沖縄本島中部をウロウロして那覇に戻る途中で寄ったのが、「道の駅かでな」。

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米軍嘉手納基地(空軍)の飛行場を一望できる場所にある。展望台に上がると、大型の飛行機が小さく見える。4000m滑走路が二本。基地内には2万人が住み、小学校、中学校、高校が計7校ある。

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そもそも米国はペリー提督が日本に来た前に沖縄を脅迫したりして、東アジアの戦略拠点と見ていたと思われる。(グアム島もそうなのだが)

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完全に米国の都市のようになっているそうだ。たぶん税率も違うのかな。

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「道の駅」は完全に基地の外なので、恩恵はない。沖縄なのでブルーシールアイスをいただく。(いただくというのは単に「食べる」という意味)

藤井六冠が二冠失冠の危機を5連勝でしのぎ、さらに名人戦3連勝。つまり8連勝しているのだが、過去最長記録は、といってもよくわからない。

番勝負連勝記録は藤井六冠で20連勝、第二位は大山康晴15世名人で19だそうだ。複数のタイトルを含めた連勝記録は調査が難しいだろうが、可能性があるのは大山、羽生、藤井の3人だけなので、彼らの鬼のように強かった時期(たとえば羽生氏の令和6〜8年)の勝敗を並べるとかすればわかるのではないかな。

さて、今週の問題は、7手詰。


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ご意見、ご感想はコメント欄にお願いします。

那覇で泊まったホテルの近くにあった『ちゅらさん亭』に行った。個人的な偏見があるかもしれないが、沖縄料理には大きくいえば三つのルーツがあるように思う(料理だけではないが)。琉球王国の時の王朝料理が一。その頃の貧しい庶民の食べ物が二。そして戦後のアメリカ占領時代のアメリカ風料理が三。

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それで、夜は琉球王国由来の料理を食べにホテルを出たわけだ。

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まず、お通しは、生のもずく。本州で食べるよりも、太い。

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次は、海ぶどうのサラダ。

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次は、珍味のもずくの天ぷら。カニばさみが付いている。本来はヤシガニ12000円を注文すべきか。

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刺身は、ちょっと身が固い。鯛の仲間なのだろうか。たぶん違うだろう。

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そして、お目当てのグルクンの唐揚げ。

沖縄の地魚と言えばグルクン、メニューでは唐揚げの後、姿をとどめているが、実際の調理の後は、火を入れられ元の姿をとどめていない。おそらく骨が固いので少し長めに揚げるのだろう。

中城城跡と城の文字が重なるが、城の名前が中城(なかぐすく)で、城跡(じょうせき)が付けられている。

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沖縄で最高なのは何城かといえば、一が首里城で、二、三を争うのが今帰仁城と中城と言われていたが、首里城が焼失(再建中)した後、今帰仁城が上か中城が上か、評価は分かれる。今帰仁城は広大で、整備され、公園のような形になっていて、中城はやや小ぶりだが、整備は軽めで、石積みに迫力があり、荒城の月が似合うような残され方をしている。

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比較というのは同類のものをくらべる場合に使うコトバで、異質なものをくらべるのは難しい。

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いずれの城も落城するときには悲惨な物語が行われ、そして、琉球が統一されていったわけだ。中城には王に裏切られて討ち死にした護佐丸という英雄がいた。大戦中の大田中将ににている。

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日本の江戸時代に当たる時期、琉球国は薩摩藩(裏に幕府)が統治してたのだが、一方で、中国からの使者がやってくるときは、中国の属国の風を装うため、薩摩藩士たちは那覇から離れた中城の城の中に隠れていたそうだ。夫の外出中に不倫妻と関係中に旦那が急に帰ってきて、クロゼットに隠れた間男のような状況だ。

タローマン、万博で連想されるのは岡本太郎だろう。太陽の塔だ。タローマンは岡本太郎の思想をタローマンという人間型超人マシーン(ウルトラマンが太陽仮面を被った状態をイメージ)に表現するために、2022年に1本5分のコント状に仕上げた10回シリーズ「岡本太郎式特撮活劇『TAROMAN』NHK放送」を藤井亮監督がストーリーのある長編映画に仕立てている。映画は2025年に公開され、NHKBSで今年3月に放送された。放送予定も突然で深夜だったので急遽録画していた。

ストーリーは奇抜だ。1970年大阪万博の年だ。そこに突然2025年から来た男が現れる。ちょうど大阪万博を開くことになっているのだが、2025年の人間たちは、1970年の万博が大成功だったことが重荷になっていて、歴史を変えて1970年の万博を失敗だったことにしようとするわけだ。

そこにタローマンがあらわれて1970年の地球を守るわけだ。そして、1970年代の人間たちとタローマンは2025年にタイムマシンで移動して、そこで起きているつまらないモラル人間と、人間の尊厳をかけて戦うわけだ。

実際、戦ってほしい相手はモラル人間ではなく、何人かいる独裁者なのだがそれらの国は1970年でも独裁者がいたことを思い出す。

岡本太郎的ではあるが、本人がみることができたら「ちょっと違うな」と言うような気がする。

『裕次郎物語』は新作落語のスペシャリストの昔昔亭桃太郎師匠の作で、本人の演となる。NHKの日曜の早朝番組『演芸図鑑』の中で最近放送になった演目だが、演じられたのは2015年。それから10年後の2025年の12月に80歳で他界されている。追悼番組なのかもしれない。高座の後、体調不良となり、その後治療の甲斐なくということだそうだ。どうも落語家の方々、「引退」ということがないようだ。

そして、本作。落語的ではないかもしれない。よく考えれば同時代に亡くなった人物のことを笑いのネタにするのは、おかしいだろう。筋立ては可能だろうが、観客が納得するだろうか。つまり、難しいわけだ。

そこをどうしたかというと、裕次郎氏が湘南ブランドで、演技もああいう方式で、簡単な唄を歌いだけで、レコードが売れ、西部警察のドラマなんか自分が現場に行くわけでもなく電話で指示をだしたりするだけでギャラが一本500万円とか、兄弟で時間が合えばヨットに乗るというのと、自分たちは長野県の農村の出身でリヤカーに乗るとか対照することによって、笑いのネタを作っている。

もちろん、長野県では、この演目はやらないだろうが46都道府県ではこれでいいのだろう。

落語の中で、裕次郎氏の弔辞を読んだ兄の慎太郎氏は、できることなら太平洋に散骨してあげたかったと述べていたということ。自分の骨を海にまくように遺言したのは、その時からの想いだったのだろうかと、落語を離れて気が付いた。

