拓殖大学井上ゼミ −インドネシア研究−

このブログは、インドネシア研究に取り組む拓殖大学政経学部井上ゼミの学生および卒業生の情報交換の場として設けられました。

 5月24日の夜9時前後(現地時間)、ジャカルタ東部のカンプン・ムラユのターミナル付近で連続自爆テロ事件が発生しました。死者は自爆犯2人のほか警官3名、負傷者は11名でした。
 ジャカルタでは昨年1月14日にもジャカルタ中心地のタムリン通りの交番付近で連続自爆テロ事件が発生。このときは自爆犯を含め死者8人、負傷者25人でした。

 この2つの事件は、自爆犯が複数であったこと、また主な標的が警官であったことなどの共通点がみられます。

 そこで、今回の自爆テロ事件後の現地メディアや警察などの報道から事件の背景を簡単にまとめてみました。

 ジャカルタの自爆テロ犯はISIS(イスラム国)の支持者なのか?

 カンプン・ムラユの自爆テロ犯もタムリン通りの自爆テロ犯もシリアやイラクの一部を拠点とする「イスラム国」の支持者であるのは確かなようです。カンプン・ムラユで起きた自爆テロの2人の犯人は、西部ジャワ州バンドゥンを拠点とするイスラム過激組織JAD(Jemaah Ansharut Daulah)のメンバーでした。
 インドネシア国内には「イスラム国」を公然と支持する過激派組織が21団体あるといわれていますが、JADは「イスラム国」の最大の支持組織であるとインドネシア国家警察のティト・カルナビアン長官は語っています。
 また、「イスラム国」の側も事件後に犯行声明を出しています。

 JADとはどんな組織なのか?

 イスラム過激派組織としてJADの存在が知られるようになったのは2015年ごろからです。JADは別名JADKN(Jamaah Anshorut Daulah Khilafah Nusantara)ともいいます。JADはシリアに滞在しているインドネシア人のバフルン・ナイム(Bahrun Naim)が直接指導していると言われています。ではどうやって指導しているのかというと、インターネットを通じてです。ネットを通じて洗脳し、自爆犯をスカウトし、爆弾の作り方を教え、そのための資金を送金していると見られています。

 JADの組織力はどのくらいなのか?

 アメリカの国務省が今年1月に報道したところによると、「イスラム国」のインドネシア支部ともいえるJADの支持者はインドネシア全土で数百人規模とみられています。

 なぜ警官がテロの標的にされるのか?

 イスラム過激派組織の中には異教徒を敵視するものもありますが、JADが敵視するのは異教徒だけではありません。JADの教義では神(アッラー)の教え以外はすべて禁忌なのです。ですからイスラム教徒といえどもJADの教義に従わない者は不信心者(Kafir)ということになります。
 警官は、神(アッラー)の教えではなく、国の法律に基づいて職務を遂行しているわけですから、JADの教義によれば神(アッラー)の敵すなわち「戦わなければならない不信心者」(Kafir Harbi)ということになるわけです。
 インドネシア国家警察のティト長官によると、テロとの戦いでインドネシアではこれまで40人の警官が殉職、80人以上の警官が負傷したそうです。

写真は5月24日のカンプン・ムラユ自爆テロ事件現場と自爆テロ犯。2人の自爆テロ犯はいずれも1985年生まれ(31歳)で既婚者でした。

Bom-di-Kampung-Melayu-Jakartakampung-malayu-ichwan

今までまったく意識しませんでしたが、インドネシアは世界で2番目に結核の感染リスクが高い国のようです。

インドネシアのニナ(Nila Djuwita F Moeloek)保健相は5月7日、結核感染の拡大を阻止するための対策が必要だとメディアに語りました。その中で、ちょっと面白いと言ったら語弊がありますが、インドネシアらしいなと思ったのは、インドネシア人は定期的に家族や親族を訪問するから一族で1人の結核患者がでるとたちまち一族中に結核が感染してしまうと保健相が語っていたことです。

本当にそんなに深刻なのかと思って日本の厚生労働省検疫所のホームページで確認したら、やはり次のように記されていました。

「2015年のうち、報告された結核患者の約87%は結核の脅威が高い30か国で発生していました。インドを筆頭に、次いで、インドネシア、中国、ナイジェリア、パキスタン、南アフリカの6か国で全体の60%を占めています。」

インドネシア滞在中は、少しは感染に気をつけたほうがよさそうです。

明日はもう5月ですね。5月24日から遂にエア・アジア(AirAsia X Indonesia)の成田空港・バリ島間の直行便が就航します。

機体はエアバスのA330-300で、座席数は377席うち12席はフル・フラットのプレミアム・フラットベッドとのことです。

 すでに前売り予約は始まっています。プロモーション期間中の価格は往復2万円程度です。インドネシアでは片道119万ルピア(約1万円)、プレミアム・フラットベッドでも439万ルピア(約4万円)で販売されています。

 成田からの運航日は月・火・木・土の週4便、バリからの運航日は月・水・金・日の週4便です。

 また運行時刻は、成田発(08:25)−バリ着(14:25)。バリ発(23:00)−成田着(07:10)となっています。

 つまり週末の土日を利用して1日半バリでリフレッシュして帰ってきても交通費は2万円ほどで済むわけです!

