切り盛りしている。ちなみに写真撮影も構わないし、どこへでも載せていいという太っ腹ぶりである。結構取材とか来るようでオレもどっかの記者と間違われた。

当日の日替わり定食である。味もボリュームも牧野の洋食屋超えですぞ。

風変わりな伝票を使用している。金額の分だけ塗りつぶすようだ。店名が右から書いてあるのはワザとなのか・・・?

この店の向いにはKFCがあるのだが、サンダース大佐のメガネが無い。
裸眼で大丈夫なのか?コンタクト?
それともいつの間にかレーシックしたのか・・・?
あばよ。
アリア
ドヴォルザーク
ユモレスク
シューベルト
楽興の時第3番
パッフェルベル
カノン
ゴレミノフ
収穫と踊り
エルガー
愛の挨拶
マスネ
タイスの瞑想曲
ラヴェル
ツィガーヌ
モーツァルト
アイネ・クライネ・ナハトムジーク〜第1楽章
チャイコフスキー
弦楽セレナーデ〜第2楽章
民謡
グリーンスリーヴス
民謡
庭の干し草
民謡
アニー・ローリー
バッハ
主よ人の望みの喜びよ
バッハ
幻想曲
クライスラー
愛の喜び
シューベルト
アヴェ・マリア
サラサーテ
チゴイネルワイゼン
<アンコール>
クリストスコフ
トッカータ
ハチャトゥリアン
剣の舞
ヴァンデル・ルースト
リクディム
ブリテン
イタリア風アリア
ピアソラ
オブリビオン
ゲオルギエヴァ(Vn)
デュロフ/ソフィア・ゾリステン
相方ちゃんがどこかでただ券をゲットして来たのでシンフォニーHまでソフィア・ゾリステンを聴きに行って来た。上に記したようにものスゴいボリュームである。アンコールだけでも5曲。大フィル年末の第九演奏会なんか第九1曲という時代に19曲プリュス(←意味なくフランス弁)5曲というメガ牛丼更に2倍状態の超ヤバ山脈列島激震冬の陣である。
最近、歳を取ったのだ。それで肩の凝らない生き方をするよう日々努力している。だから普段もショスタコとかバルトークみたいなやたら肩の凝りそうな作品は極力聴かないように心掛けている。ベートーヴェンなんかコリオランとか言ってるけど絶対ウソだと思う。そんなオレにはこういう肩の凝らないプログラムは理想的だ。純粋に音楽を楽しむことができた。
オレは今回初めてパッフェルベルのカノンを実演で聴いた。生で聴いてみると簡単ながらも細部までよくできていてスゲぇ曲だなぁ、などと今更ながら関心する2009年である。
どーでもいいが、以前から気になっていたことがある。関西の主要なホール、旧フェスティバルH、シンフォニーH、NHK大阪H、京都コンサートH、兵庫県立文化センターHなど、いずれも舞台端にいわゆる花道状の部分があるのだが、あれは何だ?東京のコンサートホールでああいったものを見掛けた記憶が無いのだが・・・。歌舞伎とか上演できるようにしてあるのだろうか。
先日、京都に侵攻した際に前から気になっていた店に行ってみた。
店内の様子である。左手にテーブル席が4つ、右手は大理石みたいな感じの長いカウンター。しかもこのカウンターは両面に客席がある。要は対面式である。店は人生のベテラン風のおばちゃん3人で切り盛りしている。ちなみに写真撮影も構わないし、どこへでも載せていいという太っ腹ぶりである。結構取材とか来るようでオレもどっかの記者と間違われた。
当日の日替わり定食である。味もボリュームも牧野の洋食屋超えですぞ。
風変わりな伝票を使用している。金額の分だけ塗りつぶすようだ。店名が右から書いてあるのはワザとなのか・・・?
この店の向いにはKFCがあるのだが、サンダース大佐のメガネが無い。
裸眼で大丈夫なのか?コンタクト?
それともいつの間にかレーシックしたのか・・・?
あばよ。
2009年11月14日
オーマンディ/フィラデルフィアo ベートーヴェン sym2
オーマンディと近衛秀麿は同じ11月18日生まれである。但し近衛子爵の方が1年年長だ。その子爵がフィラ管に客演した際に、オーマンディはストコフスキーからベト2を振るよう勧められている。しかしオーマンディはベト2を苦手だとし、逃げ口上50連発。見かねた子爵がオーマンディに代わって指揮したらしい。
このようにオーマンディが苦手を公言していたベト2は一体どんな演奏なのか興味があるが、聴いてみるとこれが意外にもオーソドックス。模範的とさえ言える。ただ穿った見方をすればやたら丁寧で折り目正しいのは、作品を自分のものとしていない証と言えるかもしれない。
とはいえ聴いていて印象に残る所もある。特に三楽章でのオーマンディらしからぬ溌剌たるテンポは特筆である。また、続く終楽章で一転ペースダウンして三楽章との対比を浮き彫りにしている辺りがさすがのうまさを感じる。苦手なりにもツボを得た演奏をできるのがこの人らしい。62年の録音。オーマンディ生涯唯一のベト2である。
ベートーヴェン 交響曲第2番
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団

大阪市内の中之島という所にバラ園ができているのではないか、と気になっていた週末秋晴れの凡人日和。オレたちは行き当たりばったり無計画行軍すること88日、中之島に侵攻してみた。

高島屋のマーク発見。

ハチががんばって越冬の準備をしている。また来春元気で再会しような。

こうやって焦点を当ててから背景を入れ込むと俄然、通っぽい構図になることを知った。
味しめたからしばらくこれ乱用する ←掟

ひなたは暖かいのだが、この季節は日陰との温度差がすげぇ。

一本の枝からごっそりと花が咲き乱れている。この枝は重過ぎるようで、自重で下を向いたままであった。

周りをグルリと取り囲むビルをふと見上げると、屋上に一人乗り出すおっさんを発見。まさか飛び降りることはないだろうが、気をつけろヨ。

大いなる凡人日和の締め括りに、堂島ロールを買って帰った。クリームはミルクの風味濃厚、生地も弾力があっておいしいけど、オレはもう並んでまで買うことはしないな。
これだったら某洋菓子店の方が断然いい。でもここはあまりにいいから教えてあげない(卍)。
あばよ。
このようにオーマンディが苦手を公言していたベト2は一体どんな演奏なのか興味があるが、聴いてみるとこれが意外にもオーソドックス。模範的とさえ言える。ただ穿った見方をすればやたら丁寧で折り目正しいのは、作品を自分のものとしていない証と言えるかもしれない。
とはいえ聴いていて印象に残る所もある。特に三楽章でのオーマンディらしからぬ溌剌たるテンポは特筆である。また、続く終楽章で一転ペースダウンして三楽章との対比を浮き彫りにしている辺りがさすがのうまさを感じる。苦手なりにもツボを得た演奏をできるのがこの人らしい。62年の録音。オーマンディ生涯唯一のベト2である。
ベートーヴェン 交響曲第2番
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団
大阪市内の中之島という所にバラ園ができているのではないか、と気になっていた週末秋晴れの凡人日和。オレたちは行き当たりばったり無計画行軍すること88日、中之島に侵攻してみた。
高島屋のマーク発見。
ハチががんばって越冬の準備をしている。また来春元気で再会しような。
こうやって焦点を当ててから背景を入れ込むと俄然、通っぽい構図になることを知った。
味しめたからしばらくこれ乱用する ←掟
ひなたは暖かいのだが、この季節は日陰との温度差がすげぇ。
一本の枝からごっそりと花が咲き乱れている。この枝は重過ぎるようで、自重で下を向いたままであった。
周りをグルリと取り囲むビルをふと見上げると、屋上に一人乗り出すおっさんを発見。まさか飛び降りることはないだろうが、気をつけろヨ。
大いなる凡人日和の締め括りに、堂島ロールを買って帰った。クリームはミルクの風味濃厚、生地も弾力があっておいしいけど、オレはもう並んでまで買うことはしないな。
これだったら某洋菓子店の方が断然いい。でもここはあまりにいいから教えてあげない(卍)。
あばよ。
2009年11月07日
オーマンディ/フィラデルフィアo ベートーヴェン sym1
オーマンディは生涯にただ一度だけベートーヴェンの交響曲全曲を録音している。このうち3番から9番までの作品は80年代に分売されたり後にCD化されたりしていて比較的入手しやすい。しかし1番が分売されたのはかなり以前であるし、2番に至っては全集以外に出たことがあっただろうか。定かでない。
そんなCBSへの怒りを込めてオーマンディ師のベートーヴェンを改めて味わってみたい2009年秋である(←意味不明)。
まずは1番を聴いてみよう。ベートーヴェン30歳の時の作品。同じ30歳での作品ならシューベルトの「グレイト」の方が遥かにいい作品だと思うのだが、みんなしてベートーヴェンをスゴいと言う。この人はホントにそんなにスゴい人なんだろうかねぇ。
オーマンディのベト1は残念ながらテンポ重々である。何が彼をこれほどまでに慎重にさせたのか・・・。はぐれ刑事慎重派inフィラデルフィアである。
しかし相変わらずオケはウマいしよく鳴っている。健康的なフィラデルフィア・サウンドを聴いていると解釈とか二の次のような気になってくるのだが、そこまで行くと贔屓の引き倒しとしか言えなくなってしまうので必至のガマン35年忍耐太郎である。
ベートーヴェン 交響曲第1番
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団

