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気が付いたら、彼岸花が咲いていた。今年はいつになく、季節の流れと時の流れに鈍感だ。
季節の移ろいを感じられないのなら、何のために町で暮らしているんだか・・・意味不明。と自嘲気味。
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土曜に出荷した野菜。義母は、この日もディを休んだ。
畑もディの送りもと、欲張ることがいけないのか。それとも義母の気持ちが諦めているのか。

ヘルパーさんが来ない日は、昼・夕食作って持っていき。
逆に、ヘルパーさんが来る日は配食をお願いし。食事作りは休み。
義両親のデイの日をずらしているから
週4回(週2×2人分、週1×1人分×2日分・片方がディで昼食)、配食のお願いをすることに。
義弟さんから「週5じゃなくて良いんですか?」と聞かれ
「互いのディ入れたら週4、配食のように出来るし。
 こことここで出勤になったら、ヘルパーさんが来る日の配食をずらして対応すれば良いし。
 それで対応できない週は・・・。ごめん。」と、スケジュール表を拡大した
 カレンダーを配食先、義実家の玄関、義弟さんへ渡した。

配食とヘルパーさんは別枠だからね。義母さんは、今食事作れないって言ってるよ。
最大で週◯回来てもらえるし。食材さえあれば、一日◯◯◯円で来てもらえるし。
私の勤務日は、食事作りとお義母さんの話し相手になって、掃除してもらわないってことで
義母さんを楽させるために、来てもらうのってどう思う?って聞いたところ
困った顔してうつむかれた。
良い場合も悪い場合も、自分の考え言ってもらって、互いに譲歩できるのに。
現時点で、それも無理か。。。う〜〜ん。私に頑張ってほしいってことだな。今は。
おめぇも、義母さんのこと、一生懸命してるの見てるから。頑張れよーー。

・・・配食に関しては、きちんと食べられればの話。
届いたものを食べられないという計算が出来ていなかった。
義父から、今どこにいるんだ。朝食を食べる時間に起きてくれない、食べてくれない、
昼食を食べさせようとしても食べてくれない。何とかしてくれ。
これって、強制しても、美味しいと思えないし、食事自体が心の負担になっても嫌なモンだし。

私生活で、今日中に仕上げなければならない、書類もあり。
もう夏休みの最終日まで宿題を残した心境。
私もやることが多く、対応できる時間が限られている。
そんな時まで「今どこにいるんだ。何とかしてくれ。」と言ってくる。

今朝はさすがに「今義父さんが思ったように対応したところで、状況何も変わりませんよね。
 今お義父さんが出来る範囲でして欲しいんですが。
 別に、食べたい時に食べたいものを食べて良いじゃないですか。
 私だってこの暑さで、きっちり食べていませんよ。
 約束通り、昼夜作って持っていきますね。」って、冷たいことしか言えませんでした。
 別に・・・一食ぐらい、昼近くになったっていいじゃないか〜。
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色々作って食べてくれなかったら、給食のおばさん並みに悲しくなる。
嫌いな食べ物だったのだろうかと。味付けが、秩父式じゃなくて不味いんだろうかと。

カレーが好きなようなので毎週作って、今回で3回目。
義実家の野菜で、サラダも作ってきた。キャベツと玉ねぎはスライサーで千切り。固いと思ったら嫌なので、塩水につけて柔らかくした。トマトは塩水で湯引き、皮をむいた。しじみ汁も作った。
好きなものだと、義実家内で言いたい放題になる。義弟さんは何も言わないが。

夫「(両親の話を聞いて)あいつ(義弟)が悪い!」と言う。

私「んな訳ないっしょ。私の料理ってマズイのが定番だから。誰も食べないから、我慢して食べてるんでないかい?」

夫「そんな訳ねぇだろう?」

私「いやいやいや・・・。お世辞でしょう。義弟さんは優しいから、残ったの食べてくれているんだよ。残ったら申し訳ないからって。悪いねぇ、本当に。」

夫「・・・・。」
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義母さんが、あまりにも食べないので、ひとくちパンを買った。
昨日、食べるのを見ていたら、アンパンを黙々食べてくれた。美味しそうで幸せそうな顔をしていた。
今朝起きたら、残った一口パンを食べさせてほしいと義父へ伝えた。
昼食を届けに行ったら、義母は食パンを食べたと言う。冷蔵庫に入れた一口パンが袋ごと消えていた。

昼食、義父と義母にカレーと、しじみ汁をよそったら、がっついていた。
義弟さんに食べるかい?と聞いたら、遠慮していた。
一体どういうことなんだ???
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昼食が終わったら買い出し。2ケース目。義両親は、サイダーが大好きだ。ケースごと買う。
気になる症状を一日何度も言うので、漢方も買って来た。
義母さんへは
「代謝が良くなって、むくみが消えるから、きちんと水分多めにとらないと効かないよ。」と伝え
トイレに行くことを気にして脱水気味になっている義母へもっともらしい説明をし

気にして聞いている、義弟さんへは
「漢方だから気休めだよ。トイレが多くなるかもしれないけれど、義母さんのことよろしくね。」

色々終わって、帰ろうとする。最近、義母は帰ることがわかると、寂しそうにする。
・・・というか、今日中に仕上げなければならない、書類もあるから。
「義母さんまた来るね!」と明るく言い、義父さんへは「また何かあったら連絡ください。」
そう言って、状況によって冷たくなるのは、社交辞令なのか?
義弟さんへは、いつものように「お邪魔しました!」と。

最初の頃は思春期の男の子のように「どうも」「あぁ」
先月半ばあたりから「ありがとうございました。」「いつもありがとうございます。」
今日は、洗っている手を止めて、蛇口もとめて。じっと見つめて。
何を言うんだろうか?と、私も思わず立ち止まってしまった。
真顔で「お世話になりました。」と、しっかり一言。
ええっ?私に秩父弁かい?

普段スゴク綺麗で丁寧な日本語をを話すから
「悪い意味じゃなく、良い意味で言ってるんだけど
    すごく綺麗で美しい日本語を話すね。」と、一度言ったことがあり。
そのことで不満そうに、何か言いたそうにしていたけれど。
秩父弁が話しかけられたことが、嬉しかった。
こっちの人だと認められているような気がして。
・・・というか、私に帰りの挨拶を教えてくれたのか。
確かに自分から「お世話になりました」って、今まで言ったことないし。(滝汗)
・・・相変わらず、観察力と洞察力に長けているな。(激汗)
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ゴーヤが続く。
義父さんから、聞きもしないのに「うちの朝食は◯時、昼食は◯時、夕食は◯時。」と教えてくれた。
そっか。その時間に間に合うように作るか、食事の様子を見に行けるときは行けば良いんだなととらえた。

今日フト思い出したことは、高校の担任の先生が、金八先生のように
「はまちゃん(私の苗字)、先生は今日のその一言が嬉しいよ。。。。(しみじみと)」
義弟さんから秩父弁使われて思った気持ちは、こんな感情だったのか。。。
改めて先生がしてくれたことを知った。
今まで悪いことばかり思い出したけれど、今日は良いことも思い出した。

八王子にいた時にお世話になった走友会が、富士登山駅伝で入賞した。
私が応援し始めたのは2009年。あれから10年で入賞した。
紆余曲折だ。ドラマもある。走友会は1回目の大会で優勝し、連続出場している歴史もある。
ことばにならないほど嬉しく、「おめでとうございます」と伝えるのが精一杯だった。
若手や、私がいたころから活躍している現役選手から言葉にならないエネルギーを受け取った。
明後日に必要な書類が出来た。作ることで、状況を把握できた。見つめ直す時間も必要だと思った。