2017年12月15日

吉岡洋「スタイルと情報」4

 2005年度 入試センター試験 追試験問題
 「『手』はもはや、書く人の精神を体現する特権的な器官ではなくなる」とありますが、この部分を解説しなさいという課題が出されました。
りの
ほんとだ。じゃ、まず「書き手」の方を整理してみよう。人間が自分の身体、特にペンを持った手で文字を書くのよね。そうすると物質的世界から抵抗がフィードバックされる。このときの「書く」はインタラクティヴな行為になるのね。
ななお
インタラクティブな行為ってどういうの?
ディーン
双方向的という意味なんだけど、何かをこちらからすると、必ず相手から何かが返ってくるとき、そういうやりとりのある行為をインタラクティブって言うんだ。ペンで紙に文字を書くと、紙の上に文字が書かれてゆくけど、ペンを持った手には紙の感触がペンを伝ってくるでしょう? そういうのをインタラクティブって言うんだ。
ななお
了解しました。



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2017年12月13日

吉岡洋「スタイルと情報」3

 2005年度 入試センター試験 追試験問題
 「『手』はもはや、書く人の精神を体現する特権的な器官ではなくなる」とありますが、この部分を解説しなさいという課題が出されました。
たお
 書き手のことが出てくるのはまずここと(教科書を指す)「書くことは一方的な出力ではなく、書き手の運動はつねに物質的世界からの抵抗をフィードバックされる、複雑でインタラクティヴな行為なのである。」その後に「スタイラスを持つ手」の部分があって、それから「『書く=引っ掻く』という行為は、言語記号と書き手との間にひとつの関係を設定する。言語には、筆跡という形で書き手の身体性が書きこまれるのである。書き手の精神と身体は、物質世界のなかに転写され、固定される。」この二カ所だね。
まな
傍線部分のすぐ前に「手」のことを言ってる部分があるよ。ほら(教科書を指す)「かつて、『ペンを持つ手』は書き手の精神にもっとも近い何かだったかもしれない。けれどもエッシャーの有名な版画においては、互いに描き合う二つの手の行為が循環し、『書く』ことが原理的に終結しないプロセスであることが示されている。」



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2017年12月11日

吉岡洋「スタイルと情報」2

 2005年度 入試センター試験 追試験問題
 「『手』はもはや、書く人の精神を体現する特権的な器官ではなくなる」とありますが、この部分を解説しなさいという課題が出されました。
りの
 そっか。対比か。でも手のことはここだけなのよね。
まな
「書き手」っていうのがあるよ。
ディーン
「書き手」は人のことだから・・・あれ?・・・待って待って・・・。
りの
この人はペンを持っている人だよね。
ディーン
ピンポーン! そうそう。この人はペンを持っている。



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2017年12月10日

野矢茂樹「猫は後悔するか」の謎を解く。23

「野矢茂樹さんの「猫は後悔するか?」という評論を読み、筆者の主張を説明しなさい」という課題が出されました。以下はあるチームのKP法を用いたPresentationです。
察,蠅 
 つまり猫の鳴き声のどの部分が主語で、どの部分が対象で、どの部分が運動を表しているか、赤と黒と青をどんな風に鳴き分けているかを考えることは、ちょっと無理だと思います。そうすると、組み合わせを色々に試すことは猫にはできないと考えざるを得ません。
ということは、少なくとも事実に反することを思い頭に思い浮かべることはできないのだろうと考えます。つまり猫は後悔をしないという筆者の結論は、そのまま受け入れるしかないのかな、と思いました。以上で発表を終わります。



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2017年12月09日

吉岡洋「スタイルと情報」1

 2005年度 入試センター試験 追試験問題
 「『手』はもはや、書く人の精神を体現する特権的な器官ではなくなる」とありますが、この部分を解説しなさいという課題が出されました。
ななお
手がどうして「特権的な器官」なの?
ディーン
手のことは、前の方では一カ所にしか出てきてないね。「つまりスタイラスを持つ手は、本当はどこに位置しているのか不(ふ)明(めい)瞭(りよう)なのである。特定の物質との触れ合いが重要ではないのだから、書く手がたまたま置かれている場所は意味をもたない。この場合手は、どこでもないと同時にどこでもありうるような場所、まさにヴァーチュアル(潜在的)な空間のなかを動いていることになるのである。」というところだけだな。ここにはヒントがない感じがするけれど。
たお
 ここは「スタイラスを持つ手」のことよね。ペンを持つ手のことは出てこないのかな。対比はないのかな。



