2011年10月01日

ショスタコーヴィチ:交響曲第6番ロ短調作品54

この作品は1939年ショスタコーヴィチ33歳の作で、同年11月5日エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮の下レニングラードで初演されています。交響曲第5番の時のように、いち早く世界の注目を集め、1941年にはアメリカのフィラデルフィアでレオポルド・ストコフスキーの指揮の下で外国初演も行われています。

ストコフスキー

※レオポルド・ストコフスキー(1882-1977)イギリス出身の著名な指揮者。主にアメリカで活躍。


ヨーロッパ情勢の緊迫度が増す中作曲しており、完成した1939年にはヒトラーがポーランドへ侵攻しています。人一倍神経質な芸術家が何も感じない訳に行かなかったのではないでしょうか、政情の不安が晦渋に満ちた長大な第1楽章を書かせたのかもしれません。

この作品でショスタコーヴィチは、冒頭楽章を遅いテンポで開始させる3楽章制の新しい交響曲の形を試みています。それは従来の交響曲からソナタ・アレグロの第1楽章を欠いた不完全な形を彷彿させますが、著名な例ではベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」などが挙げられ決して異端ではありません。全体の過半を占める叙情的な第1楽章に、皮肉の入り混じるグロテスクなスケルツォが続き、軽妙な舞曲で交響曲を締めくくっています。この3つの楽章の連携を概観すると、苦悩に満ちた深い理念的世界から歓喜の精神への移行、すなわち「暗」から「明」への古典的なベートーヴェンの交響曲のスタイルが見え隠れします。

shostakovich
※ドミトリ・ショスタコーヴィチ(1906-1975)当初交響曲第6番は、マヤコフスキーの長詩「レーニン」を用いた声楽付きの大きな規模にすると予告していた。



この作品に前作交響曲第5番のような英雄的性格を期待した多くの聴衆は裏切られる形になりましたが、作曲技法は緻密さと自信が加わっており、前作を上回る充実と前進が見られます。特に強調される著しい両極端の感情の対比は、豊かな音楽性と表現力が高度に融合して初めて実現できるものです。

第1楽章「ラルゴ」(ロ短調)。厚みあるオーケストラの音色を大胆に使った冒頭部は印象的です。中間部の叙情詩調の深い思考部分は、やや柔らかい色調を帯び旋律的な進展を中心において、管楽器などを重用しますが、終結部に向けてますます冷たい肌触りに変化し、薄暗いオーケストラの色彩がざわめきのような効果をあげています。はじまりの部分より冷たく寂しい感情に包まれて曲を閉じます。

第2楽章「アレグロ」(ニ長調)は、人を食ったようなふざけともとれるスケルツォ楽章で先行楽章の完全な対照を形成しています。沈みきった空気の中、無神経なほどの大胆さで脳天を貫くように高音のクラリネットがピーヒャララと開始し聴き手を戸惑わせます。管弦楽が目まぐるしいリズムをキープし、精妙な効果を生んでいます。変化と活力に富む優れたスケルツォです。

第3楽章「プレスト」(ロ長調)は、更に速度と軽妙さを増します。ただこの終曲は、スケルツォと幾分異なる精神で書かれているように感じます。スケルツォで見られる皮肉でグロテスクなトーンはなく、底抜けで楽天的な陽気さに満ち溢れています。主たる素材がユーモラスな舞曲であることは確かで、騒がしいギャロップのようです。第1楽章の深い理念的世界からは想像もつかないような結末を迎えて交響曲を閉じています。

■ドミトリ・ショスタコーヴィチ(1906-1975)
交響曲第6番ロ短調作品54

IMGP1076

アレクサンドル・ガウク指揮
国立モスクワ放送交響楽団
(録音年不詳M ソ連Melodiya D-9618 LP)


ガウク(1893-1963)は、ソビエト国立交響楽団の発足にかかわった指揮者の一人で、ムラヴィンスキーやスヴェトラーノフなど著名な指揮者を多数育てています。活動時期から、残された音源のほとんどが音の悪いモノラルで残念ですが、ごく僅か晩年のステレオ録音が存在します。このショスタコーヴィチの交響曲第6番の録音年は詳しく分かりませんが、メロディヤ発足前のメジドゥナロードナヤ・クニーガ(ソ連図書貿易公社)盤で1950年代の製盤と思われますので1950年前後のものではないかと推測します。状態は良く、モノラルでありながら、しっかりした音です。管楽器のソロなど丁寧に演奏されていて好演に思います。このレコード不思議なことに交響曲第9番も併せて収録されているにもかかわらず、ジャケットには一切記されていません。
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IMGP1083

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
国立レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(1952年M録音 ソ連Melodiya原盤Victor MK-1023 LP)


