2015年07月05日

奈義町現代美術館の大砲は?

奈義町は岡山県の北部の中心地である津山市よりさらに北上し、鳥取県境に近い場所に位置する。近くには自衛隊の日本原駐屯所があり、演習場では戦車戦や高射砲の演習が行われているようだ。海外で戦車戦に参加する日がくるのだろうか。有効なのは都市攻撃なのかな。

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そして、10年前に現代美術館がオープン。設計は、磯崎新氏。岡山はどの町も財政的困窮にあえいでいるのに、どうも超有名な設計家の方の美術館が多い(というか、それが困窮の原因かもしれないが)。

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この美術館の特徴は、なんといっても別館風に作られた円筒。大砲の砲身のようにもみえる。大砲の発射方向は自衛隊駐屯地の方向だ。角度もちょうどいい。

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実は、内部は空中庭園になっている。石庭をイメージしているようだ。上下左右の感覚が否定されている。早い話が宇宙ステーション内部と思えばいいが、あくまでも無重力じゃないのでバック転に失敗すると首の骨が折れる。


当日は特別展として『柴田れいこ展・届かぬ文〜戦没者の妻たち〜』が開催されていた。

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岡山県内の各地に生き残っている「戦没者の妻」をさがしては、そのメッセージと画像を記録。結婚して夫が戦争に行って亡くなる。そして70年が流れる。そして今もその時の気持ちに引きずられて90歳を過ぎた現在、生き続ける女性の画像が100人ほど並ぶ。

一つずつ丹念に眺めていると、かなりの数の岡山県出身兵士が、1945年8月にミャンマー(ビルマ)で亡くなっていることがわかった。その頃、ビルマ戦線では英国軍と激戦中だった。つまり1945年7月26日に発せられたポツダム宣言の後、日本が受諾するまでの間に亡くなっているわけだ。私の岡山の実家の本家(江戸時代に分家した)の跡取り息子も未婚ではあったが、このポツダム宣言以降にビルマで亡くなっている。今年90歳の妹が家を引き継ぐも、未来は見えない。

ポツダム宣言の前後の順番に不案内な政治家がいるらしく、かなり悲しい。
  

2015年07月04日

いつの間に始まりいつの間に終わる

将棋ペンクラブの会員なので、定期的に通信誌が届いて、ちょっと愕然としてのは、関東交流会も関西交流会も賑やかに終わったという記事。自由対局や指導将棋など。

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もともと、入会したのは、関東と関西と行き来しているので交流会に行きやすいと思ったからだが、最初に行った関西交流会があまりの閑散状態で、次はどうなるのだろうと思っているうちに、いつの間に始まりいつの間に終わったようだ。どこかで秘密の連絡網があるのかな。あるいは高い方の会費が必要だったのか。HPは開店休業だし・・

海賊小説で有名になった首相の知人みたいに「つぶしてしまえ」と言いたいが、小説を書く際に海賊王の興した会社の取材に際し、「負の側面には触れないこと」という内容の条件があったという噂を聞いたことがある。仮にそうならば、「ペンの力もそんなもの」と思っているのだろう。そんなもののように怒ってもしょうがないね。

それと、あまり指導将棋というのは好きじゃない。相手の先生が大長考になることが多く、周囲からスケジュールの都合上、白い眼で見られることが多い。中盤で早くもトン死筋を狙っていることを察知され、慎重の上にも慎重ということになるようだ。相手の考慮中に投了するわけにはいかないし。

次は、将棋ペンクラブ大賞の贈呈式があるようだが、9月の5連休の前日の夕方。行くのは、無理っぽいかな。


さて、6月20日出題作の解答。

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まで23手詰。

果てしなく王を追いかける。単独犯だ。21手目は手が分れる。改造中だが、全然違うものになりそうだ。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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詰パラ落選作品集より自薦作。(落選作品集なんてありませんけど)

わかったと思われた方は、最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2015年07月03日

焼きギリシャヨーグルトはオカラバーガー味

最近、話題はギリシャ国民投票の予測だが、結果を占うために『焼きギリシャヨーグルト』を作ってみた。うまく焼き上げられるか、デフォルトか。

もともと数年前からニューヨーク(NY)でブームだったギリシャヨーグルトだがNYでは、デザートとして、濃厚なギリシャヨーグルトに次々に高カロリーなトッピングをして、というコンセプトだったのだが、日本に上陸するとダイエット食品となってしまう。

早い話が水切りヨーグルト。ギリシャだけじゃなく、バルカン半島やトルコの方でも伝統的には、この「固いヨーグルト」が主流だ。日本の豆腐も沖縄にいくとコチコチのもので驚くが、ギリシャヨーグルトは、それほど固いわけじゃない。

で、ふつうのヨーグルトを水切りしてから焼く方法もあるが、水切りに一昼夜かかるので、そんなにゆっくりでは困る。ギリシャ問題と同じだ。すぐに実行したいわけだ。

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ということで、市販のギリシャヨーグルトを買ってきて、グラタン皿に盛って、オーブントースターに。焼くこと30分で取り出す。少し焦げた。

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次に皿ごと水で冷やし、ブルーベリージャムで、ギリシア国旗のペインティングを試みたが、うまくいかない。色も違うし、横縞の数も違うし、まあ、一応努力したものの・・・ということにしておく。

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次に、盛り付けだが、二つにシェアして、今夜のデザートと明朝のメインディッシュにする。

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ただ、なんとなくスカスカといった食感で、1時間前までヨーグルトだったという痕跡は感じられない。切り口の断面をみると、ガンモドキ状だ。気泡入り。舌の感触からいうと、オカラバーガーに極似といったところだ。


デフォルトは免れたものの、それだけの話ということかもしれない。

残り半分を明朝のメインディッシュにするには、とんかつソースをかけてみようかな。  
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2015年07月02日

ラヂオの時間(映画・1997年)

radio三谷幸喜の初監督作。この映画の基本構造は生放送で行われるラジオドラマの放送。初めて書いた脚本が採用された主婦(鈴木京香)が放送現場にいるのに、まず出演者の主演女優がクレームをつけ、舞台が熱海からニューヨークに変わる。


さらに、別の俳優のわがままでシカゴにかわり、女弁護士とパイロットの恋愛に変わる。その都度脚本を書き換えながら生放送は進んでいくのだが、主婦の夫が乱入したり、スポンサーからクレームがあったり、怒った出演者が勝手な話を付け加えたりして時間が無くなりいくつかのパートをカットしようとすると出る幕がなくなる役者がいたり・・・。

どんどん原作から離れていき、エンディングの方向も変わってしまうのだが、・・

ところが、やはり悲劇ではなく喜劇に戻すことになったわけだ。まあ、十秒ほど付け加えただけだが。

どうも三谷幸喜自身、初めての脚本が、ぐちゃぐちゃにされた経験があるそうで、早い話が映画の脚本と監督と一緒にやってみたようだ。高速コメディというのかな。思えば、初めての脚本がぐちゃぐちゃにされたからこそ、それを題材に監督をはじめたわけだから、十分に元を取ったような気がする。
  

2015年07月01日

「農地の適正課税」記事の危うさ

nouchi日経新聞6月24日版の一面は「農地の適正課税滞る」となっていて、耕作放棄農地は農地扱いにしないで、どんどん税金を取るべきだ、という記事になっている。その中で、そういう人が農地を持っていて宅地として土地価格が上昇したら売ろうとしているとか、農地が眠っていても所有者が売らないから新規農業従事者がいない、という暴論に至っている。

この話は、記事だけでも二股ズボン状態で、安くても宅地として売ってしまえば、そもそも新規農業従事者の耕作地がなくなってしまうわけだし、何を目的にして書いているのかよくわからない。

そもそも、耕作放棄地が増えたのは農業従事者がいなくなったのが最大原因で、借りたいとか買いたいという人がいるのだろうか。ただならいいが、有料なら困るのだろうが、放棄地を宅地と認定したら、そもそも農業委員会とか市街化調整区域といった規制がなくなれば、すぐにでも全国で耕作放棄地の売地が倍増し、不動産価格が大暴落するだろう。

そして、やはり農地にはならない。

というか、持っていても、使えないし、売れないから持っているというのが多く、さらに本当に農業への新規参入者が大量の地面を必要としているのか微妙。高付加価値農業を目指すなら田舎の安い農地よりも、土地の種類にはかかわらず交通アクセスのいい首都圏周辺の場所を選ぶような気がする。

と書いていて、日経読者というのは、首都圏周辺の農業を知らない都会人が読むものであることに気が付く。とはいえ都会の周辺のほんの僅かな面積に成り立つ論理を一面で展開するのはどういうものかと思う。

本当は、農地バンクとかあればいいのだけど、評価基準の妥当性とか問題が噴き出すことが予測される。さらにいえば、地方の時代と言っても「地方の中核都市の時代」であって、そこから外れた地域は、いかなる種類の土地も富をもたらさない重荷になるような気がしてならない。C国の方々の土地の爆買い期待といったところだろうか。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)市民A

2015年06月30日

神々の午睡(あさのあつこ著)

『午睡』とは「うたたね」と読むそうだ。「ひるね」と読むのだと思っていたが、辞書によれば「ひるね=昼寝」であり、「うたたね」は『転寝』と書くのが本式らしい。

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そして8章の小話からなる、本書は、要するに『ギリシア神話』を下敷きにした「あさの神話」である。ほとんどそっくりな話がギリシア神話にある。神と人間の関係や、ゼウスとそっくりの好色おやじが万能の神になっている。

さらに花になった神や、死神の存在、パンドラの箱にそっくりな世界の混迷。

あまりにギリシア神話に近いとなると、ドイツ人に第二次大戦の賠償金を請求しようとしたり、フランスにはルーブル美術館にあるギリシア彫刻を返還するように言ってみたりする国民からは、ギリシア神話使用料を請求されるかもしれない。

その前にローソンのユニフォームだって、ギリシア国旗をまねたように見えるし。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)書評

2015年06月29日

カレーで世界へ

本日は、少し書き進まないと、スポーツの話題なのか、グルメの話なのかよくわからないのだが、週末に早い夕食のカレーを食べながら、テレビで陸上の日本選手権を見ていたら、福島千里選手が200m走に登場して、あっという間に優勝&世界選手権出場を決めた。

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で、少し前に函館に行った時、函館の有名カレー店に行ったことを思い出した。そこに、福島さんはじめ、北海道ハイテクACご一同さまが来た時に、色紙を残していて、函館も彼らの庭みたいなものなのだろうと思ったわけだ。

『元祖インドカレー小いけ』という店で、すぐそばに『小いけ本店』というのがあり、暖簾争いをしたため、こうなったようだ。『元祖』の方は黄色の建物で、『本店』の方は白い建物だ。

それで『元祖』の方で、「カツカレー」を頂いたのだが、かなりのボリュームだった。味は正統派でそれなりに辛くしっかりしている。

ところで、福島さんだが、体脂肪率は10%未満なのにもかかわらず、一日のカロリー摂取量は3000カロリーだそうだ。丸の内のOLの摂取カロリーの2倍で、体脂肪率は半分だ。カツカレーは1000カロリーと相場が決まっているから、一食分にはちょうどいいのだろう。

