2010年01月11日

入学しました

gakko1何種類かの学校に行った経歴があるが、それだけではあきたらず、ある伝統校に入学。

「足利學校」

日本最古の学校と自称している。

正門は、東大の赤門よりも威厳がある。

しかし、実のところ、いつできたかには、諸説があるようだ。奈良時代、平安時代、鎌倉時代とか。

はっきりしているのは上杉憲実(室町時代)が1480年頃には、荒廃した廃校を復活したこと。

天文18年(1549年)にはフランシスコ・ザビエルが「日本国で最も大きな『坂東大学』」と世界に紹介。学徒三千人とある。当時は全国にこのような大学が10個あったそうだ。

江戸時代末期にはまたしても廃れ、明治5年にクローズ。以降、小学校だったらしい。

gakko2しかし、平成二年になって、小学校がなくなった(少子化?)こともあり、江戸時代のスタイルで復興。

入学金は、当時は無料だったが、入学証書をもらうためには、入学金400円が必要。授業料を払わないで他グループのガイドを盗聴したので卒業証書はなし。

では、何を教えていたかというと、漢学、国学、実用學などだ。現代で言うと松下政経塾みたいなものだろう。

ところで、室町時代の人口は現在の1/10程度だろう。それで全国にこのような学校が10もあるというのは、現代でいえば100大学ということになる。

ちょっとした才能の持ち主を、歴史の表舞台に登場させる仕組みが、わが国にはあったことになる。

今より、ましなような気がする。


gakko3たとえば、今年4月から、横浜にある「横浜山手女子中高学校」が中央大学の系列に組み込まれる。これによって中央大学の学生の中の女子大生比率が高まる効果があるそうだ。

もともと、中央大学は男子比率が高い大学だったのだが、現在のように大学が「レジャーランド」になっている状況では、『女子学生が少ない大学』というのは、それだけで男子学生にすら嫌われるわけだ。男子学生だけのレジャーなんて碌なものがない。

要するに、中央大学が青山学院を目指しているようなものなのだが、そういえば「中央青山」というのがあったっけか・・
  
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2009年10月30日

家庭鉱脈

jitakukoumyaku「都市鉱山」という言葉がある。1980年代に提唱された考え方で、家電製品やIT機器に含まれるレアメタルをリサイクルして使おうというもので、スクラップの山を鉱山に見立てて、資源超小国である日本の悲哀が感じられる言葉だった。

鎖国下の日本の江戸時代でも、金属は重要な資源で、底の抜けた鍋を再加工するとか、いろいろやっていた。

その後、鉱山の場所は、家電やITだけでなく広く金属類一般になり、一時はアルミ製の門扉や墓地のステンレス製の生花立てにまで及んだことは記憶に新しい。個人的は、自宅に眠っていた古いゴルフクラブを中古店に持ち込んだところ、真鍮製のパターヘッドとチタン製のドライバーのヘッドだけが換金対象となったことからして、金属不足は相当のものだったと想像。

一方、もう一つの種類の鉱脈があるわけだ。

それは、各家庭の宝石箱の中にあるそうだ。

(宝石箱のない家庭は、あきらめるしかない。また宝石箱にイミテーションを詰め込んでいる場合も、残念!)

世界的に、金のリサイクル量が急増している。

2007年には、世界で958トンだったが、2008年には1,212トンに増加。27%増。さらに2009年1-3月では566トン、4-6月には334トンと半年でほぼ2007年の実績値と等しい状況にある。

特に、中東最大のリサイクル市場のドバイには、インドや中東諸国からリサイクルされた金が大量に流れ込み、金が溢れ、需給上、余った金がロンドンに空輸されているそうだ。そしてHSBC銀行の金庫に向かうそうだが、金庫係が大忙しになって自分の足に金塊を落として大けがをしたそうだ。バブル期の日本でも、貸金庫が金の重みでこわれて、誰の金塊かわからなくなった事件があったという噂を聞いたが、そういうことが時々起こる。

ところが、田中貴金属の金ディーラーの方の話によれば、中東、インド、中国のような新興国は、金が安いときに買っていき、金が上がるとリサイクルで売るという流れであるが、欧米先進国は逆で、金価格が上昇するときに波に乗って現物を買うということらしい。この安値の時の「新興国の金買い」と高値の時の「新興国から先進国への金シフト」というサイクルを繰り返しながら、徐々に金価格は上昇していくという現象が続いているそうである。

ということで、本来、国としては先進国でも、家庭単位では貧乏な日本では、現在の金価格上昇局面では、かなりの宝石箱が家庭鉱脈となっているのだそうだ。

とはいえ、金の延べ板であれば評価は不要だが、宝石類に使われる金は、純度が実用的に落としてあるし、それらを外見で見ただけで鑑定することは難しい。

そこで登場したのがX線検査装置をはじめとする各種鑑定システム。日本人はシステムに弱いからかもしれないが、これらの装置で、評価額がすぐに算定できるようになったそうだ。

思えば、ギリシア時代のアルキメデスが、入浴中にバスタブから溢れるお湯を見て、「わかった」といって裸で神殿に走っていったのが「業者が納入した金の王冠の不純物の推定法」。

古代ギリシアも現代日本もたいして変わっていない。一応、デモクラシーの名の下に、「こども手当」という名前の制度で、「こどもは国家が育てる」というのもソックリである。

もちろん、ギリシアが国家としてこどもを育てたには理由があって、周りの国から自国侵略を阻止するために優秀な軍人が必要とされていたからだ。

にも、かかわらず、都市国家群としてのギリシアは衰退し、「デモクラシー」と「オリンピック」と「アルキメデスの原理」が、現代に残った。
  
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2009年04月24日

人的資源の組織戦略(4)

6.人事制度の変換は可能か

日本企業の現在の人事制度は源流の一つは、戦前の重商主義時代の官僚的なピラミッド型の組織であろう。また二つ目の流れは、戦後の大量生産型高度成長期に確立した終身雇用制、企業城下町型の出資会社下請け制などのクローズドシステムである。

一方、米国では1930年代の不況下に雇用と解雇に関するルールが芽生え、その後海外から流入する多国籍の労働力と資本をベースとした開放型の組織が発展したと考えられる。一方、米国でもカソリック協会のような縦長ピラミッド型企業もあるし、CEOは社内から内部昇格(適任者がいればだが)させるべきとの考え方も根強い。

しかし、一般的に見れば、米国はオープン型、日本はクローズド型と考えられる。

日本においては、旧来のシステムの大部分を残したままで、部分的に退職金前払い、社外取締役、契約社員の増大、レイオフの代わりのワークシェアリング、コンピタンシー評価などの新手法が組み合わされている。

しかし、私見であるが、旧来型の終身雇用、クローズ型のシステムを手直ししたところで、うわべだけの米国流におわるものと考えられ、中期的には収拾不能になるのではないかと考えられる。たとえば、日本流の評価を15年続け、40前頃に管理職になると同時に米国流の評価法に切り替えるなどというようなことは、実際は困難であるといえる。

伝統とか組織を変えることは、今までその企業にいるほとんどの役員や従業員にとって居心地の悪い事態であって、まして日本では株主が経営権に積極的に介入するのは、経営危機の際くらいであることを考えれば、抜本的な転換は困難と考えられる。

むしろ、景気低迷で冷え込んではいるが、新興企業、個人企業が組織力で既存の旧システムの会社に対抗するという図式が見えてくるのである。

論文終了

あとがき

2003年の論文を2009年に読むと、時代は、さらに60歳以上の再雇用制度、そして製造業の派遣労働者問題という新たな難問に直面している。

この二つは、マクロ的には表裏一体関係にあり、年金給付開始の65歳と企業定年の60歳の穴埋め制度の対象は「団塊世代」であり、団塊世代が引退しないために「団塊ジュニア世代」のある比率が正規従業員になれなかった、という関係にある。とはいえ、団塊世代はおおむね5年で65歳に到達するのだから、雇用問題が縮小に向かうのは5年後ということになる。


私見ではあるが、終身雇用型の正規社員と短期限定の派遣社員という二元論ではなく、期間数年の「契約社員」という形態の中間的な雇用形態をもっと多く活用すべきだろうと考えている。普通預金と30年国債の二種類だけではなく、定期預金があってもいいじゃないか、ということである。

了  
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2009年04月23日

人的資源の組織戦略(3)

4.評価

評価には、日常的な個人の業績に対して業績評価による給与の上下を行い、生産性を向上させる狙いがある。一方、生産性の悪い従業員は、その結果として低いPAYを受け続ける結果となる。しかし、実際に評価というのはあくまでも基準があっての話であり、また数値的あるいは具現的な結果に対するものでなければならない。基準としては、前年比とか業界の平均といった外部的水準を用いるのが一般的であるが、往々にしてコストプッシュ要因により、評価配分財源をインナーで固定してしまうケースがあるが(絶対評価でなく相対評価)、自分の成績を上げることのみならず、他人の成績が落ちることも有効な評価材料になることから、足を引っ張るといったマキャベリズムが横行することになり、企業業績にとって全体ではマイナスになる。また最近では個人目標を明確化することが重要なことと認識され、事前に決定した目標に対する達成が問われることになるが、実際には現実の世界の変化に対応するように目標そのものが柔軟に変わることが多く、完璧を欠く。

また、組織的には日本ではほとんどの企業は内部昇格制が採用されており、ピラミッドの階段を昇るかどうかも評価の結果である。従来の大企業では、多少の速度差があっても大部分の従業員は徐々に、地位を上げて行き、ポストの不足は出資会社への出向や移籍により対応してきたが、無闇にさして重要でない事業のため出資会社を作る制度そのものがあまり正しくないと考えられており、行詰り感がある。

また昇格に対する考え方については、上下移動のポストを増やせば、業務スピードが遅くなる結果を招くため、簡素化の方向となりピラミッドの階段数は少なくなり、かつ階段の上と下では、業務内容が大きく変わる。そのため、下の階層で実績を上げたからといって上の階層で業務を行えるかどうかは未知数であり、内部昇格制度との折り合いには問題がある。

評価と裏腹な問題は、インセンティブであり、結果としてはモラールの問題である。

しかし、単に給与だけでモラールを高める(あるいは維持する)には限界もある。よく給料を10%上げても生産性は5%しか上がらないし、逆に10%下げれば20%生産性は落ちると言われる。この言い方をつきつめれば、あまり給料は変化させない方がいいと言う事に他ならない。また裏側には、終身(あるいは長期)雇用の保証があるため、どうしてもプラス側よりマイナス側への下ぶれの方が大きくなると考えられるのである。


5.退職制度

退職制度には大きく、定年制による退職と、自己都合による任意の退職との2種類と考えられていた、このうち定年制についていえば「終身雇用制」の裏返しとしての制度であり、また従業員から見れば、日本的な慣習である若年時の低位な給与(右肩上り)と年代別に必要な資金計画(30台から40台に集中する学費、住居費)とのギャップを借入れで穴埋めするための将来の所得を担保に考えるという制度である。

一方、自己都合によるものとしては、単に文字通りの個人的な都合によるものが一般的で、会社の用意した終身雇用コースよりは低額な退職金が用意されるのが一般的である。このため(税制、年金制度も大いに関係するが)、早めに辞めると損という関係がなりたち、労働力の流動化がはかられない結果になっている。(もちろん急成長が必要な産業で、人材の不足の産業においてはまったく別である)

ところが、90年代になって、日本でも人材の生産性が大きなテーマ(コスト論)となり、早期退職制がとりいれられるようになるのである。

大別すると、特定事業の圧縮、廃止に伴う、「事業上の整理解雇」のケースと、従業員全体の過剰感を広く会社全体から退職募集するケースが一般的である。その他、違法とは知りつつ不当労働行為に抵触するような指名解雇も非組合員に対しては行われており、労働問題に詳しい専門弁護士は、労使どちらのサイドでも多忙を極めている。外資系企業の場合、特殊性をもって人材を確保するため、配置転換が困難なケースが多く、1年程度の予告あるいは退職金割増をもって、職場ごと整理解雇するケースが多いのだが、国内の大手製造業では希望退職の選択を行うことが多い。が、そのケースでは個別の指名を行うことができないため、企業にとって好ましくない結果(残すべき人材がやめる)が起こることが多い。希望退職にしても、数年前から残したい人材の処遇を上げ、残したくない人材の処遇を引下げるような施策を先行させるとか計画的に行わないと企業にとって不本意な結果となる。

また、現在、ベビーブーマー世代(世代の特徴としては内部抗争体質であって協調性を欠く人材が多いとされる)が50歳台後半になっていて、60歳まで待つことができなくなっているのが企業の現実と考えられる。

また、決算上は特別損失となるのだが、毎年毎年のように小出しに整理を行うのも、見通しが甘いと言わざるを得ない。

続  
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2009年04月22日

人的資源の組織戦略(2)

2.能力開発

OJTからOFFOJTへという考え方がある。かなり以前、企業は大量採用時代には、一人一人の個を見て採用するのではなく、特定の指定校から大勢の学生を、就職協定という、あたかも平等感を装うルールにのっとり、きわめて短時間に採用していた。(就職協定などは、部分的な平等感が全体的としてみれば社会的不合理さを生み出す結果になるということにつながる)そのため、ひとりひとりの従業員は単に社員番号と学歴、経歴といったデータ管理の対象であっても、得意範囲とか人格、創造性とかいったきわめてアナログ的な情報で把握されることはなかった。また人材としても、きわめて一般化した没個性的な人間が必要であった。そのため、採用した多くの従業員は定期的に集合型の教育を行い、会社の必要なパッケージ型に成長することが好ましいと考えられていた。

しかし、その後何回かの不況や、人口構成上もベビーブーマー以降の世代になると、各企業の戦略も個性的になり、むしろ最初から教育は職場に合わせて行うという考え方に立ち、OJT型が中心となっていくのである。もちろん、教育にかかる経費もOJTの場合、人件費に埋もれてしまうので、特にうるさく言われるものでもない(もちろん、生産性の低い従業員が職場にいるということ自体はマイナスであろうが)。

ところが、90年代も終わりになると、必要な人材は非常に高度化し、特定問題の専門的分野になることが起こっている、たとえば、米国での法人の法律的問題とか為替予約のプロとかもちろん人事問題でも細分化された問題があり、専門的な知識が要求されるものである。また、専門性の世界では、技術や知識の進歩は日進月歩であり、OJTによる社員による教育では最新情報を教えることは困難である。したがって、専門のスクールというような形態により最新情報、最新理論を磨くことは、新人社員のみならず、多くの社員にとって有用なことと考えられる。

また最近よく言われるように、中高年が企業のほしい人材とミスマッチの状態と言えるが、それこそ、教育によりミスマッチを改善していくしかない。

以前は、「変節は人間として恥ずべき態度」といわれていたが、ことビジネスの世界では、「変節は、身替りの早さを示す」と評価される時代である。


3.組織論

孫正義氏が展開するビジネスそのものの評価は別にし、彼の組織論には興味を惹かれる。孫氏によれば、一人が管理できる人間の数は最大限8人である。また縦型に見て4層構造以上になると、企業のサイズが大きくなりすぎ、社員の管理の上でも、社長が目を届かせることが困難になる。彼の言う4段階とは、社長−部長−課長−一般社員であろう。ピラミッドを組み立てれば、人数的には1+8+64+512=585となる。実際にこれを超えた組織では、縦、横の通風が悪化し問題点が多くなる。もちろん中規模企業では1+8+64=72人が適正な規模であり、小企業では1+8=9名というのが妥当な数値であろう。

しかし、多くの古典的企業においては、リストラによって、人員の削減は行うものの、実際的な意思決定までのプロセスを抜本的に変えることは難しい(部の統廃合とかいう算数的な処置を行うにとどまる)。しかし、既存の組織では扱えないような、一時的な課題や、縦割り構造の企業組織を超越しておこなうべきプロジェクト型の業務は頻繁に発生することになり、縦型の表面的組織に加え、横型の組織が発生することが多い。横型の組織について言えば、TPM活動的なボランタリー組織や、臨時的な委員会組織、もっと組織的になった臨時(期間限定)のプロジェクト型組織などがある。しかし、縦型意識の強い組織で、横型の業務を行うことは、違和感が発生するし、また様々な副作用がある。
  
IT化の組織に与える影響も大きい。初期段階では、表向きの縦割り型組織に対して、上下左右の関係をまったく無視した情報の流れが発生し、いわゆる「根回し」がLAN上でスピーディかつ細部にわたり念入りに行われることとなり、職務上のキーパーソンとはことなる、ネット上のキーパーソン(場合によれば社外に存在することまである)が別に現れたりする(表面化することはない)。これによって組織は実質的には、ある意味では効率的になるのだが、組織論的にはまとまりがつかなくなるのである。

次にERPの動きであるが、世界的にみて、企業活動は一社完結型から、複数の独立的企業が契約によって有機的に組み合わせになる連携型になる動きが顕著である。一見して企業内統一システムであるERPがSAP社、ORACLE社の2社に集約されていく流れを考えると、その2社のシステムが、連携型企業の情報連携の共通言語化するものと考えられる。もちろん自社開発システムで出資会社のすべてをカバーしようという動きもあるが(国内の場合、むしろ動機はQ毎の連結決算をすばやく作成する目的が多いが)所謂デファクトスタンダードの理論により、今後は高額であっても上記2社に収斂するのではないだろうか。

続  
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2009年04月21日

人的資源の組織戦略(1)

1.採用−終身雇用制の維持の困難性

従来の大量生産型大企業のピラミッド型組織では、まず社員を学歴別に大学卒業以上のホワイトカラーと高校卒以下のブルーカラーにわけるところからはじめる。最初から2つのピラミッドが存在するのである。そして30から40年にわたる期間、勤労意欲が減退しないような仕組みとして、10段階程度にわけた階層の中を、小刻みに給料が名刺の肩書きと一緒に上昇し続けていく仕組みになっていた。また、退職金制度は、実際には給与の一部であるのだが、無金利で会社に退職時まで貸し付けているような制度であり、従業員の固定化の一因ともなっていた。また、ピラミッド型組織にするための中高齢者対策としては、キャリア途中から子会社、孫会社といった一見アウトソーシング的な仕事と一緒にグループ会社という枠の中に囲い込む戦略が一般的であった。

このような制度は、高度成長時の慢性的な人員不足に起因していると考えられるのだが、一つは日本経済の産業構造の変化により、大量生産型の製造業から、第三次産業へと構造変革が進んだこと、二つ目としては、企業の国際化及び資本の国際化の中で多くの人的コストを抱えることができなくなったこと、3点目としては雇用される側の人材が多様化したために企業自体が魅力的な組織を作らない限り必要な人材を確保できなくなってきた事情(人員よりも人材)がある。大量生産時代には、人間の個人差が生む差は大きくなかったかもしれないが現代では個人の資質の差が企業業績に及ぼす差はかなり大きいといえる

また、実際に「企業30年説」他、20歳前後の採用後、60歳前後までの40年間、成長を続け、ピラミッドの底辺と高さを大きくしつづけられると考える人は、就職をしようという側にもいないだろうし、そういう意味でどちらの責任もまた限定的であるといえる。

企業の側からみた不確かな時代の採用は理想的には固定、変動、臨時の組み合わせとなるのであろう。社員中でコア人材(むろんコアビジネスという考えが先であり、1割かも知れないが5割かもしれないが)は長期安定的な確保が必要であり、長期にわたる人事プランが必要であるだろう。もちろん給与だけで人材が確保できるわけではなく、パッケージ化された制度は、その企業独特のシステムになることが予想される。大きな流動化を考えているわけでもなく、また給与だけの魅力では、それ以上の給与を提示する他社には対抗できないからである。

