2011年05月02日

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第2番ト長調作品44

この作品は有名なピアノ協奏曲第1番にくらべ著しく演奏頻度が少ないのですが、練達した作曲法と効果的なピアノ技巧は、前作以上の充実が見られ、重要な作品であることに違いありません。両端楽章では、オクターヴが華々しく連続するなど、躊躇の無い覇気の良さに満ち、作曲家の自信が垣間見られます。そして特筆すべきは、第2楽章の徹底した叙情表現です。ピアノが主題を弾き出すまで、独奏ヴァイオリンとチェロがえんえんとかけあいます。このような導入を他に聴いたことがありません。中間部においても、まるでピアノトリオがそのまま挿入されているかの様相です。
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※チャイコフスキーの2歳年下の妹アレクサンドラ(1842-1891)



1879年(39歳)の秋を妹アレクサンドラの嫁ぎ先ウクライナのカメンカにあるダヴィドフ家の土地で過ごしたチャイコフスキーは、丁度管弦楽組曲第1番ニ長調作品43を書き終えたところでしたが、創造的な霊感の枯渇を感じ苦悩するようになっていました。10月22日付の彼の弟モデストへの手紙で「(苦悩していたが)今日、私は、湧き出てくるものを掴み新たに書き始めた。これまでのイライラが魔法のように消えた。」と書き、ピアノ協奏曲第2番に取り掛かったことを報告しています。

その後11月5日にモスクワを発つ頃には、第1楽章のほぼ全体を完成させています。第2楽章および第3楽章は、以降にパリとローマへの訪問の間スケッチされ、1880年5月10日にロシアでようやく作曲は完了しました。

作曲家の前作ピアノ協奏曲第1番について容赦ない発言したのがニコライ・ルービンシュテインであったにもかかわらず、数か月後、チャイコフスキーは彼の演奏するピアノ・ソナタト長調作品37(いわゆるグランド・ソナタ)にいたく感銘を受けて、新しいピアノ協奏曲を彼に献呈することにしました。この作品をルービンシュテインに送付すると彼からは「修正しなければならないような音符は一つもない」と賛同の言葉が返ってきて、作曲家を安堵させました。

ニコライ・ルービンシュテイン

※ニコライ・ルービンシュテイン(1835-1881)




世界初演は、1881年11月12日にテオドール・トーマスの指揮、イギリス出身の若いピアニスト、マドレーン・シラーによってニューヨークで行われましたが、大きな反響を呼び、アメリカでのチャイコフスキーの支持は更に増幅しました。一方ロシアでの初日は、1882年3月23日のニコライ・ルービンシュテインの早すぎる死により遅れ、弟子のセルゲイ・タネーエフのピアノ独奏、ニコライの兄アントン・ルービンシュテインの指揮で1882年5月30日に行われました。ロシアでもこの作品は聴衆に受け、頻繁に演奏会のレパートリーにあがったようです。

この作品が幾度か演奏されたのちに、タネーエフは最初の2つの楽章がやや長いのではないかとチャイコフスキーに短縮改訂の提案をします。1888年楽旅中のチャイコフスキーはいくつかの小さなカットに同意し、その短縮改訂の作業を弟子のアレクサンドル・ジロティに託します。

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※アレクサンドル・ジロティ(左)はセルゲイ・ラフマニノフ(右)のいとことしても知られる。

その後はジロティ版が演奏されるようになりましたが、小さなカットしか許していなかったにもかかわらず、意に反するような大きなカットが入っておりチャイコフスキーはこの短縮改訂版に満足できなかったようです。そのうち自身で改訂作業を行うつもりでいましたが、それが果たされないまま1893年にこの世を去ります。作曲家の死後1955年、ピアニストのアレクサンドル・ゴリデンワイゼルが自筆譜から原典版を復元させました。現在大幅に演奏時間の異なるジロティ版と原典版の2種存在するのはこのためです。

■ピョートル・チャイコフスキー(1840-1893)
ピアノ協奏曲第2番ト長調作品44(原典版)

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タチアナ・ニコラーエワ(ピアノ)
ニコライ・アノーソフ指揮
ソビエト国立交響楽団
(録音年不詳 仏Chant Du Monde LDXA-8085 LP)


ニコラーエワ30代の頃の録音と思われます。バッハ演奏で名高い彼女が、細部にとらわれない豪快な演奏を繰り広げており、意外な一面を見る思いです。録音は、古いモノラルです。オーケストラの総奏は音が潰れますが、ピアノは比較的しっかりした状態です。
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イーゴリ・ジューコフ(ピアノ)
ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮
国立モスクワ放送交響楽団
(1968年録音 ソ連Melodiya原盤Victor VIC-9558 LP)