つまり、カレー好きの福島さんのために、世界選手権ではカレーを食べながら応援することにしよう、ということで、やはりスポーツのことを書いているのか食べ物のことを書いているのか、老舗争いというビジネス上のトラブルのことを書いているのかわからないうちに終わる。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)スポーツ

2015年06月28日

大英博物館展(100のモノが語る)

The British Museum というのを「大英博物館」と「大」の字を付けて訳すのはなぜだろうと思うのだが、早い話が「大」は英国ではなく博物館の方にかかるのかもしれない。

収蔵品700万点のうち、100点が上野に来日。全体の0.0014%だ。

「選りすぐった100点のモノ」というだけに、さまざまな謎めいたものが多い。日本人の知能指数のテストをしているのだろうか。

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まず、『古代エジプトの棺』。エジプト物は、大英博物館のメインテーマの一つだが、この物体には重大な未解決の謎がある。棺の装飾から、一家の主人だった女性楽士のためのものと判っているのだが、最近のCTスキャンにより、入っているご遺体は男性だそうだ。別人が棺桶に入っているとなると事件である。モノじゃなくブツとなるが、すでに時効の壁により犯人は逮捕できない。あとは各自がステキな想像力をめぐらせて楽しむだけだ。

聴力に欠陥がありながら縦笛の技術でコブラを操ることで人気の女性楽士が、本当は耳が聞こえることをある男に気付かれてしまう。妖艶な美貌で男を夕食に誘い、コブラの一咬みで・・そして自分用に作っていた棺に押し込んでしまい、自分が急死したことにして、以後は独身の男性音楽家として・・(007シリーズの見過ぎかな)。

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次に、『ルイス島のチェス駒』。映画版ハリーポッター第一作に登場。1150年から1200年頃のモノだそうだ。ルイス島は大ブリテン島の北端。ここで発見された。制作はノルウェーとされ、素材はセイウチの骨とクジラの歯。実は、一組の駒じゃなくて4組の不揃いの駒の一部だそうだ。

ノルウェーと言えばヴァイキングだが、英国に大挙して渡ってきた最後が1050年。となると、この駒は何を意味するのだろう。駒に刻まれた僧侶や国王の顔立ちは東洋風だ。わかることは、ノルウェーが当時、捕鯨をしていたことぐらいだ。今でも捕鯨国だし。

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そして、日本国産というのが、『縄文土器(深鉢)』。これはずっと以前から日本でも「謎」とされていたモノ。日本から海外に持ち出したのは、あの幕末のシーボルトの息子のシーボルト。親は日本地図を持ち出し、こどもは国宝クラスを持ち出す。

なざ、この土器が異常かというと、内側が金張りになっていること。つまり、縄文後期(肉厚が薄いことからそう考えられる)からみて、たとえば4000年の後世(室町時代とか江戸時代)に金箔張りの加工をして、お茶の道具とかに使ったらしい。

もっとも不思議なのは、縄文土器に価値を見いだした人物が後世にいたということ。というか、土の中から発掘されたものが、そういう粋人の手に回るという可能性すら信じられない。実物は、大きくはなく器の容積は吉野家の牛丼どんぶり位だが、これが本物であること自体が信じられない。底面積の大きな縄文土器ということもかなりレアである。


今回の100点だが、もっとも価格価値が低いのは、米国大統領選のバッジかUAEのクレジットカードかチェルシー(サッカーチーム)のユニフォームのコピーのいずれかだろうが、価格価値が高い方は、その金額に見当が立たないモノが多いのだが、できれば輸送保険料算定用の概算価格でいいのだが、一点ずつに推定鑑定価格を記載してもらいたかったような気がする。
  

2015年06月27日

嫌がらせ不成

詰将棋界のデイリーニュースでもある詰将棋メモの6月13日号に詰将棋用語の認知度という記事がある。

記事の中には、究極の不統一状態の「詰将棋か詰め将棋か」とか「不成はフナリかナラズか」という表記や読み方の問題もあるし、技術論的なものもある。

その中で、「嫌がらせ不成」と「希望限定」というのがあったが、「希望限定」というのは玉方の合駒について、複数の選択があるときに、攻め方が「この合駒がいいなあ」というような場合に使われることだろう。そして「嫌がらせ不成」というのはめったに聞かない単語だ。Google検索数でも詰将棋用語としては下から3つ目。

一番少ないのが、「歩詰め誘致」、次が「若島手筋」。「歩詰め誘致」というのはたぶん玉方が打歩禁に誘導していって最終的に不詰に逃れる場合の用語だろうか。結局、詰んでしまったばあいは「歩詰め誘導」という手筋用語になるのだろう。「若島手筋」は、ミニ手筋みたいなものだから、若島先生としては当惑物だろう。

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で、「嫌がらせ不成」の超簡単モデルを作ってみた。一目、▲3二飛成、△3三馬、▲1二飛まで3手詰。ところが、初手に▲3三飛不成、△3三馬、▲1三飛、△2一玉、▲1二飛成まで5手詰という余詰筋がある。

たぶん、この攻方の攻撃力削減方法が「嫌がらせ不成」と思うのだがどうだろう。語感に「振り込め詐欺」のような奇妙な感じが漂うのは、嫌がらせの対象が攻方でも玉方でもなく、詰将棋作家であるということに起因するのだろうと想像。加害者は余詰探索ソフトかな。


さて、6月13日出題策の解答。

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   まで17手詰

今週の出題。

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わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。  
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2015年06月26日

C国製品のなぜ?

最近、体の一番上にある臓器の老化により、雨が降るたびに携帯型の折りたたみ傘をなくしてしまう。そしてついに、秘蔵の1本を取り出す。なにかの記念品だったような気がする。まず、開閉チェックをしようと思うと、『全自動』ということだそうだ。ボタンを押すと、自動的に開くというのは長傘なら普通のことだが、折りたたみであるし、さらに自動的に畳まれるとは???

で、実験すると、

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人混みじゃ危険すぎる感じだ。飛び出してから開く。かなりの勢いがある。濡れた状態で開くと、水滴が飛び散るだろう。迷惑千万。先に刃物を付ければ、スパイ御用達となる。針に毒薬でもいい。

もう一回ボタンを押すと一気に閉じるが、伸びたままだ。スパイ用には、まだ開発余地がある。

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生産国はChinaとなっている。縫製の酷さはすさまじい。不合格品を景品用に叩き売りしたのかもしれない。


なぜ、C国でこういうものを作るのか、あれこれ考えてたどり着いた結論だが、両手に持ちきれないほどの爆買いをした時に便利なのだろう。人混みでもお構いなし。

使用中に、うっかりボタンを押すと、笑いものになる。
  

2015年06月25日

今年の収穫は?

トマトの種類を忘れてしまったのだが、果たして食べられるようになるのだろうか。

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トマトの花は黄色だし、果実は赤。なかなか美しい。アンデスの高地から欧州に持ち込まれたのは1500年代だが、その後、300年ほどはどの国でも観賞用にしていた。日本でも1700年頃には観賞用植物として栽培されていた。ほおづきみたいな感じだろうか。


そして、新大陸以外ではじめてトマトを食べたのはイタリアの貧乏人だったそうだ。トマトを食べるしかない状況だったのだろう。

ドングリの不作で飢えに苦しみ、人里に現れ、ハイキング中の人間を脅かして、昼食のおにぎりを口にしたようなものだろう。
  
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2015年06月24日

エーゲ海に捧げられる可能性大

寡作家である故池田満寿夫の芥川賞作『エーゲ海に捧ぐ』を大幅に改造して映画化した『映画版・エーゲ海に捧ぐ』では、お気軽ギリシア男が愛人とエーゲ海の島で過ごしているところに、銃を持った女が現れ、結末を付けるのだが、破綻に瀕した現在のギリシアに銃を突きつけているのは、ドイツ人女性ではあるが、他の欧州各国は見て見ぬふりをしている。ドイツはギリシア文明の影響が少ないからだろう。

今や、ギリシアの破綻は「どの段階で確定するのか」というのがもっぱらの話題の中心だが、IMF専務理事のラガルドさんが、7月1日!と宣言したのでそうなるのだろう。

で、ギリシアの「ユーロ離脱」とか「EU離脱」とかという方向に向かっている。さらに「EC(欧州コミュニティ)追放」ということまで懸念されている。村八分どころか「所払い」だ。

ところで、もう一つの欧州にくすぶっている問題が、英国のEU離脱問題、およびスコットランド独立(さらに欧州各地で地道に進んでいる地域独立運動)。

思うに、原則的に欧州の国は3分類になっている。EU非加盟(スイスなど)。EU加盟でユーロ不参加(英国など)。EU加盟でユーロ参加。(NATOというのも別の観点でのくくりとしてはあるが)

で、大国である英国、ドイツ、フランス、イタリアをみると、英国は二番目のEU加盟でユーロ不参加。残りの三国は三番目のEU&ユーロ組だ。

で、第三組にいるギリシアが何組にクラス替えになるのかということになる。

その前に、EUとユーロの関係だが、個人的には、この二つの経済システムには基本的に矛盾が内在している(始めからわかっていたが)。

EUというのは相互の経済障壁をはずして域内を非関税化し、さらに資本の流動化をはかり共通の経済圏を作ろうという方向で、各国の政治的自主性は自己責任で行うことになる。

一方、通貨(ユーロ)統合してしまうと、ほぼ自動的に一体経済化していくので、域内格差が生じるのが当然のこととなる。日本でいえば、首都圏と沖縄の経済格差みたいになる。日本という国家の中のことなら税金や補助金の配分により、格差を縮小することは可能だが、この第三グループでは困難だ。ドイツ人の金でギリシアの役人給与や年金を払うのは許せない!となる。その前に、海運産業という無税特権階級を締め上げろ!年金受給年齢を引き揚げろ!役人の数を減らせ!赤字の国営企業は民営化しろ!ということになる。

つまり、ある意味で経済力があまりにも違う国家が第三グループにいることが、問題の始めのような気がしている。ギリシアもドイツもどちらも英国と同じように第二グループにいるべきなのだろう。ギリシアが第一グループとかEC追放とかなると、これは本当に国家崩壊というギリシア悲劇の再現となるだろう。

一方、ギリシア問題が醜い展開となると、英国が国民投票を行ってEU離脱(第二から第一グループへ)となる可能性が出てくる。ところが、先日、英国からの離脱失敗したスコットランドはEU加盟維持(第二グループ)が支持されているため、今度こそ英国からの独立が成功すると思われている。実は国家がEU非加盟で自治国が加盟ということが可能かどうかはわからないが、国家がEU加盟で自治国が非加盟という例はある。グリーランド。母国であるデンマークはEU加盟だが人口5万人だが面積大国のグリーンランド自治国はEUを脱退している。

