2015年09月05日

夢は、堅実にかな

「島本亮五段、フリークラスからC2組に復帰」の本人コメントを読んで、大変驚いてしまった。

復帰したからには(フリークラスに)舞い戻らないように、今後は上を目指す将棋を指したいです。


確かに、一回フリークラスに落ちて、さらに復帰というのだから、幕下転落後、再度十両に上がるというようなことだろうか。

(フリークラスに)の部分は、誰かがオリジナルコメントに注釈をいれたのだろうが、

「舞い戻らないように」 → 戻るということばからすると、フリークラスが定位置と思っているのだろか。舞い戻らなかったら、上を目指さないということなのだろうか。

「今後は上を」 → 今までは下を向いていたのだろうか。実際には上とか下ではなく、すべての対局に全力を費やすだけではないだろうか。

「指したいです」 → 単に、指します!と言えばいいところかな。

なんとなく、これでホッとして3年後には、「また戻ってきました」、とならないことを祈りたい。


さて、8月22日出題作の解答。

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金を打ち=飛車捨て合い転換、合駒選択、打歩詰打開という組み合わせになる。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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右下の狭い場所で、合駒選択を2回楽しむ。軽い捨て駒で収束。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ正誤判断。
  
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2015年09月04日

独特の味わいがでてきたエンブレム問題

あれだけ、「盗作ではないから」といって、突っ張っていた五輪エンブレム問題が、急に方向変換。国立問題では、強行突破は無理かなとほとんどの人が思っていたので、あまり違和感はないが、エンブレム問題は、五合目から強行登頂したものの七合目で撤退みたいな感じがある。

遠い(あるいは遠くない)昔の話だが、昭和20年の春の東京大空襲の後に、終戦工作に手間取り、次々に損害を拡大していった某国に似ている。

一方、本件を「ドキュメント」としてとらえると、当初は、「小保方の件」に似ているという意見があった。

最初に称賛されるべき功績があり、その後、次々と不都合な真実が発覚し、ついにナッシングになるという構図だ。

ただ、個人的には、どちらかというと「佐村河内の件」に似ているような感じをもっていた。方向としては、「偽装の有無、あるいはその意思」が係ってくるからだ。

で、今回の撤退の起点となったのが、

佐野最終案とベルギーの劇場の問題ではなく、原案段階で、もっと似ていたエンブレム案があり、それを変更した結果、ベルギー風になったとの報道。

そもそも、本気で作ったのだろうか。パソコンソフトで10分で作ったような感じすらあるこの図案が選ばれたこと自体が大いに疑問。

個人的には日本語が公用語の国なのだから「T」はないでしょ、ポイントカードじゃないのだから、と最初から思っていたのだし、世界にはABCを使わない国の方が多いのだから、文字を使うのはどんなものだろう。使うならひらがなの「わ」とかじゃないのかな。


誰も言わないけれど、旧東京五輪との因果関係の意味を込めることが、今回の失敗の遠因になっているのだろう(赤、黒、金とか円とか文字とか)。人気沸騰中の五輪招致用のサクラのマークは、大震災とのリンクを意味しているのだから、そもそもコンセプトから白紙化が必要だ。誰が昔の東京五輪とのリンクなんか言い出したのかのアブリ出しも必要だ。復古主義者はお断りだ。


ところで、次々にゴミ箱送りになっている「Tマーク」だが、将来、希少価値がでるのは間違いないだろう。秘蔵しておいて、第三次東京五輪の頃にオークションに出品したらどうだろうか。
  
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2015年09月03日

苫小牧に豪雨

どうもあちこちをうろうろしている私が行ったところどころで、天災や人災、犯罪などのネガティブなことが起こると思っている。ドキュメント作家の逆だ。「これからしばらくして大災害が起こるのですが、皆さまどのように対策を考えているのでしょうか」なんて取材をするべきだろうか。

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10日ほど前に二日間苫小牧にいて、新千歳空港からの帰りの予約便と数時間あいていたので、苫小牧と千歳の間にあるイオンモール苫小牧で買い物とかしていたのだが・・

先ほどのNHKのニュースでそのイオンモールの駐車場が60センチの冠水状態だと画像が出ていた。2階建ての建物の一階部分も浸水したようだ。というか、イオンモールの全面積の1/2が水浸しになったということだろう。巨大被害だろう。イオンも天津に続いてこれでは頭が痛いだろうか。

tomakomai2


実は苫小牧はかなり平坦な土地である。平坦だからこそ、明治政府が北海道の南側の海の玄関にした。書いていて、徐々に思いだしてきたのだが、地元の人に、水害の話をしたところ、折から箱根や桜島の大噴火近しという時期だったし、

「一番恐れているのは、樽前山の大噴火です」とのことだった。苫小牧市は超巨大火山を枕に安眠中と言えないでもない。江戸時代末期にはマグマが噴出して、川を堰き止めて洪水を起こしたり、隣の千歳市に厚さ1メートルの火山灰を積もらせている。


ところで、まもなく北海道新幹線の開通なのだが、函館以北への延伸計画は決定されていて、人口の多い登別、室蘭、苫小牧、千歳という南岸ルートではなく、長万部からいきなり北上し、倶知安、小樽経由で札幌に向かうわけだ。なんとなく、わざわざ人口希薄地区を走ることは何かを考えているのだろうか。かなり心配。あるいは、JRは樽前山噴火の情報でも持っているのだろうか。  
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2015年09月02日

維新ではなく大塩方面に逆走か

もともと合併の時から不思議だった維新の党の分裂。全国政党をめざすのに、新党は「おおさか維新の党」ということらしい。全国なのにおおさかを名乗るのは、「餃子の王将」に対抗する「大阪王将」方式のようだ。国会議員は地方政治のために活動するのではないことは憲法に規定されているのに、まったく不思議だ。

長州と薩摩を連結した坂本竜馬役になりたかったのだろうが、自ら薩摩藩になろうとしたのだろうか。

大阪都構想にしても、選挙では賛否僅差だったが、そもそも非可逆的な政策の場合、多数決で一人でも多ければ強行OKということではないだろう。

少し前から思っていたのだが、橋下氏のやっていることは、徐々に大塩平八郎に似てきたということだろうか。

大塩平八郎といえば、幕府の役人で、大坂市民の生活の困窮を私財を売って助けた上に、最後は大坂市内で蜂起する。総数300人。爆薬を使った襲撃計画が不発で、大坂市内に火を放ち、市内の1/5が灰燼と化す。

戦いは半日で会わり、反乱軍壊滅するも40日間潜伏し、ついに隠れ家を包囲され、持っていた爆薬を大爆発させる。


蜂起は1837年のことで、16年後にペリーが黒船で恐喝外交を始める。一般には、明治維新の先駆けとも言われる。

以前、少し調べたことがあるのだが、福沢諭吉は、中津藩の大坂屋敷で3歳の春を迎えるところだったが被災を免れている。もっとも彼がいなくても明治維新は進んでいき、慶応大学が存在しないということと、一万円札の顔に長く君臨することにはならなかっただろうということ。思えば、福沢諭吉の父親は、藩の勘定役として、借金まみれで破綻寸前の中津藩の自転車金融のため、両替商を駆けずり回っていたのだから、輪転機の中からいくらでも出てくる一万円札の肖像モデルにこどもが選ばれたことは歴史の小皮肉と言える。

また、実際に維新に関係があるのが、東芝創設者の田中久重。維新劇場の登場人物としては最長老の彼は、大坂でからくり時計を作っていた。が、大塩の火付けの結果、焼け出されてしまい故郷の肥前(鍋島藩)に戻ることになる。そこで始めたのが、武器の製造。高機能の大砲を設計し、これが薩長土肥チームの軍備強化に役立った。ただ、実際に官軍は江戸までは、ほぼ無抵抗状態で進撃し、威力を発揮したのは上野の彰義隊の壊滅作戦の時だった。

そして、「おおさか維新の党」という名前の政党を支持する人がどれだけいるのかわからないが、なんとなく最後は、八方を包囲され、一暴れするような予感があるが、灰燼コースだけは、やめてほしいものだ。  
  
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2015年09月01日

富士山には見えないが・・

夏休みに富士山に行った人からもらったお土産。一粒だけ試食することに。

まず、色々と書かれている。小袋パッケージの表側には、

JAPAN

Fujisan Miniature Crunch Chocolate


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富士山のクランチチョコレート製の縮小版ということらしい。英語で書かれているということは外国人観光客用か。ということは富士山の頂上ではなく麓の方で買ったのか、いずれにしてもお土産買ってから山を登ることはないだろう。

そして、裏側には算式が。

3,776m × 1/180,000 ≒ 富士山ミニチュアチョコレート ←高さ2センチ

富士山、元気をいただきます。 ←意味不明だ。

しかも、バレンタインチョコで有名な大手菓子メーカー製。

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ところが、袋から取り出すと、妙な色である。黒地に白の雪冠か。実際には、こういう色なのだろう。離れた場所から見るから、富士山が青く見えたり赤く見えたりするのだろう。土の色と雪の色を正確に再現すると、こういうようになるのだろうか。

