お知らせ

2017年07月24日

お盆施餓鬼法要・地蔵盆法要・秋彼岸墓前回向のご案内

お盆施餓鬼法要・地蔵盆法要・秋彼岸墓前回向のご案内

平成29年・お盆・ご先祖様ご供養・施餓鬼法要のご案内

日程 8月11日~15日  5日間

時間 午前8時~午後4時 ※最終日は午後3時まで

場所 ご本堂にて

法話内容(予定)「葬儀・供養の意義について」

配布資料『葬儀と供養の意義について』
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/71902360.html

回向料 7千円 

任意 水子・無縁各供養 各1千円 

※ 事前申込必要。塔婆準備のためご供養をお勤めになられます方は、事前にお申し込み下さいませ。

※ 期間中、諸事情にて来られなくても、塔婆供養をお寺が責任をもってお勤めさせて頂きます。 

寺務所まで。電話でも受け付けています。

毎年される方には往復はがきにてご案内申し上げますので、必要事項を記入の上、お早めにご返信ください。

締切、8月8日まで。

※ 混雑緩和のため、混雑が予想されます13日・14日のお参り・お勤めは極力お避け賜れましたら有り難くに存じます。

・・

8/24 地蔵盆のご案内

※ 雨天の場合、ご本堂にての開催となります。お気をつけてお越し下さいませ。

8月24日 地蔵盆法要 18時~ 水子地蔵尊前にて

回向料 2千円

経木塔婆を用意致しますので、御供養なさられる方は、できるだけ事前にご連絡下さい。

法要後、皆様でお分け致す御供養品は各自任意にてお持ち寄り下さいませ。

提灯について・・

提灯は一張・三千円にて承っております。子供さんの健やかな成長、無病息災も願って、どうぞお気軽に寺務所までお申し込み下さいませ。お名前を書き入れさせて頂きまして、毎年地蔵盆にてお飾りさせて頂きます。

水子ご供養について
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/7832557.html

・・

秋・彼岸・墓前回向

日程 9月20日~26日  7日間
時間 午前8時~午後4時 ※受付は午後3時半まで
回向料 2千円
当日受付・事前申込不要

お墓前でのご先祖様御供養になります。当日に寺務所で受け付けをして頂きまして、その際にお渡しした順番カードを所定の場所へと持って行き、置いて頂いた後、お墓掃除をなさってお待ち頂ければと存じます。

・・

『葬儀と供養の意義について』
平成29年8月・お盆施餓鬼法要配布資料

岩瀧山・往生院六萬寺 副住職 川口英俊

「縁なき衆生は度(ど)し難(がた)し」と仏教において、よく引用されて使われる言葉がございます。その意味は、「仏様、また、仏様の教えとのご縁が無ければ、どのような者であろうとも、仏様、仏様の教えにおいて、救うこと、あるいは救われることは難しい」といった内容となり、この場合の「縁」とは、悟り・涅槃へと至るための因縁(原因と条件)のことで、「悟り・涅槃へと至るための因縁が無くては、その結果としての悟り・涅槃を得ることはありえない」ということになります。

私たちのこの世界においては、全て「因果の法」に則って、モノ・コトが成り立っています。何も因縁(原因と条件)が無いのに、突然に、何かが生じる、あるいは、何かが滅するということは、絶対にあり得ないことでございます。

それは、つまり、今、このように存在できている皆、一人一人にも、そのように存在できているための因縁があって、今の状態という結果があることになります。そして、また、それら今の結果も、次の結果への因縁となったりもしながら、更に色々な因縁が複雑に絡んでいく中において、次の結果、また次の結果へと繋がっていくのであります。

お釈迦様は、お悟りを開かれて、この複雑な因縁と結果の流れを見極められて、悪い流れを絶ち、善い流れへと変えることで、善い結果へと向かっていくためにとして、「善巧方便」(ぜんぎょうほうべん)・「対機説法」(人それぞれの迷い苦しみ、あるいは、人それぞれの理解・実践できる能力に応じて)にて仏教を説示なされました。その善き流れに乗るための教えとの「縁」を持つことができなければ、いつまでも悪い輪廻(りんね)という流れにおいて迷い苦しみ続けてしまうことになってしまいかねないのでございます。

ですから、仏教においては、まず仏様、そして、その教えとの「縁」、つまり、「仏縁」を持つことを何よりも重視して、大切としなければならないことになるのであります。

その「仏縁」を正式に結ぶために行われるのが、特に、受戒、得度により正式な「仏弟子」となることでございます。そして、できるだけ生前の早い段階においてなされておかれることをお勧め申し上げたい次第でございます。

また、もしも、生前においては、何らかの理由にて、その「仏縁」がほとんど無かったとしても、その最後の機会として、葬儀を執行することにより、正式な仏縁を結ぶことによって、後生の大事、安楽へと向けて、その仏縁を繋げて頂きたいものとなります。

正式な仏縁は、お釈迦様以来の正式な仏法の流れを拠り所として、仏様、仏法、そして正式な仏法の流れを受け継いできている僧侶たちの三宝への深い帰依信心と共に、守るべき戒律を守り、智慧と福徳という二つの資糧の修行をしっかりと進めていくことによって、悟り・涅槃へと向かうための善い流れに確実に乗りたいものとなります。

私事となりますが、私の場合、これまでにも有り難く尊いご仏縁が色々とございました中において、特には、自分の「生前葬儀」であると覚悟して平成28年の秋に参加させて頂きましたダライ・ラマ14世法王猊下様ご導師によりますチベット密教・無上瑜伽タントラ(四つあるタントラの分類の最上位のタントラ)の一つである「チッタマニターラー尊灌頂」が、私にとっての最重要なご仏縁になったものであるとして、その後の仏教修習も、ダライ・ラマ法王様を根本上師に、チベット密教の教えに基づいた実践を主としながら、灌頂の成就法にも日々努めさせて頂いております。

実は、密教灌頂も、葬儀と同様に、受戒と引導が扱われるものとなります(但し、浄土真宗では受戒・引導を扱いません)。例えば、三宝への帰依は当然として、悪業の懺悔と浄化や、悟りを目指す決意としての菩提心の生起、守るべき菩薩戒・密教(三昧耶)戒などの受戒、そして、曼荼羅の仏世界・仏境地への導引、これからの修行内容についての詳細な指示などがございます。それらも、悟り・涅槃へと向かうための善き流れ、更に密教の場合では、悟り・涅槃へと向けての速い流れに乗るための内容となっており、それらの確かなる実践を、とにかく今生においてもしっかりとできる限りに取り組むことで、来世、来来世へもその善き流れを途切れさせることなく加速させて繋げて参りたいものとなります。

とにかく、まずは、仏様、仏様の教えとの「仏縁」を正式に強く結ばなければ、何も始まらないのであります。もしも、亡くなった故人の生前の行いがどれほど悪くても、あるいは、仏縁、仏心のかけら一つも無い人生であったとしても、何とか最後において葬儀を執行してあげられることができれば、善き流れの最終列車へと、無理矢理にでも乗せてあげることができると、一応は言えるのでございます。

もちろん、生前において、正式な受戒や得度、または、密教灌頂を済ませていれば、それはそれで、改めて葬儀の執行は必要のないことになりますが、しかし、受戒・引導は、一度だけではなく、何度も受けることによって、よりその仏縁を強固とすることができるものとなります。実際に灌頂も何度でも受けることができ、その度ごとに仏縁が強く増すものであるとされています。

また、何よりも、葬儀は、亡くなった故人のためだけに執行するものではなく、施主・遺族・参列者たち、または、葬儀を執行する僧侶たちにとっても「功徳となる利他行」であり、それぞれ自分自身の悟り・涅槃へと向かうための仏縁、善い流れにも繋がるものになるとして、「自利行」にもなり得るのでございます。つまり、葬儀は、亡くなった故人のみならず、施主・遺族・参列者たち、僧侶たちの「自利利他」を成すための絶好の機会でもあるのです。

それが、最近では、形骸化、簡素化、省略化が著しく進んでしまったことにより、葬儀が正式に執行されなくなっている事態は、亡き故人の為とならないどころか、残された私たちにとっての仏縁を頂くための有り難く尊い機会をも失わせてしまっていると言えるのでございます。

できれば、今一度、葬儀の意義、仏縁を結ぶあり方について、それぞれがしっかりと考えることにより、どのように故人の葬儀を行うべきか、また、自分の葬儀もどのようにしてほしいのか、更には、どのような僧侶(導師の資質を確かに有する者)に執行を託すべきであるのか、などについて見直す一つのきっかけとして頂けましたら有り難くに存じます。

とにかく、葬儀の執行は、亡き故人はもちろん、自分の後生の大事にも係わってくることになります。軽々しく適当にしてしまっては、それこそ無駄、徒労となりかねません。また、その執行を司る僧侶の資質についての見極め、判断も、慎重に行うべきことになります。しっかりと導師たる役目を果たせる者にこそ、葬儀の執行を依頼したいものでございます。

皆様とお寺、僧侶との信頼関係が希薄化するにつれて、檀家制度が崩壊してしまっている昨今、お寺、僧侶も皆様から取捨選択される時代となっています。私自身も、浅学非才の未熟者ではございますが、葬儀を司るに値する資質があるのかどうか、常に自らに問いつつ、これからも仏教修習にできる限りの精進に努めて、ご期待にお応えできますように調えて参りたいと僭越ながらにも存じております。

次に、「供養」についてとなりますが、例えば、このお盆、あるいは彼岸における「施餓鬼」という供養は、地獄や餓鬼に落ちている者たち、あるいは、もしかすると地獄や餓鬼に落ちてしまっているかもしれないご先祖様を救う目的において営まれると考えるのが妥当となりますものの、「亡くなられた故人は、生前の仏縁や功徳、あるいは葬儀の執行による引導(浄土真宗の場合では即得往生)、追善供養などによって、極楽、浄土にて仏様のところで修行に励んでいるものであると思うのですが・・」と中には疑問に思われる方もいらっしゃることでしょう。

もちろん、それはそう考えて頂いても妥当であるかとは存じます。ただ、それでも、施餓鬼供養のみならず、様々な供養を行う意義とは、やはり上記の葬儀の際にも述べさせて頂きました悟り・涅槃へと向かうための「自利利他」の行いということに尽きるのではないだろうかと考えております。

供養においては、極楽・浄土など仏様の下で精進なさられておられる方々へは、成仏へと向けての応援、励ましとなるための功徳となり、また、迷い苦しみにある者たちを救うためとなる功徳は、迷い・苦しみにある者たちを救うための功徳になると共に、自ら自身における悟り・涅槃へと向かうための功徳にもなるということでございます。

そして、葬儀と同様に、供養においても重要となるのは、もちろん「仏縁」であり、それを供養の対象と共に、自らも頂ける大切な機会としなければならないのであります。

とにかく、葬儀、供養も「自利利他行」として調えることにより、皆が、悟り・涅槃へと向けた善き流れに乗れるようにとして努めることが必要となる次第でございます。

何より、この生の後にも続いていく心相続においては、「仏縁」を決して途切れさせないようにしないといけません。「仏縁」さえ完全に切れなければ、紆余曲折はあろうとも、いずれ悟り・涅槃へと導いて頂けることができるということでございます。

さて、施餓鬼供養の目的の一つとして、悪い輪廻にある者たちを救うという内容を同様に持つインド中後期密教経典の中に、「一切悪趣清浄タントラ」という経典がございますが、このお経が説かれた由来の教説の中において、帝釈天(天界の神様)が、天界で共に親しくあった天子無垢宝光という者が死んだ後のことを心配されて、世尊仏陀(ヴィルシャナ)に尋ねられるくだりが出て参ります。

その際、世尊は、天子無垢宝光のことについてお答えになられますが、そのお答えを要約すると、天子無垢宝光は、死後、地獄に落ちてしまっており、その後も六道輪廻の中を苦しみ彷徨い続けるとおっしゃられます。そして、帝釈天たちは恐れおののき、天子無垢宝光、また、帝釈天たちはもとより、悪い輪廻に落ちている者たちが、悪い輪廻から解脱して、悟りへ至るための方法をお示し下さいと懇願されて、世尊が、その具体的な方法を説示されておられるのが、このお経の全体的な内容となっています。

その説示されました方法の一つを、帝釈天たちが、天子無垢宝光のために実践することにより、天子無垢宝光は、何とか地獄、悪趣輪廻から逃れて、善き流れに乗ることができるようになるのですが、実は、天子無垢宝光が、帝釈天たちによって、そのように供養を行ってもらえたのは、天子無垢宝光には、その過去世における強い仏縁があったことによっての功徳を積んでいたが所以であると、補足して説明されます。

つまり、確かなる仏縁や功徳が、過去世、現世のどこかにおいてあったのであれば、その後の輪廻転生の中において、多少の紆余曲折があっても、必ずやその仏縁、功徳による果報により、仏の道を外れずに、善き流れを進められる場合があると考えることができます。(例えば、顕教の修行では、成仏するのに三阿僧祇劫(さんあそうぎごう)というとてつもない膨大な時間が掛かってしまうことになりますが、有り難く尊い仏縁となる密教の無上瑜伽タントラの灌頂を受けて、戒律・律義を守り、生起次第と究竟(くきょう)次第の二次第の修行を確実に進めれば、早くて今生の内に即身成仏できることもあれば、例え、二次第の修行が何らかの理由にてあまりできなくても、戒律・律義さえしっかりと守っていれば、7回、もしくは、16回転生する中において、必ず成仏できるとされています。つまり、無上瑜伽タントラの灌頂・修行とは、それだけ早く成仏できる強い仏縁となるものであると言えるでしょう。だからと言って、今生において油断して戒律を守らずに怠惰となってしまえば、当然に成仏が遠のいてしまうことになるのは言うまでもありません。)

とにかく、自他共に、悟り・涅槃へと向けた善き流れに乗るための仏縁を、どう強く結び、修行、功徳に励んでいくべきであるのか、それをしっかりと考えて、様々な供養においても、できる限りに、その意義を理解した上において努めて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌 平成29年7月28日


・・

『般若心経における「空」について』 平成28年8月・お盆施餓鬼法要配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/93cd51b49c2264eb00fcc00a904a3392

「Amazonお坊さん便」の抱える問題について/平成28年3月・春彼岸施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/d339cd6c14be7db57860f241caf4984d

「仏教と戦争 ~ 戦後70年と仏教 ~」平成27年8月・お盆施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/c479dc1d59328df2708ba23499b4d92b

「仏教の基本的な理解のために」平成27年3月・春彼岸施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/55ced9a1512c6ef6e095caa4fbe9eb8c

「死後について」平成26年9月・秋彼岸墓前回向・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/46df9bb57071ef4f2b56161423dba66f

「お葬式について」平成26年8月・お盆施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/0816eb5e788bf5ecfc8eed8e901b1a76

往生院六萬寺サイト・トップ

http://oujyouin.com/


oujyouin_blog at 08:56|Permalink

『葬儀と供養の意義について』 平成29年8月・お盆施餓鬼法要配布資料

『葬儀と供養の意義について』
平成29年8月・お盆施餓鬼法要配布資料

岩瀧山・往生院六萬寺 副住職 川口英俊

「縁なき衆生は度(ど)し難(がた)し」と仏教において、よく引用されて使われる言葉がございます。その意味は、「仏様、また、仏様の教えとのご縁が無ければ、どのような者であろうとも、仏様、仏様の教えにおいて、救うこと、あるいは救われることは難しい」といった内容となり、この場合の「縁」とは、悟り・涅槃へと至るための因縁(原因と条件)のことで、「悟り・涅槃へと至るための因縁が無くては、その結果としての悟り・涅槃を得ることはありえない」ということになります。

私たちのこの世界においては、全て「因果の法」に則って、モノ・コトが成り立っています。何も因縁(原因と条件)が無いのに、突然に、何かが生じる、あるいは、何かが滅するということは、絶対にあり得ないことでございます。

それは、つまり、今、このように存在できている皆、一人一人にも、そのように存在できているための因縁があって、今の状態という結果があることになります。そして、また、それら今の結果も、次の結果への因縁となったりもしながら、更に色々な因縁が複雑に絡んでいく中において、次の結果、また次の結果へと繋がっていくのであります。

お釈迦様は、お悟りを開かれて、この複雑な因縁と結果の流れを見極められて、悪い流れを絶ち、善い流れへと変えることで、善い結果へと向かっていくためにとして、「善巧方便」(ぜんぎょうほうべん)・「対機説法」(人それぞれの迷い苦しみ、あるいは、人それぞれの理解・実践できる能力に応じて)にて仏教を説示なされました。その善き流れに乗るための教えとの「縁」を持つことができなければ、いつまでも悪い輪廻(りんね)という流れにおいて迷い苦しみ続けてしまうことになってしまいかねないのでございます。

ですから、仏教においては、まず仏様、そして、その教えとの「縁」、つまり、「仏縁」を持つことを何よりも重視して、大切としなければならないことになるのであります。

その「仏縁」を正式に結ぶために行われるのが、特に、受戒、得度により正式な「仏弟子」となることでございます。そして、できるだけ生前の早い段階においてなされておかれることをお勧め申し上げたい次第でございます。

また、もしも、生前においては、何らかの理由にて、その「仏縁」がほとんど無かったとしても、その最後の機会として、葬儀を執行することにより、正式な仏縁を結ぶことによって、後生の大事、安楽へと向けて、その仏縁を繋げて頂きたいものとなります。

正式な仏縁は、お釈迦様以来の正式な仏法の流れを拠り所として、仏様、仏法、そして正式な仏法の流れを受け継いできている僧侶たちの三宝への深い帰依信心と共に、守るべき戒律を守り、智慧と福徳という二つの資糧の修行をしっかりと進めていくことによって、悟り・涅槃へと向かうための善い流れに確実に乗りたいものとなります。

私事となりますが、私の場合、これまでにも有り難く尊いご仏縁が色々とございました中において、特には、自分の「生前葬儀」であると覚悟して平成28年の秋に参加させて頂きましたダライ・ラマ14世法王猊下様ご導師によりますチベット密教・無上瑜伽タントラ(四つあるタントラの分類の最上位のタントラ)の一つである「チッタマニターラー尊灌頂」が、私にとっての最重要なご仏縁になったものであるとして、その後の仏教修習も、ダライ・ラマ法王様を根本上師に、チベット密教の教えに基づいた実践を主としながら、灌頂の成就法にも日々努めさせて頂いております。

実は、密教灌頂も、葬儀と同様に、受戒と引導が扱われるものとなります(但し、浄土真宗では受戒・引導を扱いません)。例えば、三宝への帰依は当然として、悪業の懺悔と浄化や、悟りを目指す決意としての菩提心の生起、守るべき菩薩戒・密教(三昧耶)戒などの受戒、そして、曼荼羅の仏世界・仏境地への導引、これからの修行内容についての詳細な指示などがございます。それらも、悟り・涅槃へと向かうための善き流れ、更に密教の場合では、悟り・涅槃へと向けての速い流れに乗るための内容となっており、それらの確かなる実践を、とにかく今生においてもしっかりとできる限りに取り組むことで、来世、来来世へもその善き流れを途切れさせることなく加速させて繋げて参りたいものとなります。

とにかく、まずは、仏様、仏様の教えとの「仏縁」を正式に強く結ばなければ、何も始まらないのであります。もしも、亡くなった故人の生前の行いがどれほど悪くても、あるいは、仏縁、仏心のかけら一つも無い人生であったとしても、何とか最後において葬儀を執行してあげられることができれば、善き流れの最終列車へと、無理矢理にでも乗せてあげることができると、一応は言えるのでございます。

もちろん、生前において、正式な受戒や得度、または、密教灌頂を済ませていれば、それはそれで、改めて葬儀の執行は必要のないことになりますが、しかし、受戒・引導は、一度だけではなく、何度も受けることによって、よりその仏縁を強固とすることができるものとなります。実際に灌頂も何度でも受けることができ、その度ごとに仏縁が強く増すものであるとされています。

また、何よりも、葬儀は、亡くなった故人のためだけに執行するものではなく、施主・遺族・参列者たち、または、葬儀を執行する僧侶たちにとっても「功徳となる利他行」であり、それぞれ自分自身の悟り・涅槃へと向かうための仏縁、善い流れにも繋がるものになるとして、「自利行」にもなり得るのでございます。つまり、葬儀は、亡くなった故人のみならず、施主・遺族・参列者たち、僧侶たちの「自利利他」を成すための絶好の機会でもあるのです。

それが、最近では、形骸化、簡素化、省略化が著しく進んでしまったことにより、葬儀が正式に執行されなくなっている事態は、亡き故人の為とならないどころか、残された私たちにとっての仏縁を頂くための有り難く尊い機会をも失わせてしまっていると言えるのでございます。

できれば、今一度、葬儀の意義、仏縁を結ぶあり方について、それぞれがしっかりと考えることにより、どのように故人の葬儀を行うべきか、また、自分の葬儀もどのようにしてほしいのか、更には、どのような僧侶(導師の資質を確かに有する者)に執行を託すべきであるのか、などについて見直す一つのきっかけとして頂けましたら有り難くに存じます。

とにかく、葬儀の執行は、亡き故人はもちろん、自分の後生の大事にも係わってくることになります。軽々しく適当にしてしまっては、それこそ無駄、徒労となりかねません。また、その執行を司る僧侶の資質についての見極め、判断も、慎重に行うべきことになります。しっかりと導師たる役目を果たせる者にこそ、葬儀の執行を依頼したいものでございます。

皆様とお寺、僧侶との信頼関係が希薄化するにつれて、檀家制度が崩壊してしまっている昨今、お寺、僧侶も皆様から取捨選択される時代となっています。私自身も、浅学非才の未熟者ではございますが、葬儀を司るに値する資質があるのかどうか、常に自らに問いつつ、これからも仏教修習にできる限りの精進に努めて、ご期待にお応えできますように調えて参りたいと僭越ながらにも存じております。

次に、「供養」についてとなりますが、例えば、このお盆や彼岸における「施餓鬼」という供養は、地獄や餓鬼に落ちている者たち、または、もしかすると地獄や餓鬼に落ちてしまっているかもしれないご先祖様を救う目的において営まれると考えるのが妥当となりますものの、「亡くなられた故人は、生前の仏縁や功徳、あるいは葬儀の執行による引導(浄土真宗の場合では即得往生)、追善供養などによって、極楽、浄土にて仏様のところで修行に励んでいるものであると思うのですが・・」と中には疑問に思われる方もいらっしゃることでしょう。

もちろん、それはそう考えて頂いても妥当であるかとは存じます。ただ、それでも、施餓鬼供養のみならず、様々な供養を行う意義とは、やはり上記の葬儀の際にも述べさせて頂きました悟り・涅槃へと向かうための「自利利他」の行いということに尽きるのではないだろうかと考えております。

供養においては、極楽・浄土など仏様の下で精進なさられておられる方々へは、成仏へと向けての応援、励ましとなるための功徳となり、また、迷い苦しみにある者たちを救うためとなる功徳は、迷い・苦しみにある者たちを救うための功徳になると共に、自ら自身における悟り・涅槃へと向かうための功徳にもなるということでございます。

そして、葬儀と同様に、供養においても重要となるのは、もちろん「仏縁」であり、それを供養の対象と共に、自らも頂ける大切な機会としなければならないのであります。

とにかく、葬儀、供養も「自利利他行」として調えることにより、皆が、悟り・涅槃へと向けた善き流れに乗れるようにとして努めることが必要となる次第でございます。

何より、この生の後にも続いていく心相続においては、「仏縁」を決して途切れさせないようにしないといけません。「仏縁」さえ完全に切れなければ、紆余曲折はあろうとも、いずれ悟り・涅槃へと導いて頂けることができるということでございます。

さて、施餓鬼供養の目的の一つとして、悪い輪廻にある者たちを救うという内容を同様に持つインド中後期密教経典の中に、「一切悪趣清浄タントラ」という経典がございますが、このお経が説かれた由来の教説の中において、帝釈天(天界の神様)が、天界で共に親しくあった天子無垢宝光という者が死んだ後のことを心配されて、世尊仏陀(ヴィルシャナ)に尋ねられるくだりが出て参ります。

その際、世尊は、天子無垢宝光のことについてお答えになられますが、そのお答えを要約すると、天子無垢宝光は、死後、地獄に落ちてしまっており、その後も六道輪廻の中を苦しみ彷徨い続けるとおっしゃられます。そして、帝釈天たちは恐れおののき、天子無垢宝光、また、帝釈天たちはもとより、悪い輪廻に落ちている者たちが、悪い輪廻から解脱して、悟りへ至るための方法をお示し下さいと懇願されて、世尊が、その具体的な方法を説示されておられるのが、このお経の全体的な内容となっています。

その説示されました方法の一つを、帝釈天たちが、天子無垢宝光のために実践することにより、天子無垢宝光は、何とか地獄、悪趣輪廻から逃れて、善き流れに乗ることができるようになるのですが、実は、天子無垢宝光が、帝釈天たちによって、そのように供養を行ってもらえたのは、天子無垢宝光には、その過去世における強い仏縁があったことによっての功徳を積んでいたが所以であると、補足して説明されます。

つまり、確かなる仏縁や功徳が、過去世、現世のどこかにおいてあったのであれば、その後の輪廻転生の中において、多少の紆余曲折があっても、必ずやその仏縁、功徳による果報により、仏の道を外れずに、善き流れを進められる場合があると考えることができます。(例えば、顕教の修行では、成仏するのに三阿僧祇劫(さんあそうぎごう)というとてつもない膨大な時間が掛かってしまうことになりますが、有り難く尊い仏縁となる密教の無上瑜伽タントラの灌頂を受けて、戒律・律義を守り、生起次第と究竟(くきょう)次第の二次第の修行を確実に進めれば、早くて今生の内に即身成仏できることもあれば、例え、二次第の修行が何らかの理由にてあまりできなくても、戒律・律義さえしっかりと守っていれば、7回、もしくは、16回転生する中において、必ず成仏できるとされています。つまり、無上瑜伽タントラの灌頂・修行とは、それだけ早く成仏できる強い仏縁となるものであると言えるでしょう。だからと言って、今生において油断して戒律を守らずに怠惰となってしまえば、当然に成仏が遠のいてしまうことになるのは言うまでもありません。)

とにかく、自他共に、悟り・涅槃へと向けた善き流れに乗るための仏縁を、どう強く結び、修行、功徳に励んでいくべきであるのか、それをしっかりと考えて、様々な供養においても、できる限りに、その意義を理解した上において努めて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌 平成29年7月28日


・・

『般若心経における「空」について』 平成28年8月・お盆施餓鬼法要配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/93cd51b49c2264eb00fcc00a904a3392

「Amazonお坊さん便」の抱える問題について/平成28年3月・春彼岸施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/d339cd6c14be7db57860f241caf4984d

「仏教と戦争 ~ 戦後70年と仏教 ~」平成27年8月・お盆施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/c479dc1d59328df2708ba23499b4d92b

「仏教の基本的な理解のために」平成27年3月・春彼岸施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/55ced9a1512c6ef6e095caa4fbe9eb8c

「死後について」平成26年9月・秋彼岸墓前回向・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/46df9bb57071ef4f2b56161423dba66f

「お葬式について」平成26年8月・お盆施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/0816eb5e788bf5ecfc8eed8e901b1a76

・・

往生院六萬寺サイト
http://oujyouin.com/


oujyouin_blog at 08:48|Permalink

2017年06月22日

境内掲示板・今月の言葉

平成29年2月~6月

6月「松に古今の色なし 竹に上下の節あり 区別ありて 平等の相なり」
IMG_1964


5月「毎日が新しい 毎日が特別 毎日が大事 毎日を大切に 日々是好日」
IMG_1929


5月「柳は緑 花は紅 真面目 あるがままを見る」
IMG_1649

4月「四月八日 お釈迦さま 誕生日 花まつり 御祝いしましょう」
IMG_1308

2月「節分 鬼は外ではなく 己が心の内にあり」
IMG_0869

往生院六萬寺
http://oujyouin.com/

oujyouin_blog at 10:14|Permalink

2017年05月29日

梶無神社さんの朝市でミニ歴史講座

地元鎮守神社である梶無神社さんの朝市でのミニ歴史講座で、当寺住職・川口哲秀によります楠公父子紙芝居の上演が、地域情報発信サイト「どーなってるの?!東大阪」さんで記事になりました。

http://www.do-natteruno.com/con_c/c486/c486.html#3

「どーなってるの?!東大阪」
http://www.do-natteruno.com/index.html

往生院六萬寺サイト
http://oujyouin.com/


oujyouin_blog at 10:10|Permalink

2017年03月26日

「大阪春秋」最新166号・春号・特集「夕陽のまち おおさか」紹介

大阪の郷土季刊誌である「大阪春秋」の最新166号・春号・特集「夕陽のまち おおさか」に、当寺・川口哲秀住職の寄稿が掲載されています。



「夕陽の彼方に見た浄土 -河内往生院と日想観-」



下記拡大
http://yaplog.jp/hidetoshi/image/5238/5217



なお、日想観と往生院についての記述のございます論考が・・

故・水野正好先生(元・奈良大学学長)・インタビュー記事「無量の光の中で -日想観の考古学-」



四天王寺執事・南谷恵敬先生「四天王寺と夕陽」・「日想観の法要について」





大阪湾に沈む夕日を想う「河内往生院と四天王寺」小林義孝先生



とございまして、浄土信仰盛んであった頃の往生院に関する日想観のことについて詳しく知り得る貴重な内容となっています。

また、宗教学者の山折哲雄先生の寄稿「太陽信仰と夕日信仰の転換」、一心寺長老の髙口恭行師の寄稿「一心寺と日想観」も誠に必見の内容です。





是非、お買い求めを頂きまして、大坂の極楽浄土に想いを馳せて頂けましたら幸いに存じます。

1000円+税、発行元注文では送料別途必要

「大阪春秋」設置書店・・

【ジュンク堂 大阪本店】【ジュンク堂 千日前店】【紀伊國屋 梅田本店】

大阪春秋の最新刊は上記の書店にてお買い求めできます。また在庫がない場合でもお近くの書店からお取り寄せ注文というかたちでお買い求めいただけます。

お問い合わせ先・・

電話 06-6768-4600
受付時間 9:00~17:00(土・日曜、祝日を除く)
E-mail:info@shimpu.co.jp

サイトアドレス・・
http://www.shimpu.co.jp/osakashunju/

往生院六萬寺サイト
http://oujyouin.com/

oujyouin_blog at 08:10|Permalink

2017年03月10日

「未来の住職塾」第五期修了・卒業式/フォーラム「日本人の死生観と現代の僧侶を考える」

副住職報告

「未来の住職塾」第五期修了・卒業式/フォーラム「日本人の死生観と現代の僧侶を考える」

学びとご縁をこれからのお寺づくりに活かして参りたいと存じます。

3/9

上京は、2015年に目黒の五百羅漢寺さんでの佐々井秀嶺師獅子吼御法話に参加して以来に。

午後から神谷町の光明寺さんで、「未来の住職塾」第五期修了・卒業式。

会場には、道中でご一緒させて頂きました田口学法師と共に一番入り。





会場は、未来の住職塾の聖地、神谷町の光明寺さん。やっとここに来ることができました。

卒業生代表3名による寺業計画書のプレゼン発表、質疑応答、卒業証書授与、松本紹圭塾長、井出悦郎代表からの熱い檄、並びに今後の展望、卒業後のフォローについて、浦上哲也住職塾サンガ会長より、卒業生サンガについてのご説明と盛りだくさんな内容でございました。













13時から17時まで、あっと言う間に終わりましたね。



休憩中、また、懇親会では、今までお会いできておりませんでしたご縁のある方々とも、ようやくにご挨拶ができまして、誠に有り難いことでございました。

同期の皆様の学びと努力の結晶である寺業計画書集からも大いに学ばせて頂きたいと存じます。

研修会資料「寺院・僧侶に関する生活者の意識調査」(一般社団法人 お寺の未来)
http://www.oteranomirai.or.jp/2017/03/06/5297/

明日は赤坂の博報堂ラーニングスタジオさんにて、「日本人の死生観と現代の僧侶を考えるワークショップ」となります。


3/10

東京研修2日目。

未来の住職塾フォーラムが、赤坂の博報堂さんのラーニングスタジオにて開催されました。

「日本人の死生観と現代の僧侶を考えるワークショップ」

博報堂にお勤めでありながら、ご実家の寺院の副住職、未来の住職塾卒業生でもある福井良應師のお力添えにて実現されました。



福井師による調査の緻密な分析力は、さすが広告界の巨頭にお勤めなだけあり、新たな知見を広げさせて頂きました。

また、卒業生でご活躍の皆様による僧侶のあり方に関するお話からも更に深い学びとなりました。







そして、僧侶100名ほどによるグループ別によるワークショップでの深掘りの議論、まとめ、各発表と、僧侶のあり方論を皆さんと共有させて頂けることができました。







まさに場所もさながら、贅沢な学びでございました。

これからも志共有できる仲間とのご縁が誠に有り難く、そして楽しみでございます。

どうぞ今後共に宜しくお願い申し上げます。

川口英俊合掌

『未来の住職塾』受講を迷っているあなたへ!!!
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/5c578446835d9bc715a4fd053c352e0d

未来の住職塾・本科・第五期・受講感想(2017.1.24)
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/4c6afe0858cc7be1a89652de98f15062

・・余談・・

そして、未来の住職塾フォーラムが終わり、博報堂さんのラーニングスタジオを足早に後にして赤坂駅へ。

新幹線の時間までに急ぎ、神田町のポタラ・カレッジさんへ。

恐縮にも、ポタラ・カレッジ事務局長・講師であられます齋藤保高先生が新御茶ノ水駅まで迎えに来て下さいまして、初めてご挨拶をさせて頂きました。

そして、お伺いさせて頂きましたところ、丁度、ゲシェー・ソナム・ギャルツェン会長様御導師によるチッタマニターラ尊行法ルン伝授の3日目が行われておりました。(拝受できませずに誠に残念至極でございます・・)



そして、たまたま伝授の休憩に入りまして、有り難くにもソナム先生にもご挨拶をさせて頂きました。

滞在できましたのは、ほんの15分ほどではございましたが、帰りの間際数分にて、齋藤先生からは中観二諦の要諦を直接にご指導を賜りまして、誠に感激致しました。

くしくも本日は、3月10日。

そうです。チベット蜂起記念日です。

この日に初めてポタラ・カレッジさんにお参りができましたのは、まさに何かのお導き。更にチベット仏教とのご仏縁を深めなさいとの有り難い啓示と捉えさせて頂きました。



更に鋭意励み努めたいと存じます。齋藤先生、誠にありがとうございました。合掌


往生院六萬寺サイト
http://oujyouin.com/

oujyouin_blog at 23:28|Permalink

2017年02月02日

「ひがし大阪もの知りカルタ」

「ひがし大阪もの知りカルタ」



もっとこの町のことを子どもさんに知ってもらおうと「ひがし大阪もの知りカルタ」を、市内でカウンセリング活動をされている市民団体「はぐくみネット」さんが監修されて作られ、その中で、拙寺のことも二枚、有り難いことに取り上げて頂いておりました。



絵札は市内小学生の作で、応募500作品から45枚を選ばれたようです。それぞれ絵に味があって良いですね。解説書もあり、カルタで学びながら楽しめそうです。







既に初版1000部は市内の小学校へと寄贈、活用されているようです。

往生院六萬寺サイト
http://oujyouin.com/

oujyouin_blog at 13:40|Permalink

2017年01月25日

春彼岸・施餓鬼法要のご案内/2月から4月の行事案内

春彼岸・施餓鬼法要のご案内/2月から4月の行事案内
 
平成29年・春彼岸・施餓鬼法要のご案内

日程 3月17日~23日の1週間

時間 午前8時~午後4時 ※最終日は午後3時まで

場所 ご本堂にて

※ 事前申込必要。施餓鬼の塔婆準備のためご供養をお勤めになられます方は、事前にお申し込み下さいませ。
 
寺務所まで。電話でも受け付けています。

毎年される方には往復はがきにてご案内申し上げますので、必要事項を記入の上、お早めにご返信ください。

締切、3月15日まで。

※ 混雑緩和のため、混雑が予想されます18日・19日・20日のお参り・お勤めは極力お避け賜れましたら有り難くに存じます。

・・

節分会・護摩焚き供養

・2月3日 午前9時~ 不動尊前


釈尊涅槃会

・2月15日 午前9時~ 本堂内


釈尊降誕会(花まつり)

・4月8日 午前9時~本堂前


往生院六萬寺サイト・トップ


oujyouin_blog at 05:52|Permalink

2017年01月24日

未来の住職塾・本科・第五期・受講感想(副住職・川口英俊)


この一年、当寺・副住職が参加させて頂いておりました未来の住職塾・本科・第五期・受講の感想でございます。




実は、未来の住職塾の本科受講は、一期目の時から興味があり、受講を考えていたのですが、なかなかタイミングが合わず、ずっと見送ってしまっておりました。

また、お坊さんネットQ&A・hasunohaのメンバーにも卒業生の方が多く、特に、hasunoha共同代表の井上広法師、そして、浦上哲也師は、住職塾卒業生のサンガのそれぞれ副会長、会長でもあり、誠に近い存在でございました。

そして、Facebookで繋がりのある僧侶の皆様方による参加の良い評判や評価、そして、大恩師である大法輪寺の田口学法師からの強いお勧めも頂きまして、第五期にようやく参加することに致したのでございます。

当初は、「寺院・僧侶が、経営学・・」と少し敬遠してしまうイメージを持ってしまっておりましたが、現実、仏法を護持し、これからも、仏法を後世へと護り伝えていくためには、寺院の運営は当然に避けて通れず、ましてや、ますます厳しくなる現状に対して目をつむるわけにもいかず、仏法というソフトを確かに起動させるためのハードとして、仏法・寺院の両輪をバランス良くに調えていくために、ハードの面のこれからの指針となるものを一度考えてみたいということもあって、参加を決断したのでございました。結果的には、ソフトの充実についても大いに考察を深めることができました。





講義に参加することで、学びと共に、同期の皆さまとのワークショップでのケーススタディを用いた侃々諤々の議論、苦しみながらも都度の前後課題を進めていく中で、自分なりにお寺の現状と課題、そして、今後の方針が、回を重ねるごとに、当初はおぼろげであったものを可視化することができていき、そして、講師陣による的確なアドバイス・コーチィングにより、少しずつ寺業計画書へと落とし込むことができるようになって参りました。



当初は、自分のお寺と関係のないことでの寺業計画書の立案も目指していましたが、半分ほど描いてみたものの、大風呂敷を広げたことによる実現性への不安と、自己満足・独善的なものにやや傾いてしまっていたため、やはり、「自坊があっての今の自分である」という思いも徐々に強まったことから、自分のお寺の計画書を最終的に仕上げて発表をさせて頂きました。

そして、迎えた寺業計画書の最終発表・・



緊張と共に、プレゼンで使う予定で準備していたスライド使用を躊躇してしまったため、入りから少しグダグダに・・そのまま質疑でも消化不良な応答・・そしてタイムオーバー・・

残念ながら、自分の思うような発表にはなりませんでしたが、発表にて得た学びと気づきに基づいて、計画書を更に練り直し、そして、最終提出を本日に行いました。

もちろん、最終提出で終わりではなく、計画を実践することが大切となります。

早速、来月に開催される当宗教法人の責任役員会にて、計画書を発表すると共に、具体的な取り組みについて随時上程、審議して頂く予定でございます。

また、これからの同期の全国の仲間との集いや卒業生のサンガの皆様との交流による学びとご縁も誠に楽しみでございます。

どうぞ今後ともに宜しくお願い申し上げます。

副住職・川口英俊 合掌

下記のように来期の体験教室、本科の募集も始まっています。お寺の関係者の方でご興味のある方は、是非ご参照下さいませ。

未来の住職塾 無料一日体験教室
http://www.oteranomirai.or.jp/juku/seminar/pre/?utm_source=top&utm_medium=banner&utm_campaign=1daytaiken

未来の住職塾 第六期・募集
http://www.oteranomirai.or.jp/juku/regular_course/

・・

『未来の住職塾』受講を迷っているあなたへ!!!

「未来の住職塾」第五期にて共に学んだ法友の齋藤宣裕師(東京クラス)による「『未来の住職塾』受講を迷っているあなたへ!!!」が、凄まじく激熱だ。。

受講の感想コメントのご依頼を僭越ながらにも頂いたので、その激アツぶりに触発されて、拙生も下記のように負けずに檄文を寄せさせて頂きました。

次代の日本仏教界を担う志士たちの末席に、浅学菲才なる拙生も何とかお加えを賜りまして、学びと共にご縁を頂戴させて頂けましたら、誠に有り難くに存じております。

第六期の皆様からも是非、学ばせて頂けましたら幸甚に存じます。どうか宜しくお願い申し上げます。合掌

・・

- 「未来の住職塾」は、まさに幕末期の松下村塾 -

幕末期、開国を迫る諸外国の圧力を前に、長らく鎖国にあった江戸幕府は対応できず危機に陥っていた。

そのような中、この国の未来について熱く議論研鑽し、新しい国づくりを担う明治維新の志士たちを多く輩出した塾があった・・。そう、誰もが知る「松下村塾」である。

今、日本の仏教界は、幕末期の日本とどこか似ていると言えるのではないだろうか・・。時代・社会の変革のスピードに対応できず、苦境に喘いでいる。檀家の減少、無住寺の増加、布施のビジネス化、進む仏教離れ・・まさに「寺院崩壊」の時を迎えている。

このような危機の下で現れたのが「未来の住職塾」だ。

これからのお寺の未来に危機感、不安感を持った者たちが全国から集い、互いに学びと共に侃々諤々に議論して研鑽し合い、それぞれが磨き上げたる寺業計画書を基に、これからの新しいお寺づくりを担おうと奮闘している。

そして、お寺の未来のみならず、これからの仏教界の未来をも切り開く志士たちが集うところ。それがまさに「未来の住職塾」と言えるのではないだろうか。

確かなる救い、癒し、安心のための仏教、寺院、僧侶のあり方について、是非、共に熱く語り合いましょう。

・・

『未来の住職塾』受講を迷っているあなたへ!!!
このページは、平成28年度『未来の住職塾』第五期を東京クラスで受講した僧侶が、住職塾の感想などをお伝えして、個人的に参加をオススメするページです。他の5期生のコメントも随時更新しています。

未来の住職塾・本科・第五期生・関西クラス・最終講義・寺業計画書発表会報告(2017.1.20)
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/cdb110b442a8018969fae0070b3cd174


お寺のビジョン

【総合テーマ】「グローバルに人々に確かなる救い、癒し、幸せ、安心をお与えになられておられるダライ・ラマ法王のような存在のあるお寺を目指したい」

有形無形の歴史的な価値と単立寺院としてある程度自由さのある利点をフルに活かして、初縁の拡充に努めると共に、総合的な仏教実践、仏縁交流を推進し、他寺院では難しい新たな仏教価値を提供していける可能性を模索し、その一環として、テーラワーダ仏教からチベット密教に至るまでの顕密共に仏法を総合的に修学していける体制を調えると共に、幅広く超宗派間における寺院・僧侶との交流を進めることでの研鑽も深め、また、総合的な仏教修学により、方便力(対機説法・応病与薬)の強化を図ることによる僧侶の資質向上にも取り組み、信頼されるお寺、僧侶として、安心して、仏事・葬儀を任せて頂けることでの寺門興隆を図っていきたい。(中略)そして、いずれは、葬儀や法事などにおけるお経の対価としてお布施や寄付を受けるのではなく、釈尊成道以来、ナーランダ僧院に至るまでの僧団のあり方として、仏教・仏法を確かに扱い実践しているお寺・僧侶であるということにより、真に人々への救いや癒し、幸せ、安心のお役に立てることができている、尊いもの、聖なるものということによって、お布施や寄付を、自然に快くに頂けるようになり、人々がこれからも存続を願って、恭敬と応援の思いをもって、協力、支援、感謝をして頂けるようなお寺にしていきたい。(中略)


お寺の使命

お寺が、社会情勢(政治・経済など)や時代・人々の要請により、形態が多様に変化していくのはやむを得ないが、そのような中であっても、決して変化させてはならないのが「仏教」であり、この世に迷い苦しみのある限り、仏法を護り、伝え、説き示し、悟り・涅槃へと導いていくために、安定したハード(器の維持)・ソフト(僧侶・仏教思想哲学の質の向上)両面をバランス良く調えていくことにより、人々に確かなる救い、癒し、幸せ、安心をもたらしていきたい。


往生院六萬寺サイト
http://oujyouin.com/

oujyouin_blog at 12:42|Permalink

2017年01月19日

hasunoha書籍化・印税収益の一部・東日本大震災・被災者支援に寄附

hasunoha書籍化・印税収益の一部・東日本大震災・被災者支援に寄附

昨年に、当寺・副住職(川口英俊)の拙問答も収録されておりました書籍化『hasunohaお坊さんお悩み相談室』による印税収益の一部が、東日本大震災の被災者支援のために寄附されました。

hasunoha書籍化『hasunohaお坊さんお悩み相談室』
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/a5e7bbcac80414f55d220d1c821cdf3c

お坊さんネットQ&A・hasunoha(代表・堀下剛司氏、共同代表・井上広法師)の運営もまだまだ苦しい中で、本当に有り難いことでございます。

ほどなく7回忌を迎えます。拙生もhasunoha拙回答の功徳と共に更にできる支援を進めて参りたいと存じます。

川口英俊合掌

**以下、hasunoha・堀下剛司代表ブログ本文より抜粋**

hasunohaの書籍化で得た収益の一部を震災後の被災者の方の支援をしているKTSKという団体に寄付させていただきました。

hasunohaが誕生したきっかけは、東日本大震災での助け合う人々を見た感銘から、日本人に眠る美徳を呼び覚ましたいという思いだったので、いつの日かhasunohaの活動を通して、震災復興や今もなお苦しんでいる人々に何か支援をしたいとずっと思っていたのです。

そして支援をするなら、物資ではなく心のケアに、さらに僧侶の方が主体となって活動されている団体さんはないかと回答僧侶の方に聞いてみたところ、

震災から6年経った今も、定期的に被災地に赴き、今も苦しむ人々の傾聴をされていて、僧侶の方が運営されている団体があると知り、わずかばかりですが寄付をさせていただくことにしました。

KTSKとは「傾聴に取り組む宗教者の会」の略なのだそうです。

お金を出すだけが支援ではないでしょうし、ここからがまさにスタートです。震災に限らず苦しんでいる人が世の中にはたくさんいることを知ってもらうこと、その方たちに寄り添う活動をしている僧侶が日本には多くいるということも、hasunohaを通じてお伝えしていけるようなプラットフォームになりたいと考えています。

以下、全文参照・・

お坊さんQ&Aサイトhasunoha(ハスノハ)代表ブログ・2017年 最初にしたこと
http://taka.hasunoha-blog.info/2017_start/

ネットでお坊さんがこたえるQ&Aサービス・hasunoha
http://hasunoha.jp/

「hasunoha」拙回答まとめ集
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/

書籍化『hasunoha お坊さんお悩み相談室』発売中!
http://hasunoha.jp/docs/pr_0002

往生院六萬寺サイト
http://oujyouin.com/


oujyouin_blog at 09:10|Permalink