思えば、ギリシアの哲人プラトン、アリストテレスはデモクラシー(民主主義)について、「民衆の智力が低い場合は、独裁政治の方がまし」ということを言っているわけで、自ら選んだ政権のせいで国家が崩壊するというのは、まさにギリシア的といえるわけだ。

思えば、日本でも大正デモクラシーが崩壊して軍部独裁制になり国家が自壊したのが80年前。ギリシアが二度目の崩壊までに要した2000年という期間を大幅に短縮して二度目のデモクラシー失敗例に向かっている可能性もうすうす感じている。
  
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2015年06月23日

007・12作目と13作目

BSジャパンで連続放送中の007シリーズ第12作目は、「ユア・アイズ・オンリー」。

まず、本作では従来路線からの大転換がはかられる。通常は、まず、ジェームズ・ボンドが軽い情事にふけっているところに、本部から召集電話がかかってくるか、いきなり襲撃されて巻き添えで女性が死ぬ、ということになるが、本作では妻の墓参りから始まる。

そして、これまで何回も戦ってきた宿敵ブロフェルドとの対決になり、ヘリコプターファイトの末、宿敵を巨大煙突の中に落下させ、とどめを刺す。これなら、以前の映画の中で片付ければ良かったということだが、その時は、将来のネタ切れのために温存したのだろう。

そして、NATO対ソ連という直接的対決がテーマになってくる。NATO側のミサイル防御システムを搭載した艦船が撃沈され、その海底の沈没船からシステム機器を回収しようというテーマになる。場所はギリシア。今、話題の国、話題の首相。

今、話題の首相のように、ギリシア人の役回りはどうも白とも黒ともいえない人物ばかりだ。海外資産を溜め込んで、あやしい取引を行うためにギャングを手先に使う。裏切ったり裏切られたり。潜水艇が登場して海底バトルもある。いつものように血に飢えたサメが活躍。(もっとも、現在のギリシア人にしてみれば、EU諸国に搾取され、今さら出ていけはないだろうと思っているだろう)

本格的なアクションになると、喜劇役者ロジャー・ムーアでは厳しそうだ。スキーが得意といってもボブスレーコースでバイクで追われるというあり得ないファイトを強要される。

ボンド・ガールは60才になった今でも美しいキャロル・ブーケ。ギリシアの海洋学者の娘にはとても見えない碧眼の美女で、映画の最後でやっとベッドに入る気になる。美しいのはフランス人だからだろうか。

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13作目は「オクトパシー」。本作も、ソ連内部の将軍同士の戦いが背景にある。もはや、ソ連を実名入りでからかっても実害なしということだったのだろう。だいたい、映画の中では、NATO壊滅を狙う将軍の方が反主流派に追いやられ、一発逆転の核攻撃を計画。

12作目で方向転換して、リアルなアクション映画を目指したものの、本作では先祖返りのコミカルアクションに戻る。場所はインドに飛び、ジャングルの中で虎や象や毒蛇と戦う。ソ連の宝ともいうべき、帝政ロシアからの没収品やナチスから逃れたユダヤ人から略奪したお宝をイミテーションとすりかえ資金が作られていく。そして、サーカス団の西ベルリンの米軍基地での親善公演の荷物の中にはタイマー始動が始まっている核兵器が含まれていた。ワニのいる沼地をワニ型潜水艇で逃れるアイディアはなかなかいい。

ロジャー・ムーアが最後のシーンではピエロに扮して暴れるのだが、かくして007シリーズが再び喜劇に戻ったことが象徴される。

オクトパシー(Octopussy)とは、ボンド・ガール(モード・アダムス)の役名だが、原語から8人の女性が登場するのかと思ったら、もっと多くの水着女優が登場。そういう意味ではなく、体の一部が蛸のような女性のことを意味しているのかもしれない。


ところで、第5作「007は二度死ぬ」を見逃したのは、何らかの局側の問題かと思っていたが、単に自分が見逃したうえに再放送も失念してしまったということがわかった。日本が舞台だし、ショーン・コネリー主演ということで、借りてきて見なければならないが、ロジャー・ムーアシリーズが終わってからにしようかと思っている。
  

2015年06月22日

「あじ」の選択肢(300マイナス)

既に読まれた人もいると思うけど、ビジネスジャーナル誌での年収別の食のアンケートから、氏家秀太氏が年収300万円以下の人の、食と健康の嗜好についてその特徴をレポートされている。

もっとも、アンケートの結果には、

A群:そういう嗜好だから年収300万円を超えない、というものと
B群:年収300万円以下だからそういう嗜好になったもの、

の2種類があるようで、特にB群の結果について揶揄するのは、人間的にどうかと思うのだが、実はこういう結果を読んで楽しむというのは、意外と低位所得者だったりするので、社会は難しい。なお、年収分類の刻みは、300、500、800、1000らしい。

そして300マイナスの人の嗜好は以下の通り。あなたは、いくつあたっているだろう。

1.とりあえずビールをオーダーする
2.体形維持やダイエットをする場合、食事を変えず運動をする
3.大盛りが無料なら必ず頼む
4.ご飯をあまり食べず、炭水化物を抜いている
5.ビジネス会食はしない
6.とりあえず野菜サラダをオーダー(高所得者は漬物を頼む)
7.飲食後のシメにラーメンを食べる
8.カロリー制限をしている
9.忙しい日はランチを抜く
10.食事中に携帯電話をいじる
11.よく行く、もしくは好きなお店はどれですか?(複数可能)
   ファミリーレストラン、ファストフード
   ラーメン、回転寿司、カレー専門店、牛丼店
12.朝食、昼食に野菜ジュースや豆乳を飲む
13.ご飯を食べるのが早い
14.夕食が、レトルトパックやカップラーメンの時が週1回以上ある
15.最近、フルーツを食べていない
16.外食で異物混入していても、さほど気にしない
17.中国産も気にならない
18.缶コーヒーをよく飲む
19.朝食、昼食バイキングは限界まで食べる
20.会話が少ない
21.食べる姿勢が悪い

なんとなく、原因(A群)ではなく、結果(B群)の項目が多いような気もする。
21の食べる姿勢というのは、どういうのがいいのだろうか。食べる速さの効率性からいうと、犬のように皿に口を近づけ、スプーンやフォークの空間移動距離を最短にする方がいいのかもしれない(ワンコそば方式)。背筋を伸ばしすぎると、食べ物を膝の上にこぼしたりし過ぎる。スープカレーとか。

個人的には、21のうち、該当するのは一つだけ。1番のビール。もちろんイタリアンやフレンチならワインだけ。その他の食事では、「とりあえずではなく、しばらく」ビールを飲んで、次はウヰスキーなのだが、なりゆきで焼酎などに変わるとげんなりする。焼酎を飲む人がウヰスキー嫌いかと思えば、二軒目に行って、高級ウヰスキーをハイボールにしたりしているのを見て、愕然とする。
  
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2015年06月21日

苫小牧市美術博物館へ

以前、苫小牧の企業の方と会食した際、「是非、明日は美術博物館へ行って下さい」と言われ、『明日は月曜日で休館日なのだが・・』と心の中では知っていたのだが、酒席ではあることだし、「そうですね、是非」と言ったきりであり、今回は1時間の隙間時間があったので、宴会に行く前に立ち寄ってみる。

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1階が美術館で、2階が博物館。英語で言うとどちらもミュージアムだが、日本では美術館と博物館は別のところが多い。同じ建物に別々に二つ入っているところもある。博物館で美術展を行う神戸のような都市もあるし、ミュージアムに対応する日本語がないのかもしれない。このあたりは、本日とは別テーマ。


一階では、『旭川彫刻美術館』所蔵の日本近現代彫刻名品選が開催されていた。『彫刻美術館』とか『近現代』とか『名品選』とかハイブリッド用語が次々と出てくる。旭川は彫刻家、中原悌二郎(1888〜1921)ゆかりの地として、「彫刻のまち」として知られている(知らなかったが)。

現在、彫刻美術館は改装中ということで所蔵品が全国巡回中なのだろう。なんとなく旭川にも行きたくなってしまうが、本来、横浜人が倉敷に仮寓を構えているのだから、西へ西へと興味を振らないといけないのに、北へ北へとなってしまう。

中原と旭川の縁だが、釧路で生まれるも両親との折り合い合わず、9歳の時に旭川の親戚に養子に出される。そして17歳の時に美術で生きることに決め、上京。追い出されたり、逃げ出したり。そして一流と世間に見いだされてまもなく32歳で他界。現在に残る彼の作品は、わずか12点とされる。

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代表作、『若きカフカス人』(1919年)が出展されていた。この荒々しくノミで削ったアイヌの木彫りのような感覚をブロンズで表現したのが成功の因だろうが、実はモデルのカフカス人が、悪魔の顔のように仕上がっていく粘土バージョンが気に入らず、壊されそうになったため、仕上げを手抜きして慌てて石膏型に取ったからだそうだ。

モデルのカフカス人だが、文化人が集まっていた新宿のレストラン中村屋に居候していたそうだ。前年の1918年には中村屋の社長令嬢がインド人革命家と結婚していた縁だろうか。革命家は日本に帰化し、現在の中村屋を支えるカレー事業を築いた。カフカス人の行方は不明だ。


そして、二階の博物館エリアへ。

基本的に、北海道南部の沿海部である苫小牧は、本州と同じように縄文文化が発展していた、そして大型の丸木舟をつくって北海道の沿海や青森まで行動範囲を広げていた。

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そして、アイヌ民族もここに住んでいたのだが、実際、縄文人との関係はあれこれ読んでみたが、わからなかった。もちろん本州でも、縄文時代人と弥生時代人と大和朝廷の関係もわからないのだから、北海道でのことがわからないのも無理からぬことと思える。

そして、この地に生きてきた様々な時代の人が直面していたのが、樽前山という火山の噴火。歴史上、時々大噴火して悲劇を生んでいる。

北海道にいると、大自然の前の人間の無力がより強く感じられる。
  

2015年06月20日

信濃路(赤羽守詰将棋作品集)

以前、将棋世界の付録で作者の詰将棋集を解いたことがあったが、難解すぎた。それなのに、氏の作品集「信濃路」を購入して挑戦しようと思ったのだが、多くの問題で、初手が難しい。

一般に、逆算法で作ると、前の方に手が伸びるため、あまり初手が難しくならないのだが、むしろできた作品の前の部分をカットして難しい手から始めているのだろうか。結局、解答を読むというありえない方法で鑑賞することとなった。

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といっても後ろの3題は煙詰め。駒を動かして鑑賞。

問題集の発表年代を眺めていると、特定の期間に活躍して、しばらくゆっくりペースになり、また大活躍するという周期が感じられる。仕事の関係とかあるのだろうか。現在活躍中の若い作者たちも、もうすぐ休眠期間がくるのだろうか。ちょっと休んでいてもらいたいと言えなくもない。私の場合は、永眠期間になりかねないので、ボチボチ亀の歩みだ。

