1984年中国河南省二里頭遺跡において古代の墓から動物を象った青銅の板が発見された。



動物紋飾板 長さはおよそ16センチ400個に及ぶトルコ石が象嵌されており死者の胸に置かれていたことから装飾品の一種と思われる。



調査の結果作られたのは紀元前17世紀頃と推定された。 さらにこの墓からは同時代の青銅器が多数出土したため、この墓はいまなお実在が証明されていない中国最古の王朝、夏王朝(紀元前21~16世紀)の遺跡である可能性が高く現在も研究が続けられている。 銅とスズからなる青銅は人類が最初に用いた合金であり、古代文明の発展に大きな役割を果たしてきた。

dea3bc15.jpg

この画期的な発明は紀元前3000年頃西アジアで生まれ各地に広まったが、とりわけ中国の技術は傑出していた。





青銅器は元々神を祭るためのものであったが、その後権力者の力の象徴となりさまざまなものが生まれた。 本格的な製造が始まったのは殷王朝(紀元前16~11世紀)鄭州に都が置かれた頃である。 例えば方鼎(ほうてい)は神々に供える肉を煮るのに用いられた。



饕餮乳釘文方鼎





高さ1メートルほどの堂々たる器でその大きさにより王の力を誇示した。 斝(か)は祭りに用いる酒を温めるためのもの。



饕餮文袋足斝 2本の柱には布を縛りつけ酒を漉したと考えられている。



胴に施された奇妙な文様を饕餮文(とうてつもん)という。



悪霊をも食べてしまう怪物饕餮によく似ていることからつけられた。 殷から周の時代にかけての青銅器に最もよく用いられる文様である。









紀元前13世紀になると都は安陽に移り、ここからを殷時代後期という。 殷墟はその遺跡であり近年婦好(ふこう)と呼ばれる貴族の墓から盗掘を免れた468点の青銅器が発掘され大きな話題となった。



三連甗



鴟鴞尊



なかでも方斝は高さ67センチを越え斝の中では最大級である。



方斝 器の底には墓の主である婦好の銘文が刻まれてあり考古学的価値も高い。



殷時代後期青銅器の製造は最盛期を迎え技術の粋を集めた複雑な形の器が次々と作られた。



虎卣







大禾人面方鼎



鴞卣



しかし春秋戦国以降鉄器が普及すると青銅器は衰退した。

お宝
殷時代の青銅器








高さ30センチほどの青銅器。その形状から酒を温める器の斝と思われる。 胴には饕餮文が見てとれる。



気になる鑑定額は・・・



鑑定額2億円

中島誠之助いわく「鑑定額が始まって満で17年、ついに世界的なお宝に巡り合いました」とのこと。 斝は三脚二柱一把手というのが基本だという。 やや肉薄の銅質で饕餮文も一段彫りで簡略、足も素朴でありやや粗雑、底が平底。



というようなことから判断して今から3400年くらい前、河南省鄭州に都を置いていた殷王朝前期のものということが推定される。