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2017年12月08日

野矢茂樹「猫は後悔するか」の謎を解く。22

「野矢茂樹さんの「猫は後悔するか?」という評論を読み、筆者の主張を説明しなさい」という課題が出されました。以下はあるチームのKP法を用いたPresentationです。
察,蠅 
 後悔するためには、分節化された言語、分節化された世界、論理空間の存在が是非とも必要だということです。逆に言えば、分節化された言語を持たないものは、後悔することが不可能だということになります。猫は単純な意図なり思いを伝達する方法を持っているかも知れません。私は小学生の時に猫とお話しができると思っていたこともあります。でも、その鳴き声にも行動にも、分節化ということは見受けられないなと今は思います。



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2017年12月06日

野矢茂樹「猫は後悔するか」の謎を解く。21

「野矢茂樹さんの「猫は後悔するか?」という評論を読み、筆者の主張を説明しなさい」という課題が出されました。以下はあるチームのKP法を用いたPresentationです。
猫は後悔するか
察,蠅 
 以上のことから分かるのは、論理空間も分節化された世界も分節化された言語も、同時に成立しているということです。このことは最初の方で説明したように、分節化された言語を私たちが持っていることにより、世界の分節化という働きが生じ、論理空間が生まれた、というように順序づけることもできると思います。いずれにせよ、分節化された言語を私たちが持っているので、事実に反する思いを持つことができるのです。



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2017年12月04日

野矢茂樹「猫は後悔するか」の謎を解く。20

「野矢茂樹さんの「猫は後悔するか?」という評論を読み、筆者の主張を説明しなさい」という課題が出されました。以下はあるチームのKP法を用いたPresentationです。
此,燭 
 分節化された言語が論理空間成立の条件でなければならないということがわかったからには、論理空間が成立することが必要条件であった分節化された世界の成立にも、分節化された言語の存在は必要条件となるでしょう。つまり「世界は分節化されているが、分節化された言語は持っていない。」という命題は「偽」ということになります。



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2017年12月02日

野矢茂樹「猫は後悔するか」の謎を解く。19

「野矢茂樹さんの「猫は後悔するか?」という評論を読み、筆者の主張を説明しなさい」という課題が出されました。以下はあるチームのKP法を用いたPresentationです。
此,燭 
 筆箱を実際に手に取ったとき、初めて筆箱が手の上にあるという現実を目の当たりに出来るということになります。現実しかなくなってしまうということです。これは事実に反する可能性が全て失われていることを意味しています。つまり論理空間が成立していないということです。またこの可能性を想起できるためには、組み合わせが自由に入れ替えられることが絶対条件です。そのためには、私たちの言語は必ず分節化された言語でなくてはなりません。分節化されているから色々な組み合わせを作り出すことができるからです。



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2017年11月30日

野矢茂樹「猫は後悔するか」の謎を解く。18

「野矢茂樹さんの「猫は後悔するか?」という評論を読み、筆者の主張を説明しなさい」という課題が出されました。以下はあるチームのKP法を用いたPresentationです。
此,燭 
 さて、そうなんですが、私たちは分節化された言語を持っていないという仮定なので、「教卓」という言葉も、「筆箱」という言葉も、「〜が…の上にある」ということも表現できません。当然「机」「椅子」「床」「頭」「掌」という、筆箱がありそうな場所もコード化されていません。「の上にある」がないということは「の下にある」「の隣にある」もないんですね。そうすると、私たちは筆箱が違う場所にあることを想起することができなくなります。



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2017年11月29日

梶井基次郎『檸檬』の謎 20

プレゼンテーションの課題【作品冒頭の「えたいの知れない不吉な塊」とは何か。小説全体に目を配りながら、それが何を指しているかを考え、分かり易く説明しなさい。】
チーム まな りの ななお たお ディーン
ななお
 あれ・・・なんか素敵な感じがする。このレモン、誰のレモンでも良いのかな。私のレモンでも良いのかな。
ディーン
 うん。そうだよね。なるほどねぇ。
ななお
 私にも私だけの生があって、それはレモンみたいなんだって読んで良いの?
りの
 素敵。なんかこの小説好きになってきた。
ディーン
 よし、そうすると課題になっている「えたいの知れない不吉な塊」というのは、言い方は村上春樹の「鏡」みたいな言い方をしていると読んで良いんじゃないのかな。共有世界の中にいる人からすると、共有されることのない無言のままの生は「不吉な塊」に感じられるよね。
りの
 賛成。
ディーン
 じゃ、Presentationの準備をしよう。いけそうな気がしてきたぞ。
みんな
 がんばろー!



