2008年11月02日

京都府は鰆(サワラ)の漁獲量がここ2〜3年間日本一になっているそうです。

岡山県では県の魚に指定されているそうですが、ここ丹後地方では、あまり食べる習慣がないようです。

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しかし、あまりクセがなく白身であっさりした味ですので、お子様も抵抗なくたべられると思います。

丹後町の間人で、さわらのへしこをつくっているということで、買ってたべてみました。これが結構おいしい!

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そんなに辛くなく、あったかいご飯にふりかけて食べるとこれがまた格別です。

みなさんもぜひ試してみてください。



otyasan1955 at 13:01コメント(1)トラックバック(0) 

2008年09月28日

同じ、神谷太刀の宮の境内に参考館があります。

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この参考館は、慶応四年(明治元年)五月(131年前)に設置された旧久美浜県の県庁舎の一部分で、久美浜の明治初年の歴史を語る建造物です。
慶応四年正月、京都のの鳥羽、伏見で薩摩、長州連合軍と幕府軍の戦い(戊辰の役)が行われる中で、山陰、伊王野治郎左衛門(烏取藩士)県判事、松本麟太郎(松本藩士)他四十名余が赴任、旧久美浜代官所、生野代官所支配地その他社寺領など丹後、丹波、但馬・播磨・美作の五国を管轄しました。(管轄地約二十三万石余。)


棟礼銘文によると、旧代宮所は手狭かつ荒慶し、翌明治二年秋、管内の救窮も兼ねて新庁舎の造営工事が始まり代官所跡地を広め約七千坪の敷地に、三方に溝川を流し、丹後国与謝郡大原村(現岩滝町)大工棟梁高岡豊助義為、木工棟梁久美浜田辺屋又平らの職人により、江戸時代武家屋敷様式そのままを受継いだ木造丹瓦屋根の庁舎で、正面に総ケヤキ造りの「薬医門」と言う種類の正門(豊岡市文化財に指定)県舎、官邸、馬舎など「御役所」「御玄関」「御台所」の三棟の建物が渡り廊下で接続される総建物面積約四百坪余の雄大な構えを見せる県舎が明治三年五月五目に完成。
明治四年十一月、久美浜県廃県、豊岡県設置にともない新築されたばかりの庁舎一切そっくり移築されるることになりました。


明治9年八月二十一日、豊岡県廃県、管轄地は兵庫県、京都府に分割。
建物は城崎、美含郡役所として使用、大正十二年、郡役所が鉄筋コンクリート造りに新築されることになり、久美浜町有志、特に当時神谷神社宮司佐治正章氏(大正十二年発刊の熊野郡誌主任)により、県庁舎玄関棟の一部を神谷神社(太刀宮)の隣接する地に再移築、太刀宮社務所兼、当時は丹後、但馬の唯一資料屋示室であったが、戦後、新設された久美浜簡易裁判所庁舎として使用。


資料屋示室を廃館、裁判所が新庁舎に移転と共に太刀宮の祈祷殿として使用されているが、外観、特に正面式台付近のたたづまいは旧久美浜県庁舎のおもかげをよく伝えており、それにしても雨露と歴史に耐えて、よく残り、明治初年における武家屋敷の流れを引く役所建築は全国的に少なく遺構として貴重です。
昭和六十年五月に府の文化財に指定されている。



otyasan1955 at 09:15コメント(3)トラックバック(0)地域の話題歴史 

2008年09月27日

秋といったら、祭。久美浜の祭は、神谷太刀の宮の祭礼。

今年は、10月12日(日)。久美浜駅のすぐ近くに神谷太刀の宮はあります。

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「日本書紀」によると10代崇神天皇は、丹波平定に丹波道主命(たにはのみちぬしのみこと)をつかわしたとのこと。

丹波道主命は丹後平定に際し、出雲の国より八千矛(やちほこ)の神を迎えて神殿を創建。これが神谷神社の創始だそうです。

丹後平定後、丹波道主命は丹後に留まり、豪族川上摩須の娘を娶り、一男五女をもうけた。丹波道主命の死後、その恩徳をしのび、社殿を造営、その宝剣「国見の剣」を神の御魂として奉ったことから「太刀の宮」といわれるようになったといわれています。久美浜の地名はこの「国見の剣」から起こったとも。いわれています。

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現在の本殿は、天明元年(一七八一)八月六日棟上の神事、同年九月七日に運営祭が斎行。大工棟梁は、久美浜町本町、谷口長兵衛他八人、彫物師は京の長谷川勘佐、金物は京の錺屋藤兵衛らが担当。
本殿は、桁行二間、梁行三間、入母屋造、檜皮茸の妻入で、一間の向拝を付け、円柱上に台輪をのせ尾垂木付三手先組物で丸桁を受けて、柱間中備にかえる股を置いた。
二重垂木の軒を支え、向拝上は連三斗を三段に組んで桁を受けるという独特の手法を用い、軒唐破風を付属させており、「太刀宮造」と称されて、この地方では類例のない神社建築であるとのこと。
本殿のつくりは、出雲地方に多い大社造りの系統を引き・四周に縁をまわすのも大社造りの特徴。

意識的に見ましても、向拝の竜彫刻、各種の動物の丸彫の木鼻の精巧な彫物群が、虹梁や海老虹染に彫られ本殿内部は格天井を張り、一枡一枡に絵様が施され精縺繖な組物と相俟ってすばらしい効果を上げています。
昭和六十年五月府の文化財に指定されています。

「神谷神社」と「太刀の宮」はまったく別の社でありましたが神谷神社が大破するに及び、太刀の宮に合祀し、神谷太刀の宮と呼ぶようになったといわれています。

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otyasan1955 at 19:55コメント(1)トラックバック(0)地域の話題 

うちの庭に咲いていた花を撮影しました。

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何の花だかわかりません…

オクラもたくさん食べました。

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こうしてみると結構きれいな花です。

秋の味覚の一つ。クリ。

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拾ってきました…。



otyasan1955 at 12:37コメント(0)トラックバック(0)季節 

2008年09月23日

秋本番!