五色塚古墳を後にしたオレは単騎、神戸は新開地の地下街に潜入してみた。平日昼間にも関わらず華やかに賑わう地下街だ。

と、その時オレの視界に思わぬ看板が飛び込んできた。「犬の散歩お断り」と、ある。このような地下街で犬を散歩させる不届き者がいるのだろうか。オレも今度、梅田の地下街でアルパカを散歩させてみっか(卍)。

公衆道徳の乱れにショックを受けたオレは必至の牛歩戦術で元町まで侵攻してみた。するとそこには中国語で書かれたコーラの自販機があった。これじゃ我が国が植民地と化すのも時間の問題である。竹島も北方領土も健全な我が国の領土である(掟)。

どーでもいいけど「太陽」って字間違ってんゾ。これぞまさしく夕刻迫る憂国の時。
あばよ。
そんなCBSへの怒りを込めてオーマンディ師のベートーヴェンを改めて味わってみたい2009年秋である(←意味不明)。
まずは1番を聴いてみよう。ベートーヴェン30歳の時の作品。同じ30歳での作品ならシューベルトの「グレイト」の方が遥かにいい作品だと思うのだが、みんなしてベートーヴェンをスゴいと言う。この人はホントにそんなにスゴい人なんだろうかねぇ。
オーマンディのベト1は残念ながらテンポ重々である。何が彼をこれほどまでに慎重にさせたのか・・・。はぐれ刑事慎重派inフィラデルフィアである。
しかし相変わらずオケはウマいしよく鳴っている。健康的なフィラデルフィア・サウンドを聴いていると解釈とか二の次のような気になってくるのだが、そこまで行くと贔屓の引き倒しとしか言えなくなってしまうので必至のガマン35年忍耐太郎である。
ベートーヴェン 交響曲第1番
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団
五色塚古墳を後にしたオレは単騎、神戸は新開地の地下街に潜入してみた。平日昼間にも関わらず華やかに賑わう地下街だ。
と、その時オレの視界に思わぬ看板が飛び込んできた。「犬の散歩お断り」と、ある。このような地下街で犬を散歩させる不届き者がいるのだろうか。オレも今度、梅田の地下街でアルパカを散歩させてみっか(卍)。
公衆道徳の乱れにショックを受けたオレは必至の牛歩戦術で元町まで侵攻してみた。するとそこには中国語で書かれたコーラの自販機があった。これじゃ我が国が植民地と化すのも時間の問題である。竹島も北方領土も健全な我が国の領土である(掟)。
どーでもいいけど「太陽」って字間違ってんゾ。これぞまさしく夕刻迫る憂国の時。
あばよ。
2009年10月31日
オーマンディ/BSO プロコフィエフ sym6
オーマンディのプロコフィエフの交響曲を聴く機会は少ないのだが、横田さんのページを見ると2番と3番以外の作品は全て残されているようだ。1番、5番、6番は複数回録音しているし、結構好んで演奏していたのかもしれない。しかしほとんどCD化されて無く、オーマンディのプロコフィエフは聴きにくい状況が続いている。
62年8月、ミュンシュ退任直後のBSOとのライヴ音源である。力感溢れる逞しいプロコフィエフ像が展開されている。この辺りは同じ日に収録されたsym1の演奏と同様だ。しかし第6番の方が作品がシンフォニックなせいか、演奏にも深い陰影があり聴き応えがある。
オケは完全にミュンシュのものだ。特に色彩的な木管には間違いなくミュンシュの息吹を確認できる。60年代、世界のオケは現在よりも遥かに個性的だった。
オケの自発性を引き出すことにかけてはオーマンディは最右翼だが、この日の演奏でもその手腕を発揮。BSOはいつになくノリノリである。
録音はややオンであるが、62年という時代を考えると最良に近い。
プロコフィエフ 交響曲第6番
オーマンディ/ボストン交響楽団 62.8.18live

先日またまた生起した平日休みを有効に利用すべく、オレは阪神の垂水、須磨1dayチケットで神戸市西郊に侵攻してみた。写真はそのチケット。山陽バス、山陽電車、阪神電車、神戸高速鉄道と利用できる各社がイラストで描かれている。注目は右端の神戸高速鉄道だ。神戸高速鉄道は線路だけを所有していて、車両を持たない鉄道会社なのだな。それで線路の絵が描かれている。

このチケットの利用範囲ギリギリまで攻めてみようというセコさ全開の関西人パワーでオレは一気に西舞子まで行ってみた。そしてすぐ後悔した。どうもオレはここには用事は無さそうだ。そっから戻ること2駅。霞ヶ丘という駅で勝手に下車、しかも目的も無く住宅地をブラブラしているといきなり目の前に巨大古墳が出現してハイドン94の驚愕山脈だぜ。どうやらこれは五色塚古墳であるようだ。しかし月曜日の為に中に入れないじゃないか(怒)。

五色塚古墳と道路挟んですぐ隣りには小壺古墳があった。ものすごい近くに連続古墳発見である。これらの古墳は誰が埋葬されているのかわからないらしい。これほどの古墳を作らせたのだから、当時は巨大権力を握る人物だったのだろう。

