2016年05月07日

安きが残り、高きが消える

本日は、囲碁の用具の話。有馬温泉が栄えたのは最初が平安時代で西暦1000年の頃、次に秀吉の時代、そして現代。その秀吉の頃だが、有馬に大地震が起きる。慶長伏見大地震。1596年のこと。秀吉が造った御殿は崩れ、温泉は危険な高温の熱泉と化す。秀吉は有馬温泉の再建を決定、2年にわたる工事により、サウナ付の御殿が完成する。

その後、建物は建て直されたりして歴史の中に記憶として埋もれていくのだが、呼び覚ましたのが阪神淡路大震災。1995年。前の地震から399年後。現代の建物が倒壊し、地面の発掘により秀吉時代の遺構があらわれる。そして、当時の遺留物が発掘されたのだが、その中に碁石があった。

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驚くことに不定形である。天然の石なので、楕円形だったり、ひよこ型だったり。整形された丸い石になったのは明治以降のことなのだろうか。白石は現代と同様に蛤の貝殻をくり抜いていたようだが、石ではないので朽ち果ててしまったそうだ。現代の高級碁石は、ほとんどが白石の値段なのだが、歴史の長さの間に朽ち果てるのは白石の方なのだ。


さて、4月23日出題作の解答。重複出題とか不完全作掲載とかバタバタしてしまった。

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動く将棋盤は、こちら


今週の出題。

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駒繰りと最後に捨て駒。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数を記していただければ、正誤判断。  
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2016年05月06日

たたら十割とは

有馬温泉で食べるものは、神戸ビーフに決まっているらしいが、公衆温泉に入るぐらいのプアマンができる贅沢と言えば、高級そば位だ。地元で有名な、ある蕎麦店に。

蕎麦が1400円というのもすごいが、名物料理が、「たたら十割」。

十割と言うのは、蕎麦粉が100%で小麦粉がゼロ%ということ位は知っている。では「たたら」とは。

たたらというのは製鉄の古法であるのは、以前から知っていた。日本刀を砂鉄から造る第一歩である。しかし、日本刀と蕎麦の関係はなんだろう。

「たたら」とは地名なのだ。現在は、「タタール」と言われている。中国名は「韃靼(だったん)」。

タタール→だったん→たたら と変化。韃靼高原でとれるのが韃靼そばである。かなり日本の蕎麦粉とは異なっている。何しろ、タタールと日本の間には中国があり、中国人は、これだけ豊かになった現在もマグロや霜降りを食べても、蕎麦は食べない。だから直ぐには日本に紹介されなかったようだ。

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そして、待つこと10分で茹であがる。これは高級な食感であって、癖になりそうである。麺には日本蕎麦よりも味があり、食べやすい。色は若干、赤みが入り、黒くはない。

この味は、くせになりそうだが、簡単に手に(口に)入らないだろうと思われる。危険な薬物のようなものかもしれない。蕎麦も奥が深い。
  
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2016年05月05日

有馬温泉と秀吉

有馬温泉駅の近くに橋が二つあり、一つは太閤橋といい、もう一つはねね橋という。秀吉と正妻ねねを記念していて、銅像も二体ある。

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秀吉は生涯に9回、有馬温泉を訪れたと言われ、ねねも2回は同行しているようだ。また淀君も一回訪れているようだが、そちらは不人気で、記録を読まないとわからない。

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記録によれば秀吉の初訪問は、柴田勝家を打ち破り、信長の後継者の椅子に座ってからだそうで、1583年、84年、85年には2回も来ていて、85年には正妻ねねを同伴している。しかし、その後、5年間の空白がある。史書と照らし合わせると、淀君(茶々)と結婚して長男(鶴松)を得たことになっている。茶々はねねよりも22歳も年下なので、わからないでもないが、1590年には淀君を同伴している。鶴松はどうしたのだろう。

そして、誰かに呪われたのかもしれないが、翌年、鶴松が夭折。それを機に秀吉は、有馬通いを連発。1591年から4年間に5回も行っている。1593年には、再びねねを同伴。やはり温泉は、男女ともに中高年に向いているのだろうか。

このように温泉の歴史と秀吉の歴史を重ねると、いろいろと見えるものが変わっていく。

そして、運命の慶長伏見大地震が起きる。1596年である。秀吉、ねねの愛した温泉が大崩壊。しかも、温泉が高温化し、とても危険な状態だったそうだ。有史以来の大被害を救ったのが秀吉で、温泉の整備からはじめ、大御殿を建てたそうだ。1598年に完成した大御殿だが、訪問日に暴風雨があり、延期となったのだが、その後、体調をくずし、不帰の人となった。2年後に関ヶ原の戦いに続く。
  
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2016年05月04日

有馬温泉 外湯めぐり

神戸の屋根裏のような場所にある有馬温泉へ日帰りで散策。旅館形式の「内湯」と、入浴だけの「外湯」とわかれるが、日帰りなので公共施設である外湯、「金の湯」と「銀の湯」がお目当てだ。

日本三古湯ということで、道後、白浜と並ぶのが有馬だが、湯質についていえば、日本のどことも異なる湯質と言うことで学問的には解明されていない。最近読んだ本に「太平洋のかなり先の方からつながっている深層水」ではないかと書かれていたのが、足を伸ばした原因の一つ。

しかし、平面地図で見たのとは違って、駅前から、相当の急坂だ。山に登る感じだが、道は細く、曲がり、温泉だらけで、目的地に到着するまで、相当の体力ロスだ。表示がないのは、公営温泉なんて地元の旅館の敵みたいなものだから誰も看板を作ることに協力しないのだろう。

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やっと辿りついた「金の湯」と「銀の湯」はわずか徒歩5分ほどの近さなのだが、湯質はまったく違う。金の湯は金色とまでは言えないが、湯が赤く、さらに光っている。赤い湯というのは、あまりみないが、42度の湯につかると、確かに体の芯(筋肉の奥の方)まで効果が感じられる。これはやみつきになる。

体にいいのか悪いのかは不明だが、筋肉が活性化するようで、腰痛やゴルフの筋肉痛がなくなるし、豊臣秀吉が毎年のように入湯に訪れたのも体力維持だったのだろう。

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そして、銀の湯は、白い炭酸系の湯質とみたが、こちらは筋肉の外側の方に直に効いているような感じがある。個人的には、銀→金の順に入る方が効果があるように思えるが、なんとなく体が赤くなったままでは困るので、後で白い方に入ろうと思ったのだが、金の湯には、水道水をわかした普通の湯風呂もあるので、銀→金→水道というコースにすればいい。
  
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2016年05月03日

結婚式に出ると・・

部下が社内結婚するというので、ほぼ必然的に式&宴に出席。驚くことに、それぞれの両親とも同じ会社で社内結婚したそうで、4人(4は禁句1だ。)が全部同僚だったそうだ。原子力村みたいだ(これは、内容が禁句2だ)。

前にいた会社は平均年齢が50歳だったが、今の会社は35歳。冠婚葬祭費ははるかに○い(これも禁句3か)。

式から参列なので、キリスト式かと思ったら人前結婚式。結婚ごときを神に誓う必要まではないだろうが(内容が禁句4)、うそつきばかりの私の仲間たちに誓ったってしかたがないような気がするが。

「牧師さんには頼まないのです」といっていたが、牧師と神父の区別もしらないのだろう(禁句5)。

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それで、祝辞だが、3ヶ月も前からわかっていたのだから、きちんと書いて、すべて暗記していくべきなのだが、実は書き始めたのは当日の朝。本当はもう1日前には書くつもりだったのだが、二日酔いで・・(禁句6)

まあ、スピーチといってもありきたりの話をいかに複雑かつ新鮮風に話すかということで、今年になってから主に文春で発覚するような、場にふさわしくない危険なネタ(不倫、覚せい剤、野球とばく、バカラ、秘書の汚職、禁句7〜禁句11)や、人類の未来(22世紀の世界)を持ちだし、家庭の平和と子孫繁栄という2大テーマにまとめる。

そういえば、大学の財政学の教授は披露宴に出るつど、日本の財政と消費税について論じ、たくさん子供を作らないと年金が破綻して消費税を導入しなければならないと言っていたが、予言じゃなく現実だった。