秋といえば、運動会。運動会といえば、応援合戦。

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各区趣向を凝らしてなかなかのものです。

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日ごろの、生活から開放されて、この日ばかりは、羞恥心もすてて、みんな一緒に楽しみました。

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otyasan1955 at 21:17コメント(0)トラックバック(0)地域の話題イベント 

2008年09月21日

京丹後市の最北端、聖徳太子の母の町丹後町間人(タイザ)で、観光協会の青年部を中心とした若手の実行委員会の方々がわが町のよさを見直そう!と「こころ灯籠祭」を開催しました。

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9月の中旬から町内の各集落に灯籠を置き、いつも見慣れた町並みを灯籠のほのかな明かりによって、幻想的な雰囲気をかもし出すことにより町の演出効果を高め、町のよさを見直そうとしたもの。

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灯籠は織物の紋紙をイメージとし、それをくりぬき、「こころ」の文字をうかびあがらせたもの。

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9月20日(土)祭りのクライマックス、立岩のライトアップ。地元の日ごろ見慣れた立岩もこんなに、演出により雰囲気が変わるもの。

私たちも、町に対する見方をすこしかえるだけで、こんなにも雰囲気が変わり、認識もふかまるのではないでしょうか?

今、ふるさと回帰、地域の力の再生をさかんに言われていますが、原点にあるものは、何気ないものも、振り返って見方を変えてみたらその仲に、価値の見出せる何かが、あるのではないか、と思われます。

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竹野川河口付近では、灯籠流しも行われました。

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夕日をとってみました。(丹後町砂方付近)

 

 



otyasan1955 at 20:24コメント(0)トラックバック(0)イベント地域の話題 

2008年07月10日

1年以上になるでしょうか?

ほったらかしにしていました。

久し振りに職場で、ブログが話題になり、実はボクもブログをもっているんだ、ということを暴露してしまい、すこしはやまってしまった…

と後悔してしまったけど、この機会にちょっとアップしてみようかなと思い、投稿してみました。

久々なので、やり方を覚えているかどうか…

うまくアップできたらいいのですが…

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この写真は我が家の息子と娘が通っている学校の学園祭の写真です。

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学園祭のフィナーレの沖縄修学旅行で体験したエイサーです。

 

 

 

 

 

 



otyasan1955 at 10:56コメント(3)トラックバック(0)プライベート 

2007年03月13日

3月10日、11日の土日に、京都府からお誘いを受けて、T・TAT地域連携交流会に参加してきました。

この会議は、T(丹後)T(但馬)A(阿波)T(土佐)の元気もんが集まって、日頃の活動をなどをお互い交流したり、意見交換をしたりする交流会です。

我が、丹後からは、私(百珍の会)、鳴砂の保存会、常吉村営百貨店の3団体が参加しました。遠くは土佐の馬路村からも参加され総勢50人の交流会でした。

みなさん、やはりいろいろと考えて工夫してやっておられることがよくわかりました。たまには、こうして出かけていって、いろんな人と夜な夜な話しをして刺激をもらわないとイカンな、とつくづく感じました。

共通していえることは、やはりみなさん活動を楽しんでいらっしゃることかな…と感じました。やりたいことをやる、これが活動の基本かな…と改めて思いました。

そうしないと続かない。

また、交流・宿泊させていただいた施設は昨年8月にオープンしたばかりの京都府の施設「京都府立丹後海と星の見える丘公園」にあるセミナーハウス。

ここは、NPO地球デザインスクールという団体が指定管理者となって運営されています。全て、自然と環境に配慮されている施設で、しっかりとコンセプトをもって自然のこと、地球環境のことをアピールしていこうと活動されています。

今後も、注目していきたいな、と感じました。

 



otyasan1955 at 09:29コメント(1)トラックバック(0)意識改革 

2007年03月07日

久々の投稿になりました。すこしサボりだすと遠ざかってしまいます。

人間ってホントに怠け者です。自分だけですね、他人まで括ってはいけません…

さて、久美浜百珍の会特産品部会では、春休みに特産品フェアを開催します。

是非、遊びにきてくださいネ!

特産品フエア



otyasan1955 at 15:35コメント(2)トラックバック(1)イベント 

2006年12月20日

高龍全国駅伝12/16日土曜日、山口市で行われた全国中学校駅伝競走大会で郷土の代表として高龍中学の駅伝チームが見事な走りを見せてくれました。

全国的な、胃腸風邪の影響で、体調管理が難しかったようで、棄権チームが続出、力をフルに発揮することの難しさを感じさせられた大会だったのか、と感じました。

しかし、田舎の小さな中学校でもこんなにも力を出せる発揮できるということを、改めて感じさせられました。

全国各地で、青少年の痛ましい事故、事件が多発する中で、ホントにさわやかな師走の風を吹かせてくれたことに感謝…。

この経験をバネに、将来に活かせてほしいと思いました。(写真は京都新聞記事)

 



otyasan1955 at 22:55コメント(3)トラックバック(1)地域の話題 
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