古墳の連続攻撃に大いに弱体化し軟弱イタリア海軍状態に陥ったオレはフラフラと海辺にさまよい出た。するとそこには明石海峡大橋があった。天気は急速に回復していた。
あばよ。
62年8月、ミュンシュ退任直後のBSOとのライヴ音源である。力感溢れる逞しいプロコフィエフ像が展開されている。この辺りは同じ日に収録されたsym1の演奏と同様だ。しかし第6番の方が作品がシンフォニックなせいか、演奏にも深い陰影があり聴き応えがある。
オケは完全にミュンシュのものだ。特に色彩的な木管には間違いなくミュンシュの息吹を確認できる。60年代、世界のオケは現在よりも遥かに個性的だった。
オケの自発性を引き出すことにかけてはオーマンディは最右翼だが、この日の演奏でもその手腕を発揮。BSOはいつになくノリノリである。
録音はややオンであるが、62年という時代を考えると最良に近い。
プロコフィエフ 交響曲第6番
オーマンディ/ボストン交響楽団 62.8.18live
先日またまた生起した平日休みを有効に利用すべく、オレは阪神の垂水、須磨1dayチケットで神戸市西郊に侵攻してみた。写真はそのチケット。山陽バス、山陽電車、阪神電車、神戸高速鉄道と利用できる各社がイラストで描かれている。注目は右端の神戸高速鉄道だ。神戸高速鉄道は線路だけを所有していて、車両を持たない鉄道会社なのだな。それで線路の絵が描かれている。
このチケットの利用範囲ギリギリまで攻めてみようというセコさ全開の関西人パワーでオレは一気に西舞子まで行ってみた。そしてすぐ後悔した。どうもオレはここには用事は無さそうだ。そっから戻ること2駅。霞ヶ丘という駅で勝手に下車、しかも目的も無く住宅地をブラブラしているといきなり目の前に巨大古墳が出現してハイドン94の驚愕山脈だぜ。どうやらこれは五色塚古墳であるようだ。しかし月曜日の為に中に入れないじゃないか(怒)。
五色塚古墳と道路挟んですぐ隣りには小壺古墳があった。ものすごい近くに連続古墳発見である。これらの古墳は誰が埋葬されているのかわからないらしい。これほどの古墳を作らせたのだから、当時は巨大権力を握る人物だったのだろう。
古墳の連続攻撃に大いに弱体化し軟弱イタリア海軍状態に陥ったオレはフラフラと海辺にさまよい出た。するとそこには明石海峡大橋があった。天気は急速に回復していた。
あばよ。
2009年10月24日
ムーティ/フィラデルフィアo ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲
ムーティによるラフマニノフはピアノ協奏曲第2番の他にパガニーニの主題による狂詩曲も残された。この作品は音楽を聴き始めた頃にN響の演奏で聴いたのを今でもよく覚えている。ある種掴み所の無いような曲想がいい意味でラフマニノフらしくて印象的だ。
ムーティの演奏は歯切れがいい。モヤモヤしたようなところを適度にシャープにやっているのが若い頃のムーティらしい。ムーティは今でもラフマニノフを演奏するのかどうか知らないが、今ならもう少し違ったアプローチをするのではないだろうか。
ガヴリーロフもムーティも,カップリングのピアノ協奏曲第2番よりこの作品には馴染んでいるようだ。両者の情熱的なアプローチが新鮮な印象を残す。
ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲
ガヴリーロフ
ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

前から思っていたのだが、オレは金閣寺よりも銀閣寺の方が味わい深いのではないかと考えていた。

ところがオレは肝心の銀閣寺にはまだ侵攻したことがなかったのだな。

そこで先日の平日休みに京阪のみやこ豪遊チケットを利用して単騎、銀閣寺に侵攻してみたのだ。

やはり銀閣寺は予想以上に良かった。銀閣寺は建築自体もいいし、庭園の素晴らしさは金閣寺とは比較にならない。

ただし、肝心の銀閣は現在解体修理中である。遠方から来る方は注意だぜ。

逆に珍しい所が見れるという気もしないことはない。そういうポジティブな方は3月までの工事期間中に行ってみよう。
以上、段々と銀閣寺がデカくなる連続写真シリーズ、完結。

銀閣寺の素晴らしい庭園を満喫したオレは、京都御所に侵攻してみた。御所内のこの広大な道。国内の規格を超越した道路幅は完全に宮内庁の土地利用パターンであるな。

京都御所を意味無く往復してみたら、万歩計はそれだけで4000歩増えていた。腹が減ったのでそのまま出町に侵攻して名店ふたばで豆餅を要求する。

いつも行列の名店ふたばも、さすが平日だけあってすぐに購入できた。豆がしょっぱくておいしいぜ。

出町柳の駅前にポツネンと立つ「居酒屋」という看板。枯山水のような鄙びた風情がいいじゃないか。しかも店名すら無い。ここに東山文化の伝統を見た。
あばよ。
ムーティの演奏は歯切れがいい。モヤモヤしたようなところを適度にシャープにやっているのが若い頃のムーティらしい。ムーティは今でもラフマニノフを演奏するのかどうか知らないが、今ならもう少し違ったアプローチをするのではないだろうか。
ガヴリーロフもムーティも,カップリングのピアノ協奏曲第2番よりこの作品には馴染んでいるようだ。両者の情熱的なアプローチが新鮮な印象を残す。
ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲
ガヴリーロフ
ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団
前から思っていたのだが、オレは金閣寺よりも銀閣寺の方が味わい深いのではないかと考えていた。
ところがオレは肝心の銀閣寺にはまだ侵攻したことがなかったのだな。
そこで先日の平日休みに京阪のみやこ豪遊チケットを利用して単騎、銀閣寺に侵攻してみたのだ。
やはり銀閣寺は予想以上に良かった。銀閣寺は建築自体もいいし、庭園の素晴らしさは金閣寺とは比較にならない。
ただし、肝心の銀閣は現在解体修理中である。遠方から来る方は注意だぜ。
逆に珍しい所が見れるという気もしないことはない。そういうポジティブな方は3月までの工事期間中に行ってみよう。
以上、段々と銀閣寺がデカくなる連続写真シリーズ、完結。
銀閣寺の素晴らしい庭園を満喫したオレは、京都御所に侵攻してみた。御所内のこの広大な道。国内の規格を超越した道路幅は完全に宮内庁の土地利用パターンであるな。
京都御所を意味無く往復してみたら、万歩計はそれだけで4000歩増えていた。腹が減ったのでそのまま出町に侵攻して名店ふたばで豆餅を要求する。
いつも行列の名店ふたばも、さすが平日だけあってすぐに購入できた。豆がしょっぱくておいしいぜ。
出町柳の駅前にポツネンと立つ「居酒屋」という看板。枯山水のような鄙びた風情がいいじゃないか。しかも店名すら無い。ここに東山文化の伝統を見た。
あばよ。
2009年10月18日
ウィーン・ヴィルトゥオーゼン 〜 名曲の散歩道
モーツァルト
フルートと管弦楽の為のアンダンテ
モーツァルト
交響曲第29番
R・シュトラウス
ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ウェーバー
舞踏への勧誘
クライスラー
愛の悲しみ
愛の喜び
ブラームス
ハンガリー舞曲第1番、第6番
J・シュトラウス
ウィーンの森の物語
J・シュトラウス
トリッチ・トラッチ・ポルカ
オッフェンバック
天国と地獄序曲
ウィーン・ヴィルトゥオーゼン
10月15日いすみホール
ある晴れた日、それは太陽活動の盛んな午後だった。突然オレは京都の重鎮からコンサートに誘われた。京都の重鎮といえば音楽鑑賞歴80年、ロリン・マゼール氏が納豆を混ぜ過ぎた時にただ一人意見したという白州次郎ばりの武勇伝を持つ世界的大御所である。オレはその日、重大な決意を持って京阪百貨店守口店に祝い酒のロワイヤル・ペルリを購入に走ったのだった。
正直、最初はこのコンサートに触手が伸びなかったのだ。苦手とするオーストリア音楽、座席の狭いいずみホール、それと最近なぜだかコンサートに行くマインドにないこと。しかしこのコンサートに侵攻したのは正解だった。豊かな表現と安定した技巧。演奏に求められる二つの座標軸が理想的なバランスで高度に結実していた。最大で11人という小さい編成なので各パートの分離に優れ、大変見通しがいい。特にモーツァルトやブラームスのような優れた作品に於いては和声の必然性というものが明快に理解できて作品をスケルトン図面で透視するかのようだった。
特に交響曲第29番での宇宙的なスケール感は特筆だった。見通しの良く、伸びやかな各声部の自在な表現力は正に広大な宇宙空間を素粒子が高速で飛び交う様そのもの。作品のフォルムを保ったままにこれ程のスケール感を引き出した今回の演奏は空前の名演である。今回の演奏は収録されていたようだが、果たして録音であのようなニュアンスがどこまで伝わるだろうか。
少人数での素晴らしいアンサンブルを聴いて、オケとは一体何なのかと考えてしまった。大人数で演奏する迫力はもちろんあるだろう。しかし人数が増えることに比例して演奏のキメは荒くなる。今回のような少数精鋭による洗練された演奏を体験してしまうと、もうマクロ的な演奏に戻れないような気がする。作曲の基本は最小限の音のみで楽曲を構成することにある。演奏もまた同じではないだろうか。
プログラミングについては、モーツァルトの後にR・シュトラウスを置いたのは失敗だった。不要な音の無い研ぎ澄まされたモーツァルトの後にR・シュトラウスを聴くと作曲家としての力量の差が明瞭に浮き上がってしまって残酷ですらあった。

