2017年08月18日

季の美・クラフトジン(京都産)

先日、『岡山』というクラフトジンを飲んだが、さらに有名な国産のジンを飲んでみる。

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京都で造られている『季の美』。

なんとなく木の実を想像させるネーミングだが、その想像通り様々な植物を原料としているそうだ。

まずベースは『ライススピリッツ』。もしかしたら米焼酎かもしれない。そして『伏見の名水』。これは植物じゃない。マケドニア産の『ジュニパーベリー』。これは一般的にジンの香りに用いられるヒノキ科の木の実だ。『緑茶(玉露)』。『柚子』。『山椒』。そして『ヒノキ材』。実ではなく木材だ。

そして化粧箱から豪華な瓶を取り出す。(個人的にはビール瓶とコルク栓でもいいのだが)

香りは様々な種類の香料のミックスという複雑な気持ちになるのだが、味はよく素材が調和している。刺激的な植物がつかわれているが、ブレンドの努力が感じられる王様の味である。43度なので、大量に飲んだりしない方がいいと思うし、水割りもよくないような気がする。

広口のグラスで飲むと優雅な香りが部屋に漂うのである。飲み終わってから、「さあ、風呂に入るか」と湯につかるときに、安物の入浴剤「ヒノキの泉(変名)」とか投入してしまうと、優雅な気持ちが、だいなしとなる。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)あじ

2017年08月17日

ゾウガメ発見!のこと

2週間以上、行方不明だった岡山県玉島市の渋川動物公園のゾウガメのアブーが、近くの林の中で見つかった。いたって元気らしい。発見者は、夏休みの1日を賞金稼ぎのためにつかった岡山市の父子。園長は自宅に50万円を取りに行き、当日中に手渡したそうだ。園長のポケットマネーなのかな?

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発見された場所は脱走した入園口から50〜100メートル離れた林の中ということだが、切り立った斜面の上ということで、大回りをして登ったのではないかと推測されている。

各紙を総合すると、発見後、父子のうち父親が現場を見張り、中学生の男子が動物園に向かって、門の前で待機していたNHKの記者らに「カメが見つかった」と連絡に来たそうだ。真の発見者は父なのか子なのか。夏休みの課題は「カメの発見記」で金賞候補だ。書くのが苦手なら私が書いてあげてもいい。手にした賞金50万円の一部を著作料としてご請求させていただければいい。

動物園のHPにも、安堵とお礼のコトバが書かれている。

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ところで、かなり高い場所に登っていたということだが、今年の初夏に私が明石城に行った時、平地の堀にミドリガメが多数生息しているなあ、と思っていたのだが、石段を登っていった先の城内本丸跡の庭園に、ミドリガメがいて、誰かが食べ残したオニギリを食べ散らしているのをみて驚いた。どうして、こんな高いところにカメがいるのだろうと思ったわけだ。

カメは意外に運動能力が高いのかもしれない。「ウサギとカメ」の寓話のせいで、「カメはのろま」というイメージができたのだろう。亀がヒロインの「スチュワーデス物語」というドラマもあった。

さらに調べると、このアルダブラゾウガメだが、世界最高齢動物らしい。アブー嬢は35歳ということだが、この種の寿命は200歳とか250歳とかそのあたりらしい。彼女も今回が2回目の脱走らしい。通常は公園内を自由に歩き回っていたようだが、すでに誰よりも公園のことに詳しくなっているのかもしれない。

また、アブー嬢の甲羅が平ではなく、ボコボコと山ができているのだが、調べてみると、食べ物が偏ると、甲羅に異常が起きることがあるらしい。

つまり、食べ物が口に合わずに不健康になりそうなので、脱走してうまいものを食べていたのだろうか。職員は帰還記念にバナナや梨、地元産のピオーネやスイカを与えたそうだが、「脱走すると御馳走がもらえる」と覚え込んだかもしれない。あるいは山中で松茸でも・・
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)市民A

2017年08月16日

マラソンマン(1976年 映画)

不覚にも、長い間、マラソン映画だと思っていた。あるいは「マラソンランナーの孤独」の影響があったのかもしれない。なにしろ、体が疲れているときによく見る夢がマラソンなのだ。最初はトップを走り、疲れてくると全員に追い抜かされて、周りには誰もいなくなって陽が沈み、真っ暗な中を走って道に迷い山の中にはいってしまう。以下省略。という感じだ。深層心理的にマラソン映画は忌避してしまう。

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主演のベーブ役がダスティン・ホフマンというのは知っていて、イメージとしてマラソンを走りそうではないか。ところが、彼はコロンビア大学の大学院の学生で政治学を専攻。マラソンは趣味で走っているわけだ。それにレースに出たこともない。

で、何の知識もなくこの映画を観ると、確かに怖い感じが最初から漂っている。後で考えてもよくわからないのは大学の教授はベーブや彼の父親、彼の兄のバッグボーンをよく知っていたわけだ。父親はマッカーシズムが吹き荒れた米国で赤のレッテルを貼られて自殺していた。

ということで、過去の米国の汚点を暴くのかと思うわけだ。なにしろダスティン・ホフマンはこの映画と同年1976年に「大統領の陰謀」という古くて新しい大統領の犯罪映画に主演している。

ところが、まったく違うストーリーが並行して走りだす。元ナチ党員でユダヤ人の人体実験を行っていたクリスティン・ゼル博士が潜伏先のウルグアイから渡米して銀行の貸金庫に保管しているダイヤを回収して換金しようとする。その過程で、次々に仲間を消していくわけだ。

一方、ダイヤ商はユダヤ人が多いわけで、そのあたりが緊張を高めていくのだが、ついに足の速い大学院生ベーブとゼル博士一味との決闘が始まるわけだ。

実際、劇中のゼル博士はヨーゼフ・メンゲルという実在人物がモデルのようで、ユダヤ人の口をこじあけて金歯をかき集めてポケットに入れていたようだ。映画が公開された後もアルゼンチン・ブラジルで潜伏を続け85年に亡くなっている。たぶん、変装の上、映画館でこの映画を観たのではないだろうか。

私の観察力が足りないのか、冒頭の大学教授の怪しい態度というのは何だったのだろう。彼もナチの仲間だったのだろうか。あるいはベーブから近づいて行って交際をはじめていた女性はゼル一味だったのだが、筋として不自然な気もする。

しかし、最後まで進むとよくわかったことは、ダスティン・ホフマンはピストルの達人であること。大勢の敵に対して一つも外すことなく各一発で仕留めている。そんなに銃撃がうまいならデヴュー作「卒業」でも、違う形のフィナーレができたわけだ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)映画・演劇・Video

2017年08月15日

岸根公園と戦争(2)

岸根公園は、戦争中は日本軍によって高射砲を設置されていた。

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しかし、昭和20年の敗戦のあとは、米軍に接収されることになる。そして、数年後には広い敷地に何本も低層の建物が並ぶことになる。米軍の極東戦略の中で、この場所に当てはまったのは、「病院」であった。

特に朝鮮戦争勃発により重傷者や死者も増え、岸根公園はもっとも困難な状況を受け入れていた。地元では今でも「篠原池の水は、いつも赤く、血が流されていたからだ」、と言われているが、まさかそういうことはないだろうと思う反面、打ち消す理由もない。

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米軍からは1972年に横浜市に返却されたので、多くの樹目は45年前に植えられたものだろう。当時の状況を残すものはあまり見つからず、隣地との間のコンクリート壁は米軍時代からのものだろうと思われ、意味のよくわからない棒材の突出などもある。

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そして、朝鮮戦争が長期化した結果、多くの戦死者や重症者が、この米軍岸根病院に集まる。米国人の習慣では、戦死者は遺体のまま運ばれることになっていて、そのためにこの病院で傷口を縫い合わせたりといった死体の処理を行っていたそうだ。

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ただ、「だから米軍がいるのは嫌だ」という考え方の人もいれば、当時、この病院で働いていた看護師のように「どこの国籍だろうと、生きるか死ぬかの瀬戸際の人を助けるのは当然」と言われる方もいる。

実際にこういう戦争状況の一部に組み込まれると、良し悪しよりも目の前の問題を片付けるしかなくなる。残念だが。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)市民A

2017年08月14日

岸根公園と戦争(1)

新横浜駅から地下鉄で1駅横浜に向かったところに岸根公園駅がある。まわりは住宅地である。

この駅を含むエリアが岸根公園といわれる大型の公園で広さは14万平米。日比谷公園が16万平米なので、ほぼ同じような大きさだ。公園の中には篠原池という池があるし、かなり起伏のある地形の部分と、広大な広場が広がり、奥の方は少し高い部分があり、少年野球場がある。

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公園が作られたのは昭和15年。関東大地震で横浜市も巨大被害を受けていて、その復興計画の中の防災用の空地としての意味をこの公園はもっていたとされる。

後の展開を考えると防災用だけの意味だったのか、あるいは何らかの戦争に関係のある計画に組み込まれていたのかは、よくわからない。おそらく関係はなかったのだろうが、それが関係するようになっていったということだろうか。

日中戦争も、太平洋戦争も日本本土から離れた場所で始まったのだが、ご存知のとおり日本が押し込まれはじめ、さらに長距離かつ超高空の飛行が可能になったB29により大都市は無差別爆撃を受けることになる。

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そのために、都市近郊には高射砲部隊が展開することになるのだが、選ばれたうちの一つが、この岸根公園だった。現在の少年野球場の少しだけ高い場所に高射砲が置かれた。

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以前、横須賀の近くにある猿島で高射砲跡を見たことがあるが、上空から発見されないように高い木が生えている場所が選ばれる。猿島の場合は今でも高射砲の台座の周りの樹木の高さはやや低く、当時の状態を感じることができるが、岸根公園の高射砲の場所の樹木はいずれも低く、後に植え替えられたようだ。

猿島での説明もそうだったが、高度10,000メートルまで届く砲弾がなかったためB29は落とせなかったが、低空で侵入する戦闘機などにはある程度効果があっただろう。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)市民A

2017年08月13日

もう一つの鶴首花瓶

5月14日『鶴首、ただし花入れ』で、備前焼の鶴首を紹介したが、もう一本、これぞ鶴首と言える首の長い花瓶がある。萩焼である。萩竜山窯の作。

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萩焼は、九州各地の唐津や薩摩と同じように秀吉の朝鮮攻撃の時に連れてきた陶工「李勺光」により毛利藩によって興された。徴用工問題のような話だが。実は朝鮮の役終了後、講和条約締結により、日本に連れてこられた陶工たちは朝鮮に戻ってもいいし、日本に残ってもいいという意思が確認され、多くの陶工は日本に残ることを選んだ。

というのも当時の朝鮮統一は李氏朝鮮という封建国家で、陶工のような技術者は、社会最下層と位置付けられていた。だから帰りたくなかったのだ。

ところで、萩焼は元々茶碗として有名だった。「一楽二萩三唐津」と言われて、有名な楽焼と有田焼に挟まれている。確かにホワイトは魅力的だ。そして、見かけはよいのだが、軽くて、相対的には安い。

この萩焼は実は都内の元大名屋敷跡を掘ると大量に出土するそうだ。どうも大名好みだったようだ。江戸も中心部は武家屋敷なのだが、この家の敷地内がゴミ箱になっていた。

江戸幕府も300年続けば、ゴミ問題が爆発寸前だった。資源再生社会ではあったが陶器類は始末に困る。
  

2017年08月12日

進路不明3名の行き先

現在、進路不明の男性が3名いて、周囲の人たちが気をもむ経緯となっている。

一人目は、民進党ではどうしても嫌だといって脱党することになった細野議員。実際、どこの集団に行っても「党首」になりたいと思っているようだから、どこかのグループに入っても結局は飛び出すのだろう。が、土佐藩を脱藩した坂本竜馬のようにはならないだろう。心配する方がヤボだろうか。この方の話は、これにて終了。

二人目が、早稲田実業の清宮幸太郎君。西東京大会の決勝で破れ、甲子園には行かれずシーズン終了。プロなのか進学なのかと周りがうるさい。

三人目は、将棋界の若き才能、藤井聡太君。先日、連勝記録は止められたもの驚異の勝率を誇っている。名古屋大学の付属中高一貫校の中学三年。このまま高校に行き、学業と将棋の二刀流を続けるのかどうか。

ということで清宮君と藤井君の話だが、本質的に並べて考える問題じゃないわけだ。つまり清宮君の場合は、通常はプロのどこかのチームに入るか、そのまま早稲田大学に進学するかの二択と思われていて、変化球として、プロであり早大生であるという二刀流の可能性とか、早大進学じゃなく、米国の大学で野球をやってそのままメジャーリーグを目指すのではないかとか言われるのだが、本質的には、彼の将来は「まったく未知数」であるということで、それによるコース取りの難しさなのだろう。

私見ではあるが、かなり頭脳も明晰という噂もあるのだから、むしろ「東京大学」へ行って、東大野球部を六大学野球で優勝させたらどうだろうか。卒業後は、そのまま東大職員としてコーチや監督をめざしたらいいのではないだろうか。早大生は慶大生には対抗心を持つが、東大生には勝手に仲間意識を持っているので抵抗はないだろう。


