5月のGW明けから特に慌ただしかった。
思えば、氷柱が終わり一息ついた3月の初め。
義母さんからいつも付き添っている整骨院ではなく
かかりつけ医の通院に付き添って欲しいと言われた日がキッカケだった。

飲んでいる薬の数が合わない。顔色が悪い。一包化にしたら解決するだろう。
飲み残しの薬が大量にみつかった。お薬カレンダーを買って使っても解決しない。
同じ過去の話を楽しそうに何度もする。亡き祖母に似ているのに。と、いうか全く同じなのに。
このモヤモヤした気持ちはなんだろう。自問自答が続いた。

公的機関のサポート制度。
役場の担当者さんを始め、医療機関の医師や看護師、お世話になるケアマネさん。
色んな方々からアドバイスを頂いたり、助けて頂き、手続きできた。
その過程で色んな壁にぶつかった。
高校時代から10年強。波があったけれど
卒業し、ずっと一人暮らしをしても、なお続き、つまづき続けた二度と思いだしたくない日々と
再び向き合うことで、それが糧になった。
向き合うことは辛かったけれど、年月が経ったことで
人生を客観的に見ることもできて良かった。

サポート説明日前に見た「砂時計」
2014年か2015年に一度見ているのに、前半で涙が止まらなくなった。
特に主人公が母を責め、声を出して大泣きする場面は、何度見ても辛くなる。
涙をする横で、夫は
そういえばあいつが(義弟さん)「砂の器」が好きで何度も泣いていたよと聞き
映画は知らないけれどツボが松本 清張か・・・と、力なく笑った。

午後、夫、義両親、義弟さんと私でそろって、認定の結果と今後の説明を受けた。
表情や様子を見ていて、一番動揺していたのは、制度について一番勉強していた義弟さん。
夫の表情を見ても、想定内ではなかったようだった。
私はどんな表情をしていたように見えたのだろうか。

生協で食材を頼み過ぎていて、食材は半分か3分の1で良いと義弟さんから指摘があり。
ええっ?冷蔵庫が空っぽになるから
頼まれたものを買い足しているのに・・・と、私は疑問に思ったが
後で義父さんが夫に、生協で月いくら使っているのか教えてくれて。
夫が激怒するほど、頼んでいたことがわかった日でもあった。

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デイサービス。嫌がっていた義母さんに、制度の中での今の状況説明をし
少なくともあと10年は自宅で過ごして、義母さんには色々頑張ってほしい。
だから一緒に頑張りましょうと伝えた。
今までヘラヘラ笑っていたのに
「ええっ!」「そうなん!!!」と驚き、急に神妙な顔をしていた。
その日までは、デイサービスをあんなに嫌がっていたのに。
どういう訳だか翌日から、楽しみにするようになった。
その日によって心変わりするのかなと思ったけれど・・・変わらなかった。

休日にお試しで、義両親と共にデイサービスの体験をしてきた。どんなことをするのだろう?
恐らく家族の中で、義母さんと私が一番楽しみにしていたかもしれない。
久しぶりのお出かけ。義母さんは、通院以外の外の景色にワクワクしていた。
武甲温泉に、こいのぼりがないねぇと言われ、思わずズッコケそうになったが。
そりゃまた、いつもの天然だ。
夫は休みをとり、送迎と、実家で畑をしながら見守ってもらった。

体を動かすことがメインのデイサービス。
昔、町内の体操教室なるものに通っていた義母さんは、とても真面目に頑張っていた。
それを見て、適度にサボりながら義父さんも頑張っていた。
マッサージの機械もあり、夫婦で癒されていた。

ご年配向けのスポーツジムのような機械もあり、義父さんが黙々と頑張っていたので
「さすが100kmマラソンで優勝した長男さんのお父さん!長男さんは、お父さんに似たんですね!」
と、笑顔で言ったら、食事が始まる直前まで、全てのマシンをフルコースで体験するほど
真剣になってしまい、食事の準備があったであろう
男性スタッフさんのお手間をとらせてしまうほど頑張ってしまった。

一番良かったのは、お食事。
すべての食材が柔らかく、薄味だけど風味を大切にした優しい味わい。
秩父風の甘味。食材も小さく切っていて、とても食べやすかった。
義母さんが味噌汁を、しみじみと
「美味しい。いつも即席だったんよ。何年振りだろう。2年振りか。」と絶賛。
義父さんが茄子の煮つけを一口食べ
一言「美味しい!」と言いながら、全てご飯にのせて食べて絶賛。
それを聞いて、真似して義母さんも食べる。
何より少食の義母さんが、義父さんや私、周りの方々の食事の残りを見て
最後まであきらめないで頑張って食べて、おかずをほぼ食べ切ったこと。
それを見た義父さんが嬉しそうにしていたこと。
普段、食べる場所・時間バラバラに食事をとっていて改善できないことは聞いていたので
例え配食サービスを使っても、義母さんの食事改善は期待できないと思っていました。
なので、皆と一緒にたくさん食べられたことに、ホッとし、幸せを感じました。
後で夫に聞いたら、夫の祖母が亡くなってから即席みそ汁になったそうです。