次に、変動部分であるが、企業業績や生産高、生産製品のライフサイクルなどから2年から5年にかけての限定的な(もちろん結果としては長期間になる場合もある)人員数が必要なケースでは、専門的過ぎる人材の囲い込みに走れば、将来の人材ミスマッチや、勧奨退職制度などの好ましくない(副作用の多い)結果となる可能性が高く、むしろ期間の短い中高齢者の雇用や。2−5年といった期限付きの契約(退職金を前払いにすることも有効)制度が有効である。また、付加価値のない仕事については、長期に一定の仕事が続くのならばアウトソーシング、短期的な人員増であれば臨時的雇用の形態が望ましいと言える。

しかし、一方従業員(あるいは求職者)の側からみると、長期安定高給の職場が好まれるのは(一般論として)当然であるわけで、本来、コア事業にふさわしくない人材もスクリーニングの網をもれることもあるだろうし、また完全に3分割するような仕組みは、モラールや競争心(競争も成果における競争が必要なのであるが、時によりベビーブーマー世代では、仲間の足を引っ張るようなディフェンシブな競争が起こることがある)を失わせる結果になる。そのためには、プロモーションや社員教育といったその他の施策を組み合わせる必要がある。

続  
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2009年04月20日

人的資源の組織戦略(0)

ほんのしばしの間、ネット環境のないところに遊びに行くので、更新停止しておこうかとも思ったのではあるものの、「livedoor blog」にも、裏口の「goo blog」にも、予約機能が付いているので、2003年に書いた拙小論文を5回分にちぎって連載することにした。

題目は『人的資源の組織戦略』

要するに、会社の人事制度のこと。

とはいえ、今は2009年。世界同時不況の折。一見、「雇用維持」が日本全体の最大課題のように思われている時節に、詰将棋の駒のように「大ゴマはどんどん捨てよう」とか「詰め上がりの駒は少ないほうがいい」というような徹底した合理主義は、いかがなものか、と思われるかもしれない。

しかし、マクロの話とミクロの話は、まったく逆が正しいことが多い。

景気が良くて給料が上がり、労働市場に余剰労働力が払底しているような時には、どんな戦略的な人事政策を考えたところで、実行すれば、「冷たい制度だ」と思った社員がどこかに転職してしまうだけであり、経営者の思惑は大失敗に終わることになる。

不況の時こそ、経営者は、「従業員に冷たく厳しい制度」を導入することが容易になるわけだ。

ということで、読んで怒らないでほしいなあ、と思うし、実際のところ、何らかのお叱りのコメントをいただいたところで、コメントをお返しするのは、帰ってきて、脳が日常モードに戻ってからになるので、悪しからず。


『人的資源の組織戦略』

0.序

会社の組織には様々な体系がある。従来的な社長をTOPとしたピラミッド構造もあり、ピラミッドの高さは10段以上のものもある。しかし、一方フラット型の組織の会社もある。また、多くの場合、労働組合と労務協定を結んで、給与のレベルや、転勤のルールなど多くの社内ルールが決められていく。

企業には、それなりの歴史があり、ほとんどの日本企業の場合は、現在適応になっている人事上のルールや給与のレベル、昇給曲線などは旧来のルールに国際基準である米国型の人事施策の一部をとりこんだものが中心であり、そのために個々の企業ではそれぞれに異なる人事上の組織戦略を持っている。

しかし、本来、かなり異なる日本的人事制度と米国流の人事制度を混ぜただけでは矛盾が生じる事となる。もともと人事制度は、長期にわたって考えれば、どうしても予測しがたい要因により、最適な制度とは離れていくものであり、一方日本の終身雇用制や年功序列型の制度の構造的行き詰まりも目立ち初めていて、人事部自体をアウトソーシングする中堅企業もあるが、やはり理想ともいえない。

人事の扱う領域は、採用、教育、解雇、労組との交渉といった現場的な分野が一方にある反面、長期的な人員計画や、効率的な経営が可能な組織作り、社員のモラールを向上させるための諸施策、終身雇用制の検討といった、中長期にわたる政策的な課題まで幅広い。

一般的な日本の諸制度の一部と米国型の制度をとりいれた場合の問題点とその克服を中心に政策的な観点から触れていきたい。

続  
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2009年03月16日

政府紙幣よりも、・・

景気浮揚策として自民党議員連盟がまとめた内容が発表された。

無利子国債発行などを首相に提言=自民議連 3月11日15時20分配信 ロイター

[東京 11日 ロイター] 自民党の有志議員による「政府紙幣・無利子国債の発行を検討する議員連盟」は11日、緊急提言をとりまとめ、麻生太郎首相に提案した。

日本経済を危機的状況と位置づけ、政府紙幣や相続税免除付き無利子国債の発行、贈与税の減免のほか、日銀に対する国債買い切りオペの増額、量的緩和政策の導入などを求めている。

提言では無利子国債について、家計の金融資産を今後の景気対策の財源として有効に活用するため、「発行すべき」と指摘。商品性は、相続免除特典付きとするほか、年限を10年または20年とし、中途換金も認めるべきとした。政府にとって利子負担は発生しないが「金持ち優遇」と批判される可能性があり、調達財源は「雇用・失業対策、零細・個人事業主対策に重点的に活用すべき」としている。
併せて、高齢者世帯ほど多く保有している資産を次世代に円滑に引き継ぐため、贈与税の減免も提言。3年間に限って現行110万円の基礎控除を2500万円に引き上げることなどを求めている。

一方、政府紙幣については、無利子・無期限の国債を日銀が引き受けることと同義とされており、提言でも「100年に1度の危機」に対応するため、「政府紙幣の発行、あるいは日銀による国債の直接引き受け」を検討すべきと指摘。日銀の金融政策運営に対しても、1)国債買い取りの大幅な増額、2)デフレ脱却までの量的緩和措置の実施──を求めるべきと明記した。

同連盟顧問の菅義偉選挙対策副委員長は、麻生首相との会談後に記者団に対し、首相から政府紙幣に対する言及はなかったと述べた上で、「厳しい時であり、(首相は)あらゆるもの、できることはやっていきたいとの思いが強い。全体としては、(提言に)前向きだと思う」と語った。


まず、相続税免除の無利子国債。日本は今、毎年120万人程度が亡くなっているのだが、相続税を払う人は5%程度といわれる。実際には、資産が1億円で妻と子供2人が残された場合は、相続税は200万円以下程度である。資産3億円以上あると税務調査されるという噂もあるが、税務調査の件数(1万件程度)から推測すると、3億円以上のケースは全体の1%位である。詳しく計算したわけではないが。20億円以上の現金資産だと、相続で半減(以上)してしまう。

仮に20億円の金持ち(こどもが二人とする)が、亡くなられる前に、この無利子国債を20億円で買うと、国が個人から20億円の借金をすることになる。そしてその方が亡くなると、国庫に入る(純歳入)はずだった10億円の相続税が入らなくなる。その後、相続人であるこども二人が各10億円の国債を中途償還すると、国庫には、単にマイナスだけが残るわけだ。

それに、もっと100億円規模のもっと大金持ちになると、おそらく国債には目もくれないと思う。どこかの秘匿資金というのは、秘匿だからして価値があるのだろうし、金持ちは国を信用していないだろうからだ。

また、調達財源は、雇用失業対策、零細・個人事業主対策に活用といっているのだが、財源の問題でなく、「何か有効な対策があるのか」という問題が先である。有効な対策を見出せなのに財源論だけ先行するのも困ったものである。紙幣や国債の印刷要員だろうか。

次に、政府紙幣について。

ずいぶん、奇抜な意見である。基本的には日銀券の他に政府発行紙幣ということになるのだろうか。紙幣価値というのは、その発光体の信用によって価値が変る場合もある。日本銀行券の1万円と日本政府券の1万円と同価値に落ち着くのだろうか?そんな保証はないと思う。日本政府が発行するのなら、東京都や鹿児島県だって紙幣を発行することだって考えられる。それこそ、国債や地方債の償還に合わせて札を刷っていけば、あっという間に借金はなくなる。(はずはない)

実際には、自販機などの都合もあって、既存の日銀券とまったく同一デザインで、日本銀行という文字を日本政府に変えるだけなのだろう。政府が発行した分だけ日銀が吸収してしまえば、効果はないと思われる。(戦争中、日本は精巧な中華民国の偽札を撒いたそうだが、その分だけ、中華民国が発券枚数を減らして対抗した、という逸話を思い出す)

さらに、実は、通貨供給量とインフレの話というのは、それほどはっきりしているわけでもない。有名なのは日本の江戸時代に、幕府が小判の金の含有量を減らすとインフレになった例だが、小判の価値が下がり(金本位制)貨幣価値が落ちたからなのか、小判の枚数が増えたからインフレになったのか、もともとの日本経済が膨張していって貨幣不足になっていたのか、はっきりわからない。

目的もなく、実験的に貨幣を増やしたり減らしたりはしないものだからだ。

なんとなくだが、今の日銀券の範囲ではなく、金持ち用の高額紙幣帯「100万円札」「10万円札」とサービス業に従事するアルバイト、派遣社員用の「チップ用200円札、500円札」が出るのではないだろうか。チップ社会は面倒くさくて嫌だし、なんだか社会が上中下に3分割されそうだが。

ところで、批判ばかりでは何なので、景気刺激策を三つ提案。

一番目は、クレジットカードの決済期限の一ヶ月延長。

この一ヶ月分の金利と貸し倒れを政府が保証する。確か、韓国では1990年代に実行したことがあったような気がする。当面、1ヶ月分の利用額がタダみたいなものである(タダじゃないのは言うまでもないけど)。もちろん、カードを発券してもらえないような貧乏な人には効果はないが、それはETCカードだって同じようなものだ。


二番目は、政府の埋蔵金ではなく、個人レベルの埋蔵金の発掘。貨幣を刷るよりはましな気がする。

まず、テレフォンカード。テレフォンカードは最近はめったに使わないわけだが、かなり前には、企業キャンペーンの花だった。営業マンが100枚くらいずつ持ち歩いて、あちこちにバラマク。NTTは売上が利益になっていたはず。政府がテレカを買い取って、そのままNTTに押し付けると、NTTが破産するだろうから、とりあえず国家資産として埋蔵金にしてしまう。

さらに、「ポイント」の買い取りもいいかもしれない。ANAやJALの救済策にもなる。これも、ポイントを国の資産にして、現金を市民に還元すればいい。

さらに、国宝や重文などの「お宝」。指定されると自由に取引できないという理由で、秘蔵している人もいる。鑑定師の鑑定も必要だが、鑑定価格の50%〜80%程度で国が買い取るというのはどうだろう。文化財の保護にもなる。

本当は、ブログのヒット数ごとに10円でもいただければ、毎年、中級国産車が買えるのだけど・・(でもやっぱり。国営ブログはいやだな・・)


三番目はギャンブルだが、カジノというのは不道徳的だし、ミサイル財源になりかねないので、「公営ギャンブルのハズレ券」の再抽選とか、台湾で実施しているような、コンビニなども含め、日本中の領収書に番号を打って、年末(に限らなくても毎月末でも)に、国家的巨大抽選会を行って、豪華景品(経営不振の自動車会社のパジェロとか、ゲーム機メーカーのPS3とか)をばらまくとか、どうだろうか。

では。  
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2009年03月13日

ワークシェアリングって、・・

「ワークシェアリングって賃下げだよね。」みたいな、つまらないことを書くわけではない。

電機業界、自動車業界を中心に広く拡がり始めた「ワークシェアリング」だが、実際にはなかなか難しい問題をはらんでいる。

たとえば、ある工場で、「毎週5日出勤していたのを、4日出勤(隔週で強制休日1日取得)にして、給料を8割にする。」というのは、「ノーワーク・ノーペイ」の原則から言えばある程度理解はできるが、その1工場だけの会社であるなら完結するだろうが、工場が2ヶ所あって、生産性の高い工場の稼動を100%にし、生産性の悪い工場の稼動を60%に落として、そちらの工場の従業員の給料だけ60%にすると言ったら、「まったくの不公平」ということになる。さらに、全従業員の給料を80%にすれば、フル稼働の工場の従業員からは、「必死に働いているのに、働いていない従業員と同じ給料に下げられるのは不公平だ」という声があがるだろう。

かくして、制度を変えないでワークシェアリングだけを行うのは、無理があるわけだ。

そして、少しこの「ワークシェアリング制度」を客観的に考えると、こう言い換えることができるだろう。

負の残業代制度

通常、会社の残業というのは、年間の基準労働時間の月割り分を超えて働く時に発生するもので、通常の時間当たり単価よりも2割ほど高い。(実は、多くの会社のボーナスは、基準労働時間単価に対して計算され、いくら残業しても増えることはないので、残業時間の方が労働単価が低いことが多い)

ワークシェアリングというのは、この基準時間(たとえば年間1850時間とか)よりマイナスなので、その分の給料を払わない、ということである。基準時間よりプラスなら残業手当てになり、マイナスなら負の残業代となり、差し引かれる。

ということは、ワークシェアリングの流れが、広く普及していくには(それ自体は望ましくないが)、新たな概念が登場するのではないかと、見ている。

基準労働時間の低位設定

先にあげた2工場間の問題などでもいえるのだが、基準労働時間を年間1850時間ではなく、例えば年間1500時間に設定。つまり給料のベースが下がるわけだが、勤務時間も短い。工場が100%稼動になって2000時間になれば、500時間が残業になる。1800時間なら300時間が残業。最低保証賃金は1500時間分である。

もちろん、最低保証時間を1000時間にするなどという横暴なことはできないだろうし、工場が完全停止した時にも1500時間分払うのかというような極限的状況には対応できないのだが、少なくてもこの経済的苦境を乗り切るためには、少しは有効なのではないだろうか。

もっとも、こんな冴えないプログに書いてもしょうがないわけだが、「負の残業代制度」とか「基準労働時間の低位設定」といった概念は、まだ各種論説では見かけていないので、今のうちに特許庁に申請しておきたいのだが、まあ、何ヶ月かして世間で広く認識されるようになった場合、「そういえば、誰かが書いていたなあ」と思い出してもらえば、それでいい。


ところで、最近、ワークシェアリング的に仕事が減ってきて、早めに帰宅することが多いが、先日も帰宅中の電車の席で目を閉じてウトウトしていると、前に三人の派遣社員の女性が立って、「契約、いつまで」「たぶん、今月末までよ」「Aさんか私か、どちらかがクビみたい」「3月末で年休が2日残っているのに、怖くて使えない」「会社が正社員と派遣社員について、どう考えているかだわね」と、結構、悲惨な会話が続くわけだ。

世に言う、「派遣対正社員のバトル」である。

こういう問題については、以前、手頃な長さの手厳しい論文を書いたことがあり、近くPCを使わないところに、しばらく行くはずなので、その間の「つなぎエントリ」に数回にわけて連載するので、よろしく。

一つのキーとしては、派遣社員と正社員の間に、「期間契約の社員」という新たなワークスタイルを作るべきということ。30年国債と普通預金の2種類ではなく、満期2年、3年、5年の定期預金だってあればいいじゃないか、ということである。
  
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2008年10月15日

祝ノーベル賞クルーグマン教授の経済入門

97b49d6a.jpgノーベル経済学賞を受賞したクルーグマン教授の庶民向け経済入門書。日経ビジネス人文庫より。1998年の書らしいが、あくまでも経済学の本なので、10年たってもほとんどの記載は矛盾が生じていない。

ところで、この教授の語り口は”みのもんた氏”のようにくだけていて、訳者泣かせのようだ。それが売りで、ミルトン・フリードマン氏についで、「売れる経済学本」というジャンルを作った。フリードマン氏に対しては敬意を払って、「マネタリスト」と立派なカテゴリーをあてているが、フリードマンの取巻きに対しては、「コガネムシ」というカテゴリーを用意している。

本職は国際金融論らしいが、実際にはもっと政治の世界に踏み込んだ「政策論」が好きなようだ。一般にブッシュ政権を批判していると言われ、民主党支持かと思いきや、そうでもない。要するに、政策の実行とその効果にはタイムラグがあるので、前の政権の政策の結果を次の政権が負担している、ということが書かれている。米国の経済政策は行きつ戻りつ間違いだらけだ、と指摘している。そして、インフレ容認論者である。インフレを抑えるためには、莫大なコストがかかるということだ。

また、米国の最大の問題は「生産性の低さ」であって、短期的には「貿易収支の赤字」ではなく、また「格差の拡大」である、と正確につかんでいる。しかし、実際には貧困への対応は、さほど連邦支出を増やすものではなく、今後の連邦支出を増大させるのは、福祉・医療関連コストであると指摘している(日本の話じゃなく米国の話)。そして、高額所得者から高額納税を期待しても、既に高率累進課税なので、さほど増えない。結局は中産階級の負担になるだろうと不吉な予言である。


まあ、こんなことをいくら書いても、実際に本を読めば済むことなので、きわめて易しいこの本を手に取ってみたらどうだろう。905円という将来の消費税アップを見越した単価になっている。

ところで、クルーグマン教授はだいぶ前からノーベル賞候補になっていたようだ。


もしかして、金融危機による金融工学系博士全滅の時にこそ、彼にノーベル賞を渡そうと、ずっとウェイティング状態だったのかもしれない。

さっそく、公的資金の注入を主張しているようだが、それはノーベル賞学者でなくても自明な話だろう。  
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2008年08月14日

日系企業の国際化と宗教の折り合い(4/4)

4.今後の方向性

最近の国際情勢を考えるに、宗教そのものが直接的な紛争の原因となることより、異民族・異宗教徒間の貧富の差が問題の根本的原因になっていると考えられる。世界人口が急増する現代に、宗教、民族を超えて必要なのは、最低限の安定的な生活であり、解決・改善が必要な問題は並列的に存在するということである。先にあげた東南アジアの3ヶ国などは、既に安い労働力とのみ見ることはできず、生産国であり消費地としての発想が必要となっている。

単に安い労働力を求めるなら、中国・インド…と次々に3K輸出を繰り返すこととなるが、今後はTAKE−OFFした東南アジア各国への技術供与等を続けないとならないと考えられる。一方で国内産業の空洞化を埋めるべく努力は必要となる。

先日、筆者はソウルに行ったのだが「日本の5年遅れ」と言われた10年前とは異なり、もはや日本なしでも自立できる自信をソウル市民から強く感じたのである。ASEAN各国とも(政府も国民も)既に、元気の無い日本だけを意識するのでなく、世界全体を視野にいれているのである。

他方、日系企業も多国籍企業の特徴である国家を超越した国際分業手法を進めていけば、例えば製造業にあれば、研究開発部門・生産部門・消費市場といった分野ごとに多段階に地域分化するものと考えられる。

多民族国家アメリカを見れば、宗教・民族の対立は、今後は激化ではなく統合の方向に向かうものと考えられる。反グローバリゼーションを唱える人達の中には、グローバル化の進行に伴い、各民族・地域が過去に築いた文明や文化の消滅を危惧し、保護を主張する正統的な意見も多いが、一部の危険な意図をもった似非宗教家や似非民族主義者が民族問題や宗教問題をイデオロギー的に利用し煽動している場合がある。今後、急増する人口問題・地球環境の保護を考えれば善意の批判に対しては寛容でなければならないが、テロそのものを究極的目的とするグループは排除しなければならない。

2001年8月31日南アフリカのダーバンで国連人種差別反対世界会議が開かれた。あらためて、世界に残るさまざまな差別(日本はアイヌ問題と部落問題が指摘を受けた)に対して、その撤廃が求められたのは南北問題の重要な原因であると世界各国が認識しているからであろう。(会議終了4日後に発生したテロにより、この会議の理想が十分に理解されないのが残念である)