信頼すべき情報筋からバラが咲いてるという情報を得たオレたちは大阪市内長居公園に侵攻してみた。

どーだ。きれいだろ。名前は忘れた。

これもきれいだよな。名前?オレに聞くなって(死)。

この日は雨上がり。上空には虹も出たぜ。

長居公園のネコ。アンタ、長居公園で長居し過ぎだよ。
あばよ。
フルートと管弦楽の為のアンダンテ
モーツァルト
交響曲第29番
R・シュトラウス
ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ウェーバー
舞踏への勧誘
クライスラー
愛の悲しみ
愛の喜び
ブラームス
ハンガリー舞曲第1番、第6番
J・シュトラウス
ウィーンの森の物語
J・シュトラウス
トリッチ・トラッチ・ポルカ
オッフェンバック
天国と地獄序曲
ウィーン・ヴィルトゥオーゼン
10月15日いすみホール
ある晴れた日、それは太陽活動の盛んな午後だった。突然オレは京都の重鎮からコンサートに誘われた。京都の重鎮といえば音楽鑑賞歴80年、ロリン・マゼール氏が納豆を混ぜ過ぎた時にただ一人意見したという白州次郎ばりの武勇伝を持つ世界的大御所である。オレはその日、重大な決意を持って京阪百貨店守口店に祝い酒のロワイヤル・ペルリを購入に走ったのだった。
正直、最初はこのコンサートに触手が伸びなかったのだ。苦手とするオーストリア音楽、座席の狭いいずみホール、それと最近なぜだかコンサートに行くマインドにないこと。しかしこのコンサートに侵攻したのは正解だった。豊かな表現と安定した技巧。演奏に求められる二つの座標軸が理想的なバランスで高度に結実していた。最大で11人という小さい編成なので各パートの分離に優れ、大変見通しがいい。特にモーツァルトやブラームスのような優れた作品に於いては和声の必然性というものが明快に理解できて作品をスケルトン図面で透視するかのようだった。
特に交響曲第29番での宇宙的なスケール感は特筆だった。見通しの良く、伸びやかな各声部の自在な表現力は正に広大な宇宙空間を素粒子が高速で飛び交う様そのもの。作品のフォルムを保ったままにこれ程のスケール感を引き出した今回の演奏は空前の名演である。今回の演奏は収録されていたようだが、果たして録音であのようなニュアンスがどこまで伝わるだろうか。
少人数での素晴らしいアンサンブルを聴いて、オケとは一体何なのかと考えてしまった。大人数で演奏する迫力はもちろんあるだろう。しかし人数が増えることに比例して演奏のキメは荒くなる。今回のような少数精鋭による洗練された演奏を体験してしまうと、もうマクロ的な演奏に戻れないような気がする。作曲の基本は最小限の音のみで楽曲を構成することにある。演奏もまた同じではないだろうか。
プログラミングについては、モーツァルトの後にR・シュトラウスを置いたのは失敗だった。不要な音の無い研ぎ澄まされたモーツァルトの後にR・シュトラウスを聴くと作曲家としての力量の差が明瞭に浮き上がってしまって残酷ですらあった。
信頼すべき情報筋からバラが咲いてるという情報を得たオレたちは大阪市内長居公園に侵攻してみた。
どーだ。きれいだろ。名前は忘れた。
これもきれいだよな。名前?オレに聞くなって(死)。
この日は雨上がり。上空には虹も出たぜ。
長居公園のネコ。アンタ、長居公園で長居し過ぎだよ。
あばよ。
2009年10月12日
ムーティ/フィラデルフィアo ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番
長い間探している音源がいくつかある。ムーティ/フィラデルフィアのラフマニノフとかサヴァリッシュ/フィラデルフィアのドヴォルザーク、或いはヤンソンスやシャイーとの一連の録音などなど・・・。これらのものはなかなか手に入らない。ところで、この連休は相方ちゃんの家でまったりと過ごしたのだが、彼女のCDコレクションをじっくりと見たことが無いことに気付いたオレはさっそくガサ入れに入った。するとバロック・ファンである彼女のコレクションから意外にも多くのフィラ管物が出てくるではないか。しかも長年オレが探していたムーティのラフマノノフとかサヴァリッシュのドヴォルザーク、ヤンソンスやシャイーとの客演録音のようなレア物がガッツリある。ガサ入れしてわかった驚愕の事実。それは彼女の持っていたフィラ管のCDは全てオレが未購入のものばかりであった(馬)。そんな彼女のコレクションに脱帽の上、謹んで10点差し上げの三連休秋晴れ散達日和である。
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番
ガヴリーロフ
ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団
フィラデルフィア時代のムーティは、今では考えられないような録音をたくさん残している。あの頃のムーティが今よりレパートリーが広かったのか、或いはレコード会社のゴリ押し強引やり手ネゴシエーター接待攻撃ただれた夜に屈して録音させられたのかはよくわからない。このガヴリーロフとのラフマニノフもそういったレア・レパートリーのひとつである。
演奏はそれなりにまとめているのだが、たまに情熱的過ぎたりしてムーティがこの作曲家をほとんど演奏しない理由がわかるような気がする。エロとロマンがほの暗く交錯するラフマニノフの音楽にはラテンの血の沸点はいささか低すぎるようだ。
面白いのは89年の録音にも係わらずオケにかなりオーマンディの影が見え隠れすることである。オーマンディの最後のステージから5年は経っているのだが、その足跡の大きさがここに見られる。そしてそれは若きムーティをその在任中苦しめることにもなった。
大阪市営地下鉄谷町線新型30000系のホーム入線から発車までのコンプリート動画
なぜ、新型が来ることがわかったか、気になる?
あばよ。
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番
ガヴリーロフ
ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団
フィラデルフィア時代のムーティは、今では考えられないような録音をたくさん残している。あの頃のムーティが今よりレパートリーが広かったのか、或いはレコード会社のゴリ押し強引やり手ネゴシエーター接待攻撃ただれた夜に屈して録音させられたのかはよくわからない。このガヴリーロフとのラフマニノフもそういったレア・レパートリーのひとつである。
演奏はそれなりにまとめているのだが、たまに情熱的過ぎたりしてムーティがこの作曲家をほとんど演奏しない理由がわかるような気がする。エロとロマンがほの暗く交錯するラフマニノフの音楽にはラテンの血の沸点はいささか低すぎるようだ。
面白いのは89年の録音にも係わらずオケにかなりオーマンディの影が見え隠れすることである。オーマンディの最後のステージから5年は経っているのだが、その足跡の大きさがここに見られる。そしてそれは若きムーティをその在任中苦しめることにもなった。
大阪市営地下鉄谷町線新型30000系のホーム入線から発車までのコンプリート動画
なぜ、新型が来ることがわかったか、気になる?
あばよ。
2009年10月04日
オーマンディ/フィラデルフィアo ラフマニノフ 死の島 (79)
フィラ管のファンでありながら、これまでラフマニノフの「死の島」を聴いたことがなかった(死)。音楽鑑賞歴27年。去年の夏に初めて「クロイツェル・ソナタ」を聴いたという激白に周囲を大いに驚かせた時は「フィラ管にクロイツェル・ソナタの録音が無いからさ・・・」などと極めて説得力のある言い訳で完璧な逃げきりに成功したオレだったが、「死の島」未聴問題の解決は苦しいものがある。ヘンリー・マンシーニ聴いている時間あるんなら「死の島」くらい聴けるだろとか、ペヤング食いながら聴く時間くらいあんだろ、とか攻撃されるとなかなか弁明は難しい。
演奏だが、これが予想外にいい。79年、円熟極めるこのコンビは盤石の安定感である。心地よい呼吸感、メリハリの効いたコントロール、キャラ立ちの良さ。オーマンディ生涯の総決算である。一部珍しく大きなデュナーミクも見られる。クライマックスでのうねるような弦に乗るカデラベックの朗々たるトランペットは素晴らしく絵画的だ。
79年4月のライヴ収録だが、音質も良好。購入しておくべき一枚だと思う。
ラフマニノフ 死の島
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団 79live

