2015年03月04日

そういえば、アラビア語

ずっとずっとずっと昔のことなのだが、アラビア語を数年間勉強していたことがある。実家の片付けをしているうちにテキスト発見。テキストに細かく日本語や英語の書き込みが残っている。なにしろ辞書がアラ英辞典だった。

arabic


なにしろ難しい!!

アラビア語は口語体と文語体がかなり離れている言語で、一般的な文書で書かれるアラビア語は西欧語でいえばラテン語のようなもの。ラテン語は通常は使う人がなくて、イタリア語やフランス語やドイツ語、英語といった立派な言語があるし、ラテン語覚えるというのは一つの特殊な学識と言われる。

ところがアラビア語の場合、文語体には趣味を超えて立派な意味がある。この言語でコーランが書かれている。だから、アラビア語を学ぶことはコーランを勉強することにつながっていく。

それと、この右から左に書く不思議な文字だが、いわゆる表音文字で、文字と発音がリンクしている。だから、文字を読むのは数時間で覚えられる。文法というか、言語の構造を理解するのが一苦労だ。

そして、当時勉強したことが役に立ったかというと、二回か三回か。

一つ目は数の呼び方、1=ワーヒドン、2=イスナーニ・・・といったとこ。中東に行って飛行機に乗ろうとすると必要だった。空港では、○○行きは○○ゲートに、という放送が流れる。母国語の放送の後、英語放送。つまり英語を聞いた時には、すでにアラビア語の放送は終わっていて、ゲートの近くに集まるのはアラブ系の人たちばかりだ。あちらの人は日本のように列を作る習慣がなかったので、ゲートの周りに何重にも円をなして集まっている。後から並ぼうと思っても、どこに並べばいいかわからない。

そして、予約システムの問題と思うが、席がダブルブッキングになっていることが多かった。やっとたどり着いた自分の席にすでに誰かが座っていて、「残念ですが・・・」ということになるわけだ。最初のアラビア語放送の時に、アラブ系の人たちと一緒にゲートの混雑の中に割って入らないといけないわけだ。その時に、1から10までの数字を知っていれば指定ゲートへ走っていけるわけだ。


それと、現地でタクシーに乗った時に、字の読めない運転手がヒルトンホテルの前を通過してしまいそうになった時に、あわててストップ指令を出したこと。

次は、文字を読む方だが、その頃に勤めていた会社のグループ会社の社員の奥さんがエジプト人でカイロ大学に通っていたのだが、病気になり日本の会社の健保を適用することになったのだが、その奥さんと社員が結婚している証明書が必要という話になる。送られてきたアラビア語の証明書を翻訳しようとしたのだが、そこにはそういうことは何も書いてなかったわけだ。要するにカイロ大学の在学証明書。

まあ、その書類を突き返して別の証明書を取り寄せる気力はないわけで、適当に翻訳してお仕事完了ということになったわけだ、。


そして、この難しい文字ではあるが、ここ十年あまりで、中東諸国の識字率は急速に上昇しているようだ。安定している国では90%を超えているし、不安が漂う国でも70%以上にはなっているようだ。

識字率の件は、別に書いた方がいいだろう。  
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2015年03月03日

世界から猫が消えたなら(川村元気著)

neko突然、脳腫瘍で余命数週間と言われたら、・・・

残る日数でできることは何かと言われても、ほとんどの人はたいしたことをしないだろう。もしも世界的発明でもしていてまだ論文を書いていないとか、そんなことは数百万分の1だろう。

ただ、謎だらけの自分の歴史を振り返って、解けないことを知りたいと思うかもしれない。人生の分岐点となった、恋人との別れの意味あるいは原因を知りたいとか、親と不仲になっていったその原因とか・・

ある意味、最近読んだ「流星ワゴン」だって同じ方向性の小説だろう。そちらはタイムマシンが登場するが、「世界から猫が消えたなら」では、悪魔が登場して、余命少ない青年と悪魔の交換条件を取り決める。

そして、物語が淡々と進み、青年は自分史の過去について、一つ一つ意味を解いていくわけだ。最後はともかくも暗闇の中の一筋のを糸つかむことだけはできることになる。

全体的に流暢な文体であるが、題材が重く緊迫感があるため、一字一字丹念に読んでいこうという気にさせる一冊であるといえる。  
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2015年03月02日

西大寺会陽

会陽とは「えよう」と読む。れっきとした仏教的儀式なのだが、3月に行われる西大寺会陽は、別名「裸祭り」ということになっていて、日本三大奇祭の一つと言われる。じゃあ、他の二つはどこかというと困る。何しろ全国二十余の祭りが奇祭と自称している。

で、上空から投げられるご宝木をつかんで、ゴールに向かって走るわけだ。バトンリレーと違うのは、バトンを取られないように走ること。

そしてユニフォームは、白ふんどし。そして男性以外は参加困難だろう。ソフトバンクのお父さんも難しい。口でくわえて走るのは無法だ。

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で、この祭りには多くの人々が全国から集まる。大別すると、ふんどしの人と、観覧客。

神社の特等の場所に観覧席がある。そして、その両者に対して、岡山市から注意書きができているのだが、私の場合、もとよりふんどし側ではなく観客の方にしたいのだが、どうもずっと前から旅行会社のパックで参加しないといけなかったようだ。どうも岡山に来ても裸祭りも観ていないし、備前焼祭りにもスケジュールが合わない。

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席もないのにうかつにも現地に行くと、誤って裸にされてしまう恐れがある。白フンも白ブリーフも持ってないので、地元テレビでの観戦にするが、やはり放送事故ありそうだなあと思ってしまうのと、群衆の中で転んでけがをしないように、あらかじめ膝に黒いサポーターを付けている人がかなりいる。

まあ、西大寺に生まれなくて、よかった・・  
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2015年03月01日

竹喬美術館にあったのは

笠岡のカブトガニ館に行った際に、すぐそばに笠岡市立竹喬美術館があることを知っていたので、日本画を観にいく。日本画と言っても明治以降多様に発展しているのでさまざまで、小野竹喬描く風景は、まるで切り絵のように淡い中間色で、それは独特の風合いを感じるものだ。カレンダーなどで見ると心が落ち着くといったところ。もう今年のカレンダーは稼働中なのでカレンダーを買うことは絶対にないのだが。

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ところが、竹喬美術館にあったのは、もっと日本画の大御所である菊池契月の大量の作品。菊池契月展が開催中だった。竹喬作品は二階の一角だけだ。

もとより、超本格的な契月のことを知っているわけでもないので、一つの美術館で二人の作品を鑑賞するということを「幸運」と、考えることにする。(ちょっと無理があるが)

そして、どちらのことを書くべきかよくわからないのだが、二人の共通点は、京都に行って画家活動を行ったこと。契月は長野の出身で、竹喬は岡山笠岡の出身。作風はまったく異なると言っていい。細部にわたってこまめに対象の人物を描き分ける契月と風景を中心に、いたっておおまか雄大に感情をこめる竹喬。

しかし、大都市でもない笠岡の美術館の駐車場がいっぱいになるほど愛好家がいるということなのだろう。思うに、菊池契月のように精密な日本画を描くことはかなり神経を擦り減らす作業なのだろうが、一作を描き始めて仕上げるまでに、あまり余計なことをやったり考えたりしたらいけないのだろうね。
  

2015年02月28日

一番長い日が近づく

名人挑戦者を決めるA級順位戦の最終局が3月1日に開催される。

ケーブルテレビの囲碁将棋チャンネルで完全生放送されるのだが、最大の問題は、放送開始時間の番組表が配布されるのがちょうど月末から1日だからどうしようと悩んでいたのだが、完全生放送なのだから、朝からやっているに決まっているということに気付く。

現在までのリーグの星取表を調べると、名人挑戦可能性があるのが4人(6勝2敗が二人と5勝3敗が二人)。この関係が全5局中3局。そして降級二人枠のうち、すでに阿久津八段が全敗中で決定済みだが、残り一人の可能性は3名にある。結局5局のうち4局は重要対局で、一局はお気楽戦だが、こういうのが長くなったりして「味悪し」ということになることがある。

ところで、全敗中の阿久津八段だが、今年度の成績は11勝16敗。順位戦を除くと11勝8敗ということになる。今期順位戦全敗者はB1の飯塚八段でこちらは0勝11敗と記録的だが、今年度の通算成績は10勝19敗。順位戦以外は10勝8敗。もう一人はC2の内藤先生だが、こちらは2勝18敗なので、まあ引退やむなしということだろうか。

さらに全敗者の塩調査をしてみると、今までにA級全敗者は4名。昭和22年の村上八段。昭和35年の松浦八段。昭和55年の木村八段。昭和56年の石田八段。実に34年ぶりとなる。そして、この4人の中で、後にカムバックしたのは石田八段だけである。実に10年が必要だった。(上がるまでに苦闘し続けた反動からか、一期で逆戻りすることとなった。

そして、最終局に勝って全敗を免れるケースも数回あるのだが、その1勝が次期の成績に繋がるという結果にもなっていないようだ。


さて、2月14日出題作の解答。

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228k


合駒2回探し。

動く将棋盤はこちら


今週の出題。

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手数は一桁台。もっとも、最終手と称する手には異論がありそう。詰将棋の仲間に入れてくれない人も多い。

わかったと思われた方は、コメント欄に、最終手と総手数と酷評を記していただければ正誤判断。
  
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2015年02月27日

伊予柑?

コンビニで昼食のパンを買おうとすると、妙な商品が目に入った。

伊予柑(いよかん)。

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口に広がる愛媛県産伊予柑の酸味。と書かれている。しっとり丹念熟成という言葉もある。

一方、「パン」という単語はない。しかし、みたところ、どうみてもパンだ。

ということで、確かめるためにも買ってみる。メーカーは神戸屋。

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まさか伊予柑がそのままパンに入っていることはないだろうと思っていたのだが、そのとおり中に入っているのは、「ママレード」。

実は、伊予柑ではないが八朔を大量にママレードにしたことがあるが、もともと蜜柑類はすっぱいため、ママレードにするには大量の砂糖をつかう必要がある。ということは肥満のもとかもしれない。

そして、このママレードパンだが、最大の問題は、ママレードの原料がどの種類の柑橘なのか、わからないことである。

さらに、アンパンにもこしあんと粒あんの二種類があるのだからママレードにも、粒入りとこしママレードの二種類があってもいいのではないだろうか。  
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2015年02月26日

007第3話&第4話

第三作はゴールド・フィンガー。1964年公開。

この三作目から、「恐怖」というテーマが加わる。全身に金箔張りにされ亡くなる美女、原爆爆発の危機、そして飛行機の中の銃撃戦で破れた機体から空中に吸い出される者・・・

そして、ボンドの秘密兵器は、ますます手が込み、さらにボンドカーは進化する。

フレミングの原作の順と映画の順は異なっている。といっても原作を読んだのは2作(ムーンレイカーとロシア)だけなので何とも言えない。

米国政府が秘匿する大量の金塊について原爆で汚染してしまい、結果として金塊の価格を暴騰させ、自分の金塊の価値を高めようという高等作戦を狙うのが犯罪組織スメルシュ。スペクターと別の犯罪組織。こんなにたくさん犯罪組織があるのでは大変だか、実際には犯罪組織は砂浜の真砂ほどある。

