Orthodox Days オーソドックスな日々

あなたの知らない正教会

クラーク・カールトン「フィリオクエ」(3)

 この神の単純性の強調のために、ラテン神学者が、父からの聖霊の永遠の(存在論的な)発出と子からの時間的な(経綸的な)出現の区別をすることはまれである。フィリオクエの擁護者はヨハネ福音書20章22節の「そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。」」のような箇所を引用する。彼らが言うには、これが父と同様子からも聖霊が発出している証拠である。しかしながら正教会の神学者が指摘していることだが、同じ福音書において、キリスト御自身が聖霊の時間的な派遣と永遠の発出を区別しているのである。「わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。」(ヨハネ福音書15章26節)
 子が聖霊をこの世に送ることや、聖霊が(その派遣に関して)子を通して出てくることは正教会は決して否定していない。しかしながらフィリオクエ主義者は聖霊の時間的派遣と永遠の発出を一つにしてしまった。
 同様に、フィリオクエの擁護者による神性の絶対的単純性の強調は、結局は位格の価値を低下させ下落させることに終わる。この批判に答えて、幾人かのラテンの神学者たちは

「(すべての位格に共通の)本性にでもなく、それ自体における位格にでもなく、(位格間の)関係に、発出を位置づけようと試みた」(ヤロスラフ・ペリカン『東方教会の精神』)


この場合、三位一体の位格的命は関係の概念へと還元される。たしかに今日でさえ、ローマカトリックの神学者たちは、位格と本性との(単なる意味論的なものではない)現実の区別を否定することにおいて共通である。
 それゆえ、聖アウグスティヌスの時代以来、西方の神学者たちは、神の本性についての思弁が支配的な根本的に哲学的な神学へのアプローチを採用してきた。フィリオクエはこの方法の果実である。もちろん、聖アウグスティヌスは、敬虔な教会の子以外の何かになろうと意図したわけではない。彼の『告白』には、真の信仰と敬虔を持つ人のヴィジョンが見られる。しかし彼の『三位一体』には、思弁的神学者アウグスティヌスが前面に出てくる。
 公平に言うが、聖アウグスティヌスが三位一体の「本性論的」ないし「一者的」な見方を据えたということに、すべての学者が同意しているわけではない。アウグスティヌスの三位一体モデルは、非位格的でも単位格的でもなく、ギリシア教父のそれと同様関係的なものであるとローワン・ウィリアムズは主張している。キャサリン・オズボーンの主張では、子と父の間の非位格的な絆としての聖霊という概念はアウグスティヌスには見出されない。にもかかわらず、私たちがここで扱っていることは、アウグスティヌスが実際に言ったことというよりも、彼のフォロワーがアウグスティヌスが言ったと考えたことなのである。言い方を変えれば、私たちが主に扱っているのは、アウグスティヌス自身というよりもむしろ、アウグスティヌスの遺産である。

  かりにこの論文が他の何も達成しないとしても、フィリオクエ論争は単なる言葉についての論議であるというしばしば繰り返される意見を止めることができれば本望である。そもそも、フィリオクエはニケア信条への合法的でない追加なのである。一度ならず指摘してきたように、教皇ヨハネ8世は879年にこの追加を非難した。しかし、より重要なことは、フィリオクエが示しているのは、381年に最終的な信条の証人の背後にあるカッパドキアの教父たちのそれとは違った三位一体の見方であり、違った神学へのアプローチであることだ。
 フィリオクエと関係する最後の問題は、教皇ヨハネ・パウロ2世が、たびたびフィリオクエなしの信条を朗誦したことである。もしローマ教会がニケア信条からフィリオクエを除けば、正教会の異論を沈めることができるだろうか? 答えはノーである。ローマ教会は公式にフィリオクエをドグマとして宣言したのである。あたかも存在しなかったように、それを信条から単純に落とすことなどできない。それは異端と認識され、公式に非難されねばならない。この問題は床下に隠しておくことなどできない。問題は取り組まれなければならない。そしてその解決には真の改悛――頭と心の真の変化が必要なのである。

