2014年09月23日

星間商事株式会社社史編纂室(三浦しをん)

hoshima川田幸代29歳。腐女子。同人誌を武器に、社の秘められた過去に挑む。というテーマの小説であるが、社会派小説ではない。ライトノヴェル的。

大きな会社にはよく社史編纂室(編集室)というセクションがあるのだが、早い話が、もっとも閑職であることが多い。さらにいうと、閑職にいくべき人が先にいて、その人たちを押し込むために作られる部門。

これが多数になると、キャリア開発室というような追い出し部屋になるが、数人の場合は社史を書くことになる。予定の創立○十周年に間に合わなくても特にお咎めなし、というか、永遠に編纂を続けた方がいいのだろう。

そこに配属された4人+X(X=0〜1)が、社史に空白期間があることに気付く。いわゆる「黒塗りの歴史」。

サリメリという日本の南にある新興国に進出する時に、現地の政治的リーダーに日本から女性をプレゼントしてコネクションを作ったという噂を突きとめる。某夫人伝?。某夫人は、その後体調をこわし、日本に帰国し、妹とチェンジ。妹は政変により一族で米国に逃亡し、その後の行方は不明。

私が書くなら、社史はいったん横に置いて、米国に某夫人の妹を探しに行くことにするのだが、その筋では取材が面倒と作者が判断したのか、ストーリーは「裏社史」に向かう。

社の予算で製作する正規の社史と、編纂室ご一同様のポケットマネーで作る裏社史が同時並行状態で完成に向かう。日本書紀と古事記みたいな関係だろう。そこに社内抗争が・・

結局、社史は2冊セットで完成するのだが、なんとなく米国で行方不明にされてしまった妹のことが気がかりだ。作者として責任もってほしいところだ。
  
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2014年09月22日

花飾りも帯もない氷山よ/楽屋(演劇)

hanakazari恐い映画をDVDばかりで観ているのもなんなので、麻布演劇市に行く。ちょうど演劇市200回公演。演劇集団「いたわさ」。

演目は、『花飾りも帯もない氷山よ』と『楽屋』の二本立て。ともに劇作は清水邦夫氏で40年ほど前に初演が立っている。清水氏の作風が、世界に対するプロテストから人間の内面に向かってきた時期の作と言うことらしい。それと、『楽屋』は、日本でもっとも数多く公演された演劇ということ。

まず、『花飾り・・・』。難しいし、恐い。ちょっと酔っ払った40男が迷い込んだ不思議なシチュエーションで、10年前に亡くしてしまった赤い染みのついたセーターを見つける。同時に見つけたのは男の過去にかかわる人たち。亡霊なのか、あるいは彼の記憶の中に生き続ける幻想なのか。あるいは彼自身が亡霊なのか、あるいはこの劇そのものが、観ている私の脳の中に潜む幻想なのか。

そして、『楽屋』。チェーホフ劇の裏話みたいな劇。楽屋の隅の方に漂う、嫌なにおいのする気体をとりあげた筋立てなのだが、あまり好きになれない。ちょっと道徳観が自分と違うような・・

  

2014年09月21日

神戸文学館で感じた色々なこと

神戸の王子公園の一角にある神戸文学館。道をはさんで横尾忠則美術館がある。どうも、美術館と文学館と動物園とサッカー場が固まっているが、訪れる人は趣味がさまざまなのだから、美術館は美術館だけで神戸の一角にまとめるとか、文学館は図書館の近くにするとかすればいいのだけど、それぞれに成り立ちの理由があるのだからしかたがないかな。

で、訪れる前は、あまり大きな期待はしていなかった。だいたい、あまり神戸文学というものを知らないということもある。林夫美子とか代表の一人らしいが、彼女を結びつけるなら尾道でしょ、ということになるし、横光利一なら上海でしょ、とか。神戸を描くなら、大阪と神戸とを差別化した作家じゃないといけないし、だいたい大都市なのだから、たまたま住居として神戸に住んでいる人もいるし、それって神戸文学じゃないと思う。

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そして、建物。やや狭いが立派だ。大ホールである。どうも関西学院大学のチャペルだったようだ。関西学院の発祥の地らしい。というか敷地はそのままかも。神戸市内最古の木造教会だそうだ(とても木造には見えないが)。

そして、展示を見ているうちに、神戸文学というのは何種類もあることがわかってきた。

まず、前述したように、「神戸に住んでいた作家」。「神戸に移り住んだ作家」。「神戸のことを書いた作家」。というようなことらしい。「住んでいた派」の代表は、村上春樹かな。「移り住んだ派」は「谷崎潤一郎」。「神戸を書いた」のは野坂とか林夫美子。

でも一覧表を見ると、堀辰雄とか正岡子規、横溝正史、北原白秋とか意外な名前が並ぶ。

戦前には分野が違っても、サロン的雰囲気が神戸にあったのだろう。また関東大地震のあと、東京、横浜から神戸に移住した外国人も多かったはずだ。

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後で調べてみると、村上春樹は芦屋の高級じゃない方のエリアにこどもの頃、住んでいて、高校はこの近くの県立神戸高校だったそうだ(その後、早大)。仮に灘高校から東大に入っていたら、ノーベル文学賞候補コースにはいかなかったかもしれないが、本当は国立大学に行っていれば文科省のスウェーデン大使館出向者を中心としたロビー活動ですでにノーベル賞を受賞していたのかもしれない。依然として日本人で私立大学卒業者の受賞者はいない。


神戸の美術館、博物館はあらかた回ったので、これにて終了しようと思っていたのだが、どうも「安藤忠雄設計の建物見学コース」というのがあるらしい。神戸市内に、かなり多いようだ。喫茶店や個人邸もある。ただ、設計した建物の一覧表という感じなので、果たして巡礼の旅が一日で終わるのか一週間かかるのか、市内の地理に不案内なもので皆目見当がつかない。

住宅向けの小さな建物があったら、手に入れてみたいな。(もちろん冗談。犬小屋だけとか。)  

2014年09月20日

脳ビルの事例に「将棋」が

chinou2プレジデント誌の9月1日号では羽生名人が、人間とコンピューターが将棋を指すのは無意味というような意見を述べているのだが、別のページでソニー所属の脳科学者茂木健太郎氏が「近い将来、名人や竜王などのタイトル保持者と対戦して勝つときが来るかもしれない」と予言している。

そして、人工知能の発達がめざましいことの副産物として妙なことを書いている。

まず、ある「ベテランの棋士」が、最近復活を遂げているきっかけが、人工知能と将棋を指すことにより棋力がめきめき上がったということをあげている。

固定観念にとらわれない性質を活かすことで、なまりがちな頭脳を鍛えるよき「トレーナー」になっている、と書いている。

肉体のトレーニングと同じ理屈で、負荷を上手にかけてあげれば、それだけ強くなる。問題は負荷のかけ方らしい。

ボケ防止のための脳トレというのは、すでにあるのだが、もっと積極的に肉体のボディビルに相当する脳ビル(おそらく新語)に取り組もうという「気合」をいまから高めておきたいものだそうだ。

ところで、「ベテラン棋士」って誰なのだろう。私の師匠は好調だけど、単に竜王戦の落ち武者狩りをしているように見えるし。女流棋士かな。もしかして、羽生名人?

しかし、年をとっても、脳トレとか脳ビルとか追い立てられて、幸せってなんだろうか。そのうち、脳の中から将棋以外の記憶や知識を消去して、老化していく脳の機能を「将棋だけに集約」する方法とか登場するのだろう。


さて、9月6日出題作の解答。

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動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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詰め上がりは、ある幾何学模様になるのだが、その形をどういう数学的名称で定義すればいいのか、中学時代の不勉強のせいで困っている。「四等辺平行四辺形」かな?

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ正誤判断。
  
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2014年09月19日

COME TOGETHER

スコットランドの独立が、失敗した後、もっとも残念なのは、スコットランド承認の第一号を狙っていたロシアかもしれないが、とりあえず大英帝国最後の首相となることを免れたキャメロン首相は、ほっと一瞬の安心感を得たのかもしれない。

演説の中で、スコットランド国民に対して、「COME TOGETHER」と訴えたのだが、それはビートルズの歌詞難解曲の一つでしょ、と言いたかったけど。なんとなく語感的には、「別の国」という感じが漂う。

欧州各地で独立運動が潜んでいることを考えれば、やはり日本にいて、国民の平等感に浸っていればいいのかなと、温泉に浸りながらウトウトしてしまう。COME TOGETHERと呼びかける相手はないのだけど、

まあ、スコッチウイスキーの未来に、万歳!!  
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スコッチ・ウイスキーが安く手に入るかな

スコットランドが独立するかどうかは、まもなく判明するのだが、本当に独立するなら、あと半年でも1年でも後に国民投票をずらす方が確実だっただろう。独立派が功を焦った可能性がある。不満は増大していく可能性があった。

さて、日本でいえば、北海道とか九州、あるいは沖縄県が独立するというような話で、ありそうもない。合併してから300年経っても、民族がちょっと違うとか、格差が拡大とか、やはり英国の光と影というのは内部的には大きいのかなと思ってしまう。

それと、日本の場合、各県や地方が分業化していて、独立するような政治経済状況にはなっていない。(というかスコットランドでもそうではないだろうかとも思うが)

「スコットランドといえば、スコッチウイスキー」というと、ふざけた書き方のようだが、実は、北海油田から産出される原油・ガス、金融業についで3番目の産業がウイスキーというのが本当らしい。ということは、自宅にある輸入品の中では、英国から輸入する額よりもスコットランドからの輸入品の方が多いのかもしれない。毎月、ジョニ黒1本。

