2014年12月19日

上原ひろみ、岡山に

hiromiu上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト、「ALIVE」JAPAN TOUR 2014 が全20公演の日本ツアーの18番目に、岡山市民会館にやってきた。実数はよくわからないがFBなどで推測すると、『伊豆の踊子』の旅芸人みたいに、いつも世界のどこかに出没してLIVEしているような感じだ(今年の演奏北限はデンマークで、南限はアルゼンチンだったそうだ)。

本当は、東京フォーラムで3連続公演があって、そちらの方がよかったのだが、早々と席が売り切れ。そうなると、地方都市のいいところで、売り切れまでに時間差があって、数か月前に予約購入したのだけど、問題は12月の中旬ということで忘年会シーズン。とりあえず、当日の出張仕事を入れておいて、直前キャンセルという荒業を実行。

で、なんとか会場に辿りつくと、昭和後期の香りが漂うホールで、こんなところでいいのだろうかと思うのだが、年配の観客も多い。よく考えると、地方都市ってこういうものだよね。若い人は少なく、さらに薄給生活。

そして、席は「S」席なのに、二階の奥の端の方だった。といっても渋谷のNHKホールのように天体望遠鏡が必要ということではない。演奏が始まって気付いたのだけど、ちょうどピアノの鍵盤の延長線上で「上から目線で見える」位置になっていて、横顔(右側)と右手と左手が同時に見えるという、かなり運のいいシートだったわけだ。

それで。気付いたのが、右手と左手の指の形の差。指は大ざっぱにいって、丸く保つ式と指をのばして使う式に分かれるが、彼女は、右手は指伸ばし式で、左手は丸く保つ式のように見えた。

そして、演奏している3人のうち、上原さんだけはエネルギもりもり型なのだが、残る二人の男性にはお疲れ感が漂うと言えないでもない。前日は埼玉の川口で、岡山の翌日は福岡。そして大阪が最終となる。毎日食べているご当地ラーメンの結果が、エネルギになる人と、体脂肪になる人がいるということなのだろうか。

コンサートの前半は、多くの時間が鍵盤の右端の方で音階が高速回転していくので、高音疲れで、だんだん疲労感が脳や心臓に貯まっていくのが自覚できる。これって、「JAZZ」というより「祭り」だ。祭太鼓なんだ!

休憩時間の後は、鍵盤の中央付近でのプレーになるので、聴く方に余裕が出てくる感じで、「そういえば、日本的な主題がある、と感じてくる。日本人が2000年以上前から抱いている感性「さびしさや孤独感とやるせなさ」など。

そして、ちょっと新しい弾き方を披露している。JAZZでも祭りでもない宇宙音楽みたいな世界。成功かどうかはよくわからない。

そして、3時間近い熱演は終演。ピアノでも弾いてみたいなと、指の屈伸運動をしながら席を立ったものの、外に出れば小雪の舞う世界。齢のせいか指先冷却化作用により神経がこわばってしまい、あわててポケットの中のホカロンをさがす。
  

2014年12月18日

君も「マジック王」。消える・・

「プレジデント」誌の最近号に、「これで君も忘年会の主役!『にわかマジック王』入門」という特集があった。

プレジデント誌というのも、実は結構売れているのではないかと思うことがあって、プレジデントが読むと言うよりもプレジデントになりたい人が読んでいたり、社長室のディスプレイの一環(お飾り)になっているのかもしれない。

今回は、年末と言うことで忘年会の特集で、特にビール会社の宴会では、次々と芸人が現れる話が書かれていた。後日、ビール会社Aに勤務していた女性と結婚状態継続中の男性に聞いたところ、忘年会でなくても面白い人がたくさんいるそうだ。楽しそうでいいようだが、そんな単純なことじゃないのかもしれない。

magic


そして、圧巻は「にわかマジック」。プレジデントの人がお客様との忘年会で、突然マジックを始めたりしたらおかしいのではないかと思うのだが、まあ硬いことを言わずに読んで見ると、いかにもあやしいマジックが並んでいる。

特に、「消えるペン」というのが“こどもダマシ”っぽい。

仕掛けはなし。というか、メガネをかけている人には難しいかもしれない。

左の手のひらにコインを一枚おく。そして取り出したボールペン(割りばしでもいいことになっているが、やってみると難しい)。右手でペンを持ち、指揮者のタクトのように頭の上の方から一振りしてコインをトンと打つ。続けて3回振るわけだ。一、二、三!

コインが消えるのかと皆が思った瞬間、消えるのはペンの方だ。

コツは二回目に振る時に何気に大きく頭の上の方まで上げるわけだ、そして三回目に振る時にペンを耳にはさんでしまう。だから消えたわけじゃなく耳の上にあるわけだ。

本当は、手品というのは、何百回と血のにじむような練習をしないといけないのだが、実は、さっそく一度も練習しないで(頭の中では演習してあるのだが)、ぶっつけでやってみると、うまくいくわけだ。みんなだまされる。コツは、自然体で服の中をさがして、たまたまボールペンを使ってみようという話術。誰だってコインが主役と思っているので、錯覚を利用するわけだ。そして、ペンの振り方。一回目は小さく、二回目は大きく。そして、三回目は二回目と同じスイングにすること。

ただし、割りばしでは軽過ぎて耳にはさむのがかなり無理だ。メガネの方も無理な気がする。

しかし、手品が見事に成功した後、二つの巨大問題が発生することになる。

一番目の問題は、耳にはさんだペンの始末である。そのまま、電車に乗って帰宅してしまうことがないようにしなければならない。割りばしだとなおさらだ。その場で解決できないからつい忘れがちになりそうだ。ペンを元に戻す手品も覚えなければならないだろう。

そして、二つ目の問題の方がさらに重要なのかもしれない。つまり、「マジックで人をごまかすことが得意な人間だ!」と相手から思われること。

実際、マジックが得意な人間は、要注意人物なのだと思う。
  
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2014年12月17日

日本人監督が現れないのは

男子サッカー日本代表監督のアギーレ氏が八百長容疑で告訴されたようだ。2010-2011のスペインリーグで監督の率いるチーム(サラゴサ)がリーグ陥落危機に際し、相手チームを買収した時に八百長が行われたとされる容疑だ。

なぜ、勝った方のチームに疑いがかけられるのかというのは、買収資金のルートが複雑だったことによる。まずチームのオーナーが相手方の選手に金を渡すために、一旦、味方の選手にボーナスを振り込んだそうだ。普通は、ボーナスは口約束で、勝ったら渡すのだから、事前に渡すのは少し妙だ。そして、振り込んだボーナスはすぐに回収されて、今度は相手側の選手に渡されたそうだ。

つまりトンネルというか、マネーロンダリングというか。オーナーが直接八百長資金を振り込んだのではなく、カムフラージュしたらしい。

本当にそうならば、各個人の銀行口座を調べれば簡単な話なのだろうが、果たして個人に振り込んだおカネを、勝手に回収することなんか本人の了解なしにできるのだろうか。

わたしなら、振り込まれたおカネは返さないだろう。一人1000万円ぐらいらしい。

あるいは、連絡が選手一人ひとりにあって、カネを返してくれということになったのだろうか。その時に「これは、八百長資金」とオーナーから言われたのだろうか。あるいは単に「他人の分を間違えて振り込んだので返してくれ」と言われたのだろうか。

試合は、一つ一つのプレーに対しては八百長らしくないものの、点数の流れから言うと、らしいようにも思える。実際、負けようと思っても相手がシュートを打たないのに自分でオウンゴールするわけにはいかないので、先にリードされれば、その後本気プレーになっても、八百長とは感じられないわけだ。

しかし、そういうことが自然に行われるような環境がすでにあり、もともと八百長が頻繁に行われているのだろうか。

ところで、後任選びが始まっているようだが、やはり外国人を探しているようだ。今季三冠のガンバ長谷川健太監督など実力がありそうなのだが、なぜか話題に出ない。

おそらく、Wカップ出場経験がないと、本田とか有力選手のチーム内暴走を止められないのかもしれない。ちなみに長谷川監督はドーハ悲劇組だ。

思い切って、ロボットを監督にしてみたらどうだろうか。もっとも監督がボールを蹴る必要はないのだから、人間型ロボットである必要もなく、単なるデータ分析用のコンピューターと対戦型ソフトであればいいのかもしれない。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)スポーツ

2014年12月16日

携帯用のパソコンを使い始める

いま、横浜と倉敷の二極生活なので、PCが2台、会社で1台使っていてそれぞれが脈絡ないので、非常に使いづらい(自分のせいだが)。bookmarkの整理もバラバラだし、OSもソフトも少しずつ違う。

にもかかわらず、出張先で営業実績表を解析したり、見積書の査定をしたり、また航空券やゴルフ場の手配とか、ソフトを使って作った詰将棋を検証するとか、それにブログをアップするとか・・スマホの能力を超えていることが多い。ということで11インチのパソコンを購入。4台使用になる。ますますでたらめだ。

pcm


しかし、デザイン重視で選んだため、薄すぎて色々と大変なことが多い。まず、USBが普通のものではだめで、薄型の入力端子になっている。これにはアダプターがついているので外部のソフトをインストールするときなどは、たとえば、CDからいったんUSBメモリーにコピーして、それからインストールするということになる。

さらに外部入力の方法がないようになっているが、よく本体を確認すると、カードが入る場所があり、どうもmicro SDカード対応のようだ。古い携帯電話からMICRO SDカードを引っ張り出して差してみたが、何ら反応しない。どうも腑に落ちないのに色々やってみると、電源オフの状態で差して、電源を入れると認識する。よくわからないが、よしとする。

マウスは不要だが、詰将棋用のソフトは、マウス対応なので、ブルートゥースマウスを買ってきたが、すぐには使えない。専用ドライバーをネット上で入手してインストールが必要。といっても、通信はスマホのテザリングを使うことにする。なんか妙な使い方だなあ。

で使うまでが大変なのだが、とりあえず、ブログのアップをするため、自分のブログを確認。なかなか、営業所の実績分析には手が回らないような気がする。  

2014年12月15日

太閤と百姓(松好貞夫著)

taiko太閤とは豊臣秀吉のこと。本書は基本的には「秀吉批判」の書である。題名の「太閤と百姓」というのは、政権は豊臣であっても、実際の社会は百姓が支えていて、その基礎的な生産力の上に武士の頭領争いがあって、そのトーナメントの勝者がたまたま秀吉だったという主旨の内容を意味するのだが、百姓問題は刀狩り検地という政策で抑え込んだのがその後の徳川の圧政の起源ということだそうだ。

そして、そこから先は、老年の秀吉の暴挙、特に朝鮮出兵という大失敗を、なぜ、秀吉は明国まで攻めて日本の首都を大陸に動かそうとしたのか、という考察に入る。こちらの方が面白い。