ところで、本書では「成銀=全」、「成桂=圭」、「成香=杏」が使われているため、結構紛らわしい。全は銀将の裏に書かれている文字に似ているが、横棒が4本のはず。金の崩し字だからだ。全と金が並ぶとややこしい。圭と杏は元の字の一部を使っているのだから全だとおかしい。むしろ「艮」とかではないだろうか。また杏も不自然で、「禾」とか・・


さて、6月6日出題作の解答。

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▲8九角 △9八歩 ▲同香 △8六玉 ▲8七歩 △同玉 ▲7八角 △9八玉 ▲9九歩 △同玉 ▲6九飛 △9八玉 ▲9九香まで13手詰

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

0620m


追いかけ疲れるかも。

わかったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2015年06月19日

宇宙ステーション・ミール

苫小牧観光の一つの目玉が、宇宙ステーション・ミールの展示。

なぜ、苫小牧に宇宙ステーションがあるのかといえば、極めて簡単に言うと、苫小牧は日本の宇宙開発の拠点になるはずだったからだ。事実、地上実験場とかあったのだが、今はなくなったようだ。例の有名民主党議員が片付けたのだろうか。一般的には片付けは重要だしね。

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それで、宇宙ステーションだけに、大きいともいえるし、小さいともいえる。ソ連製だ。

船内に入ると、外見と異なり、かなり狭い。特に、宇宙飛行士のための個室は、驚異の狭さだ。電話ボックスより狭い。向かって左側の壁がベッドだ。つまり垂直だ。立って寝るというかベルトで固定するわけだ。やはり浮遊状態では眠りにくいのだろう。まあ、潜水艦にも艦長以外は個室がないようだから似たようなものかもしれない。

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しかし、地下鉄博物館みたいな感じで、宇宙船に乗れるというのは、ちょっとうれしい。


ところでこのミールだが、本物でもあるし、本物でもない。

つまり、代替機として2機作られたうちの一つ。なぜ代替機が作られたかと言うと、ソ連の宇宙船は、よく失敗するからだ。ガガーリンだって、宇宙周回中に軍人としての階級の昇進が伝えられたのは、帰還に失敗する可能性が高かったからだし、ソユーズ1号は地上に激突。発射台の上で爆発してたくさんの犠牲者が出たこともある。

ところが、ミール1号機が無事宇宙空間にとどまることができた以上、2号機は要らなくなる。そして、ソ連末期の金欠状態で、世界巡業展示即売会が始まったわけだ。そして、日本にきたときに「買い」が入った。1989年。ここからバブルがはじける。

まず、宇宙関連企業の「堀江企画」が買い、岩倉組に転売。その後、苫小牧市に寄贈される。

そして、本物のミールは、その後、活躍を続けたものの、2000年頃には御用済となり、新たな買い手を探したものの見つからず、南太平洋上空に突入し、処分された。

で、「堀江企画」とは、もしかして「あの堀江氏」のことかと思って調べてみると、1989年には、まだ17歳で、東大教養学部に入学するために、必死に偏差値の上積み作業に没頭していたようだ。つまり無関係。

しかし、北海道での講演会の時に、2000年頃にミールの本物の方の購入候補になっていたと語っている。その時は20億円。まあ、地上に持ってくることは難しいので現場渡しということだろう。当時、アストロリサーチという会社を保有していたようだが、結局購入見送り。会社の方も2006年に燃え尽きる。

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ミール展示場の隣は科学館があるが、ロケットではなくヘリコプターの展示品に乗ることができた。もちろんプロペラがついていないので、どこにも動けないのだが、機内にはなんとなく不安感が漂う。操縦席には大量のメーター類があって、案外、もっとも操縦の難しい乗り物なのかもしれない。今まで、一度もヘリに乗ったことはないが、これから乗ることはあるだろうか。高いところは好きじゃない。
  

2015年06月18日

北国の温室

苫小牧に行っていたのだが、2時間ほど空き時間があったので、ミュージアムを二つほど見せてもらったのだが、それらの近くにある市立図書館に隣接して、大型のガラス張りの温室があった。サンガーデンと呼ばれている。

東京方面では小笠原をイメージした熱帯植物園や冬でも花が咲き続ける花の植物園などがある。一般の植物園は、普通に各種の木々が「森のミニチュア版」として繁っているというのが多いだろう。


となると、苫小牧の温室、サンガーデンは・・

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あえて書かれていないけど、「温帯植物園」という感じだった。本州で普通に生えている樹木が温室の中にある。実は、地方都市に3年放置状態の実家の庭が森状態になっていて近隣対策に費用がかさんでいるのだが、まさにそんな感じだ。もちろん面積は1000分の1程度だけど。


しかし、なんのための場所なのだろう。

本州から何らかの目的で北海道に移住した人たちが、ここを訪れて、故郷の春を思い出すのだろうか。

また、逆に北海道を何らかの理由で離れる一家が、ここにきて、本州の予習をするのだろうか(いや、その線はないな)。

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まあ、熱帯圏の人が「熱帯植物園」を見て、苦笑しているのと同じようなことなのだろう。

しかし逆に、本州に「亜寒帯植物園」や熱帯地方に「温帯植物園」を作ることは、かなり難しいだろうと思うが、あってもいいと思う。
  
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2015年06月17日

自分の運命に楯を突け(岡本太郎)

岡本太郎記念館に行った時に、この元気なタイトルの本を買う。

岡本太郎について、よくわからないこともあったのだが、一冊読むと、彼のことが少しわかったような気がする。

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結局、スジが通るということを大切にする人なのだが、どうしてスジが大切なのに、グラスの底に顔があったり、テレビに出て、おかしなことをしゃべったり、ピアノ演奏するのかということだって、一つは「好きなことをする」という主義なのだろうが、もう一つの理由があることを知らなかった。

つまり、絵を売らない、という主義だ。何枚かの絵は色々な都合で売ったそうだが、その後どこにいったか行方不明。個人に売ると、その絵を観る人がいなくなってしまうので、絵は売らずに美術館に寄付したり、パブリックスペースに置いたりということだそうだ。

その極みが、太陽の塔ということなのだろう。大阪万博は、人類の未来への挑戦だったのだが、先進技術をほこったすべての展示物や建物はなくなり、現在は太陽の塔が永久保存されている。しかも、行方不明になっている地底の顔まで復元され、近々大公開される。

そして、ものすごく先進的なわけだ。彼が気に入った縄文造形は、ほんの最近になって多くの陶芸家が輩出されている。また、30年前に飛行船に絵を描いた時、未来には飛行機に絵を描く時代がくると予言されたが、事実、そういうのも実現した。

そして、人まねはとんでもない。字なんか下手な方がいいそうだ。文字を切ると血がでるようなのがいいらしい。椅子だって、坐りやすい椅子じゃなく、「坐ることを拒否する椅子」がいいそうだ。坐りやすい椅子なんて、不健全な人のための物で、丈夫で元気な人が、いつまでも椅子なんかに坐っているはずないから。ちょっと坐ってみようかと思う程度の座り心地の悪い椅子がいいらしい。

彼は、職業のことを聞かれた時に、画家とか文筆家とか芸術家とかそういうことはいわずに、「職業は人間」といっていたそうだ。

なんとなく本書で知性を感じるところだが、終戦ですべての価値観が逆になったのに、美術界だけは戦前のままで古い権威が生きていたということ。そこで、権威に反対するため、原色で絵を描いたそうだ。そうしたら、すごく差別され、結果として絵を描くよりも、本を書いたり、講演をしたら、そちらの方が型破りのことを話すので有名になってしまったそうだ。

その結果、彼は作品を売らずにすみ、残された我々は、東京と川崎にある美術館に行けば、大量の作品群を目にすることができるわけだ。(バルセロナのピカソ美術館にちょっと失望した理由は、まさにこの逆パターンだったからだろう)
  
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2015年06月16日

MERSに負けた国

エボラと死闘を続けているアフリカの国もあるというのに、漫然として既に救急車の運転手まで四次感染して、平然としている国、それが韓国のようだ。

大敗北の原因として、さまざまな理由が挙げられているが、特に韓国特有の現実が、自業自得の原因とも思えるので、少し分類してみた。四分類でもいいのだが、うち二つは同根なので三分類としてみた。それぞれ、原因も考えてみた。


1.病院「はしご」の習慣がある

 最初の発病者もそうだが、多くの患者が、最初の病院の診断結果に疑いを持ち、いくつもの病院を渡り歩いて、ついに「MERS」という立派な病名をつけられている。
その過程で、多くの対人接触が起こっている。
(推定原因)「ヤブ医」が多いのだろう。腕のいい医者は美容整形他の儲かる医療に行くのだろう。さらに、病気で休むと給料が下がるようなことになり、患者の都合に合わせて診断することもあるのだろう。


2.病院問題

 病院の入院病棟が粗末であるというのが一点目。伝染性の患者を個室に入れないとは考えられない。法外な料金がかかるのだろうか。また、病室の消毒もなければ、空調ダストが病院全館に繋がっていてうつった患者もいる。
さらに、韓国の習慣として、入院患者の世話は、病院ではなく親族が行うことになっているそうで、患者の世話をした親族は、隔離もされずに歩き回る。
(推定原因)そもそも安全基準というのは、「失敗(事故)してから考えよう」という発想のわけだ。また、入院患者と家族の接触を規制するには看護士も足りないとか、そもそも困難なのだろう。


3.他者の迷惑を考えない国民性(個人も政府も)

 発熱しているのに、パーティに行った医療関係者、自宅隔離が退屈とゴルフに行った女性、家族が感染していて、自分も発熱しているのに中国へ出かけて、やっと発見され隔離された男性。
発表を遅らせたり、第四次感染まで進んでいるのに、第一次感染の終息を発表したり、当事者ではないかのような状態の政府。
(推定原因)一言で言うと、エゴイズムということになるのだが、今の韓国という国が、国民が力を合わせてまとまろうとした経験を持たないからだろうと思われる。
古くは半島を三つ以上の権力が争うことが多かった。この三つというのが困ったもので、薩長×幕府とか、平家×源氏とか、西軍×東軍というように日本は二つに分かれることがほとんどだった。三つだと、どうしても策謀が渦巻くことになり、どうしても猜疑関係になってしまう。李氏朝鮮という封建制度が長過ぎたこともあり、挑戦的な人物が枯渇してしまい、さらに第二次大戦後も成り行き任せの結果、今に至るということになる。まあ、日本も少し前はそういう点はあったような気もするが、大震災で、やり直しはじめたということだろうか。揺れなかった西日本の方は、まだエゴイストも多いような気がする。


そして、どうなるか。

大流行の末、強い遺伝子だけが生き残るということになるのかもしれない。一件落着するまでの各種統計は散々なものになるだろう。変異してKERSになるかも。韓流。
  
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2015年06月15日

北の縄文回廊

現代縄文アートの翌日に北の縄文回廊の話題というのも、作ったような並びだが、まったく偶然。私の人生には偶然が多過ぎる。

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函館方面に行っていたのだが、どうも世界遺産の話が進んでいるようだ。テーマは、「北海道・北東北の縄文遺跡群(北の縄文文化回廊)ということのようだ。