そして、北海油田のことだが、実際、新スコットランドがどうやって油田からの利益を吸収しようというのかよくわからない。中東産油国のように、生産量の大部分を国有化して自分の直接利益としてしまうのかもしれないし、法人税収入の形で間接的に取り立てようとしているのかもしれない。

いずれにしても油田の利益に頼りきりになる国は世界にいくつもあるが、ご覧のとおり、ろくでもないことになりがちだ。

金融業は、スコットランドみたいな危ない国には残らないだろう。

そして、ウイスキー。醸造所は逃げられないだろう。問題は、作ったものが円滑に売れるかどうか。

まず、EUに入れるかどうかということ。実際、もっと危ない国もメンバーなのだが、お荷物を増やしたくないだろう。第一、通貨はどうなるのだろう。別通貨とすれば、中央銀行が必要だし、どうせ国債も必要だろう。

また、英国なら世界のほとんどすべての国に外交官を置いているが、スコットランドではそうも言えないし、他国の外交官が来てくれるかどうかもあやしい。もっとも日本の外交官にとって涎が出るのがゴルフ。セントアンドルーズがある。独立した暁には全英オープンが開かれるはずがないので、全スコオープンとかになるのだろう。


つまり、ウイスキーが売れ残る可能性があり、結果として安売りということになるのではないだろうか。逆に、ジョニーウォーカー倒産では困るし、街にあふれる失業者が飲んだくれて逆にウイスキーが不足するのかもしれない。

まあ、別の国に分れると、フォークランド紛争の時のように、英国軍国境突破みたいにやる方法もあるのだが、兵士の中にもスコットランド国民もまざってしまうのでうまくいかないのだろう。

当面、個人的な最大の問題は手持ちのポンドの下落懸念なのだが、ドル高利益で相殺ということだろうか。が、この二つは、関連していないところがあやうい。  
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2014年09月18日

江戸時代(北島正元著・岩波新書)

edojidaiちょっと、おさまりの悪い本である。『江戸時代』という書名というのが、大胆な感じで、一冊で江戸時代を書こうというわけだ。

著者は、江戸時代の政治経済史が専門ということだが、江戸時代というのが戦国時代の次であって明治時代の前である、という大きく異なる二つの時代の中に主に平和主義の3世紀があったのだが、現在感覚でいえば、平和と交換に徳川独裁の封建制を受け入れていた時代ということになる。

本書は昭和33年に書かれたものだが、まえがきで、「江戸の文化が肯定的に評価されているが、実際には封建制の社会であって、単に復古主義で江戸時代を美化するのはNOだ!」というような決意を述べられている。

要するに平和と封建制の交換はいけない、といっているわけだ。

それで、江戸時代を時系列的に、「覇権への道」「大名と牢人」「儒学と武士道」「村と町の生活」「元禄時代」「米将軍とその時代」「田沼時代」「寛政の改革と江戸文化」「天保の改革とその前後」の9章にわけている。

そして、その中で、徳川吉宗のこと。享保の改革。彼についてかなりのページをとっている。実際に徳川が長く続いた中興の祖である。徳川本家といっても実際には紀伊徳川家チームがワンセットで交代したようなものだ。

で、彼の政策の基本の一つが、増税。そして、殖産政策。実用的な西洋科学技術の導入。そして長く続いた低物価の対策として通貨政策に手を付ける。悪貨の増札によって、金づまりを解消する。デフレのストップに成功。

まったくアベノミクスと同じだ。

その後、享保の改革の効果は徐々に薄まっていき、長男家重に家督を譲り、時代は田沼意次に移っていくわけだ。
  
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2014年09月17日

久間十義氏は故渡辺淳一氏の後任なのだろうか

新潮社の月刊書評誌「波」には、自社出版物の紹介だけではなく、10人強の作家の連載がある。だいたい2年位連載して単行本となり、書店に並ぶ。1冊100円位だから、大変にお得だ。ただし、単行本を本屋やamazonで買うのと違い、自分で作家を選べない。

今月で14回目になる「デス・エンジェル」だが、一向に筋書きがつかめないというか先が読めない。というのも、久間氏の作風が、純文学なのか、ドキュメンタリー系なのか、告発物か、あるいは官能系か、あるいは新趣向か。そして連載なので、ページをパラパラ開いて傾向を確認することもできない。

なんとなく、大病院がテーマで、やや不審点の感じられる亡くなり方をされた老婦人という展開になり、医局に潜む秘密に迫るのかと思ったが、その線は後回しになった。女医とか美人患者に近寄り刺された医師とか、なんとなく方向がつかめない。さらに、超巨大な陰謀発覚のようなにおいもするが、この分じゃ、いつ終わりになるのかわからない。

と思っていたら、日経新聞に「禁断のスカルペル」という、女医の不倫をメインテーマとした連載が始まり、続いている。二つの連載を進行させながら、後で始めたものを先に終わらせるのだろうが、そうなると「デス・エンジェル」も不倫方向に転針するのだろうか。

もしかすると、ありのままの医局の世界って、そういうものなのかもしれない。

思えば、日経新聞小説部長との声もあった故渡辺淳一氏も、医師を辞め、小説家になった転機は、ある有名な手術に加わったことからだった。似ているような感じだ。

たぶん、久間氏が後継の小説部長になったのだろう。
  
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2014年09月16日

朝日謝罪、ちょっと違和感の部分

最近は、不動産業として絶好調の朝日新聞社が慰安婦報道(吉田証言)、原発撤退報道(吉田調書)、池上問題をまとめて一度の謝罪で済ました(済んでないが)。また、謝罪会見対象外だが、任天堂社長の架空インタビューも登場。

分類すると、

吉田証言・・調査不足または捏造幇助そして、その後の検証の遅延
吉田調書・・解読力不足
池上問題・・隠蔽
架空インタビュー・・偽装記事

吉田証言については、社内の新左翼的な記者たちが卒業してしまったことで、調査を開始したのだろうか。もはや傷つける人は、「社内には」いない。と思ったのだろうか。

吉田調書を発掘したことは評価できるとして、実際には解読は難しい。「今思えば」というような観点で考える視点も必要だが、先のわからない中で、事態の中にいた人間が取り得る選択肢の中で、それぞれの行動がどうだったか、というように考えることも必要と思う。菅首相の行動も、○とか×とか簡単には言えないような気がする。そして、東電社員がどこにいたかというような部分的な問題を大きく取り上げること自体、筋違いのような感じがある。

池上問題と架空インタビューは、論外。

そして、社長インタビューで気になった言い方というのが、「多くの東電社員が命令違反でその場から逃げ出したかのような印象を・・・」というあたりで、普通なら「東京電力の社員の方々」と言うのではないかと思ったこと。さらに「読者と東電社員のみなさまに・・」というようにお詫びのことをつなげたのだが、そこでも会社の名前位きちんと言えばいいのにと思ってしまう。そもそも、社長が謝罪会見するなんて想定外だったのかな。  
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2014年09月15日

山口淑子氏のことで

イサム・ノグチ氏のことは、今月の初めに彼が生涯の最後の仕事として設計した北海道のモエレ沼公園に行ったことでとりあえず書くことを止めようと思っていたのだが、たちまちの間に元妻だった山口淑子氏が亡くなった。資料を調べ直す気にはならないが、二人とも戦争の時代の中で幼年時に祖国を見いだし切れなかったという共通項で引きあったのだろうか。

米国に生まれ、日本に育つも、いる場所を失い、戦争中は慰問に行った日本人収容所に幽閉されてしまったイサムは、戦後広島では米国人として作品展示拒否にあったり、米国では日系として差別される。淑子も満映出身ということで、戦後は戦犯の疑いをかけられたり、イサムと結婚したものの、マッカーシズムの影響で「アカ」の疑いをかけられ米国には入国できず。

結局、鎌倉の魯山人の居候風の生活になってしまう。

しかし、そういう非日常的で過酷な運命が、二人の個性をそれぞれ輝かせることになったのだろうと思ったりする。
  
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2014年09月14日

山線

苫小牧で宴会があったのだが、時間の余裕を取りすぎていたため(といっても、時間に余裕は必要だが)、駅前のホテルから散歩先を探す。

事前の調査では、駅から北に2kmの緑ヶ丘公園に行って、市内の全貌を見渡そうと思っていたのだが、タクシーの運転手さんからの臨時情報で中止。

どうも、熊本県から「くまモン」が出張してきたらしい。公園は入場禁止になったそうだ。駅まで2劼任蓮△まモンが走れば15分ほどじゃないだろうか。日本全国、公園は危険だらけだ。蚊とか・・

で、ホテルに戻り、観光協会のホームページで、徒歩5分の「山線」を見つけ出したのだが、ホームページには、肝心の位置情報がない。徒歩5分といっても、どの方向か不明。ホテルのフロントに聞くが、ホームページを見たまま、考え込むばかり。「そういえば、この先の公園に鉄道の車両が何両もあったような気がする」ということになり、とりあえず見に行く。

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公演は、ホテルから徒歩1分。車両は一つだけ。人間の記憶は、ずいぶんアバウトだ。

それが、「山線」。

正確には「王子製紙軽便鉄道」。要するに、王子製紙が苫小牧工場から支笏湖まで走らせていた鉄道が「山線」と呼ばれていた。1908年に千歳発電所を建設するために敷設されたそうだ。

機関車は小樽で製造されたもの。貴賓車は1922年に、当時皇太子だった昭和天皇の視察に合わせて製作されたものだそうだ。

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そして、山線は、1951年に廃止となり、この機関車と貴賓車だけが残されることになり、東京の王子にあった「紙の博物館」に展示されていた。