ジューコフの輝かしい技巧と重量感あるピアノが炸裂しています。フォルテも強靭で表現の振幅は広く豊か。目を見張るような素晴らしい演奏で、望みうる最高のものではないかと感じます。私はこのジューコフ盤を聴いて深い感銘を受け、同曲に関しては、この1枚があれば充分に足り、広く蒐集する意欲が失われてしまいました。伴奏の熱気も凄まじく、燃えたぎる魂がジューコフのピアノを好サポートしています。第2楽章のヴァイオリン、チェロの独奏も美しく歌われ言うことありません。レコードに記載がない為、定かでありませんが、モスクワ放送交響楽団の首席が担当しているでしょうから、ヴァイオリンはミハイル・チェルニャコフスキー、チェロはヴィクトル・シモノフが弾いているのかも知れません。
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ヴィクトル・エレシコ(ピアノ)
ヴェロニカ・ドゥダロワ指揮
モスクワ国立交響楽団
(1986年録音 ソ連Melodiya A10-279 LP)


1986年5月7日モスクワ音楽院大ホールで行われた演奏会の実況録音です。この時チャイコフスキーの協奏曲が全曲演奏された模様で、すべてメロディヤによってレコードが出ています。ヴィクトル・エレシコは1942年キエフ生まれ、1963年の21歳の時、ロン・ティボー国際コンクールに、1966年の24歳チャイコフスキー国際コンクールに相次いで入賞し、世界的に知られるようになりました。このレコードでも安定した技巧から余裕のある音楽を繰り出しており見事です。実況録音の為、一部木管楽器が音符を落とす個所が見受けられますがドゥダロワ指揮モスクワ国立交響楽団の伴奏は重厚で好ましいです。私は再三このレコードを愛聴しています。原典版で録音されているのもうれしい点です。
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ヴィクトリア・ポストニコワ(ピアノ)
ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮
ウィーン交響楽団
(1982年録音 英London F35L-50098 CD)


これはメロディヤ盤ではありませんが、私が高校生の時に購入した想い出深いCDです。パッケージ裏には価格¥3500の表示。当時この価格帯が普通だったのでたやすく買い増やせなかったのを懐かしく思い出します。それだけに何度聴き返したか知れません。当初は気にならなかったのですが、ジューコフやギレリスの演奏に接するようになってから、ややテンポが緩慢で慎重な印象を受けるようになりました。ピアノのポストニコワは素晴らしいです。この難曲を高度な技量と体力で難なく征服している感あります。無理のないテンポも自然で全体に堅牢な印象です。表現に緻密さもあり、馬力だけで処理していないところが良いです。
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■ピョートル・チャイコフスキー(1840-1893)
ピアノ協奏曲第2番ト長調作品44(ジロティ版)


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エミール・ギレリス(ピアノ)
キリル・コンドラシン指揮
国立レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(録音年不詳 米Everest 2865 LP)


私はこの音源をアメリカのレーベル、エヴェレスト盤で入手したのですが、以前フィリップスから国内盤も出ていました。かなり古いものと思われ1950年代前後の実況録音と想像します。障害物をなぎ倒しながら突き進む戦車のような力強さ、逞しさは胸をすくような爽快さがあります。若いギレリスの演奏は、大胆そのもので、今日このようなピアニストに巡り合うことはまず稀なので貴重です。第3楽章も猛烈な勢いで開始され興奮を禁じえません。あまりのテンションからか一部事故がありますが、コンドラシンは冷静に対処し、すぐに立て直しています。その後まったく動揺を見せることなく、ひたすら終結部にむけて邁進します。ジロティ版での演奏の為、第2楽章のヴァイオリン、チェロとの掛け合いは大幅にカットされています。
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エミール・ギレリス(ピアノ)
エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮
ソビエト国立交響楽団
(1972年録音 ソ連Melodiya C10-22065 LP:上)
(同音源 ソ連Melodiya MCD-229 CD:下)


1972年12月18日モスクワ音楽院大ホールでの実況録音。ギレリスの逞しさ全開で、コンドラシン盤よりも音質が鮮明で言うことありません。スヴェトラーノフとソビエト国立交響楽団の伴奏にも力が篭っており圧倒されます。これもジロティ版で演奏されているため、第2楽章は簡素に終わります。

ot521 at 14:32│TrackBack(0)▼作曲家名タ行 |   チャイコフスキー

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