November 12, 2009

最後に更新してから2年半ほったらかしてたここをいまさらながら思い出す

やる気があるなし以前に特に書くようなことがなく、書きたいこともなくほったらかしにしていただけ

あのころにこうやって書いていた方々はまだ書き続けているのだろうか

私のように押入れにしまった昔の思い出のようになってしまっているのだろうか

ときどきでいいから思い出してください、とは何のゲームのネタだったか・・・



そんな話





特に他意も意味もない



ただたんに書きたかっただけ
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March 16, 2007

  更新を止めていた理由の一つはアルバイトが忙しすぎて、記事を書く暇が無かったというのが理由の一つだ。夏の時点では3つほどバイトをかけ持ちしていて、なかなか暇が取れなかった。

 いろいろやってみたが今は居酒屋のホールのバイトをしている。それまで家庭教師とか塾講師とか、教える系統のバイトばかりやっていた身としてははじめはきつく、何度もやめてやろうかと思ったりもしたが、まあなんだかんだいって結構続いている。
 続いてる理由はこの居酒屋のホールが少し変わってるからだ。そこまで店自体も大きくないし、全国チェーンしてるわけでもないうちは、よくそのへんにある居酒屋と違い、マニュアルみたいなものがなく、かなり自由である。最低限のことさえ守れば、あとは自己裁量にまかされているといえる。料理の薦め方も接客の態度もひとそれぞれ特色があり、中にはお客と友達と接するような接客をする人もいれば、仕事中に一緒にお酒をもらって飲んでいる人もいる。もちろん、俺自身もそうやって酒をもらったり、飲んでいる人のフォローにまわったりしている。

 まあなんだかんだいって今のバイトが楽しいわけだ。お金の問題うんぬんからいえば決して高い時給でもないし、さがせばもっといい時給のバイトもあるのだろうが、あんまりやめる気にはならない。身近でお客と接することで、いろんな知識や、経験をつめるし、人脈だって増える。奇麗事かもしれなが、お金は二の次になってる気がしなくもない。

 久しぶりに書くと何がいいたいかわかりにくい文になるなぁ・・・。やっぱり頭をつかわないと衰えるように、書き続けないとこういうのも衰えるんだろうな・・・。
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February 10, 2007

どうもお久しぶりです。小樽です。

どうも一度更新を停滞すると停滞癖がつくんでしょうか、更新せずにほったらかしてました。書きたいこともあるにはあるんですが、そのままにしたまんまで…。

来週には学校も終わり、それなりに時間も出来るので、来週には再び、今度こそ更新を再開する予定なのでお待ちのかたがたはどうかそれまでお待ちください。
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October 30, 2006

 暇がないといいつつうたわれるものやってます。予約して限定版買ったんですけど、PC版より難しくなってるし、合体技まで出てきて…やばいこれは普通に面白い。

 ところでうちのPS2、発売した当時の初期版なのでもうポンコツといっていいぐらいのしろものです。実際に開閉の部分にかかわるところが割れてしまって、とりあえずプラ板削ってくっつけて開くようにしたぐらいポンコツです。まあ原因はゲームにむかついてかかとおろしをかましてしまった俺に原因があるのですけどw

 そんなポンコツPS2、だましだまし使ってきたけどどうやら寿命のようです。ええ、うたわれるものが戦闘中で止まって仕方ないです。ボスを倒すたびに止まってます。バグじゃないのかってぐらいとまってます。メルブラなんか技の発動中に止まってフレーム数がおかしいです。そろそろ新しいの買うべきか…。
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October 29, 2006

 ほんと今月ほったらかしにしてました。後期になっていきなりレポートにおわれて更新どころか巡回すらしてない状態で…RSSがとんでもない状況になってます。

 ひさびさに更新すると自分がどういうことを書きたかったのか、書いてるときの自分はどんな気持ちだったのかを忘れてしまっており、なんか書いている間も違和感がぬぐいきれませんでした。いやほんとまったく。