今すぐ子供を産み始めると、どうせ16歳頃から選挙権と引き換えに年金支払義務が生じるのだろうから、私の老後の公的年金財源(国のサイフ)に間に合うだろうか。問題は自分の方かもしれない。
  
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2016年05月02日

スナック菓子、縦開きに抵抗

ちょっとつまらない話なのだけど、スナック菓子の袋って、袋の横ではなく上の方に切り口があって、縦に開くようになっている。

袋は、縦長なのだから縦に開いてしまうと、中身が全部こぼれてしまい、結局全部食べるしかなくなるのだが、たぶんどこかのメーカーかコンビニの陰謀なのだろう。案外、内紛で辞めたセブンイレブンの王様の発案かもしれないがよくわからない。

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そこまでして消費者から搾り取るのは止めてほしいな、と思い、ささやかな抵抗で、はさみで袋を横に切ってみた。

結果は、同じだったのだが。

ところで、どうも身近な人に市場調査を聞き取りで行ったところ、ほとんどの人が、ハサミで横切りにしているようだ。  
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2016年05月01日

篠山市立歴史美術館

篠山シリーズの最後は歴史美術館。元は、日本最古の木造裁判所として、明治24年(1891年)に地方裁判所として完成、昭和56年(1981)まで90年間にわたり使用された。使用後の建物を重要建造物として保存する際、建物を90度回転させるという曳家工法を用いている。頑丈じゃない建物だと、回転中にバラバラになるはずだから頑丈な作りだったのだろう。

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現在も法廷が残っていて、法定ゲームができるように、シナリオまで置かれている。一回練習していると、被告人になった時に落ち着いて対応できるようにという配慮かもしれない。法廷内の椅子の色は赤を基本とし、いかにも不気味であり、さほど広くないこの部屋で、「被告人を死刑と処す」とか宣告していたのかと思うと、まったく無罪の人間である私だって震え上がってしまう。美術館どころの話じゃない。

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もっとも椅子が赤いからといって斬首刑は、この裁判所が完成した10年前に廃止になっている。

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そして、美術館の中で、この部屋だけが撮影可となっているため、裁判長の側から被告人を見た場合と被告人サイドから裁判長を見た時の差を感じてみたのだが、やはり権力というのは、こういう威圧感になるのだろうと思う。裁判長の机の上には、言い渡す刑の合理性を書き連ねた紙が置かれるのだが、被告人にはそれが見えない。2メートル位身長があると、見えてしまうかもしれないが、被告人が知りたいのは、合理性ではなく結論だけだろう。

建物の中にあった美術品各種だが、最後に閉鎖的な法廷をみた興奮で、全部忘れてしまった。
  

2016年04月30日

大大象戯発見

大大象戯というのがある。大象戯ではない。大象戯は縦横15目、駒数百三十枚に対し、大大象戯は縦横17目、駒数百九十二枚。ちょっと想像を絶する。こうなると象戯というゲームがいつどこからきてどういうあらすじで現在に至ったのか知りたくなるが、依然としてよくわかっていない。

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巻物をみたのは、丹波篠山城のそばにある青山歴史村の土蔵の二階の展示だ。

土蔵の二階は屋根が低く、天井がなく梁が露出している。巻物の観察に没頭してしまい、梁に頭部を強打する。幸い、梁の損傷は免れた。

青山氏が城主になったのは江戸中期(1748年)なので、その頃、滅びゆくゲームとして記録にとどめたのだろうと推測。青山家では、軍事上の理由で将棋の勉強をしていたそうだが、それが実戦に役に立つとはとても思えないが、江戸時代の大半は東アジアは平和な時代だったから。幕末には将棋の勉強の効果を発揮することなく無抵抗主義で官軍に従属した。


さて、4月16日出題作の解答。

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動く将棋盤はこちら


本日の出題。

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GWの始まりに伴い、長めの問題だが、小駒が多い関係で、ちまちま感は漂うかも。わかったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2016年04月29日

青山通りを遡ると

丹波篠山城を中心とした城下町を探索すると、青山歴史村という場所がある。青山というと青山学院大学とか青山墓地、青山通りといった東京都港区の高級住宅街をイメージするが、こちらの青山は、青山氏といって、丹波篠山城の城主である。

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「元々、青山氏の江戸屋敷があったから今の青山という地名が東京に残っている」という架空の話が本当なら面白いのだが、・・・。と思いながら念のため調べると、これが本当だった。自分ながら、すごい勘だ。

今の青山通りの北と南に屋敷がわかれていたようだ。手元に古地図がないが、後で調べてみよう。青山通りは国道246号になっているが、この道は、もともと伊勢原の大山神社に観光旅行に行く街道で、途中の三軒茶屋のところで二股に(つまりY字路)なっていて、そこに三軒のお茶屋があったことから名前が付いている。お茶を飲んでから再び歩きはじめる時に三叉路なので道を間違える人が多かったそうだ。高速道路逆走みたいな話だ。

そして、篠山では、青山氏の蔵を移転し、篠山城の近くに保存している。まあ、それほど大きな蔵ではない。大大名なら御殿並みの蔵だろうが、黒豆や栗が有名ということからして苦労の絶えない藩だったのだろう。

こういう歴史的物件というのも保存は大変で、ピカピカに磨くわけにもいかず、かといって雨風に朽ちるのを任せるわけにはいかない。

将棋好きの大名だったようで、将棋関係の資料が展示されていたが、展示品には掘り出し物は見つけられない。  
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2016年04月28日

m自動車

m自動車の主力工場が倉敷市水島にあるため、地元では大騒ぎかというと、そうでもない。過去には何度もの危機に陥り、なんとか立ち直ったものの、今回ばかりは、N自動車向けが7割、mマークが3割といったところで、もはや、OEMが続くとは考えられない状況で、工場が再稼働されると考えている人は少なく、あきらめの境地。

もともと同じ車なのに、営業車とし購入しようとカーディーラーから見積もりとっても値引きはないので、m自動車関連企業や関連社員が買い支えているのだろうと思っていた。

元々のエンジンの性能のこととか、地震を理由に雲隠れした話とか、生産部門(名古屋)と東京本社が一体化していないことなど具体的に下書きしてみたのだが、落ち目の人の足を引っ張るような書き方は好きじゃないので、全部削除したのだが、ここの工場には常勤6000名(うち半分強が自社の社員)ということで、家族を含めれば12,000人の生活に影響が出るということで、行政は支援を決めたものの、なんとなく不公平感が漂う。

今後、K国やC国やX国の会社の工場になりそうな予感が漂っている。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)企業抗争

2016年04月27日

丹波篠山大正ロマン館他

篠山城の城下町は、そのまま明治には町となり、町役場として大正12年に洋風造りとして完成。実にこの建物は70年間も役所であり続けた。

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平成5年に大正ロマン館としてリフレッシュ開業。なかなかの建物であるが、外観はよくみると傷んでいる。ペンキの厚さで勝負している。交差点のはす向かいが建物の撮影ポイントだが、電線がじゃまだ。

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ところで、丹波と言えば、「黒豆」と「栗」。大正ロマン館では、黒豆ソフトクリームを販売している。近くの商店では栗入りソフトも売っていて、そちらの方が美味そうだが、黒豆入りはしばらく食べられないだろうから、そちらを選ぶ。

黒豆は完全にすりつぶしているようだったが、後で画像を見ると、粒が残っている。黒豆が入っているせいかどうか、すぐにソフトは溶け始める。大慌てになる。

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そして、誓願寺楼門を観にいく。これも古そうだ。見るからに不安定で、地震が来れば必ず倒れるだろう。しかし、不思議なことに地震の時に寺院や神社の建物の下敷きになる人は意外に少ない。

やはり、神仏の御加護があるのだろうか。仮に軽傷であったら、仏陀さまの御加護があって軽傷ですんだ、と考えるだろう。また重傷を負った人は、御加護があって命だけは助かった、と考えるだろう。そして、不幸にも身仏の世界に行った人からは、文句は付かない。
  
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2016年04月26日

篠山城大書院

篠山城が完成したのは、1609年。その当時からあったのが、巨大な大書院である。実に1944年1月に焼失するまで335年の間、使われ続けてきた。

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そのため、構造がわかっていて、2000年に再建されている。床面積は739m2ということで、かなり広い。