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2017年11月28日

野矢茂樹「猫は後悔するか」の謎を解く。17

「野矢茂樹さんの「猫は後悔するか?」という評論を読み、筆者の主張を説明しなさい」という課題が出されました。以下はあるチームのKP法を用いたPresentationです。
論理空間 言語 世界の分節化
此,燭 
 さて今、世界は分節化されているので、例えばこの教卓の上には筆箱がありますが、教卓と筆箱は別のものです。いくらでもあちこちに動かすことができます。教卓から取り上げて手の上に持てるし、こうやって頭の上に載せることもできます。頭の上に載せても、分節化されているので、くっついて離れなくなったりしません。あ! 取れない! というのは嘘で取れます《笑い》。



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2017年11月27日

梶井基次郎『檸檬』の謎 19

プレゼンテーションの課題【作品冒頭の「えたいの知れない不吉な塊」とは何か。小説全体に目を配りながら、それが何を指しているかを考え、分かり易く説明しなさい。】
チーム まな りの ななお たお ディーン
りの
 村上春樹の主人公は、鏡の中に現れたもう1人の自分が恐くて、鏡を割ってもう二度ともう1人の自分が現れないようにしてしまうじゃない? つまり私たちの共有世界の中だけで生きていこうとする人なんだよ。でも梶井基次郎の主人公は、無言の自分の生のあり方を大切にして、無言の生のあり方を圧迫して排除しようとする丸善の世界、つまり私たちの共有世界を爆破する空想を持つのよ。共有世界の外の生き方を大切にしたいと思っているのよ。正反対でしょう?
ななお
 ほんとだ。
たお
 この人は、誰とも共有できない私だけの生のあり方、無言のままの生のあり方を、檸檬みたいにかわいい形をして、レモンイェローをした良い香りの、ひんやりと冷たくて掌に確かな重みを伝えてくれるそんな生き方なんだ、って言っているんじゃないかな。



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2017年11月26日

野矢茂樹「猫は後悔するか」の謎を解く。16

「野矢茂樹さんの「猫は後悔するか?」という評論を読み、筆者の主張を説明しなさい」という課題が出されました。以下はあるチームのKP法を用いたPresentationです。
后,泙福´
 さて筆者はここで分節化された言語の成立が不可欠であることを証明するために背理法という証明方法を用いています。少し難しかったのですが、説明してみたいと思います。証明したい命題は「論理空間と分節化された世界の成立には、分節化された言語の存在が不可欠である。」というものです。これが正しいことを証明するために、筆者は次の命題が間違っていることを証明します。これです。「世界は分節化されているが、分節化された言語は持っていない。」この命題が間違いであることが分かると、私たちは分節化された世界に生きていると同時に分節化された言語を持っていることが正しいと認めることになります。



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2017年11月25日

梶井基次郎『檸檬』の謎 18

プレゼンテーションの課題【作品冒頭の「えたいの知れない不吉な塊」とは何か。小説全体に目を配りながら、それが何を指しているかを考え、分かり易く説明しなさい。】
チーム まな りの ななお たお ディーン
りの
 ほんとね。なんか結論はずいぶん違っているけど。村上春樹の主人公は鏡を割っちゃうけど、梶井基次郎の主人公は丸善を爆破しちゃうのよね。
たお
 りの、今なんて言った?
りの
 え? 村上春樹は鏡を割っちゃうけど、梶井基次郎は丸善を爆破しちゃう・・・あ? そっか、正反対なんだ。この2つ。
ディーン
 ほんとだ。
ななお
 え、なーに? 分かるように説明して。



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2017年11月24日

野矢茂樹「猫は後悔するか」の謎を解く。15

「野矢茂樹さんの「猫は後悔するか?」という評論を読み、筆者の主張を説明しなさい」という課題が出されました。以下はあるチームのKP法を用いたPresentationです。
論理空間 言語 世界の分節化

后,泙福´
 以上の報告から分かることは、論理空間も分節化された世界も、どちらが先ということではなく同時に成立するということです。筆者の野矢茂樹さんは、これに続けて分節化された言語も同時に成立していなければならないと言っています。このことについては、城崎先生の説明の中では、一般的には言語が獲得されたことにより世界が分節化されて私たちの了解するところとなる、という順序で説明がされているということでした。言語があるから世界が分節化され、論理空間も成立するのだ、という考え方が一般的だそうです。



