2015年08月05日

リビング・デイライツ(1987年 映画)

007シリーズ第15作。ボンド役が交代。ロジャー・ムーアからティモシー・ダルトンに。

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で、ムーアの時は、喜劇化の一途を辿っていったシリーズを、急にハードにしてしまった。

ただ、冷戦構造の最終章の時代だったことによるのだろうが、ソ連というのが崩壊感覚に描かれ、そのソ連に納得できない硬派の人たちにすりよる武器商人やダイヤモンドの密輸商人、麻薬売買などのグループが入り混じり、どのグループも正しくないというような設定になっている。

なんのためにボンドは戦うのか?本当はよくわからない。単に自己の職業意識だけのような気もするし、深くはわからない。だいたい役者はシナリオに沿って演技するだけなので、なかなか難しい。

で、今回はボンドガールがボンドのトロフィーガールではなく、戦友みたいな立場になっている。最終的にベッドにいって何かをやるのかどうかも定かじゃない。もしかしたら、フェミニストにも映画館にきてもらいたくなったのだろうか。こういうのは、何作か観ていると、少しずつかわっていくものだ。

しかし、次々に新しいアクションを考えるの、大変だろうなと同情。

すでにシリーズの6割を経過。見終わったら、寂しくなるのだろうか。ボンド・ロス状態。ある評論家は、007シリーズと座頭市シリーズには共通点が多いと書いているのを読んだのだが、そんなとんでもない説には到底納得できない。シナリオでも書こうかな。

詰将棋のファンだが、問題集を解いているうちに、問題を作る方が好きになったのだから、アクション物を見続けた結果、シナリオを書く気になるかもしれないが、最近の記憶力の衰えから、登場人物が多いとベンチに座らせたまま登場させなかった控え選手みたいなことが起きそうだし。プロレスのシナリオなら二人シナリオだから大丈夫かも。  

2015年08月04日

「ガチ」

7月22日の弊ブログの「八重洲の看板」の最後の方に、画像の左隅で看板の一部しか読めない「来」の文字と「チ」の文字は、何を意味するのだろうという意味のことを書いた。周辺の看板からいうと、「投資系」か「腰痛系」ではないかと思ったのだが、八重洲口、つまり東京の玄関を通る機会があったので確認してみたのだが。

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未来ガチ

と書かれていた。

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投資用デザイナーズマンションの会社の商標らしい。ガギグゲゴのような濁音ネーミングは、「覚えにくいが、忘れにくい」という特徴を持つのだが、その覚えにくいという欠点を改良して、覚えやすく忘れにくいというものにしたのだろうか。

そして、この東京の玄関口のビルの看板だが、上階から一階に至るまで看板だらけであるのだが、主に高利貸しと腰痛関係(マッサージ)だらけなのだが、思えばどこの街でも、駅前はそういうものなのだろう。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)市民A

2015年08月03日

浜松城の地下に眠る財宝は?

浜松に行くなら「浜松城」ではないかと、なんとなく思っていた。というのも家康の出世城として有名で、この地で17年間、密かに天下を狙っていたとされるからだ。

そして現地では報じられないが、織田・徳川連合が三方ヶ原で武田軍と戦い、特に徳川方は大敗北を喫し、家康は討死寸前のところを家臣の身代わり作戦によって逃げ帰ったのだが、その時に馬上で脱糞してしまったと言われている。

おそらくは慣れぬ強米を食べた上、恐怖感により大腸のコントロールが利かなくなったのだろうが、馬から下りて用を足す時間がなかったのだろうと思われる。家康は他にも秀吉から江戸行きを命じられたのも小田原城攻略の時に並んで立ちション中だったとか、結構臭い話が多い。

そして、浜松に向かう新幹線車内で勉強を始めると、武田軍が三方ヶ原に入ってきたということは、連合を組む徳川と織田の間に進軍したことになり、なんという傲慢な作戦だったのだろうと思いはじめた。しかも織田側も大軍を用意していて、徳川家康が早まって速攻かけなければ、違う展開になった可能性もある。

ところで、浜松の人気観光スポットをみると浜松城はベスト10どころじゃなくベスト20位の不人気だ。どういうことなのだろう。

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それで、不案内なバスで浜松城に向かい、地図に従い浜松城公園の中を歩くと、かわいい矢倉のような天守閣が見えてきた。実際には城の機能は天守閣ではなく本丸の方だが、いざとなれば天守閣に立て籠もらなければならないのだが、どうみても小さすぎる。

どうも昭和33年に鉄筋コンクリートで再建された時に、元の図面がわからないということで、以前より小振りに作られたようだ。あるいは新国立競技場みたいなドタバタがあったのだろうか。大阪城もそうだが、あまり歴史を無視した城を再建するのは、どういうものかと思える。中途半端だ。不人気の理由もそこにあるのだろうか。

そして、この建物の地下には、地下井戸がある。籠城するためのものだが、他の城では石垣の外側(つまり天守閣の外)に井戸があるケースの方も多いと思われる。もちろんそれでは包囲されると水が飲めなくなる。

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で、最初は風呂だと思ったものが井戸だったようだ。井戸の中は真っ暗で何も見えないのだが、発光させて撮影してみた。後で画像を見ると驚愕の埋蔵金が見えていた。

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金色に光り中央に穴があいているのは金貨だろうか。茶色に見えるのは金貨が錆びたからだろうか。銀色の貨幣は大小さまざまが見えるが、銀貨だろうか。


そして、新幹線の出発時刻も迫っていて、大慌てでタクシーに乗るのだが、昼食に食べたうな重のあまりの美味さで胃腸が驚いたからだろうか、ふいに腹痛が始まってしまった。家康公ほど偉くないので、タクシーに乗ったまま出してしまうと、新幹線に乗ることすらできなくなるのだろうと、頑張った。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)The 城

2015年08月02日

楽器博物館

浜松の人気スポットの一つが楽器博物館。有名な楽器メーカーがここにある。したがって音楽イベントも多く、楽器の街なのだ。

浜松駅から徒歩10分(実は、なかなか複雑だが)のところにある。展示は、世界各地の楽器を見せるだけではなく、その楽器がどういう音を奏でるかという観点でも展示されていて、ヘッドセットを耳に当てると音色が聞こえる。

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東アジアコーナーでは、日本の隣にある朝鮮半島の楽器がならんでいて琴に似た楽器が二種類あって、そのうち一つは、琴とは異なり弦で弾くようになっている。

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そしてアコーディオン。ずいぶん小さい。これが標準的だったのだろう。アコーディオンに色々な機能をつけることにより機種は大型化し、NHKのど自慢みたいなことになった。

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そしておるがん、風琴と書く。朔太郎の詩で、おるがんをおひきなさいおんなの人。というフレーズがあったはずだ。当時の日本では、おるがんは超高額品で、米国や欧州から輸入していた。ちょうど日本に海外のミッション系スクールが増加していった時期には、各教会は欧米からオルガンを輸入していた。
  

2015年08月01日

休館のお知らせ届く

将棋連盟から突然手紙が届く。読めば、耐震工事で8月、9月が休館になるらしい。

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文面ではホームページで発表したとおり、となっているが、ホームページを見ている人が多いとは思えないし、慌ててさがしたところ、やっとみつけた。

耐震補強をするということは、建て直さないということだろう。資金の半分を羽生名人が拠出して羽生記念館兼将棋連盟会館を建て、谷川会長が半額を拠出して谷川記念館兼関西将棋会館を建てなおすものと思っていたのだが、残念だ。

期間中、ショップは閉鎖してネット販売、将棋道場は新宿将棋センターを利用するようにとなっている。何年か前に新宿将棋道場と提携したのは、この時のためだったのではないかと頭をよぎる。

それでは、プロ棋士の対局は、どこで行うのだろうかと疑問が湧いてくるが、一枚の文書にはどこにも書かれていない。

改装と偽って、本当は解体してしまって、土地の半分を売却し、今の半分の面積の会館にして、対局は昼の部と夜の部と二本立てで行うとか考えればいいのでないかとも思う。


さて、7月18日出題作の解答。

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動く将棋盤はこちら


今週の問題。

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後半盛り上がる?


わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数を記していただければ、正誤判断。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)しょうぎ

2015年07月31日

浜松で、うな重(竹)を

突然、浜松に行くことになる。仕事は手短にしたいものだ。

で、時短のため、昼食は駅の近くのうなぎ屋に。浜松と言えば、「うなぎパイ」。ではなく「うな重」である。地元の漁協関係の店らしい。

高いと言っても一夏に一回ぐらいウナギは食べてみたい。そのうち、ワシントン条約に従って食べられなくなるかもしれない。クジラ肉みたいになるかもだ。

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で、やはり一本分はいい。関東風の蒸してからの蒲焼だ。こと食べ物について言うと、静岡は関東圏のような気がする。岡山でウナギを頼むと、恐ろしいことに頭がついていることがある。サンマの開きみたいな状態でだ。

関東でも名産地の一つ浦和では肉厚のウナギが多いが、浜松のウナギは身が薄い。この方が好きだ。

都内でもっと高いウナギを食べたこともあるが、ここのウナギは10年振りの美味という感じだ。あまりに美味かったせいで、胃袋が踊ってしまったのだが・・
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)あじ

2015年07月30日

美しき獲物たち

007シリーズ第14作。そしてロジャー・ムーアがボンドを演じる最後の作品。

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最後だけに、アクションに徹しているような感じがある。雪原、海、空、そして空飛ぶカーチェイス。

シリコンバレー水没計画が、徐々に進んでいくのだが、それに気付いた時はすでに秒読みが始まっている。なんとなく荒唐無稽でない所が、おちつかないところだ。ありそうでなさそうな話と言うのがシリーズの後半は増えている。

そして、舞台はアメリカ中心。多国籍展開はどうなったのだろう。そういえば、英国映画なのに007シリーズというのは英国で大暴れすることはなかったような気がする。何かわけがあるのだろうか。スポンサーがいないのかな。

しかし、007シリーズを見始めてから、すでに半分以上経過。なんとなくペースが落ちてきた。飽きたということかな。そうやって飽きたころにボンド役が替わるのだろうか。
  

2015年07月29日

あるREITの優待に驚く!