しかし、師匠も「慎太郎物語」を書くことはなかった。どうやっても笑いの筋が立てられなかったのだろう。

辺野古沖の抗議船転覆による死亡事故、磐越自動車道でのレンタルマイクロバスの事故による死傷事故と無責任人間たちの行為が続いている。

1. 辺野古沖転覆事故
事故自体が人災なのだから、そのずっと奥の方にある教育の中立性など議論すればするほどあいまいなテーマになってしまう。そもそも中立ってなんだろうとか。平均値のことなのだろうかとか。

複合原因であるということを整理すると、

A.船の堪航性があったのか。事故現場は水域でいうと沿海水域。波の穏やかな順に平水、沿海、近海とわかれ、沿海だが全長7m弱で転覆時の船底の画像を見ると江戸時代の船のように船底が平らで、一方、甲板上の船橋部が普通の形をしていて、ちょっと危ない感じだ。定員は10名で、当日は船長1名を含め9人が乗っていた。

B.出航判断が正しかったのか
これは難しい問題で、営業船であれば、安全管理規定が必要で、その中で出航基準とかマニュアル化が必要。ただし、同僚船や近くにいた保安部の小型巡視船も転覆したということは、出航は不適切だった上に、沖に出たとしても直ぐに戻るべきだった。

C.救命胴衣
亡くなられた方は救命胴衣を着用していても紐が船の甲板上あるいは船側のなんらかの器具に引っかかって転覆した船の下になってしまったと言われる。救命胴衣が頭の方にずれていたと書かれていた。救命胴衣の種類が報道されていないが、緊急時使用なので、普通は固定型だが、暑い地域なので膨張式だった可能性がある。

D.救命胴衣の着用法や使用法の説明をしていたのか
救命胴衣を使用するためには、救命胴衣を配るだけではだめで、着用を確認し、いざ使用の際の注意点を教えないといけない。

一番怖いのは、海に入った時に浮力のある救命胴衣は浮力があるので水面に残り、体だけが沈んだりする。そのため、紐が抜けないように体の前で腕を交差させて胴衣と体の一体化をしないといけない。

さらに飛び込むので一旦は海に沈んで数秒後に浮かんでくるので、その間は息をとめておかないといけない。

さらに、本件でもそうだが、船体そのものが危険なことも多い。一旦は船から遠くへ飛び出すべきなのだ。海に落ちればとりあえず仰向けで若干顔が空を向くような体制になるように設計されているので、事態が安定するまでは船に近づかない方がいい。

それと、裁判になった場合、なぜ亡くなったかということに複数の原因がある場合、最後の原因が最も重要になると言われる。つまり救命胴衣の正しい着用を確認した上、正しい使用法を教えたかどうかになる。

それと、営業船を使わなかったのが、単なる過失なのか重過失なのかかな。


磐越自動車道路での事故

話が見えてきて感じたのは、レンタカーを実質的に借りたのはバス会社でもバス会社の社員でもなく、高校そのものになるのではないかと思い始めた。表面的にはバス会社社員がバスを借りたのかもしれないが、その代金を払うのが高校であるなら途中は単に立替払いということになる。

そうなると、白バスではなく、高校の自家用ということになり、運転手は自家用バスの運転を高校から委託されたということになる。

となると、すべては高校の責任となるような気がする。

ところで、ソフトテニスの試合がどうかはわからないが、雨だと中止になる競技の場合、レンタカー代金はどうなるのだろうと疑問がわきだしてきた。


いずれにしても正規料金を払わないと、その対価は高額なものになり、各種保険も支払われないことになる。

今回、沖縄に行った目的の一つが城の探索。といっても百を超える城跡があるらしく、沖縄なりの戦国時代だった三山時代の争いを思うと、なにか悲しくなるものがある。北山の居城であり、面積は相当広い。現代にはかなり整備が行き届いているが、最終的に中山(首里城)に支配される過程で悲惨なことがたくさんあっただろうと推測できる。

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数ある城の中で、今帰仁城と首里城は面積が広く、特に今帰仁城は遠景が素晴らしい。

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伝承の一つでは、源為朝が流刑地(八丈島)から海を渡り、琉球王になったというのがあるが、真偽不明。

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ただ、整備され過ぎているように感じた。

誰も言わないけれど、藤井聡太六冠の公式戦8連勝というのは、全部タイトル戦ではないかな。王将戦と棋王戦で追い詰められたあと、別人が現れたかのような強さを発揮している。名人戦第三局でも解説不能のような手を続け、最後は瞬時に35手詰。

もっとも29連勝したこともあるのでタイトル戦のみで15連勝位しても驚かないが。

羽生九段も復活して挑戦権争いに顔を出し始めたが、100回目のタイトルを獲得できれば、「中年(あるいは初老)の星」となり、CM契約多数で1億円位は潤うのだろうと想像。


今週の問題。9手詰。

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アメリカの現大統領をTACOと読んでいた時期があった、今の状態はNACHOというそうだ。いずれにしてもメキシコの大衆料理で、そういう言葉を使うウォール街はメキシコ人を差別しているとも言える。

ではTACOとTACOSの違いは何だろうと思ってしらべてみる。普通は、タコスとかナチョスとかいうではないか。

その差は単数形か複数形かということだそうだ。通常、トルティーヤで挽肉や野菜をはさんで食するのだが、二個以上食べるのが普通なので、タコではなくタコスになる。大統領は一人なので単数形になるわけだ。

さて、沖縄にはタコライスという料理がある。ライスの上に、タコスの具をのせた料理だ。元祖タコライスの店が、『キングタコス金武本店』。沖縄自動車道の金武インターの近くにある。

そして、早速レンタカーで、金武インターで降りると一般道に向かう出口を間違えたのかキャンプハンセンの入口に突入しそうになって慌てる。よく見ると、間違える車が多いからだろうか、Uターンの道があり機銃掃射を免れた。

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このあたり、東側の金武(きん)町と西側の恩納(おんな)村の間の中央部のほとんどが米軍基地で東西両岸の幅の細い幅の地面だけが日本人が居住や通行可能になっている。

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その県道の片側がキャンプハンセンでもう片側が金武町の新開地で、画像に入っているだけでタトゥー屋が二軒、路地を入ったところにも二軒ある。そして、キングタコスがある。

そして、無論のこと、元祖 タコライスを注文。

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米兵向けのカロリーなのだろうか。

弁財亭という亭号は彼女が真打に昇格した時に、初めて誕生したそうだ。七福神の中の唯一の女神である弁財天にあやかったのだろう。神を名乗ったわけだ。

新作落語が得意ということで、『箱の中』は断捨離がテーマ。

老夫婦が断捨離を始めようと、家の中の不用品を片付け始めた。最初はなんでも捨てるつもりだったが、不用品でもオークションとか買い取り業者に持ち込めば、いくばくかの資金になるということに気付いて、頑張り始めたのだが、・・・

