2021年04月14日

トラフィック(2000年 映画)

ソダーバーグ監督による麻薬抗争をテーマにした映画。2000年の上映だが、現実は20年経って何か変わっているのだろうか。

主演はマイケル・ダグラスで麻薬撲滅担当の大統領補佐官に就任した判事を演じるのだが、実際には主演感は薄く、メキシコの麻薬中継所ティファナの警察で働く刑事たち、麻薬カルテルの男たち、カリフォルニア州の麻薬取締官たち、さらにジャンキーである大統領補佐官の娘といった多様な組み合わせで、おもに三つのストーリーが展開する。

なかなかわかりにくいのだが、親切にもワシントンとカリフォルニアとメキシコの3つの場所に合わせて画質が違っていてわかりやすい。画質がもっとも黄色のは案の定メキシコだ。同様の手法は『バベル』(2007年)にも使われている。その映画でもメキシコは黄色画質だった。発案者は誰なのだろう。

日本の映画では絶対に登場しない各種麻薬類の使用法が次々に登場したり、米国とメキシコの捜査目的の違いも一つのテーマになっている。

米国側は、米国に持ち込んで麻薬汚染を行うのは運び込むメキシコの責任というし、メキシコ側は、使う人間が米国にいるからメキシコ人が運びこみ麻薬カルテルができて町が危険になるというわけだ。

さらに米国内でも、売人は色の黒い人ばかりであるが、色の白い人が買いに来て大金を払うから、まともに働かずに売人になるというわけだ。

そもそも銃の取り締まりもできない国が麻薬を取り締まれると思う方が無理がある。

すっきりした気分にはとてもなれない結末だが、それでも多数の映画賞を受賞している。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)映画・演劇・Video

2021年04月13日

たぶん「解決金」の条件でもめるのかも

小室家の出した28ページの文書を読んでみた。本文は半分位で、これを「長い」という声が多いのに驚く。50ページぐらいの契約書だってよくあるのに、忍耐のない人が増えているのだろうか。読むときのコツは、途中でしばしば出てくる出来事の日時について、手元に紙と鉛筆をおいてメモしていくこと。文書内で時制が行ったり来たりするのでメモがあるとわかりやすいし、最後の注を理解するのに都合がいい。平成と令和をまたがるので西暦でまとめるに限る。

読んで色々と感じることは後回しにして、そもそもだが、日本国では結婚したい男女がいれば、何人(なんびと)も阻止することはできないわけだ(もしかして勘違いしている人がいるかもしれないので書いたまでだが)。だから結婚阻止を目標としてネット上で騒いでいる人たちの努力は、満たされないことになる。

もう一つのそもそもだが、「多くの人が納得し喜んでくれる状況にならなければ、婚約にあたる納采の儀というのを行うことはできません」との秋篠宮さまの発言だが、「婚約はできない」と言っているだけで「結婚できない」とは言っていないわけだ。さらに「多くの人が納得し喜んでくれる状況」というくだりだが、多くの人というのが50%超なのか80%超なのかが明らかになっていない。80%超なんかになるわけないわけだ。

まず、「結婚反対運動」をしている人はどういう人なのかなのだが、かなり明らかと思う。

日本人の構成が「一億総中流社会」ではなくなって、目を覆いたくなるような階層社会化が進んでいるわけだ。下層からいうと「下流国民」が3割以上いるかもしれない。「中流国民」は半分いるのかな。そして「上流国民」。終身雇用で年収2000万円以上。さらに親からの遺産を期待できる。最上位は「貴族(本物と偽物がいる)」。

この中で、圭君に罵声を書き込むのは下流国民が中心だろう。ようするに「自分たちを置き去りにして上流に行くのか」という羨望感がある。男シンデレラということ。

眞子さまに眉を顰めるのは、貴族や上流の中の上流といった人たち。自分たちが落ちぶれるのを常に恐れている人たちで「貴族が平民になるなんてとんでもない」と思っているわけだ。

おそらく中流国民はどうでもいいと思っているはず。「やっと公務だらけの皇室から逃れられておめでとう」ということかもしれない。また、前例に倣って都庁職員や日本郵船社員を夫にしたら、まったく楽しくないような気がする。

さらに階級問題以前に天皇制に思想的に否定的な考え方の人も一割ぐらいいるだろうから、賛成者はよくて50%程度のはずで、これを上げるには国民の貧困化を阻止する政策が必要だが、とりあえず無理だ。

あと、皇室離脱時の一時金支給(1.5億円?)だが、ふつうに考えれば30年間皇室という仕事をしてきた退職金にあたるわけで、企業なら積立金を計上しておく性質のものだろう。会社なら部長か役員レベルで30年間働いた時の退職金はどれぐらいが妥当かということだろう。


それで小室文書についてだが、なぜ、法律論に近い視点で書いたのかというと、今後のことを考えたに違いないと思われる。結婚したあとも、上に書いた事情で、怨嗟から生じる様々な意図不明なバッシングが発生することが十分に考えられるため、「これからは名誉棄損でGoTo裁判所ですよ」と警告をしているわけだ。

それと、元婚約者が本人や弁護士ではなく週刊現代の記者を代弁者にしていることについて、いかにもその記者が怪しいという雰囲気を十分に醸し出している。思いたくはないが、代弁者となる対価が週刊誌へのネタ提供だとしたら・・・と読む側に思わせようと感じる。

本論とはズレるが、文書の中で圭くんの亡父と元婚約者はマンションの管理組合の役員だったとされるが、ということはマンションを買って住んでいたことになる。マンションは大倉山で、なかなか美しい外観で、人気エリアなので、元婚約者が売却していたとすると4000〜5000万円前後になったはず。一体、彼はどうして金がほしくなったのか。

さらに婚約する時には、経済的には「私が死んでも保険金が入る」ということを語っていたとされるが、ということは小室家のマンションを売却して現金化し、ローンの残っている自分のマンションだけにしようとしていたのかな、とも感じる。



ところで、最新情報では小室家側は「解決金」を出すつもり、という報道がなされている。それも一つの方法だが、解決金には条件が付くだろう。つまり「これにて一件落着」ということを確認するのが通常だ。それでなければ解決できていないからだ。ところが、そういう「一件落着」をしてしまうと、もう週刊現代の記者の仕事は終わりになる。かといって隣国との約束みたいなことになるのは困る。よって、解決金に至るのかどうかは不明だろう。

個人的には、披露宴の財源はクラウド・ファンディングで賄い、それでも足りなければ眞子さまが、「今こそ明らかになる皇室の重大秘密」というような講演会を開催すればいいのだと思う。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)市民A

2021年04月12日

蓼食う虫(谷崎潤一郎著 小説)

谷崎文学を少し追求してみようと思い立ち、『蓼食う虫』が三冊目だが、どうもセレクションが悪いらしく、本作も普通ではない夫婦間の状態が描かれる。本作が新聞小説として書かれた1928年から1929年の頃には存在しない便利な単語がある。「仮面夫婦」。著者自身が妻を友人の佐藤春夫にゆずった体験から書かれたらしいが、小説の大家が書くのだから実生活の事実はかなり違っているだろうと推測できる。

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夫と妻のうち妻は愛人ができて、夫は愛人こそいないが、ロシア系の売春婦のところに足しげく通っている。妻の父はひとかどの人物だが、隠居の身分で若い妾をかこっている。夫はこの義父の妾が気にいっているのだが、それぞれ気の弱い人物ばかりなので、離婚を言い出すきっかけを得られずに、ぐずぐずの状態が最初からほとんど最後の方まで続く。

半年の新聞連載小説であるので、最後には事態はほんの僅かに動き出すのだが、小説はその段階で終わってしまう。

不倫小説は、現代では小説の中で最も多いジャンルかもしれないが、基本的な構造が決まっている。第一部は、不倫の始まりと二人だけの楽しい世界が書かれる。第二部は不倫関係の発覚と修羅場ということになる。この段は単純不倫ではもの足りないので、W不倫とか時間軸をずらして、過去の愛人とか登場させたりする。第三部は結末である。だいたい、二人は元のさやに戻って、末永く幸せになりました、ということにはならない。読者が許してくれない。薬をもってホテルに泊まりに行くとか、東尋坊の崖の上に向かったりするのだが、それで完結したり、崖の上の刑事(演:船越英一郎)みたいなのが登場して情勢が変わったり。

そう思うと、『蓼食う虫』は小説としてはいかにも異例な感じがある。作者が本拠地を東京から関西に移した頃に書かれていて、転換点にある作品といわれているそうだ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)書評

2021年04月11日

横浜彫家具など

横浜市歴史博物館へ行ったのだが、常設展の方で新しいコーナーがあって。撮影していいのかよくわからないので写さなかったが、横浜彫の家具4点セットだ。サカタのタネの創業者である坂田英雄氏の妻が結婚に際して持参した家具だそうで、最近、子孫の方から横浜市に寄贈されたそうだ。

坂田英雄氏については、以前にとりまとめたことがあるので、自分のブログを振り返ると、大正15年(1926年)に取引先銀行の紹介で見合い結婚している。その時、英雄氏は39歳。妻の美代さんは17歳年下の22歳だった。なお、1982年に美代さんの方が先立ってしまい、翌1983年には自分が世界中から集めた美術品50点以上を横浜市に寄贈している。そして84年、96歳で永眠。実子に恵まれず、幕末の老中堀田正睦の子孫の方を養子にしているので、その何代か後の方が市に寄贈したのだろう。

みかけは、家具の表面が鎌倉彫になっているような感じだ。洋風家具に和の技巧を組み合わせた感じで、1890年から1930年頃にかけて、主に輸出家具として生産されたとされる。「横浜彫」「ヨコハマ・ファニチャー」「ハマモノ・ファニチャー」などと呼ばれていたようだ。

ところが、現代の横浜彫は、なんと刺青の名称になっているらしい。市内には刺青美術館もあるし、彫り師も陽の当たるところで営業している。結婚する前に、新妻に「持参するなら、横浜彫がいいな」とか言うと予測外のことになるかもしれない。


そして、常設展では、石器時代から縄文時代、弥生時代、古墳時代と横浜の歴史が遺物とともに紹介されているのだが、未解決の「大きな謎」が横浜の歴史にはある。

縄文時代の後期と弥生時代の初めの部分が空白になっているそうだ。弥生時代は紀元前3世紀から紀元後3世紀の頃だが、この最初の部分とその前の縄文時代の最後期の期間に横浜市エリアに人類が住んでいた痕跡がない、ようだ。おそらく500年間ぐらい無人の地だったと考えるべきなのだろうか。

歴史というのは人間には冷たい。横浜だけ500年間人が住めない場所だったと思われるが、その理由は教えてくれない。
  

2021年04月10日

名人戦始まる

名人戦第一局の二日目は新年度最初のこども将棋教室で、疲れ果ててしまい結局は翌日に棋譜を並べてみる。当日に入会という子が4人もいて、コロナ対策のアクリル板の手当とか大わらわだ。しかし新一年生の最初のお稽古が「将棋」とは、ずいぶん偉くなったものだ。

名人戦は、どうも双方の読みが食い違っているような感じで、良い手か悪い手かわからないような風変わりな手がずいぶん登場しているように思う。相手の思考パターンを解読した方がシリーズを制するだろう。


さて、3月27日出題作の解答。

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今週の問題。

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なんとなく未完成感がある問題。未完成品に手を入れたからだ。

判ったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判定します。

  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)しょうぎ

2021年04月09日

ロメオとジュリエット(1968年版 映画)

