2010年01月30日

フレンニコフ:交響曲第2番ハ短調作品9

1913年生まれのフレンニコフは2007年8月14日、94歳でその生涯を閉じました。彼はスターリン体制下、作曲家同盟の議長を務め、特に1948年の作曲家批判(ジダーノフ批判)で辣腕を振るったことで広く知られます。このことが後年批判の的となり、釈明に追われる日々を過ごすこととなりますが、彼もまた時代や体制に振り回された作曲家の一人といえます。

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演壇に立つフレンニコフ。

芥川也寸志の回想録に、フレンニコフとの友情が書かれており興味深く読んだのを思い出します。日本とソ連の間にまだ国交がなかった時代、芥川也寸志は着の身着のまま中国を介して単身でソビエトに渡ったのですが、その際フレンニコフと親交を交わし、それがきっかけで日ソ音楽家協会が発足。両国の音楽文化交流が促進されたのです。忘れてはならない作曲家の一人といえます。その縁あってかフレンニコフは来日もしており、ゲルギエフの指揮で自作のピアノ協奏曲を披露しています。

彼の音楽は、ソ連音楽の指針となる社会主義リアリズムの実践を象徴するもので、平明さと力強さを基軸とした大衆的な親しみやすさがあります。特に第3交響曲や2つのヴァイオリン協奏曲は、回りくどさのない簡潔な書法と、精緻な技巧際立つ傑出した音楽に感じられ、彼が決して凡庸な作曲家ではないことを知るに十分なものがあります。

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ショスタコーヴィチと語るフレンニコフ。

しかし1942年29歳の時に完成させた交響曲第2番は、少し印象が異なります。戦意高揚を目的として書かれたものと考えられ、進軍を思わせる行進曲風の楽想がくどいほどに交錯します。これほど空々しい印象を残す音楽もそうありません。カバレフスキーの交響曲第4番やレクイエムを聴いた時も同じような印象を受けました。奮い立たせるような勝利への闘志が全編に漲り、熱狂へと導くのですが、すでにこの作品の果たす役割が遠い昔に終わってしまったということなのか、世辞にもセンスの良い作品には感じられません。

■チホン・フレンニコフ(1913-2007)
交響曲第2番ハ短調作品9

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エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮
ソビエト国立交響楽団
(1978年録音 ソ連Melodiya原盤 米Vox ACD-8179 CD)


街中に備わる拡声器から強大な音量でこだまするプロパガンダのように、ソビエト国立交響楽団は強大な音量を武器に、著しく活力のある演奏を繰り広げています。鑑賞に耐え楽しめる水準に仕上げてしまうスヴェトラーノフの力量には驚かされます。このコンビの絶頂期を示す格好の録音に思います。この作品の第1に選ばれるに相応しい堂々たる風格です。
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ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮
国立モスクワ放送交響楽団
(録音年不詳 ソ連Melodiya C-1759 LP)


このロジェストヴェンスキー盤の存在は大変うれしく思います。同曲の聴き比べが出来る貴重な存在であり、スヴェトラーノフ以外の指揮者が演奏した場合、この作品はどのような面を見せてくれるのだろうかと興味深く聴き入ってしまいます。金管を良く鳴らしつつもバランスのとれた構築であり、ロジェストヴェンスキーの柔軟な指揮ぶりに関心させられます。録音状態から恐らく1960年代のものと考えられます。抜けの良いステレオではあるものの最上とは言えません。
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フランツ・コンヴィチュニー指揮
ソビエト国立交響楽団
(録音年不詳 ソ連Melodiya D-3000 LP)


スヴェトラーノフ盤を聴いた後でこのコンヴィチュニー盤を聴くと亀のような遅さに面喰います。真面目で丁寧な演奏態度が良く表れているように感じます。コンヴィチュニーは、1955年にベルリン放送交響楽団を指揮して入れた同曲の珍しい吹き込みがありますが、恐らく同時期のソ連録音と思われます。著しく音質は悪く篭りのあるモノラルで鮮明さに欠けるのが惜しいです。

ot521 at 00:26│TrackBack(0) ▼作曲家名ハ行 |   フレンニコフ

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筆者

Takeshi.O

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