成人なった息子や娘が実家に置き去りにしていた諸々を始末し始めたわけだ。推し活で購入したタレントのTシャツは農地の案山子に着せてしまったり、音楽CDは紐を通してカラス除けにするとか。

思い出すと、自分自身もうっかり実家に置き去りにした重要論文(出身県の江戸時代の数学者の業績をまとめたもの)とか、勝手に捨てられてしまい、まったく要らないものを残したりして両親とも亡くなってしまった。祖父が説明してくれた四代前のご先祖が日露戦争の時に着用していたベルトとかも失ってしまった。

一言相談してくれればなんとかしたのに、ということに尽きるわけだ。

落語の話じゃなくなってしまったが、ところで、こういう自作の落語の場合、著作権とかどうなるのかな。

怖い系のミステリー。ある日、同棲中の長谷川(演:若葉竜也)からプロポーズを受けた市子(演:杉咲花)。翌日、失踪し、行方が分からない。そうなると長谷川が探すしかないわけだ。そこに頼みもしないのに刑事が登場。昨今だと刑事が本物かどうか確認しなければならないが、上映された2年半前にはニセ刑事は世間の話題になっていなかった。

刑事も別の事件を捜査していて、彼女が何らかの鍵を握っていると思っていた。そして、つかの間の共同捜査がはじまり、過去の秘密が明らかになっていくのだが、今一つパズルは一致しない。刑事より先に真相に近づいた長谷川が映画の進行係になっていくのだが、少しずつ重い空気が流れていくわけだ。

といっても、真実を知りたくないと祈っても、結末はやってくるわけだ。

杉咲花、デビューしたころには、性格俳優的かと思っていたものの、本作や『法定遊戯』、『朽ちないサクラ』といった怖いテーマ作で活躍するとは思いもよらなかった。

今の政権が世論を二分する政策に突き進むと、各種不幸な人が大量に生じることになり、こういう映画も大増殖するのだろうと推測できる。

少し前にみた松本清張原作の映画『ゼロの焦点(1961年)』も流れが似ていて、男女が逆になっているが、結婚して一週間で蒸発した夫を妻が探し始めると、過去のできごとが浮き上がってくる。警察より先に妻が真相に近づき、死体の数も同じぐらいで、崖から転落して決着するところも似ている。

本部(もとぶ)半島の根元の方にあるジャングリアを出てから、半島の先端部にある瀬底(せそこ)大橋を渡って瀬底島に到着。夜が明けると、窓の外には伊江島が望める。島の中央の岩山は、城山と言われ実は島の地面より7000年古い時期にできたそうだ。おそらく、岩山ができた後、水面が上がり海中で周りに砂が溜まり、その後、水面が下がったのだろう。

島の守り神の山だそうだ。

そして、その城山の向こうに伊江島空港があるが、現在、定期便はないようだ。そしてその向こう側、島の半分は米軍基地で、飛行場や弾薬庫、爆撃訓練などが行われているそうだ。

1945年の米軍との沖縄戦では早い段階で米軍の攻撃があり1500名の民間人を含め4700名がなくなり、生き残った住民は他の島に移送され、島は本土爆撃のための拠点となったそうだ。

戦後、1948年には弾薬輸送中に大爆発が起こり、沖縄県民94名を含む107人が亡くなっている。

瀬底ビーチは白い砂で、沖縄がサンゴ礁の島であることを示している。足跡だらけで、あまり美しくないが、白い砂を踏むだけで、Uターンしてホテルに戻る人が多い。小雨交じりで風が強く、海に入るのはいかにも怖そうだ。

今回の沖縄旅行で沖縄は三回目。ただし、一回目は仕事で石垣島に行く途中で当時の会社の沖縄支店長と会食をしただけ。

二回目はツアー旅行だったので、北は美ら海水族館、パイナップル農場とかガラス工房とか黒糖の工場、燃える前の首里城を回って自由時間に国際通りや牧志市場散策ということなので、今回はそれを外してレンタカーで回ることにしていた。

そして今回、最初の目的地は賛否両論のジャングリア。今のところ良い評判を聞かない。今のうちに行かないと行けなくなることもありうる。将来、繁盛するようになれば、美しい思い出になるし、なくなってしまえば、懐かしい思い出になる。

ということで、勝手な感想を書くことにするが、何しろ短時間しかいなかかったので誤解もあるかもしれないので、あしからず。

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1. 遠いこと
羽田空港から9時頃のフライトで行くと、11時頃に那覇に着く。空港周りは渋滞が激しいので、数駅離れた駅の近くでレンタカーを借りて、高速道路を利用して北上するが、本島の中央に米軍の訓練施設(キャンプハンセン、キャンプシュワブ)があるため、高速道路は東海岸にあって、米軍施設を通り過ぎてから西海岸に向かい、高速が終わってから本部半島に入っていく。途中で食事をして、ジャングリアに到着したのは午後3時。閉園は2時間後の5時。

県外からの旅行者が楽しむためには2泊3日が必要となるだろうが那覇空港からが必須なので、どうしても半端な日が出てくる。とはいえ、近隣の美ら海水族館とは客層が違うような気がする。


2. 閉園時間が早すぎること
午後5時は早いと思うが、「絶叫マシン」中心なので暗くなると管理が難しいのかもしれない。あるいは暗くなると危険動物が這い出すのかもしれない。真相は不明。時間がないのは判っていたが、幸い雨がちの天候で閑散状態だったので閉園時間直前にいくつかのアトラクションを回れた(といっても、4つ)。

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3. 建物(館)が少ない
屋外絶叫マシン系が多く、建物を作るのは費用がかさむのだろうか。日影がないと言われるが、原因はこれかもしれない。

そのため、例えば「夢の王国」といった感動がない。加えて、絶叫度が半端じゃないので、本当に事故が心配だ。

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メインのアトラクションのダイナソー・サファリだが、Tレックスに追いかけられて乗合バギーで逃げ回るというシチュエーションだが、Tレックスはほとんど動かないようで、曲がりくねったコースを走るバギーに乗車する方がずっと怖い。人間が運転しているからだ。(違うかもしれないが)

