2015年03月28日

「ならずもの」棋士

電王戦ファイナルの第2局は、棋士(永瀬六段)が、88手目に「角成らず」の王手をかけた後、コンピューターが王手を無視して次の手を指したため、反則負けとなった。

ソフトを作った人間のミス(というか先入観)によるものなので、人間とコンピューターの戦いで人間が勝った、とは言えないわけだが、このあたりの話は難しい。

ソフトは事前に対局棋士に提供されるルールになっているため、永瀬六段は、このバグに気付いていたそうだが、実戦の時に改造されているのではないかと、若干の疑いは持っていたそうだ。

そうなると、バグという重大な秘密の暴露をいつ決行するかということになる。さらに、団体戦のまだ2試合目だ。この先3試合ある。他のソフトに同様にバグがあるかどうかは不明だが、全部バグがあるとなると、企画そのものが破たんする。飛車とか角で成らずの手をかけることなど、かなり簡単だが、それでは将棋とルールが異なるゲームだ。

しかし、個人的には勝たなければならない。とすれば、いつ決行するかということになる。

まず、チャンスがあれば、すぐ決行ということがある。本局でも18手目に8八角成という手があり、そこでチャンスあったが、見送り。たぶん、早すぎると、本局自体が指直しになるという危惧があったのだろう。さらに本人は「セコイ奴」と思われたくないだろう。たぶん、決定的に有利不利が傾かない局面で自然な形で登場させたかったのだろう。なにしろ、バグが修正されていれば失敗に終わるし、後でクレームしても負け犬の遠吠えになる。

そして、中盤に決行できず、ずるずる敗局に近づいた場合には、一発逆転の必殺鬼手を狙っていたかもしれない。もちろん、成功しても失敗しても笑いものになるだろうが。

ところで、角ならずという手を指したことがある。県の中学生大会の1年の時の2局目。1局目で負けたため後がない状況で、例の飛車の斜め下に角を打って、自陣に引いて馬に成るという手で、成り忘れた。指が離れていたので、慌てて駒を裏返すと、「待った」の反則負けとなる。実戦は、その角がやっとのこともう一回敵陣に入って勝ったのだが、その時に反則負けを喫していたら、その後、将棋をやめただろうから、今、詰将棋を作っていたりはしないだろう。しかし、「成らず専門」の詰将棋を量産したかもしれない。


さて、3月14日出題作の解答。

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駒がさばききれずに残ってしまうが、・・・まあ・・・

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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最初と最後は、すっきりした手だが、途中はごちゃごちゃとなる。わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。  
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2015年03月27日

ゴルフコンペの賞品

先日のコンペで、豚しゃぶ用の豚肉400gを獲得し、困窮してしまい、鍋、肉野菜炒め、鍋、肉野菜炒めと4日間のメニューが確定してしまった。

その後、某所で蒲鉾の4人分詰め合わせをもらったことに気付かず、さらに駅で蒲鉾を買ってしまい、4日連続蒲鉾定食となる。


そして、先週末のゴルフコンペ。10名参加とやや少人数なのだが、画期的なのは、参加者が各ホールごと打数を紙に書かずにカートに設置された特殊な入力装置から入力すると、コンペ参加全組全員のその時間での成績が成績順に表示されるわけだ。

ranking


各ホール終了後、直ちに入力し、順位を確認し、上の人や下の人との打数差をみて一喜一憂するわけだ。まさにプロゴルファーの世界だ。

最初のホール(10番ホール)ではボギーで+1だったのだが、情けないことに誰一人パーがいなくて、いきなり4人のトップタイとなる。その後、徐々に順位は降格して、10人中7位まで落ちたものの、最終的には5位まで浮上(というか上の人が失速しただけ)。

そして、恐怖の5位賞は、・・・

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広東風「ふかひれスープ」4人前200gが10箱セット。

つまり、40人分だ。学校給食みたいだ・・

さらに、卵を投入しないといかないし、一度に4人分ずつできあがるようだ。

今度こそ、ついに途方に暮れることになる。

soup


といっても始まらないので、一箱作ってみる。なかなか見かけはいいが、フカヒレの量は計算すると1%程度。二人分を一気に食べて、後は捨ててしまおうかと思ったのだが、フカヒレは鍋の底の方に多く残っているようだ。

やはり、途方に暮れてしまった。
  
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2015年03月26日

おカネがどんどん集まるハンコ屋

ちょっと前に、日銀の近くにいったのだが、某ハンコ店で、妙な看板を見た。

こう書いてある。

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日本銀行に
いちばん近い店で
銀行印を作る。
で、
お金がどんどん
集まってくる

もともとハンコは縁起物だから、日銀の近くにあるというのを最大限に活かそうということなのだろうが、最大の問題は、

日銀は、円を放出している、ということだ。だからおカネはどんどん集まらない。

もし集まるなら、ハンコを作るよりも、日銀に定期預金口座を作る方がいいのだろうが、残念ながら個人客には、いくら上等なはんこをもっていても、口座は作ってくれない。

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ところが、一般人が日銀を付き合う方法は、他にあるのだ。それが株式マーケット。実は日本銀行は上場会社なのである。それも、ナスダックである。調べると、値動きはかなり激しいし、だいたい売買株数がいかにも少ない。それに最低取引単位が1000株であり、約5百万円になる。といっても、ある意味、安定企業の代表なのだろう。買わないけど。

ジャスダック上場であれば、外国人が株を買い集めたらどういうことになるのだろうか。  

2015年03月25日

OO7第6作、第7作

BSジャパンの007シリーズ連続放送の第6作。『女王陛下の007』。連続放送で第1作から第4作まで放送したあと、第6作。第5作目はどうなったのだろう。日本人女優がボンドガールになった第5作だが何か理由があるのだろうか、あるいは単に見過ごしたのか。全23作を全部通しで放送するのだろうか。1作だけ抜けるのなら後で借りてくればいいのだろうが・・

で、第6作はボンド役をジョージ・レーゼンビーを演じる。ショーン・コネリー引退かと思うが、次作ではまたコネリー。思うに、第6作は今までのパターンと違って、馬やスキーというような現実的な小道具が中心だ。雪山をスキーで滑ったりボブスレーを操ったり、ショーン・コネリーは不得意なのかもしれない。なにしろ片足スキーまでしなければならない。

さらに、カーチェイスはボンドではなく、ボンドガールが運転するのだからまったく前作のボンドとは別人みたいだ(というか、別人だからだ)。

思うに、敵(スペクター団(実際はKGBをイメージ))との戦いの中で、しこたま撃たれるのだが、弾は当たらない。雪崩に襲われても自分だけ助かる。ボンドが死なないことははっきりしているのだから、007シリーズというのは、筋を楽しむよりも、場面ごとの小技、小ネタを楽しむべきものだろう。

最後に、ボンドは結婚してしまうが、これこそ次回作を観たい観客にとって最大の危機なのだが、相手の女性は撃たれて死んでしまう。妙なもので、たぶんそうなるだろうと推測していたので、全く悲しい気持ちにはならない。

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第7作は、ダイヤモンドは永遠に。「ゴールドフィンガー」では、米国政府が所有する金塊を放射能汚染させ、金価格を釣り上げてもっている金の価値を上昇させようという、凝ったテーマだったが、「ダイヤモンドは永遠に」では、南アの鉱山から少しずつ抜き取ったダイヤモンドの原石を人工衛星に仕掛けたレーザー兵器に仕込んで、世界を脅迫するという筋になる。いずれにしても、かっぱらって金持ちになるというような米国型の映画より上等の線を狙っている。英国人のウィットなのだろう。

で、ショーン・コネリーが復活する。彼はいつもタキシードにネクタイで登場し、それで下水管にもぐったり海に飛び込んだりする。暑いだろうにと同情。さらに裸になるときのために胸毛の手入れも念入りに行う必要がある。

ボンド・ガールのジル・セント・ジョンはシリーズのボンドガール人気投票では常に上位にあるが、ショーン・コネリーと同じように典型的な英国上流階級の顔ではない。

始めからみていると、このシリーズ、英国諜報部が発明する小道具というのは、いつもミクロ的あるいはマニアックな者だが、対峙するスペクター団の方は、核兵器やミサイル、化学兵器やレーザービーム、経済戦争とか当時では机上に上がったばかりという先進的な武器である。そして、多くは実戦配備されることになった。

こうしてみると、「ボンドは死なない。死ぬとシリーズが終わるから。」という認識が、観客側に生まれてしまっているのだろう。最初の数作のような緊迫感が薄らいでいるように思える。もっとも、いなくなっても008シリーズを始めればいいように思うが、そうはなっていない。(ショーン・コネリー84歳。引退ということらしい。)

  

2015年03月24日

あらゆる悩みは“数字”で解決・・?

suujiプレジデント誌3月30日号で秀逸な記事は、「無料の駐車スペースを見つける方法」というセコイ特集記事だが、その裏面には茂木健一郎氏による「あらゆる悩みは“数字”で解決できる」というページがある。

英語ができないという学生には1分間スピーチをしてもらって、今までの人生での英語スピーチ時間と日本語スピーチ時間のトータル時間を比較してもらって、英語の練習時間不足を認識してもらう、とか、出会いがなかなかないという三十代の女性には、親しい男性の人数を聞いては、知人の男性の数が少なすぎるのが原因と断定したりするそうだ。

すべての悩みは数字を積み上げていけば解決できる問題と言うことだそうだ。茂木先生が最近解決した問題がご自分の減量。半年間で10kgの減量に成功したそうだ。すべては毎日体重計に乗って、「太っている」という事実を数字として向き合うことから始まったそうだ(鏡ではなく体重計というのが重要なのだろう)。

ところで、本誌の人気コラムニストの一人である飯島勲氏は「なぜ人は、占い師に気を許すのか」の中で、占い師が相談に来た人をどうやって騙すのか、解説されている。占いに来る人は悩みごとを持っているに決まっていて、自分なりにあれこれ熟考の末、解決方法が見当たらないから来るわけだ。だから、相手の話に乗っていれば、なんとなく場当たり的に解決方法が見えてくるわけだ。