 とりあえずやってみたいですね、バリ島への一泊旅行・・・。
airasia

 西スラウェシ州のアブラヤシ農園で3月末に成人男性がニシキヘビの腹の中から遺体となって発見された事件はこのブログでもお伝えしましたが、西スラウェシ州ではその後も、市場や住宅に巨大なニシキヘビが出現し、住民たちを怯えあがらせています。

4月7日には人々で賑わうペカバタ(Pekkabata)中央市場でニワトリを狙っている4メートル近いニシキヘビが発見されました。

4月9日にはパサンカユ(Pasangkayu)という町の一般住宅に、深夜、全長5メートルのニシキヘビが侵入し警察も出動する大騒ぎとなりました。

同様の事件はほかにもいくつかあり、西スラウェシ州政府も対策に乗り出したようです。

このところの街中での相次ぐニシキヘビの出現は、アブラヤシ農園の乱開発が原因ではないかと現地では言われています。つまり、アブラヤシのプランテーションの急速な拡大で生息域を奪われたニシキヘビが食べ物を求めて人家にまで近づいてきたとの見方です。飼い犬を飲み込まれてしまった人もいるそうです。

写真はKompas.comから。

ニシキヘビ1

ニシキヘビ2

 スラウェシ島の西スラウェシ州サルビロ村で25歳の男性の遺体が体長7メートルのニシキヘビの体内から発見されるという、信じられないような事件が発生しました。

 現地の報道によると事件の経過は次の通りです。

3月26日朝9時にアクバルさん(25歳)はアブラヤシ農園に行くと言って家を出ました。

27日になってもアクバルさんは帰宅しないので、村人たちで捜索を行いました。

27日の夜10時頃、村人がアクバルさんの向かったアブラヤシ農園でニシキヘビを発見しました。

ニシキヘビの腹が大きく膨らんでいることに疑いをもった村人たちは、ニシキヘビを捕まえて腹を切り開くことに合意しました。

すると、ニシキヘビの腹の中からアクバルさんの遺体が衣服を着た完全な形で出てきました。

アクバルさんの頭はヘビの尻尾の方、足はヘビの口の方を向いていたといいますから、頭から飲み込まれたものと思われます。

ニシキヘビの腹を割いてアクバルさんの遺体が発見されたときの様子は以下のサイトの動画で確認できます。

http://bangka.tribunnews.com/2017/03/29/video-beginilah-kronologi-akbar-dimangsa-hingga-ditemukan-dalam-tubuh-ular-piton

また、現地紙(tribunnews.com)に掲載された画像は次の通りです。信じるほかありません・・・。

ニシキヘビ1

ニシキヘビ2

ジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港第2ターミナルから離発着しているガルーダ・インドネシア航空の国際線は、今年5月1日から第3ターミナルに移動になるようです。3月28日にブディ・カルヤ・スマルディ(Budi Karya Sumadi)運輸相が現地記者に述べました。

 それ以外の国際線は当面これまで通り第2ターミナルから離発着しますが、いずれは第3ターミナルへ移すとのことです。

 5月1日といえば日本人にとってはゴールデンウィークの真っただ中ですね。ガルーダ・インドネシア航空でジャカルタ入りする人は、行きは第2ターミナル着、帰りは第3ターミナル発となるかもしれません。

 気を付けましょう!

 AKB48の姉妹グループとして2011年にインドネシアで結成されたJKT48の日本人マネージャー(48歳)が3月21日、ジャカルタ郊外の南タンゲランにある自宅の浴室で首を吊った状態で発見されました。自殺とみられています。

 発見したのは奥様とお手伝いさんで、直ちに病院に搬送したものの助からなかったそうです。

 亡くなられた日本人マネージャーは2011年の結成当時からJKT48を担当されていたそうです。インドネシアでは奥様と2人のお子様と一緒に住んでいたようですが、ご近所付き合いはほとんどなかったといいます。

 現地警察は、仕事の重圧が自殺の原因とみています。

 ご冥福をお祈りします。

サウジアラビアのサルマン国王が3月1日からインドネシアを訪問なさっています。明日(3月4日)にはジャカルタからバリ島に移動、バリでは3月9日まで過ごされるようです。

 サルマン国王をお迎えするバリ島のングラライ国際空港では、明日の19時15分から20時まで事実上空港を閉鎖、つまりサルマン国王到着前後の便はすべて遅延措置がとられるとのことです。もっともサルマン国王の特別機が予定通りにバリ島に到着するかどうかわかりませんから、遅延措置はもっと長引くかもしれません。バリ島から帰ってすぐに仕事という観光客はさぞやハラハラしていることでしょう。