結構REITを何種類も持っている。REITの最大のメリットは、100種類近いREITがそれぞれ、別の決算月であり、さらに年2回配当で、配当率が高いこと。

 1.このため、配当目当てで決算月の1~2ヶ月前に買って、配当を受け取るとすぐに、転がす人が多い。

 2.一方、1を目当てに買い込む人の前に買っておいて、配当日の前に高騰した時に売りぬける人も多い。

 3.また、全然違う観点で、不動産投機は実際にやると売買手数料や、利益に対する所得税が高いため、疑似不動産売買として取り組む人もいる。

私の場合、主に(2)だったのだが、そういう銘柄は外国人投資家の比率が高いことになる。

ただ、ちょっと目を付けたのは、これらの方針とはまったく異なる銘柄で、あるヘルスケア関係のREIT。ヘルスケアといえば病院とかメンタルクリニックというようなものがイメージされるが、それらが投資対象になるとは到底思えないのだが、このREITが扱っているのは、「老人ホーム」。

一応「ニッポンに、心強い未来を。」というフレーズが表出されているのだが、まったくギャグにしか聞こえない。年金では足りず、預貯金も含めて、毎月絞りあげていく施設だ。体のいい振り込め詐欺みたいなビジネスともいえる。このREITはニチイ、ワタミをはじめ8つのオペレーターの16の物件を保有している。1256室だ。しかし、実は外国人の保有比率はわずか3.5%。要するに、長い期間に少しずつ配当で出資者に返そうというコンセプトなのだろう。そういうのも持っていてもいいかな。

といいながら、REIT自体、買ってから少し上がったものの、その後ジリジリとダウンを続けるという情けない状態で、たぶん年末になって損切り候補になるような気がするが、配当と一緒に、投資主優待(いわゆる株主優待)があることを知る。

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あまりに奇妙な優待なので、何度も読み直したのだが、やはり奇妙なのだが、

老人ホーム体験入居無料券(1泊2日食事券付き)


これが、4つのオペレーターから出ている。さらに1つのオペレーターからは日帰り(昼食付き)見学券が。

しかも、使用方法をみると、何度でも使えるようだ。しかも北は福島から南は北九州まで全国にある。

これなら、旅行に行く時にホテル代わりに利用することだってできるはずだ。

気が向けば、そこのホームに入ればいい。入居料から10〜20万円の割引もあるようだ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)投資

2015年07月28日

日本の方言(柴田武著)

hogen昭和33年(1958年)の著で、当時の日本で行われていた、地域差別と言語ハラスメントの状況に嘆いておられたようだ。

特に東北から家族で状況した一家が、娘の方言で小学校でいじめられ、一家心中したようなことがあったらしく、方言は日本の宝というような主旨が書かれている。

時に古い本を読むと、著者の未来に対する不安が強く感じられる場合があるが60年も前の予言は当たっているのだろうかと言うと、こどもの方言がいじめの対象になるというのは、たぶん今もそうだろう。特に、関西人は一向に気にしないのだろうが北国の人は気が小さい。これも今も変わってないような気がするが、よく考えるとイジメの問題と方言の問題は違う問題なのだろう。

では、方言はどうなってしまったのかというと、これも地方文化の地方一極化のように、地方の各地域で微妙に異なっていたのが、だんだん共通化しているらしい。

私事ではあるが、岡山で仕事をしていても、全国から電話がかかってくるのだが、現地採用の人を見ていると、まず、共通語で対応し、地元の人の場合は方言になり、外部の人の場合は共通語でしゃべるというようなバイリンガル方式になっているようだ。

というか、それが共通語の本来の姿のような気がする。

英語が社内公用語の会社で、日本人同士は日本語でひそひそ話すとか、社内メールで日本語が使えないので、ローマ字を使って飲み会の連絡しているようなものなのだろうか。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)書評

2015年07月27日

雑魚レストラン ついに陽の目を・・

麻布演劇市第206回公演は、ついに完成した『雑魚レストラン』。かなり本格的な演劇で、キャストもベテラン中心で、総出演者数40人と半端じゃない。

なにしろ、映画になるはずだった。東京で挫折して心を傷つけられた多くの人たちがサーフィンをするために訪れる場所があった。そこで多くの人たちが出会って、再起のために共同事業として始めようとしたのが、無名の小魚を使った海鮮レストラン『雑魚レストラン』だった。

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ところが、シナリオが決まったのにかかわらず、本作は映画化することが困難になる。なぜなら、その場所は福島県相馬市と浪江町だった。

レストランのあるべき海辺の場所は、すべて流されてしまう。そして、原発事故により、立入禁止となっている。

都会生活で傷ついた人々が集まる場所だったのだが、ここにいた人の方がもっと傷ついてしまう。

ということで、映画ではなく演劇という形になる。さらに喜劇になる予定が悲劇となる(これは最後の1分間を付け加えるだけだが)。

私の席の後ろには、この劇のオーディションで落ちたと思われる女性が、連れの女性に色々と説明をする。うるさいな。

「もし、出演したとすると最後の方で、大量に出演者が登場するところなのよ」とか言っている。

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確かに試食会のシーンでは30人が次々に登場するので、シナリオが大変だ。椅子の数が足りなくなってしまうのではないかと心配になる。むろん、数はぴたりだ。


次回の麻布演劇市は「二宮金次郎」が主人公らしい。例の「歩きスマホ」の先駆者だ。たぶんパスか?
  

2015年07月26日

海の日のイベント

7月20日の海の日の記念イベントが倉敷であって、出席する。海上保安庁系のイベントである。

その中で、今年は20回目の海の日ということだそうだ。誰が決めたのかはやや不自然だし、なぜ7月20日というのもやや不自然だ。日本が海洋国家だったのは、はるかに古代からだったのだが。

そして、来年からは8月に山の日が始まるということらしい。海彦がいれば山彦がいるということか。個人的には「沖縄の日」があってもいいような気がするが、具体的にはいつを記念日にするのか難しいのかもしれない。明治初期に琉球を日本に併合した時?沖縄戦の開始か終結の時?または沖縄返還の日(ちなみに沖縄の新聞2社はつぶしてしまえ、といった人もいるが、一方で、佐藤優氏が毎日読む新聞5紙は、朝日、日経、産経、沖縄タイムス、琉球新報だそうだ?

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で、話がとりとめもないのだが、行事の一環でくらしき作陽大学の音楽部員による「金管五重奏」が行われた。リーダーはホルン奏者の女性で、その他は男性。

あまり日頃、合奏になれていないのか、トランペットがもがいていたように感じられた。もしかして、本当は名曲「海ゆかば」とか出てくるかと思ったが、海軍じゃないのでそういうことにはならなかった。太平洋戦争で日本が勝っていれば、もっと盛大に演奏されるのだろうが、裏声で歌う歌の一つになっている。
  
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2015年07月25日

詰将棋全国大会に欠席

なにしろ、外に出たとたんに灼熱である。たぶん岡山県からだと、太陽がすでに高くなってから家を出るので、いきなり気持ちがなえてしまった。

それに、過去に何回かいっているが、どうもあのスクエアな雰囲気が肌に合わないところがある。詰将棋の作図もそうなのだが、スクエアではなくヒップな方向が好みなのだ。

また作ってもしょうがない握詰に応募している関係で、出席すると、自分で解説をしなければいけない可能性も感じて、さらに足が重くなり、ドアから一歩出ようと思った足をもう一回室内に戻す。


ということで、きょうはあっさりなのだが、7月11日出題作の解答。

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15手詰。


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本日の出題。お手軽問題である。(過去に出題したような気もするが、そういう記録もみつからない)

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数を記していただければ、正誤判断。
  
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2015年07月24日

みかん味の飲める酢

「熊手蜂蜜」という九州の会社がある。蜂蜜の会社だが、熊手というのは人名なのだろうか。中国料理でクマの掌が高級食材なのは、手で蜂蜜の巣を壊して蜂蜜を食べているから、掌に蜂蜜の味がしみ込んでいて、うまい、ということらしい。つまり、だから蜂蜜屋に熊手とネーミングしたのだろうか。

で、この商品は「みかん」と書かれていて、蜜蜂との関係がよくわからないが、丁寧にラベルを読んでみると、ベースが蜂蜜とりんご酢の混合液で、それにみかんの果汁が混ざっているらしい。

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そして、5倍に希釈して飲んでみると、蜂蜜とみかん果汁の愛称はよさそうだ。あえていうと「酢」というところに違和感が残ってしまう。

別途、「ゆず」というのもあるのだが、とりあえず、目先の問題を片付けることにする。  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)あじ

2015年07月23日

忘れたころに出土した備前焼

数戦直前、1945年になると日本には物資がなくなっていた。各家庭が金属を供出し、それで戦艦を作ったり銃を作っていた。

そして、噂では知っていたが本来は鉄製の手榴弾を備前焼他の陶器で作ろうとしていたようだ。1988年には人間国宝の山本陶秀宅で大量に掘り出したことがあったが、それについで大量に出土したようだ。