さらに、説得力のある騙しには、数字を用いるといいような気がする。
  
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2015年03月23日

元禄時代(大石慎三郎著)

genroku元禄時代というのは、現代の感覚では町人文化が栄え、比較的豊かな時期であり、しかしながら、いつの間に財政が破たんし、また犬将軍綱吉の登場があり、結局は吉宗が登場し、またも武断政治に戻ったというようなイメージだが、このイメージはまったく実態とは違う。

まず、芭蕉にしろ西鶴にしろ、菱川師宣、尾形光琳にしろ、町人じゃない。武士だったり、画人の家柄だったり。さらに綱吉こそ武断政治というか独裁型将軍であり、吉宗の方が過去からの慣習や自分の意見ではなく、規則を作って統治をしようという方向だった。

むしろ、当時の日本経済を緊縮型政治家(堀田正俊、新井白石、吉宗)と拡大型政治家(柳沢吉保、田沼意次、尾張宗春)が争った結果、結局は緊縮型経済主義者が勝ってしまい、日本の国力は衰退したもののかろうじて鎖国政策に守られていたが、「未来人のようなペリー」が登場し、その反動で幕末から富国強兵を始めてしまい、ブレーキのない機関車が坂の上の雲を突き抜けて、70年前に空中分解したというようなことなのだろう。

では、なぜ柳沢や田沼が長い間「無能政治家」と呼ばれてきたのかということについて、触れられている。

一つは、封建社会の基本ルールを崩して名門じゃないのに偉くなったということ。開明的かつ進歩的な者に対する保守的な門閥主義者に嫌われたわけだ。そして二つ目は、「倹約は美徳」という儒教的固定概念からいうと反道徳的に見えること。

個人的には、政権闘争に負けたことがすべて、と思ってしまう。

そういう意味で「腐敗撲滅運動」と「経済成長率鈍化」が同時に進行している隣国を見ると、吉宗時代を思い出してしまうのだろうが大丈夫だろうか。C国は鎖国はしてないので、経済収縮が始まった時に、反動とばかり、架空の坂の上の雲を目指して走り出されても困る。

もちろん、吉宗が将軍になって7年後に生まれたのがアダム・スミスだし、マルクスもマーシャルもケインズもいないのだからマクロ経済学理論など知る由もない人たちが、単に開明的か浪費家かとか考えているだけなのかもしれないが、吉宗ではなく宗春が将軍になっていたら、たぶん名古屋幕府になっていて、もうすぐ名古屋オリンピックということになったのかもしれないが、経済拡大による人口増に耐えかねて、日本がカリフォルニアに大量人数の移民船を送り、インディアンと戦っていたかもしれないだろう。
  
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2015年03月22日

世田谷に住んだ東宝スタジオゆかりの作家たち

世田谷美術館で「東宝スタジオ展」と併催されている『世田谷に住んだ東宝スタジオゆかりの作家たち』も回る。

東宝スタジオに縁のある人というのは、脚本家や監督や芸術担当の人たちや東宝の社員たちなのだが、何しろもっとも縁が深いのは俳優。特に女優である高峰秀子さん。プロ中のプロで、家から一歩踏み出したらもうスターという人だった。

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多くの有名画家が高峰秀子さんの絵を描いている。宮本三郎画伯、梅原龍三郎画伯といった大御所が大量の肖像画を残している。テレビの特集で梅原画伯が描いた絵画が気に入らないからといって、収録終了後、「もう一枚いきましょう」といって僅か40分でもう一枚描いたという伝説の一枚も展示されている。その多くの絵は、現在は世田谷美術館に寄贈されているようだ。  

2015年03月21日

桂馬蒲鉾

広島県東部に行く機会があって、福山駅ビルの中で見つけたのは、

桂馬の蒲鉾

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といっても将棋の駒を蒲鉾にしたのではなく、蒲鉾を将棋の駒にしたもの。対局が長引いて空腹になったら、自分の桂馬は食べてもいいというルールを思いつく。そういえば倉敷には王将最中もある。王将食ったら試合が続けられないが、試合が終わったら負けた方の王将が食われるとか、疑似カニバリズムゲームが体験できる。

ところで、なぜ、蒲鉾が金将とか竜王ではなく桂馬になったかというと、約百年前の桂馬蒲鉾商店の発祥に起源がある。本店は尾道だそうだ。

初代店主の名は村上桂造氏(海の覇者村上一族と関係があるのかな)。この桂と縁起物の馬を組み合わせたそうだ。そして桂造氏は無比の将棋好き。HPによれば、「桂馬は数ある駒の中でも個性的な動きをする事から、桂馬のように控え目だが存在感のある店でありたい」という気持ちだったそうだ。

個人的には、控え目というよりも、相手の駒台に乗っているのをうっかりして両取りをかけられることがある要注意駒という認識がある。以前、9三に龍がいるのに▲7三角成りと二枚目の大駒まで成って、「これで必勝」と思った瞬間に△8一桂と打たれた記憶がある。

詰将棋で桂といえば、四桂詰とか四段跳びとかむしろ派手な駒である一方、初手は桂捨て、というような可哀想な格言もある。本稿を尊重して出題作用に桂馬関連がないかと倉庫を調べたが、だいたい出題済みのようで、慌てて作ってみたが、桂馬の立場からいうと、この仕事、納得できない!と言われそうだ。

なお、桂馬蒲鉾の裏側を確認したところ、無地だった。銀、桂、香の裏文字は「金の崩し字」なのだが、歩の裏の「と」は何だろうと考えていたのだが、どうも「と」も「金の崩し字」なのだろうと思いはじめた。


さて、3月7日出題作の解答。

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動く将棋盤はこちら


今週の問題。

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わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数を記していただければ、正誤判断。  
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2015年03月20日

NIKUコンペで豚になる

メンバーになっている岡山のゴルフクラブで、ハーフのプライベートコンペがあり、上から90%ぐらいの成績をとり、見事に参加賞を獲得。参加賞は特選豚しゃぶ用の豚肉400g。コンペの名称は「NIKUコンペ」。参加費は1000円なので、ややお買い得とも言えるが、何しろ一人じゃ400gは多過ぎる。とりあえず、肉は4分割し、冷凍の上、白菜とか野菜とか買ってきて、「鍋」「野菜炒め」「鍋」「野菜炒め」という4日分の献立ができる。

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ABABということだ。豚肉+白菜豆腐。たれは味噌か醤油。商品に肉をもらって野菜を買いに行くが、野菜をもらって肉を買いに行った方が健康的かもしれない。

結局、4日で食べ切るが、ますます体が豚に近くなってしまう。  
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2015年03月19日

汀亭 遠音近音でランチ

福山の鞆の浦といえば古の時代から天然の港だった。瀬戸内海を行き来する船が悪天候で避難したり、商業港としても有名だ。幕末には坂本竜馬のいろは丸が幕府の船と衝突し、この沖合で沈没して、補償交渉が行われている。

そして、観光地鞆の浦を代表する宿が「遠音近音」。これを「をちこち」と読む。ことばの意味は、遠くの音と近くの音が混じり合って聞こえるという単純な意味もあるが、さらに今の音と過去の音、太古の音などが混じり合う場所という意味だそうだ。中世日本では、このあたりは海賊の跋扈する地だった。海賊に殺された人々の叫びも聞こえたりする。

ホテル代は一室5〜7万円とハイグレードで、全室のベランダに露天風呂が付いている。

ところが、その高級旅館に泊まらずにランチを食べに行くという安上がりな事態になった。


とはいえ一人1枚超ではある。

そしてそこにあったのは、・・・

幻の高級日本酒である『獺祭』。

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はっきりした味で自己主張が強い。今まで飲んだどの日本酒とも違う味だ。

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さらに、魚介類の刺身のツマがワサビの葉。ワサビの味がするからと勧められるがままに味わうが、こちらは予想ほどは辛くない。窓からは対岸の島が望める。画像の一角には小さな船が写っているが、龍馬の「いろは丸」と自称している。もちろんニセモノであり、引き揚げたわけじゃない。
  
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2015年03月18日

400mでも10mでも

つい最近、斧を振り回した。といっても、犯罪とか、テロとかじゃない。もちろんマキ割じゃない。

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進水式。

実は、全長400m、50万トンといった超大型船じゃなく10mもない超小型船。ところが、やることは同じだった。

そのクライマックスは欧米ではシャンパン割なのだが、日本では、綱を切るわけだ。その結果、大型船ならするすると海上にむかって滑り降りていくのだが、超小型船は、大型クレーンで吊るし上げて海面に下ろすことになる。

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この斧で綱を切る人は、普通は女性が行うことになっていて、船の所有会社の社長の孫とか愛人とか登場するのだが、なにしろ恥ずかしいほどの小型船。福山駅への旅費もタクシー代も払えないほど少額なので、自ら斧を振り回してみたが、危険防止のためか、刃が付いていない斧では、なかなか切れないので、何度も台を叩いてしまう。慣れていないわけで、それがこの進水式での3回目の失敗だった。
  
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2015年03月17日

マラコット深海(コナン・ドイル著 SF)

mrtコナン・ドイルといえばシャーロック・ホームズの生みの親であり推理小説の父と言える作家なのだが、ある時期から出版社からのホームズの新作を待つ圧力に辟易していたようだ。そして、歴史小説や、冒険小説、そしてSFを書き始めたらしい。

どうも、スティーヴンスやジュール・ベルヌのようなジャンルの異なる小説を読んで、「俺でも書ける」と思ったようだ。難しい言葉で言い換えると「触発された」ということだろう。

それらの中の一冊が、「マラコット深海(Maracot Deep)」。大西洋の深海探索船の事故で、海面からのロープが巨大な生物のハサミでちょん切られ、そのまま8000Mの深さに沈み、酸素が欠乏していく。

