2015年05月22日

カニちらしとラーメン

登別・苫小牧シリーズの最後は、食べ物。

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まず、カニちらし。どういうわけか、昼と夜と二回続けて。まあ、食事の相手が違うので。他の地区のカニちらしと決定的に異なる点がある。

カニ身が白くない。なんらかの醤油系のたれにつけている。北海道の他の地区、また本州の方でもカニちらしは白いほぐし身だ。

味は、したがって複雑である。これはこれで別の料理といえるだろう。なんとなく、これが北海道的というように思う。

そして、新千歳空港。またも北海道ラーメン道場に行く。あいかわらず8店の中で、一番入口にある「えびそば」の店に行列ができている。ここで並ばなくても札幌や新宿や川崎に店がある。かっぱえびせんみたいな味のラーメンだよね。

そして、その隣に見慣れぬ一店が。どうも新しい出店のようだ。ここで初めて気が付いたのだが、なんらかの事情で店舗が入れ替えになるようだ。つまり、全店制覇なんて無意味のわけだ。

その店は「空」。いかにも空港らしい名前だ。

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定番の「みそラーメン」。これは、すばらしい。味噌味のはずが塩の味しかしないようなラーメン店も多いのだが、こちらは味噌の味がある。もっとも有名店の多くが、来客が増えてくるとスープの作成が自転車操業的になる傾向があるので、今後のことはよくわからないが、今のところは順調だ。

このラーメン道場でお勧めできるのは、「開高」と「空」であると断言できる。(もちろん、お口に合わなくても私は何の保証もしないし、もちろん返金したりはしないのでよろしく)。  
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2015年05月21日

海の駅にピンコロ地蔵(姉妹都市の謎)

苫小牧の海岸には、色々と説明しにくいものがあるのだが、まず海の駅。よく考えると、道の駅というのはあるが、海の駅というのは一般的にあるものなのだろうか。

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要するに卸売市場の近くの市場と言うことは、築地市場の場外みたいなものだろう。確かに、市場感のある安い食材が多いが、観光客用に安くないものもある。まだ、きょうの行程は長いし、生魚をぶらさげて歩くわけにはいかないので、きょうは観るだけということにした。

そして、駐車場のはずれに、何か心霊ゾーンがあると思って近づくと、どうも苫小牧市の姉妹都市に関係があるらしい。

で、苫小牧には姉妹都市、友好都市が4つある。
まず、姉妹都市としては、八王子(八王子市から移住した人が多い)、日光(アイスホッケー関係)、そして、ニュージーランドのネーピア(パルプの輸出港と輸入港の関係)の3つ。

そして、友好都市として、中国河北省の秦皇島市。エネルギーの輸出港らしい。平成10年に友好都市の盟約に調印。

では、姉妹都市と友好都市の差は何かというと、特に決まりはなく、ある意味、差がないとされていたのだが、中国との場合「姉妹」となると、どちらが姉でどちらが妹かということでもめるため、友好都市ということにしているようだ。韓国とは、あちらが漢字文化を表向きは認めないため、姉妹問題は起きないし、そもそも友好的じゃない。

ところが、最近は、その他の国とも、まず友好都市という関係を作り、友好関係の実績を積み上げた上、姉妹都市ということになるようだ。結婚入籍する前に同居して相手の素性を確かめるようなものだろうか。素性なんかわかっているのだけど。

そして、その秦皇島市は、古くから中国統一のために重要な軍時事的ポジションにあり、都市の名前も秦の始皇帝に依るそうだ。中国共産党幹部の避暑地であり、古くは林彪もここから飛行機で逃走を企て失敗した。奇妙なことに、富山市と京都の宮津市とは姉妹都市であり苫小牧と友好都市になっている。街中に有名寺院や寺院遺跡があるそうだ。

そして、その寺院の中の一つが地蔵を拝しているのだが、長寿を始皇帝が祈ったといわれているため、長寿のために地蔵を敬うということになり、苫小牧にも地蔵があるわけだ。

さらに、日本国内、いや世界で僅かに展開中のある宗教が、本来、長寿を祈るための地蔵の方向性を定めている。



その宗教とは、・・・ピンコロ教。

要するに、元気な時はピンピンしていて、病気になったらコロリと死んでいけますように、という祈願みたいなものだ。

しかし、あまり同感できないのだが、普通はピンピンの人がコロリとなると、「犯罪の香り」ということになる。

個人的には、ピンピンからいきなりコロリというのは、あまり好きになれない。

ピンピンの次は、病気で横たわる期間が少しあれば、人生の失敗を振り返って反省する時間が欲しいものだと思っている。

地蔵を写真で撮影すると、カメラの中にピンコロ病ウイルスが潜入しそうなのでやめた。
  
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2015年05月20日

苫小牧のイルカ

苫小牧は北海道の海の玄関だ、と書くと、いかにも北海道は本州(あるいはナイチ)の植民地みたいな表現で心苦しいのだが、実際、オホーツク側の小樽は港が小さい。石原一家の父(というか祖父というか)が日本郵船にいた頃は民間の大型船はなかった。また石狩湾にも大型港湾ができているが、冬季の時化(しけ)の際は不良港となってしまう。

ということで、やはり海の玄関ということになるのだろう。

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沖合を定期フェリーが入港に向けて航走してきた。20ノット(時速37キロ)程度の速力のように見える。

海はもちろん綺麗なのだが、イルカが何頭か浮かんでは沈んでを繰り返していて、なんでこんな陸に近く浅い所にいるのだろうかと、ふと「?マーク」が頭の中をよぎる。さらにイルカの尾びれにしては黒過ぎるような気がして、目を凝らして見ると、人間だった。何か海底の方から採ってきて、海面に浮かべてあるザル状の中に収穫物を入れているように見える。それも何頭も(いや何人も)いる。

つまり、ミ・ツ・リ・ョ・ウ?

しかもよく考えると、私の立っている場所の近くに、クルマが何台も止まっていて、中に人がいる気配が・・

数日前の地元のニュースで、海岸を散歩中の人が、白骨死体を見つけたことが書かれていた。

そして、目撃者は、震えの止まらなくなった足で現場をそっと後にしたわけだ。
  
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2015年05月19日

クマ牧場再開につき

登別といえばクマ牧場というのは数十年前から知っていたのだが、ヒグマは恐い。確か西村寿行の小説では、ヒグマのことを「おやじ」と呼んでいたり、ヒグマが妊婦の腹を食う話が書かれていたような記憶がある。

北海道に最近行った友人は、釣り竿をかついで渓流を歩くのが趣味らしいが、自分がエサになることを考えていないような気がする。

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といっても、最近までロープウェーの補修をしていて、閉園中だったようだが、4月末から開園したようで、さっそく行ってみる。まず、ロープウェーに乗るのだが、基本的にロープウェーは恐い。原理がよくわからないので、時々、落下することがありそうで、よく仕組みを観察してみると、やはり恐い。

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そしてクマ牧場は、若干、動物の匂いが漂っているのは仕方がない。本来、一頭ずつバラバラに行動するのに、クマ牧場では団体生活だ。刑務所みたいだが、クマにとっては刑務所なのだ。終身刑。

で、エサを投げるとクマが相当な迫力で走るのだが、この迫力、やはりクマに襲われたら助からないだろう。川でも木に登っても追いかけてくるだろう。体の構造は、人間に似ているらしい。20本の爪は長さ10センチ以上だ。

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しかし、もちろん、こぐまは可愛い。成獣で500キロなのに産まれる時は500g。1000倍になる。現在、こぐまの名前の募集中だが、王女の名前が似合うかもしれない。サルにつけてもいいなら、クマでもいいはず。ただし、今のクマ牧場の女王はスリッパという立派な名前が付いているので。

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そして、アイヌ式住居の展示もあるし、倶多楽(くったら)湖も見事に眼下に広がる。8割方が外国人観光客。

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この海と湖が同時に臨める眺望についてどう思っているのか聞いてみたいが、コトバもよくわからないし、外交問題に発展するといけない。案外、この眺望付き山林群を温泉権付きで大人買いしようと下見に来ているのかもしれない。
  
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2015年05月18日

3/9

登別温泉には、9種類の源泉があるようだ。

酸性鉄泉、明ばん泉、緑ばん泉、重曹泉、ラジウム泉、食塩泉、鉄泉、茫硝泉、硫黄泉。

この9種類の源泉に対し、15の温泉宿泊・入浴施設があり、それぞれの組み合わせがある。たとえば、硫黄泉は15ヶ所共通だが、食塩泉は5ヶ所、緑ばん泉は1ヶ所とか。

全部制覇するためには、5ヶ所回らないと行けないと計算してみたのだが、

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もちろんそんなに時間があるわけじゃない。どうも日帰り客は、もっとも安価で、鬼がWELCOMEしてくれる某銭湯に入るのが一般的なのだが、あまり早く出ても時間の都合が合わないので、銭湯の鬼の写真だけ写して、某HOTELに移動し日帰り入浴に決める。

といっても温泉宿泊客のためのホテルであるので、私は「のけもの的」である。肩身の狭い思いをするわけで、やはり銭湯の方がという空気も漂っているのだが、鉄泉、硫黄泉、食塩泉に浸かる。どうも食塩泉は、体の芯まで温まり過ぎる。冬眠を終えたばかりの体温32度のヒグマじゃないので茹ってしまう。

とても体力的に温泉のハシゴなんてできそうもない。新千歳空港の北海道ラーメン道場全制覇みたいに温泉巡りをしようというのは、かなり難しそうだ。12種のうち3種制覇ということで卒業だろうか。

そして、どうも、このホテルには外国人観光客はいない。他所よりも少しだけ割高だからだろうか。あるいは、他国には温泉文化がないのか。(パンフレットに書かれていないさらに上級の超豪華ホテルがあるのかもしれない。グレート・マンダリン・インペリアルホテル グランデ・ノボリベツとか。)
  