そして、1964年に原爆で金塊が汚染されていると、58年後までは金の価格が暴騰しているはずだから、2022年になると暴落するはずだ。もうすぐである。

そして、この作品は、かなりの部分を空中で展開するのだが、次作は海だ。

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第4話 サンダーボール作戦 1965年

 製作費は前作の3倍に膨れ上がる。また奇抜な仕掛けが多発。実は、これは観ていなかった。なにしろ、海中で戦闘が起きたり、人食いザメが暴れまわるし、たぶん1000人ぐらいが、あの世行きとなる。ヒューマニズム度はゼロパーセントだ。毎年のように新作が出るため、たぶんショーン・コネリーは1年中、働いていただろう。ボンドガールの数は前作より多いような気がするが数えきれない。敵も味方も次々に死んでしまう。

前作と同様に原爆テロである。実際に、いままで原爆テロは世界のどこでも起きていないが、実は、原爆よりも原子力発電所の方がもっと危険という現実がある。

しかし、二作まとめて書こうとすると、二作続けて観ることになるが、早く文章にしないと、どちらがどちらの話なのか、つい解らなくなる。まあ、基本構造は同じだからだ。  
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2015年02月25日

陶磁の道(三上次男著)

tojinomichi「東西文明の接点をたずねて」という副題が付いている。1969年の書である。題名からして、中近東から極東にわたる陶器文化がどのように互いに関係していったかが書かれているのだが、ちょっと現代の感覚と異なるのは、「すべて中国がナンバーワンで、他の国はその影響を受けている」という方向で書かれていること。

まあ、半分は当たっているのだろうが、現代中国をみて、あまり過去の栄光を尊重しているようにも見えないし、50年前もそうだったはずだ。

もちろん、エジプトにもシリアにもイラクにも土地の陶磁器があり、価値は高い。さらに本書には登場しないが、日本でも縄文時代にはきわめて個性的な土器が焼かれ、その後、中国の陶器とは独立した形で全国各地で美の追求が行われていた。

たとえば、土色の素朴な古備前焼など、どうやっても中国陶器とコラボは難しいだろう。

そして、本書を読むもう一つの楽しさは、中近東各地で陶器片を探す(拾う)こと。エジプト、シリア、ヨルダン、イラクと歴史上の古都市をめぐる。

それらの国は、今や荒廃とテロが支配する地球上で最悪の地となってしまった。ある意味アラーは平等感を持っていて、遺跡などの観光資源を持っていない地からは石油が産出されるし、石油資源の乏しい国は観光立国になれるはずだったのだが、いままでは石油の方が巨額の利益を生んできた。

いまさら、壺を焼いたり絨毯を織ったりコツコツ働く気にはならないのだろうね。原発補助金でやりくりしている町のような話だ。
  
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2015年02月24日

時価何億円?

東京駅から数分のところに、巨大な空間があることを知っている人は少ないだろう。

といっても、地下の秘密防空壕というようなものではなく、某ビルの一階。といっても、ビル一階のホールスペースということでもないし、テナント料が高過ぎて借り手の見つからない空き室ということでもない。

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なにしろ、いつも誰もいないわけだ。

なんのための場所なのか不明だ。

あまり有名じゃないのは、紹介しようにも、その場所を他人に伝えようと表現することが難しい。この空間は、何か?

単なる通路?

芸術?

設計ミス?

1年ほど前にこの場所を見つけたのだが、ここが今後どういうことになるのか、楽しみにしているのだが、現状よりスリリングなことが起きるとは、とても思えない。
  
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2015年02月23日

「芭蕉という修羅(嵐山光三郎著)」連載完結

新潮社の書評誌に長らく連載中だった『芭蕉という修羅(嵐山光三郎)』が、ついに完結した。

松尾芭蕉という武士であり隠密であり水利工事家であり俳諧のドンである複合人物を一から掘り返した怪書であり、これから一冊の本として発行されれば、何らかの話題になり、そして批判もされるのだと思うが、著者のかなり鋭い分析が陽の目をみることがうれしい(芭蕉ファンとして)。

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ただ、全体の連載の中のページ数の読みが甘かったのか、最終回は、どうあれ詰め込み過ぎだ。芭蕉の最後の1年をまとめて詰め込んでしまった。この部分は、単行本にする時には、書き加えというか書き直しとなるのだろう。

特に、この最後の1、2年に病気をはじめ身の周りの不運が続き、さらに「奥の細道」の刊行について思い悩んでいたようで、やっとそれらの手はずが整い、自らの没後に「奥の細道」が世に出る仕組みを作り、そして思いつのる形で、長崎をめざして旅に出る。長崎は弟子の去来の故郷ではあるが、果たして弟子の故郷に行きたくてしょうがなくなるようなことがあるのだろうか。

著者は唐突に、「俳諧は危険な文芸で、芭蕉の本能は都市をめざす。」と書く。そうだったのだろうか。芭蕉の修羅は都市の中にあったのだろうか。「都市と農村の対峙」というのは近代日本の韻文学の中で、石川啄木や寺山修司はじめ多くの詩人を悩ませてきた問題だが、芭蕉は単に「都市が好きだった」ということなのだろうか。では、長崎に何を期待していたのだろう。50歳の旅の途中で力尽きた天才にあと1年の猶予があれば、・・

*本連載には南伸坊氏の挿絵が入るが、隠密であり心に修羅を抱えた芭蕉一生の書にはちょっと似合わないような気がする。描き直しか、消去ということになるかもしれない。
  
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2015年02月22日

笠岡市立カブトガニ博物館

実は、岡山県の西端にある笠岡市の小さな博物館にはそれほど期待していなかったが、行ってみると、地元に生息している生きた化石といえる「カブトガニ」を十分にアピールするすばらしい場所だった。

ただ、大きな疑問は、「博物館」と命名されているが、「水族館」ではないだろうか。生きたカブトガニが水槽の中で泳いでいるわけだ。さらに飼育も。もちろんイルカやアザラシじゃないので、ショーをしたりはしないのだが。

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で、生まれて初めてカブトガニを見るのだが、まず建物自体がカブトガニの形になっている(後で気付いたが)。そして、入口のそばの水槽ではカブトガニが遊んでいて、裏返しになったり、立ち泳ぎを披露している。腹の方からみると、まったく気持ちが悪い姿だ。蟹ではないので蟹と比べるのはおかしく、クモの一種と考えられているようだが、足の動きはクモ的だ。えらがついているが、えらは下半身の方にあるので、他の動物のどれにも似ていないと言える。目は甲羅側に二対あるが、複眼式と単眼式と2セットになっている。

血液はしっかりと心臓からインとアウトの二系列になっていて、この血液は医薬品に使われるために、強制的に献血させているそうだ。3分の1を抜き取っても問題ないそうだ。

生まれてから約14年で成体になる。寿命は約25年。大人になってからは短命だ。そして世界にカブトガニは4種類しか残っていない。北米(フロリダの方)に1種類。東南アジアに2種。そして日本に1種。日本のカブトガニが一番大きく体調はメスが60センチ、オスが50センチ。

日本のカブトガニとアメリカのカブトガニの生態はかなり異なっている。というかアメリカのカブトガニはメスに比べてオスがかなり多く、産卵期には海岸に向かうメスに対し、大挙してオスが群がるというワイルドな男女関係が見られるが、日本のカブトガニは、産卵期でなくても(つまり、いつでも)、特定のオスとメスが対になって行動している。

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だから、捕獲されるときも一対になっていることが多いそうだ。しかも「対」というのが、人間の夫婦のように観念的なものではなく、物理的にメスの背中にオスが乗るというような形になっていて、オスはメスにつかまるために足の爪がカギ型に特化しているし、うまく密着できるように甲羅の前側が凹んでいる。

ただ、水槽の中を観察してみると、しじゅうくっついているというのではなく、すぐ近くにいて、くっついたり離れたりしているようにみえる。オスはメスの上に乗って、食べ物を探したりする場合にはメスに行き先を指示しているようだ。ただし、餌を食べるのはメスが先だそうだ。オスが太ったら上に乗れなくなるからだろうか。だから、産卵に行くのも対でいくのだから、争い事は起こらない。

で、2億年前の化石と現在のカブトガニの形態はほとんど変わっていない。地球上のその他の生物は、微生物を除けば、すべて進化したり滅亡したりしている。なぜ、カブトガニだけが進化しなかったか(あるいは滅亡しなかったか)というのは、この生物の最大の謎とされているのだが、博物館側の見解は簡単だ。

「完全な生物だから」。

ということらしい。強固な外敵からの防御システム、逃げ足早く、砂に潜って隠れるし、なんでも食べる食の弾力性、そして食べてもまずい感じだ。調査団は東南アジアの魚市場を探索するも、食材にはなっていないようだ(海辺にはもっとうまいものが沢山ある)。

なんとなく、日本の特徴に似ているような気もする。専守防衛の自衛隊。日本食の多様性。食えない日本人。
  

2015年02月21日

人狼名人たち

本年1月3日「今年の応援」の中で、順位戦復帰をめざす熊坂五段と異色の作戦で戦う糸谷竜王、医学と将棋の両立で苦心している伊奈川女流初段を取り上げ、さらに2月7日「今年の応援の続き」として勝星を一つ積み上げた熊坂五段と、相手の駒台に駒を置いた糸谷竜王に触れたのだが、その時に伊奈川初段の「人狼」の話を書くつもりだったのだが、その時に起きていたIS-STATEによる人質事件に配慮して自主的に後回しにした。

なにしろ、人狼は、人間と人間になりすました狼=人狼の戦いがテーマになっていて、「二つのチームに分かれ」、「毎日一人ずつ消す」とか、相手の真意やウソを見抜いて人狼を見抜いたり、人狼側はなんとか一般市民に紛れ込もうとする、というアブナ過ぎるゲームだからだ。元々はロシアで「市民とマフィア」という構想で発生したらしく、たぶんプーチン大統領なんかチャンピオンクラスだろう。「市民とマフィアとKGB」とか。プレーヤーはそれぞれ占い師や霊能者、背徳者、妖狐、狂人とか役割を与えられる。将棋の駒と同じだ。

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で、ニコ動でも将棋棋士が参加する人狼は人気らしく何回も組まれている。そして、その不動のメンバーの一人が伊奈川さんのようだ。観ていると将棋棋士側は「伊奈川、中田功、香川、村中、門倉」の5人だが、何ゲームか見ていると、伊奈川、中田功の二人が横綱級。香川=大関、村中・門倉=幕内か十両という感じだ。どうも伊奈川、中田功、香川の3人が常連のようだ。そして、横綱二人は、あまり発言をしないで他人の話を聞いて分析を続けているようだ。そして、かなり早期にゲームの方向性を捻じ曲げてしまうような発言で場を誘導している。

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そして、YouTubeでは伊奈川さんが羽生名人とタイトル戦の解説の場で、ずっと「人狼のルール」を名人に説明し続けているのがわかる。「ウソをつくとき緊張します。」ということを言っているのだが、勉強中の医学の世界では、時々患者にウソを伝える時があるはずだが、そのつど緊張していたら患者に見破られるのではないかと思ってしまう。