次に藤井君の方は、大問題。今でも対局と授業の両立に苦心している。しかも頭脳は伸び盛りの年で、あと5年間は、脳細胞自体が増加していくのだから、大脳を鍛えるには最も有効な年代だろう。さらに清宮君と決定的に異なるのは、「すでに、職業を持っている」わけだ。だからこそ、中高一貫校の高校に行く意味が捉えにくい。普通の人は、将来がはっきりしないから、とりあえず大学に行ったり、将来なりたい職業があるので、そのために関係学部に行く、という2パターンが多いのではないだろうか。彼の場合は、いずれでもないわけだ。しかも、中高一貫なら、中学で辞めても高校へ行っても学友の顔ぶれが変わらないのだから対人関係を拡げる意味もない。また母君は、将棋で食えなくなった時のことを心配して高卒資格までは必要と思っていたらしいが、仮に、何らかの事情で将棋界を去ったとしても、「あの天才棋士」ということはすでに知れ渡っているので、高卒資格や大卒資格が役に立つとも思えない。

しかも、高校に行きたければ、後で行っても構わないわけだ(そういう展開にはならないだろうが)。

むしろ問題は東京や大阪で生活をすることになって、甘い誘惑が彼を取り巻くことになって、飲酒、ギャンブルとかに手を出したり、勝率5割以下の女流棋士達に可愛がられたりとかそういうセルフコントロールの面ではないだろうか。

私見なのだが、森内九段も、サレジオ学院在学中にプロになっていて、中高一貫の完全進学校の中で、高校生活はまったく楽しくなかったのではないだろうかと推測する。ダラダラと高校を卒業した羽生さんとの後々の実績の差は、宿題が多いことで有名なサレジオでの勉強がハンディにすらなっていたのかもしれない。

藤井君も高校というような俗物的な組織ではなく、むしろ将来は将棋連盟の運営の中心に座るのだろうから、今のうちにビジネススクールに行った方がいいような気もする。


さて、7月29日出題作の解答。

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金の強打の三連発。三手目は1三飛と離して打つことが必要。玉型の4五歩が4六歩であれば、逆に2三飛と直撃するのが正解になる。

動く将棋盤は、こちら

今週の問題.

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実は一昨年度の名人戦で当時の羽生名人が佐藤天彦挑戦者の玉の詰を見逃したことから名人位を失うことになったのだが、その局面を改造して作った問題である。

判ったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見を書いていただければ、正誤判断します。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(3)しょうぎ

2017年08月11日

醸造家の夢

ビールシリーズの続き。

COEDOビールの在庫が尽きそうになったところで、運よくSUNTRYのプレミアムモルツのさらに上級品である「MASTER’S DREAM」が一箱贈られてきた。

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副題が「醸造家の夢」。

「醸造家の夢」とは大きく出たものだ。「夢」というのは、実際には実現されないからこそ美しいのだ。

ボトルは二種類で、無濾過タイプと普通の濾過タイプの二種。

無濾過タイプのビールは、大手はほとんど出荷していないが、原因は何なのだろう。味が一定しないからだろうか。もともと、同じ会社の同じ製品だけを飲み続ける人はどれ位いるのだろうか。まったく見当つかない。自分では、飽きないようになるべく違うブランドを混ぜて買うのだから安全であるなら多少の品質のブレは逆に好ましいのだが、資源ごみの日に他人の空き缶を確認すると、同一ブランドを飲み続ける人が多いことに気付いている(特に「金麦」がおおいような気がする)。

で、サントリーはビールに限れば、「モルツ」「プレモル」の2種類で特に普通の「モルツ」はほとんど売られていないのだが、個人的には普通のモルツの方が、味が薄くて飲みやすい。そしてこのMASTER’S DREAMの無濾過タイプも味が柔らかくてリッチな気分になる。最近、ビール類が売れないというのも、食品を工業製品のように大量生産するという方式が、人間の舌に合わなくなってきているからではないだろうか、と仮説を立ててみる。

で、この20本を飲み干すと、ビール在庫がなくなってしまうのだが、・・・ビールの雨でも降らないかな。醸造家の夢じゃなく、愛好家の夢。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)あじ

2017年08月10日

芋の街でも激ヤセの方は?(川越)

川越のソウルフーズといえば、サツマイモだろう。各種の芋菓子があり、観光客はそれらを歩き食いしながら、場合によっては片手にスマホ、片手にイモという感じになる。ビールを飲む場合は、スマホはバッグにしまわれる。

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人気なのは、イモのスライスだ。あざやかなイエローとかなりの質量感を感じる大きさだ。実際にかなり量があって、食べ切るには時間がかかる。そうしたら次の芋菓子とビールになる。レストランはどこも列ができているので、35度以上の室外では外に立って待つわけにはいかないので、すぐ入れる店に行く。ドイツ料理店に行ったのは、ビールのため。観光地らしくメニューは少ない。メニューの数は「海の家」並かな。

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レストランは料理を食べるためというか、体力を回復するための休憩場所といったところだろう。

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そして、芋菓子で有名な亀屋栄泉の北側路地を進むと、「長喜院」という曹洞宗の寺院がある。川越は寺院が多いことで有名で70院もあるそうだ。

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本堂の右手前には菩提樹があり、本殿左横には苦行の釈迦像が座し、その脇には沙羅樹がある。その他に無憂樹があれば、仏教の三大聖樹が揃うのだが、さすがに無憂樹は日本では育たないようだ。

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そして苦行中の釈迦像だが、文字通り骨と皮だけだ。某ダイエット請負会社は成功報酬は850万円ということらしいが、川越で観光客からいただけるのは、お賽銭ということになる。

そして、本来は暑い時にビールを飲むと脱水作用で危険であるという記憶自体が遠くなりそうに暑い午後の太陽に負けてしまい、Uターンして帰ることにする。太陽の暑さの源は、核融合反応である。なかなか人間にはコントロールできないエネルギーだ。

  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)たび

2017年08月09日

一番じゃなくてもいいのではないか(川越)

ところで、本題の前に、先週、本ブログで築地(築地活版印刷所の解散)のことを書いたら、築地で火災が発生し、もちろん建築基準法で言う「既存不適格物件」のため、建替えは困難だろう。さらに、おそらく借地権であっただろうから、上物消滅とともに権利は失効ということだろうか。

どうも、「書くとその後に災難が起きることが多い」と感じているのだが、実は来週書こうと思ってFACT蒐集中のネタは、後で災難が起きると本当に困ることなので、ちょっと身構えてしまう。

一方、前の戦争の開戦直前に不思議な解散をした築地活版印刷所だが、その時に使っていた活字一式を引き受けた会社が横浜市内で営業を続けていて、現在「築地活字」と名乗っていることが判った。名刺100枚で5500円らしい。



さて本題を始めると、数週間ビールの頂き物が重なり、飲み続けているのだが、その中で「COEDOビール」という地ビールが埼玉県の川越市で造られていることがわかった。川越のことを小江戸というようだ。

あまり史事にのめり込みたくないが、川越の街を作ったのは、太田道灌だ。つまり江戸の開闢者と同一人物。どうも江戸と川越と両者を結ぶ川越街道はセット商品として設計された。どうしても江戸と北関東を結ぶ、「大河を渡らない街道」が戦略上必要だったようだ。「おおた」という姓は、ドラマ等でも「犯罪者用の陰気な姓」になっているのだが、関東の豪族の多くは謀略に長じた作戦を多用していた中で、太田道灌は正攻法を愛し、江戸中心で戦っていた(が、伊勢原で入浴中に謀殺された)。

そして、近年、川越の重厚な街並が、今や江戸にはまったく存在しない本物の江戸時代の香りを実感するために世界中から多くの観光客を集める街になっていた。しかも、メトロ副都心線と東横線と東武線と西武線が有機的に繋がったため、横浜からあっという間に川越に着くことが判明した。



ということで、川越でしか飲めないCOEDOビールの希少品種を求めて、出発。どうも地理に不案内で、「川越市」「川越」「本川越」という三つの駅の関係もよくわからず、「川越市」に着いたのだが、これがもっとも小さな駅らしい。どこにも江戸情緒はない。

しかも、最近、川越市民が突如声高に主張始めた「日本一」がある。それは日本最高気温。瞬間的な最高気温はともかく、いつもずっと暑い街というと、熊谷とか館林が有名なのだが、「どうも川越の方が1〜2度暑いのではないか」と唱え始めたのだ。気象庁の観測網から外れているということらしく、日本一を主張するために、現在、データを集めているようだ。
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ところが、それって街にとって都合がいいことなのだろうか、と思ってしまうわけだ。観光地であるし、基本は街を歩くというスタイルの観光地なので、『日本一暑い』というのはプラスポイントなのだろうか。かつて、「二番でもいいのでは」と発言して、総理大臣になるのが10年遅れた女性政治家がいたが、本件は、二番どころか十番でも二十番でもいいような気がする。

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持参した塩飴をなめながら駅から歩き始めたのだが、塩飴というのは、なめると汗がでるようになっていて、普段より大量に汗が流れる。暑いというよりも熱い! が、かつて夏の中東に行ったことがあるが、まあ川越はそれほどでもないかな。ただ、中東の平均寿命は日本よりかなり短いから。

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そして、本川越駅から続く観光地用の街並みは、倉敷のような人工的な時代劇セット風ではなく、近世と現代が融合したまったくタイムマシンタウンになっていた。問題は、街並みの中をバスや乗用車が行き交うので、交通事故の危険が伴うのと、なにしろ店舗に比べて人が多すぎるので、食事や喫茶をしようにもどこの店にも長蛇の列があること。

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ということで、中華街のように「食べ歩き」の街と化していた。ということで、COEDOビールの新種である、恋あかり「朝虹−Asaniji」とか「月下−Gekka」とか、どうも正しいオーダーが伝わったかどうかは不明のまま、ゴクゴクとプラカップでぐい飲み。結局、あちらでも、こちらでも、ランチでもどこでもCOEDOビールを飲み続けることになる。

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そして、街のランドマークになっているのが一つが「りそな銀行川越支店ビル」。もう一つが「時の鐘」。オリジナルは江戸時代の初期(1630年代)に建てられたとされる。川越城主である酒井忠勝が作らせた。現代のタワーは平成8年の作だ。城下町を管理するのに、時間管理を始めたわけだ。実は、鐘を撞くには、正確な時間管理が必要で、地球の構造上、夏と冬では日中時間が変わるので、どうやって管理していたのだろうか。あるいは各都市には天文学者がいたのだろうか。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)たび

2017年08月08日

COEDOビール5種

地ビールの中でも有名なのが、COEDOビール。小江戸と呼ばれる川越の近くの醸造所で造られている。工場は、以前、大企業の社宅(寮?)の建物を中古で購入して改造したということらしい。建物を新規に建てるとなると投資額も増えるし、更地を買った後、ゴミが出てきても8億円値引きしてもらえるわけじゃない。土地改良費を払えるわけもないのだから、いい買い物だったのだろう。

これでもかというほど個性的なビールを造る。ある意味、大手ナショナルブランドビールの場合、常に同じ味にこだわらないといけないが、地ビールの場合は、ロットごとの多少の差は許容されるのだろう。

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それが、5種類のセットで頂くことになった。計24本。5種とは、『瑠璃』『漆黒』『白』『伽羅』『紅赤』。紅赤は地元産のサツマイモが原料らしく、分類は第三のビールのようだ。

『白』はよくある白ビールで、残りは茶色か黒。『紅赤』は、人気商品らしいが、私の口にはやや合わなかった。

なんとなく、高価なビールばかりを飲み続けることになるが、在庫が切れた時、元の100円ビール類に戻れるか、心配。

そしてCOEDOビールを調べると、地元の川越市では、川越市内限定の樽生ビール『毬花(マリハナ)』が飲めるということがわかった。(もちろんマリ「ファ」ナじゃないから)


しかし、川越の夏は暑いのだ。ビールがうまく感じるように不必要なまで暑いのだろうか。

もう一つ、小江戸のことだが、川越以外でも古い蔵造り風の商店街がある場所が、「我こそは小江戸」と自称しているようだ。「小江戸を名乗れるのは川越市だけだ!」怒りそうなものだが、人がいいのだろうか、小江戸サミットなる会があるそうで、川越市がとりまとめているそうだ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)あじ

2017年08月07日

独歩ビールと岡山ジン

ヱビスビールの記念館に行ってすぐに頂き物があったのだが、地ビールだった。岡山県の宮下酒造から出している『独歩』。

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1年前まで3年間岡山にいたので、会食の時など、メニューに、地ビール「独歩」とあるので時々飲んでいたのだが、若干価格が高いのと、味が濃いので鯨飲するにはちょっと無理がある。

まあ、大手メーカーのビールは鯨飲用ということで、札幌ビール園では今でも大ジョッキ4杯とか飲んでしまうのだが(7杯飲んだこともある)、この真っ黒な酵母入りシュバルツビールを大量に飲むと、文字通り「腹黒人間」になってしまう。