1948年の国連人権宣言以後、繰り返し主張される「差別の撤廃」こそ、世界に根深く発生する「貧困」の原因であり、その構造から脱却しなければ「イスラム過激派」をはじめとする宗教的テロリズムの発生を抑えることは困難であろう。
(了)

今後、日系企業もアジアを離れ、世界へ進出する中で、固有の無宗教文化を「無意識の無宗教」から「意識的無宗教」に変換することが必要であり、進出先ではあらゆる差別を設けないことが必要である。また、安い労働者という植民地的見解ではなく、グローバル企業として現地採用の従業員でも優秀であれば国際的人事ローテーションを示すことが必要となるであろう。

参考文献リスト
多国籍企業と雇用問題 カール・ソーヴァント編 藤田正孝訳 国際書院1999年5月15日
東アジア経済圏と日本企業 丸山恵也 新日本出版社 1997年7月20日
世界経済を読む 清水嘉治 新評論2002年4月10日
マハティールのジレンマ 林田裕章 中央公論新社 2001年10月20日
多国籍企業と戦略提携 竹田志郎 文真堂 1998年9月11日
アジアで勝つ 児島正憲 伯楽舎 1997年4月25日
アラビア半島とどう付き合うか 遠藤晴男 第三書館 2001年3月25日
企業と国家 恒川恵市 東京大学出版会 1996年9月13日

本レポートは2002年の筆である。
  
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2008年08月13日

日系企業の国際化と宗教の折り合い(3/4)

3.日系企業の現地対応

特に、多民族多宗教である国家として、タイ、マレーシア、インドネシアを見ると、タイでは人口6100万人のうち8割がタイ族、1割が中国系、その他民族が1割である。仏教徒が95%と多数であり、イスラム教4%、キリスト教1%と推定され、宗教的問題は比較的少ないと見られる。

これに対しマレーシアは2300万人の人口の60%がマレー系でその大半はイスラム教徒である。また30%は中国系でありその大半は仏教徒であるがキリスト教徒も含まれている。残る10%の大半はインド系であり主にヒンドゥー教である。また、政府の方針として民族別雇用比率が定められていたこともあり、企業の採用も民族バランスに配慮したものとなっている。また近接するシンガポールとは民族構成は相似しているが経済的対立に立つことが多い。

一方、インドネシアは2億400万人で人口的に大国である。いわゆるプリブミ(現地)が大半であるが、4%程度の中国系国民が経済の中心を握っている。また1万7000の島からなり250もの言語と出身地ごとの風俗気質が大きく異なる。また90%がイスラム教であるがキリスト教・ヒンドゥー教・仏教が混在している。

3ヶ国へは電機・精密機器・自動車関連企業が日本から多数進出している。販売先の構成はほとんどがブランドを付けた最終製品か、系列企業の日本向けあるいは系列の他国工場向けの部品かというように、日本企業の下請工場化していると言える。実際、ほとんどの企業は研究開発部門を現地におかず、利益配分方法もロイヤリティ方式かそれに近いものとしている。

国内の工場との大きな差は、工場の稼働時間が長く、多くは組立工場のラインを止める時間が無いという点と、圧倒的に女性従業員の方が多いということである。

特にマレーシア(H社・P社)では、3ヶ国の中で最も宗教的複雑さがあり、それぞれの祝祭日が異なることや食物の制限や礼拝の方法が異なることから、独自の礼拝場所を設置したり、社員食堂のメニューを増やしたり、宗教ごとの祭日を考慮した交代勤務体制を採用している。また、宗教の異なるワーカー同士の協力関係を向上するために、小グループ活動を行っている。

昨年、食品調味料メーカーがインドネシアで製品の製造過程で豚肉酵素を利用していたことが明らかになった際、大問題に発展しなかったのも、日頃きめ細かにケアをしているからと考えられる。

一方、昨年のニューヨークでのテロの後、アブダビに進出している日系石油開発会社は日本人社員に突然退去命令を出し、現地での信頼関係を大きく損なってしまった。
(つづく)
  
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2008年08月12日

日系企業の国際化と宗教の折り合い(2/4)


2.日系企業の国際進出

製造業を中心とした日系企業が東南アジアを中心に本格的に海外進出を加速させたのは、1985年のプラザ合意以後とされている。「円高」と「国内労働賃金の上昇」、「国内の環境基準の強化」が直接的動機となっている。つまり、東南アジアを中心に海外進出した後も、現地工場で生産された製品の販売先としては、従来通り、日本や欧米向けの市場向けであり、あくまでも日本国内からの生産シフトという考え方が強かった。反面、日本国内の工場閉鎖やリストラが行われるのだが、バブル期においては、労働力不足が起きていたため特に大きな問題は起きていなかったのである。また、当時は欧米系の企業は海外を販売市場と見て進出しており(外資系企業の日本法人など)、その方法には日系企業とは違いがあったと言える。

これらの流れは、悪く言えば、「3K職場の輸出」であり、場合によれば「公害の輸出」であるのだが、当時の東南アジアの市場はまだ、個人消費規模が低く、個人レベルでの安定した所得の確立をはかることが進出先国政府にとっても重要政策であったため致し方なかった面もある。

このため、多くの日系企業は、生産システムや人事管理システムを日本から持込み、一部のアレンジをするにとどめている。背景としては、メーカーの多くは1%から10%程度の少数の日本人スタッフに現地の管理者を加え工場管理をすることになっていて、あくまでも少数の現地日本人に管理できるシステムを構築する必要があったのである。

さらに付け加えれば、最近はM&Aの形態で既存企業に投資する方式が一般的となったが、主にアメリカ企業へ投資した日系企業は、既存の企業のシステムを変更しなかった(というかシステムを理解できなかったのだが)ため、管理不能となり、巨大債務を背負うことになってしまった。アメリカ人が数千人いる工場に10人以下の日本人が経営者として乗り込んでも、「日本システムの方が優れている」ことを論理的に示さなければ既存のシステムを変更することは困難であり、実際には現地会社は、現場と東京の間であいまいに右往左往しているだけであった。一方、東南アジアへの進出は、ほとんどが新規工場建設からであり、ジャパナイゼーションのシステムを導入する形が容易であったのである。

しかし、同一業種(例えば、電機・自動車・精密機器)の日系企業が競うように同一地区に進出していったために、工場の稼動立ち上げを急ぐことが最重要課題となり、文化・宗教・慣習といった非経済的問題については、後追い対応となりがちであった。

また戦後日本では各種の比較文化論は華やかに繰り広げられ、欧米文化と日本文化の差については多くの優れた分析がなされているのだが、ことアジアとの関係においては、戦前の大日本帝国の行動に対する国内的反省があり(諸外国からは反発が存在し)、精神的いびつさが存在する。加え、宗教問題については大多数の日本人には理解できない問題であり、「微妙で取り扱いにくい問題」として国内と同様な寡黙の態度をとるのである。

しかし、アジア各国は日本のように、国家=民族=宗教=言語=文化=慣習というようなことではない(当然ながら、世界のどこでもその算式は存在しないし、日本でもおおむね算式が成り立つだけで実際には各種の例外や差別は存在する。バルカン半島や中東やアフリカ大陸では常に緊張と戦闘が行われ、アメリカ合衆国はそれらの不等号を乗り越えようと南北戦争後たゆまぬ国内努力が続き、今のところなんとか対立の克服に向かっているように見える)。

また、東南アジアは一定の政権的安定をみているものの、全体をとらえればアメリカのような多民族・他宗教の国家であり、国境地区はどこもボーダーレスであり、今後も中国・インドという人口大国のはざまとして長期にわたり少数民族・宗教問題は最大の国内問題である。つまり、宗教的に寡黙な態度をとるのも、「無知からくる寡黙」ではならないのであり「意図的中性さ」が必要なのである。

日系企業が考慮すべき宗教的な状況としては、日本対現地という二元構造と、他宗教国家の中での調和という二つのタイプがあると考えられる。
(つづく)
  
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2008年08月11日

日系企業の国際化と宗教の折り合い(1/4)

4日間ほど、山籠もり(象徴的意味として)するので、放電型のブログアップが困難となる。まあ、休みでもいいのだが、ふと思うと、6年ほど前に、ミニ論文多数書いていたのを思い出し、蔵から引き出してみた。そのうち、ちょうど4分割できそうなものがあったので、穴埋め材に使うことにした。ということで、あまり読み返しもしないし、書き直しもしないので、コメントされても、レスポンス不能なので、なにぶん、ご理解を・・


1.日本人の宗教に対する態度

一般に、職場や趣味のサークルなど日本人の集団の中で、宗教が話題となることはほとんどない。既に国内である一定の地位を確立した(法的にも経済的にも)集団については、個人的見解は持っていても、「集団の和」とか「議論を好まない習慣」から話題とすることはほとんど無い。新入社員が入社してくると、会社の正式な教育の中ではそのような習慣については教えないものの、職場の先輩からは、顧客の前や酒席で口にしないリスト(タブー)のかなり上位に位置するのである。

しかし例外としてはオーム真理教などのいわゆるカルト系組織による蛮行・奇行のようなものには激しく批判を行うのである。

いくつかの宗教組織の中には、実際に法的または経済的には「宗教を騙った詐欺組織」であったり「宗教性のないテロリスト」であったりするのであるが、ひとたび「宗教ではない」との大衆的認定が確立すると、一気加勢に評論家的批判を行うのであり、本来被害者であるそれらの組織の「善意のメンバー」の人権まで侵害するのである。カルトに対する批判は、一に、「身近には関係する信者がほとんどいない」、一に「マスコミ等の世論もカルト批判を行う」という状況の中で、反論の余地がないことを確かめられた上、集団の秩序を乱すことなく行われるのである。

海外の一部の国では、入国カードに「宗教」の記入欄があり、大部分の日本人は瞬間的とまどいを感じながらも「BUDDHISM」と書く(めったに使わない単語なので多くはスペルミスを犯すのだが)。本当は「NONE」に限りなく近いのだが、ガイドブックには「海外で無宗教というと人間でなく犬やらくだと同じレベルとみなされる」と書かれているので割り切って書き込むだけである。では仏教とは何かと言われても、外見としての寺院や葬儀については多くを目にするものの、教義についてはその1%の知識も持っていないのが現実であり、日本人は世界で最も宗教性の薄い国民であると言えると考えられる。

歴史的には、ベースとなる渡来仏教とその派生形(発展形)である宗派が一定の規模を確立した後にキリスト教(イエズス会)の布教が始まったのだが、イエズス会はキリスト教の中でも国家権力と相互関係の中で戦闘的にエリア拡大を目標としてきたため、国内の仏教系の宗派の体制化を完了していた武家政権により仏教単一宗教化と鎖国という政策をもたらす結果となった。江戸期以降ほとんどの大宗派は、管理宗教の内側であり、国内的な宗教対立も起き得ず、日常の生活感の中で宗教に精神的に依存することもなくなったのである。

現在、日本にも相当数の外国人の流入が始まっている(短期・長期・永住とタイプはあるが)。教育現場で宗教の教義を教えることは、過去とまったく違う意味で困難である(以前は戦前の神道教育への反省であったが、現代では文字通り、民族の多様化や宗教の自由の保証の観点からである)。一方、家庭内であっても、宗教問題はタブーのままである。

結果として、一般論でいえば、多くの現代日本人は外見的無宗教であると同時に内面的にも無宗教なのである。
(つづく)
  
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2008年06月25日

原油が先か穀物が先か

今年5月2日、ブッシュ米国大統領のある発言が、インド国民を怒らせた。

インド人の生活水準が向上しているのが穀物高騰の原因の一つである。あれほどの人口大国で食糧需要が膨らんだから食糧価格が上昇した。インドでは中産階級が3億5千万人に達し。米国全体の人口を凌ぐほどになった。豊かになれば、よち美味しく、より栄養価が高い食品を求めるようになる。彼らこそが、世界の食糧の需要と価格をつりあげている。


インド政府はアントニー国防大臣が、「たちの悪い冗談だ」と反発し、「穀物価格上昇の原因は、米国の政策にある」と反論した。

07c349f4.jpgインド側の反論の主旨は、米国のバイオエタノール政策。これにより、米国のコーン相場が吹き上がる。2017年までに米国のガソリン需要の2割をエタノールに切り替えようというものだが、米国のほとんどのコーンは自動車用になってしまう。

そして、ここまでの話は、よくどこにでも書かれている。

かたや、石油製品需要のアンバランスで原油価格高騰、かたや地球温暖化で異常気象発生し、穀物生産量の減少。人口増と新興国の所得アップで食糧需給逼迫。

エネルギー需要と新興国の食料事情と異常気象の3種が同時に発生している。

一般的には、米国の主張もインドの主張も同時に正しいと思われている。

そして、最近、色々と調べているのだが、事態は次のステージに移っているように思えてきたのである。

つまり、原油価格が上がったら穀物価格が上がるという一方向的な因果関係にあるのではなく、原油とコーンは双方向的な両者相関関係にあるのではないか、ということ。つまりどちらの商品も逼迫状態にあるのだから、今後、異常気象やバイオエタノール政策等でコーン価格が上がれば、それに引きづられ原油価格が上がることも十分に考えられるのではないか、ということだ。

実際には、エネルギー効率からいえば、食糧が生み出す人間の体内のエネルギー効率は、ガソリンエンジンよりすばらしいわけだから、食糧でクルマを動かすなんて、とんでもない非効率政策としか、思えない。さらに米国人の大好きな牛肉などは、コメなどの穀物を食べるよりも7倍も不効率らしいのだが、いずれにしても、大国同士が食い物の話でいがみ合うなんて、とても21世紀とは思えない。そのうち、ペットのことなんかも俎上に乗りそうだ。


実は、以前、第二次大戦で南方の島々に出兵されていた方から聞いた話だが、軍用機用のガソリンが枯渇状態で、アルコール類(主にエタノール)が使われていたそうだ。ある時、それを生半可な知識で知っていた戦友数名が、夜中に酒がわりにこっそり飲んだそうだ。が、残念ながら、飲んだ人たちは、数時間後に急死されたそうだ。知人は、軍事物資に手をつける(いや、口を付けるか?)ことに罪悪感があって、謀議に参加せず、命拾いし、今も八十数歳で活躍している。

こういう戦地の話は、すべて戦病死とくくられて、明るみに出ないのだろうが、エタノールではなくメタノールが混じっていたのか、あるいは本物のガソリンだったのか。

この話を聞いてから数十年経つのだが、いつか調べたいと思いながら、そのままにしている。くれぐれも、飲まないように。


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2008年03月26日

喫煙休憩を止めるより上策は

大阪府知事、橋下氏が府庁内の朝礼で、女子職員から「サービス残業撤廃要求」を受け、逆切れしたのかもしれないが、有給休憩と喫煙休憩の廃止方針を打ち出した。

微妙に、問題点がずれているような気もするので、一つずつ考えてみたい。

まず、有給休憩だが、早い話が勤務時間合計の問題と思う。昼休みが45分で、その他が15分休みが二回。確かに民間にはあまりない制度だ。というか、合計休息時間が1時間15分というのは長すぎる。基本的には昼休みを1時間にして、途中休憩を廃止した方がいいだろう。完全に一斉に1時間休むと、窓口業務が滞留してしまうだろうから、半分の人は11時半から1時間休み、残る半分の人は12時半から1時間休みというように二分割すればいい。

そして、最大の問題は、喫煙休憩。というか、現実は、「勝手に喫煙コーナーに行って10分位帰ってこない人」が多い、ということなのだろう。この問題は、官民ともに職場の抱える問題。少し考えてみると、まず、配慮すべきは喫煙者の人権である。もちろん、これだけ、健康被害が叫ばれているのに、まだタバコを止めない人間というのは、本質的には、精神的欠陥があるわけだ。だからといって、表立って、すぐに解雇するわけにはいかない(以前、大き目の会社の管理職だった時には、3年がかりで部下を『清一色』に揃えたことがあったが、追い出された部下は、喫煙習慣が真の転勤事由だったとは今も知らないはずだ。一方、中小企業では転勤もままならないし、第一、喫煙者が多い。)。

しかし、数値で考えれば、一本のタバコを喫煙コーナーで吸うだけで、最低でも3分はかかる。一日20本(1箱)吸えば、60分にもなる。まして、大阪府職員は一回10分というのだから、これは論外。60分の話にしたって、1日8時間労働の人(非喫煙者)と、7時間の人(スモーカー)が同一賃金でいいわけない。あるいは、仕事の効率が違う。

労務関係の仕事をしている人なら、こういう場合によく登場する概念を思い出すだろう。

『ノーワーク・ノーペイ』

つまり、タバコを吸う権利は認めるが、その時間の分の賃金は出さない。という考え方である。よくあるのが育児休暇とか。雇用関係や労使関係の権利は継続するとして、その代わり、働かなかった分の給料は、比例的に差し引くという概念である。多くは、ある期間とか一日単位で設定すべきものかもしれないが、喫煙休憩に適用するのが極めてふさわしいように思える。

あるいは、そこまでしたら、痛すぎるというか、給料明細が『喫煙減俸』で汚れてしまって、家族に見せられない(というか、見せたら家族からも禁煙を迫られるのは必至)ということになるので、代替策も考えてみる。要するに1日1時間分の減俸ということは、平均年収500万円で2,000時間勤務と仮定すると、時給分2,500円である。20本で割ると、1本125円である。喫煙者には喫煙ルームへの私有タバコの持込を禁止し、大阪府の用意した1本125円のタバコを吸ってもらえばいいわけだ(おっと、タバコの原価1本15円を忘れてしまった)。もちろん、タバコ泥棒、タバコ代泥棒、時間泥棒は重罪になるのは当然である。

そして、職員側から提起されたサービス残業問題。それは問題だが、毎日10分とかいうのは、要は仕事のやり方を改善したほうがいいというレベルと思える。それも含めて、労働側でも、あいまいにすることなしに、『ノーペイ・ノーワーク』を実行することではないだろうか。

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2008年01月30日

ポスト京都プロトコル:電力業界の対応?