患者「あとどの位・・・」
医師「(秒読みです・・と言いたいが)病院出られるのはもうすぐですね」

で、伊奈川さんは、羽生ファンだそうで、タイトル戦の解説は全く行わずに、二人で将棋以外の話をするだけして退席してしまった。どうも数十年前に起きた男女名人同士の事件のプレイバックが起きる予感がないわけではないが、一方は女流名人になったわけじゃないし、一方は相手が医学部生であることすら知らないようだし、まあ何も起きないだろう。

しかし伊奈川さんが羽生ファンであることだが、2006年11月19日「伊奈川新女流棋士誕生パーティへ」で書いたように、プロになった時の披露パーティの席で、男性ファンの一人から「昔、八王子道場で羽生少年にやっつけられたカタキをいつか討ってくれ」という内容のスピーチがあったことを、覚えている。

仮に女流タイトルをとれば男性棋戦への参加もあるだろうし、さらに勝っていけば、いずれ羽生さんと対局することになる。つまり、ファンではなく、ライバルであるべきということ。

どうも人狼名人になってから、将棋も強くなったと言われているのだが、たとえば故大山名人は全然手を読んでないように見えると言われていたのだが、ひたすら相手が何を考えているかを推測して、その対応だけ考えていたのではないだろうか。そうなると省エネ思考法になるわけで、結局終盤に体力や気力を残しておけるわけだ。あるいは、対局中にあやしい口三味線でも打っているのか。

医学と将棋と人狼までやっている多忙人間には合理的なやりかたなのかもしれない。


さて、2月7日出題作の解答。

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▲1四飛 △2二玉 ▲1二角成 △同歩 ▲2四飛 △1三玉 ▲2三銀成まで7手詰

動く将棋盤は、こちら。簡単すぎた。


今週の問題。

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手数は長いが、・・・

わかったと思われた方は、コメント欄に、最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2015年02月20日

七段仕込みの清酒

nanadan倉敷の平喜(ひらき)酒蔵の酒は、「喜平」という。創業者が喜平さんだったのか平善之介という名前だったのかよくわからない。

喜平という酒の中にグレードがあるようで、高いのと安いのを飲んだあと、あまり口に合わないので、中ぐらいのを飲むと、これがもっとも口に合った。中流階級だからだろうか。

で、「七段仕込み」と書かれていて、「従来の日本酒は『添、仲、留』の三段階で仕込むがこの酒はさらに四段から七段にかけて、・・・・長い時間と手間をかけて仕上げた」となっている。私も将棋は六段だが、やはり長い時間が必要だった。七段にあやかりたいと思うわけだ。最近は高級車の変速機も六段というのが増えているようで、やはり七段は難しい。

原料米は、山田錦ではなく、岡山に多い雄町米でもなく、あけぼの米。地元の食用米だが、近年、牛丼チェーン店で使われているらしい。

ただ、飲んですぐ感じたのが「大関」に近いな、という感じ。このように「越の寒梅」とか「菊正宗」とか、○○に似ていると感じさせるのがメジャーブランドというのだろう。こういう社を代表する味に辿りつくまでが苦労の連続で、あれこれと、手を変え、品を変え、商品の種類を増やしていって自滅するのが日本企業の癖といえばそれまでだ。

実は、喜平はそれほど高い酒ではないが、倉敷の居酒屋ではあまり飲めない。居酒屋は高い酒だけを用意して、一夜限りの旅人から搾取を図るのがご当地流になっている。だから喜平は好まれない。

ただし、喜平ばかり飲める店があって、酒蔵が自ら「喜平」という居酒屋を営業している。いずれ飲み倒して、それを機に、全国居酒屋めぐりを始めて「おおた葉一郎の居酒屋五十三次」でも書いてみようかと思うが、困ったことに「太田」という別人が居酒屋放浪記を書きまくっているので、兄弟か子どもと勘違いされないように、その際は「織田葉一郎」と、有名な元スケート選手の苗字を借用することにしている。
  
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2015年02月19日

東京駅開業に関する小話

東京駅開業百年記念行事が数々行われているが、ちょっと角度を変えた話。

まず、開業したのは大正3年12月20日。その頃の日本はかなり鉄道網が充実していて、新橋から下関まですでに開通していた。また、東北方面にも上野が拠点駅になっていた。そして、なんとなく新橋と上野をつないで、その真ん中に東京駅をつくる話になった。

とはいえ、日本はロシアと戦争をすることになっていたわけだ。となると、おカネもないし、鉄材も不足。ということで、戦争終結後、ついに東京駅が完成した。

そして、今、東京駅に行くとさまざまな記念行事が行われて賑やかなのだが、かわいそうなのは、鉄道の主役であった新橋駅だ。

なにしろ、新橋駅は、「新橋」という名前すら奪われ、「汐留貨物駅」に格下げ。飲酒運転が発覚し三階級降格となった人事発令みたいだ。

一方、旧新橋の次の駅だった「烏森(からすもり)停車場」が「新橋駅」に昇格となる。ただ、一部では、元の駅に遠慮して、「新新橋」と言う人もいたようだ。

さらに駅長の話。元の新橋駅の駅長は高橋善一氏という方だった。新橋駅第三代駅長だった。この方の運命は?

東京駅初代駅長である。つまり、古い駅を捨てて新しい駅に向かったそうだ。

現在の感覚では、それほどおかしくない話なのだが、当時の社会での感覚は異なるようで、「椅子を担いで東京駅に向かった」とか「新橋から優秀な駅員だけ選んで東京駅に連れて行った」というようなことを新聞に書かれている。軍艦の艦長が船と運命をともにするように、駅と運命をともにするのが筋と思われたのだろう。

そして、駅長椅子の引越しがすんで、翌朝、東京駅発の最初の列車は朝5時20分の始発である。

yokosuka


行先は、結構マイナー。横須賀行きだった。

しかし、東京駅には今と同じようにマニアが押しかけたようだが、この日、東京発の乗客が最大数下車した場所は、隣の新橋駅だったそうだ。

一方、前日おわかれとなった旧新橋駅にも懐古趣味のマニアが集まっただろうが、残念なことに記録は残っていないようだ。

今後、東京駅が廃止になる時には、集まるだろう鉄道ファンの声も大きく報道されると思っている。
  
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2015年02月18日

007第1話&2話

BSジャパンで「007シリーズ」の放映が始まった。といっても全23本プラスおまけ2本の25本を全部放送するのかどうかはわからない。とりあえず、一月に2本ペースみたいだ。1年続けば完結する。

それほどこだわるなら、全編セットの箱モノを買ってしまえばいいのだが。あとで邪魔になるだけだし、実際観たのは半分ぐらいかな。初期の頃のは観ているような気がするが、自信はない。なにしろ、極端に言えば、全部ストーリーは同じとさえいってもいいかもしれない。1960年代から50年経ちながら、なぜかこの映画関係者は長寿を誇る人が多く、ほとんどの関係者が生存しているようだ。一方、スクリーンの中では毎回100人以上1000人以下の死体が転がる、もっとも体力があって元気でないと出演できないだろう。

で、1本ずつ感想を書いていると、007だらけになるので、とりあえずまとめて2本ずつ。

まず、ドクター・ノオ。1962年制作。冷戦構造が定着した頃だ。朝鮮動乱とベトナム戦争の間というべきか。米ソで宇宙開発をしようとしていた時に、妨害しようとするグループが現れる。シリーズ第一弾ということで、予算が少なく、殴ったり蹴ったりという格闘が多い。第一作はまだ方向性が定まらず、人が一人なくなるだけで大騒ぎになる。

大ヒットし、第二弾からは巨額予算が使われることになる。

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第二話、ロシアより愛をこめて。

第一作の成功で大予算がつき、世界中で撮影が行われる。本物の米ソ直接対決があるため、スペクターという犯罪組織が登場して、KGBの身代わりになる。当時のロシア人は映画を観ることができたのだろうか。個人的にはシリーズ中、好きな1本である。今回から、特殊兵器(装置)がテーマの一つになる。まだ小道具の類だ。

イスタンブールからイタリアに向かうオリエント急行をテーマにするとは、なかなか凝っている。これと、ムーンレーカーは原作を読んだこともある。本作以降、ストーリーはほぼ同じになる。

本作のボンドガールはシリーズ中ナンバーワンと言われる。本作では人権尊重されているが、以降、セクハラ対象と化していく。英国紳士の本音だろう。ショーン・コネリーはおいしい役を続けて、さらに老年になって、モデルチェンジして、名老優となった。稼ぎ過ぎだ。
  

2015年02月17日

流星ワゴン(重松清・書籍)

日曜夜のテレビドラマの結末を早く知ろうかと思って、読み始めたわけではないのだが、そういうことと同じになってしまった。ということで、次の展開を知りたい人もいるでしょうから、あらすじをダラダラ書くわけにはいかない。

ドラマの設定が、広島県福山市の鞆の浦(とものうら)であるのだが、実は、数週間後に鞆の浦に行って、イベントに出席(というか当事者)することになっているため、ドラマが話題になることを予測して、あらかじめ勉強しようと思ったわけだ。そして、現在、ドラマ放映が進行中なのだ。

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以前、鞆の浦には行ったことがあり、ドラマの中の永田家のあたりは、海沿いできわめて細い道で土産店とか坂本竜馬がいろは丸衝突沈没事件の賠償交渉を行った場所などが並ぶ。有史以来の天然港であり、一方で、海岸道路の設置で地元の意見が「観光か生活か」で分かれている。

そして、一冊読んで、本の内容には、少しショックを受けたのだが、もっと大きなショックを受けたことがある。

ドラマでは鞆の浦が舞台なのだが、原作では鞆の浦の「と」の字も出てこない。

だいたい現在第六話あたりを進行中だが、そのあたりは原作にはないことが多い。

原作は、永田家の祖父と父、父と息子、橋本家の父と息子の3組5人の男の物語なのだが、うち二人は幽霊で二人は幽霊もどきである。幽霊はホンダのオデッセイというワゴン車を自由に運転して時空間を移動し、男たちの自分史上の失敗をなぞっていく。そして、タイムマシンの様に過去の中に永田一家をおきさりにしたりする。

で、タイムマシン小説の定めである「未来を変えてはいけないが、一つくらいは例外がある」という方向に進んでいくわけだ。

なぜ、オデッセイに乗るかということだが、ギリシア叙事詩であるオデュッセイアにつながるからだ。海外の戦争のあと勝者であるオデュッセイアは、さまざまな複雑な事情が起きて簡単に故郷に帰ることができず、長い長い旅路の末、へとへとに消耗して帰還する。車種に名前が付いたのも、へとへとの旅をイメージしてのことだろう。本作はタイムマシンの旅。

そして、原作では、ちょっとパッとしない結末に進むのだが、それではTBSの視聴者は怒り狂って次のドラマを観てくれないだろうから、巨大な不幸か巨大な幸運を予感させるように書き直されるのではないかと思うのだが、巨大な不幸で終わるテレビドラマというのは基本的にありえないのだろうと推測する。

ところで、重松清氏は岡山県出身ということだ。倉敷に近ければ実家の撮影にでも行こうかな。県内出身の三人目の有名小説家(小川洋子・あさのあつこ・重松清)ということになる。
  