(おわり)

クラーク・カールトン「フィリオクエ」(2)

私たちはここで、信条へのフィリオクエの挿入の主要な理由の一つが、アーリア主義の異端と闘うためだったということを指摘しておくべきだろう。蛮族のほとんどはアーリア主義のキリスト教を受け入れていた。彼らは次第にカトリックの信仰へと改宗していったが、アーリア主義は西洋ではしばしば様々な意匠で復活していた。スペインは特に異端的思考の温床であった。アキレイアのパウリヌスのような神学者たちはキリストの人性は「養子」とされたと主張する人々に対してフィリオクエを利用した。そうすることで、父と子の完全な同等性を主張したのである。
 一見、この主張はもっともらしい。もしキリストが完全に神聖なものであり、父と同様神ならば、聖霊は父と同様子からも発出しなければならない。これは子の完全な神性を主張することを「助ける」かも知れないが、聖霊については冷たく放置されている。もし父と等しくあるために子が(父とともに)聖霊を生み出す必要があるならば、父と子と等しくあるために、聖霊もまた何らかの位格を生み出す必要があるのではないか? 聖霊を従属的位置に置くことなく単にフィリオクエを主張するような道は存在しない。再び聖フォティオスを引こう。

そのうえ、もし子が父から産出され、(この発明に従って)聖霊が父と子から発出するなら、同様に、別の位格が聖霊から発出すべきである。そうすると私たちは三つではなく四つの位格を持つことになる! そしてもし四つ目の位格が可能なら、そこから他の発出も可能で、無限の数の発出と位格があることになる。最終的に、この教理はギリシアの多神論に変貌するのだ!


 事実をいえば、フィリオクエは養子論者との論争で利用されたかも知れないが、この教理自体はアーリア主義と闘うために創られたのではない。少なくとも五世紀以来、いくつかの形でフィリオクエは存在している。ほとんど異論なしにのちのラテン語圏の神学者たちがフィリオクエを受け入れたのは、その(アーリア主義との闘いでの)神学的必要によるのではなく、西方キリスト教で共通に容認された聖アウグスティヌスの権威とその神学的方法のためである。

もっとも影響力があり、全教会的に最も信仰深い、ラテンの三一論神学におけるアウグスティヌスの広まった権威により、西方の神学者はほとんど自動的にフィリオクエのアイデアを認めた。(ヤロスロフ・ペリカン『中世神学の勃興』)


 フィリオクエ論争に関してよく言われるのは、東方の神学者はいつも三位一体の位格から始め、その後本性における一致の仕方に移る一方、西方の神学者はいつも一なる本性からはじめ、神性の位格の多性への道へと移るということである。学的正統性とエキュメニカルな優しさからも、三神論やサベリウス主義を主張するという極端に陥るのでないかぎり、両方のアプローチが合法であるとすぐさま主張する必要があると言われている。
 私が同意できないのはまさにこれである。単に明らかなことを主張することで十分なのではない。問題は、なぜ東方と(のちの)西方の神学者たちがかような異なったアプローチをするのかということである。これらは、一つであり同じ神秘への相補的なアプローチではなく、別れた道であり、神についての異なっており和合できない見方に帰着せざるをえなかった。正教会が三位一体の位格からはじめることを主張するのは、根本的に聖書的な神――アブラハム、イザク、ヤコブの神――の見方を維持する関心の反映である。ラテンが神の本性からはじめることを主張するのは、根本的に哲学的な神学へのアプローチである。
 アリウスとオリゲヌスに関しては、フィリオクエの擁護者は神の単純性を強調したため、神性の内部での現実的区別を思いつくことができなかった。確かに聖アウグスティヌスは神性の単純性についてまったく明らかであった。「神は自ら完全であり、「単純」である。その結果、神の知恵と知識、神の善と力は、神自身の本性である。そこには偶発的なものは何もない」

(つづく)

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クラーク・カールトン「フィリオクエ」(1)