が、何らかの事情で、苫小牧に戻ってくることになり、公園の中に佇む(たたずむ)ことになったようだ。

何らかの事情だが、実は昔の「紙の博物館」には行ったことがある。かなりの面積を「樺太の森林や工場」についての展示にあてていた。例の樺太の残留朝鮮人問題とも深くかかわる部分であり、微妙だなあ、と思っていたのだが。現在は建て直されたようだ。そして、軽便鉄道は、新しい博物館の中に場所を得ることがなかったのだろう。

(樺太の残留朝鮮人問題は、当初は、「元の国に戻れない」というのが最大の問題だったのだが、変質しているようで、「なぜ、朝鮮半島から樺太に行ったのか」というような政治的な論点に移っているように思える。さらに、日本が敗北宣言した日に、独立したので、残留交渉の当事者問題は、さらにややこしいわけだ)
  

2014年09月13日

若手に負けぬ秘密の習慣

「プレジデント」誌2014年9月1日号に羽生善治氏の「若手に負けぬための秘密の習慣」と題するインタビュー記事が4ページで登場している。

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7大タイトル独占から18年経って、「名人奪還」をはじめ、「変わらぬ強さ」を発揮し続ける彼の秘密を解き明かそうということだ。

ここで、ちょっと横道だが、プレジデント誌には、よく将棋ネタが登場する。囲碁ネタもみたこともないし、ゴルフネタや映画ネタもみない。編集長が有段者なのだろうか。あるいは、本当に経営とは将棋なのだろうか。

横道ついでに本日の主題だが、以前、渡辺明二冠が、「いつまでも羽生さんが強いと困るのですけど」と言っていたのだが、確かにタイトルの寡占状態が続いて対局料の偏在化が進むと、プロ棋士という職業が成り立たなくなることが考えられる。大山独占時代が続いたため、現在60歳あたりの棋士が少ないという結果になっている。

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で、本題に戻ると、確かに7冠王だった頃と、それほど勝率の変化は起きてない。(昨年度は勝率は低下したが、タイトルは増えた)

まず、一点目の加齢問題だが、読み方を変えることで対応しているということだそうだ。すばやく「見切りをつける」ということ。経験値で取捨選択をすばやくするそうだ。私も時々「経験上、君なんか何の役に立たないね」と言ってしまうがそういうことだろう。

そして、羽生さんは、二十代の私と四十代の今の私が対局しても、いい勝負だろう、と豪語してしまう。プレジデント誌を読んだ棋士は気絶してしまうだろうが、読むことはないだろう。

二点目として、コンピューターとプロ棋士の対戦は意味がない、と言い切る。将棋は人間同士が戦うゲームだから、コンピューターは「貴重な意見を提示する存在」という程度だろうと指摘。

そして、今、大切にしたいものというのが、「野生の勘」だそうだ。ますます故大山康晴名人に似てきた。というか、このまま頭髪が後退していって太縁丸メガネを着用すると、リトル大山とデビュー時から言われている渡辺明二冠よりも似ているのではないかと思う。60歳になっても、20歳の自分、40歳の自分と同じぐらいの強さというのだろうね。


さて、8月29日出題作の解答。

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途中で、角の短打が登場。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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寄せは「〇」に追え・・

格言にこだわらないこと。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数を記していただければ、正誤判断。
  
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2014年09月12日

北海道ラーメン道場3軒目

新千歳空港ターミナルビル内にある人気スポット『北海道ラーメン道場』には道内各地の10軒のラーメン店が出店している。札幌や旭川、釧路、帯広・・。その中で函館から出店の、『あじさい』へ。

函館ラーメンの特徴は「塩」。塩ラーメンである。塩と言うのは人間に必須のミネラルであるのだが、健康上は敵視されている。せいぜい、熱中症防止に有効と言われていて、熱中症防止アメにも、高血圧の人への注意が書かれている。

実際には、味噌や醤油にもたっぷりと塩は含まれているし、どちらが高血圧に悪いかは不明だ。さらに、今さら一杯のラーメンを前に健康を論じるのは無益だろう。ラーメン自体が健康に悪い。

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で、このラーメンは、塩ラーメンの原点というのだろうか。そういう味だ。

深く考えて書いているわけではないのだが、「函館」と「札幌など北海道一般」とは、違う文化なのだろう。江戸時代から交易地として港を中心に発展していた函館と、明治になって墾田兵や囚人の労働力で農地開拓を進めていた道内の各地。海の文化×内陸文化。

札幌ラーメンや旭川ラーメンの濃厚さは、屯田兵の食事の流れなのだろうか。

ところで、「北海道ラーメン道場」は全10軒中、3軒制覇したものの、全部行こうとはまったくこだわってないので。

それに札幌には、「ら〜めん共和国」があるそうで、そこは全8軒なのだが、「ラーメン道場」と重複出店も数店ある。「あじさい」もそうだ。しかし、「共和国」というネーミングも大きく出たもので、といっても「ラーメン王国」というのはありそうだが、「人民共和国」とすると物騒だ。

思えば、公表された「天皇実録」によれば、昭和20年8月の最終ご聖断は、ソ連参戦の直後だったそうだが、ご聖断が遅れていれば、石狩湾あたりから北海道にも進軍してきて、戦後は南北(あるいは東西)北海道に分割になり、札幌市にも壁ができていたかもしれない。「北海道民主主義人民共和国」。国民食はボルシチラーメン。チャーシューなし、コーンなし、シナチク数本。
  
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2014年09月11日

モエレ沼公園・こどもの心

イサムは少年時代を日本で過ごしている。横浜や湘南海岸。実父である詩人野口米次郎に捨てられた母レオニーは、太平洋を渡り東京に押しかけるが、すでに父は若い女性と結婚済だった。といっても米国には身寄りもない母は日本に住むことにし、イサム少年には手に職をつけさせるために大工道具を与え、大工の修業をさせていた。まさに1本のノミがその後の運命を決めた。

ということで、決して明るい未来を描けない少年時代を過ごした彼は、後年、遊具の設計にこだわり続ける。

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一言で言えば、ブランコやシーソーやジャングルジムがイサムの手にかかると一つ一つがアナザーワールドになってしまう。

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本当は、ブランコに乗りたかったが、落っこって頭部に台板の直撃を受ける危険が目に見える。シーソーは一人では楽しくないし、こども3人分の体重で危険。ジャングルジムは、サイズ違いで抜けられなく危険がある。

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モエレビーチ。こどもの水着を写すと逮捕の危険。

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そして、海の噴水。大人は風上で濡れないようにするが、こどもは風下で、わざと濡れる。

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そして、メインシンボルの「ガラスのピラミッド」。

欧州的なデザインを感じる。イサム・ノグチは彫刻の方では直線を使わないが、この公園では、山のデザインはじめ、結構、直線を使っている。

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ガラスの建物の内側から外をみると、結婚写真集作成のための撮影が行われていた。数年後に別れる時に、やはりガラスのピラミッドように危うい関係だったのか・・と納得するのかもしれないが、写真を高精度で分析すると、ガラスの向こうに悪魔風の男の微笑みが見えるかもしれない。


そして、明日の筋肉痛を予感しながら、赤い自転車の旅は終わる。

とりあえず、イサム・ノグチには卒業観ができる。次なる知的欲望の連鎖だが、

なんとなく自転車を買いたくなったが・・  

2014年09月10日

モエレ沼公園・大地の彫刻

造形アーティスト、イサム・ノグチのことに長い間こだわっているのだが、日本で、はずせない場所が2ヵ所。一つが香川県の牟礼にあるイサムノグチ庭園美術館。晩年、日本での拠点としていた。たまたま、源平合戦の最終局面の屋島合戦の古戦場と同じ場所にある。以前、苦労しながら行ったことがある。庭園内は撮影禁止になっていて残念だが、そこで彼が汗を流しながら石を削っていた事実が感じられる。

そして、もう一か所のポイントとなるのが、札幌市郊外にあるモエレ沼公園。本州からはなかなか行きにくいが、ついに門をくぐることになった。こちらは、もともと札幌市がごみ処理場としてモエレ沼を埋め立てることにしていて、ごみが一杯になった後の有効活用としてイサム・ノグチ氏に公園の設計を依頼。イサムは若い頃に思い描いた「グラウンドをデザインする」という構想を、ついに手がけることになった。すでに80歳を超えていた。

実際、彼によるデザインが完成した年、デザイン完成のパーティを前述する牟礼で開催した後、約1か月後にニューヨークの病院で他界する。彼の人生を語る上、その前半生の苦闘をともにした母親のレオニーのなくなった病院のすぐそばである。


まず、公園に着いて、最初に行くべき場所はどこか?何しろ、入場無料。

レンタサイクルである。200円。公園は広すぎる。しかし、よく考えると最近しばらく自転車に乗った記憶がない。10年ほど前に電動自転車に5分乗ったことがあったが、その前がいつか覚えていない。もしか数十年前?