今週の始め、電力会社の研究所である(財)電力中央研究所主催の「第四回地球環境シンポジウム」に出席。経団連ホール。

元々、温暖化防止、言い換えればCO2の削減をテーマにしても百人が百様の意見を持っている。複雑系科学の代表だからだ。あっちを立てればこっちが立たずということ。

しかし、最近、米国も問題の所在について共同見解を取るようになった。原因分析がやっと終わり、これから対策ということになる。もともとこのテーマは京都議定書に端を発し、その準備期間が終わろうとするころにやっと次の段階の取り決めに動き出したところだ。

2008年の洞爺湖サミット、そして、きたるべき米国新大統領は誰になっても、少なくとも温暖化対策に取り組むだろう、と言われている。すでに、中国も無駄な抵抗はやめ、五カ年計画には削減目標を導入している。

ところが、ポスト京都議定書については、まだ、その概念や方法について、まったく方向性が決まっていない状況である。

とはいえ、大きく二種類の方法が提示されていると考えるべきなのだろう。

まず、京都の続きという方法である。各国別の総量を決め、さらにこれに排出権取引を組み合わせる方法である。元々、日本もこの方向だったのだが、「基準年の不公平感」を理由に態度保留になっている。実際は、米国がこの方法に積極的でなかったこともあり、米国追従でもあり、欧州の顔も立てなければならないという微妙な状況である。ただし、ダボス会議での首相演説など聞くと、日本もどちらかというと欧州案の方に近いような気もする。ただし、国別に独自のメニューを作るので、産業間の負荷(たとえば製鉄会社へのノルマが多くなると、製鉄業の国際競争力が落ちる。逆に有利になることもあるだろう。)が不均一になり、産業の国際間移転が起きる可能性がある。

もう一つは、「セクトラルアプローチ」というもので、広義の意味では代表的な産業(交通、発電、鉄鋼、セメント・・・)について、国際的に統一の規制値を作っていこうという方式。狭義の意味では、各産業ごとのエネルギー原単位に目標値をつくることである。この方法だと、国際的な競争力には中立だが、効果測定とか怪しい限りになり、個別セクターでは達成しても全体で未達成という可能性がある。


このシンポジウムでは、それらの問題についての電力会社の意見というか研究範囲というか、それらが明らかになるはずだった。が、・・


電力会社の意見としては、このセクトラルアプローチよりももっと消極的な方法である「プレッジ・アンド・レヴュー」方式の方が良いとされるわけだ。「プレッジ・アンド・レビュー」方式は、各国が温暖化対策を国際的に誓約し、互いに各国が精査し、政策強化を行うもの、とされている。

そして、奇妙なことにシンポジウムでは、「どうして日本の排煙脱硫装置が中国で売れなかったか?」という論文も発表されたのだが、要は、日本製は高いということのようだ。しかし、そういう脱硫装置が完備すると、重質原油や石炭といった温暖化促進燃料の消費が増えるだけのような気がする。

結局、3人の研究者のプレゼンがあったのだが、全体に浮世離れした論が多かったような気がしている。まあ、電力会社というのも、純国内産業で、さらに、事実上の地域独占に近いのだからしょうがないのだろうか。

今のところこの業界は原油価格高騰の結果、家庭エネルギーが灯油から電気へシフトしている関係で「濡れ手に粟状態」となっているのだが、原油価格高騰の余波が、この先、天然ガス、石炭、そしてウランの供給コスト上昇に向っていくことを、もうすぐ実感することになるはずだ。


そして、米国も温暖化対策に動き出した状況では、日本のようにあいまいな態度を続けていると、数十年にわたる省エネ技術にかかわらず、「環境後進国」と言われそうなのである。しかし、今頃、シンポジウムで電力会社が遠吠えしてみても、既に「時遅し」、ということではないだろうか。




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2008年01月07日

スタグフレーションの始まりかな?

大納会、大発会と東証株価は大激落。4日のニューヨークも急落なので週明けの東証もさらに急落するだろう。合わせて日経平均で1000円(7%)位落ちそうだ。12月末の東証の時価総額は480兆円なので30兆円くらい消えてなくなったことになる。奇しくも赤字国債発行額の1年分くらいだ。さいわい危ない株は税金対策もあり処分済みで、長期保有を決め込んでいる内需優良株はあまり下落していない。反対に、いい加減な決算をしているところはひとたまりもなくピークの4割安、5割安と下落が止まらない。

統計上、景気の後退に気付くのは、実際に後退が始まってから3ヶ月後ということが多く、既に景気後退の感を実感している。もとより、怪しい決算の会社というのは、『米国方式の連結決算』とか言って、資産インフレ効果をフルに評価益で取り込んでいることが多く、キャッシュフローには寄与せず、個別の単体決算(あるいは税務会計)ではそれほど良くなかったりする。利益の割に支払い法人税が少ない会社は要注意だ。それと、財務出身者が上級役員に名前を連ねる会社も危ない。

連結海外子会社は好業績、単体決算では並というのが、よくあるパターンなのではないだろうか。単体決算でも海外子会社からの配当収益に救われた、というようなのも多い。つまり、国内の従業員に対して賃上げする必然性が薄いわけだ。これでは日本経済は回らない。

さらに、デフレからの脱却というテーマにしても、現在、急ピッチで値上げが進んでいるのは、海外産品の市況高によるものが多い。無論、原油や石油製品、小麦、コーン、鉄や非鉄金属。これらの製品はほとんどを海外からの輸入に依存していて、値上げした結果の手取りアップ額は日本国内に残らず海外に吸い取られる。

つまり、不況と資源インフレがスパイラル状になって『日本沈没』に向かい始めたわけだ。しかも3Kと言われる健保、年金、介護保険はいずれもこれから急増する団塊世代の高齢化を前にして、早くも崩壊に近い。そのために消費税を上げれば、完璧に日本は独立国家の体をなさないだろう。まあ、国がこういうお金にかかわる事業をやると、『どんぶり勘定方式』となって、破綻するものだ。

もちろん、株価がすべてではないものの、各企業にとって、(株数×株価=)時価総額が低下すれば、すぐにM&Aのターゲットとなる。本質的にはM&Aされても基本的企業構造(あるいはビジネスモデル)が確立されていれば、社員には問題はないが、株価が下がってお買い得になるのはダメ企業と相場は決まっている。

そして、東証。『貯蓄から投資へ』とかスローガンはいいのだが、取引時間は朝9時から11時、12時30分から15時まで。合計4時間半しかない。世界最短ではないだろうか。だいたい、普通のサラリーマンにとって自由になる時間は、朝9時より前、12時から13時までの昼休み。17時頃以降。である。東証のオープンしている時間帯と共通に重なっているのは12時半から13時までの30分しかない。いい加減に国民をコケにするのはやめてほしいものだ。


そして、今年の経済界の最大問題は『中国』だろう。上海ディズニーランドみたいになるのだろうか。かなり心配である。

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2007年12月30日

寒い話

東北地方の農家がハウスの重油ドロボーを捕まえた話が報道されていた。90リットルといえば、1万円以下である。ハウス栽培では夜でも12度以下にはできないらしいが、残念ながら使った燃料代は野菜の価格に転嫁できないようだ。元々、ハウス農法は、燃料代が高くても地場物の旬をはずしたところで高価格で勝負する「裏道戦略」なので、ハウス農法自体が、今後行き詰るのだろうと思うが、まだそういう論説は見当たらない。エネルギー問題については近視眼の評論家ばかりだからだろう。

論説などという大げさな話の前に、軽四輪車の燃料タンクにはカギがついていないものが多く、灯油用のポンプにホースをつけて、ポリタンクに抜き取って盗む手口が復活したらしい。軽油はまだしも、ガソリンの場合、ビニールホースを液体が流れるだけで帯電していくので、火元がなくても着火大爆発になる可能性が数パーセントはある。絶対にやめた方がいい。自爆テロみたいな結果になるはずだ。色がオレンジや赤色系なのがガソリンなのだが、闇に紛れて盗みに入った場合、色を確かめるためにライターなど使ったらもう終わりだ。

話の格調をもう少し上げて、そういう方面の知人に聞いたところ、この重油や灯油は昨年から2割ほど需要が落ちているそうだ。ガソリンは数パーセントのマイナスだそうで、クルマの新車回転サイクル約8年の後には、同じくらいになるだろうとのことだ。


しかし、今年はやや寒い。灯油の需要が落ちた、ということは他のガスや電力にその分の需要がシフトしたのか、ということだが、特にそういう傾向は見られない、ということだそうだ。その人の話では、「ガマンしているらしい」ということだそうだ。

例えば、

1.老人は居間でテレビを観たりしないで、早く寝る。

2.各部屋ごとに暖房をつけないで、家族まとめて一部屋で過ごす(Wiiでもするのかな)。

3.古い薪ストーブを引っ張りだす。

というようなことらしい。


そして、嫌な話をもう一つ書くと、仮に灯油から電気やガスにシフトしたからといって、財布が楽になるのはしばしの間ということになる。電気の原料のうち、僅かな水力分を除けば、全部外国からの購入分。ウランだって、天然ガスだって、石炭だって原油に追随して上昇していく。現在のバランスを越えて発電量が増えれば、休止している石油火力が復活することになる。また、ガスにしたって同じだ。契約が長期か短期かという差で、いずれ上昇する。現に、主にLPGを使っているタクシーでも最近プリウスが増えている。

結局、この状況と言うのは、「原油が高くなり過ぎて、日本人が原油を買えなくなった」ということなのだろう。湾岸戦争で協力した数兆円や、シーレーン論や外相が中東歴訪したりしても、しょせん原油は今や世界で最も流通性の高い商品である。世界の誰でもがおカネで買える(というかおカネがなければ買えない)商品。バレル100ドルを吸収できる企業や個人が手に入れることができるわけだ。

つまり、原油確保のために取らなければならなかった最大の政策はGDP成長政策であったのだが、アジア各国に振り切られてしまったようだ。

しかし、もとより日本は先進国の中では温暖で土地は肥沃である(米国は別格)。高い石油を買わないことは、豊かになるための一つの道であるわけだから、遊休農地の有効活用や、省エネ型衣料品の開発などを政策的支援する必要があるだろう。一家1万円の燃料補助なんかばらまけば、小売価格への転嫁が進み、最終的には産油国が高価格に自信を持つだけだ。

そして、2007年は原油の高騰というところが噴出したのだが、2008年は穀物が吹くだろう。米、麦、コーン、大豆、・・一つはエタノール原料であり、さらに中国、インドといった米、麦主食地域の発展。すでに、肥料となる硫安は爆騰を始めている。農地開発は大変だが、肥料をつぎ込んで収穫量を増やすなら、単に経済性の問題である。

次に2009年になれば、牛肉問題になるのだろう。今は米国から、「買え!買え!」と圧力があるが、2年後には逆に、米国からの「輸出禁止」となっていてもおかしくない。もともと穀物を作って牛に食べさせるという飼育法は、単に麦を食するのに比べると7倍もエネルギーが必要なわけだ。

しかし、人類が肉食をやめれば、世界人口300億人だって食べていける、という計算があるようだが、そうなれば、もっと他の問題が爆発するのは間違いない。

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2007年10月19日

オセロ・コイン

43b3c7dc.jpg数日前から私の小銭入れの中から外に出たがらない500円玉があった。近くの蕎麦屋の食券販売機、飲みすぎた後にスポーツドリンクを買おうとした自動販売機、・・

よく見ると、500円ではなかった。台湾の10元(日本円で約40円)。くれぐれも、先月、台湾に行っていたから、その時の余りのコインを500円玉に混ぜて使おうというのではない。何枚かの余ったコインは机の中の茶封筒で、次回の台湾行き(今、特に予定はないが)に備えて眠っている。しかし、台湾にいる時には、気付かなかったのだが、並べると似ている。確か韓国の500ウォン(約50円)も同じような大きさだったような。

ところで問題は、流入先。どこで、私の財布に潜り込んだかよくわからないが、自販機では使えないだろうから、コンビ二とか駅売りの新聞のお釣りとか、出張先のタクシーとか。もちろんこれが500円でなく5万円だったら、頭をギシギシ言わせて思い出し、オトシマエを付けるところだが、何せ500円である。そして、警察に行っても、自分が疑われるだけだろう。まさに泣き寝入り。

しかしだ・・

見事に私の財布に流入させた張本人は、このコインが円でなく元であり、さらに数字で「10」と書いてあるのに気付いていたのだろうか(クロ)?あるいは、単に500円と思って深く考えずに右から左へと流通させたか(シロ)。何だか、一枚のコインでずいぶん人間不信になってしまう話だ。おそらく、このコインの日本国内での流通の過程では、シロやクロが交互に入り交じっていく。いわば、『オセロ・コイン』。

ところで、この手元のコインだが、とりあえず、例の茶封筒の中に追加で入れてしまえば、シロコインということになる。深夜の暗がりに紛れてタクシー代の一部に利用してしまえばクロコインということになる。確か、案外重罪のはずである。もちろん、重罪にならなくてもクロコインはダメだ。ダメ、ダメ、ダメ。

本当は黒色なのに赤福というようなものだろうか。

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2007年10月01日

北極分割に待った!を

地球温暖化により、海面下に沈もうとしている島嶼国家がある。日本ではなくキルバス共和国。人口10万人の大移住計画を考えているそうだ。しかし、どこに移住してもそれで国民が幸せになれるわけではないだろう。今、世界中で地球環境が変化しているのは、CO2の海水の吸収濃度が飽和状態に達したため、急速に大気中のCO2が増加し始めたことによるのだろうか。

ところが、一方で、案外、温暖化を歓迎している国もある。特にロシアだ。以前、プーチン大統領は、「温暖化でシベリアが暖かくなって、どこがいけないんだ」という意味のことをロシア語で言ったそうだ。その時は、世界中から不見識に対する非難を浴びたのだが、またも別件で爪を伸ばしていることがわかってきたそうだ。そして、野望を持っているのはロシアだけとも限らないようだ。

少し前になるが、気になるニュースが8月21日に「Economist」に簡単に掲載されていた。


Aug 21st 2007 From Economist.com

THE temperature is rising in the Arctic. As global warming causes the polar ice-caps to melt, natural resources and lucrative shipping routes are becoming more accessible. Russia's jaunty placing of a flag on the seabed near the North Pole was only one of several exploratory expeditions this summer. Norway, Denmark (through its sovereignty over Greenland), Russia, Canada and America could all claim a slice of the region. According to the UN Convention on the Law of the Sea, each country is entitled to a 200 nautical mile (370km) economic zone from its coast, plus any area which it can prove is connected to its own continental shelf. AFP


6ffeea00.jpg要するに、今まで、北極については、氷山の集合体のようなものだから、どの国もまじめに所有権を争っていなかったのだが、温暖化により氷が融け、例えば海運などに利用できるようになり、さらに原油はじめ地下資源や水産資源などの開発が、可能になりそうだからである。逆に白熊は現在の1/3まで激減するだろうと言われている。キルバスの国民のように、ホッキョクグマの南極大陸への移住が必要なのかもしれない

そして、北極問題の直接の当事者である関連5ヶ国とはロシア、カナダ、ノルウェー、デンマーク、そしてアメリカである。どうも5ヶ国だけで、分割する方法を決めそうな状況である。それも、沿岸12海里の国境、200海里の経済水域だけではなく、大陸棚論を持ち出して、各国の大陸棚の上に北極があるということにしてしまいたいようだ。

ところが、商業利用といっても、もともと北極海は海が浅く、ロシアの北極沿岸地は、夏の間に小型船で物資の輸送を行い、倉庫に生活必需品を貯め込み、厳しい冬はそれで凌ぐということになっている。


現在、日本からロンドンやニューヨークに行こうとすると、パナマ運河やスエズ運河を通ることになっているのだが、一見、この北極圏コースの方がずいぶん早そうなことがわかる。

しかし、・・・

もちろん、温暖化で小さくなったとはいえ、相手は氷山。うかうかと東京−ニューヨーク間の北極海の船旅など楽しんでいると、タイタニック号になってしまうかもしれないわけなのだ。

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2007年08月30日

凸版のネット展開はちょっと変?

先日、凸版印刷で伺った話だが、ネット上に二つのサイトを立ち上げているということだ。「しゅふー」と「ぱらりー」「しゅふー」は”ちらしの総合モール”で「ぱらりー」は”カタログデパート”と読んでいる。

7de9217b.jpgまず、「しゅふー」だが、ネーミングが「主婦的」だ。郵便番号を打ち込むと、自分の住んでいる地区で配られている、新聞の折込チラシの一覧が表示され、そのチラシについて、表面と裏面がわかるようになっている。ただし、もちろん、凸版印刷が関係したチラシだろう。こんな大会社が技術の粋を使って、折込チラシを作るとは思えないから、下請けの下請けみたいな話なのだろう。確かに便利だが、新聞には多くのチラシ広告が入るため、いささか寂しい。例えば、日用品だって高額電気製品だって、自動車だって、複数の情報を比べてから購入するのが一般的なのだから、このチラシ検索システムが有効かどうか、考えにくい。

つまり、新聞にチラシを折り込むということは、小売店の方は、同業他社との競争上そうしているのだから、消費者だって、各店舗を比較するわけだ。あるいはカカクドットコムのようなシステムを使う。なにしろ、まったくIT的じゃない。既にアナログで撒き散らされたチラシをデジタル化するだけなのだから、付加価値はかなり低い。もし、地方都市に在住していて、商店が1軒しかないような場合、そのチラシを見て買いに行けばいいのだろうが、そういう経済条件の場合、その商店はチラシなんか配らないだろう。

それに凸版自体、印刷物は「作品」と公言しているのだから、チラシの本質とは大違いだ。チラシは間違いなく生鮮食品と同じで、世間の眼に触れてから数日後には「ゴミ」になる宿命は免れない。


7de9217b.jpg次に「ぱらりー」だが、これはもう少しグレードが高い。大型の商品カタログを集めたサイトである。ユニクロやセシールなど。こういった企業のカタログは大型でキレイで、おカネがかかっている。基本的には、それ自体が「作品」と言えなくもない。しかし、カタログ自体は長持ちするのだが、問題は、その中身。当然ながら、中に掲載される商品群は期間限定になる。価格も同様。カタログ商品の半分は中国製品かもしれないが、様々な商品の価格は二ヶ月程度で変更される。年末に大掃除などすると、必ず、こういう大型カタログブックが何冊も出てくる。

それで、この「ぱらりー」だが、機能的には大きく2点。一つは、各種カタログのホームページに飛んでいけること。単に”リンク”ということ。もう一つは、その各種カタログを、この「ぱらりー」を使って購入できること。その他の機能は色々ついているが、ほぼ動いていないようだ。


思うに、凸版印刷は、世界最大の印刷会社なのだが、ほぼすべてのビジネスモデルがB2Bと言われる、大中小の企業からの受注による。また、製品というのは、すべて、受注先の必要に応じて、印刷物を作るという行為によるわけで、自分の製品というは「自社のパンフレット」くらいだ。直接、ユーザーに訴えかけるB2Cは、まったく不得意というか場違いというか、やめた方がいいのかもしれない。


もし、どうしてもB2Cがやりたいのなら、少なくとも、ビジネスモデルやシステムを構築する前に、「自社の製品」を作ってからではないだろうか。ターゲット不明で、”シュッフー”とか言う前にだ。

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2007年05月09日

中国株はジェットコースター?

9252050c.jpg5月8日は、仕事で、一日に何回か高速バスに乗った。ちょうど夕方、あるターミナル駅から私の乗ったバスが走り出すと、ある証券会社の前を走り抜けたのだが、店頭のテロップ表示に「本日、深セン市場、大幅・・・」と読めたのだが、最後まで読むことができなかった。「大幅・・・」とは?たまたま、一日中、パソコンをチェックできない環境(というか暑過ぎて、かつ五月病で気力が戻らず)で、大幅に高くなったのか、大幅に安くなったのか、全然わからなかったわけだ。実は、深センB株で最も有名な深セン万科企業という不動産ディベロッパー株を持っていて、特にこの数ヶ月で爆騰中だったのだが・・

帰宅後、チェックすると、深センB株(B株というのは主に外国人が買える市場)と上海B株がたいへんなことになっていた。5月8日だけで上海Bは前日比9.3%アップ、深センBも8.9%アップである。しかもどちらの市場も値幅上限が10%なので、ほとんどの株が値幅制限いっぱいまで上昇したことになる。

9252050c.jpgグラフを見ればわかるが、どちらも1年で株価は2〜3倍にもなっている。世界連鎖株安の後遺症はまったく残っていない。一方、香港市場では、まだ連鎖株安のショックから立ち直り切ってはいないようだ。中国株の主役は香港から本土にうつっているということだ。

そして、株式の暴騰により、慌てているのが当の企業で、各社、自社の株が騰がったことに対して、コメントを出している。例えば・・

世紀陽光、株価上昇について説明 07.05.08

世紀陽光(8276.HK)は7日、同日の株価の上昇と出来高の増加について、その原因となるような材料が見当たらないと説明している。開示すべき買収・売却に関する情報もないとしている。【出所】香港証取サイト上の公告(2007/05/07)


他の企業もそうだが、「自社の株価が上昇していることに、心当たりはない」ということだ。

それって、バブルじゃないかな。

9252050c.jpgまた、さきほど書いた深セン万科企業は、都市開発だけではなく、ニュータウン建設も事業展開中である。いわゆるホワイトカラーのベッドタウン建設で大当たりをしている。これも土地バブルの様相である。

そして、すべての歯車が同じ方向に回り続けることができるとも思えないし、2008年夏の北京五輪特需は、一年前の2007年夏で大型発注が一段落するだろうから、その辺がピークということも疑っておかなければならないだろう。

また、気になるニュースもあった。
バフェット保有のペトロ株、株主が売却に反対 07.05.07

中国石油天然気(0857.HK)の株主である米投資会社バークシャー・ハザウェイは5日、株主総会で同社株1.3%を売却する議案を否決した。ダルフール紛争などが問題となっているスーダンに、中国石油天然気の親会社である中国石油天然気集団公司が投資をしていることを理由に、一部マスコミや株主から中国石油天然気の株式を売却するよう求める声が上がっていた。このため、バークシャー・ハザウェイの会長兼最高経営責任者(CEO)である著名投資家のウォーレン・バフェット氏が、全株主の判断に委ねることを決定。最終的に98%の反対票で否決された。【出所】「明報」(2007/05/07)

慾で目が見えなくなりつつあるということか。

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2007年04月26日

これからなのに、なぜ?

