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夫婦共々、昨日が仕事納め。今日から休みに入ったけれど・・・畑をしています。
道の駅果樹公園あしがくぼは、今年は元旦だけオヤスミ。他の日は、好きに野菜だして良いんですって。例年、この時期は野菜が高くなり、八王子で暮らしていた頃は冷凍野菜に頼っていたけれど・・・里帰りした方は、帰ったらまず、秩父の野菜食べたいだろう。というか、帰省した息子娘のために、秩父の野菜を買って、料理をしそうですが。
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自分のペースで収穫して、農協と地域密着型スーパーに葉物を出荷しました。夫は道の駅に大根を出荷していました。明日は、ネギも加わります。葉物が60円、ねずみ大根は20円・25円・30円、普通の大根は70円、ネギは90円ほどの世界ですが。買った方が笑顔になれるのが一番でしょう。
葉物を収穫しているとき、ふと思いだしたことがあった。

中学時代、文化祭で壁新聞コンクールがあって。中2の時、初めての編集長になり、サポートしてくれる同級生に恵まれて。2年なのに十勝大会でも賞をいただき、当時の担任の先生がとても喜んで下さって。3年の時は、環境も変わり、報道関係の生徒会も経験し、色々経験を積んだ気になり、見えないプレッシャーを感じていて。文化祭当日、ふと隣の隣のクラスの、英語の先生が担任の壁新聞が目にとまって。英語の先生から「どう思う?」って聞かれ、具体的に良いところを伝えると、英語の先生から「自分が精一杯頑張っていることで、ライバルの良いところを見つけてストレートに伝えられる中学生って、なかなかいないよ。そこが良いところだね。」と言われたなと。

だから、自分の帰省は棚に上げて、里帰りした方は、帰ったらまず、秩父の野菜食べたいだろう。とか、帰省した息子娘のために、秩父の野菜を買って、料理をしそう。とか、思いつくんだろうけれど。

 勉強のことで何をどのように学んだかは全く覚えていないけれど、先生の世間話とか。癌で闘病生活を送った先生がどういう風に、病を受け入れて生きていったかとか。夜遅くまで油絵を描いていると、部活の先生が、定時制の給食のパンを食べさせてくれたとか。高校2年の頃、保健室にホットロードの本を置いていたら、当時の定時制の教頭先生も、保健室でよく休んでいて。保健室の先生から「定時制の教頭の○○先生から、読んだよ。良い本だね!」って伝えられて。どういう経緯だったのか覚えていないけれど、定時制の職員室に連れて行ってくださって、先生方と色々お話させていただいたりとか。定時制の職員室に何回か通って色々お話していくうちに「ナンか雰囲気でいいな〜定時(制)って、先生たち仲が良いんだよ。」と、2年の時に国語の先生にこぼしたら「そっか?国語科も、いいぞ。職員室嫌いだから、そう思うんでねぇの?」って、国語科の職員室に行ったときに「見てみ!」って言われて、カーテンの奥に行くと、和気藹々と囲碁やっていたり。

小中高生時代って、実家が酪農で、バブル時代の勢い衰え。確かトドメに高校2年から始まった牛肉の輸入自由化を家庭の空気から感じることが多々あった。私が実家を離れた後、狂牛病が流行ったときは、父は獣医でもあったので奔走したと聞いている。土地柄、北の国からより壮絶な世界を、父は背負ったこともあったと、大人になってから母から聞かされたこともある。現実は北の国からみたいに甘くはない。そのせいか、学校での人間くさいことばかり覚えている。きっと、コロナ禍の1年、比べものにならないぐらい、浮き沈みが激しいと思う。例えば、乳牛飼育の牧場なら、学校が休校の時に、市場に出せない牛乳が大量に捨てられたとか。それ以上の話はエグいから控えるけれど。北海道の農業や酪農は、とてつもなく規模が大きい。

だからこそ、冬に細々とでも続けられる農業がどれだけありがたいか。義父も私の父も、体調は怒濤の1年だっただろうけれど、父に直接「もう、やめたら。」と言わないのは、夫と共に育てて収穫した野菜でつながっている人のつながりがとても大きいことを、この1年で感じたからかもしれない。父は、体力と相談しながら仕事が続けたいと言っているが、その言葉の裏には、地域で培っている人とのつながりが大切なのだろうと思う。私が子供の頃は、父は「広島県民(高校まで広島の島国育ち)」と、頭の良さを全面的に出し、北海道や地域になじんでいなかったので、娘からみると、あまりよい父親でもなかったけれど、今はきっと根っからの道民なんだろう。だから辞められないんだろう。
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義父からの「マスクが欲しい」の差し入れの希望が。二人でタブレット端末の面会に行った。
今日の義父は、頭が冴えていた。小声で言っても、夫は一生懸命聞き取ろうとしていた。
義母との会話の時は「え?母ちゃん?何?何言ってるの?」と笑顔で言って。義母から「ヘラヘラするんじゃねぇ!全く話が通じやしねぇ!」って、二人で漫才していたのに。

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暮れにサプライズで秩父地域、方々から花火があがった。あがったところを夫が解説してくれた。
・・・夫は情報通だ。
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仕事納めの昼食。ごちそうさまでした!テイクアウト、良いですね。
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今年1年、色々あった。あちこち行く行動力がなかったと思う。
ただ、夫と共に秩父に根をおろして野菜を作ることで、色んな方々の温かい気遣いや優しさを感じた年でもあり、コロナ禍がなかったら、こういうことに気づけなかったんじゃないかと。
感謝の1年。この情勢も、しばらく続きそうだけど、一喜一憂せず、目の前にある自分ができることを地道にこなしていき、来年も感謝の1年につなげたいと思った1年でした。

新年の挨拶は控えさせていただきますが・・・どうぞよいお年をお迎えください。