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で、用意されたのは、派手な赤いチャリ。車輪は小さく、上り坂が心配。

大ざっぱに教わったコースを走り始めると、なんとかスピードを上げることができる。調子に乗ってオフロードを走ろうとするが、やはり無理だった。

なんとなく思っていたのは、広い公園内のあちこちに子供用の遊具があるのかと思ったのだが、どうもそういうのは奥の方の一角のようだ。大部分は、グラウンドデザイン型の大作品。何しろ、山がある。元々が沼なのだから山を作るにはずいぶんと大変だっただろうに、二つもある。モエレ山とプレイマウンテン。いくらなんでも二つの山を登る気にはとうていなれない。

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とりあえず、高い方を一つ上ってみようかと、プレイマウンテンの登山を始める。冬になると、ソリで遊ぶ子が多いそうだが、ソリは禁止されているようだ。遊びってそんなものだ。山は草の中を上るか、階段状に積まれている石段を上るかになるが、草の上の方が歩きやすい。自分の歩幅で登れるからだ。途中で何度も休息しながら頂上に到着。眼下に、メインシンボルであるガラスのピラミッド「HIDAMARI」が見える。安室に同名のバラードがあるが関係あるのだろうか。

そして、振り返ると大ショックである。高い方の山に登ったつもりだったが、もう一つの山であるモエレ山の方がずっと高い。プレイマウンテンは30mでモエレ山は60m。プレイマウンテンの「プレイ」が、「遊び」を意味するのか「祈り」を意味するのか、よくわからず(スマホをバッグと一緒に預けてしまったので、山の上で確認する方法は皆無)、この霊感的構造からして、祈り(PRAY)の方だろうと決めつけ、山上で願い事を祈る。実は「遊び(PLAY)の方だった。

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そして、テトラマウンド、ミュージックシェル、アクアプラザなどの構造物を巡ったあと、意を決してモエレ山に這い上がることにする。階段と草の道。草の上を上がり始めるが、傾斜がきつい。途中で写真を撮影するフリをして休憩を取りながら上に向かうが、上に行くにつれ、足を滑らした場合のリスクが高まっていることに気付く。最後の10mはスキーの横歩きみたいに横向きにステップを刻む。頂上は風が強いが、結構、大勢がいた。ここまで来ると、簡単には降りたくないのが人情だ。

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若い夫婦が小さな子供を抱いて階段から登ってきた。夫の方がこどもを抱いたまま草の道を下りようとして、妻から叱責されていた。「○○ちゃんは置いて行って!」。すべるなら一人でということだろう。戦場に向かうジャーナリストみたいだ。私は階段で降りることにする。232段ぐらい。地下鉄永田町駅の階段の2.3倍だ。

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そして、「サクラの森」と名付けられた遊具のエリアへ、赤の愛車を走らせる。微妙に続く登り坂・・・  

2014年09月09日

ご注意

横浜からもっていった自動車の車検の時期になったので、会社の取引のある倉敷の車販会社に総務の担当から連絡をとってもらい、予約する。

こういう時に難しいのが、こちらの身分が社長であるということを隠すかどうか。時々、「社長は金満家である」という間違った常識を持っている人がいて、法外の金額を言ってくる場合がある。実際には、社長は会社の中で一番ケチな性格であることが多いわけだ。

また、一方では、まったくおカネには無頓着風を装い、「会社に領収書送っておいてね」という公私混同型もいる。私なんかゴルフ接待する時のゴルフボール1ダース1600円ですら、経費で落とす時にドキドキしてしまう(うそ)。


話を戻すと、車検中にクルマがないと困るわけで、代車を出してもらう。小型車である。

そして、1日の仕事が終わり、自宅そばの倉敷某所に借りている駐車場にクルマを止め、エンジンを止めた瞬間に、クルマがしゃべり始める。あー驚いた。カーナビの余技か。

さらに、クルマがしゃべった内容が、さらに驚かせる。

盗難多発地域です、ご注意ください。


1日中、何ヵ所かでクルマを駐車したものの、そんなこと聞いていない。つまり、自宅近くが、もっとも盗難多発地区である、ということだ。ご注意ください、って何を注意するの?

さっそく家の鍵を調べる。そういえば、先日、2週間ぶりに倉敷に戻り、ドアを開けたらエアコンが動いていたのも、自分の健忘症のせいではなく、侵入犯の仕業だったのだろうと、確信するわけだ。  
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2014年09月08日

MAKE THE LAST WISH(一応映画 2008年)

主演が満島ひかり、助演が安藤サクラ。監督が園子温といえば、名作『愛のむきだし』チームだが、その撮影が終了した後の余技として実験作として作られたのが『MAKE THE LAST WISH』。

この作品、実にパワフルなのだが、実際、“映画”と言っていいのだろうか。その範疇を大きく逸脱しているのは確かだ。

だいたい、上映された回数は、今まで数回。(2回?)それも1回限りの上映を特定のシネマで公開しただけ。2008年か2009年に1回と2014年2月22日に渋谷のシネマヴェーラに一回か。そんな公開のされ方の映画ってないでしょ

とはいえ、私の所有するDVDには確実に録画されている。

make1どんな筋立てかというと、ある一つの実際のイベントがかかわっている。世界的女性歌手「アヴリル・ラヴィーン」が来日公演するにあたり、歌って踊れる妹役を公募しようということになった。そのためのオーディションがあり、一人のスターの卵を選ぶために、何段階ものテストと練習が続く。

そこに登場したのが、個性の強すぎる18歳の女性。「双子の姉のカタキを打つため」および「人形をさがすため」という二つの秘密の目的を果たすためだ。

そして満島ひかりが演じる女性は、際立った個性で目立ち始めるのだが、実は実際のオーディションの中で、映画は進行する。女優として演技する者とスターを目指して演技する人たち。

make2そして、悪魔の化身と思われる人形の秘密が、解き明かされていくのだが、隠されていたのは死体ゴロゴロの世界だ。

そして、この作品が、めったなことでは公開できないのは、要するに映画化するときの手順が間違っていたため。つまりアヴリル側の事前了解が得られていなかった。全編に彼女の曲が流れるのに、それに対する対価が問題だったのだろう。だから、全国でドーンと公開すると、誰かが破産するのだろう。数年に1回、一カ所で公開する。

make3完成前にストップになったからだろうと思うが、最後の場面でもエンドロールが終わったあとの暗い画面にもかかわらず、アヴリルの曲が流れ続ける。まあ、未完成度は高いが、ギリギリ映画であると言えるし。好作。

*最近、怖い映画ばかり見ていて、くるいそう。
  

2014年09月07日

二人の関係

倉敷市立美術館は元々丹下健三設計の倉敷市役所の建物が、市役所移転に伴い空きビルになるという理由で設立された。どうも妙な順番だ。

そして、妙な順番という彫刻が裏庭にある。この場所も妙な場所だ。


hutarinokankei


「二人の関係」

ちょっと奇妙な彫像で、どうみても人間の男女であるが、二人とも怒っている。顔の色と体の色が違うのは、素材の金属の違いだろうか。体ははっきりあるが、指とかないし、あちこちに穴があいている。夫婦喧嘩でもして、相手の体を壊してしまったのだろうか。

まさに、二人の関係は、「?」ということだろう。

で、彫刻家だが、「鈴木セツ」と「旦那が手伝った」ということだそうだ。なんだそれって??

さらに、元々は、児島の商店街にあったのを、こどもが石を投げたり、気味が悪いということになり、市立美術館に寄贈ということになったらしい。

さらに、1990年に「倉敷まちかどの彫刻展」に出展した作品だそうだ。

そして鈴木セツさんの旦那という人は、基本的に名前を公表しないようだ。税金対策じゃないようだ。どうも、セツさんは、大芸術家への道を歩き続けているようなのだ。「二人の関係」は建物の中に入れてあげたらどうだろうか。  

2014年09月06日

負ける度に詰将棋が

職団戦が近づいているが、ほとんど対局していない。これではダメだと、ネット将棋を指しても、今までいい結果になったことは少ない。どうも苦手だ。というか、実力がないのだろうが、そういうように人間は考えないものだ。

よく考えると、目の前に人間がいないのに本気になれる人は少ないだろう。おカネか名誉かを賭ける場合は別だろうが、しょせんは「練習」だ。

それなら、お手軽に将棋ソフトと対戦してはどうだろうと、初めて思い至る。とりあえず最新最強とはいいがたいが東大某とか柿某とかあるので、レベルを調整して対戦を始める。なんとか最強から二つぐらい下げると勝つことができるが、油断していると逆転負けになる。なんだか相手を油断させる技を持っているように感じる。

で、突然、トン死負けすることがある。詰まないだろうと思っていると、突然数十秒考えて、王手ラッシュがくる。

tonshizu


図は後手の私が敵陣の金と自陣の成香の両取をかけたところ、7一銀以下長手数で詰められてしまった。今日の出題よりずっと難しい。

しかし、詰まないと見えて詰むというのは、詰将棋では良作というのではないだろうか(異論はあるだろうが)。で、だいたい詰まされた一局からは一題の詰将棋が作られるわけだ。この局面からは2題を作ってみた。


なんとなく目的を見失ってしまった感あり。


さて、8月23日出題作の解答。

s12


0906k

    まで19手詰

動く将棋盤はこちら

今週の出題。

実戦からの1題。瞬間芸で詰むかも。

0906b


わかった、と思われた方は、コメント欄に最終手と手数と酷評を記していただければ、正誤判断。


  
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2014年09月05日

すぐに食べてはいけない藤戸饅頭

1184年、平家滅亡の直前に源氏による屋島攻略の先導として、藤戸海峡の浅瀬の秘密を若い漁民から聞き出した佐々木盛綱が、口封じのために一般市民である漁民を殺害したことを帳消しにしようと建立したのが藤戸寺であるが、この寺が供養しているのは、源平両軍の兵士と漁民1名ということになっている。封建制度の江戸時代に日本が決別した幕末の戦いの戦没者については、官軍だけが靖国神社に祀られている。官軍と言っても西郷は含まれない。西郷は含まれず、東条は含まれる。

一般市民については、薩摩藩邸焼き討ち事件で犠牲になった人たちの中には、巻き添えになった民間人の薩摩藩使用人が含まれている。


では、当時の日本でも盛綱の行為は「非道」だったのだろうか。そうなのだろう。何しろ源氏も平家も天皇家の末裔なのだ。逆に北条氏は非道の塊だった。次々に将軍を亡き者にし、幕府を乗っ取った。