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2015年02月16日

17ヶ国語共通マニュアル

ニコンの望遠ズームレンズを新調する。今までは、オート非連動のレンズでデジカメなのに、絞りとシャッター速度を頭の中で計算していたのだが、やはり面倒だ。しかも、望遠系となると、手ぶれを防ぐために三脚などが必要だったのだが、最近は手ぶれ防止機能が搭載されているレンズが主流だ。そして、ネット上で信用できそうな店舗を探して注文すると、翌日配送である。

そして、本来は、このレンズの使いやすさをレポートすべきなのだが、夜なので、自宅の窓の前のラブホテルくらいしか被写体が見つからないため、別のことを書いてみる。

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使用説明書である。表紙を見て気付いたのだが、1冊の中に17ヶ国語で描かれている。かなりの手抜きだが、まあ、メーカーにも都合があるのだろう。

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そして、この17ヶ国語だが、何語だかわからないものもある。ということで、何語で使用説明書が書かれているかを解読してみようと思い立つ(実際、何の意味もないのかもしれないが、こういうつまらないことにも真理が含まれることがある)。

右端に上から並んだ略号が言語を意味している。

まず、すぐにわかるもの。

Jp=日本語、En=英語、De=ドイツ語、Fr=フランス語、ES=スペイン語、Ru=ロシア語、It=イタリア語、Gr=ギリシア語、Cz=チェコ語、Kr=韓国あるいは朝鮮語

この10ヶ国語は簡単だ。

この段階で、ギリシア語というのが、まるで仲間はずれなことがわかる。そしてロシア語。ギリシアは欧州の故郷と言われるが、・・


不明なもの。

Sv、Nl、Sk、Ro、Ua、Sc、Tcの7か国後が不明だ。
で、捜索の結果、Svはスウェーデン語、Roがルーマニア語、Sk=スロバ二ア語、Nl=オランダ語まで到達。あと3ヶ国語。

UaとScとtcである。

Uaは、ロシア語に似ている。もしかしたらロシアの代弁者と交戦中の国かな。

このあたりで、国・地域コードとか言語コードというのがあるのがわかる。

http://onlinehelp.microsoft.com/ja-jp/bing/ff808526.aspx

これで、未解決の問題はすべて解決かと思うが、ウクライナ語はuk-Uaとなっている。
なぜ2種類あるのだろう。もう国家が分割してしまったと宣告されたのか。セルビア語もsr-CSと二連型だ。この型落ちのレンズが発売された頃はUaだけでよかったのだろう。

そして、ScとTcの二つ。どちらも漢字であるが、Scは簡体字だ。そしてTcは繁体字。だいたい、このややこしい話が見えてきた。Scは中華人民共和国、Tcは中華民国。Sino-ChinaとTaiwan-Chinaだろう。

そして17カ国が解明できた時に思った疑問だが、アラビア語圏をはじめ、インドネシアやマレーシア、アフリカ諸国のようなイスラム国家が除かれていること。もしかしたら、このレンズ自体が何か宗教的問題を持っているのだろうか。あるいはカメラ自体に何か不愉快な意味が・・

少し調べてみるも、よくわからない。女性を撮影することはマズイらしいが、望遠レンズというのがいけないのだろうか?  
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2015年02月15日

プライベート・ユートピア ここだけの場所

岡山県立美術館で開催中(〜2/22)の『プライベート・ユートピア ここだけの場所−ブリティッシュ・カウンシル・コレクションにみる英国美術の現在』と超絶的長さのタイトルの美術展に行った。カウンシルとは議会みたいな言い方で、国会図書館みたいなところが美術を集めているのだろうかと思ったが、どうも文化評議会みたいな組織らしい。日本にも、官民いくつかある。つまり、簡単にいうと「英国現代美術展」ということだろう。

現代美術は世界のあちこちにあるのだが、思うに日本もかなり先進的かつ大量に発信しているのだろう。多くの作家をカテゴリーにはめて総称するのは愚かであるが、各国別の雰囲気は、米国=商業主義の香りが強い。日本=多様性があり、立体アートが得意。さらに芸が細かい。中国=原色的で、ビデオの使用が多く、うるさい。欧州=成熟の反面、ちょっと暗い。といったところだろうか。

eikoku1


英国は、もちろん正統性を重んじる国なので、なんとなく落ち着いている(岡山の人は、あまり現代美術をみていないだろうから、そう思わないかもしれないが)。空間を使った超巨大作品は出展されていない。妙な音を発する装置はある。

ということで、どうも英国人の考えは理解できないのだが、歴史を重んじるといっても、代表する文化といえば、シェークスピア、ビートルズ、007と、まったく伝統とは違うものである。

eikoku2


案外、伝統主義のカウンターカルチャーが一流なのかもしれない。日本の場合は、最初からすべての芸術がカウンターカルチャーでできあがっているような気がする。

eikoku3


そして、岡山での特別企画として、『忘れられた器たちの棲家』という作品が人気になっている。どうも、自宅から古い(あるいは、自慢の)器を持っていくと、ある期間、この棚に展示されるようだ。ちょうど、小学生の少女が、自分の器の展示期間が終わってしまい、残念!というリアクションを演じていた。

もうすぐ、終わってしまうのだが、何か展示できるものが自宅にあったかと思いめぐらしてみたが、以前、市民講座で焼いた(ニセ)縄文土器に思い至ったのだが、高さが60センチもあるし、地面に差し込むように先が尖っているので棚には向かないだろう。下津井海岸で拾った破損している蛸壺も、どうみても、そのまんまにしか見えない。器としては仲間外れになるのだろう。
  

2015年02月14日

将棋魔法陣3回目の補正かな

二上達也先生の『将棋魔法陣』が発売。限定1000部の予約である。買いたい人が多数いるようなので、予約は遠慮したのだが、『将棋魔法陣』は、1953年(昭28)に発表されている。1932年生まれなので、まだ21歳の頃だ。

その後、1974年(昭49)に、いわゆる野口文庫(野口益雄氏発行)で再版をなしていて、さらに2年後の1976年に第二版。44歳である。この時の第二版(つまり三回目)を持っている。

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あとがきの中で、「(原本には)三割五分に及ぶ不完全作、キズ物の山また山である。・・・全く新題に入れ変(ママ)えようかと思ったところもあるが、・・・」となっていて、結局は、原作を生かした修正を行ったと書かれている。

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重ねて付記として「2題および番外2題の計4題にさらに余詰があったので再修正」という内容を書かれている。

今回の修正では、修正困難作もあったという話を聞いている(買えばわかるわけだが)。

ところで、昭和51年版には裏表紙に鉛筆で1200と値段が書かれている。39年後の新刊は税抜きで4800円である。ちょうど4倍だ。39年で400%になるには複利率を計算すると、年利3.7%となる。アベノミクスのインフレ目標値よりもずっと高率である。

そして『魔法陣』のこと。実は、『魔法陣』と『魔方陣』と似ている言葉がある。さらに混用も見られる。まず最初に数学的魔方陣。正方形のマス目の中に1から順に数を入れ、縦横斜が同じ数字になるパターンである。案外『将棋魔法陣』は1問から81問まで初型の玉配置が全格になっているので、数学的魔方陣になっている可能性があるかもしれないと、今、これを書きながら推定している。

もう一つの魔法陣は、魔法を使うための図形、あるいはその図形が置かれた空間を意味する。もちろん魔法陣だけではなく呪文も必要だ。占い師や、宗教家がよく利用する。小学生の頃、数学的魔方陣も魔術的魔法陣も一生懸命作っていたことがある。どちらも詰将棋創作と同様に、「作ればいい」ということではないわけだ。二上先生の書籍は「魔法陣」になっているのだから、全81格をイメージする必要はなく、それなら「魔方陣」の方がいいようにも思える。

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と、ここまで書いてから、心配になって将棋魔法陣の番数と初型玉位置を書きだしてみた。というか、書き出してから本書に書かれていることに気づいた。タテヨコナナメがすべて369になっている。やはり魔方陣になっている。しかも本文の中で、魔法陣に配置したから本書を魔法陣の名にした、というように書かれている。すると、二上先生の魔法陣と魔方陣の混用は当初から発生していたようである。



さて、1月31日出題作の解答。

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17手詰。

飛車の限定打がある。

動く将棋盤は、こちら


本日の出題。

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見るからに合駒選択問題。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数を記していただければ正誤判断。
  
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2015年02月13日

最近のビジネス雑誌の表紙

順番に読まないと机に積まれていくビジネス雑誌の高さが増えていく。少しだけパラパラと見て、また山に戻すのだが、最近思うのは、どうも表紙のコトバが、おかしい。

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プレジデント 2月16日号
2015年 偉くなる人、ヤバい人。
     (深酒翌日も元気いっぱい「疲れのV字回復法」)


プレジデント 3月2日号
 女の口紅は なぜ、赤いのか
     (女も知らない「女の本性」)

THE 21 3月号
 今すぐ 「やる気」を出す方法
     (ここまでわかった!モチベーションの仕組み)

いずれも一般書店で発売されている雑誌なので、なにしろ店頭で目立たないといけないのだろうね。

でも、「疲れのV字回復」なんて続けていたら、確実に病気か即○。あるいは、「ヤバい人」というのは、クスリでV字回復か?

「女の口紅」→女の本性。この雑誌、女性社員が早く読みたがっているのだけど、要するに関連記事は全部セクハラ風。人間は≒ゴリラまたはチンパンジーという基本理論で書かれている。(そうかもしれないが)

「やる気」を出す方法・・余計なお世話としか思えない。日本の会社は米国の会社と違って、Good社員とBad社員が混在しているので、Bad社員には、「やる気を出さないで」いつまでも眠っていてほしいわけなのね。Good社員はもともと仕事をしているので、特に注射する必要はないのかも・・

精読したら、何か書くかもしれないし、書かないかもしれない。
  
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2015年02月12日

税関保管紙幣返還業務について

税関の下請け仕事(本当は、正しい言い方がある)をしている関係で、神戸税関が岡山県の倉敷市役所で、とある保管品の本人返却業務を期間限定(2月2日〜6日)で行うことを知る。

といっても、押収された麻薬とかピストルとか虎の剥製とかウタマロ画ではない。

保管紙幣。

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といっても意味不明と思うので、ワンポイント講座なのだが、まず、70年前の終戦。その時、旧日本領の外地には660万人の日本人が残留してしまう。国民総数の9%にもなる。

その後、それらの人の多くは、苦難の末、舞鶴をはじめとする日本の港(舞鶴、横浜、浦賀、呉、仙崎、下関、門司、博多、佐世保、鹿児島)に引き揚げることになり、一部の方は、それもかなわず外地の土となる。第一船は10月7日だった。その後、引き揚げ港は全国25港になるが、そこにまた一つ大きな不幸が始まる。引揚者の第一船が到着する2週間前に、GHQ(米国)が発令した規制で、金、銀、証券、通貨について、持ち込み制限が始まる。要するに、外地の9%の方が、財産を持ち帰ると、それが日本の通貨量の増大を招き、まだ生産力がゼロの日本では、ハイパーインフレが始まると考えられていた。