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部屋は正方形をタテヨコに9分割したような構造で、入口にあたるのが西側の虎の間。全体の9分の2の面積だ。設計した藤堂高虎の虎だろうか。孔雀の間、葡萄の間、源氏の間、手毬の間とかよくわからない。襖絵などの特徴なのだろうか。

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闇りの間(くらがりのま)。9分割の中心には、窓がない。城主が落城の時に切腹する場所だったのかもしれない。いずれにしても畳みに座るには体力がいる。暑いし寒いし、足はしびれる。トイレも風呂も付いていない。台所もないので、お茶を飲むにも大苦労だ。

戦前、古い建物は公会堂にも使われていたようだ。今回も手毬の間では手作り甲冑の展示が行われていた。盛大に将棋大会でも開いたらどうだろう。
  
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2016年04月25日

ちょっと微妙な篠山城

篠山城は「しのやま」ではなく「ささやま」と読む。読みの「ささやま」が先にあり、それに対する漢字が何通りかあって、一番間違いやすい「篠山」に落ち着いたようだ。

実は、以前から使っているガイドブックには、外堀と高石垣が残るとされ、古城址としての価値は日本有数と思っていた。残された石垣によじ登っての眺望は最高ということで、そういう服装ででかけたのだ。もともと二条城のように天守閣なしの大書院造りということで、油断していたのだが・・

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2000年の春に巨大な大書院が復元されていた。と同時に街が観光地に一変していた。もはや、400年前の武将の感慨を味わうことは困難だ。石垣は整備された一方、石垣の上に登ることなどまったく不可能になったわけだ。

で、簡単にこの城だが丹波の国という現代ではやや交通不便な場所にある。福知山線で西宮から内陸に入るか、新神戸から、あるいは京都からという方向だ。それこそがこの城の目的で、関ヶ原の合戦のあと、大坂城に残る豊臣家の殲滅作戦の一環として、ここに天下普請(つまり「指名された大名の現物出資」)の城を作った。

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ちょうど、京都と大阪と篠山の距離を見れば、ほぼ等距離。山の中で人口は少ない一方で平地であり、豊臣家に対する恐怖感を高めるために大急ぎで築城するには絶好のポジションであるわけだ。沖縄の米軍基地みたいなものだ。南沙諸島の人工島のようなものだ。そのため、建設時間のかかる天守閣は省略ということ。

といっても、防御は必要と言うことで石垣、外堀と城内に至る複雑な経路と櫓を中心に防御網は完璧で、思った通り藤堂高虎の縄張りだった。

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しかし、石垣を組むのに手間取り、結局、藤堂高虎本人と穴太衆(あのうぐみ・熊本城復旧でも話題になっている石垣業者)という滋賀県コンビが現場指揮して完成させている。

*余談だが、滋賀県(近江)グループとしては「甲良組(こうらぐみ)」という建築業者があり、江戸城の管理、整備を行っていた。おそらく築城で有名な藤堂高虎の背後には、この二つの業者がついていたのだろうと推測している。

しかし、古城址のままでは観光地にならないからだろうが、復元された大書院は、かなり立派で、とまどうばかりだ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)The 城

2016年04月24日

武者小路実篤が描く日本の春(羽田美術館)

武者小路実篤といえば志賀直哉をはじめとする「白樺派」の中心人物である。文壇における「白樺派」の評価は、○もあれば×もある。○の部分としては、「自己の個性を生かすことが存在価値である」ということで、その裏返しとしての「自分勝手で独善的で、結局つまらない」というのが×の部分。

その白樺派に近かったのが細川護立氏で、実篤氏に屏風絵などを発注していたようだ。思えば、白樺派の美術館構想もあり、ゴッホのひまわりシリーズの中でも人気が高かった一枚を購入し芦屋の自宅の壁に飾っていて連合国軍の空襲で焼失させたのも白樺派のパトロンだった人だ。

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武者小路実篤は、年齢が進むにつれ小説から絵画に移っていったようで、野菜の図などを描くことが多い。

ところが、羽田美術館の展示品を見ても、実篤氏の作品はあまりなく、細川家のお宝が多いような気がした。

ところで、実篤と署名がある色紙は、無数にあるはずで、確かこの前、旧家にあったのを捨ててしまったような気がする。次に行ったときに再確認したい。
  

2016年04月23日

熊本県出身ではなかった棋士

熊本県出身の棋士を調べてみようと検索すると、WIKIPEDIAの熊本出身の有名人として、棋士として二代伊藤宗印となっていた。本人も五世名人だが、有名なのはその息子たちで、特に詰将棋界では高名な宗看、看寿の兄弟の父親である。

自身でも名人襲位の前に「将棋勇略」を献上。生前には刊行されなかった「将棋精妙」、別名「不成百番」を完成している。なぜ、没後刊行までにかなり長い期間がかかったのか、私の推測だが伊藤家の内部資料だったのではないだろうか。幕末に近づき伊藤家の財政難により刊行したのではないだろうか。

仮に、そういう仮説を立てると、宗看も看寿もそれを見ていたことになるし、伊藤家の秘伝となると宗看も看寿も生涯に百題しか作らなかったこともないだろうし、それらも伊藤家の秘伝になっていたのではないだろうか。と、推理してもそれ以上のことは思考停止だ。

ところで、伊藤宗印だが、将棋家に生まれたわけではなく、地方の英才だった。そして養子として伊藤家を継いでいる。しかし、WIKIPEDIAには、熊本県出身となっていながら肥前国唐津の出身となっている。これはおかしい。肥前は今の佐賀県だし、唐津も佐賀県の海岸だ。

一方、佐賀県出身の有名人には、そもそも棋士というカテゴリーがない。要するに存在感がない県なのだろう。佐賀駅を通るJRだって、JR長崎線と呼ばれている。

今、手元に日本将棋体系がないので、調べようがないが、WIKIPEDIAに書きこんだ人が、佐賀県の存在を知らなかったのだろう。福岡の次が熊本で鹿児島、そして沖縄。東側が大分と宮崎、横の方に長崎があって、とか覚えているのだろう。「佐賀県?あっ、朝鮮半島との間の島のこと・・」とかなのだろう。


さて、4月9日、出題作の解答。

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動く将棋盤はこちら


本日の出題。

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問題貼り替えました(重複出題のため)。


今度は、修正です。色々すみません。

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2016年04月22日

カップ麺を探す

被災地に援助物資を送る依頼があり、まず輸送方法を確保したのだが、頼まれた食品で困る。

「ポカ○ス○ェッ○」24本×10箱
「カップ○ー○ル」20個×5箱
「ど○べい」12個×5箱

この中で、カップ麺10箱が、見つからない。問屋に聞いても売ってくれないし、近くの総合スーパー、ドラッグストアなどに電話しても、見つからない。

ついに、買いだし隊を出動させる。そして入手したのだが、意外にもホームセンターにあった。

CUPMEN


過剰在庫を抑えるため、大手のサプライチェーンでは少量在庫で運用しているのだろう。そして在庫の多くは生産者側に近いところにあり、ジャストインタイムで各店に送られるのだろう。

そして、こういう状況では、向け先が被災地用に変わるのだろう。カップ麺が店頭になくなって食べられなくなっても、被災地じゃなければ困る人はいないだろう。

というのも、カップ麺というのは比較的賞味期限が短いので、長期保存しておくわけにはいかないからだろう。長期保存するためには、麺の水分を少なくしなければならず、一方でスカスカの麺では、湯で戻しても味や舌触りが今一なのだろう。
  
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2016年04月21日

JR桃太郎線?