そして、このリアル富士山とは形が異なるミニチュア富士山だが、すぐには思い起こせないが、いつかこの形を見たことがあるような感じが漂う。

数日後にふと、思い出したのだが、女性の体の一部に似ているように思えてきた。色は多少違うのだが。

C国やK国で「日本人の好色性の一例」として話題にならなければいいのだが。まあ、株価の大雪崩で、そんなことを言っている状態じゃないのだろうか。

そして、一粒ではなく、二粒味見すべきだったことに気が付く。
  
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2015年08月31日

チップを間違えて失敗

最近、苫小牧に行った時のこと、地元の料理店のカウンターで、地元の方とメニューを見ながら食べ散らしていたのだが、「チップ焼(2100円)二つ」というオーダーをしたのは覚えていたのだが、その他の注文品が次々と登場して、何が来て、何が来ていないかがわからなくなった頃、チップの話になる。

実は、チップという言葉から連想していたのは、木材チップのような固い板状の物体。まして苫小牧は製紙業の街だ。しかし、板状のものをどうやって食べるのか検討がついていなかった。鮭トバみたいなものを待っていた。

しかし、実がチップの話が突然に始まり、支笏湖とか猟期とか。そしてサケ科にしては薄味で脂がのっていて・・と地元の方が説明してくれる。

「『チップ』って魚だったのですか・・」と私が話すと、非常に奇妙な表情をされるわけだ。

chip2


「今、食べているのが、『チップ』です」とのこと。

そう、既に片側を食べ終わり、本来は背骨をはずして残りの半身を食すべきところ、簡易法で裏返してつついていたところだ。慌てて撮影するが、無残な状態になっていた。

支笏湖のヒメマスのことをアイヌ語で「魚」を意味するチップというそうだ。6月から8月までが食べ頃だそうだ。確かに完全な淡水に育つサケ科の魚なので、味はあっさりしている。味が落ちるのが早い魚だそうで、地元でいただくのが最高だそうだ。次の機会があるのだろうか。

ところで、後日調べたのだが、支笏湖にヒメマスが放たれたのは1894年だそうだ。阿寒湖から移植。現代では中禅寺湖他に移植されているのだが、思わぬ問題が発生しているようだ。

外来種駆除。

この内海湖沼に無暗に別の場所から魚を移動してはいけないようだ。生態圏は変わってしまう。といって、こんなおいしい魚を駆除してしまうのは残念だ。(まだ、そういう話にはなっていない。)
  
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2015年08月30日

サラ川興隆の末に見える川柳の未来

たまたま第一生命ビルに行ったのだが、マッカーサー執務室は休館中で、第一生命ギャラリーで「サラリーマン川柳」の優秀作が展示されていた。

まいとし年末に発表される優秀作だが、昨年は、

一位:皮下脂肪資源にできればノーベル賞

二位:湧きました 妻よりやさしい風呂の声

三位:妖怪か ヨーデルヨーデル 妻の愚痴

sarasen


ベスト10以外にも毎月の優秀作とか歴代優秀作が公開されている(HPあり)

要するに、家族(主に妻)の悪口と自虐ネタと会社でのダメネタが中心だ。なんとなく未来に対する明るい希望のようなものは皆無だ。人間は喜劇よりも悲劇を好むのだろう。


しかし、もともとは川柳は、狂歌の短縮形という形で登場した。短歌の形を利用して政治的なプロテストを表現していた。その短縮形として江戸時代に柄井川柳という人が打ち出したわけだ。したがって、妻の悪口や、自分の老齢化を営々と詠むというのは、まったくまと外れということになる。

要するに、サラリーマンというのが非芸術的存在ということだろうか。あるいはたくさんの作品の中から、政治性がなく現政権への批判性がないものだけを優秀作としているんだろう。歴代作品みても主張性があるものは選ばれていない。

本来は川柳という形式形態を利用していたものが、「サラ川」というものが「川柳」を乗っ取ってしまったようなものなのだろうか。

譬えが悪いが、アマゾンアカミミガメ(ミドリ亀)が日本固有の亀を駆逐したとか、縄文時代人を追い出したといわれる弥生時代人のようなことなのだろうか。北方四島に住んでいるロシア人とか。国政選挙のつど国会内にはびこる「○○チルドレン」とか・・

ということで、毒のないフグのような最近の各年度のベスト100の中から自分好みの一句を探してみると、・・

実は見当たらないわけだ。

サラ川の隆盛は政治・社会批判色の強い川柳の没落を招くことになるのだろうから、これも政権維持装置の一つなのだろうか。
  

2015年08月29日

混戦のようで、そうでないようで

名人戦リーグ(順位戦)は、始まったばかりで、半年後のことを考えるすべもないが、各棋戦の進行をよく見ると、奨励会三段リーグが大詰になっている。残り1日(2局)を残して、12勝4敗が3人、11勝5敗が3人。4敗の中の二人は直接対局があるので、5敗組の中で四段昇格(2人)を果たすのは難しそうだが、次点ポイントを持つ者もいて、結果は9月5日が終わるまでわからない。

そういう時に限って、台風が来て東西移動ができず、対局できないで不戦敗になったりするのだろうか。

ゴルフでいえば、あと2ホール残した状態なのだが、ゴルフの場合はトリプルボギーとかイーグルとか大波乱があるのだが、将棋の場合は残念ながら勝ちも負けも星は一つだけだ。


さて、8月15日出題作の解答。

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山型になる。というよりもメロンパン型か。

動く将棋盤はこちら


今週の問題

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短編。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2015年08月28日

陰謀の古代史(和歌森太郎著)

岡山県にいると、なんとなく古代史の香りが漂う。人間の多くは沿海部に住んでいるのだが、内陸部には神秘的な事象が多く残っている。鬼ノ城とか、犬墓山とか吉備津神社とか・・吉備の森には古代の大戦争の血の匂いが残っている。

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歴史書には描かれていないのだが、出雲と大和の間にあるのだから、何かが起きたのは間違いないはずだ。

ということで、古代史の本も読んでいるのだが、要するに、日本書紀と古事記という二つの書物を分析することで、古代日本を推測しようというのだから、かなりの想像力が必要になる。

本書は、和歌森太郎氏が、想像力をMAXにして、政権抗争を小説風に書き直したものだ。どうも天皇家も葛城家、蘇我家、藤原家、陰鬱な作戦で、だまし討ちにして政権から追い落とし息の根を止める。

歴史が古いのはいいこととして、その虐殺の歴史はあまり誇れないような気がする。というか、戦国時代の下剋上だって、結局古代日本の陰謀史と同じじゃないだろうか、という気がしてきた。

超大企業でも同じような闘争があるのだろう。隣の大陸の国もそうなのだろう。本の帯には、「陰謀と派閥の視点から、激動の古代を描き、そこに現代の縮図を見出した異色の日本古代史」となっている。
  
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2015年08月27日

夏が終わる前に、プレミアソフトのこと。

夏が終わる前に、プレミアソフトのこと。

台風が行った後は秋、ということになるのだろうか。あわてて書いてない食材を探す。そう、新千歳空港のソフトクリーム。元々は空港内は10ヶ所でソフトを提供している。350円程度だ。

prsoft


が、あらたにプレミアムソフトを見つけた。500円。

しかし、これが買ってすぐに溶けはじめる。

確かに味は濃厚だ。指がべたべたになる。

ゆっくりできないわけだ。ソフト料金(C:COST)を食べ切る秒数(E:EATING TIME)で割ると、きわめて割高(M:MAX)になる。

式で書くと、E=MC2 となるはずだ。


本来は、北海道の別の場所に寄り道したかったにもかかわらず、大雨が降り続いていて、結局、空港ターミナル4階の温泉に行ってしまった。露天風呂から、ベンチの上に立ち上がると、地上の滑走路が見えるが、滑走路からは覗けないようになっている。離発着する瞬間の機内からは覗かれそうだが、興味のある方は窓側の席から確認されたし。

  
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2015年08月26日

台風の話(大谷東平著)

taihu今年は、ずいぶん強力な台風がやってくる。台風15号。そういう日に限って飛行機の予約がある。

で、タイムリーに台風の本を読んでいた。どうも戦争中、戦後には台風の大被害があったようだ。

昭和13年9月1日 台風高潮 関東 死者201名
昭和13年10月14日 台風洪水 九州南部 死者289名
昭和17年8月27,28日 台風高潮 西日本 死者891名
昭和18年7月22-26日 台風豪雨 中国四国 死者211名
昭和18年9月20日 台風洪水 西日本 死者998名
昭和20年9月17-18日 枕崎台風 西日本 死者2076名
昭和20年10月10-11日 阿久根台風 西日本 死者730名
昭和22年9月14‐15日 カスリン台風 関東以北 死者1057名
昭和23年9月16-17日 アイオン台風 関東奥羽 死者512名

終戦前は、気象情報は軍事秘密として公開されなかったから、いきなり台風がやってくるわけだ。そして、どうも台風が多い状態だったようだ。そのあたりが神風思想の原因かもしれない。

そして、台風の回転については講義がなされているが、台風のコースについては、いくつかの方向が考えられるが、実際にはかなりはずれるとのこと。

本書は地球観測衛星などなかった時代のものだから、気象情報を理論と計算で行っている。現代の予報と言うのは全部コンピューター任せなのだろうか。それでは理論を学ぶものがいなくなってしまう。