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2015年05月17日

参勤交代(大名家の旅)

羽田空港内にある美術館、『ディスカバリーミュージアム』では、細川家のお宝管理団体でもある永青文庫コレクションの展示が続いているが、今回のテーマは参勤交代。

なにしろ細川家は国元が熊本県だ。かなり遠い。隣の鹿児島の島津家の方が遠いのだろうが、記録では島津家の旅程が40日から60日となっているので、1000人を超す集団の移動では大出費だ。それも2年に一度ということは、毎年1回、片道旅行をしていることになる。

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そして、細川家のお決まりコースというのは海陸併用型。まず、九州を横断して大分県の鶴崎に向かう。そして、殿は2階建ての御用船(舟屋形)に乗る。ファーストクラスだ。その他の武士は別の船。記録に残る中では、67隻、786人、馬7匹。その後、瀬戸内海を潮をみながら東上し、大坂に上陸。その後、陸路を江戸に向かうわけだ。総費用は23億円。

実際には、費用がかさみ、多くの藩では陸路部分を増やしてコストセーブを行ったようだ。ただし、島津藩は、当初は海路だったのだが、幕末の頃は、陸路に変更の隠れ蓑の下、長崎に立ち寄ったり、各地で諸藩と接触したりしていたようだ。

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ところで、細川家に残る、参勤交代用の地図だが、瀬戸内海西部の海陸行程図になっているが、奇妙なことに九州大分の鶴崎港と兵庫方面の行程が書かれているのだが、九州と四国が陸続きになっている。いかに地図に疎いとはいえ、それは決定的に困るのではないだろうか。単に絵師が無知だったのか、誤った地図には何らかの意味があるのだろうか。

まったく、わからない。  

2015年05月16日

棋王就位式(第40期)

5月15日、新橋の第一ホテルで棋王位就位式が開かれた。渡辺明棋王が3月始めに羽生四冠に3連勝して三連覇を決めたのだが、それ以降、だいぶ経ってから就位式。棋王戦が第5局までもつれたとしても3月内には決着していたのだから、どういうことなのだろうと思うが、たぶん挑戦者の羽生四冠が勝つだろうという想定で、忙しい羽生氏の日程に合わせていたのかもしれない。

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そして、主催の共同通信の社長からの祝辞だが、棋王戦のタイトル名が有名になるだろうと感謝していた。何が言いたいかというと、いくつかタイトルを持っている人が棋王になったとしても、二冠とか四冠というように呼ばれ、「棋王」というタイトルが表に出ないわけだ。今回の渡辺棋王の場合、同時並行で進行していた王将戦で失冠してしまったため、渡辺棋王とちゃんとタイトル名が肩書になる。

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そして、金色ネクタイの谷川会長。金色ネクタイを自分のために締める機会が来るだろうか。ムッツリ顔の渡辺棋王にいくつかのお小言。上(羽生)と若手に挟まれて、今年こそ真価が問われる年だ、というような話だ。会長は前を向いて話すので、タイトルホルダーの顔を見ることができないのだが、間違えて別の棋士の名前を言ったりしないのだろうか。

そして、来賓の一人が、小学校5、6年の時の担任の先生。その頃の話を披露。しかし、小学校や中学校の教師が登場して昔話の披露というのは、もし私だったら、気がクルッテしまう。念のため、卒業後十年内に、全部暗殺(いや、ご他界)した。


さて、5月2日出題作の解答。

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▲3六飛 △同玉 ▲3五飛 △4六玉 ▲3七銀 △5七玉 ▲6五飛 △5八玉 ▲6八飛 △5九玉 ▲4八銀まで11手詰。

押しつぶしの図。チンギスハンは、敵対する部族の王を、こうやってつぶしていたそうだ。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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味気ない問題かもしれない。コンピューターの作品みたいだが、人力作である。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2015年05月15日

登別の地獄谷は、安全そうな感じが

箱根大涌谷は、予想通り大混乱と地元旅館等には大迷惑の死活問題になっている。ということで、かねてからいかなければと思っていた登別温泉に入ることにするが、まずは源泉である「地獄谷」へ。

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ちょっと驚いたのは、温泉街から10分も歩かないうちに危険な感じが漂う地獄谷に到着。もちろん自由に歩けるわけではなく、決められたコースを奥に向かって進む。途中で地元のガイドさんと話をする。どうも観光客は多いが、ほとんどがC国に人で、一部は別の国の人で、日本人はほとんどいないようだ。ガイドさんも説明の相手がなかなか来ないので、日本人と見破られると、すかさず話しかけてくる。(ガイドさんといっても地元の温泉ホテルから交代で派遣されているようだ)

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谷から掘りあげた源泉は80度Cほどであり、傾斜を利用してポンプなしで温泉街まで流しているとのこと。以前とは違う場所水脈が移動しているそうで、湯量が減少しているそうだ。つまり、どこのホテルでも同じ湯質ということなのだろうかとか、疑問を投げかけてみたところ、それぞれ自分の温泉井戸も持っているとのこと。どうも疑問は晴れない。

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そして、ガイドさんと離れて、「鉄泉池」という間欠泉に行くが、数時間ごとに10メートル吹きあがるというものではなく、3分ごとに数十センチ湧き出すということだ。3分なら待っていられる。カメラを構えたが、湯が噴き出して湯気で曇って何も写らなかった。

地面のあちこちから噴き出している白い煙は噴煙ではなく、湯気のように見えるのだが、今のところ、蝦夷の山神はお怒りじゃないようだ。

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いつものように、帰り路を迷い、焦る。

噴火警報が発せられた場合、逃げたつもりが・・
  
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2015年05月14日

鬼の住む町

鬼といえば、恐いものである。しかも、邪悪の象徴でありながら、人間の形をしている。人間の形なのに、角が数本生えていたり、肌の色は赤とか青とか。つまり、人類の近縁種であり、肉食性で、さらに人肉が大好物ということだ。

実際にはヒグマの方がこわいはずだが、基本的にはヒグマは山の中にいるが、鬼はもっと町に近い所にいて、さらにめったなことには人間に捕まらない。鬼を捕まえた猟師も、あまりいない。桃太とか金太とかいう山賊の首領が鬼の居住地を襲って、略奪行為を果たしと言う民話が伝わっている。

民話の基になるのは、大和朝廷の異民族駆逐作戦の一環なのだろう。

幕末に未来から来た使者「ペリー提督」の似顔絵もどうみても角の生えていない鬼の形相に似ているが、彼の場合、写真でみても鬼のような形相なので、絵師に悪意はなかったのかもしれない。実際には幕府にコケにされたら、鬼のように暴れる気だったらしいが。


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それで、町のいたるところに鬼がいる町、登別に行ってきた。

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駅前や、ICの出口や、地獄谷の入り口などで大勢の鬼が見張っている。町に入ったら、金何万円か、使わないと、帰してもらえないようだ。

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これは、鬼=先住民族=アイヌ系日本人。ということで、少数民族迫害の証なのだろうと、勝手に連想していたのだが、実際には、昭和の後期に、地元復興策として、名所「地獄谷」に住むといわれていた鬼を利用して、地獄まつりのメインキャラクターとして起用したのが最初らしい。といってもまだ、先住民族迫害の疑いは晴れないのだが。

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ところで、人間に近い姿の鬼ではなく、人類の一形態としての鬼というのもいる。「仕事の鬼」とか「鬼コーチ」とか「鬼軍曹」とか。要するに、人間のココロを失って鬼のような餓鬼道を突き進み、仕事を成功させる場合が、「仕事の鬼」コース。同じく非人道的に餓鬼道に従い他人を意のままにこき使う場合が「鬼軍曹」コースだろう。

まあ、どっちも嫌いだ。仕事の鬼だけじゃなく、仕事の虫も嫌いだ。
  
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2015年05月13日

大吟醸 伊七

ちょっとしたお祝いがあって、何本かの清酒一升を会社名義で頂く。会社といっても、社長の名前が書かれているので、早い話が、全部私の物だ!と言えばいいのだが、現ナマならいくらあっても困らないが、日本酒はそういうわけにもいかない。それで、欲しい人は持って行っていい、ということになって、最後に一番高そうな酒が残り、私の物になった。

まあ、この高額品を持っていった社員は、「君たちには明日がない」と映画の題名通りになるだろう。

(もしかしたら、記憶違いで、最初にこの一本を自分の物にしてから、後は随意で・・だったかもしれない)

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ところが、箱を開けると黒い瓶に入った状態。いかにも勿体付いている。

そして、一升瓶から小さなグラスに接ごうとすると、どうしても少しこぼれてしまい手が汚れる。おかわりの一杯のつど、立上ってグラスに注ぐので、そのつど手を洗いにいく。

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味は、ベトベトとサラサラの中間だ。常温で飲みやすい酒。飲み過ぎに注意。

GW期間中、ほぼこれ一本で過ごせた。
  
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2015年05月12日

川の底からこんにちは(2010年 映画)

この映画、「女優・満島ひかり」のための映画である。最近の映画評をみても、彼女が最も演技力のあるアクターであるという声が多い。さらに、特定のカテゴリーに限らず重い役、軽い役、明るい役や暗い役、正しい役や不正な役。なんでもOKだ。

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本作は、実家を駆け落ちして東京に出て行って、男にも仕事にも運がなくダメダメになった23才OLが、会社経営をしている父の緊急入院で、急遽帰郷。ひも状態でついてきた子持ち男にも浮気され、川のシジミを集めて販売している会社は赤字続きで、数ヶ月後に破綻が予想される事態だった。

「中の下」。

中の下から再生する復活ストーリーということかもしれないが、その転換点あたりで、満島ひかりが爆発する。前半部では、徐々に徐々に破綻していく陰惨さが基調になっていくのだが、後半では、前半に提示されたいくつかの社会の不条理に対し、解決が用意される。交響曲みたいな作りか。