宮下酒造は、元々清酒の会社だが、地ビールの醸造を始め、HPで調べたところ、最近はジンも売り出している。さっそく、クラフトジンを注文。『岡山ジン』というネーミングだ。『岡山人』ではない。

そして、このジンは想像できない味だったのだ。飲み慣れると、世界で最も不味い飲み物と言われる「ウニクム」と同類の香りがして、ベースのジンに何種類かの地球上には生えていないような植物のエキスが加えられている。あとで確認すると、ジンは米焼酎をベースに作られていた。

そして独歩ビール6本を1日1本のペースで飲み終わる前に・・次の宅配便が重い荷物を届けてくれた。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)あじ

2017年08月06日

ヱビスビール記念館から始まった

前々から恵比寿駅の近くにあるヱビスビール記念館に行こうと思っていて、ついにその日が来た。というほどのことはない。確かにガイド付きツアーは500円(ビール2杯付き)だが、無料とはいえ北海道のサッポロビールの工場の見学にいくよりもずっとお手軽だ。

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もともとヱビスビールは独立した会社で、明治20年に東京市の郊外だった場所に工場を建て、3年後からビールの生産を始めた。ビールのブランドがヱビスで、それが駅名になった。

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そして発売直後からヱビスはトップブランドであり、工場の稼働はどんどんよくなってくる。そして、今の物価感覚でいうと、高級ワイン程度の値段だったようだ。当時の製品の意匠が展示されているが、技術的に指摘すべきは、まだ金属製の王冠は使われず、コルク栓に紙の封印が貼られていた。何しろ、人気ブランドには偽物が多発。それにより経営が圧迫されていたようだ。

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また、日本で最初のビアホールもヱビスが銀座に建てている。となると銀座ライオンの場所かと思うのだが、そこではなく銀座の端であり、今は天ぷらの天國ビルの場所だそうだ。注意すべきは看板の文字で、ドイツ語のbierではなく英語のbeerになっている。そもそも日本のビール発祥期にはドイツ語的にビールといわず英語的にビアと言われていたらしい。

いつの時期にビールになったかはいまのところ不明だが、第一次大戦の時にドイツの租借地だった青島を日本が奪還した時に、青島ビールを接収して運用をはじめた頃からドイツ語読みが増えてきたのかな、と推測。

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そしてこのビアホールの当時の名物料理はなんだったのだろうか。フランクフルトソーセージでもジャーマンポテトでもないのだ。

おでん。それも「冷やしおでん」だったそうだ。おでんの何点盛という感じのようだ。しかし、現代でもおでんは日本料理ベスト10に入賞するかどうかという人気メニューだが、「冷やしおでん」というメニューはみたことがない。キャズム感が漂う。

そして、戦争中は、ビール会社の集約化が図られ、戦後はそれが分割するも、結局は王者麒麟麦酒に対抗するため、ヱビスはサッポロと合併。恵比寿の土地を売却し、船橋に工場を移転したはずなのに、なぜかヱビスの土地を売らずに不動産事業を開始し、一時は経営に行き詰る寸前だった。

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ともあれ、既定のガイドツアーの最後には試飲会(といっても数十分前に500円を先払いしているのだが)。当日は、お中元用の特別ビールとしてヱビスプレミアム・ザ・ホップ2017という缶ビールを試飲。最近の流行の苦みが強い(強すぎる)ビールだ。なぜ、お中元シーズン用に新ビールが発売されるのか、この時はよくわからなかったのだが、後日、自分がお中元を百貨店に買いに行った時に感じたのだが、ビールの種類が少ないと、箱詰めするときに横幅が大きく取れない。つまり、小さな箱で売る=少額商品ということになる。ビールを5種類持っていれば上下二段で組めば前面に10本、二段重ねにすれば20本セットができあがる。

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そして多くの人が初耳だったのだが、瓶ビールのラベルだが、恵比寿様が鯛を釣って帰るところを図案化しているのだが、200本に1本の割合で、鯛を二匹釣った幸運の恵比寿様がいるそうだ。ラベルを水に濡らしてからきれいに剥がして、乾かしてから額に入れても、単なる自己満足に終わるが、蒐集という趣味はそういうものだ。

そして、深い理由もなくヱビスビールに行ったことから始まり、次々と・・
  

2017年08月05日

藤井聡太四段は誰の後継者なのか

加藤一二三氏が引退し「ひふみん」と改名の上、無秩序にテレビに登場。文化人枠ギャラからタレント枠ギャラに変わり、出演料が急増したとも推測される。

トークの中で、多くの将棋関係者が苦々しく感じているのが、氏のこの発言・・

「私は引退しますが、藤井君という良き後継者を得られて・・」

確かにひふみんがC2クラスを落ちて引退した頃、藤井君が同じリーグに入ったのだから、「C2クラスの後継者」と言えば文句はないが、たぶんそうではないだろう。

本当は、藤井四段は誰の後継者なのかというと、もちろん羽生三冠(元七冠王)なのだろうか。

王位戦七番勝負では菅井七段に2連敗と追い詰められている。後継者が現れたので、急に老け込んできたのだろうか

ということで、各棋戦の進行状況を見ると、「棋王戦」が注目だ。次に豊島八段に勝てば、森内九段と対戦し、さらに勝つとおそらく羽生三冠と当たる。ここをクリアできれば、この後は1敗してもまだ復活権があるので棋王獲得が目に見えてくる。近く主催社の共同通信社の方と会うので、棋王獲得記念パーティの無償入場券をおねだりしておくつもり。ただしタイトル戦は来年の3月になるわけだ。


さて、7月22日出題作の解答。

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盤上の味方の駒を捨てるというよりもタダ取りさせる手法。最後は遠打のミサイル発射で詰ませる。ミサイルを打つのはどちらの国なのだろうか。途中でタダ取りされたり捨てられたのはどこの国なのだろうか。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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ヒントは「徘徊」。

わかったと思われた方は、コメント欄に、最終手と総手数を記していただければ、正誤判定します。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(4)しょうぎ

2017年08月04日

犬山城のしゃちほこ、落雷で破損

犬山城の天守閣のしゃちほこが落雷によって破損したそうだ。なにより天守閣が炎上しなくてよかったと言わなければならない。

日本には中世に建てられたオリジナルの天守閣が12本しかない。(といっても、弘前と高知は比較的新しい)

その中でも、美しい天守閣とそうではない天守閣があってそれなりにファンはいるのだが、天守閣の最高層階からの眺望と言えば、犬山城の右に出るものはない(左に出るものもない)。12ヶ所とも行っているので信じてほしい(信じなくてもいいが)。

もう一つの特徴は、この城の所有者はごく最近まで個人だった。それも元城主(大名)である成瀬家の所有だった。といっても個人が何代も国宝の天守閣を所有するのは至難の業であり、今は公益財団法人の名義になっている。

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画像を確認すると2005年に登城している。

inuyama1


まず、折れたしゃちほこだが、屋根の南北に一つずつ立っていたのだが、北側の木曽川に近い方が被雷したようだ。通常の入城は南側になるので、北側のしゃちほこを撮影するのはかなり難しい。ちょうど北側の最上階から木曽川を写した画像があって、よくみると画面の右側に緑色の線が見える。これはしゃちほこからの銅線のように見える。

inuyama2


一方で、こわれたしゃちほこの画像を探していると、しゃちほこをネジで中の木材に取り付けていたところがあった。ネジは緑色なので銅製なのだろうか。さらに下に向かう銅線との接続が切れているようにも見える。

しゃちほこは陶器で電気を通さないが、形状的には尻尾の部分がとがっていて落雷の危険がある。それならもっと避雷針に徹底しておけばいいのではないだろうか。中途半端に銅製の小さな金属ねじを使ったので、逆に危うかったのではなかっただろうか。

天守閣が燃えなかったことについてはシャチホコが身代わりになったということに尽きるだろう。  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)The 城

2017年08月03日

ある通夜式のこと

一か月近く前になるが、私の大学時代のゼミの恩師に当たる原子朗先生が他界した。1年ほど前から認知的問題を発生していて、さらに余病が進行しているということで昨年末には後輩たちが中心になって、異例ともいうべき「生前お別れ会」的な会を開いていただいたこともあり、92歳の本人状況より判断して「正式お別れ会」が近いことはわかっていたというべきか。

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現代詩人で、日本文学研究者で、長崎被爆者であり、いくつかの大学の教授であり、そして書家でもあったのだが、特に宮沢賢治の研究家として有名だった。私生活に多くの秘密をもつ賢治の研究は、とかく謎の多い作品と謎の多い人生とを安易に結び付ける傾向が強いのだが、先生はわからないことはわからないこととして、私見を書くというスタイルをとるわけだ。

そして、豊島区で執り行われた通夜式の際は、年の功(相対的表現)もあり、出版社関係の受付&会計係を承っていたのだが、気づいたことが二点。

一つは、出版社が大きくなればなるほど香典が小さくなるという「香典反比例の法則」。

もう一つは、遠く花巻市の「宮沢賢治記念館」より上京された方が何人かおられ、記帳を見ると「宮沢姓」の方も何人かいらしたようだ。ああ、賢治にも家族がいたのだと、妙に銀河鉄道が近く感じた瞬間だった。

お清めの席では、後輩の一人が相続税の話など無粋な話題を持ち出して、詩人というのは、同業者と手紙のやりとりをしていることが多く、その手紙に高い評価額が付くことが多いという話になる。今では詩人どうしでも、ネット上でメールやラインを使うのだろうが、そういうデジタル文書には評価額が発生するのだろうか。そもそも資産なのだろうか。

そういえば、学生だった頃、野尻湖の近くにある先生の別宅へ行った時に、近所に代々住んでいる小林一茶の末裔の方を紹介していただいたことを思いだしてしまうのだが、そういう地方の固定資産というのは実勢価格よりも相続税評価額の方が高かったりして被相続人が困惑してしまうのだよね。  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)市民A

2017年08月02日

築地滅ぶも生き残った築地ブランド

都議選が終わった途端に閉鎖政党化し、党首が院政を始め、議員がイエスロボットに改造されたようだが、中央卸売市場の移転問題はどうなったのだろう。確か、豊洲と築地の併用ということで、築地ブランドを守ろうということだった。

しかし、築地ブランドというのは、「単に築地に会社があるだけ」とか「築地に関係なくても『築地』というネーミングで、ユーザーをごまかそう」といった部分もあるのではないだろうか。それなら「豊洲」だって、みんなが盛上げればいいだけのことではないだろうか。

真に「築地」がブランドであるなら、市場が築地になくなっても生き残るものがあれば、それが築地ブランドというものではないだろうか。

ということで、大きく転換して、今は亡き築地が生き残っている話。

「活字」の話。

本が売れなくなり、作家が生活できなくなって、結果として良い文学が生まれないのではないかという懸念があることはご存知の通り。この原因に深く論及するのは置いておき、本や雑誌文化の凋落は事実だろう。

といっても、多くの人はそのかわりにネットでニュースを読んだり、SNSでは、直接話すのではなく、文字情報のやりとりでコミュニケーションするのが普通だ(某元女優はまったく新しい情報発信スタイルを発明したようだが)。

いずれにしろ、動画情報やテレビのワイドショーといった、非文字的ツールが主力になって、日本人の文盲率が数十%になるといったことはないだろう。

つまり、『本は死んでも活字は生き残る』と、思われる。

そして、「活字」の世界というのは、まったく広く深い海のわけだ。

書体は無数に近くある。まず、日本語の文字は大変な分量のわけだ。英語の文字はキーボードの上にあるだけだから英数字と?とか!などの記号だけなので、大文字小文字合わせても、およそ100ぐらいだろう。

日本語は、その成り立ちからいって、漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベット、数字、記号ということになる。パソコンの中に入っているのは2万3千字以上ということだそうだ。だから、一つの書体を作るということは、そのすべての文字のデザインを作ることになる。(しかも活版印刷するためには、すべてに金属製の活字が必要だったし、大きさ別にそろえることも考えなかければならなかった)

tukiji


ということで、その代表的な明朝体にしても、よく使われるものが約30種あるということで、並べてみるとかなり異なる。しかも人気投票すると、結構、バラける。

実は、本図の中で人気が高いのは、3、4、9、15、20、24といったところだが、このうち3以外は、すべてルーツが同じそうだ。

tukiji2


それは、明治33年に作られた書体で、東京築地活版製造所が作った「築地体後期五号」というもの。なかなか優美な姿が漂う。「あ」という字は少し奇妙で「十という部分」と「のという部分の書き始め」がずれていないで、重なっている。「お」に似ているが、肩の点がないので識別できるだろうということなのだろう。その効果として、文字の中に左右に大きな空間を得ている。

ところが、この「築地体後期五号」そのものは、図の13番なのだが、これはあまり人気がない。13番は、ひらがなと漢字の大きさが「漢字>ひらがな」という関係なのだが、これはあまり現代的ではないようだ。といっても男文字>女文字では男女機会均等ではない!という意見を反映したわけじゃない。もともと漢字は発音記号じゃなく意味を表す文字で、ひらがなは音をあらわす記号なので、漢字の方が重要なのは当然で、文字だって大きくすることには合理的な意味があった。