ところで、ここまでのこと、当事者は気付いているのだろうから、何とかなるような気もするが、企画会社は、来年、横浜の上瀬谷で開催されるEXPO国際園芸博覧会(通称:花博)の跡地利用に参画しているそうだ。だいぶ先だろうが、沖縄の施設を解体して横浜の方に組み立て直そうと思うかもしれないが、・・・

那覇空港からモノレール(ゆいレール)で数駅移動してレンタカーを借りて、本島の北部へ向かう。12時過ぎだ。途中の伊芸SAで昼食をとることに。早朝に横浜を出発して、初めての食事。

沖縄らしく「伊平屋アーサそば」を注文。
伊平屋というのは、横浜の吉村屋のような有名店の名前かと思っていたが、慎重に調べたところ、沖縄最北端の島のことだった。伊平屋島といって、ここで採集されるアーサを使ったそばということ。

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では、アーサとは何か?アオサのことだろうか。検索していると、AIの多くはアーサはアオサのことと答えているが、それは間違いだ。アーサのことを沖縄ではアオサと呼ぶことがあるということで、関東の方でアオサと呼ばれているものとは異なる。アオサはアオサ類アオサ科でアーサはアオサ類ヒトエグサ科だそうで、みそ汁に入れたりするのは柔らかいアーサで、硬くて粉砕して焼きそばにかけるのはアオサ。

さらに、沖縄そばとソーキそばの違いはそばの上に骨付き肉が載っているのがソーキそばで三枚肉がのっているのが沖縄そば。

ただ、SAのレストランで頂いたそばのトッピング肉には骨が付いていたように思うのだが。まあ、どちらでも良い話だが。

将棋棋聖戦の挑戦者に、服部七段が勝ち上がった。世間の期待は別の挑戦者だったかもしれないが、このところ、一強に対抗する挑戦者が次々と変わるようになった。二冠の伊藤匠氏に加え、永瀬元王座、増田八段、糸谷九段、服部七段と次々と相手が変わるようになると、すべて研究して対策を立てることは難しくなるだろうから、六冠の戦い方も変わっていくのかもしれない。


今週の出題。七手詰の軽作。

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先週、沖縄に観光旅行で行ったのだが、借りたレンタカーのナンバーが「沖縄 れ ○○−○○」だった。レンタカーは「わ」ナンバーと思っていたのだが、「れ」。似ている文字だが、日本語を使う人には違いが判るだろう。違う文字だ。なんとなくレンタカーの「レ」が語源だろうが、偽物臭い。カラーもレンタカーらしくないし、車種も広島のメーカーだ。カーナビは画面にタッチしてもダメで使いこなせず、グーグル氏に頼ることになる。

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事前に調べていたのだが、那覇空港で借りると、周囲の渋滞に巻き込まれて、帰りの飛行機に乗れないことがあるらしく、モノレール(ゆいレール)で数駅離れたところで借りるといいと書いてあったので、その通りにしたが、那覇市の中央にはガソリンスタンドの数が少ないので返却時に苦労した。さらにガソリンが高い。

レンタカー(乗用車)の都道府県別台数だと、東京、北海道、沖縄がそれぞれ約5万台。東京と北海道は何ヵ所かの運輸局があるが、沖縄県は沖縄ナンバーだけだ。沖縄と北海道では「わ」だけではなく「れ」も使われているそうだ。

先週、旅行に行っていて、スキマ時間に図書館の電子書籍を借りて読んでいた。

『学校の青空』。著者の角田光代さんは、コバルトノベルの世界から純文学に発展的展開をした作家で、個人的には初期の作品(例えば「空中庭園」とか)を読んでいた時期があり、その後しばらく手を付けなかったのだが、気が付けば、映画化した大作『八月の蝉』とか『紙の月』といったシリアス系に変貌していて、さらに『源氏物語』の現代語訳とか手広い仕事をされている。

本作は、四つの短編、『パーマネント・ピクニック』、『放課後のフランケンシュタイン』、『学校ごっこ』、『夏の出口』からなっていて、1994年から95年に発表されている。

主人公は小学校から高校までの女子。年齢は学園物というジャンルになるが、扱っているテーマは『心中道行』とか『いじめ』とか『クラス内窃盗事件』とか『離島ナンパ体験』といった、物騒なテーマだ。短編集の題名となった『学校ごっこ』だが、かなり寓話的な内容で、クラス内で財布泥棒が発生し、本当は犯人ではない女子生徒が真犯人以外の生徒から犯人のように見られるようになり、担任の先生もそれを信じていくわけだ。

個人的には『パーマネント・ピクニック』がいいように思った。定型的ではあるが、中学生の男女が将来を誓い合うのだが、学力の差があって同一高校に入れそうもない。そして、行きる目的を見いだせない二人は、JRの青春18きっぷを買い、美しく亡くなるために山を目指すのだが、なぜか海に行きたくなる。

他の三篇が描く世界が『醜』であるとすれば、本短編は『美』の世界だ。思えば、三島由紀夫の『潮騒』のような味がある。題名は『パーマネント・ピクニック』だが、青春18きっぷの有効期間は5日間。

まず、ナフサのこと。

ナフサが足りるとか足りないとか、よくわからない議論だ。ナフサはガソリンとか軽油といった製品ではなく、原料のわけだ。最大の問題は石油由来のプラスティック類が供給されるかどうかのわけだ。

シンナー不足問題は単にいくつかの液体の石油化学製品を混ぜるだけなので、簡単だが、プラスティックは用途によって一つずつ異なる組成の物質で、ナフサから何段階にも生成されたり混ぜられたりして、気体になったり液体になったり固体になったりして、途中段階の半製品の塊で、日中台韓で供給が複雑に絡んでいる。

100均で販売されている製品のほとんどがプラスティック製品だが、表向きはほとんど輸入になっているが、プラスティックのルーツがどこなのかは当事者でもわからないかもしれない。

日本では、石油会社ではライトナフサの多くはガソリンのブレンド基材として使用し、重質油を分解して作るオクタン価の高い改質ガソリンと混合してレギュラーガソリンにしている。また、ヘビーナフサからはベンゼン・トルエン・キシレンといった芳香族の炭化水素を精製し、主に輸出している。用途はペットボトルとか、繊維のポリエステルとかナイロンとか。

一方、石油化学会社の方は、大部分が輸入のライトナフサで汎用のプラスティックを作っている。

つまり、プラスティック製品の供給が続くかどうかは、やってみないとわからないという気がする。


それと、ミニマム稼働率という概念がある。

元売り各社はそれぞれ複数の製油所を持っているのだが、原油は、第一次精製では常圧蒸留装置(トッパー)に送られるが、精製装置にはミニマム制限があって、おそらく、能力の65%位以下では停止してしまう。

