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お義父さんの眼科の通院後、お義母さんの入院先へ行った。リハビリで、塗り絵をしていたお義母さん。じっと見ているお義父さん。毎日リハビリをしていることも伝えた。真剣そのもので、会話にならなかったので、リハビリをしてくださっている職員さんが、入院している階のデイルームまで案内して下さった。

「なんだよ、俺より歩けるじゃねぇか。」
「え?何?」
「お義父さんがお義母さんが歩けることを褒めているよ。頑張ってるねって。」
「なんだよ、歩けねぇのかよ。」から始まった、久しぶりの夫婦の会話。
その間私は、洗濯ものを入れたり、歯ブラシや入れ歯を取りに行ったりして、二人で色々話していた。
まもなく昼食の時間になるので帰ることに。
「また来るね。お義父さんも、また来るねって言って。」
お義父さんは車の中で帰りに
「何言ってるか、さっぱりわからねぇんだ。」「耳が悪いから。」と、自分のせいにしていた。
「お見舞いするのは家で見ているのと一緒ですから、今日みたいに暖かい日に、体調の良い日に、お見舞いもっと行きましょう。今日のお義母さん嬉しそうでしたよ。」

ヘルパーさんが来て、お義母さんのお見舞いに行った感想の話になると、しばらく無言になり。
「何言ってるか、さっぱりわからねぇんだ。」その後、無言になった。自分のせいにしていなかった。
話題を変え、「お義母さん、見舞いに行ったら元気になれるから。」と伝えると、寂しそうだけど嬉しそうにしていた。

夕方、病院へ行くと、家族への任意の聞き取り調査が院内であった。
お義母さんの症状を持った、家族への任意の聞き取り調査。アンケート。
日頃、お世話になっているから協力した。
入院前のお義母さんの行動と、退院後、どうなったら在宅で迎えられるか。と聞かれた。
逆説的にとらえて、介護者のコマを変えるか
(同居を出して別居と入れ替える。かつ別居が今の同居と同じ態勢になり、二人とも仕事を辞める。)
同居人や本人の体調が、今と全く逆になるか。
お義父さんが元気になり、かつ、お義母さんや義弟さんの体調が治る。
いずれにせよ、全く現実的でない答えになってしまった。
在宅だった頃、落としどころが全くない状況だったので、現状でも、かかえている問題で、そのぐらい難しいことに変わりないと感じている。
それほど現実的でない答えになるぐらい、病院で良く見て頂いていることに感謝していることを伝えた。
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入院前、脚がむくんでいて。靴がワンサイズ小さくなった。新しい靴をとっても気に入っている。
日々の体調には波がある。今日は数字に弱いのか「みっか」「いつか」「なのか」が理解できずに、夫にイラつきながら何度も「何?何?」と聞き直していた。文化の日、よこぜまつり、夜祭りは理解できるけれど、時系列が、ぐちゃぐちゃ。お義母さんは蕎麦が食べたくて。七日に蕎麦が食べられるかもしれないということを、夫が何度も伝えるが、どうしても伝わらない。

「いつか」と「なのか」の違いを伝えるために、あと2回寝れば「なのか」なんだって。と、数を数えながら指折りしてゆっくり伝えたら、ホッとしていた。
言った後、今朝目覚めたら、会社に行かなきゃと思ったら、家でもないところにいて。◯◯病院に入院しているんだよって周りから教えられたんだ。と、しっかりした口調で話していた。恭子さんの家に電話をしようとしたんだよ。でも電話のところまで遠くて行けなくて。と、私たち夫婦の自宅の番号を正確に答えていた。そっか、お義母さんは会社員か。私の家に電話したかったか。で、恭子さんってどういう立ち位置なんだろう。と、微妙に感じたけれど、きっと夫と話していて、何か上手くつたわらないことを感じ取っていて。自分の中で「私は正しい。私はしっかりしてるんだ。」と伝えたくて、精一杯なんだろうなと、何となく感じ取った。夫は目がうるうるしていたが「俺の誕生日、母ちゃん完全に忘れちゃってるよ。いつも言ってくれていたのに。」ということで、うるうるしていたようだ。

やさしさ。言葉にするやさしさ、言葉にしないやさしさ。
入院した当初、相田みつをの本を差し入れしようと思ったまま、バタバタしたまま、そのまま来てしまったけれど、思ったままで良かったのかもしれないと、今日フト感じた。