2014年11月29日

ついに1勝!

11月22日、倉敷の芸文館ホールで行われた倉敷藤花戦の第二局を観戦。甲斐藤花に挑戦するのが山田久美四段。実に25年ぶりのタイトル挑戦のようだ。1989年の女流王将戦で林葉王将に挑戦し、0勝2敗で敗退。そして、今回の倉敷藤花戦も三番勝負の1局目を落としている。つまり、まだタイトル戦で勝っていないわけだ。

あまり女性の気持ちはわからないのだが、おそらく、「タイトルを取るとか取らないとかいう前に、何とか1勝をあげないと、棋士として、ここまできて、何をやっているのだろう。もう、それほど多くチャンスはめぐってこないかもしれないのに。」というように思っているのではないだろうか。何しろ、1勝と0勝の差は大きい。

それと、数十年前のことだけど、山田さんと隣の席で将棋を指したことがある。はっきり覚えていないが、日本橋か渋谷かで開かれていた東急将棋まつりのことで、私は大会の方で指していたのだが、彼女は指導対局していたわけだ。といっても、盤上に没入していたので、対局中は気が付かなかったのだが、終局後、隣に美少女が座っていて驚く。今の剛力さんよりずっと上だ。


ということで、なんとなく、山田さんにとって、「どうしても、きょうは勝たなければ」という時の勝負を見に行くことにするのだが、ちょっと要領がわからない。持時間2時間ずつで、1時に開会式ということは、5時までなのだろうかとか思うし、対局者のそばで解説していたら本人に聞こえるのではないだろうか、とかどうなっているのかよくわからない。

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そして、開会式だが、谷川会長が来ているのに、おしゃべりな倉敷の女性市長が、谷川会長が勲章もらうことや、来年の将棋の日のイベントが倉敷で開かれることや、対局用の盤を寄付してもらったことなど全部しゃべってしまった。第三局では振り駒にまで登場したらしい。2年後に衆議院議員になろうと思っていたのに、突然の解散で、鞍替えのタイミングを逸することになり「私の人生、どうしてくれる」とお怒りなのかもしれない。

で、そのうち事情がわかったのだが、公開対局の会場では、解説はなし。解説を聞きたい人は別会場に移動ということになる。


そして、対局は午前10時から開始されていて、公開になるのは、ちょうど残り2時間の部分である。2時間経って最終盤の時に「おやつの時間」になるのが気がかりだったが、昼食の時に、おやつも一緒に出るそうだ(たぶん、自費じゃないだろう)。

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そして、舞台に設置された壇上に関係者が並ぶと、谷川さんと山田さんの小顔を目立つ。その他の人の顔はみな大きく感じるが、その中で、清水女流が立会人ということらしい。
清水さんとも、席を並べて将棋を指したことがあるが、その時も将棋大会で、ゲストと対局できることができる予定だったのだが、あいにく長時間のトーナメントを全勝してしまい、表彰式の時にはすでにご帰宅ということだった。

そして、解説なしの会場で生対局を大盤でみるということにしたが、かなり疲れる。自分の頭で対局をするように考えなければならない。先手の山田さんに対して、甲斐さんが力攻めにしようとするのだが、ギリギリで受けながら、ときどき山田さんの方が1ミリずつ詰めよるというような戦いになる。どちらも不利感をもって指しているように思えてきた。金桂交換の駒損の間に山田さんが攻めのキッカケをつかむと、甲斐さんが大攻勢に出る。二人の動作をみると、そうなるだろうということが感じられた。

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そして、1ミリずつ詰めよっていた山田さんが、最後に長手数の詰手順に入り、ついに勝負は決まった。

今回のノルマ達成、という感じで、第三局は短手数で敗北。ただ、1勝すると、今度は2勝してタイトルが欲しくなるのが人情だろう。数年後に次のチャンスが到来する時は、対局用の和服三着を新調し、さらにあらかじめ優勝スピーチも用意した上、のぞんでほしいと思うところだ。


さて、11月8日出題作の解答。

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動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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初型では11枚あるが、1増6減になる。45%減。議員定数もそれ位減ってほしいとこころだ(政党数も)。

わかったと思われた方は、当選者と政党名、いや最終手と総手数と酷評をコメント欄に記していただければ、正誤判断。
  
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2014年11月28日

宇宙詩人の逆襲か

鹿児島の全寮制の中高一貫校といえば、ラサールが有名。というか、とある芸人がさらに有名にしたのだが、対抗して公立(県立)の中高一貫校が設立されるそうだ。交通の不便な場所なのだろうか。

閉鎖的空間で学業を究めるというならいいのだが、単なる進学校にはしてほしくないな。

余計な心配だが、こういうところで校内イジメが発生すると、修復不能になりやすく、大惨事発生をいうことになりやすいのだよね。(この部分、数年後に読み直すことがないように)


ところで、「新しい学校には、新しい校歌」ということで、予算を奮発したようだ。新校歌は、作曲を下野竜也氏。確か、去年のジルベスタ−の指揮者だったか。

そして、作詞は、ノーベル賞級の大詩人、谷川俊太郎氏が行うそうだ。

新設中高一貫、詩人・谷川俊太郎さんが校歌を作詞

来春開校する全寮制の鹿児島県立中高一貫男子校「中学・高校」(肝付町)で15日、完成した学生寮と、詩人の谷川俊太郎さんが作詞した校歌の歌詞、校章が地元関係者にお披露目された。

学生寮は約20億円をかけて造った1期工事分で、約150室の個室がある棟2棟、浴室棟、食堂棟、医務室や事務室などがある管理棟の計5棟。県産材をふんだんに使ったのが特徴だ。2015、16年度の工事で舎棟を6棟に増やす計画で、完成すれば個室約450室を備える公立中・高校では国内最大の学生寮となる。

校歌の歌詞は山崎巧校長(53)が、知人を通じて谷川さんに依頼。

(1番)

 楠が拡がる空へ
 隼が羽ばたく彼方
 志す宇宙は無限
 心ごころに答求めて
 問いかける楠隼の日々


など、宇宙学などを学ぶ同校の特色などが取り入れられている。作曲は、県出身のプロ指揮者・下野竜也さんが担当しており、年内に完成する予定。


空へ→彼方→無限の宇宙 というのが前半の部分(宇宙は無限とは宇宙学的には決まっていないが)

しかし、後半部分では、自分に対する投げかけ(自問方式)に変調している。科学技術に対する人間の責任を考えようということなのだろうか。

つまり、谷川俊太郎氏が宇宙詩人としてのスタートを切った、ある一篇の詩(詩集は不明)の反語になっているのだろう。

 空をこえて ラララ
 星のかなた
 ゆくぞ アトム
 ジェットのかぎり
 心やさしい ラララ
 科学の子
 十万馬力だ
 鉄腕アトム


アトムとかウランちゃんとか、この数年で、もっとも株を落としたのが、この詩なのかもしれない。

報道で紹介されたのは、1番だけなので、作曲の方もあるし、是非2番も知りたいところだ。

野球部員が甲子園で歌えばいいのだろう。(空のかなたに向かうのは、ロケットではなく白球になるが)  
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2014年11月27日

プライド(映画 2009年)

pride原作は、一条ゆかり氏の漫画。オペラ歌手を目指す二人の女性の激突の火花が華々しく飛び散る。ステファニーと満島ひかり。富と貧乏。富者のプライドと貧者のプライド。

イタリア留学をかけたコンクールで、そして、わけあって二人とも働き出した銀座のクラブで、そしてレコード会社副社長の妻の座をかけ、さらにクラブのママの音楽息子との恋愛をかけ、・・

途中で満島ひかりが、日本刀を振り回すシーンがあったり、ジョン・カビラ演じるステファニーの父親が、会社の破産を告げるのに、瞬間土下座をするシーンとか、お里が漫画であることを表現したり、意外に映画作りの小技が面白い。

しかし、クラブママの音楽息子(渡辺大)以外のすべての男女出演者が、醜悪な心をさらけ出すわけで、「ああ、映画でよかった」と思わせるところが、スゴイ(エグイ)。

そして、こういう場合、最後には心のわだかまりが氷塊して和解するというのが一般的なフィナーレなのだが、本作ではそれはない。


あまり、実生活で自分の周りに醜悪な人はいないので(というか、団塊世代とは付き合わないので)、興奮して、今夜は、寝つきが悪いかもしれない。

そんなことないか。


*ところで、映画とは何の関係もない話だが、今井美樹の人生最大ヒット曲の「プライド」。人を愛することが私のプライドという意味なのだが、自分の略奪愛を正当化する言い訳、という説もある。  

2014年11月26日

輪投げじゃないの

少し前に、救命浮環投擲訓練というのがあって、参加。

救命浮環というのは、要するに「浮き輪」。空気が入っているのではなく、発泡材を固く固めたものでできていて、浮力15キロ程度のもので、3キロ位ある。持ちにくく重い。

人間の密度(比重)はおおむね1.0位だから水に落ちるとかろうじて浮かんでいられるのだが、服を着ていたり靴を履いていたり、ポケットに大金の入った財布や純金製の腕時計や携帯電話他を所持しているので、少なくても首から上の重さの浮力が必要としても浮力5キロ、さらに漂流することなど考えれば10キロ以上の浮力が必要で、そのためには浮環が大きくなり、全体重量も重くなる。

しかし、重くなると、遠くに飛ばすのが難しくなるという大問題が生じるし、そもそも投げたことのない人はうまくいかないだろう。AEDの操作と同じだ。

ということで、一応専門官庁の方を講師に頼んだのだが、どうも講師は、遠くに投げるという練習はしたことがなく、ボートから水に落ちたとか、岸壁から足を滑らしたというような、「近くの人」用の練習をしていたそうで、遠投したことはない、ということ。

つまり関係各社から30人ほど集まったものの、遠投の専門家はいない、ということが判明。しょうがない。

で、15メートル以上先のブイに向かって、各自がフリースタイル投ということになる。ボーリング投げとか、フリスビーみたいにバックハンド投げとか野球のように上から投げたり。

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で、わかったことは、

 体育会系でも20メートル以上遠くには飛ばない。

 ボーリング投げは正確だが距離は出ない。

 横投げは、予想より浮き輪が重いので右利きだと右の方にはずれることが多い。

 ロープがついているので、要救助者より遠くへ投げてロープで調整できる。

 しかし、ロープが邪魔でうまく投げられないことが多い。

そして、最大の問題は、

約1割程度の人は、まったく下手であり、何度練習してもまったく上達するとは思えないし、自分自身が海中に転落しそうなほど下手である、ということだ。

現場にそういう人しかいなかった場合は、「救助されることをあきらめ、自力でなんとかするしかない」ということだろうか。

ところで、自分が投げたところを撮影してくれた人がいた。場所を特定できないように加工したので見にくいと思われるが、「ムロフシ」のフォームを参考に投擲後に胸を張ってみた。「ウォー」と声を出すのは控える。結果は5投中4名救出。ロープをもって4回転して投げればよかったかもしれない。(ハンマー投げでは7キロ以上の鉄塊を80メートル投げる)  
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2014年11月25日

サ行とカ行 生保業界の隠語

プレジデント誌2012年12月1日号は「得する保険、いらない保険」。結構面白い。

ただし、誰か業界内部の人に手による記事が多い感じで、書いてある内容を信じてもいいのかは、ちょっと・・。本当に得する保険とか、ごくあっさり書かれているように思えた。まあ、信じるのは、「あなただ!」ということなのだろう。

