2012年02月22日

共倒れないチーム

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行きつけのパン屋さんで、ecolocoライターの北原まどかさんにバッタリ。新オフィスが近いというのでおじゃまし、一緒にパンをかじる。

まどかさんは生まれも育ちも山形出身なのに、この土地のおじちゃんもママも赤ちゃんもイケメンも巻き込んで、なおかつ誰にもぶら下がらせないで、裸一貫でこの地に汗をかき、コツコツと土壌を耕している。

なんとなくなままこの地で育った私にとって、おざなりにしていた自分の体を大切にされているようで、次はこんな活動をする!とまどかさんが言えば、フンドシはいて神輿でもかつぐ!というような気分になる。

渦中にいる自分をいざ救い上げるのは、案外と渦の外にいる人だったり、自分の存在もまた、知らず知らずどこかの渦に風穴をあけたりするものなのだと思うから、ベクトルもファッションもDNAもバラバラなものが混ざりあう暮らしは、実に安全で自然なことであり、特大なチームワークにもつながっていると思う。
2012年02月21日

持ちこさない日々

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日記が1ヶ月続いてしまった。1週間くらいで、「ああ、これは10年いくかもな」と確信をもった。そういうの、はじめて。

これについて書くぞ!という気合もなく、一日のやるべきことをやり終えて、布団に寝転がって、その時に思い浮かんだことを無責任に書く感じなのがいい。たったひとりでも読んでくれている人がいると思うと、自分を棚にあげるのだけはやめようとクリーンな気持ちになれるのもいい。

結局なんだってそうだ。使ったティッシュはゴミ箱に捨てて、髪の毛が床に落ちたら拾って、食材はきれいに切り揃えて、庭木の変化に気づいて、スズメがきたら足音を小さくして、子どもが求めてきた時だけ心を向けて、夫をあてにしないで、そんな今ある、身近なことのひとつひとつを拾うことができてはじめて、真正面を向いて生きていると言える。

バタバタとしてしまった日があっても、そんなになってしまったのは何でだろーって今日のうちに自分を振り返る。風を切っていい気分になったり、明日へと持ちこす人生だけは、もう歩まない。
2012年02月20日

無言

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もらったにんじんを朝からポタージュにする。昨日の情景と、にんじんの甘さが重なって、ますますおいしく感じる。めぐり合いの素材を調理する喜びに勝るものってない。

なんだか、収拾がつかないくらいいろんなことがあって、いろんなことを考えちゃう一日。自分が発する言葉に敏感になりすぎてしまい、家でも外でもほとんどしゃべれず。発すれば発した分、自分の問いを自分に返してしまう。

これを臆病というのか、神経質というのか分からないけど、言葉がなくても通じるものはあるという真実が、自分を強くさせてくれているというのは確かである。

あまりに日なたぼっこ日和なので、日なたを見つけてお昼。顔がヒリヒリめちゃ痛い。
2012年02月19日

もぎたて

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春の陽気。あちこちから新芽がのぞいていて、あー生きてる、と全身が思う。洗濯物を外に干すか迷い、春なのに窓を開けるかどうかも考えてしまったあの時期、いつかまた気兼ねなくお外とつながれる日がきたら、風を思う存分あびたい、もうそれだけでいい、って本気で思った。夢はかなった。荷台がにんじんだらけのおじさんが、にんじんいるかい?とわけてくれる。今だとかじる。
2012年02月18日

父性

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ひさびさ晴天。川和保育園の父母の会の委員会へ。ここはホンネを言い過ぎたとしても守られる土壌がある。だからこそ甘んじず、タテマエを大切にしたい。

3号と園庭をさんぽ。ここにくればいつも動物たちがいて、焚き火があって、木々はのびのびと伸び、平和がある。

動物の最後をみとり、火を絶やさず薪を拾い、木々の成長を見守り続けている人がいるから、誰もが安心してスタートをきれる。
2012年02月17日

湯水

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出費が重なる時って、なんでこんなにっていうくらい重なる。どんぶり勘定すぎな私でさえ、この湯水っぷりだいじょうぶか!とちょっと心配になるほどの重なりっぷり。