 ところでサルマン国王はインドネシアではどこのホテルにお泊りになられたのでしょうか。ちょっと気になってチェックしてみました。

 ジャカルタでお泊りになられたのは、南ジャカルタのサトリオ通りにあるラッフルズ・ホテル(Hotel Raffles)です。ラッフルズ・ホテルの最高級客室ラッフルズ・スィート・ルームは390平方メートルでジャカルタでは最も広い客室と謳われています。たぶんこのお部屋に泊まられたのでしょう。この最高級客室の値段はわかりませんでしたが、ラッフルズ・ホテルの1泊の最安値を調べたところ4万円くらいでした。

 次に、3月4日から9日までバリ島でお泊りになられるホテルは、ヌサドゥアにあるセント・レジス・バリ・リゾート(Hotel St Regis)です。このホテルの最高級客室はグランドアスタープレジデンシャルスイートで518平方メートルあるそうです。おそらくここにお泊りなのでしょう。この最高級客室の値段はわかりませんでしたが、セント・レジス・バリ・リゾートの最安値は1泊450米ドル(税・サービス料別)と書かれていました。

 写真は、ラッフルズ・ホテルの全景とセント・レジス・バリ・リゾートのロビー風景。

ラッフルズ・ホテル

StRegis-Lobby

 駐日インドネシア大使の座を投げ捨ててというか、駐日大使の仕事を放り出してというか、バンカ・ブリトゥン州知事選挙に出馬したユスロン・イフザ・マヘンドラ(Yusron Ihza Mahendra)氏は惨敗に終わったようです。

 2013年12月24日に駐日インドネシア大使に認証されたユスロン氏は2016年9月21日にバンカ・ブリトゥン州知事選挙への立候補届け出を行いました。当初は休暇を申請しての出馬を試みたもののジョコ・ウィドド大統領はこれを認めませんでした。そのため2016年10月17日に駐日大使の辞表を提出、21日に受理されました。これによってインドネシアの駐日大使は当面不在という事態となったのです。

 国家官房長官や法務人権相などを歴任したユスリル・イフザ・マヘンドラ(Yusril Ihza Mahendra)氏の実弟であるユスロン氏はブリトゥン島が地元で、実は2012年にもバンカ・ブリトゥン州知事選挙に挑んでいました。2度目の挑戦となる今回は当選を有力視されながらも、芳しい結果とはなりませんでした。

 今年2月15日に投票が行われたバンカ・ブリトゥン正副州知事選挙には4組が出馬しましたが、2月19日の総選挙委員会の発表によると、ユスロン組の得票率は19.1%で4組中最下位に終わりました。

 ちなみに最高得票率で当選を確実にしたのは、前・中部バンカ県知事のエリザルディ・ロスマン(Erzaldi Rosman)氏です。

 写真は正副州知事候補としてペアを組んだユスロン氏とユスロニ氏(元・バンカ県知事)。

yusron

 ジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港で今年6月からターミナル間移動のためのスカイトレイン(Skytrain)がいよいよ運行するそうです。同空港管理会社PT Angkasa Pura IIのムハマド・アワルディン(Muhammad Awaluddin)社長が2月12日に記者発表しました。

 それによると、今年6月にまず1本のスカイトレインが第2ターミナルと第3ターミナル間で運行開始。スカイトレインは無人(自動操縦)の2両編成で1回に176人を輸送できるそうです。

 そして今年8月には3本のスカイトレインが導入され、第1ターミナル、第2ターミナルそして第3ターミナルを結ぶ本格操業になるといいます。

 どんどん便利になっていきますね!

 写真はスカルノ・ハッタ空港に導入予定のスカイトレインのイメージ図。The Jakarta Postから。

sky train

 バリ州観光局のデータによると、2016年にバリ島を訪れた外国人観光客数は490万4175人で前年比22.55%増であった。

 最も多いのはオーストラリア人で113万7413人、次いで中国人が98万6926人、日本人が23万4590人、イギリス人が22万1149人、インド人が18万6638人の順であった。

 日本人観光客の数は前年に引き続き第3位とはいうものの、前年比でみるとオーストラリア人が17.64%増、中国人が43.35%増、イギリス人が31.93%増、インド人が57.26%増と急増しているのに対し、日本人は2.81%増と微増にすぎない。今年中にイギリス人観光客やインド人観光客に数で負けることになるかもしれない。

 外国人観光客の国別シェアでみると、日本人観光客は2015年の5.70%から2016年には4.78%へと低下し、ついに5%を割ってしまった。ちなみにオーストラリア人観光客のシェアは23.19%、中国人観光客のシェアは20.12%であり、大雑把にいってバリ島を訪れる外国人観光客の4人に1人はオーストラリア人、5人に1人は中国人ということになる。