実際、北海道のことはよくわかっていないようだが、日本の縄文時代と同時期に北海道でも縄文時代があった。(縄文時代って1万年間もあるので)

そして津軽海峡という大きなハザードがあるにもかかわらず、北海道と青森の二つの縄文文化は関連していた。というストーリーである。

まず、土器については、北海道産と北東北産では厚みが違うそうだ。北海道産の方が厚く、青森産の方が薄い。性能としては薄い方が軽くて使いやすいだろう。土のせいか技術のせいか北海道の方が遅れていたようだが、この両者は両方の場所で少しずつ混在している。技術伝播なのか、単に土器が交易されていたか不明のようだ。

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そして、決定的な文化交流の証とされるのが、三内丸山をはじめとする北東北の遺跡から出土する石器である。その一部に、北海道の平取(苫小牧より東)の川でしか採れない略称「アオトラ」といわれる緑色の石が使われているころがあげられるそうだ。

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確かに、函館空港で展示中の石斧(せきふ)は、青森県の大平遺跡のものだが、その石が使われている。縄文時代の輸送は丸木舟で行われていたのだが、本当に津軽海峡を渡ったのだろうか。それだけのリスクを冒すということは、大きな対価があったのだろうか。あるいは、青森側の部族が北海道の勢力を征服したか。

世界遺産の前に研究が必要と思う。
  
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2015年06月14日

猪風来美術館

縄文式土器というと岡本太郎が再評価したことが有名だが、再評価というコトバが意味するように、数千年間、眠っていた文化である。

ところが、現代縄文アートということで、復活をはじめているようだ。その代表旗手が、猪風来(いふうらい)。本人の現在の活動拠点であり、製作現場であり、さらに個人美術館であるのが「猪風来美術館」。岡山県新見市にある。

といっても・・

これが、とんでもなく山間部にある。岡山から車で90分。賀陽ICから車で45分、新見ICから車で30分。など。伯備線の駅からタクシーで10〜15分となっているがタクシーがあるかどうかは?だ。

幅2〜4メートルの崖っぷちの曲がりくねった道を命懸けの運転を続け、ついに広場に辿りつくと、どうみても小学校か中学校と言う2階建ての建物があらわれる。すぐに気が付くが、廃校になった校舎の再利用だ。

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広場は校庭。だから広過ぎると思ったが、それには理由があった。

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そして、この美術館は縄文焼と法曽焼のダブル美術館になっている。元々、地元にあった法曽焼という地域性の高い陶器と、活動拠点を求めて全国を行脚していた猪風来氏のニーズが一致したのだろう。

そして、この建物の一階、二階には、多数の作品が展示されている。すごい迫力だ。早い話が、彼はこんな場所にいて、いいのだろうか。大芸術家のような気がする。縄文の持つ世界観、つまり二つとない人類の普遍の力強さと、霊的な発信力が空間にあふれている。

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そして、使われることのなくなった体育館には、床一面に大型作品が並べられる。ふらふら歩いていると、大惨事がおきそうだ。

そう、縄文焼の基本は、野焼きである。広い場所で薪を積み上げて着火して、もうもうと焼くわけだ。つまり、都内とかニューヨークとかでは作れないわけだ。普通サイズの作品なら朝9時から午後3時頃まで焼き続ける。たぶん、都市部では禁止なのだろう。だから、広い校庭付きというのが、もっとも適しているのだろう。この地に来る前は北海道だったということで、縄文焼を復活させるのも大変だ。

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猪風来氏の奥さまがいらっしゃったので、少しお話させていただいたのだが、以前、私が近くに住んでいた「加曾利貝塚」で、猪風来氏は仕事として縄文土器の復元を行っていたそうだ。よく展示品に「複製」と書かれている場合があるが、それを作っていたのだろうか。まったく面白い話だが、現代縄文アートの作家には、同じような経歴の方もいるようだ。

模倣と言うのは、極め付きの練習だが、本来はなんとなく後ろめたいものだが、それが正々堂々と行えるのが複製品製作なのだろう(このあたりは、単にわたしの推測)。

そして、現在、猪風来氏は、縄文焼と法曽焼とのハイブリッド化を狙っているようだ。

個人的には、ちょっと残念だが、色々と理由はあるのかもしれない。

縄文焼に使われる土の産地については奥さまに教えてもらったのだが、マル秘事項と思われるので、ここには書かない。

なお、開館10周年ということで、8月30日まで(月休)特別展。命懸けの運転に自信がない方は、6月18日から6月28日まで、新見市まなび広場小ホールで、猪風来氏をはじめとする現代縄文アート展「JOMON」が行われる。新見駅からは1.8キロ程度だが、歩いても、クルマでも危険性はまったくないし、駅前にはタクシーもある(だろう)。
  

2015年06月13日

この駒で四間飛車を

実家の整理をしていたら、古い駒が出てきた。将棋を指しはじめて数年目の時に親に買ってもらったはず。よくみると簡略体で、「歩兵」ではなく「Tニヘ」となっているし、裏も「と」ではなく「l」だ。

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ちょっと小振りだ。詰将棋を作るにはちょうどいい。駒の枚数を確認すると、歩が一枚おまけで41枚。基準通りだ。

当時は四間飛車ばかり指していて、基本的には、7七角と6八飛の効果を最大限にするため、7八銀型保留で自分から6五歩と開戦していた。なぜ振飛車で角交換したらいけないのかわからないままだったが、最近は角交換型が流行ってきた。正義は勝つといったところか。

問題は、駒のくすみ。普通の常識ではつげ駒はツバキ油でみがけというのだが、実際にはくすんだ駒は牛乳で拭くといいと言われる。牛乳はミクロの粒子を含んでいるため、まず、ミルクできれいにしてから拭き取って、それからうっすらと油を使うか、そのまま使い続けて手に慣らすのがいいそうだ。

もっとも、作業を始めたら41枚全部を磨かないといけない。途中でやめたら白い駒と黒い駒というように人種差別になってしまう。時間のかかる仕事は、隠匿生活(詰将棋専門生活)に入ってからかな、と思うのだが、可能性はほぼないが、明日から取りかかるかもしれない。気ままなものなので・・


さて、5月30日出題作の解答。

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▲2二飛成 △同玉 ▲3三歩成 △1一玉 ▲2二と △同玉 ▲3三角成 △2一玉 ▲1一馬 △同玉 ▲3一飛成 △2一歩 ▲2三桂まで13手詰。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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蛇足付き問題。

わかったと思われた方は、コメント欄に、最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2015年06月12日

火山といえば

日本各地の火山が、一斉に暴れ始めている。地震と火山噴火の関係については、地震が火山噴火の原因なのか、あるいは逆なのか、あるいはまったく別な共通原因が両者ともに影響を与えているのか、これもわからない。

まあ、火山は火山帯という一列に並んでいる場合が多いため、地殻のヒビワレということなのだろう。

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そして火山の王様というのが、スーパーボルケーノと言われるイエローストーン。わかっているだけで210万年前、130万年前、64万年前に巨大噴火をおこし、北アメリカに大惨事をもたらしている。先祖の人類はまだアメリカ大陸にはいなかったはずだ。

およそ65万年に1回大爆発を起こしている。そして前回の爆発は64万年前。そう、爆発は明日かもしれないのだ。

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さらに、日本の南東沖に太陽系最大と言う超巨大火山がある。タム山塊。太陽系最大は火星の火山だそうだ。1億4000万年前に生成され、何度か爆発したらしい。

十分に新しいとも言えるわけだ。

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ところで、地図をみていると、南沙諸島の紛争点の場所がわかった。最も遠い周辺国が自分の物として主張している。
  
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2015年06月11日

風林火山(井上靖著)

furinkazanこの小説、武田信玄の一生を描いたものという先入観を持っていたのだが、違った。信玄に仕えた軍師である山本勘助の活躍を描いたものだった。ところが、本書が書かれたころには、山本勘助という人物が実在していたのかどうかは明らかになっていなかった。

つまり、作家は歴史を写そうとしたのではなく、歴史の中に主人公を置いて、その人物を戦国時代という歴史の中で描きたかったのだろう。

そして、最近の研究では、「山本菅助」という人物が実在していたことが明らかになったそうだ。といっても伝えられる、各種の彼の行為とされる伝承がすべて実話なのかどうかはわからない。実話であるとすれば、大変な型破りだったということだ。

その型破りな彼を描くことによって、現代人が想像することもできない戦国時代の非常や不条理、戦国武将の弱さなどが我々に伝わってくるということが、作家の腕なのだろう。

本書は、川中島の戦いで、信玄・勘助組の組み立てた策が、謙信に読み切られ、陣型総崩れとなり、勘助が討死するところで終わる。

その時、勘助はその後の武田家の滅亡を確信したのだろうか。誰か、作者に聞いてくれるとうれしい。
  
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2015年06月10日

青鷺は何のサイン?

倉敷の郊外にあるロードサイド天ぷら店に鱧(はも)の天ぷらを食べに行く。店の隣は水田なのだが、巨大な鳥が無造作に立っていた。あまりに動かないので、カラス除けかと思ったのだが、よく見るとわずかに動いている。

さっそく撮影しようと思ったのだが、こういう時に限って一眼レフは手元にないし、デジカメもない。1200万画素のスマホで望遠撮影するが、逆光が少し入る。片足なのは、足を一本失ったからなのか、単に一本の足で立っていたいからなのか、判断つかない。

こういうのを白鷺というのかと思うが、白一色ではなく何色刷りになっている。確か、田螺とか蛙とか小魚を食べるのだろうが、何かエサを探すそぶりもない。

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そして、天ぷらを沢山食べてから店を出ると、すっかり忘れていたのに、まだ元の場所に立っていた。今度は二本足でだ。つまり、足を失っていたのではなかった。この段階で、テロで片足を失った後に文字通り失脚した大隈重信元首相のことでも書こうかと思っていた計画は挫折した。

そして、帰宅後、画像の鳥を調べると、白鷺ではなく青鷺だった。やはり主食は水辺の小動物。そして最近、全国的に目撃情報が増えているそうだ。

ということは、青鷺の生息数が増えてきているのか、あるいはクマさんと同様に、エサの小動物が減少して、人家に近いところまで現れて、天ぷら屋の残飯を狙っているのだろうか。

そのあたりを探っていたら、とんでもない話が日本の歴史書の中にあるようだ。

吾妻鏡(あずまかがみ)。東鑑とも表記される。

鎌倉時代に成立した日本の歴史書。鎌倉幕府の初代将軍・源頼朝から第6代将軍・宗尊親王まで6代の将軍記という構成で、1180年(治承4年)から1266年(文永3年)までの、幕府の事績を編年体で記している。

その中で、建保3年8月21日、22日、11月8日の条に、「鷺の怪(さぎのけ)に会う」という記述があるそうだ。御所に集まった鷺が鳴くのを、地震の兆しと捉えていたそうだ。どうもその頃、大きな地震が相次いで発生しているようだ。