そして、持ち込もうとしたそれらの個人財産は、税関が預かる、ということになった。

しかし、それらの持ち込みを制限しても、結局さまざまな理由で日本は自然とインフレなり、その規制が解除された1953年ころには、多くの証券は、無価値になったり、現金との交換終了となっていたりしたわけだ。その時点で今度は「返還業務」がはじまる。

1953年段階で、44万3千人の134万9千件が未返還になっていて、その後62年間経ち、未返還分は26万8千人分の86万5千件が未返還になっているようだ。

その証券類だが、多いものの一つが軍票と呼ばれる占領地での地域通貨。ようするに日本軍が占領地で使用するために印刷した、ドル建とかルピー建とかの紙幣風借用書である。軍に持って行けば、いつでも本物の紙幣と交換してくれる権利証である。もちろん、日本軍は終戦即解散したので、その後は無価値だ。

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さらに戦争国債。国債については本来、日本国が責任を持つべきだが、戦後しばらくして、償還期限を変更し、その期限のあと10年後に無価値となった。

そして、現在でも法律的には使用できる札もあるが、事実上、インフレのため無価値に近いといえる。

まったく、壮絶な暴挙だったといえるだろう。  
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2015年02月11日

かもめとSの字バッジ

少し前に将棋連盟から、バッジをもらった。長年の功績ということらしい。そして、またバッジが送られてきた。ブルーのバッジでカモメとSの字。

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海上保安友の会という会から。年を取ると、あれこれバッジが送られるものらしい。勲章はもらえないが、・・年金生活に入ったら、ジャケットの胸章として活用すればいいのだろう。(ゴルフ場からもバッジが届いていたよう記憶がある。)


どうも、海上保安庁の外郭団体らしく、活動のサポーターが加入するようだ。個人が中心の組織らしいが、法人で入会しているので、社長にバッジが届いたのだろう。ネットで調べると、紺色のバッジなのだが、手元にきたのは空色だ。違うものなのかな?そういえば、先日、救命浮環投入訓練に海上保安庁の方にも来てもらったので、関係あるのかな。

どうも、年間に数回、巡視船の見学会があったり、遠足みたいな行事があるらしい。

そして、海上保安庁は、ジャパン・コースト・ガードと英語で自称しているのだが、米国はじめ多くの国はコースト・ガードは軍隊の一部ととらえられているのだが、日本は別。国土交通省の一部門である。

とはいえ、対中、対韓戦争が始まるなら、最初は保安部が対処し、手に負えなくなったら自衛隊の登場となる。ということで、強すぎてもいけないし、弱すぎてもいけない。

ということで、あまり深入りすると危険の感じがするのだが、とりあえず瀬戸内海から出ないことを前提に、巡視船乗船とかやってみようかな・・・

といっても、乗ったまま、緊急指令で南シナ海直行ということになったら困るので、関門海峡で、海に飛び込んで泳がなければならないだろう。  
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2015年02月10日

北極圏の土壌の炭素は

ナショジオの日本語版20周年記念誌に載っている特集の一つが、京大准教授の伊勢さんからのレポート。

元々の研究は森林を中心とした二酸化炭素循環が地球環境に与える影響だったそうだ。

ここで、私見をはさむが、CO₂の所在地というのは、大気中と海水中。現在の急激な大気中の濃度急増は、海水中のCO₂が飽和点に達した以降の状況と考えている。だからこそ、大変なのである。海水の温度が上がるとある程度は海水が吸収する量も増えるが限定的。

そして、その予備軍が「C」、つまり炭素分子である。森林では、絶えず木が生え、木が枯れている。木が生えると光合成により二酸化炭素と酸素と炭素に分離し、空気中の二酸化炭素を減らすのだが、残ったCは樹木そのものになる。それが、枯れると、腐敗という酸化反応の一種により、二酸化炭素に戻り、例外的に石炭や石油になるが、それは1億年の単位になる。

だから、問題はこの腐敗(酸化)中のCということもできる。(私見終了)

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そして、その曖昧な条件の炭素がたくさん残っているのが北極圏だそうだ。そのあたりは、大きな植物がないため、泥炭地になっていたり、永久凍土だったりする。そのため、大量の炭素が眠っていると考えられる。

そして、北極圏が温暖化すると、どうなるか。もちろん地中の酸素は二酸化炭素となり、空気中に大放出ということになる。そして、さらに気温上昇。


伊勢先生の推定では、大気中の二酸化炭素の2倍にあたる炭素が地中に眠っているそうだ。

個人的には、以前書いたことがあるが、新聞紙や雑紙といった古紙とか道路工事ででてくる古いアスファルト塊など、リサイクルと称し、溶かして再利用しているが、いわば炭素そのものに近い原料のわけだ。そのまま、廃坑などの穴に埋め戻した方が炭素の地中固定化に役立つのではないかと思っているわけだ。
  
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2015年02月09日

ツタンカーメン、現代人を走らせる

エジプトからとんでもない話題が届いた。

 エジプト学者のモニカ・ハンナ(Monica Hanna)氏は23日、ツタンカーメンのマスクのあまりにひどい状態にショックを受けたため、古代エジプトの文化遺産を不適切な取り扱いや略奪から守る活動をしてきた文化財保護組織「文化遺産タスクフォース」として24日に検察当局に告発するつもりだと述べた。

 匿名の博物館関係者はマスクを展示ケースから出す際に「集中力が欠けていたのか、マスクがケースに当たり、ほとんど落ちそうになったので(学芸員が)腕でマスクを抱えたところ、あごひげの部分が外れてしまった」と語った。

 この長いあごひげの部分は、元々は釘のような部材でマスク本体に止めてあったのだが、いつしか外れるようになっていたという。「そういう(マスクを落としそうになる)ミスは起きるものだ。ところが怖くなった学芸員がさっさと自分で『直して』しまったため、事態が悪化してしまった」

 学芸員が使ったエポキシ樹脂系接着剤はとても短い時間で硬化したという。 この関係者は「(本来)修復にはゆっくり硬化する素材を使い、固まるまで数時間〜24時間支えておかなければならない」と指摘した。「修復作業には、ダメージを与えてしまったときに痕を残さず容易に取り除ける接着剤を使う必要がある」(c)AFP
ツタンカーメンのあご髭のことだ。

文中のエポキシ系接着剤というのは、セメダインとかボンドのことである。はずれかけていたあご髭がはずれたのを、自分のミスと思いこみ、偽装工作をしたのだが、ちょっとしたミスで接着剤がはみ出したようだ

しかし、直し方が巧かった場合、接着剤が発見されるまで100年かかったかもしれないわけで、22世紀の博物館員を悩ましただろうと思うし、さらに、すぐに接着剤が登場したところを見ると、他にも乱用していたのではないだろうか。

で、実は、ナショナルジオグラフィック日本語版20周年記念特集にツタンカーメンの一族のことが書かれていた。王家の谷に眠るミイラの遺伝子解析を行ったそうだ(2010年9月号より)。そして遺伝子を解析した結果、祖父母(母方、父方)、両親、妻、二人の幼児がほぼ特定できたらしい。しかし、どこにもピースがはまらないものの母型の血縁と思われる女性が一人残っているようだ。

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そして、遺伝子の前に、ツタンカーメンの顔型だが、究めて均整の取れた美形男である。うりざね型というべき公家顔。そして、少し変形しているものの母親(名前未詳)からの遺伝は明らかだし、その母親(つまり母型の祖母)ティイと共通である。

さらに衝撃的事実は、ツタンカーメンの父と母は、実のきょうだいだったことが明らかになったこと。一方で、ツタンカーメンは生まれながらに左足が曲がっていて1本の指は骨が欠けていた。おそらくは近親婚による異常と考えられるようになった。若くして夭折した割には多数(130本)の使用済の杖が残されている謎もこうして解けていったわけだ。

ツタンカーメンの後、世継ぎがなくなったため、ファラオの世襲制は崩れてしまい、実力ファラオ制になる。

しかし、いまさら家族の秘密が公開されるなど、安眠するのも難しそうだ。いっそのこと、起き上がってみたら・・  
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2015年02月08日

宇喜多氏と長曾我部氏(岡山県立博物館)

岡山県と高知県は文化交流を行っていて、両県の戦国時代の盟主である宇喜多氏と長曾我部氏についての特別展が開催中である。

展示についての話の前に二点。まず、岡山と高知というが、間に香川県がある。隣の県とは仲が悪いということだろうか。毛沢東語録にもそういうことが書かれていた。近くの敵を攻めるには遠くに味方を作ること。弊国のリーダーも毛理論を信じている。

次に、岡山県立博物館は、一言でいうと、ボロい。全国有数のボロさだ。一方、県立美術館は立派だ。この博物館と美術館、そして音楽ホールの序列というのはところによって異なる。もちろん、美術館は収蔵品をカネで買うことができるが、博物館の場合、そういうわけにはいかない。地元の歴史的価値による。そういう意味で岡山は吉備の国といわれる4世紀の頃からの歴史があるのだが、そういうことは博物館ではわからない。

うっすら感じるのだが、吉備に存在した権力というのは、大和朝廷と戦って敗れ、滅亡したか屈服したかどちらかだろう。そして大和朝廷はその後、出雲の勢力も打ち破ることになる。出雲は土地の神様までも大和朝廷に奪われた。どうも吉備の国の自慢をすることが、朝廷(つまり天皇家)を侮辱することになると思っているのだろう。なにごとも曖昧にしたままだ。戦後日本も同じ。

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で、さっそく宇喜多家と長曾我部家。この展覧会を機に、両家の比較をしてみたのだが、異論はあるだろうが、長曾我部家の方が戦国的といえる。祖先ははっきりしないが、自称秦氏の末裔。大阪夏の陣で一家滅亡したため、証拠品は何も残っていない。しかし、高知(土佐)を拠点とし、阿波(徳島)、讃岐(香川)、伊予(愛媛)を長い期間をかけて長曾我部元親が攻略。四国統一を果たす。

一方で、織田家とは明智光秀のとりなしで中立状態を作っていたが、明智による信長暗殺と豊臣秀吉による逆襲により、徐々に窮地に追い込まれて行く。そして、四国の四カ国を制覇したとほぼ同時に、むちゃな要求が伝えられる。「伊予、讃岐と阿波の北半分を差しだしなさい」ということ。つまり残りは1.5カ国だけになる。まったく割が合わない。みかじめ料と同じだ。

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そして、シカトし続けていたところ、仲介者から手紙が届く。「早く諦めて、秀吉に忠誠を誓い、次のチャンスを待て」ということなのだが、その手紙が展示されていた。かなり取り乱した文字であるが、すべて遠まわしに書かれている。実際、無学の大名であったら、手紙の意を取り違え、大失敗することもあっただろう。そして、元親は秀吉の部下になり、小田原攻めに大活躍する。というか海からの補給路を長曾我部海軍が封鎖したため、難航不落の巨城もついに開城された。

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その後、子供の代になり大阪夏の陣にてお家滅亡となる。いかにも戦国武将らしい。

一方の宇喜多氏だが、宇喜多秀家の数奇な運命に尽きるだろう。戦国大名であり、まずは岡山市のあたりの地方勢力を粉砕。毛利と秀吉の間を行ったり来たりして二枚舌外交を行う。そして、いつしか秀吉のお気に入りになり、秀家という名前に「秀」の文字を頂戴することになる。そして朝鮮攻撃の時には中心人物として大暴れをして、朝鮮史の中では、今でも鬼のように嫌われている。