 こういうのはちょくちょく書いて癖にしていかないといけないんでしょうね。といった意味のわからない日記で終わる…。
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 大学の数学の授業、解析学だとか線形代数だとか受けてて高校と違うなぁと思うことが多い。いや、別に数学の授業だけでなく、理系教科全てにいえることなのだが、ともかく授業は公式の、定理の証明しかしないということ。
 うちの大学の授業コマ数の関係もあるのかもしれないが、とにかくどの授業も教師は前で定理についての証明や数式がなぜそうなるかの説明しかせず、それについての例題を取り上げる人がほとんどいない。おかげでノートをしっかりとったところで、黒板を写しただけでは後で見てもなんにもわからない。

 ところで思うのだが、この定理の証明、本当に必要なことだろうか?高校までの勉強といえば、公式の証明といってもそこまでややこしいことはしなかったし、そもそもそれが問題を解くことに役にたったかといわれれば、ほとんどないといえる。むしろ公式の証明なんかより公式覚えて問題解いたほうが覚えやすいだろうと考えてたぐらいだ。

 いったい公式や定理の証明に何の意味があるのだろうか?


■その証明自体に意味はない
 別段証明が嫌いだからこんなことをいってるわけではない。その証明することによってその数式のプロセスをしり、理解することによって得るものだってある。浪人時に一から物理の勉強をしなおしていたときに、物理公式は覚えるよりもそれがどうしてそうなるかを考えたほうがいいといわれたことがある。たしかに文字を覚えるよりもその過程で出てきたのが何かを覚えるほうが楽に思えたのは事実である。
 話の方向がずれているので元に戻すが、覚えるのには証明が必要かといわれればそういうわけでもない。むしろ証明できないことだってあるし、証明しなくたって覚えれるものは覚えれる。別に証明することに意味なんてないだろう。


■しかし証明することには意義がある
 しかし、それはあくまでその公式が正しいと知っているからの話である。仮にまったく嘘の公式や定理が教科書に載っていたとして、証明もなにもしなかったとすればきっとその嘘に踊らされる人はたくさんいるはずだ。人は単純なもので、間違った公式を覚えると本当になんどもその公式をそのまま用いて間違える。なんでなんども間違えるか少しは疑えよと思う。
 難しいことになると専門家でもないかぎりは調べようともしない人が多数だ。とくにややこしい公式や定理の証明なんて普通の生活に必要はない。間違って覚えないために証明という過程を見て、公式や定理といった結果をインプットする。だからこそできるときに、できる人がそれが正しいことを示しておく必要があるのだと思う。
 ゆえにその証明そのものには意味はないが、証明することには意味がある。


 なんか久々に書くと伝わりにくい気がして仕方がないのだが、ようは証明をすることによってそれが本当に正しいということ、ただそれだけを示す必要があるだけなのだと思う。まあ、実際はどうなのかはしらないが、たしかになんでそうなるかを知ることは一番の勉強になるとは思う。
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October 01, 2006

 前回更新から10日ほどほったらかして、気づけば10月。何をしていたかといえば、ほとんどバイトかサークルにいってたわけですが、ほんと更新ネタ書いてる暇もないってどういうことよ。

 とりあえずここ数日の平均睡眠時間が3時間ぐらいかつ、サークルやバイトのせいで体が疲れてるなどなどにより、ものすごく体調が悪いです。ええ、もう最悪です。こんなんで明日から大学がはじまると思うと憂鬱でしかたがない…。

 いや、でも授業中考えてる暇があるから更新できるようにはなるのかな?
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September 22, 2006

 勉強を教えてるとき「これはこうしなさい」というと出来るようになる子が大半だが、なかにはどうしてそうしなければならないのかと聞く子やそうなる理由がわからなくてできない子なんかもいる。こういうとき、言われてできる子よりも、なんでと考える子のほうが伸びるんじゃないかなって思う。

 たとえば数学なんかでマイナスにマイナスをかけるとプラスになるのはなんでと聞く子と聞かない子がいる。聞かない子からしてみれば、どうでもいいことじゃん、なるもんはなるんだからと思うだろうし、そんなこと知らなくても困ることなんてない。
 でも、その「なぜ」という疑問を考えるからこそ、物事の理解につながる。単純なことはできるのに、複雑になるとできなくなるのは理解しきれないで、ただ人に言われた通りにやってきたからだろう。ようは何事もマニュアル通りにしかできないってことだ。

 「なぜ」って考えることは物事の本質を考えることにつながる。さすがにどこぞの偉人みたいにりんごはどうしてりんごっていうの?とは考えないが、ちょっと疑問に思ったのならば、それを調べてみるのもある種の勉強じゃないのかと思う。