今回はある窯元の自宅を改修中に土の中から大量に発掘された。

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関係者の証言や研究によれば、これらの陶器だが、完成後は大阪砲兵工廠へ送られていたようだが、実戦には使われなかったといわれる。備前焼だけではなく、瀬戸焼、清水焼も協力していたそうだ。備前市の調査では少なくても500個は製造されたはずだ。

窯元の話では、進駐軍がきて、ハンマーで壊して埋めた、という記憶があるそうだ。

また人間国宝の一人である伊勢崎淳氏によれば、父は800個の生産を命じられ。納める前に終戦を迎え、家族で近くの川に投げ捨てたそうだ。


こうして戦後70年で、隠しおおせようと思っていたことが表に出て、それなら、それなら、とカミングアウトが大量に発生する。まだまだ色々なことがあるのだろうが、陶器だけにいつまでも風化しなかったわけだ。千年後に発掘されたら、何のためのものなのかわからないだろう。

しかし、記事を報道した山陽新聞は、あっさりと歴史の1ページのように書くという態度なのだが、本ブログはもう少し考えたいことがある。

実は、備前焼の手榴弾は陸軍用で海軍は別の土地の陶器を使っていた。それらは、要するに縦割り社会の弊害なのだが、その問題より前に、実際、手榴弾はなんのために1945年になって慌てて作られたのだろうか。

手榴弾がもっとも効果的な戦闘は、当時は対戦車戦といわれていた。兵士が近づいて手榴弾を投げるわけだ。つまり、本土決戦用だったのではないだろうか。

そして、その結果によっては自決用でもあったのだろう。


(さすがに未使用の手榴弾ということで、証言が多く出てくるのだろう。これが大久野島の毒ガス用の陶器の容器となれば、また事情も違うのだろう。)  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)歴史

2015年07月22日

八重洲の看板

東京駅丸の内側のKITTEの6階は屋上庭園になっていて、東京駅舎を上から見下ろすことになるので、それだけの話だが、スマホカメラの画像をよくみると、線路の向こう側、つまり八重洲側のビルの上に並んだ広告看板が見える。

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本気で写したわけじゃないのでいささか不鮮明なのだが、解読してみようと思い立つ。その場所は新幹線から見ると間近にあるわけで、どういう企業が新幹線客にアピールしようというのか興味があった。

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まず、右端に「YAN」だけ見えるのは、ヤンマー。東京駅前にずっと会社がある。

次に「BOSS」。缶コーヒー。サントリーだ。新幹線ホームに自販機があるのだろうか。なければコーヒーを飲みたくなって他社製品を買ってしまうだろう。

次に、「アールエフ」。聞いたことがない。アで始まる会社には探偵社とサラ金が多いのだが、調べると長野県に本社があって急成長中の工業用内視鏡カメラの会社で、最近はカプセルカメラで医療用シェアを拡大中。看板の下に東京営業所がある。会社の名前を売り出したいようだが、それなら覚えやすい名前に変えてもいいのかもしれない。「ごっくんカメラ(株)」とか。

次が「中山式」。半年前に中山式腰痛ベルトを買った。新幹線客には腰痛持ちが多いというのは、たぶん真実なのだろう。新幹線にも乗れないぐらい痛い人はベルトでは治らない。

「ECC」英会話スクール。東京駅前に英会話。バルセロナの駅前にも英語教室があった。

「MIZUHO」有名な銀行だ。説明不要。

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「HISAMITSU」久光製薬。サロンパスの会社だ。その下が、
「サロンパス」久光製薬の製品だ。会社の名前を「サロンパス」に変えれば、看板の上下をつないでサロンパスをイメージした□型一枚看板になる。前述の中山式と同種だが、こちらは肩凝りにも効く。

「昭和てんぷら粉」なんのために、ここに高い看板出しているのか不明。でも。粉業界も競争厳しいから出したものは下せないのだろう。この看板が効いたのか、セブンイレブンのドーナツ用の小麦粉は昭和産業が納入を果たした。(ミスドは日本製粉)

「ヴェリタス・インベストメント」。投資用マンションの会社。天ぷら粉の看板の左の看板の側面にカタカナの縦書きになっている。ずいぶんせこい場所を使っている。マンションもそんな感じなのだろうか。

最後に、左端に、「来」という字の下に「チ」と見える看板。ビルの影で全体が見えない。「○○○来○○○チ」といったものだろうが、想像がつかない。解読不能だ。

「未来リサーチ」とかありそうだが、検索すると今は存在しない悪徳詐欺探偵会社らしい。

考える手がかりが得られない。腰痛系かな?投資系かな?
  
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2015年07月21日

不明なままとなった70年前のこと(2/2)

昨日の「不明なままとなった70年前のこと(1/2)」の続き。

さらに備前焼の里自体が、空爆されるような必然性があるのだろうか、ということになるのだが、話を聞いた時(2年前)には、焼物と戦争との間の因果関係について、ある程度の知識を持っていたので、「ない話ではないな」との直感が働いた。

あくまでも一般的には、電気工事で使われる絶縁碍子という部品がある。電気を通さないという特徴が生かされ陶器製なのだが、日本の都市が空爆され、電信柱がどんどん倒れて、復旧するとなると大量に必要になる。このため各地で焼かれていたという話がある。

さらに、これこそマル秘なのだろうが、瀬戸内海にある毒ガス島(いまはウサギ島として有名な)の大久野島を見学すると、毒ガス容器には陶器が使われている。

そういうことで、陶器と軍事というものには重なることがあったのだが、備前焼について調べてみると、果たして「手榴弾用」という関係があったことがわかってきた。(後日アップ)

つまり、直感的にはかなり大きなパズルがつながっているような感じなのだ。

といっても、すでに身近に聞く人もいないし、旧家屋は25年前に土蔵と一緒に解体。新建屋には過去のものはほとんどないし、過去から残る納屋にも、陶器の破片もなければそういう道具も皆無である。もっとも「不仲」という伝承からすれば、土すら残ってないだろう(というか、もし焼くなら土は持ってくるだろうと思うし、速攻で作った中途半端な窯じゃ無理と思う)。

ということで、まず藤原啓美術館で手がかりを探したわけだが、展示されているものから感じたことというのは、二つあって、「昭和17年に最初の個展を岡山市(禁酒会館)で行ったあと、昭和20年に個展を開こうとしていた」ことと「終戦間近の作品の色合いは、やや黒っぽいものの、別の時期と決定的に違うとは言い切れない」ということ。まあ、よくわからないということだ。


ということで、それらのことをまとめて書簡として、記念館に郵送。特に他意はまったくなく、もしパズルがはまるなら、年表を見ると空白になっている戦争末期から戦後すぐの間に数行の記載事実が増えるのではないか、といったことである。

そして、書簡を送付したことをほぼ忘れたころに、ご厚意によって調査された内容をいただくこととなる。私信をコピーする気はないので、要点を書くと、

「啓氏が疎開した事実はないと考えている」とのこと。

理由としては,

1.そういうことを関係者から聞いたことがない

2.奥様の実家が県内の過疎地であることから、行くならそちらだろう

3.備前の里では手榴弾をつくっていたが、攻撃されたことはない。手榴弾は使われなかった。

そして、疎開するなら岡山市側からの人ではないだろうか。

との推論を書かれていた。


ということで、いただいた書簡に対する返礼書簡を書いて、とりあえず調査終了ということにしたのだが、確かに「藤原啓説」には、若干の疑問もあり、伝承の途中で「大家=藤原」になったのかもしれないのだが、じゃあ誰だったのだろう。備前焼の先生は備前にいるのだから、やはり・・とか。

しかし、平成の市町村大合併の結果、特に積極的に合併した岡山県では多くの戸籍の附表が閉鎖されてしまい、子孫であっても先祖の方の住民票住所の追跡が不可能になっているというのが現実であり、一応、ピリオドを打つこととした。70年は遠い。  

2015年07月20日

不明なままとなった70年前のこと(1/2)

昨日アップした岡山県備前市にある「藤原啓美術館へ」について、その後の顛末というのがある。藤原啓氏(1899-1983)は、備前焼の中興の祖の一人で人間国宝である。

その前に、この話は70年前つまり戦争末期につながるのだが、前提に二つの個人的な事情がある。

一つの前提は、「おおた家」のこと。備前焼の故郷からそう遠くない岡山市の東側にある赤磐市にルーツがある。三代前の曽祖父は小振りな庄屋(農地地主)だった。70年前(1945年)、つまり戦争終結の直前には二代前は国家公務員。一代前は「戦犯学校」と後に呼ばれた東大第二工学部(戦争の前に開校し、戦後消滅)にいて、基本的には三代前が住んでいた。60代だったはずだ。そして、山がちな人口希薄地だったせいもあり、疎開の受け入れをしていた。

一般的に、岡山には兵庫や広島とは違って直接的な軍事施設が少ないことから、山間部の大きな農家は都会の人を受け入れていた。有名なのは横溝正史氏で岡山に疎開した時に近くにあった地名を改造して八墓村とか作品に利用している(実際には犬墓山)。

