2018年07月11日

目の錯覚風の病院

みなとみらい地区を散歩していると、本来は職住近接型の空間を意図していたことがわかる。しかし、開発から20年以上経っても、まだ空間が多い。実際には、日産や富士ゼロックスのような企業もあり、高層マンションも建っているが、マンションの住民は都内の会社に通勤し、企業のオフィスに通勤する人は都内や川崎あたりから通勤する。勤務先や住居というのは、急には変えられないものだ。

keiyu


そして、地区内を歩いてみると、奇妙な建物が目についた。なんとなく建物の一角が倒れかけているように見える。地震発生確率が高い場所で、かつ関東大震災では都内以上に破壊された場所なのだが、大丈夫だろうか。

建物は、『けいゆう病院』となっている。昔の警察病院だ。20世紀の前半は、国内にも暴力が蔓延していて、警察官の負傷が多かった。警察に逮捕される時や逮捕された後に負傷する人間も多かった。そういうことに備えるために横浜山下町(中華街の近く)に1933年に病院が建った。

その後、1995年にみなとみらい地区に移転し、名称もひらがなになり、警察関係者ご用達に留まらず、地域中核病院になった。

20年以上経過し、現在有名なのが、無痛分娩らしい。そして精神科が充実しているそうだ。

で、例の倒れかけて見えるデザインだが、設計は「伊藤喜三郎建築研究所」だそうだ。主に病院の設計を手掛けていて、100ヶ所以上設計しているようだ。アメフト監督が急病によって逃げ込んだ日大病院もその一つである。実績の画像群を調べたが、傾いたような外見の建築物は一つもなかった。ここは実験作だったのだろう。

そして、『けいゆう病院』のコンセプトは、ホスピタルリゾートということらしい。ベイサイドリゾートホテルのような環境を提供し、病院を気分転換装置と位置付けているとのこと。

心労で入院したアメフト監督もこちらの病院の方がよかったかもしれないが、「警察」というコトバを恐れたのかもしれない。

taito


ところで、この散歩の5日後に浅草で将棋大会があったのだが、『台東館』という変わったデザインの建物で、柱のない広い空間が開催場所だったのだが、その建物が同じく「伊藤喜三郎建築研究所」の設計だったことがわかった。大スパントラス無柱構造ということらしい。新設にしては床材がボロイと思ったのだが、1969年に竣工した建物を2015年にリニューアルしたそうだ。