「貯金って、将来的にいくらくらい貯めておけばいいんだろ」と夫に弱気にたずねると、「やっぱ100万じゃない?」って真顔でそれまた強気すぎ。

こういう時こそ守りに入らず、湯水なら湯水らしくサラサラ流していこう!と、手短に開き直る。
2012年02月16日

オンライン

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誰とも約束しちゃいないのに、たくさんの人に会ったような気分の一日。
2012年02月15日

ともちゃん

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髪があまりにあんまりなので、ともちゃんに助けを求めに行く。モードパリスは風が吹いたらカタカタ揺れる近所の小さな美容室なのだけど、とにかくいい。今日も、たくさんのおばあちゃんで賑わっていて、パーマネントで忙しい店内。

ともちゃんと久しぶりの近況報告をしあいながら、髪をたくさん触ってもらい、しあわせな時間を過ごす。隣でおばあちゃんのタンがからめば、慣れた手つきでティッシュを差しだすともちゃん。

ツワリでつらかった時も、産後で毛がゴッソリ抜け落ちた時も、モードパリスに行けばともちゃんがいて、行けなければ来てくれて、もう私の髪は、健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、命ある限りともちゃんと共に歩みます。という感じ。

「ワイルドと言われすぎるのでおさえめに。そろそろ黒髪でエキゾチックを目指す。」と意味不明なリクエストをすると、「外見だけおさえめってなんか変じゃないですか?」と言われ、どちらをどちらに合わせるか一瞬悩む。
2012年02月14日

雨の中

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1号が友達とじゃれあい巨大なタンコブができたと学校から連絡が入る。夕方、相手の子のお母さんが雨の中お菓子をもってやってきてしまう。いやいやうちの子が悪いんです、いやいやうちが、と互いにペコペコ謝りまくり、子供たちは背後でヘラヘラしてる光景。まさか自分が参加する日がくるとは。

雨の中といえば、お助けウーマンの山田麻子さんが3駅も離れた場所までスキーウェアをかぶってなぜかママチャリに乗ってやってくる。今度は何がはじまったのかと聞くと、大きな瞳をパチクリさせてキョトンと首をかしげる。

数年前、モモヒキの上に毛糸のパンツオンリー&ヒールを履いて颯爽と歩いてる麻子さんに同じ質問を投げた時と同じ顔。相変わらずの謎っぷりだけど、いつも周りに気を配って、絶対にくじけた態度を人に見せないで、常に楽しみを見つけては飛びこんでいく姿に、元気をもらう。
2012年02月13日

ギフト

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明日はバレンタインだと、今知る。ギフトって、行事だから用意しようというより、先にモノに出会って、それにピッタリな人の顔が浮かんで離れず、時期を問わず渡したい時がタイミング、っていうのが多い気する。

モタモタしていると、モノの方が「早く持ってゆけ!」と背中を押してくることも。まさに今日はそれだった。行けてよかった。
2012年02月12日

七つ

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2号七歳。七十七になったジィジたちも招いてまとめてお祝い。超パパっ子が、うっすらと壁をつくりだしている成長。パパいちいちショック。ショートケーキ食べて、シールアートして、みんな明るく笑ってる一日。
2012年02月11日

ラク

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また誕生日。人が多いとその分イベントごとも多くなるとは知らなかった。父の喜寿と2号の七歳祝いの仕込み準備。メニューを考え、買い出し行って、キッチンに引きこもり。ホールより厨房がラク。

腰をおろさず連続の動きっぱなしがラク。ずっと動きながらずっと休んでる感じなのが疲れず。その分、ぐっと休める昼寝欠かせず。自分に合ったラクを見つけるとラク。
2012年02月10日

落ちつき

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友人と数年ぶりの再会。みんなのアイドルの彼女が、たったひとつの安らいだ愛に落ちついて、しあわせな報告をうける。魅力があるからこそ多くを惹きつけるし、体力があるからこそ何でも引き受けちゃうのだけど、そういう支え合いの関係って、一歩間違えれば身を滅ぼしかねない。