主演はレナード・ホワイティング(ロメオ)とオリヴィア・ハッセー(ジュリエット)。劇の中ではロメオが17、ジュリエットは14。役者の当時の実年齢は17と16。

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あらすじは有名なので書かないが、ベローナの町で対立する二つの名門の男女が愛し合ってしまい、親に内緒で教会で結婚してしまう。そして、まだ未成年なのにベッドの中でいたしてしまうわけだ。

ところが、二家の間で殺人事件が起こり、ロメオは町を追放される。そのあと色々あって、ジュリエットが死んだふりをするため強力な睡眠薬を飲むのだが、打ち合わせ不十分だったため、ロメオはジュリエットが本当に死んでしまったと勘違いして禁断の毒薬を飲む。眠りからさめたジュリエットはロメオが勘違いして死んでしまったことに気づいて、自分も命を絶ってしまう。

この偶然のロメオの勘違いのところが「運命のいたずら」のように描けるか、単に「ロメオの低能ぶり」に見えてしまうかが監督の腕にかかっている。

以前見たときは、感動したのだが、今回観たあと思ったのは、ロメオってすぐ冷静さを失って失敗するやつだ、というような感じが少し漂っていること。コロナに追われて、あわてふためく都知事や府知事のような感じがある。私的には「恋に落ちたシェークスピア」の方がいい。

よく言われているのがシェークスピア四大悲劇(リア王、ハムレット、オセロ、マクベス)になぜロメオとジュリエットが入っていないのかということ。実際には四大悲劇の方は、最後に一縷の小さな満足が与えられる。名誉挽回だったり、お金だったり・・。ところがロメオとジュリエットには悲劇しかない。救いようのない悲劇だ。

しかし、もしかしたら自分の読み方が違うのではないかと思い始めた。舞台の観客は英国人なのだ。イタリア人のやっている愚かな騒動を描いてコケにしたのかもしれない。その代表がロメオだ、とか。

先日『伊豆の踊り子』の映画化は山口百恵依頼作られていないことを知ったのだが、『ロメオとジュリエット』も1968年以来作られていない。理由はよくわからないが、14歳でいたしてしまうという原作がマズいということなのだろうか。

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ところで、まだ開封していないシェークスピア映画全集を持っている。10本入りの最初が『ロメオとジュリエット』で1936年版だ。10本の最後には『ロメオとジュリエット』を観ようと思っている。しかし、1本も観ていない。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)映画・演劇・Video

2021年04月08日

メルトダウンか・・

東芝に関して二つの動きがある。

一つは、最大規模かつ最大収益のキオクシアの売却問題。キオクシアは東芝が資金ショートしたときに半導体部門の子会社に出資を募り、やっとの思いで破綻回避したのだが、その結果、SKを中心とした投資グループが49.9%、東芝が40.2%、光学メーカーのHOYAが9.9%ということになり、日本勢は2社で50.1%となっている。東芝の40.2%の株のうち33.4%分は日本政府系が議決権を持っている。ようするに政府の金を借りたからだ。そして、上場時期がなぜか遅れたのだが、一部の報道では9.9%の株主のHOYAは上場後に市場で持株を売却するともいわれ、微妙なバランスが崩れることが予想されていた。(ガラス会社にバランサーを頼んだら耐えきれずにひびが入ったわけだ)

そこに米国系の大手半導体メーカー2社が争うように東芝の持ち分を買おうとしている。しかも上場された後はSKなども持株比率50%超えを狙って買い増すつもりかもしれない。

そして、次は東芝本体。英国の投資ファンドCVCが2兆円で東芝の買取を検討しているそうだ。東芝の現在のCEOはCVC日本法人のトップであったことがあるそうで、ある意味トロイの木馬に似ているのだが、成功したのは8
(レストランの)すかいらーく、(靴の修理の)ミスターミニッツ、資生堂のツバキブランドの分離独立ということだが、それぞれ有名ではあるが東芝とは100倍くらい違うだろう。巷間では東芝の価値はキオクシアの40%分だけともいわれ、上記買取価格の算定ではキオクシアの価値総額は3兆3千億円ともいわれ、その40%なら1兆3千億円。2兆円も用意したのは、なにか他の価値があるのか、あるいは別にスポンサーがいるのか。

1番目の話と2番目の話は違うようで同根の可能性はある。バイデン政権が対中包囲網を組み立てる中でネックの一つは半導体。自国の中で生産を増やすことと、中国向けに半導体を売らせないために恰好の標的のわけだ。英国系のファンドの方は、あまり戦略的ではなく単に売り抜けようとしているように見える。

実は東芝の創業者である田中久重は、幕末に登場する様々な有名人の中で、大塩平八郎の乱にも巻き込まれたことがある最長老の人物なのだが、英国とわずかに関係がある。一回調べたことはあるが、最新研究では新事実もあるようで、もう一度調べて書いてみたい。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)企業抗争

2021年04月07日

食パンの耳問題

昨年、『赤い月』(なかにし礼著)という本を読んだ。著者は超有名作詞家であり、また作家としても直木賞を受賞している(私が本を読んでから2ヶ月後に他界された)。『赤い月』は著者の実体験をもとに書かれた小説で、前の大戦終結時、まだ少年だった彼の家族は満州にいて、酒造工場を経営していたのだが、ソ満国境からなだれこんでくるソ連軍から逃れるため、あらゆる手を使い南へ南へと逃れるわけだ。ソ連よりもまだ中国の方がいいということだ。その逃避行は寒さやソ連兵だけではなく飢餓にも襲われていた。

ここで本題なのだが、少年の一家はとりあえず上流の方の身分だが、中小企業のオヤジといった規模だったのだが、満員列車での逃避行の途中で手に入った食パンを生存者たちが食べる場面があって、「(この飢餓状態の中では)パンの耳まで食べる人ばかりだった」という意味のことを書いている。要するに、「普段は捨てているパンの耳を食べるまで落ちぶれた」ということなのだ。

実は、この本のテーマ(戦争と平和)とはまったく違うのだが、「パンの耳問題」に驚いたわけだ。


最近、高級食パン店が増えてきて、おおむね800〜1000円だ。「銀座○○かわ」というように全国展開しているブランドもある(本店は銀座と言っても外れの方だし、銀座通りでもないが、本日は『銀座名称問題』ではないので省略)。

高級パンには、パンの食べ方や焼き方まで解説が入り、写真もついていたりするが、すべてパンの耳がついたままだ。また、今までトーストの耳を切り取ってから焼いた経験はほぼない。ほぼ、と書いたのは学生の時のバイト先の喫茶店では、トーストというのは食パンを薄切りではなくブロックで切って、切れ目をつけてバターを塗ってから焼くスタイルだったので耳は切り捨てていたが、それはメニュー上の問題で、その場合でも耳があった方が、手がべとべとにならずに食べられたはず。

ところが、ネットで検索すると、この『パンの耳論争』について、耳を食べない意見の方も一定数いることがわかってきた。ネット上の意見というのは、食べない派の代表的意見は「耳はまずい」という意見が多い。一方、耳を食べる派の代表的意見は「もったいない」という意見だ。

しかし、よく考えると、この対立する意見だが、同じことを言っているように思う。つまり食べる派の意見を書き直すと「耳はまずいが、もったいないから食べる」ということ。

そうなると、耳を捨てるか、食べるかは、上級国民か下級国民かということになってしまう。

事実、そうらしいが、米国では上級国民でもパンの耳は食べることが多いらしい。超富裕層は食パンを食べない。中国では耳を食べない人が多いようだ。サンドイッチは市販品には日本では耳がないが、海外では耳が付いていることが多いらしい(高級店では耳がない)。

ところで、上級の中でも上級、ご皇室の方々はパンの耳をどうされているのだろうか。あるいは食パンなどは食べないのだろうか。真子さまには「御成婚後は食パンの耳を食べるのでしょうか」と聞いてみたいな。食べるなら、いいのではないだろうか。平民になるための「踏み絵」?。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)あじ

2021年04月06日

『伊豆の踊子』(川端康成著 小説)

最近、読み落としていた日本の名作を読むことにしていて、いまさらながら『伊豆の踊子』を読む。多くの日本の出版社が川端康成短編集の中に『伊豆の踊子』を入れ、その他数編の短編と組み合わせているのだが、読んだのは岩波文庫版の『伊豆の踊子・温泉宿・他四篇』で、タイトルの2篇以外に、「十六歳の日記」「招魂祭一景」「青い海 黒い海」「春景色」。この選択は岩波ではなく作家自身が行っている。

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特に、「十六歳の日記」は幼児の時に父も母も妹も祖母も亡くなっていた川端少年に残されたたった一人の肉親が病魔に侵されて亡くなる最後の何週間かを日記様に原稿用紙に書いたものを11年後に発掘して発表したもの。16歳でこれだけ老人の人生を総括的に書く筆力には驚く。祖父が亡くなり、彼は天涯孤独の身になるのだが、その1年前に将来、小説家になることを固く心に誓っていたことが、ノーベル賞作家を作ったともいえる。

書の中で祖父の人生について、目標としていた様々な事業に失敗し、発表しようとしていた評論も完成していた薬剤も世に出すことができず、さぞ無念だろうというくだりがあるが、思えば、川端康成を作った最大の功績者はこの祖父なのだろうから、十分すぎるお手柄なのだろう。事実、無名のまま亡くなったとされる祖父をはじめ父も母も妹も川端研究者によってその生前の詳細が明らかにされている。先祖をたどると(鎌倉)北条氏三代執権泰時に行きつくそうだ。

『伊豆の踊子』のことはまだ全然書いていないのだが、とにかく小説が巧い。そして作家は伊豆をこよなく愛している。社会の底辺に近い旅芸人とエリート学生の淡い気持ちの交流は、後に、もっとディープな男女関係を描いた「雪国」につながっていく。「伊豆の踊子」の最後は客船が使われるのだが、「雪国」では壮大な火事となっていく。


岩波文庫には別に『川端康成随筆集』というのがある。氏は特に大勢の文士の葬儀で、葬儀委員長を務めたり、弔辞を読んだりしていて、それらも収録されているそうだ。葬儀委員長を務めたのが、堀辰雄、高見順、三島由紀夫。弔辞を読んだのは、横光利一、林芙美子、佐藤春夫、谷崎潤一郎。有名なのは林芙美子の時の弔辞だが、全部読みたくなった。

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2007年に偶然に大阪の川端康成生誕地の前を通った時の画像。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)書評

2021年04月05日

のぼうの城(2012年 映画)

戦国時代の最終盤。豊臣秀吉による小田原城大包囲作戦をもって、天下統一が為された。実際はそのあと、関ヶ原と大坂の陣という大戦争が行われたのだが、とりあえず天下統一の最後は小田原攻めといわれるが、細かくいうと、小田原城の支城である忍城は北条家に恩義を感じていた成田長親が石田三成の率いる20,000の兵に対し、侍500、農民2,500が立て籠り小田原開城まで戦い続けていた。つまり豊臣の治世が続いていたならば、戦国時代最後の戦いになるはずだった。

その成田長親をモデルとした和田竜の小説を短絡化して映画版『のぼうの城』。2012年の秋に公開されたが、実際には1年半前に公開予定だったのだが、石田三成の忍城水攻めのシーンが、津波を連想させるという理由で、1年半、公開が延期された。

成田長親を演じるのは野村萬斎。狂言師ではあるが、『陰陽師』で安倍晴明を演じたのが有名だ。その時は、スーパーパワーを演じたのだが、『のぼうの城』では、どちらかというと腑抜けを演じる。『のぼう』というのは『でくのぼう』の略で、世間からはバカ殿と言われていた。