本書は、台風の話の他に、冬の暴風雨についても書かれていて、江戸時代から漂流する漁船が多いとして、米国に白骨船が到着した実話や、多くの船が、漂流した後、無残にも北太平洋から赤道付近までコースが曲がっていき、最後は中国南部に漂着することなどを解説している。

そして漂流文学というジャンルを考えてられる。漂流して、なお生存者が日本に戻った場合のみ文学が成り立つのであって、台風に襲われた場合は、助からないので台風文学は少ないとのこと。紹介されていた中で、須見五郎著「日本人漂流物語」というのがあるようで、読んでみたいと思うのだが、入手は困難の極みだろうか。「東京漂流」というような本は沢山あるのだが。

ということで、探しはじめると、思わぬ事態である。「日本人漂流物語」というのは室賀信夫氏という方が出版していて、須見五郎著は4編「孫太郎ボルネオ物語・無人島漂流物語(鳥島漂着)・光太夫ロシア物語・だったん漂流物語」なのだが、室賀信夫版は、二番目の鳥島の部分をカットした3編だ。そんなことって許されるのだろうか。

しかも、室賀版は、読んだことがあるのです。道理で、鳥島に流れ着いた話を聞いたことがなかったと思ったわけだ。このあたりの事情については、別途調査が必要だ。
  
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2015年08月25日

夏が終わる前に葛切りのこと

いつもは、金曜に食材関係のことを書くのだが、夏が終わりそうな感じなので、あわてて蔵出しするのが、夏の葛切り。まあ、粉を買ってくれば作るのは簡単だろうが、その製作時間(つまり、水に溶かして、加熱して、冷却して、板状になったものをキシメンのように中太に切る)に対して、食べる時間が限りなくアンバランスになるだろうから、完成品に付属の黒糖蜜をかけた方が早い。買い過ぎて冷凍庫に眠っている桃の破片をトッピング。器が小さ過ぎてあふれる限界だった。

kuzukiri


そして、葛切りを食べる時に必須なのが、割り箸だろうか。実際は柔らかいものを箸でつかむというのは技術がいる。ロボットでもできるのかな。いや、ロボットは麺類を食べることはないはずだ。

これが、丸い箸では器に落下し、中の糖蜜が飛び散って高額ネクタイをしていたら大損害になる。以前、虎ノ門に「ざくろ」という高額和食の店があって、デザートにいつも高額葛切りを食べていたのだが、一枚の幅が3センチほどもあって、落下の衝撃は大きく、何本かの低額ネクタイが犠牲になった。


ところで、一般に葛には体温を温める効果があって、葛根湯については、毎年何回かはお世話になっているのだが、wikipediaによれば、葛は生産量が少ない(つまり高いということ)ことから、ジャガイモデンプンを代用することがあるが、ジャガイモには体温を低下させる効果がある、と記されていた。

食べた葛切りが本物かどうかは、食前と食後に体温を測定すれば判るということだ。
  
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2015年08月24日

日本語の年輪(大野晋著)

nenrin日本語の起源から成立過程、そして時代に伴って進化する日本語について、名詞ではなく形容詞や副詞、助詞などを含めて論考を進める。

結構、古文は読んでいて、時代を代表する源氏物語や、大鏡、風姿花伝、江戸文学など読んでいるので「すさまじき」とか「ゆゆし」とか大きく変わったコトバもとりあげられていて、そうだそうだと納得してみた。

ちなみに、「ゆゆし」だが、教育委員長が、「教師の中にフ−ゾク狂いがいるなどゆゆしき問題だ」とか岡山のテレビではよく聞く話だが、もともと「ゆゆし」には神聖で近寄りがたい状態を表現することばだった。そのうち「大きな」という意味になり、現在は「大変けしからない状態」になってしまった。タブーとしての意味がなくなったことについて、大野先生は「日本にタブーの考え方が薄れてからだ」とあっさり断定するが、色々な意味で私は納得できないけど。

それと、こういうブログでも「ですます」を使う人も多いが、この「ます」だが江戸時代後期から登場したのだが、歴史的に見て400年から500年程度の寿命だそうだ。すでに誕生から200年経っているので、「ます」がなくなるのはあと200年後になる。その時の日本人が読んでもわかるように、次世代の表現に変えたい人もいるだろうが、大野先生は「ます」がほろんだ後、何が使われるのかは、まったくわからないそうだ。
  
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2015年08月23日

竹中大工道具館(新館)へ

昨年の6月8日に「竹中大工道具館(転居前)」という記事を書いて紹介したのだが、竹中工務店ゆかりの神戸の県庁近くにあった旧館を建てなおして、新神戸駅のそばに新館でオープンするということだったのだが、ついつい時間が過ぎてしまい、つい最近、足を踏み入れることになった。

まず、新神戸の駅前だが、道が複雑ですぐ目の前に行くのが難しい。自動車専用みたいな道や、駐車場の中が歩けなかったりしそうで、安全第一で大回りした結果、大汗をかいてしまった。が、建物の中は冷房が効いていて大変涼しい。というのも、展示階は地下になっている。

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この辺で、なんとなく感じたのだが、竹中工務店といえば、例の2500億円事件で、とりあえずボツになった新国立の受注会社だった。そして審査委員長は安藤忠雄氏。一方、この建物は地下博物館だが、そういえばベネッセ直島にある地中美術館は安藤氏の作品だ。しかし、まさか社内に無数に設計士を抱える大建設会社の建物を外に外注するわけはないだろうと思うし、安藤氏の名前はどこにも出ていない(といっても別の竹中の施設の設計は行っているようだ)。

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しかし、建物の底の部分から上を見ると、天井空間の一部に空が見えるというのは地中美術館と同じではないだろうかと感じてしまう。

こういう、なんとなく不思議な感じは、実際には不思議ではなく、合理的な理由が隠されていることが多いのだが、深く考えてはいけないような感じも漂うところである。

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展示については、旧館は狭かったことで様々な展示品がランダムだったように感じるが、今回は見やすかった。とくに欄間のようなこった形状については、秘伝の教科書があって大工はそれをみて研究するということは初めて知った。だから、同じようなものができるのだろうと、今頃わかった。

なんとなく思うのだが、旧館は大部分を大工の手で作ったのだろうが、新館では大工の出番がなかったのだろう。

そしてここには、外国人観光客はいなかった。ガイドブック未掲載か。
  

2015年08月22日

大橋分家のこと

muso詰将棋パラダイスに「夢想の研究2」として若島正先生の連載が始まったこともあり、「開かずの本」だった 『秘伝 将棋無双(湯川博士著)』を読んで見た。20局が解説されている。この本の特徴は同時代の棋士や江戸市民を登場させた歴史小説仕立てになっていること。

無双自体は、数十年前に盤上で解説書をみながら並べたことがあるので本書について触れることもあまりないのだが、将棋家元三家の中で大橋本家と伊藤家の関係図が書かれていて、両家とも大橋分家とは交流がなかったとされている。

ただ、麻布十番の伊藤家は大橋分家と隣接していたそうで、三百坪の敷地だったそうで、交流がなかったことはなんとなく不思議だ。

で、ほんの少しだけ調べてみると、大橋分家というのは、大変ユニークな存在で、かなり激しいエピソードを持っているようだ。

まず、初代と二代目は将棋指しじゃなかったらしい。ちょっと信じられないが。
三代目が大橋宗与。六世名人になるが、たなぼたで76歳である。たぶん羽生名人もかなわないだろう。献上図式が間に合いそうもなく、盗作風改作や不完全作が多い。新東京五輪風だ。

四代、五代はひたすら家を守り伊藤家全盛時代を生き抜き、六代大橋宗英の教育に専念する。

六代宗英。江戸時代の最高棋士といってもいい。古典将棋と縁台将棋、賭け将棋といった将棋の状況を「近代将棋へ」向かわせることになる。定跡は伝えるものではなく、研究して発展させるものになった。ただし、詰将棋は作らないこととした。ある意味、指将棋と詰将棋は別のものということを宣言したようなもの。
そして病をおし御城将棋に出陣し、その当日、人生に終止符を打つ。

七代は宗英の嫡子だが、棋力今一。大橋柳雪という天才を養子に迎えたが、柳雪は病に侵され、家元を離れる

八代。在野の天野宗歩を破るために心身ともに疲れ切り、妻は発狂し自らは短命となる。

九代。明治になり、何らかの罪を犯し、刑務所行きになる。結局、大橋分家はここで途絶えた。

というようなことらしいが、それぞれの時代に、それぞれのストーリーがあるのだろうと、十年先までに研究したいなとちょっと思う。

さて、8月8日出題作の解答。

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まで17手詰。

動く将棋盤は、こちら

今週の問題。

0822m


やや平凡。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ正誤判断。  
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2015年08月21日

甕開き?