亡くなった父の遺骨を、遺言によりシジミの栄養のために川に沈める場面で、不倫相手の元から帰ってきた夫(候補)に、骨のかけらを投げつけるシーンがあるが、投げ続けた骨は、かなりの制球力で顔に命中していた。デビュー前に類似行為をしていたのだろうか。

本作の縁で、彼女は石井裕也監督と早くも結婚してしまったのだが、監督が女優を選ぶ段階を通り過ぎ、さらに成長して女優が監督を選ぶ段階になったら、夫役の演技終了だろうか。
  

2015年05月11日

金の話

日本の金取引といえば、田中貴金属工業。まったく僅かな取引を行っているため、情報誌「PATU」(パトゥー)が送られてくる。なかなか面白い。

今回は、加賀百万石、金沢のこと。新幹線が東京につながり、観光客が増加中らしい。その金沢の語源というのが、川の砂金というのだから本物だ。一方、横浜市にも金沢区というのがあるが、そちらは、「かねざわ」と読んでいたそうだ。「かね=鉄」だそうで、砂金ではなく砂鉄が採れたそうで、およびじゃない。

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で、加賀の金沢だが、金を使った伝統工芸が優れているようだ。主に、参勤交代で江戸に向かう時の将軍家へのプレゼント用だった。そして、たとえば、黄金の茶室。金の畳など金まみれである。

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さらに金のフェイスマスクシート。こうなると、病気だ。


ところで、名古屋にある姫君用の学校に、「金城学院」がある。いわゆるミッション系で、中学、高校、大学と大学院がある。

あくまでも金満雑誌「プレジデント」に書かれていた話だが、・・

いつの頃からか、中学から高校、大学と金城学院に通学することを、「純金」と読んでいて、高校以降が学院の場合を、「18金」と呼び、大学だけ金城の場合は「メッキ」というそうだ。

後で、調べてみると、現在は完全な中高一貫校になったので、「18金」は存在しない。「純金」と「メッキ」の二種類になっている。一方、偏差値は、ごく普通だ。
  
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2015年05月10日

大関ヶ原展

sekigahara江戸東京博物館で開催中の大関ヶ原展(〜5/17)に。超満員。建物の中が肉弾戦になってしまう。満員でも見られるように考えたのか、屏風がずらりと並ぶ。

数多くの合戦図だが、ほとんどは、両軍の配置図と武士が武器を構えて合戦寸前の図が描かれている。同じ屏風でも大阪夏の陣(黒田家所蔵)の絵は、クビがゴロゴロ、血が噴出し、逃げ出す大坂市民が追いはぎに裸にされ、川に沈むものや、市街戦の悲惨が伝わる(もちろん出展されていない)。

よく考えると、わざわざ関ヶ原まできたものの、どちらの味方かわからないように動かなかったり、裏切者が続々と現れたり、・・要するに、絵にならないということなのだろうか。

ビデオで、各武将の配置がわかるようになっているが、そもそも山の上に配軍すること自体が、怪しい。

そして、島津軍。西軍の中心で追いつめられるも、正面突破で逃げ始める。途中、捨て駒ではないが、奮迅の上、討ち死にして時間稼ぎを行う武士が多数現れる。小早川とは大違いだ。

小早川家本流は、江戸時代初めに狂い死にして滅びるが、一族の末裔は今に伝わっている。以前いた会社に同名の社員がいて、「あの小早川の子孫」と呼ばれていた。

もっとも徳川家康だって、秀吉が亡くなってから掌を返したわけだし、さらに幕末においては、姫路城や名古屋城のように徳川家が「絶対に裏切らないはず」の殿さまに託した拠点も、何の役にも立たず、こぞって裏切られてしまったわけだ。  

2015年05月09日

金将蒲鉾

少し前に、福山にある桂馬蒲鉾の話を書いた。

桂馬蒲鉾は、蒲鉾が将棋の駒の桂馬の形をしていて、要するに食べ物である。

先日、フリーペーパー駒docの春号を読んでいたら、金将の蒲鉾の話が書かれていた。

リレーエッセイの第5回目に登場した金井恒太五段の話だが、将棋を教わった祖父の家で将棋三昧の生活をしていた頃、帰りがけに一枚の金が見つからないことがあったそうだ。すると、次に行ったときに、なんと蒲鉾の板を加工して代用の金を作ってくれたそうだ。

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しかし、その後、見失っていた金が発見されたことにより、駒箱には5枚の金が存在することになったそうだ。

よく見ると、「金」の字が一枚だけ異なっている。他の4枚が「全」に似ている書体だが、一枚だけは、完全な「金」だ。なぜ祖父は金の字を正したのだろうか。姓が金井だから崩し書体は許さなかったのだろう、と推測する。


ところで、金井家のように、両親が将棋に詳しくない場合、祖父が登場して孫に教えるというのが一つのパターンになっているようだ。「将棋を孫に伝える会」もあるようで、たまに詰将棋の問題の依頼を受けることがあり、「孫がいない人間にも出題の権利があるのだろうか」とか悩むことがある。


さて、4月25日出題作の解答。

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まで19手詰み。

両替2回。1回目は、角と歩の交換。2回目は、金+歩と歩の交換。通算では、角+金と歩の交換になる。大損害だ。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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よく見ると、簡単なはず。ヒントは米長玉。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。  
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2015年05月08日

肉フェスでの行列で、もっと聞きたかった話

GW中、駒沢公園で開催されていた「肉フェス」へ。予想通り、人の山なのだが、予想外なのが、あまり肉つきのいい人が多いわけじゃない。それと女性の方がかなり多い。

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各種肉料理のブースがならんでいるが、列が短いのは、チキン系(手羽先とか唐揚げとか)。餃子。そして、ブラジルとかスーダンとかトルコといった外国勢も列が短いが、そういうところに人は並ばないものだ。

よく外国人が、日本人は整然と列をなす、という一見美点を褒めることがあるが、実際には列があるとつられて並ぶという習性もあるのだろう。

そして、適度の長さの列に並んで待つと、隣の列の方から、「餃子食べたい」という女性の声があり、すかざず「明日の夜は餃子にしよう」という男性の声。餃子なんかここで食べるべきものじゃないということだろう。男性の意見の方が正しいような気がする。それとも男女の間で「餃子を食べる」という表現が、何か別のことをしたいという隠喩的暗号になっているのかもしれない。今夜か明日の夜か。大した話じゃないな。

そして、別方向から問題の発言が聞こえてくる。女性同士の話なのだが、「本当は、今頃は彼氏と海外に行っていたはずなんだけど」とか、「それ、どうしたの・・」ともう一人の声があったあと、沈黙が。そこから先が知りたいのだけど・・

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で、何度も列に並ぶ時間と体力と忍耐がないので、一か所で沢山盛りをしてしまい、まったくフェスの主旨を無視してしまう。

何種類か肉料理を食べたが味の評価は秘密。

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マンゴーを小片にカットして生クリームと甘味を加えた新味が、なぜか美味だったが、たぶん生涯で二度と食べられない食べ物となるだろうか。
  
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2015年05月07日

少しだけ危ないような気がする箱根

大涌谷の火山性微動がさらに有感地震にまで拡大。とりあえずハイキングコース閉鎖。ついでに黒たまごの製造販売中止になった。危険レベルは2に格上げ。

「直ちに噴火につながるとは考えられない」というお決まりの無責任ワードが発表になっているが、「直ちに」が「つながる」の修飾語なのか「考えられない」の修飾語なのか不明だし、「考えられない」を「ない」と言わないところがミソだ。「考えられない」の責任者が誰なのか不明なままだ。

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さらに、イオウの臭いはいつもと同じで特に強くなっていない、という人もいるが、純粋の硫化水素は無色無臭なので、逆のことを言っているわけだ。

確率的言えば、現在もっとも危険率が高いのが、地下からの硫化水素の突出だろうか。バタバタ倒れて、救助に行ったものも巻き添えになる。ガスだから見えないし、窪地に溜まったりする。

そして、爆発。


実は、今を去る数十年前に、大涌谷の近くの得意先にガソリンを販売していた。そして集金。月に2回は、その周辺にいて、時間調整で大涌谷で休憩したことも何度もある。黒たまごよりも温泉まんじゅうの方がうまいと思う。

本論と関係ないが、その特約店主のこどもが東海大医学部に入学して、授業料が月50万円ということで、売掛金が焦げ付かないか、気が気じゃなかった。クラスの上位3番までは授業料無料ということで期待していたが、いつも4番だった。温泉事業もやっていて、裏山で井戸をいくつか持っていたが、しょっちゅう湯温が変わるそうで、その頃から山は不安定だったということなのだろう。

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地元の地の利に詳しいから書くのだが、災害時の最大の問題は、芦ノ湖周辺は逃げ道が乏しいということ。山道を下れば小田原だが、そこにある小田原城は難攻不落だったのは裏手の守備が要らなかったこと。そして、その道に箱根の関所ができた。

裏に行けば山を超えて三島や伊豆半島の中央方面だが、そちらに逃げたくはないだろう。さらに最大の問題は、芦ノ湖の湖尻から東京に向かうには、現場の近くを通って御殿場ICに向かうわけだ。つまり爆発があったら、逃げられないということじゃないだろうか。

長引けば、雪の季節や霧の季節がやってくる。

私は、クルマの鍵をロックしてしまって大閉口したことがある。


そして、地面のどこから水蒸気や溶岩が吹き出すかは、よくわからないわけだ。思えば、芦ノ湖だって噴火で山の一部が吹っ飛んで、できた巨大火口に水が溜まったものだ。

もっとも、箱根や浅間や阿蘇などの超巨大噴火がいつ起きたのかは定かではないし、1100年以上前に東日本大震災と同程度の規模の地震が起きた貞観時代には、地震と相前後して、富士山、鳥海山、開聞岳という小型火山が山の形が変わるほどの大爆発をしただけなので、今回もその程度で済むだろうと思うわけだ。
  