助演女優は榮倉奈々で甲斐姫を演じる。成田長親とは遠縁の姫だが、こちらは実際には、スーパーパワーの持ち主で戦場では逃げる敵将を捕まえて殺害したりしている。映画の中では忍城の無血開城の交換条件の中で、秀吉の妾になることになっているが、実際には開城の後、成田家一同は会津に一万石を得、転封し、そこで上記の活躍をしたことが秀吉の耳に入り召し上げられたそうで、その後の彼女の運命については現在のところ明らかにされていない。研究は続けられているそうだ。

そして、この映画だが『娯楽映画』なのだろうか。あるいは『歴史ドラマ』なのだろうか。石田三成の無能ぶりが、よくできているように思った。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)映画・演劇・Video

2021年04月04日

「都市横浜の宝」展

横浜都市発展記念館で3月28日まで開催された館蔵コレクション展『都市横浜の宝』展。『宝』という言葉でイメージするのは埋蔵された徳川御用金だろうが、残念ながら横浜は、単なる漁村だった。井伊直弼率いる幕府の命で漁民は追い払われて、急遽、米国人上陸の地となる。

それ以前に歴史はない。

再び米国人が偉そうに上陸したのは、日本が敗戦決定したすぐ後。マッカーサー元帥が厚木に着陸し、自動車で横浜のホテルニューグランドにやってきて、さらにホテルの前にある横浜税関を日本国運営の最高司令部とした。

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要するに横浜の歴史を簡単に言うと、「開国」→発展→「震災」→復興→「敗戦」→発展という構図のわけだ。多くは米国を中心とした外国の影響がある。

特に、現在の横浜の出発点となった1945年の終戦だが、数万人の米国人の街になったために、「そこにいけば、何とかなる」ということで、戦後の失業者、浮浪者が横浜に集まったそうだ。

その中でも、孤児となった少年や少女が全国から集まり、野毛の闇市などに浮浪生活をしていたそうで、それらを救っていたのが民間の社会事業団体で、一つが日本厚生団。戦後すぐにはテント張りの居住空間を用意し、翌年には戦争孤児の保護施設「ボーイズホーム」を建設して、社会復帰を支えたそうだ。

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展示品としては、靴磨き台が出展されている。もちろん靴磨きを頼んだのは米軍関係者なのだろう。

またキリスト教系の団体である福光会こどもの園、聖母愛児園(ファチマの聖母少年の町)関連の写真類も展示されていた。


なお、「日本厚生団」は、その後、病院となり、現在は横浜市緑区に総合病院、関連企業が老人ホームを運営している。冗談を書くつもりではないが、こどもの時にお世話になり、老人になってまたお世話になる方もいるかもしれない。

また、「福光会こどもの園」は、日本厚生団から分離独立し児童養護施設を運営し、現在は茅ヶ崎市に移転し約40名の児童が生活している。

「聖母愛児園(ファチマの聖母少年の町)」は、戦後すぐの時代とは変貌している。戦後すぐの時代は、米国人兵士を遺伝的父としながらも日本に置き去りとされた幼児を日本人の母親から預かっていた。その後、毎年200人以上の放棄された幼児を保護養育する施設となる。現在は児童養護施設として横浜山手で100人近い児童の養護にあたっている。

いつの時代も、事情は違えど、こどもが犠牲になる。
  

2021年04月03日

減少に転じる

4月になって、新年度ということで担当している将棋教室も新規募集ということなのだが、昨年の9月にコロナ休業から明けて再開し、徐々に増加し従来人数に近くなり、横浜市以外での教室も始まる予定なのだが、実は希望者が減少に転じた。

理由はよくわからないが、子供も罹りやすくなるという変異型の出現というのが一つの原因だが、もしかしたら藤井二冠の高校中退というのも影響しているのかなと思ってしまう。

要するに、将棋に打ち込むと学校に行けなくて退学になる、という事実をこどもたちの親が見てしまったということではないだろうか。

・・・やはり、危険な職業だ・・・とか。

もっとも、出席日数が足りないというのが退学の理由らしく、『出席していれば、馬鹿でも卒業でき、出席しなければ勉強ができても卒業できない』という、いかにも国立の学校(公務員)らしい事なかれ主義の犠牲になったようだ。彼と誕生日が数日しか違わないもう一人の天才、紀平梨花さんは、学校にいかなくていいN高校のリモート卒業式に出席したそうだ。選択はいろいろ。

見方を変えれば、二冠は高校生になった時に既に棋士だったわけで、社会人が夜間ではなく昼間の学校に入学して、卒業までしようとして仕事が忙しくなり、学校に行けなくなったので、やめるということと考えれば納得できるだろうか。

しかし、高校までの知識というのは、社会に出ると見事に役に立たないわけだ。


さて、3月20日出題作の解答。

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今週の問題。

変同があり、修正しました。

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あまりひねった手はない。

わかったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ、正誤判定します。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)しょうぎ

2021年04月02日

黄金狂時代(1942年版 映画)

チャップリンの『黄金狂時代』。吹雪で閉ざされたアラスカの山小屋で、靴を食べるシーンが有名だ。オリジナルは1925年にサイレント映画として発表され、1942年にチャップリン自身がサウンドをつけて、文字で表現していたところに声を入れた。雰囲気はサイレント版をそのまま残している。

舞台はアラスカ。アラスカに金鉱が見つかり、アラスカ版ゴールドラッシュが起きた。しかし、アラスカは寒い。ほとんど冬だ。吹雪の中、一発にかけた命がけの旅が始まるのだが、どうしてもうまくいかず、殺人鬼と金鉱を見つけたばかりの巨漢と体格も財布も貧相なチャップリンの三人がボロ小屋で吹雪をしのぐことになる。

そのあと、様々な偶然が無数に重なり、億万の富と美女を手に入れ、本土に向かう客船に乗るわけだ。1925年の米国人にとっては、理想的な成功者ということになるのだろう。すべては根性と幸運の賜物。

チャップリンは、こういう成功を肯定的にとらえてハッピーエンドを組み立てたのだろうか。あるいは、何もかもうまくいって成功することのあほらしさを描いたのだろうか。単に現代に生きる人間から見た思い過ぎなのだろうか。ジェームズディーンの「ジャイアンツ」も成功者映画だが、少し渋い。

現代の監督が手掛けると、エンディングにはパーティで盛り上がる豪華客船に静かに忍び寄る巨大な氷河を配置するかもしれない。船が沈むまでやってしまうと、別の映画のマネになる。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)映画・演劇・Video

2021年04月01日

別の生物か?

厚労省の23人の送別会問題。おおむね評判は、『驚き』『怒り』『呆れ』ということになるだろう。最初は『驚き』だろうか。公明党の山口代表は「わが耳を疑う」といっている。次に『怒り』になったのが世耕文科大臣「怒りを覚える」。『呆れ』方向が加藤官房長官「なにやっているのか」。江戸時代なら全員切腹だろう。そういえば47士(実行犯は46人)のちょうど半分の人数だ。

ところで、シチュエーションがいまだによくわからない。関係者の証言が一致していない。これも日本現代史の1ページに書き残すべきイベントなのだから、店名や詳細を明らかにした方がいい。銀座の居酒屋となっているが、どうも黒豚のしゃぶしゃぶが名物の店という情報がある。送別会でも鍋料理という話なので、符号する。仮に黒豚のしゃぶしゃぶとすると産地が問題で、埼玉産の黒豚ならコースで5000円ぐらいだが、鹿児島産だと15,000円ぐらいになる。(黒豚の話を進めるのは方向違いだが、鹿児島の黒豚の場合、最も美味しい食べ方はトンカツであると書き残しておきたい)

そこからが厚労省と居酒屋側の主張が違うところだ。

厚労省側の言い分は、緊急事態宣言中に予約をしていて、その時は23時まで営業ということで予約した、当日は7時から始めたが仕事で遅れて最後の参加者は21時過ぎだった。23時に帰ろうとしたが何人かがまだ店内に残った。

一方、居酒屋側の言い分では、21時で終わりにしようとしたが、まだ来ていない人もいたし、鍋料理だったので、ずるずると伸びてしまった、というような話だ。

そもそも一軒で4時間も宴会をするなんて、どういう了見なのだろうと思うし、21時終了の確認はどうやったのだろうとの疑問も感じる。出席者は課員総勢の2/3で1/3は欠席ということだが、宴会の費用の一部は課内で毎月積み立てている資金ということで、欠席した人は損をしたのだろう(実際は出席者が大損したわけだが)。


で、大局的な話に戻るが、「公務員」というのは別の生物なのだろう。おそらく「日本国の支配者グループ」とでも思っているのだろう。さらに都合がいいのは「官僚は選挙の洗礼を受けない」こと。政治家は落選すると失業者になるので、結局はまた別の生物になるのだが、「品性の低い生物群」のわけだ。たとえば平民たちの学校の同窓会があると、「政治家」はいつも出席して大騒ぎするが、「公務員」は来ない。

高校や大学が比較的有名校だったので、同級生や前後何年かには「公務員」も多くいて、学生の時は優秀な成績だったにもかかわらず、数十年後に会うと、どうしてこう大脳が劣化するのだろうと思うことが多い。ようするにキャリア官僚は自分では考えない人が多い。流れのなるべく中央にいて失敗しないようにしていることが多い。意見を求められると意味不明なことをしゃべる。


たいていの国なら、このあたりで革命やクーデターが起きるのだろうが、よく考えると、まもなく総選挙である。武装蜂起のために鎖鎌や毒矢を用意するのは、まだ早い。

念のため、メモするが、現在の自民党は中小企業対策と称してGoToとか補助金とか展開しようとしたが、自民党が守ろうとしているのは、漠然とした中小企業ではなく、中小企業社長なのである。そこが献金の蛇口であり、支持者なのだ。中小企業社員を守ろうとしているわけではないわけだ。もちろん大企業に対しても同様だ。

そういえば自民党の幹事長が「衆院解散」と野党を脅そうと発言したが、「解散権」を持っているのは政党の幹事長ではなく、内閣総理大臣だけであるのだが、自分が総理大臣のつもりなのだろうか。そもそも憲法を読んだことがないのかもしれない。  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)市民A

2021年03月31日

『刺青・秘密』(谷崎潤一郎著 小説)

谷崎潤一郎の初期作品集。『刺青』『少年』『幇間』『秘密』『異端者の悲しみ』『二人の稚児』『母を恋うる記』の短編7作。明治43年から大正8年まで、発表順に読んでいくことになる。

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まず、耽美的、性的倒錯、被虐的、王朝的・・そういった要素が次々に書き込まれていく。中でも『刺青』は老いた彫師が、街で見つけた美女に麻酔薬をかがせて意識が亡くなった状態で、背中に蜘蛛の図を入れてしまうという背徳的犯罪小説。『少年』は友人の住む洋館にいった少年が、いつの間に友人の姉の背徳的なSM趣味の餌食にされてしまう。『秘密』は主人公の男が、未亡人との秘密の密会に励むのだが、いつも車の中で目隠しをされて密会場所に運ばれるわけで、まさに江戸川乱歩の世界。

『異端者の悲しみ』は谷崎の若いころの自伝的作品と言われ、品性のない最低男が登場する。没落した休暇に育ち、親戚に学費を出してもらって大学にいくが、やる気もなく友人から金を借りまくって返さない。借りた相手が病死すると、ほっと胸をなでおろすという悪辣ぶりで、肺病で余命僅かな妹に罵声を浴びせたり、親とけんかをしたり。最後はさらに借金を重ね女郎屋通いを続け、数年後に小説家として大当たりする。

