ローマとは
“マの言葉を伝える=現在伝えられていることはマのこと”
コロッセオの近くで19世紀から発掘されてきたフォロ・ロマーノとは、
“ローマをフォローする”
と言う意味だそうです。
ローマ時代のことも全て人間が建設したとされ、イシカミのことが完全に消されているが、
フォロ・ロマーノがイシカミ=イシジンが文明を築いたことをフォローしている
ということだそうです。
すなわち人間が都市を創ったというのであれば、折角都市を創りながら数百年でその都市を土で覆って、その上に新たに都市を作ることがありうるか?現在の石造建造物は数千年も人間は利用しているのに。
イシジンは地下でも水が落ちてくれば生活が出来たが、人間は地下生活は真っ暗なので生活できない。
地下都市がなぜ沢山あるか?それは人類以前にイシジンが文明をきずいていたということで、巨大で華麗な石像建造物がこれでもかというほどあちこちにあることで知らせています。
(より詳しい内容は会員向けとなってます。)

地下遺跡参考:『ローマの地下に眠る遺跡』/『ローマの地下に眠る遺跡2』/『ローマの地下に眠る遺跡3』/『過去へと続くトンネル』/『観光客には見えない遺産
*↑ローマの地下水道のブドウを踏みつけている図(固形物を流動食に変える)は、食道から降りてきた胃をあらわすのです。

トレビの泉
有名なトレビの泉ですが、それは想像をはるかに超える流れる水量でした。
生きているような石像がこの裏の建物にも沢山ありますが、何より1年中絶えなく流れるものすごい量の水はどこから来ているのか?
人間が造ったというのであれば聞いてほしいと。

ローマのあちこちに水道の蛇口のように流れていますが、飲むことが出来るのは、人間は水が要るのでイシジンが用意してくれたそうです。

どこからの水かと言うと情報では、アトランティスがあった大西洋に、鳴門の渦潮と同じようになって地下宇宙に入り込み、そこから送られているということです。
これまでから地下宇宙には、地球の表面から塩分を濾過した水が入り込み、地下水脈となって縦横に走っていると伝えてきています。
そのひとつが柿田川の噴出しで、「シマンテックと同じです」と私の知らない言葉、シマンテック(=ウイルスを濾過する=水を濾過する)と言う言葉で知らせてきました。
北海道の羊蹄山の噴出しも、ものすごい水量ですが、これもアトランティスの海から、アトランティスの記憶を含んで送られてきているとも伝えられています。

スペイン広場のバルカッチャの泉
イシジンは足から水を吸い上げ、頭の上の壷にお汁を貯めていた。
ヨーロッパの各地にある石像の噴水はそれを表しているようです。

ローマの石畳
ローマは町中が石畳ですが、それは気の遠くなるような数の石が整然と並べられ、でこぼこがとても少ないのでなぜかと聞くと、「イシカミの皮膚だからです」と。
その石畳は郊外までも続いていて、見るまでは人々が大勢で敷き詰めて行ったのだろうと思っていましたが、そんな半端な数のものではないことは、実際目で見なければわからないと思えます。

アッピア街道
ローマから750kmもの石畳の道路で、その一部の両脇は小さな薄いレンガを積み重ねた分厚い塀が延々と続きます。
石畳と塀、それだけでもいかに膨大な数の石やレンガが使われたか、想像するだけで人間業ではできないことと思えます。

この近くに、地下に全長12kmの地下墳墓(カタコンベ)と呼ばれているものがありますが、お墓にするだけのために、一気に10m以上深く堀り下がったり、延々と12kmもの地下道兼地下室を作るでしょうか?
地下には大小さまざまな棚があり、ここで羽根のあるイシジン(天使)が作られ、支配星に言うことを聞かないとココに戻すと、脅かされたというのに、ふさわしい場所と思えます。

*カタコンべの意味*
「積んでいる石垣はイシジンを証明しています?
丸い石は頭蓋骨になるようにイシカミの原子に言ったのでなったのです。

それは地球がイシカミたちの身体で固まっており、人間はその上で暮らしていることを知らせているのです。
頭蓋骨は言われたとおりになったイシカミの原子たちです。
(頭蓋骨にならないで)丸い石になったのは止まることが出来なかったからです。
それは目や口の部分は凹まなければならないのに、そのまま増え続けたからです。
ただそれだけのことなのです。
頭蓋骨は生きていた人間の頭蓋骨ではありません。
イシジンは死ぬことは新しく生まれ変われると思うので嫌ではなかったのです」
(頭蓋骨は生きていた人間の頭だったと思って恐怖を与えようとしているが、カタコンベはもっと深い意味のあるものであることを知らせているようです。)


ベッキオ橋
この橋の上は屋根つきの店が並んでいて、きらびやかな装飾品を売っています。(金色がそれ)
この橋の先に行ってほしいと言ってきて見たものは、イシカミをあらわす半円の巨石の遺跡でした。
いかに装飾品がむなしいものか、人間は勉強をしてほしいと、ベッキオ橋と言ったそうで、洋服姿の学者風のブロンズ座像が橋の上にありますが、割と近年の像のようです。(けっこう遅くまでイシジンはいたと思っています)

ベッキオ(勉強)橋の先の遺跡
イシカミのことを伝える仕事をしたと、ベッキオ橋を渡ってこれを見てほしいといってきた遺跡。
この上は半円と長方形のくぼみで、大きなイシジンが立っていたようです。


地球の謎解き/ソラからの伝言より〜