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2015年05月06日

牛窓海遊文化館は2テーマ

牛窓にクルマで行っても、どこでも駐車可という情報を鵜呑みにしていて、実際は、人と車で大混雑の図だった。市街地の中央にあるファミマの駐車場で、駐車料金の代わりにお弁当食べ、数百メートル歩いて、「牛窓海遊文化館」へ。建物の正面には星のマーク。以前は警察署だったそうだ。警察署は移転したが、そのレトロな建物が文化館になっている。

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が、外見は警察署なので、間違えて自首したりしないでほしい。「私がドローンを・・」とか。


この文化館のテーマは2つある。一つは、だんじり展示室。牛窓の祭りの際、引かれるだんじりが展示されている。珍しい船形だんじり。これで、町内や大阪城の石垣で有名な前島を練り歩く。

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解説は、特に私一人のために、女性解説員の方が付いてくれて、いつの間にビデオと交代してしまう。

ここの祭りの最大の特徴といえば、「女装」。女性の下着などを身に着けて、大柄な男性がだんじり船を引っ張る。大昔から女性は祭りに参加できなかったので、代わりに男性が女装して、代理出席したということになる。まさに「奇祭」。

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そして二つ目のテーマが「朝鮮通信使」。江戸時代に12回に渡り、朝鮮(今のソウル)から日本に通信使(初期の頃は回答兼刷還使)が送られる。多くは将軍が変わった時にお祝いに来るようだ。1回あたり500人弱。大使節団だ。もしかしたら、新将軍の力量を試す目的だったのかもしれない。

一行は、ソウルからブサンまで陸路。その後、対馬、壱岐、北九州、下関から瀬戸内で大阪からは陸路東海道を上京することになっている。

で、資料をよく調べてみると、牛窓は瀬戸内の中心の方なので1泊だけしていたようだ。1泊2日のショートステーだ。通信使も大変だろう。


ところで、牛窓は「恋人の聖地」ということになっているそうだが、そういう場所って時々ある。聖地に行かないと恋人関係を維持できないということもないだろうが、ちょっとショボイ記念碑が多いかもしれない。むしろ、この場所に行こうと言い出したことに対して、「調査不足無能人間」ということになり、「関係終了」ということになるかもしれない。
  

2015年05月05日

BIZEN中南米美術館

日生駅から徒歩8分の場所にあるBIZEN中南米美術館。カーナビに従ってすれ違う場所もない崖っぷちの細く曲がりくねった山道を20分走行。K国製のカーナビはこれだから・・

で、中南米の文明の証拠とも言うべき多大な美術品を収集されたのは、地元で漁網工場を営まれていた森下さんという方で、中南米に仕事で行ったときに、その素晴らしさに感動し、収集を始められたそうだ。私も仕事のついでに地元文化に感動することはあるが、財産のすべてをつぎ込むような太っ腹ではないし、そもそもつぎ込むほどの物もないし。

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まず、建物は目立たない。前を通り過ぎること何回か。予想外の外壁だった。つまり、備前焼。建物を備前焼で作ることなど、思いつかないではないか。それも備前焼業界では知らぬ人のいない藤原一家の作。

そして、中南米文化を地域別に分類して展示しているが、中南米と言っても広いわけだ。かなり大きく分けると、メキシコ中央高原、マヤ地区、中間領域、アンデスといったところだろうか。おそらく100位の文化、文明が興亡を繰り返していって、最後にスペインの海賊がたどりついた時には、有名なマヤ、アステカ、インカというような段階だったということなのだろう。

そして、今でもそれらの文明について調査が進んでいるわけでもない。主に地域的には米国人による研究によるのだが、米国人は、あまり古代文明に興味がないわけで、さらに調べれば、インディアン迫害から目を背けられなくなるからだろう。

思えば、人類で避難されるべき問題が議論されているが、スペイン人による文明破壊と略奪は、ベスト5には入るのではないだろうか。その他、元(モンゴル)の残忍さ、英国とポルトガルによる奴隷売買、ナチスによる民族浄化。ベスト5なんかすぐに埋まってしまう。  

2015年05月04日

竹久夢二生家へ

竹久夢二は岡山県の邑久(おく)という場所で生まれる。明治から大正にかけて大活躍した画家で、あまりに有名すぎて全国にいくつもの美術館がある。岡山にも後楽園の隣に立派な美術館があるのだが、その別館になっているのが、生まれた場所にある「夢二生家」。おそらくは屋根は大幅に直しているのだろうと思うが、全体のイメージは残されている。

かなり目立たない場所なので、その前を車で何度も往復。交通量がある細い道路から入るので、止めて確認するのが難しい。周辺を無駄走りしてしまううちに気付いたのだが、「竹久」という苗字と「武久」という苗字が混在している。

たんに想像だが、岡山のこのあたりは、新興仏教で弾圧された人たちや、戦国時代の各種戦闘で敗残兵となった人たちがとりあえず逃げ込んだ場所でもあり(私の親戚の一筋もそうらしい)、本当は武久でも、竹久に姓を変えた人たちが多いのかもしれない(銀行口座の名寄せ防止策みたいだが)。

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実家は造り酒屋。増築部分に彼の作品のいくつかが展示されていて、時間をかけて観ていくと、自作の俳句に絵を付けるという趣向にかなりこだわっていたようだ。いわば、与謝蕪村流。夢二の場合、絵の方の腕は間違いないのだから、問題は俳句の方だが、これも優れものというのだろうか。<黒牛のぬれた気もなし北しぐれ>とか。その他にも情感に長けた句が多いのだが、絵画の方が感情に抑えがあって、脳の奥に染み込む力が強いように感じた。(句集でも入手しようかとは思っているが。知人に句会に誘われる今日この頃なので)

彼の活躍していた時期は、街中を行き交う女性(男もだが)たちは、和服と洋服が入れ替わっていく時代で、そういう和洋混在時代の雰囲気を描いていたということなのだろうが、街に「和」が消えた今こそ、評価が高いのだろう。

彼の年譜などを調べてみると、色々ありすぎるのだが、二点だけ書いてみると、

藤島武二の弟子だったのだが、数多い弟子の中で、夢二と青児と嗣治の三人は、よくつるんでいたそうで、名前の最後に、師匠の武二の最後の「ジ」を三人ともつけていたため、「三ジ」と言われていたらしい。こういった仲になると、よく起るのが「妻略奪関係」で、青児が夢二の妻に手を出して、親密関係は一気に解消してしまったらしい。

夢二は晩年(といっても50前)に欧米に渡り、自作で世界に挑んだのだが、帰国後、結核により亡くなってしまう。現在、個人的にデータ収集中の日本女子最初の世界的アスリートである岡山県出身の人見絹枝も、ほぼ同じ時期に欧州から帰国後、20代で結核で亡くなっている。  

2015年05月03日

JFK その生涯と遺産展(国立公文書館)

jfkJFK その生涯と遺産展(〜5/10)へ行くが、異常に混雑している。入場無料だからということじゃないだろう。日本の政治家のいい加減さから、やはり「ケネディ」ということなのだろう。

あらためて、大統領になるまでの道のりを確かめると、1917年5月29日生まれ。存命なら97才のはず。ハーバード大学卒業後海軍に入隊(1941年)そして12月に日米開戦。

1943年8月に艇長だった木造魚雷艇(PT109)に日本の駆逐艦「天霧」が衝突。魚雷艇は沈没し、日本側の記録では、魚雷艇の全員死亡ということになっている。

そして大戦後1946年に下院議員当選、1952年には上院議員当選そして1953年にジャックリーンさんと結婚。1957年には著書「勇気ある人々」がピュリッツァー賞受賞。

そして、1960年11月の大統領選でニクソンを破る。

そして、彼は短い政権時代に5つの橋を架けたと言われる。「キューバ危機を乗り越え、ソ連との橋」「アポロ計画による月面着陸への橋」「公民権法の橋」「核軍縮への橋」「日本への橋・池田首相とのパートナーシップ」。

本展では、キューバ危機の時の米国政府部内での意見の対立により、ソ連の核基地であるキューバへの攻撃が決行寸前だったことがわかる。攻撃を始めた後の国民向けメッセージまでできていたようだ。世界各国の同盟国に、キューバの海上封鎖は連絡される。

実際、連絡されても困る国は多いだろう。「そちらにも核ミサイルが飛んでいくかもしれないので、よろしく・・」ということだ。

そして運命の1963年11月22日(日本時間23日)、ダラス市内で銃撃され暗殺された。奇しくも彼の暗殺を日本に伝えたのは、日米衛星中継のテスト放送であり、本来はその前日に録画録音されたビデオが流される予定だったが、急遽、日本人前田治郎氏(毎日放送)がその放送を実況することになった。

本展では、その日流される予定だったケネディ大統領のスピーチが、画像は失われたものの音声のみが流れている。そう重要なスピーチではないようだ。
  

2015年05月02日

孫弟子に恵まれた(ことを知らない)棋士

to1「渡邊東一名誉九段作品集」をいただく。自作の詰将棋70題と付録4題。7手詰から19手詰めなので、パソコンのお世話にならなくても解き切る(最後の方は手間取るが)。

作風は、捨駒と捌き、良型と美手順。プロ棋士の詰将棋の典型か。今年の1月に編纂された本だそうだ。

渡邊氏は、本書によると、母親が関根金次郎名人の姪という縁で関根門下に入ったということだそうだが、「母方のいとこ」ということだろうか。

現役期間は、そう長くはないが、木村義雄名人に継いで、第二代将棋連盟会長を勤めた。任期中に名人戦の所属が毎日から朝日に移動するが、副会長の加藤治郎氏と、対立したとされる。