その米軍の攻撃が、軍事施設だけではなく軍用品を作っている民間工場に及ぶに至って、近隣の岡山市などの市街地住民などを受け入れることになったようだ。

実際には、米軍は、日本の各都市を5つの都市を除き、人口の多い順に空爆していた。5つの都市は「核兵器投下候補用」として、そこに人口を残しておいたわけだ。順番が抜けていることは、軍の中枢はわかっていたはずだが、公表されなかったし、今でもあまり話題になっていない。その後、壊滅して反撃力のなくなった西日本の都市に対しては低空から市民に対する銃撃攻撃が始まっていた。まだ女子高生だった私の母親も、備前市と岡山市の中間の出身だが、パイロットの顔が見えるほどの位置から銃撃され、用水路の泥水の中に隠れたと言っていた。

そして、第二の前提だが、私の一代前(父親)だが、約一年前に、元はといえばタバコの吸い過ぎに起因する病気により他界。徐々に悪化する病気であったため、東日本で入退院を繰り返していたのだが、ある時、昔話の中で岡山県の旧家について、先代たちから聞いた話として(本人は、東京または千葉にいた)次のようなことを語っていた。

戦争中に疎開してきた人は、備前焼の先生で、確か「フジワラ」さんという人だそうだ。有名な人で、色々な来客があり、そのつど預かっている当家で、接待しなければならず、大変困っていて、いつも不仲であったとのこと。そのうち、近くの山で土を探してきて、自分で焼いていたようだ。


父親の話も、その「フジワラ」さんと直接会ったわけではないのだが、備前焼の先生とフジワラさんの組み合わせとなれば、藤原啓氏ということになる。現在は藤原一家として有名だが、すべて啓氏の末裔だ。ただ、昭和20年には、まだ大家ということではなく、岡山市で個展を開いたばかりの新進アーティストという存在だったはず。(つづく)  

2015年07月19日

藤原啓美術館へ

備前焼といえば、土色をそのまま生かした焼き方で、古色蒼然としたところがいい。何しろ古代より日本に残っている六種類の焼物の一つだ。

ただ、古備前と現代備前は、長い空白期で隔てられているのだが、備前焼を復活させた中心人物が藤原啓だ。備前といえば、藤原啓と金重陶陽という二人の人間国宝が有名だが、藤原啓が土をいじくりはじめたのは、40才というかなりの奥手だ。

そもそも彼は、文学を指向して岡山を飛び出していたのだが、次第に戦火が近づき始めたころ文学青年を断念し、正宗白鳥の勧めもあり、備前焼をはじめる。

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40代、つまり終戦前後の作は、美術館に何点も展示されていて、後年の古美術を思いだすような素朴感ではなく、造形にこだわる感じが強い。要するに、まだ作家になって日が浅かったため、色々なものを作りたかったのだろうか。

その後は大きなものや小さなものに取組み、徐々に大家のような落ち着いた過去と現代をつなぐような作品に向かっていったのだろう。


ところで、実は、藤原啓美術館に行ったのには、わけがあり、少し年表などで調べたかったことがあったからだ。しばらくしてから、手紙を書いて確認願ったこともある。

それについては、明日。  

2015年07月18日

字が書けないタイトル戦

叡王戦が始まる。「叡」の字は書けない。比叡山の真ん中の字だから「えい」と読むのかな。

自由参加ということで、本来、自営業者である棋士が、「全タイトル戦に出場しなくてもいい」という権利を得たわけだ。奴隷解放。

そして、各段位毎に予選をしてから、トーナメントが行われる。本来は、棋界ピラミッドの中で重要な要である四段と八段が少ないことが明るみに出ることになる。

そして、人間による叡王戦の覇者と、電王トーナメントの覇者ソフトが、2番勝負で決着をつけて電王位を争うことになるそうだ。2番勝負というのが謎だが、なにか罠があるのだろう。

なんとなく、電王戦の下部トーナメントのように感じてしまうのだが、将棋トーナメントの優勝者がソフトと対戦するとなると、ソフトのバグ探しが得意な棋士が登場する可能性が低くなるのだろうか。

合わせて、達人戦が終わったようだ。なんとなくはじまり、なんとなく終わる。


7月4日出題作の解答。

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まで11手詰。動く将棋盤はこちら

今週の問題。

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追いつめてから、なかなか手ごわい。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数を記していただければ、正誤判断。
  
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2015年07月17日

八百長説得工作?

7月15日のNHKクロ現では、FIFAの裏金疑惑の真相に踏み込んでいて、その中で日本サッカー協会の方が、今まで日本サッカーでは八百長すら行われていないと、断言していた。

断言ほど脆いものはないのだが、煙すら立っていないのだからそうなのだろう。totoの仕組みが役立っているかもしれない。


一方、新国立競技場の設計変更問題だが、奇妙なことに設計変更反対しているのがラガーマンだった森元首相ということになっていて、「国民の総意をもって」、安倍現首相が説得に行くということらしい。

といっても、競技場のデザインが決まるずっとずっと前にラグビーWカップの日本開催が決まっているのだから、公約違反も何もない。

なんとなく感じるのが、安保国会のお粗末さで地に堕ちつつある現首相の支持率アップのために、元首相が捨石になる八百長工作ではないかということ。

思い出すのは、小泉元首相が郵政解散に踏み切る時に、森元首相が「解散しないように説得」に行くふりをして、官邸からビールの空き缶を持って出て、テレビカメラの前で斬られ役を演じた場面だ。

もっとも、八百長を日本人があまりやらないのは、発覚した時に思いきり痛い目にあうからだ。ボケ側の演技力は高いだろうが、ツッコミ側の演技力は未知数だ。場合によっては、田舎芝居が破たんする可能性もあるだろう。(説得失敗ということもある)


ところで、国立問題だが、こんなことになって屋根をつけないなら、前の競技場を改修すればよかった、という声すらあるが、すでに解体済だ。審査委員会の委員長も「コストアップは知らない」とか「こんなに大きなものは作ったことがない」と表明。誰も知らないうちにコストが上がったという無責任体制は戦艦大和に突き進んだ過去の失敗を繰り返すように思える。

といって、元の設計を生かしながらアーチを残すとなると、屋根は軽量型で、アーチはパイプで組むというような冴えないものになるに違いない。

そしてできるものは、2004年のアテネオリンピックのメインスタジアムと同じようなものになるだろう。

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実は、みんながバカにしているギリシャだが、アテネにはもう一つのオリンピックスタジアムがある。1896年に第一回オリンピックが行われたスタジアムを残している。屋根はない。観客席は大理石。背もたれなし。スタジアムは馬蹄形で、一方の視野は開放されている。

設計変更が間に合わなければ、この形で十分だろう。東側を開放し、視野の先には、遠景にスカイツリーを配置。近景には江戸城天守閣を建てればいい。今後は江戸城で稼げばいい。


*杞憂ではあるが、2500億円を建設中に直下型地震に襲われて崩れ落ちたら、どうするのだろう。1896年式なら損害軽微ではないだろうか。(着工前に発生ならいいとも言えるが)
  
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2015年07月16日

007 第5作

0072007は二度死ぬ(1967年) BSジャパンで連続放映中の007シリーズで見逃した第5作。レンタルしてくる。1週間108円。これなら几帳面に番組表で予約なんかしなくても、次々に借りていけばいいのだろうが、「簡単にできる」というのが実はもっとも難しい。ダイエットだってそうだ。人間って変な動物だ。

ずっとロジャー・ムーアを見ていたので、ショーン・コネリーを見ると戦前の映画をみているような感じになるが、本作は、全面的に舞台は日本。ところがフレミングの原作では、九州にある有毒植物研究所で毒薬を製造しているグループと対決するはずなのだが、映画ではまったく異なる話になる。同じなのは題名と日本という場所ぐらいかな。

原作が発表された1964年にフレミングは亡くなってしまい、本作は小説家ロアルド・ダールによって勝手に書き換えられてしまったわけだ。で、アメリカとソ連が宇宙開発競争をしている時に、その妨害工作をするものが現れる。英国諜報部の推理では、それができるのは日本だけだ!ということになる(かなり無理があるが)。

それで、でたらめの日本情緒が大量投入され、ボンドガールには浜美枝が登場。なかなかいい。

「大里グループ」という日本の財閥の裏にいるスペクターの秘密基地は、神戸と上海の中間点にあるとなっているので、調べてみると、そこにあるのは「済州島」だった。欧米人の認識ってそれ位なんだろう。

なお、冒頭にボンドが亡くなるシーンがあるが、それは死んだはずのボンドが潜伏するためのトリックなのだが、本作だけでは単なる1シーンなのだが、その後の19作において、ボンドは絶対に死なないということを宣言したようなことになり、シリーズ全体がアクションではなくコミックであるということになってしまったような気がする。

フレミングの原作の方も読みたくなる。


007nidoということで、すかさず古本を注文。

すぐに到着するが、いつ読むのかな・・  

2015年07月15日

トマトの名前を思い出す

鉢植えのトマト。夏の陽射しに変わると、とたんに量産体制になった。枯れた葉とかどんどん取っていくと、風通しと光の当たりが良くなる。

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そして、忘れていた品種の名前を思い出す。

アイコ。

そう、あの愛子様と同級生だそうだ。同じ頃、誕生。

なぜ、そんな高貴な名前をトマトに付けたのか不明だが、これがイモ類やゴボウにつけたりはしない。蘭にも同名があったようだ。ようするに美しいものにお名前を拝借するのはいいが、サルはダメということ。

しかし、普通のミニトマトとは違って楕円球である。ちょっと違う。

そして、トマトはあまり手間をかけずに放任主義の方がいいらしい。名前をつけたサカタのたねもそこの違いには気がつくはずもなかった。

そして、名前の由来を思い出しながら、パクパク食べてしまうわけだ。
  
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2015年07月14日

キール・アーチということは

2500億円も使って大丈夫だろうか。そういえばギリシャだって、無理にオリンピックしてから地獄に落ちたわけだし、1000億だって、十分に高過ぎるのに。もっとも、払えない額でもないのだが。

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今更、責任のたらい回しで、疑惑の人というのは沢山いる。要するに無責任の人たちが集まるとこういうことになる典型だ。

1300億円の予算のはずなのに、どうして後から2倍になる?そういうコンペってあり?
コンペ参加者を事実上制限していて、つまり大家が手掛けるということで高くて当たり前。
森氏のラグビーWカップに使うと言っても、ラグビーの方が先に決まっていたはず。
いまさら民主党のせいにしても、そのあと変更のチャンスはいくらでもあった。
そもそも、安藤氏は審査する方じゃなく、コンぺに参加する方じゃないの?

