2018年08月14日

2018清岡卓行「ミロのヴィーナス」対話篇 13

 『筆者清岡卓行氏は、「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ」と語っています。筆者はこの感覚をどのように私たちに伝えようとしていますか。筆者の議論の仕方、説明の仕方を分かり易く整理し、発表しなさい。』という課題が出ました。

まな   ふふふ。続けます。今、ミロのヴィーナスは両腕がありません。
ななお  ですよね。
まな   両腕は、清岡さんにいわせると、関係性を作り出す原則的方式であり、象徴でもある。
ななお  うん。
まな   それがない、ということは、ミロのヴィーナスという作品の表現は、メッセージとして、『関係性がありません』『部分』がありません、という表現になっている、とも考えられる。
ななお  うん。
まな   つまり、ミロのヴィーナスは、この世界の内側に有りながら、この世界の外を指さしている、腕が無いことによってこの世界の外を指さしている、そんな表現になっているんじゃないか・・・で良いのかな?



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2018年08月13日

2018清岡卓行「ミロのヴィーナス」対話篇 12

 『筆者清岡卓行氏は、「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ」と語っています。筆者はこの感覚をどのように私たちに伝えようとしていますか。筆者の議論の仕方、説明の仕方を分かり易く整理し、発表しなさい。』という課題が出ました。

まな   今たおが言ってたように、この世界は言語によって分節化されることで私たちに見えたり分かったりするようになるというのは大丈夫?
ななお  言語論的転回の話だよね。
まな   そう。分節化されているということは、「まな」「ななお」「りの」「たお」「ディーン」がそれぞれ違う人だということが予め分かっているということだし、それはつまり私たちの共有世界はこれらの部分の集合体だっていうことになる。
ななお  分かる。
まな   部分と部分は必ず関係を持ちます。この世界の中に位置づけられている限り、必ず関係を持つでしょう?
ななお  イェッサー。
まな   つまり、この世界は部分と部分、そしてそれらの関係性の網の目によって成立しているということになる。
ななお  なるへそ!



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2018年08月12日

2018清岡卓行「ミロのヴィーナス」対話篇 11

 『筆者清岡卓行氏は、「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ」と語っています。筆者はこの感覚をどのように私たちに伝えようとしていますか。筆者の議論の仕方、説明の仕方を分かり易く整理し、発表しなさい。』という課題が出ました。

ディーン あ? なんかチクチク来る感じがする・・・あれ? 何だろう。整理できない!
たお   城崎先生が、この世界は部分の集合体ですっていう話をしたことがあるじゃない? 言語によって分節化されているから私たちは世界が分かるようになるっていう話。それで、分節化されている部分と部分は必ず関係性を持つんだよね。その関係性を作り出す手段を象徴するのが腕だとすると? それを作り出す手段がなくなるということは、どういうことになるの?
りの/ディーン 世界の外!
まな   世界の外なんだ。美の体験が生まれるのは、言葉で表現できないところなんだ!
ななお  えっ? ちょっと、分かるように説明してぇ。



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2018年08月11日

2018清岡卓行「ミロのヴィーナス」対話篇 10

 『筆者清岡卓行氏は、「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ」と語っています。筆者はこの感覚をどのように私たちに伝えようとしていますか。筆者の議論の仕方、説明の仕方を分かり易く整理し、発表しなさい。』という課題が出ました。

たお   ね! 今の話についてなんだけど、わたし、全体性のことを調べたのね。これ見てくれる。
まな   わーい、久しぶりにたおの活躍が見られるぞ!
たお   待ってね・・・(ノートのページをめくる)ここだ。全体性とは。
『一個の事物あるいは事象が、一つのまとまりをもち、さらに細かい部分に割ることによってその特質が失われてしまうようなとき、そこにみられる独自の構造や機能上の特性をいう。』(ブリタニカ国際百科事典)
『ギリシャ語で「全体性」を意味する言葉に「ホロス(holos)」がある。この言葉は哲学的な意味を持ち、「全体性に向かう」ということから「宇宙と調和する」という意味にまでつながってゆく。この言葉からは「whole(全体)」「heal(癒す)」「health(健康)」「holy(聖なる)」などの言葉が派生した。』臥竜塾
これを調べたときはあんまりよく分からなくてそのままになってたんだけど、今ディーンが言ってたこと、これじゃないかな。無数の腕の可能性が全体性だとすると、一つの腕をそこから取り出したとき、失われるものって何だろう。無数の腕って、一つ一つの腕が集まったものじゃないのかな。だから、一つを取り出したとき、失われる特質って、なんかある? ってことよね?