しかし、そこに現れたのが、アトランティス大陸とともに海底に沈んだ人類の生き残りのいう筋立てになっている。そして、なんとか生還して有名人になるというので、実は彼のSFはすべてこのパターンである。ロンドンからどこかの未知の場所に行って、大立ち回りの末、ロンドンに戻る。やはり、ホームズの方が良かったのではないだろうか。今でも赤川某氏のようにドイルの続編を書いている人もいる。

ところで、酸素濃度が下がってきて(二酸化炭素濃度が上がって)幻覚を見るというのは、現在では医学現象として、『CO2 ナルコーシス』と呼ばれている。あっち側の世界が見えたり、走馬灯が回ったりするのは、血中の二酸化炭素濃度が高まった時の正常反応だそうだ。

そうなると、このSFも、潜水艇に何らかの機器トラブルが起きて二酸化炭素濃度が上がった時に、長大なストーリーの幻覚を見ただけのことだ、と断定してしまうことができるかもしれない。もっともシャーロック・ホームズの数々の活躍だって、「幻覚・妄想小説」ということも・・・赤川さんゴメン。
  
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2015年03月16日

こういうピケティの読み方があるらしい

トマ・ピケティの「21世紀の資本(LE CAPITAL)」については、5,940円という高価本であり、またその内容が大きく報道されていることから、読まなくてもだいたいわかってしまうという奇妙な状況になっている。署名の翻訳は「21世紀の資本」となっているが、原語の書名は、カール・マルクスの「DAS KAPITAL」を意識しているのだろうから、少なくても「21世紀の資本論」の方が良かったのだろう。

そして、本書のキモは

   r>g

歴史的に、いつの時代も、資産の収益率(r)が、所得の伸び(g)を上回っていて、これによって富を持つ人とそうでない人の格差が拡大していく、という理論である。

自分なりに言い換えると、財布に1000万円入れて競馬場に行くのか10万円で行くのかという違いのようにも感じる。

それで、普通の感覚だと、資本主義では不平等が発生するのが不可避的であるので、租税制度や補助金制度などを政府が行って、貧富の差の拡大を補正する必要がある、ということになるのだろうが・・・

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ところが、さすがにプレジデント誌は、思いもよらない切り口でピケティに迫っている。3月16日号だ。「お金に困らない 世界初!ピケティ実践講座」と特集している。

まず、プレジデント誌は、「r>g」を肯定的に捉えている。豊かになるなら、「g」側の人間になってはいけない。「r」側にいなければ(ならなければ)いけない、という論理である。まあ、「r」はけしからないなんて考えること自体が貧乏くさい、ということだろう。

といっても、もともとお金のない人はrの方に行けないじゃないの、と思うのが普通だが、rは、資産と言ってもおカネだけじゃなく、個人の能力も含まれるということ。体力が余っている人でプロスポーツのヒーローになる人は「r」。建設現場で体力を切り売りする人は「g」。頭が良くても、一技術者にとどまる人は「g」で、起業して一山あてるのが「r」ということらしい。

例えば、

稼ぎ方。
 r=不労所得大歓迎
 g=不労所得は後ろめたい

仕事
 r=成果を出すのが目的、売る仕組みを考える
 g=残業代を稼ぐのが目標、熱意と気合で売る

組織
 r=経営者を目指す、行きつけの飲食店を作る
 g=従業員で満足する、飲食店選びはこだわらない

不動産
 r=自宅は貸すことも考えて買う
 g=無理しても夢のマイホーム

収入
 r=「内容や質」で決まる
 g=「時間」で決まる

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ピケティ先生も、世界中の統計を集めて集計していた頃は「g型人間」だったのかもしれないが、本書を世界中で売りまくって、講演旅行を始めたのは、「r型人間」に変貌したからなのだろうか。カール・マルクスは逆に「資本論」を書いて、rからgになってしまったということなのだろうか。
  
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2015年03月15日

東宝スタジオ展(世田谷美術館)

世田谷美術館で開催中の『東宝スタジオ展』(副題:映画=創造の現場)へ。

美術館の近隣(約2Km)にある東宝砧スタジオをテーマにして、東宝というより日本映画の歴史を回顧することになる。

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東宝が生まれたのが1943年。東京宝塚の略だろう。砧スタジオはそれ以前から写真科学研究所(PCL)として1932年から使われている。トーキーの時代からだ。

戦後、多くの映画監督が東宝に入ったり出たりしていった。

そして東宝にとって史上最高の年が1954年だった。二つの大ヒットを生む。

「ゴジラ」と「七人の侍」。ある意味、ゴジラと三船敏郎と言い換えてもいい。まったく別路線でヒットが始まる。東海道新幹線と東北新幹線が同時開業したようなものだ。

美術館の中にはゴジラセットが組み立てられている。今思えば、水爆実験が堂々と行われていた時代で、その水爆実験の結果うまれ生物が地球を破滅させるというのは、おおいに暗喩的表現だったということができる。

また、一室では、戦後から現在までの名作の「予告編」を連続上映していて、実は1時間以上、その予告編を見ていた。そのうち、三船敏郎のあと東宝を支えたのが加山雄三ということがわかってきた。その後継者は、やや不明だ。加山雄三が若大将になってしまったのが東宝の戦略ミスのような気がする。若大将以前はさまざまな役をこなしていたのに、一つの固定概念の中にスターと押し込んでしまったわけだ。

実際、現在の映画は、屋外ロケに出て撮影することが多く、スタジオはテレビドラマの制作に重宝されているようだ。

まあ、監督と役者とスタジオがあれば、なんとか日本も良い映画を作り続けることができるのだろうが、どれが最も重要なのだろう。  

2015年03月14日

柿木将棋9

WIN8のパソコンを持ち歩いていて、柿木将棋を使わずに不便していた。それは柿木9でも、マウス&キーボード対応で、タッチ操作用ではないと紹介されていたからで、1000円で柿木将棋をダウンロードし、さらにBluetooth用のマウスを購入。あまりマウスを使うのはかっこよくないのだが。


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ところが色々と操作しているうちに、駒の上を長タッチすると、マウスでクリックするように駒の向きが変わったり裏返しになったりできることがわかる。つまりマウス不要だったようだ。

それに新幹線の中で、パソコンをマウスで使おうとすると、普通車のテーブルでは横がはみ出してしまうので、グリーン車に乗らなければならない。

もっとも、いい詰将棋を作るには、普通車でチマチマするのではなくグリーン車ののびのび空間でなければいけないのかな。


さて、2月18日出題作の解答。

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最終手で決まっているのか、玉型△2二と、で不完全なのか??

動く将棋盤は、こちら



今週の問題。

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合駒の再利用が課題(ヒント出し過ぎ・・)

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数を記していただければ、正誤判断。
  
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2015年03月13日

さつま白波「原酒37度」

白波といえば、芋焼酎の定番だが、臭いのが特徴と思っていた。というより実際に臭かった。これを飲むともう誰も近づかなくなる、という記憶がある。もちろん一升瓶。

以前、福岡に出張の時に、仕事の前夜に中洲で飲んでいて、女将に「芋を飲まない意気地なし」とののしられたことがあるが、しょうがない。酒場ブログを書いているわけじゃないし。

しかし、当時は、確か「薩摩白波」と表示していたような気がするが、今回は「さつま白波」。何か別物なのだろうか。お家騒動とか・・??

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最近、あるところで飲んでいて、「白波の原酒」というのを勧められ、ロックで飲みたかったものの、やはりその後の展開を考え、水割りにしてしまう。

ということで37度原酒を飲み直しということで、結局amazonさんのお世話になる(それと佐川さん)。そして、箱入りだった。


そして、これは、太古時代の一升瓶とは、まったく異なるものだったわけだ。この大差はなんだろう。  
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2015年03月12日

識字率のこと

昔は、文盲率といっていたものが、今は識字率という。言うまでもなく、識字率+文盲率=100%である。「盲」というのが差別用語だからだろう。

国連が発表している世界の識字率では、1位がキューバだそうだ。99.9%。2位タイがエストニアとラトビアで99.8%。99.7%が8か国で、ラトビア、バルバドス、ベラルーシ、グルジア、リトアニア、スロベニア、ウクライナ、アルメニア。どうも国民が海外に逃げ出す国ほど識字率が高い。日本は23位タイということで、米国、北朝、韓国と並んで99.0%。・・・・

要するに、単にデータの遊びみたいなものだ。それでもエジプトの66%というのもあり、明らかに格差はある。

そして、日本の話なのだが、江戸時代後期の識字率のこと。現在の通説では、農村では70%、都市部では90%というのが通説になっている。

何しろ武士(官僚)の比率が高い国で、士農工商のうち、士と商は文字が読め、算盤ができることが必須だった。寺子屋に行く子が都市で80%と推測され、農村でも村単位で教育を行っていた。

そして明治になってからなのだが、小学校に全員が通うことになったはずなのだが、不登校の子もかなりいたらしい。さらに、学校制度そのものが、軍人と科学者のエリートを作るためであり、一般の庶民の教育レベルは、江戸時代以下ではないかという説があるそうだ。明治維新の成果を強調するために、江戸のレベルを低目に捻じ曲げているという説である。

もちろん、江戸時代についても明治時代についても、識字率に関する調査が行われているわけではないので、明治政府の本質を識字率の面から論ずるには、科学的な研究を重ねないといけないだろう。

最近の大学生の中には、「ひらがな」と「カタカナ」の差がわかっていない人がいるそうだし、そういえば私の部下のオジサンも、「句読点の打ち方がわからない」と言っているし、特に、最近は文字が書けなくても、低能を隠ぺいすることが可能な時代なので、いろいろ困る。  
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2015年03月11日

セブンス・コード(2013年映画)

元AKBの前田敦子さんの主演映画。黒沢清監督。60分と短いが、ローマ国際映画祭で最優秀監督賞と最優秀技術貢献賞を受賞。なんだか、世界と日本の評価が全然違うようだ。

で受賞対象にならなかった主演女優の前田敦子さんだが、出るたびに上手くなると言われるようだ。背後にアキモト某氏の影響があるらしいが、日本の有名監督が順番に彼女を使っているような気がする。俳優と監督の出会いというのは重要であるからして、そのうちジャストフィットした監督が見つかるかもしれない。いや、その頃には彼女が見つけるということになるかもしれない。自宅に古今東西のDVDライブラリーを作って勉強(つまり鑑賞)しているそうだ。