総精製量が下がってくるとどこかの製油所での精製を止めることになるが、そうなると、その精製施設に残した原油の分が、デッドストックになってしまう。それでは原油がもったいないため、あらかじめ、停止させる製油所には原油を持ち込まないような計画を立てているのだと思う。

古典落語の一つで、いわゆる「根問い」といって、物の名前の由来を聞くということで、尋ねる人間と、答える人間の性格をどうするかということが腕の見せ所で、一般的には、知ったかぶりのご隠居に対して、ちょっと頭の弱い若い衆を充てる場合と、もう少し賢くてご隠居を困らせる質問をぶつけてイジメるパターンがある。

桂二豆師匠の『やかん』では、この中間型か。

まず、魚の名前でヒラメのとかカレイとかからはじめ、茶碗は茶を飲む椀で、土瓶や鉄瓶は瓶の素材で名前が付くが、『やかん』とはどういう語源かということになり、ご隠居は川中島の戦いを持ち出す。

登場するのは那須与一。弓の達人だ。もちろん時代違いだ、ある武将は急な戦いになって武具を身に着けようとしたが、自分の兜が見当たらない。しかたなく、近くにあった「やかん」をかぶって出動したものの、那須与一の放った矢が400年の時空を超えて「やかん」に命中。矢があたってカーンと音がしたので、「やかん」とかぶり物に名前が付いた。

おそらく江戸時代のおおらかな町民たちはこういう噺で満足していたのだろう。

ところで、「やかん」は「薬缶」と書く。本当の語源はなんだろう。

実は中国から伝来の漢方薬の飲み方の一つに薬草を煮込むということがあり、それに使われたものだったそうだ、麦茶パックを煮込むような感じだろう。

昭和20年(1945年)8月14日の正午に起きた(宮城事件)から翌日正午の玉音放送までの緊迫した24時間を描いた同名のドキュメンタリーを原作としている。原作は相当以前に文庫本で読んでいて書棚の見えるところにあった。

しかし、・・・

文庫本の著者は大宅壮一編となっているが、1995年の出版時には、これと同名の書籍の著者は半藤一利となっている。どういうことなのだろう。別の本なのだろうか。WIKIPEDIAを見ると、1965年当時の本当の著者は半藤一利だったが、出版社の文芸春秋は、より知名度の高い大宅壮一の名前を使ったそうだ。本名を取り戻すには30年かかったようだ。

原作を読んでいたので、筋書きと結論はわかっているのだが、ポツダム宣言を無条件で受け入れることを決めるまでの状況で陸軍の一部が本土決戦を目標としてクーデターを起こし、失敗している。

録音テープを奪還しようとする若手将校がひと暴れするわけだ。

原作にも映画にも出てこないが、天皇に退位を迫り、天皇の子(平成天皇)を連行して戦おうという計画もあったようだ。

桂二葉さんは、上方落語で売り出し中の女性落語家で、おそらく最も声が高いのではないだろうか。自分的にはソプラノ落語と思っている。

演目は「向う付け」。聞いた噺だと思ったのは「三人無筆」とほぼ同じだ。「無筆」というのは文字の読み書きができない人のことを指す。上方(京大阪)にしても江戸にしても識字率は非常に高かったそうで、無筆は恥ずべきことだった。

問題は、知人の葬儀の手伝いを頼まれた男が無筆だった。江戸時代は、参列者が帳面に記帳するのではなく、出席者は受付係に自分の名を名乗り、受付係の人が記帳することになっていたが、無筆では役に立たない。もう一人の受付係に頼もうとしたが、相方も無筆だった。

このため知恵を絞り、帳面を参列者の方に向かって置き、自分で記帳してもらうことにした。

以前、柳家小せん師匠の『三人無筆』では、このあと、書道家が登場し、達筆で筆を振るうのだが、その後、書道家も帰ってしまう。書道家の段は演技時間調整用なのだろう。

結局、文字が書けない参列者が来て、受付を突破できずに、参列しなかったことにしてしまう。

ところで、この演目だが、無筆者を差別したことになるのだろうか。

日本将棋連盟の機関紙の様な「将棋世界」誌だがこの5月号から厚さが薄くなり、付録の小冊子もなくなった。断捨離か。

気になっていたのは詰将棋のページの「詰将棋サロン」。生き残ったようだが、この後、雑誌そのものも継続が怪しいような感じだ。

サロンに投稿していた作家の作品が「詰将棋パラダイス誌」に投稿されるようになると、ますます詰パラ入選が厳しいことになるだろう。その分、入選枠が拡大されればいいと、未来希望を書いておく。


今週の出題。7手詰。

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前作(きさらぎ駅 2022年)の続編。前作では、以前にきさらぎ駅にワープインして捕まってしまった人たちを探しに行った女性が帰ってこれなくなったのだが、続編の『きさらぎ駅 Re:』では第二次救助隊として前回帰還した本田望結が行くことになる。

彼女は帰ってきた時に20年経ってしまったので、いわゆる浦島太郎的だが、浦島太郎は戻ってきたときに100年以上経っていたので、知人はいないし、玉手箱を開けたら急に老人になったのだが、この映画では20年若いままだ。つまり2045年より先の時代ということかな。リニア新幹線はできているのだろうか。

それで、彼女は、あちらの世界で起こることをおおよそ知っているのだが、完全に前回と同じではなく、少しずつ変わっている。

ループ型というらしいが、原理的には、さらに続編も作れるのだろうが、三回目はないだろうと思う。あるいは、路線バスの停留所とか自動運転タクシーとか新味が求められるだろう。

いわゆるパラレル・ワールドとホラーを組み合わせた映画で、「映画であること」「実在しない話」であるのはわかっていながら、相当怖い。

実際、ほとんどの人は、パラレル・ワールドがあるかもしれないと思ったことがあるはずだ。我々の世界が3次元+前に進むしかない時間軸という3.5次元世界であり、ちょっとした世界のゆがみで、あちら側に行ってしまうことがあるのではないかとか、昔話や伝説の中にはたくさんあるわけだ(例えば、浦島とか)。

で、本作では「きさらぎ駅」という架空の私鉄駅があちら側への入り口になっている。条件は、最終電車を何回か乗り間違えると到達するということで、六人が同時にあちらに行ってしまい、数奇な恐怖体験をいくつもかいくぐり一人(元高校教師:演:佐藤江梨子)だけがこちらに戻ってこられたのだが、一晩が7年になっていた。

その恐怖体験から帰還した元女性教師にインタビューした女子大生(演:恒松祐里)が興味を持ち、取り残された人たちの救出を考え、きさらぎ駅へ辿り着くが、やはり恐怖体験が続き、全員救出は困難で、3年後の続編を待つことになる。