で、裏話というか、保険獲得競争は厳しく、外交員の多くは数年でサヨナラになるのだが、業界内部で使われる隠語が面白い。ランダムに紹介。

サ行:「さすがですね・知りませんでした・素晴らしいです・正解です・そうですか」営業マンの会話テク。

刺す:客に契約を決断させるトーク。

DMK136:損保商品で支払打止する期間。打撲1か月、むちうち3か月、骨折6か月。

GNP営業:義理・人情・プレゼント。営業の鉄則。

3B:貧乏、病気、バカ。はずれ客総称。

3K:金持ち、健康、賢い。優良客。血眼でさがす。

孤児化契約:加入勧誘した営業マンが退職。

自爆契約:目標未達で自分で契約。

から揚げ:中身のない契約。申込数水増し。

わかば活動:新人職員のリクルート活動。

職安わかば:ハローワークの前で女性をスカウト。


私もこれからは「カ行」トークをやめて「サ行」トークにしないといけないかな。

カ行:「かんべんしてください・きもち悪いです・くだらないです・ケチなこといわないでください・困ります」  
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2014年11月24日

さい果て(津村節子)

芥川賞作家の津村節子氏は、夫の故吉村昭氏について、故人なのに生きている私よりもたくさん本が売れ、文庫の重版がどんどん家に送られてくる、となかば呆れたようなことを書かれている。

つまり、生きている芥川賞作家の私が、亡くなってしまった芥川賞もとれなかった夫より優れた作品を書いているということを書かれているように感じ、そんな自信がある作品ならどんどん読んでみよう、と思い立ち、書店の文庫本コーナーではじからはじまで1メートル分を買いこんで見ようかと、かなりの書店を回ったのだが、あると言っても1冊とか2冊という感じだ。それも、吉村昭氏の没後、夫の思い出などを書いたエッセイ本である。

そのエッセイを買ってしまうと、夫離れしようという芥川賞作家の決意を無にしてしまうではないか。

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ということで、amazonに頼る前に、ついに「さい果て」という短編集を入手。津村氏の実質的なデビュー作品群だ。「春遠く」「風花」「さい果て」「玩具」「青いメス」の5章となっているが、それぞれが独立しているとみてもいいし、連続小説とみてもいい。

ただし、これらの作の主人公は、春子。そして夫の志郎。この夫の志郎が、小説家を志望しながらメリヤスの販売業を行っていて、事業がうまくいかず売掛金の手形の不渡りの代償として現金ではなくセーターなどの現品を回収し、これをリヤカーに積んで東北、北海道の地方都市で売りさばく話が第3章まで。そして4章、5章はビジネスがやっと落ち着いたところで子供を産む話になってくる。

困ったことに、この志郎のモデルが吉村昭氏なのだ。といっても、メリヤス販売をやっていたのは事実としても、北海道でリヤカー引っ張った話などはフィクション。ようするに、主人公のモデルを夫にして、単に利用したようなものだ。「うそつきの私小説」というパターンだろうか。

前半の3章では、頼りがいのある夫像が描かれるが、後半の2章は、ダメオ君に描いている。この4章「玩具」で津村氏は芥川賞を受賞したが、「さい果て」の方がいいような気もする。

吉村氏との書き方の差であるが、津村氏は登場人物の心の中にのめり込んでいるというように捉えられる。角田光代さんのような書き方かもしれない。そして吉村氏の場合、個人の行動なんて、芯が通っているようで、実は容易に屈折してしまうと割り切っていて、この集団としての歴史を書いているように感じた。

もっとも、作家が自身をもっているのは、まさかデビュー作のことではないだろう。確かにもっと評価の高い作品もある。今度はamazon からかな。(一冊のデビュー作で都知事になって尖閣列島に火を付けた人物もいたが)
  
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2014年11月23日

「平家物語と太平記の世界」

羽田空港第二ターミナルのディスカバリーミュージアムで開催中の「平家物語と太平記の世界」へ。最初に不思議なのは、ここの展示はこのところずっと永青文庫の所蔵品展である。永青文庫といえば室町時代から貯めこまれた細川家の収集コレクションであるのだが、羽田空港は分館になったのだろうか。

で、今回の平家物語は奢れる平家が破滅に向かう歴史を悲劇的に描いたもの。そして太平記は鎌倉幕府の崩壊について書かれたもので、いずれも権力の横暴と、それに対する反感、そして政権が交代し多くの兵士が異なる価値観の戦いの中で殺されていく。
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本展は、それらを描いた、屏風と書物の展示である。多くは江戸時代に作成されたものである。時の徳川幕府のことを悪く書くわけにはいかないので、その前の時代の軍記は認められていたのだろう。

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落ち着いて考えると、平家と源氏の戦いは平家と源氏という単純構造だった。源氏というのに木曽義仲が割り込むという戯曲性が高いのだが、さらに勝ち残った源氏も北条家に消されてしまう。一方、鎌倉時代の間に地方武士が力をつけたため、全国のあちこちで同時的に戦争が始まっていた。勝ったり負けたり国内あげての大損害である。

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最近、源平合戦にこだわっているので、平家が破滅に向かう過程である「一ノ谷」、「屋島」、「壇ノ浦」の屏風絵をよく見ていると、一ノ谷は神戸市街地での陸上戦。屋島は大海戦だ。事実上、この先、壇ノ浦へはただ逃げ回っただけだ。一ノ谷では死体ゴロゴロの図である。

そういえば、徳川幕府崩壊に際しての軍記はあまり聞かない。実際には、太平記の世界の方が悲惨だったのかもしれない。あるいは、登場人物の思想がしょっちゅう変わるから、いさぎよくないからなのだろうか。  

2014年11月22日

詰棋カクテル、要修正1

知人からいただいた詰将棋本。3手と5手作で週刊将棋編ということなので、週刊将棋掲載作なのだろう。全体によくできている。平成2年の上梓になっている。

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となると、将棋ソフトが普及する前なのだが、数万部も発行されていたのだから、まさか余詰があるわけはないだろうと思いながらも、つい探してしまう。

というか、問題が大量にあって、一日数十題ずつ解こうと思っても、眠くなってしまう。眠くなると解けないし、さらに考えると余計眠くなる。デフレスパイラル。

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そして、ついに194問目に怪しい匂いを感じる。題意は、4四金のあと3四飛と連続で捨てて5一馬の5手詰なのだが、初手に4二銀でも詰む。

修正案としては、玉型に5四歩を追加するか、駒を増やさないなら、1四の飛車以外を一路左に移動すればいい(7筋以遠を使わない方針らしいが)。

そして、やっと200題を解き終わって驚くが、あと2題あった。202問。

ところで、本書のタイトルは「詰棋カクテル」。なんとなく「カクテル」ということばだと、色々なものを混ぜたというような語感があって「類似作」のイメージがうっすらとある。「カクテル」ではなく「シングルモルト」の方がいいだろう。


さて、11月8日出題作の解答。

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まで15手詰。

動く将棋盤は、こちら


本日の出題。

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詰棋カクテル194番の余詰を利用した類似作。廃材利用のリユース作とでもいうのだろうか。

わかったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。

玉型に2一桂を追加修正しました。  
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2014年11月21日

「またこいや」と言われて行くと

先日、羽田空港第二ターミナルの一番はじの方にあるゲートの近くにある寿司店である「又こい家」の感想を書いた。(2014年10月24日、「また、こいや」と言われても

その時に、6貫の中に「ヅケ」が二つもあって一つは別のマグロに変えた方がいい、というようなことを書いたのだが、実は、また行くことになる。要するに、夕食の時間が短く、本格的なレストランタイムがとれないものの、もしかしたら本日最後の食事になったりするという微妙なタイミングの時が多いわけだ。しかも目的地の空港の駐車場にクルマを置いてあったりして、アルコールも飲めないというなこともある。

で、結局は高額過ぎず、少量過ぎずという消去法的にメニューから選ぶと、マグロづくし寿司ということになる。1200円+TAX。(TAXは10円単位の切捨てのようだ)

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で、画像によって、前回と比較してみると・・
上段が前回で下段が今回。

ヅケがなくなっている。マグロの質は少し改善されている。中落ちの量も増えている。

全体としては、20%程度の満足度向上が感じられる。

寿司店の値付けというのも、定価方法と時価方法があるのだろうが、どうしても現代的には定価式になるのだろう。毎日、1円単位でマグロ寿司の値段を変えるわけにはいかないだろう。そうなると、品質で調整するということなのだろう。ネタの厚さとシャリの量でで調整という方法もあるだろうが、やめた方がいいだろう。  
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2014年11月20日

ジンギスカン(小林高四郎著)

歴史上世界最大の国家(ソ連の方が大きいかもしれない)を築いたモンゴル人将軍であるジンギスカンの生涯をまとめた本である。

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ジンギスカンも豊臣秀吉も実は生年月日が不明だ。だから後の歴史家泣かせである。まあ、10年程度の幅がある。

結局、ジンギスカンも豊臣秀吉のようにモンゴル国内の戦国トーナメントの覇者だったわけだ。裏切りや正義、打算主義や理想主義、暴力か話し合いか。そういう一体としての戦いが繰り広げられ、チーム・ジンギスカンが勝ち残ったわけだ。そして、特徴としては、戦後処理の残忍さ。成年男子はみなごろし。女子やこどもは、奴隷にして、長い道のりを歩かせ、消耗すると砂漠に置き去りだ。器量のいい女子は姓奴隷になれる。

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ジンギスカンが戦いで通るところには一人もいなくなるわけだ。人間の殺し方も各種残虐趣味があふれる。踏みつぶしたり生き埋めにしたり、車裂きは当然として、袋につめて飢え死にさせたり、熱して融けた銀を耳や眼に流し込んだりするわけだ。

そしてジンギスカンの子孫たちは、漢民族をその調子で支配しようとするも、結局、政権は長続きはできなかった。

元王朝が漢民族化してしまったわけだ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)歴史

2014年11月19日

ホタル(映画 2001年)

高倉健と田中裕子が、知覧の特攻隊の記憶を引きずって生きていく夫婦を演じている。生と死は偶然によって分けられ、亡くなった方は無念を晴らすこともできず、残った方も得体のしれない懺悔の念に襲われる。

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もう一つのテーマは、日本と朝鮮の葛藤。朝鮮人戦死者の母国へ帰ることのできない遺骨、そして遺品。

さらに老いや病気のことも重いテーマで描かれる。

高倉健は「不器用な役者」ということになっているが、本作では、一見不器用だが本当は柔軟なところもある男を演じている。本当の性格はどうだったのだろう。そして特攻に対して何を考えていたのだろう。映画に出るのだから肯定しているわけはないよね。

田中裕子。この頃から「神的怪演」の兆候が始まった。たった一言のセリフが映画全編を支配するような力を持つことがある。本作でも後半にそういう怖いセリフを一言つぶやく。

映画では、田中裕子の方が先立ってしまうのだが、現実は逆であった。

もっと書きたいところではあるが、1週間後にNHK-BSで本作が追悼放映されるそうなので自粛。それに、慌てて観たので、まだ客観的には語れない感じだ。  

2014年11月18日

ポイントカードの有効期限延長

急な話なのだけど、私の持っているポイントカードは有効期間が4年なのだけど、2年経ってしまったので、残りは2年しかなく、その間、ほとんど使ってなかったのだけど、今、更改すると、新たに4年間延長されるということがわかったので、ポイントカードの交換をお願いしたい。

という意味の解散総選挙が始まりそうだ。12月14日という忙しい時期によくやってくれるよ、と思うのだが、2年前も12月16日だった。

2年間の仕事だけど、消費税アップ第一弾。そして五輪誘致。特定秘密法。ただ、消費税アップは、野田・谷垣密談で決めた話だし、五輪誘致は個人プレーじゃないし、特定秘密法も法案は通ったものの・・