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この映画が短いのにはわけがあって、元はミュージック・ビデオだったそうで、それにストーリーを詰め込んでいって、結果としてサスペンス&アクションというカテゴリーに分類されることになった。

最初の2/3は、どうみてもラブロマンスと思わせておいて、途中で殺人とか核兵器の起爆装置とか登場してしまう。キルビル風だ。

仕事の謝礼金は円建て払いから、半分ユーロで半分ルーブルに変更になったのだが、半分は成功だが半分は大失敗だ。

舞台はウラジオストックということで、映画でロシアの大地を見たのはカラマーゾフ以来数十年振りかもしれない。

そして、最後のダイナマイトの爆発シーンの後解釈は、観客に一任ということらしいが、彼女が監督に聞いたところ、主演女優だけが生存した可能性が高いそうだ。モスクワを第二の舞台として再び60分物の「2」を撮ってモスクワ映画祭を目指すのもいいかもしれないが、マフィアの話はやめた方がいいかもだ。

セブンス・コードは音楽の世界では四和音を指す。五線上にマルを四つきれいに並べたコードだ。ドミソシとか。

最初に松永というチンピラに会うのが第一音、マフィアに襲われて海岸に放り出されたのが第二音、松永を撃つのが第三音、そしてトラック爆発が第四音かな。  

2015年03月10日

失われた世界(コナン・ドイル著)

lostworldシャーロックホームズの作者として有名なコナン・ドイルが書いた何冊かのSFの一冊。映画にもなったりして結構有名だ。

チャレンジャー教授という変わった学者が、古代生物は地球上でまだ生きているという仮説を立て、その場所をブラジルのアマゾン流域と推測する。その件で、その説に反対する学者と新聞記者がチームを作って、調べに行くわけだ。

そして、実際に数々の恐竜系の生物を発見する。さらにミッシングリンクと言われる類人猿と人間の中間の猿人をみつけ、戦いを起こしてほとんどを銃撃して殺してしまったりする。

その結果、ロンドンに戻って名声を得るわけだ。

小説が発表されたのは、すでにシャーロックホームズが大当たりした後で、なぜ推理小説家がSF作家になろうとしたのかは不明だが、よく言われているのは、「彼は、推理小説を書こうと思っていたのではなく、成り行きで有名になったので、好きなSFでも書いてみようと思ったのだろう」という説だ。

ただ、SFというのは、どうしても実際の科学の進歩についていけないわけで、20世紀の初めの人たちが「夢のような話」と思っていたものの多くが100年かけて現実化してしまったことが多い。太古の生物は本来死に絶えたからこそSFネタになるのだが、先日記載したとおりカブトガニは恐竜より前の世界からの地球上の先行生存者だ。シーラカンスもそうだろう。

しかし、本著が発表された翌年の1913年には、本作を読んだか読まなかったが不明だが、アメリカ人がヨットでアマゾンの源流調べに出航し、念のため「失われた世界」の科学的証拠があるのではないかと、調べまくったそうだ。
  
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2015年03月09日

ポッポ屋が住んでいた家

2015年2月19日に書いた「東京駅開業に関する小話」の中で、東京駅初代駅長で隣の新橋駅から転任してきた高橋善一駅長について、

現在の感覚では、それほどおかしくない話なのだが、当時の社会での感覚は異なるようで、「椅子を担いで東京駅に向かった」とか「新橋から優秀な駅員だけ選んで東京駅に連れて行った」というようなことを新聞に書かれている。軍艦の艦長が船と運命をともにするように、駅と運命をともにするのが筋と思われたのだろう。


というように、当時の報道を紹介した。なにか批判的な空気があったのだろうか。

そして、高橋善一という名前自体、ブログに書いてから徐々に記憶のかなたに消えていきつつあったのだが、妙なもので、早々に再び目にすることになる。

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東京駅の丸の内側の入口近くの切符販売機の横に、あるプレートがある。この場所で、1921年に政友会の原敬首相が暗殺(刺殺)されたそうだ。有名な事件である。その時、首相を先導して案内していたのが65歳の高橋善一駅長だったと記されている。右胸を刺され、ほとんど即死に近かったようだ。そして駅長は現場にいて、何もできなかった(首相はそのまま駅長室に運ばれたようだ)。

ということで、実は高橋善一駅長について調べてみると、思わぬ終着駅に向かうことになった。

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まず、出生。1857年(安政4年)である。そして縁あって現在の豊橋市の高橋家の養子となる。そして鉄道が日本に開業した明治5年に17歳の高橋少年は新橋保線科下級駅夫として鉄道省勤務を始める。

その後、25歳で馬場駅(現・膳所駅)駅長を皮切りにいくつかの駅長を歴任したのち、31歳で名古屋駅長、35歳で大阪駅長そしてついに39歳で新橋駅第三代駅長となる。駅長の中の駅長である。現代感覚では、東大卒60歳のポストなのだろうから、明治時代の日本は学歴社会ではなく実力主義だったのだろう。

そして、紹介したように1914年(大正3年)12月20日、東京駅開業とともに初代駅長となる。すでに59歳。


さらに、駅長を続けた高橋について痛恨の出来事が1921年に起きた原首相暗殺事件。65歳の時だ。さらに高橋は駅長を続け、1923年3月に退任する。67歳。

そして、そのわずか退職後50日後に人生最大の不運に見舞われることになる。

都内の関口の自宅に近い場所で乗っていた乗用車が川に転落して水死することとなる。

ここまで調べてあたりで、関口とか川ということであれば、松尾芭蕉が江戸で初めて住居を構えたのが関口芭蕉庵(椿山荘と細川家の永青美術館の中間)のそばではないかということ。そういえば早稲田大学の裏側から神田川にかけられた橋を渡ると、急勾配の坂があったような記憶がよみがえる。その先には日本女子大があったような・・

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そして、さらに驚くことがわかってきた。高橋駅長が住んでいたのは、その芭蕉庵そのものだったということだ。

そして乗っていた乗用車が故障したため、運転手が降りて修理をしていた時に、坂道を自走し始めてそのまま水中に没したそうだ。そこは江戸時代からの水門の場所だった。

で、なぜそこに危険な水門があったかというと、江戸市内の水道のためだった。そして、その水門を最初に作ったのは松尾芭蕉そのものだった。なにしろ、伊賀上野から江戸に登った芭蕉の職業は、当時は水利事業者であり隠密でもあった。その後、今の日本橋に転居し、水利事業の供給者側ではなく需要者側の役目を果たすのだが、まさに駅長が遭遇した悲運の水門は、芭蕉が工事をした場所である。

最近、東京駅のことや芭蕉のことを書いていたが、二つに関連している部分があったとは全く知らなかったのだ。

その年の9月1日、関東大震災で東京は炎上した。  
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2015年03月08日

パスキン展で考えた芸術家の理想

pascin1パナソニック汐留ミュージアムで開催中(〜3/29)のパスキン展へ。

実は、あまり知らない画家だったのだが、1920年代のパリで活躍といえば、藤田とかシャガールといったエコール・ド・パリの時代。音楽やバレエなど世界の芸術がパリに集まっていた。パリが最もパリであった時代。

そして、ジュール・パスキン(1885−1930)はブルガリア人だった。本名は、ピンカス(Pincas)。パリに行ってしまい、風刺画を描き始めると父親は、本名の使用を禁止する。息子が某宗教の預言者を描くことによって親に復讐の刃が向けられることを嫌ったのかもしれない。苗字のスペルを並べ替えて、パスキン(Pascin)が誕生する。

*横道だが、フランスの風刺画には歴史がある。新聞や雑誌には写真の代わりに挿絵や風刺画が使われる文化があった。売れない時代の画家の収入源だった。さいきん、日本の有名漫画家M氏が、自国以外の風刺画を描くのはよくない、というような発言をされているようだが、そもそもパリは国際都市で、ブルガリア人が画を描いたりしているわけだ。

pascin2そして、その挿絵には自然と薄い色の着色がなされ、それだけでパスキンは有名になっていった。

しかし、ある時から油彩を始める。それらの作品は、まだ修業中のことということで、後年のパスキン流とは異なっていてマティスやセザンヌの香りが漂う。ようするにまだ油彩の筆を自分のものとしていなかった。

そして、パリが第一次大戦の被害を受けることを予測し、米国へ逃避。米国籍を取得。中欧の人達(特に彼のようなユダヤ系の人達)は、時代に敏感だ。さらに、カリブ海に渡ってカリブ文化も体験。彼自体は「米国時代は芸術的には役に立たなかった」と言っていたそうだが、そう決めつけなくてもいいのだろう。たとえば芸術感枯渇状態を味わうことにより、パリに戻った後、才能が爆発した、ということもできるのではないだろうか。

そして、世界のだれも真似をすることのできない、美しく淡く神経が壊れてしまいそうに繊細な描写が始まる。自分で油彩をやったことがある人ならわかるだろうが、構図はともかくどうやってあのような色合いを出せるのか不思議だ。

「真珠母色の時代」と言われるそうだが、「しんじゅぼしょく」とはアコヤガイの内側の色を指すらしい。目の錯覚を利用するのだろうか?