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2018年08月10日

2018清岡卓行「ミロのヴィーナス」対話篇 9

 『筆者清岡卓行氏は、「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ」と語っています。筆者はこの感覚をどのように私たちに伝えようとしていますか。筆者の議論の仕方、説明の仕方を分かり易く整理し、発表しなさい。』という課題が出ました。

ディーン ねえ、腕は、関係性を作り出す方法そのもの、その象徴なんだよね。
りの   うん。そう書いてあると思う。
ディーン その象徴がなくなると、どうしてたくさんの腕になるんだろう。
りの   具体的なものがないから、想像できるんだよ。
ディーン うん、そうじゃなくて、関係性を作り出す手段がなくなるという意味が、たくさんの腕に繋がっていかない感じがしてきたんだけど。腕が無いから、想像できるというのは分かるんだよね。でもわざわざ象徴だって言っているんだから、その象徴が失われるということが、どういう意味なのかを説明して欲しい感じがしたんだ。清岡さんは何も言っていないような気がするんだ。
たお   あ!
ななお  なに、驚かさないでよ。



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2018年08月09日

2018清岡卓行「ミロのヴィーナス」対話篇 8

 『筆者清岡卓行氏は、「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ」と語っています。筆者はこの感覚をどのように私たちに伝えようとしていますか。筆者の議論の仕方、説明の仕方を分かり易く整理し、発表しなさい。』という課題が出ました。

りの   たお、なんか腑に落ちない?
たお   うん。つまり清岡さんは、両腕が失われたから、腕というもののすべてが想像できるようになったって言ってるんだよね。
ディーン そうだと思うよ。
たお   うん。そうなんだよね。でもさ・・・それってさあ・・・・・・美の体験なの?
りの   うわ! すごい疑問。『そもそも』って話よね。ミロのヴィーナスが美しい、って感じる、その感覚が、どういうものかってことよね。
みんな  (じっとミロのヴィーナスの写真に見入る。)
ななお  別にたくさんの手は見えてこないよ。
まな   ふふふ。ななが言うと面白いこと言ってるみたいに聞こえるよ。
ななお  そういう意味じゃないって。この姿はこの姿だってことよ。でもなんか良い感じはするよね。



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2018年08月08日

2018清岡卓行「ミロのヴィーナス」対話篇 7

 『筆者清岡卓行氏は、「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ」と語っています。筆者はこの感覚をどのように私たちに伝えようとしていますか。筆者の議論の仕方、説明の仕方を分かり易く整理し、発表しなさい。』という課題が出ました。

ディーン うん、確かに・・・・・その後は・・・・「しかし、失われていることにひとたび心から感動した場合、もはや、それ以前の失われていない昔に感動することはほとんどできない」「例えば」から・・・・・・具体例があって・・・・・・「選ばれたどんなイメージも、すでに述べたように、失われていること以上の美しさを生み出すことができない」あたりが重要かな、でも全部繰り返しだね。オーケー、作文できる?
まな   はい! 「ミロのヴィーナスの失われた両腕の復元案は、全て興ざめたもの、滑稽でグロテスクなものに思われる。」でどう?
りの   よさそうね。
ディーン それじゃ最後、第3段落をまとめよう。ぼくに一つアイデアがあるから聞いてくれる?
みんな  いいよー。
ディーン 「手というものは、世界との、他人との、あるいは自己との、千変万化する交渉の手段であり、関係性を作り出す方法そのものである。ミロのヴィーナスの失われた両腕は、その両腕の欠落によって、可能なあらゆる手への夢を奏でるのだ。」でどうかな。
たお   うん・・・。そう書いてあるよねぇ。



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2018年08月07日

2018清岡卓行「ミロのヴィーナス」対話篇 6

 『筆者清岡卓行氏は、「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ」と語っています。筆者はこの感覚をどのように私たちに伝えようとしていますか。筆者の議論の仕方、説明の仕方を分かり易く整理し、発表しなさい。』という課題が出ました。

ななお  ゼロになって、ゼロになったから、100が手に入った、ということ? そういうことってあるよね。わたし去年、3人の男の子に振られちゃったんだけど、今年の春に最高の彼氏ができたの。そういうことじゃない?
りの   そういうことかなあ。まぁ、もう少し考えようよ。
ディーン まとめるよ。「ミロのヴィーナスは両腕を失うことで、普遍的な魅力を獲得した。同時にミロのヴィーナスは、二本の腕を失うことですべての『腕』を獲得したように感じられる。」こんな感じでどうかな?
みんな  賛成。
ななお  第2段落はわたし分かるよ。最初に書いてある「ぼくにとっては、ミロのヴィーナスの失われた両腕の復元案というものが、全て興ざめたもの、滑稽でグロテスクなものに思われてしかたがない。」というところが大事でしょう? 多分ここを使って書き直すと要約になるんじゃない?
りの   うわ、なな、冴えてるね。ホントにそんな感じがする。