 ところで、バリ島への外国人観光客は増えているものの、ホテルの客室稼働率は漸減している。2012年には63.21%だったのが、2013年には60.68%、2014年には60.31%、2015年には58.14%、そして2016年には53.67%(暫定値)まで落ちた。この調子では今年は50%割れになるかもしれない。新たなホテルが乱立して競争が激化しているのであろう。今後、バリ島のホテル間のさらなる値下げ競争は必至と思われる。

 ホテル経営者には気の毒だが、我々観光客の立場からみれば、ホテルの値下げ競争は喜ばしい。バリ島ならば、同じ予算で1ランクも2ランクも上のホテルに泊まれることになるのではなかろうか。

 日本人にはそうした割得感も含めてバリ島観光に目を向けてほしいものだ。

 インドネシアの中央銀行は12月19日、7種類の新紙幣と4種類の新硬貨を一斉に発行しました。10万ルピア紙幣、5万ルピア紙幣、2万ルピア紙幣、1万ルピア紙幣、5000ルピア紙幣、2000ルピア紙幣、1000ルピア紙幣、1000ルピア硬貨、500ルピア硬貨、200ルピア硬貨そして100ルピア硬貨です。というわけでデザインが変わらないのは、今ではほとんど見ることもなくなった50ルピア硬貨と25ルピア硬貨だけです。

 新紙幣と新硬貨に描かれている肖像画は、それぞれ以下の国家英雄です。

10万ルピア紙幣に描かれているのは、これまでと同様に初代正副大統領のスカルノとハッタです。

5万ルピア紙幣に描かれているのはジュアンダ元首相(任期:1957−59年)です。

2万ルピア紙幣に描かれているのは、北スラウェシ出身で初代スラウェシ州知事(任期:1945−49年)を務めたラトゥランギです。

1万ルピア紙幣に描かれているのは、西パプアのビアク島出身で1964−73年までパプア州知事を務めたフランス・カイセポです。

5000ルピア紙幣に描かれているのは、南カリマンタン出身で国会/国民協議会議長(任期:1971−77年)を務めたイドハム・カリッドです。

2000ルピア紙幣に描かれているのは、インドネシアがまだオランダ領東インドだった頃の植民地議会(フォルクスラート)で、ジャカルタ土着のブタウィ人の代表として活躍したH.M.タムリン(1894−1941年)です。

1000ルピア紙幣に描かれているのは、オランダによる植民地支配と闘ったアチェ人女性のチュ・ムティア(1870−1910年)です。

1000ルピア硬貨に描かれているのは、バリ人のヒンドゥ教徒で小スンダ州(バリ島とヌサテンガラ地方)知事(任期:1945−58年)を務めたイ・グスティ・クトゥット・プジャです。

500ルピア硬貨に描かれているのは、北スマトラ出身のキリスト教徒で、国軍参謀長(任期:1950−53年)を務めたシマトゥパン中将です。

200ルピア硬貨に描かれているのは、インドネシア民族主義運動の指導者の一人として知られるチプト・マングンクスモ(1883−1943年)です。

100ルピア硬貨に描かれているのは、東ヌサテンガラのロテ島出身で、国立ガジャマダ大学学長(任期:1961−1966年)や公共事業大臣(任期:1950−51年)を務めたヘルマン・ヨハネスです。

このように新紙幣や新硬貨の肖像画には、その出身地や宗教にも配慮して国家英雄が選ばれています。

 ところで、一斉に新紙幣と新硬貨が発行されたわけですが、ではこれまでのデザインの紙幣や硬貨はいつまで使えるのでしょうか。

 中央銀行によると、今後5年間はどの市中銀行でも新紙幣や新硬貨と交換可能、さらにその後も10年間は中央銀行の本支店に持っていけば交換可能とのことです。つまり、今後15年間は旧札も旧硬貨も使用可能ということです。

写真は新紙幣と新硬貨。kompas.comから。

Uang-NKRI780x390

 今年も残りわずかとなってきました。

 2017年のインドネシアの祝祭日(国民の休日)は以下の通りです。昨年までは計15日だったのが、来年からは1日増えて計16日となります。ジョコ・ウィドド大統領が新たに6月1日を建国の理念である「パンチャシラ誕生の日」として祝日に指定したからです。

2017年のインドネシアの祝祭日

1月1日(日)太陽暦の新年
1月28日(土)春節(中国歴新年)
3月28日(火)ニュピ(バリ・ヒンドゥ教のサカ歴新年)
4月14日(金)キリスト受難日(聖金曜日)
4月24日(月)ムハンマド昇天祭
5月1日(月)メーデー(労働祭)
5月11日(木)ワイサック(仏教大祭)
5月25日(木)キリスト昇天祭
6月1日(木)パンチャシラ誕生の日
6月25-26日(日・月)イドゥル・ィトゥリ(レバラン。断食明けの大祭)
なお、その前後の6月23日(金)と6月27-28日(火・水)も政令指定による一斉休暇。
8月17日(木)独立記念日
9月1日(木)イドゥル・アドハ(イスラム教の犠牲祭)
9月21日(木)イスラム歴新年
12月1日(金)ムハンマド降臨祭
12月25日(月)クリスマス
なお、翌12月26日(火)も政令指定による一斉休暇。