少し前に地方都市で中華料理を食べた時のこと。紹興酒を注文すると、ちょうどお店の在庫の甕が切れて、新しい甕に変わるということで、突然の余興として、甕開きをすることになった。

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要するに、甕のふたを開けるだけなのだが、この店の紹興酒は蓋を開けるのが大変な事業らしく、宴会場で見せてくれるということになった。

中国の某所から宅配便で送られてきた段ボールを開けると、中から甕がでてくる。おそらくは輸送途中で荷抜きや入替などの不正行為が起きないようにというためだろうか、蓋を石膏で固めてある。封印である。

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それで、その石膏の封印を木槌で粉砕しようというわけだ。これが力いっぱい叩くと、甕が割れてしまう。甕が割れず、石膏が割れる程度の力が重要だが、力加減が重要だ。

中華料理の店主は日本人だが、慣れているのだろう5年物の紹興酒の蓋をとることができた。日本酒の場合は鏡開きというか鏡割りでもいい。紹興酒の場合、あくまででも甕割といってはいけない。

で、甕開きは成功し。その後直ちに喉を潤すことになるのだが、

やはり5年物より8年物に限るような気がした。
  
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2015年08月20日

徳川慶喜(堀和久著)

yoshinobu歴史文学の書き方として、史実で明らかになったことのみを書く方法がある。さらに史実を補う形で、登場人物の心象や歴史背景を書き込んでよりリアルに描く方法がある。時に書き過ぎて新たな史実ができてしまったり、著者の思い込みを書いたりしてしまうことがある。実際に大部分の歴史小説はこういう書き方だ。さらに、まったく偽歴史を書く場合もあるが、その場合は歴史小説は言わず、時代小説ということになっている。

堀和久氏は1番目と2番目の間かな。取材を多くし、推測を自重したような書き方だ。

ところで、慶喜についての最大の謎は、「大政奉還」。なぜ、戦争する前に大政を天皇に奉還し、その後の徳川家自壊を早めたのだろうか。

大坂城から江戸に逃げ帰った話ばかりが有名だが、その前の戦いのときは、京都で長州藩を追っ払っている。急に弱気になったのはなぜなのだろうか。

本著では、聡明なはずの慶喜の歴史の読み間違いがあったとされている。

つまり、一旦、幕府と朝廷の関係が悪化したとしても、それでも徳川家は圧倒的に大きな勢力をもっていたため、一旦幕府をリセットしても、再組閣の時は、自分を中心として薩摩藩と仲良くやってくれと言われると思っていたということらしい。

実際には真逆になり朝敵ということになった。

この人、将軍の後継者と期待されていて、自分でも期待していたのに、二回もお預けになっている。なんとなく、中国にいる北朝鮮のビッグブラザーに似ているような気もする。
  
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2015年08月19日

玄奘三蔵―史実西遊記(前嶋信次著)

sanzo1ちょっと仏教関係のことを調べていて、玄奘三蔵(いわゆる三蔵法師)のことが知りたくなった。

昭和27年の発行書で、著者はアラビア文化研究者の方であり、いわゆる宗教家ではない。ある意味、西遊記を紀行文学としてとらえているような書で、素人にはそれの方が助かる。

玄奘は西暦602年(600年説あり)に出生し、総明ではあっても、大天才というわけではなく、しかし、新興の唐に生きる僧として、当時の社会のゴタゴタ感を仏教者の堕落と考え、それなら釈迦の活躍したインドに行って修業かつ各種経典の原典に当たろうと思い立ったわけだ。

その後の記録から言って、玄奘の考え方は、純粋過ぎたというか、当時のアジアの情勢からいって大甘だったのだが、だからこそ彼が苦難の道中をなんとか達成できたということなのだろう。アジアは中国もインドも西方もどこもかしこも群雄が戦いを続けていた。唐もできたばかりで、まだ反対勢力は多く、優秀な僧である玄奘を国外に出すよりも国内で利用しようと権力は思っていたため、彼はついに密出国することになった。

ということで、彼の僧としての実力を発揮してインドに行くわけにはいかず、国外に出るまで西方へ向かう旅からして困難を極める。道を間違えたらすぐにドライアップになる場所が続くわけだし、賊は多い。今に残る絵からするとかなり体格が良く足も太いが、それは結果としてそうなったのかもしれない。

そして辿りついたインドは、仏教のパラダイスではなく、仏教とヒンズー教とバラモン教やその他の宗教が混在していて、それぞれ各地の豪族の権力と癒着状態。どうも唐の方がましだったようだ。といいながら、仏教は仏教でそれなりに活動を続けていたようで、各地を行脚し、得意の弁舌をふるって、「中国(チーナ)の高僧」という肩書で各地の王と懇になっていく。

sanzo2


そして、ついに帰国を決意するが、引き止められる。「帰ってもあちらにはあなたの席はないから」というようなことだろう。第一、密出国者だ。

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どうも、まず途中まで帰って、様子を窺う作戦だったようだ。南回りで帰る方法もあったらしいが、途中はインドも唐も支配力がない場所があったらしく、北回りを選ぶも、タリム川の北ではなく南を選ぶロブノールの方から帰り、唐の情勢を確認後、長安に向かった。

17年間の旅だった。そして本物の「西遊記」を書くのだが、それは明らかに仏教の書ではなく紀行文学と言ってよい内容だろう。原典翻訳は、チームを組んで行ったようだ。

となると空海や最澄と同じような話であるが、玄奘は独自の一派を立てたわけではなく、仏教界の重鎮という席を温めることになった。中国仏教協会の会長みたいなものだろうか。


そして、中国の長い歴史の中で、玄奘の遺骨は数奇な運命を辿るわけだ。本書が書かれた時以降に色々なことがわかってきている。

まず、664年に亡くなった当初は長安(西安)の近くに埋葬され、後に近くに移されている。しかし約300年後、唐の消滅とともに寺は荒らされ、すべてが謎に包まれる。そして行方不明になった遺骨は約100年後に発見されるが、それは南京の僧が探し出したもので、ただし見つけたのは頭蓋骨だけだった。そして安全のため、僧は南京に持ち帰りそこに移葬した。

ところが1000年近い月日が経ち清朝末期に太平天国の乱に巻き込まれ、1854年に再び遺骨は行方不明となる。そして大問題となるのが日中戦争。有名な事件がおきてから5年経った1942年に、南京の占領地に軍用施設を建設中に地下から石室が発見され、そこには玄奘の頭蓋骨が入っていた。さすがに日本もそれを日本に持っていくのをためらい、日中の仏教界で協議した結果、南京と北京と日本に三分するということになった。

このうち、日本に来た中で、戦後、再度分割され台湾に分骨されている。中国に残ったものは11に分かれ、内1つはインドにある。詳しくは各自で調べること。
  
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2015年08月18日

見る人は見ている

少し前に、東京駅八重洲口のビル看板は、手もみマッサージとか腰痛ベルト、サロンパスとかの腰痛関連が多いことを書いて、新幹線に坐ってくるので腰も痛くなるのだろう、と安易な一言で片付けたのだが、同じ事象でも色々な考え方があるのだろうと思うことがあった。

総資産3200億円の「さわかみファンド」の総帥である澤上篤氏が、雑誌「THE21 2015年9月号」で、こういうことを書かれいる。

数年前までは、駅前には必ずサウナが何軒もありましたが、今ではあまり見かけないと思いませんか。代わって増えているのが手もみマッサージの店。でも、これだって何年か先には別の施設やサービスになっているかもしれません。(中略)大事なのは、現在の状態を基準に考えないで、「十年後、観柔軟後はこんな世の中になっているのではないか」という想像力を働かせることなのです。


つまり、私は、腰痛持ち→マッサージまたはサロンパスと短絡思考で片付けてしまったのだが、そこに歴史の転換を感じなければならなかったわけだ。

そういえば、地方から早朝に東京駅へ寝台電車で着いたことがあるが、何しろ7時半とは早すぎるということで、「風呂でも浴びるか」と探したものの、あれほど八重洲口にあったはずのサウナが全滅していたわけだ。そのあたりで気付かなければならなかったのだろう。

といっても、十年後に手もみマーサージがどうなっているかを想像しなければならないのだが、なんとなく新橋駅前ビルの立て直しに伴い、無数のマーサージ業者が都内各駅前に移住することになっているのではないかと思わないでもない。手もみマッサージ関連株でも買えばいいのだろうか(どうしても短期投資の考え方になってしまう。タイプA人間)。

ロボットスーツ使用のマッサージ店とかできるのではないだろうか。もみの強さは5段階で選べますとか。
  
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2015年08月17日

天津港がマヒした影響は甚大

10年ほど前に中国株をやっていた時に、天津港の拡大計画があって、投資しようかと思っているうちに中国株が下がり始めて、端株以外売れるものは全部売ってしまったので、たいして興味がなかったのだが、北京方面への海の玄関として世界有数の流通基地になっていたはず。

北京の某社駐在員に聞いたところ、「死ぬほど忙しくなるのか、まったく暇になるのかどちらか、まだよくわからない」とのこと。たぶん前者だろうが、「死ぬほど忙しいのではなく忙し過ぎて死んでしまう」ことがないように祈りたい。

ところで倉庫にシアン化ナトリウム700トンって半端じゃない数量だが、いったい誰がその物流網の胴元なのだろうか。身に覚えのある人間はすでに国外に逃走しているのだろうか。ちなみにグリコ森永事件では、「どくいりきけん」の正体がこの薬品だった。