ところが、どういうわけか最近の傾向として、文章の中で漢字使用率が減っているそうだ。したがって、ひらがなを小さくしてしまうと、小さな文字だらけになって、読みにくいそうで、ひらがなも少し大きめになっているそうだ。

その他、活字の話は、中段で書いたように「深海探索」なので、数多くの云々があるようだが、これ以上の話は私にとって理解不能であるわけだ。

そして、東京築地活版製造所は「築地体後期五号」を世に残し、昭和13年に66年間の活動に幕を閉じた。この急遽行われた会社解散については謎が多く、いまなお真相が明らかになっていないのである。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)マーケティング

2017年08月01日

故郷に錦を飾ったのは・・

今年の1月12日以来、名古屋の東山動物園から脱走して行方不明だったカーペットニシキヘビが半年以上経ち発見された。

それも、行方不明になった部屋の隣のプラスティックケースの中にいたようだ。行方不明になった家族が半年後に家の中にいたようなものだ。ニシキヘビがその間どこにいたのか、答えを知る唯一の方法は、ヘビ語を話せる通訳を連れてくるしかない。

単なる動物園側の推測では、「逃亡後数ヶ月は冬眠していて、5月から活動して近くで昆虫やヤモリなどを食べていたのでは」ということだ。

どうも暑さにめげて水浴びをするために戻ってきたようだ。脱走直後の記事を読むと、この寒さでは死んでしまうかもしれない、と心配していたようで、ヘビの対応能力を甘くみていたようだ。

逃走した時は体調50センチだったものが、過食だったのか1m10僂箸いΔ海箸韮嫁椣幣紊棒長したとのこと。本当に5月まで冬眠していたとすると、成長を始めてから80日くらいかな。ということは1日に約7ミリ成長したということ。最終的には2mになるそうだが、もっと大きくなりそうだ。

つまり、ニシキヘビが故郷に錦を飾ったということか、などと考えているうちに、その帰巣本能につき重大なことに気付いた。

名古屋の話ではなく、思えば先月の初めには、自宅に蛇があらわれたわけだ。爬虫類動物園。その時は慎重に確認したところ「青大将」で、長さは1m。こちらも成長すると2m程度になるらしい。

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仮にヘビ類に帰巣本能があるとしたら、また帰ってくることになる。まあ、卵を産み付けたり、穴を掘って冬眠したりしなければ、気持ちが悪いだけですむのかもしれないが、もっとも危ないのは、ヘビの種類も確認せず「この前の青大将か・・」と早合点してしまい、本当はマムちゃんだったり、ということだろう。ヒアリよりずっと危険だ。

ヘビはワニと同じ爬虫類だが、人間を殺す実数は圧倒的にヘビが勝る。毎年約50,000人が毒蛇に噛まれたり、生きたままアナコンダやニシキヘビに飲み込まれて犠牲になっているそうだ。これは人間を殺している動物の第3位である。

1位や2位は、どの動物かというと、その前に4位が犬で、狂犬病で25,000人を犠牲にしている。栄えある1位は蚊だそうだ。マラリア蚊を媒介して75万人が亡くなっている。最後は第2位。人間にとって、二番目に危険な動物は、・・・人間だそうだ。戦争、テロ、殺人、死刑、暗殺。毎年50万人近くが被害にあっているらしい。

参考として5位以下は、淡水カタツムリ、ツェツェバエ、サシガメ、回虫、サナダムシ、そしてワニ(年1,000人)と続くようだ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)市民A

2017年07月31日

オセロゲーム黒優勢(佐竹氏)

先週、弊ブログのPVが少し上がった日があり、調べてみると2009年4月14日の「大名の子孫とも言い切れない新知事」という記事だった。

2009年4月に自民と社民の協力を得て、民主党推薦の候補者を破り秋田県知事になったのが佐竹敬久氏。その後、2013年には対立候補現れず無投票で再選。2017年4月の選挙ではチャレンジャーは自分の前に三期知事を務めた大先輩と共産党推薦候補。三人の候補者の平均年齢は71歳を超えた。

そして佐竹知事が問題になったのは、7月22日の大雨で翌日にかけ県内各地で崖崩れや河川の氾濫が起きたのに、宮城のゴルフ場から帰ってこなかったこと。そして誰とプレーしていたのか、ウソをついたことだ。

まず、22日は土曜で休日なので、ゴルフに行くことを妨げることではないが、そもそも秋田と宮城は隣じゃない。秋田から東に向かうと岩手で、その南が宮城。つまり遠いわけだ。そして、ゴルフのメンバーは知事と県庁の部長二人、そして県庁OB4人の合計7人だそうだ。言い出したのは知事だそうでOBというのが先輩なのか退職者なのかはわからないが、まあ身内的だったということだろう。

朝7時に県庁に集合し、クルマ2台に分乗。そのままゴルフ場でプレー。その後、泊りで飲食。

翌日、朝9時に出発し県庁に向かうが、途中の道路状況が悪く、予定の11時には間に合わず、会議終了後の13時にやっと到着。その後、同伴プレーヤーの名前でウソをついた。

まあ、問題点を列挙すると、

「ゴルフ場の選択が遠かった」
  県内のゴルフ場でないため、中止あるいは途中終了でゴルフ場に遠慮した可能性あり
  急遽、県庁に戻る事態を想像していなかった

「当日、中止にすればよかった」
  ゴルフ場に遠慮したのか
  同伴メンバーに遠慮したのか
  あるいは、どうしてもゴルフをしたかったのか

「7人が2台に分乗」
  高齢者の運転車に知事が悪天候の中、乗ったというリスク

「少なくても午前中の9ホールが終わった段階で、帰ればよかった」
  車2台でいったので、知事を誰かが乗せて帰ると、後の人たちが困るとか

「泊まって飲食をやめ、プレー後すぐに戻ればよかった」
  そういう進言をする人がいなかったのか。あるいは進言を無視したのか

「翌日、9時に出発せず6時か7時に出発すれば会議開始には間に合った」
  朝食が食べたかったのだろうか

「同伴者の名前に嘘をつく」
  何か、明かにできない理由があったのだろう。


という展開になっていて、幸か不幸か、「知事はいなくてもいい」ということが証明されたような気もする。


そして8年以上前に自分で書いた佐竹家のことは、すでに書いたことすら忘れてしまっていたのだが、内容を読み直すと、

知事は佐竹北家といって大名である佐竹家の分家だった。それでも明治には男爵であった。佐竹家の数奇なオセロゲームは家計を遡ると源頼義に辿り着く。源氏の中でも初期のビッグネームであり武家では最高ランクの血筋だ。武士が台頭してきた平安後期には茨城県に勢力を保っていた。しかし、何を間違えたのか源平合戦で佐竹氏は、最初の頃は平家に回っていた。しかし、源頼朝の勝利が見えてきた頃、源氏にすり寄るのだが領地没収の上、鎌倉幕府の家来に格下げとなる。そして鎌倉時代の大部分は細く長く耐え忍ぶ。

そして鎌倉幕府崩壊寸前に動く。足利尊氏に取り入ったわけで、運よく室町幕府の要職を得る。応仁の乱が始まり、元の茨城県で周辺の豪族を謀殺して支配権を拡げる。そして大成功が秀吉の小田原攻めの際に、逃げる北条勢を小田原城に押し込んだこと。秀吉にすり寄り、ついに54万石を茨城に得る。

しかし、その後の関ヶ原の戦いで大失敗。西軍から東軍に寝返ったものの、事前に石田三成とも二又交際をしていたことが発覚。三成との秘密書簡を家康本人から突きつけられ、秋田転封で20万石に大幅格落ちとなる(追い出された茨城県には御三家の水戸徳川藩が座るのだから、家康に嵌められたのかもしれない)。

ここまでで、オセロゲームは○●○●◎●。

そして次のチャンスが幕末。一般に東北諸藩は幕府寄りで薩長軍と戦っていたのだが、佐竹家は一早く薩長側に支持を表明。起死回生を図るのだが、表明が早すぎたため、逆に東北諸藩から総攻撃を受けることになる。ここで、佐竹藩が持ちこたえられなければ、長い佐竹の歴史は終わり、藩主、藩士ともに後に靖国神社にまつられることになり今回の不祥事は起こらなったのだが、何とか援軍到着まで持ちこたえることができた。しかし、実利的なご褒美はほんのわずかで、しかも廃藩置県ですべて無に帰す。

一方、明治維新の後、佐竹本家が五段階貴族(公侯伯子男)の上から二階級目に座ることになった余禄で家臣の佐竹北家はぎりぎり男爵の椅子を得る。佐竹本家の侯爵は鍋島(肥前)、山内(高知)という維新の準主役と並ぶ大優遇措置である。佐竹北家が、最下級であっても貴族枠に滑り込んだのは、本家が第二ランクになったためだろう。つまり戊辰戦争で不利な戦況の中、粘り抜いたからで、その余力をもって末裔が秋田市長になり、県知事になった。

佐竹家はどうも関ヶ原以降、苦戦の連続のような感じがするが、今回の不祥事もいつものようになんとか耐え忍んでいくのだろう。その先に待つのがどういう運命かは不明だ。

なお、佐竹家本家の代々収集されたお宝は、東京九段にある千秋文庫という博物館に収蔵されている。まだ行ったことのない博物館の一つだが、特に興味があるのが、上記略歴の中に書いた「家康に突き付けられた二股交際の動かぬ証拠」類。

たぶんないかな・・・
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)歴史

2017年07月30日

鳩森八幡神社の富士塚

昨日に続き、千駄ヶ谷の鳩森八幡神社について。実は由緒の古い神社であるが、境内の一角に富士塚がある。富士山のミニチュアモデルの山で、高さは10m位か。

こういったミニ富士が関東にはたくさんあるのだが、造り始められたのは1780年からだそうだ。第一号は高田馬場。残念ながら1964年に、敷地が早稲田大学の拡張工事のため、立退き。富士山は崩され、近くの別の場所に移転された。建物ではないので、土を運んだのだろうか。貴重な文化財を金銭と等価交換したわけだ。そのため、江戸第一号の資格は第二号の千駄ヶ谷鳩森八幡神社に移った(といっても現存一位という意味)。

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千駄ヶ谷の富士塚が完成したのは1789年だが、この頃、関東一円に多くの富士塚が立つことになった(「立つ」という動詞が正しいのかやや不安だ。国語の先生がいたら直してほしいが)。関東一円には50ヶ所もあるそうだ。私が今住んでいる横浜の北部にも知っているだけで2ヶ所の富士塚があるが、それは土でできた丘なのだが千駄ヶ谷の富士塚は半分ぐらいの材料は岩のように思える。コンセプトが現物のミニチュアなのだろう。

実は、恥ずかしながら、富士塚というのは、そこに登って富士山を見るためのものだと勘違いしていたのだ。よくある「富士見坂」とか「富士見町」という類と混同していたのだが、ただ見るためのものなら「富士見塚」となるはず。江戸城富士見櫓もそういったネーミングなのだろう。

では、富士塚とは何を目的とした物で、なぜ急増したのか。まず、目的だが、これははっきりしている。疑似富士山旅行だそうだ。江戸時代の旅行というと、まず伊勢なのだが、これは遠すぎるわけだ。一生に一回もの。奥の細道みたいな怪しい旅もあるが、これも庶民は難しい。伊勢原にある大山神社などは手ごろで往復5日といったところだが、もっと手軽なレジャーということで、都内の富士塚が好まれたようだ。スカイツリーみたいなものだろう。

そして、江戸時代は1700年前後から最初の停滞期に入っていて、幕府の財政難から緊縮財政が始まっていた。しかも1707年には宝永大地震に継ぐ富士山の宝永大爆発があり駿河、相模、武蔵は火山灰でおおわれてしまった。その後は吉宗の登場で経済は行き詰まっていく。

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そして、1780年代からの時代は、あの浪費家の田沼意次の時代である。意図したか不明だが景気は回復に向かう。その時に旅行ブームになり富士塚が増えたのだろう。しかも1780年といえば富士山爆発から73年。古老の伝承はまだリアリティを失っていなかったのだろう。いつ爆発するかもしれない・・。

もう一つ、富士塚観光の理由としては、富士山は当時は女人禁制だった。女子が富士山に登ろうとしても果たせなかったわけだ。江戸市内の神社の富士塚が女人禁制だったかわからないが、たぶんそういうことはなかったはずだ。そもそもレジャー施設なのだ。女子が登れる富士山でもあったはずだ。


ということで、現代でも理論的には富士登山の代替として富士塚に登るという行為は、不合理ではないのだが、10m登っても登山的喜びは湧かないだろう。

しかし、中には、富士塚の意味を間違えていて、「富士塚に登ったところ、遠くに美しい富士山の姿が見えた」と大きく感動する人がいても不思議じゃない。

しかし、「富士山を見る場所じゃないから・・」と冷水を浴びせるような発言は、できれば慎んだ方がいいと思う。が、うっかり口にして、それがもとで喧嘩になったら「出典は、あるブログ」とでも言っといてくれればよろし。
  