伏見稲荷を後にしたオレたちは帰営の途上にあった八幡市にも侵攻、上陸を強行してみた。

日ごろは自転車で侵攻するのだが、今回は珍しく京阪戦車での上陸である。
八幡市駅前には地図が3枚連続して設置されている。観光用などそれぞれ用途があるようだが、ほぼ同じような内容のものが集合配置されていることにオレはこの地のゲニウス・ロキを垣間見た。

八幡市で下車したからには男山鋼索線に乗車しなければなるまい。京阪戦車の特急と同じカラーリングのこのケーブルカーは、しかし京阪特急のような猛スピードで走ることは、無い。にも係わらずこのカラーリングなのは始点から終点まで直通ということに特急としてのカテゴライズを得ている為だろうか。

鋼索線を下車して、更に急峻な階段をガッツで昇るとこのような眺望が開ける。伏見城が予想外に大きく見えるなぁ。京都タワーの位置も確認できる。

エジソンが電球を作る時に最終的に採用されたのはこの境内にある竹だった。そんなエジソン竹を通過していくと本殿に出る。本殿は最近改修されてきれいになっている。
京阪男山鋼索線の全行程。
あばよ。
演奏だが、これが予想外にいい。79年、円熟極めるこのコンビは盤石の安定感である。心地よい呼吸感、メリハリの効いたコントロール、キャラ立ちの良さ。オーマンディ生涯の総決算である。一部珍しく大きなデュナーミクも見られる。クライマックスでのうねるような弦に乗るカデラベックの朗々たるトランペットは素晴らしく絵画的だ。
79年4月のライヴ収録だが、音質も良好。購入しておくべき一枚だと思う。
ラフマニノフ 死の島
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団 79live
伏見稲荷を後にしたオレたちは帰営の途上にあった八幡市にも侵攻、上陸を強行してみた。
日ごろは自転車で侵攻するのだが、今回は珍しく京阪戦車での上陸である。
八幡市駅前には地図が3枚連続して設置されている。観光用などそれぞれ用途があるようだが、ほぼ同じような内容のものが集合配置されていることにオレはこの地のゲニウス・ロキを垣間見た。
八幡市で下車したからには男山鋼索線に乗車しなければなるまい。京阪戦車の特急と同じカラーリングのこのケーブルカーは、しかし京阪特急のような猛スピードで走ることは、無い。にも係わらずこのカラーリングなのは始点から終点まで直通ということに特急としてのカテゴライズを得ている為だろうか。
鋼索線を下車して、更に急峻な階段をガッツで昇るとこのような眺望が開ける。伏見城が予想外に大きく見えるなぁ。京都タワーの位置も確認できる。
エジソンが電球を作る時に最終的に採用されたのはこの境内にある竹だった。そんなエジソン竹を通過していくと本殿に出る。本殿は最近改修されてきれいになっている。
京阪男山鋼索線の全行程。
あばよ。
2009年09月29日
オーマンディ/メトロポリタン歌劇場 J・シュトラウス こうもり
最近のDLによる音源供給はすごい。DLだからこそ市場の小さい商品でも商品化しやすいのだろう。ラインナップが充実しているなぁ。しかも買っても場所を取らないし、もうCDとか買うのバカバカしくなっちゃうよ。
オーマンディ唯一のオペラ録音として知られる「こうもり」。初めてこの音源のことを知ったのが6年生の頃だった。それから探し続けること125年。ようやくめぐり合った時にはDLで呆気なくオレの前に出現したよ。こういう現象に出くわすとさすが21世紀未来都市であると考えたりする軽いSFファンのR33である。
演奏はオーマンディにしては明快なサウンドに意表を付かれる。50年の収録にも係わらず録音が大変優れていて元々聴きやすいのだろうが、それを差し引いても明快だ。細かな音までクリアに聴こえるし、臨場感もすごい。オケも乗っていて躍動感溢れている。セッション録音なのだが、まるで実況盤のような熱気がいい。
オレは日頃オペラをまったく聴かないので、この演奏がオペラ的にどうなのかはよくわからない。それでも思った以上にオーマンディがまともにオペラ指揮者たりえているのは驚いた。歌手との呼吸とかオケの音量の問題、筋書きに沿ったメリハリの付け方には十分な経験が感じられる。
オーマンディはオペラの正規録音は「こうもり」1曲しか残さなかったが、METやハリウッド・ボウルではかなりの数のオペラ公演を指揮しており、決してオペラの経験が不足する人物では無かったと思われる。この録音を聴くとオーマンディという指揮者のレパートリーの広さには今更ながら驚かされる。これほど広いレパートリーを高い水準でまとめられる人は後にも先にもなかなかいないだろうなぁ。
J・シュトラウス こうもり
オーマンディ/メトロポリタン歌劇場