 中央統計局(BPS)のデータによるとインドネシアの失業率は5.5%(2016年2月時点)で、前年同月から0.31%下がっています。

 ところが大卒失業率は、2015年2月の5.34%から2016年2月には6.22%と増えています。2016年の大卒失業者数は69万5304人に上ります。

 中央統計局は大卒の失業者が増えている理由として「仕事の種類を選ぶこと」をあげています。ただ、これとは違う分析もあります。

 インドネシアのコンサルタント会社Willis Towers Watsonによると、インドネシアの国内企業10社中8社が「即戦力となる大卒者を採用するのが困難」と回答しているそうです。つまり、企業から見て有能な人材が少ないということです。

 では、企業側は大卒者になにを求めているのかというと、広い意味での情報処理能力と文章力だそうです。日本と同じでしょうね。インドネシアも今や約30%が大学などの高等教育機関に進学するようになりましたから、大卒者の平均学力も低下しているのでしょう。

 2017年のインドネシアの州別最低賃金は、労働省による正式発表にはまだ至っていませんが、各州の決定は11月1日までに行われています。県や市ごとの最低賃金も11月16日までには確定するはずです。県や市の最低賃金は、その州の最低賃金を下回ることはできません。

 2017年の最低賃金が最も高い州は首都ジャカルタ特別区の335万5750ルピア(約2万7000円)、次いでパプア州の266万3646ルピア(約2万1000円)そして北スラウェシ州の259万8000ルピア(約2万円)の順です。一方、最も低い州はジョクジャカルタ特別州で133万7645ルピア(約1万1000円)です。

 以下に2017年のインドネシアの州別最低賃金を記します。

1、アチェ州:250万ルピア(前年比18.0%増)
2、北スマトラ州:196万1354ルピア(前年比8.2%増)
3、西スマトラ州:194万9284ルピア(前年比8.2%増)
4、バンカ・ブリトゥン州:253万4673ルピア(前年比8.2%増)
5、リアウ群島州:235万8454ルピア(前年比8.3%増)
6、リアウ州:226万6722ルピア(前年比8.2%増)
7、ジャンビ州:206万3000ルピア(前年比8.2%増)
8、ブンクル州:173万ルピア(前年比7.8%増)
9、南スマトラ州:238万8000ルピア(前年比8.3%増)
10、ランプン州:190万8447ルピア(前年比8.2%増)

11、バンテン州:193万1180ルピア(前年比8.3%増)
12、首都ジャカルタ特別区:(前年比8.3%増)
13、西部ジャワ州:142万624ルピア(前年比8.2%増)
14、中部ジャワ州:136万7000ルピア(前年比8.1%増)
15、ジョクジャカルタ特別州:133万7645ルピア(前年比8.1%増)
16、東部ジャワ州:138万8000ルピア(前年比9.0%増)

17、バリ州:195万6727ルピア(前年比8.3%増)
18、西ヌサテンガラ州:163万1245ルピア(前年比10.0%増)
19、東ヌサテンガラ州:165万ルピア(前年比15.8%増)

20、西カリマンタン州:188万2900ルピア(前年比8.2%増)
21、南カリマンタン州:225万8000ルピア(前年比8.3%増)
22、中カリマンタン州:222万2986ルピア(前年比8.0%増)
23、東カリマンタン州:233万9556ルピア(前年比8.2%増)
24、北カリマンタン州:235万8800ルピア(前年比8.4%増)

25、ゴロンタロ州:203万ルピア(前年比8.3%増)
26、北スラウェシ州:259万8000ルピア(前年比8.3%増)
27、中スラウェシ州:180万7775ルピア(前年比8.3%増)
28、東南スラウェシ州:200万2625ルピア(前年比8.3%増)
29、南スラウェシ州:250万ルピア(前年比11.1%増)
30、西スラウェシ州:201万7780ルピア(前年比8.3%増)

31、マルク州:192万5000ルピア(前年比8.5%増)
32、北マルク州:197万5000ルピア(前年比17.5%増)
33、パプア州:266万3646ルピア(前年比9.4%増)
34、西パプア州:241万6855ルピア(前年比8.0%増)

 というわけで最低賃金の上昇率からみると、最も大幅に引き上げられたのはアチェ州(2016年の211万8500ルピアから2017年は250万ルピアへ)、次いで北マルク州(2016年の168万1266ルピアから2017年は197万5000ルピアへ)、南スラウェシ州(2016年の225万ルピアから2017年は250万ルピアへ)、西ヌサテンガラ州(2016年の148万2950ルピアから163万1245ルピアへ)の順で、それ以外の州は1ケタ台の上昇率にとどまりました。
インドネシア政府は2017年の経済成長率を5.18%、インフレ率を3.07%と予測して2017年の州最低賃金の上昇率を8.25%に定めていました。ほとんどの州はこの中央政府の意向に基づいて最低賃金を定めたといえます。