2017年07月29日

鳩森八幡神社の将棋堂

東京千駄ヶ谷にある将棋会館の道をはさんだ向かい側が鳩森八幡神社だ。略して鳩森神社。ご祭神は応神天皇と神功皇后。

この二人の関係は母子で、神功皇后が妊娠中に夫が亡くなり、それでも朝鮮半島に渡って新羅・高句麗・百済を屈服させたと言われる。金一家どころのレベルじゃない。また、武士の神である八幡神も彼女の子とされる。ただし、歴史上は卑弥呼の後の倭の女王である台与ではないかという説や、本当はいなかったとする説もある。いないとなると、半島での侵略戦争はなかったという都合のいい解釈も出てくるのだろう。

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もちろん将棋連盟が千駄ヶ谷に移転したのは戦後の話なので、鳩森神社の由緒とは何の関係もないのだが、ご近所付き合いということで、境内に『将棋堂』が建っている。

堂というのは、寺社でなんらかの「祭神」をまつるための建物であるのだから、将棋の神様がまつられているということなのだろう。しかし、将棋の神様とは誰のことだろうか。「1分将棋の神様」というのは加藤一二三氏(神童ともいわれた)のことだし、幕末の天野宗歩は「棋聖」、詰将棋界では伊藤看寿の作品に「神曲」があるが、いずれも「神様」ではない。ということは、今出現した、神のような勝率を続ける少年が、将来、ここにまつられることになるのだろうか。

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将棋堂にはたくさんの絵馬に願い事が託されているのだが、やはり勝負や勝ち負け、合格などが中心で、直截的に将棋が強くなりますようにというのは見なかったような気がするが、最近のブームで変化があるのかもしれない。次回はよく観察しておきたい。『28連勝ストップを祈ります』とか『ことしこそA級で優勝して名人に挑戦したい』とかあると楽しいのだが。


さて、7月15日出題作の解答。

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飛車捨てから始まる。初手に桂打からだとわずかに詰まない。持ち駒はすぐになくなり、途中で金を補充する。最後の金の移動は大した手ではないがあまり見ないはず。2七桂のかわりに2六銀だと17手目が非限定になる。

動く将棋盤は、こちら。


今週の問題。

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痛撃方式。金のパンチが3発。

わかったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判定します。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(4)しょうぎ

2017年07月28日

コスタリカからの贈り物

知人の知人が頂いた海外土産のコーヒーを頂いた。書かれている言語が最初はポルトガル語かと思っていたのだが、「コスタリカ」と読めるのでスペイン語なのだろうか。スペイン語とは発音の感じが違うように感じるのだが、1%位しか知らないので私の勘違いなのだろう。

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場所は中米ということはわかっているのだが、そのあたりには国がたくさんあって、並び方とかよく把握していない。よくアメリカの大統領は中近東の国の配置を知らないと言われるが、日本の総理大臣は中米の国々の場所がわかっているのだろうか。

で、500グラムであること、豆ではなく、粉に挽いてあることはわかる。100%というのが何を示すのか不明。砂糖が含まれていないというのも意味不明だ。なによりコスタリカのコーヒーというものの価値がわからない。開けてみたら白い粉とかだとどうしよう。ちょうどその時、警察官が家に来たりして・・

そして、粉の色を確かめる前に、ネット上で調べると、

コスタリカは高級(スペシャル)コーヒーの産地であること。厳密に種の管理を行っていて、ブランドの維持に努力していること。豆には上から「SHQ、GHQ、HB、MHB、HGA、MGA」とランクがあり、およそ高原で生産される豆をもって上級としているようだ。あとは大西洋に面した場所かどうか、豆の硬さなどがランキングに関係があるようだ。

ということで、ランクの表示を探すと、MSAとあるのだが、上の6ランクのどれとも異なる。

costa2


小さな文字で、製造会社のURLが記されていたので、つないでみると、この製品とまったく同じ製品が袋の詰められている充填工場の画像が見られた。見せてほしいのは袋に詰めるところではないのだが。

で、この社の製品は、ほとんど500グラム売りのようで、頂いたものは、輸出用ではなく、国内用らしい。8.5ドルとなっている。コスタリカの通貨はコロン(1コロン=0.23円)なので米ドルなのだろう。つまり500グラムで1000円。スペシャルな値段じゃない。たぶん流通用というか、高級品の残りということだろうか。

さらに20袋購入した場合、20%値引きになるようだ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)あじ

2017年07月27日

カジノが焦点の横浜市長選の怪

7月30日が投票日の横浜市長選がまったく怪しい限りになってきた。候補者は現職の林(71)市長、元逗子市長で元民主党衆院議員で映画監督の長島(50)氏、元日経BP記者で無職の伊藤(39)氏。林氏を推薦するのが自公で、民進党は自主投票、共産党は伊藤氏を推薦。民進党が分裂しているわけだ。

神奈川新聞等の事前調査では、林氏支持が50%、残り二人が各10%で未定が30%ということで、この組み合わせではどうみても開票後1秒で当確が出る感じだが、実際には400万人に近づいている大都市では大きな争点があるわけではない。大きな問題はたくさんあるが、できることは限られている。

そして、最大の争点というのが中学の給食問題と、カジノ誘致について。中学給食問題というのは、現在の横浜は「家庭弁当方式+ハマ弁」。要するに、家庭で弁当を作れない何らかの事情がある場合は、注文しておくとハマ弁という疑似給食を食べられるわけだ。

これについては市民の53%が完全給食支持、9%が家庭弁当支持、31%が選択方式(混用)支持。林市長は現在の混用型+ハマ弁100円値下げを打ち出す(現在のハマ弁利用者は1%)。残り二人は給食制を打ち出す。長島氏のプランは不明。伊藤氏は親子方式という近接小学校で中学生の分の給食も作るという方式を提案。

そして問題はカジノ誘致。市民の65%はカジノ反対で賛成は23%。候補者では林市長は元々誘致派だったが、今は「白紙」ということになっている。残り二人はカジノ反対。

賛成候補者がいないなら争点にならないはずなのだが、それが争点になる怪現象の原因は地元出身の菅直偉官房長官。候補者に頼まれたわけでもなくカジノ誘致の推進派だ。いつか見たことがあるような展開だが、全国何ヶ所かで誘致運動が起きているのに、カジノ特区の条件に「総合リゾート」に加え「国際会議場併設」の条件が追加されたようだ。「国際会議場・国際展示場」・「劇場や美術館などの文化施設」「日本各地への旅行を促す施設」「ホテル」の4つだ。

これにより、カジノの建設可能な場所は予定の2〜3か所のうち、横浜と大阪が決まったも同然なのだそうだ。維新と官房長官の足元である。横浜では基本プランからアクセスプランまですでに立案済で関係者に近い京浜急行やセガサミーも事業参加するとも言われているようだ。

そして、市長が「カジノ白紙」と言ったところで、どこかの党の分裂もあって当選するのは確実なのだろうから白紙がすぐにカジノ設計図に変わるのだろうとは思うし、個人的には横浜カジノで腕を磨いてから、ラスベガスのトランプタワーに乗り込もうかとの不純な期待感もあるのだが。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)市民A

2017年07月26日

ポケモン20周年

1997年4月にテレ東で放送が始まったアニメ「ポケットモンスター」は今年で20周年。この夏の「劇場版ポケットモンスター キミにきめた!」も映画20本目。このタイトルだが20年前の第一話「ポケモン!きみにきめた!」のリフレインになっているのだろう。

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泡沫株主の私の元にも500円のQUOカードが送られてきた。普通の会社なら、台紙にはカードを挟む切れ目が2ヶ所についているのだが、台紙には切れ目はない。それに普通なら記念品は1000円分でしょ。

ということで、テレ東は色々とやっているし、少人数で運営していて、アナウンサーは様々な分野の仕事を任される。番組もかなり他局とは異質だったが、最近はかなりマネをされているように思える。鑑定団とか、Youは何しに・・とか。モヤモヤさま〜ずとか、他局でも同じような趣向の番組がある。また、以前のモーニング娘。あるいは今田耕司やユウスケサンタマリアのようにテレ東が困ったときに頼りになるタレントもいる。

ところが最大の問題は、地上波が全国をカバーしていないこと。人口比で70%の地区をカバーといっているが、本州の日本海側は全滅状態。静岡の一部や兵庫県が抜けているし、岡山と香川以外は四国・中国も弱いし、九州の北側でも見えない。

直接的理由は、6番目の放送局であるテレ東に対応するためには全国各地に6つの放送局がなければならないのに、実際には多くの場所では4局とか5局しかないからだ。もちろんケーブルテレビやBS放送であれば、地方局は要らないのだが、都内に巨大なテレビ塔(スカイツリー)を作ってしまった以上、地上波を廃止することはできないだろう。

かといって、今の地上波番組をすべて衛星放送に変えてしまうわけにはいかないだろう。どうする?

ところで、また新しい企画が始まったのが、月曜夜11時半からの「バカリズムの30分ワンカット紀行」。ナレーションなし編集なしで、要するに撮影した30分がそのまま番組になるというお手軽番組。いや、失敗は許されない緊張番組かもしれない。

  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)マーケティング

2017年07月25日

防衛省のこと

まず、防衛大臣が罷免にならないことについては、彼女の支持層というのは、安倍政権の核心的支持層であるということなのだろう。最も右側の人たちで、特定の雑誌やネット上で論客をつとめることが多い。たぶん有権者の10%程度が属する分類なのだろう。それらの人たちにとって最も首相になってほしいのは今の防衛大臣で次になってほしいのが今の総理大臣なのだろう。

だからそのグループに鉄槌を与えると、支持率がさらに10%下がってしまうのでそういう選択肢はないのだろう。思えば、終戦記念日に靖国神社に行かないように閣議で防衛相のジブチ行が突然決まったことへの内心の怒りを抑え、総理が真珠湾から帰ってくる日に靖国に行くという反撃を食わしたことからして、自分の方が正論を貫いていると思っているのに違いないだろう。


次に、省内会議の内容が外部に流れている件については陸自の反撃という説が強く流れている。この件は、そもそもの話から大きくずれてしまっていて、その「戦闘行為があったかなかったか」という点はメディアが追及すべき問題なのだが、この「軍人(制服組)」と「首相−防衛大臣−事務方(いわゆる背広組)」と「一般国民」の三者関係というのが重要なわけだ。第二次大戦の時も大問題だったのだが、その時は、「国民」のところが「天皇」だったわけだが。

現在の報道では、廃棄すべき書類が残っていたことと、それを公開したことに対して、ルール違反として陸自が責任を負わされそうになって、それに対する反発からリークがあり、制服組による背広組への抵抗というようになっている。おそらく国民の目から見ると、自衛官がかわいそうではないか、という方向に風が吹いているのではないだろうか。


戦前に、似たようなことが起きていた。昭和7年(1932年)に起きた五・一五事件。事件は海軍を中心とした若手将校による首相暗殺というテロであったのだが、同時期には政党による汚職が次々に明るみに出ていて、国民はテロ参加者に寛容な処分を求める声を上げたわけだ。

この事件が、日本が大正デモクラシーに決別し、軍国主義に向かっていったターニングポイントと指摘する研究者も多いようだ。

歴史はまったく同じようには繰り返さないのだが、思えば昭和7年の時には誰も想像していなかったような戦争が5年後に中国大陸で始まってしまったわけだ。それも局地的に始まった戦争が、二発の原爆と国富の壊滅という結末に至ったわけだ。


そして、首相のいう「自衛隊明記」を憲法に加えるというマイナーチェンジ論もいただけない。得るものはなく失うものが多いとしか思えない。いまさら自衛隊が不要という意見は国内にはほぼない(何人かはいるだろうが)。周辺国がさらに日本への防衛と称して軍備増強するだけだろう。

だいたい日本の憲法というのは、九条以外にも守られていないことが多い。公明党がいうような加憲という程度では済まないほど現実とは異なっている。重要なのは、「天皇制」の規定と「九条の拡大解釈である、自衛に徹する軍隊」「義務教育」ぐらいではないだろうか。

基本的人権についてはくどいほど子細に書かれている。守られているのだろうか。いまだに差別はあるような気がする。

また、職業選択の自由といいながら、実際には好きな会社に入社しようとしても面接やテストがあるし、政治家と歌舞伎界だけは世襲制が生きているとか。

全文を読んでも、日本が共産主義国家ではなく資本主義国家であることも判然としない(私有財産を持つ権利が与えられていることから資本主義国家であることが読み取れるということだそうだ)。

といって、全部書き直すとしたら、少なくとも現在の社会の追認的な条文ができるだけなのだろう。中学生の97%が高校に進学する時代に「高校を義務化(無償化)する」のではなく、幼稚園義務化の方が前進的なのだろうが、そんな声は聞こえてこない。