もっとも品性のない大学生を主人公としたのは谷崎だけではなく川端康成も同類だが、同じようなテーマでも川端康成が書くとノーベル賞とは・・

内容はともかく、谷崎潤一郎は小説がうまい。芥川龍之介のような知性的な巧みさではなく、芳醇であり熟成と腐敗が交じり合った香りが漂うのだ。果たして、谷崎文学をついばんでいるうちに大著『細雪』にたどり着けるかどうか。自信なし。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)書評

2021年03月30日

パーク・ライフ(吉田修一著 2002年 小説)

第127回芥川賞を受賞した『パ―ク・ライフ』と『flowrers』の二作を含んだ文庫本を読む。吉田修一氏のその後の小説のようなドラマ性はほとんどない作品なので、少し退屈で、自分の読みが浅いのではないかと思ったが他の方の感想も同じようなことが多い。

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少し思ったのは、『内向の世代』の作家に似ているかなということ。というか当時の芥川賞の選考委員の中にも少なからずその世代の作家が含まれている。小説を個人の内面でとらえるのか、とりまく時代や社会からとらえるのかという古くて新しい問題だ。

この二作について、少なくとも作家は読者を喜ばせようというような意図は皆無に思える。といっても後には事件性のある小説を手掛けることになるわけだ。

なお、パーク・ライフというのは日比谷公園のこと。公園の近くの会社にいたこともあるのだが、西新橋と日比谷の間を移動するときにはタクシーではおおげさだし地下鉄は不便ということもあり、よく公園内を通り抜けしていたのだが、この小説にあるように公園のベンチに30分も座っているような人、いたのかなと思うが、いたのだろうね。松本楼でカレーを食べる話になって、思わず懐かしくなる。

少し前に亡くなった米国の作家、アップダイクのようなスタイルを目指していたのかもしれない。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)書評

2021年03月29日

スエズ運河を独り占め

3月23日にスエズ運河で座礁した『エバーギブン』はいまだ離礁できず、船長400メートルの船体が運河の両岸に船首と船尾を乗せたままになっている。

現場の写真から想像するに岩礁ではなく、砂とか土という感じなので、とりあえず浸水にはなっていない。座礁と言わず座洲ということが多い。が、本来、船の重さは水の浮力で受け止めるものなので、現在の状況は20万トンを船首と船尾の船底で支えているわけで、徐々に船底がゆがんだり、船の中間部分から折れたりしかねない。

また小型のブルで砂を掘っているようだが、うまくやらないと船がこけて横倒しの大惨事になるかもしれない。まずいことに荷物を降ろすにしても、そもそもコンテナヤードには特殊な積み下ろしの設備があるが、砂漠には何もないし、地面が平らでないと重ねておくのは危険だ。水深数千メートルの太平洋の中央だったら、荷物は海に投棄することを考えるだろうが運河に沈めたらそれをまた引き揚げなければならない。

船の渋滞だが、そもそもスエズ運河は鉄道の単線と同じように、往復すれ違いではなく、主に中間にある湖を待機場所に使い上りと下りを交互に運航している。このため、約300隻が、運河の南(紅海)と中間の湖と北(地中海)に分かれて存在している。運河の中にいた船は自力またはタグボートで、その三か所に移動しているようなのだが、南側は海賊がたくさんいる場所で、これも困るだろう。

それで、原因とか被害額とか責任とかの話だが、今までにニュースに登場していない人たちもいるので整理する。

積み荷の所有者・・要するに荷主。コンテナ船の場合、コンテナの中身の所有者はたくさんいるはず。中国の港に荷物を持っていき、まずオランダの港まで行き、それぞれのコンテナはまた別の場所に運ばれる。無数の荷主をたばねるのが、カーゴブローカーで、荷主と運航会社の間にいるが、所有権には関係ない。

運航会社・・台湾の長栄海運。通称はエバーグリーン。世界屈指の運航会社だ。輸送に関する一時的な責任はこの会社にあるといえる(というか、当面の被害は荷物の所有者で、その運送契約は基本的にはエバーグリーンと結んでいるはず)。

船体所有会社・・いわゆる船主。今回の場合は正栄汽船。四国の地方銀行などから巨額な借金をして船体を建造し、船員の配乗や船の設備管理の全部または一部を船舶管理会社に委託する。船員を乗せた船を、定額(一か月あたり何億何千万円といった額)で運航会社に貸し出す。モーリシャスで座礁した船は、船主が多くの所有船の中で1隻だけ自社運航していたと言われる。基本的に船員は外国人で、労働条件の管理とか無理なので、船舶管理会社に丸投げすることが多い。今回の船舶管理会社は、Bernhard Shoulte Shipmanagement社というらしい。なお、通常、船ごとにパナマ法人の会社をつくり便宜置籍船とする。基本的には、営業利益を出すと法人税を払う必要があるため、次々に船を作って、償却費で利益を消す手法が使われる。

船舶管理会社・・船舶管理会社といっても、「独立系」「運航会社系」「船主系」とさまざまだが、大手の運航会社がイエスと言わないような会社は排除されるはず。今回の管理会社については情報がない。

水先案内人・・スエズ運河や日本の瀬戸内海、東京湾などは、現地の水先案内人が乗船する。スエズの場合は大勢で乗り込むようだ。問題は、技能が劣る水先案内人もいて、下手な操船をして事故があっても、船長の責任になる。大問題のルールだが何ともならない。


不可抗力宣言・・間違いなく船長は、事態のどこかで悪天候による不可抗力宣言をしているはず。わたしたちの責任ではないということ。


砂嵐による大風で流されたと説明されているが、確かにコンテナ船は横風に弱そうだが、船には前後に進む船尾のスクリュー(プロペラ)と舵(かじ)の他にバウスラスターといって胴体の左右を貫通するパイプ状のトンネルがあり、左右に小さいプロペラがついていて、これを使うことによって船の向きを左右に調整できる。想像なのだが、現地の水先案内人が、これをつかわず舵だけで方向を変えようとして手に負えなくなったのではないだろうか。

ポイントは、予期できない不可抗力として、免責という可能性。一義的には船主責任となって、それは船舶管理会社の責任として争わる可能性。また、損害の算定方法は国によって大きく異なる。実害方式か遺失利益方式かによって大きく異なる。

また、この船の事故による間接的影響で、足止めされた300隻も明らかに被害があるが、この被害額算定方法も諸説あるだろう。世界の多くの海事専門弁護士が、仕事が増えて大喜びしているだろうと推定できる。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)災害

2021年03月28日

『レンズ越しの被災地、横浜展』で発見した奇跡

今回の写真店だが、きっかけは2018年に鎌倉で発見された28枚のガラス乾板からだ。発見したのは1952年に83歳で亡くなった西野芳之助の孫である。西野氏が経営していた西野写真館の跡地から発見されたものだ。場所は鶴ヶ岡八幡宮の前だ。西野氏は鎌倉に移る前(大正年間)は生家のある横浜市日の出町で写真館を開いていたそうだ。

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この乾板から現像した写真は関東大震災によって壊滅した横浜の街を写したものだった。それらが、今回の展覧会(〜4月18日)の作品である。

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横浜開港資料館による分析によれば、撮影時期は地震発生後8日目から3週間にわたったものということ。尾上町の建物は、地震にして崩壊したあと、さらにその後に火災に包まれたということ。すでに3階建て4階建てのビルが並んでいたそうで、逃げられなかった人も多いだろう。

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横浜市役所は当時、新築間もなかったようだが半壊状態になり、陸軍が爆破解体した。

もっとも知りたかったのは横浜公園のことだが、実は全く意外だった。過去に何人かの伝記を読んで、横浜で九死に一生を得て自分的にリアレンジして書き直した人物が二人いた。一人は坂田武雄氏。「サカタのタネ」の創始者だ。「坂田農園」を経て、被災したのは「坂田商会」の頃。海外向けのビジネスがはじまった頃だ。一瞬にして会社は、文字通り崩れ去ったのだが、瓦礫の中から立ち直った。

もう一人は、カール・ユーハイム氏。バウムクーヘンを日本で初めて焼いたドイツ人。第一次大戦の時に、ドイツ領だった青島にいて、捕虜となり(ドイツは民間人も予備兵としていた)、日本に捕囚されている間に戦争終結したが、帰る場所もなく日本に住み、銀座の洋食レストランで修業し、横浜でドイツ料理店をオープンしてすぐに被災。たまたま、外出から戻る途中で被災。大混乱の中、横浜公園で幼い長男とはぐれてしまい。半ばあきらめた状態で神戸に救援船で脱出。その後、長男は別のドイツ人が神戸に連れていく。

それらの原本の中では、横浜公園は多くの人が集まり大混乱という記述になっていて、さらにこの公園は第二次大戦中の横浜大空襲でも多くの人が逃げ込み、池に潜って火災から身を守ったという証言があり、関東大地震の時も同じだったとも言われていた。つまり池に潜ったということだが、どうもよくわからないわけだ。

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しかし、今回の写真を見ると、百聞は一見に如かずということで、横浜公園が水であふれている様子が写されていた。説明として、周囲の火災が公園を取り巻いたが、地震によって水道管が破砕して公園中が水につかり奇跡的に人命が救われたとなっている。池に飛び込んだのでもなければ、火の手に追われなかったわけでもないわけだ。偶然に救われたわけだ。

現在、横浜公園内には、東京五輪の野球・ソフトの会場となる横浜球場がある。何かが起きても、現在の池は、浅く、小さい。絶対に飛び込めない。
  

2021年03月27日

「神の手」の周辺

竜王戦2組、藤井×松尾戦で「神の手」が出たということについて。

最初のポイントは本当に「神の手」なのかということ。実は、「神の手」の直後からAbemaを見たので、放送の中で4一銀のことを知ったのだが、その場面に戻してくれないので、よくわからなかった。翌日、「神の手」報道があって、図面にたどり着く。

ということで、読みの流れの中で鑑賞したのでなく、「次の一手」みたいな見方になっていた。そうすると、問題場面は、タダの飛車を取らずに銀捨を選んだのは、当然のようにも見える。なぜならタダの飛車を取ると、ほぼ自動的に3手進んで形勢は悪化するからだ。それにタダの飛車を取らないのではなく、取る前に一技かける(銀と1手を交換)だけであり、飛車は取れるわけだ。何しろ最終盤で、駒の損得は二の次の局面だ。

もう一つ、気になったのは、翌日の報道では「神の手」と○○棋士や△△棋士が言っている、という報道ばかりで、どの局面で銀を打ったのか明らかにされないわけで、これではまったくおかしいわけだ。この問題の裏側には、棋譜の権利、棋譜解説の著作権という裏腹の問題が関係しているわけで、早い段階で裁判所に持ち込んでおかないと、例えば損害賠償の問題とか権利を主張する両サイドの人たちの間で賠償金額がどんどん膨れ上がるはずだ。

話が簡単なのは著作権の方。棋譜というのは「絶対的な事実」である。棋士が指した将棋を復元できるわけだが、これは観戦記者の腕前にはまったく関係なく過去の事実そのもので解釈の余地はない。非公開ならともかくAbemaの無料放送で公開されるのだから秘密性もない。一方で、「○○棋士が『これは神の手だ』と解説した」という部分には知的財産権が発生している。だから棋譜あるいは図面を載せずに、解説や感想を引用するのは、逆に危ないということだろう。

新聞社なら、何週間も寝かせずに、ただちに棋譜と重要ポイントの解説を書けばいい。詳細は後日掲載としておけばいい。そもそも棋士の棋譜は、そのほとんどが公開の場もなく埋もれているわけで、解説部分には権利を認めて棋譜部分は大公開すべきと思う。(ところで本局は予選だし、解説記事が書かれるのだろうか?)