爆発の時の映像を見た時に思ったのだが、火炎は三段階になっていた。

最初は、建物がメラメラと燃え始め、しばらくして横に爆発状に火が飛びだした。その数秒後に燃えている炎の上空の方で大爆発した。3回目の爆発は気体に着火したような形状だったので、1、2回目の化学反応で発生した水素ガスが大爆発したのだろうと感じた。

だから、禁水物質に水をかけたのが主因と言われるが、掛けなくても水素爆発したような気がする。

また、一説には二度目の爆発は、ニトログリセリンじゃないかという声もある。

元々、不法保管が常態なのだから、何が倉庫に入っていたのか自体、明らかになるのだろうか。都合の悪い話を言いだす人間がいるわけないだろう。
  
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2015年08月16日

トーハク2

東京国立博物館に久しぶりに行ったのだが、前の記憶と比べると、展示がいたって外国人向けになったような気がする。

本館では、ありのままの日本ではなく、日本の美を正面に打ち出している。確か、佐倉の方は日本の醜い過去にも触れているような気がするが、そこまで見ていく外国人はいないだろう。

それで、高円宮家コレクションとして根付が数十点展示されていた。象牙や宝石、また陶器などで作られた根付である。この根付と言うものを外国人に説明するのはかなり難しい。つまり日本人に説明するのも難しいということだ。何かの紐の恥につけられるものということだが、何の紐に付けられるのか、はっきりしない。なんで、そんなところに芸術を追求するのだ、ということになる。

思うに、身の周りをすべて芸術品で囲んで生活する人(つまり、貴族とかバブル長者とか)が、さらに美術品を身につけようと考えたものだろう。ある意味、入墨と同じ心かな(たぶん違う)。

nagarebosi


で、この根付にはそれぞれ名前が付いているのだが、大部分は、その根付の造形に対する名前で、花の名前や動物の名前が多いのだが、一つだけ気にいったネーミングがあった。少年が上を向いている根付だが、「ながれぼし」となっている。少年が夜の空を渡る一筋の光の流れを目で追っている。「夜空をながめる少年」ではなく「ながれぼし」というネーミングに主客逆転表現が感じられる。

そして、東洋館。ここで気付いたのは、韓国からの女子学生たちが相当数、自国の焼物を調べていることだ。検索システムをハングルで読んでいるので、博物館に所蔵の品を確認しているのだろう。何人かがそういうことをしていた。もしかしたら、植民地化を図ろうとしていた時期に、日本人が持ち帰ったのだろうか。実際には、当時から韓国、日本、中国の陶器(磁器)は高い評価を得ていたので、適正な対価を払って購入したものだろうと思うが、評判が悪いなら、返してしまってもいいかもしれない。もちろん、何かの問題を帳消しにしてからだろうが。竹島占拠とか・・


エジプト関係も、良品を収集していたようだ。

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ミイラもあれば神様の化身である各種の鳥たち(ハヤブサとかトキとか)の像はなまめかしい。

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さらに猫もいる。エジプト文明が現代人に送った最大のプレゼントだろうか。実際は、穀物を狙うネズミがいたからこそ、猫が愛用されたのだろう。
  

2015年08月15日

ちょっとした差かな

解けてうれしい詰将棋という小冊子を購入していて、郵送される雑誌の中に、発行者である三宅さんがニュース記事を入れてくれるのだが、先日送られて記事は、「大津・将棋を孫に伝える会代表」として読売新聞の「しが県民情報」の記事のコピーだった。その中で、2011年に仲間と二人で「将棋を孫に伝える会」を設立し、今年の2月からは、団体名に「大津」を付けた、となっているのだが、コピーの余白部分に、「大津・将棋を孫に伝える会」と「将棋を孫に伝える会」とは別組織です、と訂正を書き込まれている。

ということは、新聞は不正確な記事を書いた、というよくある話になるのだろうか。あるいは、大きな差ではないのだろうか。共産党と日本共産党の差程度なのだろうか。

あるいは二人組織と一人組織の差なのだろうか。

生涯わからないままになる謎の一つなのだろう。


さて、8月1日出題作の解答。

a12


0815k


まで25手詰。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

0815m


ヒントは、富士山を目指せ。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2015年08月14日

今のマックにできることは

あまりハンバーガーを食べるわけじゃないけど、小都市の駅前とか、時間が30分ほどある時などにマック他に行くことも時々ある。月1位かな。

今の日本マクドナルドの決算は、いかにもフリーフォールという感だが、新聞のグラフをよく見ると、売上高は、年々、ほぼ直線状に毎年300億円ずつ下がっている。損益は毎年150億円ずつ悪化しているということは粗利率からいって普通の現象だから、この会社の状況は、単に「売れなくなった状況が続いている」ということで、よく言われる「FC化の強行」とか「鶏肉問題とか異物混入問題」ということは副次的原因なのだろう。あるいは原因じゃないかもしれない。

(日経関連紙より)
macgyoseki


それと、日本では(世界でも?)落ち目の企業には行かない、という消費者行動が顕著だ。たとえば複数の最小単位である二人がマックに行くには、どちらかが、「マックに行こうか」と提案して、もう一人が「そうしよう」と合意しないといけないわけだが、落ち目(負け犬)企業は最初から、提案されない。

で、この前、六本木のバーガーキングに行ったのだが、やはりかねがね思っていた、マックバーガーの問題を思い出してしまった。つまり、バーガーの肉の固さとバンズ(パン)の柔らかさのアンバランスなこと。元々、日本のマックは、前歯でバンズをかみ切れるように、フカフカスカスカで卵抜きの特注品(大手メーカー製)なのだが、狂牛病事件のあと産地を変えたため固くなった牛肉とマッチしてなく、バンズが口の中で溶けてしまったあとも肉塊をグチャグチャと噛み続けなければならない。「肉が固い」と思うか「バンズが柔らかい」と感じるかは様々だろうが、他社のバーガーの場合、口の中に肉が残ったりはしないわけだ。

そして、せっかくのチャンスを逃している朝マック。朝の時間はトースターの準備時間と言うことで、マフィンとフィレオ(バンズを焼かずに蒸す)とホットケーキに特化しているが、これなどは供給者の自己都合をユーザーに押し付けているだけだ。だいたいバーガーはメインのメニューじゃないのかと思うわけだ。昼はコンビニ弁当だけど、朝のマックは許せるって人だっているはずだ。夜の時間だって、バンズに食材を挟み込むんじゃなく、野菜と肉とバンズを別皿で食べたい人だっているわけだ(洗う皿の数が増えると困るのだろうか)。

で、そういう普通の話は、2013年ごろから上がっていたようだが、何ら変わっていないし、最近は、特にアボガド関連で、「メニューの写真と実物が違う」という声が多いようだ。アボガドがゴロゴロという写真に対して、アボガドがつぶれてペーストみたいだ、ということ(見ればわかるのだから、現場の声を聞くまでもないだろう)。日本人の特徴として、そういう場合、現場で文句をつける人はまずいないのだが、不信感がさらに重なっていく。

一方、ワタミグループも不振に追い込まれているようだが、こちらも「落ち目企業には冷たい国民性」、「工場生産食品の味の限界」というところに陥っているような気がする。セブンイレブンのお惣菜もおいしかったのだが、チキンの照り焼きも3回食べると、そろそろ飽きたかなって感じになっているので、工場生産食品のメニュー多角化は簡単ではないが、夜はワインとピザでも出したらどうなのだろう。どうせ真空パックの食材を冷凍して使っているのだし。
  
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2015年08月13日

消されたライセンス(1989年 映画)

kesareta007シリーズの第16作。冷戦前最後の作だが、もはや冷戦とは何の関係もないストーリー。ボンドは麻薬取引のボスを捕まえにアメリカに行くわけだ。そして、逃亡する飛行機ごと捕獲してしまうのだが、米国の警察官が200万ドルで買収されてしまい脱走される。

ティモシー・ダルトンは前作と本作の二作で降板。前任のロジャー・ムーアは本物のスパイのように硬派の顔をして、実際はコミックを演じていたが、ダルトンは逆で、コミカルな面相なのにやることが冷酷卑劣。殺人マシーンだ。

題名の消されたライセンスというのは原題では単にLicence to Killとなっていて、殺しのライセンスということなのだが、ボンドは組織の軟弱な方針に反対し拳銃を返さず、退職。あくまでも逃げた麻薬王を殺す目的で活動を続ける。まず、裏切った警官をサメに食わせて、買収資金を略奪し、活動資金にする。

基本的にロジャー・ムーアもショーン・コネリーも無暗に殺人をおかさないのに、ダルトンは、組織を離れたのにまったく意に介さず、邪魔者は次々に殺害していく。こんなことしていいのだろうかと思うが、水中銃が活躍して海は赤く染まる。登場人物は、全員一筋縄ではいかないので、敵も味方も裏切り者が続出。

殺人方法も過激で、シリーズの今までの作ではサメに食われるというのは、最高級の恐怖だったが、本作では、歯車に巻き込まれて肉塊になったり、減圧室に閉じ込められて頭蓋骨が爆発したり、ボンドの方も、乗り移った飛行機からパイロットを突き落したり、やり放題。最後は敵をガソリンローリーごと爆発させてしまう。