この感動的な演奏は決して忘れられません。オーケストラから発せられる寂寥感にじむ音色は他のどの演奏からも聴くことができません。テンポも充分に落として、えんえんと奏者に語らせています。野太く響くトランペットの音色も最高です。レニングラード・フィルが訓練の行き届いた合奏力だけのオーケストラではないことが良く理解できます。初演者としての自信と風格が滲み出ています。ムラヴィンスキーは後年にもステレオで同曲を実況録音していますが、このモノラル盤はスタジオ録音で完成度も高く、この演奏を凌駕するものは今後も難しいのではないでしょうか。屈指の1枚です。
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IMGP1082

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
国立レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(1965年録音 ソ連Melodiya CM-2857 LP)


1965年2月モスクワ音楽院でのステレオ実況録音。あの超高速の名演奏で知られるグリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲も同じ機会に演奏されたもので期待も高まります。一連のモスクワ録音では特にイーゴリ・ヴェプリンツェフ技師が担当した音源に高い品質を感じます。白熱した演奏会の模様をうまく捉えています。絶頂期のレニングラード・フィルの鮮明な記録で、特に終楽章の精緻な合奏には舌を巻く思いです。同曲の最高の音源の一つに感じます。
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IMGP1084

ユーリ・テミルカーノフ指揮
国立レニングラード交響楽団
(録音年不詳 ソ連Melodiya英EMI ASD-3706 LP)


テミルカーノフはRCAやワーナーにも後年同曲の録音を残していますが、若い頃1970年代にメロディヤへも録音しています。ただし、この音源はLeningrad Symphony Orchestraと表記されていますのでかつて1968年から1977年までテミルカーノフが音楽監督をつとめていたレニングラード交響楽団と呼ばれる、ムラヴィンスキー率いるレニングラード・フィルとは別団体のものと考えられます。表現がやや薄いものの管楽器のソロなど美しく聴かせており、優秀な奏者を擁する信頼性の高いオーケストラに思います。
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キリル・コンドラシン指揮
国立モスクワ・フィルハーモニー交響楽団
(1972年録音 ソ連Melodiya原盤 Victor VIC-5165 LP)


一気呵成に太い筆で描き切るような逞しさがあり、停滞がありません。コンドラシンの統率と推進力は見事です。表現も真に迫り、聴き手の心に直接訴えかけてくるかのようです。私は学生時代このレコードに初めて接しましたが、しばらくは熱中して、何度も聴き返した想い出があります。今改めて聴いても、コンドラシンのショスタコーヴィチ演奏の素晴らしさには心底感心させられます。オーケストラの音色は華やかではありませんが、強固な合奏力に惹かれるものがあります。
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IMGP1080

エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮
ソビエト国立交響楽団
(1980年録音 ソ連Melodiya C10-14899 LP)


ロシア・ソビエトの交響作品に並々ならぬ情熱を傾けて膨大な録音を残したスヴェトラーノフは、なぜかショスタコーヴィチ、プロコフィエフの交響曲は全部手掛けていませんが、この交響曲第6番を残してくれていることは本当にうれしい限りです。ソビエト国立交響楽団の磨き抜かれた弦楽器群を駆使し、清澄なラルゴが聴かれます。後続のスケルツォやフィナーレにおいても粗さはなく精緻なオーケストラの技が際立っています。テンポにも無理がありません。
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IMGP1085

ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮
ソビエト国立文化省交響楽団
(1983年録音 ソ連Melodiya A10-75 LP)


ロジェストヴェンスキーもモスクワ放送交響楽団の時代にはショスタコーヴィチの録音がほとんど見当たりません。1980年代に入ってソビエト国立文化省交響楽団を創設してから精力的に取り組んでいます。このオーケストラは本当に良く鳴ります。楽器をめいいっぱい響かせて色彩豊かです。ラルゴの清澄な響きも格別で、リード管のような潰した音色のトランペットがアクセントをつけます。テンポがやや緩慢ですが、充分に歌わせて美しい仕上がりになっています。デジタルで収録されており音も良く申し分ありません。
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IMGP1088

ユーリ・テミルカーノフ指揮
サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団
(2006年録音 Warner WPCS-11947 CD)


これはメロディヤではありませんが、旧レニングラード・フィルの新しい録音と言うことで蒐集しました。テミルカーノフはムラヴィンスキーの跡を受け継いで1988年よりレニングラード・フィルの音楽監督をつとめていますが、早いものでかれこれ20年以上経過しています。今改めて1952年のレニングラードフィルの演奏と聴き比べるとずいぶん音色が国際化し垢ぬけたことが判ります。時代の流れであり仕方ありませんが、私個人的には寂しいと感じることがあります。演奏は精緻で見事です。ライブの為かやや篭りがあります。


ot521 at 20:47│TrackBack(0)▼作曲家名サ行 |   ショスタコーヴィチ

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