話を自衛隊に戻すが、ではどういう人物が防衛省のトップに座ればいいのかということは、実際よくわからない。日本が長い間、実戦を行っていないからで、上から下まで実戦経験ゼロのわけだ。もっとも強いか弱いかよくわからないというのも最大の防衛効果ともいえるわけだ。いずれにしても憲法に書かれていないからといって自衛隊は解散しましょうというようなことにはならないだろうし、もしそうなる場合は日本がどこかの国に戦争で負けて、占領される時なのだろうと思うわけだ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)市民A

2017年07月24日

不二越会長発言の裏読み

不二越と言えば、富山の機械メーカーであり、現在の主力製品は工業用ロボットである。売り上げは年商2300億円といえば富山では大手だろうが、この8月から事実上、本社を東京の汐留に構えるとなると、東京では肩身の狭い金額だろうか。

会長が、公的な場で「富山で生まれた人は極力採らない」と発言し、富山県では批判の竜巻が巻き上がっている。

批判を大別すると、

1. 感情論的に、「富山の会社なのに、冷たいじゃないか・・」。
2. 富山県人は無能じゃないのに・・・。さげすんで見ているのか。
3. 「富山県で生まれた人」を採用しないというのは、憲法で禁止される「出自による差別」である。
4. 本音はそうでも「わざわざ決算発表の場で発表しなくてもいいのではないか」
5. 「ワーカーは富山で採用、本社では富山県人採用しない」は差別ではないか。

といったところだろうか。

自分が岡山で泡沫会社の社長をやっていた時の経験だが、社長になってから事業エリアを拡大し、北海道2ヶ所、東京・関東4ヶ所、そして岡山1ヶ所となったのだが、歴史的に岡山で採用していたため、岡山県民比率が6割ほどになっていた(不二越の富山県民比率は8割)。ところが、岡山県民もたぶん富山以上に閉鎖的なので、年齢にかかわらず転勤拒否が多発するわけだ。

また、人手不足のおり、中途採用をしようとすると、そこそこ応募があるのだが、面接してみると、前の会社を辞めた理由の多くは、転勤が嫌で辞めたということが多いわけだ。

世界的大企業の岡山工場の地元採用で優秀だったため、本社採用に切り替えて東京本社勤務で半年で都会生活が嫌になったとか、20代前半で海外工場の主任に任命されといった理由で辞めるわけだ。本人は悩んでいても、配偶者や親が「県外に行くなら会社やめなさい」ととどめを刺すらしい。もちろん、そういう人は採用できないので、なかなか人間の穴は埋まらない。といって、富山県もそうだろうが、岡山県でも県を自分から出ていく人も多く、その人たちは東京や大阪に出ていき、帰ってこなくなる。客観的に言えば、東京、千葉、神奈川あたりの海浜型南関東と比べ、岡山は暑すぎるし、富山は寒すぎる。しかも関東にもそれぞれの同県人は多いのだ。

不二越の内実はわからないが、東京本社に移転するというのは、会社の目標である海外販売比率を60%にするといった目標からいっても不可避だったのだろう。お客が富山までは来てくれないし、海外に行くにしても簡単じゃない。東京からは上海でも日帰り可能エリアになりつつある。

ということで、富山県人を採用しないというのが本音だったとしても、ではなぜ、公開の場でしゃべったのかということ。会長ともあれば、発言で大騒ぎになることはわかっていたのだろうから、何を考えていたのだろうか、ということ。

一つは、単に新卒採用にあたり、全国から優秀社員を集めようと思ったのかもしれない。富山除外というのが「逆差別になる」という見落とし易いミスをしたのも軽い気持ちからだった可能性もある。

一方で、これだけ富山県人比率が高くなった原因が、高校側からの割当就職枠のようなものがあったのではないだろうか。安定的に人を集めるなら高校の就職担当と懇意にし、ある程度一定数を毎年採用することで、優秀な生徒をもらったりするのだろう。ということで、切っても切れない関係になっていたのではないだろうか。

しかし、直近の人出不足が会長に千載一遇のチャンスを与えたのではないだろうか。つまり不二越が採用数を大幅に減らしたとしても、他の企業が、人をかき集めるなら、生徒にも就職担当の先生にも迷惑はかからないだろうと思ったのだろう。

さらに、不二越会長の次の一手は、「社名変更」なのだろう。8月に事実上、東京移転した後、来年の4月に正式に登記上も東京に本社があることになるのだから、そのタイミングに合わせて社名から「越」の文字を抹消するのだろうか。越は富山の旧国名の越中に由来するのだろう。新社名は「フジロボ(Fuji-Robot)」と予想してみる。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(4)市民A

2017年07月23日

信託博物館

丸の内にある博物館。新丸ビルの横にある三菱UFJ信託銀行のビルの1階にある。

そして信託銀行の中にあるからといって、『信託銀行博物館』ではなく、あくまでも『信託博物館』なのだ。

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それは、どう違うのかというと説明しにくいが、「信託」機能と「銀行」機能の両方を行うのが信託銀行ということだそうだ。さらに、信託銀行であっても信託銀行と名乗らなくてもいいということで、単に「銀行」と称している場合もあるそうだ。(二重国籍問題と同様だ)

なぜ、日本では銀行と合体したかはよくわからないが、前の大戦の後半でそうなったらしい。臣民の財産を預かって、増やしたのではなくもしかしたら戦争のために使ったのかもしれない。郵便局と同じだろうか。

個人的には、何も信託したくはないのだが、なぜか2行(SMBC信託銀行と三井住友信託銀行)に口座があって、内一行は残高ゼロ。


では、信託のことだが世界各国に似たような制度があり、日本では空海が、信者の寄進したおカネで教育機関を作ろうとしたのが最初だった。今では教育機関が作りたいなら権力者の妻と仲良くするのが正解だが、空海の方法は正論。そして次に織田信長。こちらも動機不順だ。自分の集めた年貢を京の商人に運用させて天皇にみついだそうだ。こちらも天皇の政治利用だ。

そして、ヨーロッパでは二つの流れがあり、一つは遠隔地へお金を持って行かないで、いわば為替のように紙切れをもっていけばいいというような商業的機能。そしてもう一つは「十字軍」に参加した兵士が、自分が戦死したときの遺産の処分につき、遺言の執行のためのものだった。

米国では、それらの問題もあったが、資本家の出現で、おカネを急激に増やしたい人やおカネがなくて困っている人が投資信託を始めたことにもよるようだ。


で、一回り見学したのだが、さて自分では何か委託するようなことがあるのかと思っても何も想像できないのだ。
  

2017年07月22日

銘駒は藤井時代を生き抜けるか

テレ東の長寿番組「開運なんでも鑑定団」7月11日の放送には将棋駒が登場した。

彫師、宮松影水の作で、御蔵ツゲ虎斑の書体は水無瀬。昭和29年頃の仕事らしい。実は、駒などの将棋用具には目がないので、凡その価格は想定できていた。200万円前後でコンディションによってプラスマイナス50万円かなという予想をしていた。

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画像で見る限り、かなり飴色になっていてちょっと暗いのと、王将か金将かの裏側にある細かなキズからして、かなり使われた形跡が感じられる。

これだけの銘駒なのだから、駒を買う人は資金からして、自分の持っている別の銘駒を売却(下取り)して、次の銘駒を買ったのではないだろうか。そして、最後のオーナーは、将棋用具には興味がなく、したがって下取りしてもらって次の駒を買うなんて夢にも思わないのだろう。

そしてオープンザプライスは220万円。わずかに査定が甘いような気もする。


ところで、影水以外にも有名な彫師はいて、マニアはそれらを買い求めるのだが、箱に入れたままにしないで、日常的に手に取って使っていると、手の油と椿油が混じって良い香りと飴色のまろやかな色合が深くなってくるわけだ。

ところが、

藤井四段の活躍によって、テレビやネットでの中継が増えているわけなのだ。となると将棋盤の上にカメラが取り付けられるのだが、テレビの画像では、飴色の駒と文字と盤の色が混じってしまって、駒がよく見えないのだ。

現在の将棋連盟の対局の多くは影水駒だそうだが、藤井時代の感覚では駒の色が目立ちにくくテレビや配信画像が良く見えないということになるのではないだろうか。つまり公式戦で使う回数が減ったりして、結局駒の価値が下がってしまうということになるのではないだろうか。

数日考えていたのだが、一つの名案を思い付いた。画像処理である。うまいことに駒は四角い将棋盤の上か、取った駒を置く駒台の上にあるわけだ。手に握りしめて相手に手の内を見せないということは、ルール上では反則にはならないのだが、実際にはプロ棋士もアマ棋士も「持駒秘匿作戦」を使う人間は一人もいない。

となると、盤上と駒台の上の駒の色を画像処理して、画像公開用には、明るい色でコントラストをもっと利かすということでいいのではないだろうか。

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試しに、放送された虎斑の駒の画像を使用して画像処理を行ってみた。結果は上々だ。


さて、7月8日出題作の解答。

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詰将棋パラダイス誌で発表させていただいた時の読者評は「余詰を発見したと思ったら、本筋が見当たらないので、これが正解?」というような意見が多かった。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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読みにくい場所に設定してみた。この手の問題はあまり難しくない。あきらめないことかな。

わかったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ、正誤判定します。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(4)しょうぎ

2017年07月21日

感動のない巨峰ソフト

前書き
まず、本日の記事だが2週間ほど前に書いたのだが、公開するのが後回しになってしまって、その間に「巨峰ソフト」の販売が終了してしまったのだ。巨峰の季節はこれからだというのに、困ったものだ。それに書いてしまったものを捨てるのも気が進まないこともあるので、ある意味、販売が終わった原因にも触れるような内容なので、あえてこの前書きを追加して公開してみる。

本文
ミニストップが近くに二軒もあるので、よく使っているが、イオン銀行とLoppiがあることもその一員。Loppiはローソンにしかないものと思っていたら、イオン系列のミニストップに登場したのでかなり驚いたのだが、ローソンとミニストップが統合するという噂が流れたまま、まだ否定されていないようなのでどうなるのだろう。ミニストップをあえて利用している顧客には、何か理由があるはずで、それを解明しないまま、安易にローソンへプレゼントしても1+1=1.5ということになるのではないだろうか。ファミマ、サークルKとは異なる結果になるような気がする。

もともとイオンのやり方もよくわからず、前にいた岡山県にはイオン系列のスーパーは大量にあるのに、ミニストップは1軒もないし、横浜の北側にはイオンはないのにミニストップが多い。イオン銀行は預金金利を引き上げて集客するが、東京駅や羽田、成田といった重要ポイントには店舗がほとんどない(ゆうちょバンクのATMが利用できるのだが)。

それで、ミニストップの最大の特徴はイートインの場所があること。今頃になってローソンやファミマがイートインを始めているのだから先見の明があったはずなのに、客単価が低い理由にイートインが邪魔と分析していたはずだ。(セブンも沖縄でイートインを始めるようだ)

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それで、イートインをもっとも有効に使えるのが、夏のスイートで、かなりの名作を生んでいる。ということで、今年のオシは「巨峰ソフト」ということで、イオン及びイオンリートの株主として味を確認してみる。

まず、「?」と思ったのが価格。220円ということだが、普通のソフトと同じだ。安いのはいいとはいえ、単価に差をつけないというのは、逆に顧客に「?」感を与える。5円でも高くしないと、顧客はこの商品に付加価値を期待しないものだ。

そして、色。薄紫。季節柄、アジサイの色ともいえるが、紫とか青系の色は、食べ物には向かない。黄色や赤、茶色と言ったところが食欲に繋がる。それに巨峰を食べるときは果皮をむくだろう。中身は紫じゃない。そもそもブドウの果実は紫ではなく透明なのだ。皮ごと潰すから赤ワインは赤紫のわけだ。

そして、巨峰ソフトが売り出された時期にはまだ巨峰は出荷されていないのだから、誰でも「去年のブドウのジュース」を使っているのだろうと推測するわけだ。


そして、口にするとわかるのだが、ソフトじゃない。ザラザラと氷粒の感触がある。しかも味も甘くない。それほど甘いものを期待しているわけじゃないが、巨峰は甘いわけだ。つまり巨峰の味とは言い切れない。舌感がザラザラしているため、溶けたカキ氷みたいな味だ。

皮をむいた複数の巨峰の粒の上にソフトクリームをのせて提供すれば、巨峰ソフトという名前に信憑性が高まるだろう。が、誰が巨峰の皮をむくべきかという問題が残る。指が紫になるわけだ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)あじ

2017年07月20日

「夏祭り!にっぽんの歌」公開収録へ

中野サンプラザで公開収録が行われたテレビ東京系「夏祭り!にっぽんの歌」の公開収録に行った。株主招待券だが、どうせなら現在進行形の歌手の出る「テレ東音楽祭」に招待してもらいたいところだ。「夏祭り!」は、ほとんどの歌手は、現在進行形ではなく、過去完了形に近い人が多い。さらにいうと、オリジナルの歌手が冥界入りしたため、代打出場歌手が代わりに歌ったりする。

もっとも、若い時の誰でも知っているヒット曲を、うまく歌えず苦労しているのを見るのも心苦しい。例えば千昌夫氏の「星影のワルツ」とか。歌手の話から先にすると、最長老がジェリー藤尾氏。自宅が近く、散歩する姿をよくみかける。もう声が出ないような状態だが、主にトークだ。両親が日本人と英国人。生まれは上海。法律が変わって国籍が変わったそうだ。