 アメリカの次期大統領にドナルド・トランプ氏が確定しましたね。

 不動産王であるトランプ氏はインドネシアにも投資しています。

 バリ島のタナ・ロット寺院近くのTrump Internasional Hotel&Tower Baliと、西部ジャワ州ボゴールのTrump Internasional Hotel&Tower Lidoです。いずれも6つ星クラスの最高級ホテルで、Trump Internasional Hotel&Tower Lidoにはゴルフ場まであるそうです。さらに現在、インドネシアにディズニーランド級の遊園地を建造する計画も進められています。

 トランプ氏のインドネシアにおけるビジネス・パートナーはMNCグループ総帥のハリー・タヌスディビョ氏です。ハリー・タヌの通称で知られるハリー・タヌスディビョ氏も政治への野心は強く、インドネシアの次期大統領を虎視眈々と狙っているようです。2015年2月にはインドネシア統一党(Partai Persatuan Indonesia)という新党を立ち上げました。

 アメリカのトランプ大統領誕生で、ハリー・タヌの政治的野心もますます燃え上がることと思われます。

 写真の左はトランプ氏、中央がハリー・タヌ氏。Cnnindonesia.comから。

トランプ

 2017年から2022年までを任期とする首都ジャカルタ正副知事選挙のキャンペーンが10月28日にいよいよスタートしました。投票日は2017年2月15日です。とはいえ、これで当選者が確定するとはかぎりません。過半数を上回る票を獲得した正副知事候補者ペアがなかった場合には、上位2組による決選投票が行われます。決選投票の投票日は4月19日の予定です。
 というわけで、場合によっては半年近くもの長期にわたって選挙に時間が費やされるという政策遂行の観点からは効率の悪い仕組みになっています。

 今回のジャカルタ正副知事選挙に出馬しているのは、次の3組です。

.▲曠奪=ジャロット正副知事候補ペア

 アホックの通称で知られるバスキ・チャハヤ・プルナマは現職のジャカルタ知事で1966年6月29日、スマトラ島沖のブリトゥン島生まれ。華人です。宗教はキリスト教プロテスタント。中学校卒業後、進学のためジャカルタに渡り1989年、トリサクティ大学鉱業科学部地質学科を卒業。卒業後は故郷ブリトゥンに戻り国営錫鉱業会社(PT Timah)の下請け業務を行うパンダ社(CV Panda)を設立しましたが、その2年後に経営学を学ぶためプラセティヤ・ムルヤ大学大学院に進学。MBA(経営学修士)取得後、機械・電機施工会社シマクシンド・プリマダヤ社(PT Simaxindo Primadaya)のプロジェクト予算分析スタッフを務めました。
 1992年にはヌリンドラ・エカプルサダ社(PT Nurindra Ekapersada)を設立して掘削業に進出。アメリカやドイツの技術を導入してブリトゥン島で初のシリカ採掘加工工場を設立しました。
 こうした企業家時代に政治家や役人の汚職や腐敗に苦しめられた彼は政治の刷新を志し自ら政界に進出。2004年、新インドネシア連盟党(Partai PIB)に入党し、同党の東ブリトゥン県支部長となります。同年、東ブリトゥン県議会議員に当選。それからわずか1年後には県知事選挙に出馬し、東ブリトゥン県知事に当選。アホックは、自らの携帯電話番号を広く住民に告知してあらゆる苦情や告発を直接聞き入れるというこれまでインドネシアの政治家には見られなかった新たな政治スタイルをとりました。そして、それが有権者の心をつかんだといえます。
 東ブリトゥン県知事時代に医療や高校までの教育費の無料化、末端までの公道の舗装などの成果をおさめたアホックは、アブドゥルラフマン・ワヒッド元大統領の支持を得て2007年にバンカ・ブリトゥン州知事に立候補するも落選。その後、国政に転じて2009年の総選挙にゴルカル党から出馬して当選。国会では第2委員会(内政委員会)に所属し、主に議員活動の透明化に努めました。
 2012年のジャカルタ正副知事選挙にジョコ・ウィドドとペアを組んで出馬し、副知事に当選。
 2014年にジョコ・ウィドドが大統領に当選したため、同年11月19日、アホックが副知事から知事へと昇格したのです。