パスキンの実物の絵を観るしかない。

pacin3そして1920年代後半、つまり40歳の前半にかけて、名画をいくつか描いて、45歳の時に突然自死により彼の生涯が終わる。妻と愛人の関係のこじれという説もあるが、違うだろう。それ以前に彼は「45歳になって芸術を極めなければ、生きる資格がない」というようなことを言っていたようだ。

しかし、45歳の彼は、パスキン流の芸術の極みに達しているように見えるわけだ。完成されている。

むしろ、芸術が完成したと自らが考えた結果、今後、進歩することなく同じレベルの作品を量産すること(つまりシャガール)を潔く思わなかったのかもしれない。あるいは、次の戦争で再び米国に逃げるのは嫌だ、との予感があったのかもしれない。
  

2015年03月07日

声の高い人と低い人

将棋A級順位戦最終局。3月1日に老朽化した将棋連盟で実施された。囲碁将棋チャンネルで時々確認していたのだが、注目しているのが解説者。なにしろ名人挑戦者決定のリーグなので、棋界の実力2番目から11番目の人が対局中なので、解説者はそれより弱いことになる。ただし名人は除くが。

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そして、朝の対局開始の時に解説に登場したのは、なんと羽生名人。そして女流棋士の甲斐さん。こまったな。

何しろ、一日中、羽生名人の甲高い声と甲斐さんの朴訥な低音を聞き続けるのは苦痛だ。羽生さんの声を低音化し、甲斐さんの声を高音化するソフトがないかなって考えているうちに、解説者交代。

まあ、そういうことで、解説者は目まぐるしく交代するものの、ほとんどの棋士はトークショーのように雑談だけしていなくなる。

まあ、そういうことで、真剣解説は夜になってからなのだが、その時はだいぶ血中アルコール濃度が上昇してしまい、・・・


さて、2月21日出題作の解答。

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15手詰。行ったり来たり。

動く将棋盤は、こちら



今週の問題。

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最初は快調手筋だが、最後は野暮ったくなる。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数を記していただければ、正誤判断。  
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2015年03月06日

おうちでイオンにはまるが、・・

イオンが力を入れ始めたのが、「おうちでイオン」。こんなシステムでやっていけるのだろうかと思うのだが、まだ試験段階なのだろうか、あるいは休眠人員がいるのだろうか。当日午後3時までにネット上で発注すると、夜9時までに自宅へ運んでくれる。午前中に発注すると、当日の夕食のおかずにも間に合う。商品が税込5000円以上で送料は無料になる。イオンカードで決済するともっとも簡単だ。

基本的には、「重いもの」「かさばるもの」「冷凍商品」などが主目的だろうが、翌日の食材なんかもいい。


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一回目はご推奨のとおり、缶ビール、冷凍商品という組み合わせだった。まあ、お試しだ。


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そして二回目は、水や整腸剤、軽いがかさばるシリアル、フルーツ、牛乳などが追加される。結構、買い物の中心となる物件がないと合計5000円までは組みにくい。


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そして、さらに三回目は多種多様になる。

グレープフルーツ、ネーブル、納豆、ブルガリアヨーグルト、レディボーデン、若鶏のソースかつ(冷凍)、すき焼き風セット(冷凍)、UCCコーヒー(粉)、フルーツグラノラ、さんましょうが焼き(缶詰)、味付けいか(缶詰)、さばみそ(缶詰)、ビーフハヤシ(レトルト)、ホテルカレー(レトルト)、チリ産ワイン赤、チリ産ワイン(ロゼ)、サランラップ。

そして、ポークあらびきウインナー120gが欠品だったため、上級ポークあらびきウインナー180gに代替(&増量)。

合計18品である。


結果として、冷蔵庫、冷凍庫、ストッカーが食品だらけなのだが、要するに、家に食べ物が届けられるというのは、たとえ自分で頼んだものであっても、瞬間的にはうれしいものだ(もちろん頼まないのに届くものはもっと嬉しい)。

この分だと、ホームパーティをして、期限切れ商品の一掃をする日がくるだろう。食べる量よりもたくさん買えば、いずれそういうことになる。サバみその缶詰たくさんあるし・・


ところで、もともと近くのイオンから配達されるのだが、腑に落ちないことがある。それは選択できる商品群の中に高いものがないこと。要するに低価格品多数と中級品のラインナップであって、店にはあるもののネットでは高級品を売らない方針らしい。酒にしても高級なお酒はたくさん店舗にあるが、なぜ、ネットでは低価格品を厚くするのだろう。

早い話が、高級品を買おうとする人は、中級品は買わないものだ。低価格品を買うか、何も買わないかだろう。店舗に在庫があるなら、ネット上に高い商品を並べても、ほとんどコストは変わらないだろうし、とても残念だ。途中でも書いたが、無料配送5000円にするためには、とりあえず「買い物の核」みたいなものがないと、うまくまとまらないわけだ。
それに缶詰なんか種類が勝負のはずなのに、この調子だと自室がイカとサンマとサバ缶だらけになってしまう。

まあ、イオン関係者がこれを読んで何かのリアクションがあるとはとうてい思えないし、本当は直接言いつければいいのだが、とりあえず高級品はamazonがあるので間に合っているのだが、関係REITの泡沫株主として一言。以上。  
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2015年03月05日

ツィゴイネルワイゼン(1980年 映画)

鈴木清順監督作品。内外の多数の映画賞を受けたことは知っていたが、こういう映画とは知らずに観ていなかった。

全編を通じて支配するのは、妖気、エロス、不条理。全くタイプの違う二組の夫婦。盲目の旅芸人、次々に亡くなっていく登場人物たち。幻想かリアルか。

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一組目の夫婦は故原田芳雄と大谷直子。大谷直子がスペイン風邪で亡くなると、後妻で登場するのが大谷直子。このあたりから映画は混迷しているのだが、まだ理解可能の世界である。もう一組は故藤田敏八と大楠道代。(関係ないが、この二人はどちらも戦後の引揚組。釜山と天津。)

そして、実はこの映画を観ていると徐々に体温が下がっていく。体感温度では、半分の1時間経過時には体温は34度位になっている。不気味な映像や不気味な音響効果のせいだ。

そして後半になるとさらに、筋立てが怖くなる。悲運なできごとが続く。そして得体のしれない妖怪が映像を支配しているように感じ実感体温は30度まで下がる。そして最後の最後に至り、もしかしたら藤田のこどもかもしれない未亡人大谷直子のこどもが三途の川の川岸で藤田を待つ。生きているものは本当は死んでいて、死んでいるものは本当は生きているということになる。ここで体温は一気に25度に下がってしまう。

つまり米国映画「シックスセンス」みたいになるのだが、それでは映画のどこで、生と死が入れ替わったのか。思えば結核で亡くなる寸前の義理の妹が何年間もいつまでも登場しているし、漠然とした疑問を感じていたのだが、もう一回最初から観ると、冷凍人間になってしまいそうなので、野暮な詮索はやめておく。(悪夢)  

2015年03月04日

そういえば、アラビア語

ずっとずっとずっと昔のことなのだが、アラビア語を数年間勉強していたことがある。実家の片付けをしているうちにテキスト発見。テキストに細かく日本語や英語の書き込みが残っている。なにしろ辞書がアラ英辞典だった。

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なにしろ難しい!!

アラビア語は口語体と文語体がかなり離れている言語で、一般的な文書で書かれるアラビア語は西欧語でいえばラテン語のようなもの。ラテン語は通常は使う人がなくて、イタリア語やフランス語やドイツ語、英語といった立派な言語があるし、ラテン語覚えるというのは一つの特殊な学識と言われる。

ところがアラビア語の場合、文語体には趣味を超えて立派な意味がある。この言語でコーランが書かれている。だから、アラビア語を学ぶことはコーランを勉強することにつながっていく。

それと、この右から左に書く不思議な文字だが、いわゆる表音文字で、文字と発音がリンクしている。だから、文字を読むのは数時間で覚えられる。文法というか、言語の構造を理解するのが一苦労だ。

そして、当時勉強したことが役に立ったかというと、二回か三回か。

一つ目は数の呼び方、1=ワーヒドン、2=イスナーニ・・・といったとこ。中東に行って飛行機に乗ろうとすると必要だった。空港では、○○行きは○○ゲートに、という放送が流れる。母国語の放送の後、英語放送。つまり英語を聞いた時には、すでにアラビア語の放送は終わっていて、ゲートの近くに集まるのはアラブ系の人たちばかりだ。あちらの人は日本のように列を作る習慣がなかったので、ゲートの周りに何重にも円をなして集まっている。後から並ぼうと思っても、どこに並べばいいかわからない。

そして、予約システムの問題と思うが、席がダブルブッキングになっていることが多かった。やっとたどり着いた自分の席にすでに誰かが座っていて、「残念ですが・・・」ということになるわけだ。最初のアラビア語放送の時に、アラブ系の人たちと一緒にゲートの混雑の中に割って入らないといけないわけだ。その時に、1から10までの数字を知っていれば指定ゲートへ走っていけるわけだ。


それと、現地でタクシーに乗った時に、字の読めない運転手がヒルトンホテルの前を通過してしまいそうになった時に、あわててストップ指令を出したこと。

次は、文字を読む方だが、その頃に勤めていた会社のグループ会社の社員の奥さんがエジプト人でカイロ大学に通っていたのだが、病気になり日本の会社の健保を適用することになったのだが、その奥さんと社員が結婚している証明書が必要という話になる。送られてきたアラビア語の証明書を翻訳しようとしたのだが、そこにはそういうことは何も書いてなかったわけだ。要するにカイロ大学の在学証明書。

まあ、その書類を突き返して別の証明書を取り寄せる気力はないわけで、適当に翻訳してお仕事完了ということになったわけだ、。


そして、この難しい文字ではあるが、ここ十年あまりで、中東諸国の識字率は急速に上昇しているようだ。安定している国では90%を超えているし、不安が漂う国でも70%以上にはなっているようだ。

識字率の件は、別に書いた方がいいだろう。  
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2015年03月03日

世界から猫が消えたなら(川村元気著)

neko突然、脳腫瘍で余命数週間と言われたら、・・・

残る日数でできることは何かと言われても、ほとんどの人はたいしたことをしないだろう。もしも世界的発明でもしていてまだ論文を書いていないとか、そんなことは数百万分の1だろう。

ただ、謎だらけの自分の歴史を振り返って、解けないことを知りたいと思うかもしれない。人生の分岐点となった、恋人との別れの意味あるいは原因を知りたいとか、親と不仲になっていったその原因とか・・

ある意味、最近読んだ「流星ワゴン」だって同じ方向性の小説だろう。そちらはタイムマシンが登場するが、「世界から猫が消えたなら」では、悪魔が登場して、余命少ない青年と悪魔の交換条件を取り決める。