656303ee.jpg2月27日に発生した世界連鎖株安による損害がやっと埋まった。日本株は基本的には回復できず、相当細かく入れ替えて、現在は長期ホールド株と、5月から始まる三角合併で餌食になると思われる間抜けな割安株を仕込んで待ち伏せ作戦に徹することにしている。リカバリーの主因の一つは中国株なのだが、もう一つの柱は「金・プラチナ」である。

「金・プラチナ」の上昇の背景としては、

 1.工業用の実需拡大と生産量にギャップがあり、タイト化。
 2.世界各国で金・プラチナのETF市場開設の噂があり、そのためのストックが必要。
 3.ドル安・円安による資産分散化
 4.原油マネーの流入(中東、東欧、中国などの金持ちは貴金属に強い嗜好性)

などがあげられる。

個人的には、ほんの小額ではあるが、三井物産のオンライントレードで取引していた。といっても、銀行の貸金庫に厚い札束とともに金塊100キロを秘蔵したりしているわけでは、まったくない(貸金庫には数枚の権利書と自作詰将棋図のCD-RWを入れている)。三井物産との取引約款によると、すべてロンドンで三井物産が持っている金庫にあることになっている。

つまりロンドン渡しという条件なのだ。なぜ、ロンドン渡しがいいかと言えば、世界中の金価格はロンドン価格が決まってから、各国までの輸送費などが含まれるわけだ。ロンドンで買えば、日本までの輸送料金がかからないのと、消費税が不要なため、単価が安く、同じ金額で多量の貴金属を購入することができる(もちろん売却単価もその分安いし、現物を自分の金庫に入れようと思えば、その時に送料と税金が必要になる)。

それなのに・・・

三井物産から”妙な手紙”や”妙なメール”が届く。

お客様各位

三井物産株式会社 金融商品部

<三井物産ONLINE GOLD CLUB>取扱い終了についてのお知らせ

謹啓 時下ますますご清祥の段、お慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

さて、このたび弊社では事業方針の見直し等により、永らくご愛顧いただいておりました三井物産ONLINE GOLD CLUBのお取引および全てのサービスの取扱いを、2007年9月28日(金)をもちまして終了させていただくこととなりました。それに伴い2007年5月31日(木)をもちまして、すべての貴金属地金の購入注文の受付を終了させていただきます。

お客様には大変お手数をお掛けいたしますが、以下のお手続きとさせていただきますのでご案内いたします。


そして、その後に、現在保管している貴金属の取り扱いについての細々とした説明が続いている。一応、返してもらえるようだ。金塊で返却されるほどの額でもないので、三井物産が紹介している「田中貴金属」の金庫への預け替えというのが普通の選択なのだろうが、これは日本渡しである。さらに分厚い書類を解読して記入しなければならない。せっかくのゴールデンウィークの1日をつぶしそうである。

しかし、これから貴金属高騰の時代だというのに、なぜ、巨大商社三井物産は、事業を終了したのか?

外部には、この「なぜ?」というのがまったくわからないわけだ。レターでも「事業方針の見直し等により」と意味不明なことばが書かれているだけだ。

勝手に想像してみる

まず、この「ONLINE GOLD CLUB」に加入していると、HP上で三井物産が作っている、「プレシャスメタルリポート」とか「週刊マーケットトレンド」とか「金の千両箱」といったレポートが読めるのだが、このレポート類だが、あまり当たっていないのである。むしろ、読むなり首をかしげるものが多い。株価同時連鎖安の後、一時的に金価格も下がったときには、「下がって良かった。これで助かった」というようなよくわからないレポートがあった。

レポートを読むたびに「投資家のツリか・・」という程度に思っていて、「大商社なのにツリ記事で、個人投資家から巻き上げようとは太いやつだな」と思っていたのだが・・


事業終了に関しての理由の一方的な推定

1.逆レポート乱発で、投資家に多大な損害を与え、訴えられた。
2.実際に、ここに書かれているレポートを信じて、三井物産が自己取引を行い、大損害を蒙った。
3.あるいは上記1.2.による大損害の裏側に、レポートを書いている社員がレポートと逆張りをして、個人的に大儲けをしたことが発覚した、とかではないだろうか。

今のところ、合理的な説明はないままだ。

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2007年04月23日

日銀の碑

c03c4aaa.jpg先日、茅場町付近で道に迷ってしまい、「日本銀行創業の碑」を見つけてしまった。場所は、永代橋を都心側に渡ってきて、すぐに右に曲がると今度は小さな橋がある。「豊海橋」と書いてあるが、「ホウカイバシ」と読むのだろうか。ちょっと橋としてはあり得ない名前だ。その橋を渡ったところにIBMの巨大なビルがあるが、その入口のところだ。

碑にはこう書かれている。

 明治十五年十月十日 日本銀行はこの地で開業した
 明治二十九年四月 日本橋本石町の今の地に移転した
 創業百周年を記念して この碑を建てる
  昭和五十七年 十月 日本銀行総裁 前川春雄

記念というには短い期間だったようだ。13年半。建物は洋館であるが、木造風である。もしかすると、銀行強盗とかにやられたのだろうか。それに、どうみてもこの碑は墓石のような形なのだが、どうしたことなのだろう。何となく、花でも置いてみたくなる。


c03c4aaa.jpg話は、現在の日銀だが、政策委員はタカ派揃いになったようで、金利、金利と騒ぎ始めた。超低金利だと「長期的に経済活動に誤った影響を与えるから」と言って、そのための論理を並べて利上げ方向まっしぐらである。利上げを示唆するたびにアジア株は動揺し、世界中の資金があっちこっちに移動して大騒ぎになる。

よほど、竹中時代のゼロ金利政策で痛い目にあったかのごとく、「日銀の独立性」とか声高に叫んでいるが、冷静さを欠いているように思える。金利と景気とインフレというのは、関連があるようで、きちんとした均衡理論があるわけでもなし。円はドルのような世界通貨でもないのだから、・・。


ところで、日本銀行は、ジャスダック市場に上場している。取引単位で1000万円くらいだから、簡単に買うことができるのだが、妙なことに株式会社ではない。出資証券というもので、55%が日本国で残り45%が流通しているのだが、大部分は個人が所有しているそうだ。実際、値動きはかなり激しい。しかも、ほとんど取引されていない。かなりバクチ的な証券である。

日銀が、あまりに利上げにこだわる本当の理由について、考えてみたのだが、「国債のビッゲストホルダー」ということに関係するのではないだろうか。現在では多くを買い込んでいるわけではないだろうが、期日で償還される分相当額は買いつないでいると思われる。つまり、国債利払いを高くするためには、金利を上げればいい。その結果、日銀の収支がよくなっていき、日銀マンのボーナスが増額されるということなのではないだろうか。と邪推してみる。

c03c4aaa.jpgところで、かつてより、日銀には大蔵省ほどではないが優秀な人材が入行していたはずだ。日銀を辞めた後、有名になる人も多く、最近では、木村剛氏がそうだった。小泉純一郎の知恵袋の竹中平蔵の知恵袋と言われていた。

しかし、彼を上回る有名人が日銀出身であったことは、意外に知られていない。


半井小絵さんだ。彼女はNHKの社員ではないのだ。元日銀レディで、気象予報士の資格取得後独立。どうして、日銀から気象予報に興味を持ったのかはまったく謎なのだが、日銀の経済分析というのは、おそらく天気予報のようなものなのだろう。

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2007年04月05日

こうして、賃金は上昇。だが、・・

7966f481.jpg3月中旬に”ららぽーと横浜”がオープン。クルマで20分なので、週末ごとに行っている。「横浜」と名前がついているが、いわゆるミナトのある方ではまったくなく、内陸の方で、元々は工場団地で電機会社の工場跡地の再開発。鉄道では横浜線の鴨居駅から歩行者用の道路で徒歩8分。

このショッピングモールというスタイルは、大店法の規制外なのだろうと思うのだが、どうなのだろう。駅前シャッター通り対策で大型店の出店規制を再び始めたようだが、まあ、ユーザーの流れを人為的に変えようというのは、無理なのだろう。こういったモール型専門店街の中で、同業種の多数の店が甲子園の高校野球のように競い合うというのが、これからの流通ダウンストリームの象徴かもしれない。

そして、休日ではあっても、レストラン以外の場所はそれほど混んでいない。逆に、平日は閑散としすぎていて、入りにくい店もありそうな気もするが、クレジットカードを持っていれば大丈夫だろう。カードで買えない物はない。

東京方面の○○○ヒルズとは違って、よく見かけるチェーン店も多いが、よく観察すると、このららぽーと横浜店に「勝負をかけている感」の店舗と、「とりあえず出店感」の店舗があることがわかる。しかし、小売業の難しいところは「さあ、売ってやろう」という気持ちが直接的に表に出ると失敗することが多い。あくまでも、商品とユーザーの間をつなぐのは「サービス」であって「押し売り」ではないということが原点である。


全部の店舗に入って買い物を続けると、カードの使用上限を超えてしまうので、実際は、ほとんど何も買わないのだが、案外、大丸の食料品売り場は、ふだんの東京系のスーパーやデパ地下とはディスプレーが違うので面白い。本当に一周すると、昼食代が浮いてしまうだろう。つい、見慣れぬ輸入果物(妙なオレンジと妙なマンゴー)を買ってしまい、重くて後悔する(帰宅して、食べてみると、後悔は帳消しになったが)。

レストランでは「南国酒家」の”フカヒレ姿煮ラーメン”が人気沸騰。長蛇の列。この分だと私が口にするまでに地球上から鮫類が全滅しそうである。シネマコンプレックスはTOHOシネマ。

一方、クラフト関係の店は多過ぎて、そしてスペースが広いので、早晩、少し淘汰されるだろう。東急ハンズは渋谷店と比べると、かなり品数が絞られ、唯一のメリットは階段で上下に移動しなくてすむことぐらいだ。探し物はいつも見つからない。

そして、なんといっても、このモールの中には「100円均一店」はない。これが、ずっとないままなのか、そのうちスペースに大きな穴があいて、しかたなく「100均侵入」ということになるのかどうか。デフレ脱却したかどうかの判定基準かもしれない。


ところで、ららぽーと横浜の近隣の港北ニュータウンには、既に二つの大規模ショッピングモールがある。東急SCと阪急系モザイクモール。さらに、巨大IKEAがオープンしている。さらに4月中旬には、新たに、ノースポートモールがオープン。シネマコンプレックスはWMCがオープン。さらに隣接の港北区にはトヨタ系のトレッサ横浜。ショッピングモール、シネマコンプレックの大競争状況が出現する。

しかし、顧客に与えられた時間は有限だし、買い物したりや映画を観るばかりしているわけにもいかない。結局は、ありふれた結果になりそうな気もしてしまう。


さて、本題の話は、「パート・アルバイトの時給アップ」の話。

ららぽーと横浜のオープンは3月中旬だったのだが、出店する各店舗は1月初めから大募集活動を展開していた。ららぽーとに隣接するイトーヨーカ堂も3階建ての大店舗。日曜日の新聞折込の求人チラシは何冊も分厚く、あちこちで集団面接会が開かれる。結果として、時給は750〜800円だったものが、900円超といった状態に沸騰。さらに次々と大型SCがオープンするので、さらにうなぎ登りとなるのだろう。

そうなると、問題は、それらの新規店とまったく関係ない既存店舗の方である。元からいる従業員の時給を上げないと、どんどん引き抜かれる(というか、自主的に辞めていく)。一方、売り上げが下がるという最悪状況に陥ることになる。新規店は自己責任だが、既存店はとばっちりということだ。

さらに、この時給アップというのは、マクロ的にはデフレ脱却、内需喚起に大きな好条件を与えるのだが、超ミクロ的には既存店のバイト人事制度に大きな混乱をもたらしてしまう。

バイトというのも千差万別で、要は人間が働くわけだから、優秀な人がいれば、売り上げや利益が増加するが、ダメバイトだと逆になる。ではダメバイトはクビにすればいいのだが、そんなことを繰り返していくと誰も集まらなくなる。そのため、優秀なバイトにはいくつかの基準を設けて、段階的に時給アップを実施してインセンティブを設定するわけだ。例えば、最初750円だった時給を800円にする。月100時間労働だと5000円アップになる。1年続くと、さらに50円上げて850円にしたりする。

ところが、せっかくコツコツとバイトを懐柔していたとしても、一気に新規採用相場が900円になったりするわけだ。ベテランで優秀な店員が850円なのに新人が900円と逆転したりしてしまう。もちろんこのベテランを1000円にすればいいのだが、それでは大損害になるので、新人に対して「この900円というのは絶対に秘密だから」と釘を刺すわけだ。

ところが情報の非対称性というのは、まったく机上の空論に終わるわけだ。バイトにとって、もっとも重要なのは時給単価である。新人を店頭に配属した1時間後には、高額レートはバイト全員が知ることになり、2時間後にはベテラン店員から時給アップの突き上げがはじまり、進展がない場合は、二日後から店員に穴が開き始めるわけである。

しかし、混乱時期が過ぎれば、結局は、ありふれた結果になるような気もするのである。  
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2007年04月02日

ドングリころころころころころころ

13646eac.jpgきょうは「加ト吉循環取引」から。あまり細かく調べていないので、単に小咄なのだが、年商2800億円の会社で、200億円もの循環取引が行われていたとは、あまりの比率である。実際には冷凍の栗など、実在の商品を神戸の倉庫においたまま、売ったり買ったり10回転くらいしていたらしい。しかも、手がこんでいて、二社間ではなく、多数(30社程度)の会社を巻き込んでいる。

栗を転がすなら”どんぐりころころ”だが、加ト吉の商品群の中で、もっと転がすのに最適なものは、”おにぎり”ではないだろうか。

わかっているところだけだが、まず、加ト吉と同じ香川県にある食品輸入会社(A)から大阪の食品商社(B)が購入。次に加ト吉または加ト吉水産(C)が購入。さらに約30社の食品会社(D)に転売。そして、最後はまた輸入会社(A)が30社から購入する。これで1回転。これを何度も繰り返す。ABCDABCDABCD・・

そして、Dの中の大手が倒産。デイジーチェーンの破綻である。さらに、BとCの間の商品代金が債券化されていて、みずほ銀行が扱っていたのだが、債務不存在と加ト吉が言い出して、問題表面化。

当初、「被害者」と言っていた加ト吉側だが、売買契約書に役員の署名があることがわかり、現在、沈黙中。だいたい、普通の会社なら、物を売る部門と物を買う部門やセクションは別だ。常識的には個人の仕業ではなく、「組織的」というようにしか思えない。

では、一体、何のためにこんなことをしたかだが、よくわからない。

一般的には、
1.売り上げを水揚げして大きな会社のように見せかける。
2.途中段階で何らかの不正資金を捻出するため、低率の口銭を設定し、扱い金額を水増しして、多大な不正資金を得る。
3.それぞれの取引に支払いサイト差(あるいは手形や振込とか債権化とかを駆使して)を利用して、資金の滞留を作る。

1の方法で200億円、2の方法でB社には2億円の口銭があったそうだ(口止め料?)。また、支払い方法は細かく、それぞれ異なるようだが結局、チェーンの一部が崩れて焦げ付いた(まだババ抜きゲームは終わっていないが)。

一体、何の目的で、こんなことをしていたのか、それは大問題の糸口なのだろう。そして、上場廃止かどうかの東証の大甘裁定を待つことになるのだろう。

そして、大問題は、この会社の監査法人はといえば、またも中央青山(みすず)ということなのだ。

早い話が、こんな低レベルの手法などは、様々な方法で簡単に見抜けるではないかと思うのだが、「まったく見ていない」のか「見て見ぬ振りをしていた」のか、どちらかに違いないとしか思えない。


とはいえ、カレンダーは容赦なく4月1日を向え、多くの3月末決算企業の営業行為はタイムアップ。「今期限りで業務終了」を一方的に宣言した中央青山(みすず)に監査を依頼していた企業は、次から次へと新しい会計規則を押し付けられて泡を吹いているところのようである。

そして、余談だ(とも言えない)が、交際費などで、予算オーバーして使った分などを、翌期回しで処理してきた中央青山系の会社群には、交際費使用禁止令が発せられたらしいのである。経費の次期繰越による粉飾行為ということだ。

とは言え、上場大企業の方々は、交際費を使いながら優雅なビジネスライフを送るというのが生活習慣であり、3月末には禁断症状をもよおしているわけだ。そこで、中小企業の出番になり、そういう飢餓状態の方々を接待し、あれこれ自社に有利に取り計らってもらえるように手を回すのだが、その話は次回・・

  
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2007年02月16日

中国のエネルギー政策

e3535f4c.jpg先週、都内のホテルで中国からのパネリスト5名(中国の研究所やエネルギー企業の副所長、副部長クラス)を招き、中国のエネルギー政策についてのセミナーがあった。いくつかの、興味ある部分もあるので、聴きに行く。エネルギー関係の研究所が中心となって主催している。主に、2006年春の全人代で定められた、第11次5ヵ年計画の中のエネルギーに関係する決定事項の説明と言っていい。5ヵ年計画は既に1年が過ぎているので、後4年間の話だ。

5人のパネリストのテーマは、
 1.「省エネ」
 2.「石油代替燃料(石炭液化など)」
 3.「石油需給と安全保障政策」
 4.「石油及び代替燃料の流通及び品質・規格」
 5.「再生可能エネルギーの開発」

5ヵ年計画は、あらかた読んでいたので、特に話の内容で驚くことはないのだが、結構、荒唐無稽なプランと思っていたことが、次々と実行されているのは、やはり統制国家ということだろう。おそらく、燃料そのものの供給側に関する技術は、世界のトップレベルなのだろう。日本が教えようとしていた石炭の液化は既に技術として高いレベルで確立しているようだ。

また、中東依存度が異常に高い日本と異なり、中国はアフリカ原油やロシア原油に供給源を分散しているのだが、おそらく安全保障上の問題ではなく、原油の中のイオウ分の高い中東原油を使うための脱硫装置が不足しているために西アフリカ原油を買っているようだ。現在、中国がもっとも多く原油を輸入している相手国は、「アンゴラ」である。もちろん、オイルビジネスの世界では、信頼関係は、トイレットペーパーのようにはかないものだから、いずれにしても供給源の分散の意味などない、ともいえるのだが。