 アホックとペアを組む副知事候補のジャロット・サイフル・ヒダヤットは1955年に北スラウェシのゴロンタロ州生まれ。イスラム教徒です。1986年に国立ブラウィジャヤ大学行政学部を卒業後、国立ガジャマダ大学大学院に進学し、1991年に修士(政治学)の学位を取得。その後はスラバヤのトゥジュブラス・アグストゥス大学などで教鞭をとり、同大学では副学長も務めました。
 1999年に闘争民主党(PDIP)から東部ジャワ州議会議員選挙に出馬して当選。2000年には東部ジャワのブリタール市長に当選して2010年まで2期を務めました。ブリタール市長時代にジャロットは大規模商業施設や高層ビルの建設を抑制する一方、広場や路上を占拠する露天商の整備にも成功して名を上げました。2014年に闘争民主党の国会議員に当選。
 ジャカルタ知事であったジョコ・ウィドドが大統領に就任、ジャカルタ副知事であったアホックがジャカルタ知事に昇格したのに伴い、ジャロットは2014年12月17日にアホック知事によって正式にジャカルタ副知事に任命されました。

▲▲哀后瓮轡襯咼▲弊吃知事候補ペア

 アグス・ハリムルティ・ユドヨノはユドヨノ前大統領の長男です。1978年、西部ジャワ州バンドゥン生まれ。イスラム教徒です。2000年に国軍士官学校を卒業。陸軍に在職しつつ2005年にシンガポールの南洋理工大学大学院で修士(戦略研究)学位を取得、2010年にはアメリカのハーバード大学で修士(公共政策)学位を取得しました。
 陸軍少佐として機械化歩兵大隊長の任にあったアグスは、ジャカルタ知事選挙への出馬表明と同時に国軍へ退職願いを提出。2016年9月26日、16年間の軍人生活に正式に別れを告げました。

 アグスとペアを組む副知事候補のシルビアナ・ムルニは3組の正副知事候補のうち唯一の女性です。1958年ジャカルタ生まれの生粋のブタウィ人。ブタウィ人はジャカルタ土着のエスニック・グループです。父親は陸軍大佐まで務めた軍人で、規律正しく敬虔なイスラム教徒の家庭に育ちました。
 ジャヤバヤ大学法学部を卒業後、ジャカルタ州庁に勤務。いわばジャカルタ州庁の生え抜きの役人です。。ジャカルタ州精神教育・文化部長だった1997年には政界に転じ、ゴルカルのジャカルタ州議会議員に当選。1999年、ジャカルタ州庁に復職し、ジャカルタ州初等教育局長や中央ジャカルタ区長等を歴任しました。ジャカルタの区長(wali kota)に女性が任命されたのは、彼女が初めてです。2015年からはアホック知事の下、ジャカルタ州観光文化部門州知事代理を務めていましたが、翌16年9月23日、辞表を提出してアグスの副知事として立候補届け出を行いました。

アニス=サンディアガ正副知事候補ペア

 アニス・バスウェダンは1969年、西部ジャワ州クニンガン生まれ。両親はいずれも学者で、祖父はインドネシアの民族運動期にインドネシア・アラブ党(Partai Arab Indonesia =PAI)の党首を務め、独立後は情報省副大臣などを歴任したアブドゥルラフマン・バスウェダンです。このことからも明らかなように、アニスはアラブ人の血を引く敬虔なイスラム教徒です。
 1995年に国立ガジャマダ大学経済学部を卒業。在学中の1993年にはJAL財団の招きで上智大学のサマースクールに参加したこともあります。その後、フルブライト奨学生としてアメリカのメリーランド大学に留学し、1998年に修士(公共政策)学位取得。2005年には北イリノイ大学で博士(政治学)学位も得ました。
 2007年には38歳の若さでパラマディナ大学の学長に就任。インドネシアで最年少の学長として話題となりました。
 2014年の大統領選挙では民主党(PD)からの出馬を試みるも断念。同年、ジョコ・ウィドド政権が発足すると教育文化大臣に任命されるも、2016年7月の内閣改造で解任。その2か月後にジャカルタ知事選への立候補届け出を行いました。

 アニスとペアを組む副大統領候補はサンディ・ウノの通称で知られるサンディアガ・サラフディン・ウノです。1969年、リアウ州ルンバイ生まれ。インドネシアで最も富裕なムスリム実業家として知られる人物です。
 1990年にアメリカのカンサス州にあるウィチタ州立大学を卒業後、ジョージ・ワシントン大学大学院に進み、1992年に修士(経営管理)学位を取得。シンガポールの投資会社やカナダの資源探査会社で働いた経験を活かして1997年にコンサルタント会社を設立。さらに翌98年にはアストラ・インターナショナル社の創業者として知られるウィリアム・スルヤジャヤ(William Soerjadjaja)の次男エドウィン・スルヤジャヤ(Edwin Soeryadjaya)と共同で、天然資源や社会資本に特化した投資会社サラトガ・インベスタマ・スダヤ社(PT Saratoga Investama Sedaya)を設立しました。以来、サラトガ社は経営難に陥った企業を次々と立て直し、今では十数社を傘下に収めるまでに成長しています。
 グローブ・アジア (Globe Asia)誌の発表(2016年8月6日付)によると、サンディ・ウノの総資産は8億3000万米ドルで、インドネシアで47番目の富豪とのことです。
 彼が本格的に政治活動に取り組みはじめたのは2015年4月すなわちプラボウォ・スビアントが党首を務める大インドネシア運動党(Partai Gerindara)に党指導者会議のメンバーとして迎え入れられてからです。同党指導者会議副議長に任命されるとサンディ・ウノは同年6月、政治活動に専念することを理由にサラトガ社の社長の座をエドウィン・スルヤジャヤの息子ミカエル・スルヤジャヤ(Michael Soeryadjaya)に譲り、ビジネスの第一線から退きました。
 大インドネシア運動党は当初、サンディ・ウノをジャカルタ知事候補に擁立することを狙っていましたが、最終的にはアニスとペアを組む副大統領候補とすることで推薦政党間の調整が図られました。