まず、天下統一の過程で、殊勲のあった武士に対して、領地を分けなければならないのだが、もうほとんどリザーブしていた地面がなくなったことがあるそうだ。なにしろ、国替の対象に朝鮮半島まで加えて考えていたらしい。

さらに、長男が亡くなるという大不幸で正気を失っていたという説もある。陰謀的には家康は豊臣家の弱体化を望んでいて、あえて不毛の戦いを黙認していたということも考えられる。

といっても、秀吉自ら病体の身で朝鮮半島に渡ろうとしたのを、思いとどまらせたのは家康だったらしい。天下統一の基盤を作ってから永眠してほしかったのだろう。秀吉が朝鮮半島で客死してしまったら、歴史の教科書を書き直して戦国第二ラウンドを始めなければならない。黒田×伊達ということになったのだろうか。日本はキリスト教国家になっただろう。

ということで、著者はかなりの秀吉嫌いなのだろう。

ところで、検地以降江戸時代の農民だが、容赦なく年貢を絞り取られる立場で、政権とは敵対関係にあったようだが、現代では年貢(税金)は、ほとんど低率で、逆に補助金をもらう構造になり、政権と親密関係にあるようだ。
  
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2014年12月14日

児島虎次郎記念館へ

倉敷の大原美術館には、エル・グレコやゴーギャン、モネ、マチスなどの世界の名画を集めた本館の他にも、分館、工芸・東洋館などがあり、さらに児島虎次郎館(およびオリエント館)がある。

児島虎次郎館は、場所も離れていて(アイビースクエア内)、さらに本館内に展示されている彼の作品が、やや二流的な感じを与えるため、いつもパスしていた。どちらかというと、画家と言うよりも大原美術館の欧州地区買い出し人と認識していた。

先日、同じく美術館の付帯施設である「有隣荘」が期間限定で公開された時に、ついでに児島虎次郎館にも足を延ばしてみると、

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かなりの量の作品が展示されている。もしかしたら、彼はお金に困っていなかったので、絵画をあまり売らなかったのではないかと、感じた。梅原とかフジタとかと比べても遜色ないような完成度の高い作品が並んでいた。

確かに、彼が画家としてフランスを中心に活動していた時期(1910年代から20年代)は、「美」「光」を求めた印象派のブームが去り、荒々しいタッチのルオーとか数多くの画家が絵画的実験を行っていた時代なので、児島虎次郎のような色々な流儀の折衷型のような画家は身の置き所がなかったのかもしれない。

といっても、絵画は能書きで見るものでもなく、ピカソなんか、何度も主義を変えて書き続けたのだから、単に作品と直接対峙すればいいのだろう。

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そして、コレクターとしての眼の真贋が問われるのが、骨董とか出土品。絵画の選択より難しいだろう。100年前か1000年前か4000年前か。オリエントといっても西はエジプトがあって、シリア・イラクのメソポタミアがあり、イランがある。児島虎次郎はエジプトとイラン(つまり、相当古いもの)を得意としていた。

オリエント館には、紀元前2000年などの出土品が平然と並んでいる。(大原美術館の東洋館の二階にも、古代中国で祭礼の時に生贄にされる人間の話が、甲骨文字で何かの動物の骨に刻まれていて、平然と陳列されている)
  

2014年12月13日

将棋手帳デザイン一新

毎年送られてきていた将棋手帳だが、ビニールの表紙のデザインのひどさと、スケジュール表の使いにくさ(1日に2件以上用事のある人には向かなかった)で、毎年使っていなかった。それなら年会費を引いてもらえないかということ。

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で、今年の手帳をみて驚く。

表紙が変わっている。もちろん、革張りではないが、手触りが、ざらっとしている。カラーも畳色だ(そんな色ないって)。しかもスケジュール表がついていて、毎日、3案件の予定を書くことができる(まだ不十分だが)。

欲を言えば、スケジュールは前年12月から書けるようにしてほしいのと、後ろの半分のデータ編は多過ぎるような気がする。

で、さすがに畳色の手帳では奇抜なので、表紙を斬り捨てて、中身を革張手帳に組み込んで使うことにする。表紙がないとバラバラになってしまいそうだがしょうがない。

ちょっと思ったのだが、後ろのデータ編の中にアマチュア名人などのタイトル歴代保持者の記載があるが、そういう人は自分の名前をいつも持ち歩きたいのだろうな、と思う。

さて、11月29日出題作の解答。


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▲2四成 △同玉 ▲2五飛 △3四玉 ▲3五金 △3三 ▲5一馬 △同飛 ▲4四 △3二玉 ▲3三歩 △3一玉 ▲4二銀成 △同玉 ▲2二竜 △4一玉 ▲3二竜
 まで、17手詰

動く将棋盤は、こちら

本日の問題。

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飛車を取るまでの問題。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数と酷評を記していただければ正誤判断。
  
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2014年12月12日

横浜でタイ

きょうは横浜、きのうは神戸、さて明日は?みたいな浮遊状態なっている。この国の未来は?みたいだが、横浜ではタイ料理のランチビュッフェ。有楽町近辺にいたころはタイ料理店が多数で、毎週1回はタイランチと決めていた。(新橋の頃は週一カレー、大塚の頃は週三中華だったが)

ところが倉敷に行くと、そもそもエスニックというのがね・・

thai


で、国際都市横浜をブラブラしていると、ちょうど12時になった時に、タイ料理『chanpha』の前を歩いていた。タイ料理店らしくなくクリーンな店構え(というかホテルの1階)。タイ料理は世界四大料理の一つとよく言われるのだが、残りの三つはなんだっけ。

確か、中華、フランス、ロシアだったかな。フランス料理はロシア料理の派生形という話もあるがタイ料理も中華料理の派生なのかもしれない。

つまり、封建制度が強く民主的ではない国が料理大国になるのだと思っている。食材を集める人とメニューを考える人と作る人とテーブルに運ぶ人と食べる人。頂点は王様だ。そのサプライチェーンシステムをマネしているのがセブングループとかイオングループのドン。「消費者は王様」と言っていながら王様より偉いわけだ。僭主。

話をタイ料理に戻すと、基本的に野菜を食べているようなものかもしれない。暖かい国はそれでいい。といっても日本の野菜は無理やり作っているからミネラルが不足しているのだが、日本でタイ料理を作るとなると、しょうがないわけだ。で、甘口や辛口のスパイスで調整。

chanpha


でビュッフェスタイルのいいところは、好き嫌いがあっても対応できるということで、なにしろかなり安い。それに米料理は、すべてタイ米使用。これが自宅で炊くと決してうまくないのだが、さすがに専門店。カレーや焼き飯によく合うわけだ。あまり日本の米のようなベトベトは好きじゃないので、はまりそうだ。結局二皿ずつ3往復(&スープ三種)してタピオカでフィニッシュ。

次に行く時には、空腹状態の上を行く飢餓状態でチャレンジするので、お店を食い倒しにしてしまうかも、だ。
  
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2014年12月11日

どうもよくわからない

どうもよくわからないのが、今回の選挙。なにかを誤解している人がいたのだろうか、思うのがアベノミクスの信認というところ。

アベノミクスの最大の反対派は自民党だと思っている。一般的に既存権益者は新しい政策を嫌うわけだ。さらに、地方の人。地方の人は少ない人数で都市の人の約2倍の一票を持っているのだから、なかなか第三の矢は難しい。

その一票の格差を縮小することなく選挙をやって、たぶん現状と同じような椅子の配分になったとしても、果たして安倍内閣は持ちこたえられるのだろうか。思えば、彼は、党内選挙では2位からの逆転だったのだ。自民党が勝っても安倍政権が続くわけでもなく、そうなると、アソノミクスになったりイシバノミクスに変わったりするかもしれない。

もっとも、世界経済も原油価格の歴史的暴落により、シェールガス掘削業者の壊滅が起こり、シェールガス関連会社へのバブルマネーの崩壊によって、再び金融危機を迎えて、何がなんだかわからない大不況に向かうのかもしれずアベノミクスどころじゃないのかもしれない。


それに地元の候補者だが、小物感あふれる人たちばかりだ。国政に行ったって、何もできないだろうと思うばかりである。実は。期日前投票に行って、はじめて候補者のラインナップを見て、あまりのがっかりで出直すことにしたのだ。

ついでに最高裁判事の不信任投票だが、昭和22年から24年生まれの人に×をつけたところで、どちらにしても、もうすぐ定年なのではないかと、こちらもがっかりする。
  
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2014年12月10日

名刺交換も東西格差

少し前に、ある団体の年末のパーティが、東京と関西のある都市の2か所で開催された。どういうわけか、東西往復運動を続けている身としては、両方のパーティに顔を出してみようかと思ったわけだ。夕食代を二回浮かせようという目的ではないので念のため。翌朝の分まで食べて四回分の食事代を浮かそうというのでもない。

どちらにも知人がいるからなのだが。

まず、東京の会場ではかなりの人数がいたので、歩き回らないと知人を探し出せないのだが、時間ぎりぎりに行くと、とりあえず会場の中に入るとすぐにスピーチタイムとなり、乾杯と続き、すぐに食事タイムが始まってしまうので、歩き回るのは後回しになり、偶然にも隣同士となった見知らぬ人と最初の会話をはじめる。ちょっと自己紹介をして名刺交換。もっとも何を営業しているのか知らない会社の知らない人と話をしても、そう話は進まないが、とりあえず盛り上がらなくても、なんとなく会話というのはできるものだ。

ところが、・・・

関西の都市でのパーティでも、最初はそういう形式だが見知らぬ人と話をしても、関係ない業種の方だと、名刺を交換しないばかりか、「そういうお仕事ですか、関係ないですね」といって話もしてくれない。つまり、無駄な時間は1秒も使いたくないということだろうか。まあ、関係ないように思えても関係がないわけではないこともあるわけで、「こんなケチな会社とは取引するのをやめよう」という気持ちになる。

そんなところである。  
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2014年12月09日

おっぱいバレー(映画 2008年)

opb「プリンセス トヨトミ」に続き、綾瀬はるかが出演(主役)。どうも、続いてしまうことが多い。というか本やCDなんかもそういうことが多い。

それで、中学に赴任した新米教師役を綾瀬はるかが演じるのだけど、要するに彼女の一人劇みたいなものだ。無気力でメンバーも足らない男子バレー部を担当した結果、部員に対して、「試合で1勝したら、Cカップのおっぱいを見せてあげる」という約束をしてしまう。

そして事態は、猛練習を始めた部員の能力向上がめざましく、「もしかしたら・・」という可能性が徐々に高くなっていくわけだ。

そんな公序良俗に反する約束なんて破ってしまえばいいのだが、この中学へ赴任する前の学校で生徒との約束を破ったことから、「うそつき」と生徒に言われることになり、その失敗トラウマが彼女をさいなむ。