さて、3月27日出題作の解答。

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今週の問題。

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少し構造が複雑。(もし、再掲だったらゴメン)

わかったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判定します。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)しょうぎ

2021年03月26日

江川せせらぎ緑道で花見をするのは

江川せせらぎ緑道は、元々は農業用水路だった。一方、人口急増により人口60万人分の下水を処理しようとして作られたのが、都筑水再生センター。名前を下水処理場から張り替えたわけだ。その高度再生水を鶴見川に放流するためにこの農業用水路にせせらぎ緑道と名前がついて1977年に放流が始まった。44年前ということになる。小川の両岸にはソメイヨシノが植えられ、お花見の名所ではあるが、目黒川のような立派な川ではない。幅は2メートル強程度なのでジャンプして軽く渡れそうで、たぶん失敗する距離だ。

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本年は人もまばらなのだが、思はぬ珍客も花見に来ている。

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シロサギだ。

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もちろん花なんか見てなく、川の中の小魚を狙っているのだが、どうも旨そうなのはいないようだ。人間が近づくとさすがに危険を感じるのか羽を広げて飛び立ったと思ったら頭上の桜の枝の高いところに移動した。

サギはよく水田でみかけるので、周囲に樹木がないので知らなかったのだが枝に掴まることも難なくできるのだった。後ろにヒヨドリもいるが、ヒヨドリも川魚を狙っているのかな。

もちろん近くに鶴見川の本流もあるので、なぜエサの乏しいこの場所にいるのかもよくわからない。最近、横浜の異臭とか妙なことが多いのだが天変地異に関係あるのだろうか。

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ソメイヨシノの話に戻るが、元々日本で桜が市民権を得たのは、貞観16年のこと。そう貞観(じょうがん)の時代には、日本は大災害に襲われている。富士山はじめ鳥海山、阿蘇山爆発、鳥海、開聞岳の爆発に加え、三陸沖の巨大地震や南海トラフが動いた仁和地震など。

それらに比べれば、小さな事件だが貞観16年に京都を台風が襲う。そして公式の樹木が倒れてしまう。それが左近の梅。実は奈良から京都に都が移った時に桓武天皇は宮中から見て右側に橘(みかん)を植え、左側に梅を植えたのだ。なぜ桜でなく梅だったかというと理由は不明だが、私見では、桜は吉野の山桜が有名だったのだが、そもそも平安遷都の最大の理由は、仏教者が政治に口を出すことに対する警戒感だったと言われ、その仏教者たちが住まいとしていたのは吉野だった。

それで、貞観時代には、もうそういう事情もなかったということで日本古来の山桜に植え替えたと言われる。

そして、江戸時代最末期に登場したのがソメイヨシノ。エドヒガンとオオシマサクラの掛け合わせで作られ、全国のソメイヨシノのDNA情報はすべて1本の木に集約するそうだ。つまりクローンということ。さらに寿命が良く判っていない。親の一人のエドヒガンは超長寿(2000年とか)にもかかわらず、60〜100年ということだろうか。クローンの寿命は短いとは言われるが。

日本で桜が街路樹をはじめ多くの場所に植えられているが、そのブームから60年が経っている。最近は違う種類の桜を植えているそうだ。つまり、桜が一斉に咲くという当たり前のことも、実は当たり前ではなくなるということだ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)おさんぽ

2021年03月25日

さびしんぼう(1985年 映画)

昨年の4月に亡くなった故大林宣彦の『さびしんぼう』。尾道で育った監督の尾道三部作の一つで、なにか謎めいたエンディングが今も解釈が分かれる。

主人公の16歳の少年は大寺院の跡取り息子。カメラが趣味で、いつしか望遠レンで眼下の女子高を見ることになり、毎日放課後に音楽室でピアノを弾く少女に好意を持つようになる。

母親は教育ママだが住職の息子なのになぜかピアノの練習をさせ、ショパンを弾かせるわけだ。そこに現れたのは母親の16歳の時のクローン人間。幽霊なら誰か一人にしか見えないが、クローンなので、誰にも見えてしまう。そのため騒動が多発。

そんな日々に突然の幸運が起きて、寺の息子と学校ピアニストが運命的なリアルな出会いをする。そして、型通りのプレゼント交換があり、女性側からの意味のよくわからない別れを告げられ、二人の短い恋は終わりとなった、かと思うと延長戦があって何年かが経った未来の寺院のシーンとなり、エンディングのシーンは元少年と思しき住職と、少女の面影の残る妻と、離れた場所でピアノを弾く娘が映され、ハッピーエンドで終わったと、おおくの人が胸をなでおろすのだが、どうもこの妻は少女とは別人ではないかという説もあり、困ったことに監督も後にそういうことを言い出す。

富田靖子が一人何役もやるから、さらに混乱する原因なのだが、監督が無理筋を言い出したのは本作よりかなり後のことなので、別の映画(はるか、ノスタルジイ)との関連からではないだろうか。

故大林監督は、尾道三部作の他に新尾道三部作というのも撮っていて、こだわるならまだまだ見続けなければならないが、実は、仕事で何度も尾道に行っている。海運会社にいたころに国内で使って古くなった船舶を主にアジア諸国の会社で中古で使うために、売却地として尾道の岸壁が使われる。理由はあるのだがマズいので書かない。海外からのバイヤーは往々にして時間があいまいで、来るまでに何日も待つことがあり、そういう時に尾道の坂道を上ると、この映画のシーンと同じような光景が見られる。もっとも、運命的な出会いなどまったくおこらない。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)映画・演劇・Video

2021年03月24日

杉山神社はなぜ集中しているのか


自宅近隣に杉山神社という神社があるのだが、知人の家のそばにも別の知人の近くにも杉山神社があるという話がある。歳のせいで知人たちがボケたのだろうと勝手に思っていた。知人たちの方も同じように思っていたのかもしれない。

ところが、どうも全部正解で、杉山神社はたくさんあることがわかった。それも全国ではなく、この近くにだ。具体的には、現存する杉山神社は全国で44社であり、そのうち横浜市に35、川崎市に3、あとは町田市と稲城市。つまり、武蔵国の西側で多摩川より西側。横浜市の西部から先は相模国なので、かなり狭い範囲に集中している。

古史上は前の大地震のあった貞観時代には大きな勢力があったと推測されるが、その詳細はわかっていない。さらに、これでも多くの支社が合祀を続けて、今の数になったというのだから、あまり例がないだろうか。

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ということで、近隣の一つ茅ヶ崎中央の杉山神社に参拝する。実は、この「茅ヶ崎」という地名も湘南海岸の「茅ヶ崎」という地名との関係もあるようで不明だ。この横浜の茅ヶ崎と湘南の茅ヶ崎は、実は古代からの道である「中原街道」でつながっている。

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杉山神社の入口には『村社 杉山神社』と石碑がある。村に一つではなくいくつかの杉山神社もあるし、近くには同様に歴史のある「剣神社」というのもある。

境内の桜は、すでに「色は匂へど散りぬるを」の状態。由緒についてはこれ以上は手掛かりなし。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)おさんぽ

2021年03月23日

恋の都(三島由紀夫著 小説)

1953年、日本が独立国に戻った直後の東京が舞台だ。主人公の朝比奈まゆみは8年前の終戦のすぐ前に丸山五郎という青年と愛し合っていた。五郎は右翼の塾生として活動していて、終戦とともに自決して戸籍からも除籍されていた。まゆみは亡くなった五郎の国粋主義的な思想を心の中で引き継ぐ一方で、表向きの仕事は得意の英語を活用してジャズバンドのマネージャーとして活躍していた。

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そして、本小説は、このジャズバンドのマネージャーとして、東京を自由に闊歩する米国人と渡り合って生きていく力強い彼女の日々が、延々と書き綴られるわけだ。

そして文庫本で全306ページの240ページ目、つまり80%が終わった時に、大転回する。

つまり死んだと思っていた丸山五郎は終戦の少し前に上海に渡っていて、現地の特務機関で働いていた。捕虜になり、その後、あれこれあって国粋主義が馬鹿らしくなり、「フランク・近藤」という米国人になり、米国の諜報機関員として香港で働いていたわけだ。

そして香港からニューヨークへ勤務地が変わり、途中、日本で、まゆみを探し出し、一緒にアメリカで生活したいと、無理な提案を言い出したわけだ。

実際、三島文学は新潮文庫で多くを読んでいたため、耽美的でありギリシア彫刻のような構造的な作品が多く、このような都市の裏側の風俗小説はそれほど読んでいなかった。個人的意見だが、本書では後に著者の中核的心象となっていく国粋主義や自決といったテーマが否定的に語られている(まゆみも最後は心の中の大東亜戦争に終戦宣言し、大きなスーツケースを購入することになる(おおた比喩))。

少しわからないのは、上に書いた小説の長さのこと。バランスがおかしい。本当に書きたいのは、前半(80%)のだらしない東京の姿だったのか、後半(20%)の終戦を機にした日本人の心の変化だったのか。後半部分の比率を増やすべきだったのではないだろうか。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)書評

2021年03月22日

「女性蔑視」より大問題な「ブタ発言」

東京五輪の開会式を、女性を豚に見立て、OLYM‐PIGとしゃれたショータイムにしようという企てが阻まれた。

日本国内では、「女性蔑視」という観点のみで大騒ぎになったが、実は、もっともっと大変な事態を招くことに至ることが忘れられていることだ。

オリンピックの開会式のイベントというのは、通常は「極秘」で計画され、世界に生中継され、これから始まる感動と興奮の祭典を盛り上げるわけだ。

その冒頭で、世界に向け、東京オリンピッグ(OLYM‐PIG)と、豚の競技会が始まることを宣言する予定だったわけだ。

おそらく競技開始まで1週間、もめ続けて、この呪われた大会の新たな1ページが追加されたはずだ。あるいは最終ページ。

もっとも豚の立場でいうと、ある宗教からは「不浄な(きたない)動物だから食べてはいけない」と名誉を傷つけられているので、名誉挽回ということだが、一方、世界中のアスリートからの抗議の波が地球を何周も回り続けていたかもしれない。ようするにスポーツに敬意を持たない人が開会式を企画したことが露見するわけだ。


それと、五輪開会式の重要さというのは、すべての参加国に基本的には平等に参加権が与えられること。特定の五ヵ国に優先権がある国連よりもずっと民主的だ。国家の名前さえ世界に知られていない国にとっては、きわめて重要な場なのだ。


しかし、五輪公式映画を託された河鹹照監督。通常は、脚本あるいは何らかの方針を持って撮影を進めるわけだが、こんなにブレーキをかける事態や人々が次々に登場して、もうリアルなハプニング映画になってしまうだろう。第一部、第二部、第三部と計10時間サイズか・・

第一部はブエノスアイレスの歓喜からかな。歓喜の後に失望と悲劇の連続。さいごに小さな喜劇(のはず)。シェイクスピア的ではあるのだが。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)スポーツ

2021年03月21日

澤井玲衣子展

4月25日まで横浜市民ギャラリーあざみ野にある「フェローアートギャラリー」で開催中の『澤井玲衣子』展へ行く。

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コンテと墨で線と面を作っていく画風は、一風変わっている。自分自身の入った写真を見ながら、そのイメージを気持ちに乗せて、リズムを刻みながら描いていくそうだ。鍵盤が見えるのはピアノを弾く自分自身を描いた『ピアニスト』。ピアノには直線的な部分と曲線的な部分があるが、彼女はすべて曲線を使う。