そして、聞いていて、初めて知ったのは、国内の石油製品価格が公定価格制度ということ(上下自由裁量幅はある)。そのうち、市場価格に移行するだろう。外資とのシェア争いも始まるだろう。また、水力、風力といった再生可能エネルギーは、国家統制型巨大投資が進んでいるようだ。

バイオマス燃料の原料として注目されているのが、農業国中国の最大の廃棄物である「わら」だそうだ。あとは「廃材や木材屑」。どんどん、家を建て替えているので、相当量の木屑が発生しているそうだ。穀物やキャッサバ、サトウキビからのエタノール抽出は、既存の田畑を使うのではなく、砂漠地帯の緑化で対応するそうだ。

つまり、これだけ大がかりに、国家として、問題を体系的に考えていると言うのは、経済成長を支えるエネルギー問題が圧倒的に深刻になっているということだ。目標としては、GDPに対する必要エネルギー原単位を5年間で20%削減することになっているそうだ。その技術は日本にある、と見ているらしい。つまり、エネルギーの需要側の技術が不足している。産業の省エネ化。要するに、「技術協力」を要請ということになるのだろうが、「不足するものだけをオネダリ」という構造は、勘弁してもらうべきだろう。

結局、省エネ技術は、製品生産コストのダウンという形で中国の国際競争力を増やすことになる。すでにGDPの50%以上が輸出という歪んだ構造がさらに歪んでしまうのではないだろうか。しかし、この輸出依存経済について、中国側はまったく違う角度の意見を持っていた。「海外で使用される製品をまとめて中国で作っているのだから、その分、他の国よりエネルギー多消費型になるのはしかたない」という考え方だ。つまり、製造工程に発生するCO2を輸入国の肩代わりをしているという論点だ。まあ、色々な意見はある。


そして、五ヵ年計画の基準GDPの伸び率は実質で7.5%。5年複利で44%の伸びになる。エネルギー2割カットでも現状より15%のプラスになる。そして実際には、最初の1年、2006年のGDPは計画を大きく上回り、10.8%増になっているのだ。先が見えない・・


ところで、この講演は、日中同時通訳で行われたのだが、パワーポイントの資料は、米中二ヶ国語になっていたり、中国語だったり、英語だったり、日本語だったり、とまちまちだ。中国語のスピーチを日本語通訳で聞きながら、英語の資料を見るという、かなり神経の疲れる構造になったりする。中には日本語でスピーチしていただいた方もいらっしゃるのだが、スクリーンの資料が中国語で、手元の資料が英語だったりして、「このバラバラ感こそ中国か」ということを強く感じてしまった。
  
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2007年01月30日

陰陽経済学でご託宣

b87f6efd.jpg先日、リチャード・クー氏の講演会に行った。現在の肩書きは野村證券主席研究員。つまり、野村證券が顧客サービスの一環で主催しているわけだ。クー氏の講演は第二部からで、私が行かなかった第一部では、新春投資セミナーがあったようだ、早い話が「どの会社の株を買えばいいか」というレッスン会で、そういうややこしいのが嫌な方は、ファンドという名の「一任勘定」にされたらどうか、というようなことだろう。マーケット・メーク株というのは、要するに「個人客がまとまって仕手筋になること」なのだが、当然ながら、人為的に上がるだけだから、5%程度の儲けでサッサと確定しないと奈落に落ちる。売り時は誰も教えてくれない。

そして第二部に合わせて会場に行くと、すごい熱気だ。トイレには長蛇の列。巨大会場は満席に近い状況で、さすが野村、さすがリチャード・クーだ。一望して出席者の平均年齢は62歳。こういう人たちが、10桁台の預金を持っているのだろう。そして、ペイオフ以来、迷える子羊になっているのだろう。ハーメルンの笛吹きが野村でありクーさんなのだろう。一体、沈黙の羊達をどこに連れて行こうとしているのだろうか。

もちろん残念ながら、クー博士は個別の株や、特定の産業などの下品な話は論じない。あくまでもマクロ指標から日本経済を分析し、債券や株価や景気指数や為替や金利や商品市況やその他様々な予測を行うわけだ。個人的には、NKCデアル証券や不二家やN本航空の死活判定とか聞きたいのだが、あり得ない。少し前は、かなりテレビに登場していたが、最近はあまり見ないと思っていたら、少し、髪が白くなっていた。本人は、「いつも同じことばかり話すから、マスコミに飽きられた」とトークしていたが、本当は、別の理由のような気がする。

b87f6efd.jpg彼は、元々は、ケイジアンだと考えられるが、小泉−竹中路線になんとかケチをつけたい(あるいは、批判的な意見がないとニュースにならない)という勢力が、利用していたのではないかと思っている。実際、バブル経済崩壊過程の中途では、クー博士のいうように赤字国債依存の財政出動がなければ経済崩壊で原始経済化した可能性もあるのだろうが、2002年あたりからは経済が好転してきたのだから、結局、どちらの側も同じことを言っているだけということもできる。早い話が、なるようになっただけともいえる。安部政権は、まだ何をするのかもよくわからないし、「経済成長なければ財政再建なし」といって「4%成長」というスローガンは、極めて快感的フレーズだが、問題は、「そうなるかどうか」であるのは言うまでもない。一方で、「期待がないから失望もない」という声もある。

実際、クー博士も証券会社に所属しているわけで、勝手なことを言うわけにはいかないのも必然で、現在の日本経済について、「根底的問題はすべて片付き、これからは成長に向かうのではあるが、個別には循環的ないくつかの問題がある」と用心深い。(念のため、野村證券の今年の株価の予想は、日経平均が一旦15,000円台まで調整したあと、年後半に上昇に転じ、18,000円台を目指すということらしい。もちろん、保証なしだ。)

特に、日本経済の現状では、投資資金の動きについて、本来、家計部門の貯蓄を銀行が介在して企業に融資するという古典的プロセスが崩壊していて、企業部門は借金返済に走り、家計部門がリストラなどの原因で預貯金取り崩しという逆パターンにはまっていた、とし、最近になり企業部門の資金バランスが返済と借り入れとイーブンから少し借り越しバランスに変わってきている、と指摘。今後、企業部門の業績好調になると、資金需要が復活していくだろう。と予測している。長期金利が2%を超えるかどうかが鍵らしい。

ところが、懸念材料としては、個人消費というか、個人の所得が増えなければ、家計部門で預貯金する資金供給がないし、結局、日本経済も輸出主導型で、世界経済の一部であるに過ぎないということになるだろうし、海外からは日本の春闘に注目が集まっているらしい。(社員の給料も上げられないというのは、将来に自信のない経営者とみなされるのだろう)。

b87f6efd.jpgクー博士の話を全部まとめるわけにはいかないが、例の「陰陽経済学」の話になった。さすが中国人である。バブル経済崩壊下においては資産価額の暴落により、バランスシート不況に至り、後ろ向きの対策を連発しなければならなくなって、通常のケインズ経済学が機能しなくなった、という話だ。要するに、”これからはオレの経済学が正しい”と言っているわけ。

しかし、実感としては、マクロとミクロの違いがあるわけだ。企業収益といっても日米ともに、多国籍企業の海外事業での利益が反映されているし、ほとんどの労働者は給料上がってない。長短金利は逆転しているし、為替も一旦ある方向に向かえば止まらないし、資源価格も読めない。陰陽理論にも限界を感じざるを得ないのだ。

私見なのだが、資金需要の話に戻っても、マクロという平均の指標では均衡状態としても、いまだにバブル期の隠し債務の清算を続ける会社もある。また、自己資本比率の高い会社はますます、借り入れを減らして自己資金投資を行うし、一方で、またもバブル的冒険的投資を始めた会社もある。二極化、三極化という視点が必要なのではないだろうか。そして、日本経済という範疇で考えれば、得意分野はゲームソフト、ゲーム機、パチンコ台、カラオケ、携帯、漫画・・といったどちらかと言えば低資本、高マージン産業へ向かっているような気がする。すると、さらに自己資本(高マージンによる手元資金)投資等で銀行の出る幕がなくなっていくように思えてならない。

b87f6efd.jpgそして、講演のほとんど最後に登場した話なのだが、日本の経常収支の話に重要な問題が潜んでいるような匂いがした。本来、経常黒字と貿易黒字というのは、ほぼ同じ意味を指していたのだが、2004年以来、大きく変貌しているわけだ。経常黒字のうち半分が貿易黒字であり、残りは海外投資収益ということになっている。つまり、例えば自動車を米国に輸出して売った利益は、日本の円に精算してから、仕入先や社員給与として払うべきものだったが、最近は外貨のまま運用して、外貨建ての運用利益になっていることを示している。

つまり、今、危険領域として噂される「円キャリートレード」の問題と同根なわけだ。一旦、円高へ向かうと、あっという間(おそらく1日以下の時間単位)に数十円の円高大崩壊が起きる可能性があるわけだ。早い話が1ドル80円とかだ。しかし、その時期を推定するのは地震予知以上に困難だ。

ところで、クー博士のプロフィールだが、1954年生まれ、神戸の生まれだ。両親は台湾。米国のカリフォルニア大学バークレー校からジョンズ・ホプキンス大学で博士になる。FRBを経由して野村に入ったのだが、ある自著では、ピアノ・メーカーに就職していたと書いてあるそうだ。同じバークレーでもバークレー音楽院と誤認され、採用されたのだろうか。ピアノが弾けない人間がピアノ会社に就職するとは思えないので、何曲かは弾けるのだろう。経済も輪舞曲のように循環性があるということだろうか。趣味は、カメラとプラ模型ということで、まあ常識の範囲だ。セーラー服の収集や北新地通いが趣味では困るからだ。(そういえばセーラー服好きの方も野村だった。→そして、調べてみると、クー氏と植草一秀氏は長い間同僚であったことがわかる。主張もほぼ同じだ。どう考えればいいのだろう。)

  
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2007年01月15日

世界を震撼させなかった企業と自ら震撼した企業

日本時間1月9日04時15分頃、超大型タンカー(VLCC)「最上川」と米軍の原潜「ニューポート・ニュース」がホルムズ海峡で衝突した。衝突後、間もないニュース(毎日)はこう書く。

<米軍原潜>日本のタンカーと衝突 アラビア海で [ 01月09日 11時32分 ]
 ロイター通信は9日、日本の防衛省報道官の話として米軍の原子力潜水艦と日本のタンカーが中東のアラビア海で衝突したと報じた。負傷者の有無は分かっていない。
 米テレビによると、アラビア海に近いソマリアでは米軍の攻撃機が国際テロ組織アルカイダの拠点を攻撃。軍事作戦を支援するため、アラビア海北部から空母「アイゼンハワー」がソマリア沖に向かっているという。空母戦闘部隊の移動と今回の衝突との関係は不明。


「最上川」は日本三大船会社の一つである川崎汽船所有船で長さが333メートル。東京タワーと同じ長さの超大型船。原潜ニューポート・ニュースも長さ100メートル超。原潜の活動内容が不明からかどうかわからないが、タンカーの行く先もシンガポールと報じられているが、シンガポールでは燃料を補給するだけで最終目的地は日本のある製油所の予定だった。

毎日のニュースの中で、アラビア海と書かれているが、念のために世界地図を拡げてもらえば、アラビア海という表示が書かれていない場合もある。「ペルシャ湾」と書かれているはずだ。実は、「日本海か東海か(最近、北側のスパイが「平和の海」と言い出した。拉致被害者がこの海を連行されたことや、ミサイルの実験場になっているのに平和の海、とはいい玉だ)」というのと同じで、湾岸国、特にイラン(ペルシャ)とサウジアラビア(アラビア)とが互いに湾の名前を奪い合っている。英語では「Persian Gulf」か「Arabian Gulf」かであって、「Arabian Sea」とは言わない。日本の新聞社がアラビア湾ではなくアラビア海などと実在しない名前を使うのは、いざと言う時に巧みにごまかす知恵なのだろう。本エントリでは、どちらの国民も怖いので、単に「ガルフ」と書く。

ホルムズ海峡は、このガルフの入口に当たるのだが、幅は一見40キロもあるのだが、このVLCCのように満船の時に深さが30メートルを越える大型船が通行できるのは幅10キロ程度だ。ガルフ沿岸のイラン・イラク・サウジ・クウエート・UAEなどで積み込まれたタンカーはすべて、このホルムズ海峡を通過する。交通量は相当多い。特に、日本勢は8割の原油がこの海峡を通り、さらにそのほとんどがマラッカ・シンガポール海峡を通過する。日本だけでなくホルムズ海峡は世界の原油の20%を支えているのだ。

そして、潜行中の潜水艦はタンカーの底部に衝突し、穴を開けてしまったのだが、不幸中の幸いで両船とも軽微な破損ですんでいる。積荷の原油は地下から産出されたままのものであり、軽質で引火性の高いガス留分を多く含んでいる反面、一度着火すると消火が困難な重油留分を大量に含んでいる。一方、原潜は原子炉を搭載している。

仮に、衝突・炎上ということになればガルフ入口が火の海になり通航禁止。さらに核汚染となってしばらくの間、世界中で石油不足が起こる可能性があったはず。

では、なぜタンカーの底部に穴が開いたのに、原油の流失が起きなかったかといえば、「ダブル・ハル」だったからだ。”ハル”とは「殻」のことを指す英語で、簡単に言えば、ダブル・ハル・タンカーの底の部分は、空洞になっているため、海水が流入しても、貨物油タンクからは漏れないことになっている。

10年近く前だが1997年に東京湾で「ダイヤモンド・グレース」というこれも超大型タンカーが湾内の浅瀬に接触。こちらは、もろくも原油漏洩し、東京湾内全域に油膜が拡がり2日間、全面航行禁止になったが、生鮮食料品や魚介類が市場に荷揚げできないと東京人の食い物が枯渇するため、超政治的判断で通航可となった。この時のタンカーはシングル・ボトム型で厚さ10センチの鉄板の一枚下は海、上は原油だ。タンカーをチャーターしていた石油会社は今は存在しない。向け先の製油所も現在しない。

このタンカーのダブル・ハル化だが国連の下部団体であるIMOでMARPOL条約が2003年に締結されている。段階的に2015年までに、全タンカーがダブル・ハル化する予定だ。そして、既に多くの欧米先進国では国際条約に先んじて国内法令でシングル・ボトムを禁止している。もっとも日本でも優良企業は既にダブル・ハル化を促進していて川崎汽船もそうだ。だからこそ大事故は防げた。ところが日本も法令上ではなかなかそうはいかない。そういう話を聞くと、もう日本にいること自体が恥ずかしくなる。

今や、世界のタンカーの50%強がダブル・ハルである。規制をしないと、世界中から危険なシングル・ボトム・タンカーが日本に向かうことになる。

個人的な話だが、ちょうど事故の前営業日の1月5日の午後、しばらく持っていた川崎汽船の株を利益確定で売却していたのだが、それは事故とは無関係である。


次に不二家。報道の通りとすれば、自業自得としかいえない。語る言葉もないという感じだ。言い訳も困難だろう。不二家でなく「不治の病」だ。

ところで、問題があったネズミの多い埼玉工場だが、川越街道と浦和所沢線の交点の近く(新座)だったと記憶する。遠い昔に勤めていた会社で、その工場にチョコレート色のある製品を納入していたことがある。そんなもの使っていいのかなあ、という代物。そして、工場の近くに行くと、かなり遠くのクルマの中でもバニラの臭いが感知できた。近くに住みたくない工場の一つだろう。

何か、1年中クリスマス用のケーキを焼き続け、シーズン以外はスポンジ部分を冷凍しておく現在のケーキ商法に影響が出ることはないのだろうか、とダメ押し。  
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2007年01月11日

CO2の地下封じ込めに、「待った!!」

新年早々に、妙な記事を「NIKKEI NET」で読んだ。地球温暖化の原因と考えられている炭酸ガス(CO2)を地下に封じ込めようという研究が進んでいて、実用化しようかという記事である。ちょっと待った!だろう。

記事の前に、若干の背景を補足すると、もともとCO2は化石燃料(石炭・石油・天然ガス)の燃焼の結果発生するのだが、歴史上、大部分を海水が吸収していた。が、最近になり、海水中の炭酸ガスが飽和状態に近づき、いきなり大気中のCO2濃度を上昇させていると考えられているわけだ(さらに海水の酸性化による海生生物の生態系の変化も問題になっている)。そのため、新たな吸収財源として、地下水に目をつけた、ということだ。

大量のCO2、地下に封じ込め・地球環境技術研究機構
 官民共同研究機関の地球環境産業技術研究機構は、地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)を地中に大量に封じ込める新技術を開発した。地下の岩石と反応させる手法で、従来に比べて安定状態で貯蔵可能。日本の年間排出量の約2倍に当たる約27億トンのCO2を処理できるとみて、今後、産業界と大規模実験を始める計画だ。

 新技術では、日本の地下に広く分布している「蛇紋岩」を利用する。自然界では、無数にある岩石の亀裂にCO2が溶け込んだ水が染み込み、岩の表面と反応して塩のようなかたまりとして固定される。このため、排ガスに含まれるCO2を回収して地下に吹き込めば、大量のCO2を封じ込めることができる。 (16:30) nikkei net 1月5日


まず、なぜ「待った!」なのかの最初の理由は、「海水さえ飽和してしまったのに、地下水はもっと量が少ないではないか」ということ。あまり、これ以上書いてもしょうがないが、CO2を減らす努力をするべきで、隠し込む努力をしても、ほんの僅かな時間稼ぎに過ぎないということ。粉飾決算を転がすようなものだ。

そして、もっと本質的な問題点は別にある。

まず、化石燃料というのは炭化水素である。炭素と水素の化合物。単純な組成は、例えばメタン(CH4)、エタン(C2H6)のように、炭素(C)と水素(H)とが、n:2n+2という比率となる。ごく単純に、メタンが燃える(酸素と結合する)とどうなるかというと、およそこんな感じだ。

 CH4+2O2=CO2+2H2O(メタン+酸素=二酸化炭素+水)

この式の右側でできたCO2を地下に封じ込めると、どうなるかということだが、そのCO2は相当長い時間、地上に姿を現すことはない。大気中にあるなら、温暖化による熱帯植物の繁殖でいずれ炭素として地表に固定される可能性はあるのだが、地下では無理だ。

と、いうことは、・・・

地上から、酸素がなくなっていく、ということになる。地球温暖化だけでなく、地上酸欠化になるわけだ。もちろん、行き着く先は、地上から動物が死滅することになる。植物だけの世界も、静かではいいのだが・・


ところで、このCO2の急増の原因の一つが、「世界の生産工場」として成長を続けている中国による大量の原油消費である。また、短期的な原油の需給バランスが崩れ、2006年には原油価格が急騰した。今後も中国の経済成長率は高レベルを続けそうな状況になっていて、環境面とエネルギー価格の両面で、他国が困っているわけだ。もちろん、中国の方も強がりを言ってみても肩身が狭い。オリンピックもある。そこで、先進国の技術援助という話になる。その内容が問題だ。

まず、欧州も米国も、前述の「CO2の地下封じ込め技術」を供与しようとしている。それは書いたとおりの問題があるわけだ。それに、要するに自国で使ってもいない技術を中国に持ち込み、実験しようという気持ちがありありと感じられる。それでいいのだろうか。

一方、日本が中国に供与しようとしている技術は何かと言えば、実は、「石炭液化技術」。中国に豊富に存在する石炭の分子構造を変化させ、液体の重油やガソリンに変えようという技術だ。これはCO2対策というよりも、むしろ原油の買い付け量を抑制させようという考え方からきているのだろう。そして、この技術にしても、実際には日本では商用化していない。実験しようということなのだろうか。