そして、物語が淡々と進み、青年は自分史の過去について、一つ一つ意味を解いていくわけだ。最後はともかくも暗闇の中の一筋のを糸つかむことだけはできることになる。

全体的に流暢な文体であるが、題材が重く緊迫感があるため、一字一字丹念に読んでいこうという気にさせる一冊であるといえる。  
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2015年03月02日

西大寺会陽

会陽とは「えよう」と読む。れっきとした仏教的儀式なのだが、3月に行われる西大寺会陽は、別名「裸祭り」ということになっていて、日本三大奇祭の一つと言われる。じゃあ、他の二つはどこかというと困る。何しろ全国二十余の祭りが奇祭と自称している。

で、上空から投げられるご宝木をつかんで、ゴールに向かって走るわけだ。バトンリレーと違うのは、バトンを取られないように走ること。

そしてユニフォームは、白ふんどし。そして男性以外は参加困難だろう。ソフトバンクのお父さんも難しい。口でくわえて走るのは無法だ。

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で、この祭りには多くの人々が全国から集まる。大別すると、ふんどしの人と、観覧客。

神社の特等の場所に観覧席がある。そして、その両者に対して、岡山市から注意書きができているのだが、私の場合、もとよりふんどし側ではなく観客の方にしたいのだが、どうもずっと前から旅行会社のパックで参加しないといけなかったようだ。どうも岡山に来ても裸祭りも観ていないし、備前焼祭りにもスケジュールが合わない。

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席もないのにうかつにも現地に行くと、誤って裸にされてしまう恐れがある。白フンも白ブリーフも持ってないので、地元テレビでの観戦にするが、やはり放送事故ありそうだなあと思ってしまうのと、群衆の中で転んでけがをしないように、あらかじめ膝に黒いサポーターを付けている人がかなりいる。

まあ、西大寺に生まれなくて、よかった・・  
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2015年03月01日

竹喬美術館にあったのは

笠岡のカブトガニ館に行った際に、すぐそばに笠岡市立竹喬美術館があることを知っていたので、日本画を観にいく。日本画と言っても明治以降多様に発展しているのでさまざまで、小野竹喬描く風景は、まるで切り絵のように淡い中間色で、それは独特の風合いを感じるものだ。カレンダーなどで見ると心が落ち着くといったところ。もう今年のカレンダーは稼働中なのでカレンダーを買うことは絶対にないのだが。

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ところが、竹喬美術館にあったのは、もっと日本画の大御所である菊池契月の大量の作品。菊池契月展が開催中だった。竹喬作品は二階の一角だけだ。

もとより、超本格的な契月のことを知っているわけでもないので、一つの美術館で二人の作品を鑑賞するということを「幸運」と、考えることにする。(ちょっと無理があるが)

そして、どちらのことを書くべきかよくわからないのだが、二人の共通点は、京都に行って画家活動を行ったこと。契月は長野の出身で、竹喬は岡山笠岡の出身。作風はまったく異なると言っていい。細部にわたってこまめに対象の人物を描き分ける契月と風景を中心に、いたっておおまか雄大に感情をこめる竹喬。

しかし、大都市でもない笠岡の美術館の駐車場がいっぱいになるほど愛好家がいるということなのだろう。思うに、菊池契月のように精密な日本画を描くことはかなり神経を擦り減らす作業なのだろうが、一作を描き始めて仕上げるまでに、あまり余計なことをやったり考えたりしたらいけないのだろうね。
  

2015年02月28日

一番長い日が近づく

名人挑戦者を決めるA級順位戦の最終局が3月1日に開催される。

ケーブルテレビの囲碁将棋チャンネルで完全生放送されるのだが、最大の問題は、放送開始時間の番組表が配布されるのがちょうど月末から1日だからどうしようと悩んでいたのだが、完全生放送なのだから、朝からやっているに決まっているということに気付く。

現在までのリーグの星取表を調べると、名人挑戦可能性があるのが4人(6勝2敗が二人と5勝3敗が二人)。この関係が全5局中3局。そして降級二人枠のうち、すでに阿久津八段が全敗中で決定済みだが、残り一人の可能性は3名にある。結局5局のうち4局は重要対局で、一局はお気楽戦だが、こういうのが長くなったりして「味悪し」ということになることがある。

ところで、全敗中の阿久津八段だが、今年度の成績は11勝16敗。順位戦を除くと11勝8敗ということになる。今期順位戦全敗者はB1の飯塚八段でこちらは0勝11敗と記録的だが、今年度の通算成績は10勝19敗。順位戦以外は10勝8敗。もう一人はC2の内藤先生だが、こちらは2勝18敗なので、まあ引退やむなしということだろうか。

さらに全敗者の塩調査をしてみると、今までにA級全敗者は4名。昭和22年の村上八段。昭和35年の松浦八段。昭和55年の木村八段。昭和56年の石田八段。実に34年ぶりとなる。そして、この4人の中で、後にカムバックしたのは石田八段だけである。実に10年が必要だった。(上がるまでに苦闘し続けた反動からか、一期で逆戻りすることとなった。

そして、最終局に勝って全敗を免れるケースも数回あるのだが、その1勝が次期の成績に繋がるという結果にもなっていないようだ。


さて、2月14日出題作の解答。

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合駒2回探し。

動く将棋盤はこちら


今週の出題。

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手数は一桁台。もっとも、最終手と称する手には異論がありそう。詰将棋の仲間に入れてくれない人も多い。

わかったと思われた方は、コメント欄に、最終手と総手数と酷評を記していただければ正誤判断。
  
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2015年02月27日

伊予柑?

コンビニで昼食のパンを買おうとすると、妙な商品が目に入った。

伊予柑(いよかん)。

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口に広がる愛媛県産伊予柑の酸味。と書かれている。しっとり丹念熟成という言葉もある。

一方、「パン」という単語はない。しかし、みたところ、どうみてもパンだ。

ということで、確かめるためにも買ってみる。メーカーは神戸屋。

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まさか伊予柑がそのままパンに入っていることはないだろうと思っていたのだが、そのとおり中に入っているのは、「ママレード」。

実は、伊予柑ではないが八朔を大量にママレードにしたことがあるが、もともと蜜柑類はすっぱいため、ママレードにするには大量の砂糖をつかう必要がある。ということは肥満のもとかもしれない。

そして、このママレードパンだが、最大の問題は、ママレードの原料がどの種類の柑橘なのか、わからないことである。

さらに、アンパンにもこしあんと粒あんの二種類があるのだからママレードにも、粒入りとこしママレードの二種類があってもいいのではないだろうか。  
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2015年02月26日

007第3話&第4話

第三作はゴールド・フィンガー。1964年公開。

この三作目から、「恐怖」というテーマが加わる。全身に金箔張りにされ亡くなる美女、原爆爆発の危機、そして飛行機の中の銃撃戦で破れた機体から空中に吸い出される者・・・

そして、ボンドの秘密兵器は、ますます手が込み、さらにボンドカーは進化する。

フレミングの原作の順と映画の順は異なっている。といっても原作を読んだのは2作(ムーンレイカーとロシア)だけなので何とも言えない。

米国政府が秘匿する大量の金塊について原爆で汚染してしまい、結果として金塊の価格を暴騰させ、自分の金塊の価値を高めようという高等作戦を狙うのが犯罪組織スメルシュ。スペクターと別の犯罪組織。こんなにたくさん犯罪組織があるのでは大変だか、実際には犯罪組織は砂浜の真砂ほどある。

そして、1964年に原爆で金塊が汚染されていると、58年後までは金の価格が暴騰しているはずだから、2022年になると暴落するはずだ。もうすぐである。

そして、この作品は、かなりの部分を空中で展開するのだが、次作は海だ。

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第4話 サンダーボール作戦 1965年

 製作費は前作の3倍に膨れ上がる。また奇抜な仕掛けが多発。実は、これは観ていなかった。なにしろ、海中で戦闘が起きたり、人食いザメが暴れまわるし、たぶん1000人ぐらいが、あの世行きとなる。ヒューマニズム度はゼロパーセントだ。毎年のように新作が出るため、たぶんショーン・コネリーは1年中、働いていただろう。ボンドガールの数は前作より多いような気がするが数えきれない。敵も味方も次々に死んでしまう。

前作と同様に原爆テロである。実際に、いままで原爆テロは世界のどこでも起きていないが、実は、原爆よりも原子力発電所の方がもっと危険という現実がある。

しかし、二作まとめて書こうとすると、二作続けて観ることになるが、早く文章にしないと、どちらがどちらの話なのか、つい解らなくなる。まあ、基本構造は同じだからだ。  

2015年02月25日

陶磁の道(三上次男著)

tojinomichi「東西文明の接点をたずねて」という副題が付いている。1969年の書である。題名からして、中近東から極東にわたる陶器文化がどのように互いに関係していったかが書かれているのだが、ちょっと現代の感覚と異なるのは、「すべて中国がナンバーワンで、他の国はその影響を受けている」という方向で書かれていること。

まあ、半分は当たっているのだろうが、現代中国をみて、あまり過去の栄光を尊重しているようにも見えないし、50年前もそうだったはずだ。

もちろん、エジプトにもシリアにもイラクにも土地の陶磁器があり、価値は高い。さらに本書には登場しないが、日本でも縄文時代にはきわめて個性的な土器が焼かれ、その後、中国の陶器とは独立した形で全国各地で美の追求が行われていた。

たとえば、土色の素朴な古備前焼など、どうやっても中国陶器とコラボは難しいだろう。

そして、本書を読むもう一つの楽しさは、中近東各地で陶器片を探す(拾う)こと。エジプト、シリア、ヨルダン、イラクと歴史上の古都市をめぐる。

それらの国は、今や荒廃とテロが支配する地球上で最悪の地となってしまった。ある意味アラーは平等感を持っていて、遺跡などの観光資源を持っていない地からは石油が産出されるし、石油資源の乏しい国は観光立国になれるはずだったのだが、いままでは石油の方が巨額の利益を生んできた。

いまさら、壺を焼いたり絨毯を織ったりコツコツ働く気にはならないのだろうね。原発補助金でやりくりしている町のような話だ。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)書評

2015年02月24日

時価何億円?