弟子には、北村九段、下平八段、二上九段、佐藤大九段、勝浦九段と詰将棋派が多いが、7人いる孫弟子の中には、羽生名人、森内前竜王の二巨頭がいる。

言い換えれば、「もっとも孫弟子に恵まれた棋士」と言えるのだが、渡邊九段が亡くなった時点(1985年5月)には、まだ両巨頭ともプロではなく、その年の後半に羽生四段、2年後に森内四段が誕生している。

ところで、孫弟子の件だが、棋士を「質より量」で数えるのはいささか方向違いかもしれないが、たくさんの孫弟子を輩出されている方がいる。将棋手帳の付帯資料を参考に、ランキングを作ると、

1位:関根金次郎13世名人 29人
2位:土居市太郎名誉名人 15人
2位:藤内金吾八段  15人
4位:木村義雄14世名人 14人
4位:石井秀吉七段  14人
4位:高柳敏夫名誉九段 14人
7位:佐瀬勇次名誉九段 13人

2位以下は大混戦だ。

一方、渡邊東一九段には曾孫弟子はいない。羽生、森内の両巨頭が弟子を取らないからだ。この業界に明日はないと思っているからだろうか。あるいは、自分の商売敵を増やさないように思っているのだろうか。


さて、4月18日出題作の解答。

b12


▲3七銀 △同玉 ▲2八銀 △4六玉 ▲3八桂 △3五玉 ▲2五金 △3六玉 ▲2六金 △4七玉 ▲2五角まで11手詰。

動く将棋盤はこちら


今週の問題。

0502


わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2015年05月01日

銀座のサハリン

この話、最初はカメラの修理のところから始まるので、書き終わる時にどこに行っているかよくわからない。

NIKONの一眼を使っていて(普段はキャノンのEOSだが)、主にズームを二種類使っている。最近、画像の右上の方にシミが残ることに気付き、レンズを変えても同じ場所にあるため、知人のカメラ青年(主に鉄道関係だが、それ以外の被写体は不明)に聞くと、内部にゴミが落ちているのだろう、と言われ、自分で吹き飛ばすか、メーカー修理という選択肢を与えられた。

調べると、自分で吹き飛ばすのには技術が必要で、カメラ数台壊してやっと覚えられるらしい(ちょっと大げさかな)。ということで、銀座7丁目のNIKONサロンにあるサービスセンターに持ち込むと、あっという間に「ローパスフィルター清掃」ということになり、所要時間1時間ということ。

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1時間の使い方。まず、1階のニコンサロンに行くと、新田樹写真展として「サハリン」が開催中(〜5/5)。

サハリンの風景を写すのではなく、70年前にサハリンに残った日本人や韓国朝鮮人の人たちやその子孫を被写体にしている。

サハリンに残った人の多くは、韓国朝鮮人だったのは、終戦と同時に韓国が独立して日本人じゃなくなったことが直接理由なのだが、その韓国朝鮮人と結婚していた妻たちの多くが、祖国よりも家族を選んだため帰国しなかった日本人が、百数十人、今のサハリンに残っているそうだ。

しかし、日本人にしても、韓国朝鮮人にしても、なぜ終戦の時にサハリンにいたかといえば、仕事を求めて日本から流れついたというようなことが多かったようだ。しかも戦後の日本は苦しかったし、朝鮮半島は次の戦争に巻き込まれていった。

帰ろうにも帰れないし、帰ってもあてがないし、そのうちにサハリンでもいいや、ということになり本格的にそこに住んでしまった。そこには、日本や韓国朝鮮やロシアからの人も色々いるわけだ。袋小路というべきか。


実は、新橋駅の近くに「えのき亭」という軟骨入りつくねのおいしい焼鳥屋があるのだが、そこの社長が子供の頃、サハリンにいて、引揚ではなく、終戦直前に北海道に逃げたそうだ。家族を二つに分け、残る者と逃げる者。多くの家族がそうして一時、バラバラになり、北海道に向かった客船の多くは、空襲を受け沈没。サハリンに残った父親は、後に社長になった子供が亡くなったと思っていたそうだ。一度は、サハリン会で現地に行ったそうだが、「もう行かない」とのこと。

思えば、第二次大戦の最大の犠牲者は、ソ連(ロシア)なのだが、戦後の悪役ぶりで、すっかり損をしてしまったわけだ。

そして、時間をもてあまし、銀座通りを歩くと、観光バスが7台もとまっている場所があった。ラオックスだ。C国人の人たちが、店内にあふれていて、グループ毎に入店時間を決めているようだ。J国に来ればルールを守るとは、素行改善の見込みがあるのだろう。

その他、イスラム系の人たちや、中欧系の人や、聞き慣れない言語が飛び交っていた。NIKONの修理センターでも外国人がたくさんきていて、「バッテリパワー・ロー」なんて声が聞こえていたが、対応も大変だろうね。

そして、NIKONに戻って話を聞くと、ズームレンズが動く時にエアポンプのようになって外のゴミやホコリを吸い込んで、ローパスフィルターが汚れるそうだ。

ローパスフィルターとは、レンズを通って入ってくる光の中で異常なものを取り除く効果があるのだが、最近はレンズ性能が向上したので、ローパスレスカメラがあるそうだ。しかし、それではゴミはもっと奥まで入ってしまうような気がする。
  
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2015年04月30日

白い、黒い

アパルトヘイトの話じゃないから。

税関関係の講演に出席していて、強調されたのだが、

本年4月1日からの、危険ドラッグ(指定薬物)の海外からの持ち込みについて。

危険ドラッグについて、関税法上、10年以下の懲役、若(も)しくは3千万円以下の罰金(又はどちらも)の対象となる、とのこと。

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そして、『密輸に関する情報がありましたら、税関密輸ダイヤルへ』ということで、

フリーダイヤルで、

 0120−461−961 へ ということ。

461−961は、(シロイ、クロイ)と覚えるそうだ。

シロイ=薬物、クロイ=拳銃 ということだ。(黒っぽい麻薬や白っぽいピストルもあるが)

で、実は、関西の方では、結構、港湾地区の各所(阪神地区や関門地区)に、この461−961の看板が乱発している。何か根拠があるのだろうか。

ところで、「白い黒い」ではなく「黒い白い、つまり0120−961−461」という番号は実在するのだろうか。

これが、あるわけだ。

岡山市にある、リサイクルショップX社である。高級装飾品から、古くなった大型不用品まで手広く扱っている。

その隣の倉敷市でマンションを借りているのだが、不用品の処分をどうしようかと困っていたので、ここに電話をかけてみようかと思いついたのだが、番号を間違えると大変なことになると、あれこれ悩んでいる。  
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2015年04月29日

PICTORIALISM - Modern Photography at Dawn

pictorialism六本木の富士フィルムスクエアで開催中(〜4/30)の『PICTORIALISM - Modern Photography at Dawn』へ。

困ったことにパンフレットのほとんどが英語で、地図の部分だけが日本語。昨今、アベノミクスの影響で、翻訳家の方々の仕事量が急増しているようで、数十行のパンフレットの翻訳などというアガリの少ない仕事は、放置されてしまうのだろう。別の国で使ったパンフの一部に地図だけ貼り換えたのだろう。もっとも翻訳家というのもキリギリス的性格の方が多いようで、稼いだおカネで旅行に行って、不況の風が吹くと冬眠状態に入り、生き残ったものが、次の旅に出る。松尾芭蕉もそういう生活だったし、いいかな。

で、しかたなく英文パンフによって解説すると、(といっても、パンフ部分は「そして、アートとしてのステージ・・」の段落以降、英文引用まで)

写真が発明されたのは19世紀の前半なのだが、それは技術としての写真だった。よく肖像写真とか残っている。日本でも幕末の人たちは、例えば殺人鬼土方歳三なんて、一枚の写真でその後数千万人の女性ファンを魅了しているわけだ。ただし、一枚の写真を写すには被写体は数十分静止しなければならず、見えないように後ろから首を支える器具が使われたりしていた。

そして、完全に実用化された19世紀の後半から20世紀の初頭に、写真はその後の方向がいくつかに分岐していった。

例えば、報道写真。新聞の挿絵画家が失業した(パリではまだ活躍している)。

例えば、軍事写真。偵察機の上から軍事目標を撮影したり、超小型カメラでスパイが潜入したりする。こちらは写す場所が衛星になったり、デジカメで産業スパイが盗撮したり・・

そして、アートとしてのステージが始まる。欧州よりもむしろ米国の方が中心だった。(たぶん、ドイツと戦争することになったため、ドイツ製のカメラを買うわけにいかなくなって、国策としてカメラやフィルムの国内産業を育成したのだろう)

その、アートとしての写真が、『PICTORIALIM』というわけ。

本展では10人の写真家の作品が展示されている。古い写真というのは、大変に貴重なもので、それだけで過去から作品を守ってきた多くの人の苦労なども感じ取れるものである。

そして、パンフ表紙の作品(untitled)の作家のRobert DEMACHY は、こう残している。

We must not make photography with artistic taste.On the contrary,we must make art with photography.