なお、きさらぎ駅は浜松の遠州鉄道のなかにあるらしい。同様の名称の『きさらづ駅』は千葉県にあるが、こちら側の世界の駅で、近くのイオンモールの中に入ると、複雑で外に出られなくなる。むしろ、木更津から久留里線というローカル線に乗ると多くの駅が「きさらぎ駅」のような感じだ。一部区間の廃止が決まっているようで、7年後には駅がないので、あちら側に行ったら絶対に帰ってこられなくなる。

『ウィークエンド・シャッフル』の次に、また筒井康隆著を読む。今まで、少し思い違いをしていて、さらに新潮社の書評誌『月刊:波』にグルメエッセイを連載していて、違和感があったのだが。90歳を過ぎても小説を書くということに敬意を払い、読み始めると、興味が湧いてきた。とりあえず、図書館の電子書籍サービスで読める本からはじめてみた。(もっとも始めたものの、すぐに終了することも多いが)

『時をかける少女』は、正統的なSFで、題名通り700年ほど未来からきた少年と20世紀後半の女子高生の淡い恋愛感情がテーマで、4回も映画化されている。もっとも原作から飛び出した映画もある。

ざっくりいうと、タイムリープする薬品を調合する研究をしていた未来人の少年が、ミスって700年過去にきてしまった。そして、帰還するために薬品を調合中に20世紀人に軽微な影響が出た結果、ミニタイムリープさせてしまった。

そして、未来人の少年は、彼からすれば古代人(つまり、現代人からすると室町時代初期)で年上の女性をとるか、27世紀に戻って一流の科学者になるかという選択だったわけだ。

未来に戻らないで、20世紀の日本で、核融合発電所とか火星都市とかタイムマシンとか、地球上のどこにでも一秒以内で行ける人間ファックスとか作ってくれれば良かったのだが。

しかし、・・・
タイトルの「時をかける少女」だが、700年を往復するのは少年の方だ。少女が往復するのは数日に過ぎない。もしかすると編集者が「少年を少女に」変えてしまったとか、あるいは元々は少女の方が未来からくるということだったのかな。『竹取物語』風に。

少年は、本件に関係する関係者の記憶を消滅させてから未来に帰ってしまうが、現代にもう少しとどまって彼女を妊娠させ、すぐに帰ってくるからといって未来に戻ってしまい、帰ってこないで知らんぷりというのなら『舞姫(森鷗外)』風になる。

短編集。全13話で、13番目に配置された『ウィークエンド・シャッフル』が最も長い。いわゆるスラップ・スティック型のドタバタ作と、毒の塊りのような社会風刺作が含まれる。

一作の代表作の『ウィークエンド・シャッフル』は、ある専業主婦にとってのある土曜日のできごと。


いつもの土曜と違うのは、朝、夫が外出。しばらくして誘拐犯から息子を誘拐したので300万円出せと電話がかかってくる。動転した主婦は夫の預金通帳を探すが、たいした金は入っていない。なにしろ立派な家を建てたばかり。だから狙われたのだろう。

そして預金通帳を探していると強盗が入ってきて、金を奪おうとするが、その前にムラムラしてしまい、やってしまう。ところがそこにやってきたのは彼女の友人たち女性グループ。新築の家を見に来たわけだ。

そして、彼女と一緒にいた強盗を夫と誤認(グループのうち一名は本当の夫の顔を知っていて、男が夫ではなく浮気相手と疑う)。

そこに現れたのは夫の会社の上司の課長。夫が会社の金を横領した上、課長が横領したことにさらたことに気付いたので埋め合わせの金を回収しようと来たわけだ。

さらに誘拐犯から電話が来るし、夫が外で交通事故で入院し、警官もやってきて、課長と刃物を持った強盗犯と巻き添えに女性一名が死んでしまう。つまり犯罪は発覚せず誘拐犯も金がとれずに息子を返したので、最良の結果となったわけだ。(血まみれになった新築の床は張り替えとお祓いが必要だろうか。)

あと、政府に反抗的人間が植木にされてしまったり、親に反抗的な子はさなぎになれたりするやや怖い話もある。

古典落語。

吉原の裏の方にある稲荷神社の近くの茶店の話。人通りの少ない場所にあり、客が来ない。売れないので古い在庫が棚ざらしになっている。おじいさんとおばあさんで営業しているが、あばあさんに言われておじいさんは稲荷神社に千客万来の願をかけてくるように言われる。

おじいさんが帰ってきてから、雨が降ってきて、雨宿りに来た客が、茶を飲んだ後、下がぬかるんでいるので、吊るしてある古いワラジを買っていった。在庫がないので一個だけが売れ残っていたわけだ。

ところが、しばらくして次の客が入ってきて、またもワラジを買おうとする。すると、ないはずのワラジが出てきた。

次々から次へとぞろぞろとワラジが繰り出し、茶店は儲かり始める。

それを見て、近くの床屋も真似をしようと稲荷神社に願掛けをしに行くと、帰ってくると客の列ができているではないか。

これはありがたいと、仕事を始めるのだが、客の髭を剃ると次から次へぞろぞろと髭が伸びてくるわけだ。

このところ、ワイドショーで見ない日がないほど露出しているのが警察OBのコメンテーターたち。彼らのことを警察コメンテーターというのかと思っていたら、『犯罪コメンテーター』というらしい。それでは警察の側からではなく犯行側の代理人のような感じがするが、そういう方がテレビ的にはいいのだろう。

よく名前を聞くのは。佐々木氏、秋山氏、吉川氏、小川氏、小比類巻氏かな。

それぞれ、少しずつ専門が違うようだが、テレビ局は自分の会社の記者の能力を信じていないから彼らを必要としているのだろう。あるいはテレビ局の社員だと、うっかり失言した時に非難されるので、第三者を使うのだろうか。

事件(あるいは事件性)があると、彼らが総出で、現場で聞き込みをしたりするのだろうが、いっそのこと各局共同で「コメンテーター合同捜査会議」でもやればいいのにと思う。

座長は元京都府警科学捜査研究所の榊マキ子氏がいいと思うが。

羽生元七冠が好調のようで、棋聖戦挑戦者に近づいている。タイトル獲得数99回というのは、いかにもキリが悪いだろう。チャンスがあるとすれば一日制の5番勝負と考えれば、棋聖戦は十分に望みがあるだろう。ただ、今さら強くなっても、困る人が大勢いるだろう。


今週の問題。7手詰。軽手で決める。

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先日、蟹料理店に行ったのだが、入り口の水槽にズワイガニがいた。手前の方には大一匹と足の間に子ガニが三匹。奥の方には二匹いるがこちらの甲羅には黒いブツブツがついている。

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そういえば、蟹は「匹」ではなく「一杯、二杯」と数えるのだったかと思って調べると、生きているうちは「匹」で、調理されると「杯」になるそうだ。

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テーマは、甲羅の黒いブツブツ。この正体は?