東京駅から数分のところに、巨大な空間があることを知っている人は少ないだろう。

といっても、地下の秘密防空壕というようなものではなく、某ビルの一階。といっても、ビル一階のホールスペースということでもないし、テナント料が高過ぎて借り手の見つからない空き室ということでもない。

tokyo


なにしろ、いつも誰もいないわけだ。

なんのための場所なのか不明だ。

あまり有名じゃないのは、紹介しようにも、その場所を他人に伝えようと表現することが難しい。この空間は、何か?

単なる通路?

芸術?

設計ミス?

1年ほど前にこの場所を見つけたのだが、ここが今後どういうことになるのか、楽しみにしているのだが、現状よりスリリングなことが起きるとは、とても思えない。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)市民A

2015年02月23日

「芭蕉という修羅(嵐山光三郎著)」連載完結

新潮社の書評誌に長らく連載中だった『芭蕉という修羅(嵐山光三郎)』が、ついに完結した。

松尾芭蕉という武士であり隠密であり水利工事家であり俳諧のドンである複合人物を一から掘り返した怪書であり、これから一冊の本として発行されれば、何らかの話題になり、そして批判もされるのだと思うが、著者のかなり鋭い分析が陽の目をみることがうれしい(芭蕉ファンとして)。

basho


ただ、全体の連載の中のページ数の読みが甘かったのか、最終回は、どうあれ詰め込み過ぎだ。芭蕉の最後の1年をまとめて詰め込んでしまった。この部分は、単行本にする時には、書き加えというか書き直しとなるのだろう。

特に、この最後の1、2年に病気をはじめ身の周りの不運が続き、さらに「奥の細道」の刊行について思い悩んでいたようで、やっとそれらの手はずが整い、自らの没後に「奥の細道」が世に出る仕組みを作り、そして思いつのる形で、長崎をめざして旅に出る。長崎は弟子の去来の故郷ではあるが、果たして弟子の故郷に行きたくてしょうがなくなるようなことがあるのだろうか。

著者は唐突に、「俳諧は危険な文芸で、芭蕉の本能は都市をめざす。」と書く。そうだったのだろうか。芭蕉の修羅は都市の中にあったのだろうか。「都市と農村の対峙」というのは近代日本の韻文学の中で、石川啄木や寺山修司はじめ多くの詩人を悩ませてきた問題だが、芭蕉は単に「都市が好きだった」ということなのだろうか。では、長崎に何を期待していたのだろう。50歳の旅の途中で力尽きた天才にあと1年の猶予があれば、・・

*本連載には南伸坊氏の挿絵が入るが、隠密であり心に修羅を抱えた芭蕉一生の書にはちょっと似合わないような気がする。描き直しか、消去ということになるかもしれない。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)書評

2015年02月22日

笠岡市立カブトガニ博物館

実は、岡山県の西端にある笠岡市の小さな博物館にはそれほど期待していなかったが、行ってみると、地元に生息している生きた化石といえる「カブトガニ」を十分にアピールするすばらしい場所だった。

ただ、大きな疑問は、「博物館」と命名されているが、「水族館」ではないだろうか。生きたカブトガニが水槽の中で泳いでいるわけだ。さらに飼育も。もちろんイルカやアザラシじゃないので、ショーをしたりはしないのだが。

kabutogani1


で、生まれて初めてカブトガニを見るのだが、まず建物自体がカブトガニの形になっている(後で気付いたが)。そして、入口のそばの水槽ではカブトガニが遊んでいて、裏返しになったり、立ち泳ぎを披露している。腹の方からみると、まったく気持ちが悪い姿だ。蟹ではないので蟹と比べるのはおかしく、クモの一種と考えられているようだが、足の動きはクモ的だ。えらがついているが、えらは下半身の方にあるので、他の動物のどれにも似ていないと言える。目は甲羅側に二対あるが、複眼式と単眼式と2セットになっている。

血液はしっかりと心臓からインとアウトの二系列になっていて、この血液は医薬品に使われるために、強制的に献血させているそうだ。3分の1を抜き取っても問題ないそうだ。

生まれてから約14年で成体になる。寿命は約25年。大人になってからは短命だ。そして世界にカブトガニは4種類しか残っていない。北米(フロリダの方)に1種類。東南アジアに2種。そして日本に1種。日本のカブトガニが一番大きく体調はメスが60センチ、オスが50センチ。

日本のカブトガニとアメリカのカブトガニの生態はかなり異なっている。というかアメリカのカブトガニはメスに比べてオスがかなり多く、産卵期には海岸に向かうメスに対し、大挙してオスが群がるというワイルドな男女関係が見られるが、日本のカブトガニは、産卵期でなくても(つまり、いつでも)、特定のオスとメスが対になって行動している。

kabutogani2


だから、捕獲されるときも一対になっていることが多いそうだ。しかも「対」というのが、人間の夫婦のように観念的なものではなく、物理的にメスの背中にオスが乗るというような形になっていて、オスはメスにつかまるために足の爪がカギ型に特化しているし、うまく密着できるように甲羅の前側が凹んでいる。

ただ、水槽の中を観察してみると、しじゅうくっついているというのではなく、すぐ近くにいて、くっついたり離れたりしているようにみえる。オスはメスの上に乗って、食べ物を探したりする場合にはメスに行き先を指示しているようだ。ただし、餌を食べるのはメスが先だそうだ。オスが太ったら上に乗れなくなるからだろうか。だから、産卵に行くのも対でいくのだから、争い事は起こらない。

で、2億年前の化石と現在のカブトガニの形態はほとんど変わっていない。地球上のその他の生物は、微生物を除けば、すべて進化したり滅亡したりしている。なぜ、カブトガニだけが進化しなかったか(あるいは滅亡しなかったか)というのは、この生物の最大の謎とされているのだが、博物館側の見解は簡単だ。

「完全な生物だから」。

ということらしい。強固な外敵からの防御システム、逃げ足早く、砂に潜って隠れるし、なんでも食べる食の弾力性、そして食べてもまずい感じだ。調査団は東南アジアの魚市場を探索するも、食材にはなっていないようだ(海辺にはもっとうまいものが沢山ある)。

なんとなく、日本の特徴に似ているような気もする。専守防衛の自衛隊。日本食の多様性。食えない日本人。
  

2015年02月21日

人狼名人たち

本年1月3日「今年の応援」の中で、順位戦復帰をめざす熊坂五段と異色の作戦で戦う糸谷竜王、医学と将棋の両立で苦心している伊奈川女流初段を取り上げ、さらに2月7日「今年の応援の続き」として勝星を一つ積み上げた熊坂五段と、相手の駒台に駒を置いた糸谷竜王に触れたのだが、その時に伊奈川初段の「人狼」の話を書くつもりだったのだが、その時に起きていたIS-STATEによる人質事件に配慮して自主的に後回しにした。

なにしろ、人狼は、人間と人間になりすました狼=人狼の戦いがテーマになっていて、「二つのチームに分かれ」、「毎日一人ずつ消す」とか、相手の真意やウソを見抜いて人狼を見抜いたり、人狼側はなんとか一般市民に紛れ込もうとする、というアブナ過ぎるゲームだからだ。元々はロシアで「市民とマフィア」という構想で発生したらしく、たぶんプーチン大統領なんかチャンピオンクラスだろう。「市民とマフィアとKGB」とか。プレーヤーはそれぞれ占い師や霊能者、背徳者、妖狐、狂人とか役割を与えられる。将棋の駒と同じだ。

jinro


で、ニコ動でも将棋棋士が参加する人狼は人気らしく何回も組まれている。そして、その不動のメンバーの一人が伊奈川さんのようだ。観ていると将棋棋士側は「伊奈川、中田功、香川、村中、門倉」の5人だが、何ゲームか見ていると、伊奈川、中田功の二人が横綱級。香川=大関、村中・門倉=幕内か十両という感じだ。どうも伊奈川、中田功、香川の3人が常連のようだ。そして、横綱二人は、あまり発言をしないで他人の話を聞いて分析を続けているようだ。そして、かなり早期にゲームの方向性を捻じ曲げてしまうような発言で場を誘導している。

jinro0


そして、YouTubeでは伊奈川さんが羽生名人とタイトル戦の解説の場で、ずっと「人狼のルール」を名人に説明し続けているのがわかる。「ウソをつくとき緊張します。」ということを言っているのだが、勉強中の医学の世界では、時々患者にウソを伝える時があるはずだが、そのつど緊張していたら患者に見破られるのではないかと思ってしまう。

患者「あとどの位・・・」
医師「(秒読みです・・と言いたいが)病院出られるのはもうすぐですね」

で、伊奈川さんは、羽生ファンだそうで、タイトル戦の解説は全く行わずに、二人で将棋以外の話をするだけして退席してしまった。どうも数十年前に起きた男女名人同士の事件のプレイバックが起きる予感がないわけではないが、一方は女流名人になったわけじゃないし、一方は相手が医学部生であることすら知らないようだし、まあ何も起きないだろう。

しかし伊奈川さんが羽生ファンであることだが、2006年11月19日「伊奈川新女流棋士誕生パーティへ」で書いたように、プロになった時の披露パーティの席で、男性ファンの一人から「昔、八王子道場で羽生少年にやっつけられたカタキをいつか討ってくれ」という内容のスピーチがあったことを、覚えている。

仮に女流タイトルをとれば男性棋戦への参加もあるだろうし、さらに勝っていけば、いずれ羽生さんと対局することになる。つまり、ファンではなく、ライバルであるべきということ。

どうも人狼名人になってから、将棋も強くなったと言われているのだが、たとえば故大山名人は全然手を読んでないように見えると言われていたのだが、ひたすら相手が何を考えているかを推測して、その対応だけ考えていたのではないだろうか。そうなると省エネ思考法になるわけで、結局終盤に体力や気力を残しておけるわけだ。あるいは、対局中にあやしい口三味線でも打っているのか。

