昨日、夫と義父の体調、今後の話。医師説明を受けた。義父は自分の命に対して、どう思っているのか。そういった話で、入院後数日中に決断するという話だったけれど、私が同席することとなり、この日までに決断する状況に。医師説明を聞き、夫が同じところで考え込んでしまい。話が進まなくなってしまったため、夫にとっての祖父母が人工呼吸器をつけたり酸素吸入をしたとき、義父は自分はしたくないなど、何か否定的なことを言っていたか。自分だったらこうして欲しいと言っていたか。私から色々聞き出そうとしたけれど、そういったことが一切なかったらしい。

私も義父母と一緒にいたとき。元気だった頃の義母が「ボケちまったり、体が動かなくなって生きるのは、何のために生きてるんだかわからないから、よして欲しい。」と、嫌がっていて、義父に「なぁ。そんなん、生きていたってなぁ。しゃあねぇ。そうだろ。」と同意を求めても、うなづくこともなく、否定することもなく、そうだとも言わず。義父はサッパリした性格で、空気を読まずに、ハッキリ言うときは言うので、そこでハッキリいわなかったことは、どうなんだろうとも思い。

在宅介護だったころ、通院に付き添いで行ったとき。歩くのもやっとで、足の裏が焼けるように痛いだの、腰が痛いだの。そういうのがしょっちゅうで。私が休日しか連れて行けず、今日は体調が悪いからと延び延びになって、薬が切れそうになって、私もキレそうになりというのは日常茶飯事。

在宅介護の頃の主治医が「お義父さん、痛いのは、この歳まで生きているから当たり前なんだよ。皆、どこかしら痛くて付き合いながら生きている。歩けるから痛いんだ。寝たきりになったら痛くないよ。」と、おっしゃって、その時は納得したんだけど、また帰りに同じ話になり。私から医師が話したことと同じ事を伝えると「わけぇ頃は痛くなかった。70過ぎから痛いんだけど、何が何やらさっぱりわからん。あちこち見てもらったがわからん。身体が悪いから痛いんだ。」と、いつものイタイイタイ病が始まった。そして一通り話し、気が済んだのか。急に大人しくなり、ポツリと「死ぬのは、こぇえな。」と。恐らくその一言に義父の気持ちがこめられているような気がするのだけど。それなら、人工呼吸器をつけるという行為というのはどういうものなのだろうか。つけないで体調が悪化したときに怖いと思うのか、つけてしまった後に怖いと思うのか。そこがわからない。

医師は最初から助からないのがわかっていて、命をつなげるようなことはしないとおっしゃる。助ける治療をしても、義父の歳と体の状態だと、結果的に回復に向かわないかもしれないけれど、どうしますかという話。「死ぬのは、こぇえな。」とは、また別の次元の話。このご時世、助ける治療をしていただけることで悩むのは、贅沢だとも思う。結局、義父が言わなかったこと、意思表示をしなかったことで、一通りの考えはお伝えしても、先々まで考えたことでの話なので、夫と私は再び考え込んでしまった。
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ポチっと選び、サクッと届いた。新しいコタツを買うと、机と布団が無駄になる。
それならばと、コタツの取り替えヒーターを購入。写真は取り外したヒーター。ゴミがこれだけ!取り付けも夫に頼んだので、楽ちんだった。
夫はウットリとした顔で、こたつむりになっていた。
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最近、ちょくちょく気分転換しているのがコイコイ。今のところ、負け知らず。

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二人三脚で、春に収穫する作物の水やりと、ネギ出荷の一日。
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途中で虹を見た。一昨年の義母、昨年の義父の体調、数日後に良い方向に向かったときも虹を見た。今回もそうあって欲しいと祈るばかりだ。