(民進党内部で蓮舫氏の二重国籍問題が内輪もめのネタに使われているが、本来、個人の人権なんて国家によってすぐに捻じ曲げられるもの。特に国家基盤の弱い国の国民なんて、いつ無国籍人になってしまうかわからないわけだ。弱い人の立場でものを考えられない人が民進党に多いということなのだろう。あるいは平和ボケ。また、仮に北方領土問題が進展したら、今、そこに住んでいるロシア国民には、日露両国の国籍を持たせるしかないのではないだろうか。)

特に朝鮮戦争当時、米軍キャンプで歌っていたそうだ。半年前にNHKホールで伊東ゆかり氏も同様のことを言っていた。

そして、放送されるのが8月12日ということで、坂本九氏の命日でもあり、思い出トークがあり、遺された名曲を合唱したりということになるのだが、その時のために呼ばれたと思われる現役歌手の氷川きよし氏の声が全音量の1/2位目立って聞こえるわけだ。

そして、小林幸子氏は紅白歌合戦で、超豪華電飾衣装というような色物出演を続けていたのだろうが、氷川きよしを除けば他のベテラン歌手(含む美川憲一)よりも圧倒的に歌唱力があるし、1964年の東京オリンピックの年に発表されたデビュー作『ウソツキ鴎』の熱唱を聞くと、まったく現代的な曲に聞こえるわけだ。

そして、オリンピックといえば、すでにテレ東の人たちの頭の中はすっかり東京五輪になってしまっていることがよくわかった。

テレ東といえば、類を見ないほど奇妙な番組作りで有名だが、公開収録にしても通しで収録するために、CMタイムの3分間が舞台の模様替えの時間となり、その間、アナウンサー(元NHKの宮本アナともやもやサマーズの福田アナ)が、雑談をして間を持たすわけだ。ローコスト制作なのだろう。そもそも中野サンプラザの建物の老朽化も末期的だし。

そして、生放送ではないことの余禄があった。ある女性歌手が同じ曲を2回歌うことになったわけだ。理由は、一回目に歌詞を飛ばすという失敗を演じたからなのだが、本来は歌う前に5回ほどお辞儀をしたい気持ちなのだろうが、そうはいかないわけだ。本放送で、いきなり5回もお辞儀をする歌手がいるわけはないからだ。そして、この事実は、「秘密にしてほしい」とアナウンサーから口止めされたのだが、もとより守秘義務契約に署名した記憶はないのだし、良くある話ではないだろうか。

さらに、テレ東という不思議なテレビ局の話をもう少し書いてみたいのだが、文字数の関係で、来週に回す(というか、まだ書いてないし)。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)マーケティング

2017年07月19日

二人の首領(ドン)(落合信彦著)

落合信彦の代表作に『2039年の真実』というのがあり、ケネディ大統領暗殺に関する秘密情報の多くが2039年まで公開されないことに関して、その背後にある大きな力を探し出すという主旨の本だ。本書も同じような時期に書かれていて、その二つの事件は裏では繋がっているというような内容である。

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事件はロッキード事件。表沙汰になったのは米国のチャーチ委員会で軍事産業が他国に不正行為を行いながら受注を拡大していたという疑いを調べているときに、日本の政治家(総理大臣)やフィクサー達が関係していることが次々に判ってくる。

そして、ロッキード事件に関しては黒と言われるのが田中角栄総理はじめ政界であり、丸紅、日商岩井といった商社、さらにフィクサーとしての首領格の児玉誉士夫氏。そして、二人の首領のもう一人が笹川良一氏。

戦前の格は、明かに笹川氏が上だったのだが、戦後のごたごたで地位が逆転。児玉の握っていた大陸ルート、軍隊ルートからの残存を使って資金を増やしたようだ。

そして、やっとモーターボートで一族や取り巻きに大きな顔ができつつあった笹川にとって、児玉勢力弱体化というチャンスを逃すはずはなかった。

そして、米国ではニクソンにつながる軍事産業とチャーチ委員会のせめぎあいの中で、笹川は正義の味方を演じることにした。

本書はさらに、短編二作があり、ベトナム戦争の時に、中国が米兵に対して薬物蔓延工作を行ったことが記されている。

中国も、北国へ再び同じ手を使ってもらいたいものだが、回りまわって日本まで流れてくると困るかな。それならニセ札増刷で経済破壊とか。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)書評

2017年07月18日

『米国抜きTPP+日欧EPA』は政権延命策か

安倍政権の経済政策の最大の目玉はTPPであったはず。

例えば、物価上昇2%とか将来のGDP600兆円とか女性の活躍とかカジノとか大学特区とか色々と政策らしいことは言っているが、よく考えると、政策のゴールを言っているだけで、プロセスがないわけだ。プロセスがなければ政策は実現されないのだし、そもそも、物価やGDP、女性の労働力化をしても、それで何かいいことがあるのかということすらある。

また、日露関係も目標とはかなり方向違いのことになっているし、東アジア4国の関係は混乱の極みだ。しかも政権支持率はロフテッド軌道になっていて内閣改造に失敗すると困ったことになるだろう。

その中で、TPPはかなり具体的な政策で、おそらく効果が目に見えるということだったのだが、誰かのせいで破綻の危機となっている。

ということで、米国が抜けた穴をEU向けで穴埋めしようというなら、案外合理的な感じもする。さらに米国抜きのTPPが結べれば、TPPの当初計画とは少し方向性が違うものの、似たような効果を得ることができるだろう。

が、たぶん様々な問題が生じると考えられる。まず米国。もう米国の戻る席がなくなる。そしてEU脱退を決定した英国。EU離脱によるEUの困る部分をチラつかせながら有利な通商交渉を狙っていたのに、英国の抜けた穴に経済的関係のみでお気軽日本が潜り込もうとしているわけだ。

単なるEPAなのか、もっと互いに束縛しあうようなルール(経済問題の裁判権の問題)まで結ぶのかは不明だが、そもそもうまくいかなくても相互に失うものがあるわけでもないのだからいいのだろうが、共通の価値観を標榜していたEUが英国の離脱で揺さぶられているのに、さらに価値観の異なる日本と組むようなことなったら、さらに共通の価値観からは遠のいていくような気がする。

さらにEUの枠組みの中では、域内を一つの国のように考えていることが多く(独禁法の適用範囲など)、日本とEUがどこまで深く付き合うかということについて早い段階で確認することが必要なのだろう。

ただ、いい加減な大臣たちが交渉に失敗すると、米国とも英国ともEUとも関係が悪化して、友達がいなくなるということもわずかな可能性で考えられる。(そうなったら、死刑制度を廃止し、難民引受枠を設定して、本格的にEUに入れてもらうほかないかもしれない。)
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)市民A

2017年07月17日

夏休みヒアリ注意報

横浜でも本牧でヒアリが発見された。

当初の発表で100匹だったのが、数時間後に500匹になり、その後700匹となった。

一般的に、官公庁の発表というのは極めて実際よりも少ない量の時が多い。海上にオイル類が漏えいといった時も、実際には1000リットルでも15リットルとか発表になる。そもそも1000でも150でも、それ位の量なら、海面に薄く広がって30分も経てば蒸発してしまうのでほぼ影響はないのだが、“公表される数字が少ないな”と思っても、当事者もあえて不利なことは言い出さない。

ところがヒアリの数字はそうはいかない。オイルはすぐに蒸発してなくなるものだが、ヒアリは逆にどんどん増えていく。それに、関係者は「数字を低めに言った方がいい」というような動機をもっていないのだから、ウソはやがてバレてしまう。

ということが、100匹が700匹に変わった理由ではないかと思うが、全国のヒアリ発見情報の中に「女王アリ」が含まれていないのが問題だ。すでに危険を感じて女王だけが逃げてしまったのか、それなら手遅れなのだろうか。最初は地上にアリ塚を作るということで、見つけやすいのではないかと思ったのだが、実は地下に巣を作っても繁殖力が強く、巣が地下だけではなく地上に盛り上がってしまう、ということだそうで、地上のアリ塚を見つけたときはお手上げかもしれない。

一説には、ヒアリを体内から食い殺すある種のコバエがいるそうで、ヒアリの体内に卵を産み付けて、孵化した幼虫がヒアリを食いつくすそうだ。また動物界にはアリクイという偏食家もいて、アリ塚が大好物なので、野生に放つ方法があるかもしれない。ただ、コバエもアリクイも一見、ヒアリの天敵のように思えるが、実際には互いに共生関係の可能性もある。アリクイの体にしがみついて、あらたな場所に移動してそこに種族を拡大する=アリクイのエサが増える、という関係だ。

で、地元横浜に話を戻すと、数日前にご近所を歩いていたところ、小学生男児が3人グループを作って、棒を持って歩道を歩きながら、道端の雑草をかき回している。「ヒアリかも」「ヒアリじゃない」「ヒアリかも」「ヒアリじゃない」、と自主的にヒアリ捜索をしているではないか。

こどもの行動って、単純で悪気がないことが多いのだが、かといって人畜無害ということではなく、危険がいっぱいということ。夏休みは1か月以上あるのだが、その間に大繁殖してしまうかもしれないわけで、夏季休暇が始まる前に、小学生には、「ヒアリ捜索をしないこと」を学校で徹底することが必要なのではないだろうか。

大人よりも子供の方がニュースに敏感というのは悪いことではないのだが、小学校では豊田議員の三文オペラ調の話し方が流行しているようで、これは夏休み中に忘却扱いになるかもしれない。中身がないから、話が盛り上がらない。

そういえば、この記事を書きながら、数十年前にシンガポールでゴルフをしていた時に、巨大なアリに右足のすねを噛まれたことを思い出した。激痛があり、さらに噛まれたところに穴があき、1年ほど炎症がとまらず、膿が出て、直径3ミリほどの穴があいたようになった。思えば帰国後、体調を崩していたことまでを思い出してしまった。今でも穴の開いた場所は、赤くなったままでケロイド状になっている(撮影する前には、剃刀が必要なので画像は割愛)。まずいのかもしれない。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)災害

2017年07月16日

郷さくら美術館東京で「夏のかほり」

中目黒駅のすぐ近くに郡山に本館のある郷さくら(ごうさくら)美術館が東京館を開いたことは知っていたが、中目黒という微妙な場所にあることで、最近まで行っていなかった。確かに、駅の近くなのだが、そこだけ空地があってビルを建てた、という感じだ。外観が黒いのは、石のイメージなのか、あるいは焼杉の板をイメージしたのだろうか。

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日本画の美術館と言えば、おおむね春には「桜」をイメージした展覧会を開くことが多いのだから、もっと外壁をピンク系にした方がいいのかな。雨の多い日本では、桜色は汚れてしまって困るのだろうか。桜の花はすぐに散るが、美術館はすぐには散らない(すぐに散る美術館もかなりあるのだが)

そして、展示品の前に、この建物は大変に空調が効いていて、涼しくて快適だ。窓がほとんどないからだろう。銀座のSHISEIDOギャラリーも地下空間で快適な涼しさだったが、それに負けない。

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そして、郷さくら美術館は、日本画専門ということになっているが、実は日本画と洋画という区別は、かなり難しい。大雑把にいうと、絵の具の差ということで、植物油で絵の具を溶かしてペンキのように塗るのが洋画で、鉱物性の絵の具を水に溶かして左官屋のように塗るのが日本画ということだが、それでは多くの例外がでてしまう。

今や、素材は多様だし、洋画といってもキャンバスに書くだけじゃない。描く素材だって日本画でも洋画とテーマは同じだ。洋画のキャンバスにしても、タテヨコ比は日本とフランスとは異なり、日本画のタテヨコ比で洋画を書く人が多い。

しかも、日本にいながら日本画の描き方がわかる人は少ないだろう。

この美術館は、絵を見るだけではなく、日本画の描き方について丁寧に解説されている。

少なくても、アトリエが油臭くなることはないのだろう。一方、洋画なら油絵具ならなんとか描けそうだが、精密な日本画は自分で書けそうな予感はまったく感じられない。

「夏のかほり」という展覧会だが、「熱い夏の公園で子供が虫取りとする」とか「都会のビル街で汗だくで歩くサラリーマン」とか、「まだ陽が落ちていないのに酔っ払いがいるプライムフライデーのビアガーデン」のような題材のものはなく、涼しげな青を基調とした絵が多いわけだ。

ところが、青を使えば何でも涼しく感じるわけではなく、サッカー日本代表のユニフォームは夏のゲームでは、どうしても暑苦しさを感じてしまうわけだ。
  

2017年07月15日

人気は続くのだろうか(困った・・・)

10年ほど前から近くの地区センターに頼まれて、月1回、小学生に将棋を教えている。入れ替わり立ち替わり、色々な子がくるのでなかなか名前が覚えられない。さらにキラキラネームだし。

