原作の綾辻行人『Another』を読もうと思っているのだが、なかなか進まない。仕方がないのでメディアごとの差異をよく比較したうえで、と思っていたネタを暫定的に記しておこう。アニメ版の問題としてそれほど指摘されていないように思う論点である。

 全体としては、アニメ版はB級スプラッタホラー+キャラ萌えでなかなかによくできていたと思う。しかし、気になるところがいくつかあって、その一つについては私の中でどうも決着がついていない。それは、長らく気になっている、中学生という設定とその描きかたにかかわることである。

 ホラーとしての『Another』を考えると、中学校という枠組みがわりと重要になっているように思われる。「現象」に巻き込まれるのが、行動の選択肢も狭く自由になる手段もそれほどない中学生の子どもたちであるからこそ、逃げ場のない閉塞感が色濃く出るのである。時間的空間的に舞台を狭く区切れ、というのは、ホラージャンルのよく知られた経験則であるが、これの応用というわけだ。

 ところが、かつて指摘したと思うが、我々の娯楽アニメの文化においては、中学生と高校生の描き分けにそれほど意識が払われない。アニメ版『Another』もその流れに乗っている。夜見川北三年三組のキャラたちは、たんに制服の学生として描かれているだけで、きちんと「高校生ではない中学生」として描かれてはいないのである。

 そして本題となる。そのような「中学生ならでは描写の欠如」に負の方向で拍車をかけてしまったのが、あの水着回である。水着になった中学生女子キャラは三人であるが、そのうちの二人がとんでもなくけしからんわがままボディに描かれてしまったのである。赤沢泉美と杉浦多佳子のあの発育は、中学生キャラというには無理がある。かくして、アニメ版『Another』には中学生ならではの閉塞感が決定的に欠けてしまった。アニメ版がラストの展開を過剰にB級スプラッタホラーの方向へもっていったのは、この閉塞感が足りなかったぶん暴走せざるをえなかった、ということもあるのだ。

 と、ここまで書いて手のひらをくるりと返さざるをえないのが難しいところである。このように考えつつも、結論としては、私はアニメ版『Another』はそれでいい、と判断せざるをえない。赤沢さんも杉浦さんもあの感じで実に可愛くまとまっているからである。そもそも、三年三組の連中をいかにも十数年前の田舎の公立中学生っぽい感じに忠実に描くべきである、などという主張は馬鹿げている。それではモッサリしすぎて、現代オタに向けた深夜アニメとして成立しない。かくして、私はアニメ版『Another』の巨乳をいかに評価すべきか、という問題の前で立ちすくまざるをえないのである。