結果が出そうで出ないのがTPP、拉致問題、北方領土。失敗作は中韓との関係。原発再稼働も1個や2個を動かしても電力料金は変わらないだろうし、電力が高いのは別の理由じゃないのかな。

円安での利益といってもドルを円に計算すると利益になるだけで、数量増を伴わないし、だいたい大企業の海外事業分が黒になるだけで、国内産業には関係なし。

emptyなんとなく、嫌な話が大公開になる前にポイントカードの切り替えをしようというのだろうか。

第一、何をもって信任投票というのだろうか。何かテーブルの上に置いてからでいいのではないだろうか。皿だけ置かれても困るけど。  
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2014年11月17日

金子みすゞの町 下関、仙崎

東日本大震災のあと、突如テレビに流れ始めたACジャパンによる「こだまでしょうか」。

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不運で26年という短い人生を終えた詩人の作品が80年経っていきなり目の前にあらわれ、何か予定されていたのではないかと戦慄が走った記憶が新しい。1903年に山口県仙崎に生まれた金子みすゞ(本名テル)さんが下関に移り住んだのは20歳の時。その後5年間をかけ、勤め先であり住居であった上山文英堂で数百の詩を書き綴ることになる。

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上山文英堂は萬年筆や毛筆といった筆記用具を中心に販売していて、おもしろいものだがみすゞさんは、それほど達筆ではない。ただ、詩の文体に合わせて小さく丸みのある文字を書いていたのかもしれない。西條八十が中心の雑誌に投稿していたので、詩に合わせた文字を書いていた可能性は十分にある。

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そして、不運なことに蛇のような馬鹿男と結婚させられてしまい、「詩なんか書くな!」ということになる。24歳の時の巨星西條八十との下関駅での一瞬のような出会いが、彼女の人生最高の時だったのだろう。

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そして26歳の時に、夫の不始末を理由に離婚することになるのだが、こども(女子)の養育権をめぐり争いが起こり、自殺する。

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現在、文英堂があった場所の近くには金子みすゞの碑があり、彼女の建物は生誕地である仙崎に「金子みすゞ記念館」として復元されている。彼女の墓地も近くにある。また、下関でも仙崎でも街中に彼女の詩があふれている。

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仙崎の海は美しくもあり、荒れれば危険でもある。みすゞさんの父親は仙崎の海で渡船を営んでいたそうだ。漁港でもありクジラ漁の基地も近く、仙崎の思い出は彼女の詩の中で一つの群をなしている。

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東日本大震災はよく千年前の貞観地震と対比されるのだが、日本文化的には、貞観時代をはさんで、「ますらおぶり」から「たおやめぶり」に変化していったと言われる。東北地方の地震が京都の人々の心理にまで影響を与えたとされている。

もし、日本が大震災のあとの次の時代の国民的共感を築いていくとするなら、みすゞさんの「こだまでしょうか」は、その最初の1ページだったのかもしれない、と思っている。  
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2014年11月16日

海峡ゆめタワーから見たいものがあって

下関にも対岸の門司にも高いタワーがある。実は、あまりタワーというのは好きではない。景観上の問題もあるし、実際、高いところから見下ろしても、あまり町の楽しさを感じられない。

さらに、高層階へ登るエレベーターだが、乗り物の一種だと考えれば、数百メートル移動するだけで数百円もかかるわけで、距離と金額の比率がきわめて割高だ。JRなら東京から横浜まで行けるわけだ。

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ただ、下関にある「海峡ゆめタワー」には、ちょっと登ってみたかったわけがあった。

地上ではよくわからないことがあったから。

まず、前座その1だが、大女優田中絹代の生まれた町。丸山町。タワーのすぐ近くだ。丸山町は平らなところから丘の上まで短冊状に区切られている。彼女が家庭の事情で下関を離れたのは1917年とほぼ100年前。現在も下関の多くの場所は旧表示にままなので今の丸山町と同じだろうと推測。商家であり、また後年、下関と同じように神奈川県で海の見える土地を選んで転居していったことを思うと、生家のエリアはかなり絞られる。あそこで育って、父を亡くした一家は大阪行きの汽車に乗ったのだろうと思う。

次に前座2。日本海の方を望むと、左の方に、六連(むつれ)島が見える。そして石油タンクが数多く並んでいる。こことか、福岡市の金印が発見された場所の近くに唐突に石油タンクがあるのは、なぜだろうかと思うのだが、その海の先で65年ほど前に起きたことに関係しているのではないだろうかと思っている。

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そして、タワーに登った真の目的なのだが、私がこどものころに、今はなき父親から聞いた話。おそらく1939年前後と思われる。父親の父親が転勤族だったため、当時、下関の中学に通っていたそうだ。下関中学と覚えていて、現在は下関西高校。残念ながら住居の場所は聞いていなかった。その中学に近いところの駅で事故があった。

幡生駅というのがある。タワーからは見えにくいが地図と比べるとだいたいわかる。確かに近くに下関西高校がある。最寄駅がそこだったのだろう。下関より一つ本州の内側にある。山陽線と山陰線がまだ分岐していない場所だ。

父の話では、同級生の友人が電車から駅のホームに飛び降りた時に大けがをして亡くなってしまったということだった。急行から普通電車に乗り換えるべきところ、失念してしまったらしい。一回の遅刻(あるいは欠席)と引き換えにリスクを冒す人もいるということだろうか。父の話はそれだけで、一度しか聞かなかったので、その列車がどこからどこに向かっていたのかわからない(聞いたのかもしれないが土地勘がないと理解できないだろう)。ただ、こうしてタワーから見ていると、その駅に間違いないだろうと確信した。

そして、実は翌日だが、ちょっとしたことが起きる。下関から山陰線で長門市の方に行ったのだが、一つ目の駅が幡生。確かに新しい駅ではないが75年前の建設とは思えない。車両の中からぼんやりとホームをながめていた。そして、長門市から支線で次の目的地である仙崎に行っている時に先ほどの列車の中で財布を落としたことに気付く。寒くなって着替えた時だ。ポケットには小銭しかなく、長門市駅でJRの捜査網で探してもらうと、だいぶ先の駅まで行ってしまったものの回収されたということ。で、しばらく待ってから、山陰線をさらに北上しようと乗車したのだが、なぜか違う線に乗り間違えてしまい、しばらく気付かなかったため、中国山地の中の方まで行ってしまう。

父の代わりにやってきた私をからかったのか、あるいは無念を一言いいたかったのか。

一応、念力から解放してもらい、見知らぬ駅で財布にたどり着いた時にはポケットの中の小銭は110円だった。

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ところで、夜の海峡ゆめタワー。28階が「恋人の聖地」ということでカップルで「縁結び神社」で絵馬に祈りや夢を書いたり、おみくじを買うことになっているらしい。他人の書いた絵馬というのは、つい読みたくなるものだが、「二人とも○○高校に行けますように」というようなのが多い。勉強するしかないだろう。日本は自由な国なので「結婚」とか書くのは確かにおかしい。したければ市役所にいけばすぐに終わるが、取り消すのは難しい。

しかし、結構目立つところに、ユニークな絵馬が二枚があった。

「お金の使い方がもっと上手になりますように」

「お金をためてログハウスを買えますように」

貯めるよりも使う方が楽しいと思う。そして、ログハウスを買う前に土地を買わないといけないだろう。  
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2014年11月15日

タイトル戦成立のこと

しばらく将棋のことから離れているので話題枯れなのだが、将棋連盟のニュースを見ていると里見香奈女流二冠が棋戦に復帰するようだ。年明けの女流名人戦の防衛戦には出場するようだ。

一方、女流名人戦の挑戦者決定リーグでは5連勝でスタートした中村真梨花二段が、9月以降、骨折で休場中。対局できない骨折とはどういうものなのか心配になるわけで、どの骨を折ったか位は公表してほしかった。話は横に飛ぶが、「骨折」とは妙なコトバで、比喩的に「骨を折る」と使うと、「努力や苦労を惜しまない」と賛辞のコトバとなるが、「骨折」と直截的に言い切ると、痛いだけのコトバとなる。

で、中村さんは5勝4敗となり、結果として挑戦者になり得ないのであるが、もし、骨折するのが遅れて7勝とか8勝とかで挑戦者に決まってしまい、さらに里見名人の体調が戻らなかったら、どういうことになったのだろうか。

プロレスやボクシングでは、しょっちゅう「タイトル剥奪騒動」が起きるのだが、そういえば、男子名人戦でもスポンサー問題で一回タイトルマッチが未開催だったことがあったが、その時は次の名人戦には1年前の名人が登場した。

今回の女流名人戦はリーグ戦は行われているので、名人も挑戦者もいなくなったら成績上位の人が繰上げ当選になったのだろうか。なんとなく犯罪が起こりそうなルールだ(暗殺とか)。

弱小タイトル戦の場合、「廃止」とかあるかもしれない。


さて、11月1日出題作の解答。

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まで9手詰。

持ち駒の歩は香にしても同じだが、初手に遠くから香を打つ手を読むことになる。玉型の馬を角にして持駒の歩を香にすると、離して香を打つ手が成立して、本作よりも評価は上がるのだが、そうなると本作の詰手順が余詰手順になる。手直しすればなんとかなるかもしれないが、最近、作品を改造して投稿すると告げ口する人がいるらしい。画家ゴッホのひまわりなんか、ひまわりがしおれるまでに3枚しか描かなかったのに、その3枚を改造して枚数を増やしていった。(が、生前には一枚も売れなかった。)

動く将棋盤は、こちら


本日の出題。

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ヒントは「上に追わないこと」。(時々、ヒントと違う問題を貼ってしまうことがある)

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2014年11月14日

フグといえば、・・

フグは下関名物であることは言うまでもない。門司港からフェリーで僅か5分で下関の唐戸港に到着するが、そこにある唐戸市場では市民が安いフグを買って食材に使っている。実際、かなり安い。

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さらに市場にある食堂街でに格安でフグ料理が出されている。

フグの名産は、唐戸ではなく、南風泊(はえどまり)ではないかと思われるだろうが、南風泊は唐戸漁協の一部である。

ところが、唐戸に来る5分前には門司にいたのだが、そこで昼食に「大盛り風の焼きカレー」を食べたばかりだ。まだ10分しかたってない。

ということで、食事は後回しにして、壇ノ浦方面に散策をはじめたのだが、下関講和条約を1895年に締結した春帆楼に到着すると、実は、そこは超高価格フグ料理店なのである。

講和条約の記念館に入ろうとして、間違えて春帆楼本館に入るとフグを食べてからでないと帰してもらえないかもしれない。フグといえば春帆楼であり、下関条約であり、伊藤博文なのだ。

どうも下関というと、色々な話が混じり合ってしまう。フグは明治政府により、中毒を原因とし食べてはいけない料理だった。しかし、伊藤博文が1888年に、この春帆楼を訪れ、食べたフグ料理が気に入ってしまい、山口県知事にフグ解禁を提言(というか命令?)して、そのとおりになっている。そして7年後の1895年には日清戦争講和条約が結ばれている。つまり、ご禁制のフグをこっそり食べていたわけだ。その時、うっかり毒を煽っていたら、後でピストルで狙撃されることはなく、日韓問題も違う方向に向かったのだろう。


そして、当日の観光も終了した段階で、夕食を探したものの休日だったので、選択肢は少ない。昼間見た春帆楼の支店ともいうべき「春帆楼茶瑯」が駅前にあったので、「少し割り切れない」気持ちになる。

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一人旅なのに、てっちりはないかと、ふつうのフグの定食を食したのだが、鍋ではないが白い液体の中にフグが入っていて、これがうまい。白みそとフグの組み合わせが、これほどうまいとは思っていなかった。自宅でも作ろうと思うがフグのブツ切なんて、とても売ってない。