特に女が、ひとりで光っていたりなんかすると、金や性に狂ったおかしなオヤジ達がバンバン寄ってきたり、路頭に迷った影がコバンザメのようにどこまでも追いかけてくるから、目立っちゃうって本当に大変だろうなって思う。地味に小さく暮らすのが何よりのしあわせね、と今日まで生きてこれた奇跡を祝う。
2012年02月09日

土壌

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八つ当たりの八方ふさがりでゴツゴツぶつかっても、朝陽あびてホウキ。チリはちゃんと積もり、労働をさせてくれるありがたさよ。力まず、重心は低く、ステップを止めやしない。棒立ちで突っ立っていては、球はとらえられないのだ。

またしてもPTA定例会。誰がというものはなく、体質そのものが致命的なのは土壌がないというキツさ。「意見を言ってください」といわれて言ったところで、芯には通らない厚みばかりがすごくて、共に育っていくための土壌がない。

公立とは、そういうところだと分かっていて入れているので、わめかず悲観せず、静かに小さく波風を立てていくしかない。仕事は抜け目なくしっかりやる上で、上からの理不尽な要求には従わないとか、長を引き受けた御礼を受け取らないとか、おもしろくもない話題の時は微塵も笑わないとか、味方はつけないとか。

今日は青子さんの誕生日。生きてさえいりゃどうにかなるのにさー!会いたいよー!と何度も何度も想う。
2012年02月08日

甘え

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ああもうほんとうに、なんだってこんなにも自分をサボれない人生なんだ。と、ちょっと八つ当たり気味な一日。いつでも降りることはできるし、誰にも何も要求されてないけど、引き受けたからにはコツコツと、全部をやり続けていくしかない。

私には八つ当たる先もないし、悩みを相談する人もいない。逃げ道をつくったところで、結局戻ってくるのは自分自身だから。

ハーレーのおじいちゃんが、あったかい手でよしよしと頭を撫でてくれることを想像するだけで、涙腺が熱くなる。眠いし、甘いものを欲するし、きっと生理が近いんだ。
2012年02月07日

サービス

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場所を変え表参道ヒルズで打ち合わせ。吹き抜けからすぐもうそこに見えている、あのカフェに行こう!と目指すも、なぜかグルグルと奇数階についてしまい、もう一度グルグル迂回し、やっとそれっぽいエスカレーターに乗ると、あー!と一段ゆき過ぎちゃったり、辿りつかないハムスターみたい。

みんな一ヶ所にまとめて、コンベヤーを行き交わせて迷子にさせて、できるだけ長くたくさん見てもらえ!というモールっぽいのって多いけど、本来のサービスって何をもってサービスというんだろう。

そこにお互いの時間やお金を費やさなくても、そんなに頑張って引きとめなくても、私たちがやれることは正真正銘の真実を、ただまっすぐにシンプルに伝えていくだけのこと。オレたちにウソはない!ハンディなしの実力勝負だ!という強きな企画会議。
2012年02月06日

非日常

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東京音頭モード仕様にビシッと服装をきめてみるものの、無邪気な3号を保育園に送るころには、もれなく鼻水とヨダレがついているという日常。そしてこれから、非日常のプランを練りに向かうという現実。

鼻水やヨダレの日常から、ちょっと離れる非日常。鼻水やヨダレがない非日常な空気に包まれて、鼻水やヨダレの日常へと帰る。

いったりきたりしながら、だんだん日常の中の宝物に気づくようになって、いつの間にか非日常も日常の一部になる。そんなふうに、いつでも日常に帰してくれる非日常は儚くて尊い。
2012年02月05日

食卓の悩み

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豆まきしないのかとしつこいので豆まき。鬼役をしたがる1号2号に豆を投げると、鬼のように豆を奪い合って食べまくる鬼のような光景。福は内を言い忘れる。

朝起きると、朝ごはんは?と聞いてくる。正午になると、昼ごはんまだ?と聞いてくる。夕刻になると、夜ごはん何時?と聞いてくる。「いつからそんな規則正しくなったの!そんな子に育てた覚えはありません!」と言っても義務教育を三ヶ月も受ければ人間こうなる。