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こどものころからピアノを弾いていて、20歳頃から画作を始めたそうだ。音楽のリズムを絵画にすることが多いそうだ。

展示右側はピアノだが、左側は自転車。『自転車に乗って』も自転車の楽しさが伝わってくる。

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一般的な絵画の枠にとらわれず、自分の気持ちを画材を使って表現するという原点回帰型というのだろうか。澤井さんは、奈良県にある「たんぽぽの家アートセンターHANA」に所属されている。
  

2021年03月20日

将棋ペン俱楽部最新号

将棋ペンクラブの21年春号が届いた。内容の詳細は、同人誌なので同人外秘らしいので具体的には書かないが、ある棋士のインタビュー記事が、読む人が読むと「こういうことを言っていいのかな」という感じがある。江戸時代の棋士は弱いとか棋士は新聞を読まないししたがって観戦記者とは疎遠になりつつある、というような新聞不要論につながる意見とか。会長が読んだらお小言をいわれそうな気もする。

藤井二冠の方が大人のような気がする。


さて、3月6日出題作の解答。

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0320kk


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5手目の▲1七金が心細い手になっている。


今週の問題。

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わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ、正誤判定します。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)しょうぎ

2021年03月19日

平家物語(石母田正著 評論)

『平家物語』の評論だが、著者の石母田正氏は古代から中世にかけての偉大な歴史学者である。唯物史観と言われる立場で、古代日本がどのように鎌倉幕府の時代にたどり着いたか、圧倒的な学説を打ち立てた。一方で、唯物史観には否定派も多い。科学的な否定派もあるし、唯物史観がマルクス・レーニン主義を産んだのも確かで、毛嫌いする人たちもいる。唯物史観の基本は、社会が行き詰まると、それをなんとかしようという動きがはじまって、次の段階の社会に移るというだけのことで、必ずしも共産主義とは限らないはずで、事実、共産主義は行き詰って崩壊した。

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もちろん、古代から近世にかけては通用する歴史観なのかもしれないが、本書は氏の代表的な著書ということで、随所に彼の「こだわりの決めつけ」があるのだが、今となっては、「それはそれとして」読んだ方がいい。例えば、彼は、武士階級を描いた「平家物語」は貴族階級を描いた「源氏物語」よりはましだが、名もない人たちの説話集「今昔物語」よりは劣る。という意味のことを書くが、そもそも社会には各層があり、記録文書や文学はその各層間の断絶を避ける効用もあるということは、触れない。文学者ではなく歴史学者だからだ。

ともあれ、文学論的ではない歴史的分析を展開するのだから、面白いところは多い。著者は平家を読むにあたって、常に平家作者(不詳ではあるが公家の一人と思われる)の視点や思想を忘れることはないわけだ。しかし、著者が書くように、もともと3刊が6刊に増え、12刊になった段階で大きく変化しているわけで、物語を貫く思想や意図は微妙に変わっていったのだろう。

代表的な記述だが、冒頭の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらわす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き(たけき)者もついに滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ。・・・」

の中の「猛き(たけき)者もついに滅びぬ」というくだりの解釈にこだわる。

猛き=平清盛を中心とした平家一門と読めるわけで、「ついに滅びぬ」の「ぬ」の解釈が問題で、単なる過去形と解釈すれば、「とうとう滅びてしまった」ということになるが、過去完了形で法則のような定めのことばと考えると、「いつか滅んでしまうものだ」というように逃れられない歴史法則的な意味になる。著者は、当初は前者のように考えていたが、『平家物語』全体の流れ、平重盛が父とは異なり諦観していたように描かれること、また、1000人規模の登場人物が、川の流れに落ちた一枚の葉のように脈絡もなく消えていくこと(清盛でさえも)を考えれば、運命論ではないか、と解読する。

その他にも歴史学者が『平家物語』を読むと、こういうように考えるのか・・ということが多い新鮮な一冊である。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)書評

2021年03月18日

米国手みやげは、郷土名物だろうか?

最近、国家公務員の接待疑惑が報道され、内訳をみると、数万円の食事代の他に数千円(3000円とか)の手みやげがあることがわかっている。思うに、料理の料金に比べ格安感がある。おそらくホテルのクッキー詰め合わせとかだろうか。ホテルオークラのクッキーは手頃感がある。手土産代3000円という単価は税前だろうから料理の7万円も税前ということだろう。

国内の公務員には、手みやげの上限額とかケチケチした話になるが、これが海外の役人に渡すと場合によっては重罪になるのだが、にもかかわらず誰も咎めない場合もある。4年前、世界最高の国家公務員である米国大統領にご就任ご挨拶に行った日本国首相は50万円の金色のゴルフドライバーを持って行った。(高額ではあるが、日本では金色ドライバーは高齢者専用の風がある)

みやげ効果の測定はできないが、まあ、まずまずではなかっただろうか。

実は、世界の首脳の中で最初にバイデン大統領と会見する菅首相だが、注目は「手みやげ」だろうか。

一部では西陣織のマスクという説もあるが、それはないだろう。いつもマスクをしているが、愛用しているわけじゃない。

乏しい理由ではあるが、私は、総理大臣の郷土である「秋田県」に関連しているのだと思っている。

具体的には、「秋田犬」ではないだろうか。

思えば2012年には、大震災の時の復興支援のお礼としてロシアのプーチン大統領に秋田犬「ゆめ」が贈られている。プーチン氏は10頭程度の犬を飼っているそうだ。

しかし、バイデン氏は78歳。日本では、高齢者は犬より先に死ぬので飼うことは強く抑制されている。この点、どうなのだろう。

いや、そもそも大統領が飼った犬が飼い主が他界したからといってロッキー山脈の山中に置き去りにされ野犬化したりするわけはないだろう。

少し前に、ホワイトハウスの内部のある記事に違和感があった。家庭内の話を報道するのだろうか、と思ったわけだ。

ワシントン(CNN) 米国のバイデン大統領夫妻の愛犬が、ホワイトハウスで問題行動を起こして先週、デラウェア州にあるバイデン一家の自宅に戻された。関係者2人がCNNに明らかにした。

関係者によると、バイデン夫妻の愛犬2頭のうち、ジャーマンシェパード犬の「メイジャー」が、ホワイトハウスの警備員を相手に人をかむ騒ぎを起こした。メイジャーはバイデン氏が2018年にデラウェア州の施設から引き取った保護犬だった。

具体的な状況は不明だが、事態は重大事とみなされて、メイジャーはもう1頭のジャーマンシェパード犬「チャンプ」ともに、デラウェア州に戻ることになった。CNNはホワイトハウスにコメントを求めたが、今のところ返答はない。

メイジャーは3歳とまだ若く、飛びついたり吠えたりスタッフや警備員に飛びかかったりする騒ぎを何度か起こしていたという。

一方、チャンプの方は約13歳で、高齢のために動きが鈍くなっている。
2頭は今年1月、バイデン大統領が就任した約1週間後にホワイトハウスに入居していた。


この記事だが、
*大統領は、すでに犬を飼っていて一頭はまだ若い。
*ホワイトハウスには犬がいなくなった。
ということを明らかにしているわけだ。

つまり、日米間で、すでに水面下で犬の贈与話が進んでいて、そのための事前工作をしているのではないだろうか。


しかし、犬の名前だが、「メイジャー」と「チャンプ」って「偉大」とか「チャンピオン」という意味なのだから、本質的には前の大統領と大して変わらない大脳レベルなのではないだろうか、と心配。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)市民A

2021年03月17日

キッド(1921年 映画)

サイレント映画を見るのは久しぶりというか、初めてなのかもしれない。弁士が映画館でしゃべるのが活動映画というのだったかな。チャップリンの『キッド(The Kid)』では、たまにスクリーンに文字というか単語のようなものが、現れるだけで、演技だけでストーリーが理解できる。今の俳優でそこまでできる人は稀なのではないだろうか。

1921年の映画ということは、ちょうど100年前だ。

ストーリーは、「子捨て」。今なら重罪だが、当時はよくあったのだろうか。母親がボーイフレンドと別れて、育児に困ってしまい、ポイしてしまった。その後、トランプのババ抜きみたいに子供の譲り合いの結果、チャップリン扮する貧しいオジサンが一人で育てることになる。

それが、とあることから当局の知るところとなり、児童保護施設が強制収容しようとするが、なんとか逃げ出して簡易宿泊所にもぐりこんだのだが、同じころに有名女優になっていたポイ捨て女が、こども探しを始める。そして、懸賞金1000ドルが新聞に発表される。

ここで、当時の1000ドルが現在の何ドルかという換算できるサイトがあって計算(というか、入力と出力)を頼むと、14732ドル。約15倍だ。どうも1920年代前半のドルは価値が下がっていたらしい。その後、1929年に大恐慌である。

つまり懸賞金は現代換算で14,732ドル=160万円ということ。宿泊所の経営者としては、子供狩りをするのに躊躇はなかった。

ところが、悲嘆にくれるチャップリンに朗報が舞い込む。女優になっている子供ポイ捨て女が、豪華な大邸宅に招待してくれたわけで、育ての父はこどもと再会できたのだ。

現代であれば、二人とも監獄行なのに、なぜかうれしそうである。その後、実生活で二人は結婚し、三年で離婚した。

なお、2000年にブルース・ウィリス主演で『キッド』という映画があった。原題は『THE KID』。文字がすべて大文字であることが違いの一つだが。これも良い映画のようだが、あまり幸せ度の高い映画は、嘘っぽくて好きじゃない。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)映画・演劇・Video

2021年03月16日

自民党はなぜ的外れなのか

先に題名を書いてから、考え直すと、他の党も的外れのことばかり言っているのかもしれない。

とはいえ、戦後の大部分の期間、自民党が政権与党であったことを考えると、ある時期までは、そう的外れではなかったのだろう、とも考えられる。おそらく、2000年から2010年の間にずれはじめていたのではないだろうか。

現首相は、最近はやめているようだが、多くの人と朝食や夕食をとりながら情報収集をしていたし、前の首相も多くの財界人や友人とゴルフを楽しんでいた。与党政治家のもとには陳情団や紹介者が訪れる。

要するに、一般国民ではなく、大中小の企業経営者や、業界団体人、一部の御用知識人といった人たちと助け合いながら政策運営をしていた。その流れの中で省庁統合も行われ、科学技術庁や労働省や経済企画庁といった各種利害関係から遠い役所は本省に吸収されてしまった。

それでも、それなりにうまくいっていたのは、企業や同業者組合といった組織の目標が、それほど国民の利益と相反していなかったからだ。会社は利益をあげれば法人税を納め、従業員の給料を上げ、系列企業から仕入れたり下請けに出したりしていれば、全体として国内にお金が回って潤うはずだった。

ところが、現代は多国籍企業化が進み、モノをつくるのはアジア各国、売り先も世界中、海外法人が利益を上げ、連結決算上は利益が出ていても単体企業(国内)の業績はまったく冴えないで縮小の一途で、終身雇用の正社員など雇えないし、低賃金。企業経営においては税金を払わないのが美徳とされる。

つまり、国民の多くからは的外れになってきているわけだ。そもそも政権運営は、国政選挙による結果を重視する必要があるが、むしろ企業経営者の意見を重視しているように見える。GoToで露見したように、大手旅行代理店が大儲けして、全国の宿泊業者やお土産業者などが少し儲かる仕組みとか、飲食店を重視した補助金とか、外で宴会ばかりやっている人以外、二の次のはずが、イノイチになっている。

他党の方も、ミクロ政策は得意だが、日本全体をバランスよく改善するためのマクロ政策を立てようにも、そういう能力がない。政権運営能力がないというよりも政策立案能力がないということだろう。