そして、秀吉死去以降の豊臣方の中心人物で石田三成と共に家康と戦うも、小早川の裏切りを見て、早々と戦場から逃げだし、山中を放浪した後、こちらも逃げ切った島津氏に匿われるが、犯人隠匿罪を恐れた島津家は幕府に秀家を差し出す。まったく醜いドタバタだ。その結果、秀家は八丈島に流罪となるのだが、島の生活が健康だったのか、そこから長生きを続け、四代将軍の時期まで生存。現地妻との間に子供も生まれ、宇喜多改め浮田氏を名乗る。

実は、岡山には江戸時代から浮田姓が多く、世界初の大空滑空をした浮田幸吉という人物もいる。

ところで、きょう書いたことは、ほとんど展覧会では登場しない。個人的知識である。今回の展覧会の最大の見どころは、やはり、乱れた文字の一刻の余裕もない手紙ではないだろうか。  

2015年02月07日

今年の応援の続き

1月3日に、「今年の応援」として3人の棋士を挙げた。熊坂プロ、糸谷プロ、伊奈川女流プロ(**プロと書くと、ゴルファーみたいな感じだなあ)。

本当は、この中で伊奈川女流初段について書くことがあったのだが、現在の諸事情につき、公開延期とすることにする。一緒に書きたかった棋士は中田功、村中、門倉、香川女流の合計5人の棋士グループ。まあ、わかる人はわかるでしょうが、「対立するグループ」とか「不振の連鎖」とか殺人関係の言葉が並ぶので、まあ不見識の極みと思うので自粛。

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となると、おもしろい話はあまりないのだが、断崖絶壁の熊坂五段だが、プロ残留のための目標の17勝を目前に急ブレーキ。もう、負けられないという切迫状況でどう頑張るのだろうかと、この話題もコトバを選ばないといけない。引退を予期して開始した将棋塾(仙台)では20人に教えているということだが、これがなかなか本格的に教えるとなると難しいはず。クマーとニックネームが与えられていたが、ネット上では「次のクマーは誰だ?」と既に話題になっていて、心を痛める展開になっている。

静かに見守るしかない。

ついで、「イトダニー」と実在の生物の名前を与えられた糸谷竜王。今年度7割7分超と驚異的かつ脅威的勝率である(羽生名人の7割5分もスゴイが)。私が応援してもしょうがないので、見つけたエピソードだが、奨励会時代に、「相手の駒を取った後、相手の駒台に乗せる」という反則で負けたことがあるようだ。

私の感覚で恐縮だが、相手の駒台に乗せる、という行為は数十年将棋を指してきたものの、やったこともないし、やる可能性もないと思うのだが、何があったのだろう。その持駒を相手に使わせて反則勝ちしようとしたのだろうか。それなら、相手がトイレに立った間に自分の駒台から飛車を相手の駒台に移した方がいいように思うが、それができるなら相手の駒台から飛車を一枚失敬してしまった方がいいように思う。奨励会では、記譜も残さないし。


さて、1月24日出題作の解答。

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初手を発見の上、あとはひたすら駒繰りを続ける。

動く将棋盤は、こちら


今週の出題。(余詰めを修正後

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いつもより、ぐっと簡単。同じような形でいくつか作ってみた中の1題。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数と酷評を記していただければ、正誤判断。  
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2015年02月06日

牡蠣がやばい

先週、「牡蠣の天ぷら」で、岡山東部の邑久(おく)とか虫明(むしあげ)地区の牡蠣の話を書いたのだが、同じく東部の日生(ひなせ)、牛窓(うしまど)の牡蠣が倉敷の食品スーパーの店頭に並んでいたので、鍋にいれようと一人用の寄せ鍋セットとともに購入。牡蠣は300円位。

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で、牡蠣は鍋の最終段階で入れるべきものなのだが、生食用と書かれているため、まあ、1個2個と関東風の醤油(つまり、キ社)をわずかに垂らして牡蠣を口にすると、これがやばいわけだ。つまり、岡山に来て2年近く経つが、その中で口にした地元の料理(というか食材)の中で最高の味だ。

牡蠣は稚貝を養殖するので、その味は育ったエリアのプランクトンによって異なることになるが、この臭みの少ない甘みのある味は、北海道の厚岸湖(あっけしこ)の甘みのある牡蠣と宮城のさっぱりと喉ごしのいい牡蠣の中間と言える。理想の味と思う。(ただし、西日本の醤油は、絶対に合わないから。念のため。)

hinasekaki


結局、鍋に入れる分を二粒だけ残して、全部、生で食べてしまった。鍋の残り汁の中に牡蠣二粒を入れ、正月の残りの餅とともに煮込むと、これはこれで別の味になる。(餅は鍋に入れる前に3分ほど表面を焼いてからの方がいい。とろけてしまうと、後で鍋を洗う時に苦労する。)

そして、やばいのは味だけではなく、牡蠣の生産量らしい。いまだ東日本大震災の影響を引きずっていて、稚貝の生産が間に合わないそうで、今年も供給不足だそうで、さらに来年はかなり生産量が減少するらしい。もっともウナギやクロマグロとは異なり、生産システムはコントロールされているので、資源枯渇ということは起こりえないようだ。結果として、価格が上がり。生産が回復するというアダム・スミス的経済学のとおりになって、長期的には需給関係は安定するといわれている(もちろん天災がなければだが)。

ところで、牡蠣に当たって一週間寝込んだという人がよくいる。当たるのも色々種類があるようで中毒ではなくてもアレルギーとかもあるだろう。食後しばらくして書いているのだが、背中の方が痒いのだけどどうなるのだろう。明日以降のブログが中断したら、きっとそのせいだろう。
  
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2015年02月05日

沖縄貨物ハブのこと

沖縄那覇空港でANAが展開している貨物ハブについて、若干情報が入る。といっても企業秘密とか産業スパイというようなものじゃなく、ある程度公開されている情報のまとめみたいなものなので。

沖縄に貨物拠点をつくることにANAと沖縄県が合意したのが2007年。日本やアジアの諸都市からの貨物を一回、沖縄に集めて、そこから目的地別に仕分けして24時間稼働で輸送しようというのが基本プラン。

実際、こういうのはチェーンの中に、一人でもドンクサがいると台無しになる。荷主、輸送業者、通関業者など。というわけで、そういうクローズドチームを作るのが重要なのだが、実は、それについてはマル秘のようで、よくわからない(というか、それが知りたいのだが)。

ananaha


現在、ハブに組まれているのは12都市。成田、羽田、名古屋、関西、ソウル、青島、上海、広州、香港、台北、バンコク、シンガポール。おおむね4時間圏内だと、往復4時間ずつ、駐機2時間で1ラウンド10時間で一日2回転ということ。4時間を超えるバンコクとシンガポールは、台北、上海といった2時間航路と組み合わせるのだろうと推定できる。

そして、問題は航空機の部分だけじゃなく、ドアTOドアの時間や品質を確保する陸送部分だが、2013年秋からはヤマト運輸の陸送ネット&クール宅急便と提携を始める。

さらに合理化を進めるANAは、沖縄=羽田間は貨物専用便が認められていないため、通常の飛行機を利用して貨物を運ぶという不合理を続けていた。そこで、深夜に貨物だけを運ぶのではなく、乗客も運ぼうということを考え、夏休みには、深夜便に「ANAギャラクシーフライト」と命名し、格安で運行したところ人気上々ということだそうだ。

たぶん、コンテナの中に座席が並んでいるのではないかと思うが、自宅からヤマト運輸のクール宅急便で箱詰めになってトラックに乗れば、空港までの交通費も格安になるものと推定できる。  
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2015年02月04日

イオンモール岡山のエスカレーター問題

西日本最大規模のショッピングモールとして、人口80万人の岡山市に開業したイオンモール岡山だが、実際の売上高はよくわからないが、今までのところでわかっているのは、

 1.周辺の商店街の売り上げは若干減少しているが、それほどでもない
 2.既存商店街への回遊策は失敗
 3.岡山市以外からの来客は少ない

ということで、さまざまな思惑外れが重なっているようだ。

開業後3回行っているが、週末の客数はかなり多いように思える。やはり岡山駅から地下道による徒歩ルートが確保されているからだろうか。信号待ちがない。

有効求人倍率も急激に下がってきて、開業直前に大量採用した反動なのだろうか。

そして、店内の様子だが、開業直後には、関東に比べて一店舗当たりの面積が小さく、反面、テナント数が多すぎるような気がしたのだが、やはりキラーテナントとかカテゴリーキラーと呼ばれる有名店舗のレジには列ができているが、無名のテナントは苦しそうだ。結局、大きいものはより大きくなり、小さなものは食われるという大恐竜時代の帰結のような流れになるのだろう。

そして、個人的に最大の興味を持っているのが、「エスカレーター問題」。京阪神方式の右立ち方式か、日本の一般的な左立ち方式なのか。

実は、岡山は古くは大阪商圏の西端だったようで、阪神タイガースファンが多い。最近は東京化が進んでいて、右6割、左4割といったところで、新幹線の岡山駅は、左立ちばかりだ(しかし、エスカレーターが狭いため、右側を歩くことは難しい)。

なんとなく、年配者が右、若い人が左ではないかと思っていたのだが・・

イオンモールの中で、別目的と疑われない範囲で観察していると、年齢に無関係に右と左が相当数ずつ分かれていることがわかった。半分ずつ位か。

そして、やっと最上階まで2往復の末、一般的特徴をつかむことができた。右立ちの人の衣類は中間色が多い。膨張色といわれるように遠目に輪郭があいまいに見える色だ。一方、左立ちの人の衣類は、白、黒のモノトーンとか原色系が多い。(といっても、大阪人は中間色が好きで、東京人は原色好きと言い切るのはいわゆる思考のジャンプということだろう。言い過ぎ。)

ところで、自分のことだが、どちら側に立つというよりも、基本的にはエスカレーターは歩くことにしている。稀に立つ場合は、前の人と同じという原則だ。だから、右や左に分かれて立たれると、大変に歩きにくいわけだ。ジグザグ歩きにならざるを得ない。

エスカレーターが三人幅になれば、この問題は解決するだろう。
  

2015年02月03日

綱引いちゃった!(2012年 映画)

tunahikiまあ、ひとことで言うと、よくある筋で、「フラガール」とか「おっぱいバレー」とか、しろうとチームがなんかの縁で、ナンバーワンを狙ってチームを強くしていくという筋で、駅伝とかマラソンとか、スポーツの種類ごとに一つは、同類があるだろう。

なにしろ、「綱引き・女子の部」。そして舞台は、大分県。

で、この種の映画が次から次に出没するということは、こういうのが好きな人が多いのだよね。将棋だってそういうのがあって、団体組んで、一流をめざしていたりするのだが、それなりに色々と問題が起きてくる。

で、「綱引き」チームのキャプテンは、この企画を言い出した井上真央。「おっぱいバレー」は綾瀬はるかが、勝ったら、おっぱい見せるとエサ(アメ)を蒔いて、やる気を出させるんだが、本作では「勝たないと、クビ」というムチ方式だ。