蛭(ヒル)の仲間のカニビルの卵だそうだ。ヒルというと、谷合とか山道を歩いていると足とか首とかに食いついて血を吸うイメージだが、まさにその通り。吸った血が体内で固まらないようにヒルヂンという物質を放出するので血がなかなか止まらない。(蚊も同じような仕組みがある)

それでカニビルだが、人間の目に入るのはカニの甲羅に産み付けた卵とたまには成虫も見ることができるそうだが、基本的には海底の岩に産卵するそうだ。近くに岩がないと蟹の甲羅を代用するということ。

蟹は脱皮する動物だが、成長して美味しくなった頃に卵が付くそうで、黒いブツブツは美味しい証拠だそうだ。もちろん食べてしまっても無害だし、念のため、ミミズのような体の本体を食べても無害だそうだ。

しかし、陸上のヒルと海中のヒル、呼吸はどうなっているのだろうか。実は、陸上のヒル(といっても濡れている場所を好む)は皮膚呼吸だそうだ。ミミズと同様に皮膚が直接酸素を取り込んでいるそうだ。実際、調べていくと人間様でも1%の酸素は皮膚から取り込んでいるそうで、驚く。

しかし、海の中でカニビルは水の中の酸素を取り込むのだろうか?実はAI検索を含め調べたが、カニビルの呼吸法はよくわからなかった。成虫になると海面に浮かんでいるのかもしれない???

ところで、食事が終わって帰るときに水槽を確認すると、入ってきた時と同じカニが生存していてほっとした。以前、高松市のいけす料理店では、店に入ってすぐの大型のいけすの中から食べたい魚を網ですくいあげると、後ほど活き造りで出てきて、ちょっと動揺したが、そういうのはあまり得意じゃないので。

たまに読む月刊『経団連』、3月号の大テーマは「賃上げ」。雑誌全体が71ページのうち、38ページまでが賃金の話。

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統計上は、デフレ経済から脱却してから5年ということだが、実際には需要に引かれて(デマンドプル)のインフレではなく、コストプッシュ型の結果で、この結果、実質手取りが増えたわけではないので、賃上げを続けなければならないということで、労使とも、また経済学者も同じことを言っているわけだ。

(さらに年金生活者にはマクロ経済スライドという政府のご都合主義政策が襲い掛かり、年金から引かれるわけだ。インフレの調整は翌年に行われるという時期外れもある。)

学者の方の意見だが、4月の春闘で決めるのはそこから1年間の給与であり、1年間のインフレ率がわからないうちに先決めすることも問題があるので、賃金を決めるときに今後の予想インフレ率もセットで決めておいて、インフレ調整をつど行うか翌年の春闘で上乗せするとか確定した方が消費を喚起できるというような意見もあった。

そして、第一テーマの「賃上げ」の後の第二テーマの記事は、「海外諸国との経済交流」のこと。

並べると、グローバルサウス、英国、EU、マレーシア、タイ、カナダそしてナミビア。それらの国や使節団との交流が行われているそうだ。つまり米国との関係については1ページどころか1行もないわけだ。

簡単にいうと、日本ライトノベル史なのかもしれない。著者自身はあとがきで否定しているが、論文ではなく評論だそうだが、限りなく論文に近いと感じた。

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著者によれば、現代がライトノベルが優勢になって一般文芸を蚕食している状態ということで、これに対して、よく言われる「ライトノベルはサブカルチャー」という見方を否定し、少女/少年小説が進化してライトノベルになったという発展論ということ。

ライトとかヘビーとかいっても、本の重さで決めるわけでもなく、あえて言うと一つの物語の中で二人以上の死者がでるとヘビーで誰も死なないとサブカルチャーということでもないだろう。もっともライトノベル出身の作家というのは明治大正のころからいる。

少女小説と少年小説というのは戦前は別のもので、戦後になってヤングアダルトとかジュブナイルとか年齢別の区分になり、漫画、アニメとの関係が指摘される。

とにかく読了するのは、とてもライトじゃなかった。

文学史に残る三角関係、中原中也、小林秀雄という文豪の間にいた長谷川泰子の半自伝(口頭聞き取りを編集)『ゆきてかえらぬ』を底本とした映画。長谷川泰子役を広瀬すずが演じている。

この底本の方はかなり前に既読で、書名は『中原中也との愛』で副題が『ゆきてかえらぬ』となっている。京都で知り合った中原と泰子の京都から東京での生活、その後の小林秀雄との関係、そして逃げていった小林。

映画は、中原の30才での夭折のところで終わるが、底本の方は、泰子がその後に実業家と結婚し戦後を生き抜くところまで続くが、一冊を通してみれば、長谷川泰子が語るのも、ほとんどが中原のこと。

文学の上では、中原中也は僅か二冊の詩集しか発表しなかったのに小林秀雄は多くの評論を残している。人は創作活動としての詩人の方を評論家より上に見るのだろう。そういうことも三角関係の中にはあったのだろうか。

ただ、映画では長谷川にとって中原は二歳下、小林は三歳上という構図から、年下の男子に飽きて年上の男子を選んだものの、自分勝手な女なので、結局男に逃げられたというような撮り方になっているようで、どうだったのだろう。

しかし、中原中也は、この事件も含め、つくづくかわいそうな人生だったのかなと思ってしまう。せめて、結核にかからなければと同情するばかりだ。

古典落語で、なかなか演じられることが少ない演目だそうだ。というのも、様々な諸芸に通じていないとこの演目の核心部分が演じられないからだ。

あらすじ:道楽が過ぎて親から勘当され、出入りの棟梁宅へ預けられた若旦那の噺だ。棟梁だって遊び人を預かっても困るばかりだ。ということで仕事をすることになったが、見つかった仕事口は紙屑屋。屑屋といっても江戸時代は鎖国をしていたので、資源がない。つまりリサイクル社会だった。

その中でも力がなくてもできたのが、紙屑屋。各家庭を回って紙屑を集めていた。その中には裏紙で使えたり、習字の練習に使われたり、さらに重要情報が書かれていたり、各種の本があったり。