鰆とかでごまかそうか。  
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2014年11月13日

田中絹代ぶんか館

下関で生まれ、事情により下関を離れ大阪に移住した田中絹代は、14歳で銀幕にデビューする。その後約250本もの映画に出演を続ける。さらに女性監督としても6本を撮っている。

そのあたりの事情は以前にも書いたことがあるのだが、実際に彼女が生まれた丸山町のあたりを歩いてみたが、あまりにも昔のことなので、よくわからない。丸山町は丘の上から丘の下まで坂道の両側に広がっている。それ以上はわからない。

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しかし、唐戸港から10分程度の場所に「田中絹代ぶんか館」がある。丸山町とはほど近い。建物は大正13年に下関電信局電話課庁舎として建設されたもの。ようするに電話交換手が受信と発信をつないでいた場所だ。現在、本館は二階が田中絹代の記念館になっていて、一階はいわゆる文学館で下関由来の文学者を記念している。現代作家では船戸与一氏が実績では抜けているかもしれない。

後年、絹代は鎌倉付近や三浦の方に自宅をいくつか構えることになるが、いずれも大船撮影所に近く、かつ海が見える場所というチョイスを行っている。一方、絹代自身は下関の思い出は、下関を出発する時の列車の記憶から始まるとも言っている。真相はよくわからないが、女優として有名になってから下関の実家のあたりを歩いてみたのか、あるいは深層心理の中に、いつも海をみていた記憶が宿っているのか。

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絹代の没後、資産を管理していたのが甥で映画監督の小林正樹氏であり、本館の展示物も多くは彼の提供だそうだ。彼女が鎌倉付近で転居を続けていたうちの一軒は手放すことになったのだが、みのもんた氏が買い取り、旧居をつぶして新築の御殿を立てたそうだ。

今、田中絹代の演技をみると思うのだが、「現代的」という言葉に行きついてしまう。なぜかわからないが、古風な筋立ての中に、彼女の現代性が浮かび出してくるのである。「愛染かつら」にしても「伊豆の踊子」だって、「サンダカン八番娼館 望郷」であっても「目立つ」のである。

思うに、「仕事熱心」ということなのだろう。とてもまねは無理だ。こういう人間の鑑のような人もいれば、くず人間もいる。まったく不思議だ。  

2014年11月12日

海響館(しものせき市立水族館)はフグにこだわる

日本を代表する大型水族館の一つである「海響館」は、唐戸地区にあり、かなり人気スポットのようである。

大型の水槽で魚の生態がよくわかるし、海辺の水族館というなかなかの条件である。特にすばらしいと思ったのが、ペンギンとフグである。

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ペンギンについては、彼らの特徴である海面下での俊敏な泳ぎと、陸上での緩慢な歩みが同時に見られるような場所がある。海面と同じ高さで、海面と上と下が同時にみえる。

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そして、解説員の方に言われて、一羽の足元を見ると、黒い毛の塊が見える。孵化したばかりのペンギンだそうだ。体温が冷えないようにオスが温めている。オスは卵を温めるのも仕事だし、産まれてからしばらくは、立ったままだ。その間、メスは基本的に遊んでいるそうで、ただしエサは運んでくるそうだ。産みっぱなしだ。

多くの恒温動物では雌が卵あるいは赤ちゃんの世話をするのに、なぜペンギンはオスが卵やヒナを温めるのか考えてみたのだが、南極のように極限的な場所だとオスとメスの体力消耗度を同じようにしないと生き延びられないからではないだろうか。もっとも、もっと普通の気候の場所に住むペンギンもいるのだが。

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そして、海響館のもう一つの特徴がフグ。さすがに下関だ。世界のフグが勢ぞろいだ。暖かい海だけではなく冷たい海にもフグは生息している。無毒のフグもいるのだが、ここに魚名を誤って書いたため中毒になった場合、個人的には保証できないので、名前は書かないが、一般的に毒のあるフグの方が多いようだ。

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フグの中でも海底で泥の中に潜んでいる個体もあるようだが、単なる変わり者なのか、一般的なものなのか、不明だ。
  

2014年11月11日

馬関戦争と下関条約

関門海峡は軍事的に重要な位置にある場所で、歴史上何度も登場する。壇ノ浦の平家の滅亡は有名だが、幕末にも有名な事件が起きる。馬関戦争と言われる外国軍との戦いである。

1863年に長州藩(および支藩の長府藩)は、尊王攘夷を実行するため、関門海峡(馬関海峡)を往来する外国船に大砲で攻撃することにした。もともと優柔不断な将軍家茂が朝廷の政治力に負けて、いやいや攘夷に同意したのだが、実際に大砲打つ命知らずの大名がいるとは思っていなかった。

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で、突然に海峡を封鎖して砲撃を始めたので最初は結構うまくいった。しかし、もともと兵力が異なるのだから、海外勢が本気を出したらかなわないわけだ。翌1864年に英国を中心とした四ヶ国連合軍(英、米、仏、蘭)が一斉攻撃し、壇ノ浦はじめ陸上の砲台を破壊し、さらに上陸した兵隊は大暴れする。

実際には、当時の砲台は一部を持ち帰られ、残りは破壊される。見かけだけでは遠くまで砲弾は届きそうだが、そんなことはない。現在の復元砲台にはコイン投入口があり、写真撮影に臨場感をもたせるたまに、砲身から白い煙が吹き出すことになっている。お笑いだ。

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その結果、長州藩は外国と戦うのが無理と悟ると、一転して国内で戦う気になっていき、同じシチュエーションの薩摩藩と結託するのである。


負けた馬関戦争の講和については、なんら語られないが、日清戦争の勝利に関して、講和条約は下関で行われた。

日本側代表は伊藤博文。清国代表は李鴻章。

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講和会議の会場を復元した建物が、フグ料理で有名な春帆楼敷地内に再建されていて、当時の席順が明示されている。李鴻章の椅子は非常に大きい。漢字の本家らしく、この地で書き残した書は立派である。


また、対する伊藤博文の椅子は、現在貸出中とある。市政赤字のためネバーリターンかもしれない。
  
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2014年11月10日

壇ノ浦・赤間神宮

平家滅亡の地とされる壇ノ浦へ、下関の唐戸港から徒歩で向かう。目標は関門大橋である。ほぼ、この橋の下が壇ノ浦である。つまり、九州の門司と本州の下関が接近した場所である。長さ約10キロの関門海峡の東側から少し海峡の中に入った場所である。平家の最後の砦というのが関門海峡の西側にある彦島であるが、海峡の中で戦うしかなかった平家には、既に勝ち目はなかったのかもしれない。

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源氏と平家の戦いの最終章は1185年4月25日の壇ノ浦だが、その一か月前には瀬戸内海の東側にある屋島の海戦で平家は決定的な打撃を受けていた。さらに1年前には神戸の一の谷合戦で義経の奇襲攻撃で近畿地方から追い出されていた。

いつも活躍するのが義経で兄の範頼は脇役的なのだが、実際は範頼軍が敵を食い止め、そこを弟が奇襲するというパターンになっている。さらにその兄の頼朝は、鎌倉から遠隔操作するわけだ。

そして、屋島の戦いで勝った源氏は範頼が九州を制覇し、義経が四国を制覇。平家は瀬戸内海を広く使って戦いたかったのだろうが、結局、南方(九州)方面への退路を断たれ、狭い海峡に追い込まれたわけだ。関門海峡の先は、玄界灘につながり、当時の瀬戸内使用の平底船では荒海で木の葉同然の運命となる。

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実際の戦いは、陸上、海上からの源氏による無差別弓矢攻撃により、非戦闘員水夫の保護の掟が破られ、平家一門は海上で孤立する。米軍による無人機攻撃みたいなものだ。そして、船と船をぶつけての戦いが始まるが、平家一門は戦う前から敗北の運命論に取りつかれていたというか、いさぎよく入水する者が多かったようだ。考えれば弓矢攻撃に備えて鎧を着ていたのだから、そのまま海に入ればすぐに沈むに違いない。人質の辱めを受けたものは、鎧を脱いで海に飛び込んでいたはずだ。

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そして、メインイベントは義経の八艘跳びと安徳天皇の入水。八艘跳びといっても鎧を着ていたら跳べる訳ない。むしろ、何艘も密集して激戦が行われていたのだろうと思う。安徳天皇は戦死した天皇ということになる(平家に殺された、あるいは源氏に殺されたという解釈も成り立つ)。

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そして、赤間神社。平家を祀った神社と思われているが、実際には戦死した天皇を祀った神社である。平家一門の墓は神社の敷地の外と思える場所にある。ここで戦死して多くは海没した平家一門の遺骨なき墓である。前後に石板が列を並べている。昔も今も軍人の方は一まとめだ。

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もっとも、その後、源氏もみっともなく滅亡するのだが、どちらかというと平家のファンの方が多いような気がする。
  
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2014年11月09日

門司の出光美術館

出光美術館は東京丸の内の帝劇ビル内にあるのだが、もう一つ出光興産発祥の地である門司にある。ちょうどレトロ地区の一番東側である。特別展「祭‐京都・江戸・博多」は開催中だった。

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純粋の意味での祭を描いたものは、江戸時代の作である屏風図に描かれた祇園祭。山車の行列が描かれるが、山車の並びは祭礼の前日の抽選会で決まるのだが、いくつかの配列は歴史的に厳しく定められていて、数百年変わっていないそうだ。変化を拒む京都文化を表している。

そして、江戸の風俗もまた屏風に描かれる。町人文化である。こういう一つの屏風の中に、いくつもの遊びのシーンを描きこむことができるわけだ。屏風でなければ表現できないこともある。(源平の戦いなどは、長い屏風に数多くの戦いの絵が描かれていて、まさに屏風や巻物向きといえる。

そして、博多。仙僂描く水墨画。祭りを非常にうまく表現する。鳥居とか神輿とか何か中心になるアイテムをしっかり描き、その他の表現は抽象的になっている。


美術館に付属して「出光史料館」が併設されている。最近「海賊とよばれた男」のモデルとなった創業者出光佐三氏の業績を中心に展示されている。

まあ、人間の所為の表側だけを描くとすばらしい人物像ができあがるのだが、そういう史料館である。  

2014年11月08日

最弱と言われた棋士の反攻

その棋士の名前は熊坂学五段。11年間、棋士の養成所「奨励会」で苦闘し、2002年4月1日にプロ四段としてデビューした。師匠の中原誠元名人の引退と同時だった。しかし、順位戦四段リーグ(C2 クラス)の3年間で7勝23敗の不成績の結果、順位戦から陥落しフリークラス棋士となる。対局数は激減し、さらに10年で引退しなければならない。そして、今年が最終10年目のシーズンであり、普通に考えれば2005年3月末日が引退日と思われていた。そして、故郷仙台に将棋教室を開くことになった。

ところが、

ここから、ねとらぼ引用

熊坂五段は2002年に24歳でプロデビュー。プロ入り直後の若い棋士は最新戦法などにも詳しいため最低限の成績は残せることが多いのですが、熊坂五段はなんと3期連続で降級点を喫してしまい、制度上最短でフリークラスに陥落し「順位戦史上最弱の棋士」の汚名を着せられてしまいます。一方、そのあまりに悲劇的な経歴から一部には熱狂的なファンもおり、ネット上では「クマー」の愛称でも親しまれています。

その後も引退を覆すだけの成績はあげられていなかった熊坂五段ですが、ラストイヤーとなるフリークラス10年目の今年に躍進。強豪棋士が多数出場する「NHK杯将棋トーナメント」で予選を勝ち抜き初出場を果たすなど、ここまで10勝4敗の好成績で、「年度成績17勝以上」といった順位戦復帰の条件を満たす可能性も見えてきています。