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2018年08月06日

2018清岡卓行「ミロのヴィーナス」対話篇 5

 『筆者清岡卓行氏は、「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ」と語っています。筆者はこの感覚をどのように私たちに伝えようとしていますか。筆者の議論の仕方、説明の仕方を分かり易く整理し、発表しなさい。』という課題が出ました。

たお   ね、ちょっと待って。ここ見て(教科書の部分を指さして)。「大理石でできた二本の美しい腕が失われたかわりに、存在すべき無数の美しい腕への暗示という、不思議に心象的な表現が思いがけなくもたらされたのである。それは、確かに、なかばは偶然の生み出したものだろうが、なんという微妙な全体性への羽ばたきであることだろうか。」ここの言い方。「存在すべき無数の美しい腕」というのが、全体性の中身なんじゃない?
りの   あ? 「二本の美しい腕が失われ」て、「存在すべき無数の美しい腕への暗示という、不思議に心象的な表現」になって、これは「微妙な全体性への羽ばたきである」って言っている。ほんとだ。
ななお  まだよく分からない。「無数の美しい腕」が「全体性」の意味なの?
ディーン もしかして清岡さんが言いたいのは、「腕」というイメージが具体的なある一つの「腕」ではなくなって、あらゆる「腕」になったっていうことなのかな。それを「全体性」と呼んだ? のか?
たお   その前にある「生命の多様な可能性の夢」というのも、そういうことでしょう? 二本の腕が無くなったから、可能性としての夢の「腕」が全部可能になった、ということでしょう?



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2018年08月05日

2018清岡卓行「ミロのヴィーナス」対話篇 4

 『筆者清岡卓行氏は、「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ」と語っています。筆者はこの感覚をどのように私たちに伝えようとしていますか。筆者の議論の仕方、説明の仕方を分かり易く整理し、発表しなさい。』という課題が出ました。

ななお  まな、分かり易い説明をありがとう。あと、この、「微妙な全体性への羽ばたき」っていうところが、チンプンカンプンなんだけど。これが「普遍的な魅力」のことなの?
ディーン それは・・・間違ってはいないような気がするけど。「このことは、ぼくに、特殊から普遍への巧まざる跳躍であるようにも思われるし、また、部分的な具象の放棄による、ある全体性への偶然の肉迫であるようにも思われる。」っていう言い方があるから、この言い方からすると「普遍への跳躍」と「全体性への肉薄」は並列だよね。「普遍的な魅力」の獲得と、「全体性への羽ばたき」も、やっぱり並列の関係になるんじゃないかな。「全体性への羽ばたき」という部分は、清岡さんがミロのヴィーナスから感じている美しさのことを、清岡さんなりにそれがどんな美しさなのかを言葉を換えて、見方を変えて、伝えようとしているところって感じがする。それで、その美しさには普遍性があるって言いたいんだよな、多分。
まな   その「部分的な具象の放棄による、ある全体性への偶然の肉迫」というところ、わたし、実はなんだかよく分からないの。この辺りの文章があんまりよく分からない・・・
りの   うん。私も同じ。どうしよう・・・



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2018年08月04日

2018清岡卓行「ミロのヴィーナス」対話篇 3

 『筆者清岡卓行氏は、「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ」と語っています。筆者はこの感覚をどのように私たちに伝えようとしていますか。筆者の議論の仕方、説明の仕方を分かり易く整理し、発表しなさい。』という課題が出ました。

たお   そうだよね。すぐ後に「特殊から普遍への巧まざる跳躍」とあるから、良いみたいだよ。
りの   そうすると、「ミロのヴィーナスは両腕を失うことで、普遍的な魅力を獲得した」とまとめることができるか。
ななお  「普遍的な魅力」ってなあに?
まな   なな━ ! 国境も時代も超えた魅力という意味だよぉ。日本人にしか分からない美しさは、国境を越えない美しさじゃない? だから普遍的な美しさじゃないし、現代人にしか分からない美しさも、現代だけっていう時代の制限があるわけだから、普遍的な美しさとは言わないのよ。国境を越えて、アメリカでもフランスでも、フィリピンでもインドでも素敵だと思われる美しさで、しかも現在の地球上だけじゃなくて、100年後も2000年後も美しいと思われる美しさが普遍的な美しさだよ。清岡さんはミロのヴィーナスの美しさは、それが作られたギリシアの地域に生活する人だけが分かる美しさじゃなくて、世界中の人が感じることのできる美しさだし、それが製作された時代の古代ギリシア時代でだけ賞賛される美しさではなくて、あらゆる時代の人たちが美しいと認めることのできる美しさだって言っているの。それが普遍的な美しさの意味だと思うんだけど、いいよね?
りの   そうそう。そういう意味。



