土器

 

 

 

 

 

 

 

 

 

縄文土器には、その名の通り、縄目の模様や複雑な飾りがついていますが、弥生土器には、簡単な直線や波形の模様や、何も模様のないのもあります。
なぜ、最初にあらわれた土器に複雑な模様が付いて、その後にあらわれた弥生式土器に何も付いていなかったりするのか?

「縄文土器は最初に作ったので、水が漏れるか調べるために、模様を作ったのです。
縄目の部位から漏れるかどうかみたのです」

《夢かイメージ》
“体重計が倍以上の数値をさしているのでおかしいと思っている”

「夢はは亡くなって乾燥したイシジンが知らせたのです。
同じ思いだからです。
(イシジンが生きている時の) 半分になったのです。
イシジンの皮膚が薄く*なったのです。

それで最初の土器 (縄文の) に模様をつけたのです。
(縄文の) 模様の意味は、(土器を形成する) 原子たちに、きちんと並ぶように知らせたのです。
イシジンが亡くなって、乾燥しだしても原子たちに、しっかりと手をつなぐように知らせたのです。
(縄文土器に模様をつけて、原子が形つくるのに) 慣れたので (弥生式時では) 次第に模様をつけなくなったのです」
(縄文初期は稲の縄を作ることはなかったそうです。
6000km離れた
バヌアツの縄文土器は、イシカミ同士テレパシーで会話したので同じ模様ができた)

日本でも海外でも土器の底が尖っているのはなぜか?
「イシジンや巨人は、イシカミのお汁を栄養源にしていました。
イシカミが元気な時は、イシジンたちの頭の管から直接お汁と吸い取っていましたが、イシカミが弱ってくるとお汁が少なくなりました。

それでイシカミから作った壷に、お水を入れると溶けだしたので、それを身体に取り入れていたのです」
(アフリカの女性などが頭にを載せて運ぶのもこれを見ていたから?)

「頭 (に乗せていたお汁のカメ) が暮らしの土器になったのは、イシジンたちがいっせいに死んだのではないからです。
残ったイシジンが、お汁の入れ物を人間のために作り直してくれたのです。
柔らかいうちに(壷の入り口を)丸めたのです。
それは雲 (成層圏?) をあらわします。
(丸めた口=成層圏から) 下が物質になると言う意味です」

先日から書いています、壷はイシジンのお汁の入れ物で、頭の上に乗せてお汁を栄養源?にして活動していたが、お汁がなくなると、イシジンの肉体は土になり、お汁の入れ物の壷は、人間がそのまま使うようになったようです。
それで土器の壷の底が尖ったり、狭くなり安定が悪い作りになっているというのは、世界中の壷に共通していて、人間が壷を作ったと思わせないためです。
大きさは巨大な壷から小さな壷までありますが、人間には想像できないイシジンがたくさんいたと思われます。
巨大な壷はそれくらい大きな頭の巨人がいたということで、巨石遺跡との関連が想像しやすくなります。


なぜ、縄文土器などの壷*の口が、壊れそうな模様になっているか?
「それはイシジンがいっせいに死んだからです。
それでイシジンの頭についていたお汁の壷が、そのままの形で残ったのです。
(いろいろな模様や形は、イシジンの思いで原子が形作った)
(口がしっかりと丸めてあるのは)仲間が死んだイシジンの頭から、お汁の壷を取り出し、しっかりと丸めたのです。」

多くのつぼ型の土器は固定をするモノがないと、置けない形で先が尖っていたりしていたが、開口部が頭に密着しているのなら、どうしてお汁が入るのか?
「イシジンの頭のお汁のツボは、フタを開けるのでなく、そのままイシカミの穴に差し込んでお汁を浸透させて入れていたのです。
それで先が細くなっているのです」

急須の土器も人間が作ったのではありません。
イシジンがイシカミからお汁を貰って、(急須の)口から飲んでいました。
お汁はアザラシのお乳のように、イシカミの身体の穴から出てきたのです。
イシジンがお汁から袋を作り、人間はヤギの乳をそこに入れて飲みました。
イシジンの石像の細かなヒダのできる布も、お汁から作られた布なのです」

土器の耳飾り?を見ていると
「イシジンがイシカミの言葉を聞くために、耳にはめていたもの」
と伝えてきました。

オオクニヌシがイシジンだった時は、耳がいて座の形をした円形で穴が開いていたのを、耳当てのようにつけていた。
そのイシキが人間として生まれ変わってからも、イシジンの時のことを忘れないために、耳の横で髪の毛を丸くしていた」

大きな耳石(耳飾)をどのようにして用いてたか?
「耳石はイシジンの頭の中に埋め込まれていました。
(柔らかい粘土のようなイシジンの頭の中に入れていたと)
その耳石は音を聞くために(脳を形つくっているイシカミの原子たちに)穴を開けたり(内外耳官)耳の機能として働けるような形になるように指示をしていました。

耳たぶの始まりは(幅広く)音を集めるために創られました。
けれどもあらゆる音が聞こえ過ぎるのも良くないことがわかりました。
あらゆる音が聞こえすぎると自分で考えることが出来ないことがわかったのです。
それで耳たぶを縮めたのです」
この説明で大きな耳石を、どのようにして耳につけていたかよくわかりました。
同時に
内耳の複雑な構造も耳石が原子たちに、音が脳に伝わるような形なるように指示をして創られたことがわかりました。
蝸牛が宇宙の大元をあらわし、三半規管は三位一体が大切なことをあらわしています。


火炎土器の複雑な模様は地球の内部をあらわしていると伝えてきました。
火炎土器はイシジンが頭にかぶるお汁の入れ物でない=底が平らで置物として形を造っている。
火炎土器の中は勿論空洞ですが、それは地球の中は空洞で、あちこちに小さな地下空洞があることも知らせています。

4つの突起は地下空洞の入り口をあらわし、北極、立山麓、長野松代、富士山麓にある。
火炎土器は地球の内部をあらわしていて、入り口は太平洋をあらわし、内部は滑らかで底まで深くはない?
(内部は模型しかわからないので、、)
周りのギザギザが太平洋環火山帯のイシカミ達で、島になったり日本列島などになった。
最初、地下空洞の入り口の4つは均等にあったが、地球が頭を少し持ち上げたために地下空洞の突起の部分が集まってきて、富士山、立山、北アルプスになった。
そしてこれまで知らせて来た、チリーと静岡が地球内部でつながっていると言うのはこれを見るとなんとなくわかるようです。

渦巻き状の模様はイシカミが地球に突入した後、原子たちは仲間同士で固まり、丸くなろうとしたことをあらわすそうです。
地上でも崖などで層になっているのは、このように地下でも層になって曲がっていることを知らせている。
火炎土器は何度聞いても地下空洞の模型だと。
「(地球の内部は)見ることができないので、模様でのこしたのです」とも。

いろいろな形の火炎土器があるのは、イシカミの情報の受け取り方が違うからのようです。まだわからないことが多いですが、今までわかったことです。

ソラからの伝言より〜