そんな中対戦することになったのが、棋界最高位「竜王」のタイトルを持つ森内俊之竜王。実績的にも熊坂五段の勝利は難しいと予想する人が大多数の中、序盤から優勢を築いて見事に大金星をあげます。「史上最弱の棋士」が果たした歴史的なジャイアントキリングに、長年応援していたファンは「映画化決定!」「今年一番将棋を堪能した」などと歓喜したほか、多くのプロ棋士もTwitter上で見事な対局内容を賞賛するツイートをしています。


では、順位戦復帰の条件は、(将棋連盟HPより)

フリークラスからC級2組への昇級規定は以下のうち一つを満たした場合です。 (※「年間」は4月1日から翌年3月31日までをさします)

1.対局の成績で、「参加棋戦数+8」勝以上の成績を挙げ、なおかつ勝率6割以上
2.良い所取りで、30局以上の勝率が6割5分以上
3.年間対局数が「(参加棋戦+1)×3」局以上。ただし、同じ棋戦で同一年度に2度(当期と次期)対局のある場合も1棋戦として数える。


実際に複雑なのだが、1条件は17勝必要らしい。2条件でも6連勝ぐらいするといいらしい。また、トーナメントやリーグ戦では途中で引退リタイアでは困るので、4月になっても対局は続けられるそうだが、あくまでも引退条件は3月末なので、棋戦で勝ち残っている間は棋士でいられるようだ。

そして、やや確率は低いものの、条件1は十分到達可能らしい。トーナメントなら、勝てば次の試合が続くからだ。

そこで、映画化なんて話が出てくるわけだ。

しかし、映画としてはハッピーエンドに終わるというのより最後に悲劇が待っているという方が、締りがいいわけだ。3月31日に組まれた熊坂×羽生戦の結果、・・・というような感じだ。

この将棋に勝てば、熊坂五段の復帰が決まるのだが、相手は棋界最強の羽生名人。長時間にわたる死闘の結果、ついに350手で熊倉五段の勝利に終わったが、終局の時、時計の針は非情にも、彼の引退決定時間である深夜12時を1分過ぎていたのである。


しかし、これから年度末まで押し詰まってくると、対戦する棋士は、嫌だろうなと想像できる。

映画にもっとも相応しい状況と言うのは、3月末までには規定の勝数に届かず、一方、何らかの個別のタイトル戦で優勝するというシチュエーションだろうか。もっともそれでは、来年も再来年も、そのタイトル防衛戦だけに全力を注入するということになってしまうわけだ。

まあネット上では色々書かれているが、もっとも重要なポイントである「なぜ、急に強くなったのか」についてはどこにも書かれてないようだ。推測ではあるが、今年開設した地元の将棋教室に、彼よりもずっと強い天才少年棋士がいて、少年から教えを受けているのかもしれない。


さて、10月25日出題策の解答。

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動く将棋盤は、こちら


今週の出題。

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二手目の変化に骨が多い。大骨、小骨。

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2014年11月07日

門司の味なら焼カレー

門司で食事をするなら何にしようかと、門司港付近を歩くと、圧倒的に多いのが「焼カレー店」。それと若干のフグ料理店。しかし、門司から下関に行くのに、先にフグを食べるのも変だしと思うわけだ。実際は、下関に行くと唐戸市場以外ではフグは高額だったので、門司港の昼食に巨大カロリーの焼カレーを食べる選択が正しかったのか、はっきりわからないが、歴史にイフは禁物だ。

それで、門司港に面したお店に入り、門司港の見えない席に座って焼カレーを食べることになる。といってもおよそ味は予測できる。

なぜ、焼カレー店ばかりなのかについては、一向にわからない。カレーと言えば海軍と言うのが一般的だが、そういうわけではないだろう。鉄道の乗換駅だったので、待ち時間の合間にちょうどよかったのだろうか。それなら焼く前のカレーライスの方が手早いだろう。

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そして、わからないことがわからないまま、焼カレー登場。カレーライスの上にチーズが溶けて広がっている。量が多い。多すぎる。来週の人間ドックのため、減量中なのに・・

当日は、この焼カレーが夜まで胃の中に残っていたのだが、翌日は、一日中、空腹状態となるのだが、明日の不運について、まだ知る由もなかった。歴史はきまぐれだ。

そして、端の方からスプーンで攻略していくと、ついにライス以外の別の物体に到達。卵だ。半熟状。どの段階で卵を混入するのだろう。下手なタイミングでは、卵かけごはん焼になってしまう。

なんとなく、卵を投下するタイミングさえわかれば、自分で作れるような気がする。冷凍ライスを解凍し、卵のほか、ベーコンかハムあるいはシーフードをトッピングし、上にレトルトカレーを慎重にかけ、トースト用の溶けるチーズを千切りにしてかぶせて、そのままレンジかオーブントースターで加熱すればいいのだろう。

問題は耐熱皿だよね。大きめのグラタン皿。安い皿を使って加熱中に割れたりしたら悲惨なことになるのだろうとは思うが、本来、皿を作るときにはもっと高熱で焼くのだろうからそういう心配はいらないのだろうと、勝手な論理を組み立ててみる。

で、早速、作ってみる。

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見かけはそれっぽいが、ルーが多過ぎて固まらない。たぶん小麦粉を炒めて作らないと、焼いても固くならないのではないだろうか。それと卵が今一つ柔らかい。わざわざ、グラタン皿を買ったのだが、裏目に出たような気がする。広く浅い皿の方がいいように感じた。  
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2014年11月06日

門司港2 出征兵士の碑 税関 関門海峡

門司港は、鉄道の起点でもあったし、またもう一つの顔は国際港だったこと。特に大連との客船、貨物船の玄関だった。そして、第二次大戦中、ここから出発した日本軍兵士は約200万人と言われる。うち帰還し得た者は100万人と言われるそうだ。

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大戦初期には、出征兵士を盛大に送るセレモニーが行われていたそうだが、そのうち総てが秘密になり、出航情報自体が公開されなくなり、したがってセレモニーは廃止になった。国内のスパイを警戒したものと思われるが、実際に米国のスパイがどれぐらいの人数、国内にいたのかははっきりしないし、おそらく誰も研究していないだろうと思う。吉村昭氏の小説にも米国スパイをしていた日本人のことが書かれているが、なかなか全貌はわからない。むしろ暗号が抜けていたことで軍の作戦が分析されていたということではないだろうか。


そして、税関。

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門司税関はさすがに横浜、神戸といった大税関の雰囲気はないが赤レンガ造りの美しい構築物である。一方、港には税関の船や、海上保安庁に船、警察の船などの多数の警備艇が係留されていて、「海の関所」といった感じだ。

「白い粉、黒い武器」の水際ストップ作戦だそうだ。密輸ダイヤルは、0120−461(シロイ)−961(クロイ)ということで、情報があれば、すぐにご一報を。

なにしろ、隣町は小倉。いつもパンパンパンとやっている。


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そして、ある美術館に寄ったあと、関門海峡の対岸の下関に向かって連絡船に乗船。巌流島に寄り道する便もあるが、「がっかりする」と言われているためパス。第一、二人が巌流島でチャンバラやった記録もはっきりしない。

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当日は、雨交じりの大風が吹いていて海は荒れている。海面の表層部は大いに荒れていて飛沫の中を船は5分間の突進を行うが、実は、こういう時に事故が起こる可能性が高い。

関門海峡は海の要所であり、大分方面と瀬戸内方面、また北は釜山方面と上海方面と往来がクロスしている。門司と下関の間を航海するというのは東西方向に通過する船が直角関係にある。この時に、直線で進む二つの船舶が衝突するというのは、二隻の角度が同一のままであると、最終的には衝突の瞬間までそのまま進んでいくことになる。

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そして、他の小舟の前を突っ切り、ついに、下関唐戸市場桟橋に着桟。天気は回復。腰痛は悪化。  
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2014年11月05日

門司港1 九州鉄道記念館

門司に遊びに行く。だいぶ前に仕事できた時は、雰囲気のある門司港駅の駅舎の前を素通りしただけで、「いつか再訪しよう」と軽く考えたのだが、十数年経って来てみると、駅舎は改装工事中だった。平成30年の完成だそうだが工事が長すぎるような気がする。東京駅じゃあるまいし。

また、壊れていたなら仕方ないが、古びた感じを新築で感じさせるのは難しい。町の中には、明治の建物もあるし、現代人が「レトロ」と名前を付けた新築ビルも多い。

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そして、駅から最も近い観光施設である九州鉄道記念館へ。

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そこには、SLをはじめ、特急電車や、座席が直角シートの普通列車や、寝台車が客車の中を大公開している。

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そして、館内では鉄道模型のパノラマ走行もみたのだが、何しろ九州は鉄道王国だ。各種車両が近代的装備と独創的な車両デザインをにトライしている。つい、乗ってみたくなる車両も多い。新幹線が敷設されるのが遅かったせいで、在来車両が発達したのだろう。同じようでもJR北海道とまったく異なっているのはどうしてなのだろう。

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記念館の建物は、1891年(明治24年)に旧・九州鉄道会社の本社として建てられたもの。その後、所有者名は、九州鉄道→鉄道院→鉄道省→日本国有鉄道→九州旅客鉄道となり、現在は九州鉄道記念館となっている。

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新入社員が、営業部課長や企画部長などを歴任して、最後は企業博物館の名誉館長で勇退するようなものだろうか。  
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2014年11月04日

日本エレキテル連合って、ダメダメ?

連休中に泊まったホテルでVOD(VIDEO ON DEMAND?)見放題500円で何気なく番組を探していたら、「お笑い」カテゴリーに東京エレキテル連合のコント集があった。顔面白塗り仮面の二人組だ。

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で、この二人の本物の顔を知りたいと思っている人のために言っておくけど、このコント集の多くは、素顔だ。10本ほどあるが、素顔で登場バージョン、小道具使用バージョン、変装物などだ。

素顔の話だが、男の方は、プロスケーターの鈴木明子さんに似ていて、女の方も同人に似ている。

で、コントは面白くない。熱演している。試行錯誤の結果今の状況になったのだろうが、今後、ダメダメになるのではないかと社会学的興味がある。  
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2014年11月03日

ディーゼルのこと

マツダを中心にディーゼルエンジンを小型車に搭載することが増えてきて、人気を得ている。もともと、トラックやバス、そしてほとんどの船舶にはディーゼルエンジンが使用されるので珍しくはないし、欧州ではシェアは高い。

ここで、エンジン論を書いても的外れなので、話は、このディーゼルエンジンを考え出した人の話。最近、古い岩波新書の一冊「動力物語(富塚清著)」を読んだのだが、その中にこのディーゼルエンジンの生みの親のことが書かれていて、ちょっと興味ある話だった。

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さらに補足的に調べてみた。


まず、発明者は、ルドルフ・ディーゼル氏(1958年‐1913年)。ルドルフという有名な名前が示すようにドイツ人男性。ただし、パリで生まれる。フランス語とドイツ語が堪能。

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父親も母親もドイツ生まれだったが、フランスに移住していた。皮革業を営んでいた。ところが、普仏戦争というのがあって、ドイツ人はフランスから追い出されることになる。両親はロンドンに移住したが、ルドルフはドイツ語を覚えるため、ドイツの叔父さんのところへ別居。そして、工業高校を卒業後、優秀な成績であったためミュンヘン工科大学へ進む。

そして、当時はエンジンについてさまざまな理論が発展していた時代であり、さらに高温度や高圧に耐える金属や潤滑油が現れた時代であって、さまざまなアイディアが唱えられていた時代だった。

