台湾自転車一周

2017年04月15日

4/15 試乗会

やまもとです。
右の踵が痛いのであんまり練習できてません(言い訳)

今日の試乗会は4人の新入生が来てくれました。4分の3が見覚えのある顔
先週は猪名川の河川敷に行ったので今回は高山。
我々のホームコースな訳ですから新入生に紹介しないわけにはいかない

土曜日ということもあって自転車も車も多かったです

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みんなよく走れてました。多少差を感じるところがあった人もいるかもしれないけど、そんなものは自分次第ですぐに埋めることができます。
帰りは雨に降られてとてもつらかった。
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公民館で集合写真。2回生2人のポーズは去年の試乗会の時の僕のマネだそうです。
脚の開き具合が足りませんね。もっと腰を落として胸も開きましょう。ドヤ顔ではなくて笑顔も忘れずに。
ある意味2人の味が出ているのかもしれませんがこれでは2人ともブルゾンちえみの取り巻きにしか見えません。
精進してください。

試乗会は来週以降もやってるので(来週土曜はレース観戦になるかもしれません)興味のある方はouccracer@gmail.comまで連絡ください。
平日でも都合の合う部員がいれば対応します。

みんなからのメールを部員全員心待ちにしております。

それでは失礼します。

ouccracer at 23:41コメント(0)トラックバック(0) 

2013年01月29日

先日台湾から環島認定証と記念の水晶トロフィーが届いた。認定証には自分の通ったルートと記念写真が記載されていて、水晶トロフィーとともにクオリティが高い。これはいい記念品!IMG_0193
また、中華民国自転車協会のHPの環島名人堂なるものに名前が記されたので、これを機会に台湾一周自転車旅行についてまとめようと思う。

【台湾一周】
GPSを借りてログを刻んでいくことにより、自転車で台湾一周したことを認定してもらえるという制度がある。IMG_9346
インターネットからもリアルタイムで現在位置が検索できる。ご褒美に上記の品がもらえる。
今回お世話になった中華民国自転車協会の他にもGIANT関連の自行車新文化基金会も同様の制度を実施しているが、前者のほうがログもインターネット上に残るため達成感がある。

【走行ルート】
GPSでの走行ルート
台北から高雄までの海沿いのルートは交通量も多く景色もあまりよくなさそうだったため、若干ハードだが中央山脈経由のルートをチョイスした。これが大正解であった。詳細は過去の記事で。7dc6dc05.jpg
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1日目:25km
2日目:115km
3日目:95km
4日目:125km
5日目:165km
6日目:110km
7日目:65km
8日目:0km
9日目:170km
10日目:230km
11日目:240km
12日目:0km

計:1340km

前半はアップダウンが激しくなかなか距離が伸びず、中盤で風邪を引いてしまい、そのしわ寄せが終盤にきてしまった。今回は中央山脈を走破したため走行距離が伸びたが、通常台湾一周と言うとやはり海沿いで距離にして1000キロ程度。ショートカットもでき、台湾を1周している鉄道路線もあるので輪行もしやすい。バス輪行も可。f43244f4.jpg


【治安】非常によい。個人的には日本とあまり変わらないと感じた。世界一といってもいいほどの親日国なので、日本人とわかると急に笑顔になり親切にしてもらえることが多い。IMG_9875


【予算】出発前のいろいろなトラブルで予定の飛行機に乗れなかったりしたが、通常通り行けば航空券は往復3万弱で済んだ。台湾国内では贅沢しなければ1日あたり3000円程度で十分旅行できる。物価は大体日本の3分の1から半分程度。台湾までの移動費を含めても国内旅行するより安く済む。cca903b9.jpg


【言語】台北などの都市部ではだいたい英語が通じる。台湾では日本語が外来語として定着しており、「ありがとう」や「ちょっと待ってね」等の日本語はみんな使えると言っても過言ではない。大学教育では日本語は第2外国語として1番人気らしい。地方では日本の統治下にあった影響からか日本語がお年寄りを中心に驚くほど良く通じた。412a2512.jpg


【食事】めちゃくちゃうまい。基本どこで食っても美味しい。1日目のブログにも書いたが、台湾の中華料理は世界一だと思う。
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都市部で毎日開かれている夜市は活気があり非常に楽しいのでお勧め。レストラン探しはiPeenという台湾版の食べログを利用した。補給食としては、セブンイレブンやファミマなどのコンビニが山間部を除いて日本並みにあるので、ハンガーノックの危険性は少ない。

【インターネット】宿にはほとんどWi-Fi環境がある。3G回線は桃園国際空港には携帯キャリアのカウンターがありプリペイドSIMが売られている。台灣大哥大、中華電信、遠傳電信 の三社があり、台灣大哥大が日本で言うドコモ的な感じで地方でも繋がりやすいとのこと。今回は10日間パケットし放題で800元のプランを利用した。SIMフリーのスマホやモバイルWi-Fiを日本から持って行くことをおすすめする。a0112888_1072052


【気候】12月という走りやすい季節を選んだが、3000mを超える山間部も走ったため、熱帯にいながら0度に近い気温も経験した。高度の上げ下げを繰り返し気温変化が激しかったため風邪を引いてしまった。海沿いの平地では最高気温は20〜25℃で、日が暮れると半そででは少し肌寒い程度。雨の日も全工程の3分の1と多い印象。台北の天気予報はほぼ雨が続いていた。IMG_0035


【自転車屋】今や世界一の自転車生産を誇る台湾だけあって、自転車屋は非常に充実している。そのほとんどがGIANTでMERIDAがちらほら。IMG_9688
日本で買ってもコスパの高いGIANTであるが、台湾で完成車を買ってくると3分の2程度で済むとか。
台湾自転車購入レポート
警察の交番がジャイアントと提携して自転車のエイドステーション的な役割をになっており、空気入れや工具などを貸してくれる。そのほかにも飲み水をくれたり、トイレも貸してくれる。IMG_9855


【飛行機輪行】
日本から自転車を持ってきたが、飛行機に乗せるときに追加料金はかからなかった。ただし、これは航空会社や路線によって追加料金を請求してくるところも多いので事前にチェックが必要。パッケージングの仕方は人によってまちまちだが、自分の場合はなるべく分解しない。自転車は走っている状態のときが一番強度が高いのでに、分解してしまうとホイールのスポークとフレームが干渉してスポークが折れてしまうことがある。リアディレイラーは曲がりやすいので外してボトルゲージに巻きつける。あとはフレームをプチプチで巻いてぺらぺらの輪行袋にいれるだけ。10回程度この方法で飛行機輪行を行っているが、修理が必要なほど壊れたことは1度もない。

【地図】台湾1周用の地図が現地の本屋で売っている。IMG_0195
が、今の時代はGoogleマップでいい気がする。自分は荷物の軽量化のために必要な分だけ自炊してiPod touchにいれていった。

【交通事情】日本と異なり右側通行だが、すぐ慣れる。自転車の通行区分がはっきりしている。だいたい原付と同じところを走ればOK。都市部は車も多くマナーも劣悪で走りにくいが、そこさえ抜ければ非常に快適なサイクリングが楽しめる。都市部での交通事故は多いので十分に注意が必要(経験者語る)。IMG_9733
パトカーまで事故ってるよ…IMG_9852


【総評】飯はうまい!航空券も物価安い!景色はダイナミック!地元の人がめちゃくちゃ親切!治安もいい!
台湾は初めての海外自転車旅行の目的地として一番おすすめできる場所。もちろん旅なれている方にも、3000m以上の高地を走る機会はなかなかない(日本の道路最高所の乗鞍岳で約2700m)と思うので、是非とも自転車で走ってみることを勧めます。

次回は地球の裏側か!?卒業旅行として2月中旬からちょっと南米を自転車で走ってきます!

文責:今井

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2012年12月25日

台北市→桃園国際空港→関西国際空港→自宅


2011年3月11日に起きた東日本大震災に対する台湾の義援金は200億円を超え、その総額は世界一となった。さらに台湾の華視新聞とYAHOO奇摩が共同で行った調査によると、2011年で最も幸福な出来事として「日本への義援金が世界一」であったことを筆頭に挙げている。台湾には感謝してもしきれないほどだ。
この自転車旅行を通しても、多くの台湾人の愛に触れることができた。心からありがとうと伝えたい。


いつのまにか眠っていたようだ。目を開けると、見知らぬ、天井。「知らない天井だ…。」
自分は今病院のベットに横たわっており、救命救急病棟にいる。そして警察が事情聴取にやってきた。IMG_0091


〜〜〜〜〜〜〜〜

新北市と台北市の境界である台北市の看板を通り過ぎた直後、突然強い衝撃が襲ってきた。真後ろからだったので何が起こったがまったくわからなかった。気付いた時は目の前は堅いコンクリートだった。自転車とシューズは自分の元から離れていた。人々のざわめきが聞こえる。救急車のサイレンも聞こえてきた。

首を固定されストレッチャーに乗せられた。救急車で病院に運ばれ、CT撮影、レントゲン撮影が行われた。頭は打ったが意識ははっきりしている。足はどうだ?痛みはあるが折れてはいないか。血圧も正常。救命救急室はいつも見慣れている風景なので至って冷静だった。

しばらくして台湾自転車協会の会長さんがやってきてくれた。橋を渡りきったところで待ってくれていたのだが、自分がいつまでたっても来ないので心配になって戻ったら救急車が来ており、自転車が道路に投げ出されていたとのこと。原付に猛スピードで後ろから衝突されたらしい。自転車はめちゃくちゃになってしまったらしい。信じられなかった。最後の最後で交通事故に遭うとは。。。

一通りの検査が終わり、今まで休みなしで走っており疲弊していたことと、事故に対する絶望感もあり、一気に睡魔が襲ってきた。

3時間ほどたっただろうか、目が覚めて、医師の方から検査結果を聞くと異常はないよう。ホッと胸をなでおろし、事態の整理にとりかかる。会長さんに協力してもらい、日本の保険会社に電話で相談。日本に住んでいる台湾人の友人にも協力してもらい、帰国の準備に取り掛かる。飛行機のチケットもすでにとっているのでとりあえず帰国しなければならない。出発は昼の12時。今は9時。ギリギリだ。状況の把握も終わり、ベットから起き上がる。全身に激痛が走るが、痛みに耐えつつゆっくりと歩きだす。歩けさえすれば大丈夫だ。

会長さんの車でまずは自分の自転車が置いてある台湾自転車協会の事務所へ向かう。会長さんから話は聞いて覚悟はしていた。それでもこの姿を見たときは涙が止まらなかった。
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5年間付き添ってくれた愛車は無惨にも大破していた。 子供のころから憧れており、初めて買ったロードバイクで、走行距離も3万キロを越え苦楽を共にして来た。それだけに最も愛着が湧いていた。自分の身代わりになってくれたおかげで自分は軽傷で済んだのだ。そう割り切るしかなかった。

カメラも事故で壊れていたが、会長さんと事務所の前で記念撮影。
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自転車を車に乗せ、桃園国際空港に空港に急行。1時間強で空港に到着した。
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会長さんに感謝と別れの言葉を告げてチェックインカウンターに向かう。締め切りギリギリでチェックインを完了し、お土産も選ぶ暇もなく、色々な人の手助けを借り、足を引きずりながらであるが予定の飛行機に搭乗することができた。

2時間程度のフライトで日本に帰国した。飛行機の中で隣の席のベトナム人の留学生と仲良くなった。
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自転車を自分の力で運ぶのは不可能であったので、自転車部の後輩Fになんばまで車で迎えに来てもらう。「俺、完全に脱オタしました!」とのたまうイケメンのプリウスではなぜかアニソンがエンドレスリピートされていた。卒論で忙しいときにわざわざ迎えに来てくれてありがとう。いい後輩を持ちました。
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数多くの人の力を借りて無事に帰宅。人間自分一人では生きてはいけないんだなと実感した。


お金では変えられない大切なものを失ってしまいましたが、この旅行を通して様々なことを経験し自分の糧になりました。これからもめげずに頑張って行こうと思います。

計画の段階から旅行後まで色々相談に乗っていただき、中国語で台湾のいろいろな組織と連絡をとっていただいた林さん、
台湾自転車一周を経験済みで、台湾の地図や本を譲っていただき、旅行中もTwitterやFacebook等で応援していただいた山口さん、
赤ジャージを譲っていただき来春にオーストラリアに自転車で世界一大きいハートを描く予定の高橋さん、
GPSを貸していただき旅行中もサポートしていただけ事故の事後処理も手伝っていただけることになった台湾自転車協会のみなさん、
TwitterやFacebookで励ましの言葉をかけていただいたみなさん、
台湾自転車旅行中に出会った台湾人のみなさん、
本当にありがとうございました。

現在我很元気
日本的朋友、謝謝你!
台灣的朋友、謝謝你!


文責:今井

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2012年12月23日

鳳林→台北 240km

いよいよ今日は台北に向けて台湾自転車一周のラストラン。そのコースは最高で標高約600mの峠を7つほど含む240kmの予定。まさに試練の7番勝負!これなんてグランツール?
今日の天候は風はないがあいにくの雨。昨日のような強風より随分ましか。しかしいざ走り出すと身体の節々が痛い。これが終わったら死んでもいいからただひたすら全力で行く!と気合を入れて出発。

しばらくして本来なら昨日のうちに到着したかった花蓮に着いた。ここは台湾東海岸で一番の都市。しかし観光名所らしい観光名所は見当たらず、いかにも田舎という感じ。それくらい東海岸は開発が進んでおらず寂れている。しかし、ここは台湾!うまいものは何処にでもある!ということで早速腹ごしらえ。
ワンタンスープ!
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肉まん!
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ここ公正包子の肉まんが美味しすぎたので5つほどさらに補給食に買って行く。ここで自転車乗りにも遭遇。

花蓮から台湾一危険な道路と言われる蘇花公路へ。IMG_0024
最悪なことに視界が遮られるほどの土砂降りになってきた。体力的にも精神的にももうボロボロ。まさに逆境。

逆境とは…思うようにならない境遇や不運な境遇のことをいう!!
ひとつ! 男はイザというときにはやらなければならない!!
ふたつ! 今がイザというときである!!
そしてみっつ! おれは……おれたちは男なんだッ!!!
〜『逆境ナイン』より〜

蘇花公路は台湾一危険な道路と言われるだけあって、道は狭く断崖絶壁で、落ちたら即海へといざなわれる。IMG_0036
さらに大型トラックが多くギリギリをかすめ、暗いトンネルが連続するまさに自転車にとって最悪の道。IMG_0029
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(自転車通行禁止ではなく端の一段上がった通路を通ってはいけないという標識)

その分景色は晴れてたら最高なのであろうが、土砂降りの雨はいつまでたっても止むことはない。IMG_0035
精神的に極限状態で、後ろから迫り来る大型トラックにも不思議と恐怖感がなくなっていた。ここで車に轢かれて台北まで救急車で連れて行ってもらえたらそれでもいいやとも思ってしまうほどだった。

そんな中、救世主が後方から現れた。ふくらはぎの太さが自分のふくらはぎほどで、太ももは自分のウエストほどあると思われる、まるで競輪選手のような体つきの自転車乗り。筋肉の付き方からしてかなり鍛えている。2人で協力して大雨の中先へと進むことに。空気抵抗を減らすため、後輪の水がはねるのもかまわずぴったりと後ろに付く。ペースが速いためそうでないとすぐ千切れてしまう。実際レース時のような千切れそうになる瞬間が何度もあった。一人旅は肉体的にも精神的にも避けたいので必死で付いていく。登りはさすがに自分のほうが体重の面で利があり、のぼりで待って平地で協力というパターン。途中の南蘇というところのセブンイレブンで休憩。IMG_0038
同じ自転車乗りだが、体つきがまったく違う。そしてきつすぎて目が死んでる俺。びしょ濡れの体を震わせながら、花蓮で買った肉まんを補給。大雨で体力が奪われる中、峠越えを敢行しなんとか最悪の道を乗り越えた。後々知ることになるが、この蘇花公路、自分が通った次の日、崖崩れで道路が流され通行不能になっていた。まさに自分自身だけでなく、道路までぎりぎりの状態であったとは。。。
蘇花公路が豪雨でがけ崩れ、復旧までに20日必要
崖崩れの瞬間。これはちょっとシャレにならない。。。

大雨の影響で川はかなり増水している。IMG_0045


宜蘭平原に入るといままでの豪雨はどこへ行ったのか、晴れ間が出てきて、七色の虹がかかった。
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花蓮で出会った自転車乗りと再開。
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かなりハイペースで漕いできたのになぜ抜かされているんだと思ったが、彼は蘇花公路は列車でパスしたらしい。それが普通ですよね(笑)。

雨は降ったり止んだりの状況でしばらく平地を流し、礁渓という温泉の町に到着した。ここが台北から逆算すると最後の補給地点。弁当でエネルギー注入した後、名物の葱油餅やパンを買い食いする。IMG_0063
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お腹いっぱいで今回は食べられなかったが、鳥を丸ごと一匹、窯で焼いたものも有名らしい。IMG_0076


十分腹ごしらえをした後は、台北まで最後の峠越え!最後の最後に北宜公路という九十九折の山道が待ち構えていた。ひたすらペダルを踏み続け、宜蘭平原の夜景を横目に高度をあげる。
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この山の向こうに念願のゴールが待ち構えているんだ…止まない雨なんかない。光を信じて。

一つ目の峠をクリア。展望台に登り夜景を見つつ、2つ目の峠に気合を入れる。IMG_0086


このころには雨は完全に止んでおり、山の向こう側の台北の方角の空が明るくなっていた。ただただその光に向かってペダルを踏みしめる。

最後の峠越えも気力のみでクリアし、後はただひたすら台北に向かって下るだけ。すると路肩に一台の車が止まっており、外には手を振る人の姿が。IMG_0090
旅行中にスカイプで連絡を取ってアドバイスをくれていた台湾自転車協会の会長さんが、台北まであと約30kmの地点まで迎えに来てくれたのだ!サポートカーとして誘導してくれるよう。心強い味方になってくれ、最後の気力を振り絞る。

山道を下りきって、市街地に入っていき、ゴールの台北市ははもう目の前。新北市という街で台北市に隣接している。道は街頭で非常に明るいもの、交通量は多くなってきた。

そしていよいよ新北市と台北市の境界である橋に突入!やった!ついにゴールの台北市だ!ここまでつらく長かった。しかしそれでも成し遂げたんだ!

台北市の看板を通り抜けたその瞬間だった。

強い衝撃とともに、突然地面に叩きつけられた。

そして次第に大きくなってくる救急車のサイレンが耳に入ってきた。


文責:今井

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2012年12月22日

旭海温泉→鳳林 230km

今回の衆議院選挙の民主党さながらの逆風が吹き続けた1日だった。

6時起き、7時出発で宿を後にする。今日の目指す先は260km先の花蓮。最初の峠を除いてほぼ平地なので日没ごろには着けるはず。その峠、壽峠も400mと、これまで3000m級の超級山岳を乗り越えてきた自分にとっては屁でもない。
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くるくる回して頂上に到着。
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台湾一周サイクリストの聖地になっているようで建物の壁やシャッターには所狭しと落書きがしてあった。順調順調!ちゃっちゃーとっ下って海岸線に突入!

…とここから地獄だった…。前方から物が飛んでくるほどの強風。
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平地無風なら30キロ半ばの出力で漕いでるはずだが、どう頑張っても時速15キロが限度。まだ花蓮まで200km以上残っている。ほぼ一直線で北上するため風向きが変化する望みは薄い。絶望感に苛まれながらひたすらペダルを踏む。しかし景色は最高。IMG_9907
海に多くの船が漂っており、でっかい漁船が多いなと感じていた。
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後から知ったが、実はこれ漁船ではなくすべて北朝鮮のミサイル警戒中の台湾海軍の艦船だと思われる。この日はちょうど北朝鮮がミサイルを発射した日であり時間もほぼぴったり。ここは東海岸の街、太麻里で、台湾で最も早く日の出を迎える場所であり、軍事的にも重要な場所なのであろう。風は一向に弱まる気配はなく、たまらずレストランへ避難した。IMG_9920
ここは台湾牛牛肉麺というお店で台湾全土に名が知れ渡っているほどの有名店。ここまでの疲れもあって、風の様子を見ながらゆっくり味わうことにした。IMG_9915
しかし、いくら待っても変化のない強風。風を避けるためにルートを変更して、強風が吹き荒ぶ海側ではなく山側の国道を通ることにした。多少のアップダウンはやむを得ないだろうが、今の状況よりましになることを祈って。

そのもくろみも大きく外れることとなる。山側に入っても風は変わらずアップダウンが増えただけ。もはや完全に気持ちが切れてしまった。
「何で自分はこんなことをやっているんだ。」「並行して走っている列車に乗ってもいいんじゃないか。たとえ列車を使っても台湾一周っていえるだろ。」「もうやめよう。そうしたら楽になる。」
このような考えが頭の中を駆け巡りながら、ただただペダルを踏んでいた。

そんなとき、同じように強風に苦しんでいる自転車乗りの姿が視界に入ってきた。IMG_9928
台湾人のサイクリストのカップルで、台湾自転車一周中と自分と同じ状況。何も辛いのは自分だけじゃないんだ。最後まで全力で行くしかない!気合が入り、ペダルを踏む足に力が入る。一度底辺まで落ちた気持ちを奮い立たせてくれるのは他でもない人と人との繋がりだ。この出会いは一生の財産にしなければいけない。

途中の台東では名物の釈迦頭のお店が道路の両脇にところ狭しとならんでおり、休憩がてら初体験の果実をほおばってみる。
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釈迦頭は12月の今がシーズン真っ盛り。シュガーアップルと呼ばれるだけあってめちゃくちゃ甘く、そしてクリーミー。実も非常に柔らかい。
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あまりにも美味しすぎたので日本に送ることを考えたが、すぐ腐ってしまうらしくあえなく断念した。

夕暮れも近づいたころ、開山という街に到着。
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この一帯は台湾で一番の米どころで、隣の池上という地域は日本で言う新潟県の魚沼米コシヒカリぐらいのブランド力が台湾ではあるらしい。ここでは今年の弁当選手権で弁当王に輝いたお店でそのお弁当を注文してみた。
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ごはんが見えないほどおかずがてんこ盛りで、ごはんもつやがあって甘みも十分ありめちゃくちゃ美味しい。
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それでいてお値段はなんと75元(約200円)。これがたった200円で食べられるなら毎日でも食べたいほど。いままであまり台湾のお米は美味しくないと思っていたが、考えを改めなければならなかった。

そしてお花畑を横目に見ながら池上へと向かう。IMG_9931
街に着いた後、まず向かった先は池上飯包故事館。IMG_9938
ここは台湾全国にチェーン店を構える池上弁当の総本店。1階は売店と食事のスペース、2階は池上弁当の歴史をたどる博物館になっている。IMG_9941
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そして、続けざまに本日2度目のお弁当。IMG_9943
おかずもご飯も美味しくて大満足してお店をでた。

さあ今夜もやってまいりました!ナイトライドのお時間です!今夜は特別版としてこれから4時間ぶっ通しで走り続けます!IMG_9936


目的地の花蓮まで120km近く残っている。足は完全に売り切れの状態…ケツももがれそうなくらい痛い…もはや気力の勝負。そして、眠い…東京〜大阪間を一日で走破するキャノンボールやってる気分だ。そのくらいきつい…大学に入学して6年間自転車をやってきたが、確実に1番きつい日だ。それでも何とか気力を振り絞り、熱帯と亜熱帯の境界である北回帰線を越える。
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満天の星空の中ひたすらペダルを漕いでいく。

夜10時半を回り、花蓮まで残り30km程度の鳳林という街で、明日のためにも中断することにした。宿は一晩700元。流石の私でもここから値切る体力は残されていなかった。明日の朝食にパン屋やんでパンを買ったらおまけにもうひとつパンをいただいた。街の名産であるらしいラム肉とチャーハンを食べて宿に戻り、朝日が昇るまで泥のように眠った。IMG_0006


文責:今井

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2012年12月21日

高雄→旭海温泉 170km

ほぼ丸一日寝込んだ結果、体調はだいぶ落ち着いた。宿のオーナーに感謝をしていよいよ高雄を離れるとき。
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かなりの余裕をもって計画した台湾自転車一周だが、さすが3日も停滞してしまったので、DNFが頭をよぎる。残り3日間で約650km。体調万全であってもきついのに病み上がりの身体では非常につらい。しかも地理的にはまだ3分の2近く残っている。しかしここであきらめたら男が廃る!今こそ根性見せるとき!男にはどんなに絶望的な状況でもやらなきゃいけないときがある!と自分を奮い立たせる。

高雄は自転車の街を推進しており、レンタサイクルの無人スタンドがいたるところにあった。
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プリペイドカードかクレジットカードで支払うことにより、借りることができ、返却場所はどこのスタンドでもOKというシステム。

途中、道の駅の自転車版もあり、ポンプを借りて空気を入れさせてもらう。IMG_9840


台湾は交通事故が非常に多く、スクーターの事故は日常茶飯事で、都市部では1日2回は必ず目にした。この日はパトカーまでもが事故っていた。
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絶対巻き込まれたくないものだ。

台湾9日目にして初めての海!
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香港から来たという台湾一周サイクリスト。
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海水浴場もあるが、冬のためか誰一人泳いでいない。
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全国の交番にはジャイアントが設置した自転車用の空気入れが置いてある。IMG_9855

今回はチェーンの潤滑油をもらおうとしたが、なんと出てきたのは拳銃用の潤滑油だった。IMG_9856

ありがたく使わせてもらい、なぜか記念撮影。フランスでテロリストと間違われた経験があるので、警官に写真とるよと言われたときはびくっとした(笑)。
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最南端に近づくにつれて、南国ムードがどんどん増してくる。IMG_9859


そんなこんなで念願の台湾最南端に到着!IMG_9862
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ここから台湾でもまだ開発があまり進んでいない東海岸に入っていく。ゴールの台北までまだ550km近くあるぜ。。。2日半で行けるのかこれ。。。と不安になりつつも今は前に進むしかない。日暮れも近づき、小さなアップダウンも身体に堪える。IMG_9870


すっかり日も暮れ、これからいざ峠越えというときに強風が吹きすさび、大雨になってきた。まさに突然の嵐。これ以上進むことは諦め、近くの交番に駆け込む。警察官の方に英語で話しかけるとなんと日本語で答えが返ってきた。山間部でも日本語が驚くほど通じることがあったが、東海岸の田舎でもこういうことが多いらしい。一緒にご飯までいただくことになった。IMG_9873
あまりレストランも見当たらないような僻地であるので非常に助かった。ありがとうございます。近くの宿で通常1000元のところ、朝食抜きと言うことで800元にまけてもらい投宿。ここ旭海温泉はその名の通り温泉がある。IMG_9880
内湯はちょうど工事中で入れなかったが、外の足湯らしき場所で全裸で汗を流すことにした。(写真は翌朝)
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深夜だったので人も来なかったし大目に見てください。

宿に戻って、屏東という街から来ていたサイクリストの集団の方々に食べ物をいただいてお話し、洗濯も済ませ、ベッドにもぐりこんだ。
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文責:今井

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2012年12月20日

25歳男性

【診断名】急性鼻咽頭炎

【主訴】発熱、頭痛、咳嗽、鼻汁、関節痛、全身倦怠感

【現病歴】12月3日より台湾を自転車で旅行中。3000mを越す高地を通過し、数度にわたる約20度を超える気温差を経験した。12月8日より全身倦怠感出現。12月9日より頭痛、咳漱、鼻汁が出現した。12月10日、38℃の発熱が見られ、関節痛も新たに出現したため、自転車旅行を一時中断し滞在先の高雄市内のホテルにて休養となった。

【経過】
アセトアミノフェン500mgを1日3回内服。経口補水液にて水分補給したところ、夕方には食事を取れるほどに回復した。IMG_9818
その後、台湾名物の夜市に赴き、パパイヤジュースや愛玉子、サトウキビジュースなどを摂取した。IMG_9823
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【今後の治療方針】
アセトアミノフェン内服は継続。自転車旅行も明日より再開にて経過観察。


文責:今井

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2012年12月19日

台南→高雄 65km

本格的に風邪をひいた。鼻水と咳が止まらず、頭痛が出てきた。東京からここまで一週間弱で0℃→20℃→0℃→20℃→0℃→20℃ときているから、流石に身体が急激な温度変化に適応できなくなってるのだ。しかも昨日は風邪気味なのに夜市で深夜2時まで遊ぶという無謀っぷり。それもこれも台南の飯がうますぎるのがいけないのである。今までは風邪薬でごまかしごまかしやってきたけど、薬がきれた途端これだ…今日は薬を補充して進むのは少しにすることに決定。宿のオーナーとしばらく談笑して12時ごろに重い腰を上げて出発。
名称未設定


近くの薬局で切れてしまった風邪薬を補給。
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魚や牡蠣の入ったお粥を食べてすこし元気を出す。
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台湾全土で最も格式の高い孔子廟で国家試験合格の願い事をし、補給食に肉まんや春巻きを買い込み、いざ台湾の大阪と呼ばれる高雄へ出発。IMG_9729
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風邪を引いている体に鞭打ってなんとか50kmほど離れた高雄に到着した。早速観光名所の蓮池潭を観光。IMG_9737
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カラフルな龍と虎のオブジェが口をあけてこちらを待ち構えている。何でも台湾では一番良い動物=龍、一番悪い動物=虎と信じられているので、龍の口から入り、虎の口から出てくると、災いが消えて、吉が増すのだとか。IMG_9754


観光が一通り済んだ後は、恒例の食べ歩き。ワンタンスープに酸白菜火鍋。
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劉家酸白菜火鍋では一人鍋だったが高雄随一の行列店だけあっておいしかった。しかし、2〜3人前だったので、風邪気味の体ではさすがに多く、完食はしたもののこれ以上はしばらく食べ歩きできない状態に。すっかり暗くなった後もお寺や高雄85大楼というビルの展望台に行って、観光を楽しんだ。IMG_9763
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風邪引いてるのにカキ氷を食べると言うアホさ。めっちゃうまそうだったんだもん!風邪引いてるからこそカロリー摂取しなきゃ!
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そして日本と見間違うような風景を少々。
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台湾の大阪と言われるだけあって、電脳街は日本橋を意識したものだった。
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台北で友人に買うお土産が決定した。台北にもヲタク街は必ずあるであろう。


本日泊まった宿は約400元(約1200円)ながら非常に清潔だった。しかし、宿泊客の外国人が国籍を聞いても話をそらし、「お前は日本の入国管理局に友達はいるか?」と聞いてくるような国籍不明の不審人物だった。これ以上関わるのは明らかにやばいので、明日には風邪が治っていることを祈ってベッドに入った。

文責:今井

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関子嶺温泉→台南 110km

八田與一
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八田 與一(1886年−1942年)は、日本の水利技術者。日本統治時代の台湾で、農業水利事業に大きな貢献をした人物として知られる。

1910年(明治43年)に東京帝国大学工学部土木科を卒業後、台湾総督府内務局土木課の技手として就職した。台湾では初代民政長官であった後藤新平以来、マラリヤなどの伝染病予防対策が重点的に採られ、八田も当初は衛生事業に従事し、嘉義市・台南市・高雄市などの各都市の上下水道の整備を担当した。その後、発電・灌漑事業の部門に移った。八田は28歳で当時着工中であった桃園大圳の水利工事を一任されたが、これを成功させ、高い評価を受けた。当時の台湾はまさにこういったインフラ建設のまっただなかで、水利技術者にはおおいに腕のふるいがいのある舞台であった。

1918年、八田は台湾南部の嘉南平野の調査を行った。嘉義・台南両庁域も同平野の区域に入るほど、嘉南平野は台湾の中では広い面積を持っていたが、灌漑設備が不十分であるためにこの地域にある15万ヘクタールほどある田畑は常に旱魃の危険にさらされていた。そこで八田は民政長官下村海南の一任の下、官田渓の水をせき止め、さらに隧道を建設して曽文渓から水を引き込んでダムを建設する計画を上司に提出し、さらに精査したうえで国会に提出され、認められた。事業は受益者が「官田渓埤圳組合(のち嘉南大圳組合)」を結成して施行し、半額を国費で賄うこととなった。このため八田は国家公務員の立場を進んで捨て、この組合付き技師となり、1920年から1930年まで、完成に至るまで工事を指揮した。そして総工費5,400万円を要した工事は、満水面積1000ha、有効貯水量1億5,000万m3の大貯水池・烏山頭ダムとして完成し、また水路も嘉南平野一帯に16,000kmにわたって細かくはりめぐらされた。この水利設備全体が嘉南大圳(かなんたいしゅう)と呼ばれている。
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烏山頭ダムは現在公園として整備され、八田の銅像と墓が中にある。また、與一を顕彰する記念館も併設されている。
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日本よりも、彼が実際に業績をあげた台湾での知名度のほうが高い。特に高齢者を中心に八田の業績を評価する人物が多く、烏山頭ダムでは與一の命日である5月8日には慰霊祭が行われている。また、現在烏山頭ダムにある八田の銅像はダムの完成後の1931年に作られたものであるが、国家総動員法に基づく金属類回収令の施行時や、中華民国の蒋介石時代に日本の残した建築物や顕彰碑の破壊がなされた際には、地元の有志によって隠され、1981年に再びダムを見下ろす元の場所に設置された。
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このように八田が顕彰される背景には、業績もさることながら、土木作業員の労働環境を適切なものにするため尽力したこと、危険な現場にも進んで足を踏み入れたこと、事故の慰霊事業では日本人も台湾人も分け隔てなく行ったことなど、彼の人柄によるところも大きく、エピソードも多く残されている。
現在でも中学生向け教科書『認識台湾 歴史篇』に八田の業績は詳しく紹介されている。
〜Wikipediaより抜粋〜


朝起きると、連日の疲れからか体調が優れない。今日は無理せず距離も短めにして休養日とすることにする。
ちょっと寄り道して観光名所の水火同源へ。ここは炎が水面で燃え、水の中に火あり、火の中に水ありといった奇景が見られる。
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なんでも断層に浸透した水が地底の天然ガスを取り込み、岩の隙間から湧き出ているそう。

平地をゆったりしたスピードで巡航し、以前から日本人として行ってみたかった烏山頭ダムへ到着。道自体が八田の名をとって、八田路と名づけられている。IMG_9646
海外で日本人の名前がついている道路は非常に珍しい。公園は台湾人観光客も平日ながら多く、みな車でまわっているほど広大で、どうせ日本人ぐらいしかこない寂れたところだろうと思っていた自分にとって完全に予想外であった。IMG_9657
YouTubeで八田與一に関する動画を見ながら記念館やダムを見学した。
ここに来る前は、台湾で愛されていると言っても日本人がそう言っているだけで現地ではそうでもないのではと疑念を抱いていたが、それはまったく違った。銅像の前には多くの花が添えられており、多くの台湾人が銅像を囲み記念撮影をしている。本当に愛されていたのだ。
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他国の人間のために、それも当時は差別の対象であった人々のためにここまで尽くすことはなかなかできることではない。日本人として自分も恥ずかしくない行動を心がけようと決心した。

雨が降る中、台湾の京都とも呼ばれる古都、台南へ到着。古都と言うだけあって、赤崁楼や大天后宮など歴史的建造物が多い。IMG_9676
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また、神農老街という築200年以上の家屋も数多く保存されている古い街並みへ。IMG_9672
雰囲気抜群でお気に入りの場所。
また台南は美食の街とも言われ、ひたすら名物を食べ歩いた。
まずは台湾人のソウルフードとも言うべき肉圓。IMG_9689
あんかけ肉餃子みたいな違うような。日本にはないんでうまく説明できない。
お次は肉まん!有名店だけあって美味しい!IMG_9690

街の中心部から少し離れた港町の安平へと赴き、今度はえび春巻きに焼き牡蠣!
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デザートでは行列のできるプリン屋さんや、IMG_9701
超有名店の同記安平豆花に行ってみた。IMG_9704
この豆花という豆乳プリン、美味しすぎたのでおかわりしてしまった。IMG_9706

あまりにも台南フードがおいしすぎるので、終いには夜市へ。IMG_9711
ここでもたらふく食べて、深夜2時ごろまで台南で食い倒れた。

文責:今井


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2012年12月18日

理由あって更新が滞ってしまいましたが、再開します。目指せ1日1回更新!

東埔温泉→関子嶺温泉 165km

玉山 (台湾)
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玉山(ぎょくざん)、旧称新高山(にいたかやま)は、台湾のほぼ中央部に位置する山。標高は3,952mと台湾で最も標高が高い。周囲は台湾自然生態保護区となっている。また1985年4月6日には玉山を中心とした約10万haの範囲が玉山国家公園に指定されている。
日本統治時代には明治天皇により富士山よりも高い「新しい日本最高峰」の意味で新高山と名づけられた。富士山の標高3,776mよりも高いことから、日本の台湾領有期には日本一標高の高い山として知られ、日本の学校でも「日本一の山」として教えられていた。また1937年には新高阿里山国立公園として日本の国立公園に指定されていた。
1941年12月2日に発令された日米開戦の日時を告げる海軍の暗号電文「ニイタカヤマノボレ一二〇八」のニイタカヤマとは当山の事であるといわれているが、当時の海軍の通信符号表には“ニイタカヤマ”は登載されておらず確証はない。
〜Wikipediaより抜粋〜


今日は奇しくも日米開戦前日の12月7日。ハワイ時間であれば当日である。特に狙ったわけでもなく全くの偶然であり運命を感じる。見せてやろうじゃありませんか、大和魂!カミカゼー!と、40km以上つづく永遠とも思える上り坂を全力で駆け上がって行く。途中の村の小学校では運動会が行われていた。ef09c9b6.jpg
20kmほど走ったところでいよいよ玉山国家公園の中に突入。fe2e30a2.jpg
勾配も次第にきつくなり、工事箇所も多く、まるでシクロクロス状態で泥だらけに。5f8e1ca6.jpg
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激坂かつダートに苦しみへろへろなっていたところ、登山に来ていた御夫妻にミネラルウォーターをいただいた。謝謝你!412a2512.jpg

お昼ごろに標高2610mの塔塔加に到着!晴れてはいるが玉山は残念ながら雲の中。3f91de6f.jpg

峠にはビジターセンターがあり、玉山国家公園に関する展示を見ながらしばし休憩。キーホルダーや絵葉書をお土産に買っていよいよ下山のとき。ここからは80km以上下るという日本では考えられないほどのロングのダウンヒルだ。しかも景色は最高。
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標高が高いため、熱帯の台湾でも紅葉が見られるほど。IMG_9595

雲の上をひた走る。96676e7b.jpg

阿里山という高原リゾート地を通過し、奇岩や豪快な滝を横目に下る下る。432c75f7.jpg
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50kmほど下ったところで雲の中に突入し、有視界は10mほどの濃霧で慎重に下っていく。下りきったときには日がすっかり暮れていた。7e36520c.jpg

屋台で焼き鳥をほおばったりしながら、今日の目的地である関子嶺温泉へ。95174f74.jpg

温泉街に着いた後は、交番で安宿を教えてもらい、お食事へ。看板メニューを頼んだらなんと鶏がまるごと一匹出てきた。足がグロテスクですねえ。。。f3b635d8.jpg

お腹を満たした後は、楽しみにしていた温泉へ。関子嶺温泉は台湾三大温泉の一つに数えられ、泉質はなんと泥湯。2cc1d59a.jpg
鹿児島のさくらさくら温泉、大分の別府温泉の泥湯に比べると粘度があまり高くなかったが、隣にはプールもありまさに高級リゾートスパといった感じ。0ca09ca9.jpg
ドクターフィッシュも初めて体験できた。44318447.jpg

閉館ぎりぎりまで温泉で疲れを取って、宿に戻った。ついに序盤の山場と言える中央山脈縦断を成し遂げた。明日から平地に入っていく。

文責:今井

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2012年12月08日

合歓山→東埔温泉 125 km

朝起きて窓を開けると辺り一面濃霧。当然日の出は見えず、霧が晴れることを祈って朝食のあとコーヒーを片手にはんなりする。祈りが届いたのか、出発するころには視界良好に。
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クライマーズハイさながらのテンションでいざ武嶺へと激坂を登って行く。
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といっても昨日雨の中頑張ったので宿から2km程度で武嶺到着!ここは台湾道路最高地点で、標高は3275m。
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日本道路最高地点の乗鞍岳の畳平で2700mちょいなので、それよりも500mも高い。景色も最高!
まさに山岳地帯といった風景を堪能していると、マイク片手にカメラマンを引き連れた人物が!
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中国語話しかけられたので、自分も中国語で私は日本人ですと答えると英語でインタビュー開始。かなり高めのテンションで10分弱、質問に答えてみた。このCTV(中視)というテレビ局はなんでも台湾の三大老舗テレビ局の一つだそう。
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ついに台湾デビューしてしまった。

ここからは約50kmのダウンヒル。ここまで長い距離を下るのはなかなか日本ではない。気温も5度程度と低いため、ダウンジャケットにグローブ2枚がさねで着れるものはすべて着込んでフル装備で下っていく。序盤は一車線で見通しも悪くスピードは出せなかったが、途中から2車線になり、ここぞとばかりに攻めてみた。空気抵抗が大きい服装ながら最高時速は70kmを記録した。50kmという距離にしてはあっという間に次の目的地に到着。ここは台湾のど真ん中の街、埔里。
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小高い山があったの自転車をおいて登ってみると頂上には展望台があった。
まずは恒例の食べ歩き!bc8a3cd1.jpg
他にも紹興酒の酒造所を見学したりして久々の大きな街で観光を楽しむ。a7e0eba3.jpg
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お次は台湾随一の景勝地、日月潭へ。台湾で最大の自然湖で、湖を一周する道路は観光バスで溢れていた。
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日没も近づき、山に向かってじわじわ高度を上げていく。この付近一帯はブヌン族という原住民が住む地域で、台湾の秘境にあたる。目的地の東埔温泉に着いたころにはちょうど真っ暗になったぐらいであった。
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早速予め調べいたユースホステルの門を叩く。しかし、今は暖かいお湯が出ないらしく営業していないらしい。他の宿はかなり高いのでなんとか交渉して泊まらせてもらうことに。お湯が出ないということで2割引きの540元で決着。夕食を食べにレストランに入るが料理がうますぎる。
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こんな山奥でもここなまでのクオリティが出せるのは流石台湾といった感じか。温泉を求めて温泉街で1番の高級ホテルに入ったところ、ちょうどブヌン族のショーが行われていた。
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民族衣装の女の子可愛すぎ!
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温泉は炭酸泉とのことだが、泡つきはあまりよくなく、雰囲気も人工感が漂いちょっとがっかり。
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しかし、フロントのお姉さんに名産の梅のお菓子をもらい、気分を良くしてホテルに帰った。

文責:今井

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2012年12月06日

四季→合歓山 95km

朝起きたらのどが痛い。昨日の補給食の残りのパンを食べたあと、風邪薬を飲む。今日は台湾道路最高標高地点、武嶺へと向かうため不安なる。標高700mから3000m以上のほぼ登りっぱなしの100km弱。しかも最悪なことに外は雨。気温が低いので体を冷やさないように上下ゴアテックスのレインウエアを着込んで出発。

山の谷間を切り裂いつくられた道路なので土砂崩れが多く、落石や泥道がところどころあり、シクロクロスをやってる気分。10kmほど行った南山という村で2回目の朝食。肉まん、ちまき、燻製玉子の黄金コンボ。
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お腹をみたして進むも上り坂なので速度はあがらない。道路から見下ろす川も濁流。
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50km強進んだところで梨山に到着した。
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ここは標高2000mの避暑地で柿や林檎、梨などの果物が有名。
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試しに一つずつ買って食べてみたが、信じられないほど甘かった。これからまた3000m以上まで登って行くので中華料理で腹ごしらえ。
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雨が止んだと思ったら一瞬のみで、気温も一桁と低いため指先の感覚がなくなっていく。道端の焚き火や商店にお湯をもらって指を温めつつひたすら標高を上げ世界遺産の太魯閤国家公園内に入っていく。
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最後の8kmは20%近い激坂が多数あり、12-30Tのスプロケでもギリギリだった。28Tにしようかと悩んだが貧脚と言われようと軽いギアを選んできてよかった。むしろフロントもコンパクトクランクでよかったぐらい。

3000mを超えると風も強くなり、雨というか雹になったように感じられる。気温も5度くらいで空気も薄い。ちょうど暗くなるころに目的地の合歓山に到着。しかし、予定の山荘は改修中で、お高そうな隣のロッジに駆け込んだ。
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通常2440元をアメニティをなしにすることにより、400元まけてもらった。ここは台湾一標高が高い宿で3150mのところにあり、近くにはウインタースポーツも楽しめる施設もある。高山病についての案内板もあり医務室まであり、中には酸素まであった。
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夕食はビュッフェ形式に豚の角煮が一品ついていたので、満腹になるまで食べられた。
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やはり風邪気味で、靴を乾かしたり洗濯したりして明日に備え、即ベットに潜り込んだ。

文責:今井

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2012年12月05日

三峡→四季 115km

朝、本格的に自転車で走り出す前に、まずは観光。ここ三峡は歴史のある街でその中でも清水祖師廟は台湾全土で最も美しいと言われている。表の広場ではお決まりの太極拳。
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近くには日本統治時代に作られた赤レンガ通りがある。
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三峡名物の牛角クロワッサンを補給食に買い、いざ出発。
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市街地を離れると交通量はぐっと少なくなり、片耳で中国語を勉強しながら、軽快に自転車を走らせる。中央山脈を横断する北横公路に入り、山深くなってきたころ、今回の旅で初めての自転車乗りに遭遇。しかも高級ロードバイク乗り。
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途中まで一緒に走ることになった。どピンクの橋を見下ろしながらぐいぐいと3人で登り坂を登って行く。
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5キロぐらい進んだところでお別れ。一桁国道ながら道は狭く落石がそこらじゅうにある。慎重に落石を回避していたつもりがやってしまった。痛恨のタイヤサイドカット。かなり大きくやってしまい。一瞬のうちに空気が抜けた。今回はいてきたPro4はおろしたてなのに…チューブと同時にタイヤにもパッチをはり、ガムテープで補強した。
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しかし、いざ空気を入れるとバルブの金具が抜けてしまった。困っていたところ一台の車が止まってくれ、ペンチを借りて修復。なんとかなったものの、この膨らみは怖い。
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しばらく走るとスローパンクでエアが抜けていた。カットの幅が大き過ぎて小さいパッチでは覆いきれなかったよう。今度は新品のチューブに交換してやっとのことで走り出す。アップダウンを繰り返し明池森林遊楽区に到着。
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ここらへんは台湾でも最も降水量が多い地域で道路の両サイドにジャングルが広がる。1200m近くまで標高をあげると霧が濃くなってきた。
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ここから下りだが路面は完全ウェットで見通しも悪いので慎重に。防寒具が必要なほど寒い。霧も晴れ、北横公路が終わる直前で再度パンク。
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今回は路面のデコボコによるリム打ちパンクだった。途中で自分の真後ろに大きな岩が落ちてきたり、北横公路の道路状況は最悪だった。

パンク修理に時間をとられ、先を急ぐが完全に日が暮れてしまった。数カ所な工事現場を切り抜け、四季という台湾の原住民、タイヤル族の村に到着した後、警察に駆け込む。英語で話そうとしたら流暢な日本語で返され驚いた。台湾の田舎は日本語がよく通じるとは聞いていたがここまでとは思わなかった。バイクに先導してもらい、民宿に到着。朝食付きで800元のところ朝食なしで600元してもらった。こんな素敵な部屋で日本円で2000円弱。
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宿の女将さんがお腹が空いているだろうとラーメンを作ってくれた。明日は台湾道路最高点を通る最もハードな一日になる予定。

文責:今井


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2012年12月04日

桃園国際空港〜三峡 25km

前々からあたためていた台湾自転車一周を実行に移すときがいよいよきた。箱根ターンパイクヒルクライム後、大阪には戻らず大宮の実家に帰省して、翌日成田から出発。ディレイラーハンガーだけはずして緩衝材で梱包し、輪行袋に入れる。自転車は走っているときが一番強度が高いのでこの方法が飛行機輪行において壊れにくかったりする。なにより短時間で済み、余分な荷物も少なくできる。
約4時間のフライトで桃園国際空港に到着。ペリカン便のカウンターで中華民国自転車協会から借りたGPSを受け取り、Taiwan Mobileのカウンターで10日間のSIMカードをゲット。これでIT自転車旅行の準備が整った。しかし、モバイルWi-FiとiPhoneの連携がなかなかできず、あっという間に日がくれた。しかも自転車では空港の敷地から出れらず、バスでひとまず出ることに。
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いよいよ自転車で台湾を走り出すときがきた。台湾といえばグルメ大国であると同時に世界一の自転車大国でもあり、その代表的なブランドといえばジャイアント。日本から持ってきたのはジャイアントのロードバイク。厳しい山岳コースが待ち受けているので、荷物も極限まで削り、大きめのサドルバックと15リットルのバックパックのみ。
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外は20℃で東京との気温差は15℃。 ちょうどいい気温。しかし、なれない右側通行かつ交通量が多く、運転マナーも悪いので手信号を多用して慎重に走る。昨日のヒルクライムはメカトラで追い込めかなったため、レース後とは思えないほど足はよく動く。街の景色はこんな日本語の看板も目にし、ここは日本かと錯覚するほど。
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途中で巻き寿司やおでんを補給。価格は日本の約半額にもかかわらず、日本と変わらないクオリティで茶碗蒸しもめちゃくちゃうまい。
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今回食べたのはは日本料理だが、中華料理は台湾のレストランが世界一だと個人的には思っている。なぜなら普通思いつくのは中国大陸だが、中国人は台湾人にくらべ貧乏なので、食にお金をあまりかけない。需要が少なければ店側も競争が起きず、味は向上しない。一方台湾は人口当たりのレストランの数が世界一で常に競争にさらされている。移動手段が自転車なので燃料補給は最も大切であり、どうせ食べるなら美味しいものを食べたい。そこで今回は台湾版食べログともいうべきiPeenというサイトで事前に情報を仕入れているので、人気店、有名店を食べ歩くつもりだ。

そんなこんなで本日の目的地、三峡に到着。本日のお宿は750元(約2000円)。宿の主人や娘さんと話したあと、ベットに潜り込んだ。
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明日から中央山脈を縦断する厳しいコースに入って行く。

文責:今井

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2012年12月03日

箱根ターンパイクヒルクライムも終わり、前々から自転車で行きたかった台湾を一周してきます。

今回は中華民國自行車協會のサポートを受け、GPSを借りることになりました。これでトラッキングしてちゃんと一周できたかどうかを確認してもらいます。サイコン代わりに使えませんが、このGPSすごいところがネット上で現在地を検索できるところ。
方法としては、

1. http://ibike.disc.com.tw/TBA/NormalPages/TeamMonitorPageNew.aspx#
にアクセス。

2. 右上の「TBA環島認證」をクリック。

3. 帳號と密碼の欄に以下の番号を入力後、登入をクリック。
帳號 T25
密碼 0000

4. 右上のMOTOをクリックすると台湾における現在地がわかります。
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予定ルートは台北から最高標高3200m越えの中央山脈を縦断し、最南端まで行ったあと、東の海岸線沿いを通って台北まで戻るという総距離約1400kmの過酷なルート。
Googleマップ

台湾の中華料理は個人的に世界一だと思うので、いっぱい食べていっぱい走って楽しんできます!ブログもちょこちょこ更新予定。

文責:今井

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