先日、新幹線から岡山駅で在来線に乗り換えようとしていたら、車内放送の乗り換え案内で、聞きなれない路線名が聞こえてきた。宇野みなと線は○時○分○番乗り場で、桃太郎線は○時○分○番乗り場で・・・

宇野みなと線とは、たぶん宇野線のことだろうと推測がつく。元々瀬戸大橋の完成前は、宇野と高松間は客船だった。橋ができても宇野と高松の間に島があるのでフェリーはあったのだが、その航路がにわかに注目を浴びているのが、「直島」。アートの島で、ベネッセが安藤忠雄氏と組んで作った地中美術館を中心として観光客で賑わう。お土産には「うどんスナック」がエコノミックだ(話がそれた)。

宇野線が宇野みなと線に変わるのは小変化なのだろうが、桃太郎線とは大変化だ。桃太郎像は駅前にあるので、駅前から出ている市電をJRが買収したのだろうか。

後で調べると、JR吉備線が桃太郎線に呼称変更したようで、反対意見も多数あるようだ。

ここで再び話がそれるが、岡山駅は多数の線が乗り入れている。山陽本線、山陽新幹線、赤穂線、吉備線、宇野(みなと)線、瀬戸大橋線、伯備線、津山線。そして市内電車が2系統である。確か全国で一番多いのかな。ただし、駅長は一人だ。(駅長が多いのが横浜駅で、JR、東急、相鉄、横浜市営、みなとみらい、京急の六人)

その中で岡山から北西に向かって進むのが吉備線で、いわゆる吉備路を進み、伯備線と再び合流し、米子、出雲方面に。

確かに、桃太郎=吉備津彦と岡山では言われていて、出雲の勢力と大和朝廷軍が、そのあたりで古代に大戦争をおこなって大和朝廷の勝利に終わったといわれていて、その大和軍を率いていた陸軍大臣が吉備津彦=桃太郎と言われていて、猿、雉、犬というのは出雲軍から寝返った卑怯者たちということなのだろう。寝返りの報償は、団子のはずはなく、カネか土地か奴隷か。

しかし、それらはすべて仮定の話だ。吉備だんごだって、吉備ではなく植物の黍というのが通説だ。

一方、最近読んだ古い本の中には、日本の古代から伝わる話の中でも「桃太郎」というのは怪しい記載が多いそうで、特に出だしの「おじいさんは山に行って、おばあさんが川に行く」という部分は、子捨て風習を思い起こすということらしく、日本の古代には、「要らない男の子は山に捨て」「要らない女の子は川に捨て」ていたということらしい。

そうなると、桃太郎の話は、『(男の子が欲しかったのに)女の子が生まれたので、川に捨てに行ったら、山に捨てられた男の子が運よく流されてきたので、拾ってきて育てた』というような戦慄的な話になる。

ところで、吉備線が桃太郎線なら、御殿場線は金太郎線になるのだろうか。米子=境港間は、境線から鬼太郎線に?
  
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2016年04月20日

原色の街・驟雨(吉行淳之介)

先日、岡山市にある吉備路文学館に行った時に、吉行淳之介のことが色々と書かれていて、いわば昭和の作家の典型みたいだなと思い、かつて読んだことがある2冊を買い置きしていて、古い方から読んでみた。5作の短編集。

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『原色の街』、『驟雨』。いわば娼婦小説。この分野の先輩であるのが永井荷風だが、荷風の場合、娼婦街という社会の中に沈んだ客や娼婦、町並みや人間像を描くことによって、何かもっと大きな世界を描こうとするのに対し、吉行はあくまでも娼婦を描き、客を描く。その人間の内面に切り込んでいく。

一方で、緻密な描写や小説の中に使われる比喩は鋭く的確であり、よほど執筆のための実地取材につぎこんだのだろうと思われるが、本人は別のところで、「ほとんど色街には行っていない」と書いている(信じるべきかどうか)。

この2作を合わせて芥川賞を受賞したというべきだろうが、行為についての描写は、まるでない。

『薔薇販売人』。二作を書くための準備的な感じがある。ちょっと小説の練習をしているような感じもある。

『夏の休暇』。なかなか変わった小説だ。父親と男の子が1週間ほど東京を離れ、静岡の方に旅行にいくと、父親と仲のいい若い女性が登場する。そのシチュエーションについて、結局、明かされることはない。書かれている部分だけでは、小説としては成り立っていないと言ってもいいのだが、不思議に納得できる。

「漂う部屋」。吉行は結核で入院することになるのだが、入院中に院内でおきる人間模様について書く。こういう小説を読むのは初めてのような気がするのだが、よく考えるとこの本を読んだことはあるはずだ(記憶が遠い)、

『驟雨』でもそうだが、他人の気持ちを探って、紙の上に再構築するのが吉行は長けている。長い病気で入院したら、そうやって院内の人間関係をブログに書けばいいのだろう。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)書評

2016年04月19日

「辺野古だけはあり得ない」という説

地震関連の話で恐縮だが、中央構造線の活断層の話ではない。というか、茨城から関東北部、長野から伊勢湾に抜け、和歌山から四国を横断して大分県のどこかから熊本県のどこかにつな;がる中央構造線について、九州地区では火山灰に覆われて、どこを通っているのか特定されていないらしい。つまり、この後、東方面にバリバリ割れていくと、かなり多くの人が痛い思いをするわけだ。そんな場所にも原発がいくつかあるが、もっといい場所はなかったのだろうか。

そして、もっと短期間に繰り返し発生しているのが南海トラフなどのプレートのひずみの解消による地震。これは本州、四国の南部沖だけでなく、九州東部沖から沖縄沖までつながっている。M9.0クラスの巨大地震で津波付きだ。

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そして、突然、米軍の辺野古への移転計画だが、日本総研主席研究員の藻谷氏によれば、「辺野古しかない」のではなく「辺野古だけはあり得ない」のだそうだ。(THE21:4月号)

東日本大震災では自衛隊の松島基地で津波に襲われ戦闘機が大量に流されたのだが、沖縄の東海岸の海上は南海トラフにつながる琉球海溝の正面。地震があれば必ず津波が来る。滑走路は、西海岸か丘の上に作る必要があるとのこと。

同じ沖縄でも石垣島では1771年の八重山地震に伴う明和の大津波は、最大85.4Mもあったという。


氏の論は、その後、東日本大震災で無傷だった女川原発と福島第一の差に及び、驚くべき記載がある。福島第一の建設予定地は、もともと30Mの高台にあったのだが、わざわざ地盤を削って10Mまで掘り下げたということだそうだ。なぜだろう?

こういうのは、理由を知っている人が口を開かないので、困るのだよね。
  
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2016年04月18日

熊本城崩壊?

地震被害によって、天守閣の瓦が落ち、石垣が崩れ、築城後400年の間、そのままだった多くの櫓が壊滅した。

人命被害が多数発生し、多くの住宅が倒壊した状況で、再建計画を考えるのは、いささか違うのだろう。ただ、天守閣は鉄筋コンクリートの復元天守であるので、修復はそれほど時間がかかることはないだろう。

また、堀の石垣や櫓は、やや弱そうな構造と見受けられ、復元の方式の決定も含め、かなりの時間がかかるが、じっくり考えた方がいい。現存12天守の一つである福井の丸岡城は、福井地震で倒壊した後、くずれた材木をなるべく多く使用し、使用困難なものは新材を使っている。

築城した加藤清正だが、城作りの名人で藤堂高虎と人気を二分している。代表作は名古屋城と熊本城。天守閣の特徴は武者返しといわれる石垣の傾斜。一説には朝鮮半島で戦った時に、朝鮮の石垣をコピーしたとも言われる。また一説では地盤が悪いことを知っていて、底面積を確保するための苦心とも言われる。


今回、調べながら気付いたのだが熊本城はKOREAと奇妙に関係があるようだ。

まず、前述の加藤清正の石垣だが、朝鮮半島で見てきたものなのだろう。そして近世の城郭が実際に戦闘用に用いられた例はきわめて少ないのだが、その一つが熊本城。征韓論を主張し、野に下った西郷隆盛が西南の役で、この地で大暴れしたが、城を落とすことができず、再び鹿児島県に追いもどされる。

ある意味、西郷隆盛にとどめを刺した城ということができる。朝鮮半島を蹂躙した清正に、征韓論者の西郷が負けたということになるのだろう。

江戸時代の大半は細川家が統治していたが、江戸幕府は開府以来、徳川政権の次は島津政権と想定していて、島津が江戸に進撃することを想定し、途中に大城を配置していた。
  
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2016年04月17日

ミュオグラフィ‐21世紀の透視図法

東京大学の博物館の一部にあたるインターメディアテク。東京駅前のKITTEビルの2階と3階にある。

現在、日本とイタリアの協賛でミュオグラフィ関係の展示を行っている。

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このミュオグラフィ技術だが、21世紀の透視図法と呼ばれている。透視と言えばX線が相場で、人間の体の悪いところを探したり、金属のひび割れを探したりしている。またソナーとか電磁波などを使って色々なものの内部を探るというのは特に医学の世界ではおなじみだ。