「どうせならまとめて効率よく調理」というのも、「みんなで囲ってシェアし合う素晴らしさ」も、「一日のたのしみなイベントの一つ」なのも分かる。けどこの規模で、この程度の肉体労働で、休日まで一日三度も必要なの?と思ってしまう。

私個人は、一日中ちょこちょことスズメのように素材をつまみ、昼くらいに普通に食べたり食べなかったりして、夜は無しか、たまにお酒と美味しいもの一点あれば万全。一人前作るも十人分作るも一緒だし、一日十食でも作ろうと思えばゼンゼン喜んで作るけど、食べるも作るも、作業っぽいエサっぽいのだけはなんかいや!

と叫んでみても、一日三度じっと待たれる。ので、しっかり作る。そして自分だけビールと三日間漬け込んだタンドリーチキンを台所を片付けながらチビチビ味わう。けどそれはそれで全体的になんか変。一体どうしたらよいのでしょう!
2012年02月04日

長の心得

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PTA定例会。ノリで引き受けた委員長から一年。何がすごかったかと言えば、「献身的でヤル気ある本部」と「やりたくないけど、ジャンケンで負けてしまったお母さんたち」との格差。そのテンションの違いたるやすごすぎて、「これがPTAか!」と一番にびっくりした。

私もジャンケンで負けちゃった1人で、なおかつ誰もが避ける一番大変というウワサの委員会にあたり、同じような境遇同士が集められた末端の空気が漂いまくる雰囲気からのはじまり。みんな自分のオーラをただちに消して、できない理由を深刻に言えたモノ勝ち的な、いつまでも進まないあの感じ。早く帰ってごはんを食べたいだけの理由で衝動的に引き受けた委員長。斬新な経験であった。

まだ終わってないけど、ほぼ終わって思うことは、人の事情を人は理解しないということ。理解してるように見えても、本当のところまでは理解できないということ。すべての人が、それぞれの事情を抱えて自分の生活を守ってるわけだから、それって間違ってないと思う。事情に大も小もない。

「長」がつく仕事を引き受けるものの心得は、自分が動いてることを動いてるように見せないこと。動けない人に動けないことを恥じさせないこと。いかに人から「ありがとう」と言われずにいること。ひとりで抱え込まないこと。健康でいること。それってPTAに限らず、あらゆる集団活動において言えることだと学ぶ。
2012年02月03日

改善

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2号が見るからに悲しみを背負って帰ってくる。またもや仲間はずれになったらしく、この世の終わりのような、地に重心を奪われたような面持ち。

二人きりだと普通の子が、三人になった途端にいきなり豹変して誰かを一人にするあれ、集団が創り出す想念の渦みたいなものなのだろうか。

ママも何度も経験あるよ。まみこちゃんキャンディキャンディねって抜擢されて浮かれてたら、兄妹役だかなんだかにいきなり手荒くされたりさ。悲しいよねー。と、おやつをバリバリ一緒に食べて忘れる。

ひとまずその、テキトーすぎる男ものの軽装と、いつもボサボサのオカッパ頭、少しは手をやいてあげた方がいいのだろうかと、風呂あがりにブラッシングしてあげてみたりする。これを毎日やるだなんて、弁当づくり並みに大変!女ってどこまで自分を忙しくすりゃいいの!
2012年02月02日

得手不得手

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ふりかえれば長いこと、企画屋とおこぼれ屋として食べてきている。真理と現実をトータルで理解し、骨を組み立て肉づけし、根をはっていく作業を手伝うのは、何の苦もなく限りなく稼動するし、ボスに求められるニーズはいつもそこにある。

おこぼれ屋というのは、誰もやらなかった隙間をこっそり埋めたり、食い散らかしを拾う、チョー地味な後処理仕事である。企画とおこぼれは常にセットなのである。

一方、ひどく苦手なこともある。モデルケースを挙げてパターン化させるタイプの仕事と、数字とトレンドを追う仕事である。ここに入ってしまうと思考も身体もピタリと止まり、まったく使いものにならない、おたんこなすウーマンとなる。