 これは重要なことであるが、正教会は単にいわゆる教皇の権威がそれを信条に挿入したという理由でフィリオクエに反対したのではない。教皇権の問題はこの論争の一部ではあったが(まずもってローマがそれを主張し続けていたのだから)、主要な問題ではない。正教会がフィリオクエを拒絶したのは、それが異端であるがゆえにであり、単にニケア信条にそれを挿入する権利を教皇が申し立てたからではない。
 ローマカトリック教会では第14番目の公会議と考えられている第二リヨン公会議(1274年)で、フィリオクエは以下のように定義された。

 私たちは堅実に一心に告白する。聖霊は永遠より父と子から発出する、二つの原理からではなく、一つの原理から。二つの発出によってではなく、一つの発出によって。これがすべての信徒の母にして女主人である聖なるローマ教会が今まで告白し、説き、教えてきたことであった。これを、教会は堅く保持し、説き、告白し、教える。これが、ラテンとギリシアの正統な教父と博士に共通する変わりなき真の信仰である。しかし、今述べた議論の余地なき真理への無知ゆえに、様々な誤りに陥った者がいるので、そのような誤りへの道を閉ざす望みによって私たちは、聖なる公会議の承認により、聖霊が永遠より父と子から発出することをあえて否定したり、乱暴にも一つの原理からではなく、二つの原理からとして聖霊が父と子から発出するとあえて主張する者を非難し叱責する。


それゆえ、ローマカトリック教会は公式に、一つの原理として父と子から聖霊が発出するという信仰をドグマとして定義した。
 フィリオクエに対する最初の組織的な正教徒の論駁は、九世紀にコンスタンチノープル総司教であった聖フォティオスによって書かれた。私たちは彼の攻撃の主要点を考察したい。
 その『ミスタゴギー』におけるフォティオスの第一の関心は、フィリオクエの論理的不条理を論証することであった。ラテンの教理によれば、聖霊は父と子の両方から発出する。しかしながら、産出や発出のような属性は、三つの位格に共通の神の本性に属するか、位格の内の一つに属するかどちらかでなければならない。だが、ある属性が第三者に適用されることなく、二つの位格に適用されうるというのは信じ得ない。そうだとすると、神性の中に不平等があることになってしまう。これは、聖霊を「発出する」とか「生み出す」とかいう性質は、神の本性か、もしくは三位一体の一位格のどちらかに属さねばならないということだ。それが二つの位格に属することはできない。第三の位格が最初の二者とは等しくないということを認める用意があるなら話は別だが。
 聖フォティオスは、フィリオクエの支持者が抜け出すことのできない論理的ジレンマを作り出した。どちらを選ぼうと、聖霊は、完全なる神の位格以下の何かになってしまう。産出と発出を本性に属するものとすると、それらはすべての神の位格についても断言しなくてはならない。その場合、位格はすべて互いに産出し発出することになるだろう。その上、聖霊が父と子と本性において同一であるならば、聖霊もまた他の位格を生まねばならない(もしくは父と子を生まねばならない)。

もし子が父から生まれ、聖霊が子から発出するなら、同時に、本性において同一である聖霊にも、他の発出という尊厳をいかなる理由で認めないのだろう? そうしないのならば、等しい名誉を持つ聖霊を貶めることになる。
 

 他方で、もし発出が本性ではなく位格に属すると考えられるならば、その時、いかに同じ性質を共有する二つの位格というものを説明することが可能だろうか? 父は聖霊を生み出すにあたって子が必要なのだろうか?

しかし、本性はロゴスの原因ではない。父がロゴスという位格の位格的原因なのである。しかしもし、この不敬な教理が主張しているように、子もまた聖霊の原因であるならば、その場合、父の位格的性質が子に与えられていることになる。究極的にそう言うことになるか、さもなくば、子は父という位格を完成させると言うことになる。しかし、そう言うことは、父が不完全であり、完成させられねばならず、子は父の役割と称号を継承すると主張していることである。これは三位一体の深遠な奥義を単なる二項に還元するのと同じである。


(つづく)

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