まあ、こんなものでいいのだろうかということだ。まだ窒息したくはないのだが・・  
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2007年01月10日

カレンダーの秘密(下)

では、なぜ現在のように1月(JAN)を年始としたかということについて。大きく説は二分される。一説では1月はヤヌスという神様からとった名前がついていたので敬意を払ったという説。もう一説はローマの会計年度は新年(春分の日)から2ヶ月間、前倒ししていたからという説であり、おそらくこちらの説の方が強そうだ。なぜ2ヶ月前倒ししたかというと紀元前154年にヒスパニアの反乱があり、これに対応するために優秀な行政官を繰り上げ任用したことによるそうだ。任期満了を早めるために前の年が10ヶ月で終わったわけだ。ローマの硬直性と柔軟性がわかる話だ。


ところが、春分の日から2ヶ月遡ると、1月20日頃になるわけだが、まだ現在の1月1日とはずいぶん違っている。この20日の差にも諸説ある。怪説としては「シーザーが皇帝になった日」というので、所ジョージのクイズ番組では解答とされていたそうだ。これが正しければ、ずいぶん正々堂々とした理由なのだが、残念ながらシーザーは皇帝になっていない。初代皇帝は、先ほど登場のアウグスツス。信頼に足る説では、1月となるべき月の中で「新月」の日を選んだということらしい。太陰暦から太陽歴への移行日としては妥当な選択かも知れない。案外、一日の始まりが真夜中なのもここからかも知れない。ここを基点日として計算が始まったわけだ。


次に、現在の西暦はいつ決まったかというと、東ローマ帝国のディオニシウス・エクミグスが525年にキリストの生誕を推定して決めたそうだ。ところが、不正確。正しくは紀元前7年から紀元前3年の間と考えられている。

次はクリスマスの由来。シーザーの頃は、12月25日はミトラ教の祭日(復活祭)で冬至祭りと連続しローマ最大の休日(たったの3連休)だったそうだ。時代が進み、おそらく宗教色がうすれていき、一般的休日化(日本のクリスマス状態)していたところに4世紀頃キリスト教が普及していき、ミトラ教にとってかわり、再び神聖化したのであろう。

なお、キリストは生後8日目にユダヤ教の割礼を受けたとされていて、12月25日から8日目の1月1日を新年の開始「割礼年初」としているが、これは前述のディオニシウス・エクミグスが発令したのだが、歴史的因果関係からいうと、クリスマス(12月25日)と1月1日(シーザーが決定)が先に存在するので後で「8日前」を決めたのではないかとも思えるが、確心はない。


bb17608d.jpg最後に暦についての雑談だが、コンピューター関係の方はご存知だろうが、ユリウス積算日というのがある。紀元前4713年1月1日午後0時を0として経過日数を表示するもの。紛らわしいことに昼間から始まる。ちなみに2007年1月9日0時(GMT)は、2,454,109.5日となるはずだが、計算に自信まったくなし。


また最近は「世界暦」というのを提唱している人がいる。12ヶ月制は維持しつつ、3ヶ月を91日間に統一し、必ず1月、4月、7月、10月は日曜から始まるようにする。これでは1年が364日になるので残る年末の1日か2日は特別休日としてしまうそうだ。利点はカレンダーが毎年同じなので、新たに買わなくてもいいそうだ。欠点は13日の金曜が必ず4回あること。


対抗して、私も一つ考案してみた。365を割り切れる1つだけの数「5」を1週間として、木曜と金曜を廃止してしまおうというもの。日月火水土。また1ヶ月を6週間として30日に統一してしまい、1年間の端数の5日間は全部年末休日としてしまえというもの。これを行なうと、1年間の土曜日曜の総数は104から149になるといういたって怠け者用だ。おおた式カレンダーは市販されていない。すべて特注品となる。

もっとも、62年前の日本では、カレンダーから土曜と日曜日が削除されていたのだった。

(おわり)  
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2007年01月09日

カレンダーの秘密(上)

新年にちなんで、暦のことを書いてみようと思う。数年前に個人的興味でまとめた資料をベースに、さらにいくつかの情報を追加してみた。長いのでエントリを二分割する。

この「暦問題」は、古来より様々な問題を抱えていて、諸説紛々であり、中には、絶対に違うだろうということを主張している方もいる。さらに調べれば調べるほど「疑問の小箱」があらわれてきて、その小箱の一つずつに巨大な歴史と暗闇が存在することが多く、うっかり蓋をあけると、パンドラになるのでなるべくアッサリと書いて見る。

まず、きょうはいつか?。そう、2007年1月9日火曜日。この、「年」、「月」、「日」、「曜」だが、それぞれが謎に包まれている。


9b5e9f81.jpg最初に曜日から。曜日についてはメソポタミアに起源があり、月齢から発生したと言われている。新月から満月を経てまた新月にいたる約28日(正確には29.5日)を月の形から4分割して1週間を7日としたそうだ。曜日問題はこれであっさり終わりにする。本当は、「働く日」と「休む日」の比率は、この「7日」という数字によって決まるので重要なのだが、何しろ、書きたくてもよくわからないのだ。メソポタミアについての研究は、いくつかの理由で遅れている。

それで、メソポタミアは太陰暦を使っていたのだが、古代社会では、月の運行から計算される太陰暦と太陽の運行から1年の長さを決める太陽暦があったわけだ。そして太陰暦の場合は、変形バージョンとして、閏月というような調整が行われていた。実は古代社会で太陽暦を使っていた国は数少ない。エジプトとギリシアぐらいである。これが、実は一つのポイントである。


さて、次に年と月の関係。現在、ほとんどの国が使っている暦はグレゴリオ暦と呼ばれている。ユリウス暦を改造したもので1582年の10月に一気に10日間を間引いて1600年分の誤差を修正している。

ユリウスとグレゴリオの差なのだが、ユリウスでは4年に1度閏年を設定するだけなので1年は365.25日となる。一方、グレゴリオではさらに100年に1度は閏年を無しとするが、400年に一度は閏年とするというもの。その結果2000年2月29日が存在することとなった。この方法だと1年は365.2425日になる。ただし、正確には365.2422日だそうで、2621年に1日の違いがある。これを補正した「新ギリシア暦」というのがあり、ギリシアでは西暦2400年は閏年にしないそうだ。このローマに対するギリシアの張り合い方も立派だ。なぜならギリシアの方が太陽暦は先輩なのだ。ローマは太陰暦だったからだ。

(ただし1年の長さというのはあくまでも平均値であり、実際には1年に10分程のゆらぎがある。)

さて、ここで一旦、ジュリアス・シーザーの時代に行ってみる。ユリウス暦の制定者はシーザーで、エジプトの学者ソシゲネスに作らせたもの。シーザーはエジプト文化が大好きで、お抱え学者もローマ人ではなくエジプト人だった。もっとも、単にクレオパトラに粉をまくためだったかもしれないのだが。

なにしろ、シーザーまでの古代ローマは、太陰暦をもとにした結構アバウトな暦を使っていた。最初は1年が304日周期(10ヶ月制)であったそうだが、実用的でなく、紀元前710年に2ヶ月を追加し355日制となり、10日分は閏月制度で調整していたそうだ。また新年は春分の日(今の3月20日頃)からとなっていた。


注目すべきは、ユリウス暦の考案者がエジプト人であるという点で、古来、エジプトではナイルとの共生関係から、正確な太陽暦が発達していた。結果、月齢より1年間の正確性を重視したルールができたのである。

ユリウス暦が発令になった年は正確には不明なのだが、私は色々と逆算すると、紀元前46年ではないかと思っている。ただし、2年後にシーザーは暗殺されるので、残念ながら、最初の閏年を見ることはなかった。

さらに都合が悪いことに、後継者たちは「4年に1度の閏年ルール」を「4年目の閏年と勘違いし、3年に1度の閏年」としてしまった。そして、そのまま間違った閏年でカレンダーの進みが遅れてしまった。これに気づいた後継者のアウグスツスはしばらく閏年を禁止し、紀元後8年に正しい暦に戻したそうだ(早く発見してよかった)。アウグスツスは、自分の名前を8月につけ、2月から1日を削り8月につけ加えたり、大の月と小の月を並べなおしたりしている。シーザーとアウグスツスが7月(July)と8月(August)に後で割り込んだというのは誤説で、既存の月の名前を変えただけだ。OCT(8)が10月になった理由は年始が3月から1月に繰り上がったからなのだ。

(つづく)  
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2006年12月19日

家庭用燃料電池シンポジウム

1cdcbb02.jpg先週、有明の東京ビッグサイトで、「エコプロダクト2006」が開催されていた。それに関連して、家庭用の燃料電池を開発している(一部実験用として実用化)石油系エネルギー会社が主催してシンポジウムを開催。「”水素”は地球と生活をどう変える?」。

行くのに遠い場所だが、新橋駅から「ゆりかもめ」に乗る。暗に予想したように、軽微な車両トラブルで大幅に遅れるが、いつもこの線に乗る時のようにトイレを済ませているから問題ない。しかし、暗に予想していなかったように、シンポジウム会場は満員。暗に満員を予想していなかった一人であるキャスターの草野満代さんが、「まさか、シンポジウム終了後の食器洗い機の抽選会目当てでしょうか?」と訳のわからないことを口走り、自らの品位を汚してしまう。

そして、このシンポジウム自体、企業主催なので濃厚に企業色が滲んでいた。個人的には、何年か前に、水素による燃料電池関係のレポートをまとめていたので、この実用化プロジェクトには、少し興味があった。「実用化に伴う経済性」とか、「石油の需要を抑えるための水素利用なのにそれを作るのに石油系燃料を使う矛盾」とか、「原料供給のハンドリング性」とかだ。同じような疑問を持った企業人が多かったようで、会場の多くの出席者はスーツ姿の男女である。つまり、多くの企業が、この分野で同業者に遅れを取るまいと商品開発活動をしていることがよくわかる。産業スパイの集合の前で技術解説するようなものだ。


そして、その石油系エネルギー会社の役員の話は10分ほど聞いていると、あまりにも簡単な話で、会場のあちこちでイビキが聞こえ始める。私も、イビキをかかないようにしばしの睡眠。何しろ前夜は飲み過ぎ。そして、最後の5分のところは再度聞いたのだが、難易度は最初と同じだ。つまり睡眠中には重要な話はなかったのだろう。


1cdcbb02.jpgそして、第二部はパネルディスカッション。このメーカーは既にテストプラントを100ヶ所以上設置している。灯油型とプロパン型の燃料電池である。水素を灯油から作るか、プロパンから作るかという石油系のシステムである。地上面積が1.5メートル×2.5メートルという空地があればとりつけられる。価格は本当はベンツ並みだそうだ。もちろん補助金が必要。

この水素から作られる電気と余熱を使った生活の快適さについて、女性5人のパネリストとメーカーの男性一人が、みんなで褒め称えようというのだが、色々と無理がでてくる。なにしろ未完成商品だからだ。パネリストの中には、「補助金、補助金、補助金」と繰り返す方がいたり、太陽電池と勘違いしていたり、「節約アドバイザー」という肩書きの方は、「電気と余熱で”お湯をふんだんに使う生活”などを目指すことは問題ではないのか」と本質的にマズイ発言をしてしまい、専門家ばかりが集まっているオーディエンスから哄笑が起きる。

つまり、燃料電池の設備は一過性の固定費なのだから、「光熱費を毎月無尽蔵に使う」家庭では、自宅で発電することは経済的には有利だし、さらに遠隔発電所からの送電ロスという問題も解決するのだが、「元々、省エネ器具などを使用して光熱費の無駄を抑えている」家庭では、有利さが生まれないという”嫌な問題”が隠れていることを明るみに出してしまったわけだ。

さらに、電力会社の発電原料のソースは多岐にわたるのに対し、このタイプの燃料電池では、水素原料が石油系なので、原油価格の高騰による影響を100パーセント受けてしまうことが考えられる。さらに、灯油もプロパンも家庭に設置するタンク在庫がなくなると、指定業者からのトラックによる配送を受けないとならないことに誰も触れなかったことを見ると、それは、最大の極秘事項なのだろうか。

おそらく、プロパンからの水素発生が商業ベースに近づいたところで、東京ガスなどの都市ガス会社が登場して、すべての設備や技術をかっさらっていくのだろうと思えるが、それはそれでもいいのかな、とも思える。


そして、ディスカッションの最後まで付き合ったオーディエンスにとって、最後のアトラクションである電気食器洗い機の抽選は、あっと言う間に終了し、たった3人の当選者と、念には念を入れ10人の補欠まで発表したのだが、会場にはうっすらとため息が広がり、私も二台目の食器洗い機の寄贈先に悩む必要がなくなり、会場を後にした。もちろん、「ゆりかもめ」は使わない。
  
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2006年12月14日

外貨MMFの功罪

私の場合、ブログを書き続けるため、最も重要なのは、「時間」。仕事はサッサと切り上げ、ビジネスはすべて忘れ、頭を切り替える。切り替える先がブログであったり、詰将棋創作だったり、その他。エンデの「モモ」には「時間泥棒」という悪魔が登場するのだが、自分にとっても、うかうかしていると、つまらない仕事が増えていく。会社などに勤めていると、基本的に、無駄な仕事が山積みになっていく。よく、サラリーマンの仕事には、「カネを儲ける仕事と、カネを無駄遣いする仕事がある」というが、おカネを儲けるのはほんの僅かなチャンスしかないし、おカネを無駄遣いするチャンスはゴマンと転がっている。そういうゴマンの方に付き合っていると、いくら時間があっても足りない。

それでは、そういうものを回避する方法だが、会社の場合、最も簡単な方法は、他人に無駄足をまわすこと。さらに、そのためにはどうすればいいかだが、もっともいい方法は、会社の役員とか上司とかを篭絡しておくことである。そして、さらに、そのためにはどうすればいいかと言うと、もっともいいのは「おカネを増やす方法の伝授」であるらしいことがわかってきた。もっとも、あまりカネを持ってなさそうな役員と、この分野で話すと裏目に出るから、オペラの話や高級車やゴルフの会員権とか、金持ち好みの話題を散りばめて、反応を窺ってからの方がいい。

特に、親の遺産とか天下り時の退職金とか、持ち慣れぬカネを手にした後、どうしていいかわからず、ずっと普通預金においていたりするらしい。新聞を見ると、日経平均急伸!とか中国株爆騰、とかNY株史上最高値とか、プラチナ価格乱高下とか、ゴルフ会員権3倍に急騰とかとか・・刺激的なコトバが世間に満ち溢れているが、もちろん近未來通信のような詐欺商品も多々ある。


ところが、実は社員に聞くのが恥ずかしいのか、証券会社の営業マン(ウーマン)に相談して、してやられる。そして、どうにもこうにもサッパリの状態で、私に声がかかる。「おおたさん、ちょっと相談が・・」。応接室とか、喫茶店とかで「聞くも哀れな話」の数々に付き合うことになる。だいたい、「個人客はドブ」といっていたN證券とか異常に社内ノルマのキツイ証券会社に口座を持ったりしている。「うまい話は絶対に向こうからやってこない」という絶対的真実を知らないわけだ(1年以上前に、某ホテルの喫茶店で、隣のテーブルでしきりに老婦人に電話事業の説明をしていたセールスマンを見たが、そんなものだ)。

今回、相談されたのは、IPO(新規公開株)被害。ビックカメラ上場以降、完全にIPOは逆目になっているというのに、「あおぞら銀行」で失敗したというわけだ。売出価格570円、現在100円安。思い出すと、そのA役員から、あおぞら銀行上場の頃、何か聞かれていたような気がする。「再生銀行なんてダメですよ」「新生銀行だって低迷しているのだし、それ以下ですから」「上場後、徐々に株価が上がるようなタイプの銀行ではないから、損得いずれにしても即売りです」「NKCデアルという証券会社がもてあましているようですから」、とか言ったような気がしていたのだが・・全部正解。

A:2000株で20万円損しちゃったのだけど、どうしたらいいのだろう。
葉:何で買っちゃたんですか?何のために?目標価格は?で、どうするつもりすか?
A:NKCデアルに言われて、1000株のつもりが2000株も・・
葉:危険なのが好きならeワラントに全部注ぎ込むとかFXとか・・
A:安全が第一で・・
葉:じゃ、個人向け国債とかにして日本国政府と心中したらいかがでしょうか
A:利回りが低すぎて・・長期金利も○△□△○□・・
葉:じゃ、外貨MMFとか知ってます?
A:聞いたことない・・
葉:自分で調べなけりゃ、欲しい物は手に入らないんじゃないですか

・・と言いながら、NKCデアルのホームページで商品を探してあげると、14種類の商品が並んでいる。
「国内株式」「新規公開株式」「信用取引」「株式ミニ投資」「キンカブ」「中国株式」「転換社債」「投資信託」「外貨建てMMF」「投信つみたてプラン」「個人向け国債」「新発外国債券」「デジワラ」「外国為替保証金取引」ということだが、かなりいいかげんな分類法だ。商品の種類と購入方法が入り混じっている。

そして、この中で、証券会社が勧めない商品が「外貨建てMMF」だろう。証券会社が儲ける率がきわめて低いはずだ。これに目をつけた人は、ローリスク、ローリターンを狙っているはずだから、簡単には解約しない。証券会社はまったく儲からない。要するに、資産の分散の一種に使うのだから、4〜5%/年(税率20%天引)で十分ということになる。現在の年利は、米ドル4.67%、ユーロ2.77%、豪ドル5.55%、など(もちろん、全財産を豪ドルMMFにしてしまうと、うっかりして豪ドル安になると、将来オーストラリアに定住しなければならなくなるから注意は必要)。

A:為替リスクがあるんじゃないの
葉:為替キャッチャー設定して指定レートで自動精算する方法が一つ。動きが逆になることの多い、米ドルと豪ドルに分散する方法が一つ。
A:そうか、そうか、そうか、そうか・・・


4d7200ac.jpg結局、そんなことをしながら、また一人円キャリートレーダーが増え、為替キャッチャーなどという自分勝手な自動売買システムが、円高(円安)大崩壊のリスクを高めているということもできるのである(お勧めは米ドルMMFと豪ドルMMFの抱き合わせなのだが、もちろん元本保証の限りではない)。

そして、最近、既に社の内外のあちこちで篭絡された人たちが、スイスフランと米ドルの交換レート推移グラフの上に一目均衡表を重ねて、赤い雲の上とか青い雲の下とか、悩んでいるようなのであるが、ちょっと心配。要するに根拠もなく欲の深過ぎる人が多いわけだ。
  
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2006年10月25日

サハリン1、天然ガスは中国向け

先週末に、サハリン1と呼ばれる、エクソンモービル、伊藤忠、丸紅などが参加する開発事業から産出される天然ガスの販売先について、全量が中国向けになったと、さぞ残念そうな記事が表にでてきた。例えば、読売では、

サハリン1の日本向けガス600万トン、中国が獲得

 日本が開発に参加しているロシア・サハリン沖の資源開発事業「サハリン1」で、事業を主導する国際石油資本(メジャー)の米エクソンモービルが、産出される天然ガスの全量を中国に輸出する仮契約を中国側と結んだことが20日、明らかになった。

 正式契約が結ばれれば、日本は産出された天然ガスを輸入できなくなる。イラン・アザデガン油田の石油開発や「サハリン2」に続き、サハリン1でも資源確保につまずくことで、日本のエネルギー戦略は大幅な見直しを迫られることになる。サハリン1は日、米、ロシア、インドが権益を持っているが、天然ガスの輸出先についてはエクソンが事実上の決定権を握っている。関係者によると、エクソンは今月、中国の国営石油会社「中国石油天然ガス集団公司(CNPC)」と仮契約を結び、産出天然ガスのうち、ロシアの取り分を除く約600万トン(液化天然ガス換算)のすべてがパイプラインで中国に輸出されることになったという。