京阪伏見稲荷駅である。確か86年頃に一度行っているから23年振りの侵攻となった。すごいから既に駅舎から「お稲荷さんレッド」で塗られている。

正面入り口に堂々佇む大鳥居。

名物千本鳥居の中に侵攻してみた。「そうだ、京都行こう」って感じだよな。秋の京都はいいよなぁ。

千本鳥居の中に近鉄バファローズ最後の優勝監督である梨田昌孝師範の鳥居を発見。梨田師範だけに千本鳥居ならぬ千本ノック、なーんちて。
昨日は突然の発熱が生起して会社を早退。夜に予定があったのだが、それもキャンセルさせて頂いた。時勢がら一応新型インフルエンザの検査を行ったが陰性。疲れが出たようだ。今日は一日、一生懸命ゴロゴロして過ごす。
あばよ。
オーマンディ唯一のオペラ録音として知られる「こうもり」。初めてこの音源のことを知ったのが6年生の頃だった。それから探し続けること125年。ようやくめぐり合った時にはDLで呆気なくオレの前に出現したよ。こういう現象に出くわすとさすが21世紀未来都市であると考えたりする軽いSFファンのR33である。
演奏はオーマンディにしては明快なサウンドに意表を付かれる。50年の収録にも係わらず録音が大変優れていて元々聴きやすいのだろうが、それを差し引いても明快だ。細かな音までクリアに聴こえるし、臨場感もすごい。オケも乗っていて躍動感溢れている。セッション録音なのだが、まるで実況盤のような熱気がいい。
オレは日頃オペラをまったく聴かないので、この演奏がオペラ的にどうなのかはよくわからない。それでも思った以上にオーマンディがまともにオペラ指揮者たりえているのは驚いた。歌手との呼吸とかオケの音量の問題、筋書きに沿ったメリハリの付け方には十分な経験が感じられる。
オーマンディはオペラの正規録音は「こうもり」1曲しか残さなかったが、METやハリウッド・ボウルではかなりの数のオペラ公演を指揮しており、決してオペラの経験が不足する人物では無かったと思われる。この録音を聴くとオーマンディという指揮者のレパートリーの広さには今更ながら驚かされる。これほど広いレパートリーを高い水準でまとめられる人は後にも先にもなかなかいないだろうなぁ。
J・シュトラウス こうもり
オーマンディ/メトロポリタン歌劇場
京阪伏見稲荷駅である。確か86年頃に一度行っているから23年振りの侵攻となった。すごいから既に駅舎から「お稲荷さんレッド」で塗られている。
正面入り口に堂々佇む大鳥居。
名物千本鳥居の中に侵攻してみた。「そうだ、京都行こう」って感じだよな。秋の京都はいいよなぁ。
千本鳥居の中に近鉄バファローズ最後の優勝監督である梨田昌孝師範の鳥居を発見。梨田師範だけに千本鳥居ならぬ千本ノック、なーんちて。
昨日は突然の発熱が生起して会社を早退。夜に予定があったのだが、それもキャンセルさせて頂いた。時勢がら一応新型インフルエンザの検査を行ったが陰性。疲れが出たようだ。今日は一日、一生懸命ゴロゴロして過ごす。
あばよ。
2009年09月22日
オーマンディ/フィラデルフィアo シベリウス sym5 (54)
オーマンディ師のシベリウスは作曲者本人からお墨付きをもらった、というのは有名な話し。しかし肝心の旧録音はなかなか聴く機会がなく、比較的入手しやすいRCA盤はどうもシベリウス本人が聴いた演奏とは趣きが違うようだ。
なんとか旧録音を聴くことができないかと必死の血眼で暗躍すること75年。最近になってDLで聴けることをオーマンディのファンの方のページで知った。だったらすぐにDLすりゃいいのに、そっからグズグズすること15年。ようやくこの連休中に伝説の旧録音を聴くことができたよ。
シベリウス 交響曲第5番
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団 54年
75年11月18日,オーマンディのBDに録音されたRCA盤は、晩年のオーマンディの特徴である豊満コラーゲン・サウンド全開。これはこれで輝かしい演奏であるが、野性味には欠けていた。
対して54年盤。オーマンディのフィンランド訪問の頃に行われたこの録音は大変エッジの効いた演奏である。内声部の強調によって作品の革新性に光を当てたり、珍しくアゴーギグに変化を付けることで場面ごとの描き分けが明確になっている。純音楽的にも優れており、各パート間の音量のバランスや、音色の変化、アクセントやフレージングに至るまで練られた表現だ。正に作品を手中に収めているとはこのことだろう。このコンビの演奏としては野性味があり、シベリウスに相応しい峻厳さがいい。75年盤と比較すると断然54年盤の方が優れている。シベリウスが評価したという演奏はこの54年盤からこそその実態がわかるのだと思われる。
なんとか旧録音を聴くことができないかと必死の血眼で暗躍すること75年。最近になってDLで聴けることをオーマンディのファンの方のページで知った。だったらすぐにDLすりゃいいのに、そっからグズグズすること15年。ようやくこの連休中に伝説の旧録音を聴くことができたよ。
シベリウス 交響曲第5番
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団 54年
75年11月18日,オーマンディのBDに録音されたRCA盤は、晩年のオーマンディの特徴である豊満コラーゲン・サウンド全開。これはこれで輝かしい演奏であるが、野性味には欠けていた。
対して54年盤。オーマンディのフィンランド訪問の頃に行われたこの録音は大変エッジの効いた演奏である。内声部の強調によって作品の革新性に光を当てたり、珍しくアゴーギグに変化を付けることで場面ごとの描き分けが明確になっている。純音楽的にも優れており、各パート間の音量のバランスや、音色の変化、アクセントやフレージングに至るまで練られた表現だ。正に作品を手中に収めているとはこのことだろう。このコンビの演奏としては野性味があり、シベリウスに相応しい峻厳さがいい。75年盤と比較すると断然54年盤の方が優れている。シベリウスが評価したという演奏はこの54年盤からこそその実態がわかるのだと思われる。
2009年09月19日
オーマンディ/フィラデルフィアo ブラームス Vn協奏曲 (73)
なんちゅうか、オーマンディ師のブラームスの素晴らしさにはいつもハイドン驚愕怒涛のタクラマカン砂漠鳩ヶ谷場末のスナック午前2時状態であるのだが、それにしてもことごとく内容がいい。ブラームスが好きな人はオーマンディの演奏を聴くべきだと勝手に国連決議2009である(卍)。
この演奏はソリスト、オケ共に線の細い印象を受けるが、恐らく録音のせいだろう。73年のサラトガ・スプリングスでのライヴ収録であり、しかもエアチェック音源と思われる。高音に偏向したペラペラなサウンドはいささか不機嫌であるが、そういうバイアスを考慮してもなおこの演奏は良い。藤川真弓のテクニックは大変冴えており、しかもその語り口は音楽的だ。若々しくキレの良い藤川のソロにオーマンディは例によって絶妙超絶密着伴奏攻撃である。藤川が右に振れば右に、左に振れば左に、と素晴らしいアシスト戦略共産主義だ。きっとオーマンディにはソリストの考えていることが全てわかるのだろう。こうしてほしい、ということを先回りして弾きやすい環境を整えることに掛けてはオーマンディは最右翼と言える。
ブラームス Vn協奏曲
藤川真弓
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団 73live

「ほぼ年中無休」。
素晴らしい脱力感に10点差し上げ。
この演奏はソリスト、オケ共に線の細い印象を受けるが、恐らく録音のせいだろう。73年のサラトガ・スプリングスでのライヴ収録であり、しかもエアチェック音源と思われる。高音に偏向したペラペラなサウンドはいささか不機嫌であるが、そういうバイアスを考慮してもなおこの演奏は良い。藤川真弓のテクニックは大変冴えており、しかもその語り口は音楽的だ。若々しくキレの良い藤川のソロにオーマンディは例によって絶妙超絶密着伴奏攻撃である。藤川が右に振れば右に、左に振れば左に、と素晴らしいアシスト戦略共産主義だ。きっとオーマンディにはソリストの考えていることが全てわかるのだろう。こうしてほしい、ということを先回りして弾きやすい環境を整えることに掛けてはオーマンディは最右翼と言える。
ブラームス Vn協奏曲
藤川真弓
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団 73live

