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日中、ちちぶエフエムより79.5を聞いてしまう。曲と内容を聞いてテンションが上がるか否か。そんな日々。
先週末は、よこぜまつりだった。夫も私も別々ではあるけれど、まつりに関わっていて。地域と関われることが楽しかった。
まつりの後に、義母さんの夕食の見守りと、トイレとその後の会話。
毎日の夕食の見守り・トイレ・その後の会話が、義母の楽しみになっている。よこぜまつりの日は、その後、直会があるので、私たちが慌ただしくしていたせいか、義母さんは、ちょっとイラついていた。
まつりがあることは理解できるけれど、まつりの日を月曜日と思いこんでしまい。どうしても理解できないようだった。月曜日は、片づけ。使ったブルーシートを洗ったり。持ち帰ったものの整理や清算、確認が主だった。

火曜日は、午前中に義母さんの院内での面談に同席。希望している施設から、面談のお声がかかった。初対面の方に人見知りする義母さんだけど、この日はトイレの大が終わった直後での面談。とってもスッキリした体調。面談下さった職員さんの話しかけ方が良くて、いつもよりたくさん話した。これが、介護保険の認定調査の日に、急にシャキシャキする現象と言われるものかと思うぐらい、記憶力も今までにないぐらい抜群。
「あれ」「これ」「う〜〜ん」と、手のジェスチャーの部分を、フォローしたら、ほぼ会話がつながった!
最後に、さんまのからくりTVのビデオレターのようなこともしたのだけど、それも拒否することなく
「今、一番何をしたいですか?」
「歩く練習をしたいです。もっと歩けるようになりたいです。よろしくお願いします。(キリッ)」
ディサービスと通院を拒否され続けた日々、投げやりで、まるで生きることをあきらめた様な感じで。
食べることまで拒否され、衰弱する中での入院だったので、思わず目頭が熱くなった。
子供を出産したことも、育てたことはないけれど、介護でこんなに胸が熱くなる日が来るとは思わなかった。。。
ただ、面談の全てが終わった時
「この後、どこかへ連れていかれると思ったよ。まだ、ここにいていいのかい?」と、笑顔で聞いてきた時はビックリ。肝心なところで、時折勘の鋭いことを言うと、どこまで知っているのか。実は、どこも悪いところはないんじゃないか。悪いふりをして、こちらをうかがっているのではないかと、ギョッとする。

午後は、義父さんのヘルパーさんと訪問看護に同席。目の調子が悪いようで、翌日眼科へ行くことになった。
また、義母さんが入院してから、かかりつけが3つになったのを忘れていて、ひとつの病院の薬がなくなりかけていたので金曜日に通院に。本来予定していた、かかりつけの通院が来週に持ち越しになった。
訪問看護があると、自分の凡ミスもフォローしていただけるので、本当に助かる。
義母さんと義父さんの介護の優先順位。自分でスケジュールを立てて手帳に記入しても、全て把握しきれていないところが実情だ。

夜は、義母さんの夕食の見守りと、トイレとその後の会話。この日は、食事が終わった後、女子会をしていた。
「(義母さんの苗字)どこかわるいの?いついつ退院でしょ?」
「(夫)退院するのは、あちらの男性です。」
「まぁ、そう。」夫からキッカケを説明し、そこから、義母さんの語りが始まった。
お義母さんは、何がどうだとか。そういった経過よりも、自分の言葉で体調不良を上手く説明できず、我慢して明日起きたら治るだろうと毎日思っていたのに、それが意に反して徐々に悪化したことが、とても怖かったようだ。午前中、院内での面談をしたからか、話が一本線になるぐらい通っていて。夫が驚くぐらいの記憶力と会話力。きちんとしなければならないと思う場では、とことんキリッとできるのだろうか。

話を聞いていた女性のおひとりが共感力が強く
「まぁ、、、そんなに怖いことを。お歳はいくつ?」
「そのお歳で、苦労されたのね。」と、涙を流してくださった。

隣に座っていたシッカリした女性が
「嫁なんて、入院したら全く来ないのが普通よ。」「長男夫婦が毎日来るなんて、あなた感謝しなければいけないわ。」
と、前置きしつつ
「いい人だから色んな人が助けて下さったのね。運がお強いのよ。あなた助かったんだから、生かされたのよ。これからの人生は、生かされていると思った方がいいわ。」

地域包括ケア病棟にうつってからのお義母さん。今まで息子に言わなかった感謝の言葉を口にしたり、穏やかな日々が多くなったけれど、女子会友達が良いのだとここで初めて知って、頭が下がるおもいだった。また、トイレも、とても上手に出来るようになり、洗濯物も週1~2ぐらいでおさまっていて。病院で日々お世話下さっている皆さんへは、感謝してもしきれないぐらい助けて頂いている。また、お義母さんも日々頑張っている。

水曜日、義父さんの不安をかかえた眼科の通院。予約優先だけど、午前中飛び込みで私のかかりつけの眼科に。お義父さんの不安をフォローしながら、色んな検査を丁寧にしてくださった。結果を聞いた義父さん
「一週間から10日ぐらい前から、急に右目が見えなくなってきた。」から
「右目が見えづらいと気付いたのが、一週間から10日ぐらい前だったと思う。」に変わるほど、わかりやすい説明だった。妻が入院し、自分の体調不良が不安に感じることはよくある話だと思った。

木曜日(今日)は勤務。勤務後、夫婦で入院先へ。お義母さん、食後のまんじうを食べながら、神妙な顔をして、(今日は)ずっと働いていたんだよ。と、過酷な強制労働のような話(架空の話)を、ずっとしていた。週1~2回こんな日もある。内容は、新聞に折り込みチラシを入れる仕事だったり、何かの作業だったりするんだけど。なのに、帰り際に(手にフワフワ持つふりをして)「あ、たらし焼き食べたいのね。」それで、うなづくから。最後のオチは食べ物なのか?と、思うのだけど。地域包括ケア病棟にうつってから、いつも最後に自ら話を切り上げて、気を付けて帰ってと言うようになった。夫は自分の誕生日を忘れられていることを気にしているようだ。

金曜日(明日)は、午前中、義父のかかりつけの通院の付添い。ヘルパーさんへの食事のお願いを手紙にし、午後は義母さんの往診の付添い。穏やかとは言え、やっぱり体調に波があるし。明日はどうなんだろう。

「人は生かされている」何て良い言葉なんだろう。
義父さんが見舞いに来た時の「(人は)ひとりで生きていけねぇんだ」は、あの頃、急性期病棟にいたので、義母さんにとって、自分が生きていくので精一杯。人のことは考える余裕なく、心に響かなかったが、このタイミングでの「人は生かされている」は、響いただろう。
ちょっとしたら忘れてしまうかもしれないけれど、穏やかな日々が続いているので、きっと心の奥底では忘れない言葉なんだろうなと。そう思うことにしている。