ということで、なんとなく大阪万博の時の丹下健三と岡本太郎のけんかが参考になるのだけど、「日本の万博」を、建物で表現するのではなく、一つのタワー(太陽の塔)を建てることで理念を表出したことが成功している。

平凡な競技場でも、シンボルタワーでも建てれば、かなり安上がりになったのではないだろうか。さらにアスリートの夢のためといっても、陸上とサッカー以外の競技者には、何の関係もない。

そして、高額になった理由が「キール・アーチ」。キールというのは木造船の船の背骨のようなもので、船底に太い骨(竜骨)を入れて、そこからあばら骨のように組み立てていく手法だ。戦後の鉄製の船は、こういう作り方はしない。

ところが、それを裏返して地上に置くとなると、その重さに耐えられず(10,000トン)、地上部分と同じくらいの地下部分のアーチが必要で、その工期と金額が莫大なものになるようだ。つまりキールが倒れないようにするために逆キールを接続して地下に埋めるということ。

ところが、船舶関係者が見ればすぐに思うのだが、船でキールが空を向いているというのはどういうことかと言えば、転覆して裏返しになったということだ。先日の長江遊覧船と同じことだ。

いっそのこと、スタジアムそのものを超大型船にしてしまい。オリンピックや国際大会のつど、開催地に航海していって稼働率を上げたらどうだろう。スタジアム使い回し法。
  
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2015年07月13日

航海の歴史‐探検・海戦・貿易の四千年史

海洋史家であるブライアン・レイヴァリ氏(英国)による400ページもある大著である。数ページずつ読み進んで、ついに1年近くで読み終わる。

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思えば、人間が「舟」というものを発明したからこそ、世界中の島々に人間が住んでいるわけだ。何らかの原因で、元の場所を追い出された人たちが逃げるように海の彼方に向かう。今の北アフリカから欧州に向かう難民がそうだ。日本人だって、中国北部から逃れた人と中国南部から逃れた人の混血だ。

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で、本格的に海と船が走り回り始めたのは、コロンブスの時代。英雄のように言われるが、しょせんは海賊の親戚みたいなことをやっている。船を襲って略奪するか、新大陸の文明を破壊するか。奴隷売買とか。

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そして、ペリーが日本にきたことを著者の見解で書いてある。

まず、ペリーは日本のことを調べ上げてから、やってきた。米国はオランダ国から3万ドルの巨額で日本の地図を買っていた。(つまりシーボルトが持ち出した地図に違いない)

黒船は煙が黒いからそう呼ばれたと書かれているが本当なのだろうか。江戸にきて川を上ったと書かれているが、これは違うだろう。

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日米和親条約(神奈川条約)が、米国による脅迫で結ばれたことを日本人は覚えていて、復讐の機会をずっと狙っていて、ついに1941年に真珠湾で報復することとした、ということらしい。(さらに強烈な報復返しを二発受けた。)
  
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2015年07月12日

野球と鉄道−幻の球場と思い出の球団

新橋の鉄道歴史展示室で開催中(〜7月20日)の本展は、かなり力のこもった展示だった。鉄道とプロ野球というのは、いまでこそ阪神、西武だけが鉄道系球団だが、以前は西鉄、阪急、近鉄、東急、国鉄もプロ球団を持っていた。

もちろん動機は簡単で、鉄道沿線に球場を作って稼ごうということ。

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ところが、野球を初めて日本に持ち込んだ男は、鉄道マンだったそうだ。平岡ひろし(漢字は現在存在しない)という元幕臣の官僚が明治4年から5年間渡米して鉄道技術を学んでいた。そして持ち帰ったのが鉄道技師の腕前と、野球。『新橋アスレチックス倶楽部』という野球チームを明治13年に立ち上げている。駅の構内の空地で野球をやっていたそうだが、1チームだったのかな。

そして、この展覧会が凝っているテーマが、『消えた球場』。

羽田グラウンドは大正時代には存在したが、羽田飛行場の拡張で姿を消した。つまり空港になった。

鳴海球場は、昭和2年、名鉄によって竣工される。昭和33年に消滅し、名鉄自動車学校になったが、観戦スタンドの一部が残されているそうだ。

しかし、なんといっても特筆すべきは、洲崎球場だろう。東京下町の東陽町である。

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昭和11年、大東京軍(現在のDeNAの祖先)の本拠地として開設。歴史に残る第一回プロ野球リーグ戦の優勝決定戦が行われている。ジャイアンツ対タイガースの3連戦。沢村栄治の3連投により2勝1敗で巨人が優勝。

ところが、建設場所が見つからず、海抜60センチの湿地帯に作ったため、異常にキャッチャーゴロが多かったそうだ。外野にはムシロがおいてあって水分を吸収していたそうだ。そして、翌昭和12年には沢村のノーヒットノーランはじめ、巨人、阪神が激突していて、都内から多くのファンがタクシーで押しかけ、ギシギシと危険な音のする木製の置きベンチで観戦していた。

が、栄光は1年で終わる。後楽園球場が開設されると、役目は終わる。昭和13年には、3試合だけが行われ、歴史の闇の中に消える。本展に際し、長い時間をかけ調査が行われ、球場の模型まで再現されたそうだ。今の東西線の沿線にあたる。そのうち探訪したいと思うが、もう少し調べてからにしないと無駄足になるだろう。

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そして問題の国鉄参入である。これには二つの計画が関連していて、一つは球場建設。グリーンパーク計画。現在の中央線三鷹駅の北側に支線を引いて、そこにグリーンパーク球場(東京スタディアム)を作ってしまった。風が強く吹くと砂塵が舞い上がる欠陥球場だったし、そもそも国鉄チームが弱小ということで、営業的に成り立たず、約1年の運命だった。もちろん鉄道も廃止。現在はグリーンパーク遊歩道になっている。ちょっと行きたくはない。

そして国鉄のもう一つの計画が、プロ野球への参入。大騒ぎの末、社会人野球に各地の国鉄から出場している選手を集めて昭和25年に結成。要するに、アマチュア野球人がプロに挑戦ということだ。球団のニックネームとして多かったのはスワローズではなくコンドルズだったそうだが、コンドルは日本語の「混んどる」に通じ、鉄道会社としては困るので、「座ろう」に繋がる「スワローズ」になったようだ。

国鉄スワローズは実質的には翌年入団した金田正一のためのチームであったといえる。14年間投げ続け、巨人に移籍。国鉄もまもなく終わった。

おまけだが、いまはなき近鉄バッファローズの球団マークの二本の角の絵だが、岡本太郎氏の作だそうだ。どうも、この数ヶ月、あちこちで岡本太郎や縄文土器の影が身の周りから離れない。
  

2015年07月11日

ハンドブックシリーズの謎

浦野真彦さんの7手詰ハンドブック兇鮃愼して解き始める。まえがきの中で平成23年に発行した前篇と比べて、難易度は同じと書かれているが、なんとなく前の方が難しかった印象がある。あるいは、私の解図力が上がったのか。そんなはずはないだろう。

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ただ、易しい問題にまぎれて、いくつかの難問が含まれていて、あいている時間が5分あるから、とりあえず5題解いて、というような考えは当たらない。10分考えてもわからない問題もあり、数時間たってからあらためて考え直して妙手に気付くような場合もある。

ところで、本書は浅川書房の発刊だが、著者は過去に5手詰ハンドブックを2冊出していることになっているのだが、自分の書棚には5手詰ハンドブックが3冊ある。うち2冊は日本将棋連盟の発行で1冊が浅川書房だ。

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となると、5手詰は全部で4冊あるのか、3冊なのか、あるいは2冊なのかよくわからなくなる。時間をかけて調べてみればいいのだが、同じ内容の本を2冊買ったにもかかわらず、気付いてないのかもしれない。


さて、6月27日出題作の解答。

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▲1四歩 △同玉 ▲2四香 △1三歩 ▲1四馬 △同玉 ▲1五歩 △1三玉 ▲2五桂まで9手詰。

打歩詰打開のために、歩打の王手を最終手にしないように工夫する手筋である。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

0711


中段浮遊玉という嫌われやすい問題。プカプカ風に流され、そのままになる。普通の人間ってこういう一生を送るものだろうか。着地点なし。ああ無情。

わかったと思われた方は、最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2015年07月10日

同じ朱肉

最近、ある公的申請書を作る時に、二ヶ所に印鑑を押すことになったのだが、注記として、こう書かれている。

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相続人(申立人)の印鑑は、申請書に押印した朱肉を使用するもの。

最近は、印鑑だけでなく、朱肉まで同じものを使わなければならないのか、と驚いたのだが、なんとなく違和感を感じながら眠れぬ夜をすごしたあと、気付いたのだが、「朱肉を使用するもの」という部分が意味の塊になっていて、簡単に言うと「シャチハタ禁止」ということだろう。