そして、現代。世界に無数に存在するカメラとその結果、さらに無限大に近く作りだされる写真。99.99%以上が個人、つまりアマチュアの手によるわけだが、

ほとんどの写真は、このPICTORIALISMの延長線上だろう。もちろん、単に出張に行った証拠写真のように無意味無価値の写真もあるだろうが、盗撮を続ける小学校教頭だって、本人の中では何らかの自分勝手なPICTORIALIMがあるのだろうと思う。


*ところで、引用したMr.Robert DEMACHY の言葉だが、黎明期の挑戦者がよく使う表現である。しかし、政治的に用いると多くの場合、大変危険な言い方になることは忘れない方がいいと思う。(特に、「We」といっても「I」の意味だし)  

2015年04月28日

当選者と落選者の差

統一地方選が終了した。その結果、立候補者は、当選者と落選者に二分される。

これを分類すると、以前から議員であり、今回当選した人と落選した人。以前は議員ではなく今回当選した人と落選した人の4つに分類される。大胆すぎる記号化をすると、「○○」「○×」「×○」「××」となる。

実は、心理学に凝っていて、人の喜びと心の痛みの強弱の話。もともとは社員の育て方ということで、叱るとマイナス3ポイントの気持ちになるが、褒めてもプラス1ポイントの気持ちになるだけというのがある。給料のアップだって、2%給料を上げてもモチベーションは1%しか上がらないが、逆に2%給料を下げるとモチベーションは4%下がるというようなものだ。

で、選挙後の各カテゴリの方の気持ちを大ざっぱにいうと、○○の人と××の人は、大して喜びも強くないし、悲しみも一過性だろう。それに対し、○×の人と×○の人が問題だ。たぶん、○×となって失業する人の気持ちのマイナス値は、×○で初当選した人の喜びの3倍位だろう。


そして、次の問題は「片側が開眼しなかったダルマ」の行方だ。落選候補にのみ発生するテーマだ。当選した方は、「縁起物」になるので、飾っても人にあげても邪魔にはならない。落選ダルマの行方は?

まず、左目しか黒く塗っていないわけだ。こういう状態を普通は、「か○め」というのだが、昨今は禁止用語らしい。「め○ら」と同じだ。おそらく次のようなことになる。

 1.次回の選挙で再利用する。埃が付かないように袋詰め
 2.購入した寺に、両眼書き入れた後、供養をたのむ。
 3.正月のどんと焼に放り込む。
 4.産業廃棄物
 5.達磨供養専門寺院に郵送

このうち1は、エコ度が最も高いが、ちょっと勝つという気迫に欠ける。しかし、七転び八起きというのが、ダルマの物理的本質だし。
2は、なんとなく出口感のない話だ。
3のどんと焼は、危険だ。以前、どんと焼きの幹事をしたことがあるが、ダルマが膨張して、大爆発。火の塊が群衆の近くまで飛んでいった。
4は結構高いし、みっともない。
5の専門寺院がある。出雲の倉留寺(そうりゅうじ)。真言宗である。達磨供養というカテゴリーがあり、所定料金を送ると焚き上げてもらえるようだ。


思えば、落選して、もっとも痛い思いをするのは、ダルマの方なのだろう。
  
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2015年04月27日

徳川吉宗(井口朝生著)

yoshimune徳川将軍は15人いるが、有名ランキングを作ると、1.家康、2.吉宗、3.綱吉といったところだろうか。慶喜、秀忠、家光というのが第二ランキングだろうか。どうも一言でいうと家康(狸)、吉宗(ケチ)、綱吉(犬)というところだろうか。慶喜(チキン)、秀忠(関ケ原遅刻)、家光(漁色)。

吉宗については、ドラマ「暴れん坊将軍」の松平健のイメージが強すぎて、どうも世間に誤解を多数生じさせている。

以前、国立公文書館で調べたところ、大変な読書家で、幕府の図書館でもある紅葉山文庫の多くの本を読み、読んだ本を記録したそうだ。たぶん、大衆小説や漫画などは読まないだろうから、暴れん坊将軍の原作を読むことはなかったろう。その後の将軍たちは、吉宗と読書量を比較されないように、読書自体をあまり行わなかったようだ。

しかし、本書には読書の話はでていない。

暴れん坊将軍での吉宗は、ボディガードの男女の忍びを連れて街中を歩き回るが、実際に市井を見聞していたのは、ライバルである尾張の徳川宗春の方だった。あまり市民や下層武士の実情を見てしまうとケチ政策はできなくなってしまうものだ。

そして、ケチで読書家の吉宗のもう一つの趣味が書かれている。

好色

十代の頃から、近くにいる女性に見境なく手を出す。妻妾にあきたらず、江戸城内の女中たちの中に好みがいると、「あの者は、何と申す」と言うと、
ただちに、お蒲団の用意が始まるわけだ。

名前が残っている数多くの女性の他にも、懐妊させてしまって、部下にコブ付きで拝領させたものが約10人ということだ。許嫁がいるものでもお構いなし、人妻の場合は、夫に離縁状を書かせてから略奪。さすがに法治主義者だ。

多くの女性は二十代で亡くなっていて、いささか不思議な感じがある。

大岡忠相は深く捜査しなかったのだろうか。下半身暴れん坊将軍。
  
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2015年04月26日

小磯良平展で知った二人のモデルのこと

牛窓にある瀬戸内市立美術館で開催中の小磯良平展(〜4/26)へ。小磯良平(1903〜1988)は、まったくオーソドックスな洋画家であり、芸大の先生でもあった。きちんとしたデッサンのもとに、近代絵画の多くの思想と技術を理解し、どちらかといえば風景よりも人物を描き、特に多くの女性を描き、また群像画を残している。

若い時の渡欧経験によりドガの絵画の影響を受け、舞台裏の踊子なども描いている。そして、若干の戦争協力画を描いたことを悔やんでもいる。

本展は、姫路市立美術館とふくやま美術館の協力の元に開催されている。姫路市立美術館といえば、姫路城オープン記念としてシャガール展開催中だし、ふくやま美術館も先日行った時には特別展だった。休眠絵画の有効利用ということだろう。絵画のモデルも休みなしに出場しなければならない。

と、思いながら、展示の内容などをキャプションで読んだりしていると、女性画について二つのことがあることがわかった。

一点目は、和装の女性と洋装の女性の描き方。和装の女性は、上品かつ日本的古典美を意識して描いていて、洋装の女性は、もう少し自我を強く出すように描かれているということだそうだ。(本人に確認すればよかったのに、と思うが)

koiso


二点目だが、モデルのこと。ある画廊の女性を長く描きつづけていたそうだ。確かに1960年代の婦人画は、すべて同一モデルのように見える。衣裳やポーズは変わっていてもだ。そして洋装。本展覧会のパンフレットに使われている婦人像(1969年・ふくやま美術館蔵)は、その代表的作品。

ということで、気になり、そのモデルのことを調べてみると、さらに意外な話があった。

この婦人像のモデルは、中出幸子さんという方で、昨年あたりから小磯良平にゆかりの人物ということで多くの会場で、小磯先生の思い出を語っている。現在は71歳と思われるが、写真で見ると、かなりしっかりとした方らしい。

モデルだったのは、1964年から10年間ほどということ。大阪の「梅田画廊」の受付をされていて、小磯先生からモデルを頼まれたそうだ。

そして、もう一人のモデルの方がいた。すべてを過去形で書かなければならないのが残念なのだが、中村悠紀子さんという女性。もう一人の方と名前が似ている。1971年からモデルをされていて、和装の方が多かったようだ。二人の期間を重ねてみると、3年ほど重なっている。実際に重なっているのか、少しずつ関係者の記憶がずれているのかはわからないが、この方も当時は同じ「梅田画廊」の社長秘書兼受付だったそうだ。

そして彼女は、数年後に渡米。さらに10年ほど経ち、米国企業の秘書としてニューヨークで働くことになり、新しい人生の準備のため日本に戻る。そして、1985年8月12日18時、羽田発伊丹行き日航123便に搭乗することとなる。

身寄りが少ない彼女についての情報を当局に連絡したのは、小磯画伯であったということだ。  

2015年04月25日

刺激の内容は???

職団戦の会場で、フリーペーパー:駒doc.を二冊いただく。2015年冬号と2015年春号。季刊誌だ。

ふと思うと、2015年冬号の次に春号ということは、1年が、冬→春→夏→秋→ということになる。ずっと昔は、春から始まって冬で終わるということだった記憶があるが、記憶違いかもしれない。

muroya


ゲスト記事で登場したのが室谷由紀女流初段。冬号らしく白いコートだ。秋の撮影なのにすばらしい気配りだ。姉妹棋士で森信夫七段門下。アマチュア時代から関西で活躍していたのだが、昨年の4月に関東に移籍。そのあたりの質問に対し、アマチュア時代からのライバルである香川愛生女流王将が、関東から関西に来たことによって、「刺激」を受けて、東京に行くことにしたというように答えている。

まったく論理的じゃないように思える。単に逃げているように聞こえるのだが違うのだろうか。あるいは深いわけが・・


さて、4月11日出題作の解答。

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▲1三銀 △同玉 ▲2二銀 △1二玉 ▲2五角 △2三玉 ▲1三香成 △3二玉 ▲1四角まで9手詰

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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やや難問の匂いがある。実戦風にさばいたり、趣向的に駒を並べたり、最後はいたって詰将棋的な結末。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。  
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2015年04月24日

牛窓オリーブ園へ

新しいタイヤを買ったので(新しい望遠レンズも買ったので)、岡山県東部、まずは牛窓に向かう。残念ながらナビは一般道を指示する。


曲がりくねった道を進み、牛窓の海が見えるようになったら、丘を登り始める。ついに。日本のエーゲ海といわれる牛窓の地に足を下ろす。ただし、そこをエーゲ海と呼ぶのは、いささか気がひける。どうみても瀬戸内海だ。

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山の斜面にオリーブの樹が並ぶ。古い幹もあれば新しいものもある。そして、見下ろす海は見事だ。

入場無料ということで、海とオリーブ畑と牛窓の街並みを描いている画家がたくさんいる。こっそり絵をのぞくと、皆プロ級だ。というかプロもいるかもしれない、というか全部プロだったり・・

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園内を望遠レンズを持って歩いていると、空に舞う大きな鳥が目につく。さっそく望遠レンズの登場だ。

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さらに、歩くと、ローマの丘という場所があるが、ちょっと言い過ぎだ。雑草が多過ぎる。そして、このオリーブ園にきた一つの目的は、横浜の自宅に植えているオリーブの木の育成状態が思わしくないこと。ある人がいうには、オリーブは根が張りすぎると上に伸びないので、小さいうちは鉢で育てる、というのを確認するつもりだった。