だいたい20人超位で、対局1時間半、講義30分といったところなのだが、ほとんどの子は将棋のルールを祖父や祖母に教わってから教室にやってくる。父母から教わったという子は聞いたことがないということは、いまの30代の人は将棋のルールを知っている人は極めてまれだ、ということなのだろう。

ところが、ご存知の通り、連勝中学生藤井四段が活躍しはじめたせいで、日本中が将棋ブームになっている。

しかし、ブームといっても、指せない人は指せないわけだ。

そして、7月の教室は、恐れていた通りのことが起きた。

門前、列をなす。次々に1年生をつれた父母が押しかけて来たわけだ。そして、言われることはほぼ同じで、「将棋のルールを知らないのでゼロから教えてほしい」と言われるわけだ。もちろん、最初は誰かから教わるものであるのだが両親が教えられないから教室へ行けばいいと思うわけだ。

ただし、このあたりで藤井四段とは決定的に異なることがある。それは、「子どもが行きたいのではなく、親が行かせたい」ということ。親と話していると、どうも月1回の教室に行けば、自宅に盤や駒がなくてもプロ棋士になって毎年2億円の収入が得られる、と思われているように感じる。あるいは、将棋を勉強すれば彼のように頭が良くなると思っているのかもしれないが、将棋を指すと頭が良くなるのか、頭が良いから将棋が上手いかということさえ結論は出ていないから。

それに、強くならなくても講師のせいにしてほしくはない。強くならないのには、いろいろな要素があるのだから。

そして、盤と駒はどこで買ったらいいかというような質問に至ると、少し困ってしまう。いずれにしても練習しなければ上手くならないのだが、ピアノとかゴルフクラブとかは道具によって良い結果が出る(錯覚も多いが)というのは、ありそうな話だが、高い駒を使うと将棋が強くなるということは、まず、ない。500円のセットでも50万円のセットでも結果は変わらないと思えるが、実際には、ツゲの偽物を使った駒と、桂の偽物を使った盤の組み合わせでも1万円程度は必要なのだが、次々と現実的な話になってくると、親も夢の世界から現実の世界に戻ってくるようだ。


そして、藤井四段のせいでいかにも将棋界が華やかのように見えても、棋戦スポンサーの新聞社の方は、まったく落ち目産業なのだから賞金総額が増えることもないだろう。そうなると、数年後に藤井何段(あるいは六冠王)の賞金が2億円位になって、その反面、その他の棋士の獲得賞金が激減してしまい、プロとして魅力のない職業に落ちぶれてしまうのではないかと予言してみる。


さて7月1日出題作の解答。

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難しく考えなければ解答に行きつくはず。銀を並べて打つと足りなくなるので途中で動かすことにする。行き詰まったところで、飛車が細かく動く。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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即席で作ったので、これといった好手がないのが残念だが、なんとか読み切ってほしい。5枚の持駒は13手目には打ち尽くしてしまう。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見を記入していただければ、正誤判定します。
  
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2017年07月14日

南京町で食べ歩き

神戸中華街は、南京町と呼ばれる。横浜中華街ではそういう呼び方をしないのだが、神戸に来た中国人の全員が南京市出身じゃないだろうにどうしたものなのだろう。

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もともと中国人が神戸に住み始めたのは明治の初年の頃からだそうだが、当時は清とは通商条約がなく、外国人居留地には住めず、今の場所(当時の神戸の西端)に住み始めたそうだ。横浜中華街との差は、神戸中華街の場合、店主の多くは別の場所に住んでいて、営業時間に合わせて通ってくる人が多いそうだ。横浜の場合は、店に住んでいる人が多いらしい(このあたり、他人から聞いた話なので、保証はできないが)。

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最近は横浜中華街も神戸のマネをしたのか、店頭で肉まんとか春巻きとか売り始めたが、食べ歩き文化は神戸の方が先だった。ところが、以前の神戸中華街は、食べ終わったゴミは広場にいってゴミ箱に捨てることになっていたが、現在は、ゴミは購入店で引き取ることになったため、食べながら歩くと、ゴミをもって戻ってこなければならないので、結果として歩かないで店の前、あるいは中で食べることになった。

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手帳を見ると、食べたものは4品で、『北京ダック500円』『豚角煮バーガー200円』『海老ダンゴ200円』『豚角煮ラーメン300円』となっている。撮影したのは『豚角煮ラーメン』。これだけはテーブルで食べたためで、カバンを肩にかけて料理の皿を片手で持って、もう一つの手で料理を食べると、撮影するべき第三の手が足りないわけだ。個人的には、北京ダックと海老ダンゴは多くの店で売られていて、とても美味しい。

横浜中華街で流行中の「焼き小籠包」は、神戸には感染していないようだ。あるいは既に絶滅したのか?
  
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2017年07月13日

神戸凮月堂ミュージアムでゴーフルの歴史を

神戸元町の洋菓子の一つが凮月堂(風月堂と表示されることが多い)。代表的なのがゴーフル(GAUFRES)。英語だとワッフルとなるそうだ。凮月堂レストランの隣の隣に立つのが旧館で、ミュージアムになっている。

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神戸凮月堂の母体となるのが吉川家といって、神戸で回漕問屋と旅館を営んでいたそうだ。回漕問屋とは今でいう内航海運業者。多くの船主から船を預かり、船で何かを運びたい人を探して、共通航路ごとに荷物を振り分けて、運送を行う。1770年頃から代々営んでいたのだが、明治になりさっぱりとなったのだろう。明治元年(1868年)に足袋商に転じ、さらに洋服商をはじめる。

しかし、なかなか商運を掴むことかなわず、当時の当主だった吉川市三が、東京に行き、東京の凮月堂に弟子入りし、4年間の修業の末、「のれん」を分けてもらうことになる。

そして昭和2年(1927年)にゴーフルの発売を開始する。以来、ゴーフルは同じ味を続けて、今年がゴーフル誕生90周年であり、明治30年(1897年)の創業からから120年になる。

ところで、調べてみると、神戸凮月堂がのれんを分けてもらった東京の凮月堂だが、これが数奇な歴史を持っている。

まず、1747年に初代小倉喜右衛門が大坂から江戸に下り、大坂屋と商号を決める。初代には子供がいなかったことから、姪の恂を養女に迎え、さらに婿(二代目)を迎えるのだが、この恂は唐津藩水野藩主の側室になり、後の老中である水野忠邦を産む。といって男尊女卑の時代であったことから、男子を産んでもお役御免ということで里に帰っていたわけだ。そして二代目と結婚したわけだ。

ということで、二代目は実力というよりも妻の恂の息子が水野忠邦であるという事実をフル活用して大名家を中心に商圏を広げたそうだ。逆にそのネットワークを生かしたのが、これも有名な松平定信で、御用菓子商の座を与えている。また、凮月というのは定信の雅号(ペンネーム)だったそうだ。どうも日本人は忖度が好きなようだ。

その後、明治になり積極的にのれん分けを進めたため、全国に凮月堂が増えたそうで、その一つが神戸凮月堂ということだそうだ。

しかし京都から分かれて江戸に向かった「とらや」にしても、江戸時代、引越のお許しすらなかなか認められなかったのに、根性あるものだと感心。
  
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2017年07月12日

須磨海浜水族園の奇妙なトライ

須磨は神戸中心街より西側にあり、典型的な住宅街だ。その海岸にある水族館だが、一味違うことが多い。

まず、水族館ではなく水族園。確かに、建物の中だけではなく建物外に亀がいたり、イルカショーをやっているのだが、普通はそれでも水族館というのだが。

そして、JRの須磨駅で降りてはだめだ。そこにはなにもない。慌ててスマホで調べると、一駅隣の須磨海浜公園駅から徒歩5分ということになっていた。

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そして、まず出会う珍生物は、「オオグソクムシ」。体調は15センチほどもある。カニやシャコと同じような甲殻類の一種だそうで、深海に住んでいるそうだが、暗い部屋の水槽の中でうごめいている。暗いといっても深海よりはずっと明るいだろうし、水圧も違うところでは色々と不愉快だろう。せめてうまいエサでも食べさせてくれ、といいたいだろうが、たぶん毎日同じエサなのではないだろうか。ちなみに、名称のオオグソクムシではなく「オオグンソクムシ(大軍足虫)」と記憶違いをしていた。作業現場で履く白の綿の靴下を軍足というのだが、決定的に色が違う。

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そして、アナゴのチューブ詰め。どうもアナゴは群生するのが好きらしい。どうもこの水族園は、非日常的なゾクッという感じがすることが多い。


そして、芸をするのは、普通はイルカであって当園でも楽しめるのだが、めったに見られないのが、ワニの芸。

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「さかなライブ劇場」という場所があって、さかなでもないのにイリエワニのお嬢様が、空中に吊られたエサに水中からジャンプしてくわえるというダイナミックなもの。厳重なガラス越しに撮影するので見にくいし、やはり哺乳類と異なって、動きが予想しにくいので、空飛ぶワニの撮影には失敗したが、水面でエサを取るタイミングをはかっているということは、知能を使っているようにも思えた。

イルカはかなり頭がいいことは知られているが、ワニの知能については聞いたことがなく、近づくものをなんでもガブリと思っていたが、ワニにも知能があって訓練によって賢くなるということであると、何か心の中に不穏な気分が高まってくるわけだ。賢いワニというのは、なにかあってはいけないような気がするわけだ。

ということで、どうしてもワニよりも人間の優位を主張したい人のために、園内のカフェには、ワニやピラニアを使った料理が提供されているそうだ。これも不安な気持ちにしてくれるわけだ。本来はピラニアやワニが人間を襲って食ってしまうはずが、逆のことをしている。アマゾンの方では、人を食ったピラニアやワニを捕まえてレストランで料理にして食ってしまうことなんかないのだろうか。
  
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2017年07月11日

布引ダムまで足を伸ばす

布引の滝からさらに山奥に足を伸ばすと、布引ダムに行けることになっている。地図は平面的なので、実際に行くと急坂だったりすることもあるが、とにかく前に進むことにする。

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そしてすぐに表れたのが、「猿のかずら橋」。橋を渡るのに一抹の不安を感じたので、渡らない。目的地も違う。元々は山の住人の猿のための橋だったのかもしれない。

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そして五本松の滝に到着する。ここは一転して、大きな滝壺がある。ミステリードラマなら間違いなく滝壺から仏様が登場するはず。目を凝らして探したが、水中には何も見えない。兵庫県警の出番はない。落ち着いて暴力団抗争事件の解明に着手するだろう。

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そしてついにダムが目前に現れる。1900年に完成したそうだ。コンクリート製。今でも神戸の水瓶になっている。米朝戦争が始まれば、工作員が日本のダムに毒薬を放りこむとも言われている。

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ダムの先、つまり人口湖のほとりを歩いてみたが良いことは何もなかった。地図ではロープウェーの駅が近いようになっていたが、標高差を肉眼で確認すると、とうてい行けそうもないというか今日一日の体力を午前中に使い切ることになるので、あっさりあきらめて元の道を下ることにする。

なお、このダムの水源は六甲山中にある獺(かわうそ)池だが、獺はいない。日本各地に獺池という地名はあるが、1979年に四国で目撃されたのを最後に絶滅したと想像されている。さぞ無念だろう。
  
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2017年07月10日

神戸の布引の滝を登る(歩く)

布引の滝というのは日本には何か所かあるのだが、その一つが神戸市にある。新幹線の新神戸駅のすぐ裏から5〜10分といったところだ。神戸自体が幅広で奥行のない街で、それは六甲山系が屏風のように立っているからだ。だからこそ川があり、その川をダムでせき止めて上水に使っている。そのすぐ下流に天然の滝がある。

そして新神戸の駅はすぐ後ろが山なのだが、そこに山に登る細い道がある。「登る」と書いたが、まだ、それほどきつい坂ではない。歩くと登るの中間だろうか。

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滝は下流から上流に向かい雌滝、鼓滝、夫婦滝、雄滝の四つが続く。雌滝(めんたき)と雄滝(おんたき)が大きく、中間の二つの滝が小さいのだが、実際、滝のようなものはいくつかあり、どれがどれだかよくわからなかった。

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雌滝は普通の滝であって日本の代表的な滝の形である。一方、雄滝は花崗岩の山肌に、ストレートで流れ落ちる直瀑という形だそうだ、これは形状的に一見の価値ありだろう。

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そして、しばしがんばると見晴台がある。神戸を見下ろす絶景ポイントだ。といって、六甲山の頂上から見る夜景にはかなり及ばない。というか、夜はこわくて歩けない。一応、谷川があり滝があるので落ちたら川の水を赤く染めるだろう。

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1年ほど前に、新神戸の駅前に、夜な夜な、うり坊(イノシシの子供)が何匹か現れて市民の話題だったのだが、最近は聞かないそうだ。山に帰ったのか、不幸があったかは知らない。山にイノシシがいるのは確かだ。

この六甲山と関係があるのが大阪湾だそうで、100万年前から大阪湾が沈降をはじめ、その分、六甲山が盛り上がったようだ。奇妙な話だ。地球のごく一部で起きる凸凹に過ぎないのだろうか。そういえば有馬温泉の源水も海洋深層水という説もある。
  
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