「ほぼ年中無休」。
素晴らしい脱力感に10点差し上げ。
2009年09月10日
アース ラヴェル 亡き王女の為のパヴァーヌ
最近あっさり君がいいのだ。クドくて重くて長い音楽に耐えられるほど人間大きくないのだヨ。オレ。
ラヴェルのパヴァーヌなんかもともと大好物だったのだが、それが気づけばいつの間にかピアノ版じゃないとヤダヤダ状態である。加齢とは恐ろしいものだ。
で。ピアノじゃないとヤダヤダなのはいいが、よく考えると守フィ研本部にはオケ版しかないことに気付いた。ああ〜、今日も帰ったってオケしか聴けないんだよなぁ、などと人生の日本海をぢっと見ながら家路を敗走していたある夕方。オレは気付いた。「そうだ、タワレコ行こう」。
オレはそのまま丸ビル地階のタワレコに侵攻すると迷わずアースの名盤を1900万円で購入してムネオハウス守口に帰ったのだった。
ラヴェル 亡き王女の為のパヴァーヌ
アース
先日は生れて初めて京都府大山崎町に侵攻してみた。その昔、大山崎町は不便でなぁ。「何も足さない、何もひかない」どころか「誰も降りない、誰も乗らない」って感じだったのだが、いつしか交通快便状態になっているではないか。
大山崎町に侵攻するといえば、サントリーの工場見学しかないじゃん。と言う訳でいきなり工場内の状況である。見学コースではどんどん写真を撮って下さいということだったのでどんどん撮ってみよう。
ウイスキーの樽はこのように保存されている。12年とかこの状態らしい。寝かせることが仕事。オレも寝ることが仕事というダメ人間アウストラロピテクスになりたい。
このデカいポットでウイスキーを蒸留するらしい。この工程を経たものはまだ透明だが,既にウイスキーの香りがした。
工場の床は瓶の廃材を再利用している。エライ。
工場の外は綺麗な水が湧き出る森だった。飲み物で一番好きなのは水であるR33。これを飲めないかとムラムラする。
すると見学ツアーの最後にウイスキーと共に山崎の水が出てきた。水もハンパ無くおいしかったのだが、ここで出されたウイスキー山崎のうまさといったら驚愕のハイドン94だった。どうやら入れ方にコツがあるらしく、そのレシピをもらってきた。果たして自分でもこんなにおいしく作れるのだろうか。
ちなみにツアー後はウイスキー飲み放題。しかもアテ付き。
あばよ。
ラヴェルのパヴァーヌなんかもともと大好物だったのだが、それが気づけばいつの間にかピアノ版じゃないとヤダヤダ状態である。加齢とは恐ろしいものだ。
で。ピアノじゃないとヤダヤダなのはいいが、よく考えると守フィ研本部にはオケ版しかないことに気付いた。ああ〜、今日も帰ったってオケしか聴けないんだよなぁ、などと人生の日本海をぢっと見ながら家路を敗走していたある夕方。オレは気付いた。「そうだ、タワレコ行こう」。
オレはそのまま丸ビル地階のタワレコに侵攻すると迷わずアースの名盤を1900万円で購入してムネオハウス守口に帰ったのだった。
ラヴェル 亡き王女の為のパヴァーヌ
アース
ちなみにツアー後はウイスキー飲み放題。しかもアテ付き。
あばよ。
2009年09月05日
オーマンディ/フランス国立放送o ブラームス Vn協奏曲
またまたスゴい音源が出ちゃったねぇ。72年のライヴでブラームスVn協奏曲、ソロはスターンだよ。
古いライヴにも係わらず録音がいい。ノイズも目立たないし、音割れ、歪み、混濁諸々一切気にならないレベルである。鑑賞するには問題無しだ。演奏も素晴らしい。スターンの味のある老獪さが大変魅力的だ。まだ技巧的にもキレのある時代でもあり、若さと円熟味のハイブリッドに聴き応えがある。
我らがオーマンディ師の伴奏も言うまでもなくいい。スターンのソロにビタっと合わせるうまさは人間国宝生きる世界遺産としか表現のしようが無い。スターンの演奏に触発されるかのように時に溜めるなどスケールの大きな表現に惹き込まれる。ソロにもオケにも共通して言えるのだが、この演奏は一貫して適切なアクセントとフレージングで統一されており、ブラームス演奏の手本とも言えるものだと思う。オーマンディ師が生涯最もブラームスを得意とした事実はこの録音からも伺うことができる。
ブラームス ヴァイオリン協奏曲
スターン
オーマンディ/フランス国立放送管弦楽団 72.1.24live
自由への闘争
或いは子猫を店の中に入れたいおばちゃんとそれがイヤでただ自由になりたいだけの子猫
あばよ。
古いライヴにも係わらず録音がいい。ノイズも目立たないし、音割れ、歪み、混濁諸々一切気にならないレベルである。鑑賞するには問題無しだ。演奏も素晴らしい。スターンの味のある老獪さが大変魅力的だ。まだ技巧的にもキレのある時代でもあり、若さと円熟味のハイブリッドに聴き応えがある。
我らがオーマンディ師の伴奏も言うまでもなくいい。スターンのソロにビタっと合わせるうまさは人間国宝生きる世界遺産としか表現のしようが無い。スターンの演奏に触発されるかのように時に溜めるなどスケールの大きな表現に惹き込まれる。ソロにもオケにも共通して言えるのだが、この演奏は一貫して適切なアクセントとフレージングで統一されており、ブラームス演奏の手本とも言えるものだと思う。オーマンディ師が生涯最もブラームスを得意とした事実はこの録音からも伺うことができる。
ブラームス ヴァイオリン協奏曲
スターン
オーマンディ/フランス国立放送管弦楽団 72.1.24live
自由への闘争
或いは子猫を店の中に入れたいおばちゃんとそれがイヤでただ自由になりたいだけの子猫
あばよ。
2009年09月03日
オーマンディ/フィラデルフィアo チャイコフスキー アンダンテ・カンタービレ
アンダンテ・カンタービレという作品は昔から知っていたのだが、それほど好きだと思わなかった。しかし最近、年のせいか急激に音楽の好みが変わってきて、遂にアンダンテ・カンタービレを聴きたいと思うまでになった。果たして聴いてみると全く想像できなかった程その世界に入り込んでしまった。人は少しづつ変わっていくものだ。
もともと夏は好きなのだが、今年の夏は特に素晴らしかった。それは単に楽しかったというだけではなく、もしかしたら多少は成長できた証かもしれない。もっとも成長するような年でもないのだが。
この作品がいつになく染み込んで来たのは、そんな夏を振り返りながら聴いたせいかもしれないなぁ。
編曲者のトーマス・フロストはプロデューサーで、この録音も彼自身が担当している。
チャイコフスキー アンダンテ・カンタービレ(フロスト編)
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団
解体が進むフェスティバル・ホール。よく見ると当時のロビーや楽屋口の存在を確認できる。オレは1985年に右手の楽屋口でバーンスタインにサインを貰ったのだった。
この建築は50年で解体されたのだが、こういう現代建築の安普請ぶりをかねてより疑問に思っていた。現代の建築はコストに縛られ、安く早く作るコンビニ建築ばかりが行われている。こういうやり方がいつもでも続く筈が無いと思うのだがなぁ。
あばよ。
もともと夏は好きなのだが、今年の夏は特に素晴らしかった。それは単に楽しかったというだけではなく、もしかしたら多少は成長できた証かもしれない。もっとも成長するような年でもないのだが。
この作品がいつになく染み込んで来たのは、そんな夏を振り返りながら聴いたせいかもしれないなぁ。
編曲者のトーマス・フロストはプロデューサーで、この録音も彼自身が担当している。
チャイコフスキー アンダンテ・カンタービレ(フロスト編)
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団
解体が進むフェスティバル・ホール。よく見ると当時のロビーや楽屋口の存在を確認できる。オレは1985年に右手の楽屋口でバーンスタインにサインを貰ったのだった。この建築は50年で解体されたのだが、こういう現代建築の安普請ぶりをかねてより疑問に思っていた。現代の建築はコストに縛られ、安く早く作るコンビニ建築ばかりが行われている。こういうやり方がいつもでも続く筈が無いと思うのだがなぁ。
あばよ。
2009年08月30日
オーマンディ/フィラデルフィアo マッカートニー イエスタディ
時代が違ったとしか言いようが無いのだろうが、このコンビはイエスタディのようなポップスナンバーまで残している。どういう経緯でこういう企画が成されたものか、或いはオーマンディや楽団がこのような仕事をどう思っていたのか気になるなぁ。ただ同時代に於いてこういう録音はこのコンビへの誤解や偏見につながった部分はあったと思う。これらの録音を指してこのコンビを「本質的にはポップス・オーケストラ」と言っている輩を見たことがあるが、これが誤っていることは議論を待たない。とはいえ今なお、彼らのこのような録音をどう解釈するかはフィラ管史に於ける難問であるのは事実である。オーマンディという人物は自身のことを「拘らない性格」と語っていたように、あまり仕事を選り好みしなかった。最終的にはそういうオーマンディのパーソナリティに解答を得ることができるのかもしれない。
演奏はさすが重厚そのもので、この作品のスマートさからは程遠い。ティンパニなどが勇壮に入っているアレンジ自体、作品本来の表現からは距離があると感じる。
レノン&マッカートニー イエスタディ
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団
