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退院前日、はりえを頑張ったことで患者さんや看護師さんから褒められて、照れ笑いしていたお義母さん。施設は、耳が遠い人や認知症で「何?何?」って言う人が集まるから、会話にならなくてオカシクて困ったところだよ。全く!と不機嫌に行う。お義母さんも「何?何?」と、よく言っているのを聞いているのだけど、自分のことは気付いていないっぽい。私は「そうだいね〜。困ったところだね〜。お義母さんそうじゃないもんね〜。」と言ったが、夫は、散々振り回されているので、お義母さんの話で完全に固まっていた。

今朝は朝から色々準備して、車に色々載せて、病院へ向かった。手前の袋が病院で最後の荷物を詰めたり、外出用の靴。
お世話になった内科に挨拶にいくと師長さんがいらっしゃって。ぱっとした明るい笑顔で喜んでくださった。
地域包括ケア病棟へ向かい、荷物をまとめた。
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お義母さんへの病院からのラブレター。3通。これからお世話になる施設へ渡します。
この中に、入院中の色んなことが書かれている。
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お義母さんは寒がりだったので、冬用の荷物が多かった。院内のワゴンを借り、家に持っていくものと
施設へ預けるものに振り分けた。会計を済ませ、当面の薬を受け取る。DSC_3478
月曜日の午前中で多くの患者さんが来院していた。
見舞いに来ていたのはいつも午後。こういったことを想定していなかったので、駐車場に車を停めるのも含め
時間がかかり、迎いに来て下さる10分ぐらい遅れてお義母さんを迎えにに行くと、既に相談員の方が来て下さって、お義母さんと優しく会話をしてくださっていた。お義母さんの顔が和らいでいて安心したけれど、いざ移動するとなるとあれこれ心配事が増えてきて。何で息子が来ないんだ、リハビリの先生に挨拶しないと急に言い出し。看護師さんが3人笑顔で送って下さったが、表情が硬くなってしまった。
車いすで、急に何か思い出して立ち上がらないかと見守っていたけれど、ゆっくり行って下さったので
お義母さんと会話をしながら向かう。相談員さんが車を取りに行く間も、ずっと話しかけて、不安を持たないように。相談員さんが、冬ものを膝にかけると言いながら、手も冷えないようにと言いながら、お義母さんが乗車する際、危なくないように冬物で対処下さった。車に乗るまで優しく話しかけ、乗る行程は話しかけず、祈るように見守った。
相談員さんも気遣って下さって、私の車を後ろからつく形で待って下さって。ゆっくり向かった。
一方施設についてから、車に降りるまで慎重に見守り、お義母さんが車いすで車ごと降りることに慣れていなく、緊張しているので安心させるように声掛けしながら、降りてもらった。
冬季期間で、お部屋に入るのも一定の制限があったりするのだけど、お義母さんと一緒に入り、持ってきた荷物を入れに行くので、マスクをして一緒にお部屋に向かった。清潔な室内に、広々としたお部屋で、ゆったりしたベット。お義母さんがキョロキョロし始めた。DSC_3492
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シーツの上に、お気に入りのバスタオルを敷かないと、心配で仕方がないこと。
枕元に、私の赤い完走タオルがないと「赤いの」「赤いの」と言って不安になること。
環境が変わって洋服が見えないことが気になり始めると、ない!ない!となるので、中のケースを見えるところに置いておいてほしいこと。
(現物を見せても、しまうと認識できないため、自分のモノであることと品名を明記して見えるところに置いて、納得してもらってた)
お気に入りの毛布が、おやつやスプーン着るものや色々なものを吸い込んでしまうので、払って欲しいとお願いされ、私が荷物を入れている最中だったので、相談員さんへ払うふりだけして欲しいとお願いしていたところ、快く引き受けて下さった。
毛布が重いのか、おやつを下げるときも一声かけているだろうし、私も服を持ち帰る時声掛けしてその場では納得してもらうけれど、忘れてしまうのか、そのことが自分で納得いかないのか。それで毛布がというと思うのだけど。きっとひとつひとつお義母さんの中で理由はあると思うけれど。

