2010年02月27日

チャイコフスキー:歌劇「チャロデイカ(魔女)」

1885年チャイコフスキーの興味は、その頃人気のあったイッポリート・ワシリエヴィッチ・シパジンスキーの戯曲「チャロデイカ(魔女)」に向けられていました。これはナスターシャという魅惑的な女性をめぐる公爵父子の悲恋物語です。

チャイコフスキーはシパジンスキーに、この戯曲に基づくオペラの台本の作成を要請し、1885年9月このオペラの作曲に取り掛かります。マイドノヴォの領主の邸宅で2年かけて完成させて1887年にはペテルスブルグのマリインスキー劇場で作曲者自身の指揮のもと初演が行われました。

mariinskym


※サンクトペテルブルグにあるマリインスキー劇場


多くの人々に好評を得ましたが、その成功は短命に終わり7夜目には劇場の半分が空席になるほどでした。主役をつとめたエミリア・パブロフスカヤの声に疲労がうかがえたとも言われていますが、家庭生活の問題を扱った「チャロデイカ」の脚本は、身近で印象的ではあるものの、表面的なものとして受け取られたようです。

しかしチャイコフスキーは、このドラマが人々の現実的な日常生活における悲劇を抉り出す可能性を見いだしていました。オペラ台本は、実際の演奏とはずいぶん異なり、幕も5から4に減らされ、多くの会話部分も削減されました。性格に潜む重要な部分や場面のいくつかも省略されました。しかし加筆された部分もあります。市民と公爵の侍従人との衝突のエピソードなど重要な場面が新たに加えられたりもしています。オペラの中でそれは大きな位置を占め、衝突は分厚い管弦楽を伴って表現されました。また新しいキャラクターである魔法使いのクジマは、チャイコフスキーの提案によってオペラの中に持ち出されています。

オペラの主人公はクーマとあだ名されたナスターシャ、彼女は誰をも魅了してしまう魅惑的な女性ではあります。しかしカルメンとは異なり意識的な誘惑戦略がありません。ごく自然な振る舞いが自発的に誘惑的なのです。そして公爵父子は彼女の良さに抵抗することができません。そんな彼女が幸せの為にどのような努力をするのかを作者は見せようとしており、その過程において心の強さ、道徳的な純度と完全性が現われているのです。

■第1幕
クーマとあだ名される若い未亡人ナスターシャは、オカ川の岸にある宿の所有者で、彼女の美しさともてなしは地元ニジニ・ノブゴロド市でも評判です。多くの人々が宴会の為彼女の宿に集います。彼女をねたむ人々は魔女(魅惑的な女性)と呼んだりしています。

250px-Nizhny_Novgorod_Kanavinsky_Bridge※ニジニ・ノブゴロド市を流れるオカ川の流れ





管弦楽による序奏が終わり幕が上がりますと、宿では宴会のまっ最中です。オカ川の船着き場に船が到着するたびに、新しい客が入ってきます。その中の一艘に公爵の息子ユーリの姿があります。彼は、狩猟を終えての帰路にあります。ナスターシャは、ユーリの美貌と寛大さについては噂に聴いており、気になっていました。彼女は彼に会うことを密かに楽しみにしているのです。しかしユーリは、そのまま立ち寄らず帰ってしまいます。そこへ突然、彼の父、ニジニ・ノブゴロド市の領主であるニキタ・クリヤツェフ公爵がやってくるという知らせが入ります。市の高官である侍従マムイロフの報告を受けた彼が、クーマの宿で行われている密集会を取り締まる為にやってきたのです。居合わせた客たちは公爵の専制的で激しい気性を知っているので震えあがりますが、中に勇敢な客たちがいて、ナスターシャを守る為に武装の準備をする者も出てきます。ナスターシャは動揺する客たちを落ちつかせ、もてなしと魅力で公爵の怒りを鎮めます。公爵は彼女の賢明な言葉と魅力にすっかり感動してしまい心奪われてしまいます。彼はふるまわれた1杯のワインを空にして、もてなしの報酬として、その中に金の指輪を入れます。そして彼女を中傷したマムイロフを罰することにします。彼女の助言で公爵は、マムイロフに道化師たちに交じっての滑稽な踊りを命じます。 したがって、ここで演奏される「道化師の踊り」は、単に愉快なだけの音楽ではなく、マムイロフが内に抱く屈辱感も込められた複雑な感情が交錯するものです。