要するに、与党政治家も、野党政治家も、官僚も、そして国民も質が二流である、ということだろう。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)市民A

2021年03月15日

梅、桃、桜

梅や桜だけではなく、自宅近くには桃の木が多い。といっても農地であることのアリバイのような状態で、地主の気まぐれで、いつ消滅してもおかしくない。菜の花畑が一夜にしてタイムズの駐車場になったりする土地柄だ。

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それで、桃畑の中の一本の木に接近して花を観察。梅と桜に比べ、花としての質感は桃の方が大きい。いずれもバラ科ということだが、代表するのがバラというのも少しおかしいような気もする。同じ仲間で、李(すもも)、杏(あんず)は、白色の中に少し紅色が混じっているような微妙な色合いで、それもまたいい。

ところで、それらの多くは中国大陸からもたらされたものだが、中国で人気の花は梅と牡丹ということで、深みのある紅色というのがお好みなのだろう。多くの国は国花といのを法律で定めていて、中国は、これから国花を定めるようだが、梅と牡丹が筆頭候補で、菊、蓮、蘭が続くそうで、五種全部を指定しようという拡張主義もあるそうだ。

日本は国花の定めはなく、あえていうと桜と菊だそうだが、どちらもイメージの奥に前の戦争のことが感じられるので、やすやすと国花にしてはいけないだろう。しかも南北に長い国なので、全国で咲く花というのは簡単ではない。以前に、苫小牧で「温帯植物園」という場所にいったのだが、首都圏の普通の公園みたいなもので、逆に驚いた。

個人的な推薦は「朝顔」なのだが、どうだろう。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)おさんぽ

2021年03月14日

ショーケースギャラリー・安部寿紗展

3月21日まで、横浜青葉区の横浜市民ギャラリーあざみ野で開催中の『ショーケースギャラリー・安部寿紗展』。ショーケースギャラリーは、大きな部屋に数メートル級の大作品を並べるような展覧会ではなく、おおむねショーケースの中に入る(はみだすものもあるが)ほどのサイズの数点で構成される展示で、この市民ギャラリーの特徴の一つだ。

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安部寿紗さんは今は横浜市民ということだそうだ。数年前から「お米」に関心を向け、それを作品に取り入れたそうで、日本神話をうかがわせる霊感を感じるだろうか。

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困ったことに、自分自身、物や場所からの霊感を受けることは、少ない。むしろ、とある時間と空間に大きな霊感を感じることは度々あって、・・(もう、その話はよそう)

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展示の中で、『手』がある。人類がここまで進歩(あるいは堕落)したのは、一つは大脳の発達、もう一つは1本と4本の指が向かい合うこの形。人間が使う10進法は、間違いなく指の本数だ。また穀物を栽培するのに使う鋤や鍬とか、この10本の形だからうまくいく。戦争で使う銃も引き金はこの指の形だからこそだ。そして生きている間に、少しずつ手は傷つく。手の傷ばかり写している写真家もいる。

うまく書けないので、もっと作家のことを知りたい方は、とりあえずこちら(ショーケースギャラリー 安部寿紗展 ≪ 横浜市民ギャラリーあざみ野 (artazamino.jp))へ。
  

2021年03月13日

オンライン・サイン会?

昨年11月22日に行われた第46回将棋の日イベントでは、棋士による指導対局とサイン会がオンライン上で行われたそうだ。年二回の将棋連盟からの支部ニュース(第81回)が先月末に届いていた。記事によれば指導対局が32名、サイン会が96名ということで、5ページ目にはサイナー8人の代表として深浦九段が色紙に『銀将』と筆で書いている写真が掲載されている。割り算すると一人12人分だ。

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オンライン対局はわかるが、サイン会(色紙)というのは、動画を一本送るのだろうか。あるいは完成した色紙を画像化して、配信するのだろうか。あるいは延々と96人分を全部発信するのかな。あるいは一枚を使いまわしするのだろうか。

ところで色紙に『銀将』とは珍しい。園児に将棋を教えるのに最も難しい駒が『銀』なのだ。「金よりも動ける場所が少なく、弱い駒です」と教えることにしている。羽生元七冠によれば、角と金は同じぐらいの強さで、銀と桂も同じぐらいの強さらしい。

もしも不運にも今年の将棋の日もオンライン・サイン会になって、またも深浦九段が『銀将』と書くのなら、それは『動画の使いまわし』と思うしかないだろう。(よく写真を確認すると肩書に「NHK杯」と記入しているので、そこがチェックポイントだろう)


さて、2月27日出題作の解答。

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歩と桂をポコポコ打っていけばいい。あえて間違いやすいところをいうと、最後の9手目に▲3六桂打ではなく、▲4四桂成!、△同玉、▲4五飛まで11手駒余り、という筋だろうか。やりそうだ。


今週の問題も、よくあるノーマル問題。

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もう少し難しくならないか考えても醜くなるだけの〇化粧理論に陥る。

わかったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ、正誤判定します。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)しょうぎ

2021年03月12日

卍(谷崎潤一郎著 小説)

谷崎文学に触れたことがなかった。耽美派というらしいが、一方でその書物は独特の書き方で、1ページに隙間なく文字が詰め込まれる。三島由紀夫もそういう文体だが、谷崎は徹底している。

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で、とりあえず最初に読んだのが『卍』。他の作品を読んでないので、谷崎文学の中のどういう位置にあるのかわからないが、渡辺淳一の『失楽園』のような感じで、章ごとに衝撃的なエポックを入れて読者にサービスする。『失楽園』は単に男女の不倫小説だが、『卍』はもっと複雑な同性愛や両性愛、三角関係、四角関係が展開している。

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主人公の垣内園子が、すべてのことの後始末に「先生」と呼ばれる人物に語った物語の形式を取るが、数ページだけ作者(谷崎)の立場で書かれた部分があって、そこには垣内未亡人という表現があって、卍の一角をなす園子の夫がすでになんらかの原因で亡くなっていることが明示されているが、なぜ未亡人になったのかは最後のページに行きつかないとわからない。

谷崎潤一郎の耽美派といわれる真髄は一作読んだだけではとうていわからないので、あと何冊かは読んでみたい。しかし、巨編の『細雪』に行きつくかどうかは、不明だ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)書評

2021年03月11日

最近のマイブーム『漢字探し』

時々、散歩している。肘をいためて、整形外科医から『テニス肘』という病名をいただき、しばらくジムに通っていない。ジムに行っても、マシンの上で歩くぐらいしかできないので、それなら外を歩いたほうが、花の咲くのを見たり、鳥の声を聴いたりできる。

ただ、歩くだけでは非生産的なので、マイブームとしてやっているのは「不思議な漢字探し」。表札を眺めながら、不思議な漢字を探している。最初は不思議な苗字を探してみようと思ったのだが、ご存じの通り、日本は苗字の数は桁外れに多い。多いということはわかっているのだが、何種類なのかは実は統計がない。10万種類から30万種類の間らしいが、これでは精度が悪すぎる。幽霊苗字というのがたくさんあるらしく、おそらくその中間の20万ぐらいではないだろうか。同じ漢字圏の中国は三千種類といわれ、韓国は三百種類程度らしい。これは、日本の苗字の多くは漢字二文字であるのに中韓は一文字苗字が多いことにも関係するだろう。

具体的な『文字』の前置きが長すぎるが、多くの人が勘違いしていることに「苗字は武士だけのものであり、平民も苗字を使えるようになったのは明治政府のお陰だ」ということがある。実際には、全国のほとんどの場所では江戸時代も苗字を持っていた。そもそも、どんな人間にも親がいてその親がいて、人類的にはずっとアフリカの先祖に戻るわけだ。そして、おおむね家族という単位で人間社会はできていて、そのファミリーを特定するために、何らかの名前がついていた。あるいは、商売をする人には○○屋とか屋号があるし、土地の名前かもしれないし、有名な公家とか武士の子孫だったり。

いわゆる年貢の台帳にはっきり書かなかっただけだ。

ただし、一部の藩や幕府が目を光らせている地域では、文字通り苗字を禁止していた場所もある。明治政府が苗字を解禁したのは、一つには武士の特権を奪うという目的。もう一つは近代的軍隊をつくるための徴兵制のため戸籍制度を確立するためであり、決して平民開放運動があったわけではない。

なお、苗字の数の今後の見通しという研究があるそうで、人口が減るから当然なのだが、希少苗字は確実に減っていくと思われているようだ。その対策として画期的なのは「夫婦別姓」だそうだ。「夫婦別姓」論にも色々な理由があるので、そういう考えもあるのか、と思ってしまう。さらに、「夫婦別姓」に別に反対するわけでもないが、もっと具体的に話を進めないと、たとえば子供の姓はどうするのかとか、夫は妻の苗字がいいと思い、妻は夫の姓がいいと思ったりするとどうなるのかとか、「悪魔は細部に宿る」という気がする。

もっと、勘違いしやすいのは隣の漢字圏の国々は夫婦別姓採用国なのだが、その意味というのは、「妻は他家から入ってくるのだから、いわば召使い。だから男系の苗字は与えない」という考え方に基づいている。意味を知らないで、参考にするのは、やめた方がいい。


それで、やっと本題だが、不思議な「苗字」を書くと、なんとなくプライバシー侵害感があるので「漢字」ということにした。他人の家の表札をジッと見るのは気が引けるので、一文字だけ探すことにしている。

最初は、これ。

rai


来る、に似ているが、違う。未来の未でもない。

三省堂の漢和辞典から苦労して探すと(総画数で発見したが、索引のページ数と実際のページ数が違っている)、「来」の簡略字だそうだ。まあ、予想の範囲。しかし「来」は「來」の簡易型であり、さらに簡易化したということだろう。


次は、難しい。

to


「土」の肩に「`」がついている。「大」と「犬」は意味がまるで違うのだから、土に`がついて、別の意味になるのだろうが、見当がつかない。普通の漢和辞典にはでていない。IMEパッドに書いて探すと、犬とか尤が出てくる。「犬」の簡略字だろうか?いや犬自体がずいぶん簡単な漢字だ。「つち」に点なので「づち」かな。

漢字探しをもっと効果的に行うには、散歩の行き先も住宅街よりも墓地の方がいいかもしれない。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(4)市民A

2021年03月10日

アハマド・ザキ・ヤマニ氏のこと

2021年2月23日にロンドンで亡くなったとされるアハマド・ザキ・ヤマニ氏(1930年-2021年)のこと。以下、ヤマニ氏と書く。元サウジアラビア石油鉱物省である。一般に石油相といわれるが省の略称はPETROMIN(ペトロミン)。PETROが石油でMINがMINERAL(鉱物)の略。1962年、32歳で大臣になっている。1986年に退任(更迭)。

王族の出身ではなく祖父や父はイスラム法の大家であって、彼は米国の大学へ留学し、博士号を取得している。本物の頭脳のエリートだ。本物ではないエリートはどこの国にもたくさんいるが、彼は質が違った。

実は、私は石油会社にいて、後述するようにPETROMINの本社に行ったこともあるのだが、ビジネスの対極にいるような人物は同時代的には冷静にはとらえられないものだ。ただ、今となって、彼の時代を考えて「石油危機の元凶」みたいな軽薄な意見は捨て去ったほうがいいと思っている。