そして、大会が近づいたころ、「おっぱいの約束」の噂は少しずつ校内に漏えいを始めるわけだ。

さらに、彼女が中学の頃、不良少女から教師を目指すことになるきっかけとなった老教師との回想が織り込まれ、ついに映画らしくなってくる。「おっぱい」を期待していた観客はがっかりし始めることになる。

つまり、「過去のトラウマにより優柔不断になってしまう」という要素と「教師として、こどもを本気に努力させるという本望」という要素、「学校組織と言うウソで固めた社会秩序」の要素がごちゃごちゃになっていくわけだ。そして、情報漏えいの結果、校長の決定は。

結局、約束を破るわけでもなく、何も見せるわけでもなく、99%の観客をがっかりさせた上、綾瀬はるかはクビになり、次の学校で再び教師を続けるべく町を離れるのだが、電車の中で気が変わり、女優に戻ることを決意してしまうわけだ。

ところで、綾瀬さんは中学の時はバスケ部だったそうだ。道理で練習シーンがサマになっているわけだ。しかし、嫌な部活を辞めるためにオーディション受けたそうだ。男性教師が、「バスケで一勝したら、見せてあげる」と言わなかったのだろうか。
  

2014年12月08日

KOBE ルミナリエ

神戸三ノ宮で、ある会合があり、パーティのあと外に出ると、ルミナリエの会場に向かう人並みにまぎれ、足は会場に流れる。

今年が第20回。ということは、・・・

1995年、阪神淡路大震災で壊滅的な被害を受けた神戸市が、犠牲者への鎮魂の意を込めると同時に神戸の復興・再生への希望を託して、その年の12月に開催。以後、今年で第20回を迎えている。

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今年のテーマは、「夢と光」。

何年経っても、忘れてはいけない記憶があり、その一つが、あの時だったのだろう。

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電飾にはあえてLEDではなく、暖かい感じを出すために電球を使用しているように見える。作品プロデューサーは今岡寛和氏。デザインはイタリア人のアレンジだそうだ。


そして、空には月が、そして月の光。

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ところで、会場ではカメラを写す人が大勢いるのは当然のことなのだが、カメラの所有者が自分を被写体にするためには、一般的には誰かにシャッターを頼まなければならない。

どういうわけか、短い時間なのに3回も頼まれてしまった。頼みやすいのかな。道を聞かれるよりいいけど。(神戸だけの話じゃなく、あちこちでシャッターを頼まれたり、道を聞かれたりするのだが)

そろって「押すだけでいいですから」と言われるのだが、押すだけでいいことはめったにない。それにシャッター切ってからカメラを返すと、きちんと写っているか確認されてしまう。きちんとしていなかったら、何度でも撮り直しを頼む気なのだろう。関西のオバサンたち・・

たぶん、年賀状用だろうか  
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2014年12月07日

チューリヒ美術館展を観て考えたこと、2つ

国立新美術館で開催中のチューリヒ美術館展。思っていたよりもずっと素晴らしかった。この後、神戸で第二ラウンドがあるので、また行くかもしれない。

素晴らしい点といえば、なんでもかんでも名画をかき集めるという態度ではなく、コレクションに統一感がある。色調、構図など、スイス製の時計のように欧州を冷静な目で見続けている国民の趣味が貫かれているという感じだ。

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この画家がこんなスイス的な絵を描いたのか、と思うものがそろっている。原色が多いミロの水色をベースにして中間色を活かした作品、ゴッホのゴッホらしくない落ち着いた農家の構図、ルソーもスイスの風景が好きだったのだろうか。マルグリッド、シャガール、ムンクなどは逆に彼らが多目に描いた暗く神秘的で絶望感のある作品ではなく、どこかに救いのあるような作品が並ぶ。

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そして、スイスが誇る造形家のジャコメッティ。小さな頭、小さな体と反対的に長い脚と大きな足。何かから逃げているのか、あるいは歩き続ける人間を描いているのか。それは観たものが決めるべきなのだろう。


ところで、ふと思ったのだが、世界有数のケチで有名なスイスのこと、これだけの名品をどうやって、また、なぜ集めたのだろうか。よく聞く話だが、ロシア革命やナチス崩壊の時に流出したものだろうか(ロシア革命とは時代がずれているが)。そしてこの名品群は、なんのために美術館にあるのか。

ふと思った仮説(あくまでも仮説であり、真実と言っているわけではありません)なのだが、多くの富豪が、美術館に貸し出していて、何らかの収益を得ていて、その延長行為として、世界ツアーで集金しているのではないだろうかと思えてしまうのだ。まあ、それでも富豪たちの本望というのは口惜しいところだが、すでに亡くなってしまっている画家にとっては、それこそが最大の夢であったのだろうから、いいかなって思う。

さらに次の話だが、残念ながら美術とは無縁の仮想(あくまでも仮説であり、真実と言っているわけではありません)。今回のチューリヒ美術館展は、日本スイス国交樹立150周年記念ということになっている。詳しく言うと1864年に日本スイス通商条約が締結されている。江戸幕府崩壊の数年前だ。

順でいうと、日本は米、英、仏、露、蘭の五カ国と通商条約を締結した後、ポルトガル、プロシア、スイス、ベルギー、イタリア、デンマークの順に通商条約を結んでいる。

欧州の大国ならともかく、スイスと日本の間で、徳川幕府は何を期待して、何をしようとしていたのだろうか。日本は、尊皇攘夷から脱皮をはじめていて、薩摩や水戸では攘夷派の排除(虐殺)が始まっていた。その後、薩長同盟が徳川と対決していくところなのだ。

仮説だが、いくら北関東の山を掘っても見つからない「徳川幕府御用金」をスイスの金庫に預けたのではないだろうか。岩倉使節団もスイスに寄っているのだが、何かを疑って、探しに行ったのではないだろうか。文献調査を始めようかな。当時、スイスに大金庫があったかどうかを調べるのが先だろうか。  

2014年12月06日

ヤング・デ・詰将棋改名論を読む

最近(2014年12月)号の「詰将棋パラダイス誌」の中の読者サロンの中に、「ヤング・デ・詰将棋」のコーナーの改名を求める意見が掲載されていた。もともと、難易度や手数別に、「保育園」「幼稚園」「小学校(〜7手詰)」「中学校(9〜11手詰)」「高校(13〜17手詰)」「短大(19〜29手詰)」となっていて、さらに「大学」と「大学院」がある。その他に「ヤング・デ」のコーナーが二つあり、「デパート」のコーナーがある。

難易度を手数と割り切り、そこに学校の段階をはめ込んだのは、妙案だったのだろうが、その後、学校制度が変化して、中高一貫や保育園と幼稚園の統一とか。短大はきわめて数が減り、といっても修士と博士とは別物だ。まして「デパートは死語になりつつある」といえる。

改組するなら、保育園と幼稚園は統合したうえ、「天才児コーナー」と「凡才児コーナー」に再編。「デパート」は「ショッピングモール」に改名。

そして、「ヤング」とは、まったく唐突なネーミングだ。学校にいかない若い人の総称なのだろうか。それとも「不登校?」。「オタク?」いや詰将棋そのものがオタクだし。「院」とか「鑑」?

もっとも、読者サロンへ投稿された方からは、「若くもない人が投稿先にヤングではおかしいのではないか」という趣旨のご意見でもあるので、といっても「サロン」では他誌のマネだし、「ホーム」とか「グループホーム」では、まんまだし・・

多種多様の人が集まる米国社会を総称することばとして、「サラダボウル」というのがあるのだから、「サラダ」というのはどうだろう。二つの「ヤング」を統合して、10作の人気投票で入選回数は上位何名とか・・

と、思いながら12月号のヤングの問題を見ていると、気が付いたことがあるが気のせいだろう。


さて、11月12日出題作の解答。

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▲5二銀 △同玉 ▲8二龍 △同歩 ▲6四桂 △6三玉 ▲7三金 △同玉 ▲7二桂成 △6三玉 ▲6二馬まで11手詰。

理想的には、▲9二飛成(打) △8二桂合 ▲同龍としたいのだが、許してくれない。

動く詰将棋は、こちら


今週の出題。

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2014年12月05日

マダム・マロリーと魔法のスパイス(映画 2014年)

malony1料理についての映画。たぶん、きょうまで渋谷で公開中なので、詳しい内容は書かないのだが、インドを追い出され、英国になじめず、フランスにやってきたインド料理店一家が、やっとの思いでたどり着いた場所。パリ郊外に小さな店を構えたのだが、そのむかいにあるのがフランス料理の老舗。ミシュラン1ツ星店。大臣も贔屓にしているわけだ。

で、老舗のオーナーがマダム・マロリー。何しろミシュランの星にこだわっている。1ツ星というのが、苦しいところで、0になる恐怖を抱えながら、いつの日か2ツ星に昇格することを夢見ている。

そして、新興のインド料理店と老舗のフランス料理店が道を挟んで戦いを始めるわけだ。

malony2結果は、「思いもかけぬ方向」になるということだが、ミステリー映画が好きな人には、「思った通りの展開」になるということかもしれない。

監督とは別に、スピルバーグ製作ということになっているが、3ツ星を狙うためには、「料理は科学だ」というような多くのシェフが新料理の実験をする場面があって、そこのカメラワークがスピルバーグ的と言えないでもない。

しかし、果たしてフランス料理とインド料理が融合する余地があるのかどうか、グラタンにカレー粉を振りかけて確かめなければならないなあ、と思ったりする(ネタバレしてしまったか)。
  

2014年12月04日

日展の不思議

国立新美術館で日展が開かれていて、別の展覧会を観たついでに、初めて日展の会場へ入る。4時以降なら、はじからはじまで全部観ても300円。

日本画、洋画、工芸、彫刻、書の5部門だが、書道については、審査員の不正行為が表沙汰になり、よく考えるとその他の部門でも同じようなものではないかという話になり、色々な対策は出たものの、どうも変わっていないらしい。各分野には色々な派閥があって、派閥ごとの枠があるという構造は変わらないらしい。

で、結局は権威のない日展ということになっているらしい。古くは帝展に入賞するかしないかで画家という肩書に箔がついたそうで、帝展に入賞するためにはなんでもするという芥川賞みたいな話をよく読む。

そして、何しろ作品数が多過ぎる。洋画や日本画は1000点を超えているのではないだろうか。一見して、すばらしい作品で個性的といいたいが、多くの絵画は、どこかで見たことがあるという感じがある。多くは印象派の前後の西洋画の影響のようだが、スタジオジブリの影響ではないかと思えなくもない。そしてほぼすべての絵画がコントラストが弱く、これがクールジャパンなのだろうと感じる。