で、話は饅頭のことに一転する。

fujitomanju


藤戸寺から数十メートルのところに、藤戸饅頭本舗がある。(ALWAYS 三丁目のロケ現場でもある)

もともとは、殺された漁民の法要が行われるときに、村人が供えた饅頭が起源といわれる藤戸饅頭である。すぐに食べてはいけなかったわけだ。寺に行く前に購入して、賽銭箱の前に置いて、賽銭を投入してから、食べ残しのお下がりをいただくべきものだ。

境内の茶店で出していたものを、饅頭小屋で売るようになり、万延元年(1860年)に今の場所に移った。饅頭一筋数百年である。

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で、饅頭のことだが、薄皮で餡を包んだごく一般的な饅頭である。シュウマイよりも皮は薄い。一応、材料を列記すると、小豆、砂糖、国産もち米、国産米こうじ、小麦粉である。米こうじというのが特徴かな。漁民の舌に合うのだろうか。

結局、頼朝の死後、すぐに盛綱は出家する。その後20年、源氏本流は滅亡し、饅頭本舗は生き続けた。  
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2014年09月04日

倉敷市の源平古戦場(2)藤戸合戦

倉敷市の源平古戦場は、平家の勝利に終わる水島の戦い(1183年)の後、主戦場を福原(神戸)に移す。源義仲の自滅のスキに清盛ゆかりの福原を占拠した平家に対し、義経、範頼連合軍が挟み撃ちにする。一ノ谷を馬で下った義経の蛮勇の結果、平家の多くの将兵が滅亡する。要するに東から攻撃する範頼と生田方面で戦闘中の平家軍の背後から義経が襲いかかる。逃げる場所がないわけだ。沖縄戦の米軍もそうだった。細長い島の南へと追いつめていった。勝つためには手段を選ばない。

そして、ダメージを受けた平家を追いかけて、本拠地屋島を攻撃するための手始めとして源氏側が狙ったのが藤戸海峡。1184年のこと。あっという間に攻守逆転。平家滅亡の前年である。

現在は、水田が広がる平野だが、800年前は海だった。(屋島も同じで陸続きになっている)

そして、海峡の北側に源氏が陣取り、南側の平家をどうやって攻めようかと思案中だった。なにしろ、海戦になると、平家の方が強い。

そこに登場した悪役が佐々木盛綱。悪役と書いたが、当時の「悪」とは手段を問わず力強いことを意味し、完全なる否定的単語ではない。盛綱は功を焦り、藤戸の漁民である若者から、海の中の馬で渡れる浅瀬の位置を聞き出すことに成功する。

歴史的大問題は、ここからだ。

盛綱は、この若者を「口封じ」のために殺してしまう。

sasaki


そして、何食わぬ顔で、浅瀬に馬を進める。藤戸寺の近くに「盛綱橋」という小さな橋が架かっているが、まったく場所は違う。数キロ北側だ。その橋の近くに佐々木盛綱像がある。遠目に見ると、馬にも武者にも足がない。すでに鬼籍に入ったから足がないのかと思って近づくと、足がないのではなく、海面の中に足が沈んだまま進軍する様子を表現しているわけだ。ノルマンジー上陸作戦の起源だ。

その後、大勝利した源氏軍が藤戸に戻ってくると、殺した若者の母親が盛綱の元にやってくる。「私の息子を返しなさい!」ということだ。戦争に負けていたらB級戦犯に値しただろう。どう思います?

そして、盛綱は、藤戸寺を建立し自らの行いを悔み、若者の霊を鎮めようとし、母親は佐々木憎しとして近くの山の笹(ささ)を全部抜いたとされる。

fujitotera


藤戸寺に行ってみると、供養されているのは若者ではなく、源平両軍の犠牲者であった。いつの時代も民間人は虫の扱いだ。そして母親が笹を抜いたとされる場所は、おかげさまで住宅地となっている。


そしておまけの話だが、藤戸海峡があったとされる場所には、海の中に岩が突き出していた。茅ヶ崎の烏帽子岩みたいなものだろうか。記録によれば、幅3.6m、長さ9mの巨岩だったそうだ。今では、浮洲岩跡となっているのだが、その巨岩は、「藤戸石」と名付けられ、京都に運ばれることになった。

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そして、血塗られた巨岩である「藤戸石」の漂流が始まる。細川、織田、足利、そして秀吉。そして現在は、京都市伏見区の醍醐寺三宝院庭園内に存在する。

醍醐寺境内は撮影禁止のため、某ホームページで確認されたし。

この巨岩のことだけで、数奇なストーリーが書けそうだが、私が書くまで調べないでほしいな・・

おわり  
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2014年09月03日

倉敷市の源平古戦場(1)水島合戦&下津井合戦

倉敷市には源平合戦の古戦場が三か所もある。これは、平家の本拠地が市町村合併で倉敷の一部になった児島と瀬戸内海の対岸にある屋島にあった関係のようだ。

まず、源平合戦といっても期間は長い。保元の乱の時代から始まり鎌倉幕府が成立し、結局北条氏に乗っ取られるところまで含めるのか、頼朝出兵あたりからはじめて、壇ノ浦までにするのか。実は、倉敷市の合戦を語るには、わずか数年でいいわけだ。

まず、源平合戦の脇役である木曽義仲夫妻がいた。実際、平家を京都から追い払ったのは義仲である。北陸の倶利伽羅峠で平家を打ち破り(1183年5月)、そのまま京都になだれ込む。まさに山猿軍団。京都は大惨事となる。そして平家は、一目散に逃げ出し、九州の大宰府まで下がる。

あまり誰も指摘しないが、後の展開を考えれば、逃げ過ぎだったといえる。もう義仲の運は尽きていたわけだ。結局、再び平家は東に向かい、四国の屋島に拠点を築き、対岸の水島(玉島)で義仲と平重衡が激突する。正確にいうと、平家の陣が玉島で源氏の陣が水島。中国山地より流れ出す高梁川の河口で両軍が激突。

しかし、そもそも義仲軍は山猿集団だし、平家は水軍中心だ。後の建礼門院だって、水泳が得意だったからこそ生きながら捕虜になった。しかも、有名な事件が起きる。

「日食」である。戦闘中に太陽は光を失い、暗闇が訪れる。実は、平家は日食が起こることを知っていた、とされる。そして、戦意を失った源氏軍は、大敗してしまう。結果として義仲は義経らの源氏軍の同士討ちの餌食となる。

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合戦の行われた場所は、現在、「水玉ブリッジ」という大きな橋が架けられている。小舟が何隻も係留されている。週末になると、会社員が漁民に早変わりし、釣り上げた高級魚は市場に並び、所得は税務署には捕捉されないらしい。

そして、源平合戦のほぼ唯一の平家の勝利により、屋島に構えた平家一門は、屋島防衛軍と福原奪回軍にわかれ、再び東に進撃するのだが、手薄になった屋島を攻撃しようと、とりあえず出城のあった下津井(児島地区)を攻撃しようと西日本の有力豪族が寝返ったわけだ。政権交代の時には、いつもそういうのが現れる。旧国民新党とか。

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ところが、寝返るのが早すぎたわけだ。平家に粉砕されてしまう。反乱は6か所で起きるのだが、最初の下津井合戦では、本格的戦闘が行われないまま、終了。場所は、本四架橋(児島・坂出ルート)のあたりである。

そして、平家と源氏は、運命の福原(神戸)争奪戦を始める。

続く  
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2014年09月02日

代々木公園に蚊が多い理由

会社の事務所の中で、大騒ぎになる。どうも蚊が一匹飛んでいるようだ。

しかし、会社は東京じゃないし、この前はヤモリで騒いだのだけど、ビルの中に蚊の1匹ぐらいいるだろうに、あちこちで防虫スプレーが噴霧される。パチンと手でたたくと感染するのだろうか。この分だと、スプレーで床に落としても、蚊の体液にふれないように収集して袋に詰めて隔離するのだろう。エボラの流行の報道と混同している。

ところで、依然として、デング熱患者のウイルスに感染したかわいそうな蚊の母親は子供にもウイルスを感染させてしまうのかどうか明らかにされていない。血を吸って感染してから数日で産卵するのだから、卵が感染している可能性は高いのだが、蚊のウイルスは卵には感染する確率は低いというようなあいまいな話になっている。

そして、冬になると蚊はいなくなるとか楽観的な人はしゃべっているが、他の蚊だって、冬にはいなくなるはずなのに次の夏には大発生する。それに蚊には羽がついているし、風に流されれば、どこまでも飛んでいく。公園の外だっているに決まっている。

マスコミが報道しないことが二つある。一つは、公園の国際性のこと。

9月だけだって、国際フェスティバルが多数予定されている。

 9月6日 日本インドネシア市民友好フェス
 9月6日 東京アジアカルチャーフェス
 9月6日 渋谷タヒチアンフェス
 9月6日 おいしいペルー
 9月13日 ベトナムフェス
 9月20日 ナマステ・インディア2014
 9月24日 アンデス村祭り
 9月27日 スリランカ・フェス

8月16日のカリブ・中南米フェスあたりが・・・・

もしかしたら、カリブ海のデングがタヒチに行ったりスリランカに行ったりの中継点に代々木公園がなるのかもしれない。デングフェス。


ところで、代々木公園に蚊が多いと思われる理由だが、「森が多い」とか月並みなことはいわない。

「池が広い」と、もっと月並みなことを、まず言ってみる。次に「天敵が少ない」ということを言ってみる。

では、ボウフラの天敵といえば、まず金魚などの小魚。オタマジャクシ、さらに大きめの虫たち。本来は、池の中にそういう小さな生物がいて、バランスを保つのだが、代々木公園の池には、ある秘密がある。マスコミも触れないことになっている。