といって、実際には直接目で見るのに勝るわけでもなく、胃の健診だって、バリウム方式と胃カメラ方式がある。

一方、X線は便利ではあるが、大きすぎるものには使えない。たとえば火山の内部のどこにマグマが溜まっているかとかだ。あるいはピラミッドのような巨大構造物のどこに秘密の通路や小部屋が隠されているかとか。X線でも音波探知機系でも歯が立たない。

そこに登場したのが「ミュオグラフィ」。ルーツは昨年のノーベル賞の梶田教授の研究の様に、素粒子(ミューオン)の利用。もちろん裏側にはスーパーコンピューターのような高速な計算能力が必要だろう。素粒子の速度変化とか方向の乱れとかの情報をつかんで内部の構造を明らかにしようということらしい。

イタリアと日本という妙な組み合わせのカギは『火山』ということで、火山の中のマグマの位置を知るのには有効ということらしい。

その前はピラミッドの内部の解析を調べたらしいが、こちらはうまくいかなかったようだ。呪いが掛けられているからだろう。そして火山国日本には、もう一つこのミュオグラフィを利用したい目的がある。崩壊した原子炉内部の構造調査だ。

ということで、X線がその必要に応じて急速に普及したのと同様、ミュオグラフィも急速に進化していく予感がある。極端にいえば地球の内部構造だってわかるだろうし、鉱山や油田の埋蔵量なんかも正確にわかるのだろう。

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本展示のロゴの一番上の部分は、火山の解析結果らしい。不可間近の火山だ。富士山に似ているが、イタリアにある山らしい。

なんとなく、頭の中に怒りがこみあげてきた図のようにも見える。

ところで、KITTEビルだが、東京のビル家賃の基準値になっているそうだ。入場料は無料なので、この上なく損益は赤字だろう。心配になる。
  

2016年04月16日

妻を失い、七冠を得る

同じ日に生まれ、同じ日に結婚し、昨年末の同じ日に離婚した妻(室田将棋二段)のいた井山囲碁六冠が七冠を得ることになった。

結婚した時には、生まれた日(1989年5月24日)が同一であることが海外で報道されていたのだが、1年に2回はあるはずの誕生会が年1回しか開けないので、さびしいのではないかと思っていたが、やはりすれ違い生活で誕生パーティが1回も開けないということが理由のようだ。

といっても、七冠の年収は1億を超えるのだから、妻が我慢できなかったのは他にも理由があるのかもしれない。また、結婚後、夫の成績は上がり、妻の成績が下がったように思うのだが、深い詮索はやめよう。


さて、4月2日の出題作の解答。

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せまいところで、駒を動かす。電話ボックスの中で着替える要領だ。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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できた時(約1年前)にはいい感触だったが、今見ると、並べ詰みのようにも感じる。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2016年04月15日

蟹蛸しゃぶ

北海道稚内市からの返礼品。蟹蛸しゃぶ。しゃぶしゃぶを略して「しゃぶ」と言うが、略称といってもカタカナで書いてはいけないようだ。

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レタスを使うといい、と説明書に書かれていた。

普通、しゃぶしゃぶは、さっと湯に通してというのだが、やってみると、蟹と蛸についてはそうではないような気がする。もともと生の蟹と茹でた蟹の味は異なるし、蛸も生と茹ででは味が違う。茹でた方が好きな人は、少し火を通してから食べた方がいいだろう。気がついた時には大半がなくなっていたが。

レタスは茹でても白菜のように形がなくなるわけではないので、鍋でも炒めものでも使っても構わない。トマトとレタスを炒めた中華を食べたこともある。

返礼品、北海道ばかり攻略しているようで、そろそろ目を南国方面に向けようかな。
  
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2016年04月14日

女は生きる−名前が語る女の歴史(寿岳章子著)

1968年の著であるから、約50年前の本。「亀子」という女性の名前の悩みから書き始められるのだが、そこから女性差別の方向に進んでいくのだが、ちょっと論理的に苦しい。

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古臭い名前というのは、おそらく親が名前を付けるのはゼロ歳の時なのだが、名前が社会手に意味を持ち始めるのは15年後から20年後のあたりである、社会との時差が問題なのだろう。

男の名前だって、亀吉とか捨松とか、よくない名前はあったようで、著者も男の問題としてもある、と書かれている。

女性差別の問題は、個々の家の男性(ジジとかパパ)の問題ではなく、社会全体の問題であるのは間違いないところだ。

ところで、世はキラキラネームだったのだが、どうやらブームは韓国方面にいってしまったようだ。あまりおかしいのは減ったように思う。たとえば、自分でやっている将棋教室でも子供の名前でキラキラは殆んどなくなったようだ。ランダムに並べると、

律紀、龍之介、理史、遼太郎、倫太朗、耕助、惺也、紘大、祐太、信太郎、遼一郎、颯人、琳太郎、陸、雄大、成、遼太郎、祐宇、るか、あやな、真央、真喜、泰成、琉生、匠、大吾、一青、相太、ゆい、といったところだ。

遼太郎とか倫太郎が人気だ。「葉一郎」なんてお気軽なのはない。これでも本名よりはだいぶ格式は高いのだが。

私には読めない、こどもには書けないといったところだが、級位認定書に名前を書かなければならない。

それと、「渡邊」という苗字にも悩まされる。
  
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2016年04月13日

元政治家秘書が上司だった

甘利TPP担当大臣の秘書のK氏が江田憲司の元秘書だったようで、K氏と江田氏の関係は、どちらが相手を切ったのかよくわからないが、こうなると悪徳秘書のババ抜きみたいになる。

山尾政調会長の場合も悪徳秘書が登場するが、「ガソリン代」というのは、公然の秘密として「誰も追求しないこと」が決まりごとみたいになっていたので、それを突きつめると、大勢の該当者が出てくるのだが、基本的に、ガソリン代と言うのは使用量や価格が変動するために、日本全国の役所では予算オーバーしても認められる経費となっているはずだ。

ずいぶん前に石油販売店に勤めていた事があるが、ある地方の公的組織の予算オーバー分の金額のガソリンの領収書を書いたことがある。書かなければ入札に参加できない。

で、話を政治家秘書の戻すと、ある時勤めていた会社の上司(課長)が元政治家秘書だった。大臣に1、2回なった政治家の秘書だったが、体調を壊してクビ(という噂)になって、政治家のあっせんで民間会社に入ったのだが、まったくのコンプラ違反者だった。

ささいなことでいうと、雨の日に二人で外出するときに、彼は傘立てから無造作に1本取りだすのだが、それは私の傘のわけだ。「課長、それは私の傘です」。

休日の時に、営業車を私用に使って、どこかにぶつけ凹ませてしまう。なんと、自分が不正使用したのではなく、私が休日中に勝手にクルマを使って「車をぶつけたという報告書を書け」と言われ、断固拒否。

顧客と勝手にトラブルを起こし、私が顧客のところについていって課長に代わって謝罪すると、「うちの担当者が失礼をして申し訳ない」と言いだして、お客様も唖然としてしまう。

こんなバカ課長は早く○ね!と念じたところ、数年後、○んだ。
  
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2016年04月12日

その白さえ嘘だとしても(河野裕著)

『いなくなれ、群青』で、謎の島、「階段島」を構築した作家による第2弾。

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島の住人は、全員がどこかから連れてこられた人間で、島から出ることはできないし、過去の記憶が僅かしか残っていないため、行くところもない。

第一作を読んだ人には、自分とそっくりな「完璧な人間」が、元の世界に実在し、階段島にいる自分は「欠陥だらけの性格だけを切り離してできた、もう一人の自分」であることを知っているのだが、実は第二作には、その話は描かれていない。

そして、この島を取り仕切るのは「魔女」。魔女の正体に肉薄するのが本作。主人公の男の子は「七草」。とりまく友人は「真辺由宇」。「水谷委員長」。「佐々岡」。「堀」。

そして、その他にも魅力的な人物が多数でてくるが、主要人物の平均年齢は20歳位だ。つまり大人は読んではいけない(こっそり読めばいい)。

作者は、この架空の島の物語をなんとかリアリティを保ちながら組み立てている。

本来、完璧でない性格の少年少女を描いているはずなのに、登場人物は生き生きとしていて、素晴らしい人たちだ。フィクションであるとしても、そういう正しい人物像というのは意外に創りにくいはずだ。悪いやつを書く方が簡単なはずだ、個性描写が今一つでも犯罪の凶悪性でごまかせる。