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そして、大量の鉢植えを発見。やはり、育て方を間違えていた。放任主義はダメなのだ。  
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2015年04月23日

悪評を買う

「悪評を買う」という題名で書き始めたのだが、本来このコトバは、映画や舞台で、観客や評論家の支持を受けられず「駄作」の烙印を押された場合に使う。詰将棋の場合は、駄作は審査員のフィルターを通らないので、そもそも公開されない。

しかし、本日書きたいのは、「悪評」のある商品を買うという意味だ。

買ったのは、タイヤ4本。使っている車に最初からついていたブリヂストンが、8年も使ってサイドにひび割れ多数状態で、しかし、まだ1、2年は乗るだろうから替えざるを得ない。

といっても、これからさらに8年も使うはずはないから、高級品の必要もなく、単に安ければいい。それと燃費重視のゴツゴツタイヤは腰に痛みが走るので不可。ということで、ブリヂストンの見積りを見てから、「あと1年しか乗らないので、もっと安いのは・・」ということになって、登場したのが、「ファイヤストーン」。そう、ブリヂストンの子会社だ。

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そして、恐怖の一言が、

「ゴムに不純物が多いのですが、1年なら大丈夫です」。

要するにアジアンタイヤということだ。

で、4本28,000円(税込)で、走り始めたのだが、すでに1週間経過。残る日数は358日か。ホームページを読むと、バーストしやすいとか恐怖の噂が目に入る。

まあ、そんなにスピードが出る車じゃないので(メーターは180まで数字が書いてあるが)気にしてないけど、調べてみると、最近、ブリヂストン・ファイヤストーンという社名から、ブリヂストン・アメリカン・インクに変わっていた。


もともとミスター・ファイヤストーンさんが作った会社でフォード一家と発展をともにした歴史があるが、20世紀の終わり頃に、ラジアルタイヤの普及によるタイヤ需要減による業績不振の結果、ブリヂストンに買収されたようだ。そして、その後、フォード・エクスプローラのタイヤバースト事件があり、痛手を受ける。

そのあたりに悪評の原因があるのだろうが、どうもブリヂストンが買えない貧乏なドライバーに代替品として提供するという裏メニューのお役目が与えられて、まだブランドが生き残っているような感じがある。  

2015年04月22日

007シリーズ、第8作、第9作

第8作、『死ぬのは奴らだ』。ジェームズ・ボンド役にロジャー・ムーアが初登場。ショーン・コネリーの重厚さと異なり、軽さと現代感覚が特徴だ。

本作では、カリブ海の某国にケシ畑を展開して、ヘロインを無料で配ろうという犯罪グループが登場。無料で配ると、犯罪組織が壊滅するのではないかと思うが、本当の狙いは、既存犯罪組織が壊滅すると同時に中毒患者が増加することで、新規参入する自分たちのグループが利益を独占するという構造だ。

独占禁止法の違反行為でもある。日本でもガソリンスタンドなどで一般的だ。格安価格で販売し、同業者が閉店。そこで高値で販売しようというのだが、実際には、うまくいかない。ロジャー・ムーアが組織構成員の99%を、ワニやサメに食わせなくても、たくらみは失敗したような気がする。

ボンドガールは、カード占い師。よく当たるようだ。映画で使われた占い用のカード、欲しいな。開業できそうだ。

一方、本作でのジェームズ・ボンドは、タクシーやレストランで、何度も同じパターンで捕まってしまう。ショーン・コネリーの時には、そういうことはなかった。知能が低いのか、ロジャー・ムーアの方が3歳高齢なので、チョイボケなのだろうか。敵に捕まる回数は、シリーズで最高回数ではないかと思うが、そんなランキングは見たことはない。

ところで、ボンドは英国のスパイだが、英国内で暴れることはない。近くの大陸か、カリブ海が多い。仮に、日本映画で、日本のスパイが南シナ海やゴビ砂漠の方で大規模破壊活動をしたり、現地女性を愛人化する映画を作ったら、受けるのだろうか。

007


第9作:黄金銃を持つ男。前作同様、ガイ・ハミルトン監督とロジャー・ムーア。それと、前作でチョイ役だったニューオーリンズ警察の刑事が登場。前作で使った磁石付腕時計をまだ使うのかと思ったが、本作では秘密の小道具はなし。

ストーリーが、ちょっと小さいような気がする。

ソレックスという装置が登場。太陽光の放射能を使ってエネルギーを取り出す装置。これを実用化して売り出すという野望を持った男が登場。なにしろ地球では資源不足が深刻になっている。


石油石炭は枯渇するだろうし、原子力は危険で、地熱発電にはまだ時間がかかるということで、太陽光は無限のエネルギーだそうだ。そんな素晴らしい装置を、ジェームズ・ボンドは大暴れをして、壊してしまう。

ただし、本作では犠牲者の数は少ない。前回では1000人単位の犠牲者が発生したが、今回は100人未満だ。

なんとなく東洋人をバカにしているような雰囲気もあるが、気のせいかもしれない。

それにしても、007シリーズの映画を観ると、同じように、昼間からワインを鯨飲してから運転して大暴れしてみたいような気持になるが、そんな体力はないような気がする。夜なら元気なのだが。  

2015年04月21日

余計なお世話

最近、気になるのが、会社に行こうと自宅を出るころに、グーグル様から送られてくるインフォメーション。

いつもクルマで通勤しているのだが、目的地と自宅の間の地図とルートがスマホ上に表示される。「今、家を出ないと遅刻する」という意味の脅迫メールみたいな情報だ。


そういえば、東京方面にいるときも、今、羽田空港に向かって出発しないと何かに間に合わないというような情報がくることがあるが、すべて無視。

しかし、勤務先の始業時間とか、クルマで通勤しているとか、どうやってグーグル様は調べるのだろうか。

いずれにしても、通勤先の始業時刻とそこまでの所要時間を差し引いたものが必要出発時刻になるということがわからないような社会人がいるのだろうか?

ときどき出張先では間違えるが・・  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)市民A

2015年04月20日

困った忍者

イチローが、また忍者プレーをした。一死三塁でセカンドゴロで本塁突入。と思わせておいて、寸前でストップ。キャッチャーが、タッチする相手がいないことで慌てた瞬間に、時間差攻撃。一旦はアウトの判定だが、ビデオ判定の結果、セーフに。

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こんな練習していたのだろうか。日本でも米国でもありえないよね。


実は、イチローが引退したら、サラリーマンから引退しようと、前々から熟考しているのだが、そう思いだした当初は、「すぐにやめてしまったらどうしよう」と心配していたのだが、今日この頃は、「彼に付き合っていたら、長々と働かなくてはいけなくなってボロボロになるのではないか」と危惧を覚えている。

 のんびりやろうよ、イチロー・・・  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)スポーツ

2015年04月19日

ガールズ ビー アンビシャス!

横浜開港資料館(横浜開港記念館とは別)で開催中(〜4/19)の『ガールズ ビー アンビシャス!(横浜山手のミッションスクール)』へ。

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横浜が最も輝いたのはいつだろうと考えてみると、案外、明治の初めなのかもしれない。開国後、しばらくは外国人居留区だった関内と日本人の住居が別だったのだが、あっという間に一緒になった。

ただ、横浜山手には多くの外国人が住んでいたのだが、そこになぜかミッションスクールが立ちはじめた。

事情は、日本ではなく米国の方にあったようだ。米国は1830年頃から全国に公立小学校が開設されていく。卒業した女性がさらに進学できるように、セミナリーとかアカデミーとか言われる女子中等教育機関が誕生する。そうした中、小学校の教員不足を補うため、セミナリーの卒業生が教師になるということになり、教職女子が増えていたわけだ。

一方、19世紀は宣教の時代とも言われ、男性宣教師がキリスト教各会派から各国に送り出される(カナダでは先住民との間で問題も起きている)。

で、キリスト教各会派が宣教師を送る一方、付属の学校で女性教師が教えるというようなスタイルが一般的になり、やがてミッションスクールの方が中心となっていったようだ。

まず、有名な宣教師ヘボンの夫人が開いていた学校を譲り受けたのが、オランダ改革派のキダー女史。フェリス・セミナリー(現フェリス女学院)を開設したのが1869年。1871年には米国夫人一致外国伝道協会から派遣されたプライン、ピアソン、クロスビーの3人が開設したのが亜米利加夫人教授所(現横浜共立学園)。その教授所が移転した場所に1880年に入ったのが、ブリテン学校(現横浜英和学院)。さらにバプテスト系では1886年に英和女学校が開設される。

一方、カソリック側も1900年に横浜紅蘭女学校(現横浜双葉学園)を開校させる。

そして、横浜に住んだ多くの外国人と同様に、これらのミッションスクールは苦難の道を歩むことになる。

まず、米国で起きていた日本人排斥運動。関東大地震。国粋主義の台頭。そして日米開戦。

思えば、よく生き延びたものである。今回の展示は5校まとめてのものなので、それらの学校で起きていた色々な苦闘については、「本当は色々あるのだが、今回は軽く紹介」といった感じが、よく伝わってくる。各校の学校史などを読めば、ある程度までわかるのではないだろうか。

(といっても、社史などには、会社の黒歴史は書かれることはないし、社史編纂室に異動になる社員の質など考えても、内容は期待できないのだが、学園史の場合はどうなのだろう。)
  

2015年04月18日

ビッグマウスに勝つも・・

4月12日に東京武道館で行われた職団戦のこと。日本武道館じゃない。日本武道館は大学入学式で忙しいらしい。前日には東大の卒業式で、先輩から「東大を出ても社会に出れば無価値だ」という意味のスピーチがあったらしい。横道にはみ出した。