で、選考過程はともかく、日本は画家だらけの国だ、と言い切れるのだろう。日展に出る前に展覧会は無数にある。人口当たりの画家比率は日本が最大じゃないのかな。

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そして、びっくりしたのが「彫刻」の部屋。展示室中に立像が並ぶ。一部屋じゃない。何人いるのだろうか。

係員も大勢いるのだが、どうも日展側の人らしい。有名先生が現れると、その先生に群がる係員が現れる。

そして、日本画と洋画の部門の違いとかどうなのだろう。日本画といっても「竹に鶯」などの定番は見当たらず、ほぼ洋画と同じ。絵具の差なのだろうか。なんだかわからないことが、どんどん増えてしまうわけだ。
  

2014年12月03日

ローマ史1200年(木村凌二著)

rome知人から、「ローマ帝国衰亡史を読んだら」、というサジェッションがあり、「ただし、ローマが繁栄したあと崩壊していく過程について書かれた本だから」と念を押された。つまりナンバーワンになるまでの話は書かれていないで、ナンバーテンに落ちぶれる過程が書かれているということらしい。

平家物語みたいなものだろうか。あるいは、日本社会党の歴史。あるいは・・

というか、それなら帝国衰亡史に取りかかる前に、ローマ史を軽く読んでから、というように思ったわけだ。突然の総選挙ということで、投票に際して、なんらかの参考にならないかと考えてみる。なにしろ「地方創生」というのが怪しい。だいたい、地方の人口が都会に流れるのは、「都会に仕事がある」ということもあるだろうが、「都会に行きたい」ということではないだろうか。

ローマ時代だってそうだった。だからといって、それで国が潰れるわけではなく、国力がないから地方が寂れて、都会に集まるわけだ。今だって人口を地方に押し戻そうとすると、都心の地価は下がり、いつまでたっても景気は起爆しない。しかも、直下型地震対策と言いながら、いまだに首都機能の一部移転も進まない。

それで、最近の米国の黒人少年射殺事件をみても、米国ってローマにかなり似ている。奴隷制を緩和して、一応、自由民になる権利を与えながら、実際は差別を続けたりするわけだ。それでも黒人皇帝が登場するのだが、皇帝制がはじまってから黒人皇帝が現れるまでの期間と、大統領制が始まってから黒人大統領が登場するまでの期間はほぼ同じだったそうだ。

ということは、あと数百年すると、米国も再び南北に分裂して、カナダとメキシコに吸収されることになるのだろうかと歴史は教えるわけだ。

そういえば、日本も大化の改新から1200年後に黒船がやってきて、事実上別の国になってしまったわけだから、現在は東ローマ帝国の初期の時代にあたるわけだ。そうなると、結構長い。あと1000年は細々と生き延びるのだろうか。人口減少と領土の縮小、そして最後は、コンスタンチノープル陥落のように・・・
  
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2014年12月02日

グラシン紙とパラフィン紙のこと

父親が残した岩波新書がたくさんあって、少しずつ読んでいる。もちろん、50年も前の書籍なのだから、現在の学界では、間違っているとされている内容も多いのだが、そういうこと自体が人類の進歩であり歴史だ、とも言える。

で、今後、読むだろう本や読まないだろう本もあるのだが、とにかく保存状態がよくなく、特に古い時代の岩波新書は、半透明で薄い表紙があったのだが、これが劣化したり破損したりしている。内容はともかく、まず外装をどうしようかと思っていて、この半透明の紙を探すことにしたのだが、なんとなくその周辺情報にたどり着くも、ここで捜査の闇が現れる。

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まず、紙の名称だが、「パラフィン紙」とか「グラシン紙」とかいうらしい。問題は、ここから。パラフィン紙とグラシン紙は違うもののようだが、便宜的に同じように使う場合が多いらしい。では、ほぼ同じものなのか、というとそうではないらしい。また、どちらかの意味が広義でもう一つが狭義ということでもない。

どうも、パラフィン紙は加工方法を示し、グラシン紙は原料を示すらしい。だからグラシンで作ったパラフィン紙というのが、最適らしいのだけど、AMAZON他で、いかにさがしても「グラシンで作ったパラフィン紙」というような商品は見つからない。あくまでもパラフィン紙かグラシン紙だ。そして、パラフィン紙の最大の用途はケーキ作りらしく、どうも品質的に本のカバーには向いていないような気がする(厚い)。一方、グラシン紙の最大用途は、薬の分包に使うらしく、個人でこんなものを買うと疑われるのではないかと感じる。早い話が、消滅寸前商品なのだろう。

ということで、パラフィン紙かどうかわからないグラシン紙というのを箱詰めで買う。どうみても多過ぎる枚数なのだが、枚数と単価が逆等比級数的なので。薬の小分けと思われないように、大きなサイズだ。

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次に、紙をカットしなければならないのだが、幅35.0CM、高さ17.2CMである。裁断機に合わせてみると、17.2CMのところに、「バイブル」と書かれている。バイブルサイズという言葉は知っていたが、岩波新書はバイブルと同じだ、ということになっていたわけだ。

で、とりあえず表紙交換をしてみる。

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元のカバーよりも透明度が落ちるように感じる。これが現代の限界なのだろう。

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ところで、購入した商品名だが、グラシン紙 <20> 8才、とある。「8才」の意味がまったくわからない。紹興酒のように8年間の熟成が必要なものなのだろうか。  
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2014年12月01日

プリンセス トヨトミ(映画 2011年)

toyotomi原作とは、登場人物の性別が異なっていたり、少し違う部分があるのだが、基本的に400年前の大阪夏の陣で滅亡した豊臣家に生き延びた末裔(国松)がいて、そのトヨトミ家の王女を守る地下組織がOJO。別名、大阪国。イスラム国みたいだ。そして大阪城の研究組織としての名目で国家予算から毎年5億円を着服している。総理大臣は中井貴一。

一方、OJOの秘密に肉薄するのは堤真一以下(含む綾瀬はるか)の会計検査院職員。

そして、基本的には、中井、堤以外は全部端役といっていいだろう。二人は全面的に対立し、大阪は無人化し、マヒしてしまう。無人の道頓堀で輝き続けるのは、先代のグリコの看板だけだ。

で、本当は単なる娯楽映画なのだが、妙に考えさせられるところがある。「父と子の関係」「地下組織なのに国会議事堂をつくってしまうこと」「豊臣家を守るという大義の割に毎年5億円の資金にこだわること」そして、「トヨトミ家の末裔を守り続けるという意志は、天皇制をなんとしても守ろうという人たちにつながっている点」などだ。

個人的には、秀頼のこどもの国松は遺伝的には秀吉の孫ではないと思われること。秘密の地下道の行き先である大阪城の抜け穴だが、今の大阪城は、元の大阪城の場所とか構造とかよく調べないで作ったため、別の場所にあったはず、という点などが気にかかるわけだ。

ところで、安倍内閣の短命大臣にされかかった菊池桃子さんがほんのちょっとだけ出演。国松の母親(つまり秀頼の愛人)役で、大阪夏の陣の落人として国松を逃がすのだが、スクリーンに登場してすぐに一言二言で斬られてしまう。かわいそうなことに最後の方で、再びそのシーンがフラッシュバックする。死ぬ役で二回も登場というのは、めったにないだろう。  

2014年11月30日

ヤスオ國吉 岡山展

岡山シティミュージアム内で開かれていた「ヤスオ國吉展」にいった。「アメリカ国立美術館回顧展壮行記念」とサブタイトルが付いていた。

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岡山市出身の画家、國吉康雄は、1889年に生まれ、17歳の時に単身渡米。アメリカで画家としての才能にめざめ、生活に苦闘しながら画家として活躍を始める。その後、一度だけ危篤の父親を見舞うため帰国したものの、以後、アメリカで画家生活を送る。多くの在米日本人と同様に、国家をとるか民主主義をとるか、という選択に際し、苦難を覚悟し、民主主義国家アメリカを選ぶ。

しかし、その後のアメリカは理想の民主主義国家になったわけでもなく、国家が右往左往している間に、米国を代表する画家になっていたにもかかわらず、結局1953年病没、米国国籍を取得することはかなわなかった。

晩年の彼は、民主主義国家と皮膚を貼り換えた日本で個展を開こうと思っていたようだが、生前ついにその機会はなかった。

日本で、本格的に評価を始めたのは、岡山を代表する企業である福武書店(ベネッセコーポレーション)。多くの作品の収集をはじめ、その多くは現在、岡山県立美術館に所蔵されている。小学生の通信教育(赤ペン先生)という効果不明のおカネが「絵画」という現実資産に換算されたわけだ。

同時に、岡山の企業の中でも何社かは、福武主義に同調し、薄利を積み上げ数枚ずつを所有しているそうだ。

特に、一度の日本帰還の時に全国各地で描いた作品のほとんどは日本国内にあり、それらが散逸していないのは、岡山企業の努力によるようだ。

そして、今回のスミソニアン・アメリカン・アート・ミュージアムでの國吉回顧展には岡山よりまとめて16作品が送られるそうであり、その作品だけの事前展示という形になっている。

20世紀の前半という、世界の混迷と行き詰まりと暴力的破綻というテーマが多く、20世紀の入口の美術界を席巻した印象派の面影は、まったく感じられない。

しかし、それが当時の世界観だったのだろうと思いながら、つかの間ではあるが、画家の心象に自分の内面を同期させてみた。


ところで、岡山では多くの中小企業の事務所に行って感じるのだが、何気なく美術品が存在する。シャガールのリトグラフなど、レストランや個人企業の社長室なんかに複数枚がかけられている。地元デパートの美術部員が走り回っているという噂だ。

私も一枚ほしいのだが、100万円ならともかく8桁9桁になるとお手上げだ。自分で描いて会社に売ればいいのだろうと推論しているのだが、まだ絵は描いていない。  

2014年11月29日

ついに1勝!