「知らない人がたくさんいて気疲れしたけれど、体が軽くなった!」
近くにいた女性が心に残ったのでしょう。「92歳で、あんなに元気でびっくりしたよ!」と、
昔話をした時の活き活きした義母さんとは、また一味違う活き活きとした表情。
何度も嬉しそうに「体が軽くなった!」と言う義母さんを見て
公的機関のサポートを受けられて幸せだ。
デイサービスを体験で来て良かったと心から思いました。
私が歳を取ったら、受けられるだけ受けたいのですが。
この制度は果たして残っているのだろうか?と、フト疑問に思うほど
素晴らしいデイサービスだった。


午後一息ついてから、ケアマネさんとヘルパーさんが訪問。
今後について説明があった。
義両親、夫、義弟さん、私で参加。
居宅サービス計画書は夫に渡されたが、サインの前に私にも回してほしいとお願いし
義弟さんに読んでもらい、サインをして良いか聞いて承諾を得てから、夫にサインしてもらいました。
深い大きなため息を何度もついていたけれど
おそらく私と同じ気持ちで、もっと早く自分で気付けなかったことを責めているのだろう。
何故ならイライラしているのではなく、吹っ切れたように明るく接してくれるから。
始まる前に、義母さんがトイレに時間がかかっていて、
私が「先に行っていいよ。私が義母さんをみるから。」と言ったのに座ろうとせず
話が始まらないように、立って話をしながら、母をずっと待っていたから。

契約書。夫がヘルパーさんとケアマネさんの説明を受け
その間、私は義母さんの話に付き合いました。
義母さんと夫二人で、色んな書類にたくさんサインしていました。
それを見て、歳を重ねて字を書くことが苦手になってしまった義父さんが大きくため息をついていました。
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通院の情報と同じく、原本は私達夫婦で預かり、コピーは義弟さんへ渡す約束をし
どちらかが、都度義両親に聞かれた時に説明できるように情報共有。
帰ってから、ウェルシアの5円コピーをし、ダイソーに行き文具を購入。
金銭的なことだけ付せんを貼り、あとは任せるようにした。

今日は、義両親に代わって告別式に向かった。
義母さんは、密葬だけど受付だけで帰らないで欲しいと言う。
少なかったので、ご遺族から色々聞かれた。
義母さんのことをとてもよく覚えて下さっていて。
元気か聞かれ、元気です伝えると、働き者だから元気なんねと言われた。
一旦帰宅し着替え、それを伝えに義実家へ行くと
義母さんは杖を突きながら外で草刈りをしていた。
ご遺族の方は、色々、義母さんのことを覚えていてね。
働き者だから元気なんねと言われたよ。
と、伝えると、とても嬉しそうにしていて。
亡くなった方の生まれた年を、とてもよく覚えていて。
歳を聞いても、今回はショックを受けず前向きに受け止めていた。
結婚して3年。元々住んでいないし
嫁として、あまりうまく答えられなかったけれど
夫を知っている方から、もう結婚してそんなに経つんねと言われた。

ファイルを義弟さんに渡し、いつも色々教えてくれてありがとうね。
今日の(告別式)ことも(防災無線で)気づいてくれて。ありがとう。
お金のことだけ付せん貼ったけれど、色々中に入っているから。
色々自由に使ってねと伝えたら、嬉しそうにしていた。
2ヶ月前なら、出来なかったことや諦めていたことで
今頑張っていること、出来ていることが、とても多い。
よく諦めずに、家族と接してくれるようになった。
そのことに気づきながら、ただただ感謝の日々。

今日は佳き日。きっとこれからも色々あることでしょう。
色んなことに慣れるまで。いえいえ慣れてからが色々あることでしょう。
なので気長に付き合います。
ヘルパーさんが来る日が、休日になるよう職場へお願いしました。
休日でヘルパーさんが来る時間帯と重ならない時間帯をデイサービスの日にして
義母さんのペースで支度が出来るよう、ケアマネさんに相談しました。
先々考えると働き方を申し訳なく思い、上司に相談したら
言葉を受け止め、笑顔で受け流してくれた。
一言でいうと、皆それぞれ事情があるのだから「おたがいさま」だと言って下さった。
今の職場で働けて良かったと思うし、この先も頑張ろうと思った。

今日は佳き日、明日もきっと佳き日。きっとその積み重ねで、佳き日になる。
一人じゃできないことをお願いしたり相談できる日々。今を生きることに、感謝です。
週末はサロマ湖ウルトラマラソン。私たち夫婦が出会った大会。
参加する皆さん、応援の皆さん・・・頑張ってください!