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2018年08月03日

2018清岡卓行「ミロのヴィーナス」対話篇 2

 『筆者清岡卓行氏は、「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ」と語っています。筆者はこの感覚をどのように私たちに伝えようとしていますか。筆者の議論の仕方、説明の仕方を分かり易く整理し、発表しなさい。』という課題が出ました。

りの   はい、話を戻すよ、じゃあ、とりあえずその方向で考えてゆくとして、要約をしてみようよ。
ディーン 多分、まず全体の構成を整理した方が良いな。清岡さんがどういう順番で何を書いているかを整理しよう。
ななお  ハイッ! 全体は三つに分かれていると思います。
たお   そうだよね。三つに分かれている。行が空いてるものね。
ディーン オーケー、誰も異論無し?
みんな  はーい。
ディーン では、第1段落について考えます。まずは、ミロのヴィーナスには両腕がないので、その魅力が高まった、ということを言っているのかな。
まな   「よりよく国境を渡っていくために、そしてまた、よりよく時代を超えていくために」というのは、普遍性を獲得するために、と言い換えて良いのかな。



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2018年08月02日

2018清岡卓行「ミロのヴィーナス」対話篇 1

 『筆者清岡卓行氏は、「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ」と語っています。筆者はこの感覚をどのように私たちに伝えようとしていますか。筆者の議論の仕方、説明の仕方を分かり易く整理し、発表しなさい。』という課題が出ました。
 
まな   あれ? なんか今回は少し感じが違う。気のせいかな。
りの   あ、でも私も思った。なんだろう。
ディーン 今まではこれこれの部分はどういう意味か説明しなさい、っていう課題じゃなかったかな。今回のは「筆者がどう伝えようとしているか」を解説しなさいって聞いてる。
たお   ホントだ。新傾向の問題の中のまた新傾向?
ななお  城崎先生、どこまでイジワルなんだろ。私まだ新傾向に付いていけてないよ!
りの   うーん、ね、でもちょっと待って、これ、もしかして本文を要約すれば良いんじゃないの?
ディーン あ! そっか。評論は、筆者が考えたことを読者に伝えようとして書かれるって、去年城崎先生が言ってたよね。
まな   なるへそ。
ななお  なにそれ?
まな   おじいちゃんの口癖。「なるほど」って意味らしいよ。
たお   ふふふ。なるへそ! なるへそ!



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2018年08月01日

鷲谷いづみ「人類による環境への影響」について 13

『次の文章を読み、教科書の鷲谷いづみ「人類による環境への影響」の内容を批判的に検証しなさい』という課題が出ました。
『「共生」の本質』深津武馬(ふかつたけま)
を参照してください。
ディーン 深津さんの文章をきちんと読み取れているからじゃないかな。
りの  そうそう。城崎先生が良く言っているじゃない? 評論に書かれてある概念や思考法は道具だから、使うことが大事だって。
たお  そうか。これが使うってことなのね。
りの  オーケー、じゃあ、まとめてPresentation用のカードを作りましょう。
みんな はーい!
      



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2018年07月31日

鷲谷いづみ「人類による環境への影響」について 12

『次の文章を読み、教科書の鷲谷いづみ「人類による環境への影響」の内容を批判的に検証しなさい』という課題が出ました。
『「共生」の本質』深津武馬(ふかつたけま)
を参照してください。
りの  ななのまとめで良いんじゃない? 鷲谷さんは共生型戦略と征服型戦略を対比しているけれど、「共生」の中には様々な関係が含まれているから、簡単に「征服」と対比することは難しいんじゃないかな。「征服型」と対比される理想的関係の「共生型」なんて、実際には無いんだよ。
まな  なんか、すごいこと私たち考えてない? 教科書に載る文章を書いている人の考え方を批判しているよ。
ななお びっくりだよね。私たち大丈夫かな? ふふふふ。