そして、1チーム8人には、それぞれにフェイタルな問題を抱えていながら、それを隠しながら練習しているのだが、その一人一人の秘密の問題が、段々明らかになっていき、そのつど団結力が高まっていくわけだ。ただ8人のストーリーというのは、ちょっと映画的には多いかなと・・

ところで井上真央さんだが「八日目の蝉」という重く長い作品では緊張感の続く演技であったのだが、本作は、コミカルであるのだが、気が楽の反面、体力消耗ということになっただろう。綱を上ったり、自転車で走り回ったり、そして、必死に綱を引いて・・

まあ、この手の出演すると疲れ果てる作品って、1回出演すると、もう次は出ないのだよね。  

2015年02月02日

聖戦(ジハード)の範囲

湯川氏についで後藤氏がISILに殺害された。彼らは、人質だったのか、捕虜だったのかははっきりしない。捕虜=敵ということになっていたとしてもおかしくない。湯川氏は武器商人を目指していたのだから、敵と言われる可能性は高いし、後藤氏はそれを助けにいったのだから同類とされたのかもしれないし、キリスト教徒だ。さらにジャーナリストであり、正確な情報を公表したくない側からみれば敵といえる。

さらに、後藤氏のバックボーンはヒューマニズムなのだろうが、ISILはその概念はない。走れメロス方式は通用しない。だいたい反文明思想なのだから。日本では戦国時代に仏教的先鋭主義に対し、天下統一中の織田信長は、石山本願寺(大阪)や延暦寺に宗徒を追いつめて、最後は全員焼き殺している。秀吉や家康はキリスト教徒を殺している。つまり、その時代の日本のようなことをしているわけだ。

それで、百歩譲って、ISILが行っている各種テロが「異教徒との戦い」つまり「ジハード」だといえるのだろうか。まず、人質作戦。冒頭で触れたように敵だと考えれば戦うことになり、捕虜は生かしておかないだろう。あるいは人質ということだが、そんな作戦はないだろう。

そして自爆テロ。ムハンマドの時代には爆弾が存在しないのでコーランを読んでも書かれていないだろう。敵や、異教徒に対しては、まずイスラム教への改宗を求め、それでもだめなら次の行為を始めることになる。いきなり自爆はないだろう。やはり聖戦論で行為を正当化することはできないだろう。  
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2015年02月01日

大名家のお姫さま(華麗なるセレブリティの世界)

hime羽田空港のディスカバリー美術館は、ずっと細川家の「永青文庫」の収蔵品の展示を続けているが、今回は細川家へ嫁いできたお姫さまの腰入れに際しての嫁入り道具というか美術品の展示である。

副題が「華麗なるセレブリティの世界」となっているが、実は大名といっても全国300藩の中でも細川家は例外中の例外。殿さまの金満度はベスト5に入るだろう。徳川家以上かもしれない。前田、細川、井伊、鍋島あたりが上位だろう。

さらに、豪華絢爛の道具というのは、正室だけだろう。側室に求められるのは、美貌。江戸時代の殿さまは江戸市内に正室を住まわさなければならず、必然的に名門の女性となっていたため、地元には美貌の側室や御手つきが住むことになり、どうしてもそちらを寵愛してしまうので、跡取りは美貌系から選ぶことになりやすい。美貌と知性は多くの場合両立しないため、結局、大名は徐々に昼行燈になっていくわけだ。

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で、細川家の御姫様は様々な美術品を持参する。名家にはお抱え絵師がいて、肖像画を書いたり、さまざまな工芸品を作ったりする。殿や姫が自分で描いたりはしない。

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人気商品は「かるた」。百人一首はもちろんのこと、伊勢物語かるたとかある。そして、貝合わせ。貝はもとの組み合わせ以外は合わせられないといわれていて、貞操の象徴とされていた。実際、人間の男女の場合、もとの組合せ以外でも自由に組み合わせができるだろう。
  

2015年01月31日

頓死の構造

頓死といっても将棋用語のこと。本当の頓死は、サドンデスという言葉でわかるように予期せぬ時に亡くなることで、まあ書くと長いことになりそうだが、本日のテーマじゃない。

将棋の頓死は、プロ棋士やプロ崩れの人たちは、「トンコロ」と言うことが多いようだが、「コロ」は「コロッ」の略なのか「殺」の略なのかは不明。

語感としては、有利だと思っていたのに突然詰まされることというようなニュアンスを含む。先日の王将戦で郷田九段が渡辺王将に3手詰を食らったのも、最初は頓死と言われていたが、元々有利の状況ではあったが、一手の大悪手を指して、不利になった後の即詰であったことが判明したことから、頓死とはいわれなくなった。

形態としては、詰めろをかけられたのに、放置して別の手を指してしまうとか、元々詰まないのに特定の駒を持ち駒として与えてしまったため詰まされるとか、王手をかけられて逃げ間違えてしまって詰まされる場合などがある。

ところで詰将棋自体、頓死問題と言いかえた方がいいかもしれない。作家によってはありあまる攻め方の駒を用意して詰ませるのは、あまり頓死感はない。むしろどうみても攻め方の駒が少ないのに詰ませるパターンの方こそ「頓死風」といえるのかもしれない。

わたしの指将棋は、だいたい不利になって、遠くから気付かれにくい詰めろをかけて、さらに気付かれないように盤の別の方向を見ていたりして自分の手番になるとさっそく詰めて勝つことが多い。勝ち将棋の中のトン死勝ち率は、100%に近いかもしれない。


さて、1月17日出題作の解答。

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▲1一角 △同玉 ▲2一銀成 △同玉 ▲3三桂 △2二玉 ▲1一角 △同玉 ▲2一金まで9手詰。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

0129m


わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数を記していただければ、正誤判断。  
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2015年01月30日

不吉の予感の結末は、これだった

1月28日にアップした「不吉な日の結末は」だが、

朝の新幹線が血塗られていた。→羽田空港行のモノレールの中で他人のスーツケース暴走を止めるもシカトされる→JAL機着陸前に大揺れ→別の乗客にカバンを取られそうだったが阻止。という展開で、事なきを得たのだが、・・実は、これで15万円の損失となる。

sky


スカイマーク、民事再生法申請

まあ、詳しくはわからないが(というか陰謀説あり)、現在の資金は回るも、今後の経営をギブアップということで、社長交代&事業の選択と集中ということになる。

まあ、100万円のNISAの隙間株として15万円(500株)を投資したのだが、29日の市場では数千万株が成行売りとなっていて、まあ諦めるしかない。残りの85万円分はとりあえず大勝利中なので、まあいいのだが、前にもちょっと書いたのだが、アベノミクスというのは中心的思想が欠落しているため、政策の矛盾だらけで、オープンスカイといっても外国航空会社が日本の中でコードシェア方式で儲けているだけのようにしかみえない。

NISAだって成長企業の株式を売ろうというのだろうが、成長企業にはリスクがあるにもっかわらず、損失額の損失計上ができないわけだ。

そして、色々と民事再生法適用の理由が書かれているが、要するにつぶれかけたJALを助け起こしたのが最大の原因のような気がする(自民党は民主党のせいにしているが、その時の政権が自民党だったらJALを見捨てたかといえばそうではないだろう)。

そして、要するに澤田氏(HIS→ハウステンボス)のカリスマ性でHIS子会社として出発したスカイマークが、すぐれた後継経営者を得られなかったというのも大きいだろう。今さら澤田氏に頼んでも「(ハウステンボスの)チューリップの球根植えで忙しいから」とか断られるのだろう。同様のカリスマの後継者問題、ジャパネットたかた、はこれからが試練だろうし、ソフトバンクやユニクロだって、なかなかNISAには組み入れられないだろう。

まあ、「稲盛氏を待つ!」ということだろうか。あるいは、JALは助けるがSKYは助けないということなのだろうか。

一つだけ期待しているのだが、民事再生法は、いわば米国の『Chapter 11』である。この『11』というのは、私の好きな数字なのだ。不安定かつ奇妙な素数。例えば、サッカーの選手11人。隣に10という超立派な数字があるのになぜ11人でやるのだろうか。夜11時。眠くなり始める時間だ。自宅にいれば、何かもう一仕事するか眠るかを考える時間。飲み屋にいれば、家に帰るか、もう一軒行くか。昼11時はそろそろ昼食のことを考えるものの、まだ食べるには早い。昼休みがあるので、時間のかかる難しい問題には取り掛かりにくい。11歳=小学校5年、卒業まで、あと1年ある。

徳川11代将軍=家斉公(愛人16号。こども53人)。足利11代将軍、義植。まったく無力。前将軍に追われ30歳で没。北条第11代執権、北条宗宣。在位8ヶ月(最短は、第15代貞顕の11日間)。調べてみると、あまり、いい数字ではないよね。  
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2015年01月29日

奈良(直木孝次郎著)

naraせっかく西日本に仮寓を設けたのだから、歩いてみようかと思うのだが、一向に進まないのだが、ぼんやり考えているのが、奈良紀行である。古墳時代から大和朝廷の確立、そして数々のクーデターが起こり、ようするにテロの連鎖みたいなことをやって、統一国家になったわけだが、現在の奈良に行っても、仏教寺院と古代美術と鹿が歩き回っているイメージしかない。

それに、どこをどのように歩いていけばいいのか。奈良時代自体は短いが、数々の遺跡にも歴史の順序があるわけだ。

それで、奈良に詳しい先生が、歴史順にポイントをまとめて、さらに、テーマ別のみどころを書いてくれている。早い話が岩波新書版ガイドブック。

で、奈良のみどころの一つが古墳。数多くの古墳が形態的に2種類に分かれているということを発見されたそうだ。で、それが古墳作りを専門としていた2つの氏がいたことを示しているそうだ。長細い方と、短く太い方。そして、古墳の魅力の一つは、「誰の古墳なのか」という謎解きにあるのは言うまでもないが、実際、誰のものかわからなくなるというのは、そういうものを崇拝するという概念が日本人から消えた時代があるからだろう。

そして、奈良と言っても平城京があった地域、藤原京があった飛鳥地域、聖徳太子が本拠地とした斑鳩の地とわかれている。

とはいえ、だいたい3日あれば、観光にはよろしいだろうとのことで、法隆寺の西院だけで半日をかけるというつもりでいかないといけないそうだ。さらに、そうはいっても1日で駆け抜けようなどと思う人の気持ちを見抜いていて、わざわざ、次の一節を入れている。

午前中に法隆寺をはじめとする斑鳩の寺々、午後は西の京の薬師寺と唐招提寺と西大寺、などという日程は、古代美術の軽視いや蔑視である。


実際、暖かくなってくると花粉が飛び始め、それが終わると直ぐに梅雨になり、猛暑、台風の間隙に短い秋がある。芭蕉のように「菊の香や奈良には古き仏たち」というように晩秋に行くのか、「青丹よし寧楽の都は咲く花のにほふがごとくいま盛りなり(小野老)」や「打ち日さす宮道を人はみちゆけど吾がおもふ君はただ一人のみ(万葉集)」というように大勢が行きかう初春の都大路を歩いてみるべきなのか。