医学と将棋と人狼までやっている多忙人間には合理的なやりかたなのかもしれない。


さて、2月7日出題作の解答。

a12


▲1四飛 △2二玉 ▲1二角成 △同歩 ▲2四飛 △1三玉 ▲2三銀成まで7手詰

動く将棋盤は、こちら。簡単すぎた。


今週の問題。

0221a


手数は長いが、・・・

わかったと思われた方は、コメント欄に、最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(3)TrackBack(0)しょうぎ

2015年02月20日

七段仕込みの清酒

nanadan倉敷の平喜(ひらき)酒蔵の酒は、「喜平」という。創業者が喜平さんだったのか平善之介という名前だったのかよくわからない。

喜平という酒の中にグレードがあるようで、高いのと安いのを飲んだあと、あまり口に合わないので、中ぐらいのを飲むと、これがもっとも口に合った。中流階級だからだろうか。

で、「七段仕込み」と書かれていて、「従来の日本酒は『添、仲、留』の三段階で仕込むがこの酒はさらに四段から七段にかけて、・・・・長い時間と手間をかけて仕上げた」となっている。私も将棋は六段だが、やはり長い時間が必要だった。七段にあやかりたいと思うわけだ。最近は高級車の変速機も六段というのが増えているようで、やはり七段は難しい。

原料米は、山田錦ではなく、岡山に多い雄町米でもなく、あけぼの米。地元の食用米だが、近年、牛丼チェーン店で使われているらしい。

ただ、飲んですぐ感じたのが「大関」に近いな、という感じ。このように「越の寒梅」とか「菊正宗」とか、○○に似ていると感じさせるのがメジャーブランドというのだろう。こういう社を代表する味に辿りつくまでが苦労の連続で、あれこれと、手を変え、品を変え、商品の種類を増やしていって自滅するのが日本企業の癖といえばそれまでだ。

実は、喜平はそれほど高い酒ではないが、倉敷の居酒屋ではあまり飲めない。居酒屋は高い酒だけを用意して、一夜限りの旅人から搾取を図るのがご当地流になっている。だから喜平は好まれない。

ただし、喜平ばかり飲める店があって、酒蔵が自ら「喜平」という居酒屋を営業している。いずれ飲み倒して、それを機に、全国居酒屋めぐりを始めて「おおた葉一郎の居酒屋五十三次」でも書いてみようかと思うが、困ったことに「太田」という別人が居酒屋放浪記を書きまくっているので、兄弟か子どもと勘違いされないように、その際は「織田葉一郎」と、有名な元スケート選手の苗字を借用することにしている。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)あじ

2015年02月19日

東京駅開業に関する小話

東京駅開業百年記念行事が数々行われているが、ちょっと角度を変えた話。

まず、開業したのは大正3年12月20日。その頃の日本はかなり鉄道網が充実していて、新橋から下関まですでに開通していた。また、東北方面にも上野が拠点駅になっていた。そして、なんとなく新橋と上野をつないで、その真ん中に東京駅をつくる話になった。

とはいえ、日本はロシアと戦争をすることになっていたわけだ。となると、おカネもないし、鉄材も不足。ということで、戦争終結後、ついに東京駅が完成した。

そして、今、東京駅に行くとさまざまな記念行事が行われて賑やかなのだが、かわいそうなのは、鉄道の主役であった新橋駅だ。

なにしろ、新橋駅は、「新橋」という名前すら奪われ、「汐留貨物駅」に格下げ。飲酒運転が発覚し三階級降格となった人事発令みたいだ。

一方、旧新橋の次の駅だった「烏森(からすもり)停車場」が「新橋駅」に昇格となる。ただ、一部では、元の駅に遠慮して、「新新橋」と言う人もいたようだ。

さらに駅長の話。元の新橋駅の駅長は高橋善一氏という方だった。新橋駅第三代駅長だった。この方の運命は?

東京駅初代駅長である。つまり、古い駅を捨てて新しい駅に向かったそうだ。

現在の感覚では、それほどおかしくない話なのだが、当時の社会での感覚は異なるようで、「椅子を担いで東京駅に向かった」とか「新橋から優秀な駅員だけ選んで東京駅に連れて行った」というようなことを新聞に書かれている。軍艦の艦長が船と運命をともにするように、駅と運命をともにするのが筋と思われたのだろう。

そして、駅長椅子の引越しがすんで、翌朝、東京駅発の最初の列車は朝5時20分の始発である。

yokosuka


行先は、結構マイナー。横須賀行きだった。

しかし、東京駅には今と同じようにマニアが押しかけたようだが、この日、東京発の乗客が最大数下車した場所は、隣の新橋駅だったそうだ。

一方、前日おわかれとなった旧新橋駅にも懐古趣味のマニアが集まっただろうが、残念なことに記録は残っていないようだ。

今後、東京駅が廃止になる時には、集まるだろう鉄道ファンの声も大きく報道されると思っている。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)歴史

2015年02月18日

007第1話&2話

BSジャパンで「007シリーズ」の放映が始まった。といっても全23本プラスおまけ2本の25本を全部放送するのかどうかはわからない。とりあえず、一月に2本ペースみたいだ。1年続けば完結する。

それほどこだわるなら、全編セットの箱モノを買ってしまえばいいのだが。あとで邪魔になるだけだし、実際観たのは半分ぐらいかな。初期の頃のは観ているような気がするが、自信はない。なにしろ、極端に言えば、全部ストーリーは同じとさえいってもいいかもしれない。1960年代から50年経ちながら、なぜかこの映画関係者は長寿を誇る人が多く、ほとんどの関係者が生存しているようだ。一方、スクリーンの中では毎回100人以上1000人以下の死体が転がる、もっとも体力があって元気でないと出演できないだろう。

で、1本ずつ感想を書いていると、007だらけになるので、とりあえずまとめて2本ずつ。

まず、ドクター・ノオ。1962年制作。冷戦構造が定着した頃だ。朝鮮動乱とベトナム戦争の間というべきか。米ソで宇宙開発をしようとしていた時に、妨害しようとするグループが現れる。シリーズ第一弾ということで、予算が少なく、殴ったり蹴ったりという格闘が多い。第一作はまだ方向性が定まらず、人が一人なくなるだけで大騒ぎになる。

大ヒットし、第二弾からは巨額予算が使われることになる。

0071


第二話、ロシアより愛をこめて。

第一作の成功で大予算がつき、世界中で撮影が行われる。本物の米ソ直接対決があるため、スペクターという犯罪組織が登場して、KGBの身代わりになる。当時のロシア人は映画を観ることができたのだろうか。個人的にはシリーズ中、好きな1本である。今回から、特殊兵器(装置)がテーマの一つになる。まだ小道具の類だ。

イスタンブールからイタリアに向かうオリエント急行をテーマにするとは、なかなか凝っている。これと、ムーンレーカーは原作を読んだこともある。本作以降、ストーリーはほぼ同じになる。

本作のボンドガールはシリーズ中ナンバーワンと言われる。本作では人権尊重されているが、以降、セクハラ対象と化していく。英国紳士の本音だろう。ショーン・コネリーはおいしい役を続けて、さらに老年になって、モデルチェンジして、名老優となった。稼ぎ過ぎだ。
  

2015年02月17日

流星ワゴン(重松清・書籍)

日曜夜のテレビドラマの結末を早く知ろうかと思って、読み始めたわけではないのだが、そういうことと同じになってしまった。ということで、次の展開を知りたい人もいるでしょうから、あらすじをダラダラ書くわけにはいかない。

ドラマの設定が、広島県福山市の鞆の浦(とものうら)であるのだが、実は、数週間後に鞆の浦に行って、イベントに出席(というか当事者)することになっているため、ドラマが話題になることを予測して、あらかじめ勉強しようと思ったわけだ。そして、現在、ドラマ放映が進行中なのだ。

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以前、鞆の浦には行ったことがあり、ドラマの中の永田家のあたりは、海沿いできわめて細い道で土産店とか坂本竜馬がいろは丸衝突沈没事件の賠償交渉を行った場所などが並ぶ。有史以来の天然港であり、一方で、海岸道路の設置で地元の意見が「観光か生活か」で分かれている。

そして、一冊読んで、本の内容には、少しショックを受けたのだが、もっと大きなショックを受けたことがある。

ドラマでは鞆の浦が舞台なのだが、原作では鞆の浦の「と」の字も出てこない。

だいたい現在第六話あたりを進行中だが、そのあたりは原作にはないことが多い。

原作は、永田家の祖父と父、父と息子、橋本家の父と息子の3組5人の男の物語なのだが、うち二人は幽霊で二人は幽霊もどきである。幽霊はホンダのオデッセイというワゴン車を自由に運転して時空間を移動し、男たちの自分史上の失敗をなぞっていく。そして、タイムマシンの様に過去の中に永田一家をおきさりにしたりする。

で、タイムマシン小説の定めである「未来を変えてはいけないが、一つくらいは例外がある」という方向に進んでいくわけだ。

なぜ、オデッセイに乗るかということだが、ギリシア叙事詩であるオデュッセイアにつながるからだ。海外の戦争のあと勝者であるオデュッセイアは、さまざまな複雑な事情が起きて簡単に故郷に帰ることができず、長い長い旅路の末、へとへとに消耗して帰還する。車種に名前が付いたのも、へとへとの旅をイメージしてのことだろう。本作はタイムマシンの旅。

そして、原作では、ちょっとパッとしない結末に進むのだが、それではTBSの視聴者は怒り狂って次のドラマを観てくれないだろうから、巨大な不幸か巨大な幸運を予感させるように書き直されるのではないかと思うのだが、巨大な不幸で終わるテレビドラマというのは基本的にありえないのだろうと推測する。

ところで、重松清氏は岡山県出身ということだ。倉敷に近ければ実家の撮影にでも行こうかな。県内出身の三人目の有名小説家(小川洋子・あさのあつこ・重松清)ということになる。
  
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