昨日洗濯していたら、スズメバチが飛来してきた。すぐにどこかに行くのだろうと思っていたのだが、ヤツは洗濯機の裏に入り込んだきり出てこない。不審に思ったオレは直ちに海上警備行動2009を発令して洗濯機の裏側を哨戒してみた。するとそこには巣があった(死)。オレはすぐさま網戸の中からハエ・アブ・マグナム・ジェット(ケロシン275m)バズーカ・タイプによる砲撃を開始した。攻撃開始から32年と7ヶ月、猛毒成分の盛大な噴射にようやく鬼畜米英スズメバチ(一匹)は回避行動に出てどこかに去って行った。オレは守備隊が不在になった巣本体にもこのハエ・アブ・マグナム・ジェット(ケロシン275m)バズーカ・タイプを噴出し、再びスズメバチが近づけないように汚染しておいた。
しばらくするとヤツは戻ってきた。巣に近づこうとするのだが、殺虫成分で猛烈に汚染された巣付近には近づけないようだった。ヤツはしばらく手すりに佇んでいたが、それはまるで巣に起こったことを分析し、これからどうするべきかと塾考しているかのようだった。しかしその後、突然どこかに飛び去っていき、それきり戻ってきた様子は無い。
今朝になって巣を破壊してみた。巣は予想以上に丈夫にできており、簡単には砕けなかった。5センチ程の巣を破壊すると中からは蛍光色風の緑色というかなりグロテスクな色をした幼虫が大量に出てきた。あれほどハエ・アブ・マグナム・ジェット(ケロシン275m)バズーカ・タイプを吹きかけたにも係わらず、中の幼虫はまだ生きていた。
演奏はさすが重厚そのもので、この作品のスマートさからは程遠い。ティンパニなどが勇壮に入っているアレンジ自体、作品本来の表現からは距離があると感じる。
レノン&マッカートニー イエスタディ
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団
しばらくするとヤツは戻ってきた。巣に近づこうとするのだが、殺虫成分で猛烈に汚染された巣付近には近づけないようだった。ヤツはしばらく手すりに佇んでいたが、それはまるで巣に起こったことを分析し、これからどうするべきかと塾考しているかのようだった。しかしその後、突然どこかに飛び去っていき、それきり戻ってきた様子は無い。
今朝になって巣を破壊してみた。巣は予想以上に丈夫にできており、簡単には砕けなかった。5センチ程の巣を破壊すると中からは蛍光色風の緑色というかなりグロテスクな色をした幼虫が大量に出てきた。あれほどハエ・アブ・マグナム・ジェット(ケロシン275m)バズーカ・タイプを吹きかけたにも係わらず、中の幼虫はまだ生きていた。
2009年08月28日
2009年08月25日
オーマンディ/フィラデルフィアo ヘンデル 水上の音楽
オーマンディは水上の音楽を46年、59年、70年、71年と4回も録音している。この作品が好きだったのかもしれないなぁ。注目は70年、71年と連続して行われたセッションで、70年はオーマンディ編、71年はハリス編が用いられている。同じ作品を違う版を用いて連続録音するなんてことは、現代では考えられない。あの頃はみんな豊かだったのだ。
今日は70年の録音を聴いてみた。演奏は予想通りというか相変わらずの豪快キャデラックサウンド、ユージン・豊満ディである。ピリオド演奏がどうしたとか、ビブラートがどうとか、そういう難しいことを抜きにして駆け抜けるオーマンディのヘンデル。国道のど真ん中を堂々とGMのクルマで走るようなアンチ・エコロジカルぶりが世界経済に勢いのあった時代を象徴しているようだ。遠い将来、エコ思想が徹底されたダウンサイジング極貧未来都市でこういう演奏は時代の空気を伝えるものとしてきっと再評価される時が来るとオレ、勝手に思う。
ヘンデル 水上の音楽 (オーマンディ編)
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団
先日は神戸に出かけてゆっくり過ごした。メリケンパークからの神戸の眺望はなんと美しいことか。実は元兵庫県民であるR33。今までこの美しい光景を知らずに人生過ごして来たヨ。
市内中心部からの六甲山の眺望もすげぇ。素晴らしく気分のいい朝だ。
どうでもいいが、ANAクラウンプラザの上の方に何か出ているが、あれはなんだろうなぁ。
神戸電鉄に乗って市内北部に侵攻してみることにした。電車がシブいぜよな。ちなみに神戸鉄道の電車入線のメロディはメンデルスゾーンのイタリア交響曲。電車はボロくても、さすがハイソ都市神戸である。
神戸電鉄で向かったのは神戸市立森林植物園である。広大な面積があるからとても一日では見れないぜ。
資料館にあった巨大切り株。年輪の時代を示す物差しが付いていた。この巨木に比べれば人類の歴史がいかに貧相なものであることか。
両側崖という、もの凄いケモノ道を進むと一体どこに出るのか・・・。
そこにはかわいいミッフィーちゃんがたくさんいた。
中にはあまりやる気の無い者も・・・。
或いは完全にやる気の無い者も、いる。
彼はミッフィーというよりもガスパールっぽいな。
今日は70年の録音を聴いてみた。演奏は予想通りというか相変わらずの豪快キャデラックサウンド、ユージン・豊満ディである。ピリオド演奏がどうしたとか、ビブラートがどうとか、そういう難しいことを抜きにして駆け抜けるオーマンディのヘンデル。国道のど真ん中を堂々とGMのクルマで走るようなアンチ・エコロジカルぶりが世界経済に勢いのあった時代を象徴しているようだ。遠い将来、エコ思想が徹底されたダウンサイジング極貧未来都市でこういう演奏は時代の空気を伝えるものとしてきっと再評価される時が来るとオレ、勝手に思う。
ヘンデル 水上の音楽 (オーマンディ編)
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団
先日は神戸に出かけてゆっくり過ごした。メリケンパークからの神戸の眺望はなんと美しいことか。実は元兵庫県民であるR33。今までこの美しい光景を知らずに人生過ごして来たヨ。
市内中心部からの六甲山の眺望もすげぇ。素晴らしく気分のいい朝だ。
神戸電鉄に乗って市内北部に侵攻してみることにした。電車がシブいぜよな。ちなみに神戸鉄道の電車入線のメロディはメンデルスゾーンのイタリア交響曲。電車はボロくても、さすがハイソ都市神戸である。
神戸電鉄で向かったのは神戸市立森林植物園である。広大な面積があるからとても一日では見れないぜ。
資料館にあった巨大切り株。年輪の時代を示す物差しが付いていた。この巨木に比べれば人類の歴史がいかに貧相なものであることか。
両側崖という、もの凄いケモノ道を進むと一体どこに出るのか・・・。
そこにはかわいいミッフィーちゃんがたくさんいた。
中にはあまりやる気の無い者も・・・。
或いは完全にやる気の無い者も、いる。彼はミッフィーというよりもガスパールっぽいな。
2009年08月23日
オーマンディ/フィラデルフィアo ブリテン H・パーセルの主題による変奏曲とフーガ
オーマンディの数ある録音の中でもこの演奏は特に優れたものに入ると思う。冒頭から重厚にして絢爛たるサウンドが素晴らしい。トラディショナルでうねるような弦の上に輝かしく散りばめられた金管のコントラストが鮮やかだ。勢いのあるフレージングもいい。
この演奏を聴いているとオーマンディという指揮者の恰幅の良さがよくわかる。奇をてらうようなことをせず、作品のど真ん中をじっくりと歩むそのスケール感が感動的である。ブリテンの自作自演の渋くてチャーミングな演奏とは対極にあるとも言えるが、全盛期のフィラデルフィア管弦楽団の威力を今に伝える貴重な録音だと思う。
ブリテン H・パーセルの主題による変奏曲とフーガ
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団
先週末は京都重鎮会館で重鎮会が開催された。
先進国首脳猥談食い意地部会の各理事は京都の歴史的文化財とか、名曲名盤による素晴らしい音楽とかはどーでもいいぜ状態。ただ全力で目の前にある料理を食べ尽した(掟)。今回は関東理事から素晴らしいシャンパンまで差し入れして頂いたので、各理事はそのあまりの絶品ぶりにこれを飲み干すと一気に5歳ほど老け込んでいた。
重鎮の力作ラタトゥイユ。トマト濃厚第2次5カ年計画コルホーズ攻撃に各理事は思わず遠くをぢっと見た。
シャンパン&赤ワイン攻撃に昼間からヘベレケになった先進国首脳猥談各理事は、勢い余って近所の神社に侵攻する。文化都市京都にあるまじき欲望剥き出しメタボリ集団はアテも無く真夏の古都をダラダラさまよう。
この日は大文字焼きだった。昼間見るとこんな感じだ。
夜になるとこれだよ。20時から20時20分までの僅かな時間、この文字は光るのだな。古代風水都市京都の伝統はこういう所にこそ感じられるというものだ。
あばよ。
この演奏を聴いているとオーマンディという指揮者の恰幅の良さがよくわかる。奇をてらうようなことをせず、作品のど真ん中をじっくりと歩むそのスケール感が感動的である。ブリテンの自作自演の渋くてチャーミングな演奏とは対極にあるとも言えるが、全盛期のフィラデルフィア管弦楽団の威力を今に伝える貴重な録音だと思う。
ブリテン H・パーセルの主題による変奏曲とフーガ
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団
夜になるとこれだよ。20時から20時20分までの僅かな時間、この文字は光るのだな。古代風水都市京都の伝統はこういう所にこそ感じられるというものだ。あばよ。