 ちなみにマイナスにマイナスをかけるとプラスになる理由は数直線を書けばすぐにわかります。
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September 16, 2006

 先日、新しいバレーボールシューズを購入。足がでかいせいで店においてなくて取り寄せとなった。今日それが届き、わざわざそれをとりにいくという二度手間。やってらんね…。

 買ったシューズをさっそくいつも使ってるシューズケースに…はいらねぇ。・゚・(ノд`)・゚・。
 しかたないのでわざわざケースまで購入。出費がかさむ。

 いつも思うが、でかいと得なこともあるがそんなことも多い気がする。電車乗るときは頭上注意だし、うごくと邪魔になるため結構回りに気を使うし、極めつけは宿泊施設の布団などの長さが足りない…。なんだそりゃ。

 でかいと運動する分には得なことも多いけど、日常生活では損なことが多いっていつも思う。でかいからいいなぁ…って言葉は結構ぐさってくるんだよ。
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 mixiをやってて思うことだが、みんな危機管理能力がなさすぎだろうと思う。何かといえば、個人情報の問題だ。俺も人のことをいえるほどではないが、俺のmixiをみてわかるのはせいぜい大学ぐらいで個人を特定されるまでの情報を垂れ流そうとは思わない。もっともそのせいで古い友人は俺がmixiをやっていることを知らない人が多い。

 これはひどいと思うのが、出身幼稚園や小学校などを晒したり、住所をほとんど公開してたり…お前らバカだろといいたくなる。いや、別にたかだか一個人の情報が出回ったところで関係ないとか、友人までにしてるとか言われるんだろうけどね。

 わかってる人も多いが、mixiはいまや安全でもなんでもない。


■たしかにそれがmixiだが

 たしかにmixiというのは招待制をとっており、普通にwebページをもってそこに個人情報を晒すよりははるかにましだった。名前検索により、あまり会うことがなかった旧友と再開したりできるだろうし、そういうことのために個人情報があった。
 だが、いまやmixi使用者は増えに増え、webページにたいした関心もなかった人が友達にしか見えないページみたいな感覚で簡単に作っている。だが、はたして本当にその場は安全なんだろうか?もうそんなことは到底いえないだろう。

 マイミクにしなきゃ大丈夫、と思ってる人もいるだろうが、まあそれはそれで置いといて、自己紹介文に個人情報を詳しく書いてる奴は頭がどうかしてるんじゃないだろうか?そこはマイミクにしてなくても誰でもみれるということを忘れてるんじゃないか?
 あと自分が晒さなければ大丈夫と考えてる人もあまい。個人的な友人の中にはそういうところが無知な人が多いかもしれない。そうなると、どういう形にしろもれる。そのうちこの辺が問題になるんじゃないかなとつくづく思う。


■mixiに晒すこととブログに晒すことの何の違いがある

 インターネット上に個人情報を晒す危険性はいまや子供でもわかってることだし、学校でも授業で言われる。個人情報は自分で守る時代である。だからwebページでは本人が特定されないぐらいのことしか晒さないし、そういう気をもてない人はもたなかったり、仲間内だけのページにする。
 でもmixi内では個人情報を駄々漏れにする人はやはり多い。「紹介制だから大丈夫」「マイミクにしなきゃいいじゃん」「たかだか俺みたいな一般人を特定しないって」「名前だけでなにがわかるんだよ」この辺のことをいうとよくいわれる返答だ。
 なぜmixiの中にそういう情報を悪用するやからがいないといえようか。たぶん誰かがそういう事態にならないと誰も危険を感じなんだろう。winnnyのときもそうだが、警告はされても誰も気にとめない。そんなもんだろう。結局それで後悔するやからがでてくるのだ。


 もっともみんなの言うようにたかだか一個人を特定してどうするというのはたしかなことだ。でも、特定されることによってなんらかの不利益を被らせる方法をいつかきっと誰か頭のいい奴が思いつき、悪用するかもしれない。
 ただの疑いすぎ、とか心配性とか思われるだろうが、出来る限りのことはしとくべきだろう。何か起こってから対策を練るのが日本人。起こる前に防ぐことを考えないのも日本人。常に最悪の事態を考えておくべきだろう。
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