11月22日、倉敷の芸文館ホールで行われた倉敷藤花戦の第二局を観戦。甲斐藤花に挑戦するのが山田久美四段。実に25年ぶりのタイトル挑戦のようだ。1989年の女流王将戦で林葉王将に挑戦し、0勝2敗で敗退。そして、今回の倉敷藤花戦も三番勝負の1局目を落としている。つまり、まだタイトル戦で勝っていないわけだ。

あまり女性の気持ちはわからないのだが、おそらく、「タイトルを取るとか取らないとかいう前に、何とか1勝をあげないと、棋士として、ここまできて、何をやっているのだろう。もう、それほど多くチャンスはめぐってこないかもしれないのに。」というように思っているのではないだろうか。何しろ、1勝と0勝の差は大きい。

それと、数十年前のことだけど、山田さんと隣の席で将棋を指したことがある。はっきり覚えていないが、日本橋か渋谷かで開かれていた東急将棋まつりのことで、私は大会の方で指していたのだが、彼女は指導対局していたわけだ。といっても、盤上に没入していたので、対局中は気が付かなかったのだが、終局後、隣に美少女が座っていて驚く。今の剛力さんよりずっと上だ。


ということで、なんとなく、山田さんにとって、「どうしても、きょうは勝たなければ」という時の勝負を見に行くことにするのだが、ちょっと要領がわからない。持時間2時間ずつで、1時に開会式ということは、5時までなのだろうかとか思うし、対局者のそばで解説していたら本人に聞こえるのではないだろうか、とかどうなっているのかよくわからない。

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そして、開会式だが、谷川会長が来ているのに、おしゃべりな倉敷の女性市長が、谷川会長が勲章もらうことや、来年の将棋の日のイベントが倉敷で開かれることや、対局用の盤を寄付してもらったことなど全部しゃべってしまった。第三局では振り駒にまで登場したらしい。2年後に衆議院議員になろうと思っていたのに、突然の解散で、鞍替えのタイミングを逸することになり「私の人生、どうしてくれる」とお怒りなのかもしれない。

で、そのうち事情がわかったのだが、公開対局の会場では、解説はなし。解説を聞きたい人は別会場に移動ということになる。


そして、対局は午前10時から開始されていて、公開になるのは、ちょうど残り2時間の部分である。2時間経って最終盤の時に「おやつの時間」になるのが気がかりだったが、昼食の時に、おやつも一緒に出るそうだ(たぶん、自費じゃないだろう)。

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そして、舞台に設置された壇上に関係者が並ぶと、谷川さんと山田さんの小顔を目立つ。その他の人の顔はみな大きく感じるが、その中で、清水女流が立会人ということらしい。
清水さんとも、席を並べて将棋を指したことがあるが、その時も将棋大会で、ゲストと対局できることができる予定だったのだが、あいにく長時間のトーナメントを全勝してしまい、表彰式の時にはすでにご帰宅ということだった。

そして、解説なしの会場で生対局を大盤でみるということにしたが、かなり疲れる。自分の頭で対局をするように考えなければならない。先手の山田さんに対して、甲斐さんが力攻めにしようとするのだが、ギリギリで受けながら、ときどき山田さんの方が1ミリずつ詰めよるというような戦いになる。どちらも不利感をもって指しているように思えてきた。金桂交換の駒損の間に山田さんが攻めのキッカケをつかむと、甲斐さんが大攻勢に出る。二人の動作をみると、そうなるだろうということが感じられた。

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そして、1ミリずつ詰めよっていた山田さんが、最後に長手数の詰手順に入り、ついに勝負は決まった。

今回のノルマ達成、という感じで、第三局は短手数で敗北。ただ、1勝すると、今度は2勝してタイトルが欲しくなるのが人情だろう。数年後に次のチャンスが到来する時は、対局用の和服三着を新調し、さらにあらかじめ優勝スピーチも用意した上、のぞんでほしいと思うところだ。


さて、11月8日出題作の解答。

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動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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初型では11枚あるが、1増6減になる。45%減。議員定数もそれ位減ってほしいとこころだ(政党数も)。

わかったと思われた方は、当選者と政党名、いや最終手と総手数と酷評をコメント欄に記していただければ、正誤判断。
  
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2014年11月28日

宇宙詩人の逆襲か

鹿児島の全寮制の中高一貫校といえば、ラサールが有名。というか、とある芸人がさらに有名にしたのだが、対抗して公立(県立)の中高一貫校が設立されるそうだ。交通の不便な場所なのだろうか。

閉鎖的空間で学業を究めるというならいいのだが、単なる進学校にはしてほしくないな。

余計な心配だが、こういうところで校内イジメが発生すると、修復不能になりやすく、大惨事発生をいうことになりやすいのだよね。(この部分、数年後に読み直すことがないように)


ところで、「新しい学校には、新しい校歌」ということで、予算を奮発したようだ。新校歌は、作曲を下野竜也氏。確か、去年のジルベスタ−の指揮者だったか。

そして、作詞は、ノーベル賞級の大詩人、谷川俊太郎氏が行うそうだ。

新設中高一貫、詩人・谷川俊太郎さんが校歌を作詞

来春開校する全寮制の鹿児島県立中高一貫男子校「中学・高校」(肝付町)で15日、完成した学生寮と、詩人の谷川俊太郎さんが作詞した校歌の歌詞、校章が地元関係者にお披露目された。

学生寮は約20億円をかけて造った1期工事分で、約150室の個室がある棟2棟、浴室棟、食堂棟、医務室や事務室などがある管理棟の計5棟。県産材をふんだんに使ったのが特徴だ。2015、16年度の工事で舎棟を6棟に増やす計画で、完成すれば個室約450室を備える公立中・高校では国内最大の学生寮となる。

校歌の歌詞は山崎巧校長(53)が、知人を通じて谷川さんに依頼。

(1番)

 楠が拡がる空へ
 隼が羽ばたく彼方
 志す宇宙は無限
 心ごころに答求めて
 問いかける楠隼の日々


など、宇宙学などを学ぶ同校の特色などが取り入れられている。作曲は、県出身のプロ指揮者・下野竜也さんが担当しており、年内に完成する予定。


空へ→彼方→無限の宇宙 というのが前半の部分(宇宙は無限とは宇宙学的には決まっていないが)

しかし、後半部分では、自分に対する投げかけ(自問方式)に変調している。科学技術に対する人間の責任を考えようということなのだろうか。

つまり、谷川俊太郎氏が宇宙詩人としてのスタートを切った、ある一篇の詩(詩集は不明)の反語になっているのだろう。

 空をこえて ラララ
 星のかなた
 ゆくぞ アトム
 ジェットのかぎり
 心やさしい ラララ
 科学の子
 十万馬力だ
 鉄腕アトム


アトムとかウランちゃんとか、この数年で、もっとも株を落としたのが、この詩なのかもしれない。

報道で紹介されたのは、1番だけなので、作曲の方もあるし、是非2番も知りたいところだ。

野球部員が甲子園で歌えばいいのだろう。(空のかなたに向かうのは、ロケットではなく白球になるが)  
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2014年11月27日

プライド(映画 2009年)

pride原作は、一条ゆかり氏の漫画。オペラ歌手を目指す二人の女性の激突の火花が華々しく飛び散る。ステファニーと満島ひかり。富と貧乏。富者のプライドと貧者のプライド。

イタリア留学をかけたコンクールで、そして、わけあって二人とも働き出した銀座のクラブで、そしてレコード会社副社長の妻の座をかけ、さらにクラブのママの音楽息子との恋愛をかけ、・・

途中で満島ひかりが、日本刀を振り回すシーンがあったり、ジョン・カビラ演じるステファニーの父親が、会社の破産を告げるのに、瞬間土下座をするシーンとか、お里が漫画であることを表現したり、意外に映画作りの小技が面白い。

しかし、クラブママの音楽息子(渡辺大)以外のすべての男女出演者が、醜悪な心をさらけ出すわけで、「ああ、映画でよかった」と思わせるところが、スゴイ(エグイ)。

そして、こういう場合、最後には心のわだかまりが氷塊して和解するというのが一般的なフィナーレなのだが、本作ではそれはない。


あまり、実生活で自分の周りに醜悪な人はいないので(というか、団塊世代とは付き合わないので)、興奮して、今夜は、寝つきが悪いかもしれない。

そんなことないか。


*ところで、映画とは何の関係もない話だが、今井美樹の人生最大ヒット曲の「プライド」。人を愛することが私のプライドという意味なのだが、自分の略奪愛を正当化する言い訳、という説もある。  

2014年11月26日

輪投げじゃないの

少し前に、救命浮環投擲訓練というのがあって、参加。

救命浮環というのは、要するに「浮き輪」。空気が入っているのではなく、発泡材を固く固めたものでできていて、浮力15キロ程度のもので、3キロ位ある。持ちにくく重い。

人間の密度(比重)はおおむね1.0位だから水に落ちるとかろうじて浮かんでいられるのだが、服を着ていたり靴を履いていたり、ポケットに大金の入った財布や純金製の腕時計や携帯電話他を所持しているので、少なくても首から上の重さの浮力が必要としても浮力5キロ、さらに漂流することなど考えれば10キロ以上の浮力が必要で、そのためには浮環が大きくなり、全体重量も重くなる。

しかし、重くなると、遠くに飛ばすのが難しくなるという大問題が生じるし、そもそも投げたことのない人はうまくいかないだろう。AEDの操作と同じだ。

ということで、一応専門官庁の方を講師に頼んだのだが、どうも講師は、遠くに投げるという練習はしたことがなく、ボートから水に落ちたとか、岸壁から足を滑らしたというような、「近くの人」用の練習をしていたそうで、遠投したことはない、ということ。

つまり関係各社から30人ほど集まったものの、遠投の専門家はいない、ということが判明。しょうがない。

で、15メートル以上先のブイに向かって、各自がフリースタイル投ということになる。ボーリング投げとか、フリスビーみたいにバックハンド投げとか野球のように上から投げたり。

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で、わかったことは、

 体育会系でも20メートル以上遠くには飛ばない。

 ボーリング投げは正確だが距離は出ない。

 横投げは、予想より浮き輪が重いので右利きだと右の方にはずれることが多い。

 ロープがついているので、要救助者より遠くへ投げてロープで調整できる。

 しかし、ロープが邪魔でうまく投げられないことが多い。

そして、最大の問題は、

約1割程度の人は、まったく下手であり、何度練習してもまったく上達するとは思えないし、自分自身が海中に転落しそうなほど下手である、ということだ。

現場にそういう人しかいなかった場合は、「救助されることをあきらめ、自力でなんとかするしかない」ということだろうか。

ところで、自分が投げたところを撮影してくれた人がいた。場所を特定できないように加工したので見にくいと思われるが、「ムロフシ」のフォームを参考に投擲後に胸を張ってみた。「ウォー」と声を出すのは控える。結果は5投中4名救出。ロープをもって4回転して投げればよかったかもしれない。(ハンマー投げでは7キロ以上の鉄塊を80メートル投げる)  
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2014年11月25日

サ行とカ行 生保業界の隠語

プレジデント誌2012年12月1日号は「得する保険、いらない保険」。結構面白い。

ただし、誰か業界内部の人に手による記事が多い感じで、書いてある内容を信じてもいいのかは、ちょっと・・。本当に得する保険とか、ごくあっさり書かれているように思えた。まあ、信じるのは、「あなただ!」ということなのだろう。

