2026年08月16日

ご報告「岩瀧大明神 御霊祠建立安鎮祭 令和8年8月8日厳修」


岩瀧大明神・御霊祠建立安鎮祭の様子・動画

 
当日の流れ
 
早朝に、岩瀧不動尊・滝行場へ
 
岩瀧不動尊前にてお勤め、洒水点眼の閼伽水の取水
 
 
 
 
 
準備
 
 
 
各地の御神水を水玉へ
 
 
 
御神酒は出雲大社御神酒「八千矛」
 
 
 
 
内陣へ各御神璽、各聖地の御砂・小石を納め
 
 
 
令和8年8月8日 午前8時8分8秒に本御神璽を納めました。
 
 
 
 
 
御供え物
 
 
鳴らしものは、銅鐸のみ
 
 
 
 
 
開式
 
 
 
 
 
御挨拶

この度、ここに「岩瀧大明神」の御霊をお祀りする祠を建立して、「岩瀧大明神」を拝し奉ることができますこと、心より感謝申し上げます。

「岩瀧大明神」の八柱の御祭神方は、この日本国の建国の礎となられた方々と、その祖神方であり、本来、日本国に生きる者たち、日本国に住む者たちにおいては、確りと、しかるべくに奉斎して、敬礼、拝礼を致さねばならない御祭神方となります。

特に現在、欽明天皇から続くとされる皇統、天皇家の本来の先祖は、欽明天皇の父、継体天皇の先祖に遡ることになります。

その継体天皇とは、三国国造の蘇我の振姫命の婿養子となられた旧東出雲王家の「富彦太」命であり、つまり、その継体天皇と、仁賢天皇の皇女である手白香皇女との子である「欽明天皇」から続くとされます現代の皇室の直系となる本当のご先祖は、出雲王国の「東出雲王家」となります。

このため、出雲王家の祖神、先祖をお祀りする古代出雲神道を復興することの意義は、この日本国の国家の安泰、国体の護持において、極めて大切なことになります。

更に、御祭神方のお一柱の「天日方奇日方命」は、東出雲王家の事代主であった「八重波津身命」の子であり、大和に移住して、大和の富家・磯城登美家・賀茂家の祖となり、日本建国の父として、初代、二代、三代の天皇の後見としてご活躍なさられました。

その「天日方奇日方命」が、大和入りされる前の、摂津から河内へと移られた際において、久那斗大神・幸ノ姫大神・猿田彦大神を祀られて創祀なされたのが、この「岩瀧山」の磐座と、その背後にある「三間石山」の磐座となります。

これよりは、末永くにご崇敬を賜り、ご参拝、ご神縁を頂きますことで、ご神徳を賜れて頂けましたら幸甚に存じます。

どうか宜しくお願い申し上げます。

令和八年八月八日建立

岩瀧山往生院六萬寺 川口英俊 九拝
 
 
 
 
 
 
 
御礼御挨拶

無事に儀礼が滞りなく終わり、誠にありがとうございました。謹んで御礼を申し上げます。

この度は、拙い、小さな一歩ではございますが、このように古代出雲王国の祖神、先祖方を確りとお祀りすることができました。

東出雲王家は、御挨拶でも述べさせて頂きましたように、日本建国の礎となられた方々であると共に、また、現在の皇室の先祖でもあることから、本来、日本国に生きる者たちは、しかるべくにお祀りし、敬い、拝礼を致さねばならない方々となります。

これを機縁として、この日本国において、出雲王国の祖神、先祖に対しての祭祀のあり方、供養のあり方が、改めて見直されることになって、本来、この国に生きる者たち、この国に住む者たちが、大切にするべきである「出雲神道」の祭祀が再興されていくことになる、その先鞭、先魁の一助となれば、大変に有り難くに存じます。

最後になりますが、皆様の益々のご多幸、ご健勝を祈念申し上げまして、御礼の御挨拶とさせて頂きます。

本当にありがとうございました。

令和八年八月八日建立

岩瀧山 往生院六萬寺 川口英俊 九拝
 
 


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