シャチハタというのが、特定の企業名であり商品の一般名詞ではないので、こういう意味不明な表現になるのだろう。
  
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2015年07月09日

サバフグの味は

山口県萩市で買ったものはといえば、萩焼と言いたいが、「ふぐの味噌汁」。味噌は白みそ仕立てと赤みそ仕立てが選べるが、昨年、本場下関でフグのあらの入った味噌汁は白みそ仕立てであったことを思いだし、「白」の方を選ぶ。

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あとで、確認すると、フグといっても、「シロサバフグ」および「クロサバフグ」と記載されている。要するにサバフグだ。

サバフグのことはあまり知らないが、たぶん、サバのような味のフグなのだろうか。値段的にしょうがない感じだ。

そして、粉末状の製品にお湯をかければできあがるのだが。

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フグではなく、サバの味がする。とても残念な気持ちになってしまう。しかも5袋入りだ。

しかし、うれしいことに翌日また、この味噌汁を飲むと、残念な気持ちにはならないわけだ。最初からサバの味噌汁という気持ちになっているからだろう。

三日目に飲むと、どういう気持ちになるのだろう。商品名を「サバフグの味噌汁」としておけば、最初のガッカリにはならずにすむのではないだろうか。  
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2015年07月08日

中原中也記念館で思ったこと

さあ、明日は長らく懸案だった萩日帰り旅行に行こうと思ったのがちょうど金曜の夜の11時半頃で、ルートを調べているうち、これも懸案だった湯田温泉にある「中原中也記念館」も近くではないか、ということに気付く。調べると、萩の方には、「瀬戸際の世界遺産問題」や「NHK大河ドラマ」という余計なイベントが絡んでいるし、中也記念館のある湯田温泉の方には、「SLやまぐち号」の出走日という余計な話が絡む。どうも予定の計画の1時間後に新山口駅からSLが同方向に走るようだが、それだと全体に遅れが生じ・・・

もう朝2時になってしまったので、特別イベントはすべて無視することにして翌日に備え眠る。

そして、午前10時ころ、湯田温泉の中也生家跡にある中原中也記念館に到着。温泉街だ。

tyuya


まず、中也は好きだ。好きな10人には入る。どこか不完全さを保ちながら、やるせないコトバを散りばめる。個人的には「ウマヘタ詩人」と思っているが、散文における太宰治のように中也の激烈なファンは、彼の詩に「酔う」という以上に、麻薬的な痺れを感じるのだろう。

「汚れちまつた悲しみに」とか「とある朝、僕は死んでゐた」とか「海にゐるのは あれは浪ばかりです」とか。

7月末から萩原朔太郎と中原中也についての展示が始まるが、隠喩の技巧については圧倒的に朔太郎が素晴らしく、朔太郎の詩はクールで心の中が透き通っていくのに対し、中也の詩は心をかき乱す。芥川と太宰の違いのようなものだろうか。

30歳で他界(1907-1937)とは同郷の吉田松陰と同じだ。また、詩人として再評価されるまで70年以上かかった同郷の金子みすゞ(1903-1930)とは、同時代人だ。方向はまったく異なるが、二人の大詩人は近くにいたわけだ。

文学館一般に言えるが、生原稿で中也の原稿用紙をみることができる。文字には意外にも癖がない。縦書きの場合、慣れていないと中心線がいい加減になって右や左によろけ文字となるのだが、そんなこともない。

横書きの大学ノートを横にして縦書きで使っていたそうで、それでまっすぐ書けるのだろうか。「ノート小年時」といのがあって、大学ノートの表紙に「小年時」と書かれていて、その復刻版を買ってみた。少年ではなく小年と書く真意は?

二階の窓に面した小空間には、中也の頭部のブロンズ像が置かれている。生前の中也をモデルとして高田博厚氏が制作したオリジナルが大戦中に北京で行方不明となり、高田氏が残された写真を頼りに再度作り直したものである。二度目なので少しはうまく作れたということだそうだ。

この表現豊かなブロンズ像だが、実は窓際なので外から超望遠レンズでとらえることができるが、それよりも実物がほしくなってきた。

実は、このブロンズ像のレプリカはいくつか存在するわけだ。

nakahara


毎年、優秀な詩集に対して選出される『中原中也賞』というのがあって、副賞は100万円だが、中也賞そのものの賞品は、中也ブロンズのレプリカなのだ。

さっそく、詩作に取り組む。

書く気になれば大量生産可能なのだが、そういうものではないのだろう。  

2015年07月07日

萩潜入2(まぁーるバス、ドラマ館、城下町、萩城)

まず、世界遺産登録のこと。長州藩のお膝元である萩では、5か所セットになっている。さすがに総理大臣の出身地だ。反射炉、造船所、たたら製鉄所、城下町、松下村塾。

これらにストーリーを付けるなら、こうなるかな。

関ヶ原で破れた毛利家は中国地域全域から長州一国に押し込められ、一人当たり収入は数分の一になっても、それでも侍を続けた藩士たちは、他藩より貧乏であることをバネにし、欧州の産業革命を松下村塾で学び、製鉄所で生産した鋼鉄で造船所で鋼船を造り、さらに反射炉で鉄の品質を向上させ、大砲や銃器のように高熱でも耐えられる武器を作ることに成功。これによって幕府という封建的な政治形態を明治維新という政治変革運動の結果、打破し、近代国家がスタートした。

ストーリーと現実は、少し違うのだろう。さらにいえば、現在の萩の人たちは、「世界遺産に指定されることを喜んでいない」ように感じた。さらに、日本の各地からの観光客すらたいして歓迎していないような感じもある。

まず、市内の足回りだが、クルマ社会というのはわかるが、萩に来る人は、ふつうはクルマではこない。山口県は遠い。また、外国人は絶対にクルマではこない。行って分かったが、市内は広い。しかも観光地は、離れ離れだ。

基本的には歩いて、飛び離れた場所が残ればタクシーでも使おうかと思っていたが、タクシーは皆無だ。そして市内循環バスがあることは、途中で気付いたが、「東回り」と「西回り」があるのだが、同じコースの逆回りではなく、二つのルートは無関係に交差したりして部外者には理解できない。8の字が二つあるようなものだ。途中で気付いたため、萩反射炉は諦める決断に至った。というか、バスは反射炉の近くまで行って、道の駅でUターンしてしまう。

街は広いが、地図や標識は乏しい。さらに町のどこにも英語表示はない。本当に日本語しかない。意識的に「攘夷」を続けているのかもしれない。世界遺産になったらどうするつもりなのだろう。

そして、「晴れ」の天気予報だから萩に入ったのだが、大雨が降ってきた。しかたがないので、行きたくもないドラマ館で雨宿りすることになる。ドラマは歴史ではないのだが。学校の体育館みたいなところが改装されているように思える。校庭は広いので観光バスの駐車は無制限だ。感想なし。井上真央は時代劇のような「型にはまった役」では成長しないだろう。

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そして、城下町だが、実は、毛利藩士は困窮していたというのは、そうではないような気がした。一戸あたりの敷地面積は、かなり広いような気がする。たとえば百万石の前田藩は、見た感じ日本の郊外住宅のように50〜70坪程度で、当時の間隔では「少し狭いかな」という状態だし、維新の雄である薩摩では、庭なしの住宅に武士が住んでいた。長州藩は一軒当たり100坪以上はあるのかな。城下街の中には、この数十年で、庭や住居の管理をあきらめた大邸宅も相当数見られる。観光客には見せられない(見てしまうが)。

hagijoshi


萩城に至った頃には雷混じりの大豪雨になるが、ここでひるんではいけないと城内を少し散策したところで、危険を感じ、無念の撤退。城の構造からいって、ほとんど無防備城だ。幕府の意向なのだろう。

そして、雨の日のサッカーみたいに濡れてしまう。タクシーはいないし、何しろ城の中には道路はない。城から撤退すると、雨は小降りになり、濡れた靴で40分後にバスターミナルにたどりついた頃に止む。どう考えても、毛利家の末裔の魂が私を妨害したように感じ、深く思いだすと、同じ苗字の政治家の秘書に騙されそうになったことがあったっけ。逮捕されたはず。

しかし、濡れた服や靴というのは、まったく嫌なものだ。濡れ衣被害の予感あり。  
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2015年07月06日

萩に潜入1(松下村塾から伊藤博文邸へ)

前々から長州藩の藩都だった萩には行きたかったのだが、簡単には訪れることが難しい場所だった。倉敷に仮寓があることから、春に下関側から突入を企てたのだが、山陰線で金子みすゞの故郷などで時間をかけてしまい、行けなかった。今度は新山口方面からバス便で萩に入ろうと思ったのだが、ちょっと寄り道して中原中也の生地に寄ったため、午後の入萩だった。

ところで、前々から行きたかった萩だが、現在、複雑な話が発生している。

一つは、世界遺産騒動。ちょうど行った日に萩の5か所が含まれる世界遺産が認定されるはずだったが、結論先送り。個人的には、韓国の反対はピンボケとして、日本の近代化ストーリー全体をどう評価するのかというのは、実は大きな問題だ。おそらく世界史的に考えて、善悪を超越した奇跡なのだろう。だからといって善なら世界遺産で悪なら遺産価値なしということではなく、原爆ドームの価値だってそういうものなのだろう。

そして、第二の問題は今年の大河ドラマ。巨乳女優を使って、視聴率を狙ったNHKの思惑がある程度成功し、市内にはドラマ館とか各種のぼりが存在。そもそも謎の男、吉田松陰のこともよくわかってないのに、・・・