そのままお義母さんは昼食へ、私は再度説明を受けに部屋に降りた。
リハビリ計画の話の時、今後のお義母さんのお話と、今の段階で、歩行器で歩けるけれど、施設の中で慣れるまでは急に何か思って不測の行動をし、転倒し骨折すると困るので、慣れるまでは車いすで移動してもらいたいこと。
ケアマネさんからの説明を受け、管理栄養士さんのお話を聞いた。
入院中はリフレックスの薬が効くまでは、食事をあまりとらなかった。でも、久しぶりにカレーを見たようで、カレーを完食したことを聞いて、環境が変わって食べられなくなることを一番心配していたので、そのことで言葉にならないほど、とても安心した。

昼に一旦施設を後に。
足りないものを買い足し、昼食を食べた後、夫を駅まで迎えに行き、役場で手続きを済ませ、施設に向かい、足りなかったことの手続きを済ませた後、お義母さんと再度面会へ。

お義母さんは、夫と会った時、最初、沢尻エリカの「別に」並みに不機嫌だったが、お昼に出た食事が何だったの?久しぶりにカレー食べたんじゃない?それは温かかったの?と色々前向きな話しかけをすると、のって来て「ジャーから湯気が出るのを見た」「まぁ食べてるのは粥だけどな」「入院していた時(食事が)まじぃ、まじぃって皆言ってて、何がまじぃんだ?と思ってたけど。」「(近くに)買い物に行ったとき、帰りに良い臭いがしていたけれど、こういうことだったんだな。」とか。「食事は温かったかい?」と聞いても、イマイチ反応が鈍いので、食事の熱さ冷たさはイマイチ理解できていないのかもしれないけれど、食事の雰囲気で美味しさをつかんでいるようだ。

「食事をするところが武甲山が見えるんだ」「食事をするところが、明るくて広くって。きれいで。部屋もベットも広いんだ。」「こんなに贅沢できるところだったら、高いんだろう。どうするんだい。」と何度も気にして言っていたので、「お義母さん今までたくさん働いてきたからいいんだよ。」と特別扱い風のことを言いたかったけれど、それだと、後々また気にすると思ったので、素直に言うと顔が素に戻っていた。退院の時の支払いを気にしていたので、領収書を見せると「これがお金が戻ってこないけれど、安くなる制度なんだね。」と理解してくれた。

またインフルエンザの予防接種を(何度も)打っていない!と夫にイライラして言っていたので、摂取した領収書を見せると「(インフルエンザ予防接種前日にした)採血と注射が、ごちゃごちゃになってたね。」と、お義母さんなりに納得してくれて一安心。

施設内に、お義母さんの同級生や知り合いがいるみたいだという話や、ここは何か行事の時にボランティアの子が来て「おばあちゃん」「おじいちゃん」とか言われて、手紙をもらえるところだろ。孫がいないのに、「おばあちゃん、おばあちゃん」っていうのもなぁ。と言いながら、嬉しそうだった。

また病院では、お義母さんの症状の重めの方もいて、その方をじっと不安に見ていたせいか「ここは、穏やかなところだ。」「よく寝られそうだ。」とか。入院前にお義父さんや義弟さんの話や担当看護師さんからお話を聞いていたので、昼と夜とでは、見せる顔が違うのかもしれないけれど。お義母さんは、いつになく穏やかだった。いつもは、夕食後、トイレとお口の掃除の介助と少しの話で会話がなくなったが、おやつに呼ばれるまで、エンドレスで楽しい話を続けて、入院したての時のように「もう、長くないんだ」「もうおしめぇだ」「今夜がヤマだ」「親戚を皆呼んできてくれい」「恭子さん、今まで骨を折らせて済まなかった、今まで世話になったな。そろそろ逝くんだ。わかるんだ。」とか。そんな話には一切ならなかったので、安心したと言うか。きっとそれは、体調が良くなって退院したのと、職員さんが温かく接して下さるからだと、ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

冬期間の面会制限で、夕食後の介助はかなわなかったけれど、久しぶりに6時過ぎに夕食が食べられた。食事の後に深い眠りについてしまったけれど、目覚めてもまだ22時。お義母さんが体調を崩してから、義実家で毎日料理を作ったり、夫と一緒に、食事のお世話をしたり。義両親の話を聞いたり。ずっと帰りが遅く、疲れていたので。環境に慣れるまでと、薬が少し変わってからと。落ち着かない日はあると思うけれど、今、夜穏やかに過ごせることに、とても感謝しています。