前回は個人的にもチーム的にも2連敗したにもかかわらず、幸運にも下のクラスへの陥落は免れる。「あなたが勝たなければ」とプレッシャー・メールも届く。ロイヤルゼリー入り栄養剤「即攻元気(明治)」を持ちこむと、「バ○ア○ラ」の方がいいんじゃないの、と言われる。

で一回戦の相手のうち一人は、ビッグマウスだった。有名アマチュアの名前を出したり、チームの構成員の何人かが東大卒だとか、わけわからないことを言う。前回降級したが、いつもすぐに昇級するとか・・

対戦する味方の選手も東大卒なのだが、苦笑である。東大の学歴は無価値だ。

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個人的には、いつにないペースで「即攻元気」で有利になるが、どうも寄せきれず、混迷。ついに形勢逆転で受けがなく、詰ますことにするが、相手の王が詰まないのはわかっていて、間違いやすい筋で王手をいくつかかけると、ついに詰み筋に入った。最初は、▲8一飛と打つ。実は、後手が詰みを免れる筋は1種類しかない。

例えば、すぐに△7四玉は▲9二角 △8三香 ▲同飛成 △同金 ▲7五香以下。△8二桂合は、▲同桂成 △9四玉に▲9五歩以下清算して詰み。唯一詰まないのは、△8二香合 ▲同桂成に取らずに△7四玉と逃げる手。

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実戦は△8二香合 ▲同桂成 を△同金と取ったため、▲8二同飛成、△同玉、▲8三香、△同玉に▲7四銀と打つ。実戦は△同玉だったので、▲9二角、△6四玉、▲5五金まで。後手最善は△7二玉だが、▲7三銀成、△同玉、▲7四香、△同玉、▲7五香 △8三玉、▲7二角以下即詰となる。チームも4勝1敗。2回戦へ。

二局目は、序盤の作戦失敗で、指す手がなく相手の浮飛車が左右にスイング。わざと一手損して、技巧的に千日手に誘導。同一局面3回目に相手が手を変え、無理攻めにくるも、駒得有利になるが、またも決め切れずに泥水に沈みそうになるも罠を張ってトン死勝ち。チームも好調で3回戦へ。

三局目。バシバシ大駒交換の末、気が付くと銀損。しかし猛烈に攻めると、銀を捨てて受けてくれたので、有利に。寄せにくい場面だったので、トン死狙いにいき、大成功。本日3勝だが、ここでチームは力尽きる。アルファベット3画のクラスに上がるのはお預けとなる。


さて、4月4日出題作の解答。

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▲1五銀 △1七玉 ▲4七飛 △1六玉 ▲1七歩 △同と ▲4六飛 △2五飛 ▲1六銀 △同と ▲4五飛まで11手詰。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

0418m


邪魔駒をさがすと、いい。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)しょうぎ

2015年04月17日

横浜の味?東京の味?

本場の味を違うところで食べると?と書いてみて、ちょっと主題が違うような気がしてきた。

倉敷某所にあるフードコートに、横浜の味と東京の味と称する店がある。

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まず、「横浜中華 チャーハン達人」。

注目すべきは、「横浜中華」。「横浜中華街」ではない。つまり現実には存在しない場所だ。そこの「チャーハン達人」。まあ、チャーハン食べに中華街に行く人はあまりいないと思う。そして、横浜では黒い皿なんか使わない。中華じゃない。

チャーハンにスープをかけたりもしない。世界のどこにも存在しない料理。

「達人の味」ではなく「アルバイトの味」といったところだ。自分で作った方が・・

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そして、同じ場所にある東京下町の味である、ラーメン。ちょっと東京風じゃない。だしが複雑すぎる。何種類もの味が重なるスープだ。自然界にない物質が入っているかどうかはわからないが、舌になじめない感じがある。そして表面がギトギトである。

東京に本店があるようで、ホームページを見ると、同じように見えるがスープは透明感があるが、倉敷の方はギトギトだ。

まあ、インドカレーとかジャワカレーとかいうネーミング食品と同じような感じがする。  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)あじ

2015年04月16日

よく見ると崖のそば

おとといの夕方、羽田空港は大雨が降っていた。岡山便に乗ろうとしていたら、こういう日に限ってボーディングブリッジが足りなくなったのか、機体までバスで移動になる。バスからタラップまでの間にちょっとだけ濡れた。

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が、濡れたのがちょっとだけだったことに感謝するべきだろう。

岡山空港周辺は低い雲が垂れ込め、まったく見えない状況で左右に揺れながら着地。着地の寸前に地面が見えた。霧というべきだろう。特に中国地方では春に多い現象だ。

つまり、岡山空港ではもともと視界がないため、自動着陸装置が使われたのだろう。着陸時間は午後7時20分。

隣の広島空港では、その45分後にアシアナ航空のA320が低空飛行の結果、着陸失敗。着陸後機体は180度回転し、コース外に飛び出す。

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上空からの写真を見ると、ほんのもう少しで崖から落ちただろう。不幸中の幸い。落ちてしまったら大惨事になっただろう。だいたい見当がつくが。

最大の原因は、「空港の場所が悪い」ということだろう。広島、岡山両空港とも霧になったり乱気流になったりして、上下左右に大きく揺れる。今回は、視界がないと思って東側から侵入しようとしたが、行ってみたら見えなかったということだろう。それで無理やり降りようとした、ということ。

そういえば、インチョンを経由して北京に行こうかと思っていたが、作戦変更予定。  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)災害

2015年04月15日

フロイトとアドラーの心理学(和田秀樹)

tradアドラー心理学の人気が沸騰している。そのあたりをよく考えていると、そもそもアドラー心理学というのは、心理学なのかということになっていく。というか現代的にはフロイトを基準に考える癖がついているわけだ。

そして、この二人の他に忘れてはいけないのがユング。どうもジャンケンのような3すくみ状態と考えてもいいのかもしれない。深層心理という分野の中でも「幼児期の性的抑圧」にこだわるフロイト、アドラーのこだわりは劣等コンプレックス。そしてユングは無意識下の意識の根源として民族の記憶である民話などをさがす。

で、今、アドラーが人気なのが、精神病の治癒という観点からのようだ。現代社会に流れる鬱の精神、あるいは適応障害といった病名。これが、フロイト的な方法だと治らないということらしい。潜在意識を探ったり、トラウマになっている事象を無理に思い出させたりして、それを乗り越えさそうという治療法は、ほとんど失敗に終わっている。むしろ、忘れかけていた患者の記憶の中に再び姿を現わしたり、逆効果なのだ。

つまり、フロイト理論は、精神分析の学問的な到達点ではあるが、病気を治すという観点でいえば、うまくいかないわけだ。

言い換えれば、学問か治療かということになるのだろう。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)書評

2015年04月14日

オーケストラ!(2009年フランス映画)

ボリショイ管弦楽団の元指揮者が、ふとしたことでパリでコンサートを開くことになる。

30年前、ブレジネフ時代に楽団には多数のロマとユダヤ系市民がいたのだが、KGBが手先になり彼らを、そして指揮者を破滅に追い込んでいった。そして、おちぶれた指揮者は清掃員として勤務していたのだが、パリからボリショイ楽団への出演養成のFAXを見つけ、本物になりすますことにする。そして、散り散りになっていた、過去のメンバーを集め、自分をクビにした元KGBをマネージャーに仕立てて、パリに向かう。

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演目は、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲。有名すぎる曲であり、ソリストを誰にするか。指揮者が選んだ美貌の女性バイオリニストは自分の出生の秘密を知らないという不幸を抱えていた。

これで、映画としてのテーマは、昔の仲間が集まって、リハもなしに本番演奏するという所謂「昔スイッチ」と、「出生の秘密」という方向に向かう。あえて追加すると「なりすまし発覚のおそれ」ということになるが、発覚してしまうと映画が完成しないので、あくまでもつけたしだ。

さらに、ロシアの石油王やマフィア、現代の共産党とかが付合せになる。

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で、誰しも、ソリストの父親が指揮者ではないかと深読みするのだが、そうではなく、そこにもまたチャイコフスキーが関係する。そして強制収容所。

フランス映画ではあるもののロシア人に好感をもっているようなそうではないような微妙な味がある。

よく考えると、30年経って、皆が集まって、ボロボロ状態から復活というのは日本映画「少年メリケンサック」と同じだ、というより我々になじみのある言葉で言えば「同窓会」ということかもしれない。

たまに、旧友と会う事はあるが、「昔スイッチがオンになること」はいままでなかったのだが、今後あるのだろうか。(スポーツ系はポックリなりそうだし、頭脳系もボケが入るし、無理かな)
  

2015年04月13日

14金

先週(4月3日)、「うぉ〜た〜葉一郎になる」の中で、WATERMANの万年筆を買って、Mysterious Blueのインクを使うという話を書いたのだが、調べているうちに、使用終了にしようと思っていた古いSHEAFFER の万年筆がオークションで8,500円で売られていることを知って驚く。40年経って買ったペンの80%の価格が付いている。14金のペン先だからだろうか。

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で、ネット上で調べてみると、1970年代に売られていたSHEAFFER PFM 3というモデル(PFM=Pen for Men)かSHEAFFER Imperial 330のどちらかだろうということになった。

ということで、現役復帰決定。

インクは、人気のペリカンのブラックを詰め込む。そして、さっそく・・

sheafer2


ペリカンの黒インクとなれば、次々と原稿を書くしかないではないか。以前、電通の地下売店で買った、電通マン専用の原稿用紙に、さらさらと書き始めてみた。

この分では、そのうち、ペリカンの万年筆もらえるかもしれない。


ところで、話は変わるが、後藤さんと湯川さんの事件の時、後藤さんは太宰治の「走れメロス」を読んでいたのだろうと思った。歴史上、そういうことは一度も実現しなかったのだろうとも思っていた。