驚くことに、今では当たり前のようにエンジンといえば、ガソリン・エンジンとディーゼルエンジンの2種類で、燃料はガソリンか軽油という液体となるが、最初は、ガスが本命と考えられていた。石炭からのガス。いまでこそ多くのタクシーがブタンガスで走っているが、ガスを安全に扱える基本的な周辺技術が確立されていなかったらしく、爆発事故続出ということになる。

さらに、液体燃料を通り越して石炭を粉体にして燃焼させようということを研究する人も多かったようだ。粉じん爆発は強烈だ。もっとも、この粉体の爆発を制御する方法は、いまだに発明されていないし、たぶん研究されていないだろう。実験に失敗したら研究室は大爆発となる。

話をディーゼルに戻すと、彼もガソリンエンジンの効率の悪さを克服するため、理論的には、効率を2倍近く改善するエンジンの研究をしていたのだが、ディーゼルエンジンの特徴である高圧空気を送るという部分の技術的研究がなかなか進まなかった。一時はアンモニアを高圧化したところ大爆発して数か月の入院をしたこともある。思えば、的外れの素材を燃やそうとしていたわけだ。

しかし、そうはいうものの、ついに1893年に、夢のエンジンの特許を申請する。

一方、それに先立つ10年前の1883年に世界の多くの国がパリに集まり、特許に関するパリ条約が締結される。特許というものの世界統一概念について、各国が理解し、各々が年数を定めることになる。このパリ条約は、現在でも有効である。

当時のドイツの特許の期間ははっきりしないのだが、英国が当時14年間だったので、それと多くは違わないだろう。その期間が過ぎればおカネもうけはできなくなる。

そして、ディーゼルエンジンは、かなり精巧な製作を必要としたため、世界中さがしても、その工作技術をもった工場は数えるほどだった。

そして、実際に試作エンジンが動き出すのが特許申請から4〜5年経った頃になる。そして、特許権が切れたころに初めて軍事目的の利用が始まる。さらにエンジンが改良されていき、軍事用ではなく民間で使用され始めたのは英国人によることになり、本格的にエンジンの主流になるのは1930年代の頃だ。

ディーゼル氏は、不運にも大金持ちになることができなかったし、ノーベル賞をもらうこともなかった。1913年、55歳の時、ドイツから英国に向かう客船の客室から忽然と行方をくらましてしまう。そして10日後、漂流する遺体が発見されるが、腐敗が激しく、船に引き上げることができず、所持品が回収されたあと、再び海に戻されることとなってしまう。

自殺であるだろうと推定され、現在に至っている。

翌年から始まる第一次大戦では、ディーゼルエンジンが大活躍する。ドイツが誇るU2潜水艦の動力もディーゼルエンジンだった。


数日前にゴルフに行くのに、知人が、買ったばかりのマツダのCX5というディーゼルエンジン車で迎えにきてくれた。エンジン音は小さいながら軍用トラックの音のように聞こえたので、ルドルフのことを思い出したのだが、新車の中で、自殺とか漂流の話をすることは、やめた。  
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2014年11月02日

大おにぎり展

「おにぎりに秘匿された日本の歴史」というのは私が考えたサブタイトルだが、実際のサブタイトルは「出土資料からみた穀物の歴史」となっている。サブタイトルの命名権を持っているわけではないので文句はつけられないが、展示の内容は「穀物の歴史」を一部含んでいるということで、それは全体の一部を表しているに過ぎないと思う。

横浜市歴史博物館で11月24日まで。

入館料は基本は300円だが、折目の点線付きのパンフレットをおにぎり型に折り上げた人は240円にしてもらえる。うまく折れずに無念の気持ちになり入館を諦めようと思った人は、さらに完成品を目の前で分解して折れ線の山、谷がわかるようにしてもらえるのだが、たぶん、できない人は何をやってもできないだろう。挫折!無念の退却!いや240円でなく300円払えばいいのだが・・

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で、なぜ横浜でおむすび展が開かれたというと、横浜市内で炭化したおむすびが発見されたからだ。実は、全国で最近になって炭化おむすびが発見されはじめたのにも理由がある。それは、現在、日本で始まっている人口の流動化の結果、都市部周辺の宅地開発が進んでいることにある。先日の広島の土砂災害をみても、「日本には土地が余っているのに、なぜそこに家を建てるのか」と疑問を持った人もいるだろうけど、「地方中核都市」がすでに形成されつつあるわけだ。広島もそうだけど倉敷もそういう感じだ。地方創政の柱が「地方中核都市」。すでに始まっているものにアベノミクスという看板をのっけようとしているのは、すでに始まっている「女性の登用、雇用拡大」にアベノミクスの看板を後追いでのせようとしているのと同じだ。

広島では山を削って宅地にしようとしたのだが、関東にはあまり山がないので、宅地造成が台地から湿地に変わっているといわれている。実は、湿地では有機物の腐敗が遅れることにより炭化されやすいわけだ。それで、色々な都合で食べられることのなかったおにぎりが、黒い炭の塊として現代人の目の前に現れつつあるわけだ。

そして、私は古代のおにぎりについて、特に関心を持っていた。歴史上の自己矛盾があるからだ。

まず、おにぎりの原料といえば、もちろん米である。しかもタイとかインドのような米だと、サラサラなのだからおむすびにならない。しかもインドではコメは熱湯の中に投入してザルにあげるという調理なのだから粘り気がない。日本の出土土器でも、結局は鍋なのだから、コメのゆで方と土器の形状の関係で説明がつくのだろうか、コメとアサリと野草や海藻を鍋で煮込めば美味そうだが、いっこうにおむすびにならない。

しかも、コメ文化は弥生時代を示すのだが、田畑でコメを作るのに、おにぎりは要らないはず。縄文時代人のように一日中、食べ物を探しに棍棒をもって歩くからこそおにぎりが必要だったはず。縄文と弥生の混ざった時代があったということなのだろうか。あるいは、日本人は美食家なので、コメの栽培が始まっても、なお、シカ肉のステーキとか鳩の丸焼きとか食卓に乗せようとしたのか。

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さらに、なぜ、食べられるはずのおにぎりが残ってしまったのか。おにぎりを食べるよりも重要なことが起きたのだろうか。それとも単に、おにぎりコロリンになって沼の中に沈んでしまったのだろうか。

実は、こういう問題についての解答を得られるヒントはなかったわけだ。

要するに、研究は進んでいない。しかし、数多くの炭化おにぎりが展示されていて(運搬は大変だったろうと同情)、中には、戦国時代に焼け落ちた城内から発見とか、ちょっと悲劇を感じる。戦いに備えておにぎりが準備されたものの、奇襲攻撃を受けたのだろう。「城破れて飯残る」。

横浜で見つかった炭化おにぎりは中世のものが多く、火葬墓から見つかったものの中には銅貨や針が入っていることがあるそうだ。理由はよくわからないそうだが銭や針で生計を立てていた人なのではないだろうか。死出の旅路の食糧だろう。私の場合なら、中身は梅がいいかな、あるいは鮭か。

現代のおにぎり。市販されているもので、手で握ったものはほとんどないそうだ。そのうち別のネーミングになるのかもしれない。

 ”おにぎらず”  

2014年11月01日

方や妖怪、方や薄型

将棋フリーペーパー「駒doc.」2014年秋号によると、「どうぶつしょうぎ」が国際化をはじめているようだ。もともとの本将棋を覚える前のミニ将棋だったゲームが、意外に戦略性があるということで、日本国内だけではなく世界各地に拡がっているそうだ。

基本バージョンは3×4のマス目の中に、4種類の駒(ライオン、ぞう、きりん、ひよこ(にわとり))を配置し、戦うのだが、基本ルールは将棋と同じようなもの。駒の名前に動物を用いたのは、飛車とか金将では日本がかつて平和国家ではなかったことを推測される怖れがあるため、過去の歴史を隠蔽するためだろう。「ひよことにわとり」というのが凝ったところで、同じ駒が昇格する感じを出すのに幼年時と元服時の名前が異なる動物を使って表現している。

といっても、オタマジャクシとカエルでは、ワニ、カメ、ヘビ、トカゲとか登場してしまいそうだし、ウリボウとイノシシでは、花札的になる。

doubutsu


ところが、フランスになると「YOKAI NO MORI」になる。駒の名前は、フランスの妖怪になる。「KOROPOKKURU」というのが、一番偉いらしい。そういうフランス文化が日本人にはわかりづらい。フランスでは妖怪は森に棲んでいるらしい。森の中に城郭を作り、街を作った名残だろう。日本の妖怪は、どこにでもいる。井戸の中とか、戸袋の中や、天井裏とか。大城郭の中に街を作ったのは、北条早雲の小田原城と豊臣秀吉の大坂城。今でもまだ城郭の中に残って住んでいる人は、都内に数名残っているだけだろうか。

一方、韓国モデルもわかりにくい。「薄型化」だそうだ。日本製よりも薄い。スマホと勘違いしていると思うしかない。理解し合えるようで、わからないことも多い。


さて、10月18日出題作の解答。

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1101k


動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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よくある手筋を組み合させたもの。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2014年10月31日

頭の大きいノドグロ

島根県ではない場所で島根料理店に行き、ノドグロを注文する。調理法は塩焼き。

ノドグロは一見普通の形をしているが、表面が鯛のように赤っぽく美しいのとは逆に、ノドの中が黒いという不思議な関係にある。水深100〜200mの砂底に生息している。福島県以南の海(つまり暖流支配下)。つまり東京湾にもいる。日本の海は特に日本海側の海岸にそれぐらいの水深の場所が多く(もともと、日本海は湖だったこともある)、特に島根が名産。

全米オープンテニスで準優勝した島根県出身の錦織圭氏が、「日本に帰ったらノドグロを食べたい」と言ったので「地方区」から「全国区」になりそうで困るのだが、大きさの割に高級魚である。白身はあくまでも柔らかく繊細な繊維質の肉質で、スポーツ選手に好まれるとは知らなかった。

bodoguro


今回食したのは体長30センチ弱(焼く前は30センチ超だろう)だが、最大40センチまでになる。まとめて獲れる魚じゃないので高い。料理店で「本日のおすすめ」というようなメニューに登場していたら、金額と魚のサイズを確認してから注文するのが一般的なのだろう。つまり偶然。

島根では、美しく赤い個体よりも白っぽく鱗ボロボロの方が上物とされるようだ。ドロっぽい場所に生息している方が、脂がのっているそうだ。政治家みたいな話(竹下某?)。

小型の食用珍魚といえば、八角、目光、喉黒というところが有名だが、お金持ちでも庶民でも、食べようと思っても毎日食べることができない、というのが、またいいのだろうか。

ところで、この文章を書くために調べてみると、食べてしまったノドグロだが、魚類図鑑のイラストよりも頭が大きい。実は、皿に乗ってテーブルに登場した時にも若干感じたのだが、テニスラケット型のようにも見える。ニシゴリモデルかもしれない。
  
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2014年10月30日

坂東蛍子、日常に飽き飽き(神西亜樹著)

hotaruko今年の100冊目は、 『坂東蛍子、日常に飽き飽き(神西亜樹著)』。奇しくも新潮文庫NEXの第一回配本。新潮NEX大賞受賞作。実は作者は1990年生まれということは発表されているのだが、男性なのか女性なのか、あるいはその他なのか、はっきりわからない。素顔も不明だ。まあ、知らなくてもいいことのような気もする。「バッテリー」の作者みたいなことかもしれない。

この方、主にネット上に作品を発表されていて、それがNEX大賞につながっていったわけだ。後で、ネット上の作品を読むと、短編と長編では文体が異なるというか、本小説もかなり文法構造的にしっかりした書き方になっている。本来、文章は文法上しっかり書くのが当然なのだが、日本語の場合は、かなり省略して自分なりの文法を使うことが許されていて、それが文体ということになるのだが、神西さんの場合は、あまり省略しないで書き進んでいく。