作家河野裕氏の周辺に、そういう心の美しい人たちが実際に大勢いて、モデルとなっているのかもしれないが、身の回りにそういう人がたくさんいたら、それ自体が幸せなのだから、あえて小説なんか書かないのではないか、と考えてしまうが、こんな変な書評を書いていいのだろうか。

小説の中に登場する「ポケットに金貨の夢」の話。なんでも叶えてくれる金貨を一枚持っていて、それが生きていく望みを与えてくれているのだが、なぜ、自分が持っているのかはわからない。そこに少年が現れ、「ボクの金貨を持っているなら返してほしい!」という。ポケットに手を入れ、金貨を確認するが、そこで目が覚める。

この話、「野球賭博をした人は、今、ゲロってくれれば、1年の資格停止で許したる」という話と似ている。  
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2016年04月11日

パナマ文書と裏カジノ

今年は、当初から不思議な事件が多発している。

女性タレントや京都の代議士の大活躍とか、ホームランバッターの覚せい剤、TPP担当大臣秘書の口利き、巨人軍選手の野球とばく、バド選手の裏カジノ、そしてパナマ文書。

新しいのがバド選手の裏カジノとパナマ文書だが、そもそも裏カジノで、バカラで1000万円負けたなんて話は、パチンコや競馬で負けたのと、同じような話だし、株で損したというのと、それほど違う世界ではないような気がする。ただ、犯罪行為であり、さらに暴力組織へ流れたということだが、暴力組織に流れる話はバカラに限らずよくある話だろう。

そもそも、日本にカジノを作ろうという政治的組織もあるのだから、それほどのものとも思えない。

それよりもパナマ文書の方だが、南アメリカやアイスランドの大統領などそんなものなのだろうが、大国(ロシア、英国、中国)の指導者に近い人たちが登場となると、きな臭い。

たとえばリスクマネーの最たるものは株とか資源なのだろうが、これらは政治的リスクにより大きく変動する。つまり、政治的緊張や緩和を自分で行えば、反対取引として売買を行えば大儲けになる。上記の各種の例からいえば、野球とばくに似ている。自ら張って自ら帳尻を合わせる。自分で軍隊を動かして相場操縦できるではないか。

バドの方は1000万円損したというのが大事件になるのだが、某国大統領周辺人物2000億円とか数字が出てくると、さらにアホらしく感じる。

ところで、2000億円を友達が海外運用していた日本に最も近い国の大統領だが、その出所は給料なのだろうかあるいは、どこかの金庫なのだろうか。
  
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2016年04月10日

江の島水族館とウミガメの話

先日、鎌倉に行った時に、江の島水族館に行った。鎌倉には人口に対して、アミューズメントが多すぎる。おカネと時間を持て余した人には天国なのだが、おカネと時間はなかなか両立しないものだ。

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大水槽ではイワシやアジが泳いでいてサメやエイも一緒だ。毎日、何匹かのイワシがサメに食われるのだろうが、お構いなしだ。

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人気があるのが「くらげ」。世界には多数のくらげがいるようだ。色は美しい。よく目立つ。わざわざカロリーのないクラゲを探して食べようという動物がいないのだろう。中華料理ぐらいかな。

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山形県に有名なクラゲ専門の水族館があるはずだ。いずれ行くかもしれないが、おカネと時間に余裕がない。


そして、ウミガメ。どこの水族館でも人気者だ。同じ爬虫類といっても、ヘビ、トカゲ、ワニと並べてみると、ウミガメがもっとも人間的に言うと美しいのではないだろうか。

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浦島太郎の物語では、酒池肉林に釣られて釣竿を捨てて亀の背中に乗った漁業従業者が、遊び疲れて帰国すると、すでに長い年月が経過していて、知人、親類など一人もいないわけで慟哭の涙を流すのだが、・・

確かに亀はウミガメといっても海中で呼吸するわけではないので、カメの甲羅につかまっていれば、竜宮城ではなく、どこかの無人島に到着することはありそうだ。そこで、帰国すべく散々努力するが、なかなか帰れずに、ついに何らかのチャンスを得て帰国したところ、そこには誰もいなくなっていたというようなことはありそうだ。

思えば、元寇のときには九州北部の島々が襲われ皆殺しにされている。亀の背で漂流して無人島にいた間に、もとの島や漁村が元と高句麗の連合軍に蹂躙されて、全滅した、ということがあったかもしれない。浦島という名前だってそういう感じがする。
  

2016年04月09日

「人工知能に棋士が負けても悲観しなくていい」??

プレジデント誌4月18日号に、茂木健一郎氏が書いている「人工知能に棋士が負けても悲観しなくていい」というコラムを読んで、ややわからなかったのは、このタイトルには、主語が明示されていないこと。悲観しなくていいのは、棋士のことなのか、あるいは人類のことなのか。

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囲碁のトップ棋士を次々を連破しているAlphaGoについて、茂木先生は「囲碁将棋チェスなどは、世界的に見ると『スポーツ』の一種だから、マラソンランナーの起源が戦争の伝令であった時とは異なり、自動車の方が移動時間は速いし(電話はもっと早い(おおた))、といって今や空前の市民マラソンブームだ。

だから、囲碁などのボードゲームを人間が楽しむことがなくなる、ということはないし、認知症の予防になる、とのこと。

やはり、悲観しなくていいのは、棋士ではなく人類の方なのだろう。

ただ、将棋に関していうと、AIが素晴らしいというより、人間の方が悪手を指すというように見える。人間の脳の働きには欠点がいくつかあるというのは、人間の脳の使い方は神経を使った化学反応であり、AIは電気信号だからなのかもしれない。


さて、3月26日出題作の解答。

飛車を取る前に、桂の打ち替えをしないと、飛車の打ち場所がない。桂の打ち替えと飛車を取る手に時間差があるといいのだが、本問は時間差がないため考えやすい。

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動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

つごうにより、問題、貼り替えます。

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2016年04月08日

ラザニアキット

今やショッピングモールの多くに出店している「KALDI」で、前に買っていたラザニアキットについに着手することになった。

『キット』といえば、昔はゲルマニウムラジオとか秋葉原で買ってきて組立てた記憶が蘇ってきた。最近ではパソコンを自作する人も多いようだが、ラザニアキットというのは、イタリア料理であるラザニアをこの一つの袋の中にある素材で作ってしまおうということ。

たいして考えずに買ってきてお湯につけて温めれば食べられるのだろうと誤解していたのだが、かなり手間取りそうなのでほっといたのだが、週末に買い物に行かなかったので、ついに食材を食べつくしそうになり、製作に取りかかる。

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袋の中には、パスタ6枚、ホワイトソース、サフランソースの魚介ペースト(あさり、えび、いか)。

その他必要な物は、グラタン皿、オーブンまたはオーブントースター、少量のオリーブ油かバター、あればチーズ、そして調理人(つまり私)。

まず、調理は思いもかけないことから始まる。最初にパスタを一枚ずつ水で洗うわけだ。確かに粉が付いているのだが、中国製じゃないのだから農薬とか関係ないだろう。洗剤で洗う必要はないようだ。びちゃびちゃにするのがいいらしい。

そして次はグラタン皿にオリーブオイル(バター)を塗りつける。オリーブオイルの出番はこれで終わり。このグラタン皿、門司から帰ってきて、門司名物の焼きカレーを模倣して作るために買ったのだが、二度目の出番だ。ちょっと小さいが、結果としては問題はなかった。

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そして、ホワイトソースを塗ってからパスタを敷くのだが、もう少し大きなグラタン皿をイメージしているようでパスタ1枚半を一層とするようになっているが、このグラタン皿だと1枚しか敷けないので、6層構造になる。レクサスの塗装のようだが、何層も重ねるので、魚介ソースやホワイトソースを無駄に塗ると、最後に足りなくなる。

下から、ホワイトソース、パスタ、ホワイトソース、魚介ペースト、パスタ、・・・と6枚重ねにする。時々溶けるチーズを挟んでみるが、完成品が柔らかくなり崩れやすくなる。そして全部セットの組み立てが終わると、220度のオーブンで25分焼くわけだ。細かくいうと、オーブンは予熱が必要なので、前工程の途中で予熱開始した方がいい。