で、裏話というか、保険獲得競争は厳しく、外交員の多くは数年でサヨナラになるのだが、業界内部で使われる隠語が面白い。ランダムに紹介。

サ行:「さすがですね・知りませんでした・素晴らしいです・正解です・そうですか」営業マンの会話テク。

刺す:客に契約を決断させるトーク。

DMK136:損保商品で支払打止する期間。打撲1か月、むちうち3か月、骨折6か月。

GNP営業:義理・人情・プレゼント。営業の鉄則。

3B:貧乏、病気、バカ。はずれ客総称。

3K:金持ち、健康、賢い。優良客。血眼でさがす。

孤児化契約:加入勧誘した営業マンが退職。

自爆契約:目標未達で自分で契約。

から揚げ:中身のない契約。申込数水増し。

わかば活動:新人職員のリクルート活動。

職安わかば:ハローワークの前で女性をスカウト。


私もこれからは「カ行」トークをやめて「サ行」トークにしないといけないかな。

カ行:「かんべんしてください・きもち悪いです・くだらないです・ケチなこといわないでください・困ります」  
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2014年11月24日

さい果て(津村節子)

芥川賞作家の津村節子氏は、夫の故吉村昭氏について、故人なのに生きている私よりもたくさん本が売れ、文庫の重版がどんどん家に送られてくる、となかば呆れたようなことを書かれている。

つまり、生きている芥川賞作家の私が、亡くなってしまった芥川賞もとれなかった夫より優れた作品を書いているということを書かれているように感じ、そんな自信がある作品ならどんどん読んでみよう、と思い立ち、書店の文庫本コーナーではじからはじまで1メートル分を買いこんで見ようかと、かなりの書店を回ったのだが、あると言っても1冊とか2冊という感じだ。それも、吉村昭氏の没後、夫の思い出などを書いたエッセイ本である。

そのエッセイを買ってしまうと、夫離れしようという芥川賞作家の決意を無にしてしまうではないか。

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ということで、amazonに頼る前に、ついに「さい果て」という短編集を入手。津村氏の実質的なデビュー作品群だ。「春遠く」「風花」「さい果て」「玩具」「青いメス」の5章となっているが、それぞれが独立しているとみてもいいし、連続小説とみてもいい。

ただし、これらの作の主人公は、春子。そして夫の志郎。この夫の志郎が、小説家を志望しながらメリヤスの販売業を行っていて、事業がうまくいかず売掛金の手形の不渡りの代償として現金ではなくセーターなどの現品を回収し、これをリヤカーに積んで東北、北海道の地方都市で売りさばく話が第3章まで。そして4章、5章はビジネスがやっと落ち着いたところで子供を産む話になってくる。

困ったことに、この志郎のモデルが吉村昭氏なのだ。といっても、メリヤス販売をやっていたのは事実としても、北海道でリヤカー引っ張った話などはフィクション。ようするに、主人公のモデルを夫にして、単に利用したようなものだ。「うそつきの私小説」というパターンだろうか。

前半の3章では、頼りがいのある夫像が描かれるが、後半の2章は、ダメオ君に描いている。この4章「玩具」で津村氏は芥川賞を受賞したが、「さい果て」の方がいいような気もする。

吉村氏との書き方の差であるが、津村氏は登場人物の心の中にのめり込んでいるというように捉えられる。角田光代さんのような書き方かもしれない。そして吉村氏の場合、個人の行動なんて、芯が通っているようで、実は容易に屈折してしまうと割り切っていて、この集団としての歴史を書いているように感じた。

もっとも、作家が自身をもっているのは、まさかデビュー作のことではないだろう。確かにもっと評価の高い作品もある。今度はamazon からかな。(一冊のデビュー作で都知事になって尖閣列島に火を付けた人物もいたが)
  
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2014年11月23日

「平家物語と太平記の世界」

羽田空港第二ターミナルのディスカバリーミュージアムで開催中の「平家物語と太平記の世界」へ。最初に不思議なのは、ここの展示はこのところずっと永青文庫の所蔵品展である。永青文庫といえば室町時代から貯めこまれた細川家の収集コレクションであるのだが、羽田空港は分館になったのだろうか。

で、今回の平家物語は奢れる平家が破滅に向かう歴史を悲劇的に描いたもの。そして太平記は鎌倉幕府の崩壊について書かれたもので、いずれも権力の横暴と、それに対する反感、そして政権が交代し多くの兵士が異なる価値観の戦いの中で殺されていく。
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本展は、それらを描いた、屏風と書物の展示である。多くは江戸時代に作成されたものである。時の徳川幕府のことを悪く書くわけにはいかないので、その前の時代の軍記は認められていたのだろう。

taiheiki2


落ち着いて考えると、平家と源氏の戦いは平家と源氏という単純構造だった。源氏というのに木曽義仲が割り込むという戯曲性が高いのだが、さらに勝ち残った源氏も北条家に消されてしまう。一方、鎌倉時代の間に地方武士が力をつけたため、全国のあちこちで同時的に戦争が始まっていた。勝ったり負けたり国内あげての大損害である。

taiheiki3


最近、源平合戦にこだわっているので、平家が破滅に向かう過程である「一ノ谷」、「屋島」、「壇ノ浦」の屏風絵をよく見ていると、一ノ谷は神戸市街地での陸上戦。屋島は大海戦だ。事実上、この先、壇ノ浦へはただ逃げ回っただけだ。一ノ谷では死体ゴロゴロの図である。

そういえば、徳川幕府崩壊に際しての軍記はあまり聞かない。実際には、太平記の世界の方が悲惨だったのかもしれない。あるいは、登場人物の思想がしょっちゅう変わるから、いさぎよくないからなのだろうか。  

2014年11月22日

詰棋カクテル、要修正1

知人からいただいた詰将棋本。3手と5手作で週刊将棋編ということなので、週刊将棋掲載作なのだろう。全体によくできている。平成2年の上梓になっている。

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となると、将棋ソフトが普及する前なのだが、数万部も発行されていたのだから、まさか余詰があるわけはないだろうと思いながらも、つい探してしまう。

というか、問題が大量にあって、一日数十題ずつ解こうと思っても、眠くなってしまう。眠くなると解けないし、さらに考えると余計眠くなる。デフレスパイラル。

yodume


そして、ついに194問目に怪しい匂いを感じる。題意は、4四金のあと3四飛と連続で捨てて5一馬の5手詰なのだが、初手に4二銀でも詰む。

修正案としては、玉型に5四歩を追加するか、駒を増やさないなら、1四の飛車以外を一路左に移動すればいい(7筋以遠を使わない方針らしいが)。

そして、やっと200題を解き終わって驚くが、あと2題あった。202問。

ところで、本書のタイトルは「詰棋カクテル」。なんとなく「カクテル」ということばだと、色々なものを混ぜたというような語感があって「類似作」のイメージがうっすらとある。「カクテル」ではなく「シングルモルト」の方がいいだろう。


さて、11月8日出題作の解答。

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c3


まで15手詰。

動く将棋盤は、こちら


本日の出題。

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詰棋カクテル194番の余詰を利用した類似作。廃材利用のリユース作とでもいうのだろうか。

わかったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。

玉型に2一桂を追加修正しました。  
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2014年11月21日

「またこいや」と言われて行くと

先日、羽田空港第二ターミナルの一番はじの方にあるゲートの近くにある寿司店である「又こい家」の感想を書いた。(2014年10月24日、「また、こいや」と言われても

その時に、6貫の中に「ヅケ」が二つもあって一つは別のマグロに変えた方がいい、というようなことを書いたのだが、実は、また行くことになる。要するに、夕食の時間が短く、本格的なレストランタイムがとれないものの、もしかしたら本日最後の食事になったりするという微妙なタイミングの時が多いわけだ。しかも目的地の空港の駐車場にクルマを置いてあったりして、アルコールも飲めないというなこともある。

で、結局は高額過ぎず、少量過ぎずという消去法的にメニューから選ぶと、マグロづくし寿司ということになる。1200円+TAX。(TAXは10円単位の切捨てのようだ)

matakoiya


で、画像によって、前回と比較してみると・・
上段が前回で下段が今回。

ヅケがなくなっている。マグロの質は少し改善されている。中落ちの量も増えている。

全体としては、20%程度の満足度向上が感じられる。

寿司店の値付けというのも、定価方法と時価方法があるのだろうが、どうしても現代的には定価式になるのだろう。毎日、1円単位でマグロ寿司の値段を変えるわけにはいかないだろう。そうなると、品質で調整するということなのだろう。ネタの厚さとシャリの量でで調整という方法もあるだろうが、やめた方がいいだろう。  
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2014年11月20日

ジンギスカン(小林高四郎著)

歴史上世界最大の国家(ソ連の方が大きいかもしれない)を築いたモンゴル人将軍であるジンギスカンの生涯をまとめた本である。

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ジンギスカンも豊臣秀吉も実は生年月日が不明だ。だから後の歴史家泣かせである。まあ、10年程度の幅がある。

結局、ジンギスカンも豊臣秀吉のようにモンゴル国内の戦国トーナメントの覇者だったわけだ。裏切りや正義、打算主義や理想主義、暴力か話し合いか。そういう一体としての戦いが繰り広げられ、チーム・ジンギスカンが勝ち残ったわけだ。そして、特徴としては、戦後処理の残忍さ。成年男子はみなごろし。女子やこどもは、奴隷にして、長い道のりを歩かせ、消耗すると砂漠に置き去りだ。器量のいい女子は姓奴隷になれる。

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ジンギスカンが戦いで通るところには一人もいなくなるわけだ。人間の殺し方も各種残虐趣味があふれる。踏みつぶしたり生き埋めにしたり、車裂きは当然として、袋につめて飢え死にさせたり、熱して融けた銀を耳や眼に流し込んだりするわけだ。

そしてジンギスカンの子孫たちは、漢民族をその調子で支配しようとするも、結局、政権は長続きはできなかった。

元王朝が漢民族化してしまったわけだ。
  
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2014年11月19日

ホタル(映画 2001年)

高倉健と田中裕子が、知覧の特攻隊の記憶を引きずって生きていく夫婦を演じている。生と死は偶然によって分けられ、亡くなった方は無念を晴らすこともできず、残った方も得体のしれない懺悔の念に襲われる。

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もう一つのテーマは、日本と朝鮮の葛藤。朝鮮人戦死者の母国へ帰ることのできない遺骨、そして遺品。

さらに老いや病気のことも重いテーマで描かれる。

高倉健は「不器用な役者」ということになっているが、本作では、一見不器用だが本当は柔軟なところもある男を演じている。本当の性格はどうだったのだろう。そして特攻に対して何を考えていたのだろう。映画に出るのだから肯定しているわけはないよね。

田中裕子。この頃から「神的怪演」の兆候が始まった。たった一言のセリフが映画全編を支配するような力を持つことがある。本作でも後半にそういう怖いセリフを一言つぶやく。