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2018年07月30日

鷲谷いづみ「人類による環境への影響」について 11

『次の文章を読み、教科書の鷲谷いづみ「人類による環境への影響」の内容を批判的に検証しなさい』という課題が出ました。
『「共生」の本質』深津武馬(ふかつたけま)
を参照してください。
ディーン うん、よさそうだね。こういうのはどうかな。細菌が増殖して人間に病気をもたらす場合、細菌も人間も必死に生き残ろうとしているのは変わらない。でも、人間は病気になってしまうし、細菌はそのために、人間の化学的薬品によって殺されてしまうから、どちらも損をする。つまり競争関係にある。だからこれも共生の一種だということ。
ななお わあ、なんか「共生」ってどういうものかがだんだん分かってきた感じがする。鷲谷さんの「共生」の概念は、少し甘い感じがするね。共生が本当はどういうものかというところを見逃していて、「共生」=「理想的関係」って思い込んで使っているみたい。



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2018年07月29日

鷲谷いづみ「人類による環境への影響」について 10

『次の文章を読み、教科書の鷲谷いづみ「人類による環境への影響」の内容を批判的に検証しなさい』という課題が出ました。
『「共生」の本質』深津武馬(ふかつたけま)
を参照してください。
ディーン そうだね。共生型の関係の中には、当然「相利」も「片利」も「寄生・捕食」も「競争」も含まれるから、「共生」=「ユートピア」という思い込みに頼り切って、きちんと現実の関係を調査しないと、どちらかが一方的に得をする関係なのに、それを見逃しているということがあるし、胃がキリキリ痛むような緊張関係があるのに、お互いに尊重し合ってるんだね、なんて誤解してしまうことがあるよっていうことだよね。
りの  ね、だからこういうことかな。農村に住む人が山林を上手に利用することで、山林が整備されてそこに蛍が住みつくようになることはある。これは蛍が生育できる環境を人間が作って、その蛍から心地よい時間を人間がもらうから、両方が得をしていて「相利」になる。でも、木の実のなる樹木を山にたくさん植えて、その実を採って売ったり食べたりする関係は、どんなに上手に環境資源を使っていたとしても、得をするのは人間だけだから、「寄生・捕食」の関係になる。でもどちらも「共生」なんだ、というのはどう?



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2018年07月28日

鷲谷いづみ「人類による環境への影響」について 9

『次の文章を読み、教科書の鷲谷いづみ「人類による環境への影響」の内容を批判的に検証しなさい』という課題が出ました。
『「共生」の本質』深津武馬(ふかつたけま)
を参照してください。
たお  そうだよね。豊かな自然に恵まれて生まれた生き方だけど、結果的には良い関係を築くことができた。でも、そこに貧しい自然の中で生まれた征服型環境戦略を持つ人たちが現れて、根こそぎ環境資源を奪ってゆく生き方をし始めるのね。こちらの方が生き残ろうとする生活力も、他者を押しのける強制力も強かったから、結果的に共生型の生き方は駆逐されてしまって、生き残っている現代の私たちは、自然環境との間に征服型の関係を結んでいる人たちの子孫なんだわ。この状況はまずい、というのが鷲谷さんの議論でした。
ななお その共生型っていうのがうさんくさいぞ、って深津さんは言っているんだよね?



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2018年07月27日

鷲谷いづみ「人類による環境への影響」について 8

『次の文章を読み、教科書の鷲谷いづみ「人類による環境への影響」の内容を批判的に検証しなさい』という課題が出ました。
『「共生」の本質』深津武馬(ふかつたけま)
を参照してください。
ななお なんか、この深津さんの言っていることって、鷲谷さんが主張していることを、批判している感じがしない?
まな  そうだね。その辺りをしっかりとまとめると、課題ができそうな気がする。
りの  まず、鷲谷さんが「共生」という言葉をどんな風に使っているかだね。
ディーン まず、共生型環境戦略と征服型環境戦略とを対比しているよね。
まな  共生型の方は、他の生物のあり方を尊重して、一緒に生きてゆこうと努める生き方で、環境資源も根こそぎ奪うことをしないで、考えながら使ってゆくやり方。こちらのほうが鷲谷さんは良いと言っているんでしょう?



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2018年07月26日

鷲谷いづみ「人類による環境への影響」について 7

『次の文章を読み、教科書の鷲谷いづみ「人類による環境への影響」の内容を批判的に検証しなさい』という課題が出ました。
『「共生」の本質』深津武馬(ふかつたけま)
を参照してください。
りの  そうだね。第12段落は? なな?
ななお きたか! ええと………『生物の「共生」関係は、私たちと「日和見病原体」の関係のように変化する。「共生」には色々な関係が含まれていて、時と場合によって変化する。と思った方が良い!』
ディーン オーケー。良いと思う。第13段落がまとめだね。ぼくがやるよ。『共に生きるということは、力と力の緊張関係によって様々な様相を呈するものだから、今、一般的には「共生」という概念を理想的な意味に使う人が多いけれども、そのユートピア的な意味に決して惑わされないほうが良い。』
たお  わー、できちゃった。



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