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2017年11月23日

梶井基次郎『檸檬』の謎 17

プレゼンテーションの課題【作品冒頭の「えたいの知れない不吉な塊」とは何か。小説全体に目を配りながら、それが何を指しているかを考え、分かり易く説明しなさい。】
チーム まな りの ななお たお ディーン
まな
 その重さなんだよ。確かに私はここに生きているっていう、その重さなんだよ。感覚の確かさを通じて、この人は自分の生を確信できるようになったんだよ。
りの
 そっか。絶対そうだよ。まなもたおも、凄い。ディーン、ヘーゲルだよ、ヘーゲル! 私たち、凄くない?
ななお
 ヘーゲルって何?
ディーン
 ドイツの哲学者だけど、まあ、いいよ、それは後で教えてあげる。でも、たおとまなのお陰で、かなり分かってきたね。まとめてみよう。この主人公は、理由はともかく、僕たちと世界を共有できない生のあり方を体験していて、そのために価値観が周りの世界の人と一致しなくなっている。この世界の中に居場所がないから、何かに追い立てられるように放浪せざるを得なくなっている。今生活している場所には共有世界のヒエラルキーに溢れているから逃れたいんだけど、もちろん何処に行ったって共有世界は付いてくる。行き場所はこの世界の中にはなくて、だから空想の中で今ここではない場所をイメージして心を慰めているみたいだ。共有世界の内側で、僕たちのように生きていれば、そこで僕たちは居場所を作れるし、他者から承認も得られるから、自分が確かにこの世界で生きているという実感を持つことができる。僕たちはだから生き生きしていられるよね。でも、この人は孤独な世界をさまよっている人だから、自分の生の確かさを感じる方法がない。その時に檸檬と出会ったんだ。檸檬の色や形、香り、そして冷たさや重さが、確かな感覚としてこの人に感じ取れた。重さは、存在感なんだ。確かにここにあるという、超素敵な感覚なんじゃないか。つまりその檸檬の重さの感覚は、そのまま主人公の生の重さの感覚でもあるんじゃないか。そうだ、檸檬は鏡なんだ。主人公の生の姿をはっきりと主人公自身に映して見せてくれている鏡なんだ。ねえ、なんかこの話、国語総合で読んだ村上春樹の「鏡」みたいだね。



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2017年11月22日

野矢茂樹「猫は後悔するか」の謎を解く。14

「野矢茂樹さんの「猫は後悔するか?」という評論を読み、筆者の主張を説明しなさい」という課題が出されました。以下はあるチームのKP法を用いたPresentationです。
検,燭 
 教卓と床も同じです。建物と地面も同じです。最早両者が別のものとして区別されることはありません。見たままが全てになってしまうとはそういうことです。つまり論理空間が成立していないということは、全てがくっついてしまうということなのです。それはつまり世界が分節化されていないということになります。



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2017年11月21日

梶井基次郎『檸檬』の謎 16

プレゼンテーションの課題【作品冒頭の「えたいの知れない不吉な塊」とは何か。小説全体に目を配りながら、それが何を指しているかを考え、分かり易く説明しなさい。】
チーム まな りの ななお たお ディーン
たお
 でもこの主人公は、共有世界の外にいるので、それがないんだよ。居場所もないし、私たちとコミュニケーションもできないし、だってものの感じ方が共有できないんだもの。
りの
 共有世界は関係性の世界だから、他者がいて初めて私がいるんだ。思い出した。そういう安心がこの人にはないのか・・・。
たお
 そう。だから不安だよね。自分の居場所がないし、自分が確かに生きているってことを認めてくれる人もいないわけだから。
まな
 その重さなんだ!
みんな
 わ、びっくりした。



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2017年11月20日

野矢茂樹「猫は後悔するか」の謎を解く。13

「野矢茂樹さんの「猫は後悔するか?」という評論を読み、筆者の主張を説明しなさい」という課題が出されました。以下はあるチームのKP法を用いたPresentationです。
検,燭 
 でももし、論理空間が成立していなかったらどうなるか。私たちは、教卓の上の筆箱以外の可能性を思い浮かべることが出来ません。見たままの光景が全てになってしまいます。つまり、筆箱は教卓の上に接してあること、それ以外の存在の仕方がないものとなるということです。その時には教卓と筆箱とは一体のものとして私たちは了解するので、二つは一つのものになる、つながってしまうということです。



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