よく考えれば、秋を待たないならば、行くのは、「今」ということになる。
  
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2015年01月28日

不吉な日の結末は

昨日なのだが、どうも不吉なことが起きていた。

まず、朝。新横浜駅で東京行きの新幹線を待っていた。入線してきた「のぞみ号」の頭の部分というか、鼻の部分というか、向かって左下に血糊が相当量付いていた。

定刻通り到着したのだから、血糊は人間のものではないだろうと思うが、鳥なのか動物なのかよくわからない。まあ、あのまま一日中走行するのだろうか。あるいは運転士は気が付いているのだろうから、東京駅で緊急清掃でもあるのかな。逆に大騒ぎのような気がする。

そして、東京の仕事を片付けて、今度は羽田空港から西日本に向けて移動するため、浜松町から空港行のモノレール、快速急行に乗車。

すると、不用意な乗客の持っていたキャスター付きのスーツケースが列車内で暴走を始める。まったくうまいことに、通路を勢いよく前から後ろに向かって爆走し、それを追いかける乗客という笑える構造になったが、そのままだといずれ誰かにぶち当たって小惨事発生ということで、私は座ったまま手を伸ばしてスーツケースをキャッチ。

まあ、それで走ってきた乗客に渡したのだが、予測していた「ありがとうございます」の一声もなく、そのまま元の場所に戻っていってしまうではないか。ちょっと指は痛いのだけどしかたがないなあ。「お礼がないなら手助けしない方がよかったのか」と自問してみたが、「やはりそれくらいの仕事はやるだろう」という自答に至る。もちろん爆発物だったら逃げるけどね。

で、朝の新幹線のことを思い出し、どうも不吉なことが多いので飛行機に乗りたくないなあと直感がさえずる。といっても、もはや空港にいるわけだ。

で、出発まで1時間ほどあったので、羽田第一ターミナルの屋上にある展望台「ガリバーズデッキ」に上がってみた。ガリバーは、巨人の国、小人の国、馬の国の三カ国を訪問したのだが、一般にガリバー=巨人を意味することが多い。第一部、第二部、第三部と段々読者が減っていくのは出版界の常識だ。最初に馬の国に行っていたら、アリス=兎、ガリバー=馬というようにファンタジーイメージになっていたかもしれない。

で、飛行機に比べれば我々は小人なので、ガリバーズデッキは、そういう小人国の意味かと思ったら、そうではなく、展望台の上から見ると、飛行機もその向こうの東京の街もミニチュアのように小さく見えるから自分がガリバーになったように感じる、という意味らしい。が、私の眼には、単に遠くのものは小さく見える、というだけの話に思える。

gulivers


そして、限られた時間の間にも飛行機は離陸を繰り返しているのだが、不吉な私がこれから乗る旅客機の身代わりとして、つんのめってくれる飛行機は一機もないわけだ。

そして定刻通り離陸した機内では、災いごととしては後ろのシートの男がおしゃべりで騒音公害で困ったこと。そして、悪天候でもないのに着陸時に大きく左右のバランスを崩して機内で若干の悲鳴が聞こえたこと。さっきのうるさい男が、着陸後、わたしのカバンを持って行こうとしたことぐらいで、実害はナッシングであったわけだ。  
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2015年01月27日

地球最後の日(コナン・ドイル著)

finaldayコナン・ドイルといえばシャーロック・ホームズということになるのだが、実はドイル自身は、それほど探偵物が好きではなかったらしい。さらに踏み込んで言うと、小説家であることすら好きでなかったようだ。元々は医者の道に進み、余技で小説を書いていて、さらに、戦地にいったり、政治家を目指したり。

そして、小説と言えば、推理小説、歴史小説、SF小説と分野は広い。本著は「地球最後の日」と題されているが、それは間違った訳で、The Poison Belt という正しいタイトルを訳せば、「毒ガス帯」ということになるが、ちょっと冴えない。

まず、別著「失われた世界」の中で登場したチャレンジャー教授が、「地球がまもなくエーテルの塊の中に突入する」といって酸素ボンベを持って数人の知人と部屋に立てこもる。

そして、窓から見える凄惨な人類滅亡劇を詳細に記述。さらにボンベの酸素が減っていき、悲壮感が漂うことになる。

で、実際には約1日で、エーテルの塊から脱出できるのだが、世界は死体ゴロゴロ状態。しかし、ここにスーパーマンが現れたりはしない、とある理由で、死んだはずの人間たちが、蘇生することになる。

全体に、厭世主義が漂っていると言えると思う。  
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2015年01月26日

コーランを読んでみたらどうだろう

二人の日本人人質のうち湯川さんが殺害されたとされているが、もっと以前に殺害されていたのではないだろうかと、最初から思っている。最初の画像が合成であるのは、人物と背景の間に隙間があるのですぐわかるのだが、二回目の画像は後藤さんが写真を持った画像であり、その写真が合成かどうかは見分けがつかないだろう。

そして、イスラム国が戦闘地域を拡大すればするほど、兵站のための資金は飛躍的に増加してしまう。第二次大戦の日本と同じだ。中国大陸と太平洋という広大な戦線を維持することができなかった。さらに資金源は身代金と原油密輸。このうち原油については、大暴落した。仮に原油のコストが30ドル/バレルで80ドルで売れていれば、収入は50ドルだが、原油価格が40ドルになれば、利益はコストを引いて10ドルと1/4になってしまう。

そして、コーランの日本語訳というのはイスラム教では認められていない。コーランはアラビア語で書かれたものだけ。いかにも日本語訳なのは、コーランの参考書として扱われる。きわめて読みにくい本なのだが、一読するだけでも(岩波文庫で3冊ものだが)、イスラム教が成立したころには、コーランに書かれていたように超過激主義であったはずだ。
  
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2015年01月25日

この話、どこに向かうのだろうか

kuniyosi2ベネッセといえば、福武書店。岡山の絵本会社が「赤ペン先生」という仕組みを考案し、中学お受験を目指す親と、在宅アルバイトをしたい学校の先生を組み合わせて通信添削教育を始めたところ大当たりし(売上の3割、利益の6割という説も読んだが)、その後、学生の就職試験に使われる適性検査(という名前の不適正検査)も成功。さらに発展するためマックの原田社長を引き抜いたのだが子供たちの個人データが漏えい。先生のデータが漏れたら大変だっただろうとは思うが、とりあえず経営上、大打撃を受けている。

それが直接の原因かどうか不明ではあるが、「福武コレクション」の名で有名な、国吉康雄作品、約600点を、岡山県立美術館に寄贈することを表明した。

国吉といっても浮世絵の「歌川国芳」とは何の関係もなく、岡山県出身で、17歳で米国に単身渡り米国で画家となる勉強をした日本人画家、国吉康雄(1989-1953)のこと。

20世紀前半と言う決して日本人が米国で生活するに楽ではなかった時期に芸術家として活躍。民主主義を愛する彼にとって、日本人=敵国人と認定していた米国に住んでいたこと自体、彼の居場所は世界のどこにもなかったということができる。

福武家は先代の哲彦氏が国吉作品の収集を始め、一時は自社ビル内に個人美術館をもっていたが、現在は岡山県立美術館に寄託という形で作品は保管されている。

それを寄託ではなく、寄贈する、つまり、タダであげてしまおうという気前のいい話なのだ。

私見なのだが、個人(個人企業)が有名画家の作品を買い集め例は、いくつかあるのだが、それは、実は画家のためになるのかどうか疑問がある。買い集められて倉庫に入ってしまうと、誰も見ることができなくなる。集めれば集めるほど、観られなくなる作品が増えていき、結局は画家の価値を貶めることになる。

そういう意味で、大公開するというのはいい方向なのだとは思うのだが。

実は、大きな「条件」が付いている。山陽新聞の記事によれば、

国吉康雄美術館の名を併記する条件で、・・・・すべてを同館に寄贈する意向を示した。


つまり、「国吉康雄岡山県立美術館」ということだろうか。「岡山県立国吉康雄美術館」だと、国吉作品だけみたいに思えてしまう。しかし、全国の県立美術館をながめてもそういう名前はない。となると、どうなるのだろう。

先日、神戸の横尾忠則現代美術館を訪れたのだが、そこは、兵庫県立美術館の分館となっていた。実際、国吉作品が600あるといって、既存の美術館内に全部並べてしまうと、他の作品は並べられない。ベネッセの要望を満たそうとすると、別の場所に岡山県立美術館の別館(国吉康雄美術館)を作った方がいいことになる。

そして、よく考えるとベネッセは瀬戸内海の島で美術化計画を進めている。特に直島では安藤忠雄設計の地中美術館や宿泊施設ベネッセハウスを設けている。本来は、その島に国吉美術館を作って、3点セットのマクドナルドみたいにするといいのだろうが、残念ながら直島は香川県だ。その隣の犬島は岡山県であり、ベネッセの仕掛けた犬島プロジェクトがあったものの、今一つ盛り上がらない。犬島にある小型の美術館(精錬所跡)が、国吉作品の安住の地となるのではないかと、10手先を読んでみる。
  

2015年01月24日

無心という厄介なコトバ

数十年前に手に入れたかなり大きな湯呑み茶碗。内径が直径で7センチ、高さは9センチ。計算すると、3.5×3.5×3.14×9.0=346ml。約2合である。もっぱら、焼酎の湯割りを飲んでいる。元々、お茶を飲んでいて茶渋で汚れていたが、焼酎を飲んでいるうちに段々ときれいになってきている。

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それで、デザインだが「無心」と書かれていて、反対側に中原元名人の似顔絵が描かれているが、眠そうな顔になっている。勝負に対して無心になるというのが本意なのだろうが、その頃、別の場所である女性に対して無心していたわけだ。というか相手の女性が無心したのかもしれない。

で、無心というのは、勝負では「相手を屈服させようという心を抑える(つまりアドレナリンコントロール)こと」を意味するのだが、相手におカネや肉体関係をおねだりするときにも使われる。いったいどういうことなのだろう。

つまり、仏教的には、心は、「相手を思いやる善の心」と「相手を痛い目に合わせる邪の心」があるとされる。勝負での無心とは「相手を打ち負かせようとする邪の心」を無しにすることを意味し、お金の無心の場合は、「相手を思いやる気持ちという善の心」を無しにすることを意味するようだ。

しかも、善の心と邪の心を統合した「統合的心」を無にするというのが、幼児的に「無心に遊ぶ」というような時に使われる。

さらに、漢字の本場の中国では、「心」は日本語の心より広い意味を持っていて、「考えて何か行動しようと思うこと」まで含んでいて、その場合、「無心」というのは、色々と考えたことを全部ナッシングにすることを意味するようだ。

私の場合も、一日の終わりに焼酎湯割りを飲んで、きょうのできごとをすべて忘れてしまおうというのだから、中国式なのかもしれない。

もっとも、機会があったら、誰かに何かを無心してみたいものだと思っているのだが、なかなか機会に恵まれないものだ。



さて、1月10日出題作の解答。

c12


▲4四歩 △同金 ▲同金 △同玉 ▲3四金 △5四玉 ▲3六角まで7手詰。

駒交換など詰将棋であってもいいのだろうか。

動く将棋盤は、こちら


本日の出題。

0124m


長いのだが、だらだらと惰性的に続く。初手を見つけた後は無心になるといいかもしれない。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数を記していただければ、正誤判断。  
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