そして、私も吉田松陰のことはよくわからないが、まず、松陰神社に行く。ここには松下村塾がある。まず、特筆すべきは、この場所。いわゆる城下町との間には川が流れていて分離されている。江戸流にいうと川向うだ。両国に住んでいた勝海舟みたいだ。

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そして、松下村塾は私塾だけあり、きわめて狭い。元々が吉田家の母屋の離れにある八畳プラスアルファの1DKだったようだ(それでも今の私の仮寓より広いが)。その後、講義室というのが増築された。二十畳はないかな。いずれにしても藩の直営だった明倫館とは比べることもできない。

実際は、松陰とその弟子とは一方的に教えるという関係ではなく、議論と対話と野外活動というような経験を積み、わずか1年で維新の第一波をラジカルに始めたわけだ。

尊皇攘夷は、「尊王」と「攘夷」という二つの概念で成り立つというのが後世の判定で、当初は「尊王=攘夷」という一体不可分論で、その後、英国の海軍力の前に「攘夷」をやめ「開国」を選んだというのが定説なのだが、松陰もそうだったのだろうか。密貿易で味をしめていた薩摩はともかく、この山がちな川向うの地で世界情勢を思えば、開国することによる暗澹たる恐怖感が、長州藩士のスタートラインだったのではないだろうか。

松陰神社でいつものように絵馬チェックをすると、一枚スゴイのがあった。

「最短で政治家になります」 願い事ではなく決意表明だ。がんばれイトーヨーヘー。博文の子孫かな。


次は、伊藤博文邸。松下村塾からは徒歩5分。川向う仲間だ。現地に行って色々なものを読むと、少し人物に対する認識が変わることもある(一方、現地ではいいことしか表示しないので警戒が必要)。

この、史上最年少(45歳)記録の総理大臣だが、生まれは武士ではなかった。農民の子。それが武家の養子になった。江戸時代なら、それだけでもよかった。川向うでもいい。

ある意味、失うものなんて彼には何もなかった。しかし、彼が総理大臣になるのは、激情家ではなく、理性があったからだろう。松陰の主張する要人暗殺行為には反対していたようだ。といっても、現在の法規から言えば、懲役20年位のことは・・

そして、無類の女好きだったようだが、そんな話は萩には残っていない。横浜では有名だが。

今もわからないのが彼が朝鮮総督府の初代総統だったこと。何度も総理大臣をして名を成した人物が、なぜ引き受けたのか。

公正な研究を待ちたい。  
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2015年07月05日

奈義町現代美術館の大砲は?

奈義町は岡山県の北部の中心地である津山市よりさらに北上し、鳥取県境に近い場所に位置する。近くには自衛隊の日本原駐屯所があり、演習場では戦車戦や高射砲の演習が行われているようだ。海外で戦車戦に参加する日がくるのだろうか。有効なのは都市攻撃なのかな。

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そして、10年前に現代美術館がオープン。設計は、磯崎新氏。岡山はどの町も財政的困窮にあえいでいるのに、どうも超有名な設計家の方の美術館が多い(というか、それが困窮の原因かもしれないが)。

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この美術館の特徴は、なんといっても別館風に作られた円筒。大砲の砲身のようにもみえる。大砲の発射方向は自衛隊駐屯地の方向だ。角度もちょうどいい。

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実は、内部は空中庭園になっている。石庭をイメージしているようだ。上下左右の感覚が否定されている。早い話が宇宙ステーション内部と思えばいいが、あくまでも無重力じゃないのでバック転に失敗すると首の骨が折れる。


当日は特別展として『柴田れいこ展・届かぬ文〜戦没者の妻たち〜』が開催されていた。

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岡山県内の各地に生き残っている「戦没者の妻」をさがしては、そのメッセージと画像を記録。結婚して夫が戦争に行って亡くなる。そして70年が流れる。そして今もその時の気持ちに引きずられて90歳を過ぎた現在、生き続ける女性の画像が100人ほど並ぶ。

一つずつ丹念に眺めていると、かなりの数の岡山県出身兵士が、1945年8月にミャンマー(ビルマ)で亡くなっていることがわかった。その頃、ビルマ戦線では英国軍と激戦中だった。つまり1945年7月26日に発せられたポツダム宣言の後、日本が受諾するまでの間に亡くなっているわけだ。私の岡山の実家の本家(江戸時代に分家した)の跡取り息子も未婚ではあったが、このポツダム宣言以降にビルマで亡くなっている。今年90歳の妹が家を引き継ぐも、未来は見えない。

ポツダム宣言の前後の順番に不案内な政治家がいるらしく、かなり悲しい。
  

2015年07月04日

いつの間に始まりいつの間に終わる

将棋ペンクラブの会員なので、定期的に通信誌が届いて、ちょっと愕然としてのは、関東交流会も関西交流会も賑やかに終わったという記事。自由対局や指導将棋など。

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もともと、入会したのは、関東と関西と行き来しているので交流会に行きやすいと思ったからだが、最初に行った関西交流会があまりの閑散状態で、次はどうなるのだろうと思っているうちに、いつの間に始まりいつの間に終わったようだ。どこかで秘密の連絡網があるのかな。あるいは高い方の会費が必要だったのか。HPは開店休業だし・・

海賊小説で有名になった首相の知人みたいに「つぶしてしまえ」と言いたいが、小説を書く際に海賊王の興した会社の取材に際し、「負の側面には触れないこと」という内容の条件があったという噂を聞いたことがある。仮にそうならば、「ペンの力もそんなもの」と思っているのだろう。そんなもののように怒ってもしょうがないね。

それと、あまり指導将棋というのは好きじゃない。相手の先生が大長考になることが多く、周囲からスケジュールの都合上、白い眼で見られることが多い。中盤で早くもトン死筋を狙っていることを察知され、慎重の上にも慎重ということになるようだ。相手の考慮中に投了するわけにはいかないし。

次は、将棋ペンクラブ大賞の贈呈式があるようだが、9月の5連休の前日の夕方。行くのは、無理っぽいかな。


さて、6月20日出題作の解答。

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まで23手詰。

果てしなく王を追いかける。単独犯だ。21手目は手が分れる。改造中だが、全然違うものになりそうだ。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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詰パラ落選作品集より自薦作。(落選作品集なんてありませんけど)

わかったと思われた方は、最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)しょうぎ

2015年07月03日

焼きギリシャヨーグルトはオカラバーガー味

最近、話題はギリシャ国民投票の予測だが、結果を占うために『焼きギリシャヨーグルト』を作ってみた。うまく焼き上げられるか、デフォルトか。

もともと数年前からニューヨーク(NY)でブームだったギリシャヨーグルトだがNYでは、デザートとして、濃厚なギリシャヨーグルトに次々に高カロリーなトッピングをして、というコンセプトだったのだが、日本に上陸するとダイエット食品となってしまう。

早い話が水切りヨーグルト。ギリシャだけじゃなく、バルカン半島やトルコの方でも伝統的には、この「固いヨーグルト」が主流だ。日本の豆腐も沖縄にいくとコチコチのもので驚くが、ギリシャヨーグルトは、それほど固いわけじゃない。

で、ふつうのヨーグルトを水切りしてから焼く方法もあるが、水切りに一昼夜かかるので、そんなにゆっくりでは困る。ギリシャ問題と同じだ。すぐに実行したいわけだ。

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ということで、市販のギリシャヨーグルトを買ってきて、グラタン皿に盛って、オーブントースターに。焼くこと30分で取り出す。少し焦げた。

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次に皿ごと水で冷やし、ブルーベリージャムで、ギリシア国旗のペインティングを試みたが、うまくいかない。色も違うし、横縞の数も違うし、まあ、一応努力したものの・・・ということにしておく。

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次に、盛り付けだが、二つにシェアして、今夜のデザートと明朝のメインディッシュにする。

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ただ、なんとなくスカスカといった食感で、1時間前までヨーグルトだったという痕跡は感じられない。切り口の断面をみると、ガンモドキ状だ。気泡入り。舌の感触からいうと、オカラバーガーに極似といったところだ。


デフォルトは免れたものの、それだけの話ということかもしれない。

残り半分を明朝のメインディッシュにするには、とんかつソースをかけてみようかな。  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)あじ

2015年07月02日

ラヂオの時間(映画・1997年)

radio三谷幸喜の初監督作。この映画の基本構造は生放送で行われるラジオドラマの放送。初めて書いた脚本が採用された主婦(鈴木京香)が放送現場にいるのに、まず出演者の主演女優がクレームをつけ、舞台が熱海からニューヨークに変わる。


さらに、別の俳優のわがままでシカゴにかわり、女弁護士とパイロットの恋愛に変わる。その都度脚本を書き換えながら生放送は進んでいくのだが、主婦の夫が乱入したり、スポンサーからクレームがあったり、怒った出演者が勝手な話を付け加えたりして時間が無くなりいくつかのパートをカットしようとすると出る幕がなくなる役者がいたり・・・。

どんどん原作から離れていき、エンディングの方向も変わってしまうのだが、・・

ところが、やはり悲劇ではなく喜劇に戻すことになったわけだ。まあ、十秒ほど付け加えただけだが。

どうも三谷幸喜自身、初めての脚本が、ぐちゃぐちゃにされた経験があるそうで、早い話が映画の脚本と監督と一緒にやってみたようだ。高速コメディというのかな。思えば、初めての脚本がぐちゃぐちゃにされたからこそ、それを題材に監督をはじめたわけだから、十分に元を取ったような気がする。
  