8月21日 戊申 晴 巳の刻、鷺御所西侍の上に集まる。未の刻地震と。 8月22日 己酉 霽 地震・鷺の怪の事、御占いを行わるるの処、重変の由これを申す。仍って御所を去り 相州の御亭に入御す。信綱御劔を持つ。亭主は他所に移らると。


しかし、鷺が集まることと地震の関係を合理的に説明しようとすると、やはり水生の小動物のことがミッシングリンクになるのだろう。昔から有名なのは「ナマズ」。鷺の大好物だ。それから蛙や小魚。海の動物よりも地殻の僅かな変動を感じやすいだろう。それで危険を察知して大騒ぎする小動物を食べるために鷺も大騒ぎになる。

そして、・・・

さらに、この建保3年だが、西暦でいうと1215年である。つまり800年前だ。

まあ、いずれやってくるその日には、青鷺のようにどこかに高飛びしたいものである。さらに、その前日までにバブルで膨れ上がった日本株を換金しておきたいものであるが、頭の黒い鷺になってしまう。
  
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2015年06月09日

敗者と勝者の神社が並ぶ(2)

次に、「吉備津彦神社」だが、こちらは勝者である大和朝廷から遣わされた吉備津彦命を祀っているのだが、吉備津神社よりは新しいとされている。場合によっては1世紀以上違うのではないだろうか。

おそらくは勝者の大和朝廷は、温羅(うら)を征伐して、念のため吉備津神社で怨念を抑え込んだと思っていたのかもしれないが、抑えが足りないと思ったのかもしれない。吉備津神社という形態で山を一つの神体と解釈し、さらに山の入口に吉備津彦の側に立った吉備津彦神社を作ったのではないだろうか。二重鍵方式だ。

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こちらの神社は明治政府からの庇護も篤かったようで、全体に明るく、近代性すら感じるようで「陽気」ということになるだろう。本殿はかなり大きいのだが、現在は修復中で白い幕の中にある。

初宮参りの家族もいたが、それは当神社の専門分野らしい。朝廷の側に立った神社であるからして、ここで初宮参りを行うと公務員になる可能性が高いのかもしれない。というか。公務員のこどもの初宮参りはここが多いのだろう。

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ところで、桃太郎だが、鬼ヶ島に鬼を退治にいくのだが、吉備地方には島はない。内陸だ。その代わりに「鬼ヶ城」という正体不明の山城がある。

考えて見れば、川で拾った桃から生まれたということは、山間部に住んでいたわけで海で一暴れするのは、やや違和感がある。家来にしたキジ、サル、イヌにしても海で戦うのは苦手のはずだ。家来にするならカモメとかイルカとか海亀だろう。「浦島太郎」伝説には海洋生物がたくさん登場するのだから、カモメが出てきても驚かない。それだと吉備団子ではなく新鮮な魚を就職支度金に渡さなければならないだろうが、そういえば「きびなご」という名前の小魚がある。小さいながら刺身で食べる。ますますわからなくなる。  
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2015年06月08日

敗者と勝者の神社が並ぶ(1)

岡山は古名を吉備というのだが、現在は吉備というと岡山市と倉敷市の北側のあたりを指すことが多い。吉備路散策といってJR吉備線に沿って旧跡めぐりを行う人が多い。そのJR吉備線だが、廃止の上、路面電車に変更されるかもしれないという情報があるのだが、あまり抵抗運動はないようだ。すでに路面電車みたいなことになっているのだろうか。

そして、吉備路には二つの有名神社がある。数キロの距離なので、かなり近い。ややこしいことに、「吉備津神社」と「吉備津彦神社」。どちらも吉備津彦命をまつっている。さらに吉備津彦命は「桃太郎」その人であるということになっている。部下に与えた黍団子は、黍団子なのか吉備団子なのか、いまだに明らかになっていない。だいたい桃太郎は川を流れてきたことになっているが、実際には川岸に捨てられた孤児ではなく、大和朝廷から派遣された軍人だったはず。

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しかし、地元の人ならみんな知っているのだが、吉備津神社は吉備津彦に滅ぼされた温羅(うら)という豪族(鬼と呼ばれている)の魂をまつったいわば反大和朝廷的神社である。
背後の山を含んで、一言でいえば「陰気」がまさるといえる。西側には300mの大回廊があるが、この回廊の周囲に静かに眠ってもらいたい妖気が漂っている。

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温羅の死体もここに埋められたとされ、今でも鳴釜占いが行われている。

本殿は国宝の吉備津造り。

弓道場があり、県内の高校弓道部の男女選手が回廊にあふれていて約1割の生徒は私に挨拶をするのだが、何を勘違いしていたのだろうか。ちょっと返す言葉がみつからない。

一言でいうと吉備津神社は民間人の神社であり、勝者ではなく敗者の魂をまつるために存在するといえるわけだ。原爆ドーム的ともいえるかもしれない。  
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2015年06月07日

虎屋文庫資料展のあゆみ

赤坂にある老舗和菓子店とらやの本店ビルが建て直しになる。どうなるのかよくわからないが、上階が高層マンションになるのだろうか。お菓子好きなら上に住むといいかもしれない。一階がカレー屋とかだと、ちょっと匂いがきついが和菓子にはあまり匂いが強いものはないだろう。八つ橋とか匂いがあるが、別の会社だ。ただ、高層ビルだと震度5でエレベーターで缶詰になる可能性はあるけど。

それで3年間の休業の後、再度、虎屋文庫がオープンするそうだが、3年後のことはよくわからない。何回か特別展で行ったことがあるので、のぞいてみた。

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特別展は78回開かれていて、2、3回行ったことがあるが、和菓子というのは、かなり謎の多い食べ物であって、日本の食文化の中で、実は先史時代から民族と密接につながっていたわけだ。

例えば、桃太郎伝説。このストーリーに忘れてはならないのが「きびだんご」。この「きび」といのは穀物の「きび」であって岡山の旧名である「吉備」ではないのだが、なんとなく岡山では混在して使われている。だんごというのは、日本古来の菓子であり、その後、中国菓子がきたり、禅宗の茶菓子がやってきたり、ポルトガル人が砂糖菓子を持ち込み、明治以降は洋菓子との合体。

江戸時代には井伊家が毎年大規模茶会を開いていて、その茶会に自慢の和菓子の新製品を出品すべく江戸の菓子店が競っていた。もちろん桜田門外の惨劇で茶会の時代は終わった。

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今回、わかったのは、とらやの中で新製品を作ってきたのには、伝説の和菓子職人という方が何人かいたということ。男性にも女性職人にもレジェンドがいたようだ。

そして、とらやを一つの菓子の分類で代表するなら、なんといっても「羊羹(ようかん)」だろう。とらやの羊羹は、かなり重いわけだ。だいたい一本が3000円から5000円くらいなのだから手土産の王様だ。羊羹1本というわけにはいかない。たいてい2本は必要だ。

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そういえば、お茶を入れてから、頂き物のとらやの羊羹の箱を開けたところ中から100万の札が出てきて腰を抜かした気の弱い町長という事件もあったぐらいだ。○○屋の羊羹だと、箱をあけずに知人や部下にそのままあげてしまうこともあるだろうから、やはりわいろはとらやの羊羹ということになる。

そして、本展では「羊羹」のことが書かれていたが、本当の羊羹は羊の肉のスープだそうだ。そのゼラチン質によって、スープが固まるらしい。日本に伝わった後、寒天と小豆が代用品として使われた。禅宗の戒律によるものらしいが、まあ、羊もそんなにいなかったしね。羊にこだわっていたら今のとらやはなかったに違いないだろう。  

2015年06月06日

棋士の油断

友人に誘われて将棋ペンクラブに入ったのだが、「将棋ペン倶楽部」という年二回発行の雑誌が会費の対価の一つとして送られてくる。残念ながら詰将棋のページはないのだが、読み物とか棋士のインタビューとか書かれている。

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遅くなったが「春号」だが、それほど面白かったわけではないが、中原誠永世名人のインタビュー。ただし元々楽天的な性格の方なので、過去の失敗のことなんかほとんど忘れているのだろうから、あまり読んで楽しいことはないのだが、失敗談の一つとして米長氏にタイトルを奪われた時のことが書かれていた。

タイトル戦の最終局で、かなりの勝勢になったところで、手帳を取り出して、披露パーティのスケジュールを考えていたそうだ。もう勝ったつもりだったそうだ。そしてその油断が、勝ち切れないことになり泥沼にはまってタイトルを失ったことがあるそうだ。

典型的な油断なのだろうが、棋士というのは「次の手」を考えるのが習性になっているのだから、勝勢になったらパーティーのことを考えるのは当然のように思うのだが、それは早すぎるのだろう。たぶん、スケジュール表を見て考えているのを相手が見て、怒りがわきあがってきたのだろう。

私の場合、「勝ってから油断すること」というのを自作格言として守っているのだが、考えてはいけないことを考えるのが人間の性(さが)なのだろう。詰将棋を作っていて、ほんのちょっとしたところが難しくて完成しないことというのは誰しもあるわけで、突然、ひらめいたりするのだが、「車の運転中」の場合は、そのヒントみたいな湧き出したアイディアの続きを考えるのはやめている。といって、忘れてしまったら困るので、とりあえず、口に出すことにしている。「歩より前に銀を捨てる」とか「無双88番の収束を参考」とか(こっちはウソだが)。


さて、5月23日出題作の解答。

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▲1三銀 △同玉 ▲2二銀 △1二玉 ▲1一銀成 △1三玉 ▲1四歩 △同玉 ▲1五角成 △1三玉 ▲1四歩 △2二玉 ▲3三馬まで13手詰。歩より前に銀を捨て、角が元の場所に戻る。

動く将棋盤は、こちら

今週の問題。

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左下という不思議な場所で展開。右利きの人には、最終手が指しにくいかもしれない。
わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ正誤判断。  
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2015年06月05日

映画『源氏物語 千年の謎』の謎

2011年に公開された映画『源氏物語 千年の謎』は、豪華キャストだったのだが、興業としては成功したが映画としては失敗という評価が多かったような気がする。

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あらためて観ると、紫式部に中谷美紀、藤原道長に東山紀之、藤壺妃には真木よう子、安倍晴明に篠塚洋介というように一流を並べているのだが、大問題は主演である光源氏。生田斗真とはどうしたことだろうか。

いまさら源氏物語のあらすじをまとめる愚は避けるが、根本的には源氏物語にはいくつかの謎がある。その一つは「なぜ、源氏物語が作られたか」という歴史的な問題。そして文学的問題としては「なぜ、光源氏は果てしない冒険的な女性遍歴を続けるのか」ということ。