理由は、亀らしい。なにしろ亀が多い。亀はボウフラは食べないわけだ。餌として小さすぎる。では亀は何を餌にするかというと、金魚などの小魚。オタマジャクシ、さらに大きめの虫たち。数行上に書いた単語をコピペすればいい。

つまり亀は、蚊の天敵を好物にしているわけだ。

では、なぜ亀が多いのかということ。特にアマゾンアカミミガメ。通称ミドリガメ。子亀の時はかわいいが、巨大化していく。家で飼うには限界がやってくる。そうすると、空を飛んで代々木公園にやってくるらしい。そんなことを報道で明かしたら、収拾がつかなくなってしまうでしょ。見て見ぬふりだ。(ところで、なんで知っているかって?)  
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2014年09月01日

苦役列車(映画)

2010年に芥川賞に輝いた西村賢太氏の同名小説を原作とし、いまおかしんじ氏が脚本を書き、山下敦弘氏が監督。

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本映画の大問題は2点。1点目は好評と悪評に二分されること。小説もそうだった。次の大問題は、映画に対して原作者が大クレーム。つまり最大の悪評を浴びせていることだ。

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まず、好評悪評二分問題だが、底流に流れる闇のような人生の重さというかやりきれなさが、観る(読む)側に受け入れられるか、られないかという点にあるのだろうか。要するに、学歴がないとか、根気がないとか、切れやすいというようなネガティブファクターを理由に、怠惰に日々を過ごす主人公に、思い入れられるか、できないかとといことになる。

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主演の森山未來、助演の高良健吾は、ともに親しみがわきにくいキャストである。また主演の女友達を前田敦子(AKB)が演じるが、まだ演技力は発展途上だ。なにか70年代の映画のような青っぽさが終始漂っている。


そして、原作者からの酷評問題だが、描きたいものが違う、ということなのだろう。映画は、結末が堂々巡りとなる。もとより人生はグルグル回りの堂々巡りだ、と割り切ってしまっているのだが、原作の方は出口を感じる。
  

2014年08月31日

星野仙一記念館

単なる腰痛ではなく、胸椎黄色靭帯骨化症および椎間板ヘルニアと難病の診断書が書かれ、休養を続けていた星野仙一監督も職場に戻ったので、安心して倉敷にある星野仙一記念館に行く。現在は倉敷市に組み込まれた水島地区に生まれ、倉敷商業高校から明治大学と野球の王道を進んだ星野投手は、その後、中日ドラゴンズに入団。

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このドラゴンズのユニフォームのセンスが悪すぎる。高校、大学のユニフォームの方が正当派だ。もちろんカラーテレビで派手に映るようにケバい色にしたのだろうが、あんまりだ。ユニフォームのせいで入団しなかった有望選手もいるのだろう。

で、私は特に星野投手OR監督のファンであるわけではないし、近い将来、彼の自伝を書く予定もない。名古屋、大阪には熱狂的なファンがいて、車のナンバーに、10−01とつける人が多いそうだ。(1001万円のクルマという意味じゃないから、念のため)

有言実行ということらしく、優勝を狙うのなら、心の中で念ずるのではなく、口に出して「優勝する」といい続ける主義らしい。私は逆だ。口に出すと、たいてい逆目に出る。ゴルフでは特にそうだ。

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そして、そういえば昨年の優勝チームだった。胴上げなんかするから腰を痛めたのだろう。空中での表情が苦しそうだ。今年は胴上げの確率はゼロ%だろうが、将来、胴上げの時には、星野人形とかベンチに持ち込んだ方がいいだろう。8回裏になったら、空気をフーフー入れて等身大にするわけだ。

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ところで、記念館は二階建てになっていて、当然ながら1階からはいると、そこは全部グッズ売り場。帽子やタオルだけじゃなく、まんじゅうもあるし、「夢」と書かれた日本酒もある。そのグッズ売り場を博物館と勘違いし、所定の入場料500円をどこで払えばいいのか聞いてしまい、恥をかいてしまった。博物館は二階で売店が一階なのだ。二階に行かずに帰った人も多いだろう。  

2014年08月30日

振り駒

ちょっと8月、9月と多忙なおり、詰将棋出題のみにしようと思ったのだすが、ミニねたを書くことに。

数十年の昔、中学生の時に将棋を教えてもらっていた人から「振り駒で表を出す方法」を教わった。ちょっと恥ずかしいので書かないけど、(それに成功しないし、後手番でも変わらないし)、今でもそういうのを教える人が、いるのかな。どうもいそうな気がする。


さて、8月16日出題作の解答。

d12


0830k


まで13手詰。

動く将棋盤は、こちら


今週の出題。

0830m


ちょっとイージーかも。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2014年08月29日

ヌードの夜(1993)、ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う(2010)

石井隆監督。竹中直人主演である。ヌードの夜(1993)では、『代行業者』を演じる竹中が、正体不明の女にハメられ、殺人事件の容疑者の濡れ衣を着せられる。ホテルで殺された男は女をしゃぶっていたわけだが、だからといって他人を犯人にみせかけトンずらしていいわけじゃない。

nd1


で、さまざまな方面から追いかけられ、ピストルを振り回して立ち回りをすることになるのだが、最後までハメられていて、女と(遺体のバッグ詰めと)ともに車ごと海に・・

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後半では、現実と妄想が混じり合った世界が現れる。官能作品という言われ方もするが、ちょっと怖すぎる。


そして、2010年にヌードの夜は再び石井隆監督と竹中直人主演で復活する。愛は惜しみなく奪う、という副題はよくわからない表現だけど、惜しみなく奪われた方は、単に絞り切られたボロぞうきんになるはずだ。

nd3


この映画こそ、官能映画で、佐藤寛子が惜しみなく脱いで露出することになっているのだ
が、そうでもしないと、楽しいシーンなんかどこにも存在しない。まず、母親と二人の娘が営業しているスナックに嫌な客がきて、背中からグサッと刺すところから始まる。

nd4


そして、死体の後始末のため、浴室で解体作業を続けるわけだ。細切れにしたりミンチにしたり。そして肉塊を富士山ろくに捨てにいくのだがロレックスの時計もそのまま捨ててしまったわけだ。このままでは、製造番号から足がつくのではないかと考えた女たちは、竹中演じる代行屋に、時計の捜索を依頼する。17年経ってもしょうもない罠にはめられる。

そして、今回は半端じゃなく、次々に死体が重なっていく。数えきれない。どうして、死体にならなければならないかよくわからない女も登場する。

で、警察を代表し女性警察官が犯人を射殺して終わる。女性警察官はその後、代行屋に近づいていくのだが、その意図は不明だ。次作(2024年ごろ?)を見ればわかるかもしれない。

最後の方で、官能シーンが多発するが、そうでもしないと、ブラックマインドで観客の精神がほぐれないわけだ。

でも、すご〜く、怖い映画だ。すでに悪夢を1回見る。  

2014年08月28日

戦後、疎開先を作った話

これも8月と言うことで戦争ネタなのだが、個人的にこどもの頃、千葉市の幕張という町に住んでいた。少し前に父親から聞いた話だが、その時は住居不足だったようだ。

にもかかわらず、広めの庭付き一戸建てを賃借していた。ちょっとした曰く(いわく)があったということだった。

ちょうど第二次世界大戦が終わって、日本周辺では朝鮮戦争が燃え上がっていた時期がある。米ソの代理戦争だった。日本では、1945年8月15日を持って、価値観が180度急転してしまったのだが、世界情勢はそういうものでもなく、連合国が二つにわかれて世界最終戦争をはじめようとしていた。第二次大戦が準決勝みたいなもので、さらにサドンデスが始まったわけだ。

その頃、都内に住んでいたある大家さんが、「東京に原爆が落とされたり、さらに大空襲が起きたら、・・・」ということで、千葉県内に家を建てて、避難場所として使おうとしていたそうだ。

思えば、東京も千葉の幕張もそんなに離れているわけじゃなく、現在も、その当時も見分けがつかない人がほとんどだ。東京の一部のような場所なので、有事の時にどれだけ役に立つのかも大いに疑問なのだが。

そして、朝鮮戦争は膠着し、築後間もない一軒家は不要の館となってしまう。それで、あまった家を貸してくれたそうだ。

だいぶ前に記憶を頼りに探しに行ったことがあるが、区画が細分化され、何軒かの小規模の戸建てが並んでいた。危険は去ったということなのだろう(というか、当時の大家が健在であることはないだろう)。

といっても、38度線で膠着した戦線は、今も停戦状態であるわけで、今後、複雑な政治的化学反応が起きた場合、ミサイルや核攻撃という大家さんの危惧が・・・
  
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2014年08月27日

5000円の価値。

二日前の夕方18時頃、羽田空港第二ターミナルで岡山行きの出発待ちをしていたら、隣のゲートで何か気になることが放送されていた。

山口宇部空港行の飛行機が機体交換になったということと、「搭乗口で、5000円をお渡しいたします」という放送。

山口も岡山も同じ方向なので、思わずそちらの列に並びたくなったが、思いとどまる。先日、某空港で、札幌行きに乗ろうとして誤って那覇空港行のゲートに向かい、係員に捕まったこともあったし・・

で、なぜ5000円を配るのか、見当も付かなかったのだが、岡山についてからネットで検索すると、理由がわかった。

全日空機、羽田に緊急着陸=客室で白煙、けが人なし
 時事通信 8月25日(月)19時15分配信

25日午後4時50分ごろ、羽田空港を離陸した山口宇部空港行きの全日空697便(ボーイング767―300ER型機)の操縦士から、「機内で白煙のようなものが見えた」と管制官に連絡があった。同機は10分後、羽田空港に緊急着陸した。乗客乗員165人にけがはなかった。同社が原因を調べている。