そして完成。

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焼き上がったグラタン皿を素手でつかむと火傷するので、ご用心。

袋には二人用と書かれているが、どうみても一人用だ。グラタン皿から半分切りだしたが、結局、残りも食べてしまう。これだけでは、食卓が寂しそうなのだが冷蔵庫の中には直ぐに食べられるものは「いかなごのくぎ煮」しかないので、アボガドのお刺身を作ってみた。

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ワインは二杯だけにする。

味は、おいしいです。調理人渾身の一作。ところで「Lasagna」ってラザニアだよね?  
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2016年04月07日

長すぎた入学式英語スピーチ

東工大の入学式で学長のスピーチが英語だったことがニュースになっている。これから入学式を行う全国の大学で、大急ぎで準備が始まるのだろうか。

問題は、スピーチの内容で、会場で同時に配られた和訳をみると、入学に関する部分には、感動的なことばは見当たらない。「みなさん入学おめでとう。これから勉学に勤めてください。以上。」というに過ぎないような気がする。さらに、これからは海外との交流が重要で、色々なプランがあるので期待してください。というようなことを回りくどく長々と述べていて、そんな連絡事項みたいなことを話さなくてもいいのではないかと思ってしまう。

一方、ヒアリング能力がイマイチの学生に合わせて英語のスピーチの内容を低レベルに下げると、それこそ入園式になるのだろう。

いずれにしても、スピーチは「短く、感動的に」という原則を守れば英語でもいいと思うのだが、そうなると難しい。なにしろ、「長々と詰まらない」話をどこの国のコトバに翻訳したってしょうがないじゃないだろうか。

また、東工大という微妙な存在の大学だけど、理学科学系の巨人である。世界で自分の国のコトバで学問を高度化した国は数カ国しかないのだから、やはり日本語でしゃべってほしかったような気もする。

ところで、短く、感動的で、英語というと有名なのが、クラーク博士の「Boys、be ambitious」。

一般には、「少年よ、大志を抱け」となっている。

現代なら性差別となるので、「Girls and Boys」で始めなければいけないだろうが、これは札幌農学校を離れる時に彼が卒業生に対して語ったコトバである。

しかし、この短く、感動的な英語だが、ちょっと調べると、美しいコトバの裏側も見えてくるわけだ。

まず、クラーク博士は、マサチューセッツ農業大学の学長だったのだが、1年間の長期休暇制度を利用して、日本のお雇い外国人となっている。永年勤続表彰で得た長期休暇を利用してコンビニのアルバイトをしているようにも見える。

移動期間も必要なのだから、結局日本にいたのは10か月。1876年の7月から1877年の5月まで。北海道は冬の時期だ。もちろん講義は全部英語で通訳なし。地面は凍てついていただろうから農業実習は困難だったのではないだろうか。

そして、実際には、この名言は、短歌であれば、五七五の部分で、その後ろに七七の部分がある。

Boys, be ambitious like this old man.

少年よ大志を抱け、この老人のように。となる。old man と言っても、博士は50歳だ。Boys の方は20歳代だろうから年の差30弱。青年よ大志を抱け、このおじさんのように。といったところだろうか。

さらにambitious というのは、大志というか「野心的であれ」というべきで、アメリカ人だからそれでいいのだろうが、日本的な大志とは異なっているような気がする。

クラーク博士も米国に戻ったあと、元の大学に戻らず、洋上大学を起こして大失敗。さらに鉱山開発にも失敗し、巨額借金に追われながら59歳で失意の中、亡くなった。
  
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2016年04月06日

新千歳空港の月

最近、北海道によく行くのだが、不幸なことに、朝8時の岡山空港の駐車場にクルマを置いて、新千歳空港に10時過ぎに着陸。行き先にはJRで移動なので、午後一の約束のため、11時に空港のラーメン店に入り、その後、目的地にシフト。

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そして一仕事終わると、すぐに空港に戻ってくると17時頃になり、空には月が見える。

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18時の飛行機に乗るため、カフェテリアで早飯。武田軍に粉砕され浜松城に逃げ込んだ家康が茶漬けを食ったように、ジンギスカン丼をかきこむ。ジンギスカンを丼にしてもいいのだろうか。指で食べたわけでもないのに、右手の指が羊肉のにおいになる。トイレで石鹸で洗っても消えない。

20時半頃に岡山空港に着陸し、また運転して自宅に戻るため、北海道でビールを飲むわけにはいかない。


しかし、市街地で見る月と違い、北海道の月は素朴だ。江戸時代以前の人類が見た月ってこういうものなのだろうと思うが、北海道を侮辱しているのかな。自然がいっぱいだ。  
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2016年04月05日

京急発祥の地

京浜急行の川崎大師駅のそばに、円型のモニュメントがあった。遠目でもだいたい見当がつく。京浜急行発祥の地であろう。

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横浜の桜木町駅の近くには、日本鉄道発祥の地の碑がある。そちらは車輪が地上に寝かされ、その上に碑が立っている。

京急の営業は、明治32年1月21日。川崎六郷橋と川崎大師の間で営業を始める。当時の社名は、大師電氣鐡道。営業距離は2キロだそうだ。単線で車両は5両だったそうだ。5両というのが、どうなっているのかよくわからないが、2両で一編成として、途中駅ですれ違うのだったのだろうか。ちょうど1キロにところに駅を作ると単線のすれ違いが可能だ。そして予備車両が1両。

その後、社名は京浜電氣鐡道を経て、京浜急行電鉄となり、普通の人は「京急」と略号で呼ぶ。線路幅が標準軌でスピードを出し易く、JRに乗り慣れている人が京急の快速特急に乗ると、「無謀運転」のように感じ、吊革を持つ手に力が入る。

ところで、日本の私鉄の中には、寺社への参拝客を目当てに設立されたものも多く、たとえば成田山に向かう京成電鉄がある。福岡の西鉄も、設立母体の一つは大宰府馬車鉄道だ。

高野山にも高野山電気鉄道があり、法人としては南海電鉄の前身にあたる。


そういえば、サウジアラビアでメッカとメディナ間の巡礼者用の高速鉄道計画(全長450キロ)があり、スペイン企業が受注したものの、毎年の砂嵐対策にめどが立たず頓挫しているようだ。

もともとアラビア石油の日本権益失効の時にも、対価として鉄道建設を要求されていたように思い出す。やはり砂嵐対策が見つからず断念したはず。今さらながらというところだ。
  
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2016年04月04日

川崎大師に

川崎大師は平間寺というのが正式で、略称が川崎大師というようだ。多摩川を隔てて東京都で、年始には大勢の参拝者であふれかえる。

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以前、行ったのは数十年前で、何の理由で行ったのかも覚えてないし、京浜急行川崎大師駅からの道筋も定かでなく、寺の外周を回って遠回りで参拝した記憶がかすかにあったのだが。

今回の参拝だが、実は亡くなった両親の家を片づけていたら、宗派である真言宗の全国各地のお札とかたくさん出てきたわけだ。成田山他、四国の巡礼路のいくつかとか京都とか高野山とか・・

それらについて、どこかに納めさせていただこうと、一つの袋に集約していて、行くなら川崎大師と決めていた。首都圏の真言宗寺院としては最大級ということだ。

そして、京急大師線で川崎大師駅に降りて、ウロウロしていると、参道入り口を見つけることができた。

数十年前の記憶とは異なった方向に歩き出す。しばらく参道のお土産店を歩く。「くず餅」とか「のど飴」が名物だ。昔は「蛤」が名産だったらしい。子沢山で有名な11代将軍の徳川家斉が川崎大師を愛用していたそうだ。妊婦に餅や飴を手土産に持ち帰ったのだろうか。

そして、参道は突然に右に曲がり、少し先をさらに右に曲がる。つまり方向としては逆戻りだ。そこにはまたや参道があり、土産店が並び、最終的には山門の前にはせんべい屋があり、「立ち食い禁止」のポスターがある。いかにもうまそうな煎餅である。

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そして、古いお札の納め所という指定の場所にまとめてお札と「お気持ち」を納めるのだが、お札だけじゃなく「だるま」がいくつも納められていた。そういえば大師さまと達磨は関係が深いが、納められた達磨の中には、隻眼の「落選ダルマ」は一個として確認できなかった。たぶん二つ目を書き入れてから処分するのだろう。あるいは再利用か。