その結果、最初は読み進むのが難しく、時間がかかってしまう。1時間ほど読むと、ペースが速くなり、何人(猫や、人形や、ぬいぐるみや地球外の方もいるので、何「人」と、人の字を使っていいかどうかは疑問だが、それらを総称した「単語」を思いつかないので、「人」ということにしておく。)もの登場人物に感情移入できるようになる。というか、ストーリーより登場「人」物の魅力を感じる方がいいかもしれない。「アリス」と思えばいい。

全体が四章にわかれ、それぞれにサブタイトルが付いている。新刊なので、筋を書くのは憚られるので各章にあてがわれたタイトルを紹介するだけにする。

1章 千代田区タクシー誘拐事件
    坂東蛍子のブラック・サタデー

2章 ぬいぐるみは静かに眠る
    坂東蛍子、人形の足跡を辿る

3章 なぜ私が川内和馬のジャージを着るに至ったか 
    坂東蛍子、眼鏡越しに愛を見る

4章 ウロボロス大作戦
    坂東蛍子、決して尻尾を話さない

途中で思ったのだが、将来、「池澤夏樹」のようになるのではないだろうかと感じた。話の展開とか。


ところで、少し前に坂東さんという若い女流棋士が将棋界から引退したのだが、彼女と1度だけ数時間の仕事に同席したことがあったが、この小説の中の主人公と同じようなイメージなのだ。棋士の方が数年作者より年上という計算だが、同一人物?と頭をよぎるが、それでは作家が自分の名前と似ている主人公を描くにあたり、別の名前を選んで作家となる、というようなかなり手の込んだ話になってしまう、たぶん気のせいだろうと忘れることにする。

毎年、100冊目は12月になってしまうのだが、2ヶ月早い。たぶん本を読む速度が改善したのだろう。大著でも読もうかと思うが、根気が・・
  
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2014年10月29日

武士の家計簿(映画)

busi2堺雅人主演、仲間由紀恵助演の『武士の家計簿』。実在の武士の家計簿が発見され、その分析本を元に作られた映画。

加賀藩算用方だった猪山直行、成行親子が37年間綴った武家の家計簿は、幕末の武士社会の経済構造を知るには非常に歴史的価値が高い。ようするに交際費比率が高いわけだ。収入の何割もが親戚や勤務先の交際費に使われる。猪山家も年収の2倍の借金を抱え、非常事態宣言をして、家財道具の大バーゲンをしなければならなくなる。年収の数倍の住宅ローンを組んでいる多くのサラリーマン(ウーマン)は、売るものすらないのだが。

一方、猪山家の勤務先である加賀藩は前田百万石(支藩の能登を加えると百二十万石)もある日本最大の大藩だったのだが、実情は火の車。例の江戸屋敷に徳川家斉公の娘の一人を嫁取りするときに作った赤門(東大)も、塗装費用が捻出できず、道路に面した前面だけを赤く塗るという緊急手段に追い込まれていた。

猪山家は代々算用方として、「そろばん一筋」という家柄であり、直行は自家の窮地も藩の窮地も救い、長男の成行は薩摩藩を経由し海軍に入り、兵站計画を担当することになり日本海軍の基盤つくりに貢献する。

busi1問題は、主演の堺雅人。そろばんバカ、とあだ名が付いていた直行役だが、あまり算盤がうまくない。しかも、いつも「妙な含み笑い」の表情なので、真意がはかりかねる。本当のことをいうと、豪華出演者(松坂恵子・仲間由紀恵・中村雅俊・西村雅彦・草笛光子)がそれぞれ自分の役を淡々とこなしているため、本来、家族、親戚の関係にあるのにそういうファミリー感に欠けるような気がする。

しかし、セットは手が込んでいて全体に丁寧な作りと感じる。

終りの方で、「算盤ひとつで兵士千人、万人分の力がある」というようなセリフが出てくるのだが、本映画で使用される算盤は、上に2玉、下に5玉という現在中国で使われている形式である。会社経営に使えないかと、ネットショップをさがしてみたが、日本式の上1玉、下4玉以外は見当たらない。唯一、中国への輸出用として日本製黒檀材使用11ケタ型3万円というのがあったが、予算オーバーだ。

busi3さらに、ネットで調べると、「実用性のある日本最古の算盤」というのは、前田利家公所有のものだそうだ。つまり、偶然にも実話から始まったこの映画と重なるわけだ。当時の大名は自分で算盤をはじいたのだろうか。利家公は、軍事目的に使ったのか、藩の経済を分析するために使ったのか。是非知りたいものだ。


そして、映画は終わっても、私の話は終わらない。

本映画の舞台は天保年間から後の困窮した加賀藩であるが、その頃の加賀藩で行われていた事件がある。密貿易である。銭屋五兵衛(通称、銭五)が日本海を利用して密貿易を実施していた。それを黙認するような形で利益の一部を藩がリベートとして受け取っていた。銭五の資産は現在価額で一兆円とも言われるので、リベートも相当額だろう。

実際には幕府も気付いていて、見て見ぬふりをしていたが、幕府に知られたら大変と加賀藩は勘違いし、銭五一家郎党を処刑の上、財産没収してしまう。さらに家老も切腹。

となると清廉潔白を旨とした猪山一家が気が付かないことはないはず。その時、直行はどうしたか。真相を知りたいものだが、そういうものは歴史にも映画にも残らないものだろう。
  

2014年10月28日

小山城−うっすら感じる悲劇の記憶

小山城は地元では祇園城と呼ばれる。平安時代に藤原秀郷が東北平定のため、ベース基地をこのあたりに作り、戦勝祈願のため祇園神社を興したことによる。その時の場所は定かではないが、それほど現在の城山公園からは離れてはいないだろう。国道4号線の旧道沿いであったと考えるのが自然だからだ。

地元の豪族だった小山氏は鎌倉時代に繁栄したのだが、鎌倉時代末期に関東管領足利氏満の怒りを買い滅亡させられる。しかし、室町幕府により復活を許され、同族の結城氏から小山泰朝が現在の城山公園内に城を築き第二次小山氏となる。

現在の小山城が築城されたのは1460年から1465年の間と推定されている。しかし、その後、戦国トーナメント戦の間に(後)北条氏と戦い敗戦。滅亡の危機だったがなんとか北条臣下となることで生き残るも、豊臣−北条戦の敗戦で、その後どたばたしたものの、ついに小山家は滅亡する。

しかし、交通の要所である小山は、政治的に利用され、徳川による豊臣戦争の一場面である「小山評定」というイベントがあり、徳川は上杉征伐に参加した諸大名に、家康と三成とどちらが好きかを表明させる。そして、関ヶ原に向かって時代は動きだすわけだ。現在は道路によって城山公園と分離されてしまった小山市役所のあたりである。

一方、小山城はその後、手を入れられ維持されていたが、一国一城制になり廃城。

城跡には御殿ができ将軍家の日光詣りの時の宿泊施設となったが、江戸時代中期に財政難から使われることなく朽ち果てた。

小山城に関する歴史に○×を付ければ、○×○×○×○×ということになる。現在、何らかのプロジェクトが始まるような予感があるが、○なのか×なのか不明だ。

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そして、肝心の小山城址だが、背後が思川の絶壁である。もちろん海じゃないので、逃げることはできるが攻めるのは難しい。全面が幹線道(奥州街道か)であり大軍で攻められると防戦不能だ。道路から階段で20段位の高さしかない。幅10メートル未満の空濠はあるが、水がないので防御力は相当弱い。城は川沿いにかなりの縦長(わらじ型)であり、面積の割に防御軍を配備するのに人数が必要だし、中央を突破されると両サイドの防御陣はそれぞれ孤立して全滅することになるだろう。もともと、第二次小山氏も、北条氏の臣下となった小山氏も傀儡的であったため、妙な気にならないように弱体城郭をあてがわれたのだろうか。

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天守閣は築かれることはなく、本丸跡を思われる当たりにストーンサークルが作られている。裏の川から拾ってきたような石が置かれている。城郭には付き物の井戸であるが、歩き回ってもはっきりしなかった。おそらくここではないかと思われる窪地のあたりを発掘すればわかるだろう。だいたい、こういうちょっとした窪地に井戸があることが多い。

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城自体の戦闘的機能は低いものの、裏手にある天翁院には小山氏の墓地が残っていることを考えると、この城郭が丸焼けになって、戦死者ゴロゴロというような大惨事になったことはないのだろうと推測する。
  
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2014年10月27日

小山の史跡といえば小山評定

栃木県の小山市と言ってもメジャーな町ではないが、新幹線も停車するし、スターバックスだってある。ただし、おみやげ品目は少ないし、何しろ知名度が低い。東京駅で新幹線の切符を買おうとしたら、誤って富山行きの指定席を渡されそうになった。手に取ってから返すとキャンセル料を取られるところだが、気が付いた。(念のため、小山は「こやま」じゃなく「おやま」だから)

そして、日本史で小山が登場するのが、大きく4回。一つ目は、平安時代に藤原秀郷が東北地方平定のため今の城山公園のあたりに小山城(祇園城)を築いたこと。ただし、正確な築城年代は不明らしい。

そして次に登場するのが小山氏。15世紀の戦国時代に小山城を確保していたが、上杉、北条といった強力大名に攻略され、1575年に北条氏により城は陥落。城主小山秀綱は追放され、結城氏の元に逃げ込む。しかし、北条との和議が整い。小山氏は北条の臣下となることで、小山城を返してもらう。そのため、秀吉が北条征伐を始めた時には負け組に分類され、改易となる。そして、病没。

3度目に登場となるのは、有名な「小山評定」。秀吉亡き後の権力抗争に関係する。家康による上杉征伐中に、全国の多くの大名が小山に集められ、石田三成と戦争が始まった場合、三成につくか家康につくかをはっきり表明させる。場所は、現在の小山市役所敷地内と言われる。

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事前の打ち合わせ通り、福島正則が大芝居を打ち、大勢は主戦論に傾く。関ヶ原の戦いを含む大河ドラマでは一つのピークとなる。

そして、4度目の歴史は、小山御殿。徳川の時代になり、家康公を日光に配置し、それを参拝するのが将軍の勤めとなる。

その日光への途中に休養を得たのが小山である。古くは藤原秀郷が、ここの城を出て勝運を得、小山評定以降の作戦で徳川家が江戸幕府を築いた「開運の地」に宿舎を置くことにする。それが「小山御殿」。ただし、幕末にはもう幕府の金庫も空っぽで、日光参りは中止。いつの日か跡かたもなくなる。

そして現代だが、この小山御殿の跡地に「御殿再建」を作ろうとしている人がいるらしい。地方創生バラマキ予算の使途となるのだろうか。
  
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2014年10月26日

ボストン美術館浮世絵名品展 北斎

偉人、極彩、北斎。と簡略化された展覧会と言う方がいいだろう。上野の森美術館で拝観する。長命を誇った葛飾北斎のボストン美術館のお宝展である。言うまでもなく明治初期に二束三文となった江戸の浮世絵作品を後世に残そうと日本美術の応援にきていた数人の米国人が収集し、後にコレクションを引き継いだのがボストン美術館。

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館内で、「アメリカ人が安く買いたたいて持っていってしまった」と憤慨していた人がいたが、無知をさらしていて残念に思った。日本の近隣国でもそういう勉強不足の日本批判をする人がいるが、同程度だ。

hokusai3さて、さすがボストン美術館とうならせるような日本でみたことがないような北斎の趣向物も展示されている。


北斎の描いた東海道五十三次を見て、「永谷園だよね」と言っている人もいたが、北斎と広重の違いもわからないような人が観てどうするのと思う。どちらの絵師が好きかというのは、芭蕉と蕪村のどちらが好きというのと似ているのだろう。