コミカルな容貌でシリアスな演技をするのとシリアスな容貌でコミカルな演技をするのとではどちらが観客に喜ばれるかというと後者ではないだろうか。ということで、次作ではボンド交代となる。本作ではボンドガール二人との二股交際が破たんの危機となるのだが、結論は不明のままとなる。
  

2015年08月12日

海も空も陸も混雑

海と空と陸のすべての混雑がわかる場所。

それは、アクアラインの海ほたるだろう。まず、クルマの入場制限があって、路肩に並ばないといけない。それと空いたスペースに手際よく係員が誘導するのだが、その場所が島のはずれだったりするわけだ。猛暑の中、日なたに誘導されると辛いが、運よくといっていいだろう。日陰の遠い場所。

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そして、回転ずしを食べながら外を見まわすと、いつもは大勢集まる横浜東京方面が暑過ぎるらしく、あまりランドマーク物体のない千葉側の方が人気だ。遠くにLNGタンカーが見える。東電袖ヶ浦発電所だろうか。猛暑の中の電力量確保のためLNGがかなりの量、東京湾内で燃やされているのだろう。

さらに海上には何隻もの釣り船が出ている。肉眼で見える範囲で釣り客は何も釣りあげていないようだ。バラス人ばかりに見える。暑いのにご苦労さまだ。

そして頭上を次々に航空機が低空通過し羽田空港に数分おきに着陸している。新幹線以上の狭い間隔だ。旅行客もご苦労さま。乗員の方もご苦労さま。それと管制官の方もご苦労さま。

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いつもはスカイツリーや高層ビルがはっきり見えるのだが、海面からの水蒸気ですべてがもやっている。何も観ないと、意外に余計なことを考えずに心が落ち着くものだ。

無人島に行っている間に、都会に大惨事があって自分だけ無事だったというシチュエーションの場合、こういう気持ちになるのかもしれないが、妙なことを書くと実現したりすると困るのでこれ以上は思考停止にする。
  
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2015年08月11日

野口英世像の周辺事情

noguchi激夏の上野公園を歩くことになり、日陰の道をさがす。道じゃない所に木陰はあるが、デング熱という記憶がある。遠い記憶のようだが去年のこと。暑過ぎて蚊の種類が違うのだろう。デング熱は9月になってからかな。ということで、半木陰道を歩いていると、国立科学博物館の前で、前髪パーマの方の銅像が登場。野口英世さんだ。でも、なんとなく上野公園にあることに唐突な感じがした。

そして後日、色々な角度で調べてみたのだが、「上野の銅像」という観点でまとめてみることにした。

上野公園には、現在5つの銅像があるそうだ。

1.西郷隆盛 これは有名。さらに犬付き。西郷どんと犬の彫刻家は別人だ。なぜ、上野公園かというと、江戸を無血(ではないが)開城したあと、上野の森に立て籠もった残党を打ち払ったからだ。ただし、一網打尽にできず、多くの敵が逃げ出して、その後の東北北海道での戦闘が続くことになった。

2.小松宮彰仁親王 赤十字活動の中心人物だが、昭和の初めに建立された関係もあり、軍服で乗馬している。宮家は戦後なくなり、銅像が残った。

3.野口英世 実は、世界的医学者であり研究中コンゴで亡くなった野口英世を記念する銅像を戦後の平和国家日本にも建てようという運動があって、やっとの思いで資金が集まったそうだ。1951年に建立。手に持つのが試験管。細菌の研究ならシャーレの方が似合うが、立像となると試験管ということになったのだろう。以上の三人は全身像で、それぞれ犬、馬、試験管という小道具が使われている。

4.ボードワン博士 オランダの医学者だが、消極的意味合いであるが、上野公園があるのは彼のおかげとも言える。明治の終わりに東京大学医学部を大きくしようということになり、転居先候補地が二つに絞られたそうだ。本郷と上野。博士は、上野の森を開発することによる自然破壊を懸念し、本郷を推薦したそうだ。

さらに、この博士像(胸像)には重大な問題があった。1973年に建立された時、発注を受けた外国人彫刻家は、博士の顔を確認せずに自分の弟をモデルにしてしまった。しかし、その後、博士の顔のデータが明らかになり、似ていないことが発覚。2006年に胸像はすげかえられることとなった。偽物の行方は不明。

5.安井誠一郎 初代東京都知事。1947年に初代東京都知事となっている。本人の名誉のために書くが、胸像が建立されたのは本人の没後4年後、1966年である。


ここで一考すると、本来なら銅像を建てるべき人がいることに気付く。上野という地名の元にもなっている。藤堂高虎だ。近江生まれで戦国時代後期に活躍し、主を7人換え、最後は家康の右腕となる。築城の名手である。江戸の都市計画も彼の町割りによる。地下鉄が複雑なのも彼のせいだ。伊賀上野を本拠地としていたため、江戸での住いの地を上野と呼ぶことになった。付け加えると松尾芭蕉も藤堂藩の武士で、上京したのも藩のコネだった。

ネットで調べたところ、高虎の銅像は今治城、津城、滋賀県の高虎公園内に三像があるがいずれも馬に乗っているようだ。坐像としては伊賀上野城にある(観たことはある)。日光東照宮にも像があるようだが詳細はわからない。

弊ブログでは彼の書いた藤堂家の家訓二百ヶ条の現代語訳&解釈について、今でも訪問者が続いているようで、もし建立をめざす寄付金集めがあれば1万円は出してもいいと思うのだが、さらに調べると、何としたことか藤堂家の墓地が上野にあることがわかった。

そして、その場所は、上野動物園の園内なのである。

ということで、今度は藤堂家の墓参りに行こうかと思うのだが、動物園に墓参りに行くというような人は、1年間に一人でもいるのだろうか。黒服だけは避けなければならないだろう。

ところで、米国にある野口医学研究所だが、そこのサプリを最近は愛飲している。小袋に分けて輸入したりはしていない。
  
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2015年08月10日

日本人は、どこにいったのか

仕事上の都合で東京都内で何カ所か移動し、そのつど太陽の洗礼を受ける。2020年夏の大行事を受注するために東京都がとった姑息な手の一つである気温測定地の移動(ビル群から公園へ)の効果も打ち消されてしまったようだ。

で、気がつくと、日中の街を歩く人や公共交通機関を利用する人の半分ぐらいが外国人だ。みかけでは区別できない外国人もたくさんいるわけで、実際には日本人はほとんどいないかもしれない。

もう少し観察すると、外国人のほとんどが観光客で、多くは友人や家族連れでいて、当然ながら各種外国語で会話している。さらに声が大きい。ということで、日本語を聞くことはできない。さらにいうと英語も聞こえないため、歩くだけで孤独感があふれてくる。

ホテルのロビーにも日本人は僅かだ。

つまり、暑過ぎて、日本人は外出を控えていて、外国人は観光旅行にきているので、暑くても外に出ているというような構造なのだろうか。

そして夕方5時過ぎると、日本人が大量に移動し始める。たぶん飲み屋に向かう気力も出ないだろう。早く帰らないと、帰宅電車が故障して、人間缶詰めになったりするわけだ。

中国の休みは春節と国慶節のあたりなので、今は欧米系夏休みなのだろうか。あまり爆買いは期待できないかもしれない。

きっと北海道は人であふれているだろうと推測するが、札幌も暑いらしい。
  
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2015年08月09日

トーハク1

上野の東京国立博物館に行くが、暑い。上野公園の日なたを歩けば、バーベキューになりそうだし、日陰を歩けばシマシマ蚊の餌食になりデング熱に罹る。で、バーベキューを選ぶ。

それで、常々思っているのだが、東京国立博物館(トーハク)って、展示が趣味的だ。それでもいいのだが、なにか展示方針に芯がないような気がする。やはり敗戦国だからだろうか。

歴史と言うよりも、美術史といった展示で、やはり国立ということで、いい物を揃えている。

haniwa


埴輪。埴輪は無表情と思っていたが、表情の豊かな埴輪もある。思うに、どんな時代でも岡本太郎のような表現の天才がいたのだろう。たぶん、有名な吟遊詩人とかいたのだろうが、歴史の波の中に消えたのだろう。

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そして、焼き物の世界。明らかに、技術的には中国の影響を受けているが表現的自由性を確保しながら日本の陶器は進んでいった。

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能面。能面の中でも「鬼系」でないものは、人間の顔をしている。人間の面を人間がかぶるというのはどういういみだったのだろう。世阿弥の本を読んだことはあったが、個性を消すというようなことが書いてあったが、理解できなかった。

そして、通常であれば、能面や茶器の後の美術は浮世絵ということになるが、その間の芸術として、武具の展示がある。靖国神社みたいだ。驚くことに、それらの部屋は満員だ。それも欧米系外国人が日本の兜や鎧に魅入っている。やはり彼らは好戦的なのが好きなのだろう。日本人は、水墨画や浮世絵に群がる。
  