映画では、田中裕子の方が先立ってしまうのだが、現実は逆であった。

もっと書きたいところではあるが、1週間後にNHK-BSで本作が追悼放映されるそうなので自粛。それに、慌てて観たので、まだ客観的には語れない感じだ。  

2014年11月18日

ポイントカードの有効期限延長

急な話なのだけど、私の持っているポイントカードは有効期間が4年なのだけど、2年経ってしまったので、残りは2年しかなく、その間、ほとんど使ってなかったのだけど、今、更改すると、新たに4年間延長されるということがわかったので、ポイントカードの交換をお願いしたい。

という意味の解散総選挙が始まりそうだ。12月14日という忙しい時期によくやってくれるよ、と思うのだが、2年前も12月16日だった。

2年間の仕事だけど、消費税アップ第一弾。そして五輪誘致。特定秘密法。ただ、消費税アップは、野田・谷垣密談で決めた話だし、五輪誘致は個人プレーじゃないし、特定秘密法も法案は通ったものの・・

結果が出そうで出ないのがTPP、拉致問題、北方領土。失敗作は中韓との関係。原発再稼働も1個や2個を動かしても電力料金は変わらないだろうし、電力が高いのは別の理由じゃないのかな。

円安での利益といってもドルを円に計算すると利益になるだけで、数量増を伴わないし、だいたい大企業の海外事業分が黒になるだけで、国内産業には関係なし。

emptyなんとなく、嫌な話が大公開になる前にポイントカードの切り替えをしようというのだろうか。

第一、何をもって信任投票というのだろうか。何かテーブルの上に置いてからでいいのではないだろうか。皿だけ置かれても困るけど。  
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2014年11月17日

金子みすゞの町 下関、仙崎

東日本大震災のあと、突如テレビに流れ始めたACジャパンによる「こだまでしょうか」。

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不運で26年という短い人生を終えた詩人の作品が80年経っていきなり目の前にあらわれ、何か予定されていたのではないかと戦慄が走った記憶が新しい。1903年に山口県仙崎に生まれた金子みすゞ(本名テル)さんが下関に移り住んだのは20歳の時。その後5年間をかけ、勤め先であり住居であった上山文英堂で数百の詩を書き綴ることになる。

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上山文英堂は萬年筆や毛筆といった筆記用具を中心に販売していて、おもしろいものだがみすゞさんは、それほど達筆ではない。ただ、詩の文体に合わせて小さく丸みのある文字を書いていたのかもしれない。西條八十が中心の雑誌に投稿していたので、詩に合わせた文字を書いていた可能性は十分にある。

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そして、不運なことに蛇のような馬鹿男と結婚させられてしまい、「詩なんか書くな!」ということになる。24歳の時の巨星西條八十との下関駅での一瞬のような出会いが、彼女の人生最高の時だったのだろう。

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そして26歳の時に、夫の不始末を理由に離婚することになるのだが、こども(女子)の養育権をめぐり争いが起こり、自殺する。

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現在、文英堂があった場所の近くには金子みすゞの碑があり、彼女の建物は生誕地である仙崎に「金子みすゞ記念館」として復元されている。彼女の墓地も近くにある。また、下関でも仙崎でも街中に彼女の詩があふれている。

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仙崎の海は美しくもあり、荒れれば危険でもある。みすゞさんの父親は仙崎の海で渡船を営んでいたそうだ。漁港でもありクジラ漁の基地も近く、仙崎の思い出は彼女の詩の中で一つの群をなしている。

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東日本大震災はよく千年前の貞観地震と対比されるのだが、日本文化的には、貞観時代をはさんで、「ますらおぶり」から「たおやめぶり」に変化していったと言われる。東北地方の地震が京都の人々の心理にまで影響を与えたとされている。

もし、日本が大震災のあとの次の時代の国民的共感を築いていくとするなら、みすゞさんの「こだまでしょうか」は、その最初の1ページだったのかもしれない、と思っている。  
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2014年11月16日

海峡ゆめタワーから見たいものがあって

下関にも対岸の門司にも高いタワーがある。実は、あまりタワーというのは好きではない。景観上の問題もあるし、実際、高いところから見下ろしても、あまり町の楽しさを感じられない。

さらに、高層階へ登るエレベーターだが、乗り物の一種だと考えれば、数百メートル移動するだけで数百円もかかるわけで、距離と金額の比率がきわめて割高だ。JRなら東京から横浜まで行けるわけだ。

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ただ、下関にある「海峡ゆめタワー」には、ちょっと登ってみたかったわけがあった。

地上ではよくわからないことがあったから。

まず、前座その1だが、大女優田中絹代の生まれた町。丸山町。タワーのすぐ近くだ。丸山町は平らなところから丘の上まで短冊状に区切られている。彼女が家庭の事情で下関を離れたのは1917年とほぼ100年前。現在も下関の多くの場所は旧表示にままなので今の丸山町と同じだろうと推測。商家であり、また後年、下関と同じように神奈川県で海の見える土地を選んで転居していったことを思うと、生家のエリアはかなり絞られる。あそこで育って、父を亡くした一家は大阪行きの汽車に乗ったのだろうと思う。

次に前座2。日本海の方を望むと、左の方に、六連(むつれ)島が見える。そして石油タンクが数多く並んでいる。こことか、福岡市の金印が発見された場所の近くに唐突に石油タンクがあるのは、なぜだろうかと思うのだが、その海の先で65年ほど前に起きたことに関係しているのではないだろうかと思っている。

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そして、タワーに登った真の目的なのだが、私がこどものころに、今はなき父親から聞いた話。おそらく1939年前後と思われる。父親の父親が転勤族だったため、当時、下関の中学に通っていたそうだ。下関中学と覚えていて、現在は下関西高校。残念ながら住居の場所は聞いていなかった。その中学に近いところの駅で事故があった。

幡生駅というのがある。タワーからは見えにくいが地図と比べるとだいたいわかる。確かに近くに下関西高校がある。最寄駅がそこだったのだろう。下関より一つ本州の内側にある。山陽線と山陰線がまだ分岐していない場所だ。

父の話では、同級生の友人が電車から駅のホームに飛び降りた時に大けがをして亡くなってしまったということだった。急行から普通電車に乗り換えるべきところ、失念してしまったらしい。一回の遅刻(あるいは欠席)と引き換えにリスクを冒す人もいるということだろうか。父の話はそれだけで、一度しか聞かなかったので、その列車がどこからどこに向かっていたのかわからない(聞いたのかもしれないが土地勘がないと理解できないだろう)。ただ、こうしてタワーから見ていると、その駅に間違いないだろうと確信した。

そして、実は翌日だが、ちょっとしたことが起きる。下関から山陰線で長門市の方に行ったのだが、一つ目の駅が幡生。確かに新しい駅ではないが75年前の建設とは思えない。車両の中からぼんやりとホームをながめていた。そして、長門市から支線で次の目的地である仙崎に行っている時に先ほどの列車の中で財布を落としたことに気付く。寒くなって着替えた時だ。ポケットには小銭しかなく、長門市駅でJRの捜査網で探してもらうと、だいぶ先の駅まで行ってしまったものの回収されたということ。で、しばらく待ってから、山陰線をさらに北上しようと乗車したのだが、なぜか違う線に乗り間違えてしまい、しばらく気付かなかったため、中国山地の中の方まで行ってしまう。

父の代わりにやってきた私をからかったのか、あるいは無念を一言いいたかったのか。

一応、念力から解放してもらい、見知らぬ駅で財布にたどり着いた時にはポケットの中の小銭は110円だった。

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ところで、夜の海峡ゆめタワー。28階が「恋人の聖地」ということでカップルで「縁結び神社」で絵馬に祈りや夢を書いたり、おみくじを買うことになっているらしい。他人の書いた絵馬というのは、つい読みたくなるものだが、「二人とも○○高校に行けますように」というようなのが多い。勉強するしかないだろう。日本は自由な国なので「結婚」とか書くのは確かにおかしい。したければ市役所にいけばすぐに終わるが、取り消すのは難しい。

しかし、結構目立つところに、ユニークな絵馬が二枚があった。

「お金の使い方がもっと上手になりますように」

「お金をためてログハウスを買えますように」

貯めるよりも使う方が楽しいと思う。そして、ログハウスを買う前に土地を買わないといけないだろう。  
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2014年11月15日

タイトル戦成立のこと

しばらく将棋のことから離れているので話題枯れなのだが、将棋連盟のニュースを見ていると里見香奈女流二冠が棋戦に復帰するようだ。年明けの女流名人戦の防衛戦には出場するようだ。

一方、女流名人戦の挑戦者決定リーグでは5連勝でスタートした中村真梨花二段が、9月以降、骨折で休場中。対局できない骨折とはどういうものなのか心配になるわけで、どの骨を折ったか位は公表してほしかった。話は横に飛ぶが、「骨折」とは妙なコトバで、比喩的に「骨を折る」と使うと、「努力や苦労を惜しまない」と賛辞のコトバとなるが、「骨折」と直截的に言い切ると、痛いだけのコトバとなる。

で、中村さんは5勝4敗となり、結果として挑戦者になり得ないのであるが、もし、骨折するのが遅れて7勝とか8勝とかで挑戦者に決まってしまい、さらに里見名人の体調が戻らなかったら、どういうことになったのだろうか。

プロレスやボクシングでは、しょっちゅう「タイトル剥奪騒動」が起きるのだが、そういえば、男子名人戦でもスポンサー問題で一回タイトルマッチが未開催だったことがあったが、その時は次の名人戦には1年前の名人が登場した。

今回の女流名人戦はリーグ戦は行われているので、名人も挑戦者もいなくなったら成績上位の人が繰上げ当選になったのだろうか。なんとなく犯罪が起こりそうなルールだ(暗殺とか)。

弱小タイトル戦の場合、「廃止」とかあるかもしれない。


さて、11月1日出題作の解答。

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まで9手詰。

持ち駒の歩は香にしても同じだが、初手に遠くから香を打つ手を読むことになる。玉型の馬を角にして持駒の歩を香にすると、離して香を打つ手が成立して、本作よりも評価は上がるのだが、そうなると本作の詰手順が余詰手順になる。手直しすればなんとかなるかもしれないが、最近、作品を改造して投稿すると告げ口する人がいるらしい。画家ゴッホのひまわりなんか、ひまわりがしおれるまでに3枚しか描かなかったのに、その3枚を改造して枚数を増やしていった。(が、生前には一枚も売れなかった。)

動く将棋盤は、こちら


本日の出題。

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ヒントは「上に追わないこと」。(時々、ヒントと違う問題を貼ってしまうことがある)

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2014年11月14日

フグといえば、・・

フグは下関名物であることは言うまでもない。門司港からフェリーで僅か5分で下関の唐戸港に到着するが、そこにある唐戸市場では市民が安いフグを買って食材に使っている。実際、かなり安い。