それで、集めた紙屑を回収が終わってから、分別するわけだが、なかなか仕事がはかどらない。都々逸や清元、新内などの謡曲の練習帳などを見つけると、得意になって演じ始めるからだ。

周りで聴いている人からは、「酒にでも酔っているのか」と言われるが、「酔っているのではなく。紙を選っている(よっている)だけだ」と、返すわけだ。

南丹市の児童行方不明事件は、30年前の米国コロラド州で起きた少女殺人事件(ジョンベネ・ラムジー事件)に似ているような気がする。いまだに未解決だ。

当時6歳のジョンベネさんは1996年のクリスマスに自宅地下室で殺されたのだが、当初は両親が疑われ、そして逮捕された。自宅地下室に入れるのは家族しかいないと決めつけられた。

しかし、その後、地下室に繋がる窓の鍵が壊れていて、外部からの侵入が可能だったことや、現場に残された微量のDNA情報が両親とは異なっていたため、無罪釈放となった。なお、兄による犯行だった説もあった。何らかの事情で、家庭内暴力行為が発生したのではないかという説だが、これもミステリ的な単なる説の域を出ない。

南丹市の事件だが、想像されている事件の事情よりもずっと大きな背景があるのかもしれない。

王将戦、棋王戦での失冠の危機を5連勝で脱出した藤井六冠だが、絶好調に戻ったようだが、次の目標はタイトル戦での連勝記録とかかな?

一方、名人を三期務めた後、失冠するという例も結構多い。


今週の問題。7手詰。時節柄、空中戦。地対空ミサイル。

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ご意見、ご感想はコメント欄にお願いします。

小川洋子の原作の映画化。細かく言うと小説は『ホテル・アイリス』で映画は『ホテルアイリス』。同名の実在ホテルがあるが、もちろん無関係。

一言で言うと、老人と少女のSM映画ということになるが、老人といっても初老、娘と言っても新成人くらいかな。

娘と母親が経営している海辺の町のホテルで、初老の男(ロシア文学翻訳家 演:永瀬正敏)が売春婦を責める。母親はホテルの看板に傷がつくと慌てるわけだが、娘は黙認してしまう。

そしていつしか男の部屋に通い出して、彼の縄の虜になっていくのだが、町では売春婦の殺人事件が発生し、男に捜査の網が近づくが、決定的証拠はない。警察は娘に注意を与えるが、関係は続く。さらに舌がなくて声が出せない男の甥が登場し娘と関係を持つ。しかし彼は誰かに殺害される。

原作の小川洋子の緻密な文章を映像にすると、これほど生と死が鏡のように隣り合わせの空間になってしまうのかと感じる。

SMにはまっている人の感想を聞いてみたい。

新作落語。演目がアンドロイドだし。ちょっと考えさせられる噺で、素直に笑えない。

登場人物は、二流落語家、その奥方。そして、人型のロボット。ある落語家が高座で一席すませたものの、どうもお客様の受けが今一つといった感じで、もやもやした気分で車を運転して帰宅中に、交通事故にあう。

そして意識不明の状態となりそのまま寝たきりになる。

そうなると、妻は、せっかく買ったばかりの住宅のローンも払えないし、こどもの学費にも困ってしまう。

そこに現れたのが、アンドロイド販売業者。元気な時の高座の記録があれば、見かけも声色もそっくりな落語家を使ってみないかという話だった。さらに、「らくだ」とか「柳田格之進」とかのいわゆる大ネタだって軽くこなすというわけだ。

ということで軽自動車並みの金額でアンドロイドを買って、入院中の旦那の代わりに落語を演じさせるわけだ。食費もかからないし。

こうして、生まれ変わったかのように上達した落語家なのだが、実は退院した夫がいつの間にアンドロイドと交代していたということでサゲる。

人間に戻ったことを言っておかないと、ご飯出してもらえないし。


中国ではアンドロイド型ロボットの開発が進んでいるようだが、独裁者のアンドロイドとかは困るのだけど。

西湖ネイチャーセンターを起点とする「西湖コウモリ穴見学」。

いわゆる洞窟だ。洞窟にもいろいろなパターンがあるが、西湖周辺の洞窟は1000年前の富士山の爆発の後、周辺に流れ出した溶岩流が固まった後、熱が冷めていき内部で収縮したために空洞ができたり、さらに外部から水が流入したりで、全く不規則な形状であるということ。これが100カ所以上あり、大部分にコウモリがいたらしいが、コウモリの数が大きく減少しているそうだ。

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その中でもコウモリが冬眠に使っている洞窟があり、ネイチャーセンターから15分ぐらいのところにある通称「コウモリ穴」が有名。遊歩道沿いにあるが、ガイドなしでは、そもそも怖い。青木ヶ原だし、洞窟だし、後で知ったがツキノワグマもいるらしい。

洞窟に入るには貸与のヘルメットを着用するのだが、なれてない人はフィットさせるのが難しい。

そして、きちんとフィットさせないといけないのは後でわかった。なにしろ溶岩の中の天然のトンネルなのでヘルメットがゴチゴチと岩に当たる。狭いところは縦の幅が50センチぐらいのところもある。これ以上できないほどしゃがんでも背中のリュックが天井にこするわけだ。

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それで、トンネルの中を進むので精一杯だが、ある同行者が天井に黄色いシャンデリアのようなものを見つけた。

ガイドが寄ってきて、「冬眠中のコウモリです」と驚く。小型で黄色っぽいコウモリが多数が固まって逆さにぶら下がっている。頭に血が溜まらないのかな。「キクガシラコウモリ」というそうだ。

コウモリといえば、コロナとかエボラとかの宿主とか言われるが、いまのところ日本のコウモリは無実のようだ。

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さらに地下を潜っていくと、冬眠ではないコウモリが壁面にはりついていた。これは、ウサギコウモリというようだ。羽根がウサギのように見えるからかな。

実は、あらかじめ読んでいたツアーの説明書には「コウモリを見ることはできません」となっていたので、ちょっと得な気分になる。

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出口の方は床の部分が砂浜の模様のようだが、普通の玄武岩。急激に溶岩が収縮したのだろうか。

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上下の位置もよくわからないが、最後にやっと外からの明かりが見えてきた。ほっとした瞬間が一番事故が多いはずだ。慎重に足を運ぶ。

そういえば、湘南の江ノ島の洞窟にもぐった時に、奥の方は柵で侵入禁止になっていたが、言い伝えでは富士山の洞窟につながっているとも言われているそうだ。残念ながら富士山の洞窟から外に出たが、目の前は海岸ではなく樹海だった。江ノ島だったら帰りが楽だったのだが。

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