全日空などによると、同機は午後4時40分ごろ羽田空港を離陸。神奈川・三浦半島の上空約3000メートルを上昇中だった同50分ごろ、客室後方で煙のようなものが見えたという。羽田空港には消防隊も駆け付けたが、煙は見つからず、放水はしなかった。 


つまり、何かはっきりしない理由で機内に煙が発生し、引き返したわけだ。2時間近く目的地に遅れるわけだし、乗客の不安は、5000円どころではなかっただろう。「精神的苦痛」代。

しかし、160人近くの乗客に5000円札を配るとなると、空港の事務所のどこかに5000円札を大量に隠しているのだろう。ATMで5000円札を160枚も引き出すことはできないだろう。


5000円の話は、記事には登場しないわけだ。  
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2014年08月26日

やはり便乗では

4−6月期のGDPが前期比でマイナス6.8%となり、また需給ギャップがマイナス2.2%と試算されたそうだ。

消費税のアップ分3%に対して企業の給料が上がらなかったことが原因と、割り切っていた評論家もいたが、そんなにすぐに上がるはずはないし、消費税のアップを企業が面倒みていると、いつまでも消費税は上がり続けるだろうし、今度は法人税が激減する。

それに、マイナス6.8%となると、マイナス幅が大き過ぎる。

実感としては、消費財の価格が3%以上上がったため、こういう結果になったのではないだろうか。よく言う便乗値上げである。有名な時短割安床屋チェーンは、1000円だったカットが1080円になったそうだ。さらに、多くの商品が外税方式であり、新商品の発売などのため、いくら上がったのかよくわからないことになった。ただし、入ってくる給料はそう変わらないため、財布が空っぽになると購買をやめる。

3%アップではなく5〜10%の値上げが行われたのではないかとも思える。さらに政府は、値上げ浸透のためカルテルに近い形態を認めたために、どんどん価格転嫁の名のもとに値段が上がったのかな。

そして、次の2%が議論の対象になるのだろうが、それに先立ち、便乗値上げ摘発の大捕物が間もなく始まるような声がなんとなく聞こえているのである。
  
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2014年08月25日

蒔田の吉良氏(横浜歴博にて)

maitajo横浜市歴史博物館で開催中の『蒔田の吉良氏』展へ(〜8月31日)。

吉良と言えば、ぶち切れ大名、浅野某のご乱心で一夜にして失業者となった赤穂浪士の敵役として有名であるが、由来のきちんとした家系で、元は清和源氏。源義家からの流れにより、武蔵吉良家を筆頭とし、将軍家となる足利家より上位である。浅野長政なんかとは筋が違うわけだ。

さらに、尾張吉良氏である吉良上野介が集団リンチで殺された後は、本家である武蔵吉良氏から養子が行って再構築している。

本拠地は世田谷で、セカンドハウスが横浜の港町だった蒔田(まいた)にある蒔田城。どうも本妻は世田谷にいて、蒔田には愛人2号や3号が侍っていたようだ。

現在は、蒔田城の跡地には、横浜英和学院という女子学校が建っているが、数年後には男女共学の青山学院大学付属中高一貫校になるようだ。

で、世間ではマイナー評価であるが関東の戦国時代では「仁義なき戦い」が行われていてきのうの味方は今日の敵だったりしていた。おおまかにいうと、上杉、武田、北条が覇権争いをしていて、さらに秀吉が北条攻撃を始め、事態が流動化する。

その中で秀吉の敵というようなスタンスが功を得たのか家康には重用される。

そして、深くは触れなかったのだが、吉良家に嫁いできた女性の中には、かなりの強者もいたようだ。伝説によれば、殿さまではない男性と駆け落ちした姫もいるそうだ。夏休みのこども向けの展覧会という性格もあるのか駆落姫の研究は発表されていない。  

2014年08月24日

土砂崩れによる大惨事が起きた広島市安佐南区に住んでいるいとこ(男)がいる。電話をかけてもFAX通信中のようなピーポー音がするだけ。114にかけて通話先の電話状況を確認しても、「通話可能です」との機械音声がするだけ。

場所は八木地区と緑井7丁目という二つの災害発生地区の中間である。結局、別の親戚から、「家の前の道路まで泥水が来た」ということが確認され、辛うじて大被害を免れたようだ。ただし、今まで山が崩れていない場所こそ、これから危ないとも言えるわけで、安心はできない。

それと、

別のいとこ(女)のこと。仙台市若林区に住んでいて、先の津波の時には命は失わなかったものの、家を流された。

二人のいとこは、まったく異なる家系に所属するわけで、互いに面識もない。二人をつなげる不幸の鍵が私であることは秘密にしてある。(エボラの宿主みたいだ)
  
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2014年08月23日

兵士を「駒」扱い?

8月15日に公開された半藤一利氏(84)のインタビュー記事の中に登場する将棋関連用語は「駒」。インタビューの本題は、戦時下の兵士のあつかいについて。日本の戦没者は230万人と言われるが、それは大枠としてであって具体的に全貌をデータにしたものはなく、死因の分類はできていない。そのうち7割は餓死ではなかったかという推論を立て、日本軍の官僚主義から始まる兵站の弱さを批判しているのだが、例として将棋の駒が登場する。

日本軍は自己の実力を顧みず、攻勢の限界線をはるかに越えました。餓死者が続出するのは当然のことです。私は戦没者のうちの7割が、広義での餓死だと思っています。このような軍隊は古今東西にありません。人間をまるで、将棋の駒のように扱っている。


まあ、軍隊とは人を駒のように扱うというのは、ある意味正しいのだが、ちょっともやもやする表現だ。半藤氏は将棋の駒を「無意味で犬死」のような言い方をするが、将棋では、無意味に取られることはない。また詰将棋などは、きちんとすべての駒が使われることになり、無意味な駒はないと言い切れるわけだ。

できれば、囲碁を例にしてほしいのだが、将棋用語が使われなくなるのもさびしいような気持もする。「桂馬の○○どし」というのも最近聞かなくなったコトバだが、そもそも○○どしは、かつては男性用衣料だったが、いまは女性用になったそうだし。


さて、8月9日出題作の解答。

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0823k


まで13手詰。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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かなり駒が少なく、薄い攻めで迫る。常に消去法で考えると、難しくないかも。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
  
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2014年08月22日

桃と台風と弊ブログの効用

先日(8月12日)の弊ブログ(台風と桃)では、岡山県名産の白桃が、台風の襲来を避けるため、僅かに未熟状態のまま、少し安い価格で市場に現れた話を書いたのだが、ちょうどその頃、長期愛読家のさなえさんのお宅では、大手種苗会社へ注文していた桃が、10日ほど一週間ほど前倒しで配達され、「まだ硬い」し、お盆休みで自宅に帰ってくる愛娘、愛息、愛孫のスケジュールに合わなくなって、一人で硬い桃20個を食べ、最後に2個をコンポートにするという緊急事態が発生していた。

しかし、さなえさんは、このブログを読み、硬い桃が10日も一週間早く到着したことについて、ついに合理的な結論に行きついたわけだ。

そして、すぐに、種苗会社に電話をかけたわけではなく、クレームをつけようかどうしようか迷った結果、コンポートの瓶詰が終わった段階で、『やはり、株主の一人である以上、私の会社がこういうことをしているということは、社会通念上問題があるのではないかと考え、』ついに電話することになったそうだ。

で、他の方からもクレームがあったようで、直ちに再送ということになったようだ。22個入りが二回ということになる。合計44個の桃という「不吉な数字」になること、台風で桃が傷ついてしまい、出荷不能という事態をなんとか切り抜けようとして裏目に出た農家の方が「これから受けるおしおき」のこと、クレームの電話をかけなかった人の「自覚することのない不運」などに思い至るのである。

なお、種苗会社の創設者である坂田英雄氏の波乱の一生については、以前、まとめたことがあるので、ご参考まで。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)あじ

2014年08月21日

人身売買(牧英正著)

jinsin人身売買というと思いだすのが遊女や芸娼妓のことだろうか。あるいはフィリピンパブとか従軍慰安婦とか・・

最近は、代理母を1回100万円でつかって、毎年10〜15人を合法的に生産する人物があらわれ、時代の潮流についていけない自分が旧型人間になったことを知ったのだが、元々、人身売買というのは、買ってきて売るということが多く、売りと買いがセットのような罪に思えるのだが、買う行為と売る行為は、セットにならなくても罪のはずだ。自己生産した自分のこどもを売る行為だけでも罪のはずだ。

で、日本史の中で人身売買を俯瞰すると、人身売買が遊女(つまり売春)に限られるようになったのは、江戸中期からで、それまでは古来より男子にしても、ほぼ非合法に売買されていたようだ。

元々、古代社会には奴婢(ぬひ)という奴隷制度があったわけだが、奴婢については、元々売買されていたわけだ。問題は、その奴婢という制度が崩壊した平安時代中期以降、ようするに普通の市民が、売買されることになる。なかには、誘拐されて売られることもある。

もちろん誘拐して売買する行為は、古来よりいつでも厳罰に値していて、死刑だった(今は違うが)。問題は、大飢饉の時に妻子を都会に売り出す親とか、戦国時代の戦いや朝鮮出兵の時などに戦争捕虜を奴隷商人に売り渡す行為(それが、兵士のご褒美だった)などである。

そして、日本でも鎌倉幕府や室町幕府、江戸幕府が誕生した直後に、こうした社会の混乱から人身売買が横行する。そして、社会が50年ほどで落ち着くと、たちまち人身売買禁止のお触れがでる。そして捕縛される職業の者がいる。

人商人。ひとあきびと、と読む。上から漢字を読んでも下から読んでも同じだ。

およそ、江戸時代の前半に死語になったはずだ。昔から、人商人を捕まえると、顔面に焼印を押したそうだ。そして、誘拐して売った場合は磔だったそうだ。

で、江戸中期以降は、大部分の人身売買が遊女の取引となっていった(江戸時代は士農工商とか身分制度の維持というのが幕府の重要なテーマだったので、身分制度を飛び越えた人の売買は、秩序破壊と考えられたからだ)。そうなると、契約形態も、身代金方式(たとえば5両を親に貸す借金のかたとして年季10年の労働契約を結ぶ)となり、いかにも合法的な形態をとる。しかし、10年年季でもその時に借金を返せる親はいないわけで、娘は自動的に借主のものとなり、どこに売られても構わなくなる。また娘が年季の途中で亡くなった場合、事故や病気の場合は借金が棒引きになるが、自殺の場合は、親に10両の返済義務が残るということで、年季が過ぎて再販売されることになった時に自殺する娘が多かったそうだ。

その他、色々なことが書かれているので、人身売買に興味がある方は、是非ご一読を。
  
Posted by ota416 at 00:00Comments(4)TrackBack(0)歴史

2014年08月20日

横浜温泉?