本映画は、前者の謎である「なぜ源氏物語は書かれたのか」ということを中心にしているのだが、たとえば丸谷才一の小説「輝く日の宮」では、紫式部の文才が創造意欲を爆発させ、そのため当時貴重品だった原稿用紙を大量に手に入れるため、総理大臣である藤原道長を籠絡して下書き用に政務で使った書類(裏紙利用)と清書用には中国からの輸入品を求めたということになっている。そして、二人は関係あり、と推測している。

この映画の冒頭で、道長は紫式部と強引に関係してしまい、その後、自分の娘が天皇の子供を産むため、天皇がなるべく藤原家にとどまるよう、式部に長い長い恋愛小説を書くように命じる。現代なら無理なお願いは被害者の女性の方から求めるのだが、このあたりの論理性がちょっと弱い。

そして、現実(道長や安倍晴明や紫式部)の世界と虚構(光源氏や藤壺妃や光のガールフレンド群)の世界が同時に進行し、安倍晴明は、虚構の世界にも出没。

生田斗真のような肉食的俳優が主役というのは、文学的研究課題である「光源氏の女性遍歴の謎」というサブテーマからいって違和感があるわけだ。

だいたい定説となっているのは、幼時に生母(桐壺)が亡くなり、「愛情枯渇状態で成人した」ため、特に義母(天皇の後妻)であり生母の生き写しである藤壺妃を中心とした「優しめ系」を好んでいたのだが、藤壺妃と関係した後は、目的達成後のむなしさから、あてもなく危険な遍歴を始めた」ということ。あてもないので物語が長くなっていく。水戸黄門シリーズだ。

となると、生田では、最初のところの「愛に飢えた素朴な青年」というイメージにそぐわないわけだ。では誰がいいのかというと、ちょっと難しい。光源氏は渡来系である天皇家と日本在来種女性との混血であり、その雰囲気がなんとも女性たちには好まれたのだろうから、そういうのがいいのだけど・・

そして本作で最大の活躍をするのが、六条御息所の姫を演じる田中麗奈だろう。自分の容姿にハンディキャップを感じている嫉妬深い女性という役であるのだが、生霊となって光の周りの女優(いや女性)を亡き者にしようと、大暴れする。女優同士が首を絞めたり上に乗って押さえこんだり、プレー中を覘きこんだりして被害者が続出する。見かねた安倍晴明(篠塚洋介)が実世界から厄払いの応援に行くのだが、篠塚の演技では敵わない。


そして千年が経ち、現代日本では皇室内部の愛憎事件を小説化してはいけないことになっているようだ。さらに、最近は、歌舞伎役者に飽きられた女性タレントが道長の子孫であるような名字のタレントに敵意をいだいているようだが、あちこちで騒ぐよりも、黙って妖術を使った方が効果的なのではないだろうか。大成功する呪い方を教えてもいい。
  

2015年06月04日

日本なら、乗らないだろう

湖北省荊州市監利県(日本流に言うと、湖北県荊州市監利区)で起きた客船転覆事故だが、国交省の方の見解として、「日本では(こういう船は作らないから)起きないだろう」ということになっているが、もっというと、「日本人なら、見ただけで乗らないだろう」という感じがする。

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船の写真が公開されているが、海洋国家である日本人なら、仮に船に乗ったことがなくても、こんな倒れそうな船を見たとたんに旅をキャンセルするに違いない。船というものの一般的概念を日本人は持っているが中国ではそれがないのだろう。現場近くは確かに水深15メートルだが、川を上って重慶に向かえば、徐々に浅くなっていくのだから、この船の喫水は相当浅いと想像できる。

そして、本船は4階建てである。こういうアンバランスの船を観たことがあると思って記憶をたどると、千葉県の端にある娯楽施設内に蒸気船マークトウェイン号というのがあることに行き着いた。乗客を箱詰めにして、ミシシッピーいや長江のクルーズ。本当は、長江の下流、中流、上流に合わせて、適した設計の船に乗り換えていくべきなのだろう。

だいぶ以前だが、長江の河口ともいえる上海黄埔港から遊覧船に乗って広いところに行ったことがあったが、対岸は見えないし、潜水艦まで河の中にいた。

本船の画像をみると4階建てで片側に窓が1階あたり20ほど見える。レストランやダンスホールの場所が必要なので、片側で2〜4階で60窓、左右で120窓ということは部屋の数だろう。乗客数からいうと一部屋4人だったのだろうか。定員2名のところにベッドを追加していたのだろうか。

なお、日本では基本的には船は海を走るもので、川下りとかは、超小型なボートの世界になっていて、時々は事故が起きるものの、時々事故が起きることを理解して危険行為を楽しむというルールになっている。

中国でも海を走る船は、国際基準に従って建造、改造されるのでこんなに危険なことはないが、それでも検査機関が二流、三流だとK国の修学旅行全滅みたいになってしまうわけだ。日本の検査機関は世界最高レベルの厳しさであるため、例の国交省の安全宣言のようになるわけだ。
  
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2015年06月03日

物語に変貌してきた世界遺産

世界遺産は世界に1000以上もあるらしい。日本では18が登録されている。最近では軍艦島をはじめとする案件に韓国が反対している。別に日本に反対したからと言って自国の遺産が増えるわけでもないのに伝統的なK's精神だ。

一方、日本も変なのは、元々の世界遺産精神は「人間の創造的才能を表す傑作」や「ある文化的伝統または文明の存在を伝承する物証としての無二の存在」ということで、決して「ユネスコブランド」は観光客を十倍にする魔法のキャッチコピーではないはず。

ところが、・・

2001年(つまり21世紀になってから)から、少し様相が変わってきているそうだ。

それまでは、法隆寺、姫路城、京都・奈良の仏閣、白河郷、原爆ドーム、首里城といった歴史と観光がもともと一体化していた代表的な観光地が選ばれていたのだが、その後、石見銀山、紀伊山地の霊場、富岡製糸場と絹産業遺産群のように一つの観光地ではなく、背後に物語性がある案件に移ってきているようだ。

特に、「富士山」。富士山は自然遺産としての登録を目指していた。20年前からである。ところが富士山と同じような形の火山としては、すでに無二のものとしてキリマンジェロが登録されていた(先を越された)。結局、落選二回の末、「文化遺産」を狙うことに方向転換。都知事選挙で2連敗して参議院議員を目指すとか、芥川賞候補4回の末、直木賞受賞みたいな話だ。

結果、富士信仰という現在も存在していなければならない宗教性と、江戸時代の浮世絵(北斎と広重)が決め手になった。つまり、富士山は景観ではなく文化財なわけだ。爆発して変形しても大丈夫だ(変なこと書いて現実化したら嫌だが)。

そして、今や佐渡の金山も、長崎の教会も宗像神社(沖ノ島)も、それぞれ黄金の国ジパングとか、宗教弾圧の歴史とか古代日本からの秘教といった物語として語られることになった。

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現在、47都道府県のうち、世界遺産取得済と暫定リスト記載物件と登録を目指す運動が始まった県を合わせると、宮城、愛知、宮崎だけが静観姿勢で残っているだけらしい。

しかも、国がバックアップして日本のストーリーを募集しているらしく、日本遺産として、4月には18のストーリーが認定されたようだ。「四国巡礼の旅・お遍路さん」とか。「忍者の聖地・甲賀・伊賀」は落選したとか(フィクションでしょ)・・

なんとなく、「本当は存在しない物語」とかアブナイものが混じりこんでくることを感じないでもないが、審査員が歴史学者であるならいいのだが歴史小説家とかはダメだろう。耳の不自由だった作曲家の物語がまかり通った国だし。  
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2015年06月02日

東京帝国大学第二工学部のこと

一昨日の夜、地震があってNHKを見た流れで、その後の「戦後70年ニッポンの肖像」が何気に流れていた。そのうち、戦後日本の急成長の要因の一つとして「東京帝国大学第二工学部」の話がでてきた。

放送によると、この学部は戦争のために急造された学部であって主に武器の研究をしていたとのことで、別名「戦犯学部」と戦後いわれたそうだ。その卒業生が戦後のエンジニアのはしりだったというような内容だった。そして、戦後すぐに消滅し、幻の学部となった。

実は、父親がそうだった。正確にいうと入学した時は帝国大学で、卒業したのは新制大学。場所のほとんどは現在の千葉大学になっている。入学した時にはすでに戦争の中盤であり、先輩のように精密機器の設計なんてことじゃなくて、飛行機の研究ということで、千葉の海岸でグライダーを人力で引張っていたようだ。徴兵免除で、陸軍の戦闘機だった「隼」を作っていた中島飛行機(今の富士重工業)に就職が決まっていたらしいが、その約束は紙屑となった。

当時の先生は糸川英夫氏。戦闘機「隼」の設計者で、後に日本のロケットの父と呼ばれる。小惑星イトカワに向かったのが探査機はやぶさであることは、すでに日本が見えない力によって軍国化していることを示しているのだろうか。

亡父の卒業証書類は保育園からはじまり、この第二工学部で終わるのだが、戦後、ほとんど授業は行われず、既定年数とともに卒業ということになったようだ。卒業証書の紙質はもっとも悪く再生紙的である。

船の設計とか教えていたが、運悪くその後、造船業は斜陽気味となり、あまり高度成長のお役には立たなかったようだ。  
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2015年06月01日

くまさんの運命は・・

三重、滋賀、岐阜の三県が近接しているとは実はよく知らなかった。地図をみて、ああそういうことなのかと確認。

事件は、イノシシの罠にかかった三重県のクマを、放獣する際、隣の滋賀県内で放したという信じられない行為から始まった。

捕獲したツキノワグマを連絡しないまま滋賀県側の山の中に放したとして三重県が謝罪した問題で、三重県はこのクマに取り付けた発信器からとみられる電波が受信された岐阜県海津市内を29日捜索しましたが発見には至らず、30日もクマを捜すことにしています。

この問題は27日、滋賀県多賀町でお年寄りの女性がクマに襲われて大けがをしたことをきっかけに、その10日前に三重県の職員がいなべ市で捕獲したツキノワグマを滋賀県側の山の中に放し連絡をしていなかったことが明らかになったものです。

放したクマが女性を襲ったかどうかは分かっていませんが、三重県の鈴木知事は29日の記者会見で「滋賀県でクマを放し連絡もしなかったことで滋賀県民の皆様に心配と迷惑をかけた。ありえない対応をしたことをおわびしたい」と述べて陳謝しました。(NHK)


実際、そのクマが女性を襲ったかどうかはよくわからないが、現在は岐阜県に逃走しているそうだ。実際、どの県でもツキノワグマは減少を続けていて、捕まえた場合は山奥に連れていって放すそうだが、特に岐阜県では、この2年間は例年の数倍の数のクマ目撃情報があるらしい。岐阜の山ではドングリが大凶作ということで、そこのところの問題を何とかしなければならないようだ。

先日、北海道でヒグマのことを教えてもらったのだが、クマ類は知能は相当高いそうで、好き好んで人間の世界に近づくわけではないということだそうだ。

で電波発信機だが、2キロ範囲の情報がわかるそうだが山の中で2キロはかなり範囲が広いし、20キロも移動しているようだ。道に迷っているのだろうか。いくら頭がいい動物でも、山の中ではどこに行けばいいのかわからないのだろう。