 以上の3組でこれから何か月にもわたってジャカルタでは選挙戦が繰り広げられることになります。

 今日(10月16日)の夕方、中部ジャワ州スマラン市にあるIPW(Indonesia Police Watch)の事務所で、覚せい剤パーティーをしていた4人が逮捕されるというニュースがありました。

 逮捕されたのは、LIRA(住民情報集積センター)の中部ジャワ地区委員長やスマラン市警察の警部(Bripka)など4人です。

 警官が麻薬で逮捕されるというのはインドネシアではありがちな話ですが、このニュースで私がショックだったのは、覚せい剤パーティーの場所がIPWというインドネシア警察の不正を監視する非政府組織だったということです。IPWからの情報や報告はこれまでしばしば利用させてもらっていたので、なんだか騙されていたような残念な気持ちになりました。

 LIRAは、ユドヨノ大統領時代に政府の開発政策を支援することを目的として設立されたNGOです。とはいえ開発に絡む問題や汚職などの情報を住民から収集することが主な活動であり、政府を批判することもあります。今回逮捕されたLIRAの中部ジャワ委員長は弁護士でした。

 インドネシアの国家麻薬局長によると、2015年のインドネシアの麻薬使用者は約590万人だそうです。そして毎日、30人から40人が薬物中毒で死んでいるといいます。

 ジョコ・ウィドド大統領が誕生してまもなく2年になりますが、昨日(10月9日付)のKompas紙(インターネット版)に、そういえば・・・!と改めて気づかされた記事がでていたので紹介したいと思います。

 大統領護衛隊長のバンバン・ススワントノ(Bambang Suswantono)少将によると、ジョコ・ウィドド大統領は公用車での移動中にサイレンやクラクションはもちろん、通行中の車に停止を命じることや信号を止めることも禁じているそうです。さらに歴代大統領は移動に際して14台から15台の車列をなしていたのが、ジョコ・ウィドド政権後は7台に縮小されたといいます。

 それでも一般車両は自然と道を譲ってくれ、大統領専用車は軽く手を挙げお礼をしながら走っているらしいです。まぁ、渋滞でどうしようもないときは路肩を使うようですが・・・。

 それにしても、これは大きな変化ですね。庶民派の面目躍如、ジョコ・ウィドド大統領の英断だと思います。

 スハルト大統領以降それまでは大統領がお通りになるときは、大名行列の通過を待つように全車両に一時停止を命じるのが当たり前のようになっていましたから。

 写真は移動中の大統領公用車。Kompas.comから。

1321057jokowiww780x390

 2017年2月15日に投票が予定されている首都ジャカルタ知事選挙にユドヨノ前大統領の長男アグス・ハリムルティ・ユドヨノ(Agus Harimurti Yudhoyono)が立候補を表明しました。アグスは1978年生れの38歳、現職は陸軍少佐ですが、軍を早期退役しての立候補となります。

 これまで世論は現職のアホックことバスキ・チャハヤ・プルナマ(Basuki Tjahaja Purnama)知事の再選を圧倒的に支持していましたが、アグスの出馬表明でにわかに激戦の様相を呈してきました。

 アグスが今後、アホック知事の有力な対抗馬になるだろうと予想されている理由は、彼がユドヨノ第6代大統領の長男だからというだけではありません。そのユドヨノが大統領退陣後にTrans corp(トランス会社)というインドネシアの巨大メディア・グループの最高監査役(komisaris utama)に就任しているからです。Trans corpの傘下にある主なメディアは、Trans TV、Trans 7、Detik.com、CNN Indonesia、Net-TVなどです。今後、これらのメディアがアグス候補に肩入れした報道をすることは、ほぼ間違いありません。なぜならこれまでもユドヨノ前大統領に批判的なグループは、Trans corp傘下のメディアに公正な報道は期待できないと取材を受けること自体を拒否していたほどだからです。

 それにしても、大統領を引退したユドヨノがなぜ民間のメディア・グループの最高監査役などに就任したのか、今回の息子のジャカルタ知事選出馬でようやくわかったような気がします。さすがの智謀家ですね。

 写真は、ジャカルタ知事選への立候補登録をするアグス・ハリムルティ・ユドヨノ。Kompas.comから。

アグス

このページのトップヘ