2015年08月08日

根付の駒

先日、東京国立博物館(トーハク)で、高円宮コレクションとして数十点の「根付」を鑑賞した。根付とは、外国人に説明するのは難しいのだが(つまり日本人に説明するのも難しい)、色々な用途で用いられる紐のはじにつけられた小さな断片で、象牙や石製品や木製品、陶器などさまざまだ。紐の反対側の本体は財布だったり袋だったり色々。

つまり、さりげないところに配置された日本美ということなのだが、ふと思い出したのは十年以上前に、将棋の駒(金将)に穴が開けられたものを、根付として使ってくださいと言われたこと。探してみると簡単に発見。産地は不明だが柘植(つげ)だろう。

そして思いついたのは、最近ひもの端につけるものを探していたこと。

室内灯の紐が短く、紙ひもをつないで延ばしていたものの、何か先につけないと格好がつかなかったわけだ。寝たきり老人みたいな話だが、眠くなったら5秒で睡眠することになっているので、眠い、と感じたら瞬時に暗くしなければならない。

himo


金将根付にはこれ以上の説明は要らないだろうが、常々この金将という駒が好きになれない最大の理由があって、裏に文字がなく白地であることだ。

なんとなく、天国と地獄のようなものを感じてしまう。王将は取られたら負けだから天国と地獄でいいのだが、金も裏になにか文字を書くようにしたらどうだろうか。


さて、7月25日出題作の解答。

b12


▲3四飛 △1三玉 ▲1四銀 △2二玉 ▲3二金 △1一玉 ▲2二金 △同玉 ▲3一飛成まで9手詰。

二手目に△2五玉は、▲3五角成 △1六玉 ▲1八香で逃走失敗になる。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

0808


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2015年08月07日

ディナーコースにアイスクリームが2つ

5年振りの猛暑だそうだ。2010年→2015年→2020年東京五輪?

会食場所を選ぶ気力がないため、ホテルのレストランでディナーコースをとることにする。

大きなバッグを引き摺る外国人客の間をすり抜け、レストランで選択肢の少ないメニューの中から普通のコースを選ぶ。


そして、まず最初に登場したのが、オードブルでもなくスープでもサラダでもなく、アイスクリーム。猛暑対応メニューだろう。といってもホテルだから、これに技をかけなければならない。

tokyu1


下地にコーンとクリームを練ったものを焼いて、上にはオリーブオイルのアイス。オリーブオイルを混ぜてから冷やしたのだろう。初食感だ。

そして、その後は普通のフレンチ的ディナーだが、ワインを飲まずに生ビールばかり飲んでしまう。

そして、すべての食事が終わってコーヒーと一緒に登場したデザートが、再びアイスクリーム。

tokyu2


白桃のジュレの上に白桃のシロップ煮があって、その上にあるのが、バターのアイスクリーム。これも初食感だ。

最近プレミアムアイスクリームが売れているようだが、こういったオリーブオイルやバターをつかうものもあるのだろうか。中華風ごま油アイスだってあるかもしれない。
  
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2015年08月06日

苫小牧沖フェリー火災

商船三井フェリーの「さんふらわー だいせつ」の火災について、色々と考えているうちに、「そういえば、苫小牧沖にいるフェリーの画像があった」ということを思い出す。

念のために、画像ファイルをさがすとフェリーは写っているが、さんふらわーマークではなく、時刻から推定すると、仙台からの太平洋フェリーのものと思われる。

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どうも弊ブログに登場すると、不幸の始まりみたいなことがよく起きるようで、ちょっと気が引けるが、今回は大丈夫だろう。

亡くなった二等航海士の方が悔やまれるが、日頃、消火訓練をしていても本番じゃないので、「総員退船」の時期の統一認識ができてなかったのかもしれない。

総員退船というのは、業界用語では、アバンダンといって辞書では「放棄する」というような表記になっている。難しい単語だが知っている人が多いのは、大昔には「赤尾の豆タン」という受験用の小辞書の最初がアバンダンで次がA・ボムだったからだろう。「放棄」と「原爆」。

船員にとって、船を見捨てるのは忍びないということで、最後まで鎮火にこだわり、犠牲になる人が多いが、海上保安庁の方に言わせると、「早めに退船して後始末は私たちに・・、」という人が多い。

暗に「どうせ、保険でフルカバーなのでしょう」というわけだ。

そして、その大きな保険会社のこと。東京駅前の赤い建物が本社だが、社員の高学歴がスゴイわけだ。東大どころじゃない。ハーバード卒業もいる。

なんとなく割り切れない感じが残る。
  
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2015年08月05日

リビング・デイライツ(1987年 映画)

007シリーズ第15作。ボンド役が交代。ロジャー・ムーアからティモシー・ダルトンに。

livingdayli


で、ムーアの時は、喜劇化の一途を辿っていったシリーズを、急にハードにしてしまった。

ただ、冷戦構造の最終章の時代だったことによるのだろうが、ソ連というのが崩壊感覚に描かれ、そのソ連に納得できない硬派の人たちにすりよる武器商人やダイヤモンドの密輸商人、麻薬売買などのグループが入り混じり、どのグループも正しくないというような設定になっている。

なんのためにボンドは戦うのか?本当はよくわからない。単に自己の職業意識だけのような気もするし、深くはわからない。だいたい役者はシナリオに沿って演技するだけなので、なかなか難しい。

で、今回はボンドガールがボンドのトロフィーガールではなく、戦友みたいな立場になっている。最終的にベッドにいって何かをやるのかどうかも定かじゃない。もしかしたら、フェミニストにも映画館にきてもらいたくなったのだろうか。こういうのは、何作か観ていると、少しずつかわっていくものだ。

しかし、次々に新しいアクションを考えるの、大変だろうなと同情。

すでにシリーズの6割を経過。見終わったら、寂しくなるのだろうか。ボンド・ロス状態。ある評論家は、007シリーズと座頭市シリーズには共通点が多いと書いているのを読んだのだが、そんなとんでもない説には到底納得できない。シナリオでも書こうかな。

詰将棋のファンだが、問題集を解いているうちに、問題を作る方が好きになったのだから、アクション物を見続けた結果、シナリオを書く気になるかもしれないが、最近の記憶力の衰えから、登場人物が多いとベンチに座らせたまま登場させなかった控え選手みたいなことが起きそうだし。プロレスのシナリオなら二人シナリオだから大丈夫かも。  

2015年08月04日

「ガチ」

7月22日の弊ブログの「八重洲の看板」の最後の方に、画像の左隅で看板の一部しか読めない「来」の文字と「チ」の文字は、何を意味するのだろうという意味のことを書いた。周辺の看板からいうと、「投資系」か「腰痛系」ではないかと思ったのだが、八重洲口、つまり東京の玄関を通る機会があったので確認してみたのだが。

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未来ガチ

と書かれていた。

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投資用デザイナーズマンションの会社の商標らしい。ガギグゲゴのような濁音ネーミングは、「覚えにくいが、忘れにくい」という特徴を持つのだが、その覚えにくいという欠点を改良して、覚えやすく忘れにくいというものにしたのだろうか。

そして、この東京の玄関口のビルの看板だが、上階から一階に至るまで看板だらけであるのだが、主に高利貸しと腰痛関係(マッサージ)だらけなのだが、思えばどこの街でも、駅前はそういうものなのだろう。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)市民A

2015年08月03日

浜松城の地下に眠る財宝は?

浜松に行くなら「浜松城」ではないかと、なんとなく思っていた。というのも家康の出世城として有名で、この地で17年間、密かに天下を狙っていたとされるからだ。

そして現地では報じられないが、織田・徳川連合が三方ヶ原で武田軍と戦い、特に徳川方は大敗北を喫し、家康は討死寸前のところを家臣の身代わり作戦によって逃げ帰ったのだが、その時に馬上で脱糞してしまったと言われている。

おそらくは慣れぬ強米を食べた上、恐怖感により大腸のコントロールが利かなくなったのだろうが、馬から下りて用を足す時間がなかったのだろうと思われる。家康は他にも秀吉から江戸行きを命じられたのも小田原城攻略の時に並んで立ちション中だったとか、結構臭い話が多い。

そして、浜松に向かう新幹線車内で勉強を始めると、武田軍が三方ヶ原に入ってきたということは、連合を組む徳川と織田の間に進軍したことになり、なんという傲慢な作戦だったのだろうと思いはじめた。しかも織田側も大軍を用意していて、徳川家康が早まって速攻かけなければ、違う展開になった可能性もある。

ところで、浜松の人気観光スポットをみると浜松城はベスト10どころじゃなくベスト20位の不人気だ。どういうことなのだろう。

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それで、不案内なバスで浜松城に向かい、地図に従い浜松城公園の中を歩くと、かわいい矢倉のような天守閣が見えてきた。実際には城の機能は天守閣ではなく本丸の方だが、いざとなれば天守閣に立て籠もらなければならないのだが、どうみても小さすぎる。

どうも昭和33年に鉄筋コンクリートで再建された時に、元の図面がわからないということで、以前より小振りに作られたようだ。あるいは新国立競技場みたいなドタバタがあったのだろうか。大阪城もそうだが、あまり歴史を無視した城を再建するのは、どういうものかと思える。中途半端だ。不人気の理由もそこにあるのだろうか。