2015年07月01日

「農地の適正課税」記事の危うさ

nouchi日経新聞6月24日版の一面は「農地の適正課税滞る」となっていて、耕作放棄農地は農地扱いにしないで、どんどん税金を取るべきだ、という記事になっている。その中で、そういう人が農地を持っていて宅地として土地価格が上昇したら売ろうとしているとか、農地が眠っていても所有者が売らないから新規農業従事者がいない、という暴論に至っている。

この話は、記事だけでも二股ズボン状態で、安くても宅地として売ってしまえば、そもそも新規農業従事者の耕作地がなくなってしまうわけだし、何を目的にして書いているのかよくわからない。

そもそも、耕作放棄地が増えたのは農業従事者がいなくなったのが最大原因で、借りたいとか買いたいという人がいるのだろうか。ただならいいが、有料なら困るのだろうが、放棄地を宅地と認定したら、そもそも農業委員会とか市街化調整区域といった規制がなくなれば、すぐにでも全国で耕作放棄地の売地が倍増し、不動産価格が大暴落するだろう。

そして、やはり農地にはならない。

というか、持っていても、使えないし、売れないから持っているというのが多く、さらに本当に農業への新規参入者が大量の地面を必要としているのか微妙。高付加価値農業を目指すなら田舎の安い農地よりも、土地の種類にはかかわらず交通アクセスのいい首都圏周辺の場所を選ぶような気がする。

と書いていて、日経読者というのは、首都圏周辺の農業を知らない都会人が読むものであることに気が付く。とはいえ都会の周辺のほんの僅かな面積に成り立つ論理を一面で展開するのはどういうものかと思う。

本当は、農地バンクとかあればいいのだけど、評価基準の妥当性とか問題が噴き出すことが予測される。さらにいえば、地方の時代と言っても「地方の中核都市の時代」であって、そこから外れた地域は、いかなる種類の土地も富をもたらさない重荷になるような気がしてならない。C国の方々の土地の爆買い期待といったところだろうか。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)市民A

2015年06月30日

神々の午睡(あさのあつこ著)

『午睡』とは「うたたね」と読むそうだ。「ひるね」と読むのだと思っていたが、辞書によれば「ひるね=昼寝」であり、「うたたね」は『転寝』と書くのが本式らしい。

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そして8章の小話からなる、本書は、要するに『ギリシア神話』を下敷きにした「あさの神話」である。ほとんどそっくりな話がギリシア神話にある。神と人間の関係や、ゼウスとそっくりの好色おやじが万能の神になっている。

さらに花になった神や、死神の存在、パンドラの箱にそっくりな世界の混迷。

あまりにギリシア神話に近いとなると、ドイツ人に第二次大戦の賠償金を請求しようとしたり、フランスにはルーブル美術館にあるギリシア彫刻を返還するように言ってみたりする国民からは、ギリシア神話使用料を請求されるかもしれない。

その前にローソンのユニフォームだって、ギリシア国旗をまねたように見えるし。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)書評

2015年06月29日

カレーで世界へ

本日は、少し書き進まないと、スポーツの話題なのか、グルメの話なのかよくわからないのだが、週末に早い夕食のカレーを食べながら、テレビで陸上の日本選手権を見ていたら、福島千里選手が200m走に登場して、あっという間に優勝&世界選手権出場を決めた。

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で、少し前に函館に行った時、函館の有名カレー店に行ったことを思い出した。そこに、福島さんはじめ、北海道ハイテクACご一同さまが来た時に、色紙を残していて、函館も彼らの庭みたいなものなのだろうと思ったわけだ。

『元祖インドカレー小いけ』という店で、すぐそばに『小いけ本店』というのがあり、暖簾争いをしたため、こうなったようだ。『元祖』の方は黄色の建物で、『本店』の方は白い建物だ。

それで『元祖』の方で、「カツカレー」を頂いたのだが、かなりのボリュームだった。味は正統派でそれなりに辛くしっかりしている。

ところで、福島さんだが、体脂肪率は10%未満なのにもかかわらず、一日のカロリー摂取量は3000カロリーだそうだ。丸の内のOLの摂取カロリーの2倍で、体脂肪率は半分だ。カツカレーは1000カロリーと相場が決まっているから、一食分にはちょうどいいのだろう。

つまり、カレー好きの福島さんのために、世界選手権ではカレーを食べながら応援することにしよう、ということで、やはりスポーツのことを書いているのか食べ物のことを書いているのか、老舗争いというビジネス上のトラブルのことを書いているのかわからないうちに終わる。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)スポーツ

2015年06月28日

大英博物館展(100のモノが語る)

The British Museum というのを「大英博物館」と「大」の字を付けて訳すのはなぜだろうと思うのだが、早い話が「大」は英国ではなく博物館の方にかかるのかもしれない。

収蔵品700万点のうち、100点が上野に来日。全体の0.0014%だ。

「選りすぐった100点のモノ」というだけに、さまざまな謎めいたものが多い。日本人の知能指数のテストをしているのだろうか。

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まず、『古代エジプトの棺』。エジプト物は、大英博物館のメインテーマの一つだが、この物体には重大な未解決の謎がある。棺の装飾から、一家の主人だった女性楽士のためのものと判っているのだが、最近のCTスキャンにより、入っているご遺体は男性だそうだ。別人が棺桶に入っているとなると事件である。モノじゃなくブツとなるが、すでに時効の壁により犯人は逮捕できない。あとは各自がステキな想像力をめぐらせて楽しむだけだ。

聴力に欠陥がありながら縦笛の技術でコブラを操ることで人気の女性楽士が、本当は耳が聞こえることをある男に気付かれてしまう。妖艶な美貌で男を夕食に誘い、コブラの一咬みで・・そして自分用に作っていた棺に押し込んでしまい、自分が急死したことにして、以後は独身の男性音楽家として・・(007シリーズの見過ぎかな)。

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次に、『ルイス島のチェス駒』。映画版ハリーポッター第一作に登場。1150年から1200年頃のモノだそうだ。ルイス島は大ブリテン島の北端。ここで発見された。制作はノルウェーとされ、素材はセイウチの骨とクジラの歯。実は、一組の駒じゃなくて4組の不揃いの駒の一部だそうだ。

ノルウェーと言えばヴァイキングだが、英国に大挙して渡ってきた最後が1050年。となると、この駒は何を意味するのだろう。駒に刻まれた僧侶や国王の顔立ちは東洋風だ。わかることは、ノルウェーが当時、捕鯨をしていたことぐらいだ。今でも捕鯨国だし。

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そして、日本国産というのが、『縄文土器(深鉢)』。これはずっと以前から日本でも「謎」とされていたモノ。日本から海外に持ち出したのは、あの幕末のシーボルトの息子のシーボルト。親は日本地図を持ち出し、こどもは国宝クラスを持ち出す。

なざ、この土器が異常かというと、内側が金張りになっていること。つまり、縄文後期(肉厚が薄いことからそう考えられる)からみて、たとえば4000年の後世(室町時代とか江戸時代)に金箔張りの加工をして、お茶の道具とかに使ったらしい。

もっとも不思議なのは、縄文土器に価値を見いだした人物が後世にいたということ。というか、土の中から発掘されたものが、そういう粋人の手に回るという可能性すら信じられない。実物は、大きくはなく器の容積は吉野家の牛丼どんぶり位だが、これが本物であること自体が信じられない。底面積の大きな縄文土器ということもかなりレアである。


今回の100点だが、もっとも価格価値が低いのは、米国大統領選のバッジかUAEのクレジットカードかチェルシー(サッカーチーム)のユニフォームのコピーのいずれかだろうが、価格価値が高い方は、その金額に見当が立たないモノが多いのだが、できれば輸送保険料算定用の概算価格でいいのだが、一点ずつに推定鑑定価格を記載してもらいたかったような気がする。
  

2015年06月27日

嫌がらせ不成

詰将棋界のデイリーニュースでもある詰将棋メモの6月13日号に詰将棋用語の認知度という記事がある。

記事の中には、究極の不統一状態の「詰将棋か詰め将棋か」とか「不成はフナリかナラズか」という表記や読み方の問題もあるし、技術論的なものもある。

その中で、「嫌がらせ不成」と「希望限定」というのがあったが、「希望限定」というのは玉方の合駒について、複数の選択があるときに、攻め方が「この合駒がいいなあ」というような場合に使われることだろう。そして「嫌がらせ不成」というのはめったに聞かない単語だ。Google検索数でも詰将棋用語としては下から3つ目。

一番少ないのが、「歩詰め誘致」、次が「若島手筋」。「歩詰め誘致」というのはたぶん玉方が打歩禁に誘導していって最終的に不詰に逃れる場合の用語だろうか。結局、詰んでしまったばあいは「歩詰め誘導」という手筋用語になるのだろう。「若島手筋」は、ミニ手筋みたいなものだから、若島先生としては当惑物だろう。

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で、「嫌がらせ不成」の超簡単モデルを作ってみた。一目、▲3二飛成、△3三馬、▲1二飛まで3手詰。ところが、初手に▲3三飛不成、△3三馬、▲1三飛、△2一玉、▲1二飛成まで5手詰という余詰筋がある。

たぶん、この攻方の攻撃力削減方法が「嫌がらせ不成」と思うのだがどうだろう。語感に「振り込め詐欺」のような奇妙な感じが漂うのは、嫌がらせの対象が攻方でも玉方でもなく、詰将棋作家であるということに起因するのだろうと想像。加害者は余詰探索ソフトかな。


さて、6月13日出題策の解答。

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   まで17手詰

今週の出題。

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Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)しょうぎ