できるボスの特長は、それぞれが生きる場面に人を生かす才能があって、なおかつそこだけにとどまらせず、苦手な世界も僅かながら覗かせておいてくれる人だと経験から感じる。

私から見れば大変な仕事だなと思うけど、ボスはボスなりにボスに向いたことをやってるので、たぶんそこは苦もなくできちゃってるんだろうとも思う。本当に大変な仕事というのは何ごとも、誰も見ていないところにある。
2012年02月01日

あいうえおえかき教室

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絵描きのさぶちゃんがベレー帽をかぶり、リュックと赤ちゃんを背負ってやってくる。
カラフルな画材がパッと広げられ、2号とのセッションがゆるくリズミカルに流れる。

目的はお絵かきと決めたならば、とにかく着席して大人の教えを受けないとダメみたいな雰囲気も、伸ばすも摘まぬのコントロールも、あいうえおえかきにはない。

「なんだかよく分かんないけど、おもしろかった〜」っていうのが、本来の学びなんじゃないかって、むしろそこなんじゃないかって、わりと本気で思う。明日はないかもしれないと思えば、なおさらそう思う。

すばらしいラインを描くこと以前に、たのしく描いている大人に触れることが子どもの希望であると、子どもより夢中になっているさぶちゃん先生を見て思った。
2012年01月31日

クオリティ

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ひさびさに3号登園。やっとこさ専念。昼メシは家族の誰もが喜ばない牡蠣のクリームスパを自分のためだけに作る。

腰をおろして好きなものを食べれたり、仕事に集中できる状況をもてたってだけで、その後の馬力でる気やる気。奉公先で赤ちゃんをおんぶしながら、窓の外からこっそり授業を聴けちゃったような生きる意欲感。

このスブリの行く末は分からずとも、全部が新しいひとふりひとふりをスブリ続ける。
身につければ身につけた分だけ身になっていき、確実に動きのキメは整っていく。
あとのことはもう自由勝手に身にまかせるのみ。
2012年01月30日

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1号と3号と本屋に寄る。ベビーカーもイヤ、抱っこもイヤ、手をつなぐのもイヤ、赤ちゃん用の堅い本もイヤ、書棚から激しく本を抜きまくる3号。むりやり抱っこスリングの中に押し込むと、バネをきかせ、うなぎのように空中ジャンプ。仕方なく階段を百段ほど登らせ弱らせるも効かず。さけるチーズをさいて垂らすと一瞬おとなしくなったのでそっと餌づけていると、本屋で飲食はダメよと小さな女の子に叱られる。

1号は立ち読みの世界にズッポリ。まさかの読書家が誕生するかも・・、と妙な期待をキュンと抱く。やはり読書家はこれだろうと無根拠に「トムソーヤの冒険」を名作コーナーから取って渡すと、とても地味にイヤがられる。きっと、こういうことを親がやっちゃいけないんだと察する。

子どもが絵のない本に興味をもちはじめるきっかけって、どういう瞬間にあるんだろう。自ら手にとり最初のページをめくる扉をクリアする人と、しない人の違いはどこにあるんだろう。

後者のため未知だけど、本は、英語とかスペイン語といった言語のひとつみたいなものなのかなという印象はもつ。英語が分からなくても、おおよそ会話はできるし不自由ないけど、分かればもう少し先の方まで相手を理解することができる。だから私も、本を自然に読める人になりたいなあと、長い目で思い続けている。

ちなみに夫が人生で読みきった本は一冊きり、「禁煙セラピー」である。それで見事にタバコをやめた。
2012年01月29日

風邪

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だいぶ高熱下がり食欲上がり青っぱなに変わる3号。いい兆し。大体いいので、湯船に浮かんでさっぱりしてすっきり。さらに前進。

自ら治ろうという力を奪わない。治りを早めようと焦らない。弱まる自分に酔いしれない。必ず治るという信じこみだけで、大方よくなる。

意欲が出なければ、ひたすら寝る。寝まくって半分死んで、生まれ変わる日をたのしみに待つ。いつかよくなる。