横浜温泉というのを知らなかった。横浜市では綱島温泉というのがあって、渋谷から30分ということで古くは、色々な業態の温泉周辺ビジネスが行われていたのだが、今は、綱島街道添いの銭湯だけになり、料亭や割烹旅館や怪しいお店が立ち並んでいた場所が、大型スーパーとマンション群になり、怪しい店の名残が残っている程度。

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で、現代の横浜温泉は、港北ニュータウンの中のショッピングモールの一つの3階という奇妙な場所にある。地下1503メートルのところから噴き出しているそうだ。ナトリウム系で黒湯である。どうも東京や横浜の温泉は黒い。麻布温泉もそうだ。綱島温泉も黒い。逆に、本物感が漂うということもできる。水で薄めると、すぐにバレルだろうし、水道水を黒く染めると、体が黒くなってしまうはず。

お盆休みの時にいったのだが、人間が多過ぎだ。芋の子を洗うという感じだ。さまざまな湯槽があるが、うかつに移動すると、元の湯はいっぱいになり、目的の湯には隙間がなく、場所を失うことになる。そのため、じっくりと動かないのが一番だが、黒湯の源泉に長く入っていると体が熱くなるので、しかたなく別の湯へ移動。

そして、初めて知った単語だが、『不感温湯』というのがある。ようするに36度位の湯だと、体に負担がないため長く入っても疲れないということだそうだ。

確かに、冷めた湯という感じだが、疲れは出ない。体温と同じぐらいだからだろう。ただ、私の体温は35度位なので、それでも少しだけ熱くなる。よく考えると、体力を無意味に消耗させ、1グラムでも痩せようと思っているのだから36度でぼんやりしているわけにはいかない。フィンランド・サウナへ急ぐ。以下、熱過ぎて汗が目に入り早々に退散。体重は1グラムも減らない。
  
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2014年08月19日

千代田区は買えないけれど

米国にある「NeverlandRanch 5225 Figueroa Mountain Rd, Los Olivos, CA 93441」という住所にある通称『ネバーランド』が売却されるそうだ。元の所有者はマイケル・ジャクソン氏。土地面積は約10平方キロメートル。ほぼ千代田区と同じ広さで、メインハウスは7部屋で、なぜかバスルームが13。無断潜入情報を読むと、こども部屋が2つあって鍵は外側からかけるようになっていたそうだ。岡山で誘拐男が工費1000万円で監禁部屋を作り、将来、暴行するために女児を連れ去った事件を思い出すが、ネバーランド所有者も男児に対しての嫌疑をかけられ、無罪となった。

その他、敷地内には観覧車、プール、ミニチュア鉄道、駅、湖、映画館があり、さらに動物園があるそうだ。

したがって、管理費は膨大らしい。取得価格は30億円台らしいが、実は敷地が農地になっていて、市の適正な評価額を超えて売ることは難しいという説があるし、用途変更は難しいらしい。農地だから動物園があるのかもしれない。メインハウスは、「人間動物園」ということかな。部屋の外から鍵がかかるのも納得できる。主治医は獣医ではなかったが。

で、誰が買うのか。レディ・ガガとかビオンセという声もある。案外、オークションサイトを見張っていると登場するかもしれないが、こういう時に詐欺師が登場するのだよね。
  
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2014年08月18日

プープーの物語(映画 1998年)

ちょっと変わった映画。ちょっと変わった女子2名が、旅に出る。目的は愛豚プープーの墓参り。プープーがなぜ亡くなったかは、はっきりとはわからないが、会話や映像の中で、オオカミ(か野犬か)に襲われ、黄色い蝶々を見ながら亡くなったことが暗示される。

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子連れのスズとフーの旅は、スズが赤ちゃんの本当の父親に会いにいくという行程を含んでいるのだが、本当の父親の方は、不倫関係が家族にばれることを恐れ、殺人計画を立てて待ち構える。一方で女子二人の旅は、途中で男子を襲ったり、プロゴルファーを殺してブルーの外車を手に入れたりして死体の山を作り始める。

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荒唐無稽の割に、変に合理的に筋立てが繫がっていたりして、最後は水戸黄門的解決になるのだが、死体の後片付けは誰もしてくれない。

上原さくらと松尾れい子というW主演だが、この後、堅実に演技を続けている。16年も前の作品なので、出演者の一部は不吉な運命に翻弄されたようだが、あえて追わない。
  

2014年08月17日

アートアクアリウム2014

江戸・金魚の涼&ナイト・アクアリウムとして今年も開催。夏の東京の一瞬の涼といえば、銀座ソニービルと六本木ヒルズの熱帯魚と日本橋の三井ホールのアート・アクアリウム。六本木と銀座は行ったことがあるので、日本橋へ。

で、日本橋らしく、「日本」と「金魚」に拘っている。それと、ナイト・アクアリウム(〜9月23日)。

勘違いしないでほしいのは、ナイトといってもナイト・ズーというようなものじゃない。昼でも館内は暗いから。23:30まで開場しているということ。

こだわりとしては、「和風」。

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古来から日本で改良(?)を加えられたおなじみのブランド。

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そして、金魚たちの動きがよくわかるような大型水槽。

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さらに幻想的な見せ方もするが、金魚の泳ぎ方は、あまり幻想的じゃない。

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球形の水槽で泳ぐ姿を観ているうちに、われわれの地球上の生物というのも球体上にいるのだが、直径が1万3000キロの球体の表面に、水面下10キロから地上10キロという本当にわずかな水と空気の層が与えられた金魚鉢のわけだ。その中で環境を維持しながらなんとか24時間営業を続けているわけだよね。
  

2014年08月16日

持将棋は将棋ゲームの最大の欠陥か

因縁の木村=羽生戦(王位戦)で、持将棋(じしょうぎ)が現れた。両者入玉で決着の見込みなし。タイトル戦では22年ぶりの11回目らしい。羽生三冠としては、以前、一手トン死を食らって笑いものにされた相手に、いつか巨大な借りを返してやろうと思っているに違いなく、持将棋成立局面から指し続けて勝利をもぎとろうと思ったのかもしれないが、プロ棋士のマナーという観点でやめたのかもしれない。(ちょっと無理そうな状態だし)

ところで、アマチュア大会は24点法ではなく27点法で勝ち負けがつくため、「宣言ルール」というのがあって、「私の方が駒が多いから勝ちです」とアピールして、実際にそうであれば勝ち。数え間違っていれば負けとなる方式がある。小学生たちに将棋を教える時に、対局の終わりは相手が「負けました」と表現した時であって、決して自分から「勝ちました」と言ってはいけない、と指導するのだが、矛盾している。

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プロの場合は勝ちか負けか引き分けか3択であるが、負けの場合は通常の投了でいいわけで、そうなると、勝ちか引き分けかの宣言になる。確か昨年10月から1年間の暫定運用でプロでも宣言法が導入されたようだが、本局はどうだったのだろう。最終図面は、羽生側の手番で、すでに両者入玉しているのだが、どちらも敵陣+持駒枚数が宣言ルールに未達。つまり、うっかり宣言すると負けになるわけだ。手番や局面のあいまいさからいって「持将棋ですか」と言ったのは羽生王位のような気がするのだが、木村側から「誤った持将棋宣言で、負けではないか」とクレームがありそうなものである。もっとも賢明な王位のことだから「宣言ではないが、持将棋ではないだろうか」と切り出したのかもしれない。「私の方も宣言ではないのですが、あなたからの持将棋の提案には応じます」というようなことだったのだろうか。


ところで、「持将棋」という言葉だが、語源がよくわからない。「持」というのは持駒のことのような気もする。江戸時代は駒台が使われていなかったので、紙とか扇子に駒を乗せていたらしいが本当は手に持っていたのだろうか。駒を手に持ちきれなくなるとか。

あるいは、語源が不明なのは賭け将棋と関係していて、両者が持ち寄った一両ずつを、じゃあ「持ち持ち」にしましょう、とかいって無勝負にしたとか・・


さて、8月2日の出題作の解答。

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▲1七飛 △2五玉 ▲3四銀不成 △2四玉 ▲3三馬 △3五玉 ▲4七桂 △2六玉 ▲4四馬まで9手詰。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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わかったと思われた方は、コメント欄に、最終手と総手数と酷評とを記していただければ、正誤判断。  
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