もう一つは、最近起きたベルギーでのテロや世田谷の暴走事件の犠牲者の慰霊の意味があった。夢の中で見た事件が、形を変え実際に起きたような嫌な感覚が脳の中に漂っていた。亡くなられた方には何の意味もない突然の不幸について、信仰の世界ではどのように解釈するのだろうか。少し長い時間をかけて瞑想してみた。

夢と言えば、川崎大師の正式名が平間寺というのは、わけがあって平間さんという普通の人が夢の中で高僧に会い、夢の中のコトバをヒントに、海の中から菩薩像を網で引き上げる。それを聞きつけたある高僧が訪ねてきて、共同事業として寺院を開き、出資者の名前を寺に付けたそうだ。オーナーの名前の企業の経営者が別人というような関係だろうか。

帰りに買おうと思っていたせんべいを買い忘れた。
  
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2016年04月03日

堺打刃物の世界

日新製鋼の本社ビルギャラリーで「堺打刃物」が紹介されていた。

堺打刃物=さかいうちはもの 全国の包丁シェアは7%だが、業務用なら90%以上とのこと。

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堺で刃物が作られるまでには、いくつかの前段階があった。まず、古墳時代の「仁徳天皇陵」。堺市内にあるこの天皇陵造営のため日本中から職人が集められ、そこで鍛鉄技術が磨かれた。当初は農具が作られていた。

その後、16世紀にポルトガル難破船が、日本に鉄砲を伝える。あっという間に堺は鉄砲生産量全国一となる。

さらに、これもポルトガル人の伝来だが、刻みタバコを切るためにタバコ包丁も全国一位になる。

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展示会では、各種の包丁が並ぶが、ひときわ感動したのが、「すいか切り包丁」。


刃渡りが短いと、この感動が選べないわけだ。
  

2016年04月02日

「米長哲学」の真意は

将棋世界誌2015年5月号で、内藤九段は「米長哲学はたまたまできた話」と語ったことについて、将棋ペン倶楽部誌で「O」氏が書いている。米長哲学というのは「自分には消化試合でも相手にとって重要な対局の時は全力を尽くす」というもので、普段の米長氏の現金さから考えれば、いささか違和感のあるコトバだ。

実際には、消化試合というのは、現在ではほとんどないのだが、そのため、「ふだんの対局には力を入れなくても、相手に重要な対局では全力を出す」というように勘違いしている棋士もいるらしい。順位戦全敗で迎えた最終局で昇級候補を破ったりしたり。

1970年3月のB1級最終局で自分が負ければ対局相手の大野九段が昇級したのに、勝ってしまったためライバルの中原元名人が昇級してしまい、自虐的にしゃべったらしい。それを将棋連盟が利用して、無気力対局の追放に利用したというのが内藤理解だそうだ。

その後、C2クラスからの陥落制度もでき、基本的に無気力将棋はなくなったはずだが、今度は、首切り役の棋士のメンタルヘルスのために利用されることになる。本来なら自分が勝てば相手が引退というような場面では力が入らないものだが、その時にこそ、バサッと切り捨ててしまいなさい、というようなことになる。

もっとも、勝つのは難しいが負けるのは簡単なのがプロの将棋だ。勝ち負けはやぶの中にある。対局者同士は感じるのだろうが。


さて、3月19日出題作の解答。

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動く将棋盤はこちらhttp://ota416.blog71.fc2.com/blog-entry-542.html。


今週の問題。

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飛車の守備力をかわす必要がある。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)しょうぎ

2016年04月01日

まぐカツは口に合わず

最近、全国各地のトンカツ店で増えてきている料理がある。

『まぐろカツ』

岡山だけだと思っていたら関東にも増殖中のようだ。

倉敷の某有名カツ店に顧客と昼ランチに行き、つい注文してしまった。

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ようするに肉のかわりがマグロのわけだ。中まで火が通ると白くなってしまうので、途中のレアの状態で揚げるのだろう。白くなったらマグロかどうかわからなくなってしまうのだろう。カジキのカツみたいになるだろう。

で、どうやって食べるのかというと、ソースにわさびで食べるようだ。

で、味はと言うと、あまり口に合わない。人類の舌は保守的なのだ。トンカツとは異なる舌触りとか、「とんかつソースにわさび」というような新奇の味には簡単には慣れない。

わさびをつけるなら、生のマグロの方がいい、と思うわけだ。また、トンカツソースには豚肉が合う、と感じてしまうわけだ。

もしかしたら、カジキマグロのカツにホワイトソースなら美味しいかもしれないと思ってしまう。

一応、記念に一枚撮影したのだが、お客様も一枚撮影していた。どういう意見を書くのだろうか。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)あじ

2016年03月31日

ピアノ二重奏

年金生活に突入した男性知人の話。

自宅に電子ピアノがあるそうだ。こどもさんが独立して、家にピアノが残った状態。

奥さまに誘われて、一緒に「大人のピアノ教室」へ通い始めたそうだが、どうも教材が易し過ぎる。彼は、こどもの頃からピアノを弾いていて結婚するまでピアノを普通に弾いていたので、今さら一本指で「サクラサクラ」とかベートーベンの「運命」なんかやってもしょうがないわけだ。

といっても、どうも奥さまは一本指で弾いているようなので、今さらピアノが上手なことを言い出せず、下手なフリで通しているそうだ。もちろん、カミングアウトする時期をすでに逸しているわけだ。


で、それだけでも面白い話なのだけど、私がひそかに思ったことは、

『彼の奥さまも、わざと下手に弾いているのではないか』という仮説だ。

お互いに、相手に配慮しながらウソを通すわけだ。

モーパッサンなら、良質の短編小説が書けるだろうか。「首飾りの・・・」というのがあったような記憶がある。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)市民A

2016年03月30日

二つの事件

ベルギーで爆破テロが起きている。

日本では、世田谷で飲酒状態で国道を100キロ以上で逃走し、タクシードライバーを死亡させた事件が起きた。

この、まったく関連性のない事件だが、自分の中では、かなり割り切れない形でつながっている。

事件から1週間ほど前、仕事上で強いストレスを感じる事態が発生していて、一晩に二回も強烈な夢で起こされた日があった。


最初の夢は、室内でガス爆発。

数時間後に次の夢。飲み過ぎたワインのせいか、つい運転中に寝込んでしまった。(本来、夢なのだから寝込んでしまって当然なのだが)そして、酔っ払った状態でうつらうつら眠りながら運転していて、ついに、警官や新聞記者にクルマを取り囲まれる。

すでにストレスは解消しているのだが、非科学的人間じゃないのだが、こころがざわついている。

寺院で多くの人たちの冥福を祈ろうと思う。  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)市民A

2016年03月29日

『時のなごり(津村節子著)』連載、突然の最終回

新潮社の書評誌『波』に連載中だった津村節子氏のエッセイ『時のなごり』が最終回を迎えた。54回ものロングランで4年半にわたる。調べると、津村氏は87歳。女性の平均寿命を既に上回っている。

夫の吉村昭氏が闘病の末、入院中のベッドの上で体内に挿入された何本ものチューブを自分で引き抜き、事実上の自死を選んでから10年経つ。このエッセイも、当初は夫のことを中心に書かれていたのだが、最近は自分の活動について書き始めていたように感じていた。心の整理がついたということなのだろう。

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ところが、最終回に書かれた内容と言うのは、ちょっと驚いた話で、昨年末にちょっとしたことで、地下鉄虎ノ門駅の階段で足をふみはずし転倒、結果として左の大腿骨骨折という大けがをしたことが記されている。

私も、勤務先が虎ノ門近くだったこともあり、全地下鉄駅の中で安全度最低と思っていた。エスカレーターやエレベーターも不足(というか、ない方向もある)している。

その結果、自宅の近くの大学病院に入院することになり緊急手術ということになったそうだ。それが、昨年の11月のこと。

確か、金属を入れる手術だったような記憶があるが、吉村昭氏のように、体内にパイプがつながっているわけではないのだから、世を恨んで引き抜くわけにはいかない。ただただ、下界と遮断された環境でリハビリを続けることになるのだろうが、大けがから既に4ヶ月。退院されて歩行されているのだろうか。エッセイは終わってしまったし、とりあえず確認できないままである。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)書評