まず1960年代。この時代は世界の原油は7大メジャーが支配していた(セブンシスターズ)。エクソン、モービル、テキサコ、ソーカル(シェブロン)、ガルフ、シェル、BP。前の5つがアメリカで、後ろの二つが英国系。彼らが油田からガソリンスタンドまですべてを決めていた。産油国は色々な形態でメジャーと交渉していて、自国の取り分を決めて利益を確保するようなケースが多かったが、サウジは、メジャーと合弁会社を作って25%程度の出資をするという穏健的政策を選んだ。

しかし、70年代になると、取り分というようなことではなく、ほとんどの産油国は全面的に国有化する方向に突き進んでいく。一部をメジャーに売り戻すことになる。つまり立場が逆転。しかし、それでは需給調整が困難で、価格が上がるときも下がるときも行きつくところまで行ってしまうということになる。そして、最大生産国のサウジも国有化した原油を使って、調整役として減産を続けることになる。結局、これが、最終的に彼が更迭された原因だ。

なぜ、そういう損な役目をヤマニ氏が引き受け続けていたのか。

一つは、サウジの原油の質の問題。もう一つは彼の頭脳の中にあった未来のエネルギーの構造にあったと思う。

まず原油の質だが、サウジは人気の高い軽質油だけではなく、人気のない重質油も生産している。軽質油はガソリンや軽油、ジェット燃料などの付加価値が高い製品が多く含まれる一方、重質油はそのままでは重油とかアスファルトのような製品ばかりで、分解装置を作って改質しないと需要にはあわない。そして、サウジの地下に眠っている大量の原油はそういう安い重質油が多いわけだ。サウジが選んだ選択は、軽質油を相対的に安くして売ることだった。彼の予言にも関係はあるのだが、世界中の軽質油をやや安く導くことによって地球上に重質油ばかり残ることになった時、否が応でも重質油の価格は上昇するはず。また仮に石油の需要が代替品にとってかわるなら、その前に売れるものは売っておきたいということ。どちらに転んでも軽質油を安くする方がいいわけだ。

次に予言のこと。彼はいくつかの有名な予言をしている。いずれも石油時代が終わることを想定している。

石油相時代に米国に行ったときに、「米国の車社会が終わると、サウジは砂漠に戻る」と言ったといわれる。サウジはほとんど砂漠だが、首都リヤドは砂漠の名にビルが立ち並んでいる。工法の問題か気にしないせいかわからないが、舗装道路とビルの敷地の間に数メートルの砂地があったりして、靴はいつも白くなるが。

1990年代の講演で言ったとされる「石がなくなって石器時代が終わったわけではない。鉄の時代になったから石器時代が終わった」。代替エネルギーが現れたら石油時代が終わるということ。

2000年の講演会で予言したこと。「30年後(つまり2030年)にガソリン車は燃料電池車に置き換わる。」(実際は燃料電池ではなく電気充電車になりそうだが)


実は、首都リヤドの石油鉱物省の建物に行ったことがある。今は知らないが当時はそんなに高い建物ではなく、受付の門を入り、長い廊下が続く途中にいくつかの小型の建物が並んでいて、係の人から教えてもらったのだが、門のすぐ近くの建物が「大臣のオフィス」といっていた。一番奥は大会議室だが、その前に並ぶ建物は、身分が高い方が入口の近くに配置されていた。欧米的なわけだ。

係の人に「大臣は今いるのか」と質問をしてみた。場合によっては、帰りに挨拶とかなるのかドキッとしたわけだ。一応、余分に手土産はもっていたのだが。「今はいない。もうすぐラマダンなので欧州にいる」と言われた。イスラム法の専門家の息子も断食は嫌だったのだろうか。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)市民A

2021年03月09日

確定申告終わる

申告期限が一ヶ月伸びて4月15日になったことは知っていたが、結局、それに合わせようとすると、やはり直前まで何もしないだろうから、やはり3月15日を目標にしようと国税庁のE-TAX用のシステムを使って入力する。その前に何種類かの収入源を整理するところから始める。将棋講師も3ヶ所から源泉徴収票がきているし、証券会社等のHPからダウンロードしたり。

将棋講師関係では、マスクとフェースシールドでは声が遠くに届かないので、マイクを購入。通販で買ったので、バウチャーをダウンロード。

社会保険料も確認し、ふるさと納税も集め、

一回入力し、入力間違いを修正してからプリント。添付書類や計算書を紙に貼り付けて完成。作っている間に、「特例」という通達がいくつもあって、金持ち有利な「特例」が多いことがわかってくる。

しかし、完成品をどうやって届けるか。

税務署おすすめは、マイナンバーを利用したE-TAXだが、あまり信用していない。
郵送という方法もあるが、郵送料がいくらになるのか不明。
さらに、国税庁のHPを見ると、税務署に行くのには「入場整理券」が必要となっている。
もう一つ、受付時間外には『提出用ポスト』が設置されるそうだ。それなら夜行けば、投函だけで済むように思えるが、何か変だ。
どうも入場整理券を入手するには、国税庁をLINEの友だち登録すると、予約の方法を教えてくれるようだ。

ということで、やっとそこまでたどり着き、予約入力ページが現れたのだが、入力直前に「提出だけの人は予約は不要」ということを読み解く。やれやれ。

ということで、糊が固まらないうちにあわただしく税務署に行き、2分で終了。今年から収入関係の源泉徴収票は添付不要になったと言われたが、先に言ってほしかった。

国税庁を友だち登録から削除する。友達じゃないし。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)市民A

2021年03月08日

白い恐怖(1945年 映画)

ヒッチコック監督のサイコ・スリラー。主演はイングリッド・バーグマンとグレゴリー・ペッグ。siroik

精神病治療院の所長が更迭になり、後任の所長が赴任する。そして、グレゴリー・ペック演じる若い所長を一目で気に入ってしまったのが、バーグマンが演じるコンスタンス。ところがコンスタンスは、目の前にいるのが本物の所長ではなく、別人であることに気づく。

さらに、白い物に怯える彼が統合失調症であることに気が付く。

ところで、本映画は1945年10月に全米で公開されている。日本が無条件降伏したのが8月なので、その前に撮影が始まっている。アメリカはかなり早い時期に次の時代に向けて走り始めていたわけだ。主役の二人だが、バーグマンは前年に『ガス燈』で一度目のアカデミー賞主演女優賞を受賞している。ペックは前年にデヴューしたばかりだったし彼の方が1歳年下だった。監督は大家だし肩身が狭かっただろう。

そして、新しい所長が偽者であることがわかってきて、「殺人鬼ではないか」ということになり、二人は逃走を始めるが、顔写真が新聞に掲載されることにより逃亡先は狭まってゆく。何しろ、バーグマンのような美女はアメリカには少ないので目立つのだ。

そして犯罪の真実を求めるため、記憶喪失のペック氏の夢を聞き出すことで、フロイド的な夢分析が始まる。そして、雪山での滑落殺人事件の犯行現場を突き止め、そこで前所長のご遺体が見つかるのだが、実は、不注意で山から落ちたのではなく、背後から撃たれたことで亡くなったことがわかる。

真犯人は、誰か?
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)映画・演劇・Video

2021年03月07日

村上春樹ライブラリー、今年6月オープン予定

ベストセラーを量産してきた村上春樹氏もすでに70代。毎年のノーベル賞候補のうわさには辟易しているだろうが、今年確実に起こるイベントが、『村上春樹ライブラリー(通称)』のオープンだろう。正式には『早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)』ということだそうだ。文学部映画演劇科を卒業している。

早稲田大学は、最近、各種の博物館を量産している。古くから有名な『演劇博物館』と『會津八一記念博物館』の他に『スポーツミュージアム』『早稲田大学歴史館』『本庄早稲田の杜ミュージアム』『大学史資料センター』『考古資料館』『早稲田小劇場どらま館』が設立されている。優秀な学生を量産する方が重要だと思うが、以前から中退者や多年留年者を一流とする伝統があるため、彼らが無駄に支払った入学金や授業料を社会に還元しようということかもしれない。

『村上春樹ライブラリー』は、新たに建てられるのではなく、早稲田キャンパスの中央近くにある4号館校舎をリノベーションして新たな空間を創造するそうだ。その費用は、ユニクロ社長の柳井正氏の寄付によるそうで、設計は、新国立競技場などで有名な隈研吾氏。ハルキ文学と硬質な隈氏の設計は合わないような気もするが、村上氏にすれば50か国で翻訳された著書とか、原稿とか収集した資料など、とても個人で管理できなくなっていたのだろうと推測できる。といって、全部をデジタル化して、原本を暖炉にくべる気にはならないだろう(燃やしたいものもあるだろうが)。

本棚に囲まれた内装になるような感じらしい。

ところで、いまさらながらにノーベル文学賞の話だが、最近、日本人作家で候補とうわさされているのが、多和田葉子氏と小川洋子氏。多和田氏は村上春樹氏より11歳下。小川洋子氏は13歳下。困ったことに、こちらの二人も早稲田大学の卒業だ。受賞してしまったら、別にライブラリーを作るのだろうか。

美術館に比べ、個人の作家の文学館というのは数が少ないが、立派なものもある。どうも最近、大作家の記念館がいくつかできるという動きがある。村上春樹氏が早大に資料を寄付したように、大江健三郎氏は原稿やゲラなど50点を東大に寄付するそうだ。文学部内に「大江健三郎文庫(仮称)」が設立されるそうだ。

さらに2023年に東京都北区は田端文士村と呼ばれた地区に『芥川龍之介文学館(仮称)』を整備するそうだ。こちらは、本人の知る由もない。
  

2021年03月06日

関西将棋会館移転の地は

大阪福島の関西将棋会館が2年後に移転することが発表になった。現在の会館のそばには福沢諭吉の生まれた中津藩蔵屋敷があり、福沢諭吉生誕地の碑がある。米倉庫だ。米の相場は大坂で決まり、現物決済が行われたのだろう。将棋会館の建物はいかにも古く、おそらく廃止になるのだろうと予想していたのだが、関西が本拠地の藤井二冠のために新築するのだろうか。

行き先は高槻駅近くのバスの待機場。いいかえれば高槻市の所有の空き地ということ。地図で確かめると徒歩5分ぐらいだが、周辺には大きな商店街はないようで、お昼の出前は出前館にでも頼むのだろうか。東国から行く場合は京都から新快速に乗り換えるか。新大阪から新快速で戻るか。西国から行く場合は新大阪から新快速となる。ほぼすべての棋士が遠くなる。(藤井二冠は、以前はオール新快速という話だったが、まさか今では違うだろう。グリーン車はないし)。

東京の会館も千駄ヶ谷駅前に移転するのだが、東西ともに椅子対局席やスタジオも用意するそうだ。ただし、将棋道場があるのかは報道されていない。大阪市内だから営業できるので高槻では無理かもしれない。そうなると、詰将棋パラダイス誌の裏表紙一面の広告は廃止ということになる。大丈夫かな。

ところで、新会館の住所だが、高槻市芥川2−2となっている。芥川という川が市内を流れているのだが、この固有名詞で有名なものに、芥川龍之介と芥川城(芥川山城)がある。作家の方は、高槻との関係はほぼ無縁と思われるが、関西将棋会館と同じく2023年に東京都北区に芥川龍之介文学館が完成することがわかった。芥川城の方は調べていると「今は、それほど有名ではないが、本来は有名であるはずの城」であることがわかってきた。山深い場所で、行くのにはかなり苦労するらしいが、高槻駅から将棋会館と反対方向に1キロの平地に記念館があることがわかった。さて、・・


2月20日出題作の解答。盤面を広く使っただけで、たいして難しくなかっただろうか。

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今週の問題。

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ばくぜんとしているが、それほど広くない。追いかけないように。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判定します。(若干既視感があるかもしれない)
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)しょうぎ