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さらに市場にある食堂街でに格安でフグ料理が出されている。

フグの名産は、唐戸ではなく、南風泊(はえどまり)ではないかと思われるだろうが、南風泊は唐戸漁協の一部である。

ところが、唐戸に来る5分前には門司にいたのだが、そこで昼食に「大盛り風の焼きカレー」を食べたばかりだ。まだ10分しかたってない。

ということで、食事は後回しにして、壇ノ浦方面に散策をはじめたのだが、下関講和条約を1895年に締結した春帆楼に到着すると、実は、そこは超高価格フグ料理店なのである。

講和条約の記念館に入ろうとして、間違えて春帆楼本館に入るとフグを食べてからでないと帰してもらえないかもしれない。フグといえば春帆楼であり、下関条約であり、伊藤博文なのだ。

どうも下関というと、色々な話が混じり合ってしまう。フグは明治政府により、中毒を原因とし食べてはいけない料理だった。しかし、伊藤博文が1888年に、この春帆楼を訪れ、食べたフグ料理が気に入ってしまい、山口県知事にフグ解禁を提言(というか命令?)して、そのとおりになっている。そして7年後の1895年には日清戦争講和条約が結ばれている。つまり、ご禁制のフグをこっそり食べていたわけだ。その時、うっかり毒を煽っていたら、後でピストルで狙撃されることはなく、日韓問題も違う方向に向かったのだろう。


そして、当日の観光も終了した段階で、夕食を探したものの休日だったので、選択肢は少ない。昼間見た春帆楼の支店ともいうべき「春帆楼茶瑯」が駅前にあったので、「少し割り切れない」気持ちになる。

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一人旅なのに、てっちりはないかと、ふつうのフグの定食を食したのだが、鍋ではないが白い液体の中にフグが入っていて、これがうまい。白みそとフグの組み合わせが、これほどうまいとは思っていなかった。自宅でも作ろうと思うがフグのブツ切なんて、とても売ってない。

鰆とかでごまかそうか。  
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2014年11月13日

田中絹代ぶんか館

下関で生まれ、事情により下関を離れ大阪に移住した田中絹代は、14歳で銀幕にデビューする。その後約250本もの映画に出演を続ける。さらに女性監督としても6本を撮っている。

そのあたりの事情は以前にも書いたことがあるのだが、実際に彼女が生まれた丸山町のあたりを歩いてみたが、あまりにも昔のことなので、よくわからない。丸山町は丘の上から丘の下まで坂道の両側に広がっている。それ以上はわからない。

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しかし、唐戸港から10分程度の場所に「田中絹代ぶんか館」がある。丸山町とはほど近い。建物は大正13年に下関電信局電話課庁舎として建設されたもの。ようするに電話交換手が受信と発信をつないでいた場所だ。現在、本館は二階が田中絹代の記念館になっていて、一階はいわゆる文学館で下関由来の文学者を記念している。現代作家では船戸与一氏が実績では抜けているかもしれない。

後年、絹代は鎌倉付近や三浦の方に自宅をいくつか構えることになるが、いずれも大船撮影所に近く、かつ海が見える場所というチョイスを行っている。一方、絹代自身は下関の思い出は、下関を出発する時の列車の記憶から始まるとも言っている。真相はよくわからないが、女優として有名になってから下関の実家のあたりを歩いてみたのか、あるいは深層心理の中に、いつも海をみていた記憶が宿っているのか。

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絹代の没後、資産を管理していたのが甥で映画監督の小林正樹氏であり、本館の展示物も多くは彼の提供だそうだ。彼女が鎌倉付近で転居を続けていたうちの一軒は手放すことになったのだが、みのもんた氏が買い取り、旧居をつぶして新築の御殿を立てたそうだ。

今、田中絹代の演技をみると思うのだが、「現代的」という言葉に行きついてしまう。なぜかわからないが、古風な筋立ての中に、彼女の現代性が浮かび出してくるのである。「愛染かつら」にしても「伊豆の踊子」だって、「サンダカン八番娼館 望郷」であっても「目立つ」のである。

思うに、「仕事熱心」ということなのだろう。とてもまねは無理だ。こういう人間の鑑のような人もいれば、くず人間もいる。まったく不思議だ。  

2014年11月12日

海響館(しものせき市立水族館)はフグにこだわる

日本を代表する大型水族館の一つである「海響館」は、唐戸地区にあり、かなり人気スポットのようである。

大型の水槽で魚の生態がよくわかるし、海辺の水族館というなかなかの条件である。特にすばらしいと思ったのが、ペンギンとフグである。

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ペンギンについては、彼らの特徴である海面下での俊敏な泳ぎと、陸上での緩慢な歩みが同時に見られるような場所がある。海面と同じ高さで、海面と上と下が同時にみえる。

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そして、解説員の方に言われて、一羽の足元を見ると、黒い毛の塊が見える。孵化したばかりのペンギンだそうだ。体温が冷えないようにオスが温めている。オスは卵を温めるのも仕事だし、産まれてからしばらくは、立ったままだ。その間、メスは基本的に遊んでいるそうで、ただしエサは運んでくるそうだ。産みっぱなしだ。

多くの恒温動物では雌が卵あるいは赤ちゃんの世話をするのに、なぜペンギンはオスが卵やヒナを温めるのか考えてみたのだが、南極のように極限的な場所だとオスとメスの体力消耗度を同じようにしないと生き延びられないからではないだろうか。もっとも、もっと普通の気候の場所に住むペンギンもいるのだが。

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そして、海響館のもう一つの特徴がフグ。さすがに下関だ。世界のフグが勢ぞろいだ。暖かい海だけではなく冷たい海にもフグは生息している。無毒のフグもいるのだが、ここに魚名を誤って書いたため中毒になった場合、個人的には保証できないので、名前は書かないが、一般的に毒のあるフグの方が多いようだ。

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フグの中でも海底で泥の中に潜んでいる個体もあるようだが、単なる変わり者なのか、一般的なものなのか、不明だ。
  

2014年11月11日

馬関戦争と下関条約

関門海峡は軍事的に重要な位置にある場所で、歴史上何度も登場する。壇ノ浦の平家の滅亡は有名だが、幕末にも有名な事件が起きる。馬関戦争と言われる外国軍との戦いである。

1863年に長州藩(および支藩の長府藩)は、尊王攘夷を実行するため、関門海峡(馬関海峡)を往来する外国船に大砲で攻撃することにした。もともと優柔不断な将軍家茂が朝廷の政治力に負けて、いやいや攘夷に同意したのだが、実際に大砲打つ命知らずの大名がいるとは思っていなかった。

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で、突然に海峡を封鎖して砲撃を始めたので最初は結構うまくいった。しかし、もともと兵力が異なるのだから、海外勢が本気を出したらかなわないわけだ。翌1864年に英国を中心とした四ヶ国連合軍(英、米、仏、蘭)が一斉攻撃し、壇ノ浦はじめ陸上の砲台を破壊し、さらに上陸した兵隊は大暴れする。

実際には、当時の砲台は一部を持ち帰られ、残りは破壊される。見かけだけでは遠くまで砲弾は届きそうだが、そんなことはない。現在の復元砲台にはコイン投入口があり、写真撮影に臨場感をもたせるたまに、砲身から白い煙が吹き出すことになっている。お笑いだ。

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その結果、長州藩は外国と戦うのが無理と悟ると、一転して国内で戦う気になっていき、同じシチュエーションの薩摩藩と結託するのである。


負けた馬関戦争の講和については、なんら語られないが、日清戦争の勝利に関して、講和条約は下関で行われた。

日本側代表は伊藤博文。清国代表は李鴻章。

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講和会議の会場を復元した建物が、フグ料理で有名な春帆楼敷地内に再建されていて、当時の席順が明示されている。李鴻章の椅子は非常に大きい。漢字の本家らしく、この地で書き残した書は立派である。


また、対する伊藤博文の椅子は、現在貸出中とある。市政赤字のためネバーリターンかもしれない。
  
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2014年11月10日

壇ノ浦・赤間神宮

平家滅亡の地とされる壇ノ浦へ、下関の唐戸港から徒歩で向かう。目標は関門大橋である。ほぼ、この橋の下が壇ノ浦である。つまり、九州の門司と本州の下関が接近した場所である。長さ約10キロの関門海峡の東側から少し海峡の中に入った場所である。平家の最後の砦というのが関門海峡の西側にある彦島であるが、海峡の中で戦うしかなかった平家には、既に勝ち目はなかったのかもしれない。

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源氏と平家の戦いの最終章は1185年4月25日の壇ノ浦だが、その一か月前には瀬戸内海の東側にある屋島の海戦で平家は決定的な打撃を受けていた。さらに1年前には神戸の一の谷合戦で義経の奇襲攻撃で近畿地方から追い出されていた。

いつも活躍するのが義経で兄の範頼は脇役的なのだが、実際は範頼軍が敵を食い止め、そこを弟が奇襲するというパターンになっている。さらにその兄の頼朝は、鎌倉から遠隔操作するわけだ。

そして、屋島の戦いで勝った源氏は範頼が九州を制覇し、義経が四国を制覇。平家は瀬戸内海を広く使って戦いたかったのだろうが、結局、南方(九州)方面への退路を断たれ、狭い海峡に追い込まれたわけだ。関門海峡の先は、玄界灘につながり、当時の瀬戸内使用の平底船では荒海で木の葉同然の運命となる。

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実際の戦いは、陸上、海上からの源氏による無差別弓矢攻撃により、非戦闘員水夫の保護の掟が破られ、平家一門は海上で孤立する。米軍による無人機攻撃みたいなものだ。そして、船と船をぶつけての戦いが始まるが、平家一門は戦う前から敗北の運命論に取りつかれていたというか、いさぎよく入水する者が多かったようだ。考えれば弓矢攻撃に備えて鎧を着ていたのだから、そのまま海に入ればすぐに沈むに違いない。人質の辱めを受けたものは、鎧を脱いで海に飛び込んでいたはずだ。

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そして、メインイベントは義経の八艘跳びと安徳天皇の入水。八艘跳びといっても鎧を着ていたら跳べる訳ない。むしろ、何艘も密集して激戦が行われていたのだろうと思う。安徳天皇は戦死した天皇ということになる(平家に殺された、あるいは源氏に殺されたという解釈も成り立つ)。

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そして、赤間神社。平家を祀った神社と思われているが、実際には戦死した天皇を祀った神社である。平家一門の墓は神社の敷地の外と思える場所にある。ここで戦死して多くは海没した平家一門の遺骨なき墓である。前後に石板が列を並べている。昔も今も軍人の方は一まとめだ。

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もっとも、その後、源氏もみっともなく滅亡するのだが、どちらかというと平家のファンの方が多いような気がする。
  
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