そして、この建物の地下には、地下井戸がある。籠城するためのものだが、他の城では石垣の外側(つまり天守閣の外)に井戸があるケースの方も多いと思われる。もちろんそれでは包囲されると水が飲めなくなる。

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で、最初は風呂だと思ったものが井戸だったようだ。井戸の中は真っ暗で何も見えないのだが、発光させて撮影してみた。後で画像を見ると驚愕の埋蔵金が見えていた。

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金色に光り中央に穴があいているのは金貨だろうか。茶色に見えるのは金貨が錆びたからだろうか。銀色の貨幣は大小さまざまが見えるが、銀貨だろうか。


そして、新幹線の出発時刻も迫っていて、大慌てでタクシーに乗るのだが、昼食に食べたうな重のあまりの美味さで胃腸が驚いたからだろうか、ふいに腹痛が始まってしまった。家康公ほど偉くないので、タクシーに乗ったまま出してしまうと、新幹線に乗ることすらできなくなるのだろうと、頑張った。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)The 城

2015年08月02日

楽器博物館

浜松の人気スポットの一つが楽器博物館。有名な楽器メーカーがここにある。したがって音楽イベントも多く、楽器の街なのだ。

浜松駅から徒歩10分(実は、なかなか複雑だが)のところにある。展示は、世界各地の楽器を見せるだけではなく、その楽器がどういう音を奏でるかという観点でも展示されていて、ヘッドセットを耳に当てると音色が聞こえる。

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東アジアコーナーでは、日本の隣にある朝鮮半島の楽器がならんでいて琴に似た楽器が二種類あって、そのうち一つは、琴とは異なり弦で弾くようになっている。

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そしてアコーディオン。ずいぶん小さい。これが標準的だったのだろう。アコーディオンに色々な機能をつけることにより機種は大型化し、NHKのど自慢みたいなことになった。

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そしておるがん、風琴と書く。朔太郎の詩で、おるがんをおひきなさいおんなの人。というフレーズがあったはずだ。当時の日本では、おるがんは超高額品で、米国や欧州から輸入していた。ちょうど日本に海外のミッション系スクールが増加していった時期には、各教会は欧米からオルガンを輸入していた。
  

2015年08月01日

休館のお知らせ届く

将棋連盟から突然手紙が届く。読めば、耐震工事で8月、9月が休館になるらしい。

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文面ではホームページで発表したとおり、となっているが、ホームページを見ている人が多いとは思えないし、慌ててさがしたところ、やっとみつけた。

耐震補強をするということは、建て直さないということだろう。資金の半分を羽生名人が拠出して羽生記念館兼将棋連盟会館を建て、谷川会長が半額を拠出して谷川記念館兼関西将棋会館を建てなおすものと思っていたのだが、残念だ。

期間中、ショップは閉鎖してネット販売、将棋道場は新宿将棋センターを利用するようにとなっている。何年か前に新宿将棋道場と提携したのは、この時のためだったのではないかと頭をよぎる。

それでは、プロ棋士の対局は、どこで行うのだろうかと疑問が湧いてくるが、一枚の文書にはどこにも書かれていない。

改装と偽って、本当は解体してしまって、土地の半分を売却し、今の半分の面積の会館にして、対局は昼の部と夜の部と二本立てで行うとか考えればいいのでないかとも思う。


さて、7月18日出題作の解答。

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動く将棋盤はこちら


今週の問題。

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後半盛り上がる?


わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数を記していただければ、正誤判断。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)しょうぎ

2015年07月31日

浜松で、うな重(竹)を

突然、浜松に行くことになる。仕事は手短にしたいものだ。

で、時短のため、昼食は駅の近くのうなぎ屋に。浜松と言えば、「うなぎパイ」。ではなく「うな重」である。地元の漁協関係の店らしい。

高いと言っても一夏に一回ぐらいウナギは食べてみたい。そのうち、ワシントン条約に従って食べられなくなるかもしれない。クジラ肉みたいになるかもだ。

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で、やはり一本分はいい。関東風の蒸してからの蒲焼だ。こと食べ物について言うと、静岡は関東圏のような気がする。岡山でウナギを頼むと、恐ろしいことに頭がついていることがある。サンマの開きみたいな状態でだ。

関東でも名産地の一つ浦和では肉厚のウナギが多いが、浜松のウナギは身が薄い。この方が好きだ。

都内でもっと高いウナギを食べたこともあるが、ここのウナギは10年振りの美味という感じだ。あまりに美味かったせいで、胃袋が踊ってしまったのだが・・
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)あじ

2015年07月30日

美しき獲物たち

007シリーズ第14作。そしてロジャー・ムーアがボンドを演じる最後の作品。

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最後だけに、アクションに徹しているような感じがある。雪原、海、空、そして空飛ぶカーチェイス。

シリコンバレー水没計画が、徐々に進んでいくのだが、それに気付いた時はすでに秒読みが始まっている。なんとなく荒唐無稽でない所が、おちつかないところだ。ありそうでなさそうな話と言うのがシリーズの後半は増えている。

そして、舞台はアメリカ中心。多国籍展開はどうなったのだろう。そういえば、英国映画なのに007シリーズというのは英国で大暴れすることはなかったような気がする。何かわけがあるのだろうか。スポンサーがいないのかな。

しかし、007シリーズを見始めてから、すでに半分以上経過。なんとなくペースが落ちてきた。飽きたということかな。そうやって飽きたころにボンド役が替わるのだろうか。
  

2015年07月29日

あるREITの優待に驚く!

結構REITを何種類も持っている。REITの最大のメリットは、100種類近いREITがそれぞれ、別の決算月であり、さらに年2回配当で、配当率が高いこと。

 1.このため、配当目当てで決算月の1~2ヶ月前に買って、配当を受け取るとすぐに、転がす人が多い。

 2.一方、1を目当てに買い込む人の前に買っておいて、配当日の前に高騰した時に売りぬける人も多い。

 3.また、全然違う観点で、不動産投機は実際にやると売買手数料や、利益に対する所得税が高いため、疑似不動産売買として取り組む人もいる。

私の場合、主に(2)だったのだが、そういう銘柄は外国人投資家の比率が高いことになる。

ただ、ちょっと目を付けたのは、これらの方針とはまったく異なる銘柄で、あるヘルスケア関係のREIT。ヘルスケアといえば病院とかメンタルクリニックというようなものがイメージされるが、それらが投資対象になるとは到底思えないのだが、このREITが扱っているのは、「老人ホーム」。

一応「ニッポンに、心強い未来を。」というフレーズが表出されているのだが、まったくギャグにしか聞こえない。年金では足りず、預貯金も含めて、毎月絞りあげていく施設だ。体のいい振り込め詐欺みたいなビジネスともいえる。このREITはニチイ、ワタミをはじめ8つのオペレーターの16の物件を保有している。1256室だ。しかし、実は外国人の保有比率はわずか3.5%。要するに、長い期間に少しずつ配当で出資者に返そうというコンセプトなのだろう。そういうのも持っていてもいいかな。

といいながら、REIT自体、買ってから少し上がったものの、その後ジリジリとダウンを続けるという情けない状態で、たぶん年末になって損切り候補になるような気がするが、配当と一緒に、投資主優待(いわゆる株主優待)があることを知る。

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あまりに奇妙な優待なので、何度も読み直したのだが、やはり奇妙なのだが、

老人ホーム体験入居無料券(1泊2日食事券付き)


これが、4つのオペレーターから出ている。さらに1つのオペレーターからは日帰り(昼食付き)見学券が。

しかも、使用方法をみると、何度でも使えるようだ。しかも北は福島から南は北九州まで全国にある。

これなら、旅行に行く時にホテル代わりに利用することだってできるはずだ。

気が向けば、そこのホームに入ればいい。入居料から10〜20万円の割引もあるようだ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)投資

2015年07月28日

日本の方言(柴田武著)

hogen昭和33年(1958年)の著で、当時の日本で行われていた、地域差別と言語ハラスメントの状況に嘆いておられたようだ。

特に東北から家族で状況した一家が、娘の方言で小学校でいじめられ、一家心中したようなことがあったらしく、方言は日本の宝というような主旨が書かれている。

時に古い本を読むと、著者の未来に対する不安が強く感じられる場合があるが60年も前の予言は当たっているのだろうかと言うと、こどもの方言がいじめの対象になるというのは、たぶん今もそうだろう。特に、関西人は一向に気にしないのだろうが北国の人は気が小さい。これも今も変わってないような気がするが、よく考えるとイジメの問題と方言の問題は違う問題なのだろう。

では、方言はどうなってしまったのかというと、これも地方文化の地方一極化のように、地方の各地域で微妙に異なっていたのが、だんだん共通化しているらしい。

私事ではあるが、岡山で仕事をしていても、全国から電話がかかってくるのだが、現地採用の人を見ていると、まず、共通語で対応し、地元の人の場合は方言になり、外部の人の場合は共通語でしゃべるというようなバイリンガル方式になっているようだ。

というか、それが共通語の本来の姿のような気がする。

英語が社内公用語の会社で、日本人同士は日本語でひそひそ話すとか、社内メールで日本語が使えないので、ローマ字を使って飲み会の連絡しているようなものなのだろうか。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)書評