お義母さんが面会をした時に、外からの防災無線で子供たちが帰宅することが聞こえてきたり。いつもと変わらない日常の声を、面会時間の時に聞きとって。とても嬉しそうにしていたことで、ひとつ学んだことがあった。
施設を探すとき、お義母さんの体調に応じた施設をメインに選んで行ったけれど、お義母さんから見たら、それが幸せじゃなく、家の近くで落ち着いた穏やかな時間が欲しかったのかもしれない。と。

家にいた時、自分の体が思い通りにならないことにイラついたのか、行ってみると、お義父さんが困り果てて、よくみると黙々とお義母さんが若かったころの写真を切り刻んていたこと。夫と私でハサミを取り上げようとすると、必死に抵抗しながら、なお切り刻もうとしたと。涙目になりながら、夫が写真を持ち帰ったことが今日の夕食後の話題になった。家を思い出すことが安心になるか、寂しくなるかは、お義母さんの心に聞いてみないと、わからない。

「家に一旦帰れると思ったら、そのまま向かっちゃったんだよな。」と言いつつも、そのことを否定せず「でもな、けぇったところで飯ひとつ作れねぇし。」「できねぇこと、できねぇって思い続けて、どうにかしなきゃならんのも嫌なもんだな。」「「ここにいれば3食心配せずに、リハビリに専念できますよ。」というと「リハビリしてねぇから、どうだかわからんけど、こういうところ来たら、お迎えが来るのを待つところだと思ってたけど、そうじゃねぇな。」昭和の時代、重症者と思われる特養の見舞いに何度も行った経験があって辛かったようで。そのイメージがあったらしく、そこに行くと思ってたけど、違ったんだと、とっても嬉しそうに話していた。歩行器が使えないことを不満に思っているようだったが、まだここに慣れていないので、夜中に寝ぼけて歩行器使って転んで骨折したら大変なので。慣れてから歩行器使うようですよ。と、言ったら納得してくれた。

相談員さんから向かう時に、家の方向感覚がわかっていたことを聞き、そのことがわかったことがとても嬉しく、お義母さんも家族も近くで安心できることに感謝した。
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私が義実家へ行くと、お義父さんと義弟さんが落ち着かない感じだった。
お義父さんが、近所の人から聞いたのか、そのものずばりお義母さんの体調の階か?と聞いてきたので
「今は違います。見守って、そうしないといけないタイミングで、そうなる可能性があるかもしれません。ここ数日、お義母さん、とてもまともです。安定しています。」と伝えると、じっと一点を見つめて動かなくなった。何を思ったのだろう。

夫が義弟さんに、今日の体調と面会の手順を伝えると「え?受付があるの???」と、驚いていた。
マスクが必要なので、マスクを買って、地図と手紙を添えて「3時から4時ぐらいまでは日帰りのサービスの人が出入りして車の出入りが多いから、2時過ぎぐらいがおススメかも。お義母さん3時前後からおやつだから。」と、説明したら「・・・行けたら行きます。」と一気にテンションが下がっていた。
受付で紙におかあさんと自分の名前書いて「お世話になります」って一言言うだけで会えるんだよ。とも言ったけれど、あまり乗り気じゃない。やはり受付が、ハードルが高いのか。
インフルエンザや風邪にかからないように、面会の時間に限りがあるから。平日は長男さんは行けないよ。と言ったら、ホッとした顔をし、あとは、平日私と次男さんしか会える人がいないからね。行ったら、おかあさん喜ぶよ。と言ったら、考え込んでしまった。夫は「あいつ・・・行かないな。」と、言うけれど。無茶言うが、これをきっかけに行けたらいいなと思う。

近くだとイロイロお義父さんや義弟さんも、今まで以上に気にかけてくれる。行けないからと、任せきりにならない。お義母さんの過ごしやすさって、一体何を基準に選んでたんだろうとも思う。
最初に声をあげてくれた施設。ご縁を大切にしたいと思った一日でした。