しかし、ドングリ不足の話は、いつも出ているわけだが、それなら、山の中にドングリをたくさん植えておけばいいではないかということになるのだが、そう考える人は少ないのだろうか。鉄砲もって追いかけるより効率的かつ合理的な気がするのだが・・  
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2015年05月31日

ルドゥーテ「美花選」展

千代田区立日比谷図書文化館で開催中(〜6/19)のルドゥーテ「美花選」展へ。日比谷公園の中ということで、日比谷公園が花に包まれる時期に特別展が開かれている。

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このルドゥーテさんだが、マリー・アントワネット、ジョゼフィーヌに仕えた宮廷画家ということであるが、マリー・アントワネットとジョゼフィーヌと一言でいうけれどその間にはフランス革命があって、次々とギロチンの上下運動が行われている。生年月日をみると、マリー・アントワネットが1755年生まれ、ルドゥーテは1759年生まれ、ジョゼフィーヌは1763年生まれ。ちょうど間である。マリー・アントワネットが捕まった時には故郷のベルギーに逃げていたのだろうか。

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そして、彼の作品は基本的に「版画」である。それも「点刻彫版」という技法で、特徴は、花弁や葉の輪郭を線で描くのではなく、無数の小さな点を刻んで表現する方法である。結果として緻密で繊細優美ということになる。デジカメの画素みたいな技法なのだろう。

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さらに、刷り上がった作品に、うっすらと着色をしているそうだ。初期の頃は肉筆も描いていたようだ。

チューリップとバラの品種改良はヨーロッパ文明の象徴ともいえるだろうが、特に描くのを得意としていた。そのあたりが宮廷画家の本領なのだろうか。

なお、本展覧会の付帯行事の一環の中に、定員40名、参加費500円で、「大人の塗り絵、ルドゥーテのバラを塗ってみよう!」というのがあるようだが、「それはまったく違うでしょ」と言いたい。  

2015年05月30日

先駆者は塚田賞

故酒井克彦氏の詰将棋作品集『からくり箱』を読む。

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長いものや短いものがまじっていて、問題を見て、ある程度の筋を見てから解答の棋譜を読みながら解読していく。要するに、勉強しているわけだ。ご存知のように、見つけにくい手の多い作家である。

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そして、驚いたのが第40問。1976年に発表され塚田賞を受賞となっている。この問題、いきなり▲2八金、△3九玉、▲9三角には、△4八角合以下、打歩詰になる。正解は、▲3八銀、△1八玉、▲2九銀、△同玉と銀を捨てると、先ほどの変化の先に、▲4九馬という手があり、以下△1九玉、▲2八角以下角が成って空王手に△3八歩という中合が出てくる。

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ところが2011年頃に私が作った作と途中で極似となる。ちょっと六段目あたりの構造が異なるのはさきほどの▲2八角以下の空王手で角が成れないようになっていて、逆に3筋に歩が立つので中合が△3八香になり、さらに中合歩が登場し、香で詰ますことになる。逆に序盤の打歩詰変化がない。

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もちろん盗作のつもりはないのだが、先駆者がいたというのは、ややがっかりである。ということで、おおた作に酒井流の序盤の打歩回避を合体させると別の図ができるのだが、なんというか、それだけの話である。門外不出の秘蔵ファイル行き。


さて、5月16日出題作の解答。

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▲1三飛 △同銀 ▲同歩成 △2一玉 ▲1一飛 △3二玉 ▲4三玉 △3一飛成まで9手詰。

動く将棋盤は、こちら

なお、角が4六にいても詰む。


今週の出題。

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比較的単純である。からくり無し。

わかった、と思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2015年05月29日

この世のこととは思えない、とのこと

先日、海上保安庁の方から職務以外の話として聞いたのだが、この1年で起きている二つのことが、ほとんど同じ場所なのに、そういう報道がされていないのが不思議ということだった。

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一つは、西之島の噴火。場所は、北緯27度14分49秒。小笠原諸島は南に二本の海底火山嶺が伸びるが、その西側の方の列の真ん中あたり(つまり、日本列島から非常に遠いわけじゃない)。ご存知のとおり、新島が旧島を飲みこみ9倍になり国土が2平方キロ増加している。

残念なことに、公海は西側にあるのに対し、溶岩が北側と東側に流れているので、排他的経済水域(EEZ)は、それほど拡がらない。

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そして、問題の二つ目は中国船の宝石サンゴ密漁事件。200隻もの密漁船が押し寄せ、取り締まる方の体制不十分でやり放題で、海底のサンゴ礁は底攫いされ、そこに住んでいた魚はいなくなってしまった。1キロ16万円という情報に群がったわけだ。

そして、この二つは、ほぼ同じ場所だったわけだ。もちろん密漁船は、あちこちに動き回るわけだが、取り締まる方は、火山の噴火を見ながら密漁船と戦うということになり、「この世のものとは思えない光景」が出現していたそうだ。

巡視艇の大きさを100とすると密漁船の大きさは10分の1の10位だが、実際に密漁船に乗りこむ小型艇のサイズはさらにその10分の1の1程度で、相手に体当たりされれば終わりだし、といって米国の警官みたいにやたらと銃器を撃ちまくるわけにはいかない。結構、怖いだろう。

その後、大至急改正された法律で、罰金が100万円から3000万円になり、密漁サンゴ1キロに対し600万円の罰金が上乗せになるということで、数人が捕まって裁判が始まったところだそうだ。それから、激減したそうだ。(案外、対中問題はあっという間に一致団結して法律ができることを考えれば、今の政権がやっている安全保障法案などあらかじめ作らない方が、「何を突然決めるかわからない国」と外国に思わせることになり、防衛上有効ではないかとも思える。


そして、同時に起きている二つのことが、バラバラに報道されるのは、報道する側の人間が、現場にいないからわかっていない、ということに尽きるのだろう。
  
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2015年05月28日

女帝(上田正昭著)

jotei日本の女帝問題というと、イコール皇太子ご長女さまの問題と捉えられかねないが、本著が書かれたのは昭和46年。その時、現皇太子さまは10歳で、現皇太子妃は7歳で、現皇太子弟親王は6歳で現皇太子弟親王妃は5歳位のはずで、その後、こういう展開になろうとは想像していなかっただろう。

つまり、本書のテーマは女帝制の是非ではなく、古代日本に登場した女帝たちの存在の意味を問い直した著である。ということで、江戸時代の明正天皇のことも、ほんの些少しかふれていない。

まず、邪馬台国の卑弥呼。日本史の最初のスターである。3世紀の日本で何が起こっていたかは、わかっていないために、邪馬台国がどこにあって、どれくらいの国であったかは不明だ。この問題は日本史の学閥の踏み絵みたいになってしまって、現代史の解釈とともに、史学の発展を妨げることになっている。

ということで、卑弥呼はシャーマン的な存在なのか、実質的支配者なのか、現代日本のような部族民の象徴なのか、よくわかっていない。そしてその後混迷の時代があり、再び女王台予が担がれて国はまとまる。この台予についても手掛かりは少ない。

そして、4世紀のヒロインは神功皇后。「神」という字を持つ天皇は、かなりの実力者であった。同時に皇后の場合も同じだろう。朝鮮半島との抗争では中心的な権力を持っていたということになっている。このあたりは記紀や神話の世界による。卑弥呼のことを神功皇后が知っていたかどうかは不明だが、知らなかったのだろう。

そして、推古天皇。彼女と聖徳太子とは血縁(叔母と甥)で、それぞれ蘇我氏に近い。このあたりは政権争いの真ん中にいたわけだ。

その後、女性天皇多発時代が来る。奈良時代七代の天皇のうち四代は女帝である。

そして歴代の女帝のうち、ある意味で最も評判が悪いのが、称徳天皇。愛人道鏡を天皇にしようとしたと言われている。

本書では、なぜか彼女の肩を持つ書き方で、相当のページが費やされていて、女帝と道鏡の関係について、「愛慾関係」ではなく「恋愛関係」であったとされている。俗説では、道鏡の天然の持ちモノが気に入っていただけというのだが、それを否定し、二人の関係は真実の愛慕だったと書かれている。

少し調べると、女帝は770年に53歳で他界し、法王は左遷され北関東のある寺院の別当として2年後、72歳にして亡くなる。道鏡が女帝と出会ったのは760年、60歳である。その時、女帝43歳。なんとなく、すさまじいものを感じる。

そして、本書は、ここまでで終わる。
  
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2015年05月27日

あふれだした難民の責任は

地中海で難民船が沈没するたび多数の犠牲者が発生している。今年はすでに4000人という説もあるが、もともと密航なのだから統計なんかないわけで本当のところは誰も知らない。

これについて大手の海運会社の人がレポートしている。

まず、難民の背景には「アラブの春とその後の混迷」がある。民主化運動の先にあるはずの理想についてバラバラであったがために、宗教間の戦いとか政府対反体制勢力とか、今まで独裁制の元でコントロールされていたものが噴出したし、複雑すぎる関係のため欧米や中露も深入りしないため、延々と出口なき混迷が続いている。

そして泥沼化した祖国を離れるしかなくなった人がたくさんいて、主に二つのルートになる。一つは、シリアやイラク方面。こちらは陸路を経てトルコに向かう。160万人ほど。

もう一つが、北アフリカや地中海沿いのシリアから欧州へ向かうルート。これが難民船である。

そして、そもそもお金を持っていないので、小さな船に溢れんばかりの数の人達が乗りこみ、通りがかる外航船舶に救助を求めるという方法である。そして欧州の安全な港に連れて行ってもらうというのが唯一の安い方法だ。中には、自走できない小舟やゴムボートに乗って、潮任せで漂流し、近くを通る船舶に拾ってもらうことを神に祈るだけの場合もある。インシャラー。

一方、この地域を通る船舶は多いし、漂流民がいれば救助しなければならない。国際法により義務付られているし、船乗りの掟みたいなものだ。

しかし、遭難船の船員の救助というのとは、まったく状況が違うわけだ。数が多い。500人の時もある。子どもや病人も多い。テロリストが混じっているときもあるし、暴れられてもコントロールできない。貨物船の場合、人間を収容する場所も少ない。結局、最寄の国であるイタリアの港に連れて行くことになる。費用はかかるし、本来の貨物の運送のスケジュールはめちゃめちゃになる。誰からも何ともしてもらえない。助けても喜んでもらえない。

結局、問題の押し付け合いとなっていて、言い出した人が責任を取らなければいけないということになりそうで、前に進まない。

日本海でもそういうことが起きるのだろうか。地中海ほど船舶はいないが、中国から米国に向かう大型船は青森と函館の間の津軽海峡を通っているらしい。

陸続きという意味では中国がトルコ的になるのだろう。一方、海路ではとりあえずイカダに乗って漂流し、見つけた船舶は、ピックアップしたのち、近場の青森とか函館に置いていくのだろうか。
  
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