 サハリン1開発の総事業費は170億ドル(約2兆円)程度とされる。現在、日本政府と石油資源開発、伊藤忠商事、丸紅などが共同出資する「サハリン石油ガス開発(SODECO)」が参加し、産出される資源の3割を得る権益を持っている。仮契約でも日本側の権益は維持され、サハリン1から産出する石油の輸入には影響はないが、天然ガスは日本へ輸出されなくなる見込みだ。

 SODECOは仮契約に同意しており、エクソンとCNPCは今後1年以内に細部を詰め、正式契約する予定だ。

 開発当初は、600万トンすべての天然ガスを日本に輸出する前提だった。しかし、日本側は電力・ガス会社などが使いやすい液化天然ガス(LNG)に転換した上で、船で輸出するよう主張したのに対し、輸送効率の高いパイプラインによる輸出を望んだエクソンは応じなかった。

 一方、資源の大量確保を狙って04年から交渉に参加した中国は、最終局面で買い取り価格を引き上げた模様だ。日本の液化天然ガスの輸入量は年間約6000万トン。日本は中国側の攻勢に有力な対案を示せず、年間輸入量の1割に相当する天然ガスを譲り渡す格好となった。(2006年10月21日3時0分 読売新聞)

a6a20677.bmp書き方によって、事実は、かなり脚色できるものだと驚いてしまうのだが、日本向け販売が困難になったのは2004年秋のこと。すでに2年前である。このあたりの状況は、2年前に書いた弊ブログ2004年11月7日「サハリン1、日本向け天然ガス供給の中止の背景」に細かく記載しているのだが、パイプラインが敷けなかった原因は、ほぼ一方的に日本側にある。魚関係の方々が、指で丸をつくって、手を伸ばしたことによる。

一方、サハリンの天然ガスの多くは原油と同時に産出(随伴)されるので、早く、移送先を決める必要があったわけだ。そのため、サハリンから日本向けではなく大陸向けにパイプライン工事が進んだ。その段階で日本向けの話は消えている。サハリンの冬の海は厳しく、時化(しけ)るため、液化して大型タンカーで出荷しようとすると、タンカーが航海できないように海が時化る時は、出荷できないガスがあふれてしまい、原油生産そのものを落とさなければならなくなる。生産サイドから言えば、どうしてもパイプラインでの安定的な出荷が必要だったわけだ。

そして、サハリンプロジェクトは始まったばかり。サハリン1とサハリン2は見せ玉のようなもので大型鉱区はこれからが本番になる。サハリン2はシェルと三井・三菱連合、サハリン3はエクソン・テキサコ連合、サハリン4、サハリン5はBPアモコというようにサハリンの大陸棚全部がサハリン8(あるいは9)までの鉱区になっている。サハリン最南部から液化天然ガスとしてタンカーで出荷するサハリン2を除けば、残りはすべてパイプラインによる移送を望むだろう。


ただし、このサハリン1のガス争奪戦では中国勢と並んで韓国勢も有力ではあったのだが、ロシアから平壌経由でソウルに至るパイプラインというのが基本プランだったのだから、韓国もエクソンもロシアも、計画として、どうしようもなく実現困難になったのだろう。
  
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2006年08月23日

出生率上昇の兆し

出生率が上昇に転じているそうだ。雇用の増加、結婚数の増加、中絶の減少ということだそうだ。3つの要因は結局同じことかもしれない。毎日の記事を紹介。


<人口動態統計>6年ぶり出生数増加 今年上半期

厚生労働省は21日、今年上半期(1〜6月)の人口動態統計速報をまとめた。出生数は前年同期比1万1618人増の54万9255人で、上半期ベースで00年以来6年ぶりに前年を上回った。同省は雇用の改善傾向に伴う結婚件数の増加や、人工中絶数の減少が原因ではないかと分析している。05年に1.25と過去最低を更新した合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子ども数に相当)は97年以降前年割れ・横ばいが続いているが、06年は9年ぶりに上昇に転じる可能性がでてきた。

06年の月別出生数を前年同月と比べると、1月は前年を下回ったものの、2〜6月は5カ月連続で増加。5カ月連続増は00年の8〜12月以来5年半ぶりだ。この時は6カ月目に減少に転じたが、06年下半期(7〜12月)の出生数が例年のペースを維持すれば、06年通年の出生数も00年以来6年ぶりに前年を上回ることになる。

出生数が増加に転じた背景として、厚労省は景気回復に伴う雇用者数の増加を挙げる。雇用者数は05年6月以降13カ月連続で前年同月を上回っている。これを追うように結婚数も05年後半から増え、06年上半期は05年同期比1万936組増の36万7965組となった。上半期ベースで結婚数が前年を上回ったのも6年ぶり。

一方、05年の出産1000件に対する死産率は、自然死産が12.3で04年比0.2ポイント減なのに対し、人工中絶によるものは16.8で0.7ポイント減少した。同省は「仕事が見つかって結婚に踏み切った人や、中絶しなくとも生活できると判断した人が増えているのではないか」と見ている。

05年は人口の自然増加数(出生数―死亡数)がマイナス2万1408人となり、人口減少時代に突入した。06年上半期の自然増加数は依然マイナス1万4827人だが、05年同期に比べるとマイナス幅が1万6207人縮まった。しかし、06年通年で自然増加数がプラスに転じるかは依然微妙だ。(毎日新聞) - 8月21日20時46分更新

a6f33cd3.jpg個人的には楽観的に考えているのだが、日本の現在の人口ピラミッドを見ると、二つの山がある。「団塊世代」と「団塊ジュニア」である。もちろん「団塊ジュニア」の原因は「団塊世代」であり、その原因は「世界大戦」である。

また、団塊世代と団塊ジュニアの山の間隔は30年である。早い話が、団塊世代が会社に就職した頃は、定年50歳とか55歳だったはず。高度成長政策により、有効雇用者数が増大し、うまい具合に団塊世代の男たちは、大部分が定職確保に成功。もちろん、「電電公社」という、「電線マンと交換手」という巨大職場を創出した組織もあった。

幸か不幸か定年は延長され、60歳まで職場が確保されたわけだが、その延びた10年間に加え、バブル崩壊という不運も重なり、自分のこども達の職場を奪ってしまったわけだ。そして結局、孫がいなくなってしまったわけだ。

しかし、ピラミッド上から、この二つのコブが「存在しないもの」と考えてしまえば、かなり「ローソク型ピラミッド」になっているのではないかとも読み取れるような気がする。つまり、男女とも毎年60万人程度が生まれると仮定すると、1年の出生数は120万人(現在は108万人)程度。平均年齢82歳を掛けると、9840万人になる。それ位いれば十分ではないかとも思える。

が、一つの問題は、さきほどコブとして計算から除外した人数(約2000万人)。その人たちの社会保障費(年金・健保・介護保険)については、財源がないのである。肩幅を狭くして寄り合って生活して頂くしかないのかもしれない。そして、戦後問題がまた一つ片付くのである。
  
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2006年05月09日

連休前の大混乱;ドクターシーラボ株主総会

d6e27e7d.jpg妙なところへ行ってしまった。場所は六本木ヒルズの中にあるアカデミーヒルズ40階。「知の創造」をテーマとして「会員制ライブラリー」や「アーク都市塾」などの会場を提供している大きな空間である。実際は、空間があるだけでは「知の創造」はできないわけであるが、つまり多目的ホール(というか会議室というか宴会場というか・・・)。

昨年の株主総会もこの場所で、短い総会のあと、ランチパーティがあったので、同様パターンだろうと、会場へ向かう。エレベーターホールには、社員風の若手ダークスーツがたむろ。そして40階のエレベーターを降りると、これが大会場である。去年とずいぶん違う。早くもパーティの料理の配分に不安が募る。そして定刻になるとその大会場が概ね満席となる。さらに隣のホールも第二会場ということになるが、こちらはスクリーンで実況中継を見るだけで、株主の発言とかはできない。

質問した人の出席番号に1,900番台の方がいたことを考えると、第一会場には2,000人ほどいたのだろう。第二会場は不明。一体、何がこの巨大株主総会の原因なのかといえば、株主数の増加だそうだ。1年前は12,000人の株主数だったものが、今年(1月末決算時)は43,000人になったそうだ。3.6倍。会場が大きいはずだ。しかし、ということは前の株主が株を売り払い、それを個人が小ロットで買い直したということになるのだろう。浮動株比率がそう高いわけではなく、時価総額から計算すると、1株とか2株の株主が大勢いることになる。会場の男女比率は男6割、女4割か。

そして今期(2006年1月期)の決算は、増収減益(売上高152億→170億。当期利益16億→13億)。やや、悪いパターンだ。全体で言えば、利益率が悪化している。この関連の質問は数多く、さらに的を得ているのだが、「その件は企業秘密」とか「見込み違い」とか「競争激化」とかだらだらと国会答弁が続く。気になるのは、今まで先行していた「メディカルコスメ」という分野に大手の化粧品メーカーが参入してきたことらしい。

実は、この会社の社長は石原智美さんという女性。実質的なオーナーは城野クリニックを経営している城野一家であり、女性社長というのが、カンパニーキャラクターになっているようにも思える。議長の彼女をいくらつついても何も出ない。

そして、決算以外の質問は、多種多岐に及ぶ。「総会会場の設定への不満」、「ナースのようなユニフォームへの批判」、「株式を持たずにストックオプションで予約権を溜め込む資生堂出身役員への疑問」、「海外事業での不手際」や「社員販売品のネットでの流出問題」。また「社員の過重労働」や「勤務年数の短さ」など。これも延々と続く。すべて減益に対する株主のいらつきだろう。

私も個人的には質問したいこともあったのだが、「昨年の総会の時に比べ、石原社長が若返ったように見えるのですが、それは自社製品を使用した効果なのでしょうか?あるいはご自身は、もっと高額な他社製品を使われているのでしょうか。あるいは手術でも・・」。と、発言すると、セクハラで現行犯逮捕されそうなので、口をつぐんでおく。

そして、おそらく予定時間を少し過ぎたあたりで、一株1,400円の配当が決定し、総会は終了。同じ40階にある別会場でパーティ開始。これがすさまじい。中国大陸でのオリンピック会場の工事現場の昼食時間のようなもので、3つのランチテーブルは狂乱カーニバルになっている。女性9割、男性1割。まあ、突入はあきらめ、桃の葉ティーを飲んで終わりにする。

それに、テーブルに並んだ料理は、すべて健康食品のように見えた。タダメシは不健康食品に限る。

d6e27e7d.jpgところが、会場内の誰も取り囲む者のいないテーブルに、株主優待の内容が展示されていてビックリ。さらに、この多数の株主数の理由が少しわかった。何しろ、1株につき、10,000円相当の自社商品(アクアコラーゲンなど)が贈られるそうである。配当が1,400円(税引前)しかないのにである。3株以上の株主は30,000円相当である。総会での質問の中に、株主優待準備金が必要ではないかとの質問があったが、意味がわかった。43,000人に10,000円を配ると、4億3000万円になる。

しかし、後で株価の推移をみると権利確定直前に220,000円まで上昇した株価は、権利確定後170,000円付近まで急降下。そして、下落したということは権利確定後、売り飛ばした人が大勢いるということを意味しているし、きっとテーブルに群がる女性達は、きょうの総会の日には、既に株主ではないのかもしれないのだ。

d6e27e7d.jpgそして、40階の会場から、昼食をあきらめ、地上の世界に下りようとしても、エレベーターホールには長蛇の列。そして3回待ちの結果、やっと乗り込んだエレベーターの中では列に割り込んだ人相の悪い二人組の男が取り囲まれ、容赦なく罵声が浴びせられたのである。

知の創造も大変である。  
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2006年05月02日

Indian Kuku-Kuku

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最近、脳力強化が話題になっている。ゲームやテスト本などで、試してみると、だいたい「ガッカリ」する。本当は頭の中で詰将棋を作ったりするのだから、若い時に比べても、それほど衰えているわけではないだろうが、色々と心配になる。認知症というのは、自分では気が付かないが、気が付かなくてもなってしまい、周囲に迷惑をかける。日本人の平均年齢は女86歳、男78歳と、もうすぐ90、80の大台に近づいていて、それほどの年になるかどうかわからないが、ボケない自信もない。外に知れるとカッコ悪いので、密かに毎日、頭の中で九九を一回唱えることにしたのだ(と書いてしまった)。

ところが、それが簡単ではない。九九はいくつあるかというと、81だ。1×1から9×9までフルコースで思い出そうとすると結構失敗する。だいたい、頭の中でやると、どこまで進んだかわからなくなる。四の段あたりで、ぼーっとしてしまう。それに昔から得意じゃなかった。四二(しにがはち)とか飛ばして、二四が八と覚えている。それで四二とか四三とか考えているうちに、どこまで進んだのかわからなくなる。なさけない。

実際は、四三も三四も同じなので、全部覚えなくてもいい。さらに一の段は不要と思えば、81ではなく、ずいぶん数が減る。二の段が二二が四から始まり、二九まで8種類、三の段が7種類。九の段は1つだけなので、8+7+6+・・・・・+1ということになる。この答えは、公式もあるし、ゴルフのスコアカードみたいな足し算なので暗算でもいい。36通りである(PARだ)。ずいぶん減った。しかし1週間やっていると、81通りの方でも大丈夫である。

ところで、ブログ上で最近ぼちぼち見るのが、「インドの九九」の話だ。数学天国インドでは、二桁の九九を覚えるらしいという話が広まっている。それで、色々調べてみると、「インドの九九」には二つの説があることがわかった。

第一学説:インドの九九は1×1から99×99まである。だいたい、インドの数学は10進法ではなく100進法である。日本語でも英語でも20は10が二つというような言い方をするが、インドでは1から99まではまったく別の数字の呼び方をする。それも規則性はない。カースト制度だって階級は二桁である。

第二学説:インドの九九は「バハラ」と呼ばれ、22×20まである。結構、あちこちで紹介されている。

どちらが正しいか、まったくわからないのだが、なんとなく22×20までというのは、本当のような妙な話であるが、妙なのは21がないことだ。21×21を知らなくても22×20を知っているのだろうか?よくわからない。数学的には、第一学説の方が割り切れるのは確かだが、覚えるのは大変だ。99×99までだと何通りあるかというと電卓に頼ると9801通りになる。(100−1)の二乗という出し方もある。9801通りではなく、例の簡易法だと98+97+・・・+1となる。公式を知っているから計算すると4851通りになる。残念ながら、この学説には解答表に名前がない。99×99までなので、とりあえず「Indian kuku-kuku」と命名し、EXCEL で一覧表を作ってみた。ちょっと縮小して掲示してみる。

ところで、これだけ大変なものを覚えるのに辟易した結果、インド人は「ゼロ」を発見したのではないだろうか。これなら覚える必要はない。元の数字がいくつであっても「ゼロ」をかけると「ゼロ」になる。

そこで、数学的に「ゼロ」を考えてみると、これが厄介である。要するに定数aに変数x(0)をかけるとx(0)になる時、xを求めよ。というのを式で書くと、

 ax=x となるが、この式を見ると、普通の人はa=1 と定数の方を答えてしまうだろう。

では、どうやってx=0 を証明するかというと、難解である。kuku-kukuを覚えるより頭を使わなければならないだろう。  
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2006年04月12日

ポジション調整のことから話は広がる

昨日の続きになるが、両親別に、入院、手術、介護などの対応に追われ、自宅(横浜)、会社(東京)、病院・実家(近郊)、その他出張や若干の宴席などで住所不定状態になっている。従って、交通費は猛烈に膨らむし、自分のカラダは大切だから、特急(含む新幹線)やグリーン車やタクシーを多用。つい、会社で「交通費だけでも、おカネがかかって大変」とこぼしたところ、周りからは意外な声が・・

「株で儲けているんだからいいじゃないか・・」

う〜〜〜ん・・・・・。そう見られていたか・・。まあ、貧乏人と論戦してもしょうがないが、きっとそういう発言をする人間は、日頃私が、会社のパソコンで、時折カチャカチャと猛烈な勢いでキーボードの上でピアノ狂詩曲を弾いているのを見て、「デイトレみたいなことしているな」と疑っていたわけなのだろう。まあどうでもいいが。

実際は、株価と損益を見ることはあるが、それは一瞬。数秒で終わる。だいたい、会社でデイトレなど物理的にできるわけない。それに、あまり日本株そのものをやっているわけではない。リスク分散で10社近くは持っているが、基本的には3ヶ月単位で見直していて、あとは他の金融資産とのバランスを見ているわけだ。日本株、国債、中国株、内外のREIT、商品ファンドに、金、プラチナ、パラジウム、何本かの危険なエマージングファンド、数種類の外国通貨、食用動物など・・。要するに価格変動するものの時価評価をしょっちゅうしている(もちろん深夜にだが)。

それは何のためかというと、いわゆるポジション調整ということ。たとえば、株が急騰すると、株で持っている資産の比率が上がる。そうすると、全体としてリスクが増えるので、少し売却し、比率の低くなったものを買いなおす。これを繰り返しているだけなのである。結果、「利益確定」と「底値買い」ということになっているのだと思う。さらに、長くやっていると、日本株が下がってもあまり損が出ないようなポートフォリオがわかってきて、狼狽しないようになってきた。

ところが、確か今年3月の後半に株が下がった局面があって、世間では年金筋の運用上の「ポジション調整」とか言っていた。ああいう大手は半年とか一年に一回しか調整しないのかとちょっと驚く。まあサラリーマン仕事とはそういうものだろうか。

それで自分の話になると、株は3ヶ月ごとにまとめて買って、時々、現金化するというのが現状で、あまり動かさない(もちろん考えていたシナリオが崩れれば損切りしてあきらめる)。ところが、そういうことは、株をやっている人にしかわからない話なので、いずれそういう話のわかる友人が増えてくる。数あるクライアントさんと酒を飲んでも、話して盛り上がるのは仕事の話ではなく、個人的な投資の話であるのは夜の席の定番だが、時々、わけのわからない人間が混じっている。「投資は定期預金だけ」というような人間である。当然ながらあまり持っていない。

会社というのは奇妙なもので、勤務中は、同じような生活をしているのだが、勤務時間が終わると突然、身分が変わる。極端な言い方をすると、金持ちと貧乏人である。金持ちというとおおげさなので、「ゆとりのある人」程度でいい。

歯の治療をするときに、多少は自費負担でいいと思っている人は多いが、中には全部保険でなければ・・という人もいる。3人でちょっと離れた飲み屋に行こうとすると一人だけタクシーはやめようという。そういう人間に限ってタバコを吸って、こちらのスーツに臭いを移す。中年になると腰痛になるのは、人類がアフリカ大陸で直立した日から始まる宿命なのだが、上手なカイロプラティックは時間単価は高いが数回で終わる。下手な整形外科医は保険が利くが、一向に直らず、いずれヘルニア手術に追い込まれる。しかし、カイロ派はあまり貧乏人には紹介しない。ああだこうだと理屈をつけておカネの必要なところには行かないことを知っているからだ。

ゆとりのある人は会社では、わざと小さくなっていて、ゆとりのない人は、逆に背伸びをする。

まあ、そういうのを見分けなければ快適な会社ライフは過ごせないのだが、見抜くのは難しい。経験的には、ケチを見つける最良の方法は、「靴を見る」ということだ。ゆとりのある人は10,000円以下の靴を履くことはない。  
Posted by ota416 at 00:00Comments(2)TrackBack(0)