北斎の東海道は、概してそこに描かれる人間像に重きがあるように見受けられる。場所を提供しているのが東海道の宿場である。広重は、宿場そのものの絶対的美を描こうとしている。悪く言えば観光ガイドブックだが、宿場の自然的、歴史的、経済的背景まで一枚の浮世絵に刷り込んでいる。

hokusai2そして北斎における富士山。江戸時代にも富士山に登ろうと言う観光テーマが盛んだった。北斎の描く富士も、よく考えると、富士山の持つ超越的な美しさ(赤富士)を荒々しく表現した作品群もあれば、富士山と人間の調和をテーマとした群、そして江戸や千葉、神奈川の市井の庶民活動の中にポツンと現れる「小富士」作品群、というように、大変ユニークで、北斎らしい組み合わせである。

40代になり、作品が急に高度化していったのは欧州で発見された藍色(べろあい:ベルリンブルー)を長崎経由で手に入れたことにもよるのだろうが、その後、一心不乱に芸術家の極みに突進していく。

hokusai1普通の北斎展では、1枚だけ枕絵的作品が紛れ込むのだが、見かけなかったような気がする。もっとも入館50分待ちで閉館まで30分しかなく、立ち止まることすらできない混雑だったため、人だかりのある作品は、一瞬しか見えなかったので見落としたのかもしれない。

ところで本展とは何の関係もないのだが、50分待ちの行列の中で蚊に刺されないように小刻みに体を動かしながら周囲を観察していたところ、「上野の森美術館」というのは英語では「THE UENO ROYAL MUSEUM」となっていることを発見。「上野王族美術館」ということになる。
  

2014年10月25日

大山の詰将棋100、1問要修正

知人から詰将棋の本を二冊いただく。そのうち一冊が「大山の詰将棋100」。まさか本人が作ったわけはないだろうが、真の作成者は不明だ。

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で100題しかないのだし、短編中心なので、新幹線に乗り込んで、2時間超で解くつもりだったが、5手、7手あたりは1分以内なのだが、段々、脳が疲れてくるわけだ。疲れてくると同時に手数が長い問題に取り組まなければならないので、相乗効果的に前に進まなくなり、最後は脳が爆発しそうになり本を閉じる。

そして、自室のベッドサイドチェア(本当はテーブルを置きたいが、あやまって椅子を買い過ぎたので、椅子を机替わりにしている。クッションのため、物を置くと、よく落下する。水割りグラスとか・・)に本を積み、睡眠落下30秒前にページを開いて、そのまま朝になる。

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で、本来、眠りに落ちるはずの瞬間に第52問に違和感。9手詰なのに11手で詰む。早い話が簡単な余詰めだ。作意もすぐわかり、▲3一とから飛車が成り、▲1二角で逃げ道封鎖して▲2二歩のコースだろう。余詰めの方は、▲3一と、△同玉のあと▲2二角から香を取って、▲1二歩と▲2三香を連発するわけだ。

修正案としては、一枚増えるが攻め方に1四歩を追加するか、枚数変えないなら玉型の1一香と1三歩を交換するのだが、変な図になる。実戦では自陣の1一に歩があることはほとんど無いだろう。


さて、10月11日出題作の解答。

a12


1025k


4手目の同玉の変化が23手詰めになる。変化としては長すぎるかもだ。というか、別の問題か。

動く将棋盤は、こちら


今週の出題。

1025m


もしかしたら、以前出題したような気がするのだが、調べてもよくわからないので初出と思うが違ったらゴメン。

わかったと思われたら、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。


  
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2014年10月24日

「また、こいや」と言われても

羽田空港第2ターミナルの奥の方の搭乗口の近くに、寿司店がある。その場所は、搭乗口の前なので、手荷物検査も終わり、あとは飛行機に乗るだけという人ばかりなのだから、寿司店に向いているとはあまり思えないのだが、結構賑わっている。まあ、飛行機に乗るのに多くの人は余裕時間を持っているのだろう。

そして、私にも30分の余裕時間があり、空腹でもあったので、「まぐろづくし」という盛り合わせを注文。

matakoiya


ところで、店名の「又こい家」だが、どう読むのだろうと思っていたのだが、ローマ字で「MATAKOIYA」となっているので、「また、こいや」と命令されていることに気付く。こいや、とは乱暴な言い方で、市場のオニイサンの言い方みたいだ。「オイデヤス」とかの方がいいと思うが人それぞれ感じ方が違うだろう。

そして、六貫セットがやってくる。中トロ、赤身、それとヅケが二貫。ヅケのうち一貫は違う種類のマグロだ。そして中落ちの軍艦と中落ちの手巻き。質的にはヅケは1貫でいい。赤身のヅケは、別種のマグロにしてもらった方がいいのだが、ネタの鮮度の問題とか色々あるのかもしれない。

そして、6貫だと、僅かに足りない感じがあるが、2貫追加すると、多すぎるような気がする。まったく微妙だ。

価格だが、1290円の内税である。1.08で割ると、1194,44円。

ところで、増税後の消費不況だが、「内税表記」が原因なのだろう。もともと価格転嫁しやすいようにという老婆心からなのだろうが、消費者は内税価格で価格を判断する。この結果、今までの価格感覚で買い物をすると、自動的にネット価格が3%減ってしまう。マイナス成長になる。

同様に、10%に値上げ時に食料品価格を無税にしたとしても、結局、消費者の使う金額は同じことになるのではないだろうか。つまり、財布から亡くなるおカネは同じで、買える食料品の量がわずかに増えるだけということになるのだろうか。
  
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2014年10月23日

い・け・ま・せ・ん!!!

忙しいのに、さらにつまらないことばかり起こる。

倉敷で借りている駐車場だが、自分が借りている隣のスペースが1台空いているのだが、そこに野良猫の餌を置く人がいる。

その近くには2年近く前から黒猫4匹と黒白もよう2匹がいたのだが、野良猫の運命というのか誰かに引き取られたのかわからないが、今は1匹か2匹かに減少している。

別に、猫好きとしては、いまさら野良猫の是非について白黒つける気はサラサラないのだが、困ったことに餌付けしている人がいる。一度見た時は女性だった。一人だけなのかどうかはわからないのだが、近くに「ここで猫に餌をやるな!」という看板があちこちに立てられている。

そして、私の隣の駐車場スペースに回ってきた。ハンカチ落としゲームそのものだ。キャットフードルーレット。

しかも黒猫で、夜間はよく見えないし、時々うろうろしているわけだ。

で、フード残留現場の画像を不動産会社に送ると、数日後に路面に紙が貼られていた。

ikemasen


危険!!

猫が轢かれます!

駐車場内にネコの餌を置いては

い・け・ま・せ・ん!!!


縦書きだ!

ネコは自宅で飼いなさい!

それに、よく食べ残しが残っている。口に合わないのかもしれない。

ネコはエジプト出身で、長い間ネズミ退治のために生きてきたのだが、私の経験では、最も欣喜雀躍の大好物は、アジの干物だと思われる。食後約1日の間、うっとり上機嫌になる。日本までのネコ族の長い旅の結末がアジの干物との出会いだったわけだ。岡山名物ままかりを干物にして奮発したらどうだろうか。小骨が多いが。  
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2014年10月22日

iPhone6好調とソニータイマー起動

iPhone6が日本国内で好調に販売されているということにより、中国からの輸入額が増加し、貿易赤字拡大の方向となり、GDP引下げ要因になり、アベノミクスの目指している「成長と増税のバランス」が崩れることになりそうだという。もっとも原油価格が値崩れしているのでバランスするのかもしれないが。

かつて経済学者ロストウは、発展途上国の経済が上昇軌道に乗るためには、飛行機の離陸と同じように、強い助走が必要という説を組みたてた。経済が離陸(テイクオフ)という表現を使うのも、元は彼の理論によるのだろう。

一方、日本が置かれている状況は、荷物が重すぎて不時着してしまった飛行機に譬えられる。再離陸するためには、重荷を捨てることと、再度、滑走路を走りなおすことである。重荷を捨てるというのは、各種規制の廃止とか既得権者のしがらみからの脱却を意味し、滑走路を走りなおすというのは、経済特区とか優遇税制とかそういう方向だ。

で実際には、重荷は捨ててないし、特区や優遇税制も、まだ机の上に置かれた脚本の状態。まだ誰もページを開いていないし、開かなくても想像できる内容だ。アベノミクスは始まってすらいない、株価が期待で上がっただけ、という人もいる。


ところで、一転してソニーのこと。1年半ほど前にソニー製のXPERIAにしたのだが、主に出先で充電とかPCとの接続に使う部分のキャップがそれを止めるバンドが切れるという形ではずれ、内部が露出してしまった。ソニー製品は1年のメーカー保証期間を過ぎると自動的に壊れるというリアリティのある都市伝説(『ソニータイマー』があるのは知っていて、過去に2回大損害したのだが、まさかスマホにまでタイマーを仕込むとは思っていなかった。細部にこだわらないのだよね。玩具感覚。

sony


キャップがないという状態を直すかどうか考慮するも、下着を着ないで外出して、体内が見えてしまうというような気分なので、キャリアの営業所に持っていくことにする。

と、そのキャリアの保証があるので、「1.本体を新品に交換する。2.部品の修理をする。」という二択だそうだ。コストは、1の場合は3,240円。2の場合は、0円から10,800円だが、明らかに部品代が必要だし、他にも故障個所があれば修理費が加算されるということ。どうもソニー製を買ったこと自体が・・ということらしい。ただ、新品にすると、データ移動が必要なこととアプリは取り直しということ。結局、面倒でも2を選ぶ人はいないだろう。

そして交換されるだろうスマホの寿命が尽きる時がソニー製品とのお別れになるのかと思うのだが、世界中の人がそう思う時、ソニーは電機メーカーとしての役割を終え、「伝説の会社」になるのだろうと思うのだが、そういえば、ソニー生命とソニー銀行にはかなりお世話になっていることを思い出す。
  

2014年10月21日

晴天の迷いクジラ(窪美澄著)

若い作家のことだから、もっと軽快で読後10歳位若返ったような爽快な気持ちになるのかと思って読み始めると、真逆であった。

mayoikujira


主人公は約3人で48歳の野乃花、24歳の由人、16歳の正子。年齢を調べ直して書いてみたのだが、本書の中で感じる年齢はそれぞれ2割増ぐらいだ。それぞれが、あまりに重すぎる家庭の重みを引きずっている。この3人以外にも、ほとんどの登場人物は犯罪的だ。

そして互いに面識のない3人とも、ついに人生の行き詰まりに到達。それぞれが行きどまり感のある旅に出る。それが、西日本のどこかの湾に紛れ込んだ迷いクジラを見に行くニセ家族の旅になる。行き詰ってしまって体力が尽きかけている迷いクジラの運命と重なる。

映画化が決まっているかのようにストーリーはドラマティックに場面が変わっていくのだが、読む方には、あまり新聞などには登場しない「事件の背後には幼少時代のゆがんだ家庭環境が影響を与えている」といった雰囲気が漂い、それが3人分、別々にこれでもかこれでもかと書きつづられる。

そして、人生の終わりを意識した3人の運命は・・

私は3人にもクジラにもコインの裏が出ることを予想したのだが、クジラは突然元気になって、湾を出ていなくなってしまう。映画化するには、そこのところの合理性を何か付け加えなければならないだろう。

そして、人間の方は・・
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)書評