■第2幕■
領主の庭園には悲しげにしている公爵夫人がいます。ここ最近公爵が夫人に構わず、オカ川岸にあるクーマの宿に通い続けているからです。公爵とクーマに恥をかかされ復讐したがっている侍従マムイロフは、ナスターシャを「魔女」と呼んで、彼女が公爵を誘惑したと夫人に信じさせています。侮辱されたと思い怒り心頭の公爵夫人は、マムイロフにクーマを監視続けるよう命令します。彼女は、クーマに対する復讐の気持ちを強くし、公爵との新たな揉め事は、復讐を実行にうつすことへの決心を固くするだけでした。そこへ公爵の信奉者を含む殺気立った大勢の市民たちが庭に飛びこんできます。マムイロフは、自分を守るため反抗者のリーダーを探し連行しようとします。騒々しい物音を聞きつけて、公爵の息子であるユーリが出てきます。彼は群衆を落ちつかせて、マムイロフの専制的な態度を非難します。人々が、その場所を立ち去った後、修道士に変装した放浪者パイシーが、公爵が再びクーマの宿にいることを報告します。公爵夫人はそれを聴いて、耐えられなくなり、絶望して息子のユーリにすべてを打ち明けます。ユーリはそれを聴いて驚き、父公爵を誘惑した「魔女」を憎み、母の復讐を果たす為殺すことを誓うのです。

■第3幕■
公爵は、夜クーマの宿を訪れ、なんとかして彼女を征服しようとします。高価な宝石をクーマにプレゼントし熱心に口説きますが彼女の心は開きません。クーマは彼を拒絶するのです。彼女の頑固さに激怒した公爵は、力によって彼女を抱擁しようとしますが、ナスターシャは降伏するくらいなら死を選ぶとして自分の喉にナイフを向け突きつけます。公爵は、激怒し我を忘れて立ち去ります。(役柄とは言え辛い役です。)丁度その時、ナスターシャの友人が入ってきて、公爵の息子ユーリが彼女を殺しにくる事を伝えます。それを聴いてもナスターシャは脅えません。ユーリに殺されるのなら本望とばかりに覚悟を決め、誰かが窓辺に忍び寄ってくる気配を感じても、ドアの鍵を開けて、ロウソクの灯を吹き消し横になってユーリに殺されるのを静かに待つのです。ユーリは物音立てずに部屋に忍び込み、短剣を抜き、クーマのベッドに近寄ります。短剣を振り下ろすその瞬間、彼女の美しさに動揺してしまい思いとどまります。ナスターシャは平静です。恋心を抱いていることをユーリに伝えられる時が来たからです。その時ユーリもまた、彼女を愛していることを感じます。

■第4幕■
オカ川岸にある暗い森。逃避行を決めた恋人たちはここで落ち合う予定です。しかし、計画は、決して成し遂げられません。ナスターシャは、乞食に変装した公爵夫人に会います。公爵夫人は魔法使いクジマから毒を入手しており、ナスターシャにこの毒を含んだ水を与えます。しばらくして毒がまわったナスターシャは、ユーリの手の上で息絶えます。そこへ公爵夫人は息子ユーリに向かって誇らしげに、「魔女」の死の理由を伝えます。ユーリは絶望し、母である公爵夫人を罵ります。公爵夫人の命令でクーマの遺体は川に投げ込まれます。そこへ公爵が現れます。彼はクーマがどこへ行ったのかユーリに詰め寄ります。しかし返事をしないユーリの態度から、彼はクーマを隠したと思い込んで、発作的に息子ユーリを殺してしまいます。 その瞬間嵐が湧き起こり、公爵は森に一人佇みます。そこで我に返りたとえようのない恐怖に襲われるのです。幻覚にとり憑かれた彼は発狂し、自分の犯した罪に苛まれて、魂が抜けたような状態になり幕が下ります。

200px-Gorodetsky_by_Repin



※詩人セルゲイ・ゴロデツキー(1914年レーピン油彩)

チャイコフスキーの努力と、オペラ台本への介入にもかかわらず、作品は多くの点で不完全なことがわかりました。若干のくどさはリハーサルの間に明白になり、チャイコフスキーはある程度自身の音楽を削減しなければなりませんでした。彼の死後40年ほど経過したソ連時代にも、歌詞の文体において相応しくない表現があるとされ、愛国的な作品で知られる詩人セルゲイ・ゴロデツキー(1884―1967)によって新しいテキストが作られました。その新版は1941年レニングラードのキーロフ歌劇場によって演奏されています。

■ピョートル・チャイコフスキー(1840-1893)
歌劇「チャロデイカ(魔女)」(全4幕)


IMGP0600

O.クリョーノフ(ニジニ・ノブゴロド市領主クリヤツェフ公爵)
L.シモーノワ(クリヤツェフ公爵夫人)
L.クズネツォフ(その息子ユーリ)
Y.ウラディミロフ(侍従マムイロフ)
N.デルビナ(マムイロフの妹、公爵夫人の召使ネニーラ)
Y.ドブーリン(狩猟家イワン・ジューラン)
R.グルシコーワ(クーマこと宿の女主人ナスターシャ)
P.グルボキ(ナスターシャの伯父フォーカ)
G.モロドツォーワ(クーマの友人ポーリャ)
V.マーホフ(商人バラーキン)
S.ストルカチョフ(商人ポタプ)
L.エリセーエフ(商人ルカッシ)
V.マトーリン(格闘家キチガ)
A.ソコロフ(偽修道士パイシー)
V.リビンスキー(魔法使いクジマ)

ゲンナジ・プロヴァトロフ指揮
国立モスクワ放送交響楽団・合唱団
(1977年録音 ソ連Melodiya C10-8575 LP)


上演や録音される機会の極めて少ないチャイコフスキーのこのオペラ「チャロディカ(魔女)」の全曲盤といえば、古いサモスード盤が僅かに知られる存在ですが、1954年のモノラル録音であり、鮮明さや迫力において不満がなくもありませんでした。そこへきてこのプロヴァトロフ指揮による良好なステレオ録音による全曲盤は、チャイコフスキーの音楽を愛好する人々にとって計り知れない貢献です。序奏部でも使用されるナスターシャの旋律が極めて美しく心に残るもので、その旋律をソプラノのグルシコーワが実に可憐な歌声で歌いあげています。
provatorov

※ゲンナジ・プロヴァトロフ



管弦楽の効果も著しく劇的です。鳴りのよいモスクワ放送交響楽団の演奏も爽快の一言で、道化師の踊りなど熱いエネルギーの発散が聴けます。
---
■ピョートル・チャイコフスキー(1840-1893)
歌劇「チャロデイカ(魔女)」より

1.序奏
2.道化師の踊り(第1幕)
3.間奏曲(第2幕)
4.間奏曲(第4幕)


IMGP0220

エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮
ソビエト国立交響楽団
(1987年録音 ソ連Melodiya A10-391 LP)


スヴェトラーノフはあいにくこのオペラの全曲録音は残していませんが、序奏や幕間で演奏される管弦楽曲を数曲録音しています。いつもながら手慣れた処理で、きびきびと音楽を進め、ここぞというところでオーケストラの威力を炸裂させ爽快です。
---
■ピョートル・チャイコフスキー(1840-1893)
歌劇「チャロデイカ(魔女)」より

1.序奏
2.道化師の踊り(第1幕)


IMGP0601

コーリン・デイヴィス指揮
王立コヴェント・ガーデン歌劇場管弦楽団
(1977年録音 蘭Philips X-7949 LP)


これはメロディヤ盤ではありませんが、ロシア以外の演奏団体で聴ける貴重なものとして蒐集した盤です。チャイコフスキーの主要歌劇の中から管弦楽で演奏される曲を中心に抽出した楽しいアルバムで歌劇「チャロデイカ(魔女)」からは序奏と道化師の踊りの2曲が収録されています。この盤で特筆しておかなければならないのは、オーケストラの音色の良さです。洗練されて各楽器間のバランスが絶妙で、金管楽器群の発音もソフトです。全体として柔らかく豊かな音色となっているため、総奏時うるさく感じられません。彫琢の深い印象です。余談ですが比較的大きいサイズのシンバルで演奏していると思われます。

ot521 at 01:55│TrackBack(0) ▼作曲家名タ行 |   チャイコフスキー

トラックバックURL

筆者

Takeshi.O

作曲家名別による分類
ご訪問頂いた方の人数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: