2026年09月09日

鴨山口神社・式内社・(上鴨神社)(岩瀧大明神お社建立御挨拶廻り参拝)


 

岩瀧大明神お社建立御挨拶廻り参拝

 

鴨山口神社・式内社・上鴨神社(奈良県御所市櫛羅)

 

葛城山を望む

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地名「櫛羅」(くじら)

 

 

主祭神・大山祇神(久那斗大神)

 

大和山口社、十四社の本社ともされています。

 

やはり、葛城山に奥宮の磐座があり、祖神(サイノカミ三大神)、先祖が祀られてあると考えられます。

 

鴨とあるように、賀茂、鴨一族による創祀であるのは明らかで、出雲族が葛城に移住してきた際において、天日方奇日方命が、父、八重波津身命である事代主命を祀る近くの「葛城一言主神社」とともに、祖神、先祖を祀る磐座を奥宮として創祀されたと考えられます。

 

ただ、天日方奇日方命には、実は弟がいたともされており、その方が「櫛梨命(くしなのみこと、くしなしのみこと)」と伝わっています。

 

くしな、と、くしら。

 

いつしか、くしな、から、くしら、に変わって地名が残り、もしかすると、櫛梨命が創祀されたか、亡くなって祀られた可能性もあります。

 

出雲でよくあった灯籠がありました。

 

 

 

 

 

また、鴨山口神社、葛城一言主神社の近くには、綏靖天皇の宮、「葛城高丘宮」(かずらきのたかおかのみや)がありますが、拙生は、この宮は、元は海村雲命の宮であったか、もしくは、この近くに海村雲命の宮があったのではないかと考えており、海村雲命が改葬される前には、古代出雲の風習である神籬による風葬された後に、ご遺骨は、葛城山、金剛山の奥宮の磐座に納められてあったのではないかと考えています。

 

最も有力と見ているのが、「天高彦神社」が、その奥宮に対応する上之社なのであったのではないかと考えています。

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「鴨山口神社」の近くには、「猿田彦大神」が顕現したと伝わるところに「猿女」、「猿目」という名称が残ってあると教えてもらいました。

 

鴨山口神社は、全十四山口神社の総社であり、当初祭神に「久那斗大神・幸ノ姫大神・猿田彦大神」の出雲のサイノカミ三大神が祀られてあったことが明らかになれば、当然に他の山口神社も同じであったことが窺えるところとなります。

 

この鴨山口神社には、重要文化財となっている「木造大日霊命坐像(おおひるめおのみことざぞう)・御霊大神坐像(ごりょうおおかみざぞう」があります。

 

大日霊命は、天照大御神の別名ですが、この坐像が、女性像なのか、男性像なのか、御霊大神もどのような御姿であるのか、かなり気になります。

 

もしかすると、「海村雲命」像として当初より秘匿して祀られるようになった可能性もあり得ます。

 

かなり気になりますね。