分離独立運動のあるアチェとパプアの最近の情勢についてです。(井上治)
                         

1, パプア問題

 2006年1月に43人のパプア人がオーストラリアに政治亡命を求めた。うち42人にオーストリア政府は暫定ビザを発給(残りの1人は日本政府が受け入れたとの情報もあるがどうなのか?)したが、日本政府も、パプア人の政治亡命者への対応策を検討しておく必要があろう。というのも、1月にオーストラリアに亡命したパプア人のグループには、日本人と親戚関係にある者もいるからである。
 パプア独立運動は一枚岩の組織ではなく、それぞれ独自のグループがいくつかある。その中のひとつが、1月にオーストラリアに亡命した人々で、彼らは「西メラネシア国」という国名での分離独立派勢力である。
 「西メラネシア国」の独立宣言は、1988年にトーマス・ワインガイ(Thomas Wainggai Meni)博士(1996年に獄中死)によってなされた。トーマス・ワインガイ博士は、元日本留学生で1969年に岡山大学法学部を卒業、1985年にはアメリカのフロリダ州立大学で博士学位を取得した学者で、パプアの国立チェンデラワシ大学の教員であった。彼の妻は日本人のテルコ・コハラさん(現在、60歳位)で、1988年には夫と共に逮捕(「西メラネシア国」の国旗を縫った罪)され、懲役8年の判決を受けた。
 故トーマス・ワインガイ博士とテルコ夫人との間には、サロモン(Salomon、32歳位)、アンゲリカ(Angelica、30歳位)そしてダヴィッド(David、29歳位)の3人の子供がいる。彼らが日本に亡命を求めることも十分に考えられる。
 1月にオーストラリアに亡命した43人のリーダーは、故トーマス・ワインガイ博士の甥のヘルマン・ワインガイ(Herman Wainggai)である。彼自身もかつて「西メラネシア国」独立運動の罪で投獄されていたが、2005年に釈放された。
 さて、この「西メラネシア国」独立運動グループが縁戚関係を頼って日本に亡命申請をしたり、日本で活動を展開したりした場合の対応だが、オーストラリア政府と同様に、日本政府もインドネシア政府をできるだけ刺激せずに、あくまで人道的な見地から一時的な亡命を受け入れることが望まれる。なぜなら、彼らがインドネシア政府に忠誠を誓わないかぎり、彼らの身の安全が保証されないのは明らかであり、また、現状では彼らがインドネシアに忠誠を誓うことは信条的に困難と思われるからである。
 実際、2003年7月には、「西メラネシア国」の国旗を掲揚していた(旗を降ろせという指示に従わなかった)という理由だけで、住民が警官に銃殺された。ダイ・バクティアル警察長官(当時)も、こうした警察の措置を正当化していた。こうした状況は今も変わっていないであろう。

2, アチェ問題

 アチェの和平問題は、その本格的スタートとなるアチェ行政法の審議が長引いてはいるものの、大きな問題なく進んでいるとみてよいであろう。今のところアチェ行政法の制定は5月末が目標である。最終的には、2005年8月にヘルシンキで結ばれたインドネシア政府とGAM(アチェ独立運動)との協定にほぼ沿った内容となりそうである。少なくともGAM側はアチェ監視団(AMM)に全幅の信頼をおいており、アチェ行政法に納得がいかなかった場合はAMMに調整を求めると語っている。一方、国会内にも、ヘルシンキ協定は受け入れざるを得ないという雰囲気が高まっている。
 したがって、アチェ行政法制定後は、GAMはアチェの地方政党として活動を展開、州知事や県知事にも独自の候補を擁立することになろう。4月19日には、スウェーデンに亡命中のGAMの高官8人もアチェ入りする予定である。インドネシア政府は、彼らがインドネシア国籍に復帰することに障壁を設けていないことから、彼らがそのままアチェにとどまることもあり得る。
 ただ気になるのは、ジュオノ・スダルソノ国防相とジョコ・スヤント国軍司令官の情勢分析の違いである。
 ジュオノ・スダルソノ国防相は、「GAMは事実をねじまげたプロパガンダを展開している」とGAMの動きを警戒しているのに対して、ジョコ・スヤント国軍司令官は「政府とGAMは不測の事態を避けるため協力しており、GAMがプロパガンダを行っている兆候はない」と、国防相の見解に反論しているのである。
 ジュオノ・スダルソノ国防相は国立インドネシア大学の政治学者で、環境大臣や駐英大使なども歴任したリベラル派として知られる人物である。その彼がGAMへの警戒感を口にし、国軍司令官がGAMへの信頼感を口にするという現状をどのように理解すべきであろうか。
 私見では、次の通りである。第一に考えられるのは、ジュオノ・スダルソノ国防相は政治学者としての分析力で、GAMの厚い支持基盤を見抜いており、今後行われる地方選挙や首長選挙でのGAMの大勝を警戒しているということである。第二に考えられるのは、ジュオノ・スダルソノ国防相は陸軍の諜報機関からの情報をもとに、陸軍の声を代弁して発言しているのに対して、空軍出身のジョコ・スヤント国軍司令官は、これに対抗意識を燃やしているということである。海軍出身のウィドド政治法律治安調整相も国軍司令官の発言支持の立場である。つまり、陸軍対海軍・空軍連合の対立図式が国軍内に起こっているのかもしれない。
 いずれにせよ現状においては、アチェに治安上の不安はない。(以上)