2026年01月26日
改めて拙研究の目的について(隼別天皇・宇治天皇への慰霊鎮魂供養に向けて)
ここのところ、動画を観られた方から拙研究の目的について尋ねられることがあります。
一番の目的は、往生院六萬寺の歴史を解明していく中で、特に河内・六萬寺と河内・桜井寺のことと、桜井寺と共にあったとされる桜井神社(上之社)の解明であり、更には、この過程から、岩瀧山や生駒山地には古代祭祀の痕跡となる磐座が存在し、東出雲王家の天日方奇日方命や西出雲王家の阿遅鉏高日子根命ら出雲族の河内への移住の際に創祀された磐座であることや、神功皇后が三韓征討の帰国後に岩瀧山霊畤にて大嘗祭を行って天皇に即位していることなど、そして、滅んだ宇佐王朝の悲しいクーデターの歴史、隼別天皇が西ノ山古墳に改葬されたこと、隼別天皇の鎮魂慰霊のために三種の神器ダイヤモンド結界が、聖武天皇の勅願により、左大臣・橘諸兄、弓削道鏡禅師、行基上人により営まれたことなどが分かってくることになりました。
このような中で、日本神道には、祟り神が、鎮魂慰霊により、やがては国家の守護神として祀られる流れがあり、伊勢神宮の天照大神(豊玉姫・卑弥呼、第二次物部東征途上で無念の死)も、宇佐神宮の八幡大神(応神天皇・宇佐王朝一代で滅亡)も、天満宮の菅原道真(天満天神、太宰府左遷にて無念の死)も、要は「祟り神」が、後に強力な鎮護国家の守護神となって祀られてあることもわかってきました。
(出雲王国の二王枯死事件での八千矛王命・大国主命→大黒天、八重波津身命・事代主命→恵比寿天も、祟り神から、やがては守護神として祀られることになっています。)
ところが、クーデターにより無念の死を遂げた宇治天皇、隼別天皇、特に隼別天皇の慰霊鎮魂供養は、三種の神器ダイヤモンド結界による鎮魂慰霊が、弓削道鏡禅師の失脚によって早々に滞ったままとなり、以来、国家的、公式にはなされなくなってしまっているのは、日本の国体護持、安泰という観点からも、非常に憂慮されるものであると考えております。
このため、隼別天皇陵墓、宇治天皇陵墓が、正確に比定され、歴史と事績の見直しもされ、両天皇が改めて歴代天皇に列せられた上に、陵墓のしかるべくの整備と祭祀慰霊がなされることが、国体護持、安泰において望ましいものになると考えるため、国体の護持、安泰へと向けた慰霊鎮魂供養へと向けて、とにかく研究を一歩でも前へと進めねばと考えているのであります。
もちろん、桜井神社と八幡神社の上之社の再興も望まれるところであり、今後の具体化を更に検討して参りたいと思います。
拙研究考察については下記から記事一覧をご参照下さいませ。
https://ameblo.jp/iwatakiiwakurareiji/entrylist.html
一番の目的は、往生院六萬寺の歴史を解明していく中で、特に河内・六萬寺と河内・桜井寺のことと、桜井寺と共にあったとされる桜井神社(上之社)の解明であり、更には、この過程から、岩瀧山や生駒山地には古代祭祀の痕跡となる磐座が存在し、東出雲王家の天日方奇日方命や西出雲王家の阿遅鉏高日子根命ら出雲族の河内への移住の際に創祀された磐座であることや、神功皇后が三韓征討の帰国後に岩瀧山霊畤にて大嘗祭を行って天皇に即位していることなど、そして、滅んだ宇佐王朝の悲しいクーデターの歴史、隼別天皇が西ノ山古墳に改葬されたこと、隼別天皇の鎮魂慰霊のために三種の神器ダイヤモンド結界が、聖武天皇の勅願により、左大臣・橘諸兄、弓削道鏡禅師、行基上人により営まれたことなどが分かってくることになりました。
このような中で、日本神道には、祟り神が、鎮魂慰霊により、やがては国家の守護神として祀られる流れがあり、伊勢神宮の天照大神(豊玉姫・卑弥呼、第二次物部東征途上で無念の死)も、宇佐神宮の八幡大神(応神天皇・宇佐王朝一代で滅亡)も、天満宮の菅原道真(天満天神、太宰府左遷にて無念の死)も、要は「祟り神」が、後に強力な鎮護国家の守護神となって祀られてあることもわかってきました。
(出雲王国の二王枯死事件での八千矛王命・大国主命→大黒天、八重波津身命・事代主命→恵比寿天も、祟り神から、やがては守護神として祀られることになっています。)
ところが、クーデターにより無念の死を遂げた宇治天皇、隼別天皇、特に隼別天皇の慰霊鎮魂供養は、三種の神器ダイヤモンド結界による鎮魂慰霊が、弓削道鏡禅師の失脚によって早々に滞ったままとなり、以来、国家的、公式にはなされなくなってしまっているのは、日本の国体護持、安泰という観点からも、非常に憂慮されるものであると考えております。
このため、隼別天皇陵墓、宇治天皇陵墓が、正確に比定され、歴史と事績の見直しもされ、両天皇が改めて歴代天皇に列せられた上に、陵墓のしかるべくの整備と祭祀慰霊がなされることが、国体護持、安泰において望ましいものになると考えるため、国体の護持、安泰へと向けた慰霊鎮魂供養へと向けて、とにかく研究を一歩でも前へと進めねばと考えているのであります。
もちろん、桜井神社と八幡神社の上之社の再興も望まれるところであり、今後の具体化を更に検討して参りたいと思います。
拙研究考察については下記から記事一覧をご参照